???「ほら、言うであろう?――『世界はみんなのもの』、だと」
――エディンバラ郊外 フォース湾に面する倉庫
傭兵A「――おい!どういうことだ!”あれ”は『聖槍』じゃなかったのか!?」
魔術師「そのようだな。わざわざ鑑定書付きの書類を送ってくるとは。ベイリャル家の勇猛さは戦場だけに留まらず、か」
傭兵A「弁護士まで雇わせてこっちは大赤字だろうが!どうすんだよ!」
傭兵B「よせ。俺たちだって納得したことだろう、無い可能性が高いと説明を受けていたはずだ」
傭兵A「だからってよお!後が、俺たちの今後がかかってんだよ!」
傭兵C スッ
傭兵A「――あ?やんのかテメー?」
傭兵B「……どっちもいい加減にしろ!俺たちが争っても無意味だろうが!」
傭兵A「だったら聞かせてくれよ隊長さんよお。俺らはこれからどうしたらいいんだ、なぁ?」
傭兵A「アメリカ野郎から銃突きつけられて、俺たちの行ける世界はイギリスだけになっちまった。このまま骨を埋めろってか?あぁ?」
傭兵B「イギリスも悪くはないと思うがな。紛争の種はどこにだってある」
傭兵A「世界に比べりゃ小せえよ。また中東がきな臭くなってんのに、こんなド田舎で何やってんだ……」
魔術師「我々からすればこちらの方が鉄火場だがな。失敗は失敗だと受け入れろ」
傭兵A「元はといえばテメーが!」
魔術師「――だが、まぁ”釣り”には成功したぞ。後は貴様らの腕の見せ所だ」
傭兵A「……あぁ?」
魔術師「察しの、いや、頭の悪い男だな。何も目的も手段も一つだけではないということだ」
傭兵A「あぁっ!?」
魔術師「――『ブリテン・ザ・ハロウィン』を知っているか?」
傭兵A「ハロウィン?」
魔術師「あぁそうだ。去年のハロウィンにイギリスで起きたバカ騒ぎ」
傭兵A「週刊誌で読んだぜ。死にかけのババアが立ち上がってスクワット、夜に自主練してた陸上選手が100m8秒で走ったんだろ」
魔術師「詳細は省くが、大体実話だ」
傭兵A「んっだソイツぁ?」
魔術師「本来であればだ。あれはブリテンの”王権”――つまり、正式かつ正当な支配者に力を与える術式だ」
傭兵A「死にかけのババア起こしたってなぁ。100mパワーは欲しいけどよ」
魔術師「違う、そうじゃない。”それ”の本来の使い道は特定のレガリアを持つ王へ力を与えるものなんだよ」
魔術師「ただ一人が独占するはずだった力を、愚かにも全国民へ分けたのがあの夜の顛末だ」
傭兵B「たった一人だけに絞っていれば、どうなる?」
魔術師「世界を支配できる――というのは言い過ぎだが、大ブリテン島を”腕力”だけで制覇できる」
魔術師「それが『全英大陸』という国家ぐるみの術式だ」
傭兵A「マジだったらスゲエ話だが、よ」
魔術師「そしてだ。話に出たレガリア、バカにも分かるように話せばキーアイテムだ」
傭兵A「うるせえよ」
魔術師「その代わりに我々が目をつけたのが『聖槍』――という話はした筈なんだかな」
傭兵A「だから見つかってねえんだろうが!こんな、こんな古ぼけた武器一つで!」
傭兵B「しかも歴史的な価値はいざ知らず、霊装としての価値はない、で合っているよな?」
魔術師「その通りだ。だがやりようはある、なければ作ればいいんだ」
傭兵A「あぁ?何を?」
魔術師「私の持っている霊装だが、これはドルイド僧の生贄の儀式を担う杖であり、実際に彼らが使っていたもの――」
魔術師「――では、ない。10年ほど前に古いオーク樹でこしらえたものだ」
魔術師「しかし術式として使うのに何ら不都合はない。普通の魔術師は大抵自作品を”チューニング”している」
傭兵A「……」
魔術師「『全英大陸』のトリガーの一つは、アーサー王伝説に出るトリスタンの佩剣だ。『それを持っているから俺たちにはこの島を治める資格がある』、とな」
魔術師「だが別の、もっと王権としての正統性を証明できるものがあれば、『全英大陸』の全てとは言わんが、その何割でも奪えるという寸法だ」
傭兵A「『聖槍』を作っちまうってことか?できんのかよ!?」
魔術師「どうして?どうしてダメだと決めつける?」
傭兵A「『聖槍』は俺でも知ってるぐらいのモンじゃねえか!そんな簡単に作ろうって作れるような――」
魔術師「では聞くが、神の子を貫いた『槍』はどこの誰のものだ?由来は?曰くは?何か特別な武器だったか?」
傭兵A「いえ、知らねえけど」
魔術師「そうだ。元々はローマの一兵士が使っていた、ただの数打ちの槍だ。それが神の子の血を受け、『聖槍』になった」
傭兵B「しかし当然、神の子はいないぞ。自称するバカは腐るほどいるが」
魔術師「今回、『槍』を発掘した土地の所有者の貴族、ベイリャル家というんだ」
魔術師「面白いことに、ベイリャル家というのは円卓の騎士ベイリンの末裔を称している。まさにうってつけだ」
傭兵A「ベイリン?誰だそりゃ?」
傭兵C「……知っている。『聖槍』を使った最後の騎士」
魔術師「そうだ。”それ”を素材に創り上げればいい」
魔術師「神の子の血がなければ、『聖槍』の所持者の血を捧げればいい」
傭兵たち「……」
魔術師「”それなり”に体裁は整うだろう」
魔術師「贄は当主殿にしようかと思ったが、折角だしご令嬢にするとしようか。若くて無垢な方が悪魔も好む」
傭兵A「……俺たちもよく悪魔って言われるがな。あんたら比べればまだマシだって思うぜ」
魔術師「失礼な。悪魔は約束を守るが、私は守らんよ」
傭兵B「そんな、そんな冒涜的な方法で『槍』を作ったとしても、その、魔術は発動するのか?」
魔術師「力に善も悪もあるものか。使うのは人、判断するのも人だ」
魔術師「麦を食う虫を殺す魔術は善で、同じ麦を食う人を殺すのは悪だと?そういうものじゃない、そういうものではない」
魔術師「貴様らが持っている銃だってそうだろう?それが本質だ」
傭兵A「……了解。それじゃあ俺らはベイリャル家ご令嬢をお連れすりゃいいんだな」
魔術師「あぁ。なるべく殺すな。生きていれば他はどうだって構わない」
傭兵B「乗り気ではないが……」
傭兵C「……言わないでくれ」
傭兵A「テメエはどうすんだよ。魔法のこの『槍』――」
???「ではない。剣だ」
傭兵A「――『剣』を準備……?」
???「”それ”は槍ではない」
傭兵A「……誰っ!」
???「穂先に見えるが、そうではないのだ。剣なのだよ」
傭兵A「ガキが……なんでこんなところに――オォイ!見張り何やってやがんだっ!?」
傭兵C「……見ていた……ドアは、閉っている……!」
???「ん?あぁ、すまぬ。不作法を許すがよい。簡単に入ってこれるのでな、先触れを送るでもなく」
???「ともあれ”これ”は私の剣だ。わざわざ掘り起こすのも面倒と思っていたが、先んじての労を労ってやろう」
魔術師「――殺せ!」
傭兵A「お、おい!ガキ相手に血迷ってんじゃねえぞ!」
魔術師「ただの子供じゃない!そいつは結界を切り裂いて入ってきた魔術師だ!」
???「結界……?……あぁ!すまなかったな。触れた瞬間に解けて消えたものだから、蚊帳とばかり」
???「ドルイドどものよく拵 えていた物が何故ここに?とは思ったのだ」
???「現世ではこの程度の手慰みを結界と呼ぶのか、以後注意しよう」
傭兵A「隊長っ!?」
傭兵B「銃を使うまでもないだろう。俺が――」
ザシュッ
??「……」
傭兵A「……あーあ、ガキのくせによお。つか何も殺さなくても――」
???「――無礼であるぞ、デンの民よ」
傭兵B「――は?」
傭兵A「まさか!頸を掻き切っ――」
???「利 く鋭き剣であれば人を殺めるに造作なき。また見かけ仕草に惑わされず、幼子と見くびることなく剣を振るうのも気に入った」
???「ならばこそ、褒美に一手指南してしんぜよう。どれ――」
ダンッ……ッ!!!
傭兵B「あ、が――――――ッ?」
傭兵A「は?」
傭兵C「隊長……?」
???「王へ刃を向けた罪、お前の命を以て手打ちにしよう。私は慈悲深い王故にな」
傭兵C「隊長オォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!?」
傭兵A「お、おいおいおいおいおいっ!?10フィート離れてやがるのに、き、斬りやがった……ッ!?」
魔術師「――全次元切断術式……?」
傭兵A「オイコラクソ魔術師!何がただの剣だ!隊長の頸刎ねやがったのに魔術武器じゃねえって言うのかよっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっん!?」
魔術師「だから、違う!あれははただの剣だ!チンケな魔術の一つすらかかっていない!」
傭兵C「お前――お前えええええええええええええっ!!!」 タタタタタタタタタタタタタタタタッ!!!
???「目の前で仲間が殺され、仇討ちに臨む意気や良し」
スゥッ……!
傭兵C パタッ
???「が、武器は悪し。せめて戦士として死ぬべきであったな。銃は好かぬ」
傭兵A「……なぁクソ魔術師さんよ。ガキに縊り殺される前に自殺すんだったら、その前に俺が鉛玉プレゼントしてやるが、どうする?」
魔術師「『全英大陸』……」
傭兵A「お?」
魔術師「全次元切断術式、だ。私たちが『槍』を創り上げて、奪うはずだった術式を奴は使っている……!」
傭兵A「円卓なんとかの剣じゃねえのに?」
魔術師「それも、否だ!奴は剣を手にする前から異常な力を得ていた――」
魔術師「――『剣』などなしに!『カーテナ』すら持たずにだっ!?」
魔術師「何をしたんだ貴様はっ!奪ったのか!?大ブリテン島に張り巡らされた魔力の流れを!」
???「冤罪だな、ただの、それは。私は何一つとして手を加えてはおらぬ」
???「その呪法はこの島の正当たる王権、王に相応しい者へと流れる仕組みになっている――従って」
???「ならば偽りの王よりも、かつて治めた私へ集まるのは自明の理よ」
魔術師「まさか……廃れたヘンリー8世の血族かっ!?」
???「――は、はは、くははははははははははははははははっ!!!」
???「あぁ、あぁ!愚かしきかな!その愚昧さがお前たちの正気を繋ぐ!知らぬのは賢明なのか、あははははははははははははははははははっ!」
???「葦の船に乗る若者は自らの足下を見ずに大地だと信じ!星辰の果てより覗く眼球を直視せずに済むというものか!」
魔術師「ヘンリー8世が築いた術式、じゃないのか……?」
傭兵A「ヘンリー?」
魔術師「『全英大陸』の術式を築き上げたイギリス王だ。イギリス国内のローマ正教を廃してイギリス清教を立ち上げた」
傭兵A「王様が……魔術師。おかしくねえか」
???「いや、いいや。ヘンリー某の王器は誉めねばならぬ。諸人こぞりてその功績へ盃を傾けるがよい」
???「だが彼奴 が示したのはプロメテウスの業よ。元より残した術式を組み上げただけに過ぎん」
???「神の業を、天使の業を。ただの王如きが無から生み出せる筈もあるまいよ」
魔術師「ならば――アーサーか!最初の王にしてトリスタンの仕えた王族!」
???「彼 の王は諳 らんじた――『我は最古にして最期の王である』と」
???「あぁ、何を驚く。アーサーらは最期やもしれぬが、最古に非ず」
???「故にだ。正しき王の帰還とともに本来の持ち主へ返ってくるのは必定よ」
???「今の王家はアーサーを 取り込んだ気になっている。その認識こそが誤りなのだ」
???「真実は只、アーサーが 取り込んだのよ。アレはそういうものだ」
魔術師「……貴様はなんだ……?誰なんだ……ッ!?」
???「ほう、私の名を問うか。それ即ち貴様らは私の民ではないという証明でもあるぞ?」
???「ならばコナハトの土産にするが良い。私の名は――」
――
???「――――――ん?」
???「あぁ見ていたのか。つまらないものを見せてしまった」
???「恥ずかしいが、”この程度 ”よ。少し前にあっただろう、魔神に成り損なった、そう『右”腕 ”』の魔術師とな」
???「ほとんどの力は失われ、あのレベルにまで落ち込んでしまった。下手をすれば劣る」
???「また変な風に”混じって”しまったのだ。本来あるべき異相の存在と重なり、元からいた存在と置き換わった、というべきか」
???「私たちが”いない”世界軸へ干渉する以上、某かをベースに構築した方が手っ取り早いのでな」
???「そう、プロセルピナの件もおかしいと思ったであろう?明らかに神話をベースに人格――いや、神格が整っておる」
???「よって冥護 に引き摺られあぁ なったのだ」
???「地母神 の慈悲深き様は自らの肉体を裂き幼子の糧とする。たった一人を救うついでに世界も救ったか」
???「もう一柱の大虚け もついでに叩き潰したしな。ブラフマーの矢に灼かれるのは滑稽であったわ」
???「私もそうだ。元からいた神性に同化し、卵が先か鶏が先かの区別がなくなっているように感じられる、が」
???「だがまぁまぁこれはこれで悪くない。こちらへ来た直後にだな、どうにも倦怠感と虚脱感、猛烈な飢餓感に襲われてな」
???「『おぉ誰ぞ気概ある魔術師の攻撃か!?』とも疑ったのだが」
???「どうやら『腹が減っている』らしいのだ。千と数十年ぶりに」
???「それでまぁならば食事でも、と思いつき、近くの店で取ろうと思ったのだ」
???「だがしかし、待てよと。どうにもこの国は度し難いことにメシが不味いらしいと評判なのだ」
???「不味いと評判という表現もどうかと思わないでもないが」
???「とはいえ人生とは常在戦場。まぁ粗食も悪くはなかろうと足を運んだのだ」
???「『この国で最も美味しいものを』と、頼んで暫し待ち」
???「結論から言えば美味であった。僥倖であった」
???「あまりの美味さについ佩剣をくれてやり、慌てて昔の剣を探す羽目にもなったのだが、その価値はあったな」
???「なんでも『タンドリーチキン』と言うらしいぞ。貴様も食してみるがよい」
???「中々どうしてペルシア辺りの味に似てはいたが……」
???「……」
???「まぁ、なんだ。報告が遅れたことを謝罪しよう。事後承諾になってしまったのも含め、すまなかったこの通りだ、と」
???「真に遺憾ではあるのだが、誰が行くのか、最初に乗り込むのかと相当揉めてなぁ」
???「僧正と娘々が大暴れ――あぁまぁ私もしないではなかったが、二人の八かけぐらいには、こう拳で話し合おうとしていたぞ?」
???「というか外見は一番年寄りなのにどうして僧正が落ち着いてないのだ、と思わなくもないが」
???「世界を壊さない程度に、外側で話し合っていたのだが……」
???「それが殊の外楽しくてな。暫くはそれで遊んでおった」
???「プロセルピナの娘がいる以上、何の先触れもなしに世界を終わらすのもできん。あの女の怒りを買うからな」
???「しかしながら、全く以て、呆れるほど愚かなことに。『まぁそれはそれで楽しそう』というのが何柱か。かく言う私もその一人だが」
???「なので、あれだ。折衷案というヤツでな」
???「『早い者勝ち』ということになった」
???「ほら、言うであろう?――『世界はみんなのもの』、だと」
???「私は別に抜け駆けした訳ではないぞ?名誉のために断っておくが、ただ少し魔神的超猫だましが見事にハマっただけで」
???「近いうちにそちらへ挨拶をしに行こう。なぁに近くに寄ったついで よ。遠慮も不要」
???「なり損ないの、挨拶もできぬ新参者へ先達が度量を示すのも悪くはない」
???「……」
???「――理不尽、とは言うまいな。身勝手とは言えまいよ」
???「貴様は世界を弄くった。幾千の命と幾億の運命をその手で変えた」
???「簒奪したのが貴様であるならば、また貴様も簒奪されるのは世の理ぞ」
神影ヌァダ(???)「――そうでなければ『天秤』は釣り合わぬ」
−終−
傭兵A「――おい!どういうことだ!”あれ”は『聖槍』じゃなかったのか!?」
魔術師「そのようだな。わざわざ鑑定書付きの書類を送ってくるとは。ベイリャル家の勇猛さは戦場だけに留まらず、か」
傭兵A「弁護士まで雇わせてこっちは大赤字だろうが!どうすんだよ!」
傭兵B「よせ。俺たちだって納得したことだろう、無い可能性が高いと説明を受けていたはずだ」
傭兵A「だからってよお!後が、俺たちの今後がかかってんだよ!」
傭兵C スッ
傭兵A「――あ?やんのかテメー?」
傭兵B「……どっちもいい加減にしろ!俺たちが争っても無意味だろうが!」
傭兵A「だったら聞かせてくれよ隊長さんよお。俺らはこれからどうしたらいいんだ、なぁ?」
傭兵A「アメリカ野郎から銃突きつけられて、俺たちの行ける世界はイギリスだけになっちまった。このまま骨を埋めろってか?あぁ?」
傭兵B「イギリスも悪くはないと思うがな。紛争の種はどこにだってある」
傭兵A「世界に比べりゃ小せえよ。また中東がきな臭くなってんのに、こんなド田舎で何やってんだ……」
魔術師「我々からすればこちらの方が鉄火場だがな。失敗は失敗だと受け入れろ」
傭兵A「元はといえばテメーが!」
魔術師「――だが、まぁ”釣り”には成功したぞ。後は貴様らの腕の見せ所だ」
傭兵A「……あぁ?」
魔術師「察しの、いや、頭の悪い男だな。何も目的も手段も一つだけではないということだ」
傭兵A「あぁっ!?」
魔術師「――『ブリテン・ザ・ハロウィン』を知っているか?」
傭兵A「ハロウィン?」
魔術師「あぁそうだ。去年のハロウィンにイギリスで起きたバカ騒ぎ」
傭兵A「週刊誌で読んだぜ。死にかけのババアが立ち上がってスクワット、夜に自主練してた陸上選手が100m8秒で走ったんだろ」
魔術師「詳細は省くが、大体実話だ」
傭兵A「んっだソイツぁ?」
魔術師「本来であればだ。あれはブリテンの”王権”――つまり、正式かつ正当な支配者に力を与える術式だ」
傭兵A「死にかけのババア起こしたってなぁ。100mパワーは欲しいけどよ」
魔術師「違う、そうじゃない。”それ”の本来の使い道は特定のレガリアを持つ王へ力を与えるものなんだよ」
魔術師「ただ一人が独占するはずだった力を、愚かにも全国民へ分けたのがあの夜の顛末だ」
傭兵B「たった一人だけに絞っていれば、どうなる?」
魔術師「世界を支配できる――というのは言い過ぎだが、大ブリテン島を”腕力”だけで制覇できる」
魔術師「それが『全英大陸』という国家ぐるみの術式だ」
傭兵A「マジだったらスゲエ話だが、よ」
魔術師「そしてだ。話に出たレガリア、バカにも分かるように話せばキーアイテムだ」
傭兵A「うるせえよ」
魔術師「その代わりに我々が目をつけたのが『聖槍』――という話はした筈なんだかな」
傭兵A「だから見つかってねえんだろうが!こんな、こんな古ぼけた武器一つで!」
傭兵B「しかも歴史的な価値はいざ知らず、霊装としての価値はない、で合っているよな?」
魔術師「その通りだ。だがやりようはある、なければ作ればいいんだ」
傭兵A「あぁ?何を?」
魔術師「私の持っている霊装だが、これはドルイド僧の生贄の儀式を担う杖であり、実際に彼らが使っていたもの――」
魔術師「――では、ない。10年ほど前に古いオーク樹でこしらえたものだ」
魔術師「しかし術式として使うのに何ら不都合はない。普通の魔術師は大抵自作品を”チューニング”している」
傭兵A「……」
魔術師「『全英大陸』のトリガーの一つは、アーサー王伝説に出るトリスタンの佩剣だ。『それを持っているから俺たちにはこの島を治める資格がある』、とな」
魔術師「だが別の、もっと王権としての正統性を証明できるものがあれば、『全英大陸』の全てとは言わんが、その何割でも奪えるという寸法だ」
傭兵A「『聖槍』を作っちまうってことか?できんのかよ!?」
魔術師「どうして?どうしてダメだと決めつける?」
傭兵A「『聖槍』は俺でも知ってるぐらいのモンじゃねえか!そんな簡単に作ろうって作れるような――」
魔術師「では聞くが、神の子を貫いた『槍』はどこの誰のものだ?由来は?曰くは?何か特別な武器だったか?」
傭兵A「いえ、知らねえけど」
魔術師「そうだ。元々はローマの一兵士が使っていた、ただの数打ちの槍だ。それが神の子の血を受け、『聖槍』になった」
傭兵B「しかし当然、神の子はいないぞ。自称するバカは腐るほどいるが」
魔術師「今回、『槍』を発掘した土地の所有者の貴族、ベイリャル家というんだ」
魔術師「面白いことに、ベイリャル家というのは円卓の騎士ベイリンの末裔を称している。まさにうってつけだ」
傭兵A「ベイリン?誰だそりゃ?」
傭兵C「……知っている。『聖槍』を使った最後の騎士」
魔術師「そうだ。”それ”を素材に創り上げればいい」
魔術師「神の子の血がなければ、『聖槍』の所持者の血を捧げればいい」
傭兵たち「……」
魔術師「”それなり”に体裁は整うだろう」
魔術師「贄は当主殿にしようかと思ったが、折角だしご令嬢にするとしようか。若くて無垢な方が悪魔も好む」
傭兵A「……俺たちもよく悪魔って言われるがな。あんたら比べればまだマシだって思うぜ」
魔術師「失礼な。悪魔は約束を守るが、私は守らんよ」
傭兵B「そんな、そんな冒涜的な方法で『槍』を作ったとしても、その、魔術は発動するのか?」
魔術師「力に善も悪もあるものか。使うのは人、判断するのも人だ」
魔術師「麦を食う虫を殺す魔術は善で、同じ麦を食う人を殺すのは悪だと?そういうものじゃない、そういうものではない」
魔術師「貴様らが持っている銃だってそうだろう?それが本質だ」
傭兵A「……了解。それじゃあ俺らはベイリャル家ご令嬢をお連れすりゃいいんだな」
魔術師「あぁ。なるべく殺すな。生きていれば他はどうだって構わない」
傭兵B「乗り気ではないが……」
傭兵C「……言わないでくれ」
傭兵A「テメエはどうすんだよ。魔法のこの『槍』――」
???「ではない。剣だ」
傭兵A「――『剣』を準備……?」
???「”それ”は槍ではない」
傭兵A「……誰っ!」
???「穂先に見えるが、そうではないのだ。剣なのだよ」
傭兵A「ガキが……なんでこんなところに――オォイ!見張り何やってやがんだっ!?」
傭兵C「……見ていた……ドアは、閉っている……!」
???「ん?あぁ、すまぬ。不作法を許すがよい。簡単に入ってこれるのでな、先触れを送るでもなく」
???「ともあれ”これ”は私の剣だ。わざわざ掘り起こすのも面倒と思っていたが、先んじての労を労ってやろう」
魔術師「――殺せ!」
傭兵A「お、おい!ガキ相手に血迷ってんじゃねえぞ!」
魔術師「ただの子供じゃない!そいつは結界を切り裂いて入ってきた魔術師だ!」
???「結界……?……あぁ!すまなかったな。触れた瞬間に解けて消えたものだから、蚊帳とばかり」
???「ドルイドどものよく
???「現世ではこの程度の手慰みを結界と呼ぶのか、以後注意しよう」
傭兵A「隊長っ!?」
傭兵B「銃を使うまでもないだろう。俺が――」
ザシュッ
??「……」
傭兵A「……あーあ、ガキのくせによお。つか何も殺さなくても――」
???「――無礼であるぞ、デンの民よ」
傭兵B「――は?」
傭兵A「まさか!頸を掻き切っ――」
???「
???「ならばこそ、褒美に一手指南してしんぜよう。どれ――」
ダンッ……ッ!!!
傭兵B「あ、が――――――ッ?」
傭兵A「は?」
傭兵C「隊長……?」
???「王へ刃を向けた罪、お前の命を以て手打ちにしよう。私は慈悲深い王故にな」
傭兵C「隊長オォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!?」
傭兵A「お、おいおいおいおいおいっ!?10フィート離れてやがるのに、き、斬りやがった……ッ!?」
魔術師「――全次元切断術式……?」
傭兵A「オイコラクソ魔術師!何がただの剣だ!隊長の頸刎ねやがったのに魔術武器じゃねえって言うのかよっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっん!?」
魔術師「だから、違う!あれははただの剣だ!チンケな魔術の一つすらかかっていない!」
傭兵C「お前――お前えええええええええええええっ!!!」 タタタタタタタタタタタタタタタタッ!!!
???「目の前で仲間が殺され、仇討ちに臨む意気や良し」
スゥッ……!
傭兵C パタッ
???「が、武器は悪し。せめて戦士として死ぬべきであったな。銃は好かぬ」
傭兵A「……なぁクソ魔術師さんよ。ガキに縊り殺される前に自殺すんだったら、その前に俺が鉛玉プレゼントしてやるが、どうする?」
魔術師「『全英大陸』……」
傭兵A「お?」
魔術師「全次元切断術式、だ。私たちが『槍』を創り上げて、奪うはずだった術式を奴は使っている……!」
傭兵A「円卓なんとかの剣じゃねえのに?」
魔術師「それも、否だ!奴は剣を手にする前から異常な力を得ていた――」
魔術師「――『剣』などなしに!『カーテナ』すら持たずにだっ!?」
魔術師「何をしたんだ貴様はっ!奪ったのか!?大ブリテン島に張り巡らされた魔力の流れを!」
???「冤罪だな、ただの、それは。私は何一つとして手を加えてはおらぬ」
???「その呪法はこの島の正当たる王権、王に相応しい者へと流れる仕組みになっている――従って」
???「ならば偽りの王よりも、かつて治めた私へ集まるのは自明の理よ」
魔術師「まさか……廃れたヘンリー8世の血族かっ!?」
???「――は、はは、くははははははははははははははははっ!!!」
???「あぁ、あぁ!愚かしきかな!その愚昧さがお前たちの正気を繋ぐ!知らぬのは賢明なのか、あははははははははははははははははははっ!」
???「葦の船に乗る若者は自らの足下を見ずに大地だと信じ!星辰の果てより覗く眼球を直視せずに済むというものか!」
魔術師「ヘンリー8世が築いた術式、じゃないのか……?」
傭兵A「ヘンリー?」
魔術師「『全英大陸』の術式を築き上げたイギリス王だ。イギリス国内のローマ正教を廃してイギリス清教を立ち上げた」
傭兵A「王様が……魔術師。おかしくねえか」
???「いや、いいや。ヘンリー某の王器は誉めねばならぬ。諸人こぞりてその功績へ盃を傾けるがよい」
???「だが
???「神の業を、天使の業を。ただの王如きが無から生み出せる筈もあるまいよ」
魔術師「ならば――アーサーか!最初の王にしてトリスタンの仕えた王族!」
???「
???「あぁ、何を驚く。アーサーらは最期やもしれぬが、最古に非ず」
???「故にだ。正しき王の帰還とともに本来の持ち主へ返ってくるのは必定よ」
???「今の王家はアーサー
???「真実は只、アーサー
魔術師「……貴様はなんだ……?誰なんだ……ッ!?」
???「ほう、私の名を問うか。それ即ち貴様らは私の民ではないという証明でもあるぞ?」
???「ならばコナハトの土産にするが良い。私の名は――」
――
???「――――――ん?」
???「あぁ見ていたのか。つまらないものを見せてしまった」
???「恥ずかしいが、”
???「ほとんどの力は失われ、あのレベルにまで落ち込んでしまった。下手をすれば劣る」
???「また変な風に”混じって”しまったのだ。本来あるべき異相の存在と重なり、元からいた存在と置き換わった、というべきか」
???「私たちが”いない”世界軸へ干渉する以上、某かをベースに構築した方が手っ取り早いのでな」
???「そう、プロセルピナの件もおかしいと思ったであろう?明らかに神話をベースに人格――いや、神格が整っておる」
???「よって
???「
???「もう一柱の
???「私もそうだ。元からいた神性に同化し、卵が先か鶏が先かの区別がなくなっているように感じられる、が」
???「だがまぁまぁこれはこれで悪くない。こちらへ来た直後にだな、どうにも倦怠感と虚脱感、猛烈な飢餓感に襲われてな」
???「『おぉ誰ぞ気概ある魔術師の攻撃か!?』とも疑ったのだが」
???「どうやら『腹が減っている』らしいのだ。千と数十年ぶりに」
???「それでまぁならば食事でも、と思いつき、近くの店で取ろうと思ったのだ」
???「だがしかし、待てよと。どうにもこの国は度し難いことにメシが不味いらしいと評判なのだ」
???「不味いと評判という表現もどうかと思わないでもないが」
???「とはいえ人生とは常在戦場。まぁ粗食も悪くはなかろうと足を運んだのだ」
???「『この国で最も美味しいものを』と、頼んで暫し待ち」
???「結論から言えば美味であった。僥倖であった」
???「あまりの美味さについ佩剣をくれてやり、慌てて昔の剣を探す羽目にもなったのだが、その価値はあったな」
???「なんでも『タンドリーチキン』と言うらしいぞ。貴様も食してみるがよい」
???「中々どうしてペルシア辺りの味に似てはいたが……」
???「……」
???「まぁ、なんだ。報告が遅れたことを謝罪しよう。事後承諾になってしまったのも含め、すまなかったこの通りだ、と」
???「真に遺憾ではあるのだが、誰が行くのか、最初に乗り込むのかと相当揉めてなぁ」
???「僧正と娘々が大暴れ――あぁまぁ私もしないではなかったが、二人の八かけぐらいには、こう拳で話し合おうとしていたぞ?」
???「というか外見は一番年寄りなのにどうして僧正が落ち着いてないのだ、と思わなくもないが」
???「世界を壊さない程度に、外側で話し合っていたのだが……」
???「それが殊の外楽しくてな。暫くはそれで遊んでおった」
???「プロセルピナの娘がいる以上、何の先触れもなしに世界を終わらすのもできん。あの女の怒りを買うからな」
???「しかしながら、全く以て、呆れるほど愚かなことに。『まぁそれはそれで楽しそう』というのが何柱か。かく言う私もその一人だが」
???「なので、あれだ。折衷案というヤツでな」
???「『早い者勝ち』ということになった」
???「ほら、言うであろう?――『世界はみんなのもの』、だと」
???「私は別に抜け駆けした訳ではないぞ?名誉のために断っておくが、ただ少し魔神的超猫だましが見事にハマっただけで」
???「近いうちにそちらへ挨拶をしに行こう。なぁに近くに寄った
???「なり損ないの、挨拶もできぬ新参者へ先達が度量を示すのも悪くはない」
???「……」
???「――理不尽、とは言うまいな。身勝手とは言えまいよ」
???「貴様は世界を弄くった。幾千の命と幾億の運命をその手で変えた」
???「簒奪したのが貴様であるならば、また貴様も簒奪されるのは世の理ぞ」
神影ヌァダ(???)「――そうでなければ『天秤』は釣り合わぬ」
−終−