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Clock(trial)

アンジェレネ「み、未知なるグレンコーに幻の珍獣を求めて!」

 
――ロンドン 『必要悪の教会』食堂

上条「……」 カチッ、ブゥーンッ、カタカタッ

上条『――前略、父さん母さん。いかがお過ごしでしょうか?ロンドンは寒かったり暑かったり一日中どんよりとしています』

上条『暑い日は真夏のように暑く、寒い日は秋ぐらいには寒いです。現地の友達へ聞いたら「緯度が高いから基本寒くてたまに暑いですよ」だ、そうです』

上条『「他にも雨は少ないが、時々豪雨が降ってテムズ川が氾濫寸前までになる」とのことです。意味が分かりません。新手のギャグでしょうか』

上条『寮ではとても歓迎されています。実際歓迎されています。一日目から一緒に料理を作ったりもしました』

上条『管理人(代役)としての仕事が務まるのか、かなり心配でしたが早々に杞憂だったと思い知りました』

上条『というのも基本的に管理人というのは名ばかりであり、寮生の皆は自発的に仕事を手伝ってくれるからです』

上条『あぁそういえば。こちらへ来てすぐに、こんなことがありました――』



――ロンドン 『必要悪の教会』早朝(回想)

上条「……ぐー……すー……」

ガチャッ

???A「(おぉっと……寝てやがりますね。まぁ起きてたら起きてたで面倒なんですが)」

???B「(し、シスター・アニェーゼぇ!本当にするんですかあぁっ!?)」

アニェーゼ(???A)「(しっ!声が大きい、というか名前呼ぶのはどうか思うんですがね。シスター・アンジェレネ)」

アンジェレネ(???B)「(お、オヤクソクってこうする礼儀があったんじゃないですかっ!テレビでやってましたけど!)」

アニェーゼ「(あなたは悪い影響を受けすぎですよ。シスター・ルチアから『いい加減タブレットを禁止した方がいい』って意見もですね)」

アンジェレネ「(そ、それだけは勘弁してくださいよぉ!こう見えても”外”に順応しようとしてるんですからぁ!)」

アニェーゼ「(とてもそうは見えねぇんですが――ま、ともかく行きますよ?)」

アンジェレネ「(は、はーいっ!)」

アニェーゼ「(サン、ニ――イチ――っ!!!)」

アンジェレネ「(たぁっ!)」

ドドボスッ!!!

上条「そげぶっ!?」

アニェーゼ「はーい、おはようございます上条さん」

アンジェレネ「お、おはようございますっ!」

上条「……何やってんの君ら」

アニェーゼ「あぁいえ昨日はちょっとだけ『悪い事したなぁ』と、思ったんでそのお詫びに」

アンジェレネ「で、ですよっ!感謝してくださいねっ!」

上条「そうか、悪いな気を遣わせちまって――」

上条「――と、でも言うと思ったか!言わねぇよ!だって行動が一切伴ってないんだからな!」

アニェーゼ「あぁいえ、ですから、なう、的な?」

上条「お前らにマウントされてる俺ですが何かっ!?」

アンジェレネ「ご、ご褒美じゃないんですか?」

上条「……なんで?」

アニェーゼ「日本の殿方は少女に押し倒されるのがお好きだってぇ情報が」

上条「――よーし分かった、アレか?お前ら俺と日本にケンカ売ってんだなそうか分かったそういうことか!」

上条「表出やがれこのアマ!お前らの『幻想』ぶっ殺したらぁ!」

アニェーゼ「――と、いうのは半分冗談で」

上条「おい、半分本気だったって言うなら本気の方を教えろよ!残った半分を!」

上条「俺が爛れてると思われてんのか日本の約半数がアレな性癖だと思われんのか!さぁ、どっち!?」

アンジェレネ「ど、どっちを選んでも上条さんに該当するんですがそれは……」

アニェーゼ「国際問題になっちまいますんで、上条さんに決まってるんじゃねぇですか、と濁しておきます」

上条「……ふービックリした。日本人男性がHENTAIだと思われてなくて良かったー……」

アンジェレネ「ね、寝起きのテンションで言動がおかしいですよね?結構なこと口走ってますよ」

アニェーゼ「まぁとにかくお話がありますんで、パパッと起きちまってくださいな。管理人さんの業務の一環です」

上条「いや……まだ外暗いし、つーか別に俺一人でやらなくていいって言われた――」

アニェーゼ「おや、なんか腰の下に硬いモノか……?」

アンジェレネ「な、なんですかねぇ?」

上条「――さっ!張り切っていくぜ!今日から管理人のお仕事たーのしーなー!」

上条「だからレディ二人は俺の上から退いてくれないか!すぐにお着替えして働かなきゃだしねっ!」



――ロンドン 『必要悪の教会』早朝(回想) ロビー

アニェーゼ「――殿方の体ってのは……もんでして」

アンジェレネ「へ、へー……!」

上条「やめてくんない?場所移動したんだから前の会話引き継ぐってマナー違反だからやめてくんないかな?」

アニェーゼ「ヘンな知識付けられるより、きちんと教えるのが大人の役割じゃねぇですかい?」

上条「えっと……うん、まぁその話は後でするとして!」

上条「言われた通りにゴミ箱持って来たよ。まだ昨日食べたポテチの袋と空のペットボトルぐらいしか入ってないけど」

アニェーゼ「はい、早朝叩き起こしといて失礼しました。今日はですね、ロンドン式のゴミ出しをレクチャーしようってぇ話です」

アンジェレネ「で、ですよっ」

上条「あぁそれでダメな子筆頭が一緒に」

アンジェレネ「ダメな子言わないでくださいよぉ!わ、わたしも反省したんですから!」

アニェーゼ「私の監督不行き届きだったのも事実ですからねぇ。ま、一緒に片すってんで許してくださいよ」

上条「ま、次からは気をつけるって言うんだったらいいけど」

アニェーゼ「では物置に行ってゴミ袋を取りに行くところから始めましょう」

上条「了解――ほぼ初仕事がゴミ出しかぁ。大切な仕事なんだけど、夢がないよなぁ……」



――ロンドン 『必要悪の教会』早朝(回想) 庭

ドサドサドサッ!!!

上条「……おぉう……覚悟はしてたが、一、二、三……」

アニェーゼ「数えるよりか持ってった方が早いですよ。上条さんはヤローなんですから、ほらほら侠気見せてくださいな」

アンジェレネ「が、がんばってください!」

上条「頑張るけども……6個ぐらいか。それ以上同時に持つとぶちまけそうで怖い」

アニェーゼ「はい、それじゃ私は上条さんのゴミ箱をお持ちしますんで」

上条「持てよ!ほとんど入ってないゴミ箱より袋を!」

アニェーゼ「あぁいえ今からゴミ捨て場に案内する必要がありますし、あーほら、なんだかんだいっても上条さんお初じゃねぇですか?」

アニェーゼ「ゴミ捨てるのに、というかこっちの作法に慣れんのに戸惑うと思いましてね。実演でもしようじゃねぇかと」

上条「あぁ成程。国が違えばやり方も違うのな」

アンジェレネ「わ、わたしは持ちますよー!」

上条「……この子が持ったら持ったで、それはそれで児童虐待の香りがすんだよな……」

アニェーゼ「それじゃ寮を出ましょう」

上条「あ、悪い。ポケットに鍵入ってるから、施錠頼む」

アニェーゼ「必要ないですよ」

上条「いやいや閉めた方がいいんじゃないの?治安は……あんま良くないんだろ?」

アニェーゼ「あぁそう意味じゃねぇんです。ま、ついてきたら分かるんで、どうぞこっちへ」

上条「あ、あぁ……」



――ロンドン 『必要悪の教会』 早朝(回想) ゴミ捨て場(徒歩30秒)

上条「ここは……」

アニェーゼ「ゴミ捨て場です。正確にはゴミ収集ボックスが置いてある場所ですね」

アンジェレネ「に、日本じゃ違うんですか?」

上条「全然違う。日本のゴミ捨て場にはこんな人が入れそうな巨大なゴミ箱はない」

アニェーゼ「たまにホームレスが入ってて事件になってますね」

上条「だろ!?中学生ぐらいの高さとバイクぐらいの幅は事件の予感しかしないよなっ!?」

アニェーゼ「では今からゴミを捨てますんで、よーく見といて下さいね?一回しかやりませんから」

上条「……分かった、頼む!」

アニェーゼ「よいしょっと」 カパッ、ドサッ

上条「……」

アニェーゼ「以上です」

上条「……シスター・アニェーゼに質問!はーい!」

アニェーゼ「はいどうぞ日本からノコノコお越しの上条さん!」

上条「昨日オルソラにも言ったがノコノコはいい表現じゃない――のは、横に置くとしてだ」

上条「今……俺が見たアニェーゼを具体的に説明すればだ」

上条「まず俺の部屋のゴミ箱の蓋を外します」

アニェーゼ「はい」

上条「次にゴミ収集ボックスへ全部ぶちまけます。終わり」

アニェーゼ「中々学習が早いですねー」

アンジェレネ「で、ですよねー」

上条「ザッッッッッッッッッッッケンなコラ!ただ箱から箱へと重力テレポートしただけじゃねぇかよっ!」

上条「分別はっ!?自治体指定のゴミ袋はっ!?ゴミ出す時間の制限はどこいきやがったんだっ!?」

アンジェレネ「え、えーと……残念ながら今の上条さんの疑問へ対する答えはですね、一言で済みまして」

アニェーゼ「ずばり、『そんなもんねーよ』、です」

上条「あれ?おかしいな、ロンドンへ着いてからイギリスのイメージが下がる一方だ」

アニェーゼ「各ご家庭で出たゴミを、ここへ、捨てる。たったこれだけです」

アンジェレネ「し、資源ゴミは別途回収している自治体もありますよっ!古紙やペットボトルもですけど!」

アニェーゼ「しかしながら『面倒』という一言で、全部まとめて捨てるロンドンっ子は後を絶たねぇらしいですよ。笑っちまいますね」

アンジェレネ「で、ですよねー」

上条「そうだな。お前らが縄文式貝塚チックなゴミ出しすら、満足に出来てなかった点を除けばその通りだよな」

アニェーゼ「カルチャーギャップですかい?やれやれもうホームシックとは」

上条「ウルセぇわ!超ウルセェよ!つーかイギリス、こんっっっっっっっっっっっっなアバウトなゴミ収集でいいのかよっ!?」

アニェーゼ「おぉっと待って下さいな上条さん。私たちだってこっち来た時は戸惑ったんですから、あなたの悩みは理解出来るつもりですよ」

アンジェレネ「そ、そうですよぉ!慣れるまで大変だったんですから!」

上条「あ、あぁごめん。お前らイタリアだったんだよな、それもローマの」

上条「あっちはどうだったんだ?ここまでデタラメじゃないんだろ?」

アニェーゼ「当たり前ですよ。あっちは普通ゴミ、資源ゴミ、ガラス……の、ように専用のダストボックスが並んでまして」

上条「だよな!なんつっても観光地だからな!景観は守らないと!」

アニェーゼ「でもまぁ大概は全部”普通ゴミ”へツッコまれるという。こっちと大差はねぇカンジですかね」

上条「同じじゃん。よりにもよってローマ市民とロンドン市民、メンタル同じレベルじゃん」

アンジェレネ「ば、バチカン市”国”なので、市民ではちょっと……」

上条「より質が悪いっつってんだよ!なんかこう偉い人のお膝元でも混沌としてたってことだろうが!?」

アニェーゼ「ちなみにイタリアのゴミ収集はマフィアの資金源の一つと言われており、よーく止まっちまうんですよ」

アンジェレネ「あ、ありましたねー。何週も回収に来なくてローマ市内がゴミだらけになっちゃって」

上条「お前ら先進国名乗るのいい加減に考え直せ」

上条「そして羽○君のファンや濃いファンが見せた奇跡、『パレードの後にはゴミ一つ残さない』を勉強しろ!」



――ロンドン 『必要悪の教会』食堂

上条『――そんなネタ種族が住む魔窟がロンドンです。あの這い寄る混沌メシを好むレッサーを生んだ島国だとしみじみ実感しました』

上条「……」 ピタッ

上条「デリートデリート、っと……内容が、うん、ちょっと。冒頭部分はいらないよな。ただのラノベになってるし」

上条「後半も……ロンドンの恥部を暴露するのも、まぁ帰ったら話そう。メールには書かないでおこうか。それがいいよな、うん」

上条「『日本と違う生活習慣に戸惑うこともしばしばですが、寮生の子に教えてもらって何とかやっています』、か」

上条『寮の仕事と言っても基本的には寮生の自活を促すのが目的であり、雑務に負われることはほとんどありません』

上条『元からあった掃除・食事当番のローテーションへ入り、お手伝いをするような感じです。一応同じ食客?扱いだそうで』

上条『ちなみに海外では和食ブームだと事前に聞いていました。聞いて”は”いました』

上条『前に父さんへ「本当?」って聞いたとき、父さんはとても疲れたような薄い笑いをしていました。その訳はこっちへ来て思い知りました』

上条『揚げた海苔巻き、生クリームとスイーツの乗ったスシ、極めつけはちらし寿司と称する残飯。ぶち切れそうになることがしばしばです』

上条『寮生の中にはそれが日本のスタンダードだと思っている子も少なくはなく、正しい料理を量産して認識を変えるべく奮闘しています』

上条『そしてパチモンの日本料理、何が問題かって一部では非常に美味しいものがあるということでしょうか』

上条『あ、レシピと写真は添付したファイルを。揚げ海苔巻きは一度作ってみる価値はあります』

上条『他には……あぁ寮生の中に一人、九州出身の子がいます』

上条『同じ日本人という事もあり、価値観が共通しているため話が合い、寮の先輩ということもあって色々とアドバイスを――』



――ロンドン 『必要悪の教会』昼(回想)

神裂「こちらが寮の洗濯室ですね」

上条「おぉ……!洗濯機と乾燥機が大量ズラーッと並んでる!コインランドリーみたいだ!」

上条「でもツッコんでいいかな?部屋に置けば良くね?」

神裂「それこそ文化の違いですよ。こちらでは間取りを広く取るため、共有スペースにシャワー室やランドリー室を用意するんです」

上条「へー。あ、でも管理人室にはシャワーついてたぞ?」

神裂「この寮は一応女子修道会の扱い……も、できるという建前の元に作られておりますので、個人がそれぞれの部屋で沐浴できるようになっています」

上条「ヴェネツィアのオルソラんちでもバスルームが二つあったっけかな。洗礼とか?」

神裂「とは違いますね。西方教会においての洗礼は、聖職者立ち会いの下に行われる宗教儀式ですから」

神裂「十字教の教えではそもそも人は現在を背負って生まれてくるものであり、そのため幼児に洗礼を施すことによって罪を洗い流そうという」

上条「……知らないとマズい?」

神裂「寮監をする上では特に問題はないかと。何代か前のイギリス王室の王子も、結婚寸前まで洗礼をされていない方を伴侶へ迎え入れましたし」

上条「イギリス清教じゃない?」

神裂「どころか十字教でもないのではないか、という噂も。国の上層部からして”そう”なのですから、気にする必要はありませんよ」

上条「俺は仕事で来てるけど、王室もそういうのが仕事じゃないのか……?」

神裂「現在の王朝の元々の家名が『ザクセン=コーブルク=ゴータ』であり、世界大戦の前に『ドイツ系の名前は良くないから改名しようよ!』、なので……」

上条「そんな適当で良かったのかよイギリス国民、そしてイギリス王室」

神裂「こちらは……ま、まぁそういう世界もあるということで一つ納得を……」

神裂「何回か議会が国王を処刑したり、追い出したりを繰り返している伝統がありますし……」

上条「よくもまぁキャーリサはカーテナ使えたな!あれ確か円卓の騎士が残した設定なのにドイツ系が!」

神裂「ス、スウェーデン王室も入ってるような入っていないような、まぁまぁそこは国が変ればということで!」

上条「フワッフワしすぎてんだろ。もっと設定練り込んで来いよ。編集さん激おこだぞ」

神裂「前の、ではなく第二次世界大戦でもイギリスはフランスに協力しましたし、政治からは距離を取っているのかと」

上条「そっかー、やっぱイギリスとフランスって仲良かったんだなー。いや良かった良かった」

神裂「それは……どうとも言えませんが。何か?」

上条「俺の友達がだな、『フランス助けた理由?見捨てて滅ぼすより、助けた恩を未来永劫チクチク言い続けた方が楽しいからですよ!』って」

神裂「い、いやまさか、そんなはずは!」

上条「『その証拠に開戦直後から何度でも参戦するチャンスはあったのに、自由ケベック・ビアフラ万歳野郎が亡命するまでリアクションを起こしませんでしたねっ!』」

神裂「詳しいですよね?十字教の習慣よりもイギリスの黒い歴史を予習してきたのですか?」

上条「延々ロシア道中で話を聞かせられた……ん、だよ?」

神裂「そこでどうして疑問形が来ますか」

上条「いや他にあの混沌メシ女と接点はなかった筈だし――ともかく、何が問題かってそんなイギリスのネタとしか思えない歴史をだ」

上条「当のイギリス人本人が嬉々として語り継いでいる以上、俺たちにできることは乾いた笑いと浮かべるだけだ、なっ?」

神裂「強く否定はしませんが、その達観ぶりもどうかと思うんですよ、上条当麻」

上条「んで?神裂は俺と洗濯機対面させて何がしたかったの?」

神裂「あぁ失礼、本題を忘れていましたね。日本のとは規格が違いますので、その説明をしなくてはならないと思いまして」

上条「そりゃどうもありがとう。でも大丈夫だぜ。何となく単語の意味は分かるし、洗濯機なんてどこだって仕様は同じだろ」

上条「このツマミが排水の切り替え、こっちが洗濯・すずきタイマーでこれが脱水タイマー。大体目盛りがついてるから時間で何となく分かる――」

上条「――ってあれ?なんだこのツマミ、単位が”20〜80”まであんだけど。こんなの日本のにはなかったよな」

上条「乾燥機一体型……じゃ、ないもんな。日本でも珍しくなった普通の二層式ドラムだし」

神裂「えぇ、やはり人数が人数ですので一層式の全自動よりも、洗濯と脱水が一度にできる二層式が実用的でして」

上条「いやそりゃいいんだけど、このタイマーはなに?つーかタイマーか、そもそも?」

神裂「水温です」

上条「はぁ――はぁっ?水温!?」

神裂「こちらの習慣で、と言いますか、歴史的にと言いますか、ペストはご存じで?黒死病とも言いますが」

上条「流石にその程度は知ってる。伝染病が大流行したんだよな」

神裂「はい。その時の対策としまして、衣服を”煮る”という洗濯法が広く普及しました」

神裂「具体的には……初期の業務用大型洗濯機を例えるなら『学校の焼却炉』」

上条「あー……あの、よく学校の怪談でネタになるけど、実は近年撤去が続いてて若い子には意味が分からないアレか」

神裂「勝手にゴミを燃やすのは禁止されていますからね。まぁそんな感じのブツで、普通の家では大鍋で煮ていましたが」

神裂「その名残でもあり、またこちら生活用水が硬水――特定の鉱物含有量が多く、洗濯には不向きなんですよね」

上条「だから温水を使って少しでも汚れを落ちやすいように、か。本当に住んでる場所が違えば、生活環境も違うよなぁ」

神裂「ガッテ○でやっていましたが、60度ぐらいが雑菌の繁殖を抑えられるそうですよ?」

上条「聖人がガッテ○見んなよ」

神裂「いえ、実は最近あの番組も迷走が続いてですね。先週の放送では『人に優しくすると寝たきりになりにくい』って結論に」

上条「大切だけどな!因果関係が実証にし難い上に証明されてても人前じゃ言い辛い!」

神裂「まぁとにかく、洗濯をするときにはこちらで。乾燥機もご自由にお使い下さい」

上条「……洗濯は当番制じゃないんだよな、いくらなんだって」

神裂「えぇ違いますとも。以前から個人に任せてあります」

上条「ちなみに空いてる時間帯とかあれば教えてくれると嬉しい。洗濯中に女の子来たらお互いに気まずいだろうし」

神裂「そうですね。疚しい所がなくとも、事故は避けられれば避けるに越したことはありませんしね……と」

神裂「基本的に一般的なシスターたちの朝は早いですよ。それこそ沐浴をしてからお祈りをし、清掃をするのが良しとされています」

神裂「特に真面目なシスター、例えばオルソラやルチアなどは早朝から活動されていますし」

上条「あと人数多いから朝食当番も早起きしなきゃだしな。だったらやっぱ夜一択か、まぁそれだったら」

神裂「いえ、夜は早起きし損なったシスター……アンジェレネやアニェーゼが、こっそりと洗濯をですね」

上条「じゃあ昼間か。ま、まぁ中途半端だけど乾燥機もあるしな!」

神裂「昼間は大体朝寝坊したシェリーか、彼女に特に甘いオルソラが使っている場合があります」

上条「……ちなみにお前のオススメは?」

神裂「そう、ですね。以上の前提から導き出される結論は一つ」

神裂「他のシスターと出くわしたくないのであれば、外のランドリーを利用する、というのはいかがでしょう?」

上条「なぁ神裂、俺いま天草式流のぶぶ漬けを勧められてんのかな?お前もう帰れよ的な流れ?」

神裂「とんでもありません!誰があなたにそんな酷い仕打ちをっ!?」

上条「超ワガママ。話の持って行き方が自己中過ぎる……っ!」

神裂「比較的空いているのは昼間ですから、シェリーに構わず洗濯されるのが宜しいかと」

上条「あぁシェリーっつったら、あいつ大丈夫か?仕事が忙しいから当分帰れないって連絡受けたってオルソラが」

神裂「仕事、というか趣味に没頭すると寝食を忘れますからねぇ。そういう意味で心配は心配ですが」

上条「何の仕事してんの?先生だっけか」

神裂「大学で教鞭を。今回は少し毛色が違うようで、発掘された遺物の鑑定や調査に駆り出されています」

上条「『必要悪の教会』としてか?」

神裂「んー、どっちでしょうね。美術・考古学的な価値があるため、取り敢えずは表ですよ」

神裂「もしもこれが魔術的な物品であった場合、また違うお仕事になりますけどね」

上条「これは興味本位だから答えなくてもいいけど、具体的にはどんな感じなの?」

神裂「『聖槍』ですね。正しくはその穂先」

上条「へー……って待てよ!俺でも知ってるぐらいのレアアイテムじゃんか!」

神裂「――の、”偽物”だそうです、そのシェリー曰く。また画像データを見たオルソラも太鼓判も押していました」

上条「あぁビックリした。ニセモンだったらそりゃ――ん?ホンモノじゃないのに調査が長引くって?」

神裂「古い武器なのですが、どうにも後世の誰かが手を加えた跡が残っているそうです」

上条「とんでもない価値が……!」

神裂「あれば良かったのですが、一時期『古代の武器を材料に聖槍作って高く売ろうよ!』という不埒なブームが。今から800年ほど前に」

上条「つーことはアレか。余計な事しなきゃ文化的財産なのに、アホが儲けようとして手を加えてダメにするパターンか」

神裂「偽物とはいえ800年前の贋作ですから、考古学的な価値もない訳ではないのです」

神裂「また偽装という点もなくはないのですが、恐らくはそうではないという説が有力です」

神裂「もしその、洒落にならないような霊装の類であれば、あなたにご足労願えればな、とも……」

上条「いいね!そういうスプリガ○みたいな仕事やってみたかった!」

神裂「あなたが筋肉服着ても装備の段階で壊しそうですよね」

上条「くっ!俺の右腕に封印された邪神が!」

神裂「あのマンガでしたら最初に誘拐されるヒロイン枠での登場ですよね、その設定だと」

神裂「――さて、ご静聴――とは程遠かったですが、以上で洗濯室の説明を終えたいと思います。何か質問があればどうぞお気軽に」

上条「うん実はさ、この部屋入ったときからずっと気になってんだけどな」

神裂「でしたらもっと早く聞いてくだされば良かったのに」

上条「洗濯機と乾燥機の中で引くぐらい目立ってる、そこの最新式の全自動的洗濯機って――」

神裂「太郎丸です」

上条「いや、だから全自動」

神裂「太郎、丸、ですが……ッ?」

上条「……えーっと、ちょっと場違い&スペック過剰なぐらいに他の追随を許さない、太郎丸さんは、何?どう見ても学園都市の最新モデルなんだけど」

神裂「そうですね、太郎丸との出会いは話せば長くなるのですが」

上条「じゃあいいです。ありがとな神裂、説明してくれたお陰で分かったよ」

上条「俺ちょっと学校から出されたレポート書かなきゃだから!留年しちゃうといけないからこの辺で!」

神裂「まず二人がどうやってお互いの誤解を解いたのか、そこから話すのが筋でしょうか」 ガシッ

上条「離してっ!俺は部屋戻って今晩の献立考えなきゃいけないから離してっ!?」



――ロンドン 『必要悪の教会』食堂

上条『病んでます。世界に20人しかいない人たちでも、厳しい現実の前にはKONOZAMAです』

上条『関係者から事情聴取したところ、お局様と呼ばれるOLのように名前を付けて可愛がっているとか』

上条『というか神裂とも付き合いは長いのですが、考えてみれば一度もそげぶした憶えがありません』

上条『そろそろ決着つけたいと思います。あ、正面から殴り合ったら確実に負けるので、ソシャゲーか何かで』

上条『しかし100回ガチャ回したらSSRを100本引きそうな相手には勝ち目がありません。どうすれば』

上条「……」 ピタッ

上条「これもデリートっと……ただのガラの悪い話になってる。てか神裂の病んでる感を相談したってなぁ、うん」 カタカタカタ

上条「一回神裂にガチャ回させてみようかな……?『ここを触ってくれ。いや深い意味はないんだ、ただそんな気分になったんだ』って」

上条「ただ触った勢いで指がスマフォが貫通しそう。なんだろうな、暗殺拳の継承者って訳でもないのに」

上条「あーっと、マシな話題……『あと、母さんからの連投でメールボックスがパンパンになった件についてですが』」

上条『ご心配されているようにこちらは犯罪も少なくありません』

上条『不特定多数の人間や根本から価値観の違った人種が集まり、人口に比例して犯罪率が高くなっているのは事実です』

上条『ただ、現地の人間に言わせるのなら、交通事故のような感じだそうです』

上条『注意をしていればある程度防げるし、最悪を想定してきちんと行動すれば最悪の最悪にはまずならない』

上条『トラブルに巻き込まれないよう、日頃からきちんと気をつければノープロブレムだそうです』

上条『それでも心配してくれた寮生は、わざわざ時間を作ってこんな事をしてくれました――』



――ロンドン 『必要悪の教会』食堂 (回想)

アニェーゼ「どうも。お疲れ様です」

アンジェレネ「さ、さまですーっ」

ルチア「ごきげんよう」

オルソラ「ごきげんようでございます。ささ、こちらへどうぞ」

上条「あ、はいどうもご丁寧にこんにちは。呼ばれたんで来てみたんだけど、なんか用?」

上条「しかも指定されたドレスコードが『こっちに来た格好と装備そのまま』って、余計に不安を誘うんだが……」

ルチア「それがその……何とも言えない味のある格好ですか?」

上条「そうそう。今回は前にオルソラに言われて反省したから少し変えたんだぞ」

オルソラ「ヴェネツィアの観光旅行でございますね」

アニェーゼ「具体的にはどこいら辺をですかい?」

上条「スーツケースは新品から中古へ変えたし、普段使ってる草臥れたデイバッグをそのまま持って来た!」

上条「どう見ても旅慣れた観光客にしか見えない!これで犯罪者に狙われる心配はないぜ!」

アンジェレネ「よ、よくお似合いですよ」

上条「おのぼりさん的な意味合いですかコノヤロー」

アニェーゼ「あー……オルソラ嬢はなんて言ったんですかい?」

上条「なんだっけかな。新品の旅行用品とスマフォにパンフ装備してたら」

オルソラ「『詐欺師やスリ師の皆さんようこそいらっしゃませ、ただいまタイムセール開催中でございますよ』でしたか?」

上条「表現に酷さが増してる」

アニェーゼ「その認識は合ってますんで、お礼言った方が正しいってもんですよ」

上条「ありがとうございますオルソラさん」

オルソラ「いいえ。偶然にも出会えた幸運に感謝ですよ」

上条「けど保護されたはずのお姉さんの家で、ヴェネツィア一帯を吹き飛ばすような謎の結社と戦う羽目になったんですが」

オルソラ「結果的にはアニェーゼさんたちを助けられましたし、誰も彼も得をしましたね」

上条「ついでにあの司教服着たバーバリアンの人、『あの野郎』とか言ってたんですけど。実はあれ全部誰かが仕組んでたことじゃ?」

オルソラ「で、あればその方に感謝感謝でございますね」 ニコッ

上条「なぁやっぱオルソラって天使だと思うんだけど、俺間違ってないよな?」

アニェーゼ「落ち着いてくださいこのバカ。あ、違いましたバカの上条さん」

上条「間違えようがないよね?君綺麗で淀みない発言でこのバカって言ってたよな?」

ルチア「しかし――その情報は初耳ですね。ビショップ・ビアージオがそんなことを仰っていたのですか?」

上条「俺も言ったのは初めてだ。大した情報でもないだろうしな」

アニェーゼ「偶然にしちゃできすぎていましたからねぇ、私らにとっちゃ恩人かも」

アンジェレネ「ビ、ビショップ・ビアージオを騙せるほどの”男”ですかぁ。誰でしょうねぇ」

オルソラ「はいはい、脱線するのはそのぐらいに致しませんと本題から逸れているのでございますよ」

上条「そうだな。だから俺のこの観光客スタイルの謎解きをだな」

オルソラ「まずはですね、オリーブオイルをパン粉に吸わせないことが大事なのでございまして」

上条「それ初日にやった。作ったのはいいけど『本題からズレる』ってほったらかしになった卵料理の秘訣だろ」

ルチア「あの……シスター・アニェーゼ。どうして彼は即座に応対できるのでしょうか?」

アニェーゼ「特に理由はないと思いますが、あえて言えば”存在価値”ですかね」

上条「やめろ!人をツッコミ以外に特技がないみたいに言うな!」

アニェーゼ「件の『右手』も広義じゃツッコミと言えなくもねぇですからね」

上条「それ言い出したら終わりだろ。刑事訴訟ですら犯罪へ対するツッコミと言えなくもないんだから」

オルソラ「上条さんにおきましてはこちらでの生活を快適に過ごしていただきたく、今日は集まったのでございまして」

上条「あ、本題に戻ってた。でも快適って何?」

アニェーゼ「実はこっそりシスターたちで話し合ってんですがね。我々は上条さんに何を返せばいいのか、ってぇことを」

アニェーゼ「今回の件はさておくとしても、ほら?前の借りとかあるって訳ですから」

上条「いやそんなさぁ、別に俺は貸し借りをしてるつもりは全然ないんだ。むしろ助けてもらったり迷惑かけてんのは俺の方もであってだ」

アニェーゼ「話し合いは『全員でシスターのコスプレをする』or『語尾にブタ野郎をつける』で、大きく二つに分かちまいましてね」

上条「どこからツッコんでいいのか戸惑うわ。一台詞の中へそんなに情報量持たせんなよ面倒臭い!」

上条「シスター服云々に関してはヘビースモーカー神父がヌカしたんだろうが、誰がシスター大好きっ子だよ!好きだけど!」

アンジェレネ「つ、ツッコミがホケになってますよぉ?」

ルチア「やはりそうですか。汚らわしい」

上条「いや違うんだよ。日本人が巫女さん好きなのと一緒で、十字教圏に住むヤローもだな」

アニェーゼ「その例だとブディストのあなたにはこれっぽっちも関係なくなっちまいますよ」

上条「それと全員シスター服着てんだろ!?今更お礼に着る着ないの問題じゃなくて!」

アニェーゼ「あ、これは別に『お礼?面倒だし別に良くね?』ではないので、えぇ決して」

上条「語るに落ちてますねコノヤロー。落ちっぱなしだわ、アンペア数大家に言って交換してもらえよ!」

オルソラ「日本のブレーカー事情を例えに出すのは、少々厳しいのではないでしょうか」

上条「ブタ野郎は暴力だよね?ちょっとした拳が幻視できるぐらいに厳しい言葉の暴力だよね?」

アニェーゼ「といった意見が出ましたので、議論が白熱しているところに――これがっ!」 スッ

上条「あ、俺が前回持参してきたガイドブック。”地球の歩き○”」

オルソラ「私の家へ忘れていらしたのですよ。お返ししようと持っておりました」

上条「あぁそりゃありがとう。当分はヴェネツィア行く予定もないっちゃないけど」

上条「――って、この流れだと、そうか、アレか!お前らがイギリスのディープな観光地を案内してくれるって展開か!」

アニェーゼ「違いますよ。何言ってんですかい、そんな在り来たりな」

ルチア「私たちやシスター・オルソラはイギリス出身ではないのですから、少し考えれば分かると思いますが」

上条「確かに。観光地回るのにフル装備する意味がないよな」

アニェーゼ「……上条さんの本が観光地の情報が載っているのであれば、てか今の時代ネット検索すればその手のブログは腐るほどヒットしますよね?」

オルソラ「現地の方が趣味でやってるものから、業者の方が宣伝目的でしているのまでよりどりみどりでございますよ」

上条「あー、それ見抜くのは難しいかもなぁ。その本だって『現地行ってみたらキャンペーン終わってた』的なこともあるって聞くし」

アニェーゼ「でしょう?そこで私たちの出番ってやつですよ!」

上条「いやいやお前否定したばっかだろ。現地滞在時間短いから適役じゃねぇぞって」

アニェーゼ「いいえ、上条さん。ガイドブックやブログは沢山ありますよね?あの店は美味しいだの、あの場所は穴場だのって情報が」

アニェーゼ「まぁ食い道楽に見道楽、そっちの情報はそっちにお任せするとして、私たちは別の視点からアプローチしたいと思います」

上条「そ、それはっ!?」

アニェーゼ「題して――『地球のガチな歩き方』……ッ!!!」

上条「もう題名からして不安しかない」



――ロンドン 『必要悪の教会』食堂 (回想)

アニェーゼ「って訳でガチです!覚悟はいいですか!」

上条「先生!意味が分かりません!ガチってなんですかガチって!」

アニェーゼ「……」

上条「先生?」

アニェーゼ「あー、ハローハローこんにちは?ニホンジンですかー?」

上条「あ、あぁそうですが」

アニェーゼ「観光(サイトシーイング)ですか、ビジネスですか?」

上条「どっちもです」

アニェーゼ「そですかー。あ、行きたいとこありますー?ガイドブックみせてくださーい」

上条「そうだなー。ロンドン塔は一回見てみたいと思ってた」

アニェーゼ「ですかー。それじゃあですねー、ロンドン塔はここのバスに乗りまーす」 ピタッ

上条「――っ!?」

アニェーゼ「どうしましたかー?」 フニッ

上条「べ、別に?」

上条(当たってますよアニェーゼさん!未発達でふにふにした何とも言えないのが俺の肘に!)

アニェーゼ「――で、ですねー。イースト・エンドの城壁が見えますから、それに沿って歩けば――」

アニェーゼ「って聞いてますかー?おにーさん?」

上条「あぁばっちりだ!手順を詳しくリピートしろと言われても困るが、なんとなく分かるぜ!」

アニェーゼ「あー、なんだったらリピートしますかー?」

上条「あとで叱られそうだから、もういいです」

アニェーゼ「そですかー。それじやーグッバイ、ハバナイスデー」 タッ

上条「サンキューサンキュー、ファインサンキュー――」

上条「――ってなんだよこの小芝居!地球を歩いてないよ!微動だにしてない!」

アンジェレネ「で、ではシスター・ルチアにシスター・オルソラっ、得点のほどをどうぞっ」

ルチア「ゼロですね。点数を付けるのが冒涜しています」

オルソラ「アドバイスは聞いてくださらなかったのですね。悲しいです」

上条「……マジで、何の話……?」

アニェーゼ「さて、上条さんこちらのブツに見覚えは?」

上条「うん?あんま綺麗じゃない財布と俺にしては大枚叩いて買ったミリオ○柄のスマフォ」

上条「――って俺の?あれ?バッグに入れといたはずの、なんで?」

アニェーゼ「上条さんがエロに気を取られてるうちに、バッグの後ろから拝借したんですよ」

上条「今の一瞬で!?」

ルチア「いいえ。割と長い間鼻の下を伸ばしていたように見受けられますが」

上条「一瞬だったな!いやー分かんなかった!こんな短時間で盗まれたなんてな!」

アニェーゼ「古典的と言いますか、典型的と言いますか、日本の紳士の皆様方にはよく引っかかる手だそうです」

アニェーゼ「そして正直に申告するとご自分のエロさも言わなきゃいけないため、盗まれた方を中々特定できないってぇ効果も」

オルソラ「『気がついたらなくなっていた』、でございますね」

ルチア「無様ですね」

上条「――待ってくれ!日本人男性側を代表してこれだけは言わせてくれ!」

アニェーゼ「どーぞどーそ。実際に財布パチられた上条さん」

上条「少女にペタペタされた対価が財布だったら、『まぁこれはこれでいいや!』って言うヤツは結構いると思う!」

アニェーゼ「帰ったら刺されますよ?てゆうか今誰よりも深く日本人男性を刺しているのはあなたですよね?」

上条「代表するとは言ったが、弁護するとは言ってない!」

アニェーゼ「……まぁ本人が納得していれば、実は犯罪ですらねぇんですが――ともあれ」

アニェーゼ「上条さんにゃ快適な海外生活を送って頂きたい、ってぇのがシスター一堂の総意としてあったんですよ。まぁお世話になりましたしね」

アニェーゼ「だもんで、旅行者がこれをやっちまったらいけない、あれをしたらマズいってのを教える――それがっ!」

上条「……『地球のガチな歩き方』……?」

アニェーゼ「ですね」

上条「……なぁ。嬉しいは嬉しいし、ありがたいのもありがたいんだけどさ。なんかこう、釈然としないんだよ!もっと別ので良くね?ってさぁ!」

上条「大体ガイドブックか旅行業者のサイトに書いてあんだろ!実演してもらわなくたって!」

アニェーゼ「何年か前にイタリアで流行った強盗方法があります――そいつぁ『首絞め強盗』と呼ばれていました」

アニェーゼ「後ろから近寄って首を絞め落してから、金品持って逃げるってタチ悪ぃのが」

上条「やだ超物騒」

アニェーゼ「こっちじゃ――あぁ私らがイタリアに居たとき――結構報道してんですよ。注意喚起も兼ねて」

アニェーゼ「しかし余所の国じゃ、その国出身の観光客が被害に遭うまでは全然しなかったと。どなたさんか歌手の方が喉壊しちまったって聞きましたけど?」

上条「あー……聞いたな、確か。大御所レベルの人だったような」

オルソラ「観光ガイドブックにも犯罪の情報は書いてあるのでしょうが、『この地域は危険だ!来るな!』とは書けないのでございまして」

上条「あんのね。やっぱりそういうトコが」

アニェーゼ「何代か前のロンドン市長が市の財政難のために40近い警察署を閉鎖しやがったんですよ」

アニェーゼ「繁華街から歓楽街まで、需要のあるなし関係無しに」

上条「……もしかして、ヤバイ?」

アニェーゼ「正しい知識を持って正しい情報を仕入れた上で、危険なことをせずに危険な所へ行かなければ、まぁまず大丈夫です」

上条「日本だってあんま柄の良くない場所だってあるし……うーん、そんなもんか」

アニェーゼ「まぁ、本当に大切なのは生の情報ですし、なんつっても地元の人間が『これだけは気をつけとけ!』って言うんだから間違いねぇってもんですよ」

上条「そうか……宜しくお願いします、先生方」

アニェーゼ「いえいえ」



――ロンドン 『必要悪の教会』食堂 (回想)

アニェーゼ「それじゃまずは具体的な話をする――前に心構えの話です」

アニェーゼ「大切なのは『犯罪者だって考える頭はついている』です。大丈夫ですかい?」

上条「センセー!もし少しでもクレバーな頭を持っていたらコツコツ働くと思います!」

アニェーゼ「はい生徒さん、そこは諦めてください。もし世界中の人間がそこそこ賢ければもっとマシになってますんで」

アニェーゼ「あーっと、上条さんがスリになったとしましょう。目の前にカネ持ってそうな日本人と旅慣れたバックパッカーがいます」

アニェーゼ「ちょいとお金を拝借するんだったら、どっちを選びます?」

上条「そりゃカモり易い方だな。カネ持ってそうな」

アニェーゼ「なら同じジャパニーズでカネ持ってそうな感じでも、旅先で隙を見せる相手と見せない相手を比べれば?」

上条「……あぁそうか。根本は”人”なのな」

アニェーゼ「はい。なもんで与しやすそうな相手を選びますし、逆に何が何でも日本人が狙われるってえ訳でもありません」

アニェーゼ「商売――つっちまうのは語弊がありますがね、まぁリスクとリターンを秤にかけて考える、ってぐらいの頭はあるんですよ」

アニェーゼ「あー、ナンパと同じですよ。無理めな相手に付きまとうよりか、声かけまくって一山幾らのビッ×を探した方がいい」

ルチア「あの……シスター・アニェーゼ?その発言には少々不穏すぎるのですが……」

アンジェレネ「せ、せめて電話勧誘詐欺と一緒、ぐらいの方がいいかと……」

上条「分かりやすい例えありがとう。分かりたくなかったが」

アニェーゼ「『あぁこれは時間の無駄っぽいな』と思ったら、そういう連中はすぐに離れるんで、対策は難しかありません――ではオルソラ嬢」

オルソラ「はい、では選手交代でございますよ。宜しくお願い致します」

上条「オルソラが美人局やったら100人中100人引っかかるだろ」

アニェーゼ「女子修道女が布教活動を担っているのも、まぁそういう側面が無きにしも非ず、ですから」

上条「だからそのボケにマジレス撃ち返してくるのなんとかしろよ!軽い気持ちでネタ振ったのに理不尽な!」

オルソラ「冗談でございますよ。私が接した方で、そんな邪な方はおりませんでしたし」

上条「(……なぁ、これ本気で言ってんのかな?)」

アニェーゼ「(意外に黒い所もあるので、まぁ可能性はどっちもあり、とだけ)」

オルソラ「私がお教えするのも単純な話でございまして、要は『相手も同じ人間』というだけです」

上条「うんごめん。それ今アニェーゼが話してくれたばっかだから」

オルソラ「えぇ、そのようでございますけども……えーっと、アニェーゼさんが心構えをお話しくださいましたので、私は鉄則を」

オルソラ「そうですね。あなたがまずひったくりに遭った場合、まずそれを取り戻そうとお考えですか?」

上条「ひったくりだったら、そうだな。強盗だったら大声上げるとか、別になるけど」

オルソラ「財布や荷物程度でしたら、しては、いけません。絶対に、やめてください」

上条「……なんで?」

オルソラ「高確率で刺されるか撃たれるからでございます」

上条「刺っ……!?」

オルソラ「命よりも大切なものでない限りは、深追いするのは絶対にしてはいけません」

上条「そんな……凶器持ってるんだったらさ、最初から使うんじゃないのか?いや、物騒な話だけどさ」

オルソラ「そこでアニェーゼさん曰く、『考える頭はある』というお話へ戻ります」

オルソラ「例えば銃で武装した銀行強盗が現われました。警察はどうされるでしょうか?」

上条「国家の威信にかけて解決するだろ。国によっては軍隊が投入されるかもだし」

オルソラ「次。路上で観光客が撃たれたのでございます」

上条「市内に通達出して徹底的に調べるな。人撃ったアホが徘徊してるんだから、さっさと捕まえるに限る」

オルソラ「観光客が刺されたそうです。なお命に別状はない模様で」

上条「観光地周辺と盛り場中心にパトロールさせる?あと観光客に呼びかけしたりもするか」

オルソラ「日本人が身ぐるみ剥がれて下着姿で発見されました。殴られたと証言していますが、外傷はありません」

上条「そこは国籍問わなくていいだろ――ってあぁ成程。犯罪にもグレードってランクがあんのな」

オルソラ「悪質な犯罪は何が何でも解決を図りますし、本腰入れて警察も動くでしょうが、軽い犯罪はその限りではない、でございまして」

アニェーゼ「犯罪者の方も基本それが分かってるもんですから、大悪事をやらかさずに軽く楽でセコい犯罪で稼ぎたいんですよ」

上条「銃で人撃ったら全国に即・指名手配だが、観光客が金取られました、だけじゃ大した事件じゃないって事か……」

オルソラ「ですから例外でも起きなければ本当に発砲したり、人を刺したりせずに脅迫だけで済むのですが……」

上条「その例外が、追いかける?」

オルソラ「はい、危険な行為です。不法を是としない姿勢は素晴らしいのでございますが」

上条「相手も逃げようと必死になって、パーン!ってか」

オルソラ「……相手もまた怖いのでございますよ」

オルソラ「誰かへ凶器を向けるというのは、反撃されるのが、また失敗するのが”怖い”ことの裏返しです」

アニェーゼ「オルソラ嬢が言うと、説得力がありすぎで参っちまいますね……」

上条「そしていつも拳しか振ってない俺へのアンチテーゼにも聞こえるよな!ごめんね、なんか恐がりで!」

オルソラ「あ、勿論、黙って刺されろだのお財布を差し上げるだの、とは申しておりません。時には厳しく叱って諭すのも大切です」

オルソラ「ただ観光旅行程度、財布や荷物程度で命の危険に飛び込んでいくのは如何なものか、というお話でございますよ」

上条「オーケー分かった。俺が財布盗られたら深追いしない、約束するよ」

オルソラ「それが賢明な判断かと思われます。私から申し上げるのは以上でございます」

上条「うん、ありがとう。でもどうすっかなー、財布持たない訳にも行かないし」

上条「荷物漁られても問題ない所に仕舞うとか、少なくともリュックの外側へ入れるのはやめようと思うんだが」

アンジェレネ「そ、それはわたしの見る限りカルチャーギャップでしてっ」

上条「いやいや、どこに住んでたって財布は必要だろ」

アンジェレネ「そ、そんなことないですよぉ!日本の方はキャッシュでオシハライするじゃないですかぁ!」

上条「アニメの知識だが、まぁ合ってるは合ってる」

ルチア「文化の違いですね。現金を持ち歩くのは危険であり迂闊ですから」

上条「あー……もしかして、こっちの『財布を盗る』って全財産ロストすんじゃなくて、『小銭入れ無くす』ぐらいの軽い感覚?」

アニェーゼ「その中間ぐらいですかねぇ。大いに凹みますがまぁ運が悪かった的な」

ルチア「口さがない人には『現金輸送車』と言われているぐらいですから」

上条「お前らもう文明国名乗るの考え直せよ」

アニェーゼ「お言葉ですがね。世界中から犯罪が集まる都市がゴロゴロありますんで、私らが犯人だとは必ずしも。えぇ」



――ロンドン 『必要悪の教会』食堂 (回想)

アニェーゼ「さて。それじゃ必要最低限の基礎知識は教えたんで、あとは実地でこなれていきましょうか」

アニェーゼ「と言ってもそんなにパターンはないんですが」

オルソラ「日本の殿方が一番よく引っかかる、『無闇にボディタッチしてくるガイジン』は済ませておりますしね」

上条「……改めて言っとくけどもだ。それ『効果;特効』なの日本人だけじゃないからな?人類の約半数はあっさり引っかかるんだからね?」

アニェーゼ「女性向けに子供やイケメンが頑張るのもあります。適材適所ってぇやつですね」

上条「ダメじゃん」

オルソラ「ですので対策と致しましては、ジャケットの内側や腹巻きに入れて隠しつつ、かつ現金を極力持ち歩かない、が正解なのでございます」

上条「わ、分かった。努力してみるよ」

アニェーゼ「よろしい。ではこちらへどうぞ」

上条「あぁ――ってさっきからルチアとアンジェレネが椅子を並べてんだけど、これ椅子取りゲームでもすんの?」

アンジェレネ「ち、違いますよぉ。これは電車を模しているのですっ」

上条「あぁ地下鉄な」

ルチア「補足しますと端と端はドアを表していると思ってください」

アニェーゼ「さ、どうぞ。電車に乗ったと思って好きなところへ座ってみてください」

上条「そうだなー。混むとイヤだし、降りやすいように入り口近くの椅子がいいかな」

上条「リュックを降ろして、膝の上に置いて。よいしょっと」 トスッ

アンジェレネ「じっ、じりりりりりりりりりりりりりりりっ!」

上条「今時そんな発車ベルはないだろ。少なくとも俺がここへ来るまでのルートにはなかった」

オルソラ「ドアが閉まりますのでございます。白線の内側までお下がりくださいませ」

上条「アナウンスも……あったっけ?」

アニェーゼ「あ、いただきますね」 ヒョイッ

上条「あぁどうぞどうぞ――俺の荷物!?」

アンジェレネ「ぷ、ぷしゅーっ、がたんがたん、がたんがたん……」

オルソラ「上条さんのお荷物は盗まれてしまいました、のですよ」

上条「早業かっ!?」

アニェーゼ「といった感じで座る場所、超大事です。電車の場合ですと、発車のタイミングで物盗んで逃げるスリが出るんで」

上条「追いかけようにもドアが閉って追いかけられない……!」

ルチア「従って電車は出入り口から離れた場所がまだ安全です」

アニェーゼ「つーか席が空いているのに、不自然に出入り口の側で立ってるヤツがいたら、十中八九スリですんで近寄らないことですよ」

ルチア「類似のケースと致しましては、道を歩いているとバイクや車を使ってカバンを引ったくってくることもございまして」

上条「逃げ場なくね?車はともかく、バイクで来られた相手にカバン掴まれたらどうしようもなくないか?」

オルソラ「道路を歩く際には車道側へカバンをかけず、大切な物を入れず、かつ引き摺られそうになったら手を離す、のが有効でございますね」

上条「もうカバンを持ち歩く意味がないよなっ!物入れるのに持ち歩いてるのに!」

アニェーゼ「ホテルに置いていたら清掃員が持っていきますからね――では、次。窓口編です」

オルソラ「次の方ー、どうぞなのですよー」

上条「あぁはいとうも、こんにちは」

オルソラ「本日はどちらまで行かれるのでしょうか?特急と鈍行、どちらをご希望で?」

上条「早くなくてもいいから、座れて混まない席ありますか?できれば個室で」

オルソラ「でしたら、これとこれとこの車両になりますが、如何でございましょう?」

上条「その中の一番安いのでお願いします」

オルソラ「かしこまりました。10ポンドになります」

上条「はい。じゃあこれ」

オルソラ「はい、確かに。それでは良い旅を」

上条「ありがとうございましたー――って終わったじゃん。普通にトラブルもなく」

アニェーゼ「そうですね。なんか身軽になってますが、ご本人がそう言うんだったらいいんじゃねえんですか」

上条「身軽……?――あ、トランクどこ行った!?」

ルチア「ええと、こちらに」

アンジェレネ「ど、どうも」

上条「いつの間に!?全然分かんなかった!」

アニェーゼ「初期の初期ですね。あなたが財布取り出してオルソラ嬢へ話しかけつつ、トランクを横へ置いた直子にスッと」

上条「い、いやでも置くだろ!?片手塞がってちゃお会計できないしさ!」

オルソラ「場所の問題なのですよ。横ではなく前へ置けば宜しいので」

上条「あ、そうか。前の方に持ってくれば視界の隅には入るか」

アニェーゼ「トランクの場合無理ですけど、カバンぐらいだったら足の間に挟む人も見かけますよ」

上条「それ日本でも見たことあるわ。『靴で挟んだらカバン汚れるのに、なんで横に置かないんだろ?』って思った」

オルソラ「旅慣れた方なのでしょう。日本でも治安の良くない街もございますので」

アンジェレネ「ほ、他に鞄の置き方を補足しておきますと、レストランで椅子に置くのはNGですよっ」

ルチア「セルフ形式で席を取るために荷物を置くのも同様です」

アニェーゼ「”体から離さない”を守って最低限のレベルですから」

上条「分かった。そうすれば絶対に盗まれないんだな!」

アニェーゼ「あ、いえ。中にはバックやリュックを壊して中身を盗むスリもいますんで、絶対とは……」

上条「……それでも狙われにくくはあるか。『注意してますよ!』ってポーズを取ることで」

オルソラ「あのー……少しよろしいでしょうか?」

上条「はい?」

オルソラ「先程気になっていたのですが、あなたのリュックにジュースのようなものがかけられ、汚れているように見受けられるのですが」

上条「嘘!?どこでつけちまったんだろ、下に置いたときかっ?」 スッ

上条「……」 ガサゴソ

オルソラ「……」

上条「ついてないけど?」

オルソラ「あちらをご覧くださいませ」

上条「あちら?」

アンジェレネ「や、やりましたよシスター・アニェーゼ!道にトランクが落ちていたんで持って来ましたっ!」

アニェーゼ「でかしましたよシスター・アンジェレネ!これを中身ごと売り払えばアイスがバケツで買えます!」

アンジェレネ「わ、わーいっ!ダッ○パーティですねっ!」

上条「はいそこ。人のカバンを売り飛ばす算段をしない」

ルチア「……あの、二人とも?この企画が持ち上がってから、ずっと気になってはいたのですが」

ルチア「妙に手慣れてはいませんか?手口といい、手際といい」

オルソラ「女性には様々な謎があるのでございますよー」

上条「というか、今のって」

オルソラ「はい。観光客へ後ろからアイスやマヨネーズをかけ汚れていると教えるのでございます」

アニェーゼ「同様や隙を突いて荷物をパチる、って寸法ですね。大抵汚れていると指摘する人間もグルなんで」

上条「誰が考えた手口だ、タチ悪ぃな」

ルチア「あ、あのー少しいいでしょうか?」

上条「あ、はい。何?」

ルチア「もしかして日本人の方ですか?」

上条「そうですよ。観光客ですけどね」

ルチア「そうなのですか。もし良かったら日本の話を聞かせていただけないでしょうか?」

上条「構わないですよ。バス来るまで時間あるんで」

ルチア「この近くに私の知り合いがやってるカフェがありまして、そこで」

上条「あぁじゃそこで――」

上条「――って引っかかるわ!途中から『あ、ボッタクられるかお高い絵を買わせられるヤツだ』って分かったけど、綺麗な人に言われたら誰だってついていくわ!」

アニェーゼ「分かってて死にに行く、上条さんのそのチョロさが大好きですよ」

上条「つーかこっちでもあんのなこの手の商売。てか世界共通して俺たちがアホなのか」

オルソラ「フォローをしておきますと、カタコトの母国語で話しかけられると弱い、という意見が多数ございまして」

上条「多数引っかかってんのかーい。レミングスか日本人」

アニェーゼ「まぁスリと強盗に関して、代表的な手口はこのぐらいですかね」

上条「……小綺麗じゃない格好をして、上手な英語を話して日本人だと悟られず、決して荷物から手を離さない……!」

アニェーゼ「ちなみに余談ですがこんな話があります」

上条「ほう」

アニェーゼ「とある日本人が道で迷って、通りかがった人に声をかけたら、もっの凄い顔で睨まれたらしいんですよ」

アニェーゼ「その人は何か機嫌でも悪いんだろと、構わず下手くそな英語で話しかけたら、そのおじさんはこう言って笑ったそうです」

アニェーゼ「『――なんだ日本人かよ!もう少しで殴るとこだったぜ!』と」

上条「失礼極まりないなそのオッサン!」

アニェーゼ「そのジャパニーズが一体どこの国のどの民族と間違われたのかは、あえて言いませんがね」

アニェーゼ「綺麗な英語を流暢に喋っている東洋人が、問答無用で殴られる事件がそこそこの頻度で起きているのもお忘れなく」

上条「企画の全否定だろ。つーか何やったんだソイツら」

アニェーゼ「一応まぁシスターたちの感謝と、私たちの暇潰しも兼ねたレクチャーはここで終わりなります」

上条「暇潰し?ねぇ暇潰しって言わなかった?ねぇっ!?」

アニェーゼ「――が!最後に一つ、何が盗まれるよりも恐ろしいことをお教えしますよ」

上条「充分今までので怖いんですけど」

オルソラ「お金や荷物はまた働いて買えばいいのでございますが、時にはもっと恐ろしい犯罪に巻き込まれるのでございますよ」

上条「あー……ボスから聞いたような。誘拐されんだっけ」

オルソラ「そちらは子供ですね。ハーメルンの笛吹き男時代からの伝統でございまして」

アニェーゼ「成人男性に関しては、まぁ都市伝説ですね。映画の題材にゃなっていますが、”多分”ないはずです」

上条「……ま、『人が多い=HENTAIも多い』んだし、個人の犯罪が国の全責任になるのもどうかと思うが……」

アニェーゼ「盗まれるよりも怖い犯罪、それは――”増える”ことです……ッ!!!」

上条「お得じゃん」

アニェーゼ「……甘く見ないでください。散々やった窃盗・強盗犯と違い、これに巻き込まれると上条さんの方”が”加害者になります」

上条「……はい?俺が?」

アニェーゼ「はい。えーっと、空港や一部の国境で荷物検査があったとしましょう」

アニェーゼ「ちなみに今のEUは事件でも起きない限り、国境はフリーで通れるのが原則ですから」

上条「そのぐらいは知ってる。てかロシア道中で通過した」

アニェーゼ「あ、拝見しても構わないですか?すぐに終わりますんで」

上条「あーどうぞどうぞ。服とゲーム機ぐらいしか入ってないですが」

アニェーゼ「そうなんですかー。ちなみにどちらからいらしたんで?」

上条「日本ですね」

アニェーゼ「――成程。で、これなんだと思います?あなたの荷物の中に入っていたんですが?」

上条「え?い、いやちょっと待ってくれよ。俺そんな小袋入れたっけか……?」

アニェーゼ「はい、じゃあテストしますねー。この薬品に反応すれば違法薬物――って、あぁ真っ赤じゃねぇですかい」

上条「知らない!俺そんなの入れた憶えないって!」

アニェーゼ「では現時刻をもちまして、違法薬物所持の現行犯で逮捕しますね。あなたには黙秘権があり――」

上条「無実だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

アニェーゼ「……」

上条「……」

アニェーゼ「っていう小芝居で分かったと思いますが、セーブ一回も行わずにラスボスまで行った勇者のようになります」

上条「現実はもっと酷いよ!ゲームだったらプレイヤーがマゾいだけで済むけど、現実は逮捕されるんだから!」

上条「つーかなんで!?誰が観光客の荷物に違法薬物なんて入れんだよ!?」

アニェーゼ「運び屋ですね。国境や税関で旅行者の荷物に違法薬物を仕込み、無事に通り抜けたら”回収”する手口です」

上条「で、でもさ!こっちじゃ大麻も合法化されてるって聞いたぞ!」

オルソラ「大麻”は”合法化されている国”も”あるの間違いでございますよ」

オルソラ「合成麻薬や覚醒剤は日本より何倍も厳しく、最高刑が無期懲役――つまり死刑のない国では最高刑のところも少なくないので」

上条「意味が分からない!どうして一部の薬物が解禁されてるのに他の薬物は重いんだ!?」

オルソラ「日本ではこちらの現状をどう報道されてるのでしようか?」

上条「あ、あぁ。少し前に俳優が連鎖して捕まったんだけど、その、大麻の製造と使用で」

上条「その俳優が前に選挙へ出馬した際、『日本も欧米を見習って大麻解禁しよう!』って言ってたのが話題になった、かな」

アニェーゼ「あー……クソほどもこっちを理解してやがらねぇクソの発言ですねぇ」

上条「えぇと?」

アニェーゼ「おっと失敬、つい本音が出ちまいましたが。くたばれってんですよ」

オルソラ「お気持ちは分かりますが、そのぐらいに」

アニェーゼ「……分かってますよ。分かってはいるんですかね」

上条「なんか、ごめん?」

アニェーゼ「あぁいやあなたが悪いんじゃないんで、つーか愚痴ですがね」

アニェーゼ「まぁなんでそっちでそんな誤解を生んだのか、ぶっちゃけちまいますと『氾濫しすぎて取り締まりが間に合わない』ってだけですよ」

上条「解禁してんのにか?」

アニェーゼ「えぇっとですね。まず違法薬物、つーかドラッグにはソフトドラッグとハードドラッグって二種類に分けられるんですよ」

オルソラ「常習性の低く、かつ副作用の少ない”と、されている”ものがソフトドラッグ。そうではないものがハードドラッグです」

上条「解禁しているのはソフトな方かだよな。文脈から言って」

アニェーゼ「なんで解禁してるかと言やあ、もうどうしよもうないからですよ。麻薬常習犯が多すぎで手に負えない」

アニェーゼ「取り締まろうにも数が多すぎる。仮に徹底的にやったとしても、今度は麻薬を求めて犯罪が増えるって事に」

アニェーゼ「そんな事になるんだったら、ソフトドラッグは合法化してせめてハードな方へ行かないようにしよう、ってだけです」

オルソラ「『ハーム・リダクション』という、オランダ政府が主として取っている政策でございますね」

オルソラ「ですからハードドラッグはより重く、かつ徹底的に取り締まられるのです」

上条「日本は蔓延ってないから、そもそも解禁する意味がないのか……」

アニェーゼ「ここイギリスでも大麻は違法です。単純所持だと一回目は警告、二回目が罰金、三回目が逮捕です」

上条「意外に緩いな」

アニェーゼ「しかもその一回目の”警告”は記録に残らないため、『私は初犯です!』と言い続ければずっと警告のままですから」

オルソラ「ソフトドラッグが解禁されているオランダより、ここイギリスの方がEU最高の麻薬依存者率を誇るデータもあるのでございます」

上条「また一つイギリスのイメージが悪くなったよ!ありがとうなっ!」

アニェーゼ「という訳で本当に注意して下さいよ。上条さんだったら、まぁ各国からの圧力がかかりはするんでしょうが」

アニェーゼ「EU圏外、アジアじゃ死刑にされる国も数カ国あって、他国が介入される前に執行される可能性もなくはねえですからね」

オルソラ「こちらは死刑制度のない国がほとんどでございますが、『逮捕時に抵抗されたのでやむなく銃殺』や、『留置所の中で変死』という裏技も」

上条「――決めた。俺、もうバッグ持ち歩かないことにするわ」

アニェーゼ「だから極端から極端に走らないで下さい。今の例だってたまにしかない例ですし――あ、ほら!アレですよ!」

アニェーゼ「中には冤罪じゃなく自分から望んでジャンキーになった人だって居るんですから!日本人であろうがなかろうが!」

上条「その小ネタ聞いて俺が『そ、そうか!冤罪じゃないんだったら仕方がないよな!』と、言うとでも?」

オルソラ「今のは極端なものですが、空港で『どうしよう!お母さんに買ったお土産がバッグに入りきれない……そこのあなた!助けて下さい!』とのケースも」

上条「どこまでも日本人の琴線に触れるやり方だな!もっと別のことに頭使えよ!」

アニェーゼ「あなたが善意で助けても犯罪行為へ荷担してる場合もあるので、ご注意下さいよっと――さて」

アニェーゼ「以上で伝えられることは全部伝えました。あとは運を天に任せんのがいいかと思いますよ」

アニェーゼ「なんてったってどんだけ注意しようが、狙われるときは狙われますんで」

上条「なぁ、知ってるか?運を天に任せてきた結果、ただの高校生がシスターさんたちの寮母やってんだよ」

オルソラ「まぁまぁ、その運がなければ数多き出会いもなかったのでございまして。ただ、感謝するだけですね」

上条「どうしよう!ツッコミを照れさせて仕事できなくさせようって高等戦術だ!」

アニェーゼ「オルソラ嬢の場合、常にボケがタダ流れしてるって感じなんですが……」

上条「ともかく地球のガチな歩き方、参考にさせてもらうぜ!使う機会来ないといいけどどうせ来るんだろうなチクショウ!」

アニェーゼ「感謝の言葉にチクショウ使うな」

オルソラ「日本の常識を私たちが知らないように、世界の常識を日本の方がご存じないのも当たり前でございますね」

上条「『荷物から手を離したら即・盗まれる』のは世界の常識だったのか……」

アニェーゼ「観光地や歓楽街のようなところが”多い”のであり、地域によって治安レベルや警戒レベルも違いますから」

アニェーゼ「本当に危険な所は『泊まったホテルで呼んでもらったタクシーの運転手』に世間話のフリして聞くのがベストです。嘘吐けませんからね」

上条「それでも普通の日本人にはハードルがお高いと思うんだよ。だってハードボルイドだもの。聞いてる絵面で洋楽流れそうだもの」

上条「アニェーゼもオルソラもありがとうな。隙を作らないように努力はしてみるよ」

オルソラ「お役に立てて幸いでございますよ」

アニェーゼ「問題を起こすのであれば、寮監を辞めてからどこか遠くでお願いしますよっと」

上条「ルチアとアンジェレネも――つてなんか静かだな。さっきから」

アニェーゼ「ドラッグの話辺りで激怒すると思ったんですがねぇ。シスター?シスター・ルチア?」

アンジェレネ「そ、それがその……」

上条「はい?」

ルチア「――綺麗……私が……綺麗――」

アニェーゼ・オルソラ ジーッ

上条「な、なんだよ?二人して俺を見て」

アニェーゼ・オルソラ「「またやりやがったなこの野郎」」



――ロンドン 『必要悪の教会』食堂

上条『――と、貴重かつ生々しいかつイヤな助言をもらいました』

上条『こちらでの日々はとても充実しており、日頃外国へ抱いていた幻想が打ち砕かれています。バッキバキです』

上条「……」

上条「バッキバキは良くないな。せめてベッキベキぐらいに表現を抑えてだな」 カタカタカタッ

アンジェレネ「こ、こんちには上条さん。食堂でラノベ書きですかぁ?」

上条「いねぇよ!公共の場でキャッキャウフフなテスキト書けるアホはお目にかかれないと思えよ!」

アンジェレネ「い、いえでも、チラッと覗き見した内容がそれっぽかったので……」

上条「だね!父さん母さんにはお見せできないよな!全部書き直さないと心配かけるよ!」

上条「――ってお疲れ、シ――アンジェレネ」

アンジェレネ「い、今”シスター”と呼ぼうとして結局呼ばなかった理由を教えて頂きたいのですがっ!」

上条「あぁいや今更”さん”ってつけんのもアレだし、呼び捨てもどうかなーと」

アンジェレネ「本当に今更ですが……」

上条「今日は非番なんだっけ?」

アンジェレネ「え、えぇはい。今日はですね、近くにできた新しいスイーツのお店を偵察するって決めてたんですから!」

上条「まぁ程々にな。ルチアに折檻されない程度には」

アンジェレネ「だ、黙っていれば分かりません!」

上条「君、なんだかんだでいい性格してるよね?オドオドしてる割にはね?」

ジリリリリリリリリリリリリリッ、ジリリリリリリリリリリリリリッ……

上条「なんだこの音?時計の目覚まし?」

アンジェレネ「か、管理人質の電話の音ですよ。置いてあったでしょう?」

上条「あの黒電話実用品だったの!?てっきりアンティークだと思ってた!」

アンジェレネ「あ、わたし出てきますよ。非番ですし、上条さんはどうぞラノベの続きを」 タッ

上条「ラノベじゃねぇよ。ただちょっと俺の日常の日々がファンタジーなだけだよ。あ、涙が」

上条「……えーっと……」

上条「『まぁ、以前よりは仲良くなった気がします』、か」

上条「――あぁ、平和だなぁ――」

アンジェレネ「た、大変ですよっ上条さん今たった今神裂さんからお電話がありましてっ聖槍が偽物で偽物なんですけど狙われてて」

アンジェレネ「なんかイギリス清教徒が行くと怒られそうだからローマ正教のメンバー連れて至急向かって欲しいって、です!」

上条「……」

アンジェレネ「……お、お仕事、ですよ?」

上条「『――そう言って俺はお茶を啜り、平和がいつまでも続くように祈ったのだった』」

上条「『ただし祈ったのは神ではなく、俺の天使。つまり――』」

上条「『――管理人さんにだ……ッ!!!』」

アンジェレネ「あ、あの、気持ち悪いラノベ未満の駄文に夢中になっておられるところ恐縮なんですが、今神裂さんから緊急要請が届きまして」

上条「ウルセェよ!俺は寮を管理しに来たんだよ!大冒険はコリゴリだって言ってんだろうが!」

アンジェレネ「そ、その相手がトラなんとかって人達が暗躍しているとかいないとかで……」

上条「トライデントだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉもうっ!またこう、うんっ、平和な日常だけでいいんだよ!」

アンジェレネ「と、取り敢えずシスター・オルソラを呼んできますねっ!しっ、シスター!シスター・オルソラはいらっしゃいますかーっ!?」 パタパタパタハタ……

上条「……」

上条「……ヤベぇ。なんか本気でスプリガ○のフラグ立ってる……!」



――ロンドン・ユーストン駅 カレドニアン・スリーパー号(寝台列車)車内

上条「『――こうして、俺はなんだかんだあって全員を嫁にしてハーレムを作って幸せに暮らしました。めでたしめでたし』」 カタカタカタッ

オルソラ「その全十字教徒にとって冒涜的極まりない物語を綴るのは、やめて頂ければ幸いなのですが」

上条「ちょ、ちょっと待ってくれ!もう少しで新たなテンプレに追加できそうな設定が作れるかもしれないんだ!」

上条「主人公を少女にしたらどうだろう?オッサンが幼女に転生すればイラストと中の人で二度オイシイ!」

アンジェレネ「そ、それ多分アニメで見た気がするんですけど。他人をリストラしてたら、自分が世界からリストラされたのですよ、ね?」

オルソラ「かくも恐ろしきは人の業でございますよ」

上条「もしくは主人公の性別を変えることで合法的に絵師さんへエロい絵を発注できる!話の流れ上もう仕方がないんで!」

アンジェレネ「も、もう書く意図がフワッフワしてるんですけど……」

神裂(端末通信)『すいませんオルソラ。私の代わりにそのバカを引っぱたくかぶん殴るかして下さいませんか?』

オルソラ「神裂さんに言われては是非もないのでございます、よっと!」 ピンッ

上条「あうちっ!?」

アンジェレネ「で、デコピンにその反応はおかしいと思うんですけど……」

上条「『女王艦隊』んときは拳で殴られたんだぞ。ビアージオと違って『右手』の防御も間に合わなかったぐらいだ」

オルソラ「ふふ。人の力とは強いものでございますよ」

アンジェレネ「な、何か違うと思うんですけど。というか上条さん、ツッコミの仕事に戻って来て下さい」

上条「寮監な?百歩譲ってやってることはほぼ寮母だが、ツッコミはライフワークじゃないからね?」

ジリリリリリリリリリリリリリリリリリッ

上条「――と、発車か。アニェーゼとルチアは間に合わなかったな」

神裂『夕方の渋滞へ巻き込まれてしまいましたね。明日の朝一の便で向かいますので、どうかそれまでは』

上条「……いや、あのさ。説明してくんない?シスターさん二人と着替えとノーパソかついで駅へに直行、何の説明もないまま俺はどこへ行こうとしているの?」

オルソラ「えぇとですね。ここ数日ほどの私たちの仕事をご説明するのが宜しいでしょうか」

上条「忙しそうにしてたもんな。『手伝おうか?』って言ったんだけど」

アンジェレネ「お、お気持ちは嬉しいんですけど、上条さんにはちょっと無理かなぁって」

上条「――って三人から釘を刺されたから、俺は洗濯室を徹底的に洗浄することに決めたんだ」

神裂『それはまぁお疲れ様でしたが――ロンドン、正確にはバッキンガムでちょっとした問題が発生しまして』

上条「あぁ、エリザードさんたちが過ごしているとこな」

アンジェレネ「こ、この国で”さん”はマズいんじゃないかなぁって、思うんですが」

神裂『会話している全員が直接の関係はない状況ですけどね。敬意を払うのは大切なことですよ』

上条「あ、こんなところに王族全員と一緒に写った写メが」

オルソラ「ただのよくできたコラージュ画像だと思われるだけでございますね」

アンジェレネ「ね、熱心な王室フリークスですよねっ!」

上条「もし日本で外国人が同じことやってたら微妙な空気になるか」

神裂『国のあり方はそれぞれとしてですね、そのバッキンガムでキャーリサ殿下とエリザード陛下が喧嘩になったそうです』

神裂『敵味方に分かれて命の取り合いをしたのですから、仕方がないとも』

オルソラ「そうでございましょうか?その時に対立しただけであって、禍根を残せども仲良くできない理由もないかと」

上条「だよな。そもそも家族なんだし」

神裂『だめだコイツら。話が通じませんね』

アンジェレネ「ふ、二人とも器が大きい人ですしねぇ……底にヒビ入っちゃってる感じで」

神裂『……ともかく、いつものように行き遅れネタで殿下をイジってた時の話ですよ』

上条「仲良いだろ。そのイジり方はちょっとどうかと思うが」

神裂『無言でキャーリサ殿下が退席したかと思ったら、抜き身のカーテナ・セカンドを手に戻って来られまして』

上条「なぁ、神裂?お前ちょっとした問題って言ったな?ちょっとじゃねぇよ!朝一で世界を駆け巡る大ニュースだよ!」

神裂『ハロウィンのドッキリ代わりにクーデター未遂を起こすのに比べれば、まぁ?』

上条「……こいつ常識人っぽいポジにいるけどな、あくまでもイロモノの中でだって忘れてた……!」

神裂『そしてまぁ成り行きとして母親の頸を刎ねようとしたのですが――そこで異変に気づいたのです。「魔力が通ってない」、と』

上条「剣呑な台詞前半は無視するとして、魔力が通ってない?スイッチの入れ忘れ?」

オルソラ「霊装のオンオフはあるでしょうが、まさかキャーリサ様ともあろう方が間違う訳もないので」

上条「そのあろう方がなんか勢いで抜剣してんだけどな」

アンジェレネ「い、イギリスは怖い国ですよねぇ」

上条「イタリア……は、昔王国じゃなかったっけ?世界史で習った」

アンジェレネ「い、今はイタリア”共和”国です。1946年に王政から共和国へなりましたのでっ」

オルソラ「王室の血を受け継ぐ方もいらっしゃいまして、サヴォア家のヴィットーリオ様が当主を務めておられます」

オルソラ「しかしながらパーティ会場で同じ元王族を殴り飛ばす、マフィアと癒着するなど、まともなイタリア人からはそっぽを向かれているのでございますよ」

アンジェレネ「そ、その方の息子さんもイタリアで活動されているんですが、扱いは日本のタイゾ×=スギム×的な」

上条「一発芸人枠だな。もう後がない」

神裂『セカンドは何振りかあるため、別の場所に保管されているのも確かめましたが……』

上条「やっぱ全滅だと。それで原因は?」

オルソラ「不明なのでございます」

上条「そっか。それじゃその謎を解きに俺たちがスコットランドまで行くのか……!」

アンジェレネ「い、いいえ、事件は現場ロンドンで起きているのであって、会議室スコットランドじゃないんですけど……」

神裂『えぇその通りですとも上条当麻。あなたが、というかあなた方に依頼していたのはもう一人の方ですよ。軽く話した覚えもあります』

上条「『聖槍』……の、ニセモノ」

オルソラ「はい。私やシェリーさん、またアニェーゼさん達が調べていたのは『聖槍』……という呼び名も不適切ですので、通称『槍』でごさいまして」

アンジェレネ「わ、わたしだって頑張ってたんですよ!ようやくなんとかなりそうだって、お休み貰えたばかりだったんですからねっ!」

上条「つまり『カーテナがただの剣に戻っちまった』件、『槍』の件の二つが同時進行してると」

アンジェレネ「そ、その内、イギリス清教にとって優先順位の低い方が回されてきたとっ」

神裂『人聞きの悪い事を言わないでください。「槍」は元から抱えていた案件であり、オルソラにもご助力を願っていたではないですか』

オルソラ「イギリスとしての優先順位は否定されないので?」

神裂『王権としてのカーテナが力を失ったのと、よくある「槍」の発掘。どちらがより大事というのも、まぁ察して頂ければ』

上条「よくあんの?」

オルソラ「表沙汰になっている歴史上の『槍』だけでも10は下らないかと」

神裂『ですからチームを二つに分けまして、比較的融通の利くそちらが「槍」を担当して頂くことに』

上条「一応聞いとくが、二つが実は繋がっていましたー、的な裏があるんじゃねぇだろうな」

神裂『とは?』

上条「カーテナってのは、確かイギリスの王権の証で正当な王族の人しか使えないって武器だろ?」

オルソラ「より正しくは王権を示すレガリア、王冠・王笏・宝珠と同じですね」

上条「『槍』が実はホンモノ、そっちにカーテナへ流れ込んでた魔力を掠め取ってる、的な!」

神裂『オルソラ、言ってあげてください』

オルソラ「私やインデックスさん、シェリーさんたちの予想で真っ先に却下された推測でございますね」

上条「あれ?もしかして俺恥ずかしい事言ってた?」

アンジェレネ「ざ、残念ですが、『1999年に世界は滅亡するんだッ!』とほぼ同ベクトルの……」

オルソラ「『槍』は十字教の正統性において唯一無二の存在でございますが、”イギリス清教”を国教と定めるイギリス王室にとってはその限りではなく」

オルソラ「また『槍』を現地でシェリーさんが確認されたところ、古いのは古いですが十字教系の副葬品ではない、とのお言葉でして」

上条「……じゃあ俺たちスコットランドまで行く必要なくないか?この話の流れだと『槍』が見つかったのも、あっちなんだろ?」

神裂『「槍」が奪われていなければ、ですがね。それも例の複合企業、「トライデント」』

上条「おい、銃持った傭兵相手にシスターさんと俺でなんとかして来いって言ってんのか?それとも遠回しな口減らしでも敢行してんのか?」

神裂『「必要悪の教会」へ対するイメージが……自業自得ですが、いえ別に取り返してこいなどと言うつもりはありませんし、そういう話でもありません』

神裂『何故ならば「合法的」に彼らは持ち去ったのですから』

上条「……え?お前らって発掘中の遺跡を襲撃して強奪するのがルールなんだろ?」

神裂『ノートパソコンの小さなカメラ越しでも分かるその意外そうな顔が、流石に少し居たたまれなくなるのですけど……』

アンジェレネ「な、なんて事を言うんですかっ上条さん!失礼ですよ!」

上条「あぁ、うんごめん。今は嘘――じゃないし、冗談でも――ないけど、えぇっと……」

神裂『言葉に詰まるぐらいならフォローしようとしないでください』

アンジェレネ「そ、そうですよぉっ!イギリスの皆さんはとても良くしてくださるんですから!」

上条「そ、そう?俺が聞いた分だとブラックの中のブラックって話なんだけどな……」

アンジェレネ「そ、そんなことないですって!任務に一回失敗しただけで粛正されたり、遣い潰し前提で働かせたりしない――」

アンジェレネ「――って、か、上条さん?どうしてわたしの頭を無言で撫でているんですかっ?」

上条「いや……俺の手はなんて短いんだろう、世界全てに届けばいいのにって」 ナデナデ

アンジェレネ「は、はあ……?」

オルソラ「詩的でございますね」

神裂『すいません、シスター・オルソラ。私の分も』

オルソラ「かしこまりました」 ナデナデ

アンジェレネ「な、なんでしょうか?子供扱いされてるのは分かるんですけど、逆らえない雰囲気が……」

上条「良かったら、これお食べ?俺がこっそり食べようと隠してたやつだけど、なんかお腹いっぱいになっちゃったから、さ?」

アンジェレネ「あ、ありがとうございますっ!アンブレラ形のチョコレートじゃないですかぁ!」

オルソラ「アポ○ですね。ソラを飛ぶ船の」

神裂『私もそれ、嫌いではないのですが……』

上条「部屋にあるから神裂は勝手に持って行ってくれ。それより俺たちのことだよ」

上条「はっきり聞くけどアニェーゼ部隊って強いの?銃持った連中と渡り合えるレベルで?」

神裂『直接戦ったあなたの方が詳しいのではないかと』

上条「そりゃ250人の魔術師だし、下手な能力者よりかは上だとは思う――けども。正直、天草式の方が強かったような?」

神裂『個々人の能力だけで見ればそうでしょうね』

アンジェレネ「あ、あのっ!聖人がトップになってる魔術結社と比べられてもですね、そのっ」

神裂『ですから「個々人で」と申しました。実戦で兵の多寡はそのまま強さに直結しますから、そこいらの魔術結社を軽く越えます』

アンジェレネ「で、ですよねっ!ははー、神裂さんも分かってるじゃないですかっ!」

神裂『とはいえ戦闘のプロである”騎士団”には劣りますし、強力な”個人”を有する団体にも厳しいかと』

神裂『現代の軍隊とは違い、羊の群れを英雄が率いればオオカミを狩ってしまえますから』

アンジェレネ「か、神裂さんはっいったいどちらの味方なんですかっ!?」

神裂『いえ、特に誰かの味方という訳では。それに天草式も少しずつ”削る”動きへシフトしていれば、誰一人死ぬことなく勝っていましたし』

上条「はい、シスターさん。俺が夜食にとでも思って取って置いたきのこの○をプレゼンツッ!」

アンジェレネ「あ、あぁもうすいませんねぇ、いいんですかねぇ、今日はお誕生日でもないのにこんなのよくしてもらって」

アンジェレネ「あ、そういえばですねぇ。向こうでのお誕生日ではですね、まず司祭様が『おめでとう』って言ってくださってハイ終わりって――」

上条「いいから食べろ、なっ?俺もオルソラも胸がいっぱいで喉を通りそうにないから!」

神裂『……と、このように「本当に魔術師?」と疑われる子がですね。ローマ正教は一体どのような目的で修道騎士会を作ったのかと』

上条「修道魔術師?」

オルソラ「元々は修道騎士会、テンプル騎士団やマルタ騎士団は修道士であり騎士でございまして」

上条「十字軍の時だっけか」

神裂『今言いました通り天草式十字凄教うちのものと正面切って戦い、場合によっては勝利するだけの力はあるのですが』

神裂『それにしてもこう、隊へ授けられた魔術といい術式といい、何かに特化した構成であるとも言いがたくはありますね。不自然です』

オルソラ「それは私も思ってはおりました。隊として運用するには少しばかり」

上条「まぁまぁいいじゃないか。ローマ正教にもシスター服に萌えるってヤツがいただけだろうしさ?」

神裂『シスター服を愛でる風潮がグローバルスタンダードだと言わないでください。限定的ですよ……多分』

神裂『まぁ……アニェーゼ部隊の戦闘力以前の問題で、たった数人に傭兵部隊を壊滅してこい、とは言いませんよ』

神裂『そもそも今回の発掘現場を”合法的”に抑えられてしまいましたからね』

上条「俺の思ってた展開と違うな。さっきから言ってる合法的なのは、どういう意味で?」

オルソラ「トライデント――旧トライデントはアメリカの逆鱗に触れましたので、関係者全てドルが使えなくなったのでございます」

オルソラ「ですからアメリカの手の届かない範囲で、かつ真っ当な範囲で巻き返しを図りたい、と言ったところでございましょうか」

上条「オルソラが何を言っているのかが分からない」

神裂『同僚から聞きかじった程度の話ですが、トライデントはグレムリンに雇われた、もしくは提携関係があった傭兵組織。ここまではいいですか?』

上条「……でも結局、グレムリンは仲間としてた魔術師たちも実は使い捨て。そんな連中が魔術師ですらない雇われ人間に配慮する訳がねぇよな」

神裂『はい。ですので件のハワイ襲撃後、実行犯は何度か生まれ変わっても終わらない懲役刑と、長者ランキング上位ですら破産する罰金刑を課せられ』

神裂『運良く逃げられた者やその構成員はアメリカから多額の賠償金を求める口実で、ほぼ指名手配のような感じになりました』

オルソラ「しかしながら『アメリカが嫌うんだったら政治的にオイシイ』という層も一定数おりまして」

上条「そんなのいるのかよ」

オルソラ「はい。どこかの機密情報をリークされた方は何故かアメリカの特定党と関係国の情報は真偽問わず出てきたのに、対立する国の情報は出さなかった」

神裂『そんなトライデント残党でも、政治的に利用したい個人・団体がいて、かつアメリカ自体に物申せば格好といいと思っている層が居ますから』

神裂『しかしゲストと迎え入れてはいるものの、法に反するようなことをすればその庇護も終わります』

上条「だからって発掘現場を抑えてもなぁ……アレだろ?前に『剣』が出てきたから、今度は『槍』もアタリかもしれないって発想なんだろ?」

神裂『推測ですがね。魔術師と組んだのが彼らの最大の過ちでしたね。「何でも出来る万能の杖」のように思ってしまった』

神裂『魔術さえあればアメリカに一泡吹かせるのは簡単だ、という一度の成功体験が全てを駄目にしています』

オルソラ「ギャンブル依存症と大差ないのでございますよ」

上条「まぁ、なんだ。歴史的な価値があるんだったらお前らが手放したり、シスター二人+寮母代行で送り出す訳もなく」

上条「トライデントの残党が抑えたのはハズレの遺跡だってことか?」

オルソラ「考古学的な価値は充分にございますよ?デーン人の古き信仰を示す見事な船葬墓です」

神裂『現地でシェリーが、また画像データ越しにインデックスとオルソラが見て……ええと、なんでしたっけ?』

オルソラ「『保存状態も中々、魔術的な価値はないけどこれは博物館に収めるべきなんだよ!魔術的な価値はないけど!』」

上条「フツーの文化遺産だった訳ね。よかったなスコットランド」

オルソラ「そもそも霊装というものは、生者にとっても価値あるものでございまして、故人を埋葬する際に現金を入れるか、という問いが……」

神裂『そして人一倍我の強い魔術師たちが、文字通りの宝の山を放置する訳がありませんしね』

上条「そこだけ聞くと不憫だよな、トライデントの生き残りの人」

神裂『発掘現場の場所が公有地と私有地の境目。あちらの代理人が「ウチの土地を掘るな!」と言ってきたのがつい一昨日です』

上条「段々スケールが小さくなってくる……って待て待て」

神裂『なんでしょうか』

上条「俺たちも意味が益々分からん。実はオルソラかアンジェレネが辣腕弁護士で、明日から法廷バトルが始まるって話じゃないんだろ?」

神裂『後からアニェーゼたちも合流するのですが、その面子で逆転裁○ができるのなら見てみたいです』

オルソラ「いえ、意外に東洋人の少年が後ろから刺されているのが発見される――密室謎解きサスペンスも捨てがたいのでございますね」

上条「俺じゃん。俺は参加出来てないよね?SA○の床で寝てるオブジェクト扱いだよな?」

アンジェレネ「そ、その遺体に深くめり込んだ車輪の霊装っ!だ、誰が上条さんを殺したのかっ!?」

上条「食い終わったと思ったらそれか。あと”犯人もしかして;ガーターベルトシスタールチア
”」

オルソラ「即時解決でございますよー」

上条「分かったぜ神裂。俺は今のプロットをまとめて本にすればいいんだな!」

神裂『犯行現場を見た瞬間に全員で「あ、これシスター・ルチアがついにやっちゃったな」とツッコんで完!ではないですか』

オルソラ「斬新かつシュールかつ地球に優しい展開なのでございますね」

アンジェレネ「そ、その小説が印刷されるのは、紙へ対する冒涜じゃないですかねぇ」

上条「三行で終わるよな。『俺死んでた\n背中には車輪が\n犯人はお前だろ』」

神裂『まぁその小説は自費出版なりネットで公開するとして、あなた方にお願いしたいのは――「外交」です』

上条「あれ?またなんか俺の理解を軽々と飛び越えてったぞ?」

神裂『発掘現場の公有地の持ち主であり、かつその地域に政治的な力を持つ方へご挨拶する、という簡単なお仕事です』

上条「”公有地”なのに”持ち主”ってことは貴族の人?同じイギリス清教関係者?」

オルソラ「はい、ではここで質問ターイムなのでございますよ。回答者は学園都市よりお越しの上条当麻さんですっ」

上条「やってやるぜっ!」

オルソラ「第一問、イングランドの国教はなに?」

上条「イギリス清教。別名イングランド国教会だっけか」

オルソラ「アイルランド、及び北アイルランドの”国教”は?」

上条「んーっと……イギリス清教?」

オルソラ「ブッブー、なのでございます。アイルランド国教会となります」

オルソラ「しかしアイルランドでは国教会が国教にも関わらず、最も信仰を集めているのはローマ正教という事でありまして」

上条「その流れで行くとスコットランドも……国教になってるのはスコットランド国教会?」

オルソラ「はい。ただしこちらで一番信徒が多いのはスコットランド国教会ですね」

神裂『どちらの国教会も……まぁ、そのですね。過去の政治的な摩擦があり、イギリス清教が蛇蝎の如く嫌われておりまして』

上条「……何やってんのイギリス清教」

オルソラ「何度も何度も戦争を仕掛け、搾取に搾取を重ねただけで、欧米的にはよくある話でございますよ」

上条「俺、ちょっとだけフランスに同情したくなった」

神裂『今ではお互いに融和もなされ、イギリス清教というだけで襲われたりはしません!そんなには!』

上条「またスッゲーとこに俺たち放り出そうとしてやがんな!イギリス清教関係者の俺らを!」

神裂『ですから違いますよ。関係者ではないでしょう?』

上条「俺は違う――あ、そうか!イギリス清教の連中が行くよりは、ローマ正教の人間が行った方が話が通じやすくなるのか!」

神裂『そうですね。その貴族の方はローマ正教寄りだとされていますので、適切な人選をしたつもりですよ』

上条「あー、だからオルソラとアニェーゼたちね。了解了解」

上条「なんだよ驚かせんなよ。緊急だからって危ない仕事かなと思ったけど、どっちかって言ったらバカンスじゃんか」

神裂『……まぁ危険……は、ない、ですよね。危険は』

上条「いや心配もないだろ。交渉事に強いオルソラも居るんだし、取り敢えずは話通してくればいいだけで」

オルソラ「ごめなんさい。私は無理なのでございまして」

上条「ほらオルソラもこう言っ――え、なんて?」

オルソラ「異教の方と話し合う機会も多く、意見の違う方を説得するのも、まぁ若輩者ですが得意と申せなくもないのですけど……」

オルソラ「立場上、私は今回の交渉の全権を握ったり、前へ出てるのは難しいのですよ」

上条「いやだからさ、な、なんで?」

オルソラ「お忘れですか?あなたが私にロザリオを授けて下さったことを」

上条「あったなー。それが何か?」

オルソラ「ですから、私はイギリス清教に改宗した身ですので」

上条「あー……そっか。そういうことになってたんだっけか」

上条「……待て待て。つー事は何か、今現在スコットランドへ向かってる俺らのパーティの中でだ」

上条「神裂の言ってた、『先様にあんま嫌われてないローマ正教の人』って条件を満たしているのは――」

アンジェレネ「が、頑張りますよぉ!説得の一つや二つ、わたしに任せてくれれば!」

上条「――神裂」

神裂『……はい』

上条「アニェーゼとルチア、こっちに着くのっていつ頃になんの?」

アンジェレネ「ひ、酷くないですかぁっ!?わたしがヤだなぁ怖いなぁやりたくないなぁって思ってるのに、思い切って決意表明したんですからねっ!」

上条「10秒ぐらいで本音をゲロったところかな、特に心配なのは」

神裂『……それがですね。飛行機の便がキャンセル待ち、こちらからグラスゴーへ向かう列車はどれだけ速くても明日の夕方出発』

神裂『また先方は駅に到着したあなた方を迎えに来られるそうでので、まぁ、そのメンバーで初日は凌いで頂くしか……』

上条「……なぁ、オルソラ」

オルソラ「はい、なんでございましょうか」

上条「最悪の最悪、『ローマ正教の方から来た』って手段もアリだと思うんだよ、俺は」

オルソラ「他人様の信仰をフレキシブルに対応させるのは罪でございますね」

上条「俺が一時的にローマ正教へ入った的な」

オルソラ「神裂さんぐらい十字教に馴染んだ方であればともかく、会話後1分ぐらいでボロが出るかと思いますよ」

神裂『で、ではそろそろ疑問もなくなかったかと思いますので、詳しくはオルソラからお聞き下さい』

上条「待てよ!問題あるんだったらお前来いよ!ダッシュで来れば新幹線追い越せるんだろっ!?」

アンジェレネ「え、エイトマ○ですよね、それっ」

オルソラ「一体どれだけの方がご存じなのでしょうか」

神裂『できれば私だってそっちへ駆けつけたいんですよ!でも最大主教が陛下から嫌味を言われたらしく、全力で解決を計れと厳命を受けているんですから!』

上条「そんなに大事か?霊装一本使えなくなっただけだろ?」

オルソラ「日本をケースに例えるならば、草薙の剣が使えなくなった、レベルの話でございますよ」

上条「……使ってんの?実は俺の知らないところで暗躍してたり?」

神裂『どう、でしょうか。天草式でもちょくちょくオロチ退治だの御霊払い、時には無縁様相手に戦っていたので、もしかしたらとは』

上条「俺は知らないからな!巻き込まれないぞ!絶対に俺は巻き込まれないからな!絶対にだぞ!」

アンジェレネ「ど、どうして上条さんは賽の河原式フラグを積んでいるのでしょう?」

オルソラ「本当に黒い民俗学が本当に黒すぎて外へ出すのをやめた以上、有名どころでお茶を濁す展開になるのでは……」

神裂『とにかく!そっちはそっちで楽しんできて下さい!命の関わる事件はまず起きないでしょうし、外交使節として持てなしてくれるでしょうから!』

上条「お前らの”まず”は信用できない」

プツッ

上条「あ、てめ神裂切りやがったな!?」

アンジェレネ「ま、まぁまぁ上条さんっ!わ、わたしがきちんとこなせしてみせますってもうっ!」

上条「その自信がどこから湧いてくるんだか知りたいわ」

アンジェレネ「が、頑張ってシスター・ルチアにわたしが実はできる子だって分かってもらわないと!」

オルソラ「そうなのでござまいすよ。シスター・アンジェレネがこれだけやる気を見せて下さっているのですから」

オルソラ「足りない部分があれば私たちがフォローすれば良いのでございます」

上条「ロンドンで走り回ってる神裂・ステイル組に比べればマシか……マシだといいなぁ」



――スコットランド グラスゴー・ベイリャル家カントリーハウス


ベイリャル家当主「これはこれは遠路はるばるようこそおいで下さった。長旅の疲れもあるだろう、ささどうぞこちらへ」

上条(寝台列車で一泊、終点のグラスゴー駅に着いた俺たちを待っていたのは執事さんだった。よくあるお爺さんタイプの、素手格闘に全振りしてる感じ)

上条(ファミリーワゴンぐらいデカいセダンに乗り込み、その人の運転でグラスゴーの外れにある”お屋敷”に直行)

上条(出迎えてくれた人の第一声が、まぁそんな感じだった)

ベイリャル家当主「ベイリャル家当主をしているジョセフ=ベイリャルだ。見知りおいてくれれば幸いだね」

アンジェレネ「……は、はい」

オルソラ「初めましてサー・ベイリャル。こちらはローマ正教、ロンドン支部に所属しているシスター・アンジェレネです」

アンジェレネ「こっ、こんにちはっ!よろしくお願いしますっ!」

サー・ベイリャル「はい、こんちには。上手に挨拶ができたね」

オルソラ「私は案内役を仰せつかっております、イギリス清教のシスターでオルソラ=アクィナスと申します」

サー・ベイリャル「ほう。トマス=アクィナスの洗礼名、ということはあなた方のご出身はイタリアから?」

オルソラ「思うところがありましてロンドンにて勉強中でございます。この国は古い信仰を良き形のまま残してらっしゃいますから」

サー・ベイリャル「そう言われると悪い気はしないね。古い物ばかりで恐縮しきりであるが、興味を持ってくれたのであれば氏族クランとして嬉しいよ」

オルソラ「いいえこちらこそ、でございますよ」

サー・ベイリャル「……」

オルソラ「……」

サー・ベイリャル「……そちらの東洋人の少年は?」

上条「えぇっと、トーマ=カミジョーです。学生です」

サー・ベイリャル「学生……あぁ。君も遺跡の発掘に来たクチか。そうかそうか、若いのに熱心だね」

上条「えぇはい、多分そんな感じです。はい」

サー・ベイリャル「では立ち話もなんだし応接間へ来たまえ。大して面白くもない話だが、済ませねばならないからね」



――スコットランド グラスゴー・ベイリャル家カントリーハウス 応接間

サー・ベイリャル「ではまずお茶でも頼もうか。当家のパティシエルの腕を堪能頂きたい」

アンジェレネ「ほ、ほんとですかぁっ!スコットランド貴族の本物のお菓子がっ!」

オルソラ「シスター・アンジェレネ。失礼でございますよ」

サー・ベイリャル「いやいや。子供がお菓子に目を輝かせるのは当たり前の話だね。あ、三人とも楽にしてくれたまえ。公の席でもないし」

オルソラ「ありがとうございます」

老執事「ただいまお持ち致します」

サー・ベイリャル「それではその間に用件を聞こうか、ってまぁ大体想像はついてるけども」

アンジェレネ「わ、わたしたちは発掘現場が封鎖されたって聞いて来ましたっ!」

サー・ベイリャル「正直私も何が何だか、なんだよねぇ。意味が分からないというか」

上条「あのー……もし良かったらその辺の事情を、最初から詳しく教えて頂ければ嬉しいんですが……?」

サー・ベイリャル「そうだね。お互いの認識にズレがあるかもしれないし、それが賢明だろうね」

サー・ベイリャル「まずスコットランドには遺跡が多くあるんだよ。オークニーのメイヴの墓、ソールズベリーのストーンヘンジぐらいは?」

上条「ヘンジは知ってます。超有名ですから」

サー・ベイリャル「ではイングランドのサットン・フーの船葬墓は?日本人に分かるように言えば……」

オルソラ「古墳でございます」

サー・ベイリャル「そう、それ。要は昔の偉い人のお墓が見つかったんだ」

上条「船葬墓ってのはなんでしょう?」

サー・ベイリャル「船を模した墓、というか実際に乗れる船を棺にして、埋葬者と一緒に埋める形の墓だよ」

オルソラ「規模が大きいものですと、古代エジプトでファラオが死んだ後にも乗れるように埋葬された、『太陽の船』が有名でしょうか」

サー・ベイリャル「ま、そんなには大きくないけどね。ロングシップとはいえ」

上条「船……ヴァイキングが乗ってたような、ですか?」

サー・ベイリャル「”ような”じゃない。まさに”乗って”いたものだ」

オルソラ「元々はアルプス以西はケルト人の暮らしていた地域なのですよ。それが後にバルト海周辺の住んでいたゲルマン人が移り住んでございます」

上条「知ってる。ゲルマン人の大移動」

サー・ベイリャル「今イギリスに住んでいるのはその末裔”も”いるよ」

上条「アングロサクソン人、とか言う長い名前の民族じゃないでしたっけ?」

サー・ベイリャル「アングロ人とサクソン人。どちらもゲルマン人の一派であり、地域ごとに呼び名が違っただけだ。元はただのゲルマン人」

上条「あ、じゃあそのゲルマン人がヴァイキングみたいな船を作ってお墓にする文化があって、その遺跡が見つかったと」

サー・ベイリャル「だから、みたい、じゃなくてヴァイキングそのものだ。今のデンマークに活動していたデーン人――」

サー・ベイリャル「――という名の”ゲルマン人”がイングランドへ流入し、デーンロウという国を東方に作っている」

上条「やりたい放題っすね、ゲルマン人」

オルソラ「この後、イギリスはノルマンディー公国が侵攻し、ノルマン人の元に統一国家が生まれるのでございますが……」

上条「まさかノルマン人もゲルマン人の一派?」

オルソラ「で、ございますね。ちなみにこの統一国家、ノルマンディー公国はその版図がフランスも含まれておりまして」

オルソラ「イギリスとフランスの長い長いいがみ合いが始まった、ある意味歴史的瞬間でございますよ」

上条「あぁちょっと納得した。だって俺らからすりゃ、どっちもアレな子ばっかだもの」

サー・ベイリャル「まぁそういう歴史的な系譜の元、イギリス東部やスコットランドでヴァイキングの遺跡がよく見つかるんだ」

サー・ベイリャル「この行政区では初めて、しかも保存状態が極めていい状態だったのでね。”そちら”へ声をかけて専門家をお呼びしたんだよ」

オルソラ「それはまぁ大変恐縮なのでございます。お互い疑心暗鬼になることなく、聡明なご判断であらせられましたので」

サー・ベイリャル「まー……『剣』があったのだし、『槍』なんか見つかったら面倒だからね。痛くもない腹を掻っ捌かれてはたまらない」

オルソラ「まさか。スコットランドでも指折りの氏族クランの方に、そんな無礼は働けません」

サー・ベイリャル「はは、謙遜は美徳だね。流石は慈悲深いことで知られるイギリス清教だ」

上条「(なんだろうな。幼馴染みのお姉さんが俺の知らない同級生と話してる感が。置いてきぼり的な意味で)」

アンジェレネ「(ね、NTRですねっ)」

上条「(君もいい加減にしないと本気でルチアにシバかれるからね?もしくは俺に男女平等パンチをだな)」

サー・ベイリャル「――という紆余曲折の中、クロムウェル教授へ指示を仰ぎ、事故らしい事故もなく」

サー・ベイリャル「あ、いや一度だけ落盤が起きそうになったが、何故か全員軽傷で済んだことを感謝しつつ、だ」

オルソラ「(シェリーさんのゴーレムでしょうね)」

上条「(その場に俺居たら、俺の所だけ岩降ってきたんだろうか……?)」

サー・ベイリャル「遺跡の副葬品を博物館へ移すか、それとも発掘場所に博物館でも建てるかを話し合っていたら弁護士だよ」

サー・ベイリャル「それも異議申し立てをしている裏に、件の元民間軍事会社がついていると来た」

上条「イギリスで受け入れてるんでしたっけ。アメリカと仲の良い国なのに」

サー・ベイリャル「イギリスはアメリカの同盟国、ヨーロッパでは最も繋がりが良好な国と言っていいね」

サー・ベイリャル「だからそのアメリカを腐すことによって、間接的にイギリスへ嫌がらせをしよう、喝采を浴びようとする人間が居る、ということだね」

上条「うわ最悪だ」

サー・ベイリャル「だがそれも政治なんだよ。喝采を浴びる者は喝采を送る者が居る限り止まりはしないものだ」

上条「今後の展開はよく分からない法廷闘争になるんですか?」

サー・ベイリャル「には、ならないと思う。公有地と私有地にまたがっているとはいえ、ほとんどは私の土地だしね」

上条「あの、すいません。ちょっと質問いいですか?」

サー・ベイリャル「どうぞどうぞ」

上条「相手は『俺たちの私有地で勝手に発掘してんじゃねーよ!』って訴えて来てんですよね?」

サー・ベイリャル「概要はまぁ概ねそんな感じかな。あちらの土地の持ち主と結託してね」

上条「残りは公有地なのに、ベイリャルさんの土地なんですか?」

サー・ベイリャル「我々の氏族クランのものではあるが、個人が所有してるのではないんだよ。なんて言ったらいいのかな」

オルソラ「日本の国有林は国が所有し、国が管理していますでしょう?引いては内裏様が持っているのでありまして」

上条「やー……どうだろうな?統治すれども君臨せず、だけども象徴だから合ってるようなそうじゃないような……?」

サー・ベイリャル「私もスコットランド貴族をしている以上、土地は持っているんだが、扱いは公有地だ。勝手に売り払ったりもできないし、貸したりもできない」

サー・ベイリャル「そのかわりに管理は基本的に政府や地方自体がやってくれる、という感じで」

上条「でしたらベイリャルさんが音頭取って解決してなくてもいいんじゃないですか、って疑問も」

サー・ベイリャル「……そっちとは別にね、地元の名士的な仕事をしているものだから」

アンジェレネ「か、上条さんっ!”音頭取って”が通じましたよっ!」

上条「はいそこ静かに!俺ももっと他に言葉無いか思ったけどな!」

オルソラ「またまたご謙遜を、なのですよ。サー・ベイリャルはスコットランド議会の議員をされてらっしゃいますよ」

サー・ベイリャル「いやいや、親の七光りだよ。氏族クランの代表者としてあるだけだから」

上条「日本で言えば国会議員か。あと氏族クランって単語をちょくちょく聞くんですが、それは?」

オルソラ「イギリス連邦は様々な種類の民族がバラバラに集まって構成され、建国した国でございます」

オルソラ「ケルト、アングロ、サクソン、デーン、ノルマン。くわえてローマ帝政時代にも属国でアリして、入植した時代も文化もバラバラです」

サー・ベイリャル「その彼らの子孫が、元あった文化や血族ごとにまとまったのが『氏族クラン』と呼ばれる集団だね」

オルソラ「よく日本の戦国大名に例えられますが、真偽のほどは私からは何も言えないのでございまして」

上条「あー、スコットランドは北方で生活するのも厳しいから、そういう強い繋がりでやって来たと?」

サー・ベイリャル「まぁそうだね。勿論しがらみや他の氏族クランとの怨恨も残るから、決してメリットだけとは言いがたいけど」

サー・ベイリャル「……今回の件にしたって、ベイリャル家が籍を置かない氏族クランであれば、そもそもイギリス清教へお伺いを立てなくても」

上条「それはどういう――」

老執事「――ご歓談中失礼致します。お茶をお持ちしました」

サー・ベイリャル「ありがとう。では少し休もうか」

アンジェレネ「ま、待っていましたっ!この時だけを!」

上条「仕事を思い出せ」

老執事「本日はイタリアよりお嬢様がたがお見えになると伺っておりましたので、スコーンを用意してございます」

老執事「パウダーがふってあるのはクランベリーオレンジスコーン、ふっていないのがメーブルピーカンナッツスコーンとなります」

オルソラ「これは……言葉を失うほどのクオリティでございますね」

老執事「ありがとう存じます。パティシエルのベロニカも喜ぶかと」

上条「あぁ確かに。売り物のケーキと遜色ない、どんな腕してんだ――というか、でも執事さん、一つ聞いていいかな?」

老執事「なんなりと」

上条「お客の中として想定されてるのがイタリア人のお嬢様方なのはいいとして、俺は?俺は想定外だったの?」

老執事「お飲み物は紅茶とコーヒー、どちらが宜しゅうございますか?」

上条「あれ?偉い流暢な日本語で喋ってたのに、リーディングは得意じゃなかったのかな?」

老執事「以前お嬢様がこう仰っていました」

上条「はぁ」

老執事「『日本人のチョコにはマスタードを入れるように』、と」

上条「おいちょっとそいつのトコまで連れてけ!説教すっから!食材ムダにしたヤツには!」

アンジェレネ「お、怒るポイントが違うんじゃないですかねぇっ」

老執事「では上条様もどうぞこちらをお召し上がり下さい」

上条「今の謎宣言の後に劇物盛られてやいないか心配なんだが……まぁ、ありがとうございます」

サー・ベイリャル「……なぁ、私も一つ聞いていいだろうか?」

老執事「はっ、何なりと」

サー・ベイリャル「お客人の前へ茶と菓子を並べるのは、まぁ当然だと思うが、それはいい」

老執事「は」

サー・ベイリャル「ではどうして私の前には何もないんだ?合理的なかつ簡潔な説明を頼む」

老執事「いえ、最初にお客様に用意せよ、というご命令でしたので」

サー・ベイリャル「……だから用意しなかった、と?」

老執事「もしくは旦那様が私にだけ見えており、もう既に死んで幽霊となっている可能性も否定出来ませんでしたので」

サー・ベイリャル「不安定か!お前との付き合いもいい加減長いのに落ち着かない!」

老執事「あぁそうだ、河川敷に落ちてる片方の軍手野郎」

サー・ベイリャル「何?何を言っているんだ?」

老執事「いや、確か……潰れたヒキガエル野郎、でしたか」

サー・ベイリャル「だから何を」

老執事「失礼しました。今世紀最悪のクソ野郎こと旦那様」

サー・ベイリャル「ぶち殺すぞ?今世紀始まってばかりでワースト認定されてるのか!」

老執事「大変申し訳ございません!私の以前住んでいた場所の方言が出てしまいました!」

サー・ベイリャル「最初に旦那様言ってたよな?普通に発音してた、聞いてた」

上条「なんだろう……ベイリャルさんが他人じゃないような気がする……!」

老執事「発掘の件でエジンバラの裁判所から出頭要請が届いております。いかが致しましょう?」

サー・ベイリャル「……あぁすまない、お客人。例の件で野暮用ができてしまったようだ」

サー・ベイリャル「取り敢えずこちらの氏族クランとしては、イギリス清教の心遣いと配慮に痛く感じ入り、これまでと変らぬ友好関係を確認されたと考えている」

サー・ベイリャル「また、これからも変らず友情を深め、かつお互いの領域を守りつつ、尊重できるであろう――というのが総意である」

アンジェレネ「……ヘー……」

上条「おい、総責任者」

オルソラ「(アンジェレネさん、お耳を――)」

アンジェレネ「あっはい――えーっと、ですねっ!」

アンジェレネ「わ、わたしたちはスコットランドの皆さんとともに、未来を築く同士としての立場を再確認しっ」

アンジェレネ「な、なおかつっ!それが一方的ではなく、相互に補完し合えることを常に願っております!……です」

サー・ベイリャル「――結構。ではこの件はそれで話はついた」

サー・ベイリャル「それでは私は仕事があるので失礼する。お三方がこちらへ逗留されるのなら、どうぞ我が家のもてなしを受けてくれれば幸いだよ」

上条「あーいや、別にホテルでも取るんでそこまでは」

オルソラ「今は『ベイリャル家の領地でウロウロして問題を起こさないよう、目の届くところにいて監視させろ』との意味でございまして」

サー・ベイリャル「……いや、そこまで黒い意図はないんだが」

上条「というか今までの会話もそうだったの!?」

サー・ベイリャル「穏やかに談笑しつつ、テーブルの下では足を蹴り合うのが我らの国の流儀だね。君も憶えておくといい」

サー・ベイリャル「これから判事を”説得”するので、君たちが帰るまで戻れないかもしれないが……まぁ、名代に娘がいるからそちらに話をしてくれたまえ」

オルソラ「ベイリャル家のご息女でございますか?」

サー・ベイリャル「あぁ目に入れても痛くない――と、言えれば良かったのだが、不肖の、と評価をせねばならん」

サー・ベイリャル「いい歳なのにアーサリアンを拗らせていてね。ファンタジー小説を現実だと思い込むよりはかなりマシではあるが」

上条「アーサリアン?」

オルソラ「アーサー王伝説に傾倒する趣味です」

サー・ベイリャル「カミジョー君もこちらの伝説に興味があったら聞いてみるといい。暇潰しぐらいにはなる」

老執事「――旬を過ぎた生牡蠣様、お車を用意してみございますので。ささお早く」

サー・ベイリャル「あぁ済まない。お前の最期の仕事になるだろうがよろしく頼む」

サー・ベイリャル「では失礼する。グラスゴーでの休暇が君たちの取って良きものであることを祈って」

オルソラ「ありがとう存じます。サー・ベイリャル」

アンジェレネ「あ、ありがとうございましたっ」

上条「ありがとうございました」

老執事「お客様はどうかおくつろぎのままお待ち下さいますよう」

パタンッ

アンジェレネ「い、いただきますっ!」

上条「ブレねぇなほんっっっっっと!」

オルソラ「まぁまぁ私たちも頂くのでございます」

上条「……まぁこのお菓子に興味あるのは俺もなんだけど、これでいいのかなって」

オルソラ「こちらへ来た用件もほぼ終わりましたので、肩の荷が下りたのでございますよ?いただきます」

上条「そうなのか?トライデント残党と、てっきり魔術師バトル!すんのかと。あ、いただきます」

アンジェレネ「も、もうもぐご当主もぐもぐ了解取ったもぐもぐもぐっ?」

上条「何言ってるのかちょっと分からないですね。あと少しモグラの獣人っぽいな」

オルソラ「口にものを入れたまま話すのはお行儀が悪いのでもぐ」

上条「なんだこの可愛い生物。やっぱ天使か」

アンジェレネ「あ、あのぅ?あからさまにわたしと扱いが違うのはどうか思うんですけど?」

上条「この流だと俺ももぐを語尾につけなきゃいけないんだが、自重したんだからいいだろ。需要ねぇよ」

オルソラ「シスター・アンジェレネの仰るとおりですよ。こちらでの用件は終えたのと同じでございますよ」

上条「話通しただけで解決はまたじゃね?」

オルソラ「『必要悪の教会』は他国での魔術的な犯罪へ”勝手に”介入しております」

上条「思ってた以上にフリーダム」

オルソラ「そこはそれ、黙認という形で入国許可や後始末を現地の当局が引き受けて下さっておりますので――ですが、中には出入り禁止の国もありまして」

オルソラ「その多くがローマ正教、もしくはロシア成教を国教と定め、イギリスとの確執が深い国家となります」

上条「そういう国は魔術師への犯罪に対しての部隊がある?」

オルソラ「そう考えるのが妥当でございますね。十字教三大宗派には及ばないものの、それぞれの国の特色に特化した魔術師がいらっしゃるのかと」

アンジェレネ「と、ということはイギリスと長年仲悪かったスコットランドも……?」

オルソラ「サー・ベイリャル様が魔術師かはさておき、こちらにもそれ相応の方はおられるのでしょう」

上条「あー、じゃあイギリス清教とローマ正教の使者が一緒に来たってのは」

オルソラ「どちらの十字教宗派からも仲良くやっていこう、という姿勢を見せる形になりましたね。図らずも、でございますが」

アンジェレネ「わ、わたしがそんな大役を……っ!」

上条「って感動してんだけど、後からこのアバウトな子たちが拙い事態になったりはしない?」

オルソラ「何の事でございましょうか?私たちはただ船葬墓を拝見しに来ただけですのに」

上条「汚い。流石大人汚い」

オルソラ「というかこの様子ですと、シスター・アニェーゼたちの出番はないのでございますね」

アンジェレネ「え、えぇー。折角豪華かなお屋敷に寝泊まりできるんですから、お二人も呼びましょうよぉ!」

上条「神裂と要相談かなー。あっちが忙しいんだったら、俺らも夕方の便で帰った方がいいかも」

オルソラ「私はシェリーさんとお会いしたいのですけど。こちらへ持ってくるよう頼まれたものもございますし」

上条「調査隊って人らも居るらしいしな。そっちの人に合流して話を聞く必要はあるか」

オルソラ「個人的に学術的な好奇心もございまして、発掘現場も覗いてみたい気持ちもあります」

上条「そりゃ俺も。留年を避けるためのレポートを提出しなきゃいけなくてだな。発掘途中の遺跡だなんて評価高そう」

上条「――っていうことなんですけど、使節団団長のシスター・アンジェレネさんのご意見は?」

アンジェレネ「お、美味しいお菓子を作れる方に悪い人はいないと思いますっ!」

オルソラ「真理でございますね」

上条「……強く、そう強くは否定しねぇけどな。それでいいのかなー、とかたまには振り返った方がいいぞー」

老執事「お客様方、失礼致します。皆様のお泊まりに部屋を用意しようと思うのですが……」

老執事「ただいま別のお客様がお見えになってる最中でございますので、シスター・アンジェレネ様とシスター・オルソラ様にはご同室をお願いできませんでしょうか?」

アンジェレネ「は、はいっ!お世話になるんですから構いませんよ!」

上条「なんだったら俺、物置とかそういうのでもいいですけど?」

老執事「そうですか?ならば庭に私が建てた犬小屋がございますので」

上条「ございますので、で、なに?まさかそこで済まそうってんじゃねぇだろなコノヤロー。いくら不在だからって番犬代わりができるか!」

老執事「当家の番犬は健在でございますが」

上条「もっと悪いよ!個人的には犬種次第じゃちょっと心引かれなくないがな!シェットランド諸島原産のもふもふとか!」

老執事「でしたら……旦那様のお部屋で如何でしょうか?」

上条「怒られるのは俺だよね?あんたの悪フザケに付き合って怒られるのは俺だから!」

老執事 グッ

上条「『ナイスツッコミ!』じゃねぇよ。親指立てて『いい仕事したね☆』みたいな顔されてもな!」

老執事「ではこちらへどうぞ。お部屋へご案内致します」

上条「……なんかちょっとこの家が好きになってきた。ツッコミ的に」

オルソラ「ベイリャル家のお嬢様もさぞツッコミがお上手ではないでしょうか」

アンジェレネ「そ、それ貴族さまの必須スキルではなんじゃないかなって……」

上条「……まぁある意味、自分達へ寄せられる陳情という名のボケを捌く点じゃ同じ――訳ないな。大喜利か」



――スコットランド グラスゴー・ベイリャル家カントリーハウス 客間が並ぶ二階廊下

老執事「シスターお二人のの部屋の鍵はこちらとなります。お受け取り下さいませ」

アンジェレネ「は、はいっありがとうございますっ」

老執事「上条様は……見えますでしょうか?ここから向かって玄関の脇にある犬小屋が」

上条「なぁこれってちょっとしたヘイトじゃないか?昨今の事情を鑑みて、あっという間に炎上する時代だからな?」

老執事「まぁ……正確には犬小屋というのも正しくはございませんので」

上条「へー?でも俺には関係ないよね?」

老執事「いつの間にか住み着いた黒犬が、旦那様の部屋を荒らしていたりするので、犬小屋を作ったらそちらへ定住しただけでございます」

上条「それブラックドックじゃね?見たら死ぬとか、そういうんじゃなかったっけ?」

老執事「あぁいえ、旦那様に隠れて犬を飼っていたのは幼かりし頃のお嬢様ですね」

上条「なんかちょっとほのぼのしたけど、やっぱそれって俺に関係なくね?」

老執事「お怒りになられた旦那様へ、私はこう言ったのですよ――」

老執事「『――旦那様の部屋を荒らしたのは犬ではありません!私です!』って、ね」 キリッ

上条「ただの事実ですよね?付き合い15分ぐらいだけど、多分真犯人もあんたですよね?」

老執事「という訳で、上条様のお部屋はこちらです。鍵をどうぞ」

上条「全くもって時間を無駄にした気分だが、まぁありがとうございます」

オルソラ「あのー、ぶしつけなお願いで恐縮ですが、この家の書庫はございますか?」

老執事「ございますよ。それがいかが致しましたか?」

オルソラ「郷土史をまとめた本でもあれば、もしかして船葬墓について書かれているかもしれませんので、よろしければ見せて頂きたいのですが」

老執事「そういうことであればご自由にお使い下さい。ただしゲール語の書物が多うございますが」

オルソラ「うふふー、そちらは得意分野ですので」

老執事「それは……ようございました。ではご案内致します」

アンジェレネ「じゃ、じゃあわたしも行きますっ」

上条「俺は……ちょっと疲れたから部屋で休んでるよ。ついでに神裂へメール送っとく」

オルソラ「それではまた後でお目にかかりましょう」

アンジェレネ「おっ、お疲れ様ですっ!」

上条「はーい、お疲れー……てか疲れたな。少し休みたい」

ガチッ、ガチガチッ

上条「……うん?開かない?」 グッ、ググッ

上条「鍵は……あれ?もしかして開いてたか?閉めちまったのかな……」

ガチャッ

上条「――っと開いた開いた。どれ、どんな豪華な部屋――」

レッサー「――いやいやここで座して見るのはアホの所業ですよ!てゆうかアホだと私は言いたい!」

フロリス「やめときゃいージャンよー。わたしらが首突っ込んだっていいことねーシ」

レッサー「な、何を言いますかこのアマは!?我らの固い絆を忘れたとでもっ!?」

レッサー「一人はみんなのために!みんなは一人のために集った仲間ですとも!」

レッサー「その、仲間がっ!あのクソ固い騎士気取りの女がお見合いだなんてwwwwwwwww」

フロリス「だから草生やすなヨ」

ランシス「てゆうか……本当なの?お見合いって……?」

レッサー「執事のジジイから聞いたんですから絶対ですって!『お嬢様は髪の色とカブってるドレスを探してた』って言ってんですからね!」

フロリス「アー、仕事じゃネ?ワタシらと違って家でどーこーあるだろーしサァ?」

レッサー「だとしても!仲間の×××が××してからじゃ遅いんですよ……ッ!?」

フロリス「卑猥な言葉を全力で言い切るんじャネー。聞いてるこっちが恥ずかしいわ、人とシテ」

レッサー「あぁ!待っていてくださいよっ、今私が『そのお見合いなんてぶっ殺す!(シャクレ顔で)』して破談にさせてみますからね!」

レッサー「我らの友情はいついつまでもフォーエバー!ずっ友なんですから!」

ランシス「……でも、本音は……?」

レッサー「先に彼氏作ろうだなんで許しませんからね!男運ネタでイジれなくなるだなんて真っ平ゴメンですよっ!」

レッサー「できれば我々が全員結婚決まってからもシングルを通して欲しいですよねっ!最後には汚っさんと政略結婚コース!」

フロリス「ワタシらの敵が今分かったワ。お前だよ、オマエ」

ランシス「うん……人類の敵は、まぁ大抵人類……」

レッサー「立てよ我が国民!今こそあの女の抜け駆けを止め――」

パタン

上条「……」

ガチャッ

上条「……いない、よな?」

シーン……

上条「……疲れてんのかなー、俺。幻覚が、うん、幻覚に決まってるよな」

上条「あのアホがまさか俺の行き先に先回りしてるだなんて、うん、ないない。有り得ないって」

上条「昨日は寝台列車だったし、あーそうそう。きっとなんだかんだでこっち来た疲れが」

上条「誰もいない。いないいない。なんかちょっと甘い香りがするけど、それはきっと俺の気のせい」

上条「どれ、夕食までに時間はあるし、少し横になって――」 ムニッ

上条「うん?シーツの中になんかふにふにして柔らかいものが?」 ムニムニッ

上条「手にジャストフィットする、なんかこう一生このまま触っていたい感じの」

上条「なんだこれ、低反発式抱き枕――」 バサッ

フロリス「……」

上条「……」

フロリス「せ、責任とれヨ……ッ!」

バサッ!!!

上条 スッ、パタン、ガチャガチャガチャッ!!!

室内からの声A『あなた――あなたまた美味しいところ持って行きやがりましたねっ!?』

室内からの声A『この泥棒猫が!我が敵ながらアッパレですよ!』

室内からの声B『誉めてんじゃねーヨ!あぁイヤ、べ、別になんともなかったワー!これっぽっちも動揺なんてしなかったっつーノ!』

室内からの声A『ぐぎぎぎっ!このアマがツンデレ気取りやがって根強い人気ですよねっ!私も嫌いじゃないですよ!エロゲ×で一番先に攻略するたタイプです!』

室内からの声C『……おい、おバカ。主旨変ってる……私は最後に取っとくタイプ』

室内からの声A『そうするとダレちゃいません?「コイツ誰得だよwwww」の年上キャラオールスキップで攻略すると、面倒になりますし』

室内からの声C『……スキップしてる時点で、疲れてはいない……』

室内からの声A『――でなくて!ド級編隊エグゼロ○の褐色キャラですかあなたはっ!?今までヒロイン達が積み上げてきたのをぶち壊して!』

室内からの声A『世界が求めていたのツンデレ幼馴染みではなく、エロ褐色幼馴染みだって事でしょうっ!?』

室内からの声B『だから、どーしたヨ』

室内からの声A『鬼っ、悪魔っ、高千○っ!最近じゃ電波浴びるのもこなれてきましたよっありがとうございますねっ!』

室内からの声C『違う、そうじゃない……』

室内からの声B『てかそのニッチな例え、誰が分かるんだっつーノ』

室内からの声A『そうですよ!なんですかっ!なんでいるんですかこっちに!私聞いてませんよ!?』

室内からの声B『ワタシだってそーだヨ!なんかもう勝手にやれって言われたばっかだしナ』

室内からの声A『てか連絡係がゴールドてるてる坊主なのがおかしいですって!いい歳してゴスロリなんか着ちゃっておかしいと思ったんですよ!』

室内からの声C『……あんま、そこら辺イジんのはどうかと思う、よ……?』

室内からの声A『大体ですね!私みたいに一も二もなくトイレへ駆け込んだのに、どうしてあなたはシーツにくるまれば大丈夫だと思ったのかと!』

室内からの声A『どうせ性的なあれこれが暴走してベッドに入ったんでしょうが!イヤラシイっ!』

室内からの声B『オイ誰か。このおバカに鏡見せてやってくれ』

室内からの声A『もしそうだったらトイレに避難した私は肉××ですか!?望むところで――』

上条「……」

アンジェレネ「あ、あれ?上条さん、廊下でなにやってるんですかぁ?膝を抱えて」

オルソラ「いかが致しましたでしょうか?お加減でも悪いので?」

上条「いやあの、幽霊が……」

アンジェレネ「まっ、またまたー!幽霊なんている訳ないじゃないですかぁ!」

上条「幽霊……うん、幽霊的なアレだと思うんだよ。混沌としたメシの食い過ぎで成仏できなかった霊、かな?」

オルソラ「イングランドの方へ暴言を吐いているのでございますね」

アンジェレネ「め、メシマズワードで即特定するのも如何なものかと……」

上条「俺やっぱ犬小屋でいいわ。あそこが安住の家だと思うわ」

上条「もふもふもしてしっとりした黒シェルティーに囲まれ、犬臭いままぐっすり眠るんだ……ッ!」

アンジェレネ「し、シスター・オルソラぁ。上条さんがちょっと見ない間にやさぐれちゃったんですけど……」

オルソラ「まぁ犬小屋にお邪魔するかはさておき、今後の話もございますのでどうぞ私たちの部屋へどうぞ、です」



――客間(シスター用)

上条「――っていう感じだな。こっちは」

神裂『そう、ですか。私の予想通り上手く事が運んで何よりです』

上条「取り敢えずアドバイスに従って、除霊のために火を放とう思うんだが、どうかな?」

神裂『そんな話をしてはいませんでしたよね?何を堂々と犯行予告しているのですか』

上条「もしくは食堂でフィッシュアンドチップスを作ってもらってだ。それを空のジャムの瓶に入れて、地面へ埋めておけば……」

神裂『ナメクジかたれぱん○の捕獲方法です。それでもしイギリス人が補足されたら戦慄を禁じ得ませんね』

オルソラ「神裂さんはゆるキャラもお詳しいのでございますね」

神裂『んっんんっ!あくまでも!あくまでも一般常識レベルですが!』

アンジェレネ「な、謎のツンデーレキャラですよ」

神裂『私の事はどうだってよいのです!それよりもそちらの状況についてを!』

オルソラ「と、仰られても世はおしなべて事もなし、でございまして」

アンジェレネ「し、しいて言えば上条さんが『謎の幽霊に遭遇した』って言ってるぐらいですかねぇっ」

神裂『古い屋敷なのですから幽霊の一人や二人いるでしょう。我慢しなさい』

上条「三人だったんですけど。そしてウチ一人はロシアにまで憑いてきたんですけど」

神裂『――ともあれ、そちらの事情は把握しました。何事もないようで何よりです』

上条「俺の意見は黙殺なの?これが伏線できっと明日には魔術師バトルが始まってんのだ……ッ!」

アンジェレネ「か、上条さんは……えぇと、何か病んでる、ような……?」

オルソラ「仕事病でございますね。常にトラブルから熱烈に求愛される身なのですよ」

神裂『あなたが何を見たのか存じませんが、相手が幽霊だろうと魔術師だろうと襲ってこなければ実害は出ません。どうか見なかったことに』

上条「問題を先送りにするのは日本人の悪い癖だと思うんだよ、俺は」

オルソラ「ご安心を。どこの国でも同じでございますから」

アンジェレネ「い、言い方を変えれば『未来へ向かって投げっぱブーメラン』っ」

上条「ウルセェわ!俺は割と本気で日本から悪霊退散の喪服男呼ぼうか迷ってんだからねっ!」

神裂『どなたかは存じませんけど、確実に余計場を乱すので止めて下さいね?』

オルソラ「神裂さん達の塩梅は如何なものでしょうか?」

神裂『昨日の今日で特に進捗はありません。のんびりとしてもいられませんが、そう急いでいる訳でもなく』

上条「いいのかよ。そんな余裕カマしててさ」

神裂『こちらの騒動へ誰か第三者が絡んでいれば、そろそろリアクションを起こしてもおかしくはないんですよ』

神裂『過去の事件でどこかの妃殿下は力を手に入れた瞬間、イギリス制覇を目論みましたしね』

上条「知ってるわ。というかこっちも全員当事者だよっ!」

アンジェレネ「よ、よくあの事件で死人が出ませんでしたよねぇ」

オルソラ「キャーリサ様のお心なのではないでしょうか。お手をくわえた的な」

神裂『ですので、まぁ即帰って来いとも言いがたくはありますね』

オルソラ「――あ、そうなのでございます!神裂さんにお伺いしたいことがありまして!」

神裂『なんでしょうか?』

オルソラ「以前建宮さんが仰っていた『女教皇の思い人』とは一体全体どなたのことだったので?」

神裂『――長いですよっ!?一体何ヶ月前の話に巻き戻っているのですかっ!?』

上条「ほう、なんか良い事聞いたぜ」

アンジェレネ「わ、悪い顔してますよぉ」

オルソラ「あ、失礼しました。そうではなく私たちの今後について相談したいと」

神裂『……だから、なんです?』

オルソラ「本日ベイリャル家のご令嬢ともお話しさせて頂いたのですが、こちらの遺跡は学術的な意味で興味を惹かれまして」

上条「(会ったの?いつの間に)」

アンジェレネ「(しょ、書庫でご挨拶を受けましたよ?上条さんがこっちに残ってる間に)」

上条「(あれそんな長かったっけか?)」

アンジェレネ「(わ、わたし達が来たには廊下で黄昏れてましたしっ、きっと長時間放心していたんでいかとっ)」

アンジェレネ「(で、でもっあの人。どっかで見覚えがあるんですねぇ。どこだったかなぁ)」

上条「(つべで見たとか?偉い人の娘さんなんだし、外交的な意味で式典とかに引っ張り出されてんじゃね)」

アンジェレネ「(お、お言葉ですかねっ!わ、わたしがそんな頭の痛くなるようなチャンネルを見るとでもっ!?)」

上条「(超説得力。ていうかイギリスにいるんだからニュースぐらい見なさいよ)」

アンジェレネ「(いいじゃないですかぁ。純文学読んでれば偉いって訳でもないですし、政治に無関心だって)」

上条「(俺が言ってんのは行政的な意味であって、別にイギリスの政治を知れって話じゃ……)」

オルソラ「またシェリーさんの性格上、そちらがどうなっていようと、ご自分の欲求を優先させる傾向がございまして、ですね」

神裂『つまり……要は折角スコットランドまで来たのだから、発掘現場を少し見学して帰りたい、ですか?』

オルソラ「はい。低確率ではございますが、その”遺跡”そのものがカーテナへ影響している可能性も否定しきれないので」

神裂『……ふむ』

上条「(……なぁ、これってアレかな?)」

上条「(まず神裂に精神的ボディブロー入れて動揺させといて、こっちが弱み握ってるのを意識させつつ、交渉を有利に運ぼうって計算してんのかな?)」

アンジェレネ「(ま、まさかー!シスター・オルソラに限って、そんな黒いことは……)」

上条「(気のせい……だよな?オルソラは俺の天使で合ってるよな?)」

アンジェレネ「(そっ、その認識そのものがまず気のせいですよ?あと”俺の”って、病状が悪化の一途を辿ってまして)」

神裂『……分かりました、分かりましたよ。こちらも差し迫った状況ではないですし』

神裂『勿論緊急時にはすぐ帰ってもらいますから、朝夕に一回ずつ連絡を入れ、居場所もはっきりとさせてください。いいですね?』

オルソラ「はい、二日ほどいれば飽きると思いますので」

上条「おぉ、勝利をもぎ取ったぞ!」

アンジェレネ「やりましたよぉっ!け、経費で豪遊できますねっ!」

神裂『はいそこ注意ですよ。観光気分も良いですが、この国の王室にとっては洒落にならないことが起きているんですから!』

神裂『……まぁ、日本人的に観光スポットとして外せない場所があるのも、分からないではないのですが』

上条「へ?観光スポット?」

神裂『えぇと、オルソラ?』

オルソラ「うふふー、ドッキリにしようか迷ったのですが、事前にネタバレするのも一興でございますね」

オルソラ「日本人の方は誰でも知ってるが場所は中々知らず、ぶっちゃけ国を聞いても『え!?そこだったの!?』と驚愕し――」

オルソラ「――あの小便小僧、マーライオン、人魚姫像の三大ガッカリ観光名所に並ぶポテンシャルを秘めたスコットランド名所の名は――」

上条「いやガッカリはいらないです。もうお腹いっぱいなんで」

オルソラ「――『ネス湖のネッシー』、でございます……ッ!」

アンジェレネ「い、いやぁシスター・オルソラ?そんな子供だましでは、流石に……」

上条「マッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッジでっ!!!?ネス湖!?ネッシーに会いに行けんのっ!?」

上条「だったらもうっ早く言えよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!ヘンジなんか石だろ!?ネッシーに比べればハナクソみたいなもんだって!」

上条「なんっっっっっだよ!ヘンジ削ろうってハンマー持って来たに!ネッシーいるんだったらヘンジ行く必要ねぇよ!むしろ邪魔だよ!」

アンジェレネ「こ、こわいです、よ?」

オルソラ「文化遺産に暴言ですね」

神裂『何故かUMA特番をバンバンやってる日本では仕方がないかと』

上条「もう遺跡なんでどうだっていいからネス湖行こうぜ!カーテナも関係ないしさ!大体管理不十分なんだよ!前も今もさっ!」

上条「ネス湖で写真撮ろう!俺が湖入ってネッシーやるからインス○で流せば!」

神裂『「必要悪の教会」としては看過できませんが、同じ日本人としてそのテンションには概ね賛同します』

オルソラ「えっと……私は純粋に発掘現場を見てみたいのですけど?」

アンジェレネ「わ、わたしはっ美味しいものが食べられればそれで!」

神裂『完全に目的を見失ってる感がありますね、見事ですよ』

上条「いやぁ、それほどでも」

神裂『正直、非戦闘員だけなのであまり無理も……と上条当麻、分かっているとは思いますが』

上条「あぁ任せろ!女子二人は俺が守るぜッ!」

神裂『こちらが忙しいということは、そちらに構っている暇はないということであり、問題を起こしてもすぐさまフォローできる訳じゃないですからね?』

上条「あれ?問題起こすの俺だけって決めつけてないか?」

神裂『特に私ではなくステイルが連絡を受けた日には「ま、いっか」で見なかったフリをするというのもお忘れなきよう』

上条「監督しとけよ。そんな無責任なやつが連絡受けさせる態勢にしないで!」

神裂『いえなにか勘違いをされているようですが、ステイルはあなたに興味がないのではないのですよ』

上条「二重否定で聞き辛いが、そうなのか?」

神裂『たった一つを除いて、その他は平等にどうでもいいですからね、彼』

上条「御社の勤務姿勢に問題がありすぎる。会社だけじゃなく社員も病んでるんだよ」

神裂『そちらの意思を尊重したいのも山々なのですが、非常時……えぇ、非常時といえば非常時なので、程々に……』

神裂『……ネッシー探しではなくハギスで手を打ってください。どちらも珍獣には違いないですから』

上条「ハギス?」

オルソラ「スコットランドの名物料理ですね。地方では毎年小さなハギスハンターがハギス獲りに奔走するのが風物詩でございます」

アンジェレネ「あ、あーっ。ここへ来る前にも看板で見ましたねぇ、美味しいんでしょうか」

神裂『その筋には評価が高い、という噂がまことしやかに流れているとかいないとか』

神裂『少なくともウチの建宮は、野生のハギスを料理したつまみが好物ですが』

アンジェレネ「へ、へーっ。日本人の方もお好きなんですかっ」

コンコンコンコン

オルソラ「はーい。どちらさまでございましょうか?」

女性?『――失礼致します。ベイリャル家の者ですが、明日の予定についてお話ししたいと思いまして』

上条「明日?なんか予定でもあったの?」

アンジェレネ「さ、先程書庫で会ったときに、遺跡を案内してくれるって言ってくれたんですっ」

神裂『そうですか。なら私はこの辺でお暇を、皆さんも良い旅になりますように』

上条「ありがとう神裂。ここで呪いの言葉と捨て台詞を投げかけていかないだけ、お前って大人だと思うよ」

神裂『比較対象が悪すぎますよ――』 ブッ

オルソラ「お入り下さいませ。丁度今三人でお話ししていたところでございまして、ベストタイミング、というものですね」

女性?『三人?さっき仰っていた日本の方でしょうか――』

ガチャッ

上条「あ、どうも」

女性?「実は私も日本の方とお目にかかるのは初めてえぇぇぇええええブホオォォォォォォォォォォッ!?」

上条「初対面で吹き出したっ!?」

オルソラ「流石名門、ナイスなリアクションでございますね」

アンジェレネ「あ、あの、上条さんの顔がアレだからって、失礼だと思うんですよっ」

上条「アレ言うなや。イケメンじゃないが普通並だって自覚はあるんだ!」

女性?「ちょ、ちょっと持病のアレがアレして失礼するのだわっ!」

バタンッ!!!

アンジェレネ「は、はやてのよーに現われてー、はやてのよーにー去っていきましたねー」

オルソラ「月光仮○でございますね」

上条「誰が知ってんだその元祖変身ヒーロー」

……バタンッ!タッタッタッタッタッ……!!!

上条「戻って来たな、足音が」

オルソラ「いらしましたね、足音が」

鉄仮面?「し、失礼しましたっ!」

上条「あぁいや別に大丈夫だ。客見て吹き出すより、重武装に換装して戻って来た方が何倍もヤヴァイから気にすんな」

上条「つまり今、気にしろ、なう」

アンジェレネ「ろ、廊下に飾ってあったのですよねぇ」

オルソラ「作りから推測致しますと中世のマクシミリアンでございますよ」

鉄仮面?「化粧のノリが、失礼かなと思いまして……」

上条「どんな礼儀作法!?見た目殺人鬼なのに!?」

オルソラ「あー、女性にはありがちなのですね。分かります」

アンジェレネ「わ、わたしには理解できないお話なんですけどぉ」

上条「てかお姉さん、さっき普通に美人だったんですけど」

鉄仮面?「きゅ、急に誉められても……」

オルソラ「はいそこ、フラグ立てるの禁止でございます」

鉄仮面?「いやまぁ立ってるちゃ立ってるのだわ」

オルソラ「何がでしょう?」

鉄仮面?「――そ、それでは明日の予定をですね!」

アンジェレネ「こ、このごに及んで強行しようとっ!?というかわたし達もスケバン刑○とご一緒するほど暢気じゃないんですが!」

オルソラ「コンセプトがアイドル&戦うのは定番ですよね」

上条「……」

アンジェレネ「ほ、ほら、上条さんもツッコミのお仕事をしないとっ」

上条「――ですね。それじゃ座って話でも。あ、何もないところですが」

アンジェレネ「ツッコミを放棄!?あっ、あなたの存在価値レゾンテートル存在価値(レゾンテートル)はどうなっちゃうんですかっ!」

オルソラ「僭越ながら補足致しますと、このお部屋はこの方の持ち物でありまして、謙譲するどころか喧嘩を売っているのに等しい行いでございまして」

上条「俺は悟ったんだよ」

アンジェレネ「は、はぁ」

上条「つまりあれだよな。これ確実にメンドくさいやつだな?」

アンジェレネ「り、理解するまでが超遅いかと……」

オルソラ「そして既に面倒でございますが」

上条「だからここは向こうもスルーさせて、お互いに見なかったことにしようって高等な作戦をだな」

アンジェレネ「あっ、あーーーーーーーーーーーーーーっ!」

アンジェレネ「思い出したっ!思い出しましたよっ誰だったか!」

鉄仮面?「は、はい?」

アンジェレネ「この人っ!去年の”ハロウイン・ザ・ブリテン”での指名手配犯ですよっ!わたし画像データ見ましたもんっ!」

上条「言いやがったなこいつ!俺がさっき気づいたのにスルーしてたのを!」

上条「『レッサーと不愉快な仲間達=面倒臭い』って構図ができてんだから!幽霊ネタで事なきを得ようとしてたのに!」

オルソラ「その発想自体が無理でございますね。事が既に起きちゃってますから」

上条「――最近、分かった事があるんだよ」

アンジェレネ「ひ、ひじょーーーにっ聞きたくないんですけど」

上条「何か事件が起きるとするじゃん?学園都市でも日本でもヨーロッパでも、なんだったら西葛西でも」

オルソラ「どうして西葛西がご指名なのかは分かりませんねっ!」

上条「でまぁ俺も大抵巻き込まれるんだけど、大抵一番最初に会った子が主犯か首謀者が標的だって訳で」

アンジェレネ「あ、ある意味においては上条さんが一番メンドくさいかと」

上条「――というわけで分かったぞ!『カーテナ』がなんか調子悪い事件の犯人はお前たちだ……ッ!!!」

アンジェレネ「い、いやぁそんなまさか、たまたま泊った先で知り合いの魔術師さんと鉢合わせして」

アンジェレネ「それが偶然にも以前のカーテナ使った事件の共犯者だからって……」

アンジェレネ「……ん、んー……?」

アンジェレネ「わ、割とクロ、じゃないですかねぇ?状況証拠的な意味でも」

上条「だろっ!?」

オルソラ「取り敢えず重要参考人として、署でお話をお聞かせ願いたいのでございますが……」

???『――クックック……!バレてしまっては仕方がありませんなっ!』

上条「だ、誰だっ!?誰かがベランダに居るっ!?」

ベランダからの声(???)『ここまで突き止めたのは流石、と誉めて差し上げましょう。我が宿命のライバルよ、それでこそ負かし甲斐があるというもの!!』

ベランダからの声『だが、しかぁし!あなた達は気づいていらっしゃらない!致命的な矛盾に!ロジックの綻びを!』

上条「な、なんだって!?それは一体!?」

ベランダからの声『もし仮に我々がカーテナを使って何かこう悪い事をしているのであれば――』

ベランダからの声『こんなスコットランドのクソ田舎に引きこもってないで、ロンドン辺りでドヤ顔しながら勝利宣言したでしょうに……ッ!!!』

上条「ですよねー。お前らって徹頭徹尾そういう人種ですもんねー」

ベランダからの声『にゃーーーはっはっはっ!まだまだ未熟ですな明○探偵!その程度のことも見破れずに我々を犯人扱いとはね!』

鉄仮面? ガラッ

ベランダからの声『これはもう冤罪を声高らかに訴えなくては!DOGEZAして私のクツを舐めええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ…………!!!?』

グシャッ

上条・アンジェレネ・オルソラ「……」

鉄仮面?「……ふう」 パタン

上条「あ、あのー……?あんた今、ベランダから人突き落とし」

鉄仮面?「はい?」

上条「や、あのさ、俺の知り合いっぽい子がドップラー効果とともに、二階から落ちてった」

鉄仮面?「は、人、ですか?イノシシがいたので追い払っただけですが?」

上条「えっと……」

ベランダからの声『こ、このっアマ言うに事欠いて人をイノシシだなん』

鉄仮面?「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 ブンッ

ベランダからの声『たわらば……ッ!?』 カギンッ

ベイリャル家令嬢「……プライベートなのよ、分かって……ッ!」

上条「あー……」

オルソラ「どなたも魔術師一本で食べていける訳ではありませんからね。かくいう私も副業がメインになっておりますが」

アンジェレネ「か、回復系は使ってたじゃないですかぁ」

ベランダからの声『というかですね。我々はベイロープのお見合いを阻止すべく集まった訳でありまして、そっちでイジれないんだったらあばばばばばばばばばっ!!!?』

鉄仮面? ビリッ

上条「霊装出して思いっきり使って」

鉄仮面?「明日、発掘現場、連れて行く、オーケー?」

上条「そりゃ遺跡見せてもらえれば、そこが関係ないかもって分かるが、それとお前らの潔白かどうかは」

ベランダからの声『わっかりましたっ!であれば私がどこへなりとも行きましょう!いやー仕方がないなー、不可抗力だなー』

ベランダからの声『これはもう私ルートがもう一本びでぶっ!!!?』

ベイリャル家令嬢(鉄仮面?)「……」

アンジェレネ「て、鉄仮面を投擲して入れるツッコミは……そ、そのっ!死んじゃうと思うんですよ!」

上条・ベイリャル家令嬢「「レッサーはこのぐらいじゃ殺せない」」

オルソラ「もう名前言っちゃってるよね、でございますね」

ベイリャル家令嬢「お父様から『大切なお客様で、発掘現場を見たいって言うから案内してあげて』って言われただけで!こっちに来るなんて聞いてないの!」

上条「……いやなんか、アポも入れずにすいません」

アンジェレネ「ど、どうしまょうねぇ?上条さんのお友達でしたら、そう悪い方ではないのかなぁって気もしますし」

オルソラ「んー……ここは例の手を使えばいいと思いますよ」

上条「……何?」

オルソラ「『取り敢えず問題を先送り』」

上条「ヤッだよ!だって俺知ってるもん!それいつかブーメランになって戻ってくるって!」

老執事「お客様方、お夕飯の準備が整ってございます」

上条「お前も動じろよ!なんで室内メチャメチャで、一部の家具に至っては外にぶん投げられてんのに平然としてんだよっ!?」

老執事「レッサーちゃんさんをお呼びした甲斐がありましたな……!」

上条「身内に敵がいる。具体的には、こいつ」



【スコットランド場所部屋・初日・時間無制限四本勝負・結果 】

×レッサー(GBR・ロンドン・新たなる光)――0勝1敗
○ベイロープ(GBR・エディンバラ・新たなる光)――1勝0敗
※決まり手;突き落とし(二階からの)

×レッサー(GBR・ロンドン・新たなる光)――0勝2敗
○ベイロープ(GBR・エディンバラ・新たなる光)――2勝0敗
※決まり手;押し出し(二階からの)

×レッサー(GBR・ロンドン・新たなる光)――0勝3敗
○ベイロープ(GBR・エディンバラ・新たなる光)――3勝0敗
※決まり手;ギャッラルホルン出力弱め(二階からの)

×レッサー(GBR・ロンドン・新たなる光)――0勝4敗
○ベイロープ(GBR・エディンバラ・新たなる光)――4勝0敗
※決まり手;鉄仮面ぶん投げ(二階からの)



――客間(日本人用)

レッサー「やっと――二人きりになりましたね……」

上条「チェンジで」

レッサー「あの……上条さん?流石の私もここまで邪険にされると、乙女ハートがブロークンマグナ○なのですが……」

上条「ブロークンで止めとけよ。マグナムつけたら勇者○だろ」

上条「ていうか前にも使ったよなそのボケ!使い回しはよくないぞっ!」

レッサー「最近新しい勇者が出ないものですらか、どうしてもこうマンネリ気味にですね」

レッサー「かといって食玩のフルセットで揃えたらお高くなるんですか!」

上条「やめろ。超合金なのか食玩なのかのボーダーを曖昧にさせるな……というかだ。改めて聞くけど――」

上条「――お前がやったんだろ、なっ?素直に言ったらそげぶは省略してやってから、さ?」

レッサー「いえですから、ここは『お前じゃないんだよな?』と否定形から入るのがセオリーであってですね」

レッサー「あと例のそげぶをすっ飛ばしたら、ツッコミの存在しない漫才と同じでシュール極まりないっていうですね」

上条「――で、主犯は誰だ?お前でいいよな?」

レッサー「まった敗戦処理が雑ですねっ!?頭ん中ネッシーで一杯になってんじゃないですかっ!?」

上条「そんなことないッシー」

レッサー「ふなっし○みたいに雑すぎるキャラを演じられても……」

レッサー「ですから再三申し上げているように、今回の『槍』に関しては我々無関係です。ノータッチです」

上条「お前らが大集合してた理由はなんだよ?」

レッサー「仲間の一人が気取った服着やがってたんで、意にそぐわぬお見合い――はっ!?ぶち壊さなきゃ!と!」

上条「お前さっきイジれなくなるからって言ってたじゃねぇか」

レッサー「行かず後家がキャラ崩してどうすんですかっ!そっちの方が問題に決まってますよ!」

上条「それ仲間に対する思いじゃないぞ」

レッサー「というか発見された、もしくはされたかも?ってのは『聖槍』でしょ?でしたら益々この国とは関係ないですねぇ」

上条「なんでだよ。十字教圏だったら有名な……レガリア、だっけ?」

レッサー「はい。まぁそれぞれの教会の正統性を示すのには”こうかはばつくんだ”、なアイテムなのですが」

レッサー「この国、イギリス清教会じゃないですか?一応独立してんのに誰がどこへ向かってアピールするんで?」

上条「王権の、代りって」

レッサー「には、ならないんですよ。あくまでも十字教にとっては大事な遺物には違いありませんが、王様の選別器にはならず」

レッサー「で、なければ最初からカーテナじゃなく『聖槍』を継承した、と王室が自称するでしょうしね」

上条「……どういう意味?」

レッサー「『全英大陸』を創ったとされてるのがヘンリー8世。ローマ正教からイギリス清教を分離し、この国を大陸から独立させた名君であります」

レッサー「まぁ詳しくはウチのベイ……じゃないや、ベイリャル家ご令嬢様々が明日のドライブ中にでも語ってくれるんじゃないかと」

上条「いやでもネッシー見に行くのに、その話題はちょっと重くないか?」

レッサー「頭んなかネッシーでFULLじゃないですか。まだエロ全開な中二男子の方が健全……ッ!」

上条「お前らには分からないんだ!俺たちがネッシーにかける情熱を!」

レッサー「まぁ元気出して下さいよ。これ、差し上げますんで」 ガサッ

上条「あぁこりゃどうも。紙袋に何入ってんの?観光地にありがちなキーホルダー?」

レッサー「私のおパンツです」

上条「いらねぇよ!?あ、いや中には欲しいってアホもいるかもだが、俺は別に欲しい派じゃねぇよ!?」

レッサー「あ、すいません嘘です。さっきシスターさんの部屋から盗んできました」

上条「……」

レッサー「おいテメー随分反応違うじゃないですか」

上条「犯人俺一択じゃねぇか。オルソラだって悩まず殴ってくるよ!」

レッサー「ふっ、大丈夫ですよお頭ぁ!偽装工作はばっちりでさぁ!」

上条「一応聞いとくか、何をやらかしてきたの?罪に罪でコーティングしやがってきたの?」

レッサー「犯人が分からないように上条さんのパンツも盗んでおきました!褒めて下さいねっ!」

上条「そこはもう一人のシスターで良くね?なんでお前底が見え見えのあっっっっさい一工夫してんの?」

上条「オッケーまず落ち着こう?実はな、数年前に日本でこんな事件があったんだよ」

上条「ある中学だが高校でだ、女子更衣室にスマフォが隠してあった。勿論REC状態でだ」

レッサー「ほほう!まぁベタではありますが面白エロ犯罪ですね、大好物ですよっ!」

上条「それを発見した女子生徒が体育の先生の所へ持っていったら、その先生が」

上条「『この学校の平和は俺が守るッ!!!』ってそのケータイをへし折ったんだよ」

レッサー「やだー、私犯人分かっちゃったんですけどー」

上条「勿論想像のとーり、恐らく俺がその場にいたら『いやお前犯人だろ!なんて証拠品へし折んだよ!あとそんぐらいじゃ隠滅できねーから!』」

上条「……とツッコんだと思う。当然逮捕されたのはその体育教師だ」

レッサー「ある意味期待を裏切ってほしかったですかねぇ。推理小説だったら編集さんに怒られますよ」

上条「――つまり!俺が何を言いたかったと言えばだ!」

レッサー「盗撮するんだったらバレないようにやれ、ですね!流石です上条さん賢いっ!」

上条「賢いやつは最初から犯罪なんてしないの!エロ根性がないとは言わないが、普通は考えるだけでさ!」

上条「そしてそのヘンタイは余計な小芝居を打ったことにより、全国区レベルでネタ話として広まってしまったと!分かるかっ!?」

レッサー「つまり?」

上条「お前がお料理感覚で一手間かけたお陰で、俺だって確率が高くなったんだよ!?分かるかっ!?」

レッサー「あ、じゃちょっと返してきますね。お疲れ様でしたー」

上条「待ちたまえレッサー君、話し合おうじゃないか」

レッサー「えぇとまだ何か?」

上条「いや別に大した事じゃない、大した事じゃないんだが、これはやっぱり俺の方からゴメンナサイって言った方だか、こう波風を立てないというか」

レッサー「まぁ、そうかもしれませんね。ならそっちに処理は任せましょうか」 ガチャッ

上条「おうっ!」

レッサー「――あ、上条さん。最後に言い忘れました」

上条「なに?」

レッサー「おパンツ盗んだのはウッソでーすバーカバーカバーカバーーーーーーカッ!!!」 ガチャッ!!!

上条「待てやゴラアアァァァァァァァァァァァッ!?お前はいつもいつも男子高校生の純情弄びやがって!」

上条「でも俺知ってたしぃ!この紙袋軽いから!お前が俺からかってって最初から知ってたから!」

上条「ただちょっと!ほんのちょっとだけだけど『もしかしてオルソラは天使だから、天界で作った服だし軽いのかな?』って思っただけで!」

レッサー「すいません上条さん。女性へ対する期待値が高すぎてキモいです」 ガチャッ

上条「戻って来てまでツッコムなよ」

レッサー「ちなみにチチバンドが大きいほど、ワイヤーやら布地やらで重くなりますんで」

上条「その豆知識もいらない。俺がつける機会はないと思うから……多分!」

レッサー「女装、アリだと思います!」

上条「帰れ帰れ!こう見えて俺はレポート書くのに忙しいんだ!」

レッサー「あの……このお屋敷は私らの仲間の実家でして、むしろアウェイなのはそっちかと……」

上条「なぁ」

レッサー「はいな?」

上条「……俺らってこんなにボケとツッコミが噛み合ったっけか?」

レッサー「前世で恋人同士だったんですよ」

上条「ほう」

レッサー「悪い悪い魔王がいて勇者の私は聖剣を抜いて倒す。楽しい旅路でしたとも、えぇえぇ」

上条「俺いなくね?」

レッサー「つ、ツッコミ役で!」

上条「お前らホントなんなの?人をツッコミ以外役に立たないみたいな風潮やめて?」

レッサー「んまっ!夜は別の意味でツッコミだったんですけどね!」

上条「最低だなお前!もう帰れよ!」

レッサー「それではでは、またいつか――」パタンッ

上条「ったく――ん?」 ガサッ

上条「何入ってんだ、この紙袋……?」 ペリッ

上条(セロテープで軽く閉じられた袋を開け、中に……何も、ない?振ると音すんのに?) カシャッ

上条(いや、レシートぐらいの紙、か)

上条(『Nightmare residence悪夢館』ってロゴがプリントされたメモが一枚。多分ホテルかなんかに備え付けられてる備品だろうけど)

上条(そこに書かれてあったのはただの一行。気を遣ったのか日本語で)


――「死者の爪船ナグルファルに気をつけて……」――



――スコットランド・グラスゴー ベイリャル家車庫

アンジェレネ「ほっ、本日はお日柄もよく!当家におかれましては急な客であるにも関わらずっ、大変なお手前でした!」

上条「挨拶が雑すぎる。だからオルソラに原稿書いてもらおうって言ったろ」

オルソラ「何事も社会経験なのでございますよ」

アンジェレネ「い、イギリスのお料理以外が出てきたのは高ポイントですよっ。これからも同調圧力に染まることなく頑張ってほしいものです!」

上条「ついには神目線でスコットランドにケンカ売り始めたぞ」

オルソラ「現地の方にとっては深刻な問題でございますね」

ベイリャル家令嬢「こちらこそウチの幽霊どもが大変なご迷惑をおかけいたしまして……」

上条「昨日の階段なし階段オチコントを幽霊だって言い張ってるけど……」

オルソラ「まぁ幽霊さん達はギミックなしで体を張りつつ、『必要悪の教会』的にも絶賛指名手配中ですから」

老執事「シスター・アンジェレネ。こちらは当家の料理人がもしお宜しければお持ち下さい、と」

老執事「急遽焼きましたクッキー・アソートにてございます。お口に合えば宜しいのですが」

アンジェレネ「こ、これはこれは丁寧な心尽くしに痛み入りますよっ!まぁ、こんな大きな缶にズッシリと!」

上条「本格的に買収謀ってんぞ。最も効果的な方法で」

オルソラ「流石はベイリャル家。戦場で『ハイランダー』と呼ばれた武名も、今は政治の世界でも変らじ、ですね」

ベイリャル家令嬢「ハイランダーは元々高津国ハイランド氏族達の二つ名であって、ここからバラフーリッシュへ向かわないと」

オルソラ「彼らのイングランドへ対する殺しっぷりの激しさにより、ついた名前がハイランダーで」

上条「あぁ日本で言えばサッツー魔人か。関ヶ原の戦いの戦死者数千人中、多くが最後に家康の本陣突っ込んでった薩摩兵だったって有名な」

オルソラ「暴走族が卒業シーズンにヤンチャして一斉捕縛、前科一犯のハンデを背負って社会へ放逐される物語でございますね」

上条「江戸の恨みを300年かけて粘着された徳川家が不憫すぎる……!」

オルソラ「当時の日本の幕藩体制を鑑みても、まぁベストではございませんが、ベターな政治移行だったかと思われますけど」

老執事「なおヴェロニカはシスター・アンジェレネへ、『ごく私的な献血へ御協力頂ければこの倍を寮まで送る』と、申しておりまして」

アンジェレネ「ほ、ほほお!」

ベイリャル家令嬢「はいそこ新たにキャラ立てしないで!ヴェロニカは私が小さいな頃から全然容姿が変ってないけどただの人だから!」

上条「流石は本場だぜ!少しロンドンから足を伸ばしただけでもうヴァンパイアが出る!」

オルソラ「本場は一応ルーマニアなので、かなり距離が離れてございますよ?」

上条「分かった。姫神の貸しもあるし、今回はルーマニア行って全員そげぶすればいいんだな?」

ベイリャル家令嬢「いいから早く乗って下さい熱血バカ」

上条「あ、はい。すいません――ていうか、えっと」

ベイリャル家令嬢「何か?」

上条「わざわざ車で送ってもらってもいいんですか、って思いまして。えっと――」

ベイリャル家令嬢「”ベイリャルさん”でお願いします」

上条「えぇまぁそういうことになってんですけどね。でも昨日どっかのアホが落ちながら名前呼んでましたけどね」

上条「ただ外見はともかく、いいところのお嬢様のRV車に同乗するのも気が引けるっていうかさ」

ベイリャル家令嬢「外見がなぜ除外されたのはともかく、イギリス清教のお客様をおもてなしするのは当家にとってこの上ない誉れですよ」

ベイリャル家令嬢「過客として遠方よりおいでくだった方々に、地元の者が案内するのも務めでありましょう?」

上条「いやぁでもやっぱ悪いって言うか」

ベイリャル家令嬢「……」

上条「って思っちゃったりするんですけど、何か?」

ベイリャル家令嬢「シスター・オルソラ」

オルソラ「はい」

ベイリャル家令嬢「同時通訳をお願いするのだわ」

上条「通訳?いや、日本語で充分通じてるよ?」

オルソラ「かしこまりました。準備オッケーでございますよ」

ベイリャル家令嬢「『イギリス清教のお客様をおもてなしするのは当家にとってこの上ない誉れですよ』」

オルソラ「『そっちの使者を言う通り受け入れてんだし監視ぐらいさせろ、こっちの立場ってもんもあるんだからよ」

ベイリャル家令嬢「『過客として遠方よりおいでくだった方々に、地元の者が案内するのも務めでありましょう?』」

オルソラ「『呼ばれてもねぇのに勝手に来やがった厄介者なんだから、好き勝手させたくねぇんだ。オーケー?』」

オルソラ「――と、以上がベイロープ様のお言葉でございますよ」

ベイリャル家令嬢「”ベイリャルさん”ね?何回も言うようだけど!」

上条「ごめんねっ裏の意味に気づけなくて!てっきり親切で言ってくれてるとばかり思ってた!」

オルソラ「欧州のアッパークラスは複雑怪奇なのでございますよ。極東の『遺憾である』は実は可愛らしいものでして」

上条「あぁまぁそういうことなら遠慮もいらないな。どうします使節団団長?」

アンジェレネ「もぐもぐはぐぽりぽりぽりぽり?」

上条「団長は『じゃ、じゃあお言葉に甘えましてそれでお願いします。正直数時間に一本しかないバス乗り継ぐのもタルいんで!』と仰ってますよ!」

ベイリャル家令嬢「田舎で悪かったわね。グラスゴーはかなり都会の方だけど、今から向かうバラフーリッシュはもっと僻地だから覚悟しなさい!」

上条「素を出さないで!なんかパンツスーツ着てんだからそれっぽく振舞って!」

オルソラ「まぁ示されたご厚意を無碍に断るのもマナー違反でございますし、ここは一つご厄介になるのが最善でございます」

ベイリャル家令嬢「それじゃ運転は私がするわ。というか土地勘もないのだし、替ってもらえはしないのだけど」

上条「荷物は」

老執事「既に積んでございます」

オルソラ「ありがとうございます」

ベイリャル家令嬢「じゃあ行きましょうか」

上条「待って。トランクは後ろだよな?」

ベイリャル家令嬢「そうだけど、何よ?」

上条「念のために荷物検査するから。あ、トランクルーム開けてください」

ベイリャル家令嬢「検査って言われても……開けるけど」 パカン

上条「んんっ……『ラララー、ラララッラッラ!ラララーララ!ラララッ!ラララッ!』」

ベイリャル家令嬢「なんで歌う?」

オルソラ「ワールドのカップの歌でございますね」

上条「『おおーーーーーっと!ゴオォォオオオオオオオオオオオォルッ!またゴールを決めたぞっ!強い!強いぞイングランド!』」

上条「『優勝候補には毎回上がっているものの、結果を出せずにイマイチとされ、ファンの間では名前を出すと通っぽく見られるイングランド!』」

ベイリャル家令嬢「評価が適切すぎるのだわ」

上条「『眠れる獅子が長い長い沈黙を破り、2018年ワールドカップで雄叫びを上げるううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!』」

アンジェレネ「あ、あのぅ。この茶番劇は一体なんでしょう?」

オルソラ「お静かに。もうワンフレーズで釣れると思いますので」

上条「『ラララー、ラララッラッラ!ラララーララ!ラララッ!ラララッ!』」

上条・人が入れそうなトロリーケース「『ラララー、ラララッラッラ!ラララーララ!ラララッ!ラララッ!ラララーッ!!!』」

人が入れそうなトロリーケース『ラララー、ラララッラッラ!ラララーララ!ラララッ!ラララッ!ラララーッ!!!』

人が入れそうなトロリーケース『ラララー、ラララッラッラ!ラララー……?』

人が入れそうなトロリーケース『……』

上条「――すいません執事さん、これネス湖に沈めといてください。鎖巻くかコンクリ漬けにして」

ベイリャル家令嬢「ネッシーに人身御供を取る習慣はないのだわ。ネッシーも静かに暮らしたいと思ってるでしょうし、可哀想でしょ」

人が入れそうなトロリーケース『待ってつかぁさい!私も「あ、これボケに乗る流れだなー、引っかかるアフォなんていないのになー」っては思ったんですからね!』

上条「じゃあ乗るなよ」

人が入れそうなトロリーケース『ツッコミ待ちで二時間トランクルームで過ごしたのを評価して頂きたい!てゆうか体バッキバキなんですけど!』

ベイリャル家令嬢「可哀想だからひと思いに焼くのはやめて埋めましょう。イタリア戦が延々流れる携帯音楽プレイヤーと一緒に」

人が入れそうなトロリーケース『お言葉ですが対戦表をもう一度確認して下さいなっ!イタリアって文字は予選も決勝もありませんから!』

アンジェレネ「な、何回か言いましたけど、この上条さんの手慣れてる感は一体……」

オルソラ「ますます冴え渡る『ツッコミっぽいボケ』スキル」

ベイリャル家令嬢「……じゃあ行きましょうか。ったく出発前に余分な体力を」

上条「ですね。俺のツッコミだって無限じゃないだから」

アンジェレネ「ざ、残弾制だったんですか、それ」

オルソラ「残機制という噂もあるのでございますね。一度死んだらやり直し」

上条「残念だがここは異世界じゃないからね!そのルールは適応外だな!」

老執事「すいませんお嬢様。私、荷物を積み忘れておりまして」

ベイリャル家令嬢「分かったわ。あなたの言いたい事は分かったから、その裏で詰め替えてきた人が入りそうなスーツケースを降ろせ」

ベイリャル家令嬢「内通者がいるのはもうバレてるのよ!私へ情報が来る前から向こうに流れてるし!どっちが娘なのよ!?」

上条「もしかして;貴族の親父が火遊びした結果マリ○様は見ている

ベイリャル家令嬢「やめて!一生背負って生きていけるほどレッサーは軽くないの!」

人が入りそうなスーツケース『すいません。そこまでマジで嫌がられると、幾らイギリス淑女のハートでも傷つくんですが……』

上条「お前らの心臓は鋼鉄製だからな。鈍器としても使えるって有名だぞ」



――グラスゴー 発掘現場へ向かう車内

上条「――聞こうとは思ってんだよ。うん、まぁ流されると思ったが、いつものことではあったし」

アンジェレネ「あ、あの上条さん。犬クサいんで、もう少し端に寄ってもらってもいいですかねぇ?」

上条「俺、話切り出してたよね?それっぽい切り口でクラウチングスタート決めようとしたのに、まず失礼じゃないかな?」

上条「というか昨日の俺の死闘を見せてやりたかったよ!もふもふしたい俺と必死で逃げるもふもふ!」

アンジェレネ「しゅ、主語なのか新種の動詞なのか分かりませんよねぇ」

オルソラ「一晩の夜を借りるに目的がすり替わっているのでございますね」

ベイリャル家令嬢「ウチのになにしてるのだわ。レッサーより賢いのよ!ちゃんと話せば言うこと聞いてくれるだけ!」

アンジェレネ「み、身びいきじゃなくて理論だってますよねぇ」

上条「で、泣き声で物壊す能力者達に追われて食料庫へ逃げこんだら、カンオケの中から料理長の女の子が」

オルソラ「前者は泣き女バンシーですね」

ベイリャル家令嬢「これ以上設定増やさないで!ヴェロニカはただちょっと八重歯が長くて若々しいだけの使用人なんだから!」

オルソラ「全世界の淑女からは羨望でございますよ」

上条「それで最後に犬が『これ、使ったら?』って顔で毛布をそっと寄せてくれたんだ」

アンジェレネ「い、犬に同情されるのは……霊長類としては、レアな経験、です、よ?」

オルソラ「あらあら!シスター・アンジェレネもついに”o-se-ji”を覚えたのですかっ!短期間で凄い成長でございますね!」

アンジェレネ「そ、そうでしょうそうでしょう!ダブルトップがいない今、このわたしが経験値総取りなのですよっ」

上条「天高く跳んで行きそうなぐらい調子ぶっこいてんな」

ベイリャル家令嬢「当家の飼い犬を変な風に手懐けるの、やめて。割と本気でやめて」

上条「――でだ。俺たちはどこに向かってんの?」

ベイリャル家令嬢「そこから!?そっちに情報入ってなかったの!?」

上条「『スコットランドに遺跡かあるぜ!さぁ行って確かめてこい!』って、寝台列車に乗せられたのが一昨日の午後だ」

ベイリャル家令嬢「想像したよりもひっどいわね」

上条「ちなみにその情報を伝えられたのも車内だった」

ベイリャル家令嬢「……ガム、食べる?」

上条「ありがとうベイロープさん。できれは消臭スプレーの方が有り難いけど」

ベイリャル家令嬢「”ベイリャルさん”ね。ダッシュボートの中に入ってるから」

上条「あんのかよ……使わせてもらいます」 シューッ、シユシューッ

ベイリャル家令嬢「まぁそういう事情だったら……私たちがいるのはスコットランドのグラスゴー。首都エディンバラから西にある都市よ」

上条「かなり大きかったですよね。駅の規模はロンドンぐらい」

ベイリャル家令嬢「人口約60万人だから、それなりには。昨日泊った屋敷がベイリャル家の邸宅ね」

オルソラ「そのグラスゴーの隣の行政区であるロッホアーバーのグレンコーとバラフーリッシュ、その中間辺りが目的地でございますね」

上条「グラスゴーのグレンコー……?」

ベイリャル家令嬢「調査チームがキャンプを取っているのはグレンコーだから、うーん……地域的にはバラフーリッシュとも言えるかしらね」

オルソラ「場所的にはバラフーリッシュに近い、とも言えるのですが、便宜上グレンコーで宜しいのではないでしょうか?」

上条「要はどんな?」

ベイリャル家令嬢「僻地よ。ケータイがまず通じないぐらい」

オルソラ「資料によりますと人口一万人ぐらいの小さな町ですね」

上条「へー、でもよく見つかりましたよね」

ベイリャル家令嬢「見つかったというか、あったというか。グラスゴーは元々炭鉱の町でもあったのよ」

上条「あぁ石炭。っていうか世界史で習ったわ。イギリス産業革命を支えた、ような?」

ベイリャル家令嬢「ウェールズからスコットランドまでずっと鉱脈が続いてるのよ。その果てが北海油田の原油」

オルソラ「また金鉱もございますが、つい近年までコストが嵩んで発掘できない状況でございましたね」

上条「なんでオルソラがそれ知ってんのか謎だな」

ベイリャル家令嬢「魔術師だからって魔術だけに傾倒してたら足下救われるわよ。人のことは言えないんだけど」

ベイリャル家令嬢「まぁ……そんな炭鉱町で崩落騒ぎがあって遺跡が見つかった、ってだけの話ね」

オルソラ「その場所が悪うございましたね。管理されている方が、とも言いましょうか」

上条「そっか……レッサーがまたここで関係するのか……」

ベイリャル家令嬢「冗談でも外で言わないでね?」

ベイリャル家令嬢「当家のルーツがね、一応円卓の騎士を気取ってるもんだから……そこで『槍』っぽいものが見つかったら、ね?」

上条「中二乙wwwwwwwwwwwww」

ベイリャル家令嬢「仕方がないじゃない!先祖がそう言ってるんだから!」

オルソラ「現在のイングランド王室も、国を統治してる根拠が『カーテナの継承者=トリスタンの子孫』なのでして」

オルソラ「歴史にIFはございませんが、スコットランドが主としてイギリス連邦を統治するもしもがあれば、レガリアは『聖槍』だったかもしれませんね」

上条「え、持ってんのあのチートアイテム!?」

ベイリャル家令嬢「持ってないわよ……というか話してないの?寝台列車で何やってたの?」

アンジェレネ「ぐー……」

上条「寝てたね。こんな感じで」

オルソラ「基本的に正しいシスターは早寝早起きですし、外が真っ暗で他にすることもございませんでしたので」

ベイリャル家令嬢「……イギリスの古代から中世にかけては?」

上条「昨日教わったばっかだから、えっと……先住民のケルト人、次に来たのがゲルマン系アングロとサクソン人」

上条「デンマーク、つーかスカンジナビア半島にいたデーン人とノルマン人が入ってきて、かな?」

オルソラ「一度はローマ帝国の属州になり、ノルマンディー公国時代にはフランスと仲良し、ですね」

ベイリャル家令嬢「スコットランドはもっと複雑で、ケルトよりも古くピクト人が住んでいた痕跡があり」

ベイリャル家令嬢「最近の研究じゃ『ヘンジ作ったのもケルトよりピクトの仕業じゃ?』という説もあるのよ」

オルソラ「何せケルト人は文字を用いてたのに対し、ピクト人は他国の伝説の中に登場することが多く」

オルソラ「かのローマ帝国ですら『アイツらと戦争してめっさ勝利、支配しないで帰ってきた!』と負け惜しみが残されている始末でございまして」

上条「モロじゃん。武闘派の資質がハイランダーそのままじゃん」

ベイリャル家令嬢「――と、様々な時代に様々な歴史を持った民族が入植してくれたお陰で、ルーツが実にカオスになってるのだわ」

ベイリャル家令嬢「ケルト神話を信仰するケルト人は、主神ヌァザの繋がりでピクト人の系譜と言われている」

オルソラ「入れ墨繋がりでございますよ」

ベイリャル家令嬢「ゲルマン人が持ち込んだのは北欧神話。知名度の高いオーディンを崇め」

オルソラ「今でも都市の名前や人名で”オーディン”をルーツにするのが多いのが、北欧三カ国でございますね」

ベイリャル家令嬢「スカンジナビアから来たデーン人はベオウルフの物語」

オルソラ「十字教化される以前の伝説ですね」

ベイリャル家令嬢「最後には西方教会主導の十字教化が進み、各種聖人の逸話にすり替えられると」

オルソラ「なお以上は約千年の間に起こった出来事でございまして、世界的には早くもなく遅くもなく、よくある話でしょうか」

上条「長い」

ベイリャル家令嬢「よってイギリス”連邦”にはケルト系ルーツのゲルマン人、スカンジナビア系ルーツのケルト人を自称する人もいるの」

オルソラ「具体的にはご先祖様がヴァイキングでしたり、英雄や騎士でしたり、はたまたハイランダーだと」

ベイリャル家令嬢「スコットランド”貴族”であっても、北欧発祥を掲げている人だっているわ」

上条「ちなみにベイリャルさんちはどちらから?」

ベイリャル家令嬢「スカンジナビアのベオウルフの血統……と、いう設定よ」

上条「あれ?さっき円卓の騎士って言ってなかった?」

オルソラ「円卓の騎士ベイリンはベオウルフが原型となり、アーサーに取り込まれたものでして」

オルソラ「またベイリン郷自体、歴史上最後に『聖槍』を使った人物であり、表だけではなく裏からも要注意人物としてマークされておりますね」

上条「『聖槍』!見たい!」

ベイリャル家令嬢「もし持ってたらさっさとローマ正教かイギリス清教に譲渡するわよ。面倒臭い」

オルソラ「と、言い続けて千年以上。ベイリャル家は歴史ある氏族でございますね」

上条「なんか……温度差を感じるんだよな」

オルソラ「何がお分かりにならないのでしょうか?」

上条「対応がさ。イギリス清教じゃ速攻で調査団送り込んでくるぐらいに重要な案件――なのに」

上条「こっち来たらピリピリしてるかと思えば、もふもふのトラップでお出迎えとはな」

ベイリャル家令嬢「トラップへ勝手にかかったのはそっちだけどね」

オルソラ「前も言いましたように、歴史上『聖槍』と目されているものは何本か確認されておりまして、数本がバチカンに」

オルソラ「また『聖槍』伝説は本当か?という根本的な問いについても、各宗派によって統一見解が出されておりませんので」

上条「統一見解?」

オルソラ「ぶっちゃけ『聖槍って捏造じゃね?』ですね」

ベイリャル家令嬢「言葉を選んで。同乗者四人中三人が十字教徒なんだから!」

上条「団長はぐっすりおねむだがな」

オルソラ「十字教の根本的な部分、神の子が『原罪』を背負って天へ召されるシーンはご存じでしょうか?」

上条「何となくは」

オルソラ「その際、神の子を貫いた槍こそが『聖槍』、またその血を受けた杯が『聖杯』と呼ばれるのでございますが――」

オルソラ「――聖典と呼ばれる四つの福音書の中で、言及されているのが一つだけでありまして。本当にあったのか?と」

上条「あー……」

ベイリャル家令嬢「他の福音書では槍で脇腹を突いた場面そのものがなく、従って『槍』も出て来ないのよ」

オルソラ「『聖槍』から滴った血で盲目が治癒した、とされるローマの百卒長ロンギヌスも直接的にはいませんし」

上条「その割には盛り上がった感が半端ないんだが」

オルソラ「端的に申しますと、超流行りました。聖遺物の信仰が」

上条「流行っちゃったかー。しょーもないなー現代人」

オルソラ「大体4世紀頃には」

上条「昔っからやってること変わりねぇな!」

オルソラ「神の子が担がれた十字架、打ち付けられた聖釘、体を包んだ布。最後のはトリノ聖骸布として有名でございますね」

ベイリャル家令嬢「初期十字教はローマ帝国では弾圧の対象、しかし民衆に信仰が広がってからは掌を返して国教へ格上げ」

ベイリャル家令嬢「一度は追い払った敵を今度は血眼で探し回る、と」

オルソラ「十字軍時代にも東方教会で散々略奪致しましたし、一説では聖遺物の強奪こそが目的とも」

上条「千年単位でロクなことしてないですね君ら」

オルソラ「仮に百歩譲りまして『聖槍』が実在したとして、それが本当に『聖槍』なのかは分からないのでございますしね?」

上条「……同じ『聖槍』じゃないの?」

ベイリャル家令嬢「ご先祖――か、どうか微妙だけども、円卓の騎士ベイリンは漁夫王フィッシャーキングを『聖槍』で撃退する」

ベイリャル家令嬢「だ、けれども。その一撃は癒えない傷を漁夫王へ与え、王の住んでいた城は崩壊。またその周辺も不毛の大地となる」

ベイリャル家令嬢「所謂『『滅びの一撃』ね」

上条「流石は『聖槍』」

ベイリャル家令嬢「――でも、おかしいとは思わなかった?」

上条「何が?」

ベイリャル家令嬢「『盲人の目を癒した聖槍が、どうして滅びの力が備わっているのか』、を」

上条「――あ!」

オルソラ「なお漁夫王はアリマタヤのヨセフ、という神の子の遺体を引き取った方であり、表向きの意味で聖人とされてる方でございますね」

ベイリャル家令嬢「信仰の敵でならばまだしも、味方寄りよね」

上条「だから『槍』が祟る理由もない……!」

オルソラ「引っ張って来ておいて恐縮でございますが、この答えは”十字教化”なのですよ」

上条「あぁ、何となくは……」

ベイリャル家令嬢「支配者が入れ替ったり、新しい信仰を広めるときには古今東西よく使われる手なのよ」

ベイリャル家令嬢「『今まで君たちが崇めてきた○○という神は、本当はこちらの××という神なんだ』ってね」

上条「あぁどっかで聞いたな。類似してる役割の神様をまとめっちまうって」

上条「シュメールの……大地の女神キュベレーが、ローマに取り込まれてアルテミス、だっけか?」

ベイリャル家令嬢「……」

オルソラ「予想外に博学で驚きなのですよ」

上条「俺が知ってる以上、ゲームぐらいしかないだろうけど」

ベイリャル家令嬢「ともあれ、よ。それと同じこと、元あった信仰と新しい信仰との混合が始まるの」

上条「成程。今まであった伝説が十字教に書き換えられちまうのか。英雄は聖人に、女神は聖女に」

オルソラ「はい、仰るとおりでございます。既存の、かつ土着の信仰が十字教に組み込まれた、というのは正しくもあり」

オルソラ「それ”だけ”というのは画竜点睛を欠けておりまして」

上条「難しいニホンゴ使うよねっ!で、何が足りないんだいっ!」

オルソラ「組み込まれたのは十字教”も”であり、双方向だったのでございますよ」

上条「十字教”も”?」

オルソラ「例えば聖典に登場する数々の悪魔は、当時周辺地域で崇められていた神々や精霊が貶められた姿、というのはご存じで?」

上条「伊達にメガテ○やりこんでないぜ!」

オルソラ「十字教がしたように、また他の宗教も十字教を取り込んだ例、とされてるのが北欧神話でございます」

上条「……あれって……10世紀よりももっと後に成立した、って聞いたような?」

ベイリャル家令嬢「『エッダ』って詩が編纂されたのがその時代。スカンジナビアに残る石碑にはもっと古くから刻まれているのよ」

ベイリャル家令嬢「まぁケルトよりは確実に若く、十字教とは同期ぐらいと言っておくけど」

上条「でもそうするとだな、順番がおかしな事にならないか?ケルト、ゲルマン系色々にローマ属州、最後に十字教」

上条「他の国では知らないけど、イギリスへ入ってきたのがこの順番だったら」

オルソラ「はい、その順番でしたらおかしいのですが、違いますので」

上条「どこが?」

ベイリャル家令嬢「イギリス、というかローマの属州だったのは1世紀から5世紀まで」

オルソラ「当然ローマ本国で国教が十字教へ転向されれば、属州も従うのが筋でごさいます」

ベイリャル家令嬢「ローマが撤退した後に入ってた来たのがアングロ・サクロン人。当時ポピュラーであった現地の信仰を取り込むためには、ね」

オルソラ「なお敬虔なシスターとして補足致しますと、アングロ・サクソン人の脅威を感じた十字教信徒はアイルランドへ逃げ延びたのでございます」

オルソラ「よってアイルランドが『ローマ正教の飛び地』として、長く長い間信仰を正当に保ち続けているのもまた確かかと」

上条「そっか……!なんか十字教ってあちこちで悪い事ばっかやってっから、組み込まれる側にもなるって考えはなかった!」

ベイリャル家令嬢「その考えは間違ってないし、十字教もあぁ見えてアブラハムの子達の中じゃ、それなりにマシだから……」

オルソラ「代名詞ばかりで恐縮なのでございますが、信仰も人次第でございますから」

ベイリャル家令嬢「……だ、もんだから北欧神話で一番有名な”神々の黄昏”も、黙示録の影響を受けているとかいないとか」

上条「どっちも概要だけは知ってっけどさ、そんなに似た話じゃなくないか?」

オルソラ「そこは仮定でございますから。もしもの話でないでのであれば、オーディンの長男、不死のバルドルの逸話はご存じでしょうか?」

上条「多分知らない。どんなの?」

オルソラ「バルドルはあるとき夢を見るのでございます。自身が槍で深く突かれ、絶命しているさまを」

オルソラ「恐怖した彼は母へ相談すると、母フレッグは世界にある全てのもの、神々や人、果ては植物や鉱物にまで『バルドルを傷つけない』と誓約を求めていったのです」

オルソラ「――そう、世界樹の端に生えた、まだ若いヤドリギの株を除いては、です」

ベイリャル家令嬢「神々はバルドルが不死になったのを喜び、ありとあらゆるものを投げつける宴をしていた。当然、彼を傷つけられるものはない」

ベイリャル家令嬢「その宴を遠くから眺めていた者がいた。名前をボスと言い、バルドルの弟でオーディンの息子の一人」

ベイリャル家令嬢「しかし彼らは兄と比べ凡庸であり、何よりも目が見えなかった」

オルソラ「そんな彼らに老婆が声をかけるのですよ。『あなたも宴に混じるべきだ。ほら、これを持って行きなさい』と」

オルソラ「ホズは老婆から渡された”もの”をバルドルへ投げつけ――」

オルソラ「――彼が投げたヤドリギは槍へ姿を変えて兄の胸に深く刺さり、絶命してしまうのでごさいます」

上条「……繋がった、か?」

オルソラ「力なき盲目の存在が全能者を弑する、の下りが何らかの寓意を示している、とは言われておりますよーね」

ベイリャル家令嬢「この後、ホズはヴァーリにより殺され、異母兄弟のヘルモーズが冥界へ下ってバルドルを甦らせようとするけど、それも失敗」

ベイリャル家令嬢「この若い神々は既に死していることから、神々の黄昏に参戦できなかった」

ベイリャル家令嬢「けど、多くの神々と巨人が討ち死んだ後、冥界から現世へ復活して統治するのよ」

上条「”復活”!?それじゃまるで――」

オルソラ「はい、”まるで十字教の神の子が復活した”ようでございますね」

ベイリャル家令嬢「盲目の力を持たざる者が貴人を弑する、というところまで同じなのだわ」

上条「なんつーか、こう、うんっ!なんだろうな!」

ベイリャル家令嬢「また十字教が深く入る前に、ぶっちゃけ北欧神話が一般的であった頃の十字教を伝道者の絵や像が残ってるんだけど……」

オルソラ「私から申し上げましょうか?」

ベイリャル家令嬢「立場的には私の方がいいでしょ。気楽ではあるし」

上条「おいおいやめろよ!これ以上何ぶっ込んで来やがるんだよ!」

ベイリャル家令嬢「十字教の信徒が『ウチの神様はこんな人ですよ』って姿を見せて異教の人に布教する、って場面の絵なんだけどね」

ベイリャル家令嬢「……神の子が光り輝く剣持って翳してるって構図なのよ」

上条「教え変ってんじゃん。立川のロン毛はそんなんじゃなかったよ!」

ベイリャル家令嬢「なので十字教側も、また北欧神話側も意図的に混ぜたフシがあるわ」

オルソラ「雷神トールを示すルーン石碑へ十字架が刻まれていますし、他にもですね――七曜、ございますでしょう?」

上条「日、月、火、水、木、金、土。で、一週間」

ベイリャル家令嬢「In English please.英語でどうぞ

上条「Sunday、Monday、Tuesday、Wednesday、Thursday、Friday、Saturday。これでa week。何となく歌が浮かぶんだよな」

オルソラ「由来はどちらから?」

上条「日曜と月曜は太陽と月だよな。他は知らない。てゆうか”Tues”ってなんだよ」

オルソラ「北欧神話のテュール神、フェンリル狼に片腕を食べられてしまった神の名前が由来でございますね」

上条「へー……えっ!?」

ベイリャル家令嬢「補足するとローマが支配したチュール族という蛮族がいて、彼らへ捧げる日という説もあるのだわ」

オルソラ「また順番に”Wednesday”はオーディン、”Thursday”はトール、”Friday”は女神フレイア、”Saturday”はローマ神話のサトゥルヌスですね」

上条「全部十字教由来じゃねぇの!?」

オルソラ「元々は全てローマ神話の神々で占められておりましたが、まぁ今日の形になって久しいのでございますね」

ベイリャル家令嬢「二月アプリーシス九月セプテンベル十月オクトーベル十一月ノウェンベル十二月デケンベル……まぁ月の名前の約半分は、紀元前8世紀ぐらいからほぼそのまま残っているし」

上条「……日常に根付いてやがんのか」

オルソラ「そしてこのお話の最大の要点であり、私たちが何を言いたかったかと言えば」

オルソラ「北欧神話の中でバルドルの葬儀が描かれておりますが、その葬送方こそが――」

オルソラ「――船葬、でございます」

上条「今回見つかったのも確か……!」

ベイリャル家令嬢「そうね、スコットランドの元炭鉱町で見つかったのは船葬墓。だから十字教”とは”関係がない」

ベイリャル家令嬢「従って”十字教的には価値が無い”代物であり、この国がイギリス清教である以上、王権の代わりにはならないと」

上条「……バルドルと神の子、どっちが先……?」

オルソラ「現在の研究ではまだ詳しくは。ただバルドルに似せた神の子のお姿を使い、布教していたという”事実”があり」

オルソラ「また北欧神話のレリーフにケルト十字ではない十字教のシンボルが描かれている、というのもまた”事実”でございまして」

ベイリャル家令嬢「他に……Tuesdayのテュール神、彼を崇めていたのかテュートン族。ラテン語読みだとテウトネス族だけど」

ベイリャル家令嬢「スカンジナビアに住んでいた彼らかローマへ侵攻し始めた、という形で歴史に現われたのが紀元前110年頃ね」

上条「十字教ができたのは紀元0年だから、北欧神話の方が古い?」

ベイリャル家令嬢「ルーン文字の”テュール”はこの神を表し、ローマ帝政時代にはマルスと同一視されてTuesdayの語源になった」

ベイリャル家令嬢「が、しかしテュールは元々テュートン族の神であり、最高神だった――に、加えて」

ベイリャル家令嬢「テュールがフェンリルに失った右手を義腕にしたように、ケルト神話のヌァダも右腕を義腕よ」

上条「そっちからも影響を受けているかもしれない、と」

ベイリャル家令嬢「よってアーサー王伝説の『聖槍』があったとしても、それがそのまま百卒長ロンギヌスが神の子殺しに使った『槍』とは限らない」

ベイリャル家令嬢「もしもの、話だけど『聖槍』なんて聖遺物があったとして、それが万物を癒す祝福の槍――」

ベイリャル家令嬢「――なんて生易しいものじゃないのだわ」

オルソラ「もっと別の古く旧い神々の残し給うたいわくつき・・・・・の『槍』、という可能性が充分ございますので」

上条「古い伝説を新しい信仰に取り入れていった結果、ルーツがなんなのかオリジナルがどこから来たのかワッケ分からなくなった、か」

ベイリャル家令嬢「……シスターの前では少し、というかかなり声を小さくしなければいけないの話なのだけど」

オルソラ「オフレコでございますね。しかと心得てございますよ!」

上条「話に一枚噛む気満々ですねオルソラさん」

ベイリャル家令嬢「ロンギヌスの使った『聖槍』が果たしてただの槍だったのか、って話もあるわね。こっちの世界だと」

上条「いや、誰って槍でツンツンされればマズいだろ」

ベイリャル家令嬢「神の子も?」

上条「あー……」

ベイリャル家令嬢「幾つのも”奇跡”を起こしている神の子が、どうして自らを救うため力を振るわなかったのか」

ベイリャル家令嬢「また彼と行動を共にしていた使徒達も、なぜほぼ大した抵抗もせずに受け入れたのか」

ベイリャル家令嬢「そもそも兵士ロンギヌスは百卒長――兵士の隊長であったのだけど、”盲目”の人間が兵士として戦えたのか、っていうね」

上条「それ自体が信仰の一部であり、必要だった?」

ベイリャル家令嬢「人が生まれながらに持つ、原罪』を浄化するために、って話ね」

オルソラ「補足致しますと、原罪を持たない人間は神の子とそのお母上の二人だけでございまして、アックアは後者の聖人でしたね」

ベイリャル家令嬢「宗派によっては神の子は神の代理人に過ぎず、信仰の対象ではない、と言ってるところもあるわね。当然その母親も」

上条「神の子の話が出たんでついでに聞きたいんだけどさ、十字教を布教してた人いるじゃん?バルドルとごっちゃにしてた人ら」

オルソラ「伝道師の方々でございますね」

上条「伝道師の人らは神の子じゃなくて、神様の教えを説いた方が早くなかったか?地元の神様と同一視させるために必要だったとか?」

オルソラ「それは是であり否でもございますね。当時、6世紀頃には十字教内での主導権争うが激化した時代でして」

オルソラ「コンスタンティノープル教会という名前はご存じでしょうか?」

上条「コンスタンディノープルは聞いたことある。トルコのイスタンブールの古い名前」

オルソラ「当時ローマ帝国崩壊後に東ローマ帝国、エジプトからギリシャ辺りまでを含む地域を支配した、別名ビザンツ帝国の十字教でございます」

オルソラ「ローマ崩壊後に強い力を持った順にコンスタンティノープル教会、そしてローマ正教の順なのですね」

オルソラ「それぞれ西方教会、東方教会として今日まで融和は図られておりません」

上条「ローマ正教よりも……強い?」

オルソラ「それだけビザンツ帝国の力が強うございましたので、帝国と共に在ったコンスタンティノープル教会の勢力も盤石でした」

オルソラ「当然危機感を覚えた西方教会が信徒を増やすべき向かった先が――」

上条「”ここ”か」

オルソラ「スペイン・ポルトガルも含まれますが、まぁそうですね。その布教の時に効果的だったものが、神の子のお姿を描いたものでした」

オルソラ「――が、十字教の教えは『偶像禁止』でございますから、東方教会から更に激しく敵視されるので」

オルソラ「最終的にローマ正教はフランク帝国をだまくらかし、西の十字教盟主の座へと上り詰めるのでございますよ」

上条「言い方。うん、俺は無関係だけど気を遣わせるなよ。俺は無関係だけどな!」

ベイリャル家令嬢「さっきもチラッと言ったけど、十字軍騒動の時、彼らはイスラムだけじゃなくて東方教会も攻撃したり、略奪を繰り返しているのよ」

ベイリャル家令嬢「結果として多くの聖遺物や遺跡が失われたんだけど、十字軍そのものは西方教会の仕切り」

ベイリャル家令嬢「イスラムへの出入り口である東方教会への嫌がらせ、つて側面もあったとか」

上条「なんてスケールの大きなみみっちい嫌がらせ……!」

ベイリャル家令嬢「同時期かすぐ後ぐらい11世紀に、ノルマンディー””ウィリアムがイングランドに侵攻」

ベイリャル家令嬢「こうしてイングランドではノルマン王朝が成立し、この一連の動きはノルマン・コンクエストと呼ばれるわ」

上条「どうして”公”を強調したの?」

オルソラ「ノルマンディー公国は”大公”、もしくは”公爵”が治める国でありまして、当時のフランスの臣下という立場でございます」

オルソラ「これが長い長いフランスとの因縁の始まりとなるのは、当時誰も予想だにされてなかったかと……」

ベイリャル家令嬢「ただこのウィリアム1世は頭を抱えたと言うわ。サクソン人の貴族を追い払った後、どうやってこの国の王権を得るか、ってね」

ベイリャル家令嬢「当時は既に十字教も深く浸透しておりましたし、まさかここで北欧神話の誰それの末裔である、というのも使えない」

ベイリャル家令嬢「また十字教の権威を下手にでっち上げたら、二大権力化していた東西教会、そのバックボーンへ喧嘩を売るに等しいと」

オルソラ「この数世紀後、ヘンリー8世が不純な動機ながらもイギリス清教を興し、両教会からの脱却を遂げるのでございますが」

ベイリャル家令嬢「そこで取った手段が――『アーサー』なのよ」

上条「ここで”アーサー”か」

ベイリャル家令嬢「民衆の中で語られていた騎士物語」

ベイリャル家令嬢「あるものは竜退治を成し遂げ、またある者は妖精達と褥を共にし、またある者は十字教の”聖杯”を捜し求める」

ベイリャル家令嬢「その時代時代において、様々な伝説や神話を組み込み、取り入れていった円卓の騎士を」

ベイリャル家令嬢「王家のルーツとしてでっち上げることにより、”王権”が正当なものであるとしたのね」

ベイリャル家令嬢「『アーサーは最古にして最期の王だ』と」

上条「アーサーを取り込むことで、ノルマン朝が正統性を得た、か」

ベイリャル家令嬢「違う。アーサー””取り込んだんじゃない。アーサー””取り込んだのよ」

ベイリャル家令嬢「そのままでは霧散してしまう物語を」

ベイリャル家令嬢「神と人間が今よりもずっともっと近かった頃の時代の話を」

ベイリャル家令嬢「アーサーが取り込むことで、この時代にまで語り継いできたのよ。後進の信仰に呑み込まれることなく、ね」

オルソラ「よく、イギリスでは『人とそれ以外のモノ』の距離が近い、と言われておりますね」

ベイリャル家令嬢「ケルトが色濃く残るアイルランドやスコットランドの気風もあった。でも、それだけじゃなくアーサーの加護もあった」

ベイリャル家令嬢「自分達に都合の良い切り貼りをしようとしても、切り離せなかった」

ベイリャル家令嬢「……ま、私はアーサリアンだから、少し身びいきなのは否定できないのだけど」

オルソラ「拘りを持つのは人間として当然でございますよ――と、長い四方山話にお付き合い下さりありがとうございました」

上条「こちらこそ、どうもありがとうございました。もうなんか魔術師じゃないって設定かなぐり捨ててたけど」

ベイリャル家令嬢「そちらの使節団をおもてなししてる時点でおかしな話よね。存在は知っているけど、使えはしないのよ。必要がないから」

オルソラ「今の時代、六法全書を用い法廷で殴り合うのがメジャーでございますからね」

ベイリャル家令嬢「父もそっちが得意だし、それで充分だと思っている人だから」

ベイリャル家令嬢「……ほとんどの場合、戦場になっているのは法廷以外だと知らないだけで」

上条「……」

オルソラ「いかがされましたか?」

ベイリャル家令嬢「そろそろサービスエリア入るわね。流石に疲れたし……まだ少しかかるか」

上条「あー……ネットスラングでさ、『一体オマエは誰と戦ってるんだ』的なのがあるんだよ」

ベイリャル家令嬢「あぁ。携帯端末片手に、よく分からない主義主張をツイッターやフェイスブックで日がな一日流してる人ね」

オルソラ「ご自身の主義主張・思想信条を披露するのは悪い事でもございませんよ?」

上条「まぁそれでも普通に趣味の話してる連中へ割って入って、『俺はこう思う!』って全然違うこと叫びだしたら、どんな正論であっても、引く」

上条「他にも一生懸命に好きなアイドルやアニメ持ち上げるのも、そう言われたりはするんだが……今の、表側の歴史は分かった。信仰のアレコレも大雑把には」

上条「ただその、前に俺が出会った魔術師はダインなんとかって霊装を使おうとしてた」

オルソラ「終末剣ダインスレイブですね。剣を抜いたら世界が滅ぶ」

上条「他に……間違えなきゃ都市や共同体丸ごと支配下に置いちまう『十字架』」

上条「信徒全ての意志を誘導する『文書』と、多分文明丸ごと破壊する『船』」

上条「そして――静止軌道上、地球から3万5千キロ離れた衛星ぶち抜く『安全装置』」

オルソラ・ベイリャル家令嬢「……」

上条「俺が知ってるだけでこのぐらい。そして多分、つーか確実に『聖槍の名前を持った何か』も含めて、ろくでもない魔術や霊装はあるんだと思う」

上条「そいつら一体何と戦おうとしてるんだ?世界を滅ぼしちまうような霊装作って、何と?」



――グラスコー高速道路 サービスエリア

アンジェレネ「い、いやーかかりましたねっ!意外に結構!車の乗り心地は中々良かったんですけど長時間はちょっとですね!」

上条「寝てたよね?きみ、俺らが真面目な話してるときにずっとクークー寝やがってたよね?」

アンジェレネ「……じ、実はですね。以前シスター・オルソラへ聞いてみたんですよ」

上条「話を変えんなよ。騙されないんだからな」

アンジェレネ「有志のシスターが、な、何人が結集しまして、『おっぱいを大きくするのにはどうしたもんでしょうか』と!」

上条「詳しく。あ、良かったらあそこの売店で売ってるアイス食べる?今年はミントが流行りなんだって」

アンジェレネ「す、すいませんねぇ。いやいや一番ビッグサイズなんか頼んじゃって!」

上条「店員さん!ダブルを一つ大至急で!スプーン代わりのウエハースも付けてやってくれ!」

アンジェレネ「こ、これはありがとうござまぐまぐまぐまぐがつがつかつっ!」

上条「……それで?」

アンジェレネ「あ、アイスのシャリシャリ感が☆二つ、ですかねぇ。み、三つはあげられません」

アンジェレネ「こ、今年は暑めなんで溶けるのが早いようで、そこいら辺は企業努力として保冷剤なりを上手く活用してですね」

上条「アイスの感想じゃねぇよ」

アンジェレネ「ね、『寝る子は育つ』、だそうです」

上条「アイス返せよ!今だったらまだ食いかけでも変質者のオッサンへ売れるから!」

アンジェレネ「そ、その日から夜更かしするシスターが減ったと評判なのに!?」

上条「いい事じゃねぇか。他のシスターも見習えよ」

アンジェレネ「い、言われてみればシスター・オルソラの言は真実なのかもしれませんね。シスター・ルチアや神裂さんは早寝早起きを徹底されてますしっ」

アンジェレネ「む、むしろどーしてこんな単純なことを教えてくれなかったのと小一時間!簡単な話なのにっ」

上条「そうだね。大人が秘密にしてるんだから、君たちで実証効果を試せばいいんじゃないかな」

オルソラ「継続は力なり、でございますね。夜更かしは美容の大敵とも言われておりますし、思春期の女の子には妥当なアドバイスかと」

上条「えーっと」 チラッ

ベイリャル家令嬢「こっち見んな」

アンジェレネ「さ、さぁパーティの鋭気も養ったことですし、ちゃっちゃと現場へ向かいますよ!ついてきて下さいねっ!」

上条「なぁ君さ、昨日の夜誰かに噛まれなかった?例えばレッサーとか、他にもレッサーとか、後考えられるのはレッサーとかにさ?」

ベイリャル家令嬢「ゲシュタルト崩壊しそうだからやめて……」

アンジェレネ「と、というかさっきから気になってたんですけど、あの看板ってなんなんですか?あれっ!」

上条「どれ?コーラじゃないよな、隣にある手書きのゆるキャラっぽいのが描かれてる、『Haggis hunt!』……?」

オルソラ「カモノハシとバリ○さんを足したような愛らしい外見でございますね」

上条「だからなんで知ってんだよ今治市のご当地キャラ」

ベイリャル家令嬢「文字通りの企画ね。『ハギス・ハントのイベントしますよ』って告知なのだわ」

上条「ハギス狩り。あぁ朝食で出たあのウインナーっぽいのを捕まえるんだ?危なくないのかな?」

ベイリャル家令嬢「えぇと……」 チラッ

オルソラ「基本的の野生のハギスは人間へ対して無害でございますよ。ただ子供たちだけで行くと夜道は危険ですので、大人の同行が求められておりますが」

アンジェレネ「お、大人ですか?……あぁ看板の下の方に何か書いてありますよねぇ。そ、それでしょうか」

ベイリャル家令嬢「ハギス・ハントは夜にするのよ。満月の夜はハギスがよく出るって評判でね」

アンジェレネ「そ、そうなんですかっ!?……うー、ちょっと参加したいかもしれませんよっ」

上条「あぁじゃ全員で参加するか?夜だったら仕事外だし、そのぐらいの遊びがあってもいいと思うぜ」

上条「問題は日取りなんだけど……」

ベイリャル家令嬢「あぁ大丈夫よ。満月は明日だから今日のウチに申し込めば、なんとか」

上条「なんで知ってんだよ満月」

ベイリャル家令嬢「商業病かしらね……あ、でも私はちょっと参加は」

オルソラ「私もシスターとして狩りをするのは少し、でございますので」

アンジェレネ「わ、わたしも自重しなくちゃいけないでしょうか……?」

上条「んー……?獲らなきゃ良くないか?」

アンジェレネ「そ、それじゃ参加する意味がないじゃないですかぁ」

上条「いや捕まえる必要はないだろ。害獣や特定外来種みたいに嫌われてるんだったら別だけど」

上条「そしてこれは仮定の話だが、間違って俺が捕まえてしまうことはあるかもしれないよな!間違ってね!」

アンジェレネ「そ、そうですよねっ!間違っちゃったら仕方がないですよねっ!神もきっとお許しになるでしょうし!」

ベイリャル家令嬢「ハギス・ハントに関しちゃ、神様は別に何も言わないと思うけど……?」

オルソラ「子供の夢を守るのは大人の義務でございますよ。いつの時代も」



――スコットランド バラフーリッシュ ビジターセンター前

上条「ここが目的地?」

ベイリャル家令嬢「調査チームが逗留している家があるのはここ。現場は一応封鎖されてるのよ」

オルソラ「できれば現場で遺跡と副葬品を確認したいのでございますが」

ベイリャル家令嬢「向こうが弁護士を立てて来た時点で、発掘現場への立ち入りも禁止されているわ。裁判所からも一時停止の仮処分が来ているし」

ベイリャル家令嬢「しかも一部の副葬品は持ち出しやがってるみたいだし、どんだけ追い詰められてんのよ。あの連中は」

上条「副葬品ってのは遺跡の遺物なんだよな?」

オルソラ「主にお墓へ故人と共に入れられる物でございます。平民であれば生前故人が遣ってた実用品が多く」

オルソラ「高貴な方であれば豪華な調度品、特に錆びず劣化しにくい黄金や銀、宝石が用いられるため、盗掘が後を絶ちませんので」

アンジェレネ「い、因果なお話ですよねぇ。質素なお墓だったら狙われなかったかもなのに」

ベイリャル家令嬢「まぁ同感よね。詳しくは調査チームに聞いてほしいんだけど、ここで見つかった船葬墓は王か豪族は確定」

ベイリャル家令嬢「幸い保存状態も良かったのに……あんのバカどもは令状叩き付けてから、いくつか副葬品を持っていったって報告が」

上条「酷いな。こっちが先に掘ってたのに、そんなことやっていいのかよ」

ベイリャル家令嬢「いいわけないでしょ。大問題よ」

上条「あ、やっぱり」

ベイリャル家令嬢「現場保持、というか、異なる意見があって法的に係争が認められそうな場合、裁判所から仮処分が降りるの」

オルソラ「工事現場などで遺跡が見つかった場合、工事を進めたい業者側と遺跡で一発当てたい研究室と自治体で大もめになりますので」

ベイリャル家令嬢「よって両者の言い分を司法で白黒付けるまで、現場は保留。現状維持以外で何もしてはいけない」

上条「ここで当事者の一人が副葬品持ち出すのは、かーなーりマズいんじゃ?」

ベイリャル家令嬢「そうよ。そのマズいのを承知であちらは事を起こしているのだわ」

アンジェレネ「い、今更なんですが、わたし達が物理的に狙われるって話には……?」

上条「あー……」

オルソラ「ゼロではありませんが……」

アンジェレネ「で、ですよねっ!?こちらの戦力は四人ぽっちで戦えるんでしょうかっ!?」

上条「一人増えてんぞ。いや、昨日のアレ見るに追加したくなる気持ちが分からないではないが」

ベイリャル家令嬢「今はプライベートだから、立場以上のことはできないわよ。断っておくけど」

オルソラ「価値のある物を全て持ってった時点で、もうこちらの遺跡に興味はないかと思われます、よね?」

オルソラ「先様にもそちらのプロがいらっしゃるでしょうし、目利きで失敗するのはないでしょうし」

ベイリャル家令嬢「そしてイギリス連邦で物理的にもめ事を起こしたら、後はもうどこにも行けなくなる」

ベイリャル家令嬢「まぁ……ロシアの僻地辺りで、溶け出した永久凍土の開拓者としてなら、雇って貰えるかもしれないけど」

上条「残りの人生罰ゲームだろ。罪人か」

オルソラ「正しい意味でも被疑者でございますよ?今もアメリカから追われている身ですので」

アンジェレネ「た、大変ですよねぇ」

ベイリャル家令嬢「なのでこっちも地元の行政へ面通ししてくるから、あなた達は調査チームに話でも聞いたらどうかしら?」

上条「全部任せるのは、悪いかなぁっても思うんだけどさ」

ベイリャル家令嬢「つっまんない話よ?お互いの家系図の話を一通りしてから、『宜しくお願いします』ってだけだから」

上条「俺が想像してたヨーロッパのイメージと違うな。もっとこう、全体的にビジネスライクを徹底してるもんだと思ってた」

ベイリャル家令嬢「TPOによりけりね。”そういう”記事を書く仕事をしている人の周りじゃ・・・・、人間関係が希薄ってだけで」

ベイリャル家令嬢「儀礼的外交と仕事をごっちゃにする時点でもう、ね。メール一本送って用件伝えりゃいい世界は意外と狭いのよ」

上条「もっと具体的には?」

オルソラ「カカトの長短で戦争になりかねません」

アンジェレネ「そ、そんなしょーもない戦争があったんですかっ!?

ベイリャル家令嬢「『ガリバー旅行記』に出てくる小人の国の話ね。イギリスの歴史を強烈に皮肉っているのだわ」

オルソラ「それはもうジャパニーズ昼ドラのドロドロが鳥取砂丘に思えるぐらい、長い長い泥仕合が続いておりまして」

上条「逆に分かりづらいよ!鳥取砂丘だってたまに死人が出るんだからな!」

ベイリャル家令嬢「とにかく適切な役割分担よ。ま、そっちはそっち頑張って」



――スコットランド バラフーリッシュ ビジターセンター近所の民家

オルソラ「事前に教えて頂いた住所ですと、調査チームがお世話になっておられるのはあちらの建物でございますね」

上条「すぐ近くにある謎の建物へ入るかと思いきや、普通の民家なのな」

アンジェレネ「や、やっぱり気になりますよねぇ。このっ、自己主張の激しい『ビジターセンター』ってなんなんでしょうか……?」

オルソラ「ここバラフーリッシュには観光名所が二つございます」

オルソラ「一つめが遠くにそびえ立つ『ベン・ナ・ベヘル』山。グレン山脈の誇る雄大な景色です」

上条「あんま高くないよな。高尾山ぐらい?」

アンジェレネ「あ、アルプスが近くにあったんで、比べちゃいますよねぇわたしも」

オルソラ「イングランドは低地ばかりでございますから、観光客の皆様には評判であり、特にグラスコー渓谷への入り口ともされております」

上条「なんて言うか、日本の山と違って岩山と背の低い植物ばっかだから、これはこれで味があるとは思う」

アンジェレネ「い、緯度が関係してるんでしょうかねぇ?寒くて生えない的な?」

オルソラ「雨が少なく一日中霧が出ていることも珍しくはありませんし、雄々しくも寂しげで孤高の出で立ちでございます」

オルソラ「続きまして第二の観光資源であるスレート鉱山でございます……こちらからだと山側の、木々が生い茂ってる辺りでしょうか」

上条「あー言ってたな。炭鉱の町って」

オルソラ「えぇ、もう炭鉱はあらかた掘り尽くされておりまして、その跡地が丘になったり湖になったりと大忙しでして」

上条「待て待て。丘と湖作ってどうすんだよ」

オルソラ「採掘したときに出た土を一箇所に捨てておりましたところ、まぁ大変!いつのまにか立派な丘ができておりました!」

上条「気づけよ!『あ、これそろそろ大きくなりすぎたし、別にところに捨てない?』って気づくだろフツー!?」

オルソラ「ところがどっこい、事実と書いてマジと呼ぶ本当の話なのでございます。日本でもボタ山・ズリ山と呼ばれる現象が」

上条「なんでそんな事になってんの……?」

オルソラ「鉱山から出た土は鉱物含有量が高く、また栄養素が全く無い困った土でございます」

オルソラ「川へ流せば川が死に、農地へ撒けば農作物が育たなくなるという、伝承でも呪われた記述がありまして」

上条「行き場がないから邪魔になんないように積んどけ、か」

アンジェレネ「や、やらずに溜っていく積みゲーのようですよねっ」

上条「先人の知恵を穢すな」

オルソラ「鉱山の歴史は竜や蛇との伝承と密接に繋がりがございます。黄金を守り、毒と火を噴く竜は火山や鉱毒・鉱害の象徴でもありますので」

上条「……イギリスってあっちこっちに竜退治の伝説残ってなかったっけ?」

オルソラ「はい。聖ジョージを筆頭にウェールズでは幾つも竜退治の逸話がございます」

オルソラ「そして偶然にもそのウェールズからスコットランドにかけて鉱脈が存在致しまして、両者の繋がりを指摘する研究者もおりますね」

オルソラ「もう一つの湖ですが……時にお二人は海水浴などは嗜まれますでしょうか?」

アンジェレネ「あ、あんまり暑いのは好きじゃないんですけど、行ったことぐらいは」

上条「俺は泳ぐのも好きかな。まったりしてるのもいいけど」

オルソラ「いいでございますね。シスター的には肌を出すのは禁忌でございますが、暑い日が続くとシマシマの囚人服テイストの水着で海水浴など」

上条「脱線してますよー。戻って来いオルソラー」

オルソラ「こう、波打ち際のすぐ近くで砂遊びに興じるのも、悪くないのでございます――が、砂浜で深く深く掘り進んで行ったご経験は?」

アンジェレネ「ん、んー……?どうでしょうねぇ、あったかなー……?」

上条「俺はある、つーか去年の夏に親父を埋めたかもしれない」

オルソラ「その時の塩梅は如何でしたでしょう?」

上条「砂浜って言ってもさ、やっぱこう海水が深く染み込んでるんだよな。こう、掘れば掘るほど、次から次に水が湧き出して……」

上条「……って、ここもか!?」

アンジェレネ「ど、どういうことでしょうか?」

オルソラ「鉱山の歴史は近い水脈との戦いと言っても過言ではございません。少し掘ったら大きな水脈を当ててしまい、坑内が水浸しになるのもよくありました」

オルソラ「また地下の水脈を変えてしまったり、事故防止のために組み上げたりしますと、元々あった井戸が涸れたり川の水量が減ったりと」

オルソラ「最悪なのは地下水脈が枯渇した結果、集落一つが入るような地盤沈下が」

上条「もしかしてそれか」

オルソラ「まぁ、自然の恐ろしさをまざまざと見せつけた結果、ここバラフーリッシュには巨大な湖が誕生した、でございますね」

上条「負けてんじゃん。自然に超負けてんじゃん人類」

オルソラ「また廃鉱を埋めず放置してありますので、あまり不用意に変な場所へ入ると崩れて坑内へ……」

アンジェレネ「じ、地雷を踏み抜くのは上条さんのお仕事かと……」

上条「行かないぞ!俺はホテルでゆっくりしてるんだからな!」

オルソラ「あぁそれは杞憂でございますよ。流石にこちらの住人の方々も、足の下が大空洞という住みにくい環境はノーサンキューだと」

オルソラ「今、人が住んでおられる場所は、探鉱閉山後に切り開いたところでございますから」

上条「炭鉱も名所なのに、場所は少し違うんだ?」

オルソラ「そちらは閉山前の施設や坑が残り、それを目当てに二重の意味でも一山当てようと複合観光施設を作る――」

オルソラ「――はず、でしたが予算の都合上、全部が全部ほぼほったらかしなっていますねっ」

上条「笑いか?こんなところでもイギリス人はブラッジョークを発揮すんのか?」

オルソラ「日本と違って地震も少ないですから、この程度の安全対策でも充分かと思われます」

オルソラ「危険な施設や坑は立ち入り禁止になっておりますし、まぁ?」

アンジェレネ「そ、その一部が崩れたお陰で遺跡が見つかったんですし、前向きに捉えた方がいいんじゃないかなと」

上条「それじゃ、あの山目当てに来た観光客へのガイドをする、ってのがあそこの役割?」

オルソラ「国立公園の入り口によくある、その地の由来やら注意事項を喚起する建物でございますね。他にも無料インターネットの、えぇと、なんでしょうか?」

アンジェレネ「わ、Wi-fiでしょうかっ」

オルソラ「その環境が整えられていたり、通信インフラが未整備の場所では重宝する――と、シェリーさんが仰っていました」

上条「つーことはケータイも……あ、圏外じゃないが、弱いな」

アンジェレネ「こ、固定式の電話を借りたほうがいいかもですよねっ」

オルソラ「まぁともあれ、あちらのようなビジターセンターの近くには一通りの施設が揃っております。飲食のできるパブ、日用品の買える雑貨屋」

オルソラ「また観光客を受け入れる宿泊施設――も、あるにはあるのですが、今回は地元の民家を借り、そちらへ調査チームが寝泊まりしている次第で」

上条「あぁ。その急遽借り上げた家がここなのな」

オルソラ「スレート鉱山、ニホンゴでは粘度岩鉱山の歴史に興味がございましたら、是非一度覗いてみてはいかがでしょうか?」

アンジェレネ「きょ、興味は特にありませんが!」

上条「疲れてるのは分かるんだが、ちったぁ社交辞令も覚えろ?団長やってんだからな?」

アンジェレネ「そ、それよりももうお腹がぺっこぺこで、団長はご機嫌斜めですよ!」

上条「調子が天元突破してグレンなラカンじゃないですかー。てかさっきアイス食っただろ」

オルソラ「うふふー。モラトリアムが許されるうちは暴君も悪くないのでございますね」



――バラフーリッシュ イギリス清教調査団が借り切った家

オルソラ「ごめんくださいませー?イギリス清教の使いの者でございますがー?」 ガチャッ

上条「団長、仕事取られてますよ?」

アンジェレネ「て、適材適所ってある思うんですよ!い、今はまだ団長充電期間中でしてっ」

上条「過充電した電池は危険だと言っておく。いや他意は無いんだが」

研究員「シスター……アクィナス!あぁ良かった!やっとおいで下さいましたか!」

オルソラ「いつもお世話になっております。シェリーさんはどちらに?」

研究員「それがですねっ聞いて下さいよ!今日の朝一の便でロンドンへ帰ると!」

オルソラ「入れ違いになってしまいましたね。何か急なご用だったのでしょうか?」

研究員「いえ、それがですね、その……」

オルソラ「はい」

研究員「『イギリスの紅茶が飲みたくなった』、そうで……」

オルソラ「……はい?」

上条「オルソラを驚かせるあいつも大概だな!」

アンジェレネ「シェ、シェリーさんは、にんっっっっっがいブラックコーヒー派だったような……」

研究員「えぇもうどうしたらいいのかと、責任者がいなくなったのに研究員だけ残されても、ですねっ」

上条「こちらの人、っていうか人達は?」

オルソラ「シェリーさんが教鞭をとっている学校の方でございます。考古学と文化人類学専攻の」

研究員「始めまして。クロムウェル先生とシスター・アクィナスにはお世話になって――って君たち学生さんだよね?」

アンジェレネ「た、たちですかぁ」

上条「この子はちょっと違うんですが、はい。俺はそうですね」

研究員「あー、ごめんね。発掘現場を見せてあげたかったんだけど、政治的にストップがかかっちゃってて」

研究員「本当なら発掘過程も含めて、君たちみたいな若い子に見てもらうのが、将来の学徒育成にも必要なんだけどね……」

上条「あー、つまり」

オルソラ「はい、”普通・・”の方々でございまして、主に善良かつ優秀なメンバーで構成されております」

研究員「いえそんな。お二人に比べればまだまだ――というか、そろそろゼミナールを開いてみては、と常々クロムウェル先生には言っているのですが……」

上条「先生やってんだよな?」

オルソラ「えぇ、そうなのですけど……とにもかくにも『面倒よ』の一言でして」

研究員「授業の質が普通の教授より上なのに、本人は非常勤講師だからね。君たちからも強く勧めてくれると助かる」

上条「いやぁ、そこは性格もあるでしょうし仕方がないんじゃないですか、とは思いますが」

研究員「あぁ失敬。立ち話でするようなお話ではありませんでしたね、皆さんどうか中へ」

アンジェレネ「お、お邪魔しますよっ」



――

研究員「と言っても現物はないわ現場にも入れないわで、画像データぐらいしかないのですよ」

研究員「印刷でもなくタブレット端末で恐縮ですが、どうぞご覧下さい」 スッ

オルソラ「いえいえ、充分でございますよ。シェリーさんがいてくれれば、なお良かったのですが」

研究員「あ、あはは。先生のご気性も今更と言えば、今更ですけどね」

上条「シェリーってそんなに評価高いの?」

オルソラ「芸術分野ではかなり、でございますよ」

上条「考古学と芸術って、そんなに近いカテゴリーじゃない気がするんだが」

研究員「遺跡の中から出てくる埋葬品や副葬品は芸術的な価値が高いものが多いんだよ。ファラオの仮面や棺……ある意味ではミイラも」

オルソラ「遺跡そのものも芸術品と称されておりますので、ある程度の審美眼は必要なのでございますよ」

アンジェレネ「と、というかですねぇ、わたしも気にはなっていたんですが」

上条「団長、あとでチョコあげるから、今ちょっと大事な話をだな」

アンジェレネ「違いますぅ!わ、わたしだって真面目な話ぐらいしますよぉっ!」

研究員「ま、まぁまぁ。どうぞ、シスター……さん?」

アンジェレネ「な、なんでわたしを呼ぶときには疑問系が多いのかは、さ、さておきですねぇっ」

上条「そうか。その疑問への答えはだな、まずこっちに模範的なシスターであらせられるオルソラが居てだな」

アンジェレネ「そ、そっんなこたぁさておき!遺跡が見つかってから、遺跡遺跡って!お墓じゃないんですかっ!?」

上条「いや、発掘現場兼遺跡だろ……だよね?」

オルソラ「んー……これといって深い意味はないのですが、私たちの文化ではお墓というと神性にして踏み込むべからず、という感性が働きますので」

研究員「比較的近代に作られたものであれば、墳墓。大昔だったら遺跡……かなぁ?」

上条「研究者になんつー質問投げかけるんだ。この人はどこまでも掘り下げて考えていくんだからな!」

アンジェレネ「い、い、そこでわたしが怒られるのは理不尽かと……あぁ、そうそう!もう一個あったんですっ」

アンジェレネ「な、なんか、お船の形したお墓だって言ってませんでしたっけ?」

オルソラ「はいでございますよ。ヴァイキング時代から伝わる由緒正しき船葬墓でして」

アンジェレネ「え、えぇえぇ。わたしもそこら辺半分眠りながら聞いてたんですけどもっ」

アンジェレネ「そ、そのっ!ここって車で相当走った場所にありますよね?近くに山脈もありますしっ」

オルソラ「海まで……えぇと?」

研究員「100kmは離れていますね」

アンジェレネ「わ、わたしだったらこう、もう少し海側にお墓を作るかなぁって思ったりなんかするんですけど……」

研究員「えっと、それはね」

上条「船造りだよ」

アンジェレネ「え、えっ?」

上条「昔の船は、つーか今もだけど『竜骨』って部品を使ってるんだよ。船の頭から底を通って後ろまで抜ける、長い木製の部品が」

上条「こう、人間で言えば背骨?背骨から肋骨がグルって回って内臓を囲んでるように、まぁ芯になってるパーツだわな」

アンジェレネ「だ、大事な部品っぽいのは分かりましたけどっ、それと内陸部である必要性って結びつかないんじゃ?」

上条「そりゃ簡単だ。サイズに合うだけの”木”がないんだよ」

アンジェレネ「い、いえいえっ、いくらでもあるじゃないですかっ。加工して作ればいいのでは?」

上条「俺も詳しくは知んないけど、加工技術の問題らしくてな。丈夫かつ長持ちする竜骨を作るには、なるべく少ない部品から削り出すのが一番良いんだと」

上条「人里の近く、ぶっちゃけ海や川の近くで採れればいいんだろうが、そっちはそっちて人里から距離が短くて大きな木が育ちにくい訳だ」

アンジェレネ「えー……木ですよぉ?どこにだって生えるんじゃ?」

上条「昔は薪使ってたろ。だから人が住んでたとこの近くは、あらかた切り倒すか、頑張っても植林するかだし」

上条「だもんで海洋民族、主に海を渡って暮らしてた人らの足跡や遺跡が、海から遠く離れた山ん中で見つかったりもすると」

アンジェレネ「か、上条さんがお料理以外で役に立ってるの初めて見ましたっ!やるじゃないですかっ!」

上条「いやぁそれほどでも」

アンジェレネ「こ、これもやはり上の立つ者の素質と言いましょうか!」

上条「やっぱ自分を誉めに行ってるよね?最終的に」

研究者「流石クロムウェル先生のお弟子さんだね。若いのによく勉強している」

上条「誰かから聞いた話、だった思いますし。そもそも受け売りですから」

研究員「受け売りだろうが聞きかじりだろうが、知識は知識だね。活用できれば尚のこといい」

上条「ヴァイキング、というかアングロとサクソン人も海洋民族なんですか?」

研究員「そう言われているね。スカンジナビア半島から西ヨーロッパにかけて略奪を繰り返し、怖れられていた」

上条「また物騒な……」

研究員「擁護すると気候もあるらしいんだよ。北極圏にほど近い半島では当然農耕も畜産も難しく、狩猟をメインにした生活になってしまう」

上条「イヌイットでしたっけ?」

研究員「もう少しだけ南下すればノマド――遊牧民としても暮らせるんだけどね。寒さだけはどうにもならない」

研究員「亜氷期と亜間氷期って言葉、聞いたことあるかい?」

上条「氷期は氷河期のことですか?」

研究員「もっと細かい。氷河期の中で特に寒冷だった時代が氷期、やや温暖で氷河が後退した時代が間氷期」

上条「じゃあ今は間氷期ですね」

研究員「そうだね。氷河期は一万年ぐらい前に終わって、その後に色々な文明が発達を見せている」

上条「あー成程。地球が温暖になって、人類に余裕ができたから文明が発達したって話ですか」

研究員「人類だけじゃなく、地球環境も温暖な方が活性化するからね。動植物もそうだし」

研究員「なんて言うかな。カビの菌を培養するよね、こう円く平たい容器へ入れてさ?」

上条「人類と菌類一緒にすんなや。あとシャーレだ」

アンジェレネ「か、上条さんっ。ツッコミが荒いですよっ」

研究員「同じ生物だし非難される意味が分からないけど……まぁ、そのシャーレの上側と下側に保冷剤を置いて数時間ごとに取り替えて経過をみる」

研究員「すると菌がよく繁殖しているのは真ん中の部分。冷たい場所から離れたところになる」

研究員「これを地球に見立てると、日本で四大だか五大だかと呼ばれる文明のほぼ全てが赤道のすぐ近くに位置している訳だ」

上条「温かいってアドバンテージを持った民族が、他の地域に先行して文明を作った……?」

研究員「人類発祥の地がまずアフリカだからね。そうじゃないかな、と思ってる」

アンジェレネ「え、えっと氷河期がやって来て寒くなるってこと、あるんでしょうか?」

研究員「まずない、と言われている。過去100万年ぐらいを遡ると、氷期と間氷期は10万年サイクルになってるよ」

研究員「間氷期へ入って1万年だから、まぁ相当長生きでもしない限りは」

上条「温暖化のままあと9万年も辛いような……」

アンジェレネ「そ、それ以前に人類が1万年の大台まで行けるかどうか、とも……」

研究員「で、まぁその間氷期、今の時代だけど。冷たい時期と温かい時期が交互にやって来てる。それを指して亜氷期と亜間氷期と呼ぶんだ」

アンジェレネ「い、今は温かいですし、亜間氷期ですよね?」

研究員「そうそう。前の亜氷河期が終わり、温暖湿潤な気候へと変ったのが西暦500年頃だ」

上条「ローマが撤退してアングロサクソンが入植した時代と一致しますよね」

研究員「と、同時にデーン人が侵攻を始めた。侵攻なのか貿易なのか、微妙なラインではあるけど」

研究員「論文の中にはスカンジナビアも温暖になり人口が増え、余剰分をどこかで帳尻合わせようとした結果……」

アンジェレネ「い、イギリスへ、ですかぁ。来られた方は大変だったんじゃないかと……」

上条「よく保ったよな」

アンジェレネ「て、てゆうかですね、『最初っから温かくて暮らしやすい場所に住めばいいんでは』って言ってはいけないんでしょうか……?」

研究員「それも何となくは分かっている。環境の問題だね」

上条「環境、ですか?」

研究員「うん。君たちにとって暮らしやすい土地があったとしよう。飲み水が確保できて、農耕するのにも適していて、森野もあって狩りをしやすく海もある」

上条「今よりもずっと生き死ぬが直結している時代だったら、何がなんでもそこで暮らしたいですよね」

研究員「――という感想を、君だけじゃなく他の人も思ったんだね。君にとって快適な環境は他の人にとってもそうだ、と」

研究員「しかしながら、誰も彼もと受け入れる余力はなく、弾かれた人間は新しい地を求めて移住をする」

研究員「その移住先で似たような騒ぎがあり、同じ様なことを繰り返して居住地が決まると」

上条「……原始時代の話ですよね?それかもう少し後ぐらいの」

研究員「ヴェネツィア近辺にある干潟もそうなんだよ。元はそんなところで暮らすのは難しいんだけど」

研究員「そこの近くに住んでいた民族は、敵から襲われたときに逃げ込むため、わざと開拓せずにその周辺に住んでいたと」

研究員「あとは農耕よりも狩猟を主としていた民族の方が、まぁ結果として強くなってしまった、ってことかな」

研究員「辺境へ追いやられて、代々過酷な環境で育って逞しくなった肉体と精神。獣を狩るよりも同族を襲った方が楽、と考えても無理はない」

研究員「とは言っても、青銅器から鉄器へ移ってしまえばなくなるぐらいのハンデだけどね」

上条「そういう民族が信仰していたのが北欧神話で、船の形をした墓がここで見つかったと」

アンジェレネ「え、英雄さんのお葬式と同じですよねっ」

研究員「よく調べてあるねぇ。ご褒美にポッ○ーのゼリービーンズをあげよう!」

アンジェレネ「あ、ありがとうございますっ!」

上条「……それ、嫌がらせアイテムって評判じゃないでしたっけ……?」

研究員「……ジョークで誰か買って来たんだけど、減らないんだよね。誰も食べないから……」

上条「『本当に吐く』ってカルトなファンだって言ってんだから、このアレな子に耐えられるはずがないよな、オルソラ?」

オルソラ「……」

上条「……オルソラ?さっきからタブレット見たままフリーズしてっけど、具合でも悪い?」

オルソラ「――いえ、体調ではなく、ただ少しばかり有り得ない想像をしていただけでございます」

研究員「……あぁすいません。シスター・アクィナスもお二人も、長旅だったのを忘れてしまい話し込んでしまいまして。研究者の悪い癖ですよね」

オルソラ「えぇと、ですから疲れてはいないのですが……悪癖の方も話を聞いて下さるかたがおりますと、ついつい余計な事まで言ってしまいがちに」

研究員「あぁ分かります分かります。私生活で誰も聞いてくれない上、職場の同僚が大体情報を共有しているんで、他の方に話す機会を失いたくないっていう」

上条「それ、なんかの病名ついてると思いますよ?」

研究員「そして最後にはお金を払って綺麗なお姉さんが話を聞かせながらお酒も飲めるお店に行きたくなるんだよ、ね」

上条「個人の趣味にどうこう言うつもりはないが、お金って大切だよね」

アンジェレネ「お、追い打ちしますと、そのおねーさんたちも聞いてるテイで聞いてはいないんじゃないかなぁ……」



――バラフーリッシュ パブ

ピンポーン

上条「ちわー。夕メシ食べたいんですけど、やってます?また早いっすか?」

おばちゃん「えぇ、やってるわよ。二人?席は空いてるからどこでも好きなとこどうぞー」

上条「どうも」

アンジェレネ「お、お邪魔しまーす」

おばちゃん「あら可愛らしいシスターさんも。ようこそグレンコーへ。あなた達も『ハギス・ハント』に?」

アンジェレネ「と、獲りますよぉ!後の歴史で『――これが、野生のハギスを見た最期の証言となった』、って語られるぐらいにっ」

上条「絶滅させてんじゃねぇよ。シスターの誓いどこ行った」

おばちゃん「はは、大丈夫よ!ハギスなんていくら獲っても減りはしないんだから!」

おばちゃん「それじゃどうしようかね、小さなハンターさんたちに報酬の前払いで、ハギス料理一品だけツケといてあげるよ!」

アンジェレネ「で、できれば甘いものの方が……」

上条「ありがとうございますっ昔はお綺麗だったお姉さん!」

アンジェレネ「ふぉ、フォローになってませんよね?」

おばちゃん「出ていけ小僧!今も若いわ!」

上条「じゃあ今も若いお姉さん、俺たちでも食べられそうな料理――」

アンジェレネ「おっ、お肉プリーズ!」

上条「……肉料理二人分とミネラルウォーター、あと別口でテイクアウト一人前ください」

おばちゃん「あいよ。好き嫌いはあるかい?」

上条「ちょっと待って……オルソラってなんでも食べてたよな?」

アンジェレネ「な、なんでも作ってましたしねっ。肉料理からお菓子まで」

上条「普通に悔しいわ。俺もパンケーキとか焼けるようになりたい!」

アンジェレネ「じょ、女子力をそれ以上上げてどうるのかと。素敵な彼氏でもゲットするんですか?」

上条「彼氏はいらんわ。どんなに素敵でもノーサンキューだ」

上条「あと手料理振舞っただけで彼女ができるかっ!そんなんでゲットできるんだったら苦労してねぇよ!あぁホントにな!」

アンジェレネ「で、でもお料理ができる男の人ってちょっと格好いいって思いますよ?」

上条「あーそれな!君らが好きなのは『料理が得意な(イケメンの)男性』であって、『料理が得意な(フツメンの)男性』じゃ、ねぇんだよ!俺知ってんだからな!」

アンジェレネ「ま、まぁまぁまぁまぁ、料理だけでコロって転ぶかと言えば、ないかなぁって」

上条「でも逆に言えばだ。管理人さんだからって、寮の管理ができなくたっていいんだよ!分かるかっ!?」

アンジェレネ「わ、分かりません」

おばちゃん「お客さん、注文は?」

上条「体調が悪い人でも食べられそうなサッパリとした料理……なんて、持ち帰りでできるかな?」

おばちゃん「そうねぇ。キュウリのサンドイッチなんていいんじゃないかしら?」

上条「省エネか」

おばちゃん「こっちじゃキュウリはお高い野菜なのよ。朝焼いたスコーンの残りはあるけど、そっちがいいかい?」

上条「はい、じゃあそれでお願いします」

おばちゃん「あいよ。ちょっと待ってなよ」

上条「――で、どう思う?」

アンジェレネ「し、資産のあるイケメン捕まえるのが、一番効率的ですよねっ?」

上条「そうだけど、そうじゃねぇよ。今ちょっととっさに反論が思いつかないぐらいの真理ではあるけど、別に今更掘り下げるつもりはない」

アンジェレネ「さ、流石にあのおばちゃんはヒロイン候補ではないかと……」

上条「そっちでもねぇよ。確かに旅行先で『あの子可愛いな』ってテンションになりがちだけと、そこまで狩猟民族でもない」

アンジェレネ「う、嘘ですよぉ!『男はオオカミ』ってシスター・ルチアが言ってましたし!」

上条「そう言われるとだな、こう、強く否定は出来ないっていうか。できれば弁解のチャンスも欲しいんだが」

アンジェレネ「じ、実際にわたし達がニホン行ったときだって、シスター・ルチアは大変だったんですよぉ!?」

上条「それはごめんなさい。日本人代表として謝ろう」

アンジェレネ「ま、まったくもうっ!シスター・ルチアガーターベルトがそんなに珍しいんですかねぇっ!」

上条「やっぱ今の謝罪取り消すわ。そして日本人代表としてツッコんどくわ――『いやその発想はおかしい』」

上条「……というかアニェーゼも厚い靴だしルチアもガーターだし、お前らの部隊で流行ってんの?」

アンジェレネ「た、多分キャラを出そうと迷走に迷走を重ねた結果、だ、誰もツッコめない状況になってしまったのではないかな、って」

上条「あの二人のシスター服が超ミニ仕様なのもそれが原因か……ッ!」

アンジェレネ「い、一説にはビショップ・ビアージオがおキレになったのもそれが原因かも、と」

上条「コラ!故人の悪口言っちゃダメだろ!」

アンジェレネ「い、生きてますよ?オリアナさんと一緒に解放されてから、どこかの国へ左遷されたって聞きましたけど」

上条「アイツだけはなんとかした方がいいと思うんだけどな。ローマ正教的にもさ」

アンジェレネ「……全体からすると”あーゆー”方が多数派ですかねぇ。外が本当に快適だとは思いもしませんでした」

上条「修道院って禅寺みたいなもんだろ?修行を積むって意味じゃ、なぁ?」

上条「というか違うわ!お前らのカルチャーギャップもルチアのムッチムチなフトモモの話も今はどうだっていいんだよ!」

アンジェレネ「し、してましたっけ?フトモモの話?え?あれぇ?」

上条「オルソラ、体調悪いのかなぁと」

アンジェレネ「……し、心配ですよねぇ」

上条「ちょっと意外だ。『厳しいことを言うようですが、プロとしてやってる以上、体調管理も仕事のうちですよ』みたいに言うもんだと」

アンジェレネ「し、シスター・ルチアの真似なんでしょうが、言いませんよぉ。あぁ見えて面倒見は良いんですからぁ。厳しいですけど」

上条「少ししか寮生活できなかったけどさ、上手く回ってるみたいで良かったよ。そこは」

アンジェレネ「……え、えぇそう、なんですけどね……」

上条「俺の知らないところで問題がっ!?」

アンジェレネ「あ、いえいえ、そういうんじゃないんですよ。皆さん良くしてくれてますし、部隊も命の危険がないままで楽は楽ですよぉ」

アンジェレネ「とっ、とはいえですねぇ、わたし達もローマ正教の一員でありまして、帰国申請を出している以上は……」

上条「いつかは帰らなきゃいけない、か」

アンジェレネ「わ、わたしが帰ってしまったら、シスター・オルソラは一体誰を甘やかせばいいんですかっ!?」

上条「もう一回言うぞ――『その発想もおかしい』」

おばちゃん「はい、お待ちどうさん。ハギスのクリーム煮とツナのジャケットポテトだよ」

上条「どうも」

おばちゃん「それとシスターさんには、うちの死んだ父ちゃんからシェパーズパイを差し上げろってね」

アンジェレネ「そ、それはそれはっ。お父様と綺麗なお姉さんに神の祝福があらんことをっ」

おばちゃん「食べ終わりそうになったら言っておくれよ。テイクアウトのパンを作っちまうからさ」

上条「はい、ありがとうございます――それじゃ、いただきます」

アンジェレネ「ま、まーすっ――んむっ!?」

上条「あーほらほら水飲みなさい、水」

アンジェレネ「ぷはっ!」

上条「どうしてイギリス清教、ローマ正教問わずに食いしん坊シスターがいるんだよ」

アンジェレネ「い、今食べておかないと、次いつ食べられるか分からないからに決まってるじゃないですかっ!」

上条「若いお姉さーん!こちらのシスターさんにジュース持って来て!グラスに氷入れるの忘れないでねっ!」

アンジェレネ「い、いえ、すいませんね」

上条「インデックスも大概だけどお前らも悲しすぎるわ……俺も食えるうちに食っちまおう」

上条「……つーかさ、ハギスって好み分かれるじゃん?俺は普通に食うけど」

アンジェレネ「わ、わたしは好きでも嫌いでもありませんよっ。どんな生態なのかは興味ありますけど」

上条「ロンドンの市場で買ったハギスのソーセージはなんか牛っぽかったんだよな。まぁ普通に美味しい」

上条「ただこっちのハギスのソーセージって、なんか羊?もしくはホルモン?みたいなクセがあるんだよなぁ……」

アンジェレネ「ほ、本場だからじゃないですかね?お肉が新鮮だから、的なので」

上条「かもしんないなー。よし、全ては明日だ!俺たちがハギスを捕まえればどんなナマモノか分かるぜ!」

アンジェレネ「わ、わたしは立場上動物の殺生は敬遠しなきゃですが、偶然にも上条さんをアシストしてしまうことがあるかもしれませんしっ」

上条「予想以上にグロかったらどうしよう……トラウマになんなきゃいいけど」

アンジェレネ「か、可愛らしいよりはマシかなぁって思いますけど……それはそれで精神削られますから」

上条「……大体、動物の子供って大体可愛いんだよ。豚もそうだし、牛もヒヨコもさ……」

アンジェレネ「あ、そのお肉食べないんでしたらもらいますよー。ひょいぱくっ」

上条「躊躇ねぇな!?自分から話題振っといて!?」



――バラフーリッシュ ホテル

上条「たっだいまー」 ガチャッ

オルソラ「お帰りなさいませ。ご飯になさいますか?お風呂になさいますか?それとも――」

上条「――お前誰だ……ッ!?正体を現せ偽者めっ!」

アンジェレネ「あ、あの……部屋に入る前から小芝居打つのは止めてほしいんですが。あと、早く部屋入っちゃって下さい」

上条「ごめん」

パタンッ

上条「――俺のオルソラが下ネタなんて言うわけないだろ!」

アンジェレネ「こ、小芝居を続行させる度胸は誉めたいですけど。あと、シスター・オルソラの所有権を主張するのは、気持ち悪いです」

オルソラ「えっと……何か間違いでも?」

上条「間違いか正しいかで言えば、人類の約半数は『正義!』って言うと思うよ!」

アンジェレネ「ぽ、ポピュリズムの極みじゃないですかねぇ」

オルソラ「『殿方にはこう言うと喜ぶこと間違いなしってもんですよ』、と以前アニェーゼさんが仰ってまして」

上条「明らかにロンドン来てから悪影響が広がってんだろ」

アンジェレネ「い、いやぁそれがですねぇ。上条さんも体験しての通りで、女子ばかりの集団の方が割とエゲつない会話も……」

上条「何言ってんだよ。アニェーゼ部隊が特殊であって他の修道院は違うよ?俺が事前に仕入れた知識と全然違うしさ?」

オルソラ「『仕入れた知識がまずフィクションである』、という夢から、いつになったら目覚めてくださいますのでしょうか」

上条「俺の願望は置いとくとして――体調戻った、んだよね?」

オルソラ「ご心配をおかけいたしました。ですが具合が悪くなったのではございません、ただ」

上条「ただ?」

オルソラ「杞憂でございましょう。年寄りは何かと心配性でございますから」

上条「って言ってますけど、団長?」

アンジェレネ「む、無理は禁物ですよぉ!シスター・オルソラには休養が必要ですねっ!」

上条「と、いう訳で夕食作ってもらってきた。食べられるようだったら少しは食べた方がいい」

オルソラ「ありがとうございます。後でいただきます」

上条「んじゃ俺は神裂に定時連絡入れてくるよ。あっちがどうなってるのかっても知りたいし」

上条「ケータイに連絡来ないんだから、まぁ緊急事態にはなってないと思うけどな」

アンジェレネ「も、もしくは連絡すら取れないような緊急事態っていうか」

上条「やめろよ縁起悪いな!?フラグっていうのは回収するからフラグメントって言うんだぞ!」

オルソラ「違うのでございますよ?恐らくそのフラグはもう元通りにならないものしでして」

オルソラ「ともあれおかけになって下さい。神裂さんへご報告する前に情報の共有をしていた方が得策かと」

上条「……ヤバいのか?速攻ロンドン戻った方がいいとか?」

オルソラ「そういう危険性はございませんよ。何しろ副葬品の多くが持ち去れておりますし、霊装や魔術的な”実用品”はなかったかと」

オルソラ「自由に調査できていた時点で、シェリーさんがそう結論づけていらっしゃいますから、余程上手く隠匿出来るものでない限りは、ですね」

上条「そっち系の技術は信頼しているからいいし、二人が見落としたとしても、こっちでできる最善尽したんだから仕方がないって思うさ」

オルソラ「……これが俗に言う、口説く、というものでございましょうか?」

上条「事実を言っただけだよ!?人をナンパ師みたいに言わないでくれ!」

アンジェレネ「そ、その自虐はある意味正解なよーな、そうでないよーな……」

オルソラ「まぁ私の人生の初の求婚された話は後日良き日に改めて、といたしまして」

上条「致さないよ?少なくとも俺が事実言ってフラグ立ったら最速を更新しているもの」

オルソラ「お二人ともタブレットが見える位置までどうぞ」

上条・アンジェレネ「はーい」

上条「って小さいよな。ノーパソにデータコピーして分けた見た方がよくないか?」

オルソラ「ではそのようにお願いいたします」

上条「分かった。USBメモリの、日付から判断するに……あぁこのフォルダかな」 カチッ、カチカチッ

オルソラ「アンジェレネさんはどうぞこちらへ。私が抱っこするのでございますね」

アンジェレネ「こ、子供じゃないですよぉ!」

上条「あ、だったら俺が」

オルソラ「そちらへどうぞ、でございますね?」

上条「……へーい」

オルソラ「ではまず結論から申しあげますと、この遺跡はサットン・フー船葬墓とほぼ同じ次第でございます」

上条「ちょっとした高さの丘の上に穴が開いてる。ここが崩落現場かつ遺跡の見つかったとこのな」

アンジェレネ「い、入り口からは木の……なんでしょう?ボロボロになった家っぽいの?」

オルソラ「こちらが『ロングシップ』と呼ばれる船でございます。まさに”船葬墓”の由来となった、実にそのものですね」

上条「船を埋めてる――いや、船自体が棺になってんのか!」

オルソラ「役割としてはその通りでございますが、例えとしてはぶっぶー不正解!で、ございますね」

上条「どういうこと?」

オルソラ「これを作ったアングロ人の王にとって、棺という概念はまた違いまして、あくまでも”船”なのです」

上条「日本も……確か石棺とかかめ棺とかが発掘されてた筈だけど?」

オルソラ「そうですねぇ……北欧神話では死ぬ、という行為は『あの世へ旅立つ』行為でございまして」

アンジェレネ「そ、それは別に十字教以外じゃ珍しくはないんじゃ?」

オルソラ「同文化圏、もくしはより古い神話では死者の国は現世にはなく、どこか別の遠いところにある――という死生観でした」

オルソラ「アンジェレネさんの仰ったとおり、世界のあちこちに存在する概念でございます。死者が出ると、その国へ『お送りする』という形で葬儀をしておりました」

上条「だから船と一緒にして旅立たせる、か。納得」

オルソラ「もっと古い時代には実際にご遺体を船に乗せて海へ浮かべ、奴隷の方と一緒にお炊きあげをした、という記録もございまして」

上条「グロいな!というかとばっちりだな!」

オルソラ「なおここで選ばれる奴隷は老人か多く、口減らしも兼ねていたのではないか、とされる方もおます」

オルソラ「また同系の船葬墓に関して、埋葬者と共に殉死された”と思われる”ご遺体は見つかっておらず、その風習も廃れたか、ともすれば最初からなかったかと」

上条「殉死するよりは大分いいと思うが……ちなみにこの船、ボロボロになってっけど使えたの?」

アンジェレネ「ろ、ロングシップでしたっけ。見た感じ原形留めてないから、どんな船なのか想像もつきませんよねぇ」

オルソラ「シスター・アンジェレネの質問を先にお応えしますと、えぇと番号fの221145番の画像をご覧下さいませ」 ピッ

上条「超デカいカヤックみたいだな。どっかのホームページの画像っぽいが」

アンジェレネ「ふ、船の前後がぐにょんっ!ってなってる船ですか」

上条「俺たちと因縁があった『女王艦隊』とは大分違う。こんなんで海渡れたの?」

オルソラ「バルト海だけではなく外洋にも進出し、精力的に略奪と交易をしてらっしゃったようで」

アンジェレネ「ふ、船の上下の厚みがない、ですよね?」

オルソラ「甲板がない造りでございますね」

アンジェレネ「な、波とか来たら?」

オルソラ「全員で掻き出すしか」

アンジェレネ「あ、熱い陽射しは?」

オルソラ「マントかなにかで隠すとしか」

上条「遣唐使の方がマシに思えるレベル……!」

オルソラ「ですかこの造りには利点もございまして、船が小さくオールで漕げば時速30km前後まで出せるのでございます」

オルソラ「また船底が浅いということは、ちょっとした入り江から侵入も可能であり、神出鬼没と沿岸諸国に軒並み怖れられておりましたねっ」

上条「そんなウキウキなテンションで語る内容じゃないよ?いや、ヴァイキンぐる方はボーナスステージかもだが」

アンジェレネ「こ、この国の一時代のお話ですよねぇ」

オルソラ「そして船首をご覧下さい」

上条「実用性に乏しい竜がついてんだけど。グワッ!って火ぃ吹きそうな」

アンジェレネ「せ、船体にはルーンも刻んであります、よ?」

オルソラ「この外見からヴァイキングのロングシップを、イギリス本土では『ドラゴン・シップ』と呼ばれ、恐怖の対象でございました」

オルソラ「というむしろ、各地に伝わる竜伝説もこちらのヴァイキング船を見た人達が、その恐怖と共に語り継いだのではないかと」

上条「イギリス人にも怖いものがあった、ってのが個人的にはツボだな。アイツらなんだってネタにするから、恐れ知らずだと思ってた」

オルソラ「えーっと、真に申し上げにくいのでございますが、ローマ帝国が撤退したのは5世紀初頭。この後は七王国時代が始まりとなります」

アンジェレネ「ファ、ファンタジー小説の名前にありそうですよっ」

上条「実際あっ……たな。確か」

オルソラ「七つの王国が覇権をかけて争い、まさに王道ファンタジーを体現した時代――と、いう認識は間違いでございまして、大小様々な王国が乱立しました」

オルソラ「その中の代表的な国が七つあったため、後世には『七王国時代』と呼ばれ」

オルソラ「十字教は一度撤退し、アングロ人とサクソン人の信仰していた神々への祭祀が広く普及するのでございます」

上条「そこでまた上書きされんのな」

オルソラ「しかし次第に十字教へと国教を変える国が相次ぎ、先程お話しした北欧神話の英雄が神の子として描かれるような形でも再布教が進んで参りました」

オルソラ「結局、七王国を征したのはサクソン人……でしたが、同じく異民族であるデーンの侵攻を受け続けます。所謂ヴァイキング襲来でして」

オルソラ「その脅威へ対抗するため、最終的には先発していたアングロ人と同化し、またその名前が転化して後に『アングロ人の土地』――

オルソラ「――『イングランド』と呼ばれる国家ができたのでございますね」

上条「おぉ!イギリスの始まりだ!」

アンジェレネ「い、意外と若い、ですよね?1000年ちょっと?」

オルソラ「余談ではございますが、この後ノルマン・コンクエストにより、アングロ・サクソン人貴族は追いやられる、という結末が待っておりまして」

上条「デッド・オア・アライブが極端すぎる」

オルソラ「結果としてケルト人の地へ、えぇとアングロ系ゲルマン人、サクソン系ゲルマン人、デーン系ゲルマン人、ノルマン系ゲルマン人」

オルソラ「が、入植しつつ一体化したのですね」

上条「ゲシュタルト崩壊しそう。一台詞で何回ゲルマン言ったの?」

オルソラ「ですので『散々怖がらせたヴァイキング=後の支配層』ですので、怖いものが為政者になり、後々同化いたしました。めでたしめでたし」

上条「そっか……やっぱイギリス人って『The Thingあれ』だったんだな。食ってるメシからしてそんな感じしたもの」

オルソラ「――と、ここまでが”前置き”です。本題はこちらからです」

アンジェレネ「……うへぇ……」

オルソラ「イングランドは東部地方でも船葬墓が見つかりました。サツトン・フーという町なのですが、そこのお屋敷へ移り住んだご婦人がいたのです」

オルソラ「そのお屋敷の窓からは小高い丘が見え――『あ、これ遺跡が眠ってんじゃね?』と、ご婦人は発掘作業を始めたのです」

上条「待ってくれ!事実なのかネタなのか分からないぐらいとっ散らかった話になってる!」

オルソラ「掘り進めることしばらく、サットン・フーの丘からは朽ちた木製の船が見つかり、中にはご遺体と手つかずの財宝が出てきたのでございますねっ!」

上条「なんだろう……こう、なんてコメントしたらいいのか分からないモヤモヤは」

アンジェレネ「た、たまーにいる、『埋蔵金掘り当てる!』っていう方は一体どんな気持ちだったでしょうねぇ。この話聞いて」

オルソラ「そちらの船葬墓で見つかった副葬品は金貨や宝石、後は武具一式です。あ、次の画像をどうぞ」

上条「ボロボロになった……カブト?バケツをひっくり返したようなのに、顔の所にあるのは……?」

オルソラ「鼻当てでございますね。カブトの視界を広くすると安全性が落ちますので、せめて少しぐらいは守ろうという」

アンジェレネ「あ、あのー?これ、ヴァイキングさんが付けてたヘルムなんですよね?」

オルソラ「アングロ・サクソン人は先に入植したゲルマン人なので、ヴァイキングかと言われると、まぁそうではないのですが……」

オルソラ「まぁ当時の武具なのは間違いないですし、ヴァイキング達も使用していたのと”同系”でございますね」

アンジェレネ「わ、わたしが思い浮かべる『ヴァイキング!』って人は、もっとこう、角の生えたヘルムを被ってる、つてイメージがあるんですけど……?」

オルソラ「……真に恐縮でございますが、というか返答を躊躇うのですが」

オルソラ「ヴァイキングの遺跡や遺物はブリテン島だけではなく、デンマークやノルウェーで多く発見されております」

上条「ヴァイキングの実家なんだから、まぁそりゃそうだろうけど」

オルソラ「えぇ、特にオーデンセではサットン・フーよりも大きな船葬墓が見つかり、文化的な伝来の系譜として人類史を彩ってきましたが……」

オルソラ「ですがその、よくあるヴァイキング像のステレオタイプ”角の生えたカブト”は、今日に至るまで一例も発見されておりません……」

アンジェレネ「……は、はい?」

上条「嘘だったの!?あの牛なんだか鹿なんだかわかんないツノ!?」

オルソラ「むしろそれはケルト人の服飾であり、それがごっちゃになって伝えられているのでは?と、いうのが現在の定説ですね」

上条「実はちょっと思ってんだよ!『船の上で乱戦になるのに、この角要るか?』って!ワンピー○読んだとき!」

アンジェレネ「あ、あれは巨人さん以外はスタイリッシュかと……」

オルソラ「誤った認識が一般的になり、そこからまた誤解の拡大再生産が行われる、というジレンマでございますね」

オルソラ「ヴァイキングやアングロ・サクソン人は野蛮な蛮族――ではないのです。当然異論もおありでしょうが」

上条「そうか?やってること考えると、つーか当時のジャイア○ルールグローバルスタンダードだったとしても、基本攻めて支配しているだけって感じなんだけど?」

オルソラ「彼らがしたのは間違いありません――が、同時に”文化の伝達者”という側面もございまして」

上条「文化の?」

オルソラ「はい。当時は世界の中心だったローマ、そしてその近辺に住んでいた民族、というか部族と申しましょうか」

オルソラ「彼らが手にしていたのは粗末な石器ではなく、また獣から獲り鞣(なめ)した皮鎧でもなく」

オルソラ「当時としては最先端のローマの武器だったのです。それが例え、収奪したものだとしても」

オルソラ「また西ヨーロッパを戦かせたヴァイキングも、その足の長さで様々な文化の長所を取り入れた結果、当時としては最新式の鼻当てのついたカブトで武装しました」

上条「やってることは乱暴だけど、バカじゃない……?」

オルソラ「自分達に取って都合の良いものは取り込みます。相手が自分達より優れていれば、何をしてでも奪っていた――というだけでございますね」

上条「まぁそこまでやんきなゃ大昔に国なんて作れないわな。しかし西洋人メンタルの根源を見た気がするぜ……!」

アンジェレネ「け、結局ヴァイキングさんたちはどこへ行っちゃうんですか?」

オルソラ「支配した地域に同化して、でございますね。攻めから守りへ入り、その土地の住民として定住しました」

オルソラ「一応伝説では新大陸へ向かっただとか。グリーンランドも赤毛のエイリークが見つけたと伝えられております」

アンジェレネ「し、シスター・アニェーゼみたいな?」

オルソラ「関係があるかもしれませんよ?エイリーク達が活動していたのは、まさにスコットランドやオークニー辺りですし」

オルソラ「そこは赤毛の方が多うございますし、彼の子孫である可能性も」

アンジェレネ「ど、ドレッドですしねぇ。お洒落だと思うんですが」

オルソラ「イギリスでは何故か赤毛が嫌われておりますね。とうも可愛らしゅうございますのに」

上条「話が大幅にズレすぎてる。原型を留めてないぐらいに!」

オルソラ「――大変失礼いたしました。えぇと、シェリーさんも仰ったように、ここは、この場所で見つかったのは北欧神話に”則った”方式の墓でございます」

オルソラ「従って見つかった副葬品も十字教ではあり得ず、少なくとも魔術的な何かではなかった、というのがイギリス清教としての公式な見解になります」

上条「長かったけどなー……まぁ、レポートにも少し端折って書けそうだし、俺としては感謝だが」

アンジェレネ「じゃ、じゃあわたし達もお役目は無事果たせた、でいいんですよねっ!?」

オルソラ「はい。あとは神裂さんへ連絡し、恐らく多分まず間違いなくシェリーさんが持ち帰るのを忘れた副葬品のデータ」

上条「確信が深すぎる。いや、何となく俺も多分忘れてっただろうなぁ、っては思うが!」

オルソラ「そちらを送信すれば見事晴れてミッションコンプリーッ!で、ございますねっ」

アンジェレネ「ふわぁ……!」

上条「おっとシスター・オルソラ。この子をあんま調子に乗せないで欲しいんだ。だってツケを支払う役はどうやっても俺に決まってるもの。体験からして」

アンジェレネ「だ、団員その二!」

上条「ほら見ろ……なんすか団長」

アンジェレネ「こ、この事件の報告は全責任者がすべきだとっ!わたしは思うんですけどっ!」

上条「あ、うん行っといで。ノーパソ貸すから神裂に連絡取って」

アンジェレネ「あ、ありがとうございますっ!大役果たして見せますっ!」 ダッ

上条「いや努めて、の間違いじゃ……あ、行っちまったか」

オルソラ「神裂さんの喜ぶ顔が浮かぶようでございますよ」

上条「困惑しつつも相手が子供だから強気には出れず、でもなんか本人頑張っちゃってるみたいだし、水を差すのも憚られて根気よく話聞きそうだよな」

オルソラ「気は優しくて力持ち、でございますね。100%そうなる未来しか見え――上条さんの新しい能力でしょうか?」

上条「いいなー未来予知。そんなのあったらスピードクジで一生食っていけるのになー」

オルソラ「使い方が非常に限定されておりますが……」

上条「――それで?隠そうとしてたことって、何?」

オルソラ「隠そうと、ですか?」

上条「話が散らかるし、なんかこう酷く遠い回り道をしている感じがした」

上条「もっと簡潔に話せるのに、わざと小難しい話を入れて、みたいな?」

オルソラ「それ、だけで嘘を吐いたと仰るのですか?」

上条「んー……?俺の感想だけどさ、オルソラはもっとこう、”分かりやすく”話してくれそうってイメージがな。あるんだよ」

上条「研究者やマニアの言いっ放しじゃなくって、分かりやすいように順序立てて話してくれる、って感じで」

オルソラ「……」

上条「後は勘だな。毎日同じメシ食ってる相手が、少し体調悪かったり辛そうだったら分かる」

オルソラ「……ふう、殿方と一緒に暮らすというのも、一長一短でごさいますね……」

上条「だな。俺にとってはメリットだったけど」

オルソラ「嘘、と申しましょうか、意図的に話を難しくお話したのは確かですね。誉められたことではございませんが」

オルソラ「ですが、今回の件と無関係であるのは間違いない、という確信を得ていたと言いましょうか、できれば私の胸の内に留めて置くつもりだったのですが」

オルソラ「私が言わなかった”何か”があったとして、それはもう終わっていることですから。はい」

上条「やたら前置きが長いけど……深刻な話?」

オルソラ「考古学の話全体で見れば、たまにある話だと聞いておりますね。ある意味の風物詩だと、無責任に囃す方もいますが」

上条「いや、だからさ」

オルソラ「サットン・フー船葬墓と”ほぼ”同じ――そう、私は申し上げました」

上条「それは知ってる」

オルソラ「収められていた副葬品、ロングシップと呼ばれる船。墓荒らしが入った痕跡は認められませんでした」

オルソラ「詳しくは調べていませんし、手元にもないので推測ですが、年代も七王国時代でしょう」

上条「それも知ってる」

オルソラ「無かった、のでございます」

上条「いやいや、何も盗まれてないんだったら」

オルソラ「――あるべき筈の、『遺体』が」

上条「……はい?」

オルソラ「古墳を造る場合のセオリーとしまして、ご遺体の周囲はある程度のスペースを空けるものでして」

オルソラ「故人が潰れないように、また副葬品を壊さないように。ピラミッドの玄室のように」

オルソラ「こちらの遺跡もまた、そんな辛うじてあった空洞が、たまたま誰かが踏み抜き、陥没してしまったのが発見された原因でございますが」

オルソラ「腐食や積もった砂や埃の感じからして、遺体は最初から入っていらっしゃらなかったか。それとも、と思い当たりまして……」

上条「腐っちまったとか、最初から遺体を収めないタイプの墳墓だったり?」

オルソラ「そのどちらも可能性としてはございます。ですがお墓に故人や副葬品を収めるに当たっては、きちんとした作法もございまして」

オルソラ「大抵は故人を中心にして、厳かに整然と並べるのが普通――」

オルソラ「――しかしポッカリと穴が開いたように”空白”の部分がある以上、一緒に埋葬されていたと判断するのが妥当かと」

上条「……魔術があんだし、オルソラの懸念も理解は出来る。つーか俺だって怖いは怖いけど!」

上条「でも、仮にその、中から這い出たとして、出てきたのはもう昔の話なんだろ?」

オルソラ「最低でも数百年、最大で千年以上でしょうか」

上条「あー……っと難しい――そうだ!」

オルソラ「はい」

上条「見なかったことにしよう、うん」

オルソラ「えぇっと……?」

上条「仮になんか出てきたとしても時効だよ!きっと昔の俺らみたいな連中がお節介してそげぶした後、上手く収めてるって!」

オルソラ「一応、『幻想殺し』らしき存在は、有史以来からちょくちょく歴史に見切れてりおりますが……」

上条「少なくとも問題が起きてるってことはないんだし、俺たちは気づかなかったテイで!」

オルソラ「未来の誰かへ責任を丸投げでございますね」

上条「というかシェリーがトンズラこいたのも、なんかこう面倒臭くなった、みたいな?思った以上に話がややこしくなりなんで……」

オルソラ「……」

上条「……あるなぁ」

オルソラ「人を信じうよとするのも、また大切でございますが?」

上条「信じ”よう”って時点でもう前提からしておかしいわ」

オルソラ「シェリーさんの場合ですと、趣味スイッチがonになってしまえば仕事も寝食もお忘れになるのがしばしばでございまして……」

上条「ごめんな、俺が悪かったよ。まさか信用は信用でもダメ人間としての信用だとは思いもしなかった」

オルソラ「先程の研究者の方々とも、いつの間にかシェリーさんとの緩衝役をやってる内に顔見知りになりましたし」

上条「……あぁそれで。俺もお弟子さんみたいな扱いだったのね」

オルソラ「実際、シェリー”先生”り細かなスケジュール調整は私の方へ問い合わせが来たりも……」

上条「シスターは?俺ロンドン来てから、君らがシスターさんのお仕事してるの見たことないんだけど?」

オルソラ「いえいえ、私たちは活動修道会として日夜研鑽を積む毎日でございますよ」

上条「なんか専門用語で煙に巻こうとしてるのだけは分かる」

上条「――ま、騙されるんですけどねっ!このぐらいで今さっき深刻に話してたことは忘れたってターンになるから!」

オルソラ「あらあら。ですがそういう時に限って、というのもまたセオリーでございますよ?」

上条「はい?」

オルソラ「具体的には一つのフラグをへし折っても、別のフラグがこんにちは、という」

上条「ま、またまたー。俺はこれからスコットランドの田舎町で休暇を楽しむんだ。できればちょっと足を伸ばしてネッシー捕獲をだな」

オルソラ「世界三大ガッカリ観光地ほどではないものの、件のネス湖も中々どうして田舎まで飛ばした方の心を折るとの評判でございまして」

上条「イギリス超怖い」

ジリリリリッ、ジリリリリリリリリリリッ

上条「……」

オルソラ「あら室内電話が」

上条「――待ってくれオルソラ!」

オルソラ「はい」

上条「それはきっと敵の魔術師のこ――」

オルソラ「『はい、もしもし?』」 ガチャッ

上条「聞けよ。人のボケが途中なのにツッコミなしでスルーするって」

フロントマン『失礼致します。ベイリャルさまはいらっしゃいますでしょうか?』

オルソラ「『いいえ。ベイリャルはただいま席を外しておりますが、ご用件はなんでございましょう?』」

フロントマン『えぇとですね。エジンバラのご実家と名乗る方から緊急の電話がございまして、こちらへお繋ぎしたかったのですが……』

オルソラ「えっと……どうしましょうか?」

上条「真面目な話、大体用件だけ聞いといた方がいいんじゃ?超緊急だったら俺がダッシュで呼んでくるし」

オルソラ「ではそのように――『もしもし?用件だけで伺いたいので、お願いできますでしょうか?』」

フロントマン『はい、ではお繋ぎいたします――』 ピツ

レッサー『――私だ』

上条「ネタ古っ!?」

オルソラ「カトちゃんケンちゃごきげんテレ○の再現でございますねっ」

上条「どうしてオルソラは30年前のネタを知っているの?」

上条「てゆうか再登場はえーよっ!朝ぶりだよ!執事さんトランク焼却してくれなかったのかよ!」

レッサー『……くっくっく!あのジーサンは世代を超えた絆で結ばれた仲!上条さんの命など聞くもんですか!』

上条「ちなみに何仲間?」

レッサー『「イジって遊ぼうベイロープで!」仲間です』

上条「予想通り過ぎてビックリともしないわ。てか雇用関係で人選を間違ってる」

レッサー『まぁそこはそれ蛇の道はなんとやらですので――つーか、そこにベイリャル家のご令嬢サマいらっしゃいません?』

レッサー『さっきから通信用霊装とケータイに連絡送ってんのに、反応がないんですよねぇ』

オルソラ「ベイリャル様は、ただいま公式な会談中ですので、電源を切っているものかと推測されるのでございますよ」

レッサー『そうですかー、まーうん、緊急って訳でもないんですけど、多分一報入れなかったら入れなかったでぶち切れると思うんで』

上条「ぶち切れるんだったら緊急以前に大切な用事だろうが。さっさと話せよ」

レッサー『あれはですね、私がまだ学校へ入る前の話でした――』

上条「長い長い!遠回りするにしてもお前の回想経由ってどんだけ寄り道するんだよ!」

オルソラ「どんなオチになるのか気にはなるのですけど……」

上条「あ、ダメだ!甘やかすと調子に乗るから!」

レッサー『最後にトムはこう言ったんですよ――「トコロテン、食うかい?」ってね……ッ!!!』

上条「だからかれこれ30年前にネタになったアニメをどれだけ知ってると思ってんだよ!」

レッサー『超巻きで話しましたのに……』

オルソラ「何をどうされたらそのオチになるのか、余計に中身が気になり始めたのでございますが」

上条「オッケー分かった!それベイリャルさんに伝えればいいんだな!あとで存分にシバかれるといいよ!」

レッサー『待ってつかーさい上条さん!軽いジャブ打ったらケツビンタがカウンターだなんてレートが釣り合っていませんよ!?』

レッサー『むしろご褒美じゃないですか!お釣りそんなに持っていませんって!』

上条「――はい、お疲れー」

レッサー『本気で待ってください。いや執事のジーサンから「ケータイ繋がらないどうしましょう」ってマジ頼みされたんで』

上条「人選ミスだな。つーかなんで通信用霊装知ってんだよ」

レッサー『まぁ非常時ですしねーえ、つーかまぁ簡潔に本題入るんですが――』

レッサー『サー・ベイリャル、つーかベイロープ親父取っ捕まりました。大量殺人の容疑がかかっています』

上条「――は?」



――バラフーリッシュ ホテル

上条「え?なに?どういうこと?なんであのオッサンがお縄になってんの?」

レッサー『……』

上条「もしもーし?レッサーさーん?」

レッサー『教えて欲しいんだったらそれなりの態度があるんじゃないんですかねぇ?』

上条「オイ誰か!レッサーの近くに誰かいるんだったら今すぐ殴ってくれ!俺が許す!」

レッサー『おっと待って下さいな!割と本気で実行に移すアホばっかいるんですから私の周りは!』

上条「いいか?日本には『類は友を呼ぶ』ってことわざがあってだな」

レッサー『その言葉そっくりそのままマホカン○しますよコノヤロー。あなただってユカイな仲間達に囲まれてヨロシクやってんじゃないですか、ケッ』

上条「……やめよう!泥仕合になりそうなことはどっちもどっちだ!」

オルソラ「”どっちもどっち”は往々にして都合が悪い方が誤魔化そうとして使う場合が多うございますが」

上条「だから話を聞かせろよ!話をさ!」

レッサー『そうですねーどっから切り出したもんか迷いますが……まず最初は冒頭から行きましょうか』

上条「手短にな?伝言ゲームする必要があるって分かってるよな?」

オルソラ「”まず”と”最初”が二重になっておりますが」

上条「オルソラ、しーっで頼む。コイツのボケを一々捌いてたら時間が足りない」

レッサー『最初はね、ボーイミーツガールだったんですよ。なんの力も能力もない少年が少女と出会う』

レッサー『今まで出会わなかったタイプの二人が出会い、そして恋に落ちるのは一瞬。まぁ定番で恐縮ですけど、ここは外せないと』

レッサー『しかしそこへ忍び寄る魔の手!HENTAIと中二病と趣味の悪さが同時発症した三重苦のオッサンに付け狙われますな!』

レッサー『少年は善戦するも少女から手を離してしまい――』

オルソラ「……えぇと、質問。宜しゅうございますでしょうか?」

レッサー『はい?なんでもどうぞ』

オルソラ「ここまでのお話のにどこにサー・ベイリャルが当て嵌まるのでしょうか?三重苦の男性、もしくは少年の方で?」

レッサー『あ、すいません。今のは私が書いてる小説のあらすじでした。WEB投稿小説に募集して一発当てようかなぁって思って』

上条「知ってるわ!時期的にも超知ってるわ!お前それ最後ロリコ×がバルスで目が目がってオチのやつだろ!」

オルソラ「私も、よく似た話だなぁ、とは思っていたのですが……世界的に有名なジブ○からの盗作は、はい。全方位で敵に回しますので」

レッサー『したり!何を仰いますかシスターなんとかさん!』

レッサー『極東の島国ではあからさまな盗作でも、筆者が出版社賭けて売りだそうとしている場合、「引用」で超絶ゴリ押しって聞きましたっ!』

上条「やめて?関係各位に本気でケンカ売りに行くのやめて?」

レッサー『小説から多数パクった上に、盗作がバレると開き直って全文公開!文学性というフワっとした言葉でなんとかしようとする姿勢は素晴らしいかと!』

上条「なぁレッサー、お前ちょっと今からこっち来れないかな?取り敢えずその幻想ぶち殺そうと思うからさ」

上条「なんだったらエジンバラの駅辺りで待ち合わせしようぜ?お前といい加減に決着付けたいんだよ、後腐れないように」

レッサー『くくく……!いいんですくわああぁぁ!そんな事言って!私の気分を損ねたらこの情報はあなた方には伝わらない!』

レッサー『そして!後日ケツバットされる私!』

上条「お前そのMP足んないのにメガン○連射するのどうにかならないの?AIバグってるよ?」

オルソラ「身を削って笑いを取るのは、昨今の芸人の方々へ対する警鐘とも……」

レッサー『では手始めに脱いでもらいましょうか!様子は写メ撮ってこっちへ――』

バスッ!!!

レッサー『……』

オルソラ「なんでございましょう……横隔膜を打ち抜くような音が」

上条「よく分からないが、これだけは言わせて貰おう――『誰か分からないがもっとやれ』」

ランシス『あー……もしもーし?聞いてる?』

上条「チェンジありがとう。できればラピュ○バルス始まる前に殺ってほしかった」

ランシス『うん……』

上条「……」

ランシス『……』

上条「いやだから教えてくれよ。ベイリャルさんどうなったの?」

ランシス『んー……?逮捕、されたの、かも?』

上条「”かも”って」

ランシス『法廷、今日、開かれた。っていうか、裁判官が間に入っての調停……非公開……ひひっ』

ランシス『そして、来ない、超、ウケ……あふんっ』

上条「お前なんかヤ×でもやってんだろ?」

フロリス『――ハーイ、ごめんナー。アレがアレで調整中だからハイんなってんだけなんだワ』

上条「レッサーを伝言役から遠ざけたのは英断だが、もっとせめて説明できるヤツ出しなさいよ!」

フロリス『ウッゼ黙れ。こっちも忙しいんだよヨ、ヴゥワァァァーーーッカ!』

上条「……」 ジーッ

オルソラ「はい?」

上条「俺もうオルソラだけでいいと思うんだ」

フロリス『電話口で超絶ご機嫌じゃネーカ。切んゾ、アァ?』

上条「一応謝ってはおくけど、連絡係をレッサーアホに任せた君らにも責任はあると思うんだよ」

フロリス『知らネ――で、ダ!こーとーべんろん?』

上条「あぁ『口頭弁論』」

オルソラ「民事裁判の前に当事者同士でO・HA・NA・SHIするのでございますよ」

上条「そんなんでまとまるか……?」

フロリス『ヤーそれがナ。ベイロープ親父超気合い入れて行ったんだよ、お抱えの弁護士の他に法廷用に猟犬連れてサ』

フロリス『したらヨ、来ねーでやんの。すっぽかし』

上条「来ない?誰が?」

フロリス『相手だヨ。トラなんとかって元民間軍事会社のヤツだ』

オルソラ「弁護士へ任されていれば、代理人同士で当事者が顔を合わせることなく契約を交わすのも珍しくございませんが」

フロリス『それがサー。ベイロープ親父が判事に相当”強く”お願いしちゃったらしくてナー?』

フロリス『「当事者が必ず出廷すること!」みたいナ?』

上条「汚い。流石上流階級することが汚い」

オルソラ「いえ、今回の訴訟ですと、ともすれば国家国民の共有財産になろうかというものですので、気合いの入り方もまぁ分からなくは……」

フロリス『んでナー、トラなんとかの弁護士脅してダ。依頼人の隠れ家、つーかアジト吐かせたんだヨ』

フロリス『そいでもって即日「古代文化・芸術の保存命令」――ってアホどもから理屈を付けて取り上げようとしたんだワ』

オルソラ「類い希な遺跡、遺物を保存するための条例であって、強制執行は認められてはいないのですが……」

上条「本当に怖いわ。その行動力が」

フロリス『速攻DCMS、こっちの文科省の職員たちをダ、道に不慣れだからってたまたま・・・・送っていった警察”隊”が踏み込んだ――』

フロリス『――ラ、全員くたばってた。ベイロープ親父、警察で事情聴取ジャカジャン』

上条「……は?くたばってって、なんで?」

フロリス『サー知らネ?鑑識待ちじゃネ?』

オルソラ「発見されたのも」

フリロス「ベイロープ親父の弁護士から電話かかってきたのが、つい20分前。なんか帰って来いってヨ。大変だネー」

上条「そっか。それじゃ俺たちも――」

フロリス『来んナ。ゼッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッたいに、来んなヨ』

上条「いやいやいやいやっ!お世話になった人がピンチなのにこっちでネス湖観光はマズいだろ!道徳的に!」

オルソラ「ネス湖遊覧の予定はございませんが……」

フロリス『アー……じゃあナ、考えてみようゼ。落ち着いて、冷静にダ』

フロリス『スコットランドこっちで魔術関係っぽい諍いがあったんだヨ。まぁ結果的にゃシロだったんだケドも』

フロリス『そこへ、そこに、首突っ込んできたのがいたんだワ。EU最悪の魔女狩り結社が』

上条「おいおい、魔術師どころか一般人すら対処が難しい俺ら相手に何言ってんだよ」

オルソラ「悲しいまでの自己分析ですね」

フロリス『うン、マァマァ戦力外の名前ばかりの使節団受け入れて、ソツなく対応しぃーノ送り出したんだヨ。ベイロープ親父は』

上条「今更だけど名前呼んでやれよ。偉い人なんだから」

フロリス『――の、翌日。対立していた連中が皆殺しになっていたんだゼ。サー、犯人は誰……ッ!?』

上条「動機があるのはベイリャルさんだな。自分とこの文化財に横車入れられて怒ってた」

上条「――けども!それが相手を殲滅するか、って言えばしない。だって無理筋だから」

オルソラ「そもそも元とはいえ民間軍事会社、しかも武装解除されていない相手をどうにかするだけの力を持つ方は少ないのでございますね」

上条「いないことはないんだよな。グレムリン本隊に『必要悪の教会』」

オルソラ「戦力だけで見ればローマ正教や学園都市も含まれるのでございますよ」

上条「その中で、連中に恨みを募らせてて、かつ実行力もあって分別がないヤツは――」

上条「――あ、犯人俺らだ!?」

オルソラ「隙のない名推理でございますねっ」

フロリス『二人して現実逃避してんじゃネーヨ。戦えヨ』

上条「やってないし、実際にそんな能力ないんだが!確かに第一容疑者は俺ら以外にいねぇわ!」

フロリス『だから帰って来んナ。不可能犯罪だからオマエらが取っ捕まるのは難しい……だろうケド』

フロリス『ベイロープ親父にしてみりゃ「穏便に対応してやったのに面子潰された」って解釈も出来るワケだ、ウン』

上条「い、いやでも俺が言うのもなんなんだが、『必要悪の教会』がンなまどろっこしい手、使うか?もっと直接ぶっ込むような……」

フロリス『同感だゼ。一々相手に了解取ったり、ダミーの使者寄越したり”真っ当な”連中じゃねーんだヨ」

上条「その信用のされ方も大概だな」

オルソラ「遺物はどうなったのでございましょう?」

フロリス『そんな照会フツーは後回しじゃネーノ?まずは犯人探すだロ、傭兵どもをぶった斬ったやつが野放しになってんだからサ』

上条「おい待てコラお前今何つった?」

フロリス『ベルギーくたばりやがれ』

上条「サッカーじゃねぇよ。負けた相手が上位へ入って微妙な気分になってるのは俺らもだからな」

オルソラ「イングランドとフランスの泥仕合に期待されていた方も……」

上条「『斬った』?銃でも魔術でもなくて、『斬った』?」

フロリス『刀剣型の霊装である可能性はあんナ。つーかそれしかねーヨ』

上条「もう完璧なまでに嫌な予感しかしねぇな!」

フロリス『ベイロープに伝えたとけヨ。じゃーナ』 ピッ

上条「あっはい、どうも――はぁ」

オルソラ「ことごとく悪い方へ向かう展開になっておりますねぇ」

上条「アンジェレネを拾って、ベイリャルさん呼びに行ってくる。オルソラは悪いけど、緊急の電話来るかもだから」

オルソラ「待機でございますね。かしこまりました」

上条「それとも神裂と連絡取るのが先かな……どうしたもんか」

オルソラ「あの、シスター・アンジェレネにはどうお伝えするのでございますか?」

上条「どうって?」

オルソラ「明日のレクリエーションを楽しみにされてらっしゃいますし」

オルソラ「私たちがしばらくこちらへ足止めになるのでしたら、秘密にしておく、という選択肢もあるかと」

上条「あー……気持ちは分かるが、隠したら怒ると思うぜ?」

オルソラ「子供扱いされた、と?」

上条「いやいや。実質はともかく団長やってんのはあの子なんだから、団長に情報渡さずに団員その一とその二だけで判断していいことじゃない」

オルソラ「失礼いたしました。余計なお節介でございますね」

上条「オルソラの気配りには賛成したい心情も結構あるんだわ。ただそれが現状ではマズい」

上条「魔術の世界を知って、アニェーゼ部隊として立派――か、どうかはさておき、一員としてやって来たんだから、蚊帳の外へ置くのはどうかと思う」

上条「チームとして仲間としてやってんだから、まぁ一応は?」

オルソラ「本当に」

上条「うん?」

オルソラ「本当に隠し事は難しいのでございますね」

上条「まぁな。じゃちょっくら呼んでくるよ」

〜10分後〜

アンジェレネ「な、なんで言っちゃうんですかぁ!?秘密にしてくれた方が知らないですんだのにぃ!」

上条「ごめんなオルソラ。やっぱ俺なにも分かってなかったわ」

アンジェレネ「ま、まったく!団員見習いさんはもっとシスター・オルソラを見習って下さいよねっ!」

上条「そして謎の降格!?団員ですらなくなったな!」



――夕方

ベイリャル家令嬢「まずごめんさない。誰のことか分からないけど、あのアホは後日必ず折檻するから!誰のことかは分からないけど!」

上条「アンジェレネ回収して戻って来たらもう一人がなんで錯乱してんだ」

オルソラ「あぁいえ、こちらへ直接お戻りになり『詳しく』と仰ったので。つい」

アンジェレネ「あっ、あー。ありのままを話して余計面倒臭いことになっちゃいましたかー……」

上条「なんて言ったいいのか分からないけど、犯人は俺たちじゃないんですが……」

ベイリャル家令嬢「今までのが全部演技だって言うのなら、見破れる人間はシャーロックか人間不信のどちらよね。疑おうとすら思っていないわ」

ベイリャル家令嬢「仮にイギリス清教かその関係者が関与していたとして、使者を送って同時に暗殺者を送りつける、なんてあからさま過ぎる」

上条「『俺たち怪しいです!』っつってんのと同じですよねー」

オルソラ「お言葉ですが、 『必要悪の教会』のローラ=スチュアート様は権謀術数に長けた方、との噂でございまして」

上条「不安にさせるように事言わないで!俺も内心『あ、でもあいつらなら俺らを囮にするよな?てか何回かされなかったっけ?』って考えてんだから!」

アンジェレネ「な、なんという説得力!あえてこの人畜無害っていうか、一般人にも負けそうなメンバーを送り込んだのも……!」

ベイリャル家令嬢「全員でボケるのやめて。私だって専門じゃないんだからツッコミが追い付かない」

上条「おいおい、ツッコミしか能の無いやつがいるみたいな言い方はやめてもらおうか」

アンジェレネ「じ、自覚は……あるんですね」

オルソラ「極めて遺憾でございますよね。他にもラッキースケ×や男女平等パンチなど、引き出しは広いので」

上条「一般人パーティで仲間割れが発生してんな?今こそ団結力が試されるときなのに!」

ベイリャル家令嬢「私が悪かったから戻って来て。長々と付き合ってる暇もないのよ」

オルソラ「それは失礼を。委細、お伺いしても宜しいのですか?」

ベイリャル家令嬢「勿論よ――と、言いたいんだけど、話せることが何もないのよ。警察に現場を抑えられているし、鑑定は時間がかかるし」

ベイリャル家令嬢「事件が事件だから……まぁ、面子からして徹底的に調べ上げるとは思うわ」

オルソラ「報道されればテロ事件として処理されるでしょうが……」

上条「今、ニュースが飛び交ってないってことは、情報規制?」

ベイリャル家令嬢「もしくは無かったことになるかね。ただしそんなことにはならないと思っているわ」

アンジェレネ「ま、魔術関連ですし、ここの組織の方が圧力をかけるんじゃないですか?」

ベイリャル家令嬢「あーっと……張り切ってるらしいのよ」

アンジェレネ「け、警察の方がですか?それとも組織の方が?」

ベイリャル家令嬢「言いにくいんだけど、その……父が」

上条「あー……うん、そう、ですよね。流石に誰が犯人か分からないが、冤罪でぶち込まれれば激おこするわな」

ベイリャル家令嬢「そっちじゃなくて。そっちの動機もあるでしょうが」

上条「どっち?」

オルソラ「元々ここまで事態を拗らせていた元凶……イングランドへの嫌がらせのため”だけ”に、指名手配中の方々をここスコットランドで匿っておりました」

オルソラ「サー・ベイリャルは親イングランド派として活躍しており、一説には敵対派に娘を差し出して和平を貫こうとされていました」

上条「あぁ政略結婚」

ベイリャル家令嬢「どっかのおバカどもが見合い話をぶち殺してくれたお陰で立ち消えになったけどね。お陰様でね!」

オルソラ「政敵が嫌がらせで、かるーい気持ちで受け入れた方々が謎の死を遂げられ、かつ迷惑が一心に降りかかってございますので。はい、サー・ベイリャルへ」

ベイリャル家令嬢「そして被害者の方が最新鋭の、下手すれば米軍も持っていなそうな兵器を少なからず持っていたのよ」

上条「超テロリストだよな」

アンジェレネ「ちょ、超テロリストですよねぇ。言い訳できないぐらいに……」

上条「ベイリャルさん、胃は大丈夫か……?」

ベイリャル家令嬢「『自分を冤罪に陥れた』って政敵を攻撃できるって、そりゃもう張り切ってるらしいわ」

上条「スゲーな広義のイギリス人!レッサーを生んだ土壌は伊達じゃなかったな!」

ベイリャル家令嬢「――と、いう訳でお客様にはお詫びの言葉もないのだけど、私は急いでエジンバラ戻らなくちゃいけないの」

上条「俺たちも一緒に戻る――のは、マズいんだっけか」

ベイリャル家令嬢「第一容疑者がイギリス清教、僅差の次点でグレムリン。ただしどちらも極めて動機に乏しい」

ベイリャル家令嬢「戻ってもこっちは、まぁ構わないけど……」

上条「できればこっちで大人しくしててくれた方がありがたい?」

ベイリャル家令嬢「……『必要悪の教会』の使節団の行動を、こちらの意向で制限するのはできないんだけど……」

オルソラ「政治的な配慮によりこちらへ逗留したく存じます。長距離を移動して疲れておりますし」

アンジェレネ「で、ですねっ!」

ベイリャル家令嬢「ありがとう――それで後任というか、別の人間を知り合いから」

上条「あ、結構です。もしくは知り合いじゃない方をお願いします」

ベイリャル家令嬢「正式なゲストなんだから、それなりに」

上条「大丈夫だ!自分の身ぐらい自分達で守れる!」

ベイリャル家令嬢「そ、そう?だったら知り合いじゃないけど、行動力と瞬発力だけはある通訳の子を送るわ」

上条「持て余すからって無理矢理レッサー押しつけるなよ!どうせどこにいたってトラブル起こすんだから、被害担当はそっちでいいじゃないか!」

アンジェレネ「な、なんか醜い争いをされているようですけど」

オルソラ「社会の縮図でございますね。ダチョ○式押しつけ合戦とも申しますが」



――ビジターセンター 夕方

上条「――助けて下さい神裂さん」

神裂(ネット通信)『すいません。こちらのWEBカメラには床に這いつくばっている黒いウニのようなものと、シスター・アンジェレネの顔しか見えないのですが』

アンジェレネ「つ、通信繋がった思ったらDOGEZAを敢行されていましたっ」

神裂『奇しくも学園都市で私がしたのと逆になってはいるんですが……』

上条「次から次から次へと俺たちに襲い掛かるトラップ!大半は顔見知りの犯行だ!」

神裂『ですから、何が?』

アンジェレネ「ほ、ホスト役の方のお友達が顔見知りだったとかで。というかつい10分前に『大丈夫だ!』と言い切った自信はどこへ……?」

上条「大丈夫だとは言ったが、本当に大丈夫だとは言ってない」

アンジェレネ「ま、ますます信頼失うパターンじゃないですかねぇ」

神裂『まぁ概要は伺って……は、いませんが、大体想像はつきます』

上条「あ、やっぱお前らが犯人だったのか」

神裂『上条当麻、そこはせめて疑問系にしましょう?親しき仲にも礼儀ありとは、昔から言われているのですよ』

上条「というか俺たちがアウェイなのによくも仕掛けたなコノヤロー!でも大丈夫!ステイルに何回かされてっから耐性はついてる!」

アンジェレネ「た、耐性ってつくもんでしょうか、ねぇ?」

オルソラ「人間業ではございませんね」

神裂『冤罪だと思います。少なくとも私の知りうる限り、イングランドでクソ忙しい中、わざわざスコットランドへ地雷踏みに行くバカは――』

神裂『……』

神裂『そ、そんなには?いないと思いますよ?』

上条「疑問系にしろって言った方が使ってんじゃねぇよ。お前がアクの強すぎる同僚を信じ切れてない感は分かるが」

オルソラ「そちらも進展は何もなし、でしょうか?」

神裂『はい、悲しいほどに何も。実はロンドンは結果であり、「現場はもうそっちでいいんじゃないかな?」と、いう声が出て来ているぐらいです』

上条「推論がやっつけすぎる」

神裂『詳しくは控えますが、術式を構築された段階から点検するような感じで』

オルソラ「ヘンリー8世でございますねっ。イギリス清教をローマ正教から独立させた方なのですよ」

神裂『詳しくは省きますがね!具体的には雑談混じりでは言えないようなお話ですので!』

上条「今更だけどこの方法で通信してて大丈夫か?かーなーりー今更だけど」

神裂『大した事は喋っていませんからご安心を』

上条「まさかとは思うけど、この通信そのものが囮じゃねぇだろうな?人をいつもいつもルアー扱いしやがって。ブラックバス釣りたいか!そこまでしてな!」

神裂『その質問へ「そうだけど何か悪いのかい?」と答えるのが、同僚達の悪い所でありまして……』

上条「甘いな神裂!ステイルだったら『あぁ悪いね。次から一声かけるからまぁ頑張って』って謝罪になってない謝罪をするはずだ!」

アンジェレネ「え、エミュレーター対決では上条さんの勝ちですかね」

オルソラ「男同士の友情は美しいものでございますよ」

神裂『まだ別れて数日と経っていないのに、あなたの荒みっぷりには正直引きます』

上条「俺はもう鉄と血で彩られた世界観なんてウンザリなんだ!ハギス捕まえてネス湖行って癒されるんだよ……ッ!」

神裂『ハギスにどんな夢を抱いてるんですか……まぁ、そちらの事情は把握しました。その場に留まる判断を尊重したく思います』

アンジェレネ「く、詳しい事件の詳細は分からないんでしょうかっ?」

神裂『管轄外、ということになっていますので、緊急性に乏しい案件について早くお伝えするのは難しいかと』

オルソラ「私とシェリーさんの見立てが間違っていたのでしょうか……?」

神裂『ぁぁ例の”剣”ですか。イギリス清教が誇る解析の両傑が出した分析である以上、余人がそれ以上の精度を出せはしないでしょう』

神裂『しかし相性と専門の問題もある、と騎士派の方々から意見がありましたので、派遣されて行くことになるかと』

オルソラ「自身の未熟さを痛感するばかりでございます」

上条「相性?」

オルソラ「もしくは専攻と申しましょうか。私が得意としているのは十字教とそこから派生した神学と神秘学の分野です」

オルソラ「シェリーさんはユダヤ教のカバラと古代から現代にまでかけての祭祀と芸術が得意なのでございますよ」

上条「その範囲だったら漏れはないんじゃ?」

神裂『騎士派は十字教や、十字教に組み込まれた英雄譚を得意、というか術式を組んでいる方が殆どです。魔術の中でもより”実戦的”ですから』

オルソラ「従って私たちの知らないような魔術的な記号や符丁、もしくは代々隠匿されてる術式や霊装が分かるのではないかと」

神裂『それでも極めて望み薄ですがね。幸い、と言いますかシェリーもこちらへ帰還していますし』

アンジェレネ「わ、わかりましたっ!わたし達は彼らと一緒になって犯人を捜せばいいんですねっ?」

神裂『しなくていです。話がこじれます』

神裂『――っていうかシスター・アンジェレネ。同行者の非常の悪い影響を受けています。どうか自重して下さい』

神裂『そしてあなた達が何故スコットランドへ赴いたのか、よーく思い出して見て下さい』

上条「遠回しに俺へ『余計な事すんなよ!絶対にするなよ!』って圧をかけてくるのはやめてくれ。いくら俺だってここで空気読まないわけじゃないぞ」

神裂『遺跡の真贋も終わったんですよね?』

オルソラ「考古学的には掘り出し物でございます。近くに専用の博物館が建ってもおかしくないぐらいです」

神裂『こちらの意味では?』

オルソラ「……お墓として魔術的な意味を持たせたり、再利用するのは難しいかと」

上条(あぁいるべき筈の墓の主がいないんだっけか)

神裂『委細承知いたしました――使節団団長、シスター・アンジェレネ!』

アンジェレネ「は、はぃぃっ!」

神裂『イギリス清教の使節団として恥じない働きでしたね。お見事でした』

アンジェレネ「あ、ありがとうごしゃっす!」

上条「噛んでますよ団長。よりにもよってそこで」

神裂『当初の目的は果たしましたが、帰ってくるまでがお使いです!決して、決して気を緩めぬように!』

アンジェレネ「は、はいっ!」

上条「(いつもこんなんやってんの?)」

オルソラ「(たまにはサービスも宜ろしいかと存じますが)」

上条「偉い人ごっこしてる最中に悪いんだが、結局俺らはどうしたらいいの?お役御免?」

神裂『遺跡の調査と事件の捜査は別の人間が担当いたしますので、いつ帰って来ても――という訳には行かないんでしたか』

上条「一応は被疑者の一人だからなぁ。犯人の目星が付くか、もしくはベイリャルさんが犯人をでっち上げるか決めるまではな」

神裂『後半は何も聞きませんでした。えぇなにも私は耳にしていませんともイヤ本当に』

オルソラ「流石は『必要悪の教会』が誇る穢れなき聖人様でございますね」

アンジェレネ「け、穢れない人が汚れ仕事メインの職場にいてもんなんでしょうか。ね、ぇ?」

神裂『ともあれ!役割はきちんと果たしたので暫くはのんびり逗留されるといいでしょう!のどかな観光地だと聞き及んでおりますが!』

上条「言葉選びやがったなコノヤロー。WEBカメラで外映してやろうか?開いてる店はパブとホテルしかねぇんだよ!まだ夕方なのに!」

オルソラ「見渡す限りの森と岩山、低地が多いイングランドの方には中々刺激的な風景なのですけど」

アンジェレネ「ろ、ロンドンと比べると罰ゲーム的なっ、え、えぇ不満がある訳ではないんですけど」

神裂『気持ちは分からないでもないですけど、ロンドン残留組はそりゃもう酷い事になっているんですからね?あなた達はあなた達の幸運を噛みしめた方が良いかと』

上条「……マジで?そんなに煮詰まってんだったら」

神裂『シスター・オルソラと寮母代理が出て行ってからの寮の惨状、なんでしたら後で画像でも送りますが?』

上条「子供たちだけを家に残して旅行へ行った母親の気分!俺だけでも帰りたい!」

アンジェレネ「ほ、ホームなアローンのなのですねっ」

オルソラ「あー、盲点でございましたね。家事スキル持ちが二人欠けると、雪崩を打ってダメな方ダメな方へと向かうのは必然でしょうか」

神裂『私もあなた方を送り出してから寮へ戻っていないので、あくまでもシスター・アニェーゼからの伝聞に過ぎません』

神裂『ですので多少誇張している部分も……あるといいなぁ、と願わずにはいられません』

オルソラ「ちなみに子供を一人にすると犯罪になる国もありますので、現行法だとあの映画のご両親はアウツ!で、ございますね」

上条「映画もいいんだが、その映画を見るネット環境ですらないんだよ。まさか朝から晩までフリースポツトに居座る訳にも行かないし」

アンジェレネ「き、今日すれ違った観光客が0人ですし、気にする必要はないかと」

神裂『トレッキングコースでも散策するとか、地元の町興しイベントにでも参加したらどうですか』

アンジェレネ「あ、あとノーパソ借りたとき、『映画』のフォルダにやたら大きい動画が大量に入っていましたし、それを見れば――」

上条「――さっ、神裂さん!通信はこのぐらいにしないと!なんせイギリスでは一大事だから!大事な時間を無駄にしちゃいけない!」

神裂『……いえ、ですからもう手詰まりになってしまっていて、正直私もそっちへ行きたいなぁ――』

カチッ

上条「あー切れたわー。話終わってたからいいものの断線しちゃったわー」

アンジェレネ「た、単純に通信ソフトを終了させただけに見えるんですけど……」

オルソラ「ともあれ方針も決まりましたし、部屋へ帰って動画鑑賞などを」

上条「あ、操作間違ったわー。ゴミ箱へ入れずにダイレクトにファイル消しちまったわー」 カタカタカタッ

オルソラ「あ、噛んでしまいました。頂いた遺跡に関する動画を見なければいけませんね」

上条「騙したなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!俺がこっそり集めていた何の変哲もない動画を消しちまったんだぞ!」

アンジェレネ「な、何の変哲もないんだったらいいんじゃないですか」

上条「あとはもうルームランナーを延々走るシェルティーの動画ぐらいしか……!」

アンジェレネ「ちょ、超見たいです。そういうのでいいんですよ」



――――バラフーリッシュ 森林公園予定地 翌日の夕方

司会『――誰しもが知る真実……曰く、イギリスの飯が不味い。食えたもんじゃない。キャンベル(豚)のエサ……』

司会『そして実際!”煮る・煮る・煮る”とお前ら鍋しか持ってないのかとツッコむ料理法!鍋がそんなに好きか!』

司会『イングランドが苦しむのは見てて楽しいけども!我らスコットランドにとっちゃクソッタレだ!』

司会『マクドナルド氏族の紳士淑女の諸君!お前らが食いたいものはなんだっ!?』

観客『ハギス!ハギス!ハギス!ハギス!ハギスッ!』

司会『血の滴るその肉を!外はカリカリ中ジューシーな食感を!実は「ちょっと苦手なんですねー」とホザく女子を引っぱたけ!』

観客『ハギス!ハギス!ハギス!ハギス!ハギスッ!』

司会『聞け!今宵集いしハギスの狩人達よ!食物連鎖の頂点に立つ霊長類よ!』

司会『満月の夜にひょっこり表れるバカなハギスを――』

司会『――我々がっ!ハギスをっ!食う……ッ!!!』

観客『オオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!』 ドンドンドンッ

上条・アンジェレネ「……」

アンジェレネ「よ、予想以上にアレなテンションですけど、だいじょぶ、なんですかねぇ……?」

上条「帰ろう。草食男子には荷が重すぎる」

アンジェレネ「か、帰ろうとしないでくださいよぉ!参加登録しちゃったんですからぁ!」

上条「いやでもこれ無理あるだろ?『ハギスハント』なんて言ってるもんだから、てっきり蛍狩りレベルだと思ってたんだよ」

アンジェレネ「あ、あー知ってますよモミジハント。シューガクリョーコーの定番ですよね」

上条「そしたらどうよ?全員ガチでハギスを絶滅させようかって勢いだ」

アンジェレネ「そ、それはイベントであってガチじゃない、かもですが」

上条「そりゃあな。君と同じぐらいの子供は虫取り編みや木の棒を装備してんだよ。まぁそれは分かる」

アンジェレネ「わ、わたしは子供でないですけどもっ、まぁ背格好は同じぐらいですよねっ!」

上条「というかシスター服脱いで白のワンピース着てる君は、あん中へ入ったら違和感なく溶け込めると思うが」

アンジェレネ「い、一緒にしないでくださいっ!今日は虫取り網も装備してますから!」

上条「会場の入り口で貰ったんだけどな。まぁそれはいいんだよ、些細なことだからな」

上条「それよりか見ろよあっちにいるオッサンたち。ショットガンとライフルで武装してんだぜ?」

アンジェレネ「ひ、ひいぃっ!?」

上条「他にも銃は持っちゃいないが、迷彩着たヤツとか魔法使いの格好したヤツとか、ちょっとした仮装大会になっちまってんだけどさ」

上条「これ……まさか主旨が別のイベントじゃないのか?ハギスハントはオマケで、メインがバーベキュー的な?」

アンジェレネ「ちょ、ちょっとお待ち下さいねっ!さっきもらったチラシに書いてありますから、え、えぇっとぉ」

アンジェレネ「ま、まず最初にグループごとに森へ入り、野生のハギスを探しますっ」

上条「少数ずつで行くのな。野生動物探すのに適当だとは思わないが……」

アンジェレネ「も、森の奥まで行ったら、ハギスの祭壇へカードを置き、帰ってきてください」

上条「やってることが日本の肝試しじゃね?」

アンジェレネ「か、会場に帰ってきたら、事前に捕まえていたハギスの肉詰めでバーベキューです……ッ!」

上条「本当に地方の町興しイベントだな!ついでに少子高齢化もなんとかしようってアホの運営が企んだ的な!」

アンジェレネ「こ、これはちょっと、ですよねぇ」

上条「あぁそうだな。」

アンジェレネ「い、イベントに参加するのはタルいんで、肉を焼き始めたら合流するってプランはどうでしょう?」

上条「俺が言うのもなんなんだが、君らは俗世間に毒されている。初めて会ったときのファナティックぶりはどこ行った?」

アンジェレネ「に、任務失敗で即・人生ボッシュートする環境で育てば、ま、まぁ誰だって荒むかと……」

上条「神様って不公平だよな。いつか会ったら殴っておこう」

アンジェレネ「や、やめてくださいね?上条さんは本当に遭遇する可能性があるんですからっ!」

上条「というかさっきから実は気になってたんだが」

アンジェレネ「あ、あー、わたしもです。会場の隅っこの方でたまに動く……直立したカモノハシ……?」

上条「マスコットキャラなんだろうが、今から俺たちはあいつを虐殺しに行くってことなんだよな……!」

アンジェレネ「つ、つぶらな瞳が悲壮感を漂わせていますねぇ」

係員「さーせーん。次の組どうぞー」

上条「あっはい。覚悟決めろ」

アンジェレネ「うぅ……楽してハギス肉ゲットするはずが……」

係員「ライトは……持参してるっすね。でははりきって行ってらっしゃーい」

アンジェレネ「あ、あのっ!ハギスを捕まえるにはちょっと装備が足りないかなって思うんですけど!」

係員「はい?」

上条「あっちのおっちゃん達、ゲリラ戦でもやんのかっつーぐらいの重武装してんのに、年少組が微笑ましい格好で大丈夫?って話だ」

係員「あのおっさんども、退役軍人で暇と余生を持て余している連中なのでヘーキっすわ。つーかパブに来んのもあの格好だし」

上条「おっそろしいな銃社会」

係員「や、勿論違法なんだけど、『まぁこいつらバカだし言っても聞かねぇだろ』って警察が放置してるんで」

上条「放置の仕方がハンパねぇな。職務怠慢にも程がある」

係員「つーかそもそも野生のハギスなんて……」 チラッ

アンジェレネ「な、なんです?」

係員「本当に捕まえられたらギネス載るっす!頑張れ小――女よ!」

アンジェレネ「ま、迷いましたよねぇっ!?今わたしっワンピース着てたのに少年か少女でっ!?」

係員「最近はそういう趣味の親御さんもいるんで、その……難しいっすわ」

上条「全力で未来に生きてんのか、ダッシュで過去に走ってんのか。評価が分かれるところだよな」

係員「ま、もし見つけられたら町総出で英雄にされるっすから、頑張って見つけてきて」

アンジェレネ「ま、任せて下さいっ!わたしも人生ピークに達してなんでやれそうな感じですっ!」

上条「早ぇなピーク」



――森の中 夜

上条「……」

遠くからの声『……キャーーーーーーーーーーーーーーッ!』

アンジェレネ「……ひぇっ……!?」

上条「……」

遠くからの声『……オォォ……アオオォ……』

アンジェレネ「……あわあわあわあわっ……!」

上条「さっきから自己主張が激しいわ」

アンジェレネ「しっ、仕方がないじゃないですかっ!?予想以上に恐怖がテラーでヘブンですよねぇっ!?」

上条「まぁな!俺も実は同行者が俺以上パニクってるお陰で、冷静になってるように見えるだけだからな!」

アンジェレネ「で、ですよねぇっ!?大の大人でもビビって泣き出すぐらい怖いじゃないが!」

上条「全くだな!未成年である俺がドン引きするぐらい怖いよなっ!」

上条「つーかホンッッッッッッッッッッットに光源が懐中電灯しかないのな!『あ、満月の夜だし明るいだろー』って!」

上条「俺だって軽い気持ちで森ん中入ったら、鬱蒼としてて月の光も届かねぇでやんの!背の高い針葉樹林ばっかで!」

アンジェレネ「あ、あと年季の入ったオークが多いですかねぇっ!お墓の材料に使われた思しき……」

上条「止めろよっそう言う事言うなよっ!?そっちはそっちで伏せてはいるが、問題一つ残ってんだから!」

アンジェレネ「い、言わないでくださいね?せめてあと何日かは達成感に浸っていたいんで!」

上条「団長団長。俺、君のそのセコいところが段々嫌いじゃなくなってきてる」

上条「……というか、まぁ、声を張るのは止めよう。日本語オンリーとはいえ、色々マズいこと喋ってっから」

アンジェレネ「りょ、了解ですっ」

上条「まずあれだ。ブレアさんがウィッチのプロジェクトする映画あるだろ?」

アンジェレネ「あ、あー……シスターの間で流行りましたねぇ。す、すっごい怖いの!」

上条「あれ見たときもだ。『森の中怖っ!?でもどんなとこでロケしてんだ、まさかヨーロッパ全体こんなんじゃないよな?』って」

アンジェレネ「……じ、実際に来た感想は?」

上条「大体こんなんだったな!映画そのままの血の付いたナイフ持った殺人鬼が『モーニンっ!』って出てきそう!」

アンジェレネ「そ、それはクライモ○だと思いますが……」

上条「……しかしどこで間違ったんだろうか。『ハギスハント』がこんな恐怖のイベントだったなんて」

アンジェレネ「じ、実際会場つくまでは平気だったんですよぉっ。街灯も点いてたですし、同じ方向に人が集まってたから全然っ」

上条「一応発掘隊の人にお願いして、広量の強いLED二つ借りてきて良かった……!」

アンジェレネ「そ、その時に何か言ってませんでした?」

上条「なんかニヤニヤして『見つけてきたら俺にも食わせてくれよな!』って」

アンジェレネ「あ、あー……知ってますねぇ。そ、それ多分知っててニヤニヤじゃないでしょうか」

上条「もうハギス狩りなんてどうでもいいよ!さっさとカード置いてバーベキュー食おうぜ!」

アンジェレネ「そ、そうですよねぇ。なんか霧も出て来ましたしっ」

上条「よっし団長も許可してくれたし、さっさと――」

――パキイィンッ……!!!

上条「――え?」

……シュウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ……

アンジェレネ「き、霧が晴れて……また、戻った……?」

上条「って事は、この霧は魔術がそれに近い性質の……」

アンジェレネ「ま、真っ当ではない”何か”に、なっちゃいますよねぇ」

上条「イベントの主催者が実は魔術師で!舞台効果のノリでやっちゃったかもしれない!」

アンジェレネ「も、もしくはスコットランド特有の怪奇現象かもですよっ!い、いやっきっとそうに違いありませんっ!」

上条・アンジェレネ「……」

上条「流石に無視は、できない、よなぁ?」

アンジェレネ「き、極めて不本意でありますが、はいっ」

上条「オルソラに連絡取った方がいいか。あ、その前に」 スッ

アンジェレネ「ちょっ!?あ、危ないですよおっ!?」

上条「霧に突っ込んだ左手は無事っと。これでなんか起きてたら何やってでもイベント止めてたんだが――」

上条「――あぁクソ。電波が悪い、繋がったり繋がらなかったり繰り返してる」

アンジェレネ「ちゅ、中継塔もない森の中ですから。繋がるのが奇跡みたいなものですよぉ」

上条「取り敢えずメール送っておくわ」

アンジェレネ「い、一度戻るのも選択肢ではあると思います、けど?」

上条「霊装は?」

アンジェレネ「ふ、袋だけは!いざとなったら小石や木の皮をつめても代用可能ですよっ」

上条「例えば……そうな。中身に手紙を入れて、オルソラのホテルまで飛ばしたりはできるか?」

アンジェレネ「ひ、一つだけを、ホテルに命中させるぐらいでしたら、なんとか!」

上条「最悪ケータイがダメでも通信手段はあるか。悪くないな」

アンジェレネ「ひ、人に当てるよりもずっと楽ですしっ」

上条「その感性を忘れてないで欲しい――さて団長、俺たちはどう動こうか?」

アンジェレネ「わ、わたしが決めるんですかっ!?」

上条「いや俺”たち”が決める。俺にも意見があるし、君――」

上条「――もとい、アンジェレネにも意見があるはずだ。そこを、詰めたい」

アンジェレネ「わ、わたしなんかが……」

上条「なんかじゃない。異変が起きてるのはここで俺は完全な素人だっ!」

アンジェレネ「こ、声を張る意味が分かりませんっ」

上条「入念な準備が必要かもしれない。けど緊急かもしれない。もしかしたら緊急で準備が必要かも」

上条「俺は取り敢えず行くのがベストだと思う。オルソラにメールも入れたし、最悪俺たちが身動き取れなくなっても、どこ行ったのか検討もつかないって事は避けられる」

アンジェレネ「で、ですねっ」

上条「ってのが一般人代表の俺の意見。魔術サイドの魔術師から見れば、どう見える?」

アンジェレネ「え、えっと……はい、害意は、ない、と思います。人払いの効果が、あるんじゃないかと」

上条「根拠は?」

アンジェレネ「な、何となくですけど、霧だから、ですかね」

上条「霧だから?」

アンジェレネ「は、はいっ。隠すんだったら、他にも魔術的な記号はあるんですよっ。や、闇とか影とか、幻だってそうです」

上条「そうだな」

アンジェレネ「い、言い方は良くないですけど、そのもっと直接的な暴力に訴えるって手もあるにはありますし……」

アンジェレネ「ぎゃ、逆にソフトな方法でやんわりと『来ちゃダメだよ』って言ってるんじゃないかと」

上条「……そうか。でもそれってつまり、俺たちが気づいて”霧”の出本を探しに行けば――」

アンジェレネ「き、”霧”を流している相手の思惑から逸れますし、最悪敵対は覚悟して置いた方がいいですよ?」

上条「このまま放置した場合は?」

アンジェレネ「み、未知数です。こ、この程度であればイベント自体には関係ないでしょうけど、範囲を拡大されれば……」

アンジェレネ「み、道に迷う人も出る、と思いますっ」

上条「……悪意、もしくは悪戯半分でやってる可能性もあるって事か。なんだかなぁ」

アンジェレネ「か、過去の事例で言えば『ハロウィンを盛り上げたかった』という理由で、箒に乗って飛び回ろうとした魔術師も……」

上条「うちの研究者(アホ)も大概だが、負けず劣らず魔術師(アホ)も酷いよ」

アンジェレネ「ま、魔術のベクトルを究めていったら、最終的に科学と繋がりそうな予感が……」

上条「まぁいいや。わかったありがとう――で、どうしよっか?」

アンジェレネ「そ、そうですねぇ、相手が穏当かどうかって問題もありますし……か、上条さんは取り敢えず行ってみたいんですよね?」

上条「最悪を考えたらな」

アンジェレネ「じゃ、じゃあわたしも行く派で!条件付きですがっ!」

上条「うん?」

アンジェレネ「み、道に迷ったフリをしながら、相手がヤヴァかった場合には即逃げするって方向で!」

上条「思考が小動物過ぎる。いや、未知の相手には有効だと思うが――さて」

アンジェレネ「は、はいっ!行きましょうっ!」



――――バラフーリッシュ 予定ルートを外れた道

上条「”霧”で分からなかったけど、意外と道って続いてるもんなのな」

アンジェレネ「こ、濃い方に歩いて行けば、ですね」

上条「いや逆か。”霧”で隠したかったのは、この道か?この道ってどこに続いてるんだろ?」

アンジェレネ「し、下草の伸び具合といい、普段は人の入らない感じ、ですかねぇ」

上条「イベント主催者が脇道に逸れないよう、優しさを込めた魔術だったら嬉しい。まっ、今まで経験上ありえないんだがなっ!」

アンジェレネ「さ、流石にそこまでアフォな魔術師は……レアかと」

……ラ……ララ…………

上条・アンジェレネ「……」

上条「な、なんか話しようぜ!夜道だし暗いし雰囲気あるしさ!」

上条「日本じゃクマ避けにラジオかけるんだ!アイツら人が怖いからねっ!人の声がすれば近寄ってこないって言うし!」

アンジェレネ「そ、そうですよねっ!お、お話するのって大事ですよねっ!」

アンジェレネ「けっ、決して現実逃避とかじゃなくって、お話ししてたら気づかないってとありますしね!」

上条「あっはっはっはー!シスター・アンジェレネ、君が何を言ってるのか俺にはサッパリだぜ!」

アンジェレネ「そ、そういえばシスター・オルソラが昨日言ってたんですが、ここグレンコーにはとある伝説があるそうでして」

上条「いいね。そういうローカルなの好き、できればレポートにまとめられればもっと好き」

アンジェレネ「す、スコットランドはイングランドに対し、友好と戦争がずっと続いて来たんですよ」

上条「ハイランダーだっけか。ベイリャルさんから触りだけ聞いたな」

アンジェレネ「こ、こちらの反抗と反発も相当強かったんですけど、基本負けっ放しで、えぇ」

上条「意外だよな。現代でも独立してがってんのにさ」

アンジェレネ「り、理由はそのですね、スコットランドも一枚岩でなく、氏族同士の対立が激しかったんですよ」

アンジェレネ「で、ですので嫌いな同胞を倒すために、遠くの敵を仲間にしたり」

上条「……本末転倒だと思うんだよなぁ」

アンジェレネ「そ、そしてここグレンコー!こ、ここにもイングランドに着いたスコットランド人が無抵抗の同朋を闇討ちし、虐殺したって歴史がですねっ!」

上条「なぁ?ちったぁ空気読もう?少しでいいから、『あ、今この話したらフラグ回収しちゃうなぁ』とかさ、空気を、読め?」

アンジェレネ「い、いやぁっ!く、空気読んだから言ってんじゃないですかぁ!」

上条「ウッサいわ!確かにオバケでも幽霊でもドンと来いの雰囲気だけど、こっちから呼び込む必要は」

……ハーラララ……ララ…………

上条・アンジェレネ「……」

上条「えーっとだな。落ち着こう、焦ったって良い事なんかない」

アンジェレネ「そ、そうですよっ!」

上条「待っててくれ。今スマフォで”森の中 オッサンの声 助けてくれ”でググってみるから!」

アンジェレネ「か、帰って来て下さい上条さんっ!?緊急事態にボケるのは致命傷になりますからっ!」

アンジェレネ「と、というかですねっ!わ、わたしの話もまだ終わってないんですよ!むしろここから本題で!」

上条「いや、誰がどう聞いても『実は殺されたスコットランド人が……』ってオチじゃねぇか!予想できんだよ!」

アンジェレネ「あ、合ってはいますが、それだけじゃなく」

上条「ち、違うの?」

アンジェレネ「こ、こっちではですね。夜更かしする子に語って聞かせる話があるんですよぉ!」

上条「あー……夜更かしオバケが来るよ?みたいな」

アンジェレネ「そ、そうなんですけど具体的にはですね。し、死んじゃった騎士や狩人、この世に未練を残した人が、ずっと世界を彷徨ってるって!」

上条「死人が」

アンジェレネ「え、永遠の狩人、死者の軍勢、死してもなお最期の日まで彷徨う者たち――」

???『………………ハーーーーゥラーーーー……ララララ……ラララララララララ…………ッ!!!』

アンジェレネ「――す、即ち『亡霊騎行ワイルドハント』」



――スコット=サー・ウォルター 『悪霊学と呪術の手紙(Letters on Demonology and Witchcraft)』 第二版より引用

見えない猟犬は闇夜に森やヒースの生い茂る十字路でしばしば吠える。
周囲の住人は猟犬の主である狩人を知り、未だ宿に達していない旅人を哀れんだ。
狩人は酷く悪意を持ち、まず親切ではないのだから。

狩人は十字路の中央に立つ者を引き裂いた。
従って、彼はしばしば旅人に呼びかける――『十字路の中央へ!』

ある夜、酔っ払った農民が町から家に帰ろうとしていた。
彼が森の中へ差し掛かった頃、見えない猟犬を怒鳴りつけている狩りの声を聞いた。

『ハーーーゥララララララララララララララララララララッ!』

『十字路の中央へ!十字路の中央へ!』

しかし農民はそれに注意を向けなかった。
突然、白馬の上から背の高い男が雲から飛び降りるように、農民へ近づいた。

『貴様はどのぐらいの強いのだ?試してやろう』

『この鎖を掴むがよい。力比べだ』

勇敢な農民は鎖を掴むがそれは酷く重かった。
目の前にいる屈強な狩人は鎖を軽々と持つ。

しかし狩人が自分に鎖を巻いているときに、農民は鎖の端を近くの巨大なオークへ巻き付けた。

『準備はよいか?ゆくぞ!』

狩人が鎖を引っ張ると、それを握っていた農民の体は持ち上げられた。
巨大なオークがきしみ、真横にしなる。
新たな従者を歓迎すべく、猟犬は大声で吠え立てた。

農民にとって長い長い時間、数百年生きたオークの巨樹がねじれて横転する。
しかし狩人の力でもオークは辛うじて持ち堪えたのだった。

『剛力の者よ。貴様はグッと引いたのだ!』狩人は言った。

『多くの男が私の物になったが――貴様は耐えた最初の者である!』

『褒美をくれてやろう。雄叫びを上げよ、雄叫びを上げよ!』

農民は彼の言う通り声を上げると、どこかから牡鹿が彼の目の前へ落下した。
狩人は瞬く間に牡鹿を切り刻んだ。

『血液は貴様のものだ』

農民は言った。

「旦那様。あなたのシモベはバケツもポットも持ってはいません!」

『ブーツを脱げ』

狩人の叫びに農民は無言で従った。

『ついでに貴様の妻と子供に肉を持っていくがよい』

農民はまた従った。

牡鹿の血と肉が入ったブーツは酷く重く、農民は恐る恐るそれを運んだ。
しかし狩人が去り恐怖が和らぐと、次は農民がとても冒涜的な行いをしているのではないかと戦(おのの)めいた。

両手で持ったブーツは一歩また一歩と重くなる
あまりの重さに背中は曲がり汗だくになりながらも、ようやく農民は家へたどり着いた。

そして彼がブーツの中を覗き込むと、そこに入ってきたは牡鹿の血肉ではなく、金貨と銀貨で満たされていた。

この狩りを、見えない猟犬を付き従わせる乱暴な狩人のことを、主に旧ゲルマン系ではこう呼ばれるのでございまして。

――『乱暴な狩人(Wild Hunt)』と



――クライモリ

上条「――っていうメールがね。こっちからオルソラにエマージェンシー送って10分後に」

上条「直は……ダメだ。電磁弱くて繋がらない」

アンジェレネ「じょ、丈夫なんですねぇ。ブタのくせに」

上条「オークはオークでも、特定業界で主役からエロ要員までマルチな才能を見せるオークさんじゃねぇよ。樹木の方だよ」

上条「第一農民と狩人が力比べしてんのに、オーク出てきたら悪目立ちすんだろ。『あれ!?お前いたっけ!?』みたいな」

アンジェレネ「ば、場を和ます軽いジョークのつもりだったんですが。ち、ちなみにこちらでは主にナラを指します」

上条「なんでブタ人間と樹木が混ざってんのか分かんないよなー」

アンジェレネ「お、オークはともかく!むっ、昔々お母さんがわたしに語って聞かせてくれた話が、大体メールみたいな感じでしたっ!」

上条「そうか。そうだな。でもオルソラにどうすればこっちが危機的状況だって伝わると思う?昔話が聞きたいんじゃないんだよ。具体的な対策をだな」

アンジェレネ「ほ、本物でしょうかっ?コスプレ好きのヘンタイさんが霧深い森の中を走り回ってるってセンは?」

上条「深刻度レベルがどっこいどっこいだよ。満月の夜に徘徊する幽霊とHENTAI、どっちも怖いって意味じゃ」

上条「……てか一応確認したいんだが、もしも”あれ”が本物で、もしくは伝説を模した術式だとして、出会っちまったらどうなんの?」

アンジェレネ「ま、まぁ大抵は狩られてお亡くなりに。も、もしくは狩人の従者として永遠に狩りを続けて放浪するんだそうですよっ」

上条「それなんてエンドレス七人ミサキ」

アンジェレネ「し、しちにんみさきって?」

上条「俺の国のオバケ、つーか幽霊?妖怪?」

上条「集団で夜に出歩いて、遭遇した人間を取り殺して仲間にする。その代わりに最古参の一人が抜けるっていう」

アンジェレネ「た、対策法は何かあるんでしょうか?」

上条「出くわさない」

アンジェレネ「ちょ、超使えないじゃないですか」

上条「ウルッセェな!俺だってまさか後輩から聞いたヨタ話が人生を左右するとは思いもしねぇんだよ!したらイタイ人だわ!」

アンジェレネ「で、でも最近はいつ異世界転生してもいいように、オカルトを研究してる人がいるとかいないとか……」

上条「中二が治ってないだけだよ。そしてもう治らないよ」

アンジェレネ「ま、またワイルドハントの方が、何かの方法で力か知恵を示せば、まぁ助かるかもしれない分、マシ、でしょうか……?」

上条「非戦闘員だけでどうしろって。殴ったら消えるかなぁ?」

アンジェレネ「か、可能性としては伝説を再現して楽しんでるHENTAIの魔術師かもという疑いがっ」

上条「魔術師とHENTAIがイコールで結ばれる日も近いな!俺の中じゃもうなってるけど!」

アンジェレネ「い、一応っ!」

上条「はい?」

アンジェレネ「さ、最初に人払いを踏み越えて入って来たのはわたし達の方ですから、向こうも大事にしたいとは思ってないかも、かなと?」

上条「あぁ確かに。だとすりゃやり過ごせば穏便に済ませられる――が、だ」

上条「逆にこう、昔っから、なんだっけ、ワルイドハント?の伝説はあるんだよな」

アンジェレネ「し、調べた訳じゃないから分からないですけど、はい多分」

上条「それってつまりはだ。幽霊が実は存在してたんだけど」

上条「俺らみたいに人里離れたところにまで、わざわざ地雷踏みに行くアホが滅多に居なかったから……」

上条「というかさっきから霧の中に突っ込んでから、やったら肌寒いんだな。実はこれ心霊現象が起きる前の悪寒じゃないかなって」

アンジェレネ「や、やめましょうよぉ!そうやって本質に寄せていくのっ!」

上条「俺だってしたくないんだよ!けどここでしなかったら未来永劫できるチャンスが来ないかもってだけでさ!」

アンジェレネ「な、なら今からでも見なかったこ――ムグっ!?」

上条「……」

アンジェレネ「んーーーーーーーーーーーっ!?んんんーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

上条「(静かに!シーッだ!)」

アンジェレネ「(は、はいっ……?)」

上条「……」

アンジェレネ「(あ、あのぅ)」

上条「(なに?)」

アンジェレネ「(い、今なら未遂ですし、早めに自首するのがベストかと……)」

上条「(正しい危機感だな!夜に森の中でヤローに口抑えられてる状況で、俺は何一つ言い訳できない格好ですよねっ!)」

アンジェレネ「(い、いくらシスター服が大好きだからって……シスター・オルソラからわたしまでって、守備範囲の広さに引きますよぉ)」

上条「(だから俺が愛しているのは管理人さんだと何回言えば――つーかこのまま、音を立てずに茂みの向こう側、見えるか?)」

アンジェレネ「(え、えーっとぉ……月の光が、少し照ってますかねぇ。少しだけ拓けた、山道に――)」

アンジェレネ「(――って、あ、あれ?影が動いて)」

金毛のデカい犬?『……』

アンジェレネ「(――っ!?)」

上条「(静かに。大声を上げると気づかれる。急に出くわしたら向こうが興奮して攻撃してくるかも)」

上条「(まぁ対クマの知識だけど、野生動物だしそんなに変らないだろ)」

アンジェレネ コクコク

金毛のデカい犬? クン、クンクンッ

アンジェレネ「(――ヴォードの猟犬……)」

上条「(うん?)」

アンジェレネ「(な、なに、やってんですかねぇ?トイレでも探してる、とか?)」

上条「(……だから現実逃避すんなよ。逃げたって大概追いかけてくるんだからな)」

上条「(狩人の話に”右手”で打ち消せる霧、そこに迷って出た……犬?つーかオオカミ?なんで金色だよ。一瞬狐かと思ったわ)」

上条「(そいつが『たまたま迷って出ちゃいましたテヘペロ』なんて言ってみ?サスペンス映画で犯人が真ん中に転がってた死体ぐらいの衝撃だぞ!)」

アンジェレネ「(た、例えが超分かりにくいですが。あ、あとあれは名作ですから悪しからず)」

上条「(まぁ通りすがりの野生動物だったとしても、危険は危険だ。むしろガチだ!手加減がない分だけな!)」

アンジェレネ「(ま、まぁ渋々肯定しますけどぉ)」

上条「(つーことでもし見つかったら木の上へ逃げろ。俺の肩踏めば、上の方まで行けるだろうし)」

アンジェレネ「(い、いまのうちにこっそり登るって選択肢は……?)」

上条「(刺激しない方がいいとは思う、が)」

金毛のデカい犬?『……』

アンジェレネ「(こ、こっち見てますよぉっ!?)」

上条「(マズいっ!早く登――)」

黒毛のデカい犬?『――グウゥッ』

アンジェレネ「(もう一匹っ!?は、早く!)」

上条「(――待て。なんか様子がおかしい)」

金毛のデカい犬?『……』

黒毛のデカい犬?『――』 クイッ、クイッ

アンジェレネ「(あ、アゴで『ついてこい』的なジェスチャーしてますねぇ……人じゃないのに)」

上条「(飼われてたのか。つーか犬の意思疎通ってこんなもんなのか?)」

金毛のデカい犬?『――ガル』

パキパキ、パキパキパキパキッ

アンジェレネ「(き、金色の方の周りで、音、でしょうか?)」

上条「(体から煙?――いや、霧か!)」

シュゥゥゥゥウウッ……!!!

アンジェレネ「(か、上条さんっ!”右手”っ!)」

上条「(はい?右手?)」

アンジェレネ「(き、霧消しちゃったらわたし達のいるとこバレちゃいますよぉっ!)」

上条「(――おっと了解!上着でくるんで――)」

……シュウゥゥ……

上条「(打ち消して……ないな。よし)」

アンジェレネ「(て、てゆうかよけい寒くなっちゃいましたよ。この霧、なんなんですかぁもうっ!)」

金毛のデカい犬? クルッ、タッタッタッタッ……

上条「(一匹は行ったな)」

アンジェレネ「(も、もう一匹は……?)」

黒毛のデカい犬?『……』 ザッザッザ

アンジェレネ「(ま、前足で地面を引っ掻いてますねぇ)」

上条「(ここ掘れワンワン。日本の昔話にあったな)」

金毛のデカい犬? シタッ、タッタッタッタッ……

上条・アンジェレネ「(……行った)」



――

上条「……今のはセーフ、なのか?」

アンジェレネ「そ、そろそろ離して頂けると助かるんですが……」

上条「あぁゴメンナサイっ!とっさとはいえ口も塞いじまってサーセンしたっ!」

アンジェレネ「い、いえちょっとビックリしたのとドキドキしただけですから、お気遣いなくっ」

アンジェレネ「っていうか寒いですよぉ!さっきよりも温度下がってるじゃないですか!」

上条「なぁアンジェレネさん?声張るのやめよう?まだ離れて近くに居るかもだから、ギャグシーン入ったと思って気を抜かないで?」

上条「つーかこの霧、まともなもんじゃないとは思ってたが、発生源が犬からだったとは」

アンジェレネ「き、霧じゃないですよ。ら、ライトで軽く照らして下さいここっ」 スッ

上条「はいよ。でもあんま遠くまで照らすと怖いから、下に向けてでいいか?」

アンジェレネ「わ、わたしの手の所を見てて下さいっ」

上条「いや霧は霧だけど――って溶けた!?」

アンジェレネ「き、霧じゃなくって氷の粒、みたいです。そ、それだと急に温度下がった理由になるかと」

上条「日本ではこんな事なかったけど、流石はスコットランドだな!この世は不思議で一杯だぜ!」

アンジェレネ「こ、声を張らず戻ってきてくださいよぉ。しもって言ったらいいのか、ちょ、ちょっと微妙ですけど」

上条「視認できるぐらいのはひょうあられ?漂ってんだから氷霧、か?」

上条「どっちみち『幻想殺し』で一塊ごと消せるんだから、自然現象じゃないわな」

アンジェレネ「き、金色のわんちゃんが召んでましたしねぇ。な、なんなんでしょうか」

上条「『ワルイドハント』の確変ルート入ってんかなー」

アンジェレネ「な、謎の犬二匹と遭遇した原因を作ったのって、上条さんが調子ぶっこいて氷霧を消したからでは?」

上条「重ね重ねごめんなさいねっ!イギリス来てからほぼ始めて『右手』が役に立ったもんだから、嬉しくってついね!」

アンジェレネ「そ、それと気になったんですけど、犬の嗅覚と聴覚ってとても優れてるって聞いた憶えが」

上条「あんなすぐ近くに俺らが隠れてんのも、バレッバレだったんじゃねぇかって?」

アンジェレネ「は、はいっ」

上条「あー、ウチの近所に犬飼ってる家があるんだよ。たまーにインデックスが行ってもふもふさせてもらってるんだ」

上条「犬種は忘れたけど狩猟犬で、狐だかなんかを狩るのが得意だ!……と飼い主さんが自慢してた」

アンジェレネ「か、可愛いんですかねぇ」

上条「だがしかし!ご先祖様の栄光は昔の話!今じゃ誰が来ても『おなかなでて!ねぇおなかなでてよ!』って媚びを売る始末さ!」

アンジェレネ「あ、愛玩動物なんてのはそんなもんかと。む、むしろ与えられたお仕事をきちんとこなしているような……」

上条「――なので、あの二匹が猟犬目的”以外”で飼われてるんだったら、俺たちに分かんなかったってのも」

上条「楽観的観測ではあるが、疑ってもキリがない」

アンジェレネ「き、霧が壊されたから見回りに来たのに、スルーしている理由には……ちょ、ちょっと根拠が薄いかもですねぇ」

上条「そもそも二匹がまともな生物かどうかも怪しいだろ。魔術使う人じゃないヤツなんて初めて見たぞ」

アンジェレネ「れ、霊装だったり、誰かの使い魔である可能性もっ」

上条「あぁ魔女が使うんだっけか」

アンジェレネ「な、中身がハリボテだって可能性も捨てきれないかと」

上条「どーだろうなー?俺は生きてる動物だとは思うんだが、ハーネスつけてたし」

アンジェレネ「ろ、ロッククライミング用のベルト、でしたっけ?体をキッチリ固定するヤツ」

上条「そっちもハーネスだが、犬用のハーネスだ。胴輪?胸輪?」

アンジェレネ「あっ、あー……見たことはあります。盲導犬につける方でしたか」

上条「普通のペットにもつけるんだってさ。首輪だと負担が大きくて可哀想だから、ってまぁその近所のおばちゃん情報だが」

アンジェレネ「……さ、最近ですよね?ここ十年とか、二十年ぐらいのブームっていうか」

上条「月明かりだけでよく分かんなかったけども、そんなに古くはなかったぞ?つーことは」

上条「あの犬二匹の飼い主なり仲間は、どうやってか犬用のハーネスを調達して使ってると」

アンジェレネ「り、リードか盲導犬用の、なんて言うんでしょうね、えぇっと」

上条「俺も正式名称知らないが、しっかり握れるハンドルみたいのはついてなかった。チラッと見ただけだし、一般用なのかそれじゃないのかまでは分からないが」

アンジェレネ「じょ、情報を統合するに、向こうは伝説に出てくるようなのじゃなく」

上条「文明社会に、少なくとも適応した”何か”だって事だな」

アンジェレネ「す、スケール感が一気にランクダウンしたような……」

上条「いいだろうそっちの方が!俺脱手幽霊相手にそげぶするのは――」

上条「……」

上条「――風斬、うん、風斬はそげぶしてないよな?セーフセーフ。幽霊と対戦するのは初だ」

アンジェレネ「か、上条さんの冒険の歴史は無駄に豊富ですよねぇ」

上条「俺もいい加減依頼人を疑った方がいいと思うんだよ。何の事は分からないが」

アンジェレネ「て、てゆうかですねぇ、さっきから幽霊幽霊言ってますけど」

上条「犬二頭には足あったし幽霊じゃないよな、ってこっちの幽霊って足普通にあるんだっけ?」

アンジェレネ「そ、そーゆー次元の話でもなくてですね。ち、違うんですよ」

上条「幽霊と違うんだから人だよな。正しくは魔術師か」

アンジェレネ「そ、それも違くて、人じゃなく幽霊でもなく、えぇっとこれ言っちゃっていいのかな?シスター・ルチアに怒られないかな?」

上条「告げ口はしないから、言うだけ言ってみ?犯罪的なアレ以外だったら、俺も聞かなかったことにするし」

アンジェレネ「あ、あれ、神です」

上条「カミ?」

アンジェレネ「て、天にまします我らのGodではなく、Godsですけど」

上条「あー……一人しかいないから、異教の神様も神様って呼ぶのすら怒られるんだっけか?」

アンジェレネ「ひ、人によりますけどね。あんまりこう、ほ、誉められたことじゃないことでして」

上条「緊急時だし、俺に分かりやすく説明してくれるためだもんな。むしろありがとうだが」

上条「まぁずっと狩りを続ける狩人だったり、夜道歩いている連中捕まえて仲間に引き入れたり、死神っぽい感じだよな。幽霊よりもレベルの高い」

アンジェレネ「ま、まぁレベルは高いですか、ねぇ?このあいだやったゲームじゃLv67でしたもんね」

上条「女神が転生するあのゲームか。あれ海外で認知されてることに驚い――」

上条「――ってLv67?ワイルドハント出てんの?あれ、そんなに高レベルだったっけか?」

アンジェレネ「え、えーっとですねぇ。わ、わたしの実家がある、もしかしたらもうないかもしれませんけど、そこでお母さんは狩人の名前をこう言いました」

アンジェレネ「か、『狩人のWodヴォッド』、と!」

上条「………………へー」

アンジェレネ「な、なんですかぁ!リアクション薄いですよぉ!」

上条「い、いや違うんだ!なんかこう嫌な予感がしただけで!」

上条「『あれこれどっかで聞き覚えあるなー』とか、『どうせこれ電撃系得意なあの神様だなー』なんて!思ったりはしない!」

アンジェレネ「め、面倒なので結論から言いますと、ノルマンの古語の『ヴォード』が訛ってきたものでして」

アンジェレネ「そ、その原型は北欧神話のオーディンなんですねぇ」

上条「言いやがったな!俺が折角ウヤムヤのままぶん投げようとしたのに言いやがった!」



――

『Wild-hunts』
スカンジナビア並びにイギリス、フランス、オランダ、ドイツに伝わる民間伝承


あるところに女がいた。
女は陶器を町から町へ運ぶのを生業としていた。
その日はとても遅く、廃鉱の側を通らなくてはいけなかった。
誰もいないはずの山道で焚き火が見える。そこには焚き火で牡鹿の足の肉を炙っている炭鉱帽の男がいた。
またその傍らには多くの犬が伏しており、女を睨み付けていた。

女は猟犬たちが恐ろしくなり逃げ出した。商売道具の鞄を投げ出し少しでも速く、だが恐ろしい早さで猟犬は追いついてしまった。
女が恐怖のあまりに動けないでいると、炭鉱帽の男はカバンを突きだした。女の落した物だった。
しかし乱暴に扱ったためか、陶器は全て割れてしまっていた。
男はコートから金貨を取り出すと、女に黙って差し出した。女は金貨を引っつかむと逃げるようにその場を後にした。
それ以来、女は陶器を運ぶのも、夜道を歩くも止めてしまった。



ある工場に勤める労働者は遠くから風が唸るのを聞いた。
古参の労働者は「あぁアレはWild-huntsman」だと言う。
恐れを知らない労働者は風の音へこう大声を上げた。

「よお狩人よ!」

風の音は止まない。労働者は不吉な唸りには耳を貸さず、工場のプラットフォームに立って二度叫んだという。
すると突然、風は男の声になって彼を嘲った。

『貴様が狩りに参加したいのならば、いつでも来るがよい!』

そして労働者の前へ赤い靴を履いた女の脚がどこからでもなく放り投げられた。
労働者は工場へ逃げ出し、一説にはその脚を彼が埋めたらしい。



二人の男たちが夜道を帰っていた。片方はかなり酔っ払い、もう片方は素面で敬虔な男性である。
彼らは離れた森の中から鞭の音、そして犬の遠吠え、馬のいななきを聞いた。

敬虔な男は言った。
「主は私たちを守ってくれている!Wild huntがここにある!」

酔った男は言った。
「俺は悪魔が喜んで何を捉えるのか知っているぞ!」
彼は高い声で泣きながらこう続けた。
「ホルド郷よ、お前のゲームに参加してやるぞ!」

これを最後に二人は別れ、お互いの家路についた。
次の朝。大酒飲みの妻はゴミ捨て場でハエとウジ虫に集られた夫の屍体を見つけてしまった。



あるところに老人がいた。老人は猟師であったが、その息子は農民であった。
辺鄙な森の近くに住む老人へ、息子は「もっと町の方で暮らそう」と誘ったが、老人は首を縦に振ろうとはしなかった。

老人がついに死に瀕したとき、彼の息子は十字教の告白を受けようと神父を呼んだ。
しかし老人は彼の犬を犬笛で呼ぶと、森の中へ踏み行ってこう叫んだ。

「いつまでも、いつまでも狩りがしたい!」

老人は次の瞬間には絶命してしまっていた。
それ以来、息子は森へ入るときには酷く落ち着かず歩き回るようになった。

『ジャコー、あぁジャコーよ!』

夜、彼の名前を呼び泣き叫ぶ者が徘徊するようになった。

『ジャコー!』

そう言って見えない狩人の音と、猟犬たちの音が響き渡るのであった。
ある者はこう言った。「彼の親父は呪いで猛禽に変えられ、農場を飛び回っては人と獣を狩っているのだ」と。絶えず『ジャコー!』と息子の名を呼びながら。



あるところに騎士がいた。
騎士は狩りを愛し、隣接する教会地に踏みいるほどだった。彼は安息日にまで狩りをするほど。
しかしこの騎士の横柄な態度に腹を立てた司祭は彼を呪った。
すると彼の下の地面が裂け、猟犬の群れが騎士を引き摺り込んだという。

それ以来、騎士の亡霊は荒らしの夜に現れては永遠の狩りに興じていると言われる。
平穏な空気を求めるが、安息日を破った彼が落ち着ける場所などないというのに。

この伝説、オーディンを模した伝承はライン川に沿った多くの場所で変化しながら語り継がれている。夜に起きる嵐を感じた農民達は、いまだ神秘的な天軍がいると信じているようだ。



――バラフーリッシュ ホテル 夜

オルソラ「『――と、十字教以前の神々の行いは人々の間で広く語り継がれている』」 カタカタカタ

オルソラ「『歴史に影を落としているのか、それとも実際に息づいているのか、私たちには確かめる術はなく。一方的な否定も出来ない』」 カタカタカタ

オルソラ「『しかしながらデンマークのオーデンセ、スタフォードシャーのウェンズベリ、一説にはフランスのジェヴォード』」 カタカタカタ

オルソラ「『これら”WOD”の響きを持つ都市はウォウドゥン(Woden)神を崇めていた残滓とされており』」 カタカタカタ

オルソラ「『彼の単眼の神が10世紀まで広く信仰を集めていた名残という説も――』」 カタカタカタ

ジリリリリッ、ジリリリリリリリリリリッ

オルソラ「内線電話でございますね――『はい、もしもし?』」

フロントマン『夜分遅くに大変失礼いたします。ただいま朝方まで当館に宿泊しておいでになられた、ベイリャル様からお電話が入りまして』

オルソラ「『まぁ、それは大変でございます!是非お繋ぎして頂ければ!』」

フロントマン『かしこまりました』 ピッ

ベイリャル家令嬢『――緊急よ。急いでそっちに連絡を入れて』

オルソラ「『こんばんはベイリャル様。それでベイロープというのは一体どういった経緯で付いた愛称なのでございましょうか?』」

ベイリャル家令嬢『やめて!今本当に忙しいから巻き戻らないで!』

オルソラ「『左様でございますか。こちらもあまり暇という訳ではないのでございますけど』」

ベイリャル家令嬢『いやこっちの方が重要だから、てかあの、他の人、ツツコミ役の人はどこに?』

オルソラ「『その方はただいま席を外しておりまして、例のハギスハントを満喫されているかと』」

ベイリャル家令嬢『あーそれはそれは。何事もないようで結構だけど』

オルソラ「『ですが数時間前に”ワイルドハント見た助けてお願いふじこふじこ”と緊急メールが』」

ベイリャル家令嬢『超大事になってるのだわ!?あと思ったよりも余裕はあるっぽいけど!』

オルソラ「『恐らく魔術絡みですので、ハギスハント主催者の方にはリタイアする旨を伝え、神裂さんへ一方を入れつつ次の連絡待ち、でございますね』」

ベイリャル家令嬢『……具体的に何が起きてんの?』

オルソラ「『何度か連絡を取ろうとしたのでございますが、電波が弱くかつ結界に阻まれているのか、メールが10分から数十分遅れで届く始末で』」

ベイリャル家令嬢『ごめんなさい、もういいわ。胃が痛くなってきたから』

オルソラ「『はぁ。公務も大事でございますけど、それ以上にお体を労るのも人の上へ立つお方の宿痾かと』」

ベイリャル家令嬢『半分以上はあなた達のせいなのだわ。なんでこっち来るのよ』

オルソラ「『それで、先程連絡を入れろと仰った、”そっち”とはどちらを指しておられるのでしょう?』」

ベイリャル家令嬢『イギリス清教に至急情報を流してほしいのよ。あくまでこちらから漏れ聞いたという体裁で』

オルソラ「『お父様の嫌疑が晴れた、もしくは深まったと?』」

ベイリャル家令嬢『……正直に言えばそっちの方がまだマシだったかも。本当に犯人でも法廷闘争を完勝して堂々と出てくるのよ、あの人は』

オルソラ「『”弁護士を車で轢いたら、念のためもう一度轢け”の、格言はそういう所から生まれるのでございますねー』」

ベイリャル家令嬢『その言葉に強く否定は出来ないけどね。私もそうするし』

ベイリャル家令嬢『それよりもね、あーっと、去年のハロウィンでアレしたあの術式がね』

オルソラ「『”全英大陸”でございますね。どこかの誰かさんたちがやらかした挙げ句、見捨てられたお話ですね』

ベイリャル家令嬢『シスター?あなたまさかとは思うけど、全部計算、じゃないわよね?分かってる、んじゃないのよね?』

オルソラ「『いえ、先日のお泊まりの日にレッサーちゃんさんが自慢されておりましたのですが』」

ベイリャル家令嬢『その子はもう遠いところにいるわ。多分もう会えないと思うから、忘れてあげて?』

オルソラ「『こちらも”王室派”の方々は藁にも縋る思いで探しておりますから、遠回しにせずとも高く恩を売られた方が得策ではないでしょうか?』」

ベイリャル家令嬢『そうも言っていられないのよ。打算で動けるようなら、もっと上手く立ち回っているわ』

オルソラ「『歴史的価値も魔術的価値も高い”剣”を無償譲渡された方のお言葉とも……』」

ベイリャル家令嬢『あれはあれで”確認”の意味があったのよ。どこまでイギリスの王権が過大解釈されるかっていうね』

オルソラ「『現在のエリザード様は100年前にザクセン公国からお越しになった方ですし、テューダー朝――』」

オルソラ「『――同術式を構築されたとされるヘンリー8世は、ウェールズ系でございますから』」

ベイリャル家令嬢『実験の結果、多少アバウトでも認識されていれば、それなりに』

ベイリャル家令嬢『……だったらまだ良かったのだけど、誤動作もなく完全に動くのが分かったのだわ』

オルソラ「『最悪でございますね。エリザード様とキャーリサ様、共に王を名乗った方が”力”を分けたのですから』」

ベイリャル家令嬢『決め手になったのは”鍵”としてのカーテナ。逆に言えば戴冠もしていない人物であっても、それなりの準備さえあれば簒奪は可能よ』

ベイリャル家令嬢『極端な話、誰も彼も名前も知らない、血統と王権だけが揃った異邦人に乗っ取られる可能性だってある』

オルソラ「『……今現在、その極端な話がまかり通っている真っ最中だと?』」

ベイリャル家令嬢『例のトライデントの残党のアジト、というか貸倉庫だかオフィスだかから、監視カメラが押収されたのよ』

オルソラ「『周囲のではなく、倉庫からでしょうか?』」

ベイリャル家令嬢『後ろ暗いって自覚はあったんでしょうね。身を守るために急遽増設したと思われる監視カメラと警報装置』

ベイリャル家令嬢『持ち込みが非合法で国際法にも引っかかる対人地雷も少々』

オルソラ「『うわぁ、でございますよ』」

ベイリャル家令嬢「『その中の生きていたカメラの動画をなんとか。技術レベルが高くて、こっちの警察でもサルベージに手間取ったようだけど』

オルソラ「『お気を悪くしないで頂きたいのですが、学園都市の技術を流用した相手に太刀打ちできたのを喜ぶべきかと』」

ベイリャル家令嬢『それが警報を”斬って”あったのよ』

オルソラ「『”切って”?』」

ベイリャル家令嬢『いいえ、”斬って”ね。動画に映っていたのは』

オルソラ「『仰る意味がよく……』」

ベイリャル家令嬢『同事件の致命的殺傷犯こと警察命名、”アゲート”』

オルソラ「『agateアゲート……”メノウ瑪瑙”ですか』」

ベイリャル家令嬢『赤毛の子供にしか見えない、ていうか性別も曖昧なんだけど、”彼”の名前は取り敢えず決まったのよ』

ベイリャル家令嬢『……警察内部に”関係筋”でもいるのか、勘のいい人間がいるのか分からないわね。後者だったら霊媒師の資質ありだわ』

オルソラ「『申し訳ございません。更に意味が分からないのですが』」

ベイリャル家令嬢『アゲートが剣を振るったのは四回。建物へ入る前に一度振るっただけで、見張りの傭兵十三人の頸が”同時に・・・”落ちた』

オルソラ「『……”全次元切断術式”……』」

ベイリャル家令嬢『あとの三回も似たような感じね。あ、最初の一撃で警備システムも物理的に無効化されたって』

オルソラ「『なんと申し上げたら良いのか、流石に言葉を選びますが……』」

ベイリャル家令嬢『スマートすぎる?』

オルソラ「『はい。私が漏れ聞く”ハロウィン・ザ・ブリテン”でのキャーリサ様の武勇、それはとても恐ろしいものでございました』」

オルソラ「『ですが……それだけの精度は、まるで別種の魔術ではないでしょうか?』」

ベイリャル家令嬢『シスター・オルソラ。あなたの言っていることは理解出来るわ。フランスの原力潜水艦を撃沈させ、大勢の魔術師と兵士を薙ぎ払った』

オルソラ「『そこだけ聞くと怪獣映画でございますね』」

ベイリャル家令嬢『結果的には敗北したけども、対”集団”戦闘で聖人を含む大勢の敵を圧倒したのも事実よね』

オルソラ「『”残骸物質”ですか』」

ベイリャル家令嬢『――だけど。本当にそうだったのかしら?「全英大陸」はその程度の術式だったの?』

オルソラ「『とは一体?』」

ベイリャル家令嬢『残骸物質で広範囲攻撃、それはいいのよ。戦術兵器のレベルにまで高められた霊装。まさに王権の証には相応しい』

ベイリャル家令嬢『けれど”大雑把すぎる”のよ。もっと範囲を絞ったり、対象を限定させて精度を上げれば容易に勝てた』

ベイリャル家令嬢『「騎士派」に伝わる”必中”の術式を乗せれば、私たちは今頃いないでしょうに』

オルソラ「『先程から聞いておりますと、キャーリサ様が扱いきれなかった、というような……』」

ベイリャル家令嬢『キャーリサ様は剣を嗜まれてもいるし、一端いっぱしの魔術師以上の力量は持っているわ』

ベイリャル家令嬢『しかし剣の達人かと言われれば、違う』

オルソラ「『……元々の”全英大陸”とは、カーテナで扱える魔術は”全次元切断術式”でございましたね』」

オルソラ「『あくまでも残骸物質はオマケであって、キャーリサ様は間違った使い方をされていた……?』」

ベイリャル家令嬢『もしくは「最初から制御すらできていなかった」ね。暴走や力の何割かを奪われたり、思い当たる点はあるのだわ』

オルソラ「『可能性としては”こっち”が本来の使い方で、以前のが異端ということも』」

オルソラ「『こうなるってくるともう、件の”全英大陸”がヘンリー8世が構築したものでは無い可能性もございますね』」

ベイリャル家令嬢『”アゲート”の正体にも直結する話よね……あぁこれは、えっとイギリス清教への仲介料代わりだと思ってほしいんだけど』

ベイリャル家令嬢『例の船葬墓から発掘され、アホどもが持ち去った副葬品は回収されたそうよ。ただ一つを除いて』

オルソラ「『……やはり』」

ベイリャル家令嬢『うん、”剣”よ。それを持ち去る”アゲート”の映像も残されていたわ』

オルソラ「『何かの霊装だったのでございましょうか?』」

ベイリャル家令嬢『可能性は低いと思うわね。彼は襲撃する前から「全英大陸」を使っていたのだし』

オルソラ「『イギリス王室の至宝とも呼ばれる霊装、聖霊十式もかくや、という代物でございますしね』」

ベイリャル家令嬢『個人的に思うところがない訳じゃないけどね』

オルソラ「『いえ、そんな。大変有意義なお話をありがとうございました、ベイリャル様』」

オルソラ「『ただその、少しばかり情報を奮発しすぎでないかと思わなくもなかったりもするのでございますが』」

ベイリャル家令嬢『立場上、これ以上は協力できないのよ。厄介事ばかり押しつけてゴメンなさい』

オルソラ「『――そういえば』」

ベイリャル家令嬢『待って。今巻き戻ってもらっても正確な返しができないわ』

オルソラ「『ふと思ったのですが、仮名”アゲート”さんが欲してらした副葬品は十字教以前のお墓から出てきたものでございますね?』」

ベイリャル家令嬢『ま、巻き戻ってないような気がするけど、まぁそうね。興味深いし観光名所にもなりそうよね』

オルソラ「『様式を見るに北欧神話、でございましょうか。オーディンを主神する神話大系』」

ベイリャル家令嬢『時代的には妥当かしら。私も一応そっちも囓ってはいるけど』

オルソラ「『それと同じく、オーディンが永劫の狩人へ零落した姿である――』」

オルソラ「『――”霊的災害ワルイドハント”に巻き込まれているかもしれない方が、えぇと、お二人ほどいらっしゃるのですが』」



――森

上条「しばらく様子を伺っても戻ってくる様子はないし、藪から出てみたんだが」

アンジェレネ「……」

上条「あの黒い犬が前足でガシガシ引っ掻いてた場所、”×”印になってんだよなぁ。踏めばいいのか、スルーした方がいいのか迷うわー」

アンジェレネ「……」

上条「掘ってサンダルでも出てきたらショックだし、なぁ?どうしよっか?」

アンジェレネ「か、帰りませんか?」

上条「決断マッハっすね団長。そしてできれば俺もその提案にスッゲー乗りたい」

アンジェレネ「じ、自分を卑下する訳じゃないですけど、わたし達だけでなんとかなるレベルを越えてると思うんですよねぇ」

上条「いやいや大丈夫だって。人間やろうと思えば大抵のことは」

アンジェレネ「せ、精神論でなんとかなると思わないでください。そういうのって大抵玉砕するだけですよっ」

上条「これは俺の知り合いの話なんだがな」

アンジェレネ「そ、その切り出し方は本人ってパターンですが……」

上条「第三次世界大戦のロシアへ非武装かつロシア語話せず、しかも美人局一人と一緒に行って無事帰還したんだけど、どう思う?」

アンジェレネ「ば、バカですよね?」

上条「うん、実は俺もそう思う。テンション上がりすぎて振り切ってた」

アンジェレネ「だ、団長としましては団員見習いその二の命を危険に晒すのはよくないかとっ!」

上条「おっと団長、また超大きな棚に自分を乗せやがってますね?しかもその言い方だと俺を心配している風に聞こえる」

アンジェレネ「し、シスター・オルソラと連絡は取ってるんですよね?」

上条「メールで断片的にな。どうやらハギス狩り大会は普通に行われて、俺らはリタイアしたって事になってるらしい」

アンジェレネ「あ、あっちは平穏無事だと……?」

上条「”霧”も出てはいないみたいだな。書いてないから推測だが」

アンジェレネ「かっ、上条隊員っ!先遣隊としてはもう眠いし寒いし暗くて怖いですからっ、後発隊に任せてもいいんじゃないでしょうかっ!?」

上条「本音を隠そうともしなくなったな。てかいつの間に結成されたんだ後発隊」

アンジェレネ「い、一応根拠はあるんですよぉ。根拠ってゆうか、ま、まぁ推測でしかないですけど」

上条「思った以上に警備っつーか警戒がザルなんだよな。なんかはやってんだが、そんなに深刻そうには見えない」

アンジェレネ「で、ですよねっ!」

上条「ただ何かがあるのは間違いないかな、とも。魔術使わなきゃいけないような何かが」

上条「それが善意なのか悪意なのか、また善意でやってても他の人を不幸にしちまうのか、って問題もある」

アンジェレネ「そ、それはこっちも同じじゃないですかね。善意で首突っ込んで、お邪魔しちゃったりとか」

上条「喧嘩腰じゃないってのを評価してほしいんだが……」

アンジェレネ「い、いーえダメですよっ上条さん!この世界にはですねっ、多様性ってものがあるのですよ!」

上条「あぁ知ってるその単語。他人の多様性を否定するときに使う言葉だっけか」

アンジェレネ「か、考えてもみてください!わたしはもう帰ってネットして寝たいんですよ!?」

上条「尊重する多様性ってそっち!?氷霧モワってる連中じゃなくて!?」

アンジェレネ「さ、さぁっ帰りましょうかっ!し、シスター・オルソラのお加減も気になりますしねっ!」

上条「おいちょっと待て!そこはマズい!」

アンジェレネ「と、止めないでくださいよぉ!今のわたしは『もうバーベキュー食べられない』って哀しみで一杯なんですからっ!」

上条「お前全世界のシスターさんと俺の中のシスター像に謝れ」

アンジェレネ「か、上条さんの方は謝りませんが、他の方はちょっと言い過ぎたかなぁって」

アンジェレネ「て、てゆうか何をそんなに慌ててるのかとっ」

ミシッ

アンジェレネ「え、え?」

上条「暗くてよく見えないかもだが、まぁ、その、なんだ」

ミシッ、ミシッ、パキパキパキパキッ

アンジェレネ「ちょっ!?足下がっ!?」

上条「手を伸ばせアンジェレネ!崩れる!」

アンジェレネ「う、うわああっ!?」

上条「――間に合え――ッ!!!」

バキッ、ボコボコボコボコッ、ズウンッ!!!

上条(黒犬が引っ掻いた”×”印を踏み抜き、そこから広がった大きな亀裂)

上条(アンジェレネをどうにか引っ張って抱え込み、華奢な体を抱きながら落下する瞬間。今更ながらに俺は理解した)

上条「(――あぁ『崩れそうだから踏むな×』って事ね)」



――???

上条「……」

???「――――――さぁん!――条さんっ!」

上条「……う、ん……?」

???「お、起きてくださいよぉっ!いつまで寝てるんですかぁっ!?」

上条「……あ、うん――うん?」

???「よ、よかったぁっ!目を覚ましてくれて!……埋めなくてすみましたよぉ……」

上条「証拠隠滅から入るんじゃねぇよ。蘇生処置スキップして埋葬ターンは気が早すぎる」

アンジェレネ(???)「め、目覚めた第一声がツッコミはどうかと……」

上条「俺だってしたくはな――イタタ……」

アンジェレネ「あ、頭イタイんでかっ!?大丈夫でしょうかっ頭!頭平気なんですかっ!?」

上条「その言い方だと別の心配してるみたいに言われる。某ボスからは『お前アタマおかしい』ってハードな言い方されたことあるけど」

上条「いや、痛いのは頭、つーか後頭部が……?あれでも俺らここへ落っこちてきたとき、意識あったよな?」

アンジェレネ「は、はいっ。お陰様でわたしはケガもしないですみましたしっ」

上条「身長差ある分、俺の左足がスッゲー痛いぐらいしか……?あれ?じゃあなんで俺意識飛んでんだ?」

アンジェレネ「わ、わたしたちが落ちてきたのは、あそこ、ですね?」

上条「ちょっと待て、今ライト点けっから――あー、派手に崩れてやかるな」 カチッ

アンジェレネ「あ、あそこで落ちてきた場所にそのままいるのは危ないかなぁって。く、崩れてきたら埋もれてしまいますし」

上条「まぁそうだな」

アンジェレネ「で、ですので動けない上条さんを移動させたんですよっ」

上条「そうなの?重かったのにごめんな、あとありがとう」

アンジェレネ「こ、こうシャツ掴んで引き摺ってたらです。そ、そしたらたまたま出っ張っていた硬い岩にクリティカルしまして……」

上条「お前が原因かコノヤロー。どうり背中も泥だらけで痛い筈だぜ!ただ命の恩人だから強くは怒れないけどな!」

アンジェレネ「そ、そうですよぉ!け、決して『ここで強めにぶつけたらシスター・ルチアの心労が減る……いやでも一人で帰るの怖い』とか思ってはいませんでした!」

上条「君さ、実は俺の命を狙ってるヒットマンかなんか?最後は自己保身が打ち勝ったようだけど、誉められはしないからね?」

アンジェレネ「と、というか言い争いしてる場合じゃないんじゃないかなって、思うんですよぉっ」

上条「まぁそうだな。まずは落盤が怖いから、もう少し中の方へ移動しようぜ」

アンジェレネ「こ、ここから登れないですかねぇ?」

上条「うーん……?夜だし、上から日が差してないからまだ繋がっているかも確認できないしなぁ」

上条「体感、10mぐらい落ちてきた?仮に繋がってたとしても、魔術で上がれるか?」

アンジェレネ「ひ、飛行用の術式は廃れて久しいですので……ですけど、落盤や崩落除けはあったかと」

上条「まぁここを登るのは最終手段にしよう。生きてる出入り口あると思うし、ケータイ……は、通じる訳もないか」

アンジェレネ「で、出入り口ですか?ここの?」

上条「いやここ、多分だけど廃鉱山だろ」

アンジェレネ「『な、なんでこんな所に空洞が?』って思ったんですが……ほ、本当に?ここが廃鉱なんですか?」

上条「少し移動しながら話そう。ぶっちゃけここが崩れそうで怖い」

アンジェレネ「は、はいっ」



――バラフーリッシュ廃鉱山 坑道跡地

アンジェレネ「て、てゆうか歩けますか?肩貸しましょうか?」

上条「体格差で潰れるだろ。まぁ平気だよ、痛いのは痛いけど全力疾走できないぐらいで」

アンジェレネ「あ、頭は?」

上条「だから君わざとやってるよね?俺だってもっとクレバーな生き方はしたいよ!一生桂馬みたいに生き急いでる訳じゃねぇしさ!」

アンジェレネ「あ、あー、ショーギですね。つ、常に斜め前にしか移動できず、敵陣深く突っ込んで初めて退却を許されるという……」

上条「桂馬がアホみたいに聞こえるから、うん、そのぐらいで許してあげて」

上条「でも『桂馬は金に成れるからよくね?俺はなれないんだよ?』って思った俺は、少し病んでるんだろうか……」

アンジェレネ「そ、その二択を突き詰めていけば、人類はかなりの数病んでいるかと……」

上条「てか足下注意しろ。岩、じゃないな。レールと枕木あっからコケて泣かないように」

アンジェレネ「ちゅ、注意の仕方がレディへ対するそれと違うような……」

アンジェレネ「て、てゆうか本当に坑道、っぽいですよねぇ……ふはー、ただでさえ乏しい現実感が更に薄く」

上条「ビジターセンターの壁に飾ってあった写真そのまま。てか鉱山なんてどこもそんなに変らないだろうし……ここでいいか」 トスッ

アンジェレネ「え、えぇ?このまま出口を目指すんじゃ?」

上条「出口、開いてると思うか?俺だったら危険だし、人が入れないようにしとく」

アンジェレネ「な、なんでしたらわたし一人で助けを呼びにっ!」

上条「蜘蛛の巣状に広がってるかもしれない坑道を迷わず出口に行くって?」

アンジェレネ「じ、人選さえしっかりしていれば行けると思います!」

上条「おっとまるで俺が今回のアンラッキーの根源みたいな言い方はよしてもらおうか!崩落トラップ踏んだのは俺じゃないしぃ!」

上条「ただちょっと『もしかして俺と一緒にいたから幸運度がマイナス補正なってんのかな?』とかは思ってない!決してそんなことは有り得ないんだよ常識的に考えて!」

アンジェレネ「ぜ、全責任を背負いに行くスタイル……!」

上条「真面目な話。酸素の問題もあるよな」

アンジェレネ「さ、酸素ですか?どこにでもあるんじゃ?」

上条「どうだろうな?通気口関係の設備が生きてれば、って賭けは無謀すぎる」

アンジェレネ「ま、負けちゃうと命が危ないですもんねぇ」

上条「ここは落っこちてきた場所に近いし、上から声をかけられれば聞こえる範囲」

上条「空気も……まぁもしかしたら穴が空いてるかもだし、少なくとも俺たちと一緒に入ってきた分だけはある」

アンジェレネ「え、LEDで良かったかもです!」

上条「オルソラに事情は伝えてあるし、朝になったら探しに来てくれるのは間違いない」

上条「……心残りは『ワイルドハントアレ』が結局なんだったのか、俺たちには解明できないって事だが」

アンジェレネ「し、しょうがないですよぉ!いっ、いざ森の奥へ踏み込もうとしてあの事故ですから!」

上条「俺の記憶じゃ癇癪起こした誰かさんが踏み抜いたと思ったんですけど」

アンジェレネ「じゃ、じゃあ『上条さんがいつもの不幸で踏み抜いた』と、両論併記と言うことで……」

上条「冤罪ってこうやって作られていくんだな。まぁそこは間を取って偶発的な事故にしておこう。話が進まないし」

上条「あと素人考えで悪いんだが、君の霊装で強引に掘り進むってのは……」

アンジェレネ「み、見ます?」 スッ

上条「……革袋ですよね。中身の入ってない」

アンジェレネ「……そ、そうですよねぇ。な、中身入ってませんもん」

上条「これを飛ばしたりは……?例えばそこら辺の石拾って詰めてねビューンっと的な?」

アンジェレネ「き、”金貨袋”が術式のアイコンになっていますので、ビューンはちょっと……」

上条「じゃ、ヒュンッ!ぐらいは?」

アンジェレネ「も、もう一声お願いしますっ」

上条「……とりゃー、ぐらい?」

アンジェレネ「え、えいやっ、ぐらい?ちょ、直で投げた威力は、まぁなんとか」

上条「なんで中身置いた来たのっ!?袋だけって!」

アンジェレネ「し、仕方がないじゃないですかぁ!まさか変な騒動に巻き込まれるなんて思いませんし!」

上条「まぁそうだけどさ」

アンジェレネ「と、とぉぉぉぉぉぉぉっても重い金貨なんて持ち歩けると思いますかっ!?いいや!わたしは思いませんとも!」

上条「シスターシスター。お前の本業思い出して!」

アンジェレネ「し、シスターですけど何か?」

上条「そうだったね!俺も最近忘れ気味だけど魔術師じゃないんだよな!シスターであって!」

アンジェレネ「ま、まぁウチは下っ端からトップまで魔術使いますけどねっ!」

上条「十字教の教えと魔術がどう両立してんのか、一度じっくり腹割って話し合おうじゃねぇか」

アンジェレネ「だ、誰しもがですね、心に大きな棚を持っているのですよ。あ、あなたにも、そしてわたしにも……」

上条「誰かの悪い影響受けてないかな?”レッ”で始まって”サー”で終わるアレ子の影響をだ」

上条「……よし。醜い言い争いは止めよう。マジで酸素が足りてなかったら自殺行為だ」

アンジェレネ「で、ですねっ。体力と空気を温存する方向で」

上条「あーでも、さっき言ってたホテルまで飛ばせるっていうのは……」

アンジェレネ「で、できますよっ。ざ、座標軸を固定する感じですので遮蔽物が多くなければっ」

上条「やっと好材料が出てきたな。オルソラか誰かを案内するってのは可能?」

アンジェレネ「れ、霊装には五感が備わっていませんので、無理かと」

上条「そっか。それじゃ最初に『○○時に落っこちた場所の上空を旋回させます』ってメモ入れて送って」

アンジェレネ「じ、時間になったら飛ばすんですねっ!そ、それはできますよぉ!」

上条「何にせよ日が昇ってからだな。座って休もうぜ」

アンジェレネ「はっ、はいっ」



――

アンジェレネ「き、気になってたんですけど、ライトのバッテリーは平気でしょうか?と、突然切れちゃったら身動き取れないなー、なんて」

上条「発掘隊の人曰く、『点けっぱなしで三日保つ』そうだから。そんなに心配はいらないんじゃないか?」

アンジェレネ「で、でもぉ」

上条「まぁ気になるのは俺も同じだし、念のためこっちのライトは消しとくよ。いざとなったらスマートフォンの液晶で照らせるし」 カチッ

アンジェレネ「そ、そちらのバッテリーも大切にした方がいいと思いますけど」

上条「あぁ心配ない、こっち学園都市仕様だから。『一回充電で一ヶ月!』ってキャッチコピーの」

アンジェレネ「て、適度に充電できないとブラックな職場を助長するだけだとおもうんですけど……」

上条「あとは……あぁ持ってるのは水のペットボトル。飲みかけで悪いんだけど、少しずつ飲んでくれ」

アンジェレネ「ほ、ホテルの部屋に付いてたやつですね」

上条「他にはついつい買っちまうスニッカー○だ!大抵の雑貨屋さんのレジ横に置いてあるからさ!」

アンジェレネ「あ、あー。わたしも好きですけど、カロリーが高いんですよねー」

上条「こっちは……金貨袋の霊装」

アンジェレネ「く、クワドレント星辰の道標です」

上条「を、使うときに体力使うだろうし、アンジェレネが食ってくれ」

アンジェレネ「だっ、ダメですよぉ!倒れちゃうじゃないですかっ!?」

上条「命綱握ってるのはそっちだし、頼りにしてんだぜ?なっ?」

アンジェレネ「……」

上条「あー、でもしかし虫とかいなくてよかったな。インデ○状態だったら、流石に耐えらんなかっただろうし」

上条「緯度が高いからな?坑道の中でも暑くもなく寒くもなく、体力温存する分には悪くな――」

アンジェレネ「あのっ上条さんっ!」

上条「おぉ。別に大声出さなくたって」

アンジェレネ「せっ、責任感じてるん、ですかっ?」

上条「責任?」

アンジェレネ「はっ、廃鉱で遭難しちゃったこと、ですよっ」

上条「まぁ……責任感じてないって言ったら嘘になるよな」

アンジェレネ「や、やっぱりそうですよねっ!」

上条「最初の段階で引き返すって選択肢もあって、犬と遭遇した後にも戻るチャンスはあった」

上条「そん時に大人しく帰っておけば良かったかな、と」

アンジェレネ「に、二回目はともかく、最初のはわたしも同意したじゃないですかっ」

上条「いやでもさ、年下の女の子と歩いててだ?あんま良くない状況になっちまったら、誰だって責任感じるよ」

上条「もっと上手くやっときゃ格好良かったのにな、って」

アンジェレネ「で、でもわたしはっ!嬉しかったです!」

上条「――え!?フラグ的な意味で!?」

アンジェレネ「す、すいませんが、すぐその恋愛沙汰に発展するエロゲ×脳はちょっと……と」

上条「言っとくが全世界のヤローなんてこんなもんだからな?視線が合っただけで『、これ俺に惚れてるな?』って思うアホが多いからな?」

アンジェレネ「す、ストーカーがこの世からなくならない訳ですよっ」

アンジェレネ「……そ、そうではなくて、ていうかシリアスな雰囲気が苦手だからってジョークを挟むのは良くない態度だと思いますよ、もうっ!」

上条「いやー……まぁ欝に欝に入るよりは、まだ前向きだと思うんだが」

アンジェレネ「は、話が逸れちゃいましたけど、フラグ的な意味じゃなくてわたしは、嬉しかったんですって」

上条「どこが?」

アンジェレネ「は、ハギスハントみたいな、なんて言うかな……サマーキャンプ?な、夏になったら子供たちだけで、集まるイベントがありまして」

アンジェレネ「そ、そういうのに参加できたのも、初めてでしたから、ちょっと……と、というか、かなーり浮かれていた部分もあるって言いますか」

上条「それは分かるわ、テンション上がってたしな」

アンジェレネ「お、お恥ずかしいっ」

上条「てかローマ正教ってそういうのやんなかったの?忙しかったりとか?」

アンジェレネ「わ、わたし達はシスターですので、そんな楽しい事とは無縁でした……」

上条「そうなの?」

アンジェレネ「しゅ、修道院、というか聖職者は出家して煩悩を断ち、信仰のため生きるって建前がありまして」

アンジェレネ「で、ですので娯楽はもってのほか、サマーキャンプだなんて行きたいって言えばそれだけで追い出されてもおかしくは……」

上条「シスターってそんなに厳しいのかよ!?」

アンジェレネ「え、えぇっとですね、わたしたちだけではなく、神父様や司祭様もまぁ、そんな感じです」

アンジェレネ「も、もう少しわたし達が頑張れば、シスター・オルソラみたいな生活ができる、かもですが」

上条「自宅あったもんな。自分の財産も」

アンジェレネ「い、今は便宜上修道院へ預けられ、修行している感じですので……」

上条「その割には科学サイドの最前線へ送り込まれてるような」

アンジェレネ「あ、あれはあれで『女子供だから向こうも手は抜くだろう』って、ビショップ・ビアージオが」

上条「君らの認識の学園都市はまだまだ甘いぜ。一番酷い目に遭ってる世代だからな!」

アンジェレネ「で、ですので、スコットランドへの旅行も、ハギスハントも楽しかった……て、ゆうのは不謹慎でしょうかねぇ?」

上条「んー……まぁ、問題ないんじゃないんですかね団長?使節として上手くやったんだから、その合間に息抜きしたって」

アンジェレネ「で、ですよねっ!少しぐらい遊んだっていいですよねっ!」

上条「君らの信仰的にアウトかどうかの判断までは分からないが……」

アンジェレネ「あ、あぁ別にローマ正教を恨んでるんじゃないですっ。行き場のなかった子達を拾ってくれた恩もあるって言いますか」

上条「それ……聞いていい話なのか?」

アンジェレネ「ま、まぁよくある話ですけど、アニェーゼ部隊のほとんどが孤児とか、捨てられた子達ですよ。よ、よくある話なんですけど」

上条「……そっか」

アンジェレネ「し、シスター・ルチアは『自分から来た』と言って・・・ますけど……個人の事情は色々、ですから」

上条「その、気を悪くしたら先に謝っとくが。俺からしたら君らは、あまり良くない環境のような気がする」

アンジェレネ「よ、良くないですかねぇ?」

上条「あぁ。シスターとしての修行はともかくとして、ローマ正教一員として、時には命をかけてってのを見てさ。つーか殴られもしたけど」

上条「無理矢理やらされるんだったら、俺は――」

アンジェレネ「ひ、非人道的かなぁと思わないでもないですけど、これはこれで楽しい、ですよ?」

アンジェレネ「わ、わたし達にとって部隊は仲間であり、家族であり、戦友ですから」

アンジェレネ「……辛いことが全然なかった、って言えば神様に嘘つくなって怒られちゃいますけど、その」

アンジェレネ「シスター・アニェーゼを命懸けで救うぐらいの、恩もありますし、執着もあります」

上条「……そっか」

アンジェレネ「ほ、他の人に聞いたことないので分からないんですけど、多分怖いんだと思います」

アンジェレネ「い、今まで育ってきた環境が変るのが怖かったり、居場所がなくなるのが怖かったりって。し、してるんじゃないかってっ」

上条「それは――最初にオルソラを追いかけてた時の話か?」

アンジェレネ「し、シスター・ルチアも、シスター・アニェーゼやアガター……み、皆さんとても良い人なんですよっ!わ、わたしなんかよりもずっと真面目でしっかりしてて!」

アンジェレネ「ね、熱狂的な信仰とかじゃなく、ただその、皆との居場所を守りたかっただけ、なんじゃないかと」

上条「ルチアは肩叩いただけで攻撃してきたもんな。どんだけ追い詰められてたんだ」

アンジェレネ「あ、案の定、任務失敗した後には『女王艦隊』送りでしたし。わ、わたしたちの危機感は間違ってなかった……悲しいですけど」

上条「なぁ、やっぱ俺一回ローマ正教乗り込もうか?フィアンマの野郎そげぶしてなぁなぁになってんだけど、組織自体をどうにかした方がいいと思うんだ」

アンジェレネ「い、いえいえっ!違うんですよ、そういうことじゃなくって、わたしが言いたいのはシスター・アニェーゼとルチアのことでして!」

アンジェレネ「お二人とも、キツくシスター・オルソラへ上条さんに当たりましたけど、それって決して、その悪意とかじゃなくってですね!」

アンジェレネ「に、任務を全うすることで他のシスターたちを守ろうって、はいっ」

上条「なんだよ、今更じゃんか」

アンジェレネ「い、今更ってなんですかっ!?せ、折角人が勇気出してゴメナンサイする流れだったのにぃ!」

上条「ゴメンも何も首突っ込んだのは俺だったから、別に気にしてもなかったわ。言われるまで思い出しもしなかった」

アンジェレネ「こ、この人は……っ!」

上条「つーかお前らが仲間思いだってのも、実は狂信者じゃないただの人だってのも、今更な話だよ」

上条「ローマ正教のお偉いさんから直々に命令されてんのに、上手く行っても追い出されるのが分かってんだろうに」

上条「『そんなことよりアニェーゼの方が大事だ』って助けに行く時点でもう、俺がお前らを信じない理由なんてなかったんだ」

アンジェレネ「か、上条さん……」

上条「他の連中だってそうだろ?『なんか知んないけど大きな術式』で完成しちまったらアニェーゼが危ないだなんて分かんなかっただけで」

アンジェレネ「あ、あのときは緊急でして伝えるのが躊躇ってましたし……それと」

アンジェレネ「しょ、正直に話せば離反者が増えて、彼女たちに迷惑がかかるって思ってました……」

上条「それがまさかの集団でロンドン移住だもんな。素直に話して協力仰いでた方が良かったかも?」

アンジェレネ「そ、それはそれで問題がありまして……皆さん、臆病で弱っちいわたしと違い、過激な方もいらっしゃまいすので……」

上条「……仮にあのアホ司祭を叩き出して、『女王艦隊』乗っ取っちまったら、洒落にならない粛正部隊が来るか……」

上条「アックアだったら『始末したのである』とか言って見逃しそうだが、他の『右席』だったら、なぁ?」

アンジェレネ「は、はいっ。で、ですので泥を被ったり逃亡するのもわたし達だけでって、シスター・ルチアと決めてたんです」

上条「その優しさをもっと俺と君へ向けてほしいもんだが……」

アンジェレネ「い、いえっ、シスター・ルチアは優しいですよ?」

上条「あぁスール的な意味か。分かる分かる」

アンジェレネ「す、すぐに性的な意味合いを持ち込むのは悪い癖かと……そ、そうではなく気遣い的な意味では、ですよぉ」

上条「きづ、かい?」

アンジェレネ「か、上条さんへ対する当りの強さがYOKOZUNA級であるのは認めますけど、わたしの方は、えっと、かなり」

上条「俺は団長がルチアによく教育的指導を受けてる姿を拝見してるんですが。物理的な意味で」

アンジェレネ「わ、わたしもそろそろレディの口引っ張るのはやめてほしいんですが、その、集団生活になると色々ありまして」

アンジェレネ「そ、そのっイジる、じゃないですけど、そんな感じの」

上条「あー、イジメじゃないんだけど、やられてる本人はたまったもんじゃないアレか」

アンジェレネ「あ、悪意があるって訳でもなくてですね、なんていうかな、やってる人達はスキンシッブかもなんですけど」

上条「ただでさえ小さい子ばっかの中で、団長一段と小さいですからね」

アンジェレネ「で、ですが!率先してシスター・ルチアがご指導してくれるお陰で、皆さんわたしには同情的にっ!」

上条「俺が想像してたのより斜め上の着地点だった。そして多分ルチアの思惑も違ぇよ。親の心子知らずだわ」

上条「『率先して嫌われ役になることで!』みたいな感じじゃないの?話の流れ的にさ?

アンジェレネ「……し、シスター・ルチアが、わたし以外に寛大な態度を取ると思いますか……?」

上条「あー……別にルチア的な優しさはなくって、たまたまダメな子が集中指導されてたら、他から同情が集まった、的な?」

アンジェレネ「た、たまーに追いかけられてる夢を見ますよ……」

上条「立派なトラウマになってんじゃねぇか。もしくは軽めのノイローゼ――まぁ、うん。成程なぁ」

上条「まぁでも、本音の話聞かせて貰ってよかったよ。なんだかんだで上手くやってるみたいだし、不満がそんなにないんだったら良いことだよな」

アンジェレネ「よ、欲を言えばもっとお菓子の量を増やすか、お小遣いを上げてほしいかなぁ、ってのはありますけど」

上条「ちょっと途中ホロッときた俺の感動を返せコノヤロー」

アンジェレネ「け、結構ハードなお仕事の割にはお給金がリーズナブルなんですよぉ。れ、霊装とかも自腹で調整しなくちゃですしぃ」

上条「あぁそれじゃそのワンピ買うのも大変だったんじゃ?」

アンジェレネ「そ、そうですよぉ泥だらけで、破れてるかもだし。折角買ったばかりだってのに、経費で落ちるんですかねぇ」

アンジェレネ「ふ、普段は着る機会もなく、たまたま着たと思ったらトラブル発生しますしっ!踏んだり蹴ったりですっ!」

上条「あー、それじゃ弁償しようか?」

アンジェレネ「べ、弁償ですか?何を?」

上条「だからそのワンピース。今回付き合わせたお詫びも兼ねてプレゼント的な」

アンジェレネ「ほ、ホントですか上条さぁんっ?!本気と書いてマジと呼ぶ方でっ!?」

上条「それ以外に俺は知らないが、まぁマジの方だな」

アンジェレネ「ま、前から良い人だと思ってたんですよぉ!お、お腹を空かせてるといつもお菓子くれましたし、チョロいなって!」

アンジェレネ「――すわっ!?こ、これはまさかルートに入った的な……ッ!?」

上条「いやそれはない」

アンジェレネ「ひ、否定が早すぎますよぉ!もっとこうっ、デリカシーを持って慎重に断るべきかとぉっ!」

上条「注文が多いな。どーしろっつーんだ」

アンジェレネ「さ、最初は軽く受け止めて相手に期待させつつ、なんかこう運命的なアレで無理って理由に持っていく!オーケー!?」

上条「イヤだよっ!?俺知ってるもの!どうせこれ誰かが聞いてて誤解するパターンだって俺知っ――」

上条「――て……………………?」

アンジェレネ「ど、どうしてフリーズしたんですか?」

上条「なんか聞こえないか?」

アンジェレネ「も、もう救助が来たんですかっ!?ふ、ふへー、流石はシスター・オルソラてせすねっ!」

上条「あぁいやそうじゃなくて違うっぽい。てか声のボリューム落してくれ」

アンジェレネ「は、はい……?」

…………ン……ゴト……

アンジェレネ「……し、しますね。”なんか”」

上条「……するなぁ。”なんか”」

アンジェレネ「ち、近づいては……来ない、みたいですけど」

上条「俺たちを探してるんじゃない、よな?こっちの名前も呼んでないし、うーん?」

アンジェレネ「や、ヤなこと気づいちゃったんですけどっ」

上条「なんすか団長」

アンジェレネ「あ、あれってトロッコの音じゃないですかね……?」

上条「ですよねー。それ以外にある訳ねーなーと思ってたけど、現実逃避して分かんないフリしてんだよ」

アンジェレネ「も、問題解決には程遠いかと……どうします?」

上条「閉鎖された筈の廃鉱山でトロッコの音だろ?もうドラ何個乗ってんのかも分っかんねぇよ」

アンジェレネ「さ、さっきの犬二頭と関係があるかも、ですよぉ?」

上条「俺たちがボッシュートリタイアしたかに見せて、実は核心に近寄って行ってたり、とかな」

アンジェレネ「あ、あの子達は廃鉱山へ近寄らせないための番犬だったって可能性も、ありますよねぇ……」

上条「怖い事言うなよ!なんかもっと明るくハッピーな可能性だってあるはずだ!可能性を信じよう!」

アンジェレネ「た、例えばどんなのですか?」

上条「こう、閉ざされた鉱山の中で、荷物も載せずに一人寂しく働き回るトロッコの精霊さんがだな」

アンジェレネ「よ、より怖いじゃないですかぁ!ど、どう見ても魂宿っちゃってますよぉそれっ!」

上条「最近の日本の風潮だと擬人化して女の子になるんだ」

アンジェレネ「に、日本は終わるんじゃないですかね。割とマジでそう思いますよぉ」

上条「――よし、フラグを立てるのは任せろ!出会い頭でぶつかればなんとかなる!」

アンジェレネ「お、おい正気に戻ってくださいこのバカ」



――バラフーリッシュ廃鉱山 坑道跡地

上条「……聞こえなくなった、な」

アンジェレネ「で、ですよね……どうしましょっか?」

上条「行ってみよう。トロッコ使って何か運んでるんだったら、外に出られるかもしれない」

アンジェレネ「ま、麻薬とかだったらかーなーりーヤヴァイ案件ではないかと……」

上条「様子見、てか偵察だな。あっちはまさか他に人がいるっては思ってはないだろうし、そこは俺たちが有利だ」

上条「アンジェレネはここで待っててくれ。落ちてきた穴の方で動きがあるかもしれないし、最悪俺に何かあったら救助頼む」

アンジェレネ「で、でもっ!上条さん足が……」

上条「大丈夫大丈夫、パパッと行ってパパッと戻ってくるから。意外と得意なんだ、潜入ミッション」

アンジェレネ「ど、どう聞いても不安でしかないんですけど……」

上条「いやネタじゃなくマジで。バゲージでも死にそうなったし捕まったけど、まぁなんとかなったから」

アンジェレネ「そ、その軽ーいノリで薄氷踏みに行くのは自殺行為じゃないですかね」



――バラフーリッシュ廃鉱山 坑道跡地 主幹道

上条「……」

上条(音を出さないように静かに、静かーに移動しつつ。つーかゆっくりじゃないと足痛い)

上条(ライトも明るすぎるから、持って来たタオルで包んで光量ギリギリに絞って……よし)

上条(レールは錆びてボロボロ、枕木も腐ったり朽ちてるところが多いから、踏まないようにしてっと)

上条(何かあったら踏み抜いて『そこにいるのは誰だ!?』的なイベントはスキップしたい。注意してれば防げるしな、不幸であったとしても)

上条(てかこっちの坑道は天井も高いし、道幅も広い。何より坑道を支える木の枠?の、作りが明らかにしっかりしてる。メインの坑道?)

上条(床の傾斜は……分かんないか。後で余裕があったらペットボトルの水でも垂らして――いや、地面に撒いたらそのまま吸収されて終わるな。夕涼みか)

上条(あぁ別にぶちまけなくても、床へ立てれば傾斜が分かる。多分入り口から下に向かって掘ってる――のか?どうなんだろう?)

上条(まぁいいや。レールを確認して)

……カツ…………カツ…………カツ…………カツ……

上条(誰か来たっ!?ライトを消し――) カチッ

――

上条(止まった……?)

……カツ、カツ……カツ、カツ……

上条(と、思ったら近づいて来るよオイ。ゆっくーり、音を出さないようにー、元来た脇道へ移動しーのー……)

……カツ、カツ、カツ、カツ……カツ、カツ、カツ、カツ

上条(音は段々近づいて来る。けど相手は見えない、つーか隠れてる脇道へ光が漏れてこない。真っ暗なままだ)

上条(俺みたいにライトの光量絞ってんのかな?てかよく響く足音は鉄のレールを踏む音だろうか?)

……カツ、カツ、カツ、カツ、カカッ、カツ

上条(随分と……音は近くになったのに、何も見えない。何もだ……?何かおかしいぞ?音のリスムも変ってるし)

……カカッ、カカッ、カカッ、カカッ……

上条(スキップ踏み出したな。またなんかご陽気な感じで……あー、はいはい。見えませんよねー、ワッケ分かんねぇよな)

――――――コツッ

上条(――足音は俺のすぐ側で止まった。しかし相変わらず何も見えない……?)

上条(オイちょっと待てよ。これ!ザッケンな!?なんだこれっ!?)

『……』

上条(足音を立てる”何か”は暗闇の中をずっと歩いてきた!灯の一つも持たずに!レールだけを踏んで!)

――カカッ、カカッ、カカッ、カカッ……

上条「……」

……………………

上条「………………ふはー………………」

上条(身動きできず固まっていた、てか足音が完全に聞こえなくなってから、ようやく息を吐く)

上条(……つかなんだアレ……!?意味が分からん!幽霊か?マジモンの幽霊かなんかかっ!?)

上条(廃鉱山でスキップ?ライトも点けずに?トロッコの音追いかけてんのか?)

アンジェレネ「――あ、あのぅ……?」 ピカッ

上条「のぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

アンジェレネ「フォォォォォォォォォォォォォォォォっ!?」

上条「……」

アンジェレネ「――って、な、なんなんですかっ!?あー、ビックリしたなもー!急に大声出してドッキリですかっ!?大成功じゃないですかっ!」

アンジェレネ「ぱ、パパッとって言ってた割には遅いから来てみれば!恩を仇で返すんですかっ!最近のジャパニーズはそういうスタイルですかねっ!」

上条「……なぁ、シスター・アンジェレネ」

アンジェレネ「た、多分上条さんに”シスター”つけられたのは初めだと思いますが。な、なんでしょうか?」

上条「除霊って得意?」

アンジェレネ「きゅ、急に不安になるような事言わないでくださいよぉっ!?」



――バラフーリッシュ廃鉱山 坑道跡地 主幹道

アンジェレネ「……な、なんかまた特大のフラグっぽいですよねぇ……」

上条「実際問題、幽霊っていんの?」

アンジェレネ「わ、わたしも見たことありませんけど、怨念を元にして起動する霊装があるって、神裂さんが以前言ってましたっ」

上条「あー……日本じゃ本場だもんな。天草四郎の怨霊。空飛んだり半分になったり」

アンジェレネ「ぎゃ、逆にこっちのUMAってセンはないですかねぇ?ノームとかコボルトとか」

上条「怖いこと考えちまったんだが」

アンジェレネ「も、もうそろそろSAN値チェックするのも疲れるぐらいすり減ってるんですけど……」

上条「”何か”は視界ゼロ、目の前であっかんべしたって分からない闇の中でスキップするんだよな?」

アンジェレネ「ほ、本当にスキップだったかは分かりませんけど、まぁ支障なく移動はできる程度でしょうか」

上条「俺のすぐ近くで止まったって事は気づいてたのか?俺は見えなかったけど、向こうからは丸見えだったって可能性も……」

アンジェレネ「す、スルーされたのはなんででしょうね?け、獣だったら攻撃するかもしれないのに」

上条「……俺の、俺たちの想像のキャパを超えてる。魔術的な何かなのか、ただの野生動物なのか」

上条「上にいた猟犬――『ワルイドハント』の伝説にちなんだ何か、って事もあるか……」

アンジェレネ「ど、どうなんでしょうねぇ?」

上条「職業『賑やかし』の二人だけだと打開策がない!良い子の皆はパーティ編成を顔グラだけで選ばないようにしようぜっ!」

アンジェレネ「よ、よくあるRPG初心者にありがちな失敗ですか。現実は非情なんですけど」

『…………――ハッハァハハ――…………』 カツーン、カツーン

上条・アンジェレネ ビクッ!!!

『――オー……メランッ…………ドーメー……クーっ!!!』 カツーン、カツーン

『……ソォートー……ッド!!!』 カツーン、カツーン

『ペジェントッ……ラングシッ――』 カツーン、カツーン

上条・アンジェレネ「……」

『……ハーッハハハハハー――……』 カツーン、カツーン

アンジェレネ「……う、歌、ですよね?こ、今度は灯も見えますよぉ」

上条「あぁ。またエッラいご機嫌でご陽気に歌ってやがんな。声からしてオッサンなのは確定だと思うが」

上条「つーか何語?訛りの酷いクイーンズじゃない、よね?」

アンジェレネ「わ、わたしもちょっと分からないですねぇ。『アイスランド』と『グリーンランド』って単語を拾えるだけで」

上条「てか『ロングシップ』って単語も入ってないか?訛りすぎて『ロングシッ!』ってなってっけど」

アンジェレネ「き、聞き覚えのあるよーな、ないよーな……」

上条「俺は残念ながらある。イングランドへ略奪繰り返して人らの船が『ロングシップ』だった筈だ」

アンジェレネ「お、お墓も見つかりましたよねぇ?」

上条「ありましたねー。つーか俺らの主旨はそこの調査でしたよねー」

アンジェレネ「ヴァ、ヴァイキングの亡霊でしょうか……?」

上条「いやまだだ!まだ結論を出すには早いと言えるだろう!」

アンジェレネ「こ、ここで話し合っていてもしょーがないと思うんですけど……」

上条「こんな時こそ科学の力!迷信殺す叡智の光!怨念破れと轟き叫ぶ!」

アンジェレネ「ひ、必殺技出す前フリになっていますが」

上条「スマートフォンの翻訳アプリを起動して、静かにしてみよう」 ピッ

アンジェレネ「け、結局他人任せ……」

上条「あ、読み取ってる。どれどれ……」

『オー、ヴーキティンッ!ティーフレーメランッ!ドーメー、アーバーノーティークーッ!!!』
(外国へ行きますヴァイキングの遠征、そこにはノルド人の先祖達でした)

『パーコンゲシーッ!ソォトーモンヴェドッ!アーバー、ヒーッデンキャンプベーレッドッ!!!』
(王の船ではヒルドの兵士達が戦争に備えています)

『イーズ、アイスランッグランランッオアヤンタンッ!ギグインペジェントッラングシットモトベスッ!!!』
(アイスランド、グリーンランド、シェットランドへの遠征はロングシップで西へと進みました)

『イーフランキイッアイランイングランッ!バーノードマンネミウーバスジェスッ!!!』
(フランス、アイルランド、イングランドでもノルド人は招かざる客でした)

『ヤーフリーデンデミモンデヴィーケッ!エンパーヴェンハンテミマッ!!!』
(あぁ敵は逃げざるを得ません。教皇すらもその力を失います)

『ガッハハハハハハ!!!』
(とても面白い)

『フォーイズバーメムストーレリーケントストットトーファエンエンブワワンッ!!!』
(偉大なるノルウェーを守るために忠実なヒルドは軍務に就きます)

上条「……って感じなんだけど」

アンジェレネ「と、途中の『とても面白い』の意訳がジワジワきますね……」

上条「なんだろうこの歌。訳が間違ってなければ軍歌?」

アンジェレネ「そ、そもそも何語なんですか?アプリに出ていません?」

上条「出てる。『ブークモール』……?ノルウェー王国の公用語です、ってさ」

アンジェレネ「じぇ、ジェンガのように積み重なったフラグが、回収のターンに入ってるのかと」

アンジェレネ「と、といいますか、カッツンカッツン響いているのも、ですよねぇ」

上条「もう廃鉱山じゃねぇよな。トロッコ動かして鉱石かなんか掘ってんだったら現役バリバリだろ」

アンジェレネ「か、隠れて麻薬的なブツの違法裁判ってルートは消えましたけど」

上条「……まともな相手だと思うか?」

アンジェレネ「に、二択でだったら確実に”まとも”ではないと思います。つ、ついでに人かどうかも」

上条「だよな。さってと――ちょっと行ってくるわ」

アンジェレネ「い、行くってどこにですかぁ、って分かってますけど」

上条「まともな相手じゃないんだったら、こっちもまともな手段以外ってのもできる訳で」

アンジェレネ「か、KAMI-KAZEですねっ」

上条「先人の死に様をネタにするつもりはないが、帰ってくるわ。メチャメチャ無事で帰ってくるわ」

アンジェレネ「や、やめません?ゆ、友好的、せめて中立的な方だったらともかくっ」

アンジェレネ「『あー見張り何やってんだー、可哀想だけどじゃあなパパン』的な展開もゼロじゃないかと……」

上条「こっそり発掘してる奴だし、そんな展開になるかもな」

アンジェレネ「だ、だったら隠れましょうよぉ!空気の心配もないですし、おかしな人がいなくなるまで待てばいいじゃないですかっ!」

上条「まぁそうなんだけど――仮に、今までの流れが繋がってたとしよう」

アンジェレネ「つ、繋がってとは?」

上条「霧、犬――っていうか魔術か異能を使う狼、坑道の中の”何か”、そんでもってご機嫌に歌ってる推測オッサン」

上条「これがバラバラで、出所も由来も全然別、今夜たまたま一緒に出ちゃいましたーテヘペロ」

アンジェレネ「か、可愛くないです」

上条「知ってるわ。俺も『あ、これ予想以上にキッツイな』ってやってて思ったわ――とにかく、全部偶然でしたーってのはない思う」

上条「だから職質?場合によっては取り敢えず殴る方向で」

アンジェレネ「か、上条さんも言動をよくよく振り返ると脳筋そのままですよねぇ」

上条「俺だってしたかねぇんだよ!ただどいつもこいつも肉体言語(そげぶ)しないとまともに話も聞きやがらないだけで!」

アンジェレネ「ま、まぁある種の様式美と言えなくもないかもですが。や、やっぱり言えないですけど」

上条「つーことで今度こそパパッと行ってくる」

アンジェレネ「そ、そうですか。わ、わたしはどうしましょう?」

上条「落ちてきたところの近くで待機が良いと思う。万が一戻らなかったら――さっきも言ったがするけど、まぁバックアップ要員って事で」

アンジェレネ「……」

上条「それじゃ戻った頃になったら、突っ込んで来――」

アンジェレネ「あっ、あのですねっ!」

上条「だから声張るなって。気づかれんだろ」

アンジェレネ「わ、わたしも行きますよっ。上条さんだけだと不安ですしっ」

上条「ねぇキミ俺の話聞いてたか?」

アンジェレネ「あ、危ないのは承知の上ですともっ!だ、だからこそ一人で行かせるだなんてできませんっ」

上条「うっ。正論かもだが、最悪二人とも共倒れになるって可能性も」

アンジェレネ「か、可能性可能性ってそればっかりじゃないですかっ!可能性だったら一人より二人の方が成功しやすいですって!」

アンジェレネ「そ、それに上条さんが捕まったとしても、一人寂しく来ただなんて信じて貰えませんよっ。な、仲間がいないか探すでしょうしっ」

上条「……どうしたんすか団長。急になんか人が変った――まさかっ!?」 ペチッ

アンジェレネ「ほ、本気で熱があるのか心配しないで下さい。て、てゆうか乙女のデコに気軽に触れるのはどうかと」

上条「あぁいや実はそう見せかけておいて、『幻想殺し』で他人が成りすましてないかをだな」

アンジェレネ「も、もっと酷いじゃないですかぁ!?そっ、そこまでわたしを信用できないとっ!?」

上条「いやいや、自分で言ってたじゃん。臆病だしって」

アンジェレネ「そ、それはその通りですよぉ。し、シスター・ルチアにいつもいつもお小言いただいてますし」

アンジェレネ「れ、霊装だって金貨をいっぱい入れたら可哀想だとか、本当に当たっちゃったらケガしちゃうとか、そんなことばっかりで」

上条「うーん……?」

アンジェレネ「な、なんですかっ!笑えればいいじゃないですかっもうっ!」

上条「俺は、臆病じゃないと思うけどな」

アンジェレネ「い、いいんですよぉ、別にフォローしてくれなくっても!」

上条「拗ねるな拗ねるな。取り敢えず声落して俺の話を聞け」

アンジェレネ「ま、まぁ少しぐらいなら」

上条「お前は臆病じゃないって」

アンジェレネ「そ、そうは言いますけど、シスター・アンジェレネを助けるときなんて、ホンット怖かったんですからぁっ」

上条「でも怖い怖い言いながら、結局お前はアニェーゼ助けに来たろ?それが全てだと思うんだよ」

アンジェレネ「え、えっと?」

上条「本当に臆病だったら、戦わなきゃいけないときにも竦んで動けないんだよ。やんなきゃもっと悪くなるって時にも」

上条「あぁそれが別に悪いってんじゃない。誰でも強い訳じゃないし、戦えないんだったら他のやり方や人を頼るのが普通だからな」

上条「ただ……そうだな。一緒に助けに行ったシスター・ルチアはどう見えた?臆病かな?」

アンジェレネ「ま、まさかぁ!あ、あんなに必死になってるシスター・ルチア、初めてみましたよぉ!」

上条「だったらその横にいたお前もそうじゃないのかよ?」

アンジェレネ「あ」

上条「少なくとも、友達のために体張ってケンカ止めたり、仲間庇ってケガするようなヤツは――」

上条「――”強い”って俺は思うぜ?」

アンジェレネ「い、いやぁ?そう、ですかねぇ?む

上条「本人がまだ低評価するんだったら、まぁ臆病でも良いと思うけどさ」

上条「いいじゃねぇか。臆病で強い、そんなのが一人ぐらいいたって」

アンジェレネ「……」

上条「な?」

アンジェレネ「は、はいっ!」



――バラフーリッシュ廃鉱山 坑道跡地 主幹道深部

???『オー、ヴーキティンッ!ティーフレーメランッ!』 カツーンッ

???『ドーメー、アーバーノーティークーッ!!!』 カツーンッ

上条「(熱唱してやがるな、このオッサン)」

アンジェレネ「(し、してますねぇ。岩盤掘りながら)」

上条「(つーかなんでツルハシ使ってんの?削岩機とか使えばよくね?)」

アンジェレネ「(わ、わたしに言われましても……ポリシー、とか?)」

上条「(あり得そうなのが嫌だ)」

上条(――押し切られた形で奥へ奥へとやって来た俺たち。一応隠れながら、音出さないように慎重に行動したつもりだった)

上条(だがしかしそんな気遣いいらなくね?と、バカバカしくなるぐらいの無防備さでオッサンが、いた)

上条(まぁ一言で言うと『人間大に引き延ばしたドワーフ』)

上条(想像してほしい。筋骨隆々の長いヒゲ生やしたオッサンがカンテラの灯で岩盤掘ってる姿を!)

上条(しかも何を思ったんだがオッサンの上半身はキャストオフだ!暑苦しいわ!)

上条(お洒落なのか中二なのか、右手は肘ぐらいまで黒い手袋をしている。手袋?布製ガントレット?)

???『パーコンゲシーッ!ソォトーモンヴェドッ!』 カツーンッ

上条「(てか妙に耳に残る歌だなこれ。段々好きになってきたぞ)」

アンジェレネ「(ど、どうしましょう、か?)」

上条「(どうもこうも。これでカタギのオッサンが深夜にダイエットで鉱石掘ってました、ってオチだったら笑うわ)」

上条「(……これ、魔術師か?俺の知ってる魔術師のイメージから遠いのなんのって。頭ん中に『脳筋』って単語しか浮かばない)」

アンジェレネ「(で、ですよねぇ。も、もしも魔術師だったら探知系の術式使うはずですからねぇ)」

上条「(非効率極まりないよな。アックアみたいなスパンの長いツンデレもいるし)」

アンジェレネ「(あ、あの方の立場ってどうなってるんでしょうかね?わたし達以上にローマ正教へダメージ与えたと思うんですが……)」

上条「(寮に帰ったら神裂に聞いてみよう。幽閉されてるし……)」

上条「(いやどっか行ったんだっけ?『黒いマリアブラックマリア』の伝承を探すだとかで)」

アンジェレネ「(ちょ、ちょっと気の早い新婚旅行でしょうかねぇ)」

上条「(ぶっちゃけるとアイツが王室入って困惑するのは超ざまあwwwwwwwwww)」

アンジェレネ「(わ、分からなくはないですけど)」

上条「(あぁでも男の魔術師って全体的にアレな傾向が強――いやごめん。女の魔術師も大概アレだったわ)」

アンジェレネ「(こ、広義じゃわたしもシスター・オルソラも魔術師へカテゴリーされるんですが)」

上条「(バッカお前何言ってんだよオルソラは神様だろ)」

アンジェレネ「(な、何度も言いますけど、ご本人ですら最近引いていると思います、よ?)」

上条「(あー、オルソラがどれだけ女神かってのは後でゆっくり説明するとして……じゃあこうしよう。俺がまず先に出て交渉をする)」

アンジェレネ「(き、危険では?え、英語が通じるかも分からないんですよね)」

上条「(意思疎通はいざとなったらアプリに丸投げする。物理的な危険は、あーっと、君の霊装で威嚇ってできる?)」

アンジェレネ「(い、威嚇、です?)」

上条「(相手の周囲に飛ばすだけでいい。見た反応で魔術師かどうか分かるかもしれない)」

アンジェレネ「(そ、そいうことでしたら、できると思いますよ。た、ただその、威力がですね。き、期待はしないでください)」

上条「(あ−、金貨じゃないからか。中身)」

アンジェレネ「(は、はいっ。上条を待ってた時、適当にそこら辺に落ちていた石を積めたんで)」

アンジェレネ「(そ、相当威力も精度も落ちている、はず、です)」

上条「(具体的にはどのぐらい?)」

アンジェレネ「(わ、わたしはやったことないですけど、普通の状態できちんと使えば骨折はする、とのことで)」

上条「(比重重い金だもんな。ファンネ○が四つ飛んでる時点で怖い――四つ?ここにある革袋二つだけだよな?)」

上条「(学園都市近くで攻撃してきたとき、四つぐらい飛ばしてなかったっけ?)」

アンジェレネ「(け、軽量化を突き詰めた結果、まぁ二袋で、という……)」

上条「(君は臆病以前に直すところがある。人生をナメてるところがだ)」

アンジェレネ「(まっ、まぁまぁまぁっ。こっちもジャグリングで投げるボール、ぐらいの威力はありますからょ」

上条「(ビックリさせるのはできるけど、ダメージを与えるのは向いてない?)」

アンジェレネ「(そ、そんな感じで)」

上条「(オーケー了解。それじゃ相手の周囲に飛ばすぐらいで)」

アンジェレネ「(や、やってみまふっ!)」

上条「(緊張で噛んでる。もっと軽い気持ちでいけばいいよ、致命傷にならないんだったら軽く当てるぐらいで構わないし)」

アンジェレネ「(わ、わかりましたっ!)」

上条「(それじゃ――いち)」

アンジェレネ「(――に、にーのぉっ――)」

上条・アンジェレネ「――さんッ!!!」 ザッ

デカいドワーフ?(???)「ヤーフリーデンッデミモンデヴィーケェェェェッ!エンパーヴェン――」

上条「――どうも。こんばんは?」

デカいドワーフ?「――デッ、フ?」

アンジェレネ「『きたれ!12使徒のひとつViene Una persona dodici apostli』」

アンジェレネ「『徴税吏にして魔術師を撃ち滅ぼす卑賤なるしもべよ!!Lo schiavo basso che rovina un mago mentre e quqlli che racolgono』」

ウヴゥンッ、ヒュギィィイィィィィィィィィィンッ!!!

上条「お?」

デカいドワーフ?「あ?」

アンジェレネ「え、えっ?」

バキッ、メリメリメボキメリメリメリッ!!!

デカいドワーフ?「ヴォォオフッ!?」

上条・アンジェレネ「……」

デカいドワーフ?「――な、ナッテインゲッシェー――」 バタッ

上条「……」

アンジェレネ「え、えっとぉ……?」

……ガタンッ……ガタンッ……ガタンッ……ガタンッ

トロッコを押す少女?「どうしたのよ父さん。大きな音が聞こえ――父さん?」

デカいドワーフ?「……」

トロッコを押す少女?「――父さんっ!?父さーーーーーーーーーーーーんっ!?起きてっ!目を覚ますのよっ!」

アンジェレネ「あっ、あのぅ……?」

上条「……打ち合わせと違ってた、よね?」

アンジェレネ「え、えぇはい。なんか絶好調らしくて、わたしも出したことないようスピードで、バビューンって飛んじゃいました、よねぇ?」

上条「そんな可愛らしい擬音ですらなかったな。一直線にドワーフ親父(仮)の脳天目がけて流星ミーティアの如く突っ込んでったもの」

トロッコを押す少女?「せ、せめて口座番号だけは置いてくの!ヴァルハラにはどうせ持って行けないのよっ!」

上条「あっちはあっちで愉快な親子関係だな」

アンジェレネ「や、ヤっちゃったのはもうどうしようもないですし、前向きに――って上条さん?な、なぜわたしの肩に手を?」

上条「――俺、ずっと待ってるから、なっ?」

アンジェレネ「ま、待って下さいよぉ!?その二時間サスペンスで犯人の恋人が言いそうな安い気休めはなんなんですかっ!?」

上条「刑を償って出てきたら、君に相応しいワンピース――買いに行こうぜ?」

アンジェレネ「まっ、まさかの裏切りがっ!?しかもわたし的にクラって来た話をボケにツッコンできやがりましたねっ!?」



――バラフーリッシュ廃鉱山 坑道跡地

上条・アンジェレネ「――すいませんでしたっ!!!」

デカいドワーフ?「おぉ!こいつがジャパニーズDOGEZAかよ!スゲーな予想以上に低姿勢だぜ!」

トロッコを押す少女?「低姿勢は本当に低いからじゃない、と思うのよ」

アンジェレネ「わ、わたしはやりたくなかったんですけど、こっちの人がどうしてもって言うもんですから――」

アンジェレネ「――で、ですからっ!この人だけじゃなくてわたしにも責任はあるかもしれませんねっ!」

上条「自己保身へ入るのが早すぎる。そりゃ俺にも責任はあるが、実行犯は君だからな?」

アンジェレネ「か、上条さんっ!?この後に及んでなんて言いざまですかぁっ!?」

上条「俺の中で上がった君の好感度がグングン下がってるよ。そりゃあもう滝のように」

デカいドワーフ?「がっはははは!まー気にすんな!んなとこでボーッと突っ立ってた俺も悪いんだ!」

デカいドワーフ?「なぁオイ!見てみろオイ!コブにもなっていやがらねーし大丈夫だろ!」

上条「……いや、ホンットにすいませんでした。てか真面目に病院行ってください。万が一ってもありますし」

トロッコを押す少女?「平気なのよ。父さんをこのぐらいで殺せるんだったら、とっくに遺産で豪遊しているのよ」

アンジェレネ「は、はぁ」

デカいドワーフ?「つーか兄ちゃんと嬢ちゃんよお!なんでこんなとこにいんだ?廃鉱だぜ、廃鉱!」

デカいドワーフ?「それももうすぐ夜明けだ!肝試しに入ってきた観光客って訳でもねーよな?」

上条「あっ、はい。俺たちは地元の『ハギスハント』に参加したんですけど……」

アンジェレネ「と、途中で道に迷っちゃいまして、なんか足下崩れてここに」

デカいドワーフ?「おう!そいつぁは難儀だったな!ケガとかしてねぇのか!?ケガ!?」

上条「俺が少し足挫いたぐらいで」

デカいドワーフ?「どれ!見せてみろ!俺は医者っぽいこともしないでもない!」

トロッコを押す少女?「免許はないのよ。でも腕は確か」

上条「超安心出来ねぇ――って痛っ!?」

デカいドワーフ?「オメェ折れてはねーよ!そりゃ折れてねぇんだから歩けんだろ!なぁ!」 バンバンバン

上条「だからイテぇつってんだろこの親父!」

デカいドワーフ?「あぁ!?ひ弱か!メシ食えメシ!そうすりゃ大抵のケガも体質も治るってもんだぜオイ!」

トロッコを押す少女?「バカな親父がご迷惑をおかけしまして、なのよ」

アンジェレネ「い、いえいえっ。こちらも暴走する人を抱えていますので、お、お察ししますよ」

上条「俺とオッサンを一緒にすんのはやめろ――なぁあんた、ここでなにやってんだ?」

トロッコを押す少女?「あー、そのなんて言うのよ?学術調査?」

デカいドワーフ?「盗掘だぜオイ!」

トロッコを押す少女?「父さんは黙ってるか永久に黙らされるのとどっちがいいのよ?」

デカいドワーフ?「オメェそりゃ決まってんだろ!廃鉱山でツルハシ振るうって、鉱石以外にエクササイスでもしてぇのかバカヤロウ!」

上条「それにしたって不自然だろ。あんたは上半身裸でドリルも使ってねぇし、そっちの子も」

トロッコを押す少女?「あぁ私の目はずっとこう・・なのよ。気にしないでほしいのよ」

上条(そう言って笑う女の子の目は両方とも閉ざれている……確かなんか聞いたことあるんだよな)

上条(目が見えなくなると他の器官が、てか感覚が鋭くなって耳や鼻が良くなったり、空間認識能力が高まるって)

上条(真っ暗な坑道内をスキップしていたのも、多分こっちの子の仕業だろう)

上条(オッサンが大声で歌ってたのも、間接的に迷わないようにって理由かもしれない)

上条「きちんとした装備もなく、灯りなんか前時代式の油カンテラ?そんなもん使って採掘する意味が分からねぇんだよ」

上条「鉱石が崩れやすいとか、燃料の関係で削岩機入れないのはまだ、だけど。せめて照明ぐらいはどうとでもなんだろうがよ」

デカいドワーフ?「カーッ!これだから素人は分かっちゃいねぇんだよ!LEDライトなんか装備しやがって!」

デカいドワーフ?「いいか?コイツを……あぁどっか行きやがったな?持ってなかったんだっけ?」

トロッコを押す少女?「私に預けてたのよ。はい」

デカいドワーフ?「オウありがとな!コイツを見やがれクソガキども!」 スッ

上条「黒、いや藍色っぽい石、か?」

アンジェレネ「な、何かの宝石の原石でしょうか?あ、あんまりパッとしないですけど」

デカいドワーフ?「おう!こいつは『アイオライト』だぜ!日本語ではなんてつーのか知らねぇ!」

トロッコを押す少女?「『菫青石きんせいせき』なのよ。スミレ色の青って意味で、別名『ウォーターサファイア』」

上条「あー、言われれば深い青が一緒だな」

アンジェレネ「さ、サファイアっ!?お高いんですかねっ!?」

上条「食いつきが良すぎじゃないですかね団長さん」

デカいドワーフ?「いや超安いぜ!カットされてねぇ原石が20グラムで100ドル切ってる!」

上条「じゃあ余計になんでそんなの掘ってんだよ。採算とれないだろ」

デカいドワーフ?「バッカオメェ決まってんだろ!実学だよ!俺らは実学で証明してこそなんぼだろうが!あぁ!?」

上条「実学?証明?」

トロッコを押す少女?「まことに遺憾なのだけど、この筋肉親父は博士号を持った研究者でもあるのよ」

上条「……益々分からなくなってきたな。なんで学校の先生が、こんな場所でツルハシ振ってんだ?」

デカいドワーフ?「にーちゃんはよぉ!知ってるか!?ヴァイキング!?よぉ!海賊どもを!」

上条「あんたもそれっぽいだろ。格好もだし、言動も何となく」

アンジェレネ「あ、あんまりはっきり言うと角が立ちますよぉ……」

デカいドワーフ?「スカンジナビアから海渡って大ブリテン島!地中海に雪崩れ込んだり、ポルトガルにまで足を伸ばしたんだぜ!」

上条「ポルトガルは知らんが、まぁここに来たのは知ってる」

アンジェレネ「い、遺跡も近くにありますよね」

デカいドワーフ?「なら、どうやって!?なぁ!どうやって連中は来たと思うんだよ、なぁっ!?」

上条「そりゃ船でだろ。ロングシップだっけ?」

デカいドワーフ?「船は残ってる!俺らが『ドラゴンシップ』と呼んでるロングシップだ!ちっとデカい遺跡掘れば今も出てくんだよ!」

デカいドワーフ?「誰が来たのかも分かってんだ!ノルドに住む蛮族どもが新天地求めて海を渡ってきた!」

デカいドワーフ?「だが!だがだ!『どうやってか』は知らねぇんだよ!誰も知らねぇ!」

上条「どうやって?」

トロッコを押す少女?「今と違ってGPSも衛星も、ついでに羅針盤も方位磁石もない時代に、どうやってヴァイキングは海を渡ったのかって事なのよ」

アンジェレネ「さ、最初の一回が偶然で、あとは憶えて、とかじゃないんですか?」

トロッコを押す少女?「偶然流れ着くってこともあるのよ。二度ぐらいまではその範疇なのよ」

トロッコを押す少女?「植民するぐらい、”航路”として開拓するぐらいに精通するには、何度も往復できないといけないのよ」

デカいドワーフ?「おう!どんだけ根性入れてもできねぇもんはできねぇんだよ!オメェ、アレだぜ!海のど真ん中で舵渡されてだ!」

デカいドワーフ?「『こっからあっちへ真っ直ぐ行けば新大陸がある!』って言われて行けるか?なぁ!行ける訳がねぇよなぁ!」

トロッコを押す少女?「なので最低限の知識、四分儀はとかもく、方位ぐらいは分かってたんじゃないか、それが父さんの学説なのよ」

上条「方位だけでも厳しいが……その話と鉱石がどう繋がるんだよ?」

アンジェレネ「こ、こちらの宝石が磁気を帯びてて、的な話ですか?」

デカいドワーフ?「ちげぇよ!アイオライトはただの石だぜ!」

上条「んじゃどうやって?」

デカいドワーフ?「おう、消せ!にーちゃん嬢ちゃんもライト消さなきゃ始まらねぇよ!」

上条・アンジェレネ カチッ

デカいドワーフ?「よーしよしよし良い子だ!アイオライトを持て!なぁ!」

トロッコを押す少女?「指で挟むといいのよ」

上条「うん。カンテラの光に当たって、まぁ綺麗は綺麗だけどさ」

アンジェレネ「ほ、方位とは特に関係がないような……?」

デカいドワーフ?「アイオライトはだ!ヴァイキングの間じゃこう言われたんだぜ――」

デカいドワーフ?「――『陽光石サン・ストーン』ってな!」

トロッコを押す少女?「斜長石じゃなくて、あくまでも俗名なのよ」

上条「太陽の、石?」

アンジェレネ「――あ、あれっ?上条さんこれっ!」

上条「どした?」

アンジェレネ「こ、ここ見てください!」

上条「んー……?別になんか変化があるって訳でも――いや、色が変ってる、か?」

アンジェレネ「こ、この石をもっと灯りの方へ傾ければっ……」

上条「暗い紺色が、全体的に明るい緋色になった……ッ!」

デカいドワーフ?「おうそうだ!伝説だ!今んとこ伝説でしかねぇがヴァイキングどもはこの石を持って航海に出たんだ!」

デカいドワーフ?「洋上で!帰るべき道も進むべき道をも見失ったとき!このアイオライトを太陽へ掲げ、その色が変ったかどうかで方角を知ったんだ!」

上条「スゲェ……!」

デカいドワーフ?「俺ぁよ!俺は当時の工具で見つかるか試してんだよ!電気の灯りもそりゃ悪かないが、カンテラかタイマツで照らしたもんだぜ!」

トロッコを押す少女?「光量が一定のままより、不安定な光が揺れて明滅した方が反射して分かりやすいのよ」

上条「そっか……鉱石一つ探すのにも昔の人の知恵があるのか」

デカいドワーフ?「おうよ!つっても文献に残ってる話じゃねぇから、俺の仮説だがな!」

アンジェレネ「た、大変なお仕事なんですねぇ――そ、それで結果は?」

デカいドワーフ?「おう!捗ってねぇとも!この鉱山にゃアイオライトが採れたって記録があるんだが、どこっては書いてねぇんだよ!」

上条「大声で言うようなこっちゃねぇよ。ポジティブか」

トロッコを押す少女「悲観的になるよりは、まぁいいと思うのよ……家族さえ巻き込まなきゃ」 ボソッ

デカいドワーフ?「がっはははは!言うぜ娘よ!一人は皆のため、皆は一人のためだ!」

上条「……意外と真面目な研究中に襲撃しちゃってマジすいませんでしたっ!」

アンジェレネ「し、したっ!」

デカいドワーフ?「いいぜ!あんなもんで倒れる方が悪ぃに決まってる!俺の鍛え方が足りなかっただけだ!」

上条「それでも昏倒はしたんで、一回病院行って診て貰った方がいいと思うんですが」

デカいドワーフ?「嬢ちゃんが石詰めて投げたんだろ?当たった俺も俺だ!」

アンジェレネ「さ、流石のわたしもカタギの方に罪悪感が……!」

デカいドワーフ?「おう!まぁ事情が分かったらメシだ!こんな辛気くさいところから出てメシ食おうぜ!」

上条「あぁいや、俺たちは出口と、できれば街への道さえ教えても――」

デカいドワーフ?「おうっウルッセェなバカヤロウ!ガキが遠慮してんじゃねぇ!オメェケガしてんだろ!ケガ!」

トロッコを押す少女?「って、父さんも言ってるし、厚意に甘えればいいのよ。外見は人喰いクマだけど、人助けが趣味みたいなものなのよ」

上条「あー、それじゃ少しだけ。すいません」

アンジェレネ「あ、ありがとうざいますっ。じ、実はわたしお腹ペコペコで」

デカいドワーフ?「ダイエットか!食うもん食わねぇとウチのカギどもみたいに育たねぇぞ!」

トロッコを押す少女?「ぶん殴るのよクソ親父」

アンジェレネ「い、いえいえ、そういうことではなくてですね。そ、そのっ『ハギスハント』でバーベキューもするって聞いてまして」

アンジェレネ「しょ、食事を少し少なめにしてたのが、こう、裏目にですね」

上条「あれ?そんなシーンあったっけか?」

デカいドワーフ?「おう!なら食え!これでもかって食いやがれ!俺が拵えたハギスもあっからよ!」

アンジェレネ「あ、あっはい、ごちそうになりま――拵えた?い、いま拵えたって言いましたかっ!?」

デカいドワーフ?「おうっ!なんだ!ハギス嫌いかよ嬢ちゃん!」

トロッコを押す少女?「きっと作り方が悪いのよ。父さんの料理は、まぁ……悪くはないのよ」

アンジェレネ「や、野生のハギスを捕まえて……?」

デカいドワーフ?「がっはははははははははははは!野生のハギスなんていねぇよ!」

アンジェレネ「――――は、ハァっ!?何言ってんですかっ!い、イベントもあるぐらいの!」

トロッコを押す少女?「あぁネタなのよ。町興しでUMAをゆるキャラにして名産物をアピールする的な」

デカいドワーフ?「おう!ハギスってのは羊の胃袋に内蔵詰め込んだヤツだ!」

上条「あー……やっぱりそうか。羊の匂いがしたんだよな。しないのもあったけど」

デカいドワーフ?「ソイツも一応ハギスだ!羊肉がねぇときにはブタでもウシでも使うからな!なぁ!」

トロッコを押す少女「正直私もウシの方が好きなのよ」

上条「だ、そうなんですが団長……団長?」

アンジェレネ「そ、そんなぁぁぁぁぁっ…………」



――バラフーリッシュ廃鉱山から街へと続く林道

アンジェレネ「ふはぁ……疲れましたねぇ、なんかもうヘロッヘロですよぉ!」 ググッ

上条「……まぁな。夜も明けちまったし、なんだかんだでほぼ徹夜か」

上条「てか君はハギス絶滅させる勢いで食ってたな。お腹ぽっこりしてんじゃねぇか」

アンジェレネ「い、いいじゃないですかっ!ちょ、ちょっとだけあの愛らしい姿に罪悪感があったのも、無事自己解決しましたし!」

上条「食ってただろ。ネタバレする前から果敢にむさぼり食ってただろ」

アンジェレネ「さ、さぁっ帰りましょう上条さん!し、シスター・オルソラも心配されてるでしょうしっ!」

上条「あぁそうだ。ケータイ使えるんだからメールでも送っ――」 ピッ

上条「……あー……」

アンジェレネ「こ、壊れちゃいましたか?」

上条「いやぁ、そうじゃないんだけどな。メールボックスに大量の遅延メールが詰まってる。あと着信のお知らせが山のように」

アンジェレネ「そ、それは気が引けますよね。悪い事しちゃったなーと」

上条「それはまだいいんだよ。ただなー、それだけじゃないらしくてな」

アンジェレネ「は、はぁ」

上条「タイトルからして来てるみたいだ。こっちに」

アンジェレネ「し、シスター・オルソラが?」

上条「いいや」

ルチアの声『――ンジェレネッ!シスター・アンジェレネはどこにっ!?』

アニェーゼの声『落ち着いてくださいよ、シスター・ルチア。心配っちゃあ心配ですけど、あの人と一緒なんですから最悪って事にゃなんないでしょう?』

ルチアの声『何を言っているのですかシスター・アニェーゼ!?一緒だからこそ問題ではないですかっ!』

ルチアの声『いいですか?確かに寮生活はしっかりしていましたし、多少見直さないでもないですが、それとこれとは別です!』

ルチアの声『いついかなる時でも地雷を踏み抜くあの男に、シスター・アンジェレネが巻き込まれるのですよっ!?』

ルチアの声『今頃どんな騒動にいるのやら……!』

アニェーゼの声『何一つ否定出来ないのが辛いところですかねぇ』

上条「――って感じに」

アンジェレネ「あ、あははー。あ、ありがたいのはありがたいですけど……」

アンジェレネ「す、少し、くすぐったいような、でも嬉しいような」

上条「履歴を見るに、神裂を脅してバス借り切って強行軍だそうだ。愛されてんなぁ、お前」

アンジェレネ「か、かもしれませんねっ!わたしの仲間は素晴らしいですからっ!」

上条「そのすぐ調子ぶっこく癖はなんとかしろ……まぁいいか。それも個性だしな」

上条「行こう――もとい、帰ろうぜ」

アンジェレネ「は、はいっ!……あ、そういえばっ」

上条「はい?」

アンジェレネ「わ、わたしのワンピースを買い換えのお出かけ、ご予算はどのぐらいまで出して頂けるのでしょうかっ?」

上条「どのくらいも何も、同じの買えば良くね?」

アンジェレネ「え、えー、そんなケチくさい事言わないでくださいよぉ。ご苦労分もカミすれば、食事付き映画付きが妥当だと思うんですが」

上条「レートが高い!俺も頑張った分が反映されてない!」

アンジェレネ「と、というかこのワンピもですね、ある意味上条さんに汚されたと言っても過言ではなく……」

上条「お前それ絶対にルチアの前で言うなよ?確実に俺シバかれる未来しか待ってねぇんだからな?」

アンジェレネ「じゃ、じゃあテーマパークでたかり放題プランというのも……」

上条「おーいルチア!お前の残念な相方はここにいるぞっ!」

アンジェレネ「な、なんで呼んじゃうんですかぁもうっ!?ここは『ヤレヤレだぜ』って快くオゴるシーンですよぉ!」

上条「ヤレヤレ言ってるだろ。日本語のヤレヤレは『もしかして;中二病』だぞ?」

上条「というか別に俺はこのまま騒動を起こしてウヤムヤにするって高度な駆け引き、じゃないな。そういう」

アンジェレネ「せ、セコッ!?往生際が悪いですねっ!」

ルチアの声『――いましたね!ケガはありませんかっ!?気分が悪いとか――』

上条「――これでよし!上手く誤魔化せたぞ!」

アンジェレネ「や、約束は約束ですからねぇっ!?忘れてなんかあげませんから――」

アンジェレネ「――わ、忘れるなんて、無理ですよぉ……」



虚数海の女王 第二話 アンジェレネ「み、未知なるグラスコーに幻の珍獣を求めて!」 −終−

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