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Clock(trial)

オルソラ「いいえ。人が人を愛しむ、その何が罪なのでございましょうか?」

 
――ヴェネツィア市街 夜 回想

マタイ「……」

上条(船を追っていった先にいたのはマタイさんとオルソラ、そしてアンジェレネ――)

上条(――その”三人”だ。そう、たったそれだけ。ローマ正教の魔術師たちはどこにもいない。さっきの仮面の人も)

アニェーゼ「――皆さんっ!」

オルソラ「アニェーゼさんも、上条さんもよくご無事で」

アンジェレネ「そ、それは良かったんですけど……し、シスター・ルチアはどこに……?」

上条「……あぁうん。その話は後で」

アンジェレネ「ま、まさか怪我でもしてんですかっ!?きゅ、救急車っ!」

上条「そういうんじゃないから、うん。危険な状態とか、敵になんかされたりとかそういうんじゃなくて」

上条「元気、なんだけど、元気じゃないっていうか」

アンジェレネ「は、はぁ?」

上条「それよりもマタイさん。聞きたいことがある――」

マタイ「そうかね。しかし君に話すことは何もない」

上条「――ん、ですが?はい?」

マタイ「これはローマ正教の話だ。部外者へ話すことなど何もないよ、と言い換えねば理解出来ないかね?」

上条「ちょ、ちょっと待ってくれよ!俺には何が何だか!」

上条「『部屋』も見つけたは見つけたし、何よりも運んでトンズラしてる連中がいるんだよ!今攻撃しないでいつ!?」

上条「それともアレか?実はあの船に発信器か何かつけてて、これから泳がせようって話なのか?」

マタイ「――アニェーゼ=サンクティス、並びにシスター・アンジェレネに命を下す」

上条「無視すんなコラ。シスの暗黒○みたいな格好しやがって、あ?」

マタイ「これはマタイ=リース前教皇の言葉であり、同時にローマ正教の総意と捉えても構わない。正式な命令書は日を追って送付しよう」

上条「お、おい、マタイさん?」

マタイ「今後一切、あの『四角錐の部屋』及び彼らへ対しての接触を禁じる。間接的に調べることも含め、全て、だ」

マタイ「以上の禁が守れなかった場合、君が持つ十字架を返してもらうことになる。そう知るが佳い」

アニェーゼ・アンジェレネ「……」

オルソラ「……せめて、せめて理由をお聞かせ頂けませんでしょうか?確かに、私たちは微力な助けにもなりませんでしたが」

マタイ「オルソラ君。君は確かローマ正教徒たる資格を失っているのではなかったかね?」

オルソラ「はい、マタイ=リース法王猊下の仰るとおりでございます。私――わたくしは正式にローマ正教からイギリス清教徒へと改宗した身にございます」

オルソラ「――が、しかし彼女たちの友人として口を挟むのはいけない、そう聖典のどこか書かれてあったでしょうか?」

マタイ「……君もイギリス流が肌についてきたようだな。あの鎌は付いて回ると」

オルソラ「ありがとう存じます」

マタイ「君の心情を汲んで言えば、まぁ、尊厳かな?」

オルソラ「尊厳、でございますか」

マタイ「これ以上は語る意義を見出せない。さて――アニェーゼ=サンクティス。返答は如何に?」

アニェーゼ「……謹んで、承ります……」

上条「おい待てやコラ!事情も言えないし破ったら破門だぁ?そんな一方的に言うだけ言ってはいそうですか、って納得できるか!」

マタイ「私は君に納得して貰う必要がない思っている。残念だったね」

上条「皮肉の言い方がちょっとステイルに似てんなあんた!半世紀後あんたみたいになったどうすんだよ!?」

マタイ「彼も私も現場の人間だからね……まぁ、君たちも疲れただろう?空港までは車を手配しているから、そちらへ乗りたまえ」

上条「それ監視――だからさ!」

アニェーゼ「上条さん!」

上条「お前も言ってやれよ!助けるにしたってもっといい方法はなかったのとか、そもそもお前らの管理責任がなってなかったのが悪いとかさ!」

アニェーゼ「……いいんです、収めて、ください」

上条「お前らがそんな悲しい顔する必要なんてねぇんだよ!全部、全部そうお前らの関わりの無いところで決まって、被害ばっか押しつけられて!」

アニェーゼ「いいんですよっ!だからもうっ!」

上条「……っ!」

アニェーゼ「……ね?私は、はい」

マタイ「話はついたかね?まぁヴェネツィア滞在時間一日弱というのも辛かろう。いつか禁が解かれた暁には、ゆっくり観光を楽しむが佳い」

オルソラ「……楽しめる、でしょうか」

マタイ「君も知っての通り、カーニバルの道化にも守るべきものがある。哀れな舞台回しとはいえどな」

マタイ「予定された台本を引き千切ってでも、というだけの話。それが滑稽であればあるほど笑えるであろうよ」



――学園都市 現在

上条(ちょっと恐縮するような豪華な車に乗せられて、旧オルソラ亭へ行って荷物を回収)

上条(ロンドン行きの飛行機のビジネスクラスに乗せられて、イギリスついたらステイルに確保)

上条(オルソラたちと引き離されたかと思ったら、『寮母なんかしてる場合じゃないだろう?』ってロン毛神父に切って捨てられ)

上条(俺は一人でエコノミーで帰国……なんも解決してないよな。てかイギリスついてからヌァダの姿も見なかったし、他のシスターや天草式とも会ってない)

上条(何が何だか分からない……けど、終わった、のは分かる。それだけは)

上条(アニェーゼたちにとって死刑宣告に等しいあの台詞。ルチアがあの場にいたらマタイさんを攻撃してたかもって思うぐらいの暴言)

上条(……ルチアの話はオルソラだけに伝えたけど……アニェーゼは落ち込むだろうなぁ。アンジェレネもだが)

上条「……」

上条(『女王艦隊』に感じてた違和感はアレか。”そもそも十字教の霊装じゃなかった”ってオチだった)

上条(変だとは思ったんだよな。十字教の持ちモンだったら修理できないなんて訳はなく。人前に出さないのもそれが原因)

上条(てか一番大切だろ、そこ。俺だったら量産するわ)

上条(今にして思えば……オルソラやキャーリサが何か、言うのを迷ってた節もあるし……なんとなくは、可能性の一つとしては、ぐらいはあったんだろう)

上条「……」

上条(寮母生活……俺が予想していた百合の話が咲き乱れるのとは引くぐらいベクトルが違ってはいたけど、まぁそれはそれなりに楽しくはあった)

上条(仲の良いシスターも何人かできたし、友達だって言える子も。アンジェレネやアガターもできた)

上条(こんな形で終わっちまったのは残念――どころじゃない。未練でしかない)

上条(ずっと続けられるなんてのは無理な話だし、いつかは終わりが来るのも分かってた。そもそも休みの間だけって約束だったし)

上条(……あぁ。シスターさんたちからとったアンケート、まだ全員分作ってねぇんだよなぁ……)

上条「……」

上条(何が悪かった?どこで失敗した?何をどうしてどうすれば成功していた?)

上条(ヌァダに絡まれてヴェネツィア行きまではもう無理だ。流れからして逆らいようがなかった)

上条(オルソラの家に着いてからも……マタイさんに出くわして――まぁ監視されてたんだろうし、見つかるのも時間の問題)

上条(そして俺たちがついてその日の夜に事態が大きく動いた。一日でも遅かったら間に合わなかった……筈だ)

上条(と、考えればこの事件に関われたのは一日だけ。帰りの遅いアニェーゼを探して遭遇戦)

上条(……クッソ!結局足りなかったのは俺か!俺があそこでオッサンを倒してれば、少なくとも痛み分けぐらいには持って行けた!)

上条(魔術や霊装にはほとんど頼らず腕力だけで戦う相手。神裂にアックアみたいな相手には弱い)

上条(『右手』……には感謝しかしてないけど、そうじゃなくて、それだけじゃなくて……)

上条(もっと何か、力があったらな、って思うときはある)

上条(そうすりゃさ?他の誰かが傷つくようなことはなく、全部上手く行ったら嬉しいなって一度は。誰だって)

上条「……」

上条(……いや、それをやろうとしてたのはフィアンマか。あいつのやり方に正しさはなかったけど、世界を救うために力を求めたって気持ちが)

上条(あいつ一人だけじゃない。魔術師の多くが”足りない”世界をどうにかしようっては、してる)

上条(少しだけ、そう、少しだけは分かる気がする……)

上条「……」

上条(アニェーゼ、ルチア、アンジェレネ)

上条(狂信者――ってのが最初に会ったときの印象。最初っていうか、ネコ被ってたのを脱いでからだが)

上条(けど、まぁ、なんだ。結局の話、どうかしてたのも後がない証拠。あそこまで、パンツ見られたら恥ずかしいって女の子を追い込んでた奴らがいる)

上条(少なくとも。神様のためじゃなく、友達のために命張れるアニェーゼたちを。俺は好きだし見捨てたくないって思う)

上条「……」

上条(あんな終わり方は、ない。あんな終わらせ方ってのはダメだ)

上条(なら――どうする?力のない、少なくとも別の戦いで役に立たない俺が……?)

上条「……」

上条(誰か、に助けてもらうってのはどうだ?今度は間違わないように。事情を話せば一人ぐらい、手伝ってくれる、とか……)

上条「……うん。話すだけは、うん。『ちょっと魔術師殴りに行かないか?』みたいな?」

上条「いやでも俺だったら――あぁ行くわ!事情聞くか聞かないかぐらいで行くな!」

上条「なら、一人ぐらい……いる、か?」



――学園都市 路上

打ち止め「ねーねー、ねーってばー!っミサカはミサカは気を引いてみたり!」

一方通行「出店には寄らねェよ。黄泉川のメシが食えなくなンだろうが」

打ち止め「ダイジョーブなのだ!このミサカの器はたかがクレープとタコヤキとお好み焼きでいっぱいにはならないとミサカはミサカはハードルを上げてみる!」

一方通行「どれか一つや絞れよ。お預け喰らってるガキが調子ぶっこいても、全部却下されるって決まってンだからな」

番外個体「――チョコバナナのツナマヨトッピング。あと紅ショウガも乗せられる?じゃあそれでよろー」

一方通行「すいません。その人知りません」

番外個体「おぉっと対応が随分違うねぇ!このミサカもそのミサカも同じミサカなのに!」

一方通行「バカなガキは叱りつけて育てるもンなンだよ」

番外個体「あれ?私は叱られてないんだけどにゃー?」

一方通行「オマエは余所の子だろ。つーかいつまでいンだよ鬱陶しい」

店員「あ、あのー?作っちゃったんですけど……」

一方通行「……食えよ?食うンだよなァ?そのゲテモノトッピング注文したンだったら、絶対にギャグじゃなくて」

打ち止め「じゃ私はシンブルにゴージャスストロベリーココナッツクレープお願いしまーす!ってミサカはミサカはこっそり追加オーダーする!」

一方通行「”シンプル”って言葉の意味違くねェか?その一時期流行った髪盛りみてェなの、残したら誰が食うと思ってんだ?あァ?」

店員「い、今ならキャンペーンでソフトが無料でトッピングできますけど……」

打ち止め「ぜひに!」

一方通行「おい店員オマエあれだ。舐めてンだろ?見てたよな、最初っから俺が『間食すンじゃねェよ』ってのずっと見てたよなァ?」

一方通行「あの一瞬でゲテモノクレープ作れるわけねェし、オマエ俺がダメだっつってンのに黙々とオーダー受けやがって」

店員「せ、セットでポテトも割引になりますけど」

一方通行「気弱のキャラで押しが強いってどォだよ?そして俺の話を、聞け」

番外個体「あ、この人には一番人気の無いメニューをお願いしまーす☆」

店員「か、かしこまりました」

一方通行「よォく聞こえてンじゃねェか。なら俺の話も聞け」

店員「こ、こっちも商売ですし……」

一方通行「向いてねェよ。もっとアングラの方が向いてンぞ」

店員「だ、誰かが潰しやがったので……」

一方通行「ここでオマエの顔面も潰してもいいんだけどォ?」

店員「い、いえ感謝してない訳では……ただ、その、転職するにも中々上手くは」

一方通行……オマエ次第なンじゃねぇの?少なくとも強引に客から注文取ってる時点で、充分やってけるわ」

店員「つ、追加オーダー、ポテト山盛り入りましたー……」

一方通行「してねェよ。ポテトの”ポ”の字でも言ったか、俺?なァおい、言ったかって聞いてンだよ」

一方通行「つーか今日初めて”ポ”って言ったわ。中々使わねェンだぞ、”ポ”」

打ち止め「あー、確かにそうかもってミサカはミサカは同意してみるっ。ポーク、ポーカー、ポッキ○ぐらい?」

番外個体「ポケット、ポーランド、ポルノ……あんま使わないね、確かに」

店員「ぽ、ポイントカードをお作りしましょうか?」

一方通行「いらねェよ。オマエとはもう二度と会いたくもねェし、ここにも来ねェよ」

店員「お、お会計は感謝の意味を込めて、今回はサービスとなっております」

一方通行「サービスしてねェわ。クッソ甘いのとクッソゲテモノの食べ残し、押しつけられるのは俺なンだからな?」

店員「さ、ざまぁ的な意味ですので……」

一方通行「オマエなンか悪い事してみねェ?そうすりゃ気兼ねなくぶっ飛ばせンだけどよぉ?」

打ち止め「まーまーそんなことはいいから早く食べるのだ!ってミサカはミサカはベンチに引っ張るー!ズルズルーって!」

一方通行「体格差で無理あンだろ」

番外個体「……うっわーこれ意外と普通に食べられる……チッ、失敗した!」

一方通行「オマエも覚えとけよ?いつか決着つけっ――」

一方通行「……?」

打ち止め「どーしたの、ってミサカはミサカはフライングしつつ気遣いを絶やさないのだ、モグモグっ」

一方通行「行儀が悪りィ。あァいや、なンかな」

番外個体「どーせいつもの負け犬じゃないかにゃー。『はぐれメタ○倒してワンチャンゲット!』みたいなしけた気配だぜ」

一方通行「まァ……そン時は、だ」

番外個体「えー?ハントしようぜー?軽ーく返り討ちにして小遣い稼ごうよー?……裏切って相手に加勢したらマジ面白そう……!」

一方通行「ンなことしたらオマエごとぶち殺すからな」

……

上条「……」



――学園都市

浜面「――なぁ、滝壺。俺はいつ疑問に思っているんだ」

滝壺「……はまづら、急にどうしたの?」

浜面「俺が思う男ってのはクール&タフ!例え危険があっても顧みず、女の吐いた嘘に気づいていても信じて立ち向かう!そんなナイスガイが俺の目標だ!」

滝壺「……まぁ、ある意味、はまづらもそう……かな?」

浜面「最終的にはヘリも棒きれで落したいぜ!」

滝壺「それもう、まーべ○ひーろー……」

浜面「でもそれは目標であって現実は厳しい!俺は滝壺とバニーさんへ対する無限の愛ぐらいしか誇れるものがないんだ!」

滝壺「意匠と彼女を同列視するな?二度とするな?」

浜面「だから俺は優しさを!レディースへ対する優しさを特化したいって今年は誓ったんだ!」

滝壺「……単語的には間違ってないんだけど、日本語的にはちょっと……うん」

麦野「”ladies”ね、”'s”じゃなくて」

絹旗「浜面が超中途半端な知識で言うからですよ。超反省しましょう」

浜面「……」

麦野・絹旗「なに?」

浜面「なぁ、俺と滝壺ってデートしてるんですよね?」

滝壺「……うん、そうだよね」

麦野「何言ってんのよ。昨日から張り切ってたでしょうが」

絹旗「ですよねー。『しまむ○で買った新しいトランクスおろそうかな……?』って、お風呂場の鏡の前で超葛藤してましたしね」

浜面「……理解してくれてるのはサンキューなんだが――」

浜面「――どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおしてお前らが着いてきてんですかねっ!?」

浜面「さも当たり前のように家出るときも一緒だったから、『あぁ駅まで一緒に来るんのかな?』って思ってたら――」

浜面「――同じ電車に乗ったばかりでウインドゥショッピングして昼飯食ってブラっとして、その後スイーツでも食べられるお店探そうか――」

浜面「――ってずっと一緒じゃん!?何お前らデートについてきてんの!?なんかおかしいと思ったんだよ!?」

麦野「ノリツッコミが長いわー。何も言ってこないからもう諦めたのかと逆に不思議だったわー」

絹旗「あ、すいません。ここの通りを超少し入って貰えますか?寄りたい場所があるんで」

浜面「聞いてよおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉもうっ!人が魂の叫びを上げてるんだからさ!」

滝壺「……よしよし、わたしはそんなはまづらを応援しているから、ね?」

麦野「ダメ男のダメな所業を肯定して更にダメ化させる彼女って一体」

絹旗「ある意味、将来へ向けての超純水培養と言えなくもないですが」

浜面「誰がダメ男だっ!?俺はやれば出来る子だったんだよ!ただちょっと環境がアレだっただけで!」

麦野「良かったわよねぇ、はーまづらぁ?スキルアウトから人生アウトまで身を落したら、たまたま優しい女子たちに出会えて、なぁ?」

浜面「……女の”子”?」

麦野「よっしテメェ死ぬか」

絹旗「超待ってください麦野!『アイテム』解散・再結成そしてまた解散だったらファンの人に超怒られますから!」

滝壺「あーてぃとすと気取りのばんどまんじゃないんだから……ファンの人、いるのかなぁ……?」

絹旗「実はシタッパーズには派閥があり、麦野派・フレンダ派・絹旗派・滝壺派と超分かれていました」

滝壺「なにそれこわい」

絹旗「なので滝壺さんから超目をかけられていた浜面、実はシタッパーズたちからも超恨みを買っていたって背景が」

麦野「そんなのあったんだ?誰も口説こうとしてこなかったけどね」

浜面「ちなみに口説いてきたら?」

麦野「半殺しにして追放するわね」

浜面「だから誰も怖くてしなかったんだよ!そういうトコ反省して!麦野さんは悪いと思って!」

麦野「知らない男から言われたら怖くない?」

滝壺「むぎのは……たまに出るよね、乙女なとこ」

麦野「えぇまぁ実際に乙女ですけど何か?」

浜面「やめて!?その男に半殺しにされて反撃してエッラい目に遭わせた俺の良心が痛むからやめて!?」

絹旗「おい、クール&タフは超どこ行った?」

浜面「てゆうか帰れよっ!帰りなさいよっ!俺たちはこれからキラキラしたお城っぽい建物へ入って愛を語りあうんだから!邪魔なんだよぉ!」

絹旗「あからさまにエロいことする気満々ですよ、この男。滝壺さん本当にコイツでいいんですか?超後悔しません?」

滝壺「はまづらがえっちなのは、まぁ……知ってたし」

浜面「だからゴーホォームッ!帰ってくれよ!」

絹旗「まぁまぁいいじゃないですか、大体の行き先も同じっちゃ超同じですし」

浜面「同、じ……?まさかお前ら、ついにそんな関係に!?」

麦野「いやだから。今日はあの子の誕生日でしょ?」

浜面「な、な、な、何の事を言ってるのか分からないナイなぁ?」

滝壺「挙動ふしんすぎるし……”ない”が一つ多い」

絹旗「気を遣ったつもりでしょーが、超気を遣わせてんですよ。そのぐらいは、まぁ分かります」

麦野「二人だけでお墓参りすんのも悪かないけどね。私たちも行くんだから、一緒の方がいいに決まってる――」

麦野「――ってまぁ、私が言える立場じゃないんだけど」

滝壺「……むぎの」

絹旗「大体あなた方は超勝手すぎるんですよ。麦野も含めて私に一言の相談もなく『アイテム』の再結成しましたし」

絹旗「ロシアから帰ってくる便で、三人揃ってる姿を見たら、『実は私、幽霊が見える系の能力に覚醒してた?』って超疑いましたもん」

麦野「流行ったわよね。なんかこう登場人物が死んでる系の」

浜面「……言っただろ。今年は優しくするのが目標だって、だから」

麦野「優しくするのとハブるのは違う。私は罪は私のものだ、アンタらが決めるな」

浜面「……わりぃ」

滝壺「……ごめんなさい」

麦野「分かってくれたらいいのよ。それよりお墓参りしたら、どこ行く?」

絹旗「あっ、じゃあ私に超いいプランがありますよ!この先に映画のロケでよく使われる聖地がありまして!」

麦野「嫌よ。どうせB級映画かしょーもないホラー映画のロケ地でしょーが」

絹旗「しょーもないとはなんいでか、しょーもないとは!?彼らは結果的に超失敗したのであって、最初から失敗するつもりはないんですよ!」

絹旗「スクリーンから伝わってくる頑張ってる感じ!それを全て台無しにし、今後のキャリアにも響く感じがいいんじゃないですか!」

麦野「謝れ。真面目に映画作ってる関係者に謝れ」

浜面「なぁお前ら、冷やかし目的ならやっぱ帰ってくんねぇ?なぁ、滝壺――滝壺?どした?」

滝壺「……ううん、きのせい」

浜面「ならいいけど。つーかバレてるんだったら花バッグへ入れる必要もなかったなー……」

……

上条「……」



――学園都市 どこかの喫茶店

佐天「――実はね。都市伝説がまた新たな産声を上げようとしているんだ……ッ!」

初春「はい、風紀委員へ通報案件ですね。いつ・どこで・誰が・何を・なぜ・どのように行なった、かを速やかに報告してください」

佐天「風情が全くないよねっ!流れるような事情聴取とも言うけど!」

御坂「ま、まぁまぁ。気持ちは分からないでもないけど、一応最後まで聞きましょう?まだなんか、ファンシーな話かもしれないし」

佐天「――学園都市に幻の巨人を見た!」

御坂「でねー、今週のゲコ太占いが最悪でさ」

佐天「オーケー分かりました、では順を追って話しましょうか!あれは私が学校の帰り道、一人で歩いていたときのことです……!」

御坂「金運と健康運はまぁ別にいいんだけど、恋愛運がねー。『また合流するタイミングを逃す恐れあり』って」

初春「譲りましょう?お二人とも他人のお話を譲って聞くって発想をまず、持ちませんか?」

御坂「頑なにUMAを追い求める佐天さんが分からない。それも学園都市で見つかる訳がなくない?」

佐天「あーいえいえ。それがそうでもなくってですね、前に謎の白いカブトムシが大発生したのって覚えてます?」

御坂「あれは……UMAっていうか、あれはあれで第二人生楽しんでるらしいから、あたしらのキャパを軽々と超えてる」

佐天「あの謎のカブトムシが出たぐらいです!きっとバイオニクス的なメカモンスターも造っていると確信していますよ!」

初春「アリナシで言えば、絶対に誰かがやらかしてますよね」

御坂「まぁ、いるだろうけど……でも、巨人?流石にビックフット的なのは目立つと思うのよね」

佐天「そう言われると思ったんで、証拠写真がこちらに。どうぞ」

初春「拝見します……あぁ写ってますねぇ。意外と高画素で」

佐天「これ周囲の鉄塔が20mだから同じぐらいだよね?」

初春「ですかね。良くできたコラージュでなければですが――御坂さん?」

御坂「い、いやぁ、これはちょっとなくないかな?てかコラよ、コラ!こんな巨人なんているっこないでしょうが!」

御坂「よく考えてみて!ここにいきなり現れるんだったら、どこかに隠れて生活してるって話になるじゃない?そんなこと事実上無理だから!」

佐天「妙に否定の”圧”がいつもよりか強いようですが……ですが、これが生物ではないとしたら、どうします?」

御坂「生物じゃない?だったら何だって――まさかっ!?」

佐天「そうっ!これは学園都市が秘密裏に開発している変形合体ロボの試運転を撮った画像なんですよ……ッ!」

御坂「へ、変形合体?」

佐天「最初は長年引っ張り続けている巨大な人造人間モノかと思いました……」

御坂「あー、パチンコで映画制作費を稼いでいるとネタにされるあの人達ね」

佐天「ですがココ!見てくださいよ肩の所を!画像がちょっと遠いんで分かりづらいかもですが!」

御坂「……写っちゃってるわよね。人影が」

佐天「そうなんですよっ御坂さん!なんと!この巨人の肩の所に人が立っているのが確認できるんですよ……ッ!」

御坂「ヘー、ソーナンダー」

佐天「ですからこれは!この少年が肩に乗ってロボを操る、古式ゆかしいジャイアントロ×ステイルじゃないかと!」

御坂「誰が少年だオラァ」

佐天「はい?今なんて?」

御坂「す、スレンダーな女の子かも知れないわよ!最近は女装した少年も多いんだし、ほら!」

佐天「あー、そうですね。、言われてみれば身体の線が女の子っぽいような……あれ?」

御坂「ど、どうしたのよ?」

佐天「この服、前に御坂さん着てませんでしたっけ?」

御坂「いや別に似た服ぐらい誰って着るじゃにゃい?」

佐天「またエッラく可愛らしく噛んでますけど……」

初春「あのー、ちょっといいですか?」

佐天「なに初春!もう少しで御坂さんをオトせそうな所なのに!」

御坂「最初っから疑ってたの!?タチ悪いな!」

初春「説得の意味が分かりませんが、以前に私たちロボ乗りましたよね。フェブリちゃんのときに」

佐天「あー……なんか乗ったねぇ。あの時『余所で言いません』って100枚ぐらい書類にサインさせられたっけ」

初春「なので婚后インダストリィがアレしてアレしてる事案であれば、御坂さんも関わるでしょうし、逆に我々が首突っ込むとヤヴァイんではないかと」

佐天「……って隊長が言ってますけど、どうなんです?」

初春「責任問題に発展しそうだからって、勝手に隊長へ格上げしないでください」

御坂「あんまりその、いい話じゃないから関わらない方がいいかなーって?」

初春「学園都市の闇も怖いですが、御坂さんがどれだけ首ツッコんでるのかも怖いですよね」

佐天「そっかー、それじゃあしょうがないですよね。この件はいつか歴史が解決してくれると信じて!」

御坂「まぁ……生きてるのは立派に生きてたけどね、もう少し気持ちを楽にすれば良かったって」

佐天「――その話、詳しく!」

初春「反省しましょう?『ちょっと表には出せないからね!』ってやんわり言ってくれてんですからも、そこは理解しましょうね?」

御坂「そんなことよりも!あたしの今週の運が悪かった方が深刻じゃない!?だって現在進行形なんだし!」

佐天「出会いがないってお話でしたら……まぁ女友達と茶ぁシバいてる時点で試合放棄してません?」

御坂「さ、作戦会議的なアレじゃない?」

初春「いつもの面子四人中三人が生まれた年齢=彼氏いない歴、残る一人かHENTAIな時点でもう参考意見にもなりませんけどね」

佐天「それそれ考えると多分、仲の良い男友達がいるってだけ御坂さんがリードしてますよ」

御坂「ま、まぁねっ!友達以上だとは思う――わ?」

佐天「なんで疑問系なんですか」

御坂「あぁいや、今のは違う。見られてた、感じがしてね」

初春「有名人ですからね、何を今更、ですよ」

御坂「そっかなー……?ん、まいっか」

佐天「それよりも御坂さんのコイバナ聞きた――」

……

海原「……」



――学園都市

上条「……」

上条(……巻き込めねぇよなぁ。俺のワガママには)

上条(なんて言って誘えればいいんだよ。『見ず知らずのヤツのために命賭けて戦ってくれよ!』って?)

上条(言える訳がない。どれだけ強くたって守る人ができて、そいつのために生きようってなんとか歩き出した奴らには。絶対)

上条(あぁでも一方通行と浜面。いい顔で笑うんだな、それだけは良かった)

……サァァァッ……

上条「……雨、降ってきやがったな」

???「――よォヒーロー。いいツラしてンじゃねェか」

上条「……お前は」

???「ヴェネツィアでのいざこざに一枚噛ンでンだろ?画像がわんさかと引っかかる」

???「だっつーのに、昨日の今日でここにいるって事ぁ?下手こいて絶賛凹み中ってとこか、ざまァみやがれ」

上条「……休んでるんだよ」

???「怪我もしてねェのに……あァ、ハブられたな。物理的にじゃなくて組織かなんかの、『右手』じゃどォしようもねェのに弾き出されたか」

上条「俺をからかいたいんだったら、別の日にしてくれ。そんな気分じゃないんだ」

???「そういうもンだよ、人ってェのは。救われねェし、救ってやる価値もねェ」

???「いいか?喧嘩してる奴らに話聞かせてェンだったら、まず全力でぶン殴れ。いいか?二人ともだ」

???「反撃すンのが馬鹿馬鹿しくなるぐれェに。前歯へし折って顔面腫れるまでよ、ボッコボコにすンだよ」

???「気が済むまで殴ったら、さァ交渉ターンだ。できるだけ理不尽な条件を可能な限り屈辱的に突きつけてやンだよ」

???「『こんな思いするんだったらもう二度と喧嘩なんてしない』って思わせて終了だ。オーケー?」

???「喧嘩が終わりゃァご近所は安心、ついでにストレス発散もできて大団円だぜ。なァ?」

上条「……」

???「話聞かせるだけの力すら持ってねェンだったらよォ。まず”そこ”に立ってすらねェンだわ、あ?」

上条「……行か、ないと」

???「オイオイ、話ぐれェしてもいいンじゃね?それとも話する時間すら惜しいのか、あァ?」

上条「……誰かが」

???「あァ」

上条「誰かを助けるのに、力が必要なのか……ッ?」

???「……」

上条「力が無ければ助けちゃいけないのかっ!?」

???「おーおー素晴らしい台詞だな。これ録音して売ったらバズるンじゃね。しまったわー、録っときゃよかったわー」

上条「俺は!」

???「そんなに都合のいい世界観が好きなンだったら、軍隊廃止して聖歌隊でも結成しろよクソスイーツ脳」

???「祈りと奇跡だけで世界が救われンだったら、じゃあどォして世界は泥まみれのままなンだよ?」

???「足りてねェのか?メシがなくて死ぬガキや親に捨てられて売られるガキ、そいつらが祈って願って祈祷してだけじゃ神様満足してねェって?」

???「クソ思想家が信者騙すパワーワードだろ。『奇跡が起きないのはテメェらの信心と寄付が足りてねぇ』ンだよってな。やっべ超ウケる」

???「助けは、来ない。神も仏も、ましてやヒーローなンてのは存在しねェンだよ、それは」

???「それはお前が一番分かってンじゃね?」

上条「違う!俺が誰かを助けた時のように」

???「――じゃ、なンで”アンタ”はそこにいンだよ?あァ?」

???「アンタは誰かのヒーローになったつもりなのに、アンタを助けてくれるヒーローはいなかったってェのか?」

上条「……っ!」

???「それとも誰かと待ち合わせでもしてンのか?雨降ってンのに傘も差さずにベンチにうなだれてンの、超ウケるンですけどォ?」

上条「……」

???「なァ――なぁ、ヒーローさんよ、アンタ何したかったんだよ。何もできねぇクセに何でもしようとしやがって」

???「一人で何でもかんでもできる訳ねぇ。あぁまぁ全部が全部否定はしない」

???「たまたま歯車が噛み合って、運とタイミングに救われて”偶然”上手くやれちまうってのも、まぁあるよな」

???「だが……あぁ、だが、だ。それは不幸だ」

上条「不幸……?」

???「たった一回がな、一度っきりの成功体験が癖になって身上潰すってよくある話なんだよ」

???「ギャンブルで大穴に賭けたら大当たり。その後もそれが忘れられなくて当たるまで繰り返すクッソバカ」

上条「バクチしてんじゃねぇよ、俺は」

???「だよなぁ。もっとタチが悪いよなぁ?」

???「それで巻き込まれる奴らの身にもなってやれよ。自称パチプロの生活保護になってもアンタ一人で被害は済むが、他の連中に期待させるだけさせといて大失敗」

???「アンタは不幸だって言ってるが、本当に不幸にしてんのはどっちだよって話だ」

上条「……いいや、違う、違うよ。俺は不幸だなんて思ってない」

???「……」

上条「成功が失敗だなんてことはない、成功は成功だ」

上条「その後に躓いちまったり、一回の成功体験が仇になるのも……理解はできる。そういうのでダメになるって人がいるのも」

上条「けど、だからって言ってな!失敗するのが怖いから、成功が難しいからって諦めてどうする?」

上条「それは最初から失敗してるのと何が違う?サイコロも振らずにゲームを降りるのと、同じだ!」

???「賭けに出るからには相応のベットが必要ってだけなんだが……まぁいい。そんだけ大口叩けるんだったらやってみせろ」

上条「なぁ」

???「断る。メリットがない」

上条「まだ何も言ってないんだけど……」

???「私は言った。アンタに関わると周囲が”不幸”になる。そいつはたった今説明したばかりだし、それに」

???「仮にアンタが上手くやったとして、思い通りの成功を収めたとしたら――私にとっちゃそいつぁ”不幸”なんだよ」

上条「……嫌われてんな、俺」

???「眠てェーこと言ってンじゃねェぞ。アンタは敵だ、忘れてンだったら毎朝顔洗う度に思い出せるよォ、顔面に刻ンでやってもいいンだが?」

???「それに馬鹿のお守りは業務外だ。守るよりも攻めるのが筋だってパイセンにも言われたしな」

上条「何の仕事してんだ?」

???「運び屋だな。儲かってはいないが」

上条「あー……」

???「じゃあな、ヒーローさんよ。クソッタレな世界を変えられないまま野垂れ死ね」

上条「待ってくれ」

???「嫌だ」

上条「いや話だけでも聞いてくれよ!お前にとっても悪い話じゃないからさ!」

???「断っとくがお涙頂戴の人情話でホイホイ釣られたりはしねェからな。こっちは『悪党』なンだ。アンタが苦しめば苦しむほど手ェ叩いてはしゃぐ人種だ」

上条「分かってる!だから俺はお前に正式な仕事の依頼をしたい!」

???「仕事、なァ?想像はつくが、言うだけ言ってみろ」

上条「届けてほしい――”俺”を」

???「まァそンな感じだろォなァ。予想の範疇で面白くもねェが……で、敵は?」

上条「分からない」

???「……どこへ運べばいいんだ?」

上条「それも、まだ全然。見当もつかない」

???「…………ギャグか?どこで笑えばいいんだ。世界観シュール過ぎるだろ」

上条「あぁでも報酬は弾むぞ。俺が言うのもなんなんだけど」

???「貧乏学生の全財産なんて端金はいらん。あぁあと参考までに言っておくが、直近一回のギャラはこの国の平均年収程度だ」

上条「荒稼ぎしてんな」

???「福利厚生もないブラックな職場で、嵩む義体の維持費に消えっちまうけどな」

上条「そっか。そういう問題があるのか」

???「で、報酬は?鼻で笑ってや――」

上条「俺の絶望だ」

???「る……?んん?」

上条「お前は俺が嫌い。これは確定なんだよな?」

???「アンタだけじゃないがな。『Weeklyいつかぶっ殺す』リストでベスト5から下がったこともない」

上条「俺が失敗すれば嬉しいし超喜ぶ、で合ってる?」

???「そうだが」

上条「だったら俺に協力してくれ!」

???「はぁ?なんで嫌いなアンタの手助けさせられるんだよ、バカなのか?」

上条「俺が失敗すれば、俺が惨めったらしく絶望する様子が見られるんだぜ?」

上条「どれだけやっても、お前に助けてもらっても届かなかった、クソッタレな現実を変えることができなかった」

上条「そんな、バカな野郎の失敗を、この世界で一番近くで笑って楽しめるんだ。お前にとっちゃ価値があるだろ?」

???「――ハッ!」

上条「――ただし、お前が言ってることが正しかったらば、の話だ」

???「……」

上条「俺は失敗するつもりはない。だから、お前の力が必要だ……ッ!」

???「……くく、アハハいいなァそれ!面白い!そォいうの嫌いじゃねェよ!なンだアンタ一方通行よりかこっち側じゃねェか!」

上条「あっちもこっちもねぇよ。俺もお前も、一方通行も立ってる場所は同じだ」

???「そォかァ……絶望か、いいな!それはいいぞ!私が一番欲しかったもンだ!」

上条「……どう、かな?」

???「いいぜ、乗せられてやる。出し惜しみもなし、ワザとヘマをしでかす真似もしない。全力でこの依頼を請けてやろう」

???「お前が挫折する様子を特等席で見てやる!心が折れたその瞬間を嗤ってやろう、あはは楽しみだ!」

???「でもそれだけじゃない、分かってるよなぁ?」

上条「分かる?何が?」

???「お前は一人で解決するのを諦めた。お前が否定した”私”に縋って立ち上がったンだ」

???「お前が”私”の力へ頼る度、私が”槍”を振えば振うだけ――」

???「――綺麗事だけじゃ世界は動かないって思い知りやがれ」

上条「あぁ分かった。けどな、お前だって理解してんだよな?」

???「あン?」

上条「俺が、てか俺らが上手くやって全部成功したとする」

上条「そうしたらお前の持論が間違ってる、クソッタレの世界だって変えようがある、ってことになるんだからな?」

???「それは私の能力のお陰だろ。話聞いてたかテメェ」

上条「聞いたよ。だってお前自分の事しか話してなかったろ」

???「私の?」

上条「力が無ければどうもできないとか、関わった人間は不幸になるとか。あれ、お前が体験した話なん」

???「――黙れ。殺すぞ」

上条「いや……ごめん。余計な事言った。少なくとも助けてくれる相手に言うような事じゃなかった。本当にごめん」

???「……指摘自体がアンタの勘違いだからな。気を悪くしてはねェけどよ」

上条「まぁ、いいや。とにかく頼むなクロネコヤマ○さん」

黒夜海鳥(???)「――黒夜海鳥だ。次名前イジったらぶち殺すからな」



――公園 十分後

浜面「――お?」

一方通行「……ちっ」

浜面「人の顔見た瞬間舌打ち!?ヒドくねぇかそれ!?」

一方通行「気にすンなよ。これはほら、あれだ、思い出し舌打ちだから」

浜面「スゲェな学園第一位……!なんか分からねぇけどなんかスゲェ!」

一方通行「形容詞スゲェしかねェのか。どンだけ引き出し狭ェンだよ」

浜面「あ、てか丁度いいや。大将見なかった?ここら辺にいる筈なんだけど」

一方通行「……いいや?俺は見てねェな」

浜面「街頭カメラのハッキング頼んで探してもらったら、ここにいるって聞いたんだけど……おかしいな?カメラから急に消えちまった?」

一方通行「なンかあったのか?オマエらまた懲りずにトラブル抱えてんのか」

浜面「あーまぁ、なんかさっきさ。大将がコソコソこっち見てたから用事でもあったんかなーって」

一方通行「……まァ。ド素人が見切れてればド天然でもねェ限りはそう思うわな」

浜面「行く先々でトラブル起こしては解決してかっから、後を追うのも楽だったんだけど……そういうあんたはどうしてここに?」

一方通行「散歩だ」

浜面「散歩?なんか余所行きの格好してんだけど。妙にシュッとしてて」

一方通行「うるせェよ」

浜面「あと持ってる鞄、明らかに『急ごしらえしました!』ってぐらいパンパンに膨らんでるんだけど、中身何入ってんの?」

一方通行 カチッ

浜面「オッケ俺浜面学習した!一方通行さんはお散歩が好きだって!特に意味はないって!」

一方通行「……そりゃァそれでバカにしてる気分なンだよなァ」

浜面「難しいお年頃だなあんた。ギャグで人を爆殺させようとしないでよねっ!」

一方通行「俺はいいんだよ。それよりかオマエは首ツッコんで来ンなよ、無能力者」

一方通行「ロシアまでわざわざ乗り込むよォな、大切なオンナいるっつーんだったら、それだけ握って離さないようにしろ」

浜面「あー……まぁそうなんだが、なんつったらいいんかな。こう、俺は”悪党”なんだわ」

一方通行「……へェ、”悪党”?」

浜面「正義のヒーローなんかじゃねぇし、あんたや大将には借りもあるし恩も感じてる。それを返さなきゃって気持ちもある」

浜面「ただもし、滝壺や『アイテム』の連中と利害が対立するんだって言うんなら、俺はあいつらのために戦う」

一方通行「テメェのためにじゃなくて、か?」

浜面「そうだ。だって”悪党”ってのは仲間や家族、ファミリーを大事にするもんだからな」

一方通行「……あァそォかよ。道理で悪党になれなかった訳だわ……」

浜面「ただうん、でも同時にだ。大抵どっちか一つを選べってことにならなくね?」

一方通行「あ?」

浜面「滝壺が人質にされて『この着やせが凄い女の子の命を救いたかったら上条を殺してこい!』っては言われたとするじゃん?」

一方通行「着やせ情報要らねェよ」

浜面「でも大抵俺がどうにかして大将抹殺としたとして、その脅迫犯があっさり解放するなんて事ないよな?」

一方通行「まァ、そうな。真っ当なヤツがそんな事しねェしな」

浜面「だから、なんつーかな、えっと……大将を助けんのは、大将のためじゃなくて……あぁいや、俺も上条当麻はダチとしても好きだけどもだ」

浜面「回り回って、結果的に滝壺や『アイテム』連中のためになるっていうか」

一方通行「道端のゴミ拾えば誰かが幸せになる運動かよ。下らねェ」

浜面「……それにどいつもこいつも大将を買いかぶりすぎなんだよ。あいつだって悩みもするし迷いもすんだろ」

浜面「もし間違った道へ進むんだったら、ぶん殴ってから止める――俺が、してもらったように」

一方通行「それはちっと楽しそうだな。オレも混ぜろ」

浜面「絶対アンタ私怨じゃないのか」

一方通行「……なァ、一つ聞いていいか?」

浜面「おっ、なんでも聞いてくれよ!」

一方通行「さっきから言ってる『アイテム』ってなンだ?」

浜面「そこ知らねーの!?説明したじゃん!ロシアでも学園都市でも!」

一方通行「第四位は知ってンだよ。あのキャラと顔芸と性格で忘れたくても忘れられねェし」

一方通行「ただ直接なんかやりあった訳でもねェし、実感がないって言うかな」

浜面「俺らは石か。道に転がってる石程度なのかよ」

一方通行「あと垣根の野郎と麦野比べたら、桁違いで麦野の方が殺ってンる筈だ。垣根は沸点がおかしいだけで、基本アレだから」

浜面「言わないで!?薄々そんな感じはしてたけど、なぁなぁでなかった事にしようとしてる俺たちの努力に水を差さないで!」

海原「――ちょっとツンデレになっていますね。成程、奥が深いものです」

一方通行「ンっだァ?オマエまで来やがったのか」

海原「えぇまぁ、少しばかり出遅れてしまいましたが。知人を撒くのに思いのほか手間取ってしまいね」

一方通行「まァ、巻き込む訳にもいかねェしな」

浜面「よく分かんねぇけど、あんた達ヒマか?時間あんだったらメシ食いに行かね?」

海原「いいですね。是非とも」

一方通行「……俺ァ行かねェぞ。なンで野郎同士でメシなンぞ」

海原「では自分が一方通行の可愛らしいところをこの方に教えましょう」

浜面「BでLなご関係っすか!?」

一方通行「平気で人の皮剥ぐよォな仲間持った覚えはねェよ」



――ロンドン イギリス清教女子寮 夜

アンジェレネ「し、失礼しますよっ!」

アニェーゼ「……」

アンジェレネ「お、お食事を持って来たんですけど……あ、あー、勿体ないですよぉ。こ、こんなにお残ししちゃって」

アニェーゼ「……すいません」

アンジェレネ「い、いえ、責めてる訳じゃないんですけどね!ど、どうせわたしが頂きますし!」

アニェーゼ「……」

アンジェレネ「で、ですからっ!し、シスター・アニェーゼが召し上がらなくなってもですね、その、ダイジョブですっ!」

アンジェレネ「……はい、ですから、その、ですね」

アニェーゼ「……すいません。あんまりこう、話したい気分じゃ」

アンジェレネ「……そ、そうですか。え、えぇと、うまく言えないんですが、頑張って、も違うし、なんだろう……」

アンジェレネ「で、でもきちんと食べててくださいねっ!わ、わたしとシスター・アニェーゼはダイエットなんか必要ないんですからねっ!」

アニェーゼ「そう、ですね。それは今んとこ、私たちには必要ないかもですね」



――女子寮 エントランス

アンジェレネ「た、ただいま戻りましたーっ!」

オルソラ「お疲れ様でございました。アニェーゼさんはまだ?」

アンジェレネ「え、えぇ食べてはくれるんですけど、まだですね、こう、ダメみたいです」

オルソラ「さようでございますか。ふさぎ込むお気持ちも分かります。ヴェネツィアでの件もそうですが、ルチアさんまで、とは」

アンジェレネ「で、ですよぉ!戻って来たら、わたしが叱っちゃいますからね!ま、まったく、まったくもう!」

オルソラ「意外、と言っては大変失礼でございましょうが、アンジェレネさんが頼りになるのは心強く思います」

アンジェレネ「え、えぇと、自慢にはならないんですけど、わたしは怒られるの慣れてますんで」

オルソラ「怪我の功名でございますね。普段からきちんとしている方ほど挫折に弱く、一度の失敗でくじけてしまう」

オルソラ「シスター・アニェーゼ――アニェーゼさんはまだ、若き乙女ですから尚更、でございます」

アンジェレネ「へ、ヘコむんだり落ち込んじゃったりするのは、ま、まぁ仕方がないとは思うんですけどね……」

オルソラ「思えば、ロンドンへ来て暫くはこのような落ち込みっぷりでした」

アンジェレネ「て、ていうかシスター・オルソラは平然とされてますがっ!」

オルソラ「いいえ。平然などは縁遠いものでございます。私の心は荒れ狂う海原のように乱れております」

アンジェレネ「せ、せめて少しは動揺している素振りを見せないと分からないんですがっ」

オルソラ「ただ知っているだけでございますよ」

アンジェレネ「し、知ってるですか?し、信じてるんじゃなく、ってか何を――」

オルソラ「正しき者全てへ救いの手が伸ばされはしません。そこまでこの世界は簡単なルールではございませんので」

オルソラ「ですが、救いがある者は等しく正しき者であり。善行が善果を呼んだ結果と言えましょうか」

アンジェレネ「え、えっと、つまり……?」

オルソラ「そうですね。ぶっちゃけてしまえば、まぁ」

ガチャッ

上条「――おい、玄関の鍵閉め忘れてるよ!シスターさんばっか(※ほぼ全員戦闘要員)の寮なのに不用心だな!」

アンジェレネ「か、上条さぁん!?」

オルソラ「と、このような具合でございます。こういう時だけは絶妙なタイミングでまた」

オルソラ「そして補足致しますと玄関の鍵は閉めていなかったのではなく、開けていたので。戻って来られる方達のために」

上条「ただいま」

オルソラ「お帰りなさいませ。遅かったのでございますね」

上条「いや、これでも急いで来たんだよ?ただちょっと空港でチケット買う金がないって気づいて、黒夜に金借りるのに手間取っちまって」

黒夜「お前アレだぞ。公衆の面前のDOGEZAはもうちょっとした脅迫だからな」 パタンッ

上条「DOGEZAした俺の後頭部をグリグリ踏みにじってたよね?誰とは言わないし、借金してる手前誰がしやがったとは言えないけど」

アンジェレネ「あ、あれ?ひ、一人小さい方が増えてる?」

黒夜「なんだとコラ、やんのかアァ?」

アンジェレネ「と、頭身がほぼ一緒なのにメンチ切られたっ!?」

上条「はいそこ初対面の人に絡まない。てか俺の同僚なんだからもっとフレンドリーに」

アンジェレネ「い、いえあの、上条さんが同僚かといえば『そうじゃねぇよ寮監だよ』ってツッコミを入れざるを得ない訳でして」

アンジェレネ「と、とはいえヴェネツィアまでこちらの都合でご一緒させた手前、あまり強く否定も出来ないという」

上条「まぁそうだけどな!戻ってくるかどうかも『あれこれ俺の権限超えてねぇか?』って何度も自答したよな!」

オルソラ「――」

上条「あぁいや別にぶん投げるつもりは全然、ちょっと時間がかかったのは、流石に日本まで普通便で飛んでると結構かかって」

オルソラ「あらあらまぁまぁ!なんて可愛らしい!」

上条「お、おぅ?」

黒夜「……はぁ?」

オルソラ「初めましてお嬢さん、わたくしオルソラ=アクィナスと申しますのですよ。お名前は?どちらからいらしたので?」

黒夜「おいシスターさんよぉ。あんたは勘違いしてっかもだが、私はコイツの仲間なんかじゃない。だからアンタたちと馴れ合うつもりもないんだよ」

オルソラ「あらあら、それは失礼したのでございますよ。ではお詫びの印としてここにキャンディが」

黒夜「人の話を聞けよ。コイツといいアンタといい、自分勝手な野郎ばっかなんだ」

オルソラ「そのお召し物は……あぁ!スプラなんとかのコスチュームですね!実に似合いなのです!」

黒夜「断じて違う。子供=ゲーム好きって構図はババアか」

オルソラ「怖くないですよー?ほらほら、お菓子をあげますからこっちへどうぞー?」

黒夜「さ、触るなっ!近寄るんじゃねぇよ!?」

上条「見たことのないオルソラ押しの強さに、ちょっと引いてる」

アンジェレネ「あ、あー……上条さんは見たことありませんでしたか。た、たまにおつかい行ったとき、帰り道で猫と会うとあんな感じに」

上条「意外では決してないが……オルソラさん?その子は俺の友達兼ボディーガードだから、そのぐらいに」

オルソラ「あらあら、小さいのに偉いのですね!そんな子にはお褒美を上げなくては!」

黒夜「だから人のジャケットにお菓子詰め込むんじゃねぇよ!もうパンパンになってんの分かんだろ!?」

アンジェレネ「こ、個人的にはシスター・オルソラのお子さんは偉人になるか相当のマザコンになる、その両方かの三択かと……」

上条「ウチの母さんも大概だが。つーかシスターさんは結婚できないだろ俺と」

アンジェレネ「なんでそこで一人称が入ってるのかはツッコミませんけど、シスター・オルソラの場合は――」

黒夜「――っていい加減にしろコラ!つーか助けろよ雇い主!」

上条「逆じゃん。いきなり契約と違うじゃん」

黒夜「この女の風通しを良くしていいんだったら自己解決してやるよ!」

上条「ま、まぁまぁオルソラもそのぐらいで。仲良くするのも仲間なんだから程々に」

アンジェレネ「な、『仲間なんだから仲良くね』ってのは聞くんですが、その逆は初めて聞きましたよ」

上条「つーか、えぇっとだな。こんだけ騒いでもアニェーゼとルチアが出て来ないのは、やっぱり?」

オルソラ「アニェーゼさんはご自室で引きこもり中、ルチアさんに至ってはヴェネツィアで別れたっきりでございますね」

上条「……分かっちゃいたが碌な事になってねぇな。『騎士派』に捕まってかっとも思ったが」

オルソラ「そちらは政治的な思惑があるようですが……ともあれ、今はアニェーゼさん以上の大事はないかと存じます」

上条「まぁ、そうだな。俺ちっと話してくるわ」

アンジェレネ「で、デリカシーのない方が行くのは良くないと思うんですよ、わたしはっ」

オルソラ「いえいえ。たまにははっきりとデリカシーがない方が言うのも大切なので」

黒夜「言われてるぞデリカシーゼロの男」

上条「俺ってそういう見られ方してんの!?まっ、分かってたんですけどね!」

アンジェレネ「あ、あぁ自覚はあったんだ……」



――アニェーゼの自室前

上条「すいませーん、アニェーゼいますかー?すいませーん」 コンコン

上条「アッニェーゼーちゃんっ、あっそびましょっ?」 コンコン

上条「……」

上条「……寝ちまったのかな。こんだけ外で騒いでるのに不貞寝か、いいご身分か」

上条「ちょっと待ってろ、えーっと……メモメモ……あぁこれか」

上条「――『ショートコント・転生したと思ったらオークだった件について』」

アニェーゼ「なんでですか。なんで夜中に人の部屋の前でショートコント敢行しようとしてくれやがってんですか」 ガチャッ

アニェーゼ「どうしてショートコント?日本神話でストリップしたように、ジャパニーズは取り敢えず笑いかエロを入れれば数字取れると思ってんですか?」

アニェーゼ「というか転生したのにオークからスタートするのは罰ゲーム過ぎるでしょう!?未来の展望が描けない!」

アニェーゼ「こっちの世界でウダツの上がらない生活送ってるからこそ!別世界で一旗上げたいって主旨のエンターテイメントなのに!」

上条「いやオークでもできることはあると思うんだよ。ただちょっと読む人の年齢が制限されっけどさ」

アニェーゼ「エロですよね?エロいコンテンツ前提の元に転生を果たそうとしてますよね?」

上条「なんだいるじゃじゃんか。てっきりヤサグレて夜遊びにでも行ったのかと」

アニェーゼ「そんな時間はねぇですよ。つーかあなたと別れてからまだ数日しか経ってない」

上条「ふっ、俺にとってはまだ一日ぐらいだよ!なんてったって学園都市はゼロ泊二日で帰って来たからな!」

アニェーゼ「もう帰れよ。そのまま戻ってこないで下さい」

上条「ちょっと入るな。お邪魔しまーす」

アニェーゼ「人に話を聞けといいながらこれっぽっちも聞く姿勢はないですよね?どんだけワガママなんですか」



――アニェーゼの私室

上条「へー、意外でもないけど片付いてんな。てか物がそんなにないっていうか」

アニェーゼ「仮の住まいですからね。持って行けない荷物を増やしても仕方がないってもんです」

上条「あ、じゃあ今度ぬいぐるみでもプレゼントするわ。女の子の部屋ってもっとファンシーであるべきだし」

アニェーゼ「シスターですよコノヤロー?あと何度も言いますが、人の話を聞きやがれ?」

アニェーゼ「……で、なんですか?うら若い少女の部屋へ、殿方が夜分遅くに来るってご用件ってぇのは」

上条「バッカお前決まってんだろ。若い男女が夜にするっていったら、マリカーに決まってんじゃんか」

アニェーゼ「超初耳ですが。日本のローカルルールですね――てか、マリカー?ゲームでしたよね」

上条「土御門から貰った謎の携帯型ゲーム機なんだけど、巫女さんと魔女っ子がレースするんだ」

アニェーゼ「あぁ、イタリア人配管工が活躍するんじゃなくて名前が被っただけの。納得していいのかどうか、微妙なラインですけど」

上条「ちょっと待って。ほれ、念のために二台持って来たから」

アニェーゼ「いや、誰も一緒に遊ぶとは」

上条「付き合えよ。どうせクサクサしてんだったら気分展開も悪かないだろ?」

アニェーゼ「……あんたさんの中には放って置くって選択肢がねぇんですかい?」

上条「おいおい酷い言われようだな。気遣いの権化のような俺へ向ってなんつー言い草だよ」

アニェーゼ「フェイクニュース甚だしいですよね」

上条「こう見えても学校じゃ『気遣い殺し(※デリカシーブレイカー)』の異名をだな」

アニェーゼ「それは正しい評価です……分かった、分かりましたよ。えっと、じゃあベッドぐらいしか座る場所ないですけど」

上条「……」 ギシッ

アニェーゼ「……なんです?」

上条「あれこれマリカーなんかやってる場合じゃなくね!?薄い本じゃ次ページぐらいに展開がアレな感じなってる的な!」

アニェーゼ「叩き出しますよ?あと壁は薄いんで、一声上げれば50人弱からフクロにされるんでお忘れなく」

上条「――くっ!孔明な罠に嵌まるところだったぜ……!」

アニェーゼ「これ、ホントに信用しちゃっていいのかな。あと孔明さんは思春期にありがちな性欲まではカバーしてないと思います」

上条「じゃあカートゲームしようぜ。操作も簡単だし、ルールも単純だ」

アニェーゼ「巫女さんや魔女っぽい女の子ばかりがプレイヤーキャラに並んでるんですが……」

上条「そういう仕様だからな」

アニェーゼ「じゃあ私はこのカエル帽子を被った子で。可愛いですよね、なんか」

上条「初心者向けのキャラじゃないんだが……まぁいいや。それじゃ俺は折角だから2P巫女を選ぶぜ!」

アニェーゼ「赤い巫女さんは学園都市で見たんですけど、緑色の服もあるんですね」

上条「どうなんだろうな?俺もリアルじゃ赤しか見たことないけど。あ、それじゃスタートッ!」 カタカタッ

アニェーゼ「マルがアクセルでバツがブレーキ……使ってないボタンがあるんですが」

上条「アイテムと特殊能力だな。落ちてるアイテムを拾うか、特殊能力はPを取ってパワーゲージが溜ると使えるようになるから」

アニェーゼ「私が見たことあるレースゲームと違いますね。子供向けなんでこんな感じででしょう」

上条「ちなみに初心者は霊符使うとハゲになるってジンクスがだな」

アニェーゼ「ガンガン行こうぜ、ってことですね。了解です」

上条「……くっ!流石はアニェーゼ部隊のリーダーだ!俺のブラフをこうもあっさりと見破るなんてな!」

アニェーゼ「その台詞もっといい場面で使ってやってくださいよ、ねぇ?こんなしょーもない場面で無駄撃ちしないで」

上条「俺の巧みな心理作戦を」

アニェーゼ「――はーい、スタートですねー」 ブルゥンッ!!!

上条「教えてないのにスタートダッシュ使った!?」

アニェーゼ「ゲームはしませんが、シスター・アンジェレネから異能力バトルにおけるレクチャーを少々」

上条「フィクションな?あぁまぁあれは絶対に抑えるべきシロモンだけどてか俺のボケを無視すんなよ!」

アニェーゼ「上条さん、実はツッコミ担当じゃなくてツッコミが上手いボケじゃねぇかなって、薄々思ってんですが、どうです?」

上条「どうって言われてもな。周囲がボケばっかで俺の右手はフル稼働だよ」

アニェーゼ「そうですか」

上条「……」

アニェーゼ「……」

上条「……最近どう?メシ食ってる?」

アニェーゼ「あなたは私の親ですか……ってちょい前にも言いましたけど」

アニェーゼ「まぁボチボチですかね。実家を追い出されて下宿先が本宿になりそうなぐらいですか」

上条「そっか」

アニェーゼ「……」

上条「なぁ」

アニェーゼ「なんです。あ、そこP出ますよ」

アニェーゼ「てゆうか上条さんの取るアイテム、100%ババナになるんですが、何かゲーム的に意味あるんですか?100本目には巨大ババナになるとか」

上条「ただ俺の運がアレなだけだよ!目押ししようがボタン押さずに待とうが、全部もれなく外れアイテムになるんだぜ!」

アニェーゼ「それはそれで才能ですよね。絶対に見習いたくはありませんけど」

上条「そか」

アニェーゼ「はい」

上条「……」

アニェーゼ「……」

上条「eスポーツって知ってる?なんか流行りらしいんだ」

アニェーゼ「あー……なんかありましたね。ゲームやってお金が貰えるんだったら楽ですよね」

上条「いや……前にプロ格ゲープレイヤーの人の記事読んだことあるんだが、地味に大変」

アニェーゼ「ゲームを仕事にしてんですよね?好きな人にはいいんじゃないですかね」

上条「それがさ、朝起きたらコンボの練習、つーか目押しでミスしないように連続技の反復を数時間すんだぜ?」

アニェーゼ「もう作業ですね」

上条「だよなぁ」

アニェーゼ「……」

上条「……なぁ」

アニェーゼ「……なんですか」

上条「ぶっちゃけこれ以上はノープランなんだけど、どうしたらいいと思う?」

アニェーゼ「プランの引き出し狭っ!?こんな浅い考えで来やがったんですかっ!?」

上条「なんかもう話すことないからゲームに集中するぐらいしかなくて……!」

アニェーゼ「はい、そんな気はしてました。初心者相手にガチ攻めしてる時点で、はい」

上条「間が持たない……!全国の若い男女って何話してんだろ……っ!?」

アニェーゼ「知らねーですけど、まぁ普通の会話じゃないですかね。じゃなかったらウゼーですし」

上条「あ、じゃ趣味の話でも」

アニェーゼ「一番女子から嫌われるヤツですね。自分語りってのは」

上条「でもアレだぞ!女の子だって男子には全然興味のないネイルの話とかするじゃん!?あれこそ自分語りだろ!」

アニェーゼ「女のワガママを受け入れるのが殿方の甲斐性です」

アニェーゼ「会話は全て聞き手へまわり、相手の言うことは全肯定。そして下心を覗かせずに他の女性に見もくれない」

アニェーゼ「そしてイケメンかつお金持ちであれば更にモテます。なんだったら前提条件さえ満たしてなくてもいいぐらいに」

上条「夢がない。俺ここへ来てから女子へ対する幻想ことごとくぶち壊されてんだけど、誰に苦情言ったらいいのかな?神様?」

アニェーゼ「超男性社会で培った経験上……そうですね。取り敢えず男性を立てるような言動をしておけば、勘違いしたバカが動いてくれるんで楽です」

アニェーゼ「下手に『男性でなくても!』と突っかかっていくよりかは、相手に気持ち良く仕事をさせつつ効率もいいんで」

上条「お前らいい加減にしろよ!お前らがそんなんだから世の男性の多くが次元を超えた恋愛へハマるんだからな!」

アニェーゼ「まぁいいんじゃないですかね。遺伝子が後世に伝わらないことを除けば、win-winですし」

上条「俺たちはどこから来てどこへ行くんだろう……?」

アニェーゼ「帰って来てください。日常会話から意識高い系に移行されると、ハードルが高すぎます」

アニェーゼ「あー……じゃ昔話でもします?」

上条「昔話?」

アニェーゼ「つっても私がローマ正教へ入ったきっかけ、的なアレなんですが。聞いてて気持ちのいい話では決してねぇんですが」

上条「話してくれるんだったら……無理にとは言わない」

アニェーゼ「……いつもいつも無造作に、こっちの都合なんざお構いなしに首突っ込んで来んのに、偉く殊勝な事言いやがりますか」

上条「今は――変えられる。けど、昔は違うよ」

アニェーゼ「変えられないからこそ諦めもつくってモンでしょうけど、まぁご想像の通り悲劇っちゃ悲劇です。それでも踏み込みます?」

上条「……聞かせてくれ」

アニェーゼ「……夜中に、ちょっと水が飲みたい時ってあるじゃないですか?喉がカラカラになるって、乾燥した冬の日に」

上条「あるなぁ」

アニェーゼ「まぁ、流石に寒いんでカーデガン羽織っていったらですね。リビングの方で物音がしまして」

上条「うん」

アニェーゼ「見に行ったら、両親が血溜まりの中で倒れていました」

上条「……っ!」

アニェーゼ「ウチはまぁ裕福じゃないですけど、一応はローマ正教の助祭をやってましてね。財産なんて溜めちゃいなかったんです」

アニェーゼ「ただの物盗りか、もしくはマフィアか。今となっちゃ分からないですがね」

上条「……分からないのか?」

アニェーゼ「はい。『あぁこれはマズい』ってんで逃げ出して、後はストリートチルドレンを数ヶ月ぐらい」

上条「逃げた、のか?」

アニェーゼ「……警察も私を探しに来ませんでしたし、”それなり”の人間が絡んでたんでしょうね」

上条「その、今ここでお前を抱きしめたら、怒るか?」

アニェーゼ「ここは黙って抱き寄せるシーンですが、いいかどうかを聞いちまったらもうダメですね」

上条「……次、頑張るよ」

アニェーゼ「後はゴミ箱から食料を漁っていたらローマ正教の方に声をかけられて、ですね。ただそれだけの理由なんですが」

上条「……えっと」

アニェーゼ「慰めの言葉は結構ですよ。まぁ、色々あります。生きてれば誰にだって」

アニェーゼ「『捨てる神あれば拾う神あり』、でしたか?私たちの神様はただお一人ですが、チャンスをくれたってことですかね?」

上条「……アンジェレネの身の上話は聞いてたんだがな」

アニェーゼ「大なり小なりウチの子たちはこんな感じです。不幸自慢になりますし、吹聴するようなことでもないんですが」

アニェーゼ「シスター・ルチアやオルソラ嬢だってそうですよ。彼女たちが髪を短くしてるのは何故か分かります?」

上条「いや、分からん。似合うとか、って話じゃないんだよな」

アニェーゼ「私も知りませんよ」

上条「じゃあ言うなや」

アニェーゼ「……昔々、ジャンヌ=ダルクが火刑にされた時代には女性の男装ってぇヤツが酷く嫌われてまして」

アニェーゼ「刑罰を喰らう程度には――だ、もんで。シェイクスピアの時代、女性を演じられるのは少年だけって縛りがありました」

アニェーゼ「さて、上条さんに問題です。今でこそ緩くなったものの、旧態依然としたローマ正教で彼女たちが髪を短くする理由ってなんなんですかね?」

上条「なんかは、あるってことか……」

アニェーゼ「何もないかも知れませんけどね」

上条「そういやルチアが別れ際に、こんべる、なんとかって言ってたな」

アニェーゼ「こんべる――コンベルソですか……まぁ、薄々そんな気はそんな気はしてたんですがね。そうですか」

上条「……もしかして、俺余計な事言った……?」

アニェーゼ「コンベルソはユダヤ教から十字教への改宗者って意味です」

上条「つーとルチアは昔十字教徒じゃなかった?」

アニェーゼ「いいえ。例えであって実際にって訳じゃなくてですね……あー、シスター・ルチア、綺麗でしょう?」

上条「なんつーストレートな聞き方してくれやがるんだ。まぁ……うん、そうですねって答えるけど、そういうこっちゃないんだよな」

アニェーゼ「色素の薄い肌と彫りの深い顔立ち、寒いところの出身だとは思ってましたが」

上条「どういうこと?」

アニェーゼ「北欧に多いんですよ。あっちはルーテル誠教会が国教に幅を利かせてまして」

上条「ルーテル?」

アニェーゼ「日本語だとルター派、プロテスタントの最大派閥ですね」

上条「あぁ、宗教改革の!……待て待て。改宗、できないのか?」

アニェーゼ「可能ですよ?ただ手続きってのは必要でして、きちんとした手順を踏まないとって話です」

アニェーゼ「ですが洗礼を受けちまってるのに隠していたりすれば……」

上条「……なぁ。それってそんなに拘ることか?」

アニェーゼ「十字教――イスラムを含めたアブラハムの子らの考えは『神との契約』、ってぇトコに集約されるんです」

アニェーゼ「ですんで悪しき行いをして、それが誰に知られずとも神は見ておられます。悪行には審判の日に報いを受ける」

上条「ルチアが妙に信仰に拘っていたり、俺過剰に反応してたのも……」

アニェーゼ「元々が異教徒だったからですか。はは、笑っちまいますね。挙げ句の果てに逃げられた」

上条「……そういう事言うなよ」

アニェーゼ「だって事実でしょう?私もそこそこ頑張ってきたつもりなんですがねぇ、大事なときに姿をくらますとは」

上条「……」

アニェーゼ「……」

上条「その、お前にとってローマ正教ってのは」

アニェーゼ「クソッタレな世界から助けてくれた恩人……では、あるんです。あるんですがね」

アニェーゼ「助けるにしたってもう少しなんか方法があったんじゃねぇかな、って愚痴を言うぐらいには」

アニェーゼ「まぁ……ストリートチルドレンの子供も、行きつく先は街頭で客待ちですからね。比べればマシです」

上条「……そんな話、聞いた事ねぇぞ。だってこっちって」

アニェーゼ「そりゃモノと相手によってですよ。”ホンモノ”のマフィアのシノギに手ぇ出したら命に関わります」

上条「……」

アニェーゼ「だからまぁ、そういう意味では感謝もしてんですが……つまらない話をしましたね」

アニェーゼ「こんな悲劇どこにだって転がってんですよ。よくある話です」

上条「……話してくれて、ありがとう。気分のいい話じゃなかったが、でも」

上条「理解、うん、少しだけお前を理解できたような気がする」

アニェーゼ「そりゃどうも。これに懲りたら、他の方には注意して距離取ってくれればそれで結構ってもんですよ」

上条「ただ、さ」

アニェーゼ「はい?」

上条「お前にとってローマ正教は嫌い、か?」

アニェーゼ「さぁ?」

上条「じゃあ好きか?」

アニェーゼ「……どうなんでしょうね?」

上条「……」

アニェーゼ「あぁもうそんな話はどうだっていいじゃないですか。この妙に私に声が似たキャラ可愛いですよね。グッズ化されてたりは」

上条「――お前を引っ張り上げて突き落としたローマ正教」

アニェーゼ「……」

上条「でもって今もだ。破門だか追放だかされかねないって怯えっちまうぐらいの、そんな存在――」

アニェーゼ「――うるっさい!」

上条「……」

アニェーゼ「分からないですよ!そんなに、そんなに割り切って考えられるようなもんじゃない!」

アニェーゼ「そうでしょう!?私には、命を捨てさせられたり!理不尽な命令も多かったですよ!」

アニェーゼ「だから、何度も、何度も、何度も、何度も!逃げようって……!そう思うのが当たり前じゃないんですかっ!?」

上条「……」

アニェーゼ「でも、恩があって!帰る場所で!そんな、クソッタレな教会でも私は!」

アニェーゼ「私たちには帰る家なんですよ!拠り所なんですよ!」

アニェーゼ「助けて下さいよ!あんたが!私たちを助けてくれるって言うんだったら!」

アニェーゼ「正義の味方だって言うんだったら今すぐ全員!252人分を救ってみせろ……ッ!ねぇっ!」

上条「……アニェーゼ――」

アニェーゼ「どうなんで」

上条「――甘ったれんなこのクソガキ」

アニェーゼ「す、か?――あぎゃっ!?」 ブンッ、トスッ

上条「だらぁっ!」

アニェーゼ「ちょ、投げっ!?ベッドにぶん投げるってどうなんですかっ!?」

上条「男子高校生ナメんな!流石にこの体格差をリカバリできると思う――あがっ!?」 ゲシッ

アニェーゼ「そっちこそストリート暮らしを甘く見ちゃいませんかねっ!?残飯を奪い合うなんて経験!平和ボケした日本人にゃしたことねぇでしょうが!」 ボスッボスッボスッ

上条「マクラで殴るな!つーかお前自分で言ってんだろうが!平和ボケした日本人って!」

上条「そんな日本人に泣きついてんのはどこのどいつだよ!?期待してんじゃねぇバーカ!」

アニェーゼ「期待――させたのはあなたの方でしょうが!勝手に踏み込んで来やがって!いつもいつもいつもっ!」

アニェーゼ「てゆうかここは黙って肩抱くシーンに決まってんでしょうが!そんなんだからモテないんですよ!」

上条「えぇまぁモテませんけど何かっ!?義理チョコ以外貰ったことないし、それも必ず『義理だからね!勘違いしないですよね!』って前置きされますけどねっ!?」

アニェーゼ「いや、そのリアクションはおかしい」

上条「つーかお前もお前だ!こっちは正義の味方でもヒーローなんかじゃねぇんだよ!大した能力も持ってない一般人相手にホザくな!」

アニェーゼ「だから……ッ!」

上条「俺はこの世界を救って歩こうって度量もなければ度胸なんかないに決まってんだろ!……度胸は違うな、つい語呂が良いから言っちまったが!」

上条「――けどな!俺はお前の味方だ!」

アニェーゼ「……っ!」

上条「俺たちはお前の味方だ……アンジェレネを見たか、お前は?目が充血するぐらいに泣きはらしてんだぞ!」

上条「オルソラを見たか?ファンデーションで隠しちゃいるが、目の下に隈ができてんだよ!心配してヘコんで眠れないに決まってんだろうが!」

上条「そんな人間が、心配してくれる味方が!お前の味方じゃねぇって思ってんのかよ……ッ!」

アニェーゼ「けどっ、シスター、ルチアは……!」

上条「ルチアは知らない。俺はルチアじゃねぇし、今ここにいないのも事実だからな」

上条「ただな、命を賭けて『女王艦隊』に乗り込んだ仲間だ。信用するのにそれ以上の理由っているかよ?」

アニェーゼ「……」

上条「なぁアニェーゼ。お前、何がしたいんだ?」

アニェーゼ「……何って、何ですか……」

上条「あー、いつか、つーか日数からすりゃまだ数日前か。ロンドン塔からの帰り道、深夜の路上で言ったよな?俺に『あんまり深入りすんな』って」

上条「あれはお前の保身のためだけに言ったのか?それとも誰か、隊の連中のためを思って言ったのか?」

アニェーゼ「……」

上条「……シスターたちだってな。お前が大切にしてる程度には、下手すりゃそれ以上にお前を大切だって思ってんだよ。分かるよな?」

アニェーゼ「……うん」

上条「アニェーゼ=サンクティス、はっきり言えよ。お前は何をしたいんだよ」

上条「お前の行動はお前にしか決められない。そればっかりはどうしようもない、決断するのは、お前の行動を決められるのはお前しか居ないんだからな」

アニェーゼ「そんな――私のワガママに、付き合わせる訳には……」

上条「……」

アニェーゼ「あんたは……何でそこまでして関わるんですか、関われるんですか?」

上条「一回知り合ったダチのために。ケンカはしたけど仲良くなって過ごした友達のために。親身になって体張るのの何が悪い?」

上条「文句あるんだったらだったら止めてみせろ!アニェーゼ部隊総掛かりで!いつかのあの教会でしたみたいにフクロにしてでもな!」

上条「俺はやめねぇぞ、やめてなんかやるもんか……ッ!」

アニェーゼ「無理ですよ……!」

上条「言ってみろ!お前が何をしたいんだって!」

アニェーゼ「……けたい」

上条「あ?」

アニェーゼ「助けたいって言ったんですよ!」

上条「誰を?」

アニェーゼ「ローマ正教をです!あんな、私たちにとっては嫌な思い出だって腐るほどありますけど!」

アニェーゼ「でも、それでも!私にとっては家なんですよ!それを守って、助けになったり、力になったりすることのどこが悪いってんいうんですか!?」

上条「当のローマ正教が望んでなくても?」

アニェーゼ「あなたがそれを言うんですか?私たちがお断りしてんのに、散々口から首をツッコんで来やがるくせに!」

上条「オッケー、アニェーゼ。俺たちは今、同じスタートラインに立っている!」

アニェーゼ「……えぇまぁ、不本意じゃあるんですけど、そのようですね」

上条「……まぁその、なんだ」

アニェーゼ「……なんですか」

上条「一人なんでも抱え込むな。全部丸ごと一人で考えたり、やったりしても上手く行く訳はねぇよ」

上条「……世の中にはそういう天才もいるんだろうが、俺たちは違うからな」

アニェーゼ「ここで弱気になんねぇでくださいよ。この後どうやって隊の連中を説得すればいいんですか?」

アニェーゼ「理由は私のワガママでメリットは皆無、むしろ破門確定して根無し草になるってデメリットしかない」

アニェーゼ「初手の段階で段階で躓きそうですよ。せめて私だけの責任になりゃいいんですが」

上条「いやぁ。それは問題ないんじゃねぇかなぁ」

アニェーゼ「楽観論はよしてくださいよ」

上条「いやだから、ここの壁が薄いってお前が言ったんだろ」

アニェーゼ「言いましたけど。それが一体――」

ダンダンダンダンッ、ガチャッ

アニェーゼ「は――いぃっ!?」

アンジェレネ「し、しすたー・あにぇーぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

アニェーゼ「おおぅっ!?」 ボスッ

上条「お、ナイスタックル」

アンジェレネ「わ、わたしっ心配で心配でシスター・アニェーゼが元気なくてシスター・ルチアもどっか行っちゃって!」

アンジェレネ「で、でもっ元気っでもでも元気っ!」

アニェーゼ「いいから落ち着いてくださいよ!いつも以上に言語が不明瞭です!」

上条 パシャッ、ピロリロリーン

アニェーゼ「はいそこ画像を撮るな!金取りますよ!?」

上条「言い値を払おう!」

アニェーゼ「ダメだ。こいつ早くなんとかしないと」

上条「まぁまぁ軽いジョークだし、いいじゃないか。保存保存っと」

アンジェレネ「し、シスター・アニェーゼぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

アニェーゼ「あぁもう鬱陶しいですね!つーか暑い!」

オルソラ「お疲れ様でございました」

上条「おう、お疲れ。どうよ、俺の完璧な計画は!統括理事長もビックリだぜ!」

オルソラ「途中完全に方向性を見失い、歌手デビューを果たした二世タレントのような迷走ぶりだったかと」

上条「……なんだかんだで聞いてたのな」

オルソラ「壁が薄うございますから、不可抗力かと」

上条「……オルソラなぁオルソラ、一つ聞いていい?」

オルソラ「一つと言わずに幾つでも」

上条「その、右手に構えてるのはフライパンですよね?俺がキッチンで何度も何度も使ったから見覚えがあんだけどさ」

上条「どうしてシスター・オルソラは右手に装備しているの?」

オルソラ「不幸な事故は、若い男女が暮らしていれば多々起ると聞き及んでおります。俗に言う、ラッキーなんとか、と」

上条「オイ誰だ!?俺たちの天使に俗な単語吹き込んだヤツ出て来い!」

オルソラ「ですので、その時はこれで殴って記憶を忘却させる、というスムーズな手段をですね」

上条「死んじゃう!?てか記憶はそんなに簡単にはなくならないよ!?」

オルソラ「では無くなるまで殴る、という荒療治になるのでごさいますねっ!」

上条「てかオルソラ厳しいよ俺に!鉄拳制裁受けてるのって俺ぐらいだよ!」

オルソラ「……」

上条「ってゴメン言い過ぎた――オルソラ?」

オルソラ「……あら、どうしてでししょう……?」

上条「何が?」

オルソラ「いえ――私もよく分かりません?」

上条「疑問系にされてもな。その首の角度が可愛いぐらいしか」



――翌日 食堂

上条「――そして夜が明けた……ッ!」

アニェーゼ「ゲーム風の説明はいいです。つーかその、昨日は泣き喚く子供にかかりっきりで終わっちまったんですが」

オルソラ「部隊の皆様には昨晩のうちにメールで事の子細をお知らせしておきました。何と言いましても今後を左右するであろう大事ですので」

アガター「部隊のシスターを代表して私が僭越ながら、ここに。本来であればシスター・ルチアが適任なのでしょうが」

アニェーゼ「お疲れ様です。てかここにみっしりいるシスターは全員じゃなかったんですね」

アガター「一堂に集まるとイギリス清教に痛くもない腹を、と。クジで選ばれた方だけをこちらに。後はネットで中継しています」

アニェーゼ「……随分手際がいいんですね、昨日の今日で」

アガター「恐縮です。こちらのカメラへ向ってお話いただければ全員に伝わります」

アニェーゼ「朝一で何とも重たい話をすんのも気が引けますが――聞いてください」

一堂「……」

アニェーゼ「私たちはローマ正教のシスターです。恩もあれば借りもある、なんつってもここまで育てられたのは事実ですからね」

アニェーゼ「まぁ……ある程度の魔術の”素質”持った人間が集められたり、教会側の思惑があったのも同じ事実」

アニェーゼ「そんでまた、私が使い捨ての道具にされそうになったのも……何一つ、否定はできません。そういう組織です」

アニェーゼ「正直言っちまいますとこのままロンドンに残ってた方が楽じゃ、的な感想もない訳じゃないんですが――」

アニェーゼ「――それでも、どんだけクソッタレな親であっても、私にとっちゃ親は親なんですよ」

アニェーゼ「勿論、次もまた使い捨てにされそうだったら全力で抵抗しますし、足抜けも検討するとは思います」

アニェーゼ「でも、ローマ正教が何らかのトラブルを抱え込んで、異常な形で。『聖霊十式』を奪われたまんまで」

アニェーゼ「それを見過ごすってぇのは、ちっと違うんじゃねぇかな、って」

アニェーゼ「まぁ今すぐ決めろとは言いません。最悪私だけが抜ければ良い事ですし、無理に参加するなんざこれっぽっちもありません」

アニェーゼ「そもそも何ができるのかも分からない。戦闘に特化してない――させてもらえなかった我々が、どんだけ役に立つのかも、ですね」

アニェーゼ「だから――はい、だからこれは私のワガママですよ。ですんで」

一堂「……」 ザワザワ

アニェーゼ「……え?なんですかこの、『今更何言ってんだ?』的な空気は?リアクションが、想像してたのと違う」

アガター「すいませんシスター・アニェーゼ。昨日のウチに全員に『それじゃシスター・アニェーゼについていく方向で』と意思統一済みでした」

アニェーゼ「決意表名がムダにっ!?それっぽく意気込んだのに!?」

アガター「反対される方はいませんでしたので、完全に空回りかと」

アニェーゼ「ありがとうございますシスター・アガター。以前シスター・ルチアがあなたのことを評して『隠れ天然』と言っていたのを思い出しました」

アガター「恐縮です」

アニェーゼ「誉めてねぇです。つーかシスター・ルチアの懐って広かったんですね」

アンジェレネ「あ、あのっ!そ、そのシスター・ルチアについてなんですがっ!」

アニェーゼ「事情は……皆さん知ってんですかい?」

オルソラ「はい、私の口から説明させて頂きました」

アニェーゼ「そう、ですか……なにもオルソラ嬢がする必要はなかったんですげと、損な性格ですね」

オルソラ「私なりに思うところがございまして」

アガター「その、私から、一般シスターを代表して少々宜しいでしょうか?」

アニェーゼ「別に役職なんてないんですから、一般も何もないんですけど。まぁどうぞ、聞きましょう」

アガター「シスター・ルチアのお気持ちは分からないのではないのです」

アニェーゼ「ってのは」

アガター「マタイ前教皇猊下は否定も肯定もされておらず、どこまで介入があったのか、というのは分かりません」

アガター「ですが、シスター・オルソラを助けるために、私たちが割を食った、犠牲になった。そう感じるのも無理からぬ事です」

オルソラ「……はい」

アガター「――と、少し前であれば即答していたのでしょうが、今は違うのです」

アニェーゼ「違う、ですか?」

アガター「はい。私たちがロンドンへ来た際にも尽力してくださったり、日々の生活においてシスター・オルソラという女性を目の当たりにしました」

アガター「そして隊の総意として聡明で善良な方であると。そんな方に私たちを手を上げたのか、とも」

アニェーゼ「……ですね」

アガター「……悪い話ですが、シスター・ルチアのお気持ちも共感はできるのです。あそこで失敗していないければ、などと」

アガター「しかし同時にこうも思うのです。シスター・オルソラを手にかけるなり、ローマへ連れ帰るなりをしてしまえば」

アガター「『私たちは取り返しのつかないことをしてしまったのではないか?』、とも」

アニェーゼ「……」

アガター「いと高きお方は間違いません。しかしその代理人たるローマ正教が道を誤るのは歴史上でもしばしばある事です」

アガター「何よりもあなたを供物にするなど、到底正しき行いとは思えない――ですから」

アガター「どうか、シスター・ルチアにも寛大な処分を。様々な事件や葛藤の末、一時の気の迷いで隊を離れただけでしょうから」

アニェーゼ「ありがとうございます、シスター・アガター。その結論へ達するまで、どれだけ悩んだのか」

アニェーゼ「しかし、シスター・ルチアに関して、今すぐできることはありません。捜索もそうですが、何より彼女が自らの意志で戻って来ないことには」

アガター「ですが!」

アニェーゼ「です、が!もしもまた我々の門戸を叩くのであれば、そうですね……役職を没収、ヒラのシスターとして出直させます。それでいいですね?」

アガター「ありがとうございます。賢明な判断だと存じます」

上条「ちょっと待ておかしいぞ。役職ないのに没収って矛盾してないか?」

黒夜「ちっとは空気読め、なっ?あいつが『なぁなぁで済ませる』っつってんだから、汲め?」

上条「あぁそういう!なんだよツンデレかよお前」

アニェーゼ「誰かそのバカを連れ出してください――と、まぁ予想以上にスムーズに事は運びましたが」

オルソラ「差し当たってはこれから何を為すのか、でございますね。手助けにならないどころか足を引っ張ってしまってはいけませんし」

上条「てか今更なんだけど、状況っどうなってんの?ローマで『女王艦隊』盗られたってだけじゃないよな?ヌァダも帰って来てから姿見せないし」

上条「お前ら失敗してイギリス清教に軟禁でもされてんのかと思ったら、特に……自由だよな?」

オルソラ「はい。そこら辺の事情は私たちも掴みかねておりましたので、餅は餅屋と昔から申しますように」

ステイル『――ってシスターが結集してる!?なんだい、ついに乗っ取りでも始めたのかい?』

オルソラ「と、事前に詳しい方をお呼びしておりました」

上条「あぁ、そういう」

アニェーゼ「あの……シスター・アガターの件といい、何かもうオルソラ嬢の支配下へ入ってやいませんかね?考えすぎでしょうか?」



――ロンドン 『必要悪の協会』女子寮 大食堂 朝

ステイル「……なんだい。朝っぱらから呼び出すだなんて酷い扱いじゃないか」

アンジェレネ「あ、朝にお仕事しなかったら、いつ始めるんですかってゆう」

ステイル「最後にベッドへ入ったのは、君たちをイタリアへ送り出す前だよ。いい加減児童虐待だと思うけどね」

上条「明らかにオーバーワークだろお前んとこの組織。事務方ぐらい雇えよ」

ステイル「あー、無駄無駄。秘密保持の観点からいっても取り扱う内容からみても一般人はお断りだよ」

ステイル「MI6も最近じゃリクルートするようになったらしいけど、僕らはどうしても組織の体質上難しい」

オルソラ「私が微力ながらお手伝いしていたのですけれど……」

ステイル「シスター・オルソラの不在に加えて、クロムウェルの五月病が地味に効いてる。”アゲート”の件がトドメを刺された形になったが」

上条「あっはっはっはー!ザマーミロ!」

ステイル「あぁ君、いたの。すごすご逃げ出したと思ったら性懲りも無く。学習しないよね、どうせ痛い目見るのは分かっているのに」

上条「テメー俺の顔を見るなりケンカ売ってくんのか?そんなに一昨日イタリア土産買ってこなかったのか不満か?あ?」

ステイル「誰もそんな事は言ってない。お土産をもらえずにだだこねてる子供と一緒にするな」

上条「という訳でヒヨコ型のお菓子とババナ味のお菓子を買って来たんだけど、お前には東京感が全くしないのに東京を名乗るババナ菓子をやるぜ!」

ステイル「それはどうも。僕は甘い物は食べないからシスターたちにあげておくよ」

上条「お前にはこの日本製加熱式タバコっぽいものをだな。小萌先生オススメのモデルだ」

ステイル「おい未成年」

上条「タバコっぽいものだよ!あぁ小売店が間違って販売してしまったらそれはそれで仕方がないんだが!」

ステイル「……てかこれ通販限定商品……まぁいいや、素直に感謝しておくよ」

アニェーゼ「相変わらず仲良いのか悪いのか分かんないですね」

オルソラ「男性同士にしか分からない距離感でございますね」

ステイル「ただの知り合いだね、不本意極まりないが――で?」

上条「お前が持ってる情報全部寄越せ。ただし俺にも理解できるように分かりやすく簡潔に」

ステイル「殺すぞ?君派の知的レベルに合わせてたらゴリラにマルクス読ませる方がよっぽど有意義だよ」

オルソラ「類人猿の方がどんな結論を出すのかは興味ありますが。お呼びしたご用件というのも、まぁはっちゃけてしまえばその通りなのでございまして」

ステイル「……いや、僕の察しが悪いみたいに言わないでくれるかな。論点はそこじゃない」

オルソラ「はぁ、ではどこにポイントが?」

ステイル「そっちのそこのえっと……彼女?」

黒夜「おいテメェなんで一瞬迷った?」

ステイル「その子供、どこから攫ってきたんだい?」

上条「テメー朝から人をHENTAI扱いしてくれてんな、あぁ?」

アニェーゼ「すいません。私も正直『誰?』とは思ってんです。つーかどちらさんで?」

黒夜「言ってやれ。ビシッとこのNTRれ顔のロン毛に言ってやれ」

ステイル「そりゃ数日も仮眠しかとってなけりゃそんな顔になるよ。誰だって貧乏神みたいな風体になるさ」

上条「……これにはな、深い事情があるんだ。この子はなんつっても」

ステイル「――あぁ、一応釘を刺しておくけど、『学園都市の能力者』はやめてくれよ」

オルソラ「何か問題でもございましょうか?」

ステイル「問題も問題、大問題だね。アレとアレとオマケにアレっていう特Aクラスの不確定要素があるのに、よりにもよって能力者はないよ」

オルソラ「あらあら、これは困ったのでございますね」

上条「た」

ステイル「はい?」

上条「た、ターーーーーイムッ!!!」

ステイル「……まぁ、うん、いいんじゃない?そっちで話してきなよ」

オルソラ「ではステイルさんには濃いめのコーヒーとお茶をご用意いたします。ご一緒に焼きたてのベーグルは如何でしょうか?」

ステイル「縦に切ってないのなら」

アンジェレネ「わ、わたしはどっちでもオッケーです!む、むしろ縦カッティングの未来性を追求すべきかと!」

オルソラ「アンジェレネさんは先程食べていらしたようですが……」

ステイル「あぁこら困らせるんじゃない。僕がたまたま持っていた東京のババナ的なお菓子上げるから」

アニェーゼ「所有権が数分単位で移ってるんですが」

アンジェレネ「お、お菓子に罪はありませんよっ!お、美味しければ正義なのですっ!」

ステイル「というかまぁどうだっていいんだけど……終わった?僕だってヒマじゃあないんだよね?」

上条「オッケ任せろ、お前俺を誰だと思ってんだよ」

ステイル「女運にCP全振りしたキャラメイク失敗例その二」

上条「その一は?俺以外に人生に失敗したヤツって結構いんの?」

アニェーゼ「上条さんのポジで失敗してるなんてホザいたら、ダース単位で刺されるんじゃねぇですかね」

オルソラ「おっとこんなところにバターナイフが」

上条「ちょっと何言ってるのか分からないけど、えっと紹介します。俺の妹です」

黒夜「……どォも」

ステイル「ふーん」

上条「あまり詳しい事情は話せないんだけどな。実は離れて暮らしててさ」

ステイル「あぁそう。大変だったんだね」

上条「大変だったんだよ。あまり詳しくはアレなんだけど」

ステイル「――で、君たちのお母さんの名前ってなんて言ったっけ?」

上条「――ごめんちょっとアディショナルタイムが残ってた。二分だって審判が」

ステイル「僕の目には審判の姿が見えないんだけど、てゆうかどういうシステムなんだい?君は選手側なのか審判側なのか、曖昧なままだよね?」

上条「二分で戻るから!二分あれば完璧なぐらいに仕上げてくるから!」

オルソラ「あ、そういえば秘蔵の柚子ジャムがございましたねっ!ただいまご用意いたしますよっ!」

ステイル「……甘やかすのは良くないと思うんだよ。君たちがあのバカをきちんと叱らないから、人生をナメた真似をしてくるわけで」

アニェーゼ「お言葉ですがね。基本的にイギリス清教もなぁなぁ感が」

ステイル「ウチのトップは天然なんだか策士なんだかたまに分からなくなるけどね。でも大抵『女狐』って陰口を叩かれてる」

アンジェレネ「ゆ、柚子ジャムはレアですし、食べておかないと!」

ステイル「だからそういう話でもないよ」

上条「あ、ごめん。もう大丈夫だ」

ステイル「本当に大丈夫かい?僕だって立場ってのがあるんだから、あんまりこう」

上条「姉です」

黒夜「どォも」

ステイル「違うね?そういうこと言ってんじゃなかったよね?アレンジして出してくれば通ると思ったの?」

ステイル「いやまぁ東洋人の子供の年齢なんてよく分からないけど、そっちの子は明らかにちっちゃい方に分類されるよね?」

黒夜「12だ、やンのかコラ?」

上条「今のは『この世界での年齢に換算すると』っていう意味なんだよ!」

アニェーゼ「苦しいにも程ってもんがあります。そしてそのボーダーを軽々超えてます」

上条「お前らコラ後で絶対お説教だかんな!もう少しで騙くらせるとこなんだから話し合わしとけって言ったでしょうが!」

ステイル「……」

上条「……ど、どう?」

アンジェレネ「こ、これでオーケーするようだったら、ステイルさんeyeは節穴だったってことですよねっ」

アニェーゼ「いいや。まだ勝負は分かりませんよ?ほら頑張って上条さん!試合時間が終わってからが勝負です!」

オルソラ「無間地獄でございますね」

ステイル「――よし分かった、君の姉だね。僕は納得した」

アンジェレネ「み、見てくださいっ。ふ、目が節穴になってる人類を初めて見ましたっ!」

アニェーゼ「『じゃそういうことにしておくか』ってぇ言ってんですから、ツッコむのは野暮ってもんでしょう」

ステイル「これ以上ないってぐらい、完璧な絆を見せつけられては納得せざるを得ないね。あー仕方がない仕方がない」

上条「なっ?」

黒夜「ドヤ顔でこっち見んな。何をどうしたら『どう?』みたいに勝ち誇れるんだ」

ステイル「というか君の父親なら隠し子の一人や二人いたっておかしくないわけで。そういう意味じゃ本当に兄妹かもね」

上条「父さんを悪く言うなよ。まさかウチの父さんに限って――」

上条「……」 チラッ

黒夜「だからこっち見るな。薄い胸に興味でもあんのか」

上条「お前、その……髪の色と眼の色が俺と同じ――まさか……ッ!?」

黒夜「全員だよ。そりゃ誤差はあっけど、ほぼ黒だろウチの国」

ステイル「僕は帰って寝たいんだ!やっと一息つけそうだっていうのに!世界で二番目に嫌いなヤローのコントに付き合わされる身にもなってみろ!」

上条「おい、言われてるぞローマ正教inロンドン」

アンジェレネ「そ、その『誰か他の人がdisられてだろう』って自信と根拠はどこから……は、はっきりヤローって言ったのにも関わらず」

オルソラ「現実逃避でございますね」

上条「さっ、キリキリ知ってることを洗い浚い吐くんだよ!そうじゃないと俺がいつまで経ってもボケ続けるからな!」

アニェーゼ「……あの、もしかしてこの人も時差ボケかなにかで完徹して、ませんか?テンションがおかしいですよね、明らかに」

ステイル「……あぁもう全員集まりなよ。話せるところは話す、っていうかまぁ、隠すようなこともないんだけどさ」

ステイル「まず……現状からかな。イギリス清教は、というか英国としての見解は『助かった』、だ」

アニェーゼ「助かった?……おかしな話じゃねぇですかね、それは流石に」

ステイル「だから時系列……あぁもう頭がパーになってるな、くそっ……君たちが軟禁や罰、遠回しな嫌がらせを受けていないのもそれだからだ」

アンジェレネ「じ、自分達で言うのもなんなんですけど、大失敗、なんじゃないですかね……?」

ステイル「君たちがどれだけ貢献したのかは別にするとして、というか着いたその日の深夜にご破算になったんだから、責めるバカはいないんだけどさ」

ステイル「まぁ”ローマ正教にとっては”失敗だった、というだけの話だ」

オルソラ「あぁ……組織的なパワーバランスの問題でございますか」

上条「ローマ正教にとっては失敗、つーかまぁ『女王艦隊』を盗まれてんだから失態だよな。それがイギリスの利益とどう繋がるんだ?」

ステイル「減点方式だね。僕たちにとってプラスではないけど」

オルソラ「『彼の「聖霊十式」を盗み出され、どこかで使われればローマ正教の名誉は地に堕ちる』と、お考えなのでしょうか?」

ステイル「全員じゃないが、そういう考えが多い」

上条「……嫌な感じだな。『女王艦隊』を破棄できなかったんだから、ヌァダがどう動くか分からないって言うのに」

ステイル「もう動いているんだよ、彼」

上条「はい?……あぁ確かに一回戻って来たときもいなかったし、今も姿見ないよな」

ステイル「そりゃそうさ。行方不明になってるんだから」

上条「意味が分からねぇよ!?」

ステイル「僕に言うなよ。ある時間を境に観測されなくなってそれっきりだ」

オルソラ「では『全英大陸』の所有権も?」

ステイル「そっちもまだ盗られたままだ。あの子とクロムウェルが解読に力を割いている、割いてはいるけどね」

アニェーゼ「インデックスさんでも無理なんですか?」

ステイル「制御自体を奪うのはそう難しくないらしいよ。ただそれと『安全に制御を移行できる』のは別」

ステイル「最悪無理に術式を奪ったはいいものの、エリザード様以下王室の方々が黒焦げになる可能性もゼロじゃあ無い、だって」

上条「あー……キャーリサんときに反転させて攻撃させたしな」

ステイル「シスター・オルソラも、できればそっちの方で知識を生かしてほしいところなんだけどね?」

オルソラ「大変申し訳ございません。わたくし如きの知識ではお役に立てそうにもない上、
わたくしにはすべき事がありますので」

ステイル「……まぁこっちはこっちで大問題だからね。一部のバカどもほどに脳天気じゃいられない」

アンジェレネ「あ、あくまでも可能性ですけどっ!あ、あの人達が盗んでいったまま、表には出て来ない、んじゃないですかねぇ?」

ステイル「そうだね、その可能性は充分にある。祖先の残した大事な文化遺産だから――と、同程度には」

ステイル「現在のローマ正教ですら成し得ない『女王艦隊』の修理に成功する、なんて可能性。そして」

ステイル「ある程度の攻撃力をもった、『火の矢』だっけ?あれがこのロンドンで炸裂する可能性もだね」

アニェーゼ「……だから喜んでばかりじゃいられない、ですか」

黒夜「対岸の火事だってビール持ち出して宴会開こうとしてるアホが多いのに、実際には飛んで来た火の粉で実家にも火がつきそうなのかよ」

ステイル「他人の不幸はなんとやら、とは言うし僕も嫌いじゃないよ。ただ、今回はあまりにも不確定要素が多すぎる」

ステイル「『全英大陸』、自称・魔神ヌァダ、『女王艦隊』、ヴァイキングの子孫を名乗る魔術結社。導火線には火がついたままどこかへ消えた」

ステイル「……正直いっぱいいっぱいなんだよね。どれか一つでも手に余るのに、どれ一つとして制御できていない」

オルソラ「……少しインデックスさんをお手伝いすべきか、心が動くのでございますね……」

ステイル「君はこっちで監督役をしてほしい。そうじゃないとこのバカが何をするか分からないからね」

上条「否定はしないが、お前コミュニケーションって何語か知ってんのかコラ?」

ステイル「君よりは詳しいと思うよ。えぇと、だから僕も、打算があってこうして喋っているんだ」

ステイル「『女王艦隊』を野放しにするのは危険だし、誰かが追う必要がある。例えそれが解決できる可能性が低くても」

黒夜「おい、アンタ」

ステイル「年上になんて口の利き方だ。お兄さん、もとい弟さんの悪い影響かな」

上条「その言葉そっくりそのままマホカン○だぞ14歳」

黒夜「話を聞くにアンタの組織はこのまま傍観しようとしてる、つーかできればバチカンの支配圏内で爆弾がドカン!ってなんのを期待してんだよな?」

ステイル「有り体に言えばそうだね」

黒夜「ならペラペラ親切丁寧に私たちに内情喋っちまっていいのか?それは上の指針と反するんじゃないのか?」

ステイル「僕が勝手にしていることだ。だから何?君に何か不都合でもあるのかい?」

黒夜「だからって……」

上条「あぁコイツはそういうやつなんだよ」

ステイル「こう見えても神父だからね。世界平和と慈善事業、そして最近は貧困という敵へどんな聖歌を投げつければ撲滅できるか考えている」

オルソラ「素晴らしいお考えですステイルさんっ!」

アニェーゼ「(超皮肉ですよね?)」

上条「(オルソラは天使だからな。フロが長いのも体重計に乗っても計れないのが原因だと俺は睨んでる)」

アンジェレネ「(つ、強く否定はしませんけど。そ、そして気持ち悪いです)」

ステイル「……と、いうかまぁ、君たちが野放しになっているのも、僕がこうやって話しているのも上司の計算だと思うよ」

ステイル「止めようと思えば止められるのにそれをしない。煽っているフシすらある」

上条「マタイさんに似てんのな。あの人も一番おっかないのは政治力っていう」

ステイル「話せるのはこのぐらい……あぁ肝心な話があったか。その『女王艦隊』を奪っていった魔術師達の」

上条「有名なのか?」

ステイル「いや全然。魔術師としてのネームバリューはほとんどない」

上条「なんで知ってんだよ」

ステイル「調べたんだよ。君、どうせ戻ってきて『情報寄越せ』って変顔で言うって分かってたし」

上条「やってやろうか?お前のモノマネレパートリーしてお前がスベったみたいな雰囲気を作ってやろうかっ!?」

ステイル「徹夜明けに生でブラクラはちょっと……あぁもうバカと話すと調子が狂うな、ったく」

ステイル「連中の魔術結社の名前は『ワイルドハント』」

上条・オルソラ・アニェーゼ・アンジェレネ「……」

ステイル「ってどうしたの?微妙な空気だけど」

アンジェレネ「わ、ワルイドハントって……な、なんか縁がありますよねぇ」

ステイル「ふぅん?まぁいいけど、日本語で直訳するんだったら”蛮族狩猟団”、かな」

上条「蛮族って言ってるんだったら神様の方じゃなく狩人達か。そのものじゃなくて」

ステイル「あぁ知ってるんだ。サブカルもたまには役に立つね」

上条「報告書を読めコノヤロー。俺とアンジェレネが謎の魔術師に遭遇したって書いてあっ――」

上条「――って建宮言ってたわ!『魔術結社としてのワイルドハントもいる』って!」

ステイル「彼らはだね。ピクト人の話をしたとき、『外部の魔術師に依頼して力を借りる事もある』って言ったの覚えてるかい?」

アニェーゼ「憶えてます。その方はフィールドワークが得意で、知識を得ようにも捕まらないって」

ステイル「そう、その連中が犯人だった、と」

アンジェレネ「え、えぇと、それってイギリス清教の遠いお仲間のような……」

ステイル「と、いうわけじゃない。彼らは運び屋であり、同時に研究者でもあった。フリーランスのね」

黒夜「ローマからも依頼を受けてた?」

ステイル「こっちの正式メンバーだったら全面戦争になっていたかも知れない……まぁ、それでも可能性がなくはないんだが」

黒夜「ローマ正教にすれば戦争起せる口実が手に入ったわけか。遠回しながらもできるはできると」

ステイル「縁起でもないことをありがとう。灼くぞ?」

オルソラ「……黒夜さんの仰る事も的外れではないかと存じます。むしろ第三次世界大戦前であれば、拙かったかと」

ステイル「傍観してはいられない。楽観的な状況とは程遠いんだ――で、だ。タチが悪いのはそれだけじゃない」

上条「そいつら、てかあのオッサン達が超強いとか?」

ステイル「いや、そういう報告はない。彼らは戦闘よりも”運び屋”、そして北欧系魔術の研究者として活動してたから」

オルソラ「オリアナさんとはたまにお茶をする仲でございますが、彼女のようなお仕事を?」

ステイル「もっと見境ない。過去にあった例だと兵器から盗まれた美術品、人身売買まで運び荷を選ばないようだ」

アンジェレネ「そ、そんな人達には見えませんでしたが……じ、人身売買って」

ステイル「本当だとも。人買いからマフィアの元へ送り届けてから――壊滅させてる」

上条「……カイメツ?」

ステイル「うん、壊滅。依頼通りに送り届けた後、キッチリと」

ステイル「積み荷の子供たちは引き取って養子にしたし、盗品は届けた後に犯人と一緒に捕まえて警察に、っていうね。もうなんだか意味が分からない」

上条「悪人……って訳じゃないが、あー、なんか、うんっ!」

ステイル「なので正当な依頼をする人間からの評価は高い。筋を通す相手には、疚しい所がない人間であれば」

ステイル「従って下手につつくと地雷が埋まっている可能性がある。具体的にはフリー気取りの魔術師連中を敵に回す、かも知れない」

アニェーゼ「事情が事情でしょう?騒動を引き起こしているのは」

ステイル「はっきり言おう。彼らの好感度が特に高いんじゃないんだよ。評価はされているけども」

ステイル「ただ!それ以上にローマ正教とイギリス清教が低いんだ!何か事件があったら『どうせ悪いのはアイツらだろ?』って鼻で笑われるぐらいには!」

上条「ごめんオルソラ。ローマ正教やめて日本に来ないか?勢いでロザリオかけちまった責任を取りたいんだよ」

アニェーゼ「はいそこ。気持ち悪いですから大事な話の最中に控えましょうか」

オルソラ「ではアニェーゼさんたちとご一緒に」

上条「250人を養う甲斐性はちょっとないなぁ。10人分食べるインデックス一人でギリギリだし」

黒夜「10人養えるんだったら甲斐性あるだろ」

ステイル「だから外部の魔術師に依頼するのは難しい。できなくはないけど」

黒夜「金や物で釣れよ、ゴロツキみたいな連中使えば」

ステイル「信頼が置けない。『女王艦隊』の所有権がゴロツキに変わってしまったら、余計に始末が悪いだろう?」

オルソラ「ローマ正教の方々も探しておられるでしょうしね……うーん、困りましたのですよ」

アニェーゼ「その人達の個人情報ってないんですか?」

ステイル「一応あるにはある。どこまで信用したらいいものか分からないが、まぁ折角持って来たんだから役に立つといいね」 スッ

オルソラ「お帰りになるのですか?」

ステイル「最低限の説明は終わったし、後はそちらで詰めてくれ。僕にできる仕事にも限界がある」

上条「お疲れさん。助かったよ、ありがとう」

ステイル「……素直に礼を言われると、逆にイラッとするね」

上条「大丈夫だ。俺も分かってて言ってる」



――大食堂

アンジェレネ「お、お帰りになりましたっ」

アニェーゼ「お疲れさんです――さて、では引き続き会議に入りたいと思いますが」

アガター「シスター・ルチア代理として不肖私が一般シスター代表として参加致します。どうか手柔らかに」

上条「あぁ、ルチアってそういう仕事してんのか」

アンジェレネ「ま、まぁ事務っぽかったり調整だったりは、ですね」

オルソラ「ではお茶も入れ替えましたし、海鳥さんにはこちらのパンケーキを」

黒夜「おいアンタ。人を餌づけしようとしか思ってんじゃねぇぞ、あ?てか気安く名前呼んでんじゃねぇ」

上条「海鳥――まさかお前っ!?」

黒夜「急に覚醒してんな、座っとけツンツン頭」

上条「名前に”バード”って入ってるヤツはロ×の呪いがかけられてんのかよ……ッ!?」

黒夜「生まれた順番だよ。今はまだマニア向けの体型しかしてないが、あと数年経ったら違法が合法になんだよ」

アニェーゼ「未成年のアレはどこまでいっても大抵違法ですがね――ってはいはい、話を聞いてください」

アニェーゼ「ステイルさんからもらった資料を軽く読みましたけど、奴さんたちの大まかなデータしか載ってませんでした」

アニェーゼ「どこに住んでるとか、どこの学校に勤めているとか、どんな論文を書いたとか。興信所?」

アニェーゼ「そ、その住所へ行っても……いないんでしょうねぇ」

上条「イギリス清教が知ってんだから、ローマ正教は真っ先に調べに行ったと思う。危機感が違う」

アニェーゼ「他にも使用する魔術の推測がチラホラと載ってますが、まぁそっちは横に置くとして話し合いたいのは別です」

上条「現状把握?」

アニェーゼ「も、大事っちゃ大事ですが、それよりももっと大切なのは『問題が何か?』ってぇことですね」

アニェーゼ「何がネックになってんのか、どれから解決すればいいのか。まずは現在の障害全てを出すだけ出しちまいましょう」

アガター「書記は私が。ホワイトボードに書けばいいのですよね?」

アニェーゼ「はい、お願いします。それじゃ挙手制で張り切って問題点を挙げていきましょうっ」

アンジェレネ「は、はーいっ!に、逃げた人達がどこに行ったのか分かりませんっ!」

アニェーゼ「元気で良い発言ですね。割りと初手から詰み気味ですが」

アガター「『敵性魔術師の行方不明』、ですね」 キュッキュッ

オルソラ「はい、お金の問題ですね。先立つものがなければ何をしようにもできないかと」

アニェーゼ「ですね。調査費?活動費の不足?」

アガター「簡潔に『活動資金』としておきましょう――はい、私からも宜しいでしょうか?」

アニェーゼ「どうぞ」

アガター「上記の問題をクリアしたからといって、彼らに言うことを聞かせるだけの力がありません。実力行使できるかという」

アニェーゼ「ステイルさんからのお話だと戦、闘向けじゃない感じですんでなんとかなるんじゃ?」

アガター「純粋にどちらが上かと言えばその通りかも知れません。ですが」

アガター「こちらはあちらと一戦を構える準備をしていても、あちらはこちらと戦う理由がない」

アガター「”逃げ”に徹されたり、そもそも実力を隠していたりすればアニェーゼ部隊だけでの制圧は困難かと思われます」

オルソラ「元々が”運び屋”をされていますし、過去の荒事を伺った分ですら甘く見るのはいけない、でしょうか?」

アガター「はい。『戦闘力未知数』と」

黒夜「私にも言わせろ」

アニェーゼ「どうぞ、海鳥さん。あ、黒夜さんでしたっけ?」

黒夜「どっちでもいい。忘れてんだろ、連中探してんのはアンタたちだけじゃない」

アニェーゼ「……ええ。ローマ正教ですね」

黒夜「そいつらと競合する上に、お前ら『手ぇ引け』って言われてんだろ?最悪一戦かますだけの覚悟は決めてんのかよ?あぁ?」

アニェーゼ「覚悟がある……かは分かりませんが、取り敢えずそれも書いちまってください」

アガター「『本家と競合の可能性あり』と」

アニェーゼ「なんかもう笑っちまうぐらい問題が山積してますか。どれもこれも難題ばかりで」

上条「――ふっふっふ」

アンジェレネ「ま、まぁまぁ、前向きに考えればこれだけなんとかすればいいってことですもんねっ」

アガター「シスター・ルチアの捜索はどのようにされるのでしょうか?」

アニェーゼ「個人的にはそっちも進めたいんですがねぇ。”緊急”かと言われりゃそうでもなく」

アニェーゼ「いざシスター・ルチアが戻ってきても部隊がなくなってました、なんてのは本末転倒でしょうし」

上条「――ふっふっふ……ッ!」

アニェーゼ「マタイ猊下の言いつけを無視して私だけが破門、言いつけを守ったシスター・ルチアを中心に部隊を再結成――」

アニェーゼ「なんてこともできるはできんでけどね。それは最後の手段ということで」

上条「――って無視すんなよ!『あれ俺ももしかして霊体になってる?』ってイタズラ始めるとこだっただろ!?」

アンジェレネ「あ、あぁ。壁にペタペタ触れていたのはすり抜けられないか、一応確認したんですね」

アニェーゼ「あ、すいません上条さん。今真面目な話をしているので、終わるまで待っててくれませんか?あっちでアニメでも見て」

上条「いや俺も参加してるよ!?『ふっふっふ』って勿体ぶった意見言おうとしてたじゃんか!」

黒夜「その態度がダメなんだろ」

上条「いや俺に考えがあるんだ!絶対に上手くいく計画が!」

アニェーゼ「昨晩ほぼノープランで私の部屋に来た挙げ句、何か最後はベッドに放り投げて実力行使に出た殿方をどう信じろと?」

オルソラ「今夜はお赤飯でございますねっ」 チャキッ

上条「待ってくれオルソラ。日本の赤飯はアズキと一緒に炊いて着色するんであって俺の血じゃないから!そのバターナイフを降ろして!」

上条「あと生物の血を入れても火を通したら大抵血合いになって黒ずむだけだから、むしろ入れない方が美味しいと思うな!」

アンジェレネ「な、なんていう主婦目線ツッコミ」

黒夜「主婦が刺される前に長台詞言うか。犬飼だって『話せば分かる』だぞ」

アニェーゼ「パニクって何言ってるのか分かってないですね……いやまぁ、突破力は認めますし、実績もあるっちゃありますけど」

上条「だろっ!?」

アニェーゼ「んで、具体的には?」

上条「ここでは言えない」

アニェーゼ「――じゃあこういうのはどうです?シスター全員で街頭に立ち、『募金お願いします!』ってのは?」

オルソラ「普通に大小様々な罪に抵触いたしますね。またシスターとしても少々あるまじきことかと」

黒夜「規模の大小は違うが、教会がやってることは同じなのにな」

上条「だから俺を無視しないで!本当に幽霊になったのか不安になるから!」

アンジェレネ「か、軽くジャンプしたのは浮遊できないか確かめたんですね。わ、分かりません」

アニェーゼ「ですから、聞きましょうって言ってんですよ。言ってんのにあなたは言えないってのは、ちょっと……」

オルソラ「私たちにも言えないように酷い事をされるのですか?」

上条「あぁいやそんなことないけど。つーかいつもやってるっちゃやってることだし」

アニェーゼ「いつも……?やってる……?」

上条「ただ事前に言うと効果が薄れるっていうかさ。できれば本番まで伏せておきたい」

アンジェレネ「て、って言ってますけど?」

オルソラ「ちなみにどちらの問題解決のプランでしょう?」

上条「資金――」

アニェーゼ「不安は不安ですけど、まぁそのぐらいでしたら」

上条「――以外全部」

アニェーゼ「ちょっと待ってください上条さん。まさかとは思いますが、日本人留学生とテクノ系アーティストに多いお薬的なものをキメてませんか?」

上条「正気だっつーの!色々厳しいご時世だからな!」

アンジェレネ「そ、その自信の根拠はどこから……」

黒夜「あぁじゃ残りは金策か。あらかた解決できたみたいだし」

アニェーゼ「不安にも程がありますよっ!?ローマ正教に話をつけて!相手の場所も特定して!かつあっさり捕獲できる案なんて!」

アガター「ですが対案がない以上、我々はこのプランを採用するしかないのでは?」

アニェーゼ「ですけどっ!」

オルソラ「まぁまぁアニェーゼさん。落ち着いてください、もしこのようなところをシスター・ルチアが見たらなんと仰いますでしょうか?」

アニェーゼ「シスター・ルチアが……?」

オルソラ「……」

アニェーゼ「……はい?」

オルソラ「なんて仰るでしょうね?」

アニェーゼ「ボケから帰って来てください上条さん!ふさぎ込んでたのは謝りますから!二人でボケられたのを捌く自信はないです!」

上条「……なんだろうな。オルソラの天然が炸裂すると『あぁ俺が頑張らなきゃな』って強く強く思うんだよ」

上条「まぁ、なんだ。俺が言うのもなんなんだけど、わりと悪くはない案なんだ。全部解決するかは未知数なんだけど」

上条「ただ上手くハマれば全部。一つだけでもそこそこは、ってぐらいだから」

アニェーゼ「ですが!」

オルソラ「時は金なり、という言葉もございます。残った金策も頭が痛いのでございますよ」

アンジェレネ「わ、わたし達のお小遣いから、ってのはダメなんですかねぇ?」

アニェーゼ「ダメではないですし。万が一を考えて、放逐されても当座を凌げるだけの蓄えはあるんですよ」

上条「相変わらずたくましいなお前ら」

アニェーゼ「ただ、隊全体で捜索するってぇなると、衣食住に加えて交通費や調査費も必要だ、と」

上条「……250人分だもんなぁ。何かを調べたり探したりするのには頼もしいけど、逆に団体だと経費もかかるか」

オルソラ「私の蓄えも微々たるものでございますよ。実にシビアかつ現実的な壁ですね」

上条「あーあ、誰か俺に利子なしで大金貸してくれる人いないなかなー!誰かなー!」

黒夜「金貸しは割に合わねぇから廃業中だ。それに依頼の中には入ってない」

アガター「あの、資金のことでしたら、私が工面できるかと存じます」

アニェーゼ「できるって……半端な額じゃねぇんですよ?」

アガター「シスター・アニェーゼとシスター・ルチアには以前話したかと思いますが、ビショップ・ビアージオからある口座の管理を一任されておりました」

アニェーゼ「あぁ聞きましたね。私たちがロンドンへ来れたのもそのお陰って話ですけど、もう残金はなかったんじゃ?」

アガター「はい、私もそう認識していたのですが、いつのまにか増えていまして」

アニェーゼ「……ちょ、ちょっと見せてもらえますかい?具体的にはどんだけ」

黒夜「口座?」

オルソラ「マタイ様曰く、『由緒正しいバチカン謹製マネーロンダリング』とのことです」

黒夜「都市伝説だよ」

上条「俺も気になる」

アニェーゼ「ガード」

アンジェレネ「は、はーい上条さんはこちらどうぞっ。お、乙女の秘密的なものですからねっ」 グッ

上条「おい隠すなよ。余計気になるだろ」

アニェーゼ「……オルソラ嬢、これ、どう思います……?黒ですかね?」

オルソラ「白か黒かで言えば真っ黒――いいえ、いけません。そんな他人の厚意を試すような真似はいけないのでございますよ、めっ!」

アニェーゼ「なんで私が叱られてんですか?」

上条「そしてどうせなら俺も叱ってほしい」

黒夜「このイ××野郎が!」

上条「お前にじゃねぇよ!つーかそれただの罵倒だろうが!叱るってのはもっとこう、包み込むようにするんだよ!グッて!」

黒夜「お前の父親からの遺伝か。ハッ」

上条「包み込んでねぇわ!父さんからの遺伝は逃げ場を経ってるだけだ!だったら俺生まれてないだろ!つーか親は関係ないだろ!」

アンジェレネ「い、今のは上条さんが明らかにそうボケるよう誘導した痕跡が……」

オルソラ「シスター・アニェーゼ、あなたには人を信じる心はございますでしょうか?」

アニェーゼ「そんなにはないです」

上条「おい、シスターが人間不信だって言い切ったぞ」

オルソラ「ございますよね?」 ニコッ

アニェーゼ「ありますありますっ!もう、人を信じ過ぎて詐欺師のブラックリストに載るぐらいには!」

オルソラ「でしたらこの資金はこう考えるのでございますよ――これはビショップ・ビアージオからの善意なのです、と」

上条・アニェーゼ「絶対ねぇよ」

アンジェレネ「そ、即却下するのもどうかと。わ、わたしも同意見ですが」

オルソラ「そうでしょうか?わたくし達が困難に晒されて、絶望に覆われようとしているときに差し込む救いの光!これが善意でなければなんと言うのでしょう?」

オルソラ「このお金はきっとビアージオさんが以前の行いを悔い、その蛮行を恥じ、せめてもの気持ちとして差し出されたものです!」

オルソラ「勿論は恩に着せることなどせず、直接訊ねても知らぬ存ぜぬと否定されるでしょうが!慎み深さ故なのです!」

オルソラ「ですから、この資金は名も知れぬどなたかへ感謝しつつ、かつ足が着かないように使うのが最善かと!」

アニェーゼ「えーっと……『この口座はビアージオから善意で貰ったものだし、追加で振り込まれていたのも善意だ』」

アニェーゼ「『だから彼に感謝しつつ使途不明金を遣い込もう。そして何かあったら全責任は司祭様が被せる方向で』、ですか」

オルソラ「まぁ、いやでございますよ。アニェーゼさんったら、わたくしは一言たりともそのようなぶっちゃけた発言はしておりませんのに」

アニェーゼ「超いい考えですオルソラ嬢!全く躊躇せずに遣い込みましょう!」

上条「……俺のオルソラが……!ガラの悪い友だちの影響を受けたばっかりに!」

アンジェレネ「お、お忘れでしょうが、シスター・オルソラは伝道と布教では多大な功績をあげておられていまして……あ、あと気持ち悪いですよ?」

上条「俺も数字を知りたいんだけど……まぁいいか、これで準備は整った。さぁ行こうぜ!俺たちの冒険はまだ始まったばかりだ!」

黒夜「縁起悪いことこの上ねぇ言い方だな」



――イタリア ヴェネツィア 昼

上条「――よっし!帰って来たぜヴェネツィア!リターンマッチと洒落込もうじゃねぇか!」

黒夜「飛行機にユーロスターだと意外に早く着いたな」

上条「前の経験から高速バスは地雷だって分かってたからな。俺だって学習するわ」

オルソラ・アニェーゼ・アンジェレネ「……」

上条「ってどうした三人とも?飛行機乗ったぐらいから黙り込んじまって」

オルソラ「……えぇと、誰からツッコミましょうか?」

アンジェレネ「せ、精神的にダメージが大きいのはシスター・オルソラかと思いますが……」

アニェーゼ「ですがある意味ご褒美ですからね。ここは私が舞台を代表する形で――おいこのバカ」

上条「俺の名前違うわ」

アニェーゼ「すいません噛みました。バカ改め上条さん、ちょっと伺いたいことがあるんですけど、お時間今大丈夫ですか?」

上条「んー……まぁ移動しながら話そうぜ。時間も勿体ないし」

アニェーゼ「いいですけど――で、飛行機乗りましたよね?ヴェネツィアまで来ましたよね?」

上条「来たなぁ」

アニェーゼ「あなたのプランとやらは合ってんですかい?どっか破綻して点々としてるってぇ訳じゃないんですよね?」

上条「概ね順調だな。機内食がポーク一択だったのは予想外だが」

アニェーゼ「いやあの、『上条さんが言うんだから』と我々も敢えて聞かずについて着ちまいましたし、放置した責任がないって訳でもないとは思うんですが」

アニェーゼ「そろそろいい加減にしろよこのバカ」

上条「……うん?計画の話はしたよな?」

アニェーゼ「それがいい加減信じられなくなってんですよ!見てくださいよ、オルソラ嬢ですら『大丈夫かな?こいつ死なないかな?』って目で見てんですからね!?」

上条「オルソラはそんな目で俺を見ない――今の所はな!」

オルソラ「いえ、どなたも見たことはございませんし、これからもありませんけど……流石に、これはどうかなと思いますのですよ」

上条「大丈夫だって。不幸な俺が紙一重で生きて来れたんだから、『実は運がいいのかも?』って思えるようになってきたところだ」

アンジェレネ「え、えらい後ろ向きにポジティブシンキングですね」

黒夜「――おい」

上条「あぁ分かってる。向こうも隠れるつもりないらしいな」

オルソラ「向こう?」

上条「んじゃそこそこスペースが空いて、不自然に観光客もいない路地へ入ったことだし――こおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

上条「『黄昏よりも昏きも○……血の流れよりも赤き○……!』」

アニェーゼ「中二的な呪文を唱え始めた……ッ!?」

オルソラ「概ね、私の知識の範囲では魔術的な記号ではないものでございまして……」

アンジェレネ「し、心配しなくてもいいですよ。さ、最近のラノベネタですから」

黒夜「最近?」

上条「『……ふんぐるいむぐるなうくとぅるーるるいえむがながなぐるふたぐん……!』」

アニェーゼ「クトゥルーですよね?しかもそれ『クトゥルーさんちょっと起きて』って意味じゃありませんでしたっけ?」

上条「『――大いなる銀河の扉を開き、来たれ!シ○の暗黒卿……ッ!』」

アニェーゼ「そして最後はSFネタに持っていきました。もう少し統一感をですね」

マタイ「――私は似ているだけで赤の他人だと言っているのだが」

アンジェレネ「ま、マタイ猊下」

オルソラ「……やはり、狙っていたのは直談判ですか」

アニェーゼ「そんなっ!?上条さんアンタ何考えてくれやがってんですかっ!?」

マタイ「また会えて嬉しいと言うべきか、それとも刺した釘がヌカだったと嘆くべきか」

アンジェレネ「か、上条さんの頭にはトーフが詰まっている可能性も」

黒夜「シワがなくてツルッツルだな」

上条「俺に対するヘイトはやめてもらおう!見てもないのに断言するのはな!」

黒夜「じゃあちょっと空けてやろうか」

上条「いいか?シュレディンガーの猫派って話があってだな」

マタイ「そんな話ではなかったね。そして”猫派”ではなく”猫は”だ」

アンジェレネ「わ、悪い例えに猫ちゃんを持って来た時点で、猫派じゃないんじゃないかなぁと」

マタイ「彼の猫談義についてはどうでもいい。ここへ来たのも……まぁ、某かの意図があったのだろうと咎め立てはせん」

マタイ「だが前も言ったように直談判に応じる気はない。身の程を知りたまえ」

上条「あぁ違う違う。俺も話があって来たんだけど、話し合いに来たわけじゃないんだよ」

マタイ「『クレタ人は嘘吐きだ』、なのかね?私も暇ではないのだが」

上条「うん、だからシンプルに行こうぜ。誰の目にも分かりやすくて当事者同士もスッキリさせられるように。まぁ要はだ」

マタイ「ふむ」

上条「――ケンカしようぜ、俺と」



――ヴェネツィア 裏路地

アニェーゼ「――ふんっ!」 バスッ

上条「ぐふっ!?」 パタッ

アンジェレネ「な、ナイス腹パンですっ!い、今のウチに上条さんを格子のついた病院へゴー!」

上条「さ、最近は強化ガラスも、あるから、そこまで厳重なのは、な、ないんだ……」

黒夜「苦しみながらツッコむことか」

マタイ「……コントかね?」

オルソラ「マタイ様には大変ご機嫌よろしゅうございましてなによりでございます。最近の天候は変わりやすく、天気に一喜一憂するような毎日だ」

マタイ「季節の挨拶も結構だ。それよりも早急に今の発言の真意を」

アニェーゼ「……た」

マタイ「た?」

アニェーゼ「ターーーーーーーーーーーーーイムっ!」

マタイ「……あぁうん、早くしたまえ」

アンジェレネ「い、今の間に逃げ」

マタイ「修道騎士団で囲んでおるよ。人払いと君たちの安全に配慮して、だ」

上条「ろ、老魔法王からは逃げられない……!」

アニェーゼ「元気になってますよね?もっかい殴りますねー、はーい息を大きく吸ってー」

上条「待ってくれ!『お、言ってやった言ってやった』ってドヤ顔入ってたのは認めるけども!ちゃんとした理由があるんだ!」

アニェーゼ「どうしてあの時殺しておかなかったのか、不思議で仕方がありません。あなたはアレですか?私を何が何でも破門させたいんですか?」

アニェーゼ「それともオルソラ嬢をボコったときに殴った腹いせをしたいんで?あぁそうですか、白黒つけましょうか」

上条「だから先走らないで!俺だって他人様の人生かかってるのに一発ギャグで台無しになんかしないよ!勝算あってのことだ!」

アニェーゼ「まぁ……正直、直談判しようって心意気は買いますがね。それができないし、やれなかったからこそ崖っぷちに立たされてるわけで」

アニェーゼ「それを……言うに事欠いてマタイ猊下になんてことを。あなたの国の一番偉い方へ殴りかかるのと、ほぼ同義の暴挙をしてるって自覚してください!」

マタイ「ケンカ……まぁ、交渉に怖じない相手には武力を見せるのは基本だが、ケンカとはな」

マタイ「私は90を越える老人相手に、君は何を言っているのかね」

上条「ハンデだ」

アニェーゼ「断言しますが、過去『ハンデ』という言葉を使った台詞の中で、ぶっちぎりでワーストワンへ入っていると思います」

上条「いやでも『教皇級』なんて言われてる人だし、並の魔術師じゃ敵わないぐらいの人なんだろ?一般人の俺と比べるんだったらさ」

マタイ「買いかぶりすぎだよ。大層な呼ばれ方をしているが、私などはまだまだ」

オルソラ「確かに『教皇級』と呼ばれ、一流の魔術師の肩書きとして使われておられますが、その教皇猊下の術式を見た方の証言は全くありませんが……」

黒夜「『見た敵は全員死んでる』ってヤツだろ」

マタイ「人を死神みたいに言うのは佳くはない。そこそこの数はいるよ」

マタイ「……前にも言ったが私は君たちに教えられることなど何もない。件の魔術師達は目下捜索中で進展もないし」

マタイ「そして茶番に付き合う義理がそもそもない。今日のことは不問にするから、今晩――いや、明日の便で帰りたまえ。宿はこちらで用意しよう」

上条「その提案は魅力的だけど、マタイさんには貸しが一つあっただろ?」

マタイ「君たちに?」

上条「いいや、俺にはあるだろ。人の暗殺指令書にサインしやがって」

マタイ「……あぁ、あったな。強制されたとはえ、私の意志で名前を使った」

上条「んでもってだ。オルソラやアニェーゼに介入したり助けたりってのは、『やってない』んだよな?」

上条「だからチャラにすることもないし、できない。だよな?」

マタイ「……一本とられたね、これは」

上条「だから」

マタイ「――背後から狙われてるぞ上条君!?避けるんだっ!」

上条「え――なにっ!?」 クルッ

マタイ「――未熟」

バキッゴウッ!!!

上条「――がっ!?」 ダンッ、ダン……

マタイ「済まない、言葉が足りなかったようだ。『君から見て背後から攻撃が来る』と言いたかったのだ、私は」

マタイ「まぁ今からケンカをしようとする相手に背を向けるな、という教訓にはなったのかな」

上条「き、た……ねぇぞテメー!」

マタイ「卑怯、などとは言うまいね。ケンカとは『よーいドン』で始めるものではない」

上条「この……クソジジイっ!」

マタイ「遅い、そして単調だ」 バスッ

上条「あ、ぐっ……っ!?」

アンジェレネ「か、上条さんが手も足も出ないんですかっ!?」

アニェーゼ「えーっと、個人的にはザマーミロ的やスカッとした的な感想がない訳ではないんですが、これは、ちょっと」

オルソラ「御年92歳のマタイ様がどうして、このような動きを……?」

マタイ「前にも誰かへ言ったが、私には魔術の才能はないらしくてね。唯一の取り柄が人よりも身体能力強化できることぐらい」

マタイ「だから徹底的に強化して接近して取り敢えず殴る。その積み重ねを80年近く続けて来ただけの凡人だ」

黒夜「ケンカ慣れしてやがる。相手を”壊す”のに躊躇してない」

マタイ「いや、しているよ?いくら学園都市で治療できるとはいえ、後遺症が残る傷は少し、な」

上条「俺の思ってたのと違うよ!なんかこう遠距離魔術のエキスパートで、接近戦は苦手みたいなイメージしてやがる癖に!」

マタイ「使えなくはないがね。拳で殴った方が早く終わるし、広範囲まで巻き込まずに済む――のだ」 ドスッ

上条「おっうっ!?」

マタイ「不意打ちできるような距離ではない。倒れた君へ追い打ちせずに残心の構えを解いておらぬ」

マタイ「体の下になっている方の手で地面を探っているようだが、ヴェネツィアの石畳ではな。小石もなければ砂利はない」

上条「あぁそうだな。ここにはない――”ここ”にはなっ!」 バサッ

マタイ「む、砂利だと!」

アニェーゼ「あらかじめポケットに砂を!流石上条さんやる事がセコくて汚い!」

マタイ「『――来たれ12使徒の一つ、徴税吏にして魔術師を撃ち滅ぼす卑賤なる僕よ』」

アンジェレネ「え」

ビュウンッ!ガッ、ガッ、シュバァァッ!!!

上条「砂を……空中で叩き落としやがった……!」

マタイ「見えずとも、知覚える。星辰の道標クワドレントは本来このように使うのだ」

アンジェレネ「わ、わたしの霊装ですよぉっ!」

アニェーゼ「もう何でもアリですね」

マタイ「金貨袋は使徒マタイの象徴。”私”の魔術記号を利用すれこの程度は造作も無い」

マタイ「まぁ……相手を殺傷するにしてももっと効率的なものがある――が、使いようでね」

ビュウンッ

上条「ぐっ」

ピタッ

上条「――え?だああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 ドゥンッ

マタイ「このように『仲間の霊装を壊せない』人間に対しては、牽制する役にも立つ。限定された使い方だがね」

上条「ズッリィぞテメェ!?大人げないとか思わねぇのか!?」

マタイ「加減はしている。私が全力で身体強化をして殴ったら、人体は飛ばない。ただ突き破るのだ」

マタイ「……だが大人げないのには同意しよう。そろそろ終わりにしないか、上条君」

上条「ザッケンな……!」

マタイ「私は何も意地悪をしている、という訳ではないのだ。ただふるいにかけている」

アンジェレネ「ふ、フルイ?」

マタイ「君は――君たちは才能なき私にすら届いておらぬ。それでどうやってこの先の戦いを切り抜けるつもりだ?」

オルソラ「お言葉を返すようで恐縮でございますが、わたくし達が追いかけている方々は戦闘に特化した魔術師ではありません」

オルソラ「わたくし達に足りないものがあるのは存じています!ですけれど!」

マタイ「――彼らはどんな時でも逃げて、逃げて、逃げまわってきた、かな?それは事実の一面であって全てではない」

マタイ「言い換えれば実質的な戦闘力を隠匿したまま、他の魔術師から逃げるだけの能力があったのだ。それが脅威でなくてなんだと?」

オルソラ「それは……」

マタイ「感情や感傷、そして意志や努力は大切なものだ。だが時としてそれだけではどうにもならぬものがある」

マタイ「この舞台から降りたまえ。役不足だ――の、原義は”優れた役者に宛がわれた役が不釣り合いに低い”というものだが、まぁ」

上条「――俺が」

マタイ「うむ?」

上条「……俺が、有利なんてことは一回もなかったんだよ」

マタイ「……」

上条「オルソラのときも、アニェーゼのときも、イギリスのときも、ヴェネツィアのときも。ロシアやバゲージ、全部そうだったよ」

上条「でもな?『なんとかしなきゃ』って奴らか大勢集まって、俺なんかに力を貸してくれて、どうにかやってきたんだ」

上条「優れた誰か一人が孤独に解決しようとしたんじゃなくて、俺たちが集まって」

上条「才能がなんだ?ないならないでいいじゃねぇか、誰だって才能に恵まれてる訳じゃないだろ」

上条「俺だってもっと髪質はサラッサラにしたいし幼馴染みはほしいしついでにもっと学生らしく彼女の一人も作りたいよ!」

マタイ「最後のは才能の有無関係ない。そして前二つもそれほどは」

上条「誰かを助けたい、何かをしない、そういうのが大事だろ!?」

上条「マタイ、マタイ=リース。あんたが俺たちを助けたくて、俺たちのために言ってくれてるのは分かる!あんたが色々なものを守ろうとしていることだって!」

上条「テメェの孫娘ぐらいの子達が!どうしようもなく傷ついてるのを見て、裏から手を伸ばしたんだろ!?胸を張って誇れよ!」

上条「あんたの思いを否定なんかしねぇよ!どんだけ悩んだのか、葛藤したのかってのはな!」

上条「けどな!俺たちの思いを否定するな!勝手に実力のあるなしで足切りしてんじゃねぇよ!そんな権限があんたにあってたまるかボケ!」

アニェーゼ「……上条、さん」

アンジェレネ「……ぐすっ」

オルソラ「……」

マタイ「……君の意志は分かった。前の戦いで理解したつもりだったのだがね、まだまだ私も未熟者だと思い知らされるとはな」

上条「それじゃあ!」

マタイ「――だが、私の答えは変わらぬ。故にな」

上条「どうすりゃ認めてくれるんだよ?あんたを張っ倒して『右手』でハニーフラッシ○でもさせればいいのか?」

マタイ「この服はインデックス君のとは違い霊装ではない。銃も通じれば矢も通る」

上条「――ふーん?それじゃあんたのこめかみに先端突きつけて、『勝負は決まったフリーズ』とか言えばいいんか?」

マタイ「君は素手に見えるが、まぁそんなところだろうな。瞬間的にでも私を出し抜くぐらいの強さがあれば」

マタイ「……散々痛めつけて悪かったね」

上条「おいやめろ!?その前置きから何する気だ!?」

マタイ「君は右利きで合っていたかね。一本残せばいいか」

上条「残すってなんだよ!?その不吉な響き――」

――ダンッ

マタイ(全ての音を置いて踏み込む。下半身強化した私の亜音速戦闘――)

マタイ(――聖人や戦乙女には遠く届かぬ。”亜”などと称するところに私のさもしさが残っているか)

マタイ(若人の心を折るのは心苦しい……だが、この先に待つ惨状を見せる訳にもいかぬ。年寄りとして――)

ガクッ

マタイ(失速?『右手』には触れられていないし、身体強化には殆ど効果を発揮しないと報告が――いや、これは)

マタイ(私の法衣に何か、刺さって……?なんだこれは、見えない杭のようなものが?)

マタイ(ここで不用意に近づくのは危険。大事をとって一端離れて削――)

トンッ

マタイ「――む」

黒夜「よォ教皇猊下、ぶち殺すぞ?フリーズ



――

マタイ「えぇと、現状確認をしても?」

黒夜「あァ。ただしさりげなく体重移動した左足を元へ戻せ。学園都市謹製の最新センサー、ナメてンじゃねェぞ」

黒夜「こっちにだって忍耐ってェもンがあンだよ。ヒラヒラひらひらスカート揺らして誘われちゃァな」

上条「……おいおい俺たちがやってんのは”ケンカ”だぜ?決闘でもなくてルールもない、『よーいドン』で始まるお行儀のいいもんでもない、だろ?」

マタイ「どうやって、君の気配は」

黒夜「アンタはこのバカをただポンポン適当に殴ってなかった。相手の呼吸に合わせるように、カウンター取るように合わせてた訳で」

黒夜「そいつは魔術なンかじゃねェ。訓練された人間の訓練された動きだ――が」

黒夜「逆に言えばソイツをズラしちまえば、例えば呼吸を停めちまえば存在感を消せるような、その程度のもンだ」

マタイ「その程度の児戯で、かね」

黒夜「そりゃァ集団戦闘してンだったら無理だわな。調子ぶっこいてタイマンだと気ぃ抜いてでもない限りは」

上条「いつから一対一だって錯覚してた?まさか卑怯だなんて言わないよなぁ?」

マタイ「いつの間に……いや、どこからだ?こうなるように仕組んでた?」

黒夜「学園都市からだよ。このバカが逆立ちしても勝てねェ野郎をどうにかしてェって相談されたンで」

マタイ「君はなんと?」

黒夜「『だったらイカサマすりゃいいじゃねェか』、だ」

マタイ「……」

黒夜「仲間にも伝えてねェ。頭お花畑の楽観論者のフリしながら、中身は騙し討ちの一点突破。見事に引っかかりやがった」

アニェーゼ「……それで、ですか。微妙に雰囲気が違って……」

アニェーゼ「……」

アニェーゼ「いや、普段もこんな感じで行き当たりばったり?」

上条「人を柵中のアトミックバズー○みたいに言うなや!誰がテンションとその場のノリで生きてるって!?」

マタイ「……ふ」

黒夜「だからあンま私を刺激すンな。依頼主裏切って『ここで前教皇暗殺したら超Coolじゃン?』ってェ葛藤してンだわ」

上条「動かないでマタイさん!俺が国際指名手配犯にならないためにもその子を刺激しないで!?」

マタイ「……ふふ、ふははははははははははははっ!」

上条「笑い方がまた……いやごめん、悪役っぽいだなんて思ってないです」

アンジェレネ「し、シ○ですよね」

アニェーゼ「慎みなさい二人とも」

マタイ「あぁ佳い佳い、私の負けだ。これではな、流石に格好がつかない――くく、そうか。私の上を行くか」

上条「いや上って訳じゃ。ただ一回の騙し討ちに成功したってだけで、まぁそういう方法もアリですよね−、的な?」

マタイ「負けは認めよう。だが何も変わらん、変えるつもりはない」

黒夜「クソジジイっ!」 グッ

マタイ「私一人を殺めたところで君たちに有利に運ぶとでも?まぁ試したければするが佳い」

上条「キタネェぞ!『認める』って言質とったのに!」

マタイ「だから”負け”は認めただろう?」

上条「ホンッッッッッッッッッッットにタヌキジジイだなアンタ!ローマ正教も人材豊富か!」

マタイ「それはどうも。だがその老獪ですらフィアンマたち『右席』の力には屈するのだ」

アニェーゼ「――すいません。ちっといいですかね」

上条「アニェーゼは下がっててくれ!これは俺とマタイさんのケンカなんだよ!」

アニェーゼ「いいえ、これはあなたのケンカじゃありません。”私たち”のケンカです」

上条「いや、でも」

アニェーゼ「私や部隊のみんなに気を遣って、影響がないように蚊帳の外にしたんでしょう?仮に教皇猊下へ拳を向けても、それは自分達だけの責任だと」

上条「あの……」

アニェーゼ「……不愉快ですよ、やめてくれませんか?そーゆーの」

アニェーゼ「あなたが私を、私達を仲間だって言ってくれるんだったら。そう認めてくれんのでしたら」

アニェーゼ「良いも悪いも、どんな結果が出ようとも、それは全員で分かち合うもんでしょう?そいつが仲間ってもんじゃないですかね?」

上条「……ごめん」

アニェーゼ「まぁ、今回は演技する必要もありましたし不問にしますけど。次あったら引っぱたきますからね?覚悟してくださいよ?」

上条「あぁ、分かった」

アニェーゼ「そのシャクレ顔は絶対に分かってない気がしますけど……まぁ、えっと、マタイ=リース猊下にお話があります」

マタイ「私もだ、アニェーゼ君――いや、シスター・アニェーゼよ。以前私は言ったはずだ。それは憶えているかね?」

アニェーゼ「はい」

マタイ「その覚悟があると?」

アニェーゼ「……はい」

マタイ「怖くは、ないかね」

アニェーゼ「えーっと」

マタイ「私は怖いよ」

アニェーゼ「え?」

マタイ「今までの拠り所を失ってしまうのだから、そりゃ怖いさ」

アニェーゼ「……えぇはい。私も怖いです。同じですよね」

アニェーゼ「でも、怖いっていうんだったらそれだけじゃなく」

マタイ「ふむ」

アニェーゼ「でも――ここで黙って退いて、テメェらがどんな争いに巻き込まれたのかも分かんねぇままで」

アニェーゼ「ローマ正教に恩も返せねぇウチにスゴスゴ逃げ帰って、嵐が通り過ぎるのを待つってのも。性に合わないっていうか」

アニェーゼ「嵐に家が壊されているかもしれない。もしその時に私がいたら、その場に出くわしていたら」

アニェーゼ「何かできることがあったんじゃないか、救える命や、助けられる人がいたんじゃねぇかって」

アニェーゼ「それが……もっと怖い、です」

マタイ「私――ローマ正教がそう望まなくとも、かね?」

アニェーゼ「私――それは私が決めることです」

アニェーゼ「テメェが好きなもの、役に立ったもの、のために、恩返しのために手を汚して」

マタイ「例えそれが主のご意志に背くとしても?」

アニェーゼ「いつか”そのかた”に会ったら言ってやりますよ。テメェの仲間のために戦った――」

アニェーゼ「――それが罪だと言うのであれば、喜んで罰を受けるって啖呵切ってきますよ」

マタイ「……」

アニェーゼ「私達は誰かの人形もない。ただの人間です」

アニェーゼ「テメェの進む道はテメェで決めますし、責任だって負いますよ」

アニェーゼ「私――私は、ローマ正教のシスター、アニェーゼ=サンクティス」

アニェーゼ「この名とこの地位に一片の迷いもなければ恥もありません」

マタイ「……この世界には呪いが満ちておる」

アニェーゼ「呪い、ですか?」

マタイ「持つ者への嫉妬、勤労を厭う怠惰、分を弁えぬ好色、全てを得んとする強欲、限度を知らぬ暴食、身を焦がすだけの憤怒」

マタイ「そして――神に越えたとする高慢」

アニェーゼ「……」

マタイ「だが、そう――だが、だ。それと同じくらいには、まぁ実体験からすれば少しばかり目減りはするが、祝福にも溢れておる」

アニェーゼ「そう、ですかね?」

マタイ「……関わらないのは祝福なのだ。災禍より遠ざけることで子たちを護ろうとしたのだ」

マタイ「それでも、君は茨の道を征くのかね?」

アニェーゼ「はい。私一人だったら……多分、途中で引き返すんでしょうけど」

マタイ「けど?」

アニェーゼ「お節介な連中がいるんで、道連れにしてやりますよ。大層な肩書き持ってんですから、こういうときには使わないと」

マタイ「そうか……では、アニェーゼ=サンクティス。ローマ正教前教皇としての命だ、君が持つ十字架を出したまえ」

アニェーゼ「それは……ッ!」

上条「おいクソジジイ!」

マタイ「なんだね。部外者は黙りたまえ、と言ったはずだが?」

上条「アニェーゼの覚悟聞いてもそんな横暴かますのかよっ!話理解してんのかクソッタレ!」

アニェーゼ「上条さん!」

上条「お前も言ってやれ!」

アニェーゼ「いえっ、いいんです!……決めた、ことですから」

上条「……アニェーゼ」

アニェーゼ「……はい。これ、です」 チャリッ

マタイ「うむ。佳く手入れがされている。これはいつ手に入れたものかね?」

アニェーゼ「両親が使っていたもの――だったら、良かったんですけど、修道院へ入ったときに頂いたやつです」

アニェーゼ「一度壊れっちまいましたが、何とか造り直して、はい」

マタイ「そうか。ではこれは預っておく」

アニェーゼ「はい」

マタイ「代わりに、これを持っていきたまえ」 チャリッ

アニェーゼ「はい――え?は、はい?」

マタイ「え、ではないよシスター・アニェーゼ。手を出したまえ」

アニェーゼ「で、でもっ」

マタイ「これは私が使っていたものだが。私のお古は嫌かね?そこまで毛嫌いされているとは少し衝撃的だな」

アニェーゼ「そ、そういうんじゃねぇですよっ!?そ、そんな大切なものをっ!」

マタイ「ロザリオというものはな、本来ただの象徴なのだ。神の子が『原罪』を背負わされてゴルゴタの丘を登ったのを模した、というだけの」

マタイ「罪過の証明であり、それを彼の人、ただ一人に背負わせた我らの不甲斐なさという罪」

マタイ「――ロザリオは物ではない、君の中にあるのだ……それを決して忘れてはならん」

アニェーゼ「は、はぁ?」

マタイ「まぁ、これに関して言えば少し古い物らしいよ。私もよく知らないのだが」

アニェーゼ「少しって……これ、多分レリック級じゃ……?」

上条「(えっと……どういうこと?何が起きてんの?)」

オルソラ「(こちら――主にイタリアでは多いことですが、洗礼や聖人の際に十字架を授ける習慣がございまして)」

オルソラ「(その際、洗礼名の名付け親になるのが地元有力者――ぶっちゃけ政治家や名士、マフィアの方が多く、彼らの”子”)」

オルソラ「(つまり庇護下へ入るのと同義でございまして。この場合ですとアニェーゼさんへケンカを売るのは、マタイ様へ売るのと同じ意味を持ちます)」

上条「――ちょっと待てやコラ!アンタあんだけアニェーゼに破門するとか言っておきながら掌返しやがって!」

マタイ「オルソラ君、私がアニェーゼ君へなんと言ったのか憶えているかね?」

オルソラ「わたくしの記憶では『十字架を返せ』と」

上条「だろうっ!?」

マタイ「だから返してもらって新しく授けた。何か不都合な点でも?」

上条「……俺さぁ。『もしかして「右席」の連中ってジジイを使ってるようで、実は使われてたんじゃね?』って思うんだけどさ」

マタイ「まさか。全ては結果論に過ぎない……そしてまた彼らほどではないが、跳ねっ返りは者もおる」

マタイ「君たちのことは捜索中のローマ正教徒にも伝えてはおく。だが、連絡が行き届かぬ者もいるかもしれぬ」

マタイ「もしくは”そういう”風に令を曲解した者がな。何かあったら見せればいい。私の名も好きに使いたまえ」

アニェーゼ「あ、ありがとうございますっ!ありがとう、ごさい、ます……ッ!」

アンジェレネ「し、シスター・アニェーゼえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」 ガバッ

上条「まぁ……良かったか。地雷原に踏み込んだが、どうにか爆発させずに済んだ」

オルソラ「大団円でございますね――あ、そうそう。マタイ様にお伝えせねばならないことを忘れておりました。うっかりうっかり、でございますよ」

マタイ「なんだね。これ以上この老体に鞭打とうと?」

オルソラ「豊富な活動資金をご提供頂き、シスター一同に代りまして深く御礼申し上げるのでございますよ」

マタイ「……な、上条君?私が言った通りだったろう?」

上条「……あぁそれで。妙にオルソラが危機感ねぇなぁって思ったら」



――ヴェネツィア 旧オルソラ亭 昼過ぎ

上条「まさかまた数日で戻ってくるとは思わなかったぜ……!」

アニェーゼ「なんかもう数ヶ月前ぐらいの出来事かと思いますが……数日、まだ数日しか経ってないんですよね」

オルソラ「無理もないのでございますよ。怒濤の展開が続きましたし、まだ根本的な問題は解決しておりません」

アンジェレネ「そ、そうですよぉっ。ぜ、全員揃ってるって、訳でもないですし」

アニェーゼ「ですね。さっさと一人で足抜けしやがったアマもいますし、連れ戻さねぇと示しがつきません」

上条「まぁ気持ちは分かるから、あんま大事にして欲しくはないんだが……いたた。あのクソジジイ、ポンポン殴りやがって!俺はバレーボールか!」

アニェーゼ「遊ばれましたからねぇ。むしろ私も殴りたかったです、あなたを」

上条「だから悪かったって言ってるだろ!でも結果的に上手く行ったんだから!」

アンジェレネ「さ、最終的にはシスター・アニェーゼがお話しされてませんでしたっけ……?」

上条「しーっ。それを認めると俺の努力が無駄になるからあまり深くは追求しないで」

黒夜「殴られ損だな」

上条「途中で俺も思ったよ!『俺のくだりいるか?最初から話した方が早かったんじゃね?』って思ったさ、あぁ!」

上条「あぁでもこれで一回は出し抜けたんだし、次に何かあったらもう一度」

黒夜「無理だな。私の能力も見せたし、次からは対策を打たれる」

上条「対策……?」

黒夜「ジーサンの動きが止まっただろ?ペラペラ喋ってる間に”槍”でブスッと、な」

アニェーゼ「あぁ、何か不自然な動きをされたと思いましたが……特にも見えませんでしたけど?」

黒夜「”窒素爆槍ボンバーランス”」 ボシュッ、カッ

アンジェレネ「く、空気っ?」

アニェーゼ「じゃ、ねぇですね。壁に小さな穴が……触っても大丈夫ですかい?」

黒夜「あぁ問題ない。触る前に霧散してるから、触ろうにも触れられないがな」

アニェーゼ「確かに何もないですね」

黒夜「無味無臭の窒素の槍を放出するだけの能力だ。バカが大声で怒鳴ってくれたお陰で、ドサクサに紛れられた」

オルソラ「すぐに消えるのに縫い止められた、というのは」

黒夜「こっちが”槍”を撃ったタイミングでジーサンが動いた。だから結果的に阻害された、って言えば分かるか?」

上条「ナイスタイミングだ」

黒夜「いや、失敗だ。本当はジーサンの足を縫い止めるつもりだったんだからな」

上条「……あれ?それやったらシャレになってなくないか?」

黒夜「格上の相手に出し惜しみなんかしてらンねェだろうがボケ」

アンジェレネ「い、異能バトルの鉄則なんですけど」

黒夜「あ?」

アンジェレネ「な、なるべく隠しておいた方がいいんじゃないかなーって、思ったりなんかしちゃったりですね」

黒夜「仮想敵その一に開示しちまっんだから、アンタらに隠すのは非効率的だ。手札を隠して乗り切れるか」

黒夜「ここまで、敵は敵でも失敗は許された。最悪でも命の危険なんてないヌルい戦いだ――が、これからは意味合いも違う」

黒夜「危機感を持て、プレッシャーを感じろ、選択肢一つ間違えたら隣のヤツが死ぬと覚悟するんだ」

アニェーゼ「ドライかつ効率的な考えですね。ちょっと意外」

黒夜「……私は魔術に関して専門外にも程がある。知識や流儀が通じない以上、そっちの対処はアンタたちに任せるのが最善だ」

黒夜「その時になって私が何をできるのかできないのか、一々説明してらンねェだろ」

オルソラ「お任せくださいませ。非才の身ではございますけれど、全力を尽す所存でございます」

アンジェレネ「ちょ、ちょっと気負いすぎじゃないですかね?」

黒夜「前にやった魔術師は周囲の空気を吸っただけで体のコントロールが利かなくなかった。そういうハメ技的な連中ばっかなんだろ?」

黒夜「例えば『こんにちは』って挨拶されて返事しただけで呪われるとか。流石にそういうのまでは付き合ってられん」

上条「ある訳ねぇだろ。どんだけなんだ魔術サイド」

オルソラ「ございますよ。こちらでは人喰い魔女、日本でも山姥に微笑みかけられると、それは呪いを意味しておりまして」

上条「大概だなマジで!」

オルソラ「ですが海鳥さんは誤解されています。そんなに対価と報酬が釣り合わないかと」

オルソラ「そのような魔術や霊装を作ることも可能ですが、そのための労力と時間が膨大になるのも事実」

オルソラ「強い魔術を振う方は、その強さ故に制御するので手一杯な場合が多く、破られれば脆い傾向があります」

上条「……だな。大抵持ってる切り札は強いんだけど、それをぶち壊したらワンパンで沈むってイメージが」

アンジェレネ「そ、それは上条さんだからじゃ……い、いえなんでもないです」

黒夜「能力者が発現できる能力はただ一つ。だがバリエーションを増やして、一つの能力で様々な効果を生もうとする」

黒夜「対して魔術師が設定できる魔術は事実上無限に近い――が、実際には範囲を狭めて特化した方が強い、か」

黒夜「面白くはないが中々興味深いな。それでアンタ達はどうなってるんだ?いっぱしの魔術師なんだろ?」

オルソラ・アニェーゼ・アンジェレネ「……」

黒夜「……ンっだよその、サンタの実在をガキに聞かれた親父みてェなツラはよ」

上条「大体その認識で合ってる」

黒夜「切り札全部開示しろとは言ってない。下手にバラしたら危険なのも分かるし、私もそうだ」

黒夜「ただこっちとしちゃ予備知識もある程度ほしい。何ができて何ができないのか、そのぐらいは教えてくれたっていいだろう」

上条「……うん、あのですね黒夜さんね。大変誠に遺憾ながら、その、俺が言うのもどうかとは思うんですけど」

黒夜「んだよその日本式O-KOTOWARIは」

上条「えーっと改めてご紹介します。アニェーゼ部隊の幹部の方々です、こちらは俺の姉で年下の黒夜さんです」

黒夜「その設定要るか?まだ続けんのか?」

アニェーゼ「ども。ご紹介に与りましたアニェーゼ=サンクティスです。アニェーゼ部隊の隊長的なポジションにいます」

アニェーゼ「得意な魔術は『蓮の杖ロータスワンド』を使った……次元超越打撃?」

上条「衝撃で良くね?ナイフで傷つけても効果あるんだから」

アニェーゼ「だ、そうです」

黒夜「次元超越……?」

アニェーゼ「はい。例えば相手が鎧を着ていても、内部へ直接ダメージを与えることが可能って訳です」

黒夜「それは強いな。少し羨ましくもある」

アニェーゼ「――ただし、その威力は私が鉄の棒を使って殴るのと同じです。それ以上は出ません」

黒夜「ん?」

アニェーゼ「そして身体能力強化術式も私は不得意ですけど何か?」

黒夜「……まぁ、うん、アレだ。まぁ、幹部だからな。頭が強くなくても実行部隊が強いってのはよくある話――」

アンジェレネ「は、はいっ!」

黒夜「……おゥ」

アンジェレネ「あ、アニェーゼさんの部隊の実質上のナンバーツーですよっ!だ、誰がなんと言おうとも!」

上条「君のその図々しいところは少し見習おうと思う」

黒夜「このチンチクリンが……あぁいやいや。こういうのが怖いんだよ、パターン的には無邪気に殲滅するようなサイコキャラなんだよな?」

アンジェレネ「れ、霊装は金貨袋をばびゅーんって飛ばします!あ、当たったら痛いんでからねっ!」

黒夜「へー」

アンジェレネ「で、でも一番得意な魔術はですねっ、こう、送られてきたお手紙が、魔術的な不審物かどうかを見極めるのですっ!」

黒夜「あぁ、そう」

アンジェレネ「た、隊の中じゃわたしが一番って言っても怒られないんじゃないですかねっ!」

黒夜「……なぁ、一ついいか?」

アンジェレネ「ど、どうぞ?」

黒夜「金貨詰めた袋、そりゃ比重的にもジャストミートしたら致命傷になるんだろうが――」

黒夜「――魔術じゃなくて、投げた方が早くないか?」

アンジェレネ「………………ぐすっ」

上条「あ、泣かせた」

黒夜「悪いのは私かよっ!?いやいやいやいやっ、誰でも思うし気づくだろ!?」

オルソラ「フォローしておきますと、先程マタイ様が使われたように軌道を操作できますので……」

黒夜「コイツに砂ぶっかけられた時な。でもあれ『本来の使い方は』とかドヤってただろ」

上条「ファンネ○的なアレだと思う。オートでガードできるような」

黒夜「まぁいい。それじゃ次、本命頼む……いや、分かってるんだ。大丈夫、私は分かってる」

黒夜「年齢的にも若い二人はダミーのトップで、アンタが部隊の全権仕切ってんだろ?陰の実力者で戦闘のプロ」

黒夜「だが隠すにしたって私は誤魔化せない。マタイがガチ戦闘タイプなんだ、ポンヤリしたシスターだって裏の顔の一つや二つ」

アニェーゼ「あの、シスター・オルソラはアニェーゼ部隊の隊員じゃねぇんですよね」

黒夜「――に、見せかけてだ!バチカンの切り札とか、そういうのだろうっ!?」

上条「もう諦めろよ。オルソラに裏表あるんだったら、もう俺は誰も信じられない」

オルソラ「――どこで、それを?」

上条「マジでっ!?オルソラってそういうキャラだったのっ!?」

アニェーゼ「誰か以上にハッタリカマして『女王艦隊』へ乗り込んで来ましたしね。実は超魔法の使い手って可能性も……!」

上条「お前絶対楽しいから煽ってるだけだろ」

オルソラ「あ、いえそういう驚愕の事実はないのでございますよ。使える魔術も簡単な回復系がいくつかと解呪、あと攻撃系も実は少しだけ」

アンジェレネ「そ、そうなのですか?ちょ、ちょっと意外かも、ですよっ」

オルソラ「ですが、私はご指導頂いた方から厳しく、それはもう厳しく攻性術式の禁止を申しつけられております。『絶対に使ってはいけませんよ』と」

上条「性格上、使えないからってこと?」

オルソラ「いいえ、先生はこうも付け加えました――『確実に味方の背中へ当たるから』、と」

上条・アニェーゼ・アンジェレネ「それは正しい判断ですね」

黒夜「……」

上条「そして俺が学園都市から来たハイパーメディアクリエイターエグゼティブアドバイザーチューバーの上条当麻です」

アニェーゼ「はいそこ、肩書き勝手に増やさない。『何にでも首突っ込む暇人』でいいじゃないですか」

上条「でもこういうのって言ったもん勝ちじゃん?何か最近マタイさんの前とか、偉い人や場所で自己紹介するから、ハッタリ利かせた肩書きほしいんだよな」

アンジェレネ「は、ハッタリの時点でスッスカの中身ですけど……ハリのボテっていうか」

黒夜「……おい」

上条「あぁちなみにもう一人いるんだけど、その子の武器も『当たると痛い』って特性がだな」

黒夜「土下座してこい、アンタ達全員今すぐジーサンに土下座して謝ってこい!」

黒夜「予想以上に泥船だな!?ジーサン正しいわ!そりゃこの戦力だったら私だって止めるわ!アンタらにゃ無理だってな!」

黒夜「パーティ組む時点で普通気づくだろ!?シスター・シスター・シスターに遊び人一人加えたってマゾプレイ過ぎる!」

上条「誰が遊び人だ。ウルトラメディアクリエイターだって言ってんだろ!」

アニェーゼ「言ってねぇです。さっきと変ってます」

上条「それとお前シスター三人って言ったけど、今病欠で一人外れてるのがいるから元五人パーティだ」

黒夜「……ソイツが戦闘要員なのか。だったらまぁ、厳しいが、うん、まぁ」

上条「いやシスターだけど?」

黒夜「だからシスター多いっつってんだろ!?もっと多様性増やして役割分担考えろよ!?シスターそんなに好きかっ!?」

上条「敢えて言えば性的な目で見ない日本男児はいないと思う」

アンジェレネ「に、日本人怖いです……」

黒夜「アンタ今から学園都市戻って応援連れて来い。第一位と第二位と第三位呼べば、バラン取れるってレベルだぞ、この面子じゃ」

上条「何か皆忙しそうだったしさ」

黒夜「私が暇だったみたいに言うな。誰かがみっともなく縋り付いて、しゃーねーなーって付き合ってやってんだろうが!?」

オルソラ「まぁまぁケンカはそのぐらいに。”できることとできないこと”をはっきりさせたのは収穫かと」

オルソラ「手札は手元へ配られたのですから、どうゲームをするのかが肝要と存じます」

黒夜「……あぁ、そうだな。私としたことが取り乱しちまった。どうもコイツと関わると碌な事がない」

アンジェレネ「げ、ゲームって?」

オルソラ「最大の懸念事項であったローマ正教と敵対せず、それどころかほぼ黙認のまま協力して頂ける訳でございます」

オルソラ「従ってアニェーゼ部隊の皆さんは存分に活動できるのですが、何も全てを背負う必要もない訳でして」

上条「背負うって?」

アニェーゼ「もし探索しているのが私らだけだったら、『蛮族狩猟団ワイルドハント』の連中の逮捕もしなくちゃなんねぇですよね?」

上条「まぁそうだな。ローマ正教が探さないんだったら」

アニェーゼ「ですが実際にはローマ正教も探してて、ついでに強力もしてくれる。だったら別に戦うのは私らでなくってもいいんですよ」

オルソラ「極端な話、先様の居場所だけを突き止めてしまえば後は丸投げ、という手法も可能になりました」

上条「あぁそういう意味で」

黒夜「けどよ。アンタ達の部隊250人だっけ?そいつら全員で鬼ごっこに加わったとしても、探索場所が地球全部だったら誤差の範疇じゃないのか?」

オルソラ「はい。現行では文字通り雲を掴むような難題でございますね。何か手かがりになるわうな物があればいいのですが……」

上条「魔術師達の個人情報はあるんだけどな。そっちを深掘りして実家へ行ったらバッタリ!……って展開はないだろうし」

アンジェレネ「そ、そんなフワッフワした人たちだったら、強奪は成功してないんじゃないかなって……」

黒夜「他に手がかりが無ければ行くべきだろうな。私も学園都市の敵の部隊運用があまりにもアレで衝撃を受けている」

アンジェレネ「わ、わたし達だって色々あるんですから!ね、ねぇっシスター・アニェーゼっ!?」

アニェーゼ「……」

アンジェレネ「ど、どうかししましたっ?」

アニェーゼ「――あ、そうだオルソラ嬢!私、一つ言ってなかったことが!」

オルソラ「あの夜、勢い次第では『まぁこれはこれでいっかなー?』と満更でもなかったことは存じておりますけど」

アニェーゼ「ちょっと何言ってるのか分かんないですね。つーかマジで、いやいやマジで、ホンットに」

アニェーゼ「いやそういうピンク色の話ではなくてですね、『氷の騎士』について追加情報が」

オルソラ「初耳でございますね。私は断片的にしか」

上条「俺の話はルチアのことも含めてオルソラから話してもらった、ん、だよね?」

オルソラ「はい。ですがステイルさんにはお話しても、こうしてアニェーゼさんたちへはまだ。というかそのようなお時間も持てませんでしたし」

オルソラ「そもそもイギリス清教から正式に関係書類の閲覧が許されておらず、私たちは情報を出すだけでございました」

上条「の、割りには詳しいような」

オルソラ「お節介な神父様、そして人見知りな聖人様という友人を得られ、わたくしは果報者でございますね」

上条「……そっちか。全員オルソラに甘いんだよな」

アンジェレネ「わ、わたしはちょっとだけ聞いてます。ふ、フルボッコされたって」

アニェーゼ・黒夜「――詳しく」

上条「気が合うじゃねぇドSコンビ。お前らロ×でSだなんて時代のニーズを満たしすぎんだよ!」

アンジェレネ「に、日本怖いですよぉ……」

黒夜「日本の恥を晒すな」

アニェーゼ「否定はしないんですかい」

オルソラ「少々お待ちください。それでは改めて、あの夜に何が起きたのか、整理いたしませんか?」

オルソラ「立て続けに衝撃的な出来事が続き、私も情報が把握しきれておりませんので」

上条「それじゃ俺からだな。前にも会ったオッサンと女の子と再開して――」



――

アニェーゼ「――最後は私ですね。最初マタイ猊下をお送りしその帰り道に『氷の騎士』と遭遇し、攻撃を受けました」

オルソラ「私が伺ったのは『その後探索を進めたら、”旗艦”の残骸を発見し、彼らに強奪された』、でございます」

アニェーゼ「はい。間違いじゃねぇんですが……実はそこへ行くまで、道案内をしてくれたヒト、っていうかモノっていうか」

上条「どっちだよ」

アニェーゼ「『氷の騎士』です」

黒夜「……んん?攻撃されたんだろ?」

アニェーゼ「最初の一体だけは。その後に出現した騎士二人、痩せてたのと細身なのに加勢されまして」

上条「最初の一体をフルボッコ?」

アニェーゼ「はい。今にして思えば騎士らしくもない、なんかこう素人っぽい動きでボコってました」

オルソラ「”痩せた”と”細身”と感じた根拠を詳しく」

アニェーゼ「見たまんまですよ。鎧はサイズに合ってたんですがね、体の厚みがなかったんで」

アニェーゼ「その二人が『ついてこい』みなたいジェスチャーをされて、ノコノコ行ったら、船の残骸とご対面、ってぇ寸法ですね」

アニェーゼ「あとはダッチ・マン?彷徨えるオランダ人を自称する女性に船をかっ攫われると。失態でした」

オルソラ「そう、でございますか」

黒夜「何か心当たりでも、シスター?」

オルソラ「いいえ、憶測の域を出るものではございませんし、本題とも恐らくかけ離れるので控えますが……他に何か感じた事は?」

アニェーゼ「答え合わせが終わっちまった後に言うのも何なんですがね。”らしくない”って感想が」

オルソラ「とは、何を指してでございましょうか?」

アニェーゼ「まぁ水は使うじゃないですか?十字教全般で洗礼するときに必ず」

オルソラ「神の子がヨルダン川で聖ヨハネから受けた洗礼ですね」

アニェーゼ「そう。ですんで『氷の騎士』じゃなくて『水の騎士』だったらまぁ、分かるは分かるんですよ」

アニェーゼ「船に乗せて兵士代わりに使うって発想は分かります。周りに材料は溢れてますし無限に補充できるってもんですし」

アニェーゼ「ただ、地中海みたいなそこそこ温かい場所で、”氷”を使うって考えますかねぇ?と」

上条「強度の問題じゃないのか?水よりも氷の方が堅いし」

アニェーゼ「そりゃまぁそうなんですけどね。ただ氷は氷で、”氷を解かさずに維持する”ってコストを支払う必要があるじゃねぇですか」

黒夜「氷自体の強度は高いとして、それを曲げて動かすのは一苦労だからな。中にポーン入れてアーマチュア組んで動かせるって訳でもない」

アニェーゼ「ですんで『これホントにローマ正教で作ったのかな?』と。まぁ実際違ってるってぇ話ですし、そんなに意外じゃなかったですよ」

アンジェレネ「こ、氷が日常的にあるのは……さ、寒い所ですよねぇ、やっぱり」

オルソラ「アニェーゼさん!」

アニェーゼ「はい――うわっぷっ!?」 ガバッ

オルソラ「殊勲賞かと存じますよ!これで追跡ができるかも知れません!」 ガクガクガクガクッ

上条「オルソラさん、アニェーゼのクビが危険でピンチだからやめてあげてください」

アンジェレネ「い、意外と力持ちなんですよね、シスター・オルソラ」

オルソラ「日々の家事で鍛えた賜物でございますねっ!」

黒夜「シスターの腕力に興味はない。私にも分かるように説明してくれ」

オルソラ「えぇとですね。まず『女王艦隊』という霊装がございます。ローマ正教の切り札、『聖霊十式』と一部では讃えられる魔術……兵器、でしょうか?」

黒夜「そこいらの事情はソイツから聞いている。氷で作った艦隊と兵士、あと”火矢”か」

オルソラ「長年、最長で1,000年弱、最短でも800年近くはヴェネツィア国の監視として地中海に配備されておりました」

オルソラ「しかしその間に使われた形跡はなく、つい昨年学園都市へ対して標準解除するという運びに」

黒夜「栄華を誇ったヴェネツィア共和国は千年の繁栄を許し、異教徒の黄色人種相手にはたった50年でしびれを切らすか。お優しいことだな」

上条「あ、ごめん。その騒動のきっかけになったのって俺だわ」

黒夜「アンタ、ホンッッッッッッッッッッッットにいい加減にしとけ、なァ?アンタが余計な事やらかしたお陰で人生狂ってるヤツだっているんだからな!」

上条「『暗部』にいるよりかマシだろ。あとそっち関係は俺じゃなくて一方通行と浜面が頑張ったからだ。お礼を言うんだったらその二人に」

オルソラ「ともあれその霊装も見事奪われ――どころか元々のオリジンは別、十字教ではないルーツを持つ霊装であったと判明したのでございますよ」

アニェーゼ「あ、それについても後で少し補足します。ダッチって名乗ってた女の人?が、ペラペラ喋ってくれました」

オルソラ「そちらも大変興味深く存じます――さて、ここからが本題でございます。あの船には、あの霊装にはいくつかの能力があります」

オルソラ「氷の船体、氷の騎士、聖バルバラの神砲、重力を肩代わりさせる十字架に”文明全てを破壊する火矢”。これらは二つに大別されます」

オルソラ「まずオリジンがローマ正教に渡ってから後付けされたもの。オリジンの危険性故に、セーフティとして備え付けられと想像できますので」

オルソラ「もう一つはそしてオリジンが持っており、当時のローマ正教が破壊せずに手中に収めるべく画策までした、といういわく付きの代物でしょうか」

上条「……けど、分けた所でどうにかなるのか?学術的な考察も悪かないんだけどさ、今は時間がない」

オルソラ「いいえ。あの霊装の概要が判明すれば、それらを活用する元となった――神話や伝承に残るような部族の割り出しも可能になります」

アニェーゼ「北欧系ってのは分かってんですけど、それ以上に絞り込めるって?」

オルソラ「それぞれ地域差というものがございまして……えぇと、例えばある地域では豊穣神トールが主神オーディンを凌ぐ信仰を集め」

オルソラ「また他の地域では勝利の神フレイが強く崇められていたり、と」

黒夜「仮にだ。あの船っつーのが何かの神様に由来するもんだとして、ソイツを特定できれたとする。信仰してた連中の地域も割り出せた」

黒夜「……まぁ多分建造された場所が分かったとして、どうするんだ?」

オルソラ「わたくしは職人の方ではないので、多少ならずとも賭になるでしょうが……目の前にご先祖様が代々大事にしてきた一品があったとします」

オルソラ「経年劣化や想定外の使い方をされ、中も外もボロボロ。実用に耐えうる状態ではなく、それどころかこのまま放置するだけで朽ちるのは確実」

オルソラ「幸いなのは修理する技術が失伝せずにあるのでございまして」

黒夜「『――どうせ直すんだったら、昔の姿を取り戻しさせてやりたい。製法もそうだが、できれば素材も建造された時に近くしたい』、か?」

アニェーゼ「魔術師よりか職人の考えですが、分かる気はしますね。私でもそうします」

上条「えっと……つまり?」

アンジェレネ「か、上条さんが朝飲んだクリームソーダ。バニラアイスとソーダを別に分け取れば、原材料が分かる……い、いえ、わたしもこれ合っているか不安ですが」

オルソラ「概ねその通りでございます。ですが、前に申し上げたとおり、私の勘以外に根拠らしい根拠はありません」

上条「いや、修理はするんだと思う。オッサン確か『海に浮かべる』とか言ってたし、そこは間違いない」

アニェーゼ「ダッチって人が『帰る』って独り言も言ってましたっけ……うーん。オルソラ嬢としては何パーぐらいで当たってると思います?」

オルソラ「100%とは申しませんが、限りなく近いかと」

アニェーゼ「で、あれば。他に意見が無いようでしたら、もう少し話を詰めて、『女王艦隊』の正体を絞った上、その国へ行く。異論ある方がいますか?」

オルソラ「はい」

黒夜「提案した本人だろ」

オルソラ「この計画には問題がいくつかございます。まず感情論に偏りすぎている点です」

オルソラ「先様の言動も含めて全てブラフであり、そう思わせるための思考誘導かもしれません」

アンジェレネ「い、今頃はカリブでバカンスしてる可能性もあるんですねっ」

上条「それは心配ないと思う。そうなったらもうお手上げだから」

オルソラ「そして何よりも難題――私の知識量にも限りがございまして、北欧神話や造船・航海技術は専門外という有様でして」

上条「そうなの?」

オルソラ「多少は見知っておりますけれど、特に造船の過程や工法までは流石に」

黒夜「専門家に頼るのがベストだろうが」

オルソラ「いいえ。魔術師は自分の力が削がれるのを酷く嫌います。勿論魔術師以外もそうですけれど」

オルソラ「北欧の魔術に長けた魔術師がいるとして『あなたの得意な術式のネタバラシをしてくれせんか?』と訊ねても、ご教授頂ける訳がございません」

オルソラ「工法自体は表に残っているのでしょうが、関係書類は恐らく現地の郷土学や北欧史の中を調べるのが最善かと」

オルソラ「それに、相手がヴァイキングの術式を多用するのあれば、今後どう対処するか?どうやって戦えばいいのか?という知識は必ず力になります」

オルソラ「過去蓄積した十字教や異端の知識、それをベースに北欧神話も加えて応用できるのは世界でも数人――」

オルソラ「――大言を承知で申し上げれば、このわたくしもその数少ない一人であると自負いたしますよ」

アニェーゼ「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!それ、ちっとばかりオルソラ嬢の負担が多すぎますって!」

オルソラ「いいえ。戦闘ではお役に立てない私にとっての戦場は、まさに”そこ”でございます」

オルソラ「戦い方は様々。剣や銃を持って戦う方もいれば、拳一つで敵陣に乗り込む、クレイジーな方もいらっしゃいます」

上条「なんか俺がdisられたような気がするんだけど、俺はオルソラを尊重したい」

アニェーゼ「上条さんはいい顔したいだけでしょうっ!?何でもかんでも肯定すりゃいいってもんじゃない!」

上条「ぶっちゃけその通りだ!何が悪い!」

アニェーゼ「うっわコイツ開き直った」

上条「……ってのは二割ぐらい本気だけどさ。お前よーく考えてみろよ」

アニェーゼ「な、なんですか。二割って比重大きいですよ」

上条「オルソラが俺たちに止められると思うか?」

アニェーゼ「あー……無理、ですよね」

オルソラ「ご理解頂けて幸いなのでございますよ」

黒夜「するってーとだ。シスターのプランをまとめると、地域絞ってから北欧には飛んで。そこで調べ物するのか?」

黒夜「付け焼き刃にならねェことを祈るが……」

オルソラ「資料の質にもよりますけれど……長期で二週間、短期で一週間ほどはお時間を頂ければ」

オルソラ「付け焼き刃は付け焼き刃なりに、研いで使い物にしたいかと存じます」

上条「じゃあその間は別行動か」

アニェーゼ「シスター・アンジェレネ……か、部隊の方から付き人を出しますんで、こき使ってやってくださいよ」

オルソラ「ありがとうございます」

アンジェレネ「あ、あれ?わ、わたしの意志がどこにもなかったような……?」

上条「ほいじゃまー、さっさと条件決めようぜ。できればスウェーデン希望、一回行ってみたかったんだよ!」

アニェーゼ「またそーゆー邪な動機で。私も同意しますけど」

アンジェレネ「そ、それよりもお腹空きませんかぁ?じ、実はわたしペコペコなんですよぉ!」

オルソラ「では切りがいいのでここで少し休憩にいたしましょうか?機内食を頂いてから大分経ちますし」

上条「どっか食いに行く?水道は出てるみたいだけど、ガスは結局止まったままなんだっけ?」

オルソラ「それも良うございますね。暫くぶりに近所のカフェで懐かしい味を堪能するのも――おや?」

コンコンコンコン

上条「ノック?」

???『――すまない。お届け物があるのだ』

上条「『はーい、今出まーす』」 ガチャッ

黒夜「おいバカ不用意に出るな!なんでここに人がいるって知っ――」

マタイ(???)「――こんにちは」

ガチャッ、パタン

上条「……」

アニェーゼ「おい」

上条「ドアの外の死神が」

ガチャッ

マタイ「君に”死”を届けに来た、覚悟したまえ――って、誰が死神かね。失敬だな」

アニェーゼ「ろ、ローマ正教元トップで20億の上に立つ方がノリツッコミした……ッ!?」

アンジェレネ「あ、あー……上条さんの悪い影響ですね」

上条「すいませんっ!ケンカの続きは後日にして下さい!」

マタイ「だから届け物をしにきた、と言っているだろう。君も運ぶのを手伝ってくれたまえ」 スッ

上条「あ、はい。って何かスッゲー良いニオイする袋がたくさん」

マタイ「君たちが食事も取らずに出て来ないと報告があってね。根を詰めるのも時には必要だが、休息も適度に取らねば佳くない」

マタイ「君たちの好みなど分からなかったので、適当にそこいらの店から見繕ったのだ」

アニェーゼ「お、畏れ多い……!」

マタイ「まぁそれもついでなのだがね。アニェーゼ君、君に渡さなくてはならない物がある」 スッ

アニェーゼ「……紙の束、ですか?手紙?」

上条「あっ、あーあーあー!そういうのな!コッソリ情報くれるっていう!」

マタイ「期待を裏切るようで恐縮だが、これ以上この件に関して君たちへ情報を渡すつもりはない。本当に野暮用なのだよ」

アニェーゼ「……オルソラ嬢、これ」

オルソラ「拝見いたします――嘆願書、でございますね」

上条「嘆願書?なんでそれがアニェーゼに?」

マタイ「私の元へ送られてた物だ。それ自体はよくある話なのだがね」

マタイ「『異教徒へ対して聖戦を起こしてください』とか『悪しき者は殲滅すべき』とか。中には神の子や聖人」

マタイ「表の意味での殉教した聖人の埋まり代わりを称する者も少なくはない」

上条「なにそれこわい」

アンジェレネ「あ、あぁいつものですね。ろ、ローマ正教にいたときは、そういう電波なお手紙を分別するお仕事もしてましたし」

上条「そりゃ雑用魔術が得意になるわなぁ」

アンジェレネ「ち、ちなみに魔術的な嫌がらせも時々来てたんで、中々気の抜けないお仕事でしたよ」

マタイ「ただこれは少しばかり毛色が違う」

オルソラ「そうでございましょうとも。この字はシスター・ルチアの筆跡に酷似しておりますし」

上条「俺の予想だと……『アニェーゼ部隊に罪はないんです?』」

マタイ「冴えているね上条君。『自分が副官としての務めを果たせず、ローマ正教から離れることでどうか一つ』、と続く」

アンジェレネ「あ、あのっ!し、シスター・ルチアが離れたのも、ですね、も、もしかしたらっ!」

アニェーゼ「……自分一人で罪を被るつもりだった……?」

マタイ「まぁ、どのみち君たちを破門するつもりなど毛頭無かったのだから、彼女の覚悟も無駄になってしまったのだがね」

上条「あんたが原因だろ。ハッタリかますにしても大概にしろ」

黒夜「いや……ハッタリに”した”ってのが真相だろうなぁ。アンタ達の行動次第で容赦なく破門にしやがってたと見た」

マタイ「仮定の話だね。ともあれ君たちが来てくれたお陰でロンドンまで転送する手間が省けたというもの」

アニェーゼ「大変申し訳もありません。マタイ猊下にわざわざ足を運ばせるなどと」

マタイ「殴りかかってこられるよりはまだマシだ。しかしこの短期間に二敗するなど、私もまだまだだな」

上条「いやさっきのはイカサマであって一敗ってのは――待って?二敗?二敗って言ったか今?」

マタイ「件の魔術師、ゲオルグ=ノルデグレンたちに一敗だ。私の『モロクの聖竈』が詠唱途中で強制停止させられた上、運河にドボン、だ」

マタイ「身体強化なしで夜の海を泳ぐのは命の危険を感じたよ。魔術にばかり頼るのは佳くない、という教訓だね」

上条「”強制”停止?それってインデックスのアレじゃ」

マタイ「……私としたことが少しばかり不用意だったな、忘れてくれたまえよ。では失礼するとしよう」

ガチャッ、パタンッ

上条「……何だったんだ、今のは」

黒夜「おい、”インデックスのアレ”って何だ?何かのスラングか?」

上条「ん、あぁ俺の友達で被保護者が得意なスキルでそういうのがあんだよ。魔術師が魔術使おうとしたら、その場でブツブツ言うと強制的にキャンセルしちまうの」

黒夜「強力な魔術だな」

上条「じゃ、ないらしい。なんでもその魔術の矛盾を突いたり、心理的に揺さぶりをかけるって話だ」

黒夜「ふーん。それじゃ相当の知識を持ってないとダメって訳か」

上条「だな」

黒夜「――じゃあ聞くがこのバカ。魔術サイドで上から数えた方が早い人間の魔術、しかも80年近く牙を研いだ人間の心折るって、どんだけの知識が必要なんだ?」

上条「ん?――――――あ!?」

黒夜「反応が遅い。シスター三人が黙っちまったんだから、相当深刻なんだろうなぁ」

オルソラ「……インデックスさん、いえ禁書目録としてのお力を持つ方以外にできるというのは……」

アニェーゼ「技術としては確立してんじゃねぇですかね、って思いたいですよ。向こうさんが同レベルの相手だとは考えたくもない」

上条「ちょっと待て!そんなに深刻な話なのか!?」

アニェーゼ「ウチの隊の連中に使って効果のほどは実証済みでしょう。そしてそれはローマ正教徒全てに言えます」

オルソラ「ある程度人の意志を介在しないものであれば、ですし、事前に分かっていれば対抗策も打てます」

アニェーゼ「鼓膜破ればいいだけですからね」

上条「”だけ”が重いわ」

オルソラ「……ですが、私たちが恐れ戦いているのはそこではありません。マタイ様のようなローマ正教のためだけに80年近く費やされたお方を」

オルソラ「その方の信仰や知識、それを揺るがして術式をキャンセルさせるだけの理論武装、その知識量とは一体どのような物なのでしょうか……?」

上条「楽な相手じゃない、か」

黒夜「一々狼狽えんな見苦しい。敵は敵だろ、魔術が通用しねェンだったら能力でぶち殺せばいい。なぁシスターさんよ」

オルソラ「は、はい?」

黒夜「そのスペルなんとか、そっち側で使える人間は何人ぐらいいるんだ?どれだけ知られてる?」

オルソラ「豊富な知識を相手の術式に合わせて唱えるだけですので、理論上は私でも魔術を使えない上条さんでも可能となります」

オルソラ「しかしながら、実際に使える方のお名前のうち、現世代ではインデックスさんの他にはどなたもいらっしゃらなかったかと」

黒夜「そうか……と、すると使えないはずのレアスキルを、向こうはジーサン相手に温存してたジョーカー見せざるを得なかったって事だ」

黒夜「そして能力を得るためにはそれだけの代償が必要となる。そのスキルに全振りした野郎かも知れない、と」

アニェーゼ「待ってくださいよ!その人らはそれだけじゃなくてですね、その」

黒夜「あ?」

アニェーゼ「私が、間違って首を攻撃してしまったときも、死ななかったって言いますか」

黒夜「死ななかった?」

アニェーゼ「……はい」

黒夜「そうか――”よくやった”」

アニェーゼ「よ、よく?」

黒夜「あぁ。相手の特性を曝いたヤツは誉めて当然だろうが」

黒夜「故意でも事故でもどっちだろうと構わない。少なくともこれで死んだフリされた後、不意打ち喰らうリスクは消えた」

上条「いやまぁ、そりゃあそうかもしんないけど!」

黒夜「『強い切り札は壊したらワンパンで沈む』って言ったのはアンタだろうが。これで相手の”底”も見えてきた」

黒夜「相手の流儀に付き合ってやる義理なんざねェンだよ。敵の長所を潰して引っかき回して、最終的に一度勝ってから勝ち逃げすりゃいい」

黒夜「腕力が強ェーヤツはケンカも強い。だからって絶対に勝てない訳でもねェだろ」

アニェーゼ「……勉強になりますね。ホントに私より年下かと」

オルソラ「学園都市の方は皆様は、こうもシビアなのでございましょうか。それはそれで情操教育的に心配でございますね」

黒夜「こう見えて最初の研究所で童貞は捨ててンだ。場数も経験もアンタたちと違う」

オルソラ「えぇとドーテ……あぁ!男のでいらっしゃいましたか!可愛らしいので女の子だとばかり!」

黒夜「なんでだよ。女装趣味はねぇよ」

アニェーゼ「オルソラ嬢には後から説明しときますんで……まぁ、分かりました。少し気が楽になりましたし」

上条「しかし、なんだかんだ言って甘いよな。誰がとは言わないが」

黒夜「ジーサンな。わざわざパシリになってまで助言しやがった」

上条「できればあの人も着いてきてくれると強パーティになるんだけど」

黒夜「なんか事情でもあんだろ。だからバチカン帰らずにここで陣頭指揮してる――って、ちっこいシスター」

黒夜「さっきから静かだけど、フライングしてメシでも食ってんのか?」

上条「アンジェレネな。いやこの子は食い意地がバーストしてっけど、そんなことはしない……筈だ!」

黒夜「自信ねぇんじゃねぇか」

アンジェレネ「え、えーっとですね、し、シスター・ルチアのお手紙を読んでたんですけどっ!」

アニェーゼ「……はい、気持ちは分かりますよ。ですんで良かったらシスター・アンジェレネが預ってくれるんのがいいでしょうね」

上条「いい話だぜ」

アンジェレネ「い、いえいえっ!そ、そういうウェットな話じゃなくて、こうシスター・ルチアの居場所かなんか書いてないかなーって!あ、暗号とか!」

上条「暗号にする意味が分からん。文中には書いてなかったんだろ?」

オルソラ「はい。定型文がぎっしりと」

アンジェレネ「そ、そっちじゃなくて、手紙の封筒にっ!」

アニェーゼ「封筒に………………ぁ」

アンジェレネ「さ、差出人の名前と住所がですねっ!あ、あるなっと!」

アニェーゼ・オルソラ・黒夜「……」

上条「……い、いやいやいやっ!こういうのはさ、多分偽名とか偽の住所とか書くもんだぜ!普通はな!」

アンジェレネ「そ、それが今ちょっとタブレットで調べてみたんですが、手紙の消印や添付されてる印鑑がですね、住所に近い国の局の物だと!」

上条「あー……書いちゃったかー。失踪中の人間が自分の住所書いちゃったかー。真面目だからなー」

アニェーゼ「ま、まぁ!シスター・ルチアらしいといえば、らしいですし!」

黒夜「ソイツは知らんが、ジーサン宛ての手紙なんだろ?だったら身元書かなきゃ届かないとでも思ったんじゃねぇの?」

オルソラ「一応、手がかりは手がかりですけど……ちなみに場所はどちらから?」

アンジェレネ「こ、コペンハーゲンですっ。で、デンマークの!」

アニェーゼ「まさに”北欧”って感じですね」

オルソラ「そうでございますか」

上条「よし、じゃあ行くか!」

黒夜「おい待てバカ。ある程度絞り込んでから現地に向うって話しただろ、なぁ?」

上条「いや、どっちみち北欧行きは決定してたしさ。相手の霊装を特定するのも、向こう行ってから調べるのもアリだと思うんだよ」

上条「それともデンマークは調べられるところがない、とか?厳しい?」

オルソラ「いえ、むしろ逆でございます。デンマーク王立図書館は北欧諸国随一の歴史と蔵書を誇り、そこで無ければ他には無いかと」

上条「そっか、それじゃ条件もハマってるな。どうする、リーダー?」

アニェーゼ「またこんなときだけリーダー扱いしやがりますよね……」

上条「決まってる答えを言わせるだけだからな」

アニェーゼ「分かった、分かりましたよ。行きましょう――デンマークへ!」



――ユーロナイト(夜行列車) ファミリー個室 夜

アニェーゼ「つまり敵はもう私たちの中へ入り込んでいる、そういう認識で合ってますかね。シスター・オルソラ?」

オルソラ「はい、そう考えるのが妥当かつ必然かと。ご覧ください」

黒夜「……」

アンジェレネ「い、息をしてないですよぉ……ッ!?」

上条「……クソッ!最初の被害者が出ちまったのかよ!」

アニェーゼ「目の前に食い殺された屍体が出ちまった以上、ホラって訳じゃねぇんですか……やれやれ、ですね」

上条「……待ってくれ」

オルソラ「どうか、なさいましたか?」

上条「隠してたんだが、実は……俺には”力”がある……ッ!」

アンジェレネ「ち、力ですか?」

上条「悪しき者、隠れる者、そして人に在らざる者を退ける力が!」

アニェーゼ「ってことは」

上条「”ヤツ”が出たら俺に任せてくれ!人に紛れ込むなんて卑怯な野郎、俺がぶち殺してやる……ッ!!!」



――ユーロナイト(夜行列車) 家族個室 夜

アンジェレネ「は、はーいっ!りょ、”猟師”役の上条さんが死刑になったんで、人間パーティは全滅ですっ」

上条「なんでだよっ!?あんだけ熱弁振ってたのにどうして俺が吊されなきゃいけないんだっ!?」

黒夜「それが原因だろ。ロールプレイに入りすぎてみんな引いてたからだろ」

オルソラ「このあと人間様は残さず頂いたのでございますよ。大変美味しゅうございました」

アニェーゼ「あぁ、やっぱオルソラ嬢が人狼でしたか。何か怪しいとは思ってたんですよ」

アニェーゼ「ちなみにいつものオルソラ”嬢”ではなく”シスター”とつけていたのは、『この人が人狼じゃ?』ってサインだったんですがね」

オルソラ「見破ったのはアニェーゼさんお一人だけでしたね」

オルソラ「と、申しましょうか。というか年下の女性から”嬢”と呼ばれるのは恥ずかしいやら嬉しいやらでございまして」

上条「だがしかし、ちょっとだけオルソラにだったら食べられてもいい気がする。ちょっとだけだけど」

アンジェレネ「た、多分、”性的な意味で”というニュアンスが含まれてんでしょうが」

アンジェレネ「げ、現実の食肉関係者がそうであるように、ただ淡々と食材へ敬意を込めてサバかれるだけかと」

アニェーゼ「ステーキハウス行ったらエロい気分になるかどうか、で、分かりそうなもんですよね」

上条「男の浪漫が分かってない!言ってやってくださいよオルソラさん!」

オルソラ「そんなことはございません。このような糧をくださった主へ感謝を捧げつつ、粛々と解体するのでございます」

上条「犠牲になった俺には感謝してもくれない……!?」

アニェーゼ「まぁそういう宗教ですので悪しからず。個人的に感謝を捧げる方も大勢いますけども」

黒夜「――ってオイ、なんだアンタら。脳天気か。人狼ゲームなんて初めてだからついやっちまった私も私だが」

アンジェレネ「あ、あぁ全会一致で『コイツ怪しい』と干されたのが、気に入らないんですね。わ、分かりますよっ」

黒夜「プレイ内容にケチつけてんじゃない」

上条「じゃあ王様ゲームでもする?」

黒夜「お前の一人勝ちになんだろ。女四人に囲まれていいご身分だなぁオイ」

上条「女……あぁ!ゴメンゴメン、つい忘れてた!」

黒夜「どこに目線落しやがったクソ野郎。胸のサイズで性別を分けてんのか、このご時世には合ってるわ」

アンジェレネ「の、ノリツッコミしましたよ……学園都市の方が」

黒夜「アンタやそっちのリーダーさんを異性として意識しろっつー方が無理あんだろ。どんだけストライクゾーン広いんだ」

アニェーゼ「いやいや、上条さんを侮っちゃいけませんぜ。一塁に牽制球を投げたら『ストラーイク!』ってカウントされるぐらいなんですからね」

上条「どんな評価?それ人類には絶対ボールでも食いつくって意味で?」

黒夜「コイツの癖の話はどうだっていい。情報を寄越せ、と私は言っている」

オルソラ「『蛮族狩猟団(※ワイルドハント)』の方々について、ファイルをお渡しいたしましたけれど」

黒夜「だからよ。”そっち”の専門用語ばっか並ぶレポート見せられても困んだよ、オーケー?」

アニェーゼ「常識の違いですか。私たちにゃ分かっててもそちらさんには難しい、と」

黒夜「ゲームかなんかの知識程度はあるが、それだけで魔術師どもの鼻を明かせるって訳でもないんだろう?」

上条「まぁ、そうだな。ここは一つ、黒夜のためにもきちんと説明した方がいいよな!黒夜のためにも!」

アンジェレネ「そ、そうですよねぇっ!くっ、黒夜さんというご新規さんのためにも!し、素人でも分かるような説明を求めたいと思いますっ!」

アニェーゼ「その素人さんに並ぶ玄人とスブの素人未満がいましたか。シスター・ルチアの教育的指導がないのが悔やまれますよ」

オルソラ「まぁ基本的には難解でございますから、仕方がないかと存じます」

黒夜「取り敢えず盗人どもの長所と短所教えろ。イギリスの教会が調べた資料だけじゃ分からん」

オルソラ「それでは僭越ながらわたくしが補足をば。お手持ちの資料をご覧くださいませ、なのですよ」

黒夜「あの雑なコピー用紙は一部しかなかっただろ。どんだけアナログなんだ」 ガサッ

アニェーゼ「電子媒体だと流出したら取り返しがつかねぇんですよ。だから紙一枚一枚に魔術的な記号を入れて配布した方がセキュリティ的にも」

上条「あ、ごめん!俺触っちまってたわ!」

アニェーゼ「……安全、なんですが、まぁ予算や手間暇の関係上、こうしてコピー用紙に印刷ってのも」

黒夜「面倒だな、あんた」

上条「ふっ、任せろ」

アンジェレネ「こ、今回は部外者さんの情報ですし、杜撰な扱いなんじゃないかなぁって」

黒夜「それはそれで組織としての格を疑う。相手の弱みは独占していればこそ強みになる」

オルソラ「海鳥さんの組織論は後程お伺いすると致しまして。まず『蛮族狩猟団』は確認されているだけで三人のクルーがいらっしゃいます」

オルソラ「団長、と言いましょうか船長?としてゲオルグ=ノルデグレン氏。教鞭を執っておられる学校の身分証の写真がこちらだそうです」

アニェーゼ「5頭身から8頭身へリサイズしたドワーフ。てかファンタジー小説の挿絵の隅っこにいそうなドワーフ像そのまんまですね」

上条「……待ってくれ!大変なことに気づいちまった!」

アンジェレネ「な、なんですか?ボ、ボケは結構ですよぉ?」

上条「意や真面目な話だ。この写真って身分証なんだよね?」

オルソラ「と、頂いた資料には書かれておりましたよ」

上条「ならこのオッサン、大学の証明写真にヴァイキングのコスプレした格好使ってやがるのか……ッ!?」

アンジェレネ「ゆ、勇者ですね。ふ、フリークスとも言いますが」

黒夜「おい、魔術師ってこんなんばっかか」

オルソラ「あぁいえ、実際に学生達へ指導する際には普通のお召し物ですし、ご自身の専門も兼ねてこのようなご格好をされているのかと」

黒夜「専門、ってまぁヴァイキング関係なんだろうがな。INTに全振りしてて魔法抵抗弱そうな感じなのにな」

オルソラ「お言葉でございますが、史実に登場するヴァイキングは当時最先端の航海術や造船技術に加えて鍛鉄の術」

オルソラ「また民族を越えて貿易したり、侵略する必要があったため、多くの言語に通じており、エリート集団といっても過言ではないかと」

アニェーゼ「フィクションのドワーフも実は数学的な要素に滅法強い、って設定もありますよね」

上条「ゲームのイメージだと人側の肉盾だからなぁ」

オルソラ「ゲオルグ氏を評するのであれば、魔術師というよりも研究者であるとレポートには書かれてございますね」

上条「格好がツッコミ待ちなのに?」

オルソラ「まぁ個人の趣味はさておきまして」

アンジェレネ「し、シスター・オルソラですら擁護できないんですね。わっ、わかります」

黒夜「誰だってそうだよ。免許証に紋付き袴姿のヤツがいたら『芸人か』としか思わない」

オルソラ「魔術師も研究者も目的のために知見を増やすのでございます。洋の東西を問わず、時代が変ってもその姿勢は変りません」

オルソラ「ですが、前者は徹底的に研究結果を隠匿するのでございます。知は力、見識は命とばかりに」

アニェーゼ「自分達の商売道具ですからね」

オルソラ「そういった意味でご自身の研究結果を広く知らしめるゲオルグ氏は異端。研究者もしくは学者と言った方が正しいかと」

上条「オルソラやシェリーみたいな感じ?」

アニェーゼ「お二人とも魔術に執着してねぇトコが似てますよね」

オルソラ「ありがとう存じます。証明写真は修道服と決まっておりますけれど」

黒夜「シスターの正装なのか。そして誉めてたか、今?」

アンジェレネ「つ、ツボがわたし達とは別の所にあるようですんで、はい」

オルソラ「まぁともあれ、でございます。イギリス清教とは北欧系魔術に精通した協力者、という友好関係を保てておりました。ものの見事にノーマークと」

黒夜「オッサンが使う魔術は判明してんのか?」

オルソラ「まず確実に北欧系。それもヴァイキングが使うものであるのは間違いございません――が、詳細にどうとは書かれておりませんでした」

上条「あ、俺は見た。『氷の騎士』相手に斧でがーんと」

アンジェレネ「も、もう少し具体的じゃないと……さ、参考にもならないような」

上条「あとはこう、俺の体をぶん投げてレンガ壁を貫通させたりだな」

アニェーゼ「よく生きてましたね」

上条「あぁいやどっかは折れてたよ。オッサンの娘さんが魔術で癒してくれなかったら、今も学園都市でベッドの上に寝込んでたと思う」

オルソラ「……その魔術も未知数なのでございますね」

黒夜「問題か?」

アニェーゼ「上条さんって回復系術式もキャンセルさせっちまうんで、普通はかからないんですよ」

黒夜「ふーん?”能力”のダメージは通るのにな」

上条「と、考えると。あれは治癒じゃなくてダメージを与える術式の応用だったとか?イマイチ分かんないんだよなぁ」

黒夜「自分の体がブラックボックスってどうよ」

上条「お陰様でレベル0のまま愉快な学生生活送らせてもらってますけどね!調べるのまで俺に丸投げしないでほしいですよねっ!」

オルソラ「話題に上がりましたので、続きましてその少女――オデット=ノルデグレンさんについてでございますね」

アンジェレネ「し、身長はわたしと同じぐらいですね。と、歳もですがっ」

上条「つぶってるから絶対とは言わないけど、目が見えない、みたいなことを言ってたっけ。あと盲導犬――」

上条「――に、しては優秀すぎる犬が二頭。霊装か術式か」

アニェーゼ「上条さんが触れば解決するんじゃ?」

上条「心情的にちょっとなぁ。意識があって心があるんだったら、それは生き物と大差ないしさ」

黒夜「お前のポリシーはどうでもいい。そのガキの使う魔術は?」

オルソラ「こちらには何も。添付された写真もなくただ『※養女』と」

上条「つまり殆ど何も分かってない?」

オルソラ「と、いう事かと存じます。元々ノーマークの相手ですから、上条さんとアンジェレネさんの方がお詳しいでしょう」

アンジェレネ「き、霧でしたよねぇ?な、なんかこうぶわーっと!」

上条「人払いの結界だっけ?あれと多分同じ効果のを使ってたな」

アニェーゼ「氷霧……まさにヴェネツィアでも見ましたっけ」

上条「あとは真っ暗な坑道を平気で歩いてた。魔術的なアレなのか、元々見えないからかは分からないけど」

黒夜「どっちの線もあるが……聞いていいか?」

オルソラ「なんなりと」

黒夜「このガキぐらいの歳で厄介な魔術師ってのは多いのか?それとも一般的な範囲ではアリなのか?」

オルソラ「端的に申し上げますと『外見だけで判断するのは極めて困難』であるかと存じます」

黒夜「理由は?」

オルソラ「はい。まず第一に魔術師は魔術を使うための魔術を、基本的には自身の中から取り出しておりまして」

黒夜「ゲームで言えばMPか」

オルソラ「えぇ。ですがその代償は先天的なものに依存される他、体力に比例する傾向がございます」

オルソラ「ですので体力のピーク、言ってしまえばトップアスリートと同じように20代から30代前半が人生において最も魔力に満ち溢れる――」

オルソラ「――という”解釈”が通説となっております」

黒夜「それじゃあガキみたいな年頃であれば、体力もねーしMPも低い?」

オルソラ「という”傾向がある”のですが、決して魔力が低いからといって魔術の実力と比例は致しません」

オルソラ「プロのチェスプレイヤーとして少年少女が名を上げることがあるように、素質と環境は時として例外を生みます」

上条「あぁ。俺の知り合いに魔術結社のボスやってる12歳児がいる」

黒夜「全否定かよ。お前の人脈怖いわ」

アンジェレネ「ま、また年齢層が低いってのがですね」

アニェーゼ「疑惑は深まりますね」

上条「それはアイツらに言えよ!?普通12歳をトップに据える組織がどこにあんだよ!?マニアか!?」

オルソラ「と、このように魔術師は頭に超がつくほどの個人主義者が多うございまして、実力さえあればそれ以外はどうでもいい、という風潮も」

黒夜「マジかよ。狂ってんのはウチだけじゃなかったんだな」

オルソラ「そして第二に外見通りの歳であるとは限らない、でございますね」

黒夜「本ッッッッッッッッッッッッ当におかしいな!お前らの業界もだ!」

上条「知り合いに不老不死の元会長が一人と、友達に顔と性別をチェンジできるのが一人」

アニェーゼ「手段を選ばないのであれば幻術だけでも実現可能ですからねぇ。意味があるかは別にして、ですが」

黒夜「能力者以上にHENTAI的だよ」

上条「ふっ、学園都市だって白いカブトムシこと垣根がいるんだぜ!」

黒夜「噂には聞いてんだが、人類やめて”その他”になったのは本当だったのか!?」

アンジェレネ「い、一応神様に使える身として、学園都市いい加減にしろやと思わなくもないんですけど……」

オルソラ「そもそも多くの神話や伝説では姿をくらましたり、幻影を纏ったり、中には性別を変えるものまで多岐にわたっておりまして」

オルソラ「それらを再現した術式に霊装は数多く。昔から需要はあったようですので」

オルソラ「以上の理由により『外見だけで判断するのはプロでもまず無理』と、私は結論づけておりますよ」

黒夜「……おいおい、大丈夫か?」

黒夜「アンタのプロとしての腕を否定するつもりはねェがよ、いざ戦闘になったら何も分からねェアドバイスもできねェじゃ困ンだぞ?」

黒夜「戦争が始まる前に『何故戦争が始まるのか?』、戦争が終わってから『何故戦争が起きたのか?』を延々話し合う評論家サマじゃねェンだ」

オルソラ「非才の身ながらも全力を尽すつもりで――との定型文では納得頂けないでしょうから、論より証拠を」

オルソラ「この方、オデットさんは十中八九使役系の術者かと推測されます。連れておられる二頭の狼はオーディンを模したものかと」

黒夜「不自然な二頭が。だがそれだけで”それだけだ”と決めつけるのは危険じゃないのか?隠し球の一つや二つ持ってても不自然じゃない」

オルソラ「ヴェネツィアを後にする前に、奇しくも海鳥さんが仰っておられたように」

黒夜「あ?」

オルソラ「『能力を得るためにはそれだけの代償が必要となる』は金言でございますよ」

オルソラ「魔術師は確かに、私が伝え聞く能力者の方よりも応用力に富んでおります」

オルソラ「複数の術式や異なる系統の魔術、更には共通する伝承でバイパスを構築し、別の神話を再現される魔術も存在します。で、ございますが」

オルソラ「わたくし達は所詮人の身。無限の時間がある訳ではなく、またそのように悠長に構えていられる暇もございません」

黒夜「つまり、なンだ?」

オルソラ「魔術もまた一長一短で極めるのは難しくあり、この方が他の系統の魔術を修め、しかも熟練者であるのは可能性としては低いかと」

上条「……魔術師には制限の壁はない。けど熟練までにそれ相応の時間と労力が必要、か?」

オルソラ「はい。勿論多くの系統の魔術を高いレベルで修めておられる方もいらっしゃいますが、大抵は例外でございまして」

オルソラ「より強く、より硬い武器を鍛え上げるためには、脇目を振らず邁進する以外に道はありません」

黒夜「……理解したよ。自由度が高すぎるようで縛りがキツいんだな」

オルソラ「魔術や能力だけに留まることではありませんが、あれもこれもと手を出していては全てが中途半端になりますので」

オルソラ「勿論、中にはそれが良しとされる術者の方もおられますけど」

上条「前やったオリアナなんかそうだった。色々な攻撃や搦め手使ってきたけど、逆に言えばそれ”しか”使えなかった」

上条「俺とステイルに相性の悪い攻撃もあったのに、それだけ絞れば勝ってたのにな」

黒夜「しかし聞いてる間にズルイ疑問が浮かんじまった。アンタみたいな専門家に看過されるんだったら、偽装するとかしないのかね?」

上条「あぁ、それも無理なんだってさ。魔術師にとっては名前や姿形は本質に関わるから、下手に嘘は吐けないとか」

アニェーゼ「……謎の知識をまた披露しますね。そうなんですか?」

オルソラ「アニェーゼさんから訊ねられるのもどうかと思いますが……えぇと、逆の例を上げてみましょうか」

オルソラ「昼間、マタイ様がシスター・アンジェレネの霊装を拝借しておりました。憶えておいででしようか?」

黒夜「あぁ。ブーブー言ってたな」

アンジェレネ「い、言ってませんよぉ!た、ただ『失礼じゃないですかね』って!」

上条「君が悪いんだろ。そして俺は実害被ってんだよ!見ろこのタンコブ!」

黒夜「殆ど腫れてないが、これが?」

オルソラ「本来、他人の霊装を支配下へ置くなど極めて困難でございますが、あの場合はマタイ様が持つ魔術的な記号を利用されました」

オルソラ「アンジェレネさんのお使いになっている霊装は使徒マタイの逸話を再現したもの。そして前教皇猊下は使徒マタイの洗礼名を持ちます」

黒夜「炎能力者が熱能力者に介入するようなモンか……レベルの上下でできるような」

オルソラ「が、しかし、でございます。この魔術的記号というのも善し悪しでございまして。あぁ続いて三番目のクルーの方へ移りたいのですが」

上条「久々に巻き戻ったな。最近忙しかったし」

オルソラ「あ、いえそういう訳では。この方の”不死”についても」

アニェーゼ「オルソラ嬢の説明じゃ、そっちにエッラい労力割いてるから他はショボイ、で合ってますよね?」

オルソラ「そこまでザックリとしたぶっちゃけ方ではありませんでしたが、まぁ主旨はそのように」

アンジェレネ「さ、三番目の方は資料によりますと……だ、『ダッチ・マン』さんですか?じょ、女性に見えますけど」

アニェーゼ「私もそうツッコんだら『ダッチ・ウーマン』って言い直しましたけど。そういうこっちゃねぇだろと」

アンジェレネ「と、というか資料の画像がカメラ目線でキメ顔……?」

オルソラ「この方は”不死”、もしくは尋常ではない生命力をお持ちの方ですね。本意ではございませんが実証済みとのことで」

オルソラ「ベースになっているのは本命でジークフリート、対抗でバルドル、大穴がアキレウスでしょうか」

黒夜「ジークなんとかはアニメで見たな。竜の返り血を浴びて誰も傷つけられない肉体を得たって」

オルソラ「えぇ。ですがその際、落ち葉が体についてしまい、その部分だけ生身のまま残り、そこを突かれて命を落すのでございますよ」

アニェーゼ「他の二人も大体同じですね。例外を除いては無敵になったのに、その例外を持ち出されて負けるって感じで」

アンジェレネ「れ、例外できちゃった時点で負けフラグが立つ、ですね」

上条「神話にフラグって使うな。あぁまぁフラグが立ったと思ったら即回収するのはお約束だけども」

オルソラ「限られた字数と可能な限り絞られた内容では限界がございまして。というか神話は世界最古の文学も兼ねておりますのですよ」

黒夜「研究者の話はどうでもいい。それでジークフリートがなんだっていうんだ?」

オルソラ「複雑な魔術や霊装を行使するためには、魔術的な記号を再現せねばいけません」

オルソラ「今上がった不死者、というか無敵の肉体を誇る英雄であれば、力を得た経緯や弱点も含まれます」

黒夜「弱点はない方が強い……って訳にもいかないんだろうな」

オルソラ「はい。そうでないと魔術的な記号を再現した、とは判断されないようで。とても力が弱いか、そもそも発動しないという有様に」

黒夜「”判断”か。判断ねぇ?誰が『あぁこれはきちんと再現してるな!』とかってしてんだ?神様?」

オルソラ「今の論は現代魔術の一解釈でございまして、絶対正しい法則ではありません」

オルソラ「ただその疑問に関し、私の友人は『モナリザの模写』という例えを仰っておりました」

アニェーゼ「シェリーさんですね」

オルソラ「『モナリザのオリジナルがあり、それを模写すれば点数をつき、高得点なほどチップがもらえる』」

オルソラ「『写実主義に凝ってもいいし、現代アートかぶれになってもいい。解釈は自由に、無限に近い』」

オルソラ「『ただ採点基準は厳格。モナリザのポーズや背景を変えたりしたらダメ』と」

上条「分かるようで分からん例えだな……」

オルソラ「まぁ基本として長所だけを再現しても上手く行かず、また弱点だけを再現しようとしても同じ、と憶えて頂ければ」

オルソラ「中には省略するのもございますけれど、その場合は威力や効果が限定的になってしまうのでございます」

黒夜「そこら辺の実験はしてねぇのか?」

オルソラ「されてはいるでしょうが、魔術を学んだ上で実験する手間暇を考えれば……表には絶対に出て来ないかと」

アンジェレネ「(あ、あのっ……つ、ついてきてます?)」

上条「(なんとかな。てか君は知っとかないとダメなやつだろ)」

黒夜「魔術記号を再現しなきゃ魔術は使えない。不利になると外したら以下同文。偽装なんかしたら、その本質を歪めるのと同じであり論外だと」

黒夜「隠すわけにもいかないが、自分の手品のネタを知られたら対抗策が必ず出てくる。痛し痒しだな」

オルソラ「素晴らしいご理解でございますね」

黒夜「だからアンタのような”研究者”が前線へ出て、相手の能力を看過することもできる」

黒夜「一回しちまえば対抗策も打てるし、ソイツはラインが大きく外れた魔術はまず使えない。オーケー、理解した」

上条「補足しておくと理解したから、見破ったからって勝てるとは限らないからな?音速で殴って来たり、水でぶわーっときたり」

黒夜「ウチも同じだ。一方通行に御坂美琴、アイツらの能力はそこそこ知られちゃいるが、それでも手がつけられない」

上条「え?一方通行もビリビリも、手を掴めば大人しくなるけど?」

黒夜「全ての意味で死んでしまえ」

上条「全てってどういう意味?それただストレートに死ねって言ってるだけだよね?」

アンジェレネ「き、聞き返さなくても正確に理解してるじゃないですか」

アニェーゼ「あと何となくですけど、前者と後者では意味合いが全く違うかと思います。何となくですけど」

オルソラ「まぁ、わたくし達のケースですと、先様の術式を解読してローマ正教の皆さんへ情報を渡す、という強行偵察もできるはできるのですが……」

アニェーゼ「そうなったら何されるか分かんないですからね。できれば私たちだけでカタをつけたいもんです」

オルソラ「で、ございますね」

黒夜「……ちょっと持ってろ。落すんじゃないぞ」 ガッ

上条「落すってお前これ握手」

黒夜 ガシュッ、ガチャッ

アンジェレネ「って取れてますよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ腕がっ!?」

アニェーゼ「こいつぁ……」

黒夜「私は学園都市製のサイボーグだ。改造人間だっていった方が分かるか?」

黒夜「能力は”槍”なんだが、掌だけしか射出できないって欠点がある。だから増やした、ここに仕舞ってある」 グッ

オルソラ「イルカさんの人形ですね。お似合いでしたので、てっきり」

黒夜「壊れてもいいように予備があと二本、左右それぞれ一本ずつある。まぁストックみたいなもんだ。あぁもういいぞ、こっち寄越せ」 ガシュッ、ガコンッ

上条「自由か」

黒夜「他にも臓器をイジってる。毒だの麻痺だのの耐性は強いし、一般人なら即死か致命傷でも大ケガで済む。大体はな」

黒夜「だからもし、私に何かあった場合はそこまで心配する必要はない。一撃食らって倒れたとしてもブラフだと思ってくれ」

黒夜「年格好でナメられねェのはこっちも同じだ。精々弱みにつけ込んでやろう」

アニェーゼ「……そう、ですか」

黒夜「っだよ。人が胸襟開いてやってんだから、もっと聞きてェこたァねェのか?ガイジン大好きリアルなライダ○だぞ?」

上条「やめろ!『あぁこんな子供に……』って引いてんだから、学園都市のイメージをこれ以上悪くするな!」

黒夜「必要だろうがよ。ダメージ喰らったフリして隙伺ってんのに、そっちのシスターどもが駆けよって射線へ入られでもしたら大損だ」

黒夜「こっちも商売で来てんだよ。馴れ合うつもりもねぇが、必要な分だけは協調もするさ」

アンジェレネ「あ、あのっ、サイボーグって聞きましたけど具体的にはどういったバージョンアップを!?」

黒夜「遠慮の欠片もねぇのかよ。いや聞けっつったのは私か、そうだな……」

黒夜「最近やったのはこれだな」 キラーンッ

アンジェレネ「き、綺麗な歯ですけど、それが?」

黒夜「学園都市式ホワイトニングで真っ白だな」

アンジェレネ「ふ、普通の歯医者さんでもできるのにっ!?な、なんてムダな最新技術を!?」

上条「それ言ったらウチの技術は『それ社会出たらなんに使うんです?』の集合体だからな。大抵悪用か魔改造だ」

アニェーゼ「ちなみにとある部分がフラットなのもそういうターゲットで?」 チラッ

黒夜「十二歳に胸のサイズが必要な場面は来ないだろ。来たとしてもぶち殺すわ」



――デンマーク コペンハーゲン郊外 デン・スターヴ教会 早朝

ルチア「『――天に在すいと高きお方、我らの主であり一であり全となる祝福された方よ。我らの祈りが届きたまえ――』」

女性「――おや、こちらにおられましたか」 ガチャ

ルチア「おはようございますシスター・イーベン」

イーベン(女性)「おはようございます、ルチアさん。シスターと付けてもらわなくても結構ですよ、と申し上げたではないですか」

ルチア「あぁいえ、シスター……イーベンさんが親しくして下さっているのは分かるのですが、むしろ恐縮と言いますか」

ルチア「逆にこう、一宿一飯の恩すら返せないのに、あまり馴れ馴れしくするのも心苦しい手前でございまして」

イーベン「恩などとは。この家は万人に開かれています。それはあなたもご存じの筈でしょう?」

ルチア「……はい。ですが実際は、実際にされている方は驚くほど少ない……」

イーベン「かも知れませんね。ですがいない訳ではない。あなたの近くにも、ほら一つ」

ルチア「……ですね」

イーベン「――と、お祈りの最中にお邪魔して大変失礼致しました。本来であれば叱責されるのは私の方ですね、ごめんなさいね?」

ルチア「とんでもない!今日はただ少し時間が出来たものですから、少しと!」

イーベン「あぁ……私が言うのもどうかと思いますが、子供たちのお世話、以外と大変でしょう?」

ルチア「いえ、そんな事は決して」

イーベン「いいんですよ。本音で話して下さって、幸いここには主と神の子と私しかいませんから」

ルチア「重要な方しか集まっていませんよね、それは」

イーベン「代わりと言ってはなんですけれど、ルチアさんがいらしてからは私が助かりました。もう毎日毎日が戦場のように忙しくて」

ルチア「拾って頂いたにも関わらず、雑用ぐらいしか恩を返せないのが心苦しいですか……」

女性「いいえ、手慣れた方が来て頂き――と、すいません。詮索するつもりはなかったのですよ。許して下さいね?」

ルチア「いえ、特に気を害するなどは全然!恩を受けながら、その、何も話さない私が悪いのですからっ!」

イーベン「はっきり申し上げますと、あなたが抱えているものに興味がないといったら嘘になります。どうにも田舎町で娯楽に欠けるものですから」

ルチア「娯楽、ですか。一緒にされるのはどうか……」

イーベン「ですけれども、まぁ無理をしてまで話さなくても。全ては尊き方が常に見ておいでなのですから」

ルチア「……はい」

イーベン「さてさて、では子供たちの食事のお片付けも終わりましたし、先日宅配業者の方に頂いたお菓子をコッソリ――」

イーベン「――って忘れていました。ルチアさん、あなたにお客様がお見えですよ」

ルチア「お客様、ですか?……まさかシスター?」

イーベン「には見えませんでしたよ。最初はまた捨てられた子供かと思いました――あ、お待たせしてるんでした」

――ガチャンッ

上条「――ねえ、さん……?」

上条「姉さんっ!こんなところにいたんだね、姉さん……ッ!!!」

ルチア「………………はい?」






――デンマーク 首都コペンハーゲン中央駅 早朝 回想

上条「……いやー参ったぜ、コペンハーゲン。まさかこんな罠が仕掛けてあるとは思いもしなかった」

アニェーゼ「そんなに意外ってこともないでしょう。大体日本語教育がおかしいんですって。ネーデルランドをどうやったらオランダに聞こえるんですか」

オルソラ「元々はHollandホラント伯家が独立してオランダと呼ばれるようになりましたし、間違いではございませんけれど」

アンジェレネ「い、いやぁでも限度ってものがあるんじゃないですかねぇ。コペンハーゲンへ着いたのに降りようともしない上条さんは、流石にねぇ」

上条「悪かったですねコノヤロー。まさか『コペンハーゲン』ってカタカナの街が、『ケーベンハウン』なんてサザ○さんのエンディングみたいな発言なんて知らんわ!」

黒夜「グルジアもジョージアへ変更したんだかな。そろそろ現地読みにカタカナ振りゃあいいと思うぜ」

上条「国名じゃなくて首都名だからなぁ。あと英語表記の単語だけだと、誰だってコペンハーゲン言うわ」

アニェーゼ「二昔前は現地の呼び方を知らないと駅で立ち往生。だから基礎的な知識は必須だったらしいんですがねぇ」

黒夜「今でもGPSが着いてるんだから問題はないだろ。そこの男がちょっとアレなだけだ」

上条「いーや俺以外だって戸惑うね!世界全員が余所の国を熟知しているとは限らない!中にはフワっとした知識しかない人だっているさ!」

アニェーゼ「それは全くもって仰る通りなんですが、今から行こうっていう国へ対して無知なのはちょっと。ていうかですね」

少年 コソッ

アンジェレネ「か、かみじょー、うしろうしろ」

上条「俺は志村か。ジャパニーズ・グレイステスト・コメディアンは流石に誉めすぎだよ」

オルソラ「女性関係のだらしなさに関しては、まぁ共通するところがない訳ではないと断言するのが難しゅうございますね」

上条「オルソラにまでその認識っ!?カノジョどころかその前段階でお断りされてる俺なのにな!」

アニェーゼ「あなたさんの場合釣った魚にエサをやらないダメ人間として認識されるのかと。つーかそれよりいいんですかい?」

上条「その呼び名は不本意極まりねぇぞ」

アニェーゼ「そっちじゃなくて、あっちですよ。あっち」

上条「だから何?」

アニェーゼ「旅行カバン、盗まれちまってますよ?」

少年 ダッ

上条「もっと早く言えやゴラ――げふっ!?」 バスッ

黒夜「奪い返しに行くな。大抵刺されるか撃たれて終わりだぞ」 グッ

アンジェレネ「あ、あれだけわたし達が注意にしたにも関わらず、この体たらくって……」

オルソラ「他人を疑わないのは美徳とは申しますけれど、やはり隙を見せるのはお互いにとっても不幸を呼び込むと言いましょうか」

上条「その話は後で聞くから!俺の大切なものなんて入ってないけど、決して他人様には見せられないバッグを取り戻して!」

アニェーゼ「エロいブツが入ってるとみました。このスケベ」

上条「俺の隠された秘密兵器が入ってるかも知れないだろ!?」

アンジェレネ「ちょ、張本人が”かも”って言ってる時点で違いますよねぇ」

上条「細かいことはいいんだ!それよりデジカメがないと俺は卒業ができな――」

男?「――そーかい。そりゃお疲れさん」

少年「――っ!?」 チャキッ

黒夜「銃の方だったか。おいそこの男退け……ッ!」

男?「助けて下さいっ!?誰か警官を呼んでくれ俺はもうダメだっ!?」

上条「待ってろ!今助け――」

男?「――はーいアリバイ作り終わりー。しゅーりょー」

クイッ、バスッグシャッ

少年「ばっ――」 バタンッ

上条「な、何が……?」

黒夜「口に指を引っかけて体勢を崩して蹴り上げ、怯んだところに膝で鼻をぐしゃり、と。どこに出しても恥ずかしくない軍隊格闘術だ」

男?「勘弁してくれや。ウイザードだのスーパーマンだの知った後には出オチもいいところだぜ――と、ほれ荷物」

上条「ありがとう、ございます……?」

オルソラ「――大丈夫ですか?今癒しますから」

男?「余計なことしてんじゃねえよシスターさんよ。人が折角気いきかせてやってんだから」

オルソラ「……殺めないことが慈悲だとでも言うのですか?」

男?「おいおい。そんなに怒んないでくれよ、助けてやったんだからな」

上条「いや引くわ。ありがとうって言ったけども、流石に反撃がキツ過ぎるわ」

男?「それもどっちかっつーと人助けだよ。感謝してほしいぐらいだね――ってやめとけやめとけ、だからそのカギ癒すのはダメだっつってんだろ」

アニェーゼ「理由ぐらいは聞いておきたいところですが。私たちの納得できるような」

男?「あー……なんか恥ずかしいんだけどな。ソイツは駅で置き引きしてっけど、稼ぎの殆どはギャングが巻き上げてるんだわ」

男?「普通にストリートチルドレンだったら行政は養護施設にぶち込む。けど顔立ちからしてこの国の人間じゃねえ。だから動いてくれもしねえ」

男?「表向きは『観光客』だから強制退去もできねえし、手を出す口実もねえ」

男?「ただ犯罪の被害者なり加害者になっちまえば、もう関わらずにはいられない。見てみぬフリもできない――」

男?「……この国は『幸福な』国だからな?まあそれが渋々なのか待ってましたのかは、分からねえが」

男?「怪我して入院させてる間に警察か児童養護施設送りだ。そういう義務が嫌でも生まれる。このまま置き引きなんかしたって先なんてねえんだ。分かるか?」

オルソラ「……納得しがたいものではありますが……しなければいけないのでしょうね」

男?「まあ好きにすればいいぜ」

上条「というかあんたも来てたんだな」

男?「おお。ロン毛に言われてな。元気だったかいニーチャン」

オルソラ「お知り合いなのですか?」

アニェーゼ「私とシスター・アンジェレネ、そして上条さんは一応」

男?「あんときは世話になったな。条件付きで釈放だとよ」

黒夜「おい、誰だよコイツ」

上条「あぁ。こいつはタカシ、東京でポールダンサーになるのが夢で」

カールマン(男?)「一言一句合ってねえよ。俺の設定にカスってもねえ。カールマンだよ」

カールマン「てかあんときのネタの話、シスターたちだって憶えてねえよ。誰が知ってんだよそんなの」

アンジェレネ「お、お勤めご苦労様でしたっ!」

カールマン「はいはい、ありがとさん。ただ今も言ったように仮だから、仮釈放かあ?」

カールマン「まあ詳しいことはメシでも食いながら話そうぜ。あのクソロン毛、ナイフの一つも寄越さないわ旅費もギリッギリだわ」

カールマン「チョコの一つも買えやしねえ。誰か奢ってくれ」

上条「あぁ甘いモンがいいんだったら、ここにさくさくパン○が。リニューアル後は人気が落ちたバージョンの」

カールマン「そっちじゃねえ。買う金も融通してくれよ」

黒夜「おい傭兵」

カールマン「なんだよ傭兵」

黒夜「そっちのガキからスリ盗った銃は置いていけ。面倒事はごめんだ」

カールマン「あらら目敏いねえ。中古のデッドコピーだから撃っても当りゃあしねえってのに」

黒夜「素人ならな。キチガ×に刃物渡すほど耄碌してねェよ」



――駅近く レストラン

カールマン「――まあ、恩赦目当てで俺も出してもらったんだよ。協力すれば減刑、貢献度によっちゃ無罪放免」

カールマン「任務中にくたばったら二階級特進。特別に故郷へLED付きの墓建ててくれるんだと、優しいねえ」

オルソラ「ステイルさんが仰りそうなブラックジョークですけど……」

アンジェレネ「あ、あのですねっ。じょ、ジョークだと思ってるのはシスター・オルソラだけなんじゃないですかねっ」

アニェーゼ「『――はい、分かりました。はーい、それじゃ失礼します』」 ピッ

黒夜「どうだ?」

アニェーゼ「嘘はない、というか挟む余地もありませんね。『なんかこう手伝ってくれるらしいよ?』と」

アンジェレネ「ま、また随分投げっぱなし……」

カールマン「持て余したんだろ――ってこっち来るまでは思ってたんだけどよ」

オルソラ「と、仰いますと?」

カールマン「このメンバーがまずおかしい。女子供だけで旅行って、襲って下さいグランドスラムだろうが」

アニェーゼ「殿方はもう一名いるっちゃあいるんですが……」

カールマン「俺から見たらガキだろ。ジュニアハイスクール……だよな?」

アニェーゼ「ハイスクールです。あ、同じ学年をもう一回リピートする予定ですけど」

カールマン「思ってたよりも上だな」

上条「……」

アンジェレネ「さ、さっきから黙ってますけど、どうかしました?つ、ツッコミは上条さんの仕事ですよ?」

上条「人の価値を限定すんなよ。俺だってツッコミ以外にも……ほら!今はちょっと思いつかないけども、大切な役割がな!」

黒夜「ボケてんだろ」

上条「……一つだ、俺からは一つだけ気になってることがある」

カールマン「おお」

上条「このレストランのメニュー超お高いんだけど、ボラれてるのかな?」

カールマン「興味なしか。ジャパニーズは食い物以外には大して拘らないって聞いたが、あれマジだったのか」

黒夜「この例外中の例外を基準に置くな」

アニェーゼ「いや……でもお高いですよ。水が4ユーロ、食事が15ユーロってなくないですか?」

アンジェレネ「た、確かにそうですけど……そ、そうなんですかねぇ?」

オルソラ「ごめんなさい。私は北欧経済情勢には疎いものでして」

カールマン「適正価格だ。こっちじゃこんなもんだよ」

上条「なんでだよ。イタリアだともっと安かった」

カールマン「……あのな?アルプスの雪解け水からミネラルウォーター作ってるトコと、首都が寒くて島だって場所が同じな訳ねえだろ」

カールマン「地理的にも向こうと違って僻地にあんだから、物流でも余計なコストが嵩む。その分上乗せさせて利益が出なきゃやってられねえだろうが」

カールマン「クッソ高い山の上の山小屋で売ってる水は高いだろ?一律物価が同じなんてある訳がねえよ」

上条「意外……つっちゃ悪いけど、傭兵ってもっとこう、なんだ」

カールマン「はっきり言ってくれて構わねえぜ。エロとグロを趣味に生きてるフリークスみたいな野郎ばっかだろ、ってな」

黒夜「そんな訳あるか。人か人並み以上の頭がなければすぐ死ぬ」

カールマン「傭兵っつったって色々あんだよ。知識を売り出すヤツも居れば護衛で稼ぐヤツも居る。俺は戦場が一番気楽だがよ」

カールマン「アンタが言ったようにトリガーハッピー――戦闘狂も当然居るのは居るがな」

カールマン「ただ、一刻一刻、場合によっちゃ秒単位で変る前線でウロチョロしてんだから、考える頭がなければ的になって終わりだ」

アニェーゼ「賢ければ他にも仕事はありそうなもんですけど」

カールマン「違いねえな。『トライデント』からの一抜けもし損なったしな」

上条「そっちの事情は分かった。ただ、なぁ?」

アンジェレネ「い、以前雇われてた方が、ですよねぇ?」

オルソラ「理由もなしに他人を疑うのは良くないことでございますよ」

カールマン「あやしいって言われるのも分かる。だがさっきも言ったが、神学校のガキ四人と引率のセンセーだけで余計なトラブル引き込むだろ」

上条「……あぁそう。他の人からはそう見られてんのか」

アニェーゼ「そうですね。カールマンさんの仰る事も一理ありますし――それでは、どうぞお席へ」

カールマン「もう座ってる」

アニェーゼ「では面接を始めたいと思います。あなたが当部隊に入隊したいと思った動機を教えてください」

上条「俺たちってアニェーゼ部隊だったんだ……いつのまに」

黒夜「特務部隊っちゃあ、まぁ合っているが。世界広しとはいえここか学園都市ぐらいだろうな」

上条「そっちは多いだろ!浜面の友達は、なんかこう、具体的には言わないけども!低年齢層が!」

アニェーゼ「はいそこウッサイですよ。どうですかー?」

カールマン「恩赦目当てで。あとロン毛に脅されて」

アニェーゼ「労働意欲は低い……マイナス、と」

カールマン「減点方式か!?ただ事実を言っただけだってのに!?」

上条「ナイスツッコミ☆」 グッ

カールマン「だから事実だよ!人生崖っぷちで他に行き場も手段もねえから仕方がなくだ!」

アンジェレネ「な、何か上条さんの未来を見るようですよね。に、逃げ場がないってところが」

上条「学生と傭兵を一緒にすんなよ!俺にはまだ進級できる可能性があるんだから!」

オルソラ「あ、それではバッグの中にあったレポートが無事をお確かめになった方が宜しいかと存じます」

上条「あぁ大丈夫大丈夫。それはこう、持った感覚で分かるから。わざわざ開なかくっても何となくは」

アンジェレネ「ど、どんな疚しいブツが入ってるのか怖いですよ……」

上条「いや別に大したものはこれといって」

カールマン「助けてくれよ。この圧迫面接ブラック過ぎる」

アニェーゼ「上官へ叛逆の兆しアリ。マイナスですねー」

カールマン「前の方がまだこう、気にならない上司をフレンドリファイアで排除できる分だけマシだったわ」

上条「今もすんなよ」

カールマン「しねえよ。ガキにシスターに赤毛で敵じゃねえんだぞ?どんだけ俺が罪深いんだ」

上条「前三つは分かるけど、赤毛ってのは?」

カールマン「あー……知らねえ?『赤毛のアン』って、ユダヤ人の」

上条「知ってるけど、別に赤毛ってイギリスにもそこそこいたぞ?」

カールマン「北アイルランドとスコットランドな。そりゃ分かるけど、同じユダヤ人としちゃ思うところがあんだよ」

上条「ユダヤ……ユダヤ人?」

カールマン「おい、誰かこのアホに歴史的なレクチャーしてくんねえか?」

オルソラ「恐らく、日本人の方の最多数が上条さんと同じ反応かと」

上条「あぁいや流石にユダヤ人は知ってるんだよ。イスエラルだったり世界を影から動かす()って評判の」

アンジェレネ「か、カッコ笑いはどうかなって」

上条「ただ俺の知ってるユダヤ人と違くね?って。ヒゲで帽子被った」

オルソラ「アシュケナージでございますね。ポーランド系であればど真ん中ですが……」

カールマン「知らないで適当言ったんだろ。説明してやれよ」

アニェーゼ「はい、では続いて職歴の方を」

カールマン「まだやんのか!?」

上条「まぁ頑張れ!てかタカシ、顔立ちが『ドイツ!』って感じじゃね?」

カールマン「意味は分からんが、言ってる事は分かる。俺はポーランド系ドイツ人でついでにユダヤ人だ」

上条「余計こんがらがってきたな。ドイツ人でユダヤ人?」

オルソラ「えぇとですね。まず上条さんはどちらの国籍でしょうか?また信仰はどのよなう?」

上条「日本出身の日本人です。あと多分仏教徒兼、神道……教?」

オルソラ「日本国籍をお持ちの日本人で信仰はブディズムですね。初めましてオルソラ=アクィナスと申しますのですよ」

上条「あぁどもご丁寧に。何度かお会いしてますけど」

オルソラ「わたくしはイタリア国籍のイタリア人。信仰は訳あってローマ正教からイギリス清教に変えた身でございます」

上条「うん、知ってる。つーか全部の場面に俺立ち会った」

オルソラ「そしてそちらにおわしますのがカールマンさんで、ポーランド出身のドイツ国籍を持つドイツ人」

上条「……あれ?ユダヤ人は?」

オルソラ「信仰がユダヤ教でございましょうか?」

カールマン「いんや、親だ。俺自体はルーテル派」

アニェーゼ「――はい、残念ですが今回はご縁がなかったと言う事で」

カールマン「いや、熱心な信徒でもないし。つーか審査基準が偏ってる」

アンジェレネ「ろ、ローマ正教の部隊ですから、一応は」

黒夜「ドイツ人なのにユダヤ人?」

オルソラ「ユダヤというのは信仰を表すと同時に民族の名前でもございまして……例えば、アメリカ前大統領の娘婿さん、クシュナー氏でございますが」

オルソラ「あの方はユダヤ人で、また奥様も改宗されてユダヤ人に”なった”のでございますよ」

上条「あー……どっかで聞いたな。民族じゃなくて、その集団を呼ぶって」

オルソラ「ですので上条さんがもし明日にでもユダヤ教へ入信すれば、その日から日本系ユダヤ人、もしくはユダヤ系日本人となります」

上条「いやまぁ審査とか覚悟とか厳しく試しされるんだろうけど……へー、そんな方式なのか」

カールマン「あと『ユダヤ人から生まれた子もユダヤ人』って縛りがある。カール=マルクスなんかはそのクチだ。知ってる?マルクス主義の」

上条「社会主義を提唱した人だよな――ってユダヤ関係ないな!」

カールマン「だからそのぐらいのフワっとしたコミュもあんだよ。俺も両親はユダヤ人だがルーテル派だしよ」

オルソラ「何かこう一括りにされる傾向がございますが、イタリア人にも様々な方がいるようにユダヤ人も同じく」

カールマン「まあ俺はポーランドだから、色々と酷いんだ。欝になりたかったらいつでも話すぜ」

上条「……」

アニェーゼ「上条さん?」

上条「あぁいや別になんでも。そっか、見た目だけじゃ分からないんだな。民族じゃないから」

オルソラ「ある程度民族も兼ねてはおりますよ。金髪碧眼の方も居れば、古き良きアシュケナージのスタイルを保つ方も居ます」

カールマン「ブディズムでも酒と女と博打で楽しむだろ?それと同じだ」

黒夜「何を言っているのかよく分からないが、多分、違う」

カールマン「それで俺はどうなんだ?不採用?」

アニェーゼ「今の所メリットがないんですよねぇ。勤労意欲と信仰と態度、そしてうだつの上がらないリーマンにしては厳しすぎる眼光がですね」

カールマン「俺のパーツ全否定か」

アニェーゼ「そもそもですね、『ローマ正教のためであればギャラも命もいりません!』ってのが、ウチでは普通ですからね」

カールマン「……俺、もしかしてとんでもない瀬戸際に立ってる?やっぱ帰っていいよな?」

上条「おぉっと逃がさないぜ人柱二号ヒューマンシールド・ツー!あんたが居なくなったら物理的な盾が一枚減るんだ……ッ!」

黒夜「サッテーな事言ってるな人柱一号ヒューマンシールド・ワン

オルソラ「カールマンさんには何かアピールポイントはおありでしょうか?何ができるとか、得意だとか」

カールマン「対人戦闘を一通り。あとは……ああ!王様からレイソー?貰ったんだった」

オルソラ「霊装、ですか?プロでなければ使えはしないんですが」

アニェーゼ「あぁいえ、厳密には魔術の護印だとかで、勝手に守ってくれるって言ってましたっけ」

カールマン「それだ。なんでも飛行機の墜落ぐらいから守れるとかなんとか……ああどこしまったっけかな。ああニーチャン、悪いがバッグ持っててくれ」

上条「あぁうん」

カールマン「悪いな」

上条「いいよ別に――」

――パキィィインッ……ッ!!!

上条・アニェーゼ・アンジェレネ・オルソラ・黒夜「……」

カールマン「……おい待てよ!なんだ今の!?外側のポケットんトコからガラスが割れたような音しやがったぞ!?」

上条「――いや違うんだ!多分聞き間違いだ!どこかで聞き覚えのあるSEなんてしてない!」

アンジェレネ「あ、あーらーらーこーらー、い、いーけないんだー、いけないんだー」

アニェーゼ「上条さん、ここは素直に謝っときましょう、ねっ?」

上条「見てただろお前ら!?不幸な事故だって!?」

黒夜「まずもう”不幸”って時点で誰が元凶か分かるよな」

カールマン「お前……ホント、お前……」 ボロッ

上条「……サーセンでしたっ!!!」

カールマン「……ああうん、効果も微妙だったしマジかどうか怪しかったから、そんなにはダメージねえんだけど」

カールマン「あのクソガキから唯一下賜さたれもんだから、使わず壊しちまったなんて言ったら……うん」

上条「――と、いう訳で今日から俺たちの仲間になったタカシ=カールマン君だ!みんな、仲良くしてくれよな!」

カールマン「俺を巻き込むな!?俺だって恩赦目当てであって積極的にあんた達の世話なんてしたくねえ!」

アンジェレネ「ま、まぁまぁっ。な、慣れれば!な、慣れればきっと命の危険はそんなに感じない日がそこそこあるって分かりますし!」

カールマン「前の職場と変ってねえ。そして銃弾で解決できない分だけ難易度上がってる……!」

オルソラ「壊れた霊装を拝見致します……これが護印、でございますか?」

アニェーゼ「興味深い、ですか?」

オルソラ「最初の印象とは随分違うのでございますよ。まるでどこかのお土産屋さんで売っていそうなフォルムで。悪く言えばチープな」

黒夜「ちゃちい作りなんだろ。もしくは核にしたのが手軽なヤツだったとかで」

オルソラ「で、ございましょうかね?」

アニェーゼ「あぁそうそう、カールマンさん。ステイルさんが旅費についても『充分以上に渡した』って言ってましたよ?どっかで遣い込んだんですか?」

カールマン「いや俺は別に綺麗なおねーちゃんのお店には、全然?近づいてもねえよ?」

黒夜「……どうして世界って共通して男はアホなんだろうな……?」

アンジェレネ「あ、ある種の原罪ですよね」

カールマン「まあ決定権はそっちにあるから、決めるんだったら」 スッ

黒夜「逃げるのか?」

カールマン「逃げてえよ。けどなトンヅラしたらアメリカの指名手配が待ってんだよ、ターノシーナー」

アンジェレネ「い、いい感じにヤサグレてますよね」

アニェーゼ「何やってたんですか。あ、テロリストでしたっけ」

カールマン「テンション上がってイージス艦墜としただけだぜ」

黒夜「日本で買ったらそれ一艦で13億ドルだからな?アメリカじゃなくてもぶっ飛ばすわ」

カールマン「まあそんな有様でバックレようにもできない。してもいいが確実に終わる」

カールマン「あんた達が断ったら戻ってくるようにロン毛から言われてるし、軽い気持ちで決めてくれよ」

上条「そうだな。それじゃ戻って来たら話し合うぜ」

カールマン「空気読め、なあ?『俺が居たんじゃ話しづらいだろうから』って席ハズしてんだ、こっちは!」 スッ

アニェーゼ「上条さんより空気を読める、っと。プラス……あー、でもなー、人類の殆どは上条さんより上ですからねー」

アンジェレネ「ひょ、評価に困りますよねっ」

上条「遠回しに俺まで攻撃してんなや。俺だってジョークで場を和ます的なアレだから」

アニェーゼ「――さて。カールマンさんには気を遣って頂いたようですが、オルソラ嬢の感想をお願いします」

アンジェレネ「こ、こういう場合は一人一人順番に聞くのがセオリーじゃないんですかねっ」

アニェーゼ「人を見る目は私もそこそこありますが、オルソラ嬢には叶いませんから」

オルソラ「過分な評価でございますが、お褒め頂いた分は粉骨砕身頑張りたいと思いますが――」

オルソラ「――カールマンさんは”よく分からない”のでございますよ」

アニェーゼ「オルソラ嬢でもですか?」

オルソラ「はい。わたくしの人生経験で接してきた方々は”教会”のような立場ある方、そして市井の方々」

オルソラ「普通に生活していく上で、あの方のようなタイプとお目にかかるのは稀でごさいまして」

黒夜「サンプル数が少ないから正しい判断は控える。か」

上条「例えるならば誰タイプ?」

オルソラ「建宮さんでしょうか。天草式の皆さんがおられなかったら、救いの手を伸びてこなければ、と」

アニェーゼ「……また絶妙な例えかもですね」

オルソラ「”教会”のような方々の本音と建て前は、何となく察せるのでございますけど……」

オルソラ「あの方は全てが嘘のような、そして反対に事実のような印象を」

アニェーゼ「経験値の問題ですか。それじゃもう一人プロのご意見は?」

上条「そうだな、俺はだ」

黒夜「あんたじゃねェよ。今明らかに視線は私の方向いて言ってただろ」

アニェーゼ「上条さんは後で遊んであげますから、海鳥さんはどうお考えで?」

上条「あれ?結構信用値ってチャージしてあったのに、いつのまにゼロになったの?」

アンジェレネ「ま、間違いなくカールマンさんバッグをそげぶしたせいかと」

黒夜「信用できる要素が一つも無い」

アニェーゼ「……またバッサリ切って捨てましたね。ほぼ同意ですが」

黒夜「『暗部』――色々なモノを切り売りしていって、最後に残った連中の行き着く場所にはあぁいうのが居た」

黒夜「情の通った人間として見るのは危険だ」

オルソラ「……わたくしはそうは思いませんけれど……」

黒夜「シスターさんの考えは否定しねェよ。長い時間かけりゃあ共感ぐらいはできる、とも思う」

黒夜「ただ恐らく短期決戦になる中で好感度上げて、心の底から仲間として引き入れるのってのは無理だ。カウンセラーじゃねェンだ」

アンジェレネ「じゃ、じゃあロンドンへお帰りいただくんでしょうかね……?」

黒夜「いや、私は使える人材だと思う」

上条「評価逆だろ」

黒夜「逆に考えろ。『何一つ信用できない』と、いう点では信用できる。これ以上無いぐらいに」

上条「ちょっと何言ってるのか分かんないですけど」

黒夜「まぁ考えてみろ。アイツが裏切るとしよう。魔神だかってヤツに寝返ると」

上条「お前も空気、読め?なっ?」

アニェーゼ「ちょっと姉弟っぽいですね。そういうところ」

黒夜「私はお断りだ……で、だ。アイツが裏切るとしたらそれは”どこ”だ?」

アニェーゼ「場所?」

黒夜「じゃない、タイミングだな。例えば今夜は有り得ない。私たちを始末して綺麗に隠したとしても、その日の夕方ぐらいには指名手配犯へ逆戻りだ」

黒夜「そんな安い対価では裏切らない。もっとこう致命的な、旅の流れでどうしようもない所でしでかす筈だ」

アンジェレネ「で、でしたらやはりお断りをした方がも、お互いのためにいいようなー?」

黒夜「いいや。むしろだからいい、それがいい」

黒夜「一番マズい場面で掌を返すためには、それ以外では否が応でも私たちに協力しなければいけない」

黒夜「むしろ私たちの信頼を得るためには、手抜きもできんさ――で、なければその”最悪”なときまでパーティに残れないからな」

オルソラ「寝返りを前提に信頼するというのは……正直申し上げて誉められることではございませんけれど」

黒夜「本当に裏切るかどうかは私の邪推だ。信頼出来ないからといって、必ず裏切る訳じゃないさ」

黒夜「胡散臭いだけでアイツが真面目に働く可能性もあるにはある。私はないと踏んでいるがな」

アニェーゼ「……含蓄のあるご意見、ありがとうございました」

上条「――で、俺の意見なんだけど」

アニェーゼ「今のお二人の意見を聞いた上で有意義な考えがあるのであれば、是非に」

上条「ハードルの上げ方に悪意がある」

アンジェレネ「わ、わたしなんて聞かれてもいないんですから、果敢にチャレンジしないでもいいような……」

上条「最初信頼できないのは誰でも同じだろ?俺とアニェーゼたち、建宮達とも最初は敵だったんだし」

上条「別にこっちが一方的に信頼するんじゃなくてさ。寄りかかるような真似もしないし、少しずつ慣れていけば、まぁそこそこ信じてくれると思うんだよ」

黒夜「性善論だな。日本人の一番ダメなところだ」

上条「んー、ていうかな。未来はまだ確定してないんだ」

アンジェレネ「ま、また何かラノベっぽい台詞が……!」

オルソラ「『オレ難しいことはよく分かんねぇけど』と、話の確信部分をズバッと撃ち抜く場面でございますねっ!」

上条「現実とフィクションをごっちゃにしちゃいけませんよ!オルソラにまで変なブーム伝染しやがって!」

アンジェレネ「お、お言葉ですが、寮にジャパニーズ・ラノベを持ち込んだのは上条さんご本人かと」

上条「つーか俺がもし自慢できる知識があったらもっとマッハで披露してるわ!ドヤ顔にならないように鼻膨らまないよう平然とした体でだ!」

黒夜「小市民だな」

アニェーゼ「まぁ現実なんて言ったもん勝ちですよね。それで?」

上条「黒夜の推測が正しいって前提なら、こう考えると思うんだよ――『恩赦は悪い話じゃない。でも他に条件良いのあればそっちも捨てがたい』って」

オルソラ「と、仰っていますが?」

黒夜「んー……続けろ」

上条「今は値踏みしてるんだ。『どこの勢力が一番高い値を自分につけるか?それと支払い能力はちゃんとあるのか?』」

アニェーゼ「支払い……あぁ、勝ち残れるかですね。約束しても履行して貰えないんじゃ意味がない」

上条「俺たちは堅い。成功すれば指名手配解除、ただそれ以上はない」

上条「ヌァダ……は、どうなんだろうな?クーデター起こせば王様だけど……」

黒夜「頭がイカレてるかヤケになっていれば、それはそれでアリだな」

上条「だ、もんで。結論としちゃ俺たちが堂々してりゃいいんだよ。勝てば余所へ移る誘惑とかもないだろうしさ」

黒夜「着眼点は悪くないな。部分的には私も同意だと言っておこう――リーダー?」

アニェーゼ「正論過ぎる正論ですね。要は裏切られる隙を見せない、ってんですから……分かりました。カールマンさんは我が隊で雇用しま――」

上条「よっしゃ俺呼んでくる!なんか注文してて!」 ダッ

アニェーゼ「――すが、と。あーぁ、行っちまいましたね」

アンジェレネ「お、恐らく女性の群れに男性ボッチが辛かったんじゃないかと……」

黒夜「贅沢な悩みだな――まぁアホが席を外したので付け加えることが一つ」

オルソラ「海鳥さんが過剰に”裏切る”と警告した理由でございますね」

黒夜「そうだ。勢力はもう一つあるだろ?」

アニェーゼ「蛮族狩猟団ですかい?彼らとカールマンさんに繋がりは……ないでしょう、流石に」

黒夜「じゃない、イギリス清教だ」

アニェーゼ「ですから、それは私たちと同じで」

黒夜「元々は”ローマ正教”の秘密兵器なんだろ?だったらアンタたちが失敗すりゃ喜ぶンじゃねェのか」

アニェーゼ「……」

黒夜「そしてこの面子。シスターさんも元ローマ正教だっていってたしな、オリジナルのイギリス清教野郎が一人もいねェ、どォだよ?」

黒夜「イギリス清教から裏取引持ちかけられて、私たちの妨害に入る可能性もある。忘れるなよ、獅子身中の虫ほどタチが悪ぃ」

アニェーゼ「……はい、一つ質問です」

黒夜「答えられるもンなら」

アニェーゼ「彼が裏切る可能性があり、しかもかぁなりダメな感じで劇物なのに、協力者として推薦した理由は?」

アニェーゼ「あぁ、気をつけて答えてくださいよ?返答によっちゃフルボッコした上で日本へ配送するんで」

黒夜「私なりに最善を求めた結果だよ。そこに偽りは何もない」

黒夜「傭兵のがやらかしかねないシーンさえ気をつければ問題はなく、むしろ有能だ。というのが私の見解」

黒夜「もう一人の日本人が言ったのにも同意だ。現時点でその”船”をなんとかできる可能性が一番高いのは私たちだ。なら乗らない理由もない」

黒夜「イギリス野郎の話をしたのも、アンタたちに釘刺す意味があったんだ。身内に裏切られるなんてのはよくある話だからな」

アニェーゼ「ご親切にどうも。ノイローゼにさせよう、ってんじゃないでしょうね」

黒夜「まさか。私は全力で出し惜しみもせずにやっているとも――おっと、これ以上は言えないな。依頼主との契約がある」

アニェーゼ「ツンデレですね」

アンジェレネ「ツ、ツンデーレですよね」

オルソラ「ツンデレでございますね」

黒夜「……あぁ、そうかもしれないな。恋をするのはそういう感情なのかもしれない。よく似ているのだろう」

黒夜「その日が来るのが待ち遠しくてたまらない。クリスマスよりも情念深く、バレンタインよりも淫猥に」

オルソラ「……海鳥さん?」

黒夜「あぁすまないな。とにかく信頼してくれて構わない。裏切るなんてそんな勿体ない真似はしないさ」

アンジェレネ「さ、流石はプロの人!……な、なんですよね?」

黒夜「誉めても何も出んよ。義務以外でも、私の心情からして全力を尽すのは当たり前だ――」

黒夜(――だって、そっちの方が失敗したときの絶望も大きい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・からな」

黒夜「……あぁ、楽しみだ……ッ」



――中央駅 大通路

カールマン「……」

青年「――っ!」 トンッ

カールマン「おおっと!?……ああゴメンゴメン、前向いて歩いてなかったぜ。余所見してたんでつい」

青年「あ、いえ別に」

カールマン「つーかニーチャンさあ、デンマークの人?いやー、初めて来たけどいい国だなここ」

青年「そ、そうですか?ご観光で?」

カールマン「いいや仕事で。つっても暇な時間はそこそこあるんだけど、観光ってどっか良い場所ある?」

青年「そうですねー。宮殿がオススメです」

カールマン「ふーん」 スッ

青年「駅前のそこからバスで出ますし、意外と近いですよ」

カールマン「おう。親切なデンマーク人ありがとー、何から何まで」

青年「いえいいですよ。それじゃ」

カールマン「おーう」

カールマン「……」

ピッ

カールマン「『――ああ俺俺。うん、元気元気。楽しくやってる』」

カールマン「『前に貰ったやつなんだけど――ああ壊されちまった。例の。うん。趣味悪い手摺りで作った十字架』」

カールマン「『”サモアリナン?”何語だよ、つーか、あー……まあ期待しないで待ってるわ』」

カールマン「『取り敢えず順調。心配は……ああ、ああ』」

カールマン「『それじゃー』――」 ピッ

青年 キョロキョロ

カールマン「――おーいデンマーク人!ケータイ落していったぞ、これ!」

青年「……すいません。さっきのときにですね」

カールマン「全くだぜ。俺が拾ったからいいようなものの、悪いヤツだったら換金ショップに持ち込まれてんぞ」

青年「はは、流石にそれは」

カールマン「で、タカリみたいで悪いんだけどタバコ持ってねえ?今切らしちまっててよ」

青年「この場所での喫煙は禁止ですよ?税金も高いですし、ノルウェーで探した方が早いかも知れません」

カールマン「そうかい。それじゃ――あん?」

青年「何か騒がしいですね。ケンカかな?」

カールマン「よくあんのか?」

青年「観光客が多いですからね。ヤンチャな人もそこそこ」

カールマン「明日がねえヤツは導火線も短けえからな。あー、余所者相手のチンピラがカモ引っかけて……」

カールマン「たのを、どっかのバカが割って入――」

カールマン「――あ?」

青年「ど、どうしました?」

カールマン「……これ、見なかったフリはできねえだろうなあ」



――中央駅 大通路

男1「だから余所者はどっかいけよ!邪魔なんだよ!」

上条「いやそれボッタクリだろ?ここから市内50ユーロなんて高すぎる。あぁほら、あっちのタクシー見てみろよ。車に料金書いてあるし」

男2「ありゃイエローキャブだからだ!俺たちのは車が違うんだ!」

上条「それまことに不本意ながら、トヨ○のハイエー○じゃねぇか。別名レ××ワゴン」

女性「あ、あの……!」

上条「いいよ、もう行って。あとはやっとくから――あ?」 ガシッ

男1「このクソアジア人……お前××××か?黄色い肌だし、そうなんだろ?」

上条「だったら悪いのかよ」

男2「このナチス野郎!キャベツ野郎と仲良くしてれば良いんだよ!」

上条「……」

カールマン「……何やらかしてんだよ、あんた。ったくもう初っ端から仕事なんて……!」

男2「引っ込ん――」

カールマン「――あ?」

男2「ひっ!?」

男1「お、お前は関係ないだろ!」

カールマン「どころがどっかい、あんた達が胸倉掴んでるその子供が次の依頼主でね。機嫌を取っとかないと困るんだわ――ってのも、実はどうでもよくて」

カールマン「俺はドイツ人だ。テメエらが言った”キャベツ野郎”だぜ、デンマーク人?」

カールマン「ほら、もう一回言ってみやがれ。テメエらが口から垂れたク×もう一回、な?」

男1「じ、事実だろ!」

カールマン「爺さんたちのしでかした戦争が、俺たちにどう関係すんだよレイシスト。戦争終わったとき、爺さんのキ×××の中にすら親父はいねえよ」

上条「……」

カールマン「おいジャパニーズ。お前のケンカなんだから少しは根性見せやがれ、ブルってんのか?ああ?」

上条「あぁいや違う。こっちついてからケータイの設定が変ってたらしくてさ。うん、今繋がった」 ピッ

カールマン「ここの警察に通報したってムダだぞ。大抵外国人が悪者にされてぶち込まれて終わる――」

上条「『――オッケー、ニューエル!罵倒、デンマーク、黒歴史で!』」

カールマン「何音声検索して……ニューエル?なんのサービスだグーグ○じゃね?」

スマートフォンからの声『――はーいやってきましたよ、今日も弾けるニューエルの聞いちゃってレイディオ!DJはあなたの恋人(自称)がお送りしますね!』

スマートフォンからの声『今日も晴れているようで曇ってるような暑くて寒いロンドンからお届けします!今日の第一曲は、これっ!』

スマートフォンからの声『リクエストは”ツッコミ百段”さん、リクエストナンバーは”デンマークの黒歴史”!それではっ、聞いてください!げふんげふんっ!』

スマートフォンからの声『ちゃんちゃーららっちゃちゃちゃんーん!』

カールマン「自分で歌った!?」

スマートフォンからの声『ナンバーワ○にならなくてもいーい、元々特別なオンリーワー○!』

カールマン「パクリだろ。いや知らないが!」

スマートフォンからの声『第二次世界大戦まーえ、ナチス野郎はデンマークに侵攻ー!』

スマートフォンからの声『その時、立ち上ーがる勇者!やったーれ、見せたーれ、かーましたれー!』

スマートフォンからの声『我らの我らのデーンマーク!国民徴兵制が唸りを上げーる!』

スマートフォンからの声『侵攻してきたナチス野郎!デンマークは何をしたのーか!ちゃんちゃーちゃん!』

スマートフォンからの声『戦わーずに即時降伏!ヘータレキチンーのデンマーク!』

スマートフォンからの声『国境警備隊が大臣に聞いたーら!「今メシ食ってるから後にしーてーえぇぇぇぇぇ!」』

スマートフォンからの声『ナチス野郎と戦わず降伏!ヘータレキチンのデンマーク!』

スマートフォンからの声『進駐してきたナチスに言ったよー!国王が「ドイツ人は勇敢な兵だね」ってー!』

男1・2「……」

スマートフォンからの声『フラーンスでーもー、ポーランドでーも普通はあったよーレージスターンス!』

スマートフォンからの声『でもナチス野郎にF×××されーて、唯一抵抗しなかったくーにーもあーるーうー!』

スマートフォンからの声『その名もー、その名もー、言うのも恥ずかしい!勇者のくーに!』

スマートフォンからの声『ヘータレキチンのデンマーク……くー、うー、うー……!』

スマートフォンからの声『しーかーも連合軍に助けてもらったあーとー、デンマーク野郎がやったのーはー!』

スマートフォンからの声『捕虜にしーたードイツの少年兵、地雷てっきょてにこーき使うー!』

スマートフォンからの声『ナンバーワ○にならなくてもいーい!デンマークはヘタレキチンナンバーワ○!』

スマートフォンからの声『あーまりに情けないもんだーから!幸福度ランキングでイキってばーかり!』

スマートフォンからの声『でも、じっさーいには北海油田頼み!労働基盤も貧弱でーえぇ!』

スマートフォンからの声『移民を受け入ーれ、ドヤ顔してたんだけーど!我慢できなくなって追放をはーじめ!』

スマートフォンからの声『ついには、つーいには移民が持ってた大金!没収できるくーににしたー!……』

スマートフォンからの声『ナンバーワ○にならなくてもいーい!デンマークはヘタレキチンナンバーワーーーー○!』

スマートフォンからの声『……ご静聴ありがとうございました。”フランス人ですらやったレジスタンスが唯一無かった国”のところが、個人的には一番好きです』

上条「『ありがとう。やっぱり他の国を罵らせたらお前が一番だよ!』」

スマートフォンからの声『まっ、レッサーちゃんが一番だなんて!この正直者め!』

上条「『はい、お疲れ様でーす』」 ピッ

男1「……ケンカ売ってんのか……ッ!!!」

上条「売ってる?まさか、そんな訳ねぇよ」

男2「ザッケンなコラ!?」

上条「売ってきたのはテメェらだろ?買ってやってんだから来いよオラ!俺とタカシの友情コンビネーション見せてやるよ!」

カールマン「……」

上条「って反応悪いな!?」

カールマン「いや……バカだろ、あんた?」

上条「日本にはこんな言葉があるんだよ――」

上条「――ケンカすりゃダチだって」

カールマン「――――――ハッ!ハハハハハハハハハハハハハッ!」

カールマン「いいなあシンプルで!王様があんたとのケンカを楽しみにしてる気持ちが少しだけ分かるぜ!」



――コペンハーゲン デンマーク王立図書館・本館 昼 回想

上条「うお……!」

オルソラ「こちらがデンマークが誇る王立図書館でございますよ。是非一度とは思っておりましたが」

上条「スッゲー港にあるんだな、真ん前だし。てか一つ聞いていい?」

オルソラ「どうぞどうぞ。私でお答えできれば宜しいのですけど」

上条「俺たちが立ってるのって、えーっと……デカい立方体二つ繋げたような、つーか例えるならウルトラマ○使ってそうなスピーカーっぽい建物じゃん?」

オルソラ「もしくはマーク○の追加武装バルカンでございますね」

上条「いや、あれより大きいよ。ホワイトベー○の足ぐらいの直径なんだから……まぁ、なんか近未来的な建物があるんだ」

上条「……で、この横になんか宮殿っぽい建物もあって、ミスマッチ感半端ねぇんだけど……どっち?」

オルソラ「とは」?

上条「図書館の本体はどっち?まさか両方?」

オルソラ「黒い立方体の方でございます。こちらが『ブラックダイヤモンド』とも呼ばれる新館の」

上条「新館、つーことは横の古いのが」

オルソラ「そちらが旧館。100年ほど前に建てられたものであった筈ですけど」

上条「また思い切ったリニューアルしやがったな……!あぁいや、耐震性とか日光から本を守るためには黒い方がいいのか」

オルソラ「また王立図書館といってもここだけではなく、コペンハーゲン近郊にジャンルごとに分割されておりまして」

オルソラ「こちらは重要な蔵書や禁書に値する書物が置かれ、未確認ながら複数の”特別”な司書を擁しているという噂も」

上条「……」

オルソラ「今からでも向われては如何でしょうか?こちらで何か起るはずもございませんし」

上条「……いや。俺が行ってもこじれるだけだと思う」

オルソラ「確かに!」

上条「俺のオルソラが……ッ!『そんなことはございません!』って優しく返してくれるオルソラが!悪い友達のせいで!」

オルソラ「あの、勝手に所有権を移されても困るのでございますけど……ですがカールマンさんが向われるよりは、既知の方がまだ」

上条「ルチアに会いたいと思ってる順番かなぁ。まずはアニェーゼたちが先、俺が出しゃばるのは後」

オルソラ「やはりこじれるとお思いですか?」

上条「思いや信念が強いヤツってさ。中々折れないんだよな、叩いても殴ってもドツいても」

オルソラ「全部『属性;打』でごさいますね。どなたの一芸とまでは申しませんが」

上条「けどなんかの弾みで折っちまったら、その折れた所も尖ってる。元々硬かったんだから始末に困る訳で」

上条「俺みたいに適当にやりゃいいと思うんだけどな。こう、柔軟にさ?」

オルソラ「上条さんの場合、柔らかいを通り越して、リム○陛下のように手がつけられないかと」

上条「誰が性別不明だよ!エロ要素のないスライムさんなんて悟りを開いたオークさん並に存在価値ないだろ!」

オルソラ「スライム族の方をラッキーなアレ要員としてカウントするのは如何なものかと」

上条「まぁアレだよ!俺は実力行使になったらどうせ呼ばれるんだからそこまで待機してんだよ!」

オルソラ「また堂々と嫌なことをぶっちゃけちゃったのでございますよ……とはいえ」

上条「ん?」

オルソラ「アニェーゼ部隊の方のお話へ、部外者の我々が過度に口を挟むのも――」

上条「部外者?誰が、つーか何の話?」

オルソラ「ですから、そのアニェーゼさんたちの」

上条「”身内アニェーゼたち”のケンカだろ?」

オルソラ「はい、ですので」

上条「だったら身内俺たちで解決するのが筋じゃんか」

オルソラ「……あぁ!それは道理でございますね、この上ないほどの真理でございますれば」

上条「つってもまぁ、付き合いも長いアニェーゼとアンジェレネがいんだから、なんとかなりそうだけどな」

オルソラ「それがフラグでなければよいのでございますが、さて。では各種資料閲覧の手続きをして参りますので」

上条「手続き?誰でも利用できるんじゃないのか?」

オルソラ「はい、と、いいえ、ですね。誰でも利用できるのはその通りでございますが、重要文献の類は例外だと」

オルソラ「貴重な本も多うございますので、身分証や推薦状の類がない方はお断りか、気の遠くなるよな時間をかけて審査されます」

上条「……具体的には?」

オルソラ「その方が諦めるまで、ですね」

上条「汚い。やり方が汚いよ!」

オルソラ「30年以上前に大規模な書物の盗難、しかも司書の方が関わっていたという事件が起きまして、それ以来身内でも厳格になってございます」

オルソラ「まぁですが、正当な手続きと信用証明を出せば問題はないのでございますよ」

上条「イギリス清教のシスターさんだもんな」

オルソラ「いいえ。その肩書きはここデンマークでは大した力を持ちません」

上条「あー……ローマ正教の国なんだっけ。ここ」

オルソラ「それも、いいえ、でございます。こちらはルーテル派が国教となっております。上条さん風に言えばルター、でしょうか?」

上条「ルター……?宗教改革やった人だっけか、なんでそのの名前がついてんの?」

オルソラ「ローマ正教、別名カトリック”以外”の十字教を差し、プロテスタントもしくは十字新教と呼称致します」

上条「そのぐらいは知ってる」

オルソラ「まぁこの呼称は必ずしも正しくはございません。イギリス清教は別名イングランド国教会とも称されておりますけれど」

オルソラ「『自分達はプロテスタントではなく、イングランド国教会である』とのお立場でして」

上条「発祥がヘンリー何世さんかがローマ正教から離脱、ルターの影響を受けてないから?」

オルソラ「はい。ですから分類上はプロテスタントとされていても、実際に宗派の方々が自称されているかは別の話でございますよ」

オルソラ「それで、ルーテル派教会はその中の最大会派、という宗派と申しましょうか。世界で最も信徒の方が多うございます。その数は約9千万人」

上条「んー……ローマ正教の20億と比べれば少ないが」

オルソラ「北欧諸国はルーテル派が殆どでございまして、ローマ正教もイギリス清教も、その名を振り翳しても蟷螂の斧のごとく、ですね」

上条「了解。ってことは俺らが無茶したら無茶しただけのツケを支払わされるってことか」

オルソラ「イギリス清教とローマ正教、並びにイギリス王室から連名で圧力がかかるとは思いますけれど、まぁ致命的なものでなければ」

上条「いいの?」

オルソラ「お互いに”対立”はしておりません。過去の悲しい歴史を教訓にし、同じ方を主とする信仰に是非もなく、そして貴賤もないのでございますよ」

上条「ヤベェオルソラさんマジ天使!」

オルソラ「ありがとうございます。ですがわたくしは一介のシスターにございまして」

上条「じゃなくてだ。えーっと、二つの教会からの要請が効かないんだったら、資料読ませてくれるまで時間がかかるんじゃないんですか、って」

オルソラ「幸いにも私は講師をされておられるシェリーさんという友人がおり、またアシスタントをしている、という立場がございまして」

上条「あぁそういうのね。じゃあ俺はハイパーメディアクリエイターの肩書きで」

オルソラ「『図書館内では撮影禁止ですよ』と、警備員の方につまみ出されるのがオチかと」

上条「あー、海外の動画取る人ってレベルが違うもんな。犯罪レベルっつーか」

オルソラ「むしろ現在の炎上動画の発祥でございますよ。海外では電波基地局の整備状況が悪く、ケーブルテレビ一強の時代がありました」

オルソラ「低予算かつしょーもない企画が大ヒットする場合も多く、今で言う不謹慎系動画番組もそこから」

上条「……水曜どうでしょ○が世界進出?……何か違うな。まぁいいや、それじゃ俺はどうしたらいい?英語が通じるかな?」

オルソラ「……えぇと、こういうことを申し上げるのはまことに本意ではなく、また私もご指摘するのは恐縮みぎりでございますけれど」

上条「やめて!?その前置きから始まるのって大抵嫌な言葉じゃん!聞きたくないよ!?」

オルソラ「英語は広く普及しておりますが、こちらデンマークはデンマーク語が公用語となっておりまして」

上条「デンマーク語……!」

オルソラ「語圏は560万人ほど、ぶっちゃけこの国とアイスランドぐらいでしか使われておりませんし、英語もまぁ通じるは通じるのでございますが……」

上条「……正直に言ってほしい。俺の英語力で通じるかな?てか、俺って普通の人が聞いたらどんな感じに」

オルソラ「『オーウ!ワッタシーニホンダイスッキーネー!スーシー、テンプラー、ハラショー!』」

上条「ヤダ恥ずかしい!俺のキャラってご陽気外人!?あぁなんかいるわ、一作に一人ぐらいいる安易なキャラ設定の!」

オルソラ「――と、いうのは誇張が過ぎますが、ネイティブの発音にはまだまだ及ばないかと」

上条「そっかー……大変なんだなー」

オルソラ「ですか気にする必要は微塵もございませんよ。意思疎通さえできていれば」

上条「そうなの?でもなんか、綺麗な英語できなきゃ恥ずかしいんじゃないの?」

オルソラ「上条さんは田舎の方言を話す方へ対し、その方を恥ずかしくお思いですか?」

上条「いやそういうのはない。珍しい方言だったら『どこ出身なのかなー』ぐらいで」

オルソラ「ではたどたどしく標準語を話す方は?」

上条「普通に話してくれていいのになー、とか。バカにしたりはしないよ。する方がバカだと思う」

オルソラ「それと同じでございますよ。言葉が拙いのを笑う方がいれば、それはその方の心が拙いのでございます」

上条「オルソラにしては……あぁいいや、なんでもない」

オルソラ「実体験でございますね。伊達に伝道師を勤めておりません」

上条「オルソラってホント大人だよな。そういう所、尊敬するよ」

オルソラ「――と、いう訳だけでもないのですけど」

上条「なに?」

オルソラ「いいえ。それでは参りましょうか、お互いにできることをできる範囲で頑張るのでございます

上条「おう!――でも待ってくれ!俺の語力問題がまだ解決だ!」

オルソラ「こちらには蔵書の数と比例して司書の方が多く在籍されておりまして、英語だけではなく日本語に通じた方もおられるかも知れませんよ?」

上条「そうなの?でも日本語ってニッチな感じするけど」

オルソラ「世界人口が75億人として、日本人は約1.2億人。75人に一人が日本語を話せる計算になりますね」

上条「そう考えると結構いるな俺ら!」

オルソラ「そして近年のジャパニメーションの腐朽によりまして、『違法翻訳出るの遅せぇな、何言ってんのか分かんねぇし』」

オルソラ「『――そうだ!じゃ日本語分かるようになれば即落ちしたアニメも何言ってるか分かるぜ!』と」

上条「ねぇオルソラさん”普及”だよね?日本語話してるから音だけで分かんないけど、普及って話してんだよね?」

上条「そしてまたしょーもない動機で日本語広がってんのか!海外の俺らもどうかと思うよ!」



――デンマーク王立図書館 案内受付

上条「『あ、すいません。私は学生です』」

司書「英語――はい、こんにちは。今日はどのような本をお探しでしょうか?」

上条「『私は北欧の古い、えっと……建築について調べています。それはヴァイキングが乗る船も含まれているかもしれません』」

上条「『私は二つの資料があれば教えてくれると助かります』」

司書「北欧の建築物とヴァイキング船ですね。少し待って――あ、言語は英語がいいですか?」

上条「『私は日本語があれば嬉しいですが、英語も少しだけできます。しかし友人が待っているので、それ以外でも恐らく可能です』」

司書「丁寧すぎて意味がどこに行きそうな英語だけど……『あなた、日本人なの?』」

上条「『はい』――そうだけど、てか日本語で通じるんですか?」

司書「『同僚――でもないし、先生――でもないな。えーっと、まぁここでブラブラしている人に詳しい人いますよ』」

上条「その人に教えて貰うのはできますか?日本語が通じた方が有り難いですけど」

司書「『ボランティアで司書っぽい仕事している人だけど、頼りになりますよ。あ、ダメだったら私か他の司書が担当しますけど』」

上条「じゃあお願いします。その方で」

司書「『はい、じゃ』――教授ー?教会の昔の建築様式を知りたいって方が、えぇはい。受付の方に」 ピッ

上条「『プロフェッサー?彼は大学の先生なんですか?』」

司書「『いいえ、違いますよ。まぁあだ名ですね、本名がよくある名前なのでつい』」

上条「『それはデンマークでですか?』」

司書「『というよりも英語でですね。ジョン=スミスなんてありふれた名前でしょう?』」

上条「『私は良い名前だと思います。だから恐らくその名前は多く使われてると思います』」

教授?「――公然。だから言ったのだ。良き名前故に他と被ることが多い、と」

司書「『えぇまぁ、それはそうなんですけどね。だからって他に名前あるじゃないですか』」

教授?「自然。『これ以外にない』、という天啓を得たのだ。仕方があるまい」

司書「『好きにすればいいと思いますけど。あ、こちらがスミスさんです。教授、それじゃお願いしますね』」

教授?「昂然。暇を持て余した私にお探しの書物を告げるが良い、少年」

上条「……」

教授?「当然。時は有限、無職の私はともかく君は時間に捕らわれた身ではないのか」

上条「……お前、こんなとこにいやがったのかっ!あぁそりゃステイルの野郎も殺してはないって言ってたっけ」

教授?「呷然。元気がいいのは分かったが、あまり騒ぐとつまみ出されるぞ?公共スペースとはそういうものだ」

上条「……あぁ悪い。あんたが変わりないようで嬉しくなっちまったんだよ――」

上条「――アウレオルス=イザード……ッ!!!」



――コペンハーゲン郊外 デン・スターヴ教会近く 林道 回想

アンジェレネ「……」

アニェーゼ「……」

アンジェレネ「つ、ついちゃいましたねぇ……」

アニェーゼ「えぇ、そうですね」

アンジェレネ「わ、わたしっ実は、『このバス事故で停まってくれないかなー』ってなんて悪い考えをですねっ」

アニェーゼ「それはシスターとしてあるまじき考えでやがりますね……まぁ私もですけど」

アンジェレネ「で、ですよねっ!?し、シスター・アニェーゼも考えちゃいますよねっ!」

アニェーゼ「『上条さんが半端ないトラブルに巻き込まれて、急遽呼び戻されたりしねぇかなー』って」

アンジェレネ「あ、ありそうな話なんでやめましょうよぉ。そ、そういうの『フラグが立つ』って言いましてね」

アニェーゼ「まさか図書館へ行くだけでトラブルを起こしはしないでしょうしね」

アンジェレネ「ど、どう見ても立派な伏線ですありがとうございました」

黒夜「――おい隊長さんよ。こんなトコで立ち止まってても仕方がないだろ。ほら、歩け歩け」

アニェーゼ「いや、行きますけどね。もっとこう、心の準備的なのがあるでしょう?」

黒夜「そんなものはない。運動する前に筋肉を温めるのは有効だが、脳に関しては意味がない」

アンジェレネ「う、海鳥さんにだってお友達はいるんじゃないですかねっ!?た、だったらお気持ちも分かっていただけるかとっ!」

アニェーゼ「まさか。『ふっ、友達なんて呼べるヤツは居なかったぜ……!』とか言っちゃうんですか?」

黒夜「気安いなアンタ。失敬な、私にも友人の一人はぐらいは居た」

アンジェレネ「そ、その人とケンカしちゃったら気まずいですよねっ!?」

黒夜「何年か前にケンカ別れして、この間殺し合いになったばかりだよ」

アニェーゼ「……ギャング映画の主人公ですかい」

黒夜「クソねみてェな人生経験はアンタらよりは上だ。誉められたこっちゃねェけどよ」

カールマン「……つーかあんたら、早く行けよ。道の真ん中で騒ぎやがって」

カールマン「てか超注目されんぞこのパーティ!?どこ行っても注目の的じゃねえか!?」

アニェーゼ「そして、その視線の半分以上が『あの引率してる大人……うわぁ』ですもんね」

カールマン「だよなあ!?誰がどう見てもキチガ○保護者と児童虐待されてる養女って構図にして見えねえよなあ!?」

アンジェレネ「か、カールマンさんは警察の方に身分証を求められたらどうされるんですか?」

カールマン「ああ?バカ言うなよ。俺には万能パスポートあるんだわ」

アンジェレネ「そ、そんなのがあるんですかっ!?へ、へー、初めて聞きましたよっ!」

カールマン「だろう?これが使い捨てなんだが、どこの国でもそこそこ使えんだ」

黒夜「おい同業者。子供をからかうな」

カールマン「なんだよ100ドル紙幣万能パスポートはどこ行っても人気なのは本当だぜ」

アニェーゼ「あぁそういう。てか現金あるじゃないですか」

カールマン「これはな、俺が駅で迷ってたら通りすがりの学生たちがくれたんだよ。『 もう二度としませんから』って」

黒夜「どっかのアホが少し目を離しただけで、顔を腫らして帰って来たと思ったらあんたのせいか」

カールマン「いやいや。世間様の厳しさを教えてやっただけだぜ?マフィアに目えつけられたら色々終わる」

アニェーゼ「その『怖い人に捕まる前に助けてやった説』、度々仰ってますけど、使うごとに信憑性がですね」

アンジェレネ「と、都市伝説じゃ?って思うんですよねぇ」

カールマン「あ、バレちまった?俺が格好つけたがってたって分かった?」

アンジェレネ「し、知ってましたよっ!」

黒夜「(余計な事は言うな。本当にヤバイものは中々表には出て来ない。出てきてもほんの一部だからな)」

カールマン「(マジックだエスパーだ言ってる連中が”表”ねえ?どんな教育うけてんだこいつら)」

カールマン「メンタル強すぎだろあの日本人。サーカス引き連れて歩いてんのと同じだろうが」

黒夜「慣れだよ。前もなんかこう、ロ×とか白いのとか引き連れてたよ」

カールマン「てかサッサと行ってこいよ。俺は終わらせてホテルでケーブルテレビ見たいんだ」

アンジェレネ「ぶ、ぶっちゃけるにしても酷い理由ですよ。え、映画より優先順位下じゃないですか」

カールマン「言うけどな。他人のケンカなんてそんなもんだよ、当事者以外は『どうでもいい』か『もっとやれ』だ」

アニェーゼ「当事者――ありがとうございますカールマンさん。バッカみたいにテンション振り切ってる人の理由が、今やっと理解できました」

カールマン「お?」

アニェーゼ「前からアレ人だとは思ってましたけど、これほどとは――と、グダグダやってねぇで行きますか。建物も見えてきましたし」

アンジェレネ「じ、じーぴーえすの住所だと、あれ、ですよねぇ。え、えぇー」

黒夜「黒い、教会だな。初めて見たが……よくあるのか?」

カールマン「妙にテッカテカしてんだけどよ。なんか火事で焼け残った建物みてえ」

アニェーゼ「その言い方は不謹慎です。てかこれ、なんかの写真で見たのによく似てます……なんでしたっけ?」

アンジェレネ「あ、あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

アニェーゼ「なんですか急に」

アンジェレネ「あっ、あっ、あれっ!で、ですっ!」



――コペンハーゲン郊外 デン・スターヴ教会 回想

ルチア「……ふう、疲れますね。慣れない力仕事は」

子供A「るしあおねーちゃん!ご本よんで−、ごほんっ!」

ルチア「ルシアじゃありません、ルチアです。できればシスターは……つけなくても構いませんか」

子供B「るしあおねーちゃん?」

ルチア「……いえ、なんでも。ではなんの本を読みましょうか?では全員で聖書を」

子供C「えー、せいしょきらいー」

ルチア「神の家でそれ以外を読んでなんとするのですか……ッ!?」

子供D「……イーベンおねえちゃんは『かみのことばなんてクソの役にもたたないんだから』って」

子供E「あー、あと『あいてをいかに短文であおるか、そっちのほうが役に立つ』って」

ルチア「……シスター・イーベンには後で私がしっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっかり話しておきましょう、ねっ?」

子供A「……るしあおねーちゃん?」

ルチア「……いえ、なんでも。それでは、何かご本はありませんか――」



――デンマーク王立図書館 別室 回想

上条・教授?「……」

司書「『――で、あるからしてここには人類の叡智!そして道に迷う方の道標が存在します!』」

司書「『多かれ少なかれ!助けを求めるに来る真摯な願いを持つ方が集うこの図書館では――お静かに。いいですねっ!?』」

教授?「憮然。いや違うのだ、この少年がだな」

司書「『ごめんなさいね?教授は人格がちょっとアレで破綻してるけど、知識は確かだから」

上条「本人目の前にしてスッゲー暴言吐きますね。つーかあんたが一番声張ってんですけど」

司書「『場所を移動したから平気です!ですが気をつけてくださいね!』」 バタンッ

上条「……なんか凄い人だったな。具体的な論評はさけるけど」

教授?「昂然。彼女は司書たる意識が高いのだ。融通が利かぬのも無理からぬことだ」

上条「いや、逆に気ぃ遣ってテキトーな理由で個室を用意してくれたんだと思うわ。多分」

教授?「索然。些事などどうでも良い。少年は私を知っているのか?もし知っていれば教えてほしい」

上条「あー………………っとな」

上条(本当に記憶が無いのか?それとも試してるだけ?ステイルは消えたとか消したとか言ってたっけか)

上条(とぼけてるんだったら俺が言う必要もないし、逆に忘れてるんだったら思い出させるのもな……)

上条(少なくともここでそれなりに楽しく暮らしているのに、邪魔するのは……)

教授?「憮然。少年は何故長考へ入ってしまったのか」

上条「あぁすんません。顔をじっくり見てたから、つい……で、結論なんですけど」

上条「あなたは俺が昔ケンカした人と――似て、ます。ますけど、すいません。別人だと思います」

教授?「残念――そうか。別人なのか」

上条「俺が知ってる、知ってた人はさ。もっとこうギラギラしてたっていうか、イライラしてた?」

上条「色んな人に迷惑かけて、一人のために全部捨てようとした。他人は勿論、自分の全てを犠牲にして、押しつけて」

上条「そんなことしたって喜ぶ訳なんかないのに……でも、だからこそか」

教授?「呆然。とんだロクデナシがいたものだな」

上条「そして……多分もう、この世にはいないと思います。今のあなたのような人じゃなかった」

教授?「偶然。他人のそら似ということもあるな……しかし、そうか。大勢に迷惑をかけたというのに、無駄だったのか」

上条「――それは違う!無駄なんてことはなかった!」

教授?「少年?」

上条「やり方は間違えたよ!やる事も間違ってた!全員が不幸になる、俺が一番嫌いな方法だったさ!」

上条「けどそいつ――アウレオルスは無駄なんかじゃなかった!ソイツがバカやらしたお陰で!与えられた役目を放棄しやがったお陰で!」

上条「インデックスは”上”の!もっとどうしようもないロクデナシから目をつけられなかったんだ!そこは、そこだけは絶対に正しかったんだ!」

教授?「”上”……あぁ。あのニヤケ面の男か」

上条「その人は……俺だ。もう一人の俺なんだよ。タイミングが違っただけで、似たような立場だったら、って思う」

上条「誰にも頼れなくて、どうしようもなくって、ヤケになってその人と同じようなことをするかも知れない!だから――」

教授?「自然。顔を上げろ、少年」 ポン

上条「……アウレオルス……!」

教授?「黙然。私はそのような名前でないし、少年が何を言っているのかが分からない。が、しかし分かることはない訳ではない」

教授?「必然。それは君は君であり、その男はその男であるということ。一緒くたにされては君にもそうだが――」

教授?「――その男にも失礼極まりない。違うか?」

上条「いや……けどさ!」

教授?「唖然。思い上がるな。その男の罪はその男だけのもの、その男の痛みはその男だけのものだ」

教授?「憮然。他人が肩代わりできるものでもないし、していいものでも、ない」

教授?「猛然、必然、当然。為したことも、為せたこともだ。それがただの偶然であったとしても……まぁ、なんだ」

上条「……んだよ」

教授?「……ならばまぁ彼女を助けられただけ、無駄という訳でもなかったのだな」

上条「……性別は言ってないのに、よく分かったな」

教授?「必然。よくある話だからな――さて、この話は終わりだ。君の用件を聞こう、時間は有限だ」

上条「あぁ、えっと……上条当麻です。はじめ、まして?」

スミス(教授?)「当然。ジョン=スミスだ、初めまして」

上条「どっから切り出したもんか、つーか話していいもんか分かんねぇな」

スミス「必然。手を貸すのは吝かではない、司書としてだが」

上条「うんまぁ一般人の人だしな」

スミス「不自然。だけではない。始末した方が楽だったろうに、そうしなかった後輩の顔は潰せんのだよ」

上条「意外と人道的だな」

スミス「的然。純粋な盾が一枚減ってしまっては困る」

上条「……まぁそんなこったろうとは思ったが――よし!考えても分からん!全部話すぜ!」

上条「もし何かあったら責任は一緒に取ってくれよ!なっ?」

スミス「必然。保護者を呼べ、そっちへ話を通した方がまだ早そうだ」



――コペンハーゲン郊外 デン・スターヴ教会近く 林道 回想

アニェーゼ・アンジェレネ「……」

カールマン「(そら話してこい、つて雰囲気でもねえな)」

黒夜「(余計なことは言うな。少し外すぞ)」 スッ

カールマン「(オイオイ待ちやがれ!?俺一人でこの居たたまれない空気に耐えろっつーのか!?)」

黒夜「(仕事だろ)」

カールマン「(そうだけどよ。だからってよお……つーかあんたはどこ行くんだよ?)」

黒夜「(仕事だよ)」

カールマン「(まっったそれかよ!ワイフに仕事か家庭か詰寄られるダンナみてえな答えしやがって!)」

黒夜「(そう聞かれたら『君は仕事している僕も愛してくれるよね?』って言ってやれ)」

カールマン「(な、なんて模範解答……ッ!)」

黒夜「(不本意ながら斥候だ。どうせあのアホが絡んでくるんだから――バスの時間までには戻る)」

カールマン「(ガキ一人で出歩くとそこそこデンジャーなんだけど……まあいいわ。お疲れさん)」



――コペンハーゲン郊外 デン・スターヴ教会 周囲 回想

黒夜(全体をぐるっと回ってみたが……特に怪しいものはなし。教会と少し離れた所に隣接する母屋。というか施設か孤児院か)

黒夜(大人はシスターが二人、ウチ一人は面識はないが元仲間か。役に立たないのであれば置いていけばいいのに)

黒夜(子供は5人……いや、6人か?干してある洗濯物の数だけならそうだな。ただ庭でシスターに本を読んで貰っていたのは5人)

黒夜(まぁ、子供が服を汚すのは仕事みたいなものか。他には型落ちしたセダンタイプの自動車。当たり前だがボルボだ)

黒夜(向こうの地元だし、少し現地価格が知りたくはあったが。まぁおかしな所はない――ん?)

黒夜(裏へ回る道が……一応、行ってみるか)



――コペンハーゲン郊外 デン・スターヴ教会 裏手 回想

黒夜「これは――麦畑?」

黒夜(数アールもありそうな一面の麦畑。麦が綺麗にビッシリ……とは、いかないか。所々雑草が生えている)

黒夜(ここへ来るまではそこそこ見かけたし、珍しいものではない。収穫前の麦の穂が風に揺れているのもだ)

黒夜(ただ、なんだ?何とも言えない不安感、というか違和感か?そういう品種なんだろうが)

黒夜(全ての麦が黒く染まっている・・・・・・・・・・・・・のは、少しだけ気味が悪いな)



――デンマーク王立図書館 別室 夕方 回想

オルソラ「――と、そのような経緯になっております」

スミス「……唖然、ただ唖然。信じがたい話だが……」

オルソラ「で、あればよいのですけれど。全ては事実にございますれば」

スミス「憮然。信じる他ないだろうな。伊達や酔狂でここまで来る筈もなく」

オルソラ「もしお宜しければスミス様もご助力を賜りたく存じます。なにとぞお力をお貸し下さいませ」

スミス「必然。大なり小なり恩もあれば借りもある。私の持てるだけの知識を提供しよう」

上条「二人って面識あんだっけ?」

オルソラ「様々な設定を無視しないで頂きたいのでございますが、えぇと。なんて言ったらいいのでしょうか?」

スミス「索然。変わりがないのを誉めればいいのか、それとも少しは賢くなれと釘を刺すべきなのか。迷うな」

上条「いや他意はないんだけど、研究職同士で交流はあったんかなーって素朴な疑問が」

オルソラ「わたくしはスミス様ではない方であれば、存じておりました。魔導書を綴られる方として大変著名な方です」

スミス「酒然。私は知らない。もう少し、周囲へ対して興味を抱いていれば、とも……後悔か」

上条「てかテメーが巻き込んだ女の子に一言も触れないってのはどうよ?一回ぶん殴ったんだから、追い打ちかけるつもりはないけど」

スミス「……戚然。あの巫女は息災であるか?」

上条「とってつけたように聞きやがりましたねコノヤロー。元気だよ、インデックスとたまーに魔女っ子アニメで盛り上がってる」

上条「てか姫神の巫女さんコスプレはあれなんだったんだよ?巫女さん好きか!気が合うなっ!」

オルソラ「何やら爛れた気配が……?」

スミス「端然。僥倖である――が、少年よ」

上条「なんだよ?」

スミス「的然。彼女が神子みこであるのを理解していないのか?」

上条「巫女さんだろ。知ってる知ってる」

スミス「自然。時が満ちれば自ずと知れる。槍から流れた血は聖杯を満たすだろう」

上条「やめろよおぉっ!?そうやってフラグ出すよなぉ!どうせ俺が関わって酷い目に遭うんだから!俺知ってんだから!」

オルソラ「何かあったら積極的に首を突っ込んでいる方のお言葉ではございませんが……まぁそれはそれ、と横に置くと致しまして」

オルソラ「スミス様はこの件をどうお考えでしょうか?」

スミス「必然。シスター、君と同意見だ。その”船”はローマ正教の作に非ず」

オルソラ「やはり、そうでございますか」

スミス「漠然。その”文明を破壊する火矢”が、どうも思い当たる節がない。それも含めて同じといえる」

オルソラ「わたくしは北欧系に通じておりませんので、無知ゆえのことかと思っておりましたが」

上条「ごめん。ちょっといいか、専門家二人に素人が首突っ込むのは恐縮なんだけども」

オルソラ「いいえ、そんなことはございません。天恵の閃きは時として無知を知る事からもたらされることも多うございますのですよ」

上条「俺を甘やかすのもいい加減にしてほしいんだけど、オルソラなら『まぁいいや』って思うのはどうなんだろう……?」

スミス「渺然。そのままで居たければそれもよかろう。男として見られるかは別問題だが」

上条「ん?俺男だけど?」

オルソラ「で、ございますよ?」

スミス「……憮然。空気を読んだつもりが読んでいないのは私か、それとも誰かかな」

上条「俺がTS好きかどうかはいいんだよ!それより『火矢』って歴史じゃ結構出て来ないか?」

スミス「自然。口を余計なものまで滑ってしまっているが」

上条「三国志はなんかあったら『よーし、それじゃ火計だぜ!』ってぐらいにやってるし。赤壁の戦いとか、日本じゃよく聞くぞ」

オルソラ「西洋でも文化史としての『火矢』は使われておりますし、その使われ方も東洋と同じく、ですが」

スミス「当然。こちらの城塞は主に石造り。よって頻度は少ないのだ」

上条「あー……確かにな」

オルソラ「それでも探せば……そうでございますね。主に敵側の畑や農作物を焼き払ったり、海戦初期では相手方の船を沈没させるため、と」

スミス「必然。しかしながらどちらも頻度としては低い。神話に謳われることもない」

上条「よくはないけどさ……こっちの歴史って海戦も攻防戦もガンガンしていたイメージかあるのに……」

スミス「必然。収奪する前に作物を焼き、盗む前に沈んでしまったら略奪できないだろう?」

上条「だからお前ら文明人名乗るの自粛しろよ。文明さんいつか怒って訴えられるぞ?」

スミス「自然。海戦では他に逃げ場もなく、致命的な結果を呼びやすい『火矢』は有効であったのだが」

オルソラ「またより威力の高く、かつ射程距離が段違いの火砲が作られましたので、時代の寵児とはなれませんでした」

スミス「偶然。君の国の最古の歴史書でも記述はされているし、またSAMURAIの手習いの一つとして重要視されても、いる」

スミス「判然。ヘラクレスがヒュドラの巣へ撃ち込んだのも『火矢』……では、あるが。効果はなかった」

オルソラ「『聖テレジア』様の神秘体験では、彼女を貫いたのは『火矢』もしくは『火槍』でございます」

スミス「頑然。ローマ正教の聖女であれば条件に当て嵌まるが、しかし」

オルソラ「はい。聖女テレジアが殉教されたのは16世紀、『女王艦隊』が作られるよりも遙か後でして」

上条「その頃にラベルを貼り替えた?」

オルソラ「と、いう可能性もありはしますが、もしそうであればただの『火矢』ではなく、『聖テレジアの火矢』と銘打っているかと」

スミス「漠然。その頃にはヴェネツィア共和国の脅威も終わっていた。よって意味がないのだ」

上条「そっか……でも武士、侍――ったら建宮か。今晩あたり連絡取ってみるよ」

オルソラ「望み薄でございましょうか。今回も前回も、天草式の方々は深く関わっておられ、かつ何も仰せではありませんでしたし」

スミス「晏然。ただそれだけとも考えにくい。研究者としての血が騒ぐ、といったら不謹慎か」

上条「てかお前も暇だったら行こうぜ?手柄立てればローマ正教に復帰できっかもしんないしさ」

オルソラ「劉備様のように誰彼構わず勧誘するのは如何なものかと……」

スミス「隠然。あの術式は壊された、そしてもう作らないと決めた。よって私に出来ることはない」

オルソラ「そんなことはございません。スミス様のお知恵とご経験はこの図書館に匹敵するかと存じます」

スミス「果然。ありがとうシスター、だが死人は墓から出てはいけない。光の当たる場所など論外だ」

スミス「敢然。とはいえ私の保身よりも、優先順位の近い事態が起きれば別だが」

上条「あぁ。”次”からは声かけるよ」

スミス「欝然。もう一人居るらしいのだが、そちらはどこで何をしているのだろうな――と、そろそろ時間だ」

スミス「介然。もう一つの用事も承知した、一晩で出来る限りの文献を用意しておこう」

上条「もう一つ?」

オルソラ「わたくしが足りない北欧系の知識の補完でございます。またヴァイキング船についても……と、申しましょうか」

オルソラ「ノルウェーにはスターヴ教会が今も残存していると聞き及んでおりますが、こちには残っていないのでしょうか?」

スミス「已然。スターヴ教会はない」

上条「スターヴ?」

オルソラ「世界最古の木造教会でございますよ。その建築様式がヴァイキングが船を造った工法そのままでありまして」

上条「……あいつらが”船”を直す工法と同じ、か?」

オルソラ「全くではございませんが、概ねは」

スミス「必然。ではそちらも探しておこう。今日はもう帰って休みたまえ」



――コペンハーゲン郊外 長期滞在用コンドミニアム 夜 回想

上条(という訳で俺たちはコンドミニアムに帰って来た。てかコンドミニアムってのは長期滞在用ホテルか)

上条(ベッドか二つずつ置かれた部屋が3つ。共有スペースはリビングとキッチンが一部屋、バス・トイレが二つずつ)

上条(何つったらいいのか、VIPルームを小分けにして借りてる……?すいませんねっ縁がないモンでねっ!)

上条(前にどっかで泊まったような……?んな訳ないのにな)

上条「つーか年少組二人の姿が見えないんだが」

黒夜「ショックが大きかったんだ。今晩ぐらいはそっとしておいてやれ」

上条「……何があったんだよ。大ゲンカでもしたのか?」

黒夜「だったらまだ良かったかもしれないな。溜りに溜っていた鬱憤や不満をぶちまけ合う、それができたらな」

黒夜「まぁ、何もなかった。話すことすらできずに逃げ帰ってきたのさ」

上条「えっと?」

黒夜「『離婚した母親を子供たちが訪ねていったら、別れた先で新しい家族と団らんしていた』ってドキュメンタリーを見ている気分だった」

上条「痛い痛い痛いっ!?俺の心が泣いちゃいそうだから!それ以上は許して!?」

黒夜「行った先の教会じゃ孤児院か養護院、その類の施設だな。実家……か、どうかまでは分からないが。調べておくか?」

上条「いや、居るんだったらいいよ。明日俺がそれとなく話してみる……しかしショックだな」

黒夜「そうだな」

上条「まさかルチアが人妻だったなんてな……ッ!!!」

黒夜「話聞いてたか?もしかして寝てたか?」

上条「まぁ、アニェーゼたちの思いも分かるんだよ。穏やかにやってんのに超ブラックな職場へ戻すのってどうよ?的な意味で」

黒夜「学園都市の『暗部』に比べれば随分とぬるま湯だがな。それでもキツいのはキツい」

上条「うん、正直あいつらの労働環境はどうかと思うわ。俺の総資産が6万5千円じゃなかったら、全員引き取ってたぐらい」

黒夜「そのリアルな数字がリアル過ぎて悲しいよ」

上条「でも俺は、だからこそルチアに言わなくちゃいけないと思うんだよ」

黒夜「あぁ」

上条「『お前だけ一抜けしようと思ってんじゃねぇぞ!今更この業界から足洗えないからな!』って!」

黒夜「連れ戻す悪役100%の台詞だな、それは」

オルソラ「まぁある意味、真理と言えば真理でございますが」 ガチャッ

上条「どうだった?」

オルソラ「お二人ともよくお召し上がりなっておられたので。取り敢えず心配はないかと存じます」

上条「……なら良かったよ。なんとかしないとな」

黒夜「アンタが行っても余計拗らせるのか、拗らせてるのに一見解決したかに見えるの二択なんだけどな」

上条「人様を失敗前提で話を進めないでくれ。俺を誰だと思ってんだよ?」

上条「……」

上条「――あれ!?俺って誰だっけ!?」

黒夜「アホか。アホなのか?」

上条「ある時を境に記憶が……くっ、頭がっ!」

オルソラ「タチの悪いブラックジョークでございますね。ある界隈へ公開放送でカミングアウトされましたけど」

黒夜「私も遠回しには知っていたが、記憶喪失を持ちネタにするのってもう芸人の域に達しているな」

上条「そったはどうだった?タカシを虐めたりしなかった?」

黒夜「カールマンだな。30過ぎのオッサンを虐めたい願望は、ない。特に怪しい動きも見せなかった」

上条「そういや居ないしな。下のラウンジで呑んでんだっけ?」

黒夜「未成年組ばかりのこっちで呑まれるよりはマシだろう。それで醜態を見せるようであれば――」

上条「……ば?」

黒夜「あぁそうだシスター。一つ思いつきがあるんだ、聞いてくれるか?」

オルソラ「勿論でございますよ。私で宜しければいつでも」

上条「おいお前タカシに何するつもりだ!?」

黒夜「『火矢』についての収穫は?」

オルソラ「心強い先達の方から知恵をお借りできるのですが」

オルソラ「『文明一つを滅ぼす火矢』については、スミス様にも現時点で心当たりはないとの仰せでございました」

黒夜「火矢……火矢なぁ。なぁシスター、その『火矢』ってのは絶対的に『火矢』でなければ成立しないのか?」

オルソラ「仰る意味が分かりかねます。成立しないとは?」

黒夜「火矢ってのは脅しか事実か分かってないが、ローマ正教の流した情報だ。大昔にな」

黒夜「それが合ってるって保証は、ない。事実その船っつーのも余所様から盗んだ物だったしな」

オルソラ「可能性は……あるかと。その件についても可能性を探らねばなりませんね」

上条「どういうこと?」

黒夜「これが何に見える?」 スッ

上条「万年筆だろ」

黒夜「ボールペンだ。今時趣味でもなければ使わないだろう」

上条「いや分からんて。外見だけ見たら変んないし」

黒夜「それと同じだ。ガワだけ見ても分からないんだよ」

上条「うん?」

黒夜「このボールペンは一見すれば万年筆と変らない。外装がそれっぽく作ってあるものの、格好付けで似せているのだろうと推測される。それと同じだ」

上条「ローマ正教が『火矢』と自称してるだけで、実はよく似た別のものかも知れない……?」

黒夜「そうだ。『火矢』に似ているのは……火の槍」

オルソラ「他にも輝く槍や剣なども候補に挙げられますね。それ自体が飛行可能であれば、投擲できる斧や槌なども充分に考えられますので」

上条「いやぁ、流石に斧やハンマーはないだろ。形が違い過ぎる」

黒夜「光る軌跡を残して進むのであれば、そっちもアリだ。専門外としても言えるがヴァイキングはむしろ本場だろう?」

上条「……海賊のイメージだよな。斧とハンマー」

黒夜「まぁ、つまりだ。正体を隠すため、本質から遠ざけるため。他にも対策を練られないためにに嘘ぶっこいてる可能性がある。つーか高い」

黒夜「素人考えだが、あんま『火矢』に拘って捕らわれすぎるなよ。頭脳チームの働きがなけりゃ、私たちは動けないんだからな」

オルソラ「肝に銘じる所存でございますよ」

上条「槍……あぁ、俺なんか嫌な予感しちまったよ」

黒夜「どうした?」

上条「いやグレムリンのラスボスって、オーディンじゃん?霊装っていう術式っていうかさ」

上条「まえーに、どっかで『我々は”槍”の完成が!』みたいなのぶっこいてたんだよね……」

オルソラ「……完成すれば世界征服がどう、と聞き及んでおりますね」

黒夜「……そっち系か?何かよく分からんけどカブってるって可能性は……?」

オルソラ「それはもう充分に。ただ年代が年代ですので限りなくゼロに近いかと」

上条「でもあれじゃね?こう北欧系の”船”を『聖霊十式』だって十字教系の術式で使いこんでんだから、その逆もまたあるってことだよな?」

オルソラ「――まぁ、将来のことは将来になったら考えるのでございますね!その時が来ればきっとナイスっ!なアイディアが閃くかと!」

黒夜「おい、どうした頭脳チーム。学園都市製のアホの影響を受けたのか?」

上条「誰がアホだよ。まぁ確かに問題を先送りするのは得意だけどな!」

黒夜「得意っていうか、先に送って問題を見えないフリをしても残っているんだよ。まずはだな、自分にできることからコツコツと」

オルソラ「12歳の方に蕩々と説かれるのはシュールな光景でございますね」

上条「あ、そうだ!俺から一つお願いがあるんだけどさ!」

黒夜「必死か」



――コペンハーゲン郊外 中央駅前 翌日朝 回想

上条「んーーーっと!いい天気だな!どんよりしていて少し寒くて曇ってる!」

カールマン「無理に誉めんなよ。この季節、こっち側はいつもどんよりしてんだから」

上条「えーっと、コペンハーゲンの北緯は……55度。あ、スゲェ!北海道よりずっと北だな!」 ピッ

カールマン「あんたも服用意しておいた方がいいぜ?夜はすっげ冷えるから――じゃ、ねえよ」

上条「なんだよ」

カールマン「なんで俺が教会まで送ってく必要があんだよ。場所分かってんだから一人で行けよ」

上条「俺が一人で迷わずに目的地まで行けると思ってんのか?はっ、甘い考えだぜ!」

カールマン「なんで勝ち誇れんだよ。超ダセエこと言ってんぞ日本人」

上条「てかさ」

カールマン「おお」

上条「おっちゃんってヌァダと連絡取ってんの?」

カールマン「……っ」

上条「あ、言葉に詰まった」

カールマン「……ストレートに直球放り込んで来やがったな。このクソガキ」

上条「あぁ別にチクろうって話じゃなくてだ。連絡取れるんだったら話がしたいなって」

カールマン「何が喋りたいんだよ。あっちのクソガキも素直に言うこと聞くようなタマじゃねえっつーのに」

上条「違うわ。まず『ごめん!失敗しちまった!』って謝んなきゃいけないだろ」

カールマン「……第二次世界大戦中、スクリューだかなんだか、アメリカの特許を日本人が勝手に使ってたんだよ。まあ軍事品だからな」

カールマン「戦後、そのメーカーへ『特許料はお幾らですか?』って聞きに行った話を思い出した」

上条「俺ら昔からそんなんばっかか」

カールマン「ちなみにそのアメリカメーカーは笑って『1ドルでいいよ!』だ、そうで。あんたら恋人か」

上条「前の戦争で思うところはそこそこあるけど、災害の時とかでは憎めないんだよな。そういうところが」

カールマン「『トムとジェリー』って知ってるか?俺のガキの頃にそればっか流してたんだけどよ」

上条「あー……大昔のな。昔Eテレで見た気がする。あれだろ、青っぽいネコが赤っぽいネズミにエラい目に遭わされるの」

カールマン「あれなあ、実はアメリカ作なんだけどもだ」

上条「ノリはそんな感じだよな。確か顔は見えないけど、黒人のおばちゃん出てたっけ」

カールマン「戦争中もアレ作ってたんだとよ。世界大戦中に」

上条「マジか!?スゲーなアメリカ!超余裕あるな!」

カールマン「しかもあれ、昔はテレビなんかないし、全部映画館で見てたんだよ。動画全般は基本的に」

上条「それは知ってる。B級映画ヲタが長谷川一○について熱く熱く語ってくれた」

カールマン「で、昔の映画って全部フィルムでだ。一回上映したら次の作品流すためには交換しなきゃいけねえんだと」

上条「へー」

カールマン「だからその間、観客を退屈させないために作られたのが……」

上条「……『トムとジェリー』……ッ!?」

カールマン「勝てる訳ねえな!俺もその話聞いたとき、『アメリカ人ってアホか!?』って思ったわ!」

上条「あぁ……ドイツ系なんだっけ」

カールマン「次はパスタ野郎抜きでやろうぜ。アメリカ野郎も引き込んで」

上条「アニェーゼたちをハブるのは嫌だ。イタリア人女性は例外にしないと」

カールマン「そうすると自動的にマンマーニ野郎もついてくるが……まあいいわ。何の話だっけか、話す機会がありゃ伝えとくぜ。あればな」

上条「あと昨日ちょっと話し合ったんだけどもだ。おっちゃんもケータイ持てばって」

カールマン「正気かよ。持たせたら内通すっかもしれねえだろ?」

上条「そういう意見も出た。でも別に裏切るつもりだったらケータイだけが連絡手段じゃなくね?」

カールマン「ふーん」

上条「誰か連絡要員を配置して、そいつがストーカーしてりゃいいんだし――って俺の姉さんが言ってたんだけど」

カールマン「12歳児って言ってなかったか?……まあ、あいつなら言いそうだけど」

上条「それよりか俺たちと連絡取れない方が面倒だと思う……悪いな。できれば得意なの持たせてやりたかったんだが」

カールマン「どうしてそこまでする?多数決でも反対優勢だろ?」

上条「多数決なんか取ってねぇよ。どうせ言うことなんか聞かないって思われてるし」

カールマン「信頼されてんな」

上条「まぁな。つーことで俺の全財産から出すから、海外のって安いんだろ?」

カールマン「要らねえわ。流石に500ドルしか持ってない相手にタカったらプライドがズッタズタになるぜ――で?見返りは?」

上条「そうだな。殺さないでほしい」

カールマン「誰を――ってまあ、追いかけてる連中以外はいねえわな」

カールマン「ん、オーケーオーケー。そのぐらいの条件だったら呑むぜ。つーか俺を殺人狂か何かと勘違いしてねえか?」

上条「俺はそんなには。傭兵っていったら二・三人知り合いが居るけど、人格破綻者はいなかったよ」

カールマン「ビジネスでやってんだよ。金貰えねえで人殺してたらただの趣味だ――んじゃちっと待ってろ。ケータイ売って貰うから」

上条「おい待て待て。どこ行くんだよ、ケータイのショップはググったらあっちに」

カールマン「世界指名手配中の俺が買える訳ねえだろ。いいからついてこい」

上条「いいけど。つーかそっち、ホームレスの人がいる区画だから近寄るなって」

カールマン「だから売ってんだよ――『あー、ハローハロー?ケータイある?』」

ホームレス「『あるよー。支払いは?クローネ?』」

カールマン「『ドルで。二枚でいいか?』」

ホームレス「『あいよ。あ、ドラッグもあるよ。どう?』」

カールマン「『オイオイ子供連れなんだから遠慮してくれよ。子離れができたらまた来るわ』」

ホームレス「『夜には女の子も居るよー。安いからねー』」

カールマン「『はいよ、どうも』――って行くぞ」

上条「何言ってるのかサッパリ分からなかったが……」

カールマン「ドイツ語だ。そこそこドイツ系多いんだよ、ってこれがケータイ端末だ。ここに一緒に買ったSIMカード挟んで――」

カールマン「――はい通話可能。あんたの番号赤外線でくれよ」

上条「早っ!?5分でケータイ買えんの!?」

カールマン「他の国でもまあそんな感じ?身分証が必要な国もあっから、今回は裏ルートだがよ。何も出さずに買えるトコもあるぜ」

上条「超ザルだな……いやいや!でもおかしいだろ!なんでホームレスのオッサンが違法っぽい端末売ってんだよ!」

カールマン「去年だっけかな。ノルウェーの国営放送が『幸福の国』ってドキュメント番組流したんだよ」

上条「ノルウェー……あぁまぁデンマークの隣か、もしくは対岸っつーか」

カールマン「内容はシンプルでベルゲンってデカい都市で暮らすホームレスをだ、数年かけて取材した」

上条「幸福の国……?ノルウェーやデンマークで幸福度ランキング上位じゃなかったっけ?」

カールマン「そうそう。それをスッゲエ皮肉った内容で……夜になったらホームレスの男はドラッグの売人に、女は商売女へ早変わりすんだ」

上条「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?なんだそれ?なんかの比喩――figure of speech?」

カールマン「言葉のまんま。てか男も女もマフィアに騙されてホームレス”っていう仕事”をしてんだと」

上条「え、いやでもそんなんで稼げる訳が」

カールマン「少なくとも東欧の田舎町から女騙して連れてきて、昼間はホームレス、夜は客相手にして働かせてんだよ。それは確定」

カールマン「しかも仲良くなったらな。連中のアジトに連れて行って貰ったら、またサプライズ。高価な時計や札束が山と積まれてんだわ」

上条「うっわぁ……なんだよ、それ」

カールマン「ノルウェー野郎どもがせっせとホームレスに恵んでたカネは、犯罪組織に吸い上げられる。味を占めた組織は人身売買をもっとする」

カールマン「幸福な国でな暮らす、頭の中までハッピーなノルウェー野郎は、善良な”募金”をしてくれる」

カールマン「お陰様で儲かったマフィアは人身売買を拡大させ、ドラッグの相場もバーゲンセールだ!流石に幸福の国は違うねえ」

上条「てか、そんなの報道して平気だったのか?」

カールマン「勿論大問題だぜ。ホームレスの仕事してる連中は白眼視され、善意のカネを貰えなくなった――と、思ったら」

カールマン「大勢の物乞いが姿をくらました。もっと”稼げる”都市へと移住していったんだと」

上条「……最悪だな、それ。てかホーム移せるホームレスってなんなんだよ」

カールマン「だから非合法な商品も手広くやってる。”移民”問題にゃこーゆーのも含まれるんだよ、オーケー?」

上条「……」

カールマン「今のオッサン取り締まってもなんも解決しねえよ。どうせ近くでマフィアが監視してる」

カールマン「『幸福の国』、なんで空々しい勲章つけて喜んでるようじゃ、理想が現実を絞め殺されて終わると思うがね――ってなんだよ」

カールマン「社会勉強させてやったんだから感謝してくれたっていいだろ。何睨んでやがる」

上条「……悪い。ただ、無力だなって」

カールマン「アホか。そのぐらいでいいんだよ、なんでもかんでも解決できるスーパーマンなんていねえ」

カールマン「あんた――テメエはまず自分の身内だけを考えろ。この問題はこの国に住む連中が解決しなきゃいけないことだ」

上条「……分かってる。分かってるつもりだ」

カールマン「ンな顔すんなよクソ。湿気た顔してっから不幸が寄って来んだよ」

上条「有名か。基本悪い話ってよく伝わんのな」

カールマン「あー……まあ、サービスしてやっか。契約外なんだかな。お前翻訳アプリかなんか起動させてんのか?」

上条「今は切ってるけど。それが?」

カールマン「『Tracer ammunition』つって、分かるか?」

上条「とれーさーあみゅにしょん……?待ってくれ、今起動すっから――よし、リピートプリーズ?」

カールマン「『Tracer ammunition』」

上条「あ、出た。『追跡するトイレットペーパー』」

カールマン「楽しい翻訳アプリだな。違うわ。誰がここでトイレットペーパーを追いかけるって展開になんだよ」

上条「次の候補だと『曳光弾えいこうだん』……?」

カールマン「『Tracer bullet』の方が分かりやすかったか。多分そのエーコーダンってヤツだよ」

上条「いや何がだよ」

カールマン「だからよお……!あー……日本人、あんた夜間戦闘に巻き込まれた経験は?」

上条「うん、何度か」

カールマン「スゲエな。まさか『Yes』って言われるとは思わなかったぜジュニアハイスクールが」

上条「ハイスクール高校生だよ!若く見えるかもしんないけど!」

カールマン「ああ悪い悪い。でもあんたらも俺らを老けて見えるっていうだろ?」

上条「アニェーゼみんなだいすきアンジェレネマニア向け

カールマン「あれはまあ、特殊なあれっていうか……まあいいんだ。ぞれで銃パンパン撃ってる銃撃戦は?」

上条「ハワイとバゲージで少しだけ。ただ遠くから『あー、なんか対空砲火してんなー』って軽い気持ちで」

カールマン「ああ、あんたもいたのかハワイ。勝ったようでクッソ負けた戦場だったよなオイ……じゃああれだ」

カールマン「夜にアメリカ軍が戦闘機で空爆するような映像でだ、下から対空砲火を空に向って撃ちまくってるの」

上条「湾岸戦争のアーカイブを授業で見たよ……戦争じゃなきゃ綺麗なのにな、って不謹慎なことを考えちまったけど」

カールマン「よーしよしやっと近づいてきたな。それ、なんで光ってるかって分かるか?」

上条「なんでって……普通は光るもんじゃないのか?」

カールマン「じやあ聞くがよ。昼間撃った銃とかミサイル、なんかこう光の筋を残してたりとかしたか?一度でも?」

上条「……言われてみれば、なかった、ような?」

カールマン「普通は光んねえんだわ。弾頭が白熱化するほどに温度は高くねえし、そもそも弾丸が光ってたらスナイパーがどっから撃ってるかモロバレだろ」

上条「……あぁ!意味無いよ――な?」

カールマン「なんで疑問系だコラ」

上条「銃弾が光らない理由は納得したんだけど、でも今光る玉がどうって話してんだよな?意味無いぜって?」

カールマン「だから意味があってわざわざ光らせてる弾があるんだよ。それが『Tracer bullet』」

上条「トレースは追跡するって意味で?何を?」

カールマン「元々は『撃った弾丸の軌跡が分かるようにしてる』って話なんだわ」

上条「いやだから意味なくね?敵と撃ち合いとかしてるんだったら、こっちの居場所教えるなんて自殺行為じゃんか」

カールマン「俺もそう思うがよ。でも敢えてしなくちゃなんねえケースもあるんだわ。例えば着弾観測」

上条「着弾観測?」

カールマン「あんたがどっかに銃を撃ち込んだとする。目標は数百メートル先の空き缶だ、どうやって当たったか確認する?」

上条「数百メートル先だもんな。直で見に行くとか、双眼鏡で確認するとか」

カールマン「敵と撃ち合ってる最中も?」

上条「……は、無理だよな」

カールマン「普通の弾ってのは見えねえんだよ。当たり前だが、ハリウッド映画みたいに命中した場所にエフェクトがついたりもしねえ」

カールマン「特に砂漠や野戦だったら最悪だ。塹壕から頭出して撃ってたつもりが、少し前に建てた陣地を削ってたって笑い話もよくある」

上条「笑いのツボがおかしい」

カールマン「どこ撃ってんのかも分からなくなる、だからそこで曳光弾を使う」

上条「狙った場所に銃弾が届いてるか、目視できるように……?」

カールマン「そうだ。仮にあんたのすぐ側まで弾が届いてんのが分かったら、フルオートで薙ぎ払えば当たるしな」

上条「あぁそういう効果が」

カールマン「曳光弾そのものは普通の弾丸に比べて精度が落ちるし、そもそも撃ったヤツの場所がモロバレになる」

カールマン「だから普通の野戦用銃弾じゃ30発入りのマガジンに3・4発ぐらい入ってる。まあ使わない個人や部隊も多いが」

カールマン「他にも対空砲とか、どこ撃ってんのか分かんないのには多用されんだ。それがまず一点」

カールマン「あとはあれだぜ。カラシコニフに多いんだが、フルオートでバカスカ撃ってると弾切れになんじゃん?」

上条「だから銃に撃たれたことはあっても触ったことない人間に同意を求めんなや」

カールマン「その予防として『エーコーダンが出たらあと何発で弾切れですよー』ってのが、一時期流行った」

上条「残弾をお知らせするのもどうかと思うが……それで?おっちゃんは俺に銃器あるあると披露したかったのか?」

カールマン「俺がじゃねえよ。俺の前の上司がな、歴史ウンチク好きで夜番の時に散々聞かせられたんだよ」

上条「暇か傭兵」

カールマン「何度ぶっ殺してやろうかと思ったことか。まあクソガキに先を越されたんだが――その時にな」

カールマン「銃器か開発される前、火砲、つーか大砲?まあカノンが実用化される前、夜中の戦闘ってどうやってたと思う?」

上条「またザックリした質問来たな!?てか世界史の話だったらオルソラに振ってやれよ、多分喜ぶから!」

カールマン「ああ多分知らねえ。知識として知ってるかもだが、実戦で試したことねえから分かってねえのよ。あのシスターさんは」

上条「……あ?」

カールマン「だから怖い顔すんなって。俺は善意で教えてやってんだからな?」

上条「夜の戦闘……だから視界は悪いわな。だから篝火炊いて、ってのもなんか違う気がする」

カールマン「いい感じだ。なんで違う?」

上条「ウチの国の300年以上、ジェネラルをやったファミリーの初代?イエヤスっていうんだけども」

上条「その人は『街道一の弓取り』って言われるぐらい、弓矢や弓兵隊の扱いが上手かったらしい」

カールマン「それでそれで?」

上条「だからもし、中途半端に明るかったりしたら弓兵にこれでもか!っつーぐらいに狙い撃ちされたんじゃないのか?」

カールマン「正解!そっからもう一歩踏みだぜ日本人!」

上条「踏み出す!?あぁだから弓兵は強くて、だけど真っ暗闇じゃ誰に当たるか分からない?」

カールマン「そうだ。だから・・・?」

上条「だから――」

上条「――光、か?現代戦で曳光弾を使ってるように、自分達が攻撃している先が分かるよう、に」

カールマン「つまり?」

上条「――『火矢』か……ッ!!!」

カールマン「狙いをつける、でも合ってるが。ああ”標準”っつった方がいいのか?」

カールマン「まず緒戦として弓兵が敵味方関係なく辺りにぶち込むんだよ。延焼するからそれを灯りにして一当てする」

カールマン「何も攻撃用だけに使われたんじゃねえんだよ。攻撃をサポートするためのガイド?」

上条「タカシ!」

カールマン「だからタカシじゃねえよ。あとハグすんな馴れ馴れしい」

上条「『火矢』、”標準”……標準?どっか聞いたな、”標準”……を、解く。標準を解く――」

上条「――『刻限のロザリオ』……?」

カールマン「おい日本人。話振っといてなんなんだが、先に用事あるんだろ?考えるんだったら終わってからにしとけ」

カールマン「家出娘のケツ引っぱたいて連れ戻す仕事があんだろ。そっちをまず片付けろ」

上条「ふっ!そっちなら問題ないぜ!俺はこういう時、いつも成功させられる作戦がある!」

カールマン「ふーん、どんな作戦?」

上条「オペレーションネーム――『当たって砕けろ』」

カールマン「Kamikaze、もしくはBanzaiアタックだろ。少しは成長しろや日本人」



――デンマーク コペンハーゲン郊外 デン・スターヴ教会 ルチアの私室 昼 回想終わり

上条「――という訳なんだよ。姉さん」

ルチア「誰が姉ですか。あなたのような弟を持った覚えはないと知りなさい」

上条「誰でも受け入れざるを得ない理由だろうが!『あ、姉弟だったのか。じゃあ仕方がないね』って!」

ルチア「そうですね。眼の色と肌の色と骨格と人種、それら全てに共通点の欠片もないのを除けば説得力があったに違いありませんね」

上条「だが敢えて共通点がないことをアピールすれば!きっと訳ありなんだなって向こうが思ってくれるぜ!」

ルチア「普通でいいですよね?普通に訪ねてこられても」

ルチア「と、いいますか。何かこう、話を聞くだけで相当が時間が流れた気がしないでもないのですが……」

上条「や、でもこっちの事情は分かっただろ?駆け足で話しても、俺たちが駅前でケンカしてお巡りさんに叱られたとことか聞きたいだろうし」

ルチア「要りません。まずそこは要りませんし、話でも登場しなかったですよね?」

上条「……まぁ、ネタはさておきだ。ルチアと別れ――別行動になってからの俺らがどうしたのかっては分かったと思う」

上条「で、お前は何してたんだよ?マタイさんへの弁解の手紙ずっと書いてしましたー、ってだけでもないんだよな?」

ルチア「……お話しするようなことは、何も」

上条「お前……ッ!どんだけ心配かけたと思ってんだよ!?」

ルチア「っ!」

上条「尊敬するアニェーゼが心配じゃなかったのか?助けてなきゃと思ってたアンジェレネは?オルソラは?シスターのみんなは?」

上条「でも一人で責任抱えようとして!傷つくのが嫌になって逃げたと思ったら、あんなっ!」

上条「お前一人で、全責任を被るような嘆願書なんか勝手に出しやがって、なぁっ!?」

ルチア「……私は――」

上条「……俺はいいよ。でもアニェーゼたちは違うだろっ!?信頼した仲間なんだろ?」

上条「お前が大切に思ってるぐらいには!少なくとも同じくらいには向こうだってお前を大事に思ってんだよ!そんなことわざわざ言われなきゃ――」

シスター「――はい、ストーーーーーーーーーーーーープッ!!!」 ガチャッ

ルチア「……シスター・イーベン」

イーベン(シスター)「シスターは結構ですよ、イーベンとお呼びくださいな」

上条「……すいませんシスターさん。大声出しちまって」

イーベン「いいんですよ。ドアの前で聞き耳を立てていましたから」 グッ

上条「悪気の欠片もない!?堂々と!?」

イーベン「いえ、何を喋っているかまでは残念ながら聞こえませんでしたので。どうかご安心を!何も聞いていません!」

上条「安心できないです。アクティブに俺らの事情に首突っ込んでこようとしてるって事ですよね?」

イーベン「まぁまぁまぁまぁ!ミスター……えっと?」

上条「当麻です。上条当麻」

イーベン「ミスター・トーマがお怒りなのも分かりますが!大事なお姉さんがどこのものかも分からない場所で!雑用をされているのというのは!」

イーベン「でも!シスター・ルチアは当屋敷にとって大切な方なのです!どうか、それだけは分かってください!」

上条「いえあの、ルチアの環境も心配は心配なんですけど、そうじゃなくてですね」

イーベン「助けた弱みにつけ込んで無休で働いてくれる人なんて、中々居ないんですよねー」

上条「「おいお前何つった今?俺のヒアリングがバグってんのか?それとも翻訳アプリが故障してんのか?」

ルチア「……あぁその、シスター・イーベンは基本的に大らかな方でして……」

イーベン「まぁカリカリすんなよミスター!今から昼食の時間だから手伝いなさい!」

上条「あっはい……はい?」

イーベン「シスター・ルチアは子供たちのお着替えと手洗いをお願いしますねっ!さっ、急いだ急いだ!」

ルチア「は、はいっ!」

イーベン「ミスターはこっちですよ!今時は殿方も台所へ立って一人前ですからね!」

上条「えーっと……それじゃ、また後で」

ルチア「……はい」

パタンッ

上条「……」

上条(助かった、つーか助けてもらったっていうか)

上条(つい、勢いに任せて余計なことまでぶちまけそうになってた。思った以上に感情的になっちまってた、か)

上条(嫌でもテンション上げたり、ネタに走ってみたりはするけども。やっぱり堪えてるからなぁ)

上条「……」

上条(しかし――これ、なんだろうな?)

上条(俺の、俺ぐらいの魔術師でも能力者でもない、ただの高校生に怒鳴られて。身を竦めちまったルチア)

上条(魔術だなんだ、組織がなんだって。初めて会ったときには逆ギレして攻撃を仕掛けてきたってのに)

上条(あれはまるで……怒られるのが怖くて震えるよな。年相応の女の子にしか見えなくて)

上条「………………後で謝っとかないとな」

イーベン「当たり前ですよ。反省しなさい」

上条「聞いてなかったんじゃないんですか?」

イーベン「女性を泣かせる男性に何の道理があるのでしょうか?神は言いました――『大抵男が悪いのよ』、と!

上条「なんつー即物的な神様。でもって真理っちゃ真理のような……まぁ、はい。頭冷やしてちゃんと謝ります」

イーベン「はい、良い子ですね。よくできました」

上条「その、だからって訳じゃないんですけど。俺もここに置いてくれませんか?少ないですけど、ビジネスホテル分ぐらいは払いますんで」

イーベン「んー、シスター・ルチア次第でしょうかねぇ?あの子が嫌だって言うのであれば、無理強いはできませんよ」

上条「必死に謝ります!」

イーベン「でしたら断る理由がありませんね。ミスター・トーマも十字教徒なのですか?聖人トマスから名を頂いていますし」

上条「あーっと……十字教徒じゃないんですが、多分。てゆうか、見習いっていうか?」

イーベン「そうなのですか。それは失礼致しました、ごめんなさいね?複雑なご事情を詮索するつもりはないのですけど」

上条「あぁいやいや!そんなことないですよ、姉がお世話になってるんだから。全部話すのが筋だと思うんですが!」

イーベン「ただ、他に娯楽もない田舎ですので、せめて余所様のご家庭のグッチャグチャな愛憎劇などあれば、是非お聞きしたいなって」

上条「本音。ド外道の本音が俺には聞こえるなー」

イーベン「でも、アレですよね?流石はご姉弟といいますか」

上条「はい?」

イーベン「シスター・ルチアもミスターと同じように謝ってらっしゃいました。顔は似ていませんけど、雰囲気はそっくりですよね」

上条「そうですか?なら少し嬉しい、かな?」

上条(学園都市の外で。あの教会で建宮にでも言われたんだったら、きっと激怒してたんだろうが)

上条(今は……そう。そんなに悪い気分じゃなく。むしろルチアが嫌がんじゃねぇかって)



――デンマーク コペンハーゲン郊外 林道

カールマン「『――ああ。それじゃ時間通りに……ってそろそろ切るわ。うん、例の』」 ピッ

カールマン「ああ悪い悪い。話は終わったから出てきていいぜ?」

ガサッ

魔術師A「レイモンド……定時連絡が二回ほど忘れているようだが、お前の頭では難しかったのかな?」

魔術師A「俺を待たせておいておしゃべりか?昔の女にでもかけていたのか?」

カールマン「そこはタカシじゃねえのかよ。何お約束ぶっちぎってんだ」

魔術師B「……何か言ったか?」

カールマン「いいや何も?メイ首相があと30若くて、外見がアレクサンド○=ダダリ○だったら惚れてたね!って言っただけだ」

魔術師A「首相の設定はどこに行った?少し似ているが」

カールマン「つーか定期連絡って言うけどよ。別に進展ないんだったらいいんじゃねえのか?時間の無駄はあんたも嫌いだって言ってただろ?」

魔術師A「あぁ無駄だとも。何が無駄ってこの問答自体が無駄なのだよ、この凡人が」

魔術師A「前に言った、憶えてないのかあぁいやいや失礼失礼。これは忘れていたね、忘れていたとも」

カールマン「誰か通訳してくれ、このキチガ×の」

魔術師B「……判断するのは”上”の人間だ。現場だけじゃ判断できない」

カールマン「お役所勤めってやつ?魔術師様も上には弱いんだ?へええ?」

魔術師A「お前に理解して貰わなくても結構だ。俺たちは崇高な使命のために動いている」

カールマン「崇高、崇高ねえ?ぶっちゃけティーンの外国人に国の命運背負わせて、足引っ張ろうってんだろ?イギリス特有のブラックジョークかい?」

魔術師A「言わせておけば……!」

魔術師B「……駄目だ。利用価値がある――お前もどうしてケンカを売るような真似をするんだ……?」

カールマン「んんー……?ああケンカ、あーはいはいはいはい、ケンカね、ケンカ。そかそか、まだその認識なのな。よしよし」

魔術師A「レイモンド?」

カールマン「ってあんたのアゴになんかついてんだけど、それなに?虫?」

魔術師A「アゴに……?いや、何もついていないぞ」 スリスリ

魔術師B「……」

カールマン「ああほら、そっちじゃなくてこっち。てかああもう動くなよ!俺がとってやるから!」

魔術師A「あ、あぁすまな――」

カールマン「――バァカ……ッ!!!」

ゴキッ、ペキヘキ゚ミシッ

魔術師B「きさ」

カールマン「ノロマが」

ポキッ

魔術師B「……」 パタッ

魔術師A「ひっ、ひさまああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

カールマン「まあそう怒鳴るなよ。相方がくたばったのは不用意に近寄るからだぜ?」

カールマン「軍隊入って初日に教わったのが銃を使って殺る方法、二日目がナイフ、三日目がワイヤーたったんだわ」

カールマン「で、四日目がハンカチとビニール袋。五日目がコインだっけかな?まあそんな感じだ」

カールマン「銃しか使えねえんじゃねえよ。効率的だから持ってるだけで、素人壊すのに道具なんか要るか」

魔術師A「おまへわもおおはりだ!いきりすせいぎょおにたてついたんだからな!」

カールマン「なら攻撃しろよオラ。何ビビって距離取ってんだよ、あ?あんたの魔術見せてくれよ、なあ?」

カールマン「できないんだろ、したくたっても?耳を千切れば痛みで集中できない。顎を外せば詠唱できない。鼓膜を破れば音程が合わない」

カールマン「発動までのタイムラグがあって、そいつはナイフを取り出すよりもずっと遅い。合ってるよなあ?」

魔術師A「お、おまへわ!?」

カールマン「クッッッソ間抜けども。対策用意すんのは間抜けどもの専売特許な訳ねえだろうよ」

カールマン「女子供相手に実験するのはちっと気が引けたがな。ノコノコ現れやがってありがとうクソども」

魔術師C「――そうか。それは良かったな」

魔術師D「無様な……!」

魔術師A「は、はすけて!?ほいつが!うらきって!」

カールマン「やっぱ居たのか見張りの見張り。無能そうだもんなあ、俺だったら使いっ走りにすんのも躊躇うわ。やっさしー」

カールマン「ああでもぶっ殺されんの分かってて見殺しにしやがった?じゃあ優しくはねえか、残念」

魔術師C「レイモンド、自分が何をしているのか分かっているのか?」

カールマン「ごめんな、俺裏切ることにしたから。もう帰っていいぜ?」

魔術師D「この……!」

魔術師C「近寄るな。距離を取っていれば脅威ではない、ただのゴロツキだ」

カールマン「銃持ってるかもよ?ほらほら調べなきゃ。カモンカモン」

魔術師C「と、言っているが?」

魔術師A「も、もってへない!てつはこものたけた!」

カールマン「ああそれも分かっちまうのか。便利だねえ、魔術ってえのは」

魔術師D「……そうか。ではお前は行方をくらましたことにしよう」

カールマン「……まあ数には叶わないわな。ノコノコ俺の射程距離に入っても来ねえだろうし」

魔術師C「狂ったのか?それともガキどもに情でも湧いたか?」

カールマン「情、情ねえ?そりゃあ時代錯誤の騎士気取りどもよりか、命すり減らすガキどもを応援したくなるってのが心情じゃね?」

魔術師D「……はぁ、下らん。そんなチンケなプライドのために命を粗末にするのか、信じられん」

カールマン「いやいや死ぬのはあんたらだぜ?ついさっき騎兵隊へ応援要請したんだわ」

魔術師C「騎兵隊だと?」

魔術師D「惑わされるな、どうせハッタリ――」

ヌァダの声『――距離をゼロに』

ザウンッ……ッ!!!

魔術師B「か、あ」 パタッ

魔術師C「なん、で……?」 パタッ

魔術師D「嘘……死にたくないよぉ……」 パタッ

カールマン「……時間ピッタリだな――『はいよ』」 ピッ

ヌァダ『――首尾はどうであった?』

カールマン「『いやバッチリ。王様スゲエって』」

ヌァダ『距離をゼロにする程度・・・・・・・・・・、一介の騎士如きにすらできる技だ。この程度の児戯で大騒ぎされてもな』

カールマン「『射程範囲って無限かよ。おっかねえな』」

ヌァダ『我が忠実なる裏切り者よ、聞くがよい。汝その身がある場所は我が版図と成すのだ』

カールマン「『そしてこの意味分からん解説。シスターにでも聞いた方が早いのかねえ?』」

ヌァダ『だが気をつけよ。じーぴーえす?とやらを間違えたら貴様も真っ二つだぞ』

カールマン「『動画見て斬ってもらった方がいいかもな。てか王様、あんた今どこにいんのよ?意外と近くかい?』」

ヌァダ『暫し待て――おい金髪の女よ、ここはどこか私に教える栄誉を授けてやろう』

カールマン「『ぶん殴られるぞ?ガキの姿してても』」

少女の声『えぇ!?あんた結局迷子って訳じゃない!もー勘弁してよねー!』

カールマン「『――もういいわ。なんで日本語が聞こえてきたのか知りたくもねえ』」

ヌァダ『東へ東へと歩いて来たら、ついな』

カールマン「『で、俺はこれからどうすれば?まだ連中に狙われんのかい?』」

ヌァダ『いいや、それはない。私が介入していると知らせた。もう迂闊に手は出せまいよ』

カールマン「『どこにもクソはいるもんだな』」

ヌァダ『否。力なきものが知恵を廻らすのは当然のこと、例え汚くともだ。小を捨て大を取るのは為政者の勤めよな』

ヌァダ『とはいえ。女子供を使い捨てる輩にはそれ相応の報いあるべきぞ。王の流儀には非ず』

カールマン「『苦労してるのって、あんたの使いっ走りにされるからじゃねえ?』」

ヌァダ『この程度の試練は乗り越えて貰わなくてはな。神殺しなど夢のまた夢ぞ』

カールマン「『俺の負担がハンパねえよ――ああ、あとこっちの大将から王様に伝言、”失敗しちまってごめん”だって』」

ヌァダ『「よい。分相応を知っただけ良き経験となったであろう」と伝えておくがよい』

カールマン「『あんたと連絡取ってんのバレッバレになんだけどよ……』」

ヌァダ『”目”は潰した。後はもう何もできん――し、これ以上構うのであれば最初の約定を違えたことになる』

ヌァダ『それはそれで面白きことよな。旧き悪友の遺産を叩き斬る前に、あの女と一戦交えるのも心躍る』

カールマン「『そうかい。それじゃあ好きにしやがれ、あとクタバレ』――と、だ。俺は思うんだよ」 ピッ

黒夜「――振り向くンじゃねェ。そのまま前向いてろ、動いたら殺す。変な真似してもだ」

カールマン「……変な真似の定義は?」

黒夜「不審な動きと私のカンに障ること全般だ」

カールマン「裁量の範囲広れえな!?前線式簡易軍法会議味方からの誤射だってもっと人道的だぜ!?」

黒夜「ここは戦場じゃねェからな――で、まァ一部始終見てたから説明しなくてもいいンだがよ」

カールマン「飼い主に忠実な猟犬かよ、あんた……どこまで追いかけて来やがるんだ」

黒夜「尽す女と言ってほしいもンだがね。好きなんだろ、こォいうのは」

カールマン「地雷じゃなきゃケース・バイ・ケースだな」


黒夜「まァお互いに雇われは辛い身だよなァ。なンだったらここで一抜けさせてやってもいいンだけどよォ?」

カールマン「……いいのかよ。そんなことしてご主人様は怒るんじゃねえの?」

黒夜「だって敵の魔術師と交戦して殉死したンだぜ?あァ可哀想にってな」

カールマン「……俺にどうしろって?」

黒夜「内通してンのはいい。アンタが始末つけたのも含めて評価できる」

カールマン「……そいつあ、どうも」

黒夜「馴れ合いもクソ食らえだ。隠し球の一つや二つ、秘密を抱えるのも当然だ。こう見えても尊敬してンだぜ、先輩さんよォ?」

カールマン「ありがたくって泣きそうだぜ。で?」

黒夜「まァシンプルな話さ。私が聞いてアンタが納得できるような答えを出す。それだけだ」

カールマン「何が聞きたい?」

黒夜「――あのバカに、アンタが持ってた霊装を壊させた・・・・理由を」



――デン・スターヴ教会 食堂 昼

イーベン「――はい。全員行き渡りましたか?塩スープとタラのフライ、謎植物のサラダと黒麦のパンはありますねー?」

子供たち「はーい」

イーベン「後から『実は配膳されてなかった……』なんて言い訳は聞きませんよ?いいですねー?それでは揃って神にお祈りを」

イーベン「三叉路におわす狼と魔女の聖女モグモグガツガツガツガツ……ッ!!!」

上条「って食うんかい!?保護者が率先して!?」

ルチア「……はい、皆さんはシスター・イーベンの悪い所は見習わないように。では私に続いてお祈りを」

ルチア「本来であれば口に出さずに黙祷するのがマナーであるのですが……」

イーベン「大丈夫ですよ、シスター・ルチア。声を出さずにブツブツ言うフリをしていればやり過ごせます!」

上条「おい誰かこの家に大人はいないのか?よくやってきたな今まで!」

ルチア「私も多少不安にならないでもないのですが……」

イーベン「はい、ごちそうさまでした!では何食わぬ顔でテーブルに着いて無駄飯を食べてる人を注視してください!」

子供A「むだめしぐらいー」

上条「いやデンマーク飯が美味しくって美味しくって、つい」

イーベン「いいえそんな。突然でしたのでありふれたものしか出せずに恐縮ですわ」

上条「イギリス飯より美味しいわ」

イーベン「今すぐフォークを置いて立ち去りなさい、悪魔よ!あなたが口にして良いのは灰と石炭だけよ!」

子供B「だー」

ルチア「教育に悪いので座って食べましょう。あとあなたは謝ってください、デンマークに住まう生きとし生けるものへ対して」

上条「そんな扱いなのかイギリス飯。誉めても侮辱したと受け取られるって相当だぞ」

子供C「へたれきちんこっかー」

イーベン「えーと、それでこの方はシスター・ルチアの弟さんです」

上条「どうも、弟です」

子供D「かいしょーなしー」

子供E「さちうすそー」

上条「なぁ姉さん。さっきからこの子ら何て言ってんの?英語は辛うじて聞き取れるんだが」

上条「謎のこのドイツ語っぽいのは、俺の予想と過去の経験上、まず間違いなくケンカ売られてんだよね?」

ルチア「えぇと、まぁデンマーク語ですが……言っている内容に嘘はないですね、嘘は」

イーベン「あらあら、あなた達そんな態度は感心できませんよ、できませんねー?」

子供A「えー、でも」

子供B「つったさかなにえさをやらないくそやろー」

子供C「おんなうんにぜんふりー」

子供D「きゃらめいくしっぱいー」

子供E「うしろをみればあとがないー」

上条「テメコラ、いくら日本人でもキャラクターメイキングぐらいは聞き取れるんだぞ?そして俺は男女構わずに暴力を振う男だ……ッ!」

ルチア「自重しなさい。誰が世話になっていると」

イーベン「――お兄ちゃんが宿泊代を払ってくれるので、滞在中は食事がグレードアップすんですから」

子供たち「ようこそお兄ちゃん!ゆっくりしていってね!」

イーベン「あらヤダこの子達って!一体誰に似たんだか!」

上条「確実にシスターの薫陶の賜物だろ。出荷責任を問われちまえ」

イーベン「聖書を唱えるよりか、他人を媚びて楽に生きる手段を憶えていた方が実践的ですし?」

上条「まぁそうなんだけどな!今日本人だって祝詞唱えたら『うわぁこの人アニヲタだぁ』って引かれる時代だしな!」

ルチア「不敬が過ぎます。それと悔い改めろ、主はあなた方を見ています」

イーベン「本当に?」

ルチア「え?は、はいっ、きっと?」

イーベン「そうですか。ならいいのですが――では」

イーベン「ルチアさんに叱られてしまいましたので、この辺で退散致します。どうかごゆっくりお客様」

上条「あ、はい。ありがとうございます?」

イーベン「ルチアさんも金づる相手に分かってますよね?」

ルチア「はい。心得ております」

上条「金づるって言ったか?今わざわざ日本語の発音で”カネヅール”言ったよな?」

イーベン「あぁいえ決して!お姉様の方が文無しなのでせびるにもせびれず、その分を取り返そうだなんて全然!」

上条「イギリスのテロリストどもに芸風そっくりだなテメー。あぁいや正確にはその中の一番アレな子だが」

ルチア「神の使徒を魔女と一括りにするのは暴言と知りなさい」

上条「って言ってんですが?」

イーベン「あぁ昔ありましたねぇ、奥様が魔女だったりするの。女の子にとっては憧れだったりしますし」

上条「シスターさん、あんたいくつ……いやすいませんっごめんなさい!何でもないですから!フォークをおろして!」

イーベン「……ふう、危ないところでしたね。私の中の悪魔が『頸動脈をいけ』って囁くのですよ」

上条「即死狙ってますよね?随分と人体構造に詳しい悪魔ですよね?」

イーベン「おっといけません!お食事を運ばねばならないのに冷めてしまいます!では失礼します、後を宜しく!」

ルチア「はい。承りました」

上条「ん?運ぶ?」

ルチア「えぇと、もう一人いるんですが……それより、いいんですか?」

上条「何が?」

ルチア「あなたのお皿の上がですね、その、強奪されて」

上条「――やりやがったなこのクソガキども!日本人がマジギレするのはメシとカップリングだって叩き込んでやるぜ!」

子供A「わー、おこったー」

子供B「にっげろー」

子供C「かいしょうなしー」

ルチア「……教育に悪い事この上ないですね。あ、彼らの分は食べてしまいましょうか」

子供D・E「はーい」



――王立図書館

スミス「当然。古エッダは外せず、韻文のエッダをこちらに目録一覧が用意してある」 ドサッ

スミス「必然。ルーン文字の意味と形、派生したと考えられる語族の論文」 ドサドサッ

スミス「的然。そしてロングシップ、所謂ドラゴンシップと呼ばれたヴァイキング船についての資料」 ドサドサドサッ

オルソラ「えぇと……その、スミス様?少しテンポが速いと言いましょうか、研究者冥利に尽きると申し上げましょうか……」

スミス「憮然。急いでいるのだろう?必要最低限を厳選しておいた」

オルソラ「”最低限”のハードルが高こうございまして、少々困惑気味なのですが……」

スミス「厳然。理解を半端にしてしまっては身につけないよりも悪い。慌てず、しかし迅速で正確に」

オルソラ「企業のキャッチフレーズであったかと。『矛盾してるじゃねぇか』ですね」

スミス「索然。少年が席を外しているとテンポが悪いな」

オルソラ「あの方はすべき事をすべき場所におられるかと。わたくし一人が独占して良いものでは決してないのでございまして」

スミス「灼然。至極尤もだが」

オルソラ「が、ですか?」

スミス「粛然。私が口を出すのも筋が違う。知らぬのは未だ至らぬだけか」

オルソラ「はぁ、よく分からないのですけれど」

スミス「自然、全ては自然のままに。故に必然となる」

オルソラ「で、ございましょうか」

スミス「判然。励むがいい」

オルソラ「あのぅ、もしお宜しければスミス様から直接ご指導頂けはしないでしょうか?そちらの方がより効率的かと」

スミス「奮然。少年がそうであり、シスターがそうであるように、私もまたやらねばならぬことがある。私にしか出来ないことだ」

オルソラ「はい、司書は確かに皆様のお役に立つ立派なお仕事でございますね」

スミス「憮然。流石に私も君たちと暇潰しを秤へかけるほど底意地が悪くはない。別用だ」

オルソラ「とは、一体?」

スミス「慄然……推測だが、碌な事はならん。もしくは碌でもない事にしかならないであろう」

スミス「瞭然。”右手”と”右腕”、そして”不死”が出会ってこのまま終わるものか」

オルソラ「……スミス様はそうお考えだと?」

スミス「当然。故に座視するのも気が引ける。後輩殿に助力せねばならぬ、微力だがな」

オルソラ「とてもありがたいお申し出に心からの感謝を申し上げます。ではご一緒に?」

スミス「瞭然。この細腕と魔術の腕を過剰に見てもらっては困る。君も私も非戦闘員なのは」

オルソラ「でしたらどのような?」

スミス「必然。魔道書を書く、魔女殺しではなく魔神殺しの」

オルソラ「隠秘記録官カンセラリウスのアウレオルス様……!」

スミス「呆然。知らぬ名だな、それは」

オルソラ「……できますでしょうか。あの方が魔神――か、どうかはともかく、強大な力を持つ御方でございましたが」

スミス「歴然。勘違いしている。あぁ君でもすらそうなのか」

スミス「必然。強大な力”だから・・・”だ」

スミス「強力な霊装や術式、神話や伝承にある一節を用いているか故に、また弱点も抱く」

スミス「もしも全てを超える何かがあるというのであれば、あの子が望まれはしなかった――」



――コペンハーゲン 長期滞在用コンドミニアム

アニェーゼ「……」

アニェーゼ「――よし。!はい落ち込むのやめ!前向きに!」

アニェーゼ「シスター・ルチアはボコってから連れ帰る!文句があるんだったら後から聞きます!」

アニェーゼ「隊何人かで泣き落としすればきっとなんとかなります!もしくは上条家必殺のDOGEZA!」

アンジェレネ「あ、あのー、悲壮すぎるっていいますか、身も蓋も良心の呵責もない決意表明はいいとして」

アニェーゼ「おや、シスター・アンジェレネ。盗み聞きとは大概じゃねぇですかい」

アンジェレネ「い、言いがかりも甚だしいっ!?ちょ、ちょっと様子を見に来たっていうのにこの扱い……!」

アニェーゼ「いやまぁ、ヘコむはヘコんでんでけどね、つーか今もそこそこヘコんじゃいるんですよ。それなりには」

アンジェレネ「は、はい、分かります分かります」

アニェーゼ「……楽しそうに笑ってるシスター・ルチア。穏やかに遊んでる様子は、『黙っていれば部隊で一番巨乳』ってぇ、評価も正しいと」

アンジェレネ「そ、その爛れた二つ名は初めて聞きましたよぉ。あ、あとおしゃべりでもおっぱいの大きさは上下ないんじゃないかとって」

アニェーゼ「だからですね、こう『このまま声をかけずに立ち去って、私たちとは離れて静かに暮らすのも……』って思いますよね?」

アンジェレネ「え、えぇはい、わっ、わたしも同じです!」

アニェーゼ「が、しかし、ですよ。同時にこう思うんですよ――」

アニェーゼ「『さっさと一抜けしやがってあのアマ、元シスターで美人で巨乳、再就職に事欠かないなんて人生ナメ過ぎてんだろ』って」

アンジェレネ「わ、わーいシスター・ルチア!え、エッラい言われようですよー!」

アニェーゼ「まぁ流石に8割は冗談ですが」

アンジェレネ「の、残りの2割って数字がリアルですよねっ!」

アニェーゼ「ぶっちゃけると、なんで悩んでんのか馬鹿馬鹿しくなりました」

アンジェレネ「ま、まぁぶっちゃけすぎじゃねぇかなー、なんて思ったり……」

アニェーゼ「だもんでシスター・アンジェレネを巻き込んで殴り込みにでも行こうかと」

アンジェレネ「や、やめてくださいよぉ!?わ、わたしを巻き込むぐらいなら、現在侵入中の上条さんでいいじゃないですかぁ!」

アニェーゼ「他人をモルグへ送って生き残りを謀る。たくましくなっているようで結構ですね」

アンジェレネ「だ、誰かさんの無茶振りのお陰ですかね」

アニェーゼ「というかメンタル的にはちょっとどうかなぁ、というあなたがよく立ち直りましたね。素晴らしい!」

アンジェレネ「そ、それでもないですけど……い、いえっ!上条さんからメールが届きましてっ!」

アニェーゼ「その名前に触発されたってぇのも、なんかこう腑に落ちねぇっつーか、忸怩たるもんがありますね」

アニェーゼ「まぁいいですけど。で、潜入中の少年から何か緊急ですかい?」

アンジェレネ「し、シスター・ルチアからの又聞きらしいんですけど、そのっ」

アニェーゼ「はっきり言ってくださいよ」

アンジェレネ「こ、こちらへ逃げる際、例の魔術師さん達と一緒になったそうで」

アニェーゼ「リピートアフターミー?」

アンジェレネ「お、おもっくそ混乱して間違えてますよ?な、なんで後に続いて復唱しなければいけないんですか」



――ユーロトレイン 夜 回想

ルチア「………………ふぅ」

ルチア(勢いで出奔したのはいいものの……いえ、良いものなどは一つもありません。仲間を捨ててきた私に良いものなど何も)

ルチア(苦楽を共にしてきた大切な隊を、一時の感情で蔑ろにしてしまった私……心配する資格すらないのでしょうね)

ルチア(思わず……そう、思わず飛び乗ってしまったのは故郷へと向こう電車、ですか。捨てたはずなのに)

ルチア(こうして逃げて、疲れて帰ったところで。喜ぶ人間などもいないというのに、何をやっているのでしょうか。私は)

ルチア(……まぁ、ローマ正教とイギリス清教。そのどちらからも手の届かない場所でゆっくりしたい。魔術も科学も関係なく……)

ルチア「……」

ルチア(……問題は路銀が乏しい事ですね、えぇ)

ルチア(と、言いますか荷物。そう荷物を持ってきていませんからね。空気的に。準備している訳もなく)

ルチア(非常用に、と服の下に縫い込んでいたユーロ紙幣があったお陰ですが……英断でしょうか。我ながら)

ルチア(まぁ……シスター・アンジェレネかシスター・アニェーゼと鉢合わせてしまったら、もう無理ですからね。あの二人を置いていくなんて)

ルチア「……」

ルチア(どうにも、締まりませんね。悲しいのに出てくるのは自嘲ばかりだと)

ルチア「……顔を、洗ってきましょう」



――ユーロトレイン 手洗い 回想

ルチア ザー

ルチア「………………ふう」

ルチア(少し、落ち着きましたね。空腹なのは堪えますが、手持ちが少ない以上無駄遣いはできませんし)

少女の声『――いるのは分かっている』

ルチア「……っ!?」

少女の声『覗き見するのとはいい度胸だな――いや、見下げ果てた、と言うべきか?どちらにしろ度し難いものだな』

ルチア(話しかけてきたのは個室から!私が来るのを待っていた?それとも分かっていた?)

ルチア(敵の魔術師!?ローマ正教の追っ手!?まさか私如きを狙ってくるとは!)

少女の声『わざわざ位置を知らせるなどと、騎士王気取りという訳でもあるまいに。貴様の拙い業などお見通しよ』

ルチア(この短時間でなんて使い手!しかも声からすればまだ若い――ですが、直接声をかけてくる以上、戦闘能力はあるはず……!)

ルチア(『車輪』を使う?……拙いですね。)

少女の声『あぁ我が同胞殿よ。貴様が望む世界などどこにある?妥協に妥協を重ね、逃げた先に見つかったのかね?』

ルチア(……ん?同胞?ローマ正教の?)

ルチア(と、いうか『騎士王』?響きは、まぁシスター・アンジェレネが好きそうですが、どうして私へ向ってそのような事を?)

少女の声『黙ったか。たかが小娘相手にそうしているのが滑稽極まりないな!』

ルチア(……と、言いますかこれ、英語でもデンマーク語でもなく、普通に日本語?なんで日本語?)

ルチア「……」

ルチア(これはもしや、私は盛大に勘違いをしているのではないでしょうか……?)

パタンッ

オデット(少女の声)「『んー……なんか違うのよ。こうじゃないのよ』」

ケーカグン クイクイッ

オデット(※眼帯装備)「なんなのよ。今ちょっと遠距離から監視されてる相手へ、プレッシャーを与えるって設定なのよ」

ガルザロ『ワフッ』

オデット(※眼帯装備)「『聞いてる女がいるぜ?』もう、心配性なのよ。いたって別に構わないのよ」

オデット(※眼帯装備)「わざわざ日本語で台詞の練習してるんだから、分かる人なんていな」

ルチア「……」

オデット(※眼帯装備)「……」


ルチア「……」

オデット(※眼帯装備)「……」

ルチア「……えっと、あの」

オデット(※眼帯装備)「『――ふっ、バレてしまっては仕方がない!私が貴様の敵なのだよ!』」

ルチア「嘘吐くな。設定がフワッフワしてますよ」



――ユーロトレイン 食堂室 回想

ゲオルグ「がっはっはっはっは!悪いなねーちゃんよぉ!ガキが迷惑かけたみてぇだ!」

ルチア「いいえ、それは特には何も。『眼帯いらねーだろ』というツッコミが喉まで出かかりましたが、時流を読んで黙っておきました」

ゲオルグ「おう!大切だぁな!」

ルチア「いや、ではなくです。どうして私が同じテーブルに着いているのでしょうか?」

ゲオルグ「あぁ代金だったら心配すんな!招待したんだから俺らが払うぜ!」

ルチア「ありがとうございます。いえ、そうでもなく。数時間前までは敵同士だったのに」

ゲオルグ「なんでぇ、やンのか?ここでやンだったら受けて立つぜ?」

オデット「――と、父は言っているけど、ご飯を食べてからにしてほしいのよ。お腹が空きすぎたのよ」

ルチア「は、はぁ」

ルチア(私一人で制圧できる相手でもないですし、何よりもここで戦えば巻き添えが出ます、か)

ルチア(で、あれば少しでも情報を引き出した方が良い、ですかね)

ルチア「……分かりました。ではありがたくご相伴にあずかりたいと思います」

ダッチ「……」

ルチア「そちらの方は初めてですが」

ダッチ「君は――本質を間違えないことだ」

ルチア「本質?」

ダッチ「本質?」

ルチア「あなたが言ったんでしょう!?」

ダッチ「あぁすまないね。呪われたこの体は記憶を記憶として留めておけないのだ」

ルチア「呪い、ですか?」

ダッチ「君は確か”特異点の少年”と共にいたね」

ルチア「憶えてますよね?夜のことをそのまま言ってますよね?」

オデット「兄さんはちょっとアレがアレだから、その、あまりイジらないでほしいのよ。アレだから」

ルチア「あなたも相当でしたけどね……はぁ、なんなんでしょうねこの状況。どうして逃げた私が敵と鉢合わせになるのかと」

ダッチ「偶然?――ふ、全ては仕組まれているとすれば、どうだい?」

ルチア「仕組まれた――どういう意味ですかっ!?」

ダッチ「そう、それは輪舞曲ロンドのように終わらない世界、果てのない永遠。すべてはそ」

ゲオルグ「あぁ偶然だぜ、偶然!たまたま乗った列車が同じだったってだけでな!」

オデット「父さん?兄さんが可哀想だから、前もって決めていた台詞を奪うのはどうかと思うのよ」

オデット「確かロンドは日本のサター○からインスパイアを受けた、って自慢してたのよ」

ルチア「移動用の霊装を持ったあなた達が、ですか?」

ゲオルグ「何言ってんだオメェ、疲れんだろ?」

ルチア「……は?」

ゲオルグ「あんなテゲェ霊装動かすのは消費半端ねえんだ。短距離だったらともかく、長距離なら飛行機か列車でいいじゃねぇか、なぁ?」

ルチア「え、えぇまぁそう、ですね?」

オデット「ローマ正教の”網”に引っかからなかったのも、多分そのお陰なのよ。向こうは魔術を使うと思い込んでるのよ」

ルチア「……なんて単純な」

ゲオルグ「まぁ真っ当なチケットの取り方じゃねぇがな!名義も別だしよ!」

オデット「父さん、その、車掌さんとかスタッフの人もいるんだから声を控えるのよ。ただでさえ対テロで厳しくなってるんだから、なのよ」

ウェイター「お客様、ご注文は?」

ダッチ「『聖杯を、一つ』」

オデット「――は、キャンセルで。これとこれと人数分お願いするのよ。あとチップ」

ウェイター「ありがとうございます。ではお待ちください」

ルチア「ごめんなさい。ご馳走になっている分際で恐縮なのですが、席を移っても宜しいでしょうか?」

ゲオルグ「気持ちは分かるがまぁ諦めろ!俺はもう諦めた!」

ルチア「というか今日本語で言いましたよね?明らかにアレな台詞だって自覚はあるんですよね?」

オデット「兄さん的なブームは、まぁ諸悪の根源としてジャパニーズ・カルチャーが根底にあるらしいのよ」

ルチア「……あぁ、分かります。罪深いですよね」



――ユーロトレイン 食堂室 回想

ルチア「……ごちそうさまでした。いつか必ずお返ししますので」

ゲオルグ「あぁいいぜ。メシ一回奢ったって恩着せるほどセコかねぇよ。敵のサイフにダメージ与えたんだって思っとけ」

ルチア「そこまで礼儀知らずではありません。あなた方が敵であろうと、受けた恩は恩です」

ゲオルグ「オメェみたいのがローマ正教に大勢いりゃよかったんだがな。ンな性格じゃあ苦労したろ?」

ルチア「以前は多数でしたが、少し前には少数派になり、今では語る資格を持ちませんが何か?」

ゲオルグ「おおっとなんか地雷だぜ!話振った俺が悪りいのか!?」

オデット「……父がすいません。専攻と筋肉以外は基本ウホウホ言って斧持ってる人たちと同レベルなのよ」

ルチア「いえ、お気になさらず。『こんなアホどもにしてやられたのか』という驚愕の事実を受け入れるので精一杯ですから」

ルチア「なんて言ったらいいのか迷うのですが、その、あなた方は」

オデット「アホ呼ばわり以上の侮辱は中々ないのよ。てかまぁそれも強くは否定出来ないのよ、強くは」

ゲオルグ「おぅ?はっきり喋れ!」

ルチア「あなた方は――『敵』なのですか?」

ゲオルグ「バッカオメェ決まってんだろ!アタマおかしくなかったらこんな真似しねぇぜ!」

オデット「父さん父さん。そういうこっちゃないのよ。確認じゃなくて前置きのために聞いたと思うのよ」

ルチア「千年――千年前の話ですよ?あなた方にとってどれだけ大切な先祖の遺産なのか。その価値は門外漢の私には分かりかねますが」

ルチア「しかし限度というものがあるでしょう?ローマ正教を敵に回してまでせねばいけないことなのですか?」

ルチア「その……一度は助けて頂いて、またこうして多少なりとも縁があり、話をする分にはですよ」

ルチア「あなた方は”まとも”に見えるのです。私が見た様々な暗い何かと比べても、かなりその、話の通じる相手に見えます」

ルチア「人を人とは思わなかったり、理想を掲げて使い捨てを良しとしたり、そのような人たちとは何かが違う。何か違います」

ゲオルグ「へぇ?」

ルチア「……いえ、その他、全てが正しいからといって、一つの罪が許される訳はないのですが。それにしても、動機が分かりません」

ルチア「私にはあなた方へ悔い改めよ、という資格を欠いています。ですが!」

ゲオルグ「『そこまでして守りたいもんの価値に繋がんのか』ってか?ニーチャンも似たようなこと言ってやがったなぁ」

ルチア「あの方は関係ありません。私が、私の意志であなた方に問うているのです」

ゲオルグ「あー……俺はな、こう見えても学校で教鞭執ってんのよ。魔術師よりかそっちが本業だ」

ルチア「……ステイルさんが言っていました、『ケルトや北欧神話に詳しい魔術師に連絡を取っているが、捕まらない』と」

ルチア「私の聞き違いでなければ、その時に上がっていたのもノルデグレン、という名前でしたが……」

ゲオルグ「あぁ俺だ。”剣”がどうっつってたけどよ、忙しいからな。『詳細資料寄越せ!』ってメール返しても返信来ねぇしよ」

ルチア「それは敵対中の相手ですから……魔術を生業にはしていないのですか?」

ゲオルグ「あぁネーチャンそりゃローマ正教に毒されすぎだ。全部の魔術師が悪巧みしたり、信念持ってる訳じゃねぇ」

ゲオルグ「なんつったらのいいのか。魔術を使える程度には知ってるが、それ以上は踏み込まない中途半端な野郎ってのはそこそこいんだよ」

ルチア「人が不相応な力を持てば必ず暴走する、そう教えられてきましたが」

ゲオルグ「間違いじゃねぇ。ただし現実を見てない」

ルチア「どういう意味でしょう?私が世間知らず……なのは、その通りですが」

ゲオルグ「1,000年前。100km離れた場所へタイムラグなしで正確に伝える術式があったとする。そんな術者は組織なり国家の最大機密で死ぬまで囲われるよな?」

ルチア「でしょうね」

ゲオルグ「が、現代だ。タイムスリップかなんかしてその術者がこの列車に飛び乗ったとして、ソイツの自慢話をしやがるとしよう」

ゲオルグ「俺は鼻で笑ってスマートフォン使ってやったら、多分そいつは首括ると思うぜ?なぁ?」

ルチア「極端な話ですが、自暴自棄にはなるでしょうね」

ゲオルグ「他の魔術師もそんな感じだな。南米にゃ人身御供を捧げて水を生む壺だかかめだががあるって聞いたんだが、今はダムか井戸だよな」

ルチア「話が見えません。あなたの現代科学の勃興と魔術の衰退についての見解、個人的には知人へ伝えたら嬉々としそうですが……」

ゲオルグ「あぁ前置きだ。本題はここから――『世界が良くなった』」

ルチア「良いことではないですか」

ゲオルグ「まぁそうだな。全面的に同意するわ。100人中半分しか成人できない時代と99人ができる時代、そりゃ現代の方が良いに決まってるぜ」

ゲオルグ「別に雨が降らなくても集落全滅なんてしねぇし、性癖がアレだからって処刑もされもねぇ」

ルチア「性癖は関係ないかと」

ゲオルグ「ジャンヌがクビ斬られたのは『男装をした罪』だぜ?今の時代は、まぁ地域と国に寄るが暮らしやすくなったもんだ――が、だが、だ」

ゲオルグ「便利になったら廃れるもんもある。自動車が普及して馬車が消えて、ボールペンが普及して万年筆が消える」

ゲオルグ「そして、科学が大衆化されて古い魔術も消える、ってこったな」

ルチア「それは……悪いことなのでしょうか?」

ゲオルグ「悪い訳がねぇ。俺も魔術で連絡するよりかスマートフォン使った方が楽で良い」

ルチア「通信霊装はそれほど消費しませんが?」

ゲオルグ「だから俺の魔術の腕はそんなもんだってことだよ。三流も三流、殴り合った方がまだマシだってな」

ルチア「ですが、あの”船”は強力無比な霊装ではありませんか。それこそローマ正教が隠匿するぐらいの」

ゲオルグ「『死者の爪船ナグルファル』――オメェらが『女王艦隊』と呼んでるアレか。まぁ強いわな――大航海時代までは」

ルチア「絶対に沈まない氷の船団ですよ?」

ゲオルグ「現代じゃ護衛艦一隻と真っ正面からやり合えない。不意打ちでどうにか互角」

ルチア「何故ですか?」

ゲオルグ「今の海戦は船で船を沈めんじゃなくて、戦闘機飛ばして先にぶっ潰すんだよ。手も足も出ねぇ」

ゲオルグ「もしくはGPS付きの誘導ミサイルを射程外から一方的に撃ち込まれて、はい終わりだ」

ゲオルグ「仮に船が何回でも再生するっ言ってもだ。中で操舵してる術者は最初の一回でおっ死ぬ」

ルチア「……」

ゲオルグ「まぁ、なんだ。そんな訳で”あぶれた”魔術師やその系統ってのは結構いんのよ。俺や俺たちもそういうクチだ」

ゲオルグ「ダッチは巨大霊装に全振りしてるし、オデットは使役系。どっちも金とコネさえあればなんとかなる。それだけだ」

ゲオルグ「俺もドヴェルグの技術を少し修めはしたが、師匠からは才能がなさ過ぎて破門されてる。残ってんのは昔の船造りぐらいだ」

ルチア「……いいのですか?私に内情を話してしまっても」

ゲオルグ「構わねぇよ。オメェは恩は恩だと言った。そして少なくとも俺たちの心配していやがる相手に、誠意見せねぇ理由はねぇ」

ルチア「……」

ルチア(……あぁ”そう”か。きっとこれが、私と”あの人”との違い)

ルチア(胸襟を開いているからこそ、相手も開き。また相手を信じられるからこそ、信じてくれる)

ルチア(私に足りないのは、きっと――)

ゲオルグ「――どした?」

ルチア「――あ!いえ、失礼しました。どうかお続けください」

ゲオルグ「まぁそんな感じで”どっちつかず”のはそこそこいんだよ。時代が変って、世紀が移って役目が終わった連中ってのが」

ルチア「その、言い方は良くないのですが、その魔術を利用しようとは思わないのですか?」

ゲオルグ「あぁなんだっけか?『才能がなくて信念がある奴の拠り所が魔術』なんだっけか?俺はそういうのはいいぜ。家族があってメシが食えてりゃ充分だ」

ルチア「そう、でしょうか」

ゲオルグ「他の連中も似たようなもんなんじゃねぇか?楽してズルして稼ぐってアホもいるだろうが」

ゲオルグ「派手にやらかせば魔女狩りか異端審問官が、『こんにちは、お話聞かせてもらってもいいかな?』、だ。割に合わねぇって」

ルチア「賢明な判断ですね」

ゲオルグ「俺の家系を遡るとドヴェルグ――北欧神話に出てきた黒い鍛冶士の血統にあたるらしいんだわ。その関係で魔術や霊装を少々か」

ゲオルグ「つってもなぁ。俺は別に今の生活で満足してたし、特に世界へ不満もねぇもんだから落ちこぼれっちまってなぁ」

ゲオルグ「それで俺の師匠、つーか叔父兄から伝えてもらったのは奥義でもねぇ触りだけ。殆どは師匠の娘が継いじまったんだが」

ゲオルグ「魔術師としちゃ三流もいいとこなんだわ。アドリブで魔術も使えねぇし、テメェで作った霊装を駆使してどうにか二流」

ゲオルグ「まぁ息子が”運び屋”なんぞやり出したもんだから、手伝いをしたりしなかったりやってたんだが――で、オメェ名前何つったっけ?」

ルチア「ルチアです」

ゲオルグ「ルチア……ルチアな。オメェ第三次世界大戦中どこで何やってた?」

ルチア「ロシアで野暮用を少々。どうしてそのようなことを……?」

ゲオルグ「俺らぁよ。スコットランドで遺跡掘りながらメシ食ってたんだ。あぁもう少しでクリスマスだなーとか、ガキどものプレゼントどうすっかなーって」

ゲオルグ「したらオメェアレだよ、BBCの速報で『本日、第三次世界大戦が始まりました』ってよ!」

ルチア「驚いたのはあなた方だけではないかと。当事者も含めて大体の人は『なんで戦争!?』という感じでした」

ゲオルグ「まぁそうだわな。ロシア野郎が準備万端だったし、奴ら以外は寝耳に水だったんだろうが……」

ゲオルグ「動画見てビビったわ!オメェらそれ魔術じゃねぇか撮られてんぞ!?ってな」

ルチア「えぇ……今もそこかしこに残っていますよね、あれ。学園都市の”外”の能力者扱いですけど」

ゲオルグ「――ってのが俺のスタートラインだ。本当だったら興味もなんもねぇ、”船”との因縁っつーかな」

ルチア「始まり?」

ゲオルグ「魔術結社同士の抗争なんてのに興味もなかったし、首突っ込むつもりもなかったんだがよ」

ゲオルグ「戦争はなんで起きたのか?俺らの知らないところで何が起きたのか?ローマ正教が負けて情報が出てやがった、その中によ」

ルチア「――”船”ですか」

ゲオルグ「ニーチャンの言ってんのはある意味核心突いてんだわ。”船”ってのも俺らに口伝で辛うじて伝わる程度で、まぁそんなもんか程度の扱いだ」

ゲオルグ「当然代々のドヴェルグやその工廠どもも、『先祖のお宝を我が手に!』なんて悲願はねぇんだよ」

ゲオルグ「……ま、ローマ正教にぶんどられてから大分経つし、残ってんのが分かってたら事情は違うんだろうが」

ルチア「でしたら、その、返還――は、難しいでしょうが、船をどこかへ置いて消える、という選択肢はないのでしょうか?」

ルチア「昔はともあれ、今はローマ正教の持ち物でしょう?」

ゲオルグ「んー……まぁそうかもしんねぇな。元々力尽くでかっぱらってったのも分かんねぇし、俺らの間でも伝説でしか聞いた事ねぇし」

ゲオルグ「可能性としちゃ正当な対価支払って持っていったかもしれねぇ」

ゲオルグ「――ただ、”元々”は俺らも一枚噛んでるってのは認めてもらうぜ?じゃねぇんだったら、俺らがこうやって見つけ出したり、呼応も共鳴もしねぇ筈だしよ」

ルチア「先程からあなたの言動に矛盾があります。魔術を大切にしていないのと、今回の事件では態度が違いすぎる」

ゲオルグ「そりゃオメェ、決まってんだろ。船は、船だ。海に浮かべて人乗せるに決まってんだろ」

ルチア「……そんなことのために?」

ゲオルグ「まぁ落ち着けって……俺たちは、少なくとも俺は人並みの常識は持ってる。大英博物館知ってんだろ、大英博物館」

ルチア「えぇ、勿論です」

ゲオルグ「あそこは全世界からイギリスがぶんどってきた物が収められている。そこにあるんだったら、まだ分かる」

ゲオルグ「こればヴァイキングの異物でマルマルって由来の、とかパネル貼って保存してあるんだったら、まぁ文句はあるが、ぶんどろうとは思わねぇよ」

ゲオルグ「そうだな……学園都市辺りに研究材料として持ち込まれて、バラバラにされてもまぁ、それはそれでいい」

ゲオルグ「クソムカつくが、真っ当な研究に使うんだったら。学術的な価値を見いだされてるんだったら、納得はできる」

ルチア「では、どうして?」

ゲオルグ「――けどな?どっかの都市だかを牽制するためだけに、千年も訳わかんねぇ仕事させられてみろや。名前も形も変えてだ」

ゲオルグ「ヴァイキングの誇りなんて欠片もねぇ。ただの兵器として運用されてるのはよ?十字教の聖遺物がそんな扱いされてたら、どうよ?」

ルチア「判明した時点で殴り込みに行きますよね」

ゲオルグ「思ったよりも過激だな!……まぁ、譲るに譲ってそれも良しとしようや」

ゲオルグ「俺も晴れて20億人の十字教徒を敵に回したお訊ねもんだが、まぁそれだけの覚悟がある。決めなきゃいけねぇほどのな」

ルチア「それは一体……?」

ゲオルグ「オメェ、学園都市って知ってんだろ。ツレ日本人だし行ったこともあんだよな?」

ルチア「はい。近くまでは一度だけ」

ゲオルグ「あそこに、確か200万人だかガキばっか住んでるような街をだ。俺らの先祖が造った船で襲撃かけるって計画があっつーんだわ」

ゲオルク「それは、もう……なんつーか、駄目だ。黙って見てる訳にはいかねぇ。そうしちまったら、俺たちはもう、駄目なんだ」

ルチア「……その話はもうなくなったかと」

ゲオルグ「って教皇が言ったのか?公式文書かなんかで?」

ルチア「マタイ猊下が仰っていましたが」

ゲオルグ「まかり間違って『死者の爪船ナグルファル』が修理されちまって、だ。次の教皇が、もしくは次の次の教皇がトチ狂わない保証ってあるか?」

ゲオルグ「テメェのいた組織は、そんな人道的な連中だけだったかよ?対話以前に一発ぶち込んで挨拶するようなトコだろ?」

ルチア「……使わない保証などは、何もありませんね」

ゲオルグ「挙げ句に、なんだ?あんな訳分からねぇ『火矢』なんてぇ霊装まで増設しやがって!どんだけ改造すりゃ気が済むんだ!?」

ルチア「それに関しては先人に代りまして私が謝罪――」

ルチア「――お、お待ちください!?今なんと!?”増設”?”増設”と仰いましたか!?」

ゲオルグ「言ったけどよ」

ルチア「その、『文明一つを根こそぎ殲滅する火矢』とはあなた方の霊装ではなかったのですか!?」

ゲオルグ「分かんねぇ。まだ解析してねぇし、どこの誰のものかもまだだ」

ルチア「そんな……!?」

ゲオルグ「だから俺はドヴェルグの技術囓ってっけども、奥義や秘技までは教わってねぇ。その資格がねぇってヤツだ」

ゲオルグ「ただ……まぁ、ドヴェルグってのは何回も何回もやらかす。少なくともそういう類の伝説ばっかだ」

ルチア「えぇと、どのような?」

ゲオルグ「他人様の婚約者寝取ったりする指輪を作ったり、終末の魔剣ダインスレイブを鍛えちまったり。まぁ、北欧神話ではやらかしに余念がねぇ」

ルチア「伝承でしょう?」

ゲオルグ「本気で言ってんのか?」

ルチア「……いいえ。ローマ正教が施した二重三重に渡るプロテクト、そして徹底的に施された隠蔽工作。裏付けるだけの状況証拠がある」

ゲオルグ「俺が思い当たんのはレーヴァティン。スルトの持つ、てか『右腕』である炎の魔剣だわな」

ルチア「世界を焼き尽くす炎の腕、ですね」

ゲオルグ「あれを作ったのが俺らの先祖、もしくは関係者だっていうんだったらドヴェルグが関係してる訳で。あー」

ゲオルグ「ドヴェルグってのは元々地下に住んで鉱物掘ってた連中でよ。だから坑内や地中に関しても知識も豊富で、利用の仕方も知ってる。つまり――」

ゲオルグ「――『ぶち込んだところの火山関係を活発化させんじゃね?』って疑ってる。ポンペイが一瞬にして消えたように、まさに”文化”が滅びる」

ルチア「そんな……ッ!?」

ゲオルグ「俺たちは使う予定もねぇし、意味もねぇ。だが誰かに渡していいとも思ってねぇ」

ルチア「それは……誰かに使われてはいけない、という意味で、ですよね」

ゲオルグ「だけじゃねぇ。ドヴェルグの矜持だ」

ルチア「誇り、ですか?ここへ来て?」

ゲオルグ「オメェよぉ、千年だぜ。千年?造ったときからすりゃ下手すりゃ15世紀ぐらい跨いじまう大量破壊霊装があってだ」

ゲオルグ「なんのメンテもなくまともに動くと思うか?あぁ?」

ルチア「……思いません。強力であればあるほど精密ですから」

ゲオルグ「何度も言ってんだが、『俺たちでも分かんねぇよ手探りだ』ってぇのが答えだ。極端な話スイッチ入れて『火矢』を撃とうとした瞬間」

ゲオルグ「”その場所で”炸裂する可能性もゼロじゃねぇ。そもそも半分ぶっ壊れてんだよ」

ルチア「……一度、暴走しかかっていますしね……」

ゲオルグ「同じぐらいの可能性でだ。いざ壊そうとハンマーで殴りつけたら、ドッカーン!って行く可能性もある。まさに爆弾だわな」

ルチア「何とも始末に困りますね……!しかし――」

ゲオルグ「しかし?」

ルチア「で、あれば妥協点は見出せるのではないでしょうか?お互いに『火矢』の危険性を承知しつつ、かつ廃棄する方向性であれば」

ゲオルグ「……昨日も言ったけどよ。そいつぁ『ローマ正教』の公式見解かい?それともネーチャンが勝手に言ってることかい?」

ルチア「……私です。私の個人的な見解に過ぎません」

ゲオルグ「なら――」

ルチア「ですが!私たちの仲間達の総意と受け取ってくださっても構いません!」

ゲオルグ「仲間?ヴェネツィアでウロチョロしてた奴らが?」

ルチア「はい。信頼出来る人間です、この地上では誰よりも」

ゲオルグ「そんなお仲間を放っといて、シスター一人で傷心旅行してる理由を聞いてもいいのかい?」

ルチア「全ては私の浅はかさ故に――ですが、それもまた良かったかと」

ゲオルグ「あぁ?」

ルチア「私が勝手に助力を持ち出したとしても、それは”勝手に”したまでことです。何か問題があっても隊の皆さんにまで被害は及びません」

ゲオルグ「駄目じゃねぇか。利用するだけ利用されて、俺たちごと切り捨てられてポイ、だぜ?」

ルチア「はい、その通りですね。その可能性はあります。昨日今日出会った私を信じられるとは思いません」

ルチア「で、あれば利用するだけ利用すれば良いかと――」

ゲオルグ「オメェ――」

ルチア「――だって煮詰まってるのはそちらも同じ、ですよね?」

ゲオルグ「んだと?」

ルチア「自分達の個人情報を漏らしたり、虎の子である霊装の名前を開示したり、それはまるで私たちに対策を立ててほしいと言わんばかり……いえ」

ルチア「あなた方――あなたはこう思っているのではないでしょうか」

ルチア「『”あれ”を壊してくれるのであれば誰だっていい。最悪自分の命と引き替えだって構わない』」

ルチア「『なんだったら敵に破壊させてもいい。奪われるぐらいであれば、全て壊してしまう方を選ぶはずだ』――と、いうお考えでは?」

ルチア「わざと情報を流し、『女王艦隊』が危険であるという認識を共感させ、最終的に破壊を目的とする」

ルチア「それが自分達であれば良し、でなくとも相手側であってもまた良し、という信念の元に」

ゲオルグ「……」

オデット「父さん」

ゲオルグ「一つ頼まれちゃくれねぇか」

ルチア「条件と対価をお示し下さい」

ゲオルグ「俺の昔なじみの知り合いのところで世話になってくれ。何もなければいい、だが……」

ルチア「が?」

ゲオルグ「何かあったら・・・・・・何とかしてくれ・・・・・・・

ルチア「……抽象的にも程があります」

ゲオルグ「俺も分かんねぇんだわ。できりゃあよ、ただの噂であってほしいんだが」

ルチア「大抵”そうではなかった”というパターンですね、それは」

ゲオルグ「俺やコイツらは顔が知れてる。だからオメェさんが行ってくれれば、な?」

ルチア「……分かりました。”何とか”すれば交渉のテーブルには着いて下さるのですね?」

ゲオルグ「俺たちヴァイキングの旗に誓って」



――デン・スターヴ教会 ルチアの私室 回想終わり

ルチア「――と、いうのが大きな流れでしょうか。後はまぁ、こちらの門戸を叩くような形でご厄介に」

上条「……」

ルチア「……なんです?」

上条「いやぁ……成長してんだなぁって」

ルチア「殴りますよ?セクハラですね?」

上条「いや違うんだ!?反射的にちょっと視線が下へ行ったのは男の悲しいSAGAであって深い意味は無いんだ!」

ルチア「身の危険を感じます。割りと本気で」

上条「なんで?そんなエロ――じゃなかった、ガーター――でもない、えっと……変った格好したんだから?」

ルチア「もう清々しいぐらいのゲスさですね。ローマ正教に務めていた頃は、あまりそういうのはありませんでしたよ」

上条「あぁそう?そっち方面には意外と紳士的なのな、良かったー」

ルチア「後日ニュースで知ったのですが、高位の方は基本的に女性を愛でる文化がないらしく……」

上条「あー……うん、まぁ、お前ですら言葉を選ぶってのは……うんっ!みんな、なんともないようで安心したぜ!友人的にな!」

ルチア「それはどうも」

上条「じゃなくてだ。俺が成長したって言ったのは人間的にってことだよ」

ルチア「そ、それはどうも。ありがとう、ございます?」

上条「昔は肩触っただけでぶち切れてた、コミュ障のお前からすれば成長したなぁって」

ルチア「殴りますね?霊装使って全力で?」

上条「殴られたんだよコノヤロー。霊装でツッコミ入れられた身にもなってみろや」

ルチア「……まぁ、あの時は悪かった、とは思っていますけど」

上条「てかよく話まとめられたな。ナイスな判断と思うわ」

ルチア「隊での汚れ役は私の担当でしたからね。言葉の裏を読まなくてはいけないのも、それなりには」

上条「ちなみに今の情報、アニェーゼたちに送っていいか?手放しで喜んでくれると思うぜ」

ルチア「はい、それはどうぞ。ただその、ですね」

上条「俺がやったことにしろ、なんて言うなよ?潜入後数時間でこんだけ段取りつけるだなんて、俺は島耕○。スッパーハカーか」

ルチア「ですが」

上条「いや別にさ、『俺が調べましたよ』ってメール打ってもいいんだよ。いいんだけどもだ」

ルチア「では」

上条「……信じてくれると思う……?」

ルチア「私が悪かったですから、ほら部屋の隅で膝を抱えようとしないでください!」

上条「てかもうお前戻って来いよ。やってること完全に別働隊か先遣隊じゃんか」

ルチア「……いえ、それは。結果的に、そう、昔の友人達へ協力しているだけてあって、ローマ正教にしているのでありません」

上条「『友達と一緒にいるため』、みたいな理由は駄目なのか?信仰も大事だけど、友達だって大事だろ」

ルチア「駄目、ではありません。私がもし、隊の人間がそう言っているのを聞けば微笑ましく感じることでしょう――感想を言うかは別にして」

上条「小言言って注意する立場だからなぁ」

ルチア「それに何よりも、信仰へ対して失礼であると私は考えます。私なりに結論を出さなくてはなりません」

上条「……そうか」

ルチア「……あなたはサウンド・オブ・ミュージックという映画をご存じでしょうか?」

上条「映画見たことあるよ。元軍人一家に家庭教師のお姉さんが来て、最終的に本当にお母さんになる話だ」

ルチア「またフワっとした解釈をしていますね。まぁ合ってはいますが」

上条「なんかこう夢のある話だよな。だって家庭教師がシスターでさ!」

ルチア「史実ですよ、あれ」

上条「うっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?マジで!?本当に!?」

ルチア「家庭教師のマリア=アウグスタ=フォン=トラップ女史の自叙伝です。フィクションだとお思いの方が多いのですが」

ルチア「まぁ多くは脚色されているので、映画そのままという訳ではないのですけど、はい」

上条「マジかよ……!大佐、美人の家庭教師に手ぇ出したのかよ……!」

ルチア「食いつくところが違う。そして私が話したかった内容とも大いに違います」

上条「あ、あぁごめん。今ちょっと『リア充にすべからく死を!』って呪いをかけてただけだから」

ルチア「お二人とも亡くなられていますのでご心配なく。そして『すべからく』のご用です』

ルチア「で、そのマリアに関して、彼女はシスターでもあります」

上条「あーそう?でも意外にあっさり恋仲になってなかったっけ?」

ルチア「正確には、まぁ諸説はあるのですが、最も支持されている説で言えば彼女は厳密にはシスターではないのです」

上条「いやいや、でもなんか映画のシーンで修道院が映ってなかった?」

ルチア「はい、ですから彼女は『見習い』なのです。本当のシスターであれば全力で周囲からも制止されます」

上条「それだけ大変だってことか」

ルチア「実際に大変なのですよ?金品へ対する執着を捨てたり、世俗と別れて信仰に全てを捧げねばなりません」

ルチア「……まぁ、最近ではそういう女性も少なく、適齢期前ぐらいで退院して家庭へ入るのですが」

上条「なんて上流階級……!」

ルチア「他にも様々な誘惑があり、続けられないシスターも多いのです。現代のような場合は特に」

ルチア「そんなとき、必ず神父様はこう仰られます――」

ルチア「『――あなたはシスターになれなかったのではない。シスターになる運命ではなかったのだ』、と」

上条「……なんか嫌いだな、そういうの」

ルチア「……ふふ」

上条「っだよ、笑うなって」

ルチア「いえ、すいません。何となくですけど、この話をしたらきっとあなたはこう言うだろうなぁって」

上条「悪かったな単純で」

ルチア「そう拗ねないでください。子供みたいですよ?」

上条「大体タメだろ」

ルチア「まぁ、ですね。そういう訳で、私もこれが試練ではないかと思うのですよ」

上条「試練?」

ルチア「はい。この程度のことで挫けてしまうようでは、諦めてしまうようであれば――」

ルチア「――それはきっと、私はシスターになるべきではなかった、と」



――デン・スターヴ教会 黒い麦畑

イーベン「はーい皆さんwork gloves軍手 はつけましたねー?お茶を入れた水筒は持ちましたかー?装備しないと効果がありませんよー?」

上条「RPG初心者か。最初の街に居るチュートリアルのおじさんか」

ルチア「はいそこ、なんでも拾わない。子供たちに向って言ってるのであって、保護者としてはごく当たり前の事です」

上条「この晴れてんだが曇ってんだかよく分かんない陽気だと、熱中症にはなんないと思うんだけどな」

ルチア「どちらかといえば寒いぐらいですからね、季節的にも」

上条「季節的?……あぁそうか、そんな季節、だっけ?」

イーベン「いいですかー?まず神は言いました――『僕の体をお食べよ!』と」

ルチア「言いません。超言っていませんよ」

上条「そしてなんでアンパンマ○?あぁアンパンマ○は顔か。そんな猟奇的な台詞じゃなかったな」

ルチア「あのアニメ、『じゃあ体は……?』ってフワッとした恐怖を覚えるんですよね。フワッとした」

上条「一応あれ作成者一家と飼い犬含めて『全員妖精です』って作者さんが言ってるし……まぁそこは、突っ込まない方向で」

イーベン「お二人も日本語で『さすイー』と仰って下さっています」

上条「おいルチア。デンマーク語で『なんでだよ』、『どうしてだよ』、『待て待て待て待て』ってなんて言うか教えてくれ!至急速やかに!」

ルチア「ツッコミ三原則ですか。それだけ抑えていればなんとかなるという」

イーベン「神は日々の労働を尊いものだと説かれ、また実際にこうして働けるのは喜びなのです。それをしたくてもできない方がいます」

イーベン「――いかにコストを安く!しかも栄養価の高い物を調達するのはあなた方の手にかかっています!だからファイッ!」

上条「本音は隠そうぜ。情操教育がどーたらって」

イーベン「地球温暖化を防ぐため授業をサボタージュしてデモをしても意味はありません!二酸化炭素を吸収する植物を植えなければ!」

上条「それもう本末転倒になるフラグだろ。穀物からバイオマスエタノール採算良く取り出せるようになったら、アマゾン切り拓いて畑になってんだぞ」

ルチア「業が深い……主よ、お救い下さい」

イーベン「よって今こそ我らが立ち上がり!アッパークラスがデモなんかしている間にライバルに差をつけるのです!」

上条「教育に悪すぎる」

ルチア「ろ、労働は尊い、という意味では合っています!」

イーベン「はい、それじゃ全員担当の畑へ散って!雑草はジェノサイド!虫がいたら私が消毒しますからすぐ呼びなさい!」

子供たち「はーい」

上条「消毒?殺虫じゃなくて?」

ルチア「はい。薬剤を撒くのにかわりはないのですが、イメージ的にですね」

上条「おぉ意外と物知り。農家の出身か?」

ルチア「……いえ、ここへ来た初日に子供たちから教わりました」

上条「何となく知ってた」

子供A「しゃべってないでてつだえよ、イソーロー」

上条「あぁうん。何言ってんのか分かんないけど、今行くよ。でもな?」

上条「お前に”イソーロー”って単語を吹き込んだ犯人教えろ、なっ?わざわざジャパニーズスラングを子供に言わせやがったアマをな!」

ルチア「……まぁ、程々に。悪意は多分きっと恐らくそんなにはないはずですから、そんなには」

上条「じゃあ俺は草むしり手伝ってくるわ」

イーベン「お待ちください。お客様にお手伝いさせるのは……」

上条「あぁいいですよ。姉がご厄介になってんですから」

イーベン「――ではまず斧がありますので、見えるだけ切り倒しちゃってください。あとは切り株を抜いて整地をですね」

上条「年単位の作業だよ!?見えるところって山の麓まで森になってんだろここ!?」

ルチア「あの……シスター・イーベン?土地の所有権は……?」

イーベン「ですからシスターと呼ばなくても結構です。そしてまぁ所有権は……ご存じですか?」

ルチア「何をですか」

イーベン「世の中には占有屋という素敵なお仕事があるということを」

上条「ヤク×の仕事だ、ろ……?」

ルチア「どうしましたか。あなたのツッコミが小さいですよ」

上条「……なぁ、シスター・ルチア」

ルチア「十字教徒以外の人間に非公式の場で呼ばれるのは、多少心外なのですが……ですから何か?」

上条「この、寂れた黒教会に似合う黒い麦畑さ」

ルチア「寂れたとか言ってはいけません。あと黒教会言うのもおよしなさい。これは由緒あるスターヴ建築、だったはずです。確か」

上条「中二病的にしっくり来て俺的に嫌いじゃないんだが、そっちじゃなくて教会の大きさとは不釣り合いに畑広くないか?」

ルチア「まぁ……きちんと手入れされて……は、いませんが、人数からすれば立派なものです。専門の農家のようですよね。」

上条「うん、そこは俺も同意。情操教育も兼ねてやってんだとは思う――ん、だが」

ルチア「なんですか先程から歯切れが悪い。はっきり言いなさい」

上条「この畑って勝手に余所の土地を開墾――」

ルチア「――さ、さぁっ!遊んでいる暇ないと知りなさい!お世話になった恩を少しでも返すためにも私たちが頑張らねばならないのです!!」

上条「拙そうな事があったら声張るなよ。俺の芸風がどこまで伝染するんだか」

上条「でもガキども嫌がらずによく手伝ってんな。シスターの薫陶の賜物、なわきゃないか」

ルチア「そこはボカしておきなさい」

子供B「にーちゃん、さっさとやれよー」

上条「ルーンがファクトリーかするあれじゃないんだから、斧一本持たされてもちょっと……」

子供C「だったらくさぬけ、くーさー」

上条「草?あぁ了解、んじゃ俺はこっちから」

ルチア「言語が通じてないのに何となく分かるんですか?」

上条「慣れれば日本語とカタコト英語だけでロシアにまで行けるよ」

ルチア「……その、何故あなたは『初期装備でラスボス倒しに行く!』という縛りプレイを実践されているのでしょうか……?」

上条「『誰かを助けるのにりゆ』」

子供C「いいから、はやくー」

上条「だから待てって!?人がボケてんだから捌くまで礼儀でしょうが!?」

ルチア「どこのローカルルールですかそれ」

上条「でもお前ら偉いな。俺だったらサボってる」

子供D「……ニルスががんばってるんだから」

上条「ニルス……?どの子、てかそんな名前の子いたったけ?」

ルチア「えぇ、はい。ここにはいませんけれど、もう一人。ただ少し臥せっていますので……」

上条「……そっか。具合が悪い――ってそりゃ当たり前だよな。悪くなかったら寝てないか」

ルチア「夕飯を運ぶのは私がお願いしていますので、その時にでも紹介しますよ」



――コペンハーゲン 長期滞在用コンドミニアム 夜

オルソラ「ただいま帰りましたのでございますよー。大変遅くなって恐縮でございますが、思いのほかアウレオルス様と話が弾んでしまいまして」

黒夜「あんた実名……いや、知らんからいいか。困るのは私じゃないしな」

黒夜「というか電気ぐらい点けろ。この時間で暗いと少し見にくい」

カールマン「どんだけ改造してやがんだ学園都市謹製サイボーグ。俺にゃ何も見えない」

黒夜「老眼だろ。私も目はまだイジっていない」

カールマン「……改造するとしたら?」

黒夜「赤外線、紫外線、サーモグラフィがあればプレデタ○も狩れるな!」

カールマン「日本刀サムライソードで相打ちできるんだから……まああの装備はほしい」

オルソラ「と言いましょうか、アニェーゼさんとアンジェレネさんはいらっしゃらないのでしょうか?」

黒夜「あー……やれば?これ以上溜めても仕方がねぇだろ?」

オルソラ「はい?」

アンジェレネ「――ね、ねぇっ、おねーちゃん、わっ、わたしもう動けませんよぉ……」

アニェーゼ「そうですね、妹よ。ここまで随分と歩きましたもんね」

アンジェレネ「お、お腹すきましたよっ!ま、まだ少しだけお小遣い残ってますし、ご飯でも食べましょうよぉ……」

アニェーゼ「……いいえ、妹よ。このお金は大切なお金なのですよ」

アニェーゼ「あのゴンタくれでクソッタレのフラグメイカー父親から大事に、大事に取っておいたお金です。無駄に遣う訳にはいません」

アンジェレネ「で、でもぉ!」

アニェーゼ「このお金はあなたと私、そして母さんと一緒に帰るための旅費なのです。これ以上遣い込んじまったら、帰れませんよ?」

アンジェレネ「……そ、そうですけど」

アニェーゼ「平気ですよ。母さんも分かってくれます。それどころか誉めてくれるってもんです」

アンジェレネ「で、ですよねっ!な、ならいいですっ!」

アニェーゼ「それじゃそろそろ寝ましょうかね。あ、ダンボールだけじゃ寒いですから、きちんと拾ったビニール袋もつけるんですよ?」

アンジェレネ「わ、わかってますよぉ。も、もうっ、おねーちゃんったらいつもわたしを子供扱いして」

アニェーゼ「してませんよ。妹扱いはしてますがね……さ、もう、横になって」

アンジェレネ「お、おやすみなさい……」

アニェーゼ「はい……おやすみ」

黒夜「なんだこの茶番。朝になったらホヤホヤ凍死死体出来上がりのコンボだろ」

アンジェレネ「つ、次から次へと女性を騙す父さんは、何してんでしょうかねぇ?」

アニェーゼ「そうですねぇ。ナデポで雑にフラグを立てて即回収してるんじゃないですかね?いつものように」

黒夜「そしてここにいない誰かに想定父親像がそっくりだ。リアリティがありすぎる」

カールマン「………………ぐすっ」

黒夜「泣くなよ!?あんた一番人間の感情から遠いド外道だろうが!?」

カールマン「見殺しにする筈だった野郎にだけは言われたくねえよ。あんたも大概だよ」

オルソラ「――帰るのですよ、私の居場所はここではないのでございますよ!」

黒夜「私にツッコミの仕事をさせるなシスター!戻って来い!リアルな未来が確信的に起きそうな迫真の演技だが、あんたの子じゃねぇ!」

オルソラ「――はっ!?わたくしとしたことが一体……?」

アニェーゼ「ではトドメに――いち、にー、の」

アンジェレネ「さ、さんっ」

アニェーゼ・アンジェレネ「『ままー、帰って来てー』」

オルソラ「今すぐにでも……ッ!!!」

黒夜「いい加減にしとけよアホリーダーと食い倒れ要員。ただでさえ少ないこの隊の正気度ゴリゴリ削ってどうすんだ」

アニェーゼ「取り敢えず一日かけて話し合った結果、今のが一番成功確率が高い泣き落としだって判断したんですが」

アンジェレネ「こ、こうかはばつぐんだっ……!」

黒夜「……うんまぁまぁ、言い分は分からないでもない。私だって初見でやられたらもう、なんか精神的にも大ダメージ受けるさ。誰だってな」

黒夜「ただ、そのソイツ。ルチアってシスター、別にあんたらの母親じゃないんだろ?意味無くないか?」

アニェーゼ「あぁいえ、今のは相手の罪悪感へ訴えるのを目的としていますんで、如何に最初の一発でガッツーン喰らわせられるかをですね」

黒夜「発想が一発屋芸人だな。太平洋戦争中の児童文学でそんなのなかったか?像が芸をするとかしないとか」

アニェーゼ「あぁ聞いたことありますね。動物園の餌が枯渇したって話」

黒夜「教訓としては『どんな汚い手を使ってでも勝て!』だな」

カールマン「違いねえ」

オルソラ「……いえ、あのお話は事実かつ反戦教育としての強いメッセージが込められておりまして」

黒夜「問題なのは戦争は相手が存在しないと成立しないことか。戦争がメッセージで止められるのであれば、是非ご教授願いたいものだが?」

アニェーゼ「はいそこ、オルソラ嬢を虐めないように。人類が知恵を授かって以来の難題を、一人に押しつけるってのも無茶ですよ」

オルソラ「いいえ。海鳥さんの疑義へ対し、即座に返す言葉を持たない私が悪うございます。言葉を使う者として恥ずかしく存じます」

アニェーゼ「というかオルソラ嬢に関して言えばですね。あの船の中で『ブロァァァァァァァ!』に対し、武器を構えた訳で」

アニェーゼ「戦うべき時には戦うって人ですんで、口だけ平和主義者とは大違いですよ。勘違いしないでください」

アンジェレネ「せ、せめて人名はちゃんと言った方が良いんじゃないかと……」

アニェーゼ「てか即興劇を一番見せたかったのは上条さんなんですがね。コンビニでも行ってんですか?」

カールマン「今の時間雑貨屋やってたら確実に襲撃されるぜ。聞いてねえのか?」

黒夜「あのアホは潜入、というかまぁあの教会に残ってる。『生き別れの姉弟大作戦』だ、そうだ」

アニェーゼ「被ってしまった……!上条さんと私たちは同レベルでしたか……!」

アンジェレネ「は、反省しないといけませんね……っ!」

黒夜「暇を持て余して練ったギャグと、ギャグにしかならないのに実行しやがったんだよ。勇者か」

オルソラ「まぁまぁ。きちんとルチアさんからお話を聞かれたそうですし、お仕事はしっかりされているかと」

アニェーゼ「へー……え?」

黒夜「うん?」

オルソラ「はて?」

アンジェレネ「な、なんで三人とも疑問系なんですか」

カールマン「話を”聞いた”?」

オルソラ「はい、夕方頃にメールを頂きまして……もしかして皆さんの所には?」

アニェーゼ「えぇ、寄越してねぇですよあのヤロー。全員のリアクション見るにオルソラ嬢にしか連絡取ってないみたいですね」

黒夜「『多分潜入方法で叱られる』って思ったんだろうな。姑息な」

オルソラ「あの、私も叱るときは叱りますけれど」

アンジェレネ「そ、それはそれでご褒美にしか……ま、まさかそれが目的で……!?」

アニェーゼ「可能性がゼロだと断言できないのは悲しいところですね――さておき、メールを見せてもらっても?」

カールマン「ああ、俺パブ行ってくるかい?」

アニェーゼ「んー………………?」

黒夜「あぁスパイの件なら一つ片付いたぞ。残ってるのもあと一つだけ、残機一、だな」

カールマン「本人目の前にして言うかよ」

黒夜「どっちみち報告するつもりだったんだから問題ない。自分の口から話すか?」

オルソラ「スパイ、というとどちら様からでしょうか?」

カールマン「詳しくは俺も知らされてねえ。イギリス清教の主流派ってだけ名乗ってた――ん、だが、ロンドン塔から釈放されたその日の夜に接触してきやがった」

アニェーゼ「主流派ぁ?そんなのありましたっけ?」

オルソラ「三すくみでございますからね。お信じになったので?」

カールマン「信じるも何もねえよ。紛争地域だと『正規国防軍』とか『王室近衛』とか、落ち目の連中ほど勇ましい肩書き名乗るんだわ」

カールマン「そもそも連中が本当に主流派だってんなら、ロンドン塔の取り調べの最中に来ねえとおかしい」

オルソラ「でしたら教会関係者ではなく、かつ仲の良い王室派でもなく。消去法であの方達となりますね」

アニェーゼ「脳筋の人たちですね。で、私たちを探れ、ですよね。普通に考えれば『騎士派』の」

カールマン「そうだな。定期的に連絡員と接触して情報を横流し、ついでに失敗させれば尚良しだと。人気者だなあんたら」

アニェーゼ「そいつぁどうも。雑な上に舐め腐った対応で良かったら、いつでも替りますけど――で、どうします?」

カールマン「あぁそいつらのスパイってことなら自己解決したぜ。なあ?」

黒夜「まぁ、解決したな。これ以上ないってぐらい、後腐れのない方法で」

アニェーゼ「……解決?あのクソ面倒臭い連中にどうやって?」

カールマン「昼間に定期連絡員と森の中で」

黒夜「堅気フィルター・オン」

カールマン「――森の中を歩いていたらクマさんが現れて、『一緒に踊りませんか?』って誘ってきたんだよ」

カールマン「だから俺は彼女の手を取って、情熱的にアルゼンチンタンゴを踊ったら、ハラショーハラショーの大合唱でな」

アニェーゼ「ロシアですよね?なんでそこでロシアが」

オルソラ「またアルゼンチンはスペイン語が公用語でして、アルゼンチンタンゴが出る余地が」

カールマン「それから、ああそれからだぜ。誰の性癖が一番かを決める長い長い戦いが始まったんだ……ッ!」

アニェーゼ「もう少しでいいですから、嘘を吐く努力をしましょうよ。雑にも程があります」

アンジェレネ「さ、最終的にどんな癖が勝ち残ったのか、ちょ、ちょっと興味ありますけど」

カールマン「『TSで生まれる性別が違ってたんだけど、実は同性しか愛せなくて、オリジナル宗教によって性転換を禁じられてる』」

アニェーゼ「それ、普通の人ですよね?ただ異性が好きなだけなのにブームに乗ろうってクズですよね?」

アンジェレネ「い、一周回って見事に元の場所へ収りましたよねぇ。せ、設定だけ盛ってますけど」

オルソラ「補足致しますと『主から頂いた肉体に刃物を入れられない』、という意味で髭も髪も切れない十字教徒の方もいらっしゃいます」

カールマン「あ、そうなの?」

アニェーゼ「(……すいません。ちょっとこちらへどうぞ)」

黒夜「(大変だなリーダー。若いのに)」

アニェーゼ「(あなたの方が年下なんですが……と、あちらさんは意味不明の供述をしてるんですが、本当の所はどうなんですかい?)」

黒夜「(『騎士派』だったか。その連中とは修復不可能、というか逆に解決した後も命を狙われるぐらいの関係になった)」

アニェーゼ「(それ……あぁまぁ、何やったのか大体検討つきますけど、よくできましたね)」

黒夜「(あの男は単純な戦闘力だけなら下手な能力者よりも上か。対人用に特化したレベル3能力者に条件次第じゃ勝てるぐらいはある)」

アニェーゼ「(例えが分かりません)」

黒夜「(学園都市でも傭兵してた軍人崩れがいたが、そいつら相手だったら圧勝するぐらいの技量と度胸がある)」

アニェーゼ「(また厄介なの抱え込んじまいましたね……)」

黒夜「(でもない。やらかしたおかけで足を引っ張られることはなくなった。連中が想像を絶するアホでもない限りは)」

アニェーゼ「(連絡要員を……ダンスったてんなら、向こうさん激おこじゃねぇんですか?)」

黒夜「(”他の派閥の正式決定を無視して動いていた”のでなければな。しかも失敗させようって話だ。言い訳なんて何一つ出来ない)」

黒夜「(取引なんかなかった、連絡要員なんていなかった、だから傭兵がぶち殺したのも野良の魔術師どもだ。ただそれだけだ)」

アニェーゼ「(一部では”いいぞもっとやれ”って意見もあるかもしれませんしね)」

黒夜「(あと意外な隠し芸もあったけどな。それは後だ)」

アニェーゼ「(分かりました)――では、カールマンさんは絡まれてきた相手を撃退しただけですから!罪はないということで!」

カールマン「俺、結構命賭けだったんだが。あとついでにあんたらの露払いしてやったんだが」

アニェーゼ「ちょっと何言ってるのか分からないですね。あなたが、あなたの意志の元に、あなたの責任でなさりやがったのでしょう?」

カールマン「……『トライデント』のときが一番福利厚生が充実してたよなあ……」

アニェーゼ「何をやらかしたのか全く分かりませんでしたけど、理解しました。カナリア君一号の処分は保留ということで」

黒夜「矛盾しまくってるからな」

カールマン「俺が裏切る裏切らない以前に、仲間にする気が微塵もねえだろ。あんたら」

アニェーゼ「いいですか?信頼というのは一朝一夕ではなり得ず、こう徐々に好感度を上げることで最終的にはヒロイン格上げとなるもんでして」

カールマン「職場だろ?ビジネスにプライベート持ち込むのは学生までだぜ」

アンジェレネ「い、一番人間関係でビビった体験は?」

カールマン「……隊長の口説いた女が実は上役の娘で、チーム全員がシリア最前線に飛ばされた……」

アニェーゼ「おもっくそ対人関係の地雷ですよね。まぁ巻き添えですが」

カールマン「いや、チーム全員が一丸になって『失敗したら面白い』ってモーションかけさせた」

黒夜「連帯責任正しいだろ。意外に仲良しか」

オルソラ「えぇと、それでカールマンさんのご処遇は如何様にされるので?」

アニェーゼ「現状維持ですね。他に頼れるところもなく、ここで放り出したら闇討ちされる可能性も出て来ましたから」

アニェーゼ「あぁ別に恩を売るとか、『お前裏切ったらどうなるか分かってんだろうな?』とか、そういうのは全然?ないですよ?」

カールマン「ローティーンに脅迫される俺の人生って……」

アンジェレネ「ま、まぁまぁ!い、生きていればご飯も美味しいですし、いいこともありますよっ!」

カールマン「できればメシ以外も充実してほしいが……」

アニェーゼ「この先生きのこれるかは行動次第ということで。私たちも失敗すればそれなりのデメリットはありますから」

カールマン「それはよーく聞いた」

アニェーゼ「身に粉にして働け、とは言いません。無理なら無理だと言っても構いません」

アニェーゼ「ですが、あなたが隊として尽力して頂けるのであれば、その分だけこちらもあなたの助けになりたいと思います」

カールマン「そりゃあどうも。若いのに達観してるねえ」

アニェーゼ「それなりには苦労していますからね――さて、ではオルソラ嬢のメールを拝見するとし――」

アニェーゼ「……」

アニェーゼ「………………うっ……!」

カールマン「おい、速攻泣いたぜ隊長さんが」

黒夜「どんな内容なんだ、というかこの男がいてもいいのか」

オルソラ「問題、ですか?ルチアさんがあちらの皆さんの情報をお調べになっていただけでございますが」

黒夜「そっか、調べてか、調べてね――早く見せろそのメール!」

……

黒夜「つまり……あれか。追いかけてる相手と偶然列車の中で再会して?」

黒夜「何か知らんが意気投合して勝手に約束を取り付けやがって?」

黒夜「よく分からん条件を受け入れて、それが成功したら交渉のテーブルについてくれる?」

アンジェレネ「す、すごい偶然ですよねっ!」

黒夜「アッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッホっかあぁぁっ!?あァ!?」

アンジェレネ「ひ、ひいっ!?」

アニェーゼ「ぶっちゃけ言えば、まぁアホですねとしか」

オルソラ「ざっくばらんに申し上げても、えぇと、はい」

黒夜「おい、ガキどもに世間様の厳しさ教えてやれよ」

カールマン「可能性一、群れから離れた相手に偽の情報を掴ませて泳がせる。友釣りの要領でよく釣れるんだわこれが」

カールマン「可能性二、相手が集まったところで一斉攻撃。逃げられると数増やす相手にはこれがいいんだよなあ」

カールマン「可能性三、敵のアジトを見つけたつもりが、実は敵の敵のアジトへご招待。コスパ最強」

アニェーゼ「人としての神経を疑いますよね」

カールマン「仲間殺られるよりはずっとマシだろうよ。相手を削っときゃやられるリスクも格段に減らせるんだよ」

アンジェレネ「そ、そもそも傭兵以外に転職するって選択肢があるんじゃないですかね」

カールマン「いや、俺は可能よ?ギャラ自体は悪くなるが、それなりに行き場はあんだよ」

カールマン「ただ俺らがいなくなっても、別の奴らが雇われるだけでなんも現状は変らねえぜ?俺らがいた場所に、別の人間が入るってだけだ」

黒夜「説教はいい。だが、まぁこの男の言ってることと私は概ね同感だ……まぁ」

黒夜「その、物騒な霊装をぶっ壊すために、敵味方関係なく情報を流そうってのもな……理屈は分かるが、しないだろう」

アニェーゼ「それはまたなんでですか?」

黒夜「物語に出てくる、『実は正しい信念を持っているんだけど、悪い事をしなければいけない悪役』なんていねェンだよ」

黒夜「いたらとしたギャグだ、それはもう」

アニェーゼ「えーっと……オルソラ嬢、改めシスター・オルソラ。この人達にあなたが知る限り、しょーもない魔術師エピソードを語ってやって下さい」

オルソラ「いくつかございますが、どのレベルに致しましょうか?」

アニェーゼ「できれば最大のを」

オルソラ「かしこまりました。では第三次世界大戦を引き起こした魔術師のお話を」

黒夜「引き起こした・・・・・・?おいおいシスターさんよォ、そいつァ専門家の中でも意見が分かれるし、なんだったのか判明してねェだろ」

アンジェレネ「が、学園都市の中とタカシさんはなんて聞いてるんですか?」

カールマン「タカシじゃねえよ、定着しそうで嫌だぜ。ああっとアレだ、トライデント時代に魔術師が言ってたっけか」

カールマン「ローマの教会がロシア政府と組んで、とかなんとか。陰謀論だろ?」

黒夜「私もほぼ同じだ。学園都市の”外”の能力者開発機関の争いってフレーバーが入るが、正直眉唾もんだな」

オルソラ「そうお考えになる理由をお伺いしても?」

黒夜「採算が合わねェ。複数の国家が機関が動くんだったらそれなりの利権や旨味が必ずある」

黒夜「魔術師の技術を独占してた連中が、学園の台頭で危機感持ってやった……ってェ話じゃねェかと私は睨んでる」

オルソラ「タカシ様も同じでございますか?」

カールマン「あんたさっきカールマンって呼んでたよなあ?……もういいぜなんでも。まあ俺は違う。人類はまあ、やらかす」

オルソラ「と、仰いますと?」

カールマン「為政者が理知的な人間だって限らねえ。テンションやノリ、後先考えず『やれるからやってみた』で戦争起きるときもある」

アンジェレネ「え、えー……そんなにうまく行く訳ないじゃないですかぁ……」

カールマン「だから大抵即鎮圧されんだよ。でもまかり間違って成功しちまうアホもいるんだ、てかいたろ少し前に中東でイキってたテログループ」

アニェーゼ「……いましたねー。マニフェストが人類の半数を敵に回すとか、何考えてんですかいって人がら」

カールマン「あれ後先考えずアホが集まって、しかも集まったのがアホしかいねえから組織運営なんてできる訳がねえって」

オルソラ「中東情勢は複雑怪奇とプロの方も仰っておりますのですよ――さて、お二人のご指摘、というかご想像は当たらずとも遠からず、でございまして」

オルソラ「あ、ただ今から申し上げる内容は秘中の秘でありまして、あまり余所様ではお話にならぬようお願い申し上げます」

黒夜「分かった」

カールマン「俺は……ネタになりそうだったら言うわ。『不用意に喋ったら怖い人が来る』って話なんだろうが」

オルソラ「あぁいえ、そのようなことは決してございません。現に真実をほぼ正確に把握しております、私たちがこうして自由にしておりますので」

黒夜「……その告白だけで、どっかのバカが絡んでたか分かるってもンだなァ。業が深いぜ」

オルソラ「勿論余所でお話になられるのも結構でございますけれど、やはり多大な問題が」

カールマン「問題って何よ?」

オルソラ「まず、信じて貰えないかと存じます」

カールマン「……ああ?」

オルソラ「まずとある魔術師がいました。その方は以前からこうお考えになっておられました――」

オルソラ「――『世界を救おう!』……と!」

オルソラ「……」

黒夜・カールマン「……」

オルソラ「……えぇと、『世界を』」

黒夜「あァ、うン。それはいいわ、聞いたわ。それで?そっからどうなったンだよ?」

オルソラ「あ、いえ、以上でございますよ?」

黒夜「っっっっっっっっっっっっっっっっっっでだよっ!?なンで!なにを!どォしたら!そンなフワっした世界大戦に発展すンだあァァァァァァァッ!?」

アニェーゼ「……えぇとですね。残念ですが、オルソラ嬢の言ったことは、まぁザックリし過ぎてはいますが、動機はそうだったらしいですよ」

アンジェレネ「わ、わたし達も後から聞いて『こんなプランで!?』と度胆を抜かれちゃいましたし……」

黒夜「ギャグじゃん!それもう、フワッフワし過ぎてて笑う場所もねェぐらいだけどギャグだろ!完全な!?」

カールマン「……待ってくれ。理解が追い付かない、するってえと、あれか。その魔法使いは世界を救おうってのが動機か?大戦の?」

オルソラ「はい」

カールマン「で、救うために何やったかって言やあ、あー………………何?」

オルソラ「魔術的には難しい話なので『世界中の”悪意”を浮き彫りにして』という供述を」

黒夜「悪意を……?」

オルソラ「あくまても推測でございますが、極限的な状況を作り出した上、人々が望む『救い主』としての力を引き出すおつもりではなかったかと」

黒夜「イカれてンのか魔術師ども」

アニェーゼ「他にも色々な組織の利害が絡んでいましたけど、まぁはい残念ながら、オルソラ嬢のまとめでファイナルアンサーです」

黒夜「何度も何度も何度も言うがな!学園都市も大概だけどもアンタらもおかしいからな!?」

カールマン「あー……俺たちが組んだクソ魔術師、あれがもしかしてデフォだったのか……?」

アニェーゼ「――と、長い長い説明になっちまいましたが、魔術師はちょっとアレな人が多いんですよ。ちょっとアレな感じの」

黒夜「能力者も大概歪むが、お前らほどじゃねェわ」

オルソラ「全てが全て変わった方で構成されているのではなく、その、まぁ、シスター・アンジェレネのように天真爛漫な方も少なからずおられますし……」

アンジェレネ「で、ですって!」

黒夜「酔っ払ったフーリガンと同等の戦闘力か」

カールマン「……なんだ。つまりアレな連中ばっかりだってんで、盗人どもの行動もあり得る、と?マジでか?マジで言ってんのかよ?」

オルソラ「良くも悪くも信念を貫き通される方ばかり、いえむしろそのような方でないと力ある魔術師に慣れないのでございますよ」

黒夜「理解はした。したが……流石にこの、自分達の切り札をオープンにするのは、なぁ?信じがたくはある」

アニェーゼ「まぁ、捻っくれた私も正直半信半疑じゃあるんですがね」

アニェーゼ「シスター・ルチアがまるっと信じてんだったら、まぁ立場上しねぇ訳にもいかねぇじゃねぇですか?」

カールマン「男前だねえ」

アニェーゼ「――ただ、前提条件としてこの情報、向こうさんの”船”の名称が分かったってぇ話、イギリス清教には内緒にしておこうっても思うんですよ」

黒夜「不確実な情報だからか?」

アニェーゼ「ってのゆうのが建前です。本命はイギリス清教自体が信用できません」

オルソラ「そうでしょうか?ステイルさんや神裂さん、シェリーさんたちには格段のご配慮を頂いているかと」

アニェーゼ「はい、私も彼らを信用するのは同意します――が、イギリス清教からすれば少数。また組織外でも足を引っ張る連中がいる」

アニェーゼ「……思えばトライデント残党の話からおかしかったんですよ。どうして我々だけで解決しなきゃいけないのかと」

アニェーゼ「効率考えたら介入できる建前なんていくらでもありますし、スコットランドにいるのも少し不可解……」

アニェーゼ「今にして思えば、そこで爆発してほしかったんですかねぇ?どう思いますか傭兵さん?」

カールマン「軍事行動可能なレベルの兵器の持ち込み、どうやったのかって不思議に思ってたんだがよ。蓋を開けりゃ俺たちも騙されてたってか……」

アンジェレネ「え、えーっと?」

黒夜「トライデントはスコットラントに仕掛けられた時限式爆弾だ。”イギリス清教じゃない”スコットランドのな」

黒夜「だから爆発しようがしまいがどうでもいいし、むしろ派手に爆発すれば嬉しいってクズがいるんだろうさ」

オルソラ「そこへ想定外のヌァダ様の顕現が起き、事態はイレギュラーの方向へ、でしょうか」

カールマン「イギリス清教の抱えた厄介事を、イギリス清教の外様部隊が解決するか。皮肉が効いてんな」

アンジェレネ「わ、笑い話じゃないですよぉ!」

カールマン「笑ってはねえよ。前の職場じゃよくあった、正規軍ができない仕事は俺たちにってな」

アニェーゼ「私もあなたを笑えない立場ですが、腹括りましょう。アニェーゼ部隊全員をこっちに呼び出します」

アニェーゼ「近郊にいたのは確実ですし、この周辺探せば手がかりも見つかるかもですしね」

黒夜「本当の狙いは?」

アニェーゼ「イギリスに待機中じゃ体の良い人質になりかねません。そんな真似は真っ平です」

アニェーゼ「懸念があるとすれば……イギリス清教からのフォローがなくなり、単独で術式や霊装の解析をしなきゃなんねぇってことですが……」

オルソラ「問題など何もございません。名前が知れたからには対策は必ず」

オルソラ「また目下の懸案であったヌァダ様への対抗策も、僅かながらも光明が見えて来ましたので」

アニェーゼ「……それ初耳なんですけどオルソラ嬢。えーっと」 チラッ

カールマン「なんでもかんでも報告なんてしねえよ。サプライズの一つや二つ、あってくれないと俺が困る」

アニェーゼ「だ、そうですが」

オルソラ「暇を持て余した善意の方が、対抗する魔道書を執筆して下さるとのことで」

アニェーゼ「事情を知らないと頭オカシイと思われますからね、それは」



――デン・スターヴ教会 夜

上条「……なぁ」

ルチア「しっ、お静かに。先程も言ったでしょう?」

上条「いや聞いたけどさ。なんか、うん。聞いた以上は顔出しづらいっていうか、お邪魔じゃないかな」

ルチア「問題はありませんよ。というかあなたもここでご厄介になるのですから、全員に挨拶するのが道理でしょう?」

上条「いやでも体調悪いんだろ、その子?」

ルチア「ニルスですね。確かに……時々発作が起きるようですが、それ以外は」

上条「うーん……」

ルチア「なんですか、少年だと気乗りがしないのですか?」

上条「言い方に悪意を感じる。まぁいいわ。俺の爆笑スキルで笑わせてみせるぜ……!」

ルチア「やめなさい。呼吸器に負担がかかります……つきました、入りますよ」

コンコン、コンコン

ルチア「『こんばんは。ルチアです、お加減は如何でしょうか?』」 ガチャッ

上条(そこそこ広い教会の一室。住居スペースから少し離れた個室か)

上条(イーベンさん曰く、『大声を出して子供たちが怯えないように』とのことだが……まぁ、その子はいた)

上条(日は早々と沈み、ロウソクだけの明りが灯された部屋で。ベッドから体を起こすこともなく、疲れた表情でだ)

少年「……こんばんは、シスター・ルチア。ごめんね、ぼくのお食事で」

ルチア「いいのですよニルス。主は困った隣人へ手を貸せと仰せです」

ニルス(少年)「それだと、僕は貸せないけどね」

ルチア「それも構いませんよ。治ってからすればいいではないですか」

ニルス「……うん、そうだね。そうかもしれない」

上条(体つきは他の子供達と同じくらいだけど、多分歳は上か。病気のせいで色々と止まっちまってる感がする)

ルチア「それでですね。今日はもう一人いるのですが、入ってもよろしいでしょうか?あなたにご挨拶がしたいと」

ニルス「どうぞ。新しいお友達かな?」

上条「こんばんは、トーマだ。よろしくなっ」

ニルス「……っ!」

ルチア「声を!」

上条「あぁごめん!?つーか俺なんかしたか!?」

ニルス「あぁいや、いいんだ。僕が驚いて、少しその腕を動かしてしまっただけだし」

上条「腕?」

ニルス「……少しね。少し動かすと、痛くて」

ルチア「ほら、突っ立ってないで早くドアを閉めてお入りなさい。ニルスにお食事を持って来たのを忘れたのですか?」

ニルス「そんなにお腹は空いてないんだけど……」

上条「あぁごめんごめん。今用意するよ」 パタンッ

ニルス「というか、新しい孤児の子かな?僕と同い年ぐらいだよね?」

上条「日本人若く見られるのはマジだったのか……!」

ニルス「でも身長は同じくらいじゃないかな……?」

上条「最近の子は発育がいいからな!決して俺が低いんじゃなくて!」

ルチア「静かにしろっつってんだろツンツン頭」

上条「……すいませんでした」

ニルス「あぁうん、別にいいけど」

ルチア「はい、それじゃ少し起こしますね」 スッ

ニルス「……っ」

上条「手伝うのは……マズいのか?」

ニルス「気持ちだけで、うん。力任せに引っ張られると、その、悲鳴を上げちゃうかもだし」

上条「……痛い?」

ニルス「……うん、大暴れしたくなるぐらいにはね。いや、したらもっと酷くなるからしないけど」

上条「あー、じゃあ俺は」

ルチア「ロウソクで私の手元を照らしていて下さい。そう、出来る限りニルスには当たらないように」

上条「……暗いんじゃないか?ロウソクも換えなきゃいけないだろうし」

ニルス「ごめんね。強い光はちょっと、強すぎて痛むんだ」

上条「なんかごめんな。無神経なことばっかり言って、俺」

ニルス「いいんだ、知らないんだから当然だし、知って意地悪するんだったら、その……困るけど」

ニルス「でも、みんなが良くしてくれるんだ。だからいじけてなんかいられないよ」

上条「……良い子だ」

ルチア「はいはい、おしゃべりはそこまでですよ。ニルスも早く食べないと」

ニルス「はぁい」

上条(そしてルチアがニルスにスプーンで黙々と食事を食べさせ、俺は……まぁロウソク係?いてもいなくてもいいような役目をして)

上条(見た感じあまり楽観視とは程遠いような子供なのに、声を出して笑ったり、俺たちへジョークを言ったり、食事自体はとても穏やかなものだった)

上条(ただ……時々腕や足が痛むのか、苦しそうに息を呑む姿が辛そうで。子供の痛そうな表情は見てて辛い)

上条(けど、真っ正面からニルスを見て、異常があれば対処できるように目を逸らさないルチアがいて)

上条(……前に、どこか昏い所にいた彼女は、もうどこにも居なくなってた)



――デン・スターヴ教会 キッチン 夜

上条「――はい、終わりっと」 キュッ

ルチア「すいません。付き合わせてしまいまして」

上条「食器洗うぐらいは別にいいって。同じ居候なんだから気楽に行こうぜ?」

ルチア「すいません意味が分かりません。居候ならばそれらしく振舞うのでは?」

上条「……聞いてもいいのかな?」

ルチア「まぁ……聞きたいでしょうね」

上条「なんかこう、悪い病気なのか?」

ルチア「分かりません」

上条「分かりませんって、お前」

ルチア「本当に分からないらしいのです。いくつかの病院で看てもらったのに原因は特定されなかったとす」

上条「手――腕が痛いって言ってたよな」

ルチア「実は腕だけじゃなくて足もです。赤い斑点のような物が、そのどちらにも」

ルチア「あぁでも決して伝染性のものではありませんよ!他の子達は平気ですし、シスター・イーベンがかかっていませんからね!」

上条「他の子供も心配は心配だが、あのシスターも?」

ルチア「あの部屋のロウソクは誰が換えると思っているのですか?朝までずっと看護をされているのですよ、彼女一人で」

上条「それは――!……凄いな、何つったらいいのか、ただ凄い」

ルチア「それでいて他の五人の子供たちの世話もしていますからね。私もただ脱帽するばかりです」

上条「……心情的には何とかしてやりたいんだけどなぁ」

ルチア「あなたの『右手』で直せるんでしたら、私は土下座でもなんでもしますけどね。現在は対処療法しかないそうです」

上条「強い光は駄目で絶対安静か。厳しいな」

ルチア「はい。ですから抵抗力をつけ自然治癒させる方針だと。シスター・イーベンはそう仰っていました」

上条「小児喘息が大人になったら良くなる、みたいな感じか?でもそれじゃ」

ルチア「少しずつ勉強をさせつつ経過を看る、それぐらいしか出来ません」

上条「そっか」

ルチア「病気には黒パンがよく効くらしいのですが。どうですかね」

上条「黒パン?あぁ毎食出てくるやつな。あれ……?」

ルチア「なんですか。あなたはシャーロッ○のように一々疑問が解決しないと別の仕事が出来ないのですか?」

上条「人を金田一耕○みたいに言うなよ。あぁそうじゃなくてだ。俺って料理趣味じゃん?」

ルチア「まぁ、お上手だと思いますよ」

上条「ありがとう。で、来る前にこっちの郷土料理とかググってみたのな」

ルチア「それも殊勝な心がけですね」

上条「な、なんか珍しく連続で誉められて調子が狂うんだけど……黒パンってのがあったんだよ。主食でさ」

上条「それって……確かライ麦で作ったパンって書いてあったんだったよな」

ルチア「パンは小麦ではないですか?」

上条「いんや。ライ麦のこう、殻とかそういうのが入ってて黒くなっちまうんだって。見た目が」

ルチア「裏庭を拡張して作っている畑は小麦ですよね?

上条「多分。見た目そっくりだけどな」

ルチア「黒い小麦を使っているのですから……黒パンになるのでは?」

上条「かなぁ。一回シスターに聞いてみないと」

ルチア「地道な体質改善もいいのですが、私としては一度巡礼の旅へ赴くのもいいかと思いますね」

上条「おい、病人連れ出して何するつもりだ」

ルチア「古来からある由緒正しい治癒方法ですよ。病に冒された巡礼者が聖地を廻って病気を治すというのは」

ルチア「……まぁ、私も恐らくは清潔な飲料水か何かを変えるのか、もしくは術式で治していたのではないかと」

上条「ウチの国でも湯治とかあるしな。そこまで切羽詰まってはなかったが」

ルチア「……お恥ずかしい話ですが、学園都市で治癒できませんか?」

上条「コネはある。俺の命を何度助けてくれた人で腕も人柄も信頼できる」

ルチア「何とも体を張った確認方法ですね」

上条「事情を話せば絶対に力になってくれる……けどカエル先生は学園内の仕事で忙しくて、ここには来られない」

上条「あぁいや、緊急だったら遠隔操作ロボとか寄越しそうな雰囲気だったが、先生も歳は歳だし無理はさせたくない」

ルチア「では、どうすれば?」

上条「まず俺が先生に連絡取って約束を取り付ける。多分近くのお医者さんに採血とか血圧、診断書みたいなのを書いてもらって送付する感じ?」

上条「あとは……どうなんだろうな?パスで入るにしても、入学じゃないし診察?そっちも相談しなきゃいけないか」

ルチア「まずはシスター・イーベンの許可が必要ですね。説得できるかが問題ですが」

上条「……どうだろうなぁ。こっちじゃ学園都市への偏見もなくはないし、シスターさんなんだろ?一応は?」

ルチア「その一応というのが無礼です」

上条「いやなんかさぁ、俺の中のシスターセンサーに反応しないんだよね。芸風もロンドン在住のテロリスト魔女に似てるし」

ルチア「どう評価していいのか迷います。ただ少なくとも誉めてはいませんよね?」

ルチア「まぁでも、皆さんよくやっていると思いますよ。他の子達も見舞いに行っていますし。あの年頃だと、その、色々ありますから」

上条「あー……あんの?」

ルチア「なんと言っても甘えたい盛りではありませんか。ですがどの子もニルスの病気を心から心配し、強くあろうとしているのです」

上条「……」

ルチア「何か?」

上条「もしかして、なんだけど」

ルチア「……口に出すのは控えて下さい。まだ私の中でよく整理できていません」

上条「……今日一日過ごしただけだけどさ、気持ちは分からないでもない。それも悪くないと思うよ」

ルチア「……」

上条「でも、できれば直接、せめて手紙かなんかで言ってやってほしい。続けるにしろ、終わらせるにしろ」

上条「……ケジメはつけたいていうかさ」

ルチア「……はい」

上条「でも疲れたー、なんだかんだいって重労働だったもんな」

ルチア「では早くお休み下さい。明日も朝早くから叩き起こされますよ」

上条「分かった――で、さ」

ルチア「はい?」

上条「俺、どこで寝ればいいの?」

ルチア「どこって……どこでしょうか?」

上条「いや俺に聞かれても」

ルチア「まさか――私の部屋に!?」

上条「いやぁ、それは流石にマズいんじゃ?」

ルチア「そ、そうですよねっ!若い男女が一つの部屋でなんてはしたない!」

上条「はしたなくはないと思う。俺は別にバスタブさえあればどこでも寝られるし」

ルチア「環境が過酷すぎます……いやでも、しかし!」

上条「なんだよ」

ルチア「私たちは仮にも姉弟ですし不自然なのは不自然だと思われますよ!?」

上条「オーケー落ち着こうか!仮にもって言ってるけど、それホントの(仮)なだけだからな!」



――カンタベリー大聖堂 最深部 深夜

ローラ「――む?むむむむ……?」

ステイル「どうかされましたか『最大主教』」

ローラ「いやなに。東南東の方向から得体の知れぬ電波が届いたようであるのよ」

ステイル「はぁ。そうですか」

ローラ「そんな目で見ないで!?可哀想な子を見るような目ではいけなりしこと多きのよ!?」

ステイル「被害妄想ですよ。僕は特別これといって変な目で見たりはしていませんから」

ローラ「そ、そうかしら?」

ステイル「はい。神に誓って『いいからさっさと書類整理しろよクソ女』とか『行かず後家のキャーリサ様の大先輩』とは、全然」

ローラ「あらー?ステイルはほんと皮肉がうまくなりけりしものよなぁ?誰の薫陶を受けかしりものなの?」

ステイル「あぁいえ、まさかそんな。締め切りをとっっっっっっっっっっっくに過ぎた書類を出さない上司へ対し、皮肉だなんてとんでもない」

ローラ「……くっ!痛いところを突いてくるではないの!これにはきちんとした理由が!」

ステイル「『深い意味はないんだけど、ここで新キャラがパーティ合流したらいと面白きことなのよ』などと意味不明の供述をし」

ステイル「自分の職務をほっぽり出して何故かジーパンと数世代前のトレーナーとエプロンを着けて出陣しようとしたのが、きちんと、ですか?」

ローラ「お、怒ってる?」

ステイル「いいえ、そんな滅相もない。『こっちだって暇じゃねぇんだぞ』などとは全然、いやマジで思っていませんって」

ローラ「と、年上枠がないようだから、私が合流したら面白いかなー、なんて思う足りしちゃったりー、なんて?」

ステイル「あっはっはっはっはっはっはー!ぶち殺すぞこのクソアマ、いいから仕事しろよ僕は帰って寝たいんだ!」

ローラ「……ご立腹なりしね……是非もないのであるなぁ」 ポンッ

ステイル「――はい、では確かに。ご苦労様でした、『最大教主』」

ローラ「ステイルー?年若きものは知らぬかもしれぬけれど、一般的に目上の者へ向っては正しく表現とは言えぬのよ」

ステイル「はい、ご苦労様でした」

ローラ「……はーい……あ、待ちし待ちし。まだ野暮用がありたるけるし」

ステイル「なんかもう古語ですらなくなってきてますが、何か?」

ローラ「例のアレな。神裂が壊した『ナグルファル』についてのレポート、またおぉたのかしら?」

ステイル「ナグル……?あぁ、イギリス清教の囚人収監船を上書きした術式、という霊装のですか。ありますね、それが?」

ローラ「思うに――今回追うておるのも”船”よな?ならば助けにならずとも参考にはなりやむしれんことかな」

ステイル「……推定千年以上前に作られた霊装と、囚人が突貫作業で誂えた物が、ですか?」

ローラ「ふむ。今回外様メンバーだけで行かせた手前、少しだけでも助力できれば幸いであるし」

ステイル「分かりました。資料を送っておきます」

ローラ「不服か?」

ステイル「はい、という程純真ではありませんから」

ローラ「そうよなぁ。魔神と称すうつけ者が襲うのはイギリスである限り、守りを薄くする訳にもいくまいなぁ」

ステイル「ですが不思議ではありますね。もっとまともな人選は出来なかったのかと」

ローラ「荷が勝ちすぎると?」

ステイル「とは、言いません。言いませんが……」

ローラ「ではこう考えるが良いのよ。パズルなのだ、と」

ステイル「パズル?」

ローラ「あぁ、あとついでにメッセージカードを一枚入れてほしかりしことなれば」

ステイル「文面は?」

ローラ「――『いいぞ、もっとやれ!』」



――デン・スターヴ教会 ルチア私室 夜

ルチア「分かっているとは思いますが、そこらからこちらへ入った瞬間、神の裁きが起きると知りなさい。いいですね?」

上条「……いやあの、そこまでしてガード固めるんだったら、別にここで寝なくってもいいんですけど」

上条「教会の長椅子に毛布でも頂ければだな、そこで俺は充分っていうか」

ルチア「……折衷案です」

上条「はぁ、どんな?」

ルチア「私はあなたに少なからず恩義を感じています。シスター・アニェーゼのことも然り、部隊のことも然り」

上条「いやそれは別に。俺がしたいからやっただけで、恩なんて全然」

ルチア「……そこでそう言うもんですから、余計に肩身が狭いのですがね……」

上条「なんでだよ。いいって俺が言ってんだからいいじゃんか」

ルチア「まぁ不本意極まりないのですが、私はあなたに借りがあり、それを返すのは人間としても信仰としても真っ当なモノではあるのです――が!」

ルチア「さ、さすがにっ!シスターたる者が!未婚の男女が一緒に部屋にいるというのは罪深くもあり!」

ルチア「また同時にわざわざ骨を折ってくださっている方を邪険にするのは!人として間違いであるとも考えまして!」

上条「……あぁまぁどうも。一応は信頼してくれるんだ」

ルチア「こっちに近づいたら、舌を噛みきりますからね?」

上条「しねーよ!?てかこの状況で『スケ×しようか』って言ったら人間性ゼロじゃん!?それもう獣だろ!?」

ルチア「……一緒の部屋で男性と眠るという行為の段階で、それはもうフシダラなのですが……」

上条「お前こういうことしなかったのかよ」

ルチア「す、するわけがありませんっ!奔放ですか!」

上条「じゃねぇよ。隊のメンバーで……が、いたらショックで寝込むわ!」

ルチア「あの、そこら辺は中には……かも知れないので、非常にデリケートと言いますか、センシティブな問題といいますか」

ルチア「年齢的にセーフかとは思いますが、あまり軽々しく言ってはいけませんし、触れてもいけませんよ」

上条「ヨーロッパって修羅の国か。最近じゃ日本でも児童虐待が問題なってきてっけどさ」

上条「いやだから、そうじゃなくてだ。俺じゃなくて、他の隊の連中とお泊まり会っていうかパジャマパーティ?みたいなのすれば、って言ってんだよ」

ルチア「我々は修道女ですよ!?」

上条「寮母の仕事やってきたとき、そこそこの頻度でアンジェレネ師匠が他の部屋を渡り歩いてたみたいだけど」

ルチア「あぁ……何かたまに寝坊せずに起きてくると思ったら、そういう裏があったんですね」

上条「ごめんなさいアンジェレネ師匠!?告げ口するつもりはなかったんです!?」

上条「……いやいや、それも違くて。時代は変ってると思うんだよ。ちったぁ肩の力抜くぐらいは神様も大目に見てくれるんじゃね?」

ルチア「……あなたが神を語りますか」

上条「じゃあ聞くがな!聖書に『パジャマパーティしちゃ駄目ですよ!』って書いてあんのかよ!?ないだろっ!?」

ルチア「清々しいまでの詭弁ですね。お話になりません」

上条「なぁ知ってるか?『親兄弟で深すぎる愛は駄目だよ』って明記されてんだけど、姉妹は禁止されてないって!」

ルチア「書き忘れただけだと思います。もしくは兄弟の中に内包されていると解釈されているだけで」

上条「そういうのが言いたかったんじゃない。百合あるあるじゃなくて」

ルチア「サブカルチャーの中の修道院も、正直私は冒涜だと思うのですが……」

上条「歩幅って一人一人違うじゃん?」

ルチア「また唐突に……まぁ、当たり前ではないですか」

上条「うんまぁ当たり前っちゃ当たり前だな。体格が違うんだから」

上条「でもそれを”知ってる”のと”分かってる”のは違うんだわ」

ルチア「日本語のウィット、ですか?」

上条「でもなく。具体的に言えばルチアとアンジェレネ、並んで歩いてたら、アンジェレネがいっつも遅れるんだよな」

ルチア「……そう、なのですか?」

上条「歩幅もそうなんだけど、歩く速度も違うからな。ルチアはペースを落したりしないし、時々アンジェレネが小走りになってついてくんだわ」

ルチア「歩く速度……」

上条「近すぎるから見えないことがある、当たり前だからって忘れてることがある」

上条「ここの生活も大事かもしんないけど、戻るにしろ根を張るにしろ、もっと周囲を見た方が良いと思うぜ。自分のためにもな」

ルチア「何か……年長者から諭されている気分になりますね。年齢詐称していませんか、あなたは」

上条「お陰様で人様が送るような人生の数百倍、濃い経験を積ませてもらってますよコノヤロー」

上条「しかも普通、こんだけ経験値溜めたら『テッレレー♪とうまは、れべるがあがった』ってファンファーレ鳴るんだけど。俺は鳴らないのな。バグってんのかな?」

ルチア「SEがドッキリ大成功のそれです、また現実だからですね。もしくはこれ以上レベルが上がらない所にまで来ているか」

上条「レベル0のままでカンストしてんだったら終わりだろ!?成長の可能性がこの先もないって事だろそれ!?」

ルチア「しかしそうですか、歩幅が……失念していましたね。私もシスター・アンジェレネと歩くのは長いつもりでしたが」

上条「隊が出来てからだから数年前?」

ルチア「はい。その頃は私の背丈も今のシスター・アンジェレネぐらいでしたから、気にも止めていませんでした。反省しなければいけませんね」

上条「エロい意味じゃないんだが、って前置きしてから言うが、シスターの中でも大きいよな、お前」

ルチア「前置きのせいでいかがわしいことにしか聞こえませんでしたが、まぁはい。そうですね。これでも最年長ではないのですけど」

ルチア「シスター・アンジェレネと並んで歩くと、『お若いの大変ねぇ』というお声をかけて下さる方がそこそこ。善意なのだと分かってはいるんですが」

上条「貫禄があるって言っても、母親には間違われたくないよな……年齢詐称?」

ルチア「この男はほんっっっっとに……!……はぁ、まぁ違いますよ。人種、といいますか、民族といいますか、私は隊のシスターたちとは少し違いまして」

ルチア「その、私を見てどう思いますか?」

上条「シスター・ルチアガーターベルト

ルチア「何の迷いもなく即答しましたね……いえ、そういう即物的なことではなく、もっと外見的な特徴を」

上条「まず肌が白くて綺麗、水仕事や荒仕事やってんのに肌荒れもない」

上条「顔も鼻が高いって訳じゃなくて、鼻筋が通ってる?こう、下から見上げたら普通はどんな美人でも少し崩れるのにそれがなくて」

上条「髪なんかも全体的に色素が薄いのに、日の光が反射すると白っぽい金色に光る」

上条「あと露出度低めなのになんでエロいガーターしてんの?って」

ルチア「ちょっとなんかこう、変な空気になるのでやめて頂きたく存じます!」

上条「言えって言われたから言ったのに。日本人から見たらテンプレ白人にしか見えないんだけどさ、なんか違うの?」

ルチア「……シスター・アニェーゼはイタリア、シスター・アンジェレネはフランス。他の方も西ヨーロッパ近辺が多いのです」

ルチア「私はその、具体的な国名は言えないのですが、元々はこちらの生まれでして」

上条「……あぁ、だからこっちに。あれでもデンマークって確か」

ルチア「……はい、ローマ正教ではありませんね。私の故郷ではないのですが、まぁ似たようなものです」

上条「……踏み込んでいいのか、迷うんだが」

ルチア「追いかけてきたのですから、その責任ぐらいは取って下さい。私はどうやら重い女のようですので」

上条「うん知ってた」

ルチア「私が生を受けたところでは十字新教、所謂プロテスタントやルーテル派教会と呼ばれる所でした」

上条「教会の権威主義が嫌になった人たちの教会、だよな」

ルチア「はい。それ自体は当然のことです。ルーテル――ルター派が勃興した時代にはそれはもう酷いものでした。ローマ正教を厭う気持ちも分かります」

ルチア「まぁ、ですが……結局は、悪くなるのですよ」

ルチア「彼らは主を崇めてはいません。主のお言葉を自由に解釈できる自分を崇めているです」

上条「それは……誰でもあるんじゃないのか?俺だって仏教や神道、大昔の坊さんの逸話持ち出すこともあるし」

ルチア「あなたがそれで糧を得ているのでしょうか?」

上条「……」

ルチア「ここまで旅をしてきたあなたならばお分かりかと思います。ローマ正教がしてきたこと全てが正しかった訳ではありません」

ルチア「歴史的に暴虐や横暴、非道もあり。人心が離れてしまったのは、ある意味自業自得であると言えるでしょう」

ルチア「その権威を嫌い、権威を遠ざける側が――権威になってしまった・・・・・・・・・・

上条「それはまぁ……仕方がないんじゃないか?」

ルチア「時勢的に、例えば現代社会と聖書の間で矛盾が生じるようであれば、その剥離を埋めるのは教皇か公会議」

ルチア「上の方が”解釈”をする事で下が受け入れ、全体としての意見となります。民主的ではありませんけどね」

上条「……難しい話だな。立場のある人が解釈を決めるってのも正しく聞こえるし、個々人が決めるのも間違ってはない、気がする」

ルチア「それだけであればまだ救いもあり、住み分けも出来たのですが、中にはカルト教団のような、というかそのものが少なからず」

上条「……子供が家捨てさせるんだから、相当なんだよなぁ。それで?」

ルチア「はい?」

上条「それでルチアは、前よりは良くなったのか?」

ルチア「どう、でしょうね……まさか魔術を教えられ、部隊として運用されるとは夢にも思いませんでしたよ。想定外にも程があります」

ルチア「ですが、まぁ……命と同程度に大事な得られた、という点では感謝もしております」

ルチア「お節介な日本人がついてきたのは、蛇足ですがね」

上条「あぁそんな暇な日本人いたのか。意外といるもんだな」

ルチア「……鈍感力も才能ですかね」

上条「なんか恥ずかしいな。苦労してる子供がいるのにって」

ルチア「ローマ正教が他の信仰を絶すれば、そのような横暴は罷り通らなくなる――と、いうのが私の信念でしたが、どう、でしょうね?」

ルチア「シスター・オルソラのような、暴力はなく言葉で世界を変える方へ対し、私はなんと罪深いことをしてしまったのか……」

上条「ガキなんだから仕方がないって。それよりルチアって本名なのか?」

ルチア「話題の変え方が下手ですよ。ですが敢えて乗りますけど、一応本名です。イントネーションは違いますが」

上条「アニェーゼやオルソラって、十字教の聖女さんの名前じゃなかったっけ?」

ルチア「私もそうです。聖ルチアから親が頂いたものであり、この聖女は十字新教でも信仰の対象となっています」

上条「教会の権威は認めないのに、聖人と聖女は別?」

ルチア「十字新教は諸派様々ありまして一概には言えません。中には神の子を特別視せず、教会の十字架にお姿がない一派もあります」

ルチア「聖女ルチアはシラクサの生まれなのですけど、元々北欧諸国にあった冬至の奉り。それが聖女ルチアに取って代わったのではないか、と」

上条「そのパターン多いよな」

ルチア「聖女ルチアは様々な拷問を架せられました。最後には両目をえぐり出されてることに」

上条「うわぁ……」

ルチア「しかし神の奇跡により目がなくとも見ることができた、といいます。目とシラクサの守護聖人ですね」

上条「頑固なところはルチアに似てるかもな」

ルチア「あ、ありがとうございます?」

上条「ただ拷問された理由がなんだったか知らないけど、その前で嘘吐いてもいいから避ける方法はなかったのかよ?」

ルチア「聖女ルチアは祈りによって自分の母親の病を癒しました。しかしその母は資産目当てで娘を異教徒と結婚させようとしました」

ルチア「ですが彼女は夫が神の子であると拒否しました。それが当時の価値観からすればいけなかったのでしょう」

上条「改宗しなくても良かったんじゃ?」

ルチア「ユダヤ人の伴侶は自動的にユダヤ人となり、その子もまた同じくです。信仰が夫婦で異なるのはあり得ない時代でした」

上条「うんっ!なんかこうツッコみづらいよね!」

ルチア「歴史的な背景からすれば、神の子や聖人の方々も当時はユダヤ教の一派として見なされていました」

ルチア「それに女性の権利確立が成されたのは精々ここ一世紀の話です。それが何か?」

上条「……あぁうん。よく新書とかのサブカル系タイトルになってる『十字教の真実!』的なのは、別に今更なのか」

ルチア「何度も言いますが、公会議や教会自身が断言していることですからね。そもそも恥であるならば表には出ません」

上条「お前らの聖職者が性食者だって身バレしまくってんのは恥じゃねぇのか」

ルチア「ちょっと漢字が難しくて分かりませんね。何を言っているのか、えぇ全く」

上条「意思疎通できるようになってなによりですねコノアマ」

ルチア「……ふぅ。少し喋りすぎました、忘れて下さい」

上条「こんなクソ重い話聞かされて眠れるかぁ!?なんて言ったらいいのか、必死で考えてんだよ今!?」

ルチア「そういうときは黙るか、話を逸らすのが紳士の行いだと知りなさい」

上条「お前らの中の紳士像が神過ぎる。いねーぞそんなのヤツ」

ルチア「シスターになるというのは神と添い遂げる、という解釈もありますし、まぁ合っていますね」

上条「くっ……!あぁいえばこういう!俺に勝ち目なんかないのか……!?」

ルチア「信仰の前に煩悩など無力なのです」

上条「……なぁ、お前の好きな子って誰?」

ルチア「その前フリは知っています。うこ少しずつ条件を詰めていって、最終的に萌え殺そうとする、少女マンガによくあるパターンですね」

上条「MOEの汚染がスッゲーな!ついにルチアも少女マンガ読むようになったか!」

上条「……いやそうじゃなくてだ。男友達だったら、深夜にクラスの誰が好きかを言い合うってのが王道パターンなんだよ」

上条「そして大抵人気は集中してて、何となく気まずくなるんだけどな!」

ルチア「男の友情は脆いのですね」

上条「ちなみに俺は管理人さんタイプだ!」

ルチア「知っています。恐らく寮全員が知っているでしょう」

上条「んでルチアは?」

ルチア「そうですね……鈍い男は嫌いだ、とだけ」



――デン・スターヴ教会から徒歩10秒の森 朝

上条「『――って感じで泊めてもらった。ちなみにラッキースケベは空気読んだらしくて発動しなかった』」

黒夜『よくやったなラッキースケベ。私も誉めていたと伝えてやってくれ』

上条「『だもんで……その、もう少しだけこっちに残りたいんだけど、駄目、かな?』」

黒夜『一週間だ。一日終わったからあと六日だな』

上条「『一週間……』」

黒夜『リーダーが隊の連中をこっちに呼び寄せてる。ロンドンから許可とって全員集結するまでそのぐらいだと』

上条「『なんかあったのか?』」

黒夜『いや何もなかったよ?特別報告するようなトラブルは何も』

黒夜「『ただあちらさんが約束を守るかも分からないし、向こうで待機させとくよりもマシだろう、だそうだ』

上条「『……まさかとは思うが、250人で泣き落としすんじゃねぇだろうな』」

黒夜『いいじゃないか、楽しそうで』

上条「『そっか……そうか』」

黒夜『不満か?事情は知っているし、考慮もしてやってるのに』

上条「『いやでもこっちはさ。一応とはいえ潜入調査な訳で』」

黒夜『それが本当なのかどうかも分からない。というか怪しいところはあったのか?問題は発生してるのか?』

上条「『魔術的な、というか不可解だったり厄介なトラブルは今のところ何も。ルチアがなんか洗脳されてるって訳でもない』」

黒夜『その証拠は?』

上条「『寝てる間に頭にタッチしておいた』」

黒夜『おまわりさん変質者です』

上条「『一番分かりやすいじゃんか!?仮になんか騙されてたら魔術も解除できるし!』」

黒夜『見つかったら大変だったろこのバカ』

上条「『あぁそれは心配ないよ。丁度触った瞬間に目を覚ましたらしく、バッチリ目撃されたから』」

黒夜『……オイ』

上条「『お前にも見せてやりたいぜこの俺のほっぺに輝く紅葉を!一瞬気が遠くなるって思ったぐらいのビンタだ!』」

黒夜『訂正だ。お前の親友のラッキースケベさんしっかり仕事してンじゃねェかよ。ノルマ果たしてるわ』

上条「『まぁ事情を話したら分かってくれたけど。朝まで寝かせてくれなかったぜ!説教で!』」

黒夜『体を張ってギャグを取りに行ってるな、それは』

上条「『ちなみに黒夜さんとしちゃどう思う?』」

黒夜『私にラッキースケベしたら殺す』

上条「『違っげーよ。そもそもお前の当り判定は極小だろ。弾幕シューのようにかすりもしない』」

黒夜『クソ暴言を吐かれンのか、あァ?』

上条「『じゃなくってだ。お前的には”あっち”が持ちかけてきた取引どう思う?って聞いたんだよ』」

黒夜『ブラフと敵よせホイホイ、もしくは単純に足止め――』

黒夜『――と、昨日までならそう言ってたんだがな。今じゃ話通りの可能性は半々ってとこか』

上条「『おっ、どういう心境の変化?』」

黒夜『”フワッとした第三次世界大戦の始まり”を聞かせられた。そんなのばっかりか、お前らの業界』

上条「『雑だよねー……あと俺は違う。二つのサイドを行ったり来たりしている一般人だ』」

黒夜『その設定も雑だよ。あと他には……特にはないか。期限は場合によって伸びたり縮んだりするかもだが、まぁ精々頑張れ』

上条「『全然応援されてる気がしないけど、まぁありがとう。やれるだけはやってみるよ』」

黒夜『じゃあ私は――あぁそうそう忘れてた。あんたの足元見ろ、足元』

上条「『なんで足元?十回クイズでもすんのかよ?』」

黒夜『似たようなもんだな。いいから見ろ、そして探せ適当な石を』

上条「『急に言われても、えーっと石?20cmぐらいのあるけど……』」

黒夜『あるか?じゃあこれから私の言うことに従え、疑問は一切挟むな。いいな?』

上条「『良くはねぇよ。何させられるんだ俺』」

黒夜『じゃあまずその石に向って手を伸ばせ。あんたの”右腕”はアレだから、左手でいい』

上条「『聞けや話を……まぁ、するけど。こうか?』」 ピシッ

黒夜『真っ直ぐか?肘を曲げるなよ、苦しくない程度でいい』

上条「『やってるけど。一体何の意味があるんだよ』」

黒夜『じゃあまず心をクリアにしろ。目は閉じるな。心の中でイメージするだけでいい』

上条「『イメージ?』」

黒夜『目の前の石が割れることだけ考えろ』

上条「『いや割れるってお前』」

黒夜『――いいから、私を信じろ、な?』

上条「『……分かった』」

黒夜『簡単な話だ、簡単なことなんだ。石を割るのは当たり前の事だ。手があってその延長線上に石がある』

上条「『……うん』」

黒夜『手を伸ばせば届く――ん、じゃない。手を伸ばさなくても届くんだ。あんたの欲しいものは手の中にある……分かるか?』

上条「『どう、だろ?』」

黒夜『二回息を吸って、一回深く吐く。それを二セット繰り返せ』

上条「『スッスッ、フー……スッスッ、フー』」

黒夜『次は吐くと同時に手を握れ。それだけで石は割れる……いいな?絶対に割れるんだ!』

上条「『……うん――スッスッ……フーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!』」

……パキッ……!

上条「おわっ!?なんで勝手に割れ…………まさか、まさかついに俺能力が覚醒を……ッ!?」

上条「やったぜ父さん母さん!無能力者の俺もついに人様へ誇れる能力が出来た……ッ!」

黒夜『いいや。私の能力で狙撃しただけだが?』

上条「『騙してくれたなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?テメコラよくも騙してくれやがったな!?俺が念願の能力に目覚めたっていい気持ちだったのに!』」

上条「『夢見たよ!”俺にだっていつか出来る日が”って毎日毎日ひそかに特訓してんのに裏切られた気分だ!』」

上条「『てか俺の時間を返せよ!?なっがいボケしやがって!ついつい俺も乗っかったわ!”万が一あるかも!”って淡い期待とともにな!』」

黒夜『予想以上に激しく動揺してくれてありがとう。スーッとした。非常にいい気分だよ』

上条「『このドSロ×が!ガワだけのなんちゃってじゃなくてお前ホンッッッッッッッッッットに俺が嫌いなのな!』」

黒夜『勿論だとも。言わせるなよ恥ずかしい』

上条「『――って怖いな!?何お前狙撃かましてんだよ!?どっから!?』」

上条「『てか近くにいんだったら出て来いや!お前は俺の護衛でもやってんのか!?』」

黒夜『あ?』

上条「『”あ”ってなんだよ。”あ”って』」

黒夜『仕事してンだよ!こっちは!したくもねェのによ!』

上条「『え、仕事?仕事ってなんの?』」

黒夜『………………おォォォォイ』

上条「『あぁ知ってる知ってる!俺は覚えてた!全然忘れてなんかなかったわ!いやマジで覚えてたよ!』」

上条「『だからちょっとでいいから!少しだけでいいからヒントくれよ!』」

黒夜『ヒント要求してる時点でもう駄目だろ……まァ、なンだ』

黒夜『何かあったら30秒だけ逃げ回れ。気が向いたら30分になるかもだが、助けてやる』

上条「『ありがとう!誤差って言えないぐらいの大雑把な単位だけど、まぁ助かるよ!』」

黒夜『暇があったら見取り図でも書いて送信しろ。外回りは確認したが、中はまだだ』

上条「『ありがとうクロにゃ――』」

バシュッ――パキィィインッ……!!!

上条「『あ――ぶねぇなゴラアァッ!?テメ今跳ばしやがったな!?明らかに俺の心臓目がけて能力使って針ぶっ放しやがったよなぁ!?』」

黒夜『あんたが何を言ってるのか分からない。難癖をつけるのであれば証拠を出せ、証拠を』

上条「『……このクソガキ……!』」

黒夜『というかよく防御したな。普通素人は顔面庇って腹ガラ空きにしたのを刺されるんだが』

上条「『お陰様で学習してんだよ。プロはそんなに顔面狙わないんだ』」

黒夜『ほう?』

上条「『なんだかんだいって人の頭蓋骨は硬いし、とっさに頭を庇うように条件反射が出ちまう』」

上条「『頭を振れば的だって外れるし、何より狙いが難しい』」

上条「『それぐらいだったら相手の体幹――体の中心部分へぶち込んだ方が回避されにくい。てか少しぐらい中心から逸れても致命傷だからな』」

黒夜『よく知っているな。誰から教わった?』

上条「『あぁボディガードの……誰だったっけ?誰かから教わった、筈なんだけど』」

黒夜『まぁ相手はどうだっていい。とにかく忘れるな』

上条「『てかさっきのってお前の能力じゃ……?』」

黒夜『即興で考えたネタだよ。深い意味なんて何もない』



――デン・スターヴ教会 ルチア私室 夜

ルチア「『――主よ、今日も一日我らをお守り頂いたことを感謝致します。我らへ糧を下さいましたことを感謝致します』」

ルチア「『その御名がとこしえに続きますよう、我らは祈り、御言葉を諳んじ――』」

上条「………………あれ?」

ルチア「……どうしましたか?まだお祈り言葉は終わっていませんよ?」

上条「あぁいや誰かに感謝するのはいいことだし、お祈りすんのも結構なんだが」

上条「なんかこう、マッハで一日が終わったような……?」

ルチア「それが普通ではないですか」

上条「朝起きて掃除して朝飯食べて子供たちと畑の世話して、昼飯の用意して食べて午後から勉強教えつつ、夕方になったら洗濯物取り入れてご飯食べて……?」

ルチア「今日のあなたのタイムスケジュールそのままですね。お疲れ様でした」

上条「あぁどうも。てかルチアもほぼ同じだが、じゃなくてだ。あっさり終わりすぎじゃないか?イベントは?」

ルチア「と、言われましても。ここは孤児院、のようなものですが、修道院はもっとタイトですよ?」

上条「……そうなの?」

ルチア「朝起きて祈りを捧げてから身と部屋を清め朝食の準備をし、午前中は奉仕活動。午後は外での奉仕活動」

ルチア「日が落ちる前に夕飯を取り、日没と共に就寝する――というのが普通の修道院ですね」

上条「……魔術的なアレコレは?」

ルチア「当然ですが一般的な修道女には関わりがありませんし、私たちも常にそちらの目的で運用されているのではありませんから」

上条「なんだそれ超堅いじゃん」

ルチア「ですからシスター、修道女というのはそういうものなのですよ。神に身を捧げ、神の妻として一生を信仰へ捧げる存在です」

上条「……」

ルチア「何か言いたそうですね」

上条「……個人の幸せは?」

ルチア「主へ仕えられることが幸せ――と、いう個人の価値観ですね」

上条「なんかそれって……なぁ?」

ルチア「仰りたい事は分かりますよ……と、いうか私を心配して下さって”勝手”に悩んでいるのも分かります、と言いますか」

上条「『べ、別に心配なんてしてないんだからねっ!』」

ルチア「真面目な話をしているのですが、私は」

上条「いやごめん。空気に耐えられなかった」

ルチア「修道院というものの役割をご存じですか?」

上条「アンジェレネが言ってた、『預けられて修行しているようなもんだ』って」

ルチア「そう、ですね。その役割はあったのですが……その、院は弱者救済という役割を担っていました」

ルチア「まだ働けない子供を受け入れたり、病気や怪我で弱った方を収容したり。今で言えば孤児院と病院ですね」

上条「あー……レッサーから聞いたわイギリス黒歴史。ローマ正教からイギリス清教に宗旨変えして、修道院潰したら社会的インフラも潰れたっていう」

ルチア「そうですね。ホスピタルの原義が元々修道院で行われていた処置だったりします。また他にも療養地として」

上条「療養地?温泉みたいなもんか、湯治場みたいな」

ルチア「治らない病、当時では完治不能と呼ばれた病も、巡礼の旅を行い種々の寺院を訪ねて祈念することで治る、という奇跡があるのですよ」

上条「えー……」

ルチア「はいそこ引かない。これは事実ですよ。嘘だと思うのであればシスター・オルソラにお聞きなさい」

上条「いや信じるけどさ。本当に?」

ルチア「少なくともそういう伝説が残され、多くの巡礼者は悲壮な覚悟で赴いていたのは事実ですよ」

上条「癒やし関係の魔術師がいた、とか?」

ルチア「その可能性も大いにあるのでしょうね。ですが全部には程遠く、また魔術の使用は禁じられていますから」

ルチア「元々の……修道院の祖、発祥とされているのが聖アントニウスです」

ルチア「彼の方はローマ正教だけではなく、ルーテル派や東方教会からも聖人と見なされてる偉大な方です」

ルチア「エジプトに生まれた聖アントニウスは敬虔な十字教徒の両親を持ち、成人してから世俗と縁を切って修行生活へと入りました」

ルチア「その考えに胸を打たれた方々が集まり、集団で神に祈る生活を始めたのが現在の修道院となったそうです」

上条「微妙に……こう、怒られるかもしんないけど、仏教の話に似てるよな。家族捨てて出家したっていう」

ルチア「怒りはしませんよ。それだけ先人達の生き方が多くの人間の心を打った、というだけの話で」

ルチア「……で、その聖アントニウスですが、時代が経つにつれ病魔から人々を守る守護聖人として信仰を集めるようになりました」

上条「またなんか、ベクトルが変った、か?」

ルチア「中世では病気のメカニズムが解明されていませんでした。まぁどこの文化でもそうでしょうが」

ルチア「なので十字教圏では『病気とは目に見えない悪魔が媒介する』と信じられてきました」

上条「惜しい!微妙に合っている!」

ルチア「ウイルスの概念ができたのはその後ですから、まぁ……今にして思えば、ですか。なので悪しき者は遠ざけることで難を逃れると」

上条「日本でもそんな感じだったよ。防疫をしっかりしとけ的な」

ルチア「黒死病を媒介するのはネズミとノミ、しかしそれらを駆逐するネコを悪魔の手先として退けてしまったのは間違いでしたが。まぁ、それはともかく」

ルチア「ですから『聖アントニウスのように、強い信仰の心があれば病魔に打ち克つ!』と見なされていったのですね」

上条「……あぁ、そこで各地の巡礼に繋がんのか。昔の強い聖人さんが造った聖地を廻って、悪いものを遠ざけようって」

ルチア「だと思われます。また何度も言いますが、実際に巡礼をして病気が良くなったという話も多くあり……」

上条「……なに?」

ルチア「……あなたは神を信じていますか?我々でなくとも構いませんし、あの魔神と称するものという意味でもなく」

上条「……これ、ちゃんと答えないとダメなやつだよな?」

ルチア「そうです。ダメなやつです」

上条「悪いけどそこまで深くは考えたことはないと思う。てかいたらこう、なんか嫌だ」

ルチア「嫌、ですか?どうして?」

上条「だって全知全能の神様がいたらさ?俺たちが泣いたり苦しんだりしているのも、その人にとっては予定調和だってことだろ?」

上条「……そういうのは、なんか嫌だ」

ルチア「ご自分に不幸を押しつけたと、殴りにでも行きますか?」

上条「いいや、その逆。恨まれるだろ?」

ルチア「はい?」

上条「道歩いててコケたとする。その原因を『神様がこんな所に石置いたのが悪い!』とか言い出すアホがいる。いや絶対に」

上条「そんな失敗を、どうでもいいことから自分で背負うはずだった失敗まで押しつけて、憎まれてたんじゃ、なんかこう……可哀想だ」

ルチア「……斬新なご意見ですね。私が生まれてから今日までで、初めて聞いた見解です」

上条「あぁいや俺は十字教徒じゃないし、深くも考えたことから。んでルチアは?」

ルチア「主はおられますよ。そして多くの人々を今もなお、お救いになっておられます」

上条「いや、それって……」

ルチア「物理的な意味ではありませんよ?そのぐらいは私も分かっています」

ルチア「ですが、救うのですよ。絶望に打ちひしがれても、周囲を闇夜に囲まれていても」

ルチア「絶対に治らない病でも。親兄弟に捨てられたとしても。人には言えない悩みを抱えていたとしても」

ルチア「――主は我々を見放されないのです」

上条「……」

ルチア「聖アントニウスのお姿が最も強く描かれた絵画は、フランスのイーゼンハイム修道院にあります」

ルチア「それは多くの異形の悪魔どもから、病に苦しむ人間を庇う聖人として」

ルチア「……その修道院が建てられたのは13世紀。科学は人を救ってはくれず、正しい治療などとてもできものではありません」

ルチア「また介護する側にも知識などなく、病魔は”平等に”その猛威を奮ったのです……」

上条「それが、そのとき足掻いて、病気と戦って、殉教していったのが……?」

ルチア「はい。私たち十字教徒であり、神に仕える者たちですね」

ルチア「信仰が病を遠ざけると、きっと打ち克てると患者や自身へ言い聞かせ――」

ルチア「――それが気休めであったとしても、なんの手助けにもならなかったとしても――」

ルチア「――辛い一日の終わりに祈りを捧げ、自信が孤独でないと理解するだけで。たったそれだけのことで」

ルチア「救われる人間だっているのですよ。過去、そして今も」

上条「……」

ルチア「あなたは笑いますか?無駄な努力だと、精神論だと?『そんな下らないことは言うな』と?」

上条「……いや、俺は”救った”って思うわ」

ルチア「……ありがとう」

上条「一応科学の方へ席置いてる身としてはだ。今の社会で医者にも診せずに治療してるんだったらどうかとは思う」

上条「けど昔の、きちんとした治療法ないってのに必死になって。自分の命も危なくしてまで看護してた人らは否定出来ない。していい訳がない」

上条「当時としてはそれが”最善”だったって分かるからな」

ルチア「まぁ……現代のシスターも変りましたね。病魔との戦いから魔術を駆使して異教徒との戦いへと」

上条「それはそれでどうか思う。つーか同ベクトルで語ってんじゃねぇよ」

ルチア「……えぇ、だからこそ私が迷っているのもそこなのです。同じベクトルではないのです」

上条「まぁ、なぁ?」

ルチア「決してローマ正教を軽んじているのではありません。多くの方へ伝道することで、救われる方を増やすのもまた正しいとは理解しているのです――」

ルチア「――が、同時に。このシスター・イーベンのように、古の修道者がされていたような行為もまた尊いのです」

上条「難しい問題だよなぁ」

ルチア「……すいません、愚痴のような話ばかりを。聞いてて気持ちのいいものではないでしょうに」

上条「あぁいいよ。俺がこっち来てんのも『あわよくばさりげなく説得して来やがってくださいな』って密命がだな」

ルチア「もうそれだけで密命の意味を成していません。そしてシスター・アニェーゼがお変わりないようでなによりです」

上条「あと誰かに話すってだけで、考えが整理できるってこともあるじゃん?」

ルチア「告解のようなものですね。司祭様を通じて主へ懺悔すると」

上条「できれば俺よりかオルソラに聞いてもらった方が、人生経験的にいいとは思うんだけどなぁ。暇なのが俺とタカシとアニェーゼとアンジェレネと黒夜しかいなくってさ」

ルチア「シスター・オルソラ以外の全員ですよね、それは……というか、オルソラの負担になってはいませんか?」

上条「つい頼っちまうからな。できれば俺たちで支えたい」

ルチア「……」

上条「っていう話でもないのか?」

ルチア「陰口……と、いうつもりではありませんが、結果的にそうなってしまう可能性もあり。信仰的に許されることでもなく……」

上条「いいから言ってくれよ。別に告げ口なんかしないから」

ルチア「自己申告するのもどうかと思いますが、以前の私は信仰へ対してより先鋭的でした。意味はお分かりになるでしょう」

上条「身をもって体験しましたよコノヤロー。いつかは『車輪』でノリツッコミ入れやがって」

ルチア「その節はご迷惑を。ですが未婚のシスターが異教の人間に触れられることがどれだけ危ういことか、今のあなたであればご理解頂けるかと」

上条「攻撃するのは論外だけどさ、まぁ分からなくもない」

ルチア「まぁそんな私ですが、私以上の信仰心を持ち、恐怖を抱いたのはただお二人だけです」

ルチア「お一人はシスター・アニェーゼ――そしてもうお一人がシスター・オルソラです」

上条「恐怖ってお前……オルソラがかぁ?」

ルチア「はっきりとした言葉には出来ないのですけれど……こう、あなたはシスター・オルソラが”正し過ぎる・・・”と感じたことはありませんか?」

上条「”過ぎる”?十字教的には正しいのは正しいんじゃ、って何言ってるのか分かんないけど!」

ルチア「そうです。以前の我々の悪行ですが……あの教会で私たちは彼女へ暴力を働きました。それこそ『死んだら死んだで構わない』ぐらいに」

上条「……そこは濁してくれてもいいんだが……」

ルチア「しかし彼女は抵抗しませんでした。許しを請うのでもなく、絶望的な反撃をするでもなく、ただ信じた」

ルチア「自身が”正しい”と信念を持ち、”正しい”以上恥じることはないと」

ルチア「……その、卑怯な言い方になりますが、シスター・オルソラが助かる方法はいくつかありました。過ちを認める、責任転嫁する、冤罪だと言い張る」

ルチア「そのどれか一つでも言い訳をされれば、それだけでもう私たちの判断ではどうすることも出来ません。ローマへ連れ帰っての話になりますから」

ルチア「しかし言い訳もせず、自らの信念を通そうとするオルソラの姿を見て私は――」

ルチア「――”怖い”と。そう思いました」

上条「オルソラの信念、って話じゃないのか?そのぐらいで命張るってヤツだったら、魔術師じゃそこそこいるしさ」

ルチア「そうですね。魔術師であれば・・・・そうでしょうね」

上条「……」

ルチア「……元々、シスター・オルソラの洗礼名となった聖ウルスラは”聖人ではない・・・・”のですよ」

上条「聖女なんだろ?ルチアの元になったみたいな?」

ルチア「以前はそうだったのですが、今は違います。今からざっと半世紀ほど前に、伝説は偽りであると聖女ウルスラは聖人ではなくなりました」

ルチア「……そのような方のお名前をつけると?幼少から才能のある少女だと頭角を現していた彼女に?」

上条「嫌がらせか……?」

ルチア「と、私は思っています。ですがシスター・オルソラは苦にもせずに受け入れ、男性でもできない偉業や功績を上げている」

上条「それが……見ていてハラハラする?」

ルチア「端的に言ってしまえばそうかもしれません。何とかして差し上げたいのですが……私如きでは、如何ともしがたく」

ルチア「恐らく……ですが、あの方を人の枠に押し留めておくのであれば、私たちでは無理だと思います」

ルチア「できるとすれば、あなたしかいないと思います」

上条「またなんかフワッフワした話だな」

ルチア「……彼女もまた人間なのです。疲れもすれば限界もある。心が折れそうになることもあるでしょう」

ルチア「しかし常に少し微笑んで、何事もないようにされている。それが心からのものか、私たちの誰一人として――」

上条「――なぁ、ルチア」

ルチア「はい?」

上条「お前やっぱ戻って来いよ。それだけ友達のこと観察して心配して親身になるっていうんだったらさ」

ルチア「そう、でしょうか」

上条「そうだよ」

ルチア「……考えておきます。おやすみなさい」

上条「無理だと思うんだけどなぁ。おやすみ」



――デン・スターヴ教会 裏手の麦畑 数日後 昼過ぎ

上条「――よーしガキども!いいか!この家の食卓はお前らの手にかかっていると思え!」

上条「雑草があったらソイツは敵だ!ライ麦の生長を遅らせ、身が太るのを邪魔する相手だ!容赦なく引っこ抜いてやれ!」

上条「麦の一粒は命の一粒!お百姓さんが育ててくれ八十八の内約は忘れたけど、そんなんだ!各自ググれ!」

子供A「なに言ってんのかわからないー」

子供B「てかライ麦じゃないよ−、麦だよー」

子供C「にーちゃん、さち薄そー」

子供D「『がくもないのにたいへんですね』ってイーベンおねーちゃんが言ってた」

子供E「おんなのてきー」

上条「よーしデンマーク語は分からんが意志はカンペキ通じてるな!諸君らの検討を祈る、つーか散って作業開始!雑草デストロイゴーッ!」

子供たち「はーい」



――デン・スターヴ教会近くの森 樹上 昼過ぎ

黒夜「……」

黒夜(……なんで適応してんだよ。言葉1%も通じてねぇのにスゲぇな。少し評価を上方修正しとこう)

黒夜(てか年長のガキが年少のガキ引き連れている光景にしか見えない……まぁ、メンタル的にも変らないしな。うん)

黒夜(暇だな……代謝落して必要なのだけ残しているとはいえ、だ)

黒夜(スコープ片手に狙撃手の真似ってのは、なぁ?スマートフォン片手に暇潰し感覚でやってもいいんだが)

黒夜(噂に聞いてた魔術師の”程度”。底辺レベルは除外として、そこそこの連中でも殺れるな。過大評価し過ぎていたか)

黒夜(後れを取ったのはあのロシアンクソ売女が”ハメる”系だったことか。そっちも知識さえありゃ対応は出来る。”今”は無理だが)

黒夜(二つのベクトルが出会っちまえば衝突するのは避けられない。能力者と魔術師、今までぶつからなかったのが不思議、もしくは隠匿されてたか)

黒夜(できるなら取り入れてェもンだが……できなきゃ潰すまでか。いいな、そういうのがシンプルでいい――うん?) ジジッ

黒夜(スコープに反応が……教会の裏手に、なんだあいつ?都市伝説っぽいのがいるぞ?ボロボロのコート着た……?)

黒夜(一応メール送って注意してやるか。『なんかいるぞ』――ん?)

黒夜(赤い、ダーツ?どこから取り出した、つーか振り上げて狙いは――)

黒夜(――こっちか!?バカな!届く訳が!)

――ゥンッ、パキーーーンッ……!!!



――デン・スターヴ教会 裏手の麦畑 昼過ぎ

上条「――あれ?なんか音しなかったか?」

子供A「どしたー?さぼってんなよー」

上条「あぁごめんごめん。まだ作業始めたばっかりだよな」

???「そうか……君はもう狂ってしまっていたんだね」 ガサッ

???「君は僕の狂気を肯定すると言うけれど、君の神は君を救ってくれるのかな?」

???「主の右腕は銀色に輝く、つまり主は戦士だったのさ」

上条「大丈夫か?措置入院とかご家族と相談した方がいいんじゃねぇのか?」

子供B「にーちゃん……」

上条「(全員ダッシュで家へ入れ。あとルチア呼んで来てくれ)」

子供C「でも……」

上条「(いいから、早く!)――えーっと、どちらさんだ?初対面なんだよな?」

???「家族……あぁ、家族はいい。心配してくれる人がいるなんて最高じゃないか。君はいるのかい?」

上条「日本に二人……ぐらい?中々親孝行できなくて心苦しいが」

???「なぁに、親が子を心配するのは親の特権だとも。気苦労ぐらいはさせておやりよ」

???「けれど僕は君が羨ましくてたまらない。家族なんていないさ。僕は今までも独り、そしてこれからもだ」

上条「……そうか」

テーレレーレッテッテー、テッテレー

???「――あ、ごめん。妹からメールが」

上条「三秒ぐらい前の台詞に責任持てよ!?妹いるじゃんお前!?」

???「ちょっと待ってくれ、『眼帯は似合ってた』っと」 ピッ

上条「てかテメーあれか。そのフワッフワとした中二病患者っぽいのは、人類からゴリラに独自進化の道を辿ってるオッサンの一味かコラ?」

???「うんまぁ、親父殿はあれはあれで。裸でゴリラ園に入ってたら『へぇ、ゴリラって換毛期あるんだ?』って10人に3人は騙せそうな感じではあるが」

???「だがゴリラの握力は480kg、具体的には1カンザキと呼ばれているぐらいだ。だから流石にそこまでは」

上条「……単位になってるんだ。1カンザキって」

ダッチ(???)「僕の名前はダッチ・マン。ダッチと呼んでくれたまえ」

上条「面倒だからツッコまないぞ。どう見ても女じゃないかとか散々やったらしいからな」

ダッチ「初めまして後輩殿、いや特異点の少年と言った方がいいのかな?」

上条「なんだって?」

ダッチ「君が当惑する気持ちは分かる。僕だって同じさ」

上条「そうなのか?」

ダッチ「……」

上条「……」

ダッチ「あ、ごめんね。そんな体験してなかった。そして別に先輩って訳でもなかった」

上条「じゃあ何で言ったんだよ!?思いつきでポンポンなんでも言やぁいいってもんじゃねぇぞコラ!?」」

ダッチ「くっ!『右手』が!?――これは”共鳴”している、のか……ッ!?」

上条「やめろ。俺がまるでお前と同じ精神疾患で悩んでるみたいな動きはするな」

ダッチ「力を使いすぎたせいだ――逃げろ!ここは僕に任せて前だけ向いて進むんだ!」

上条「もうやだよぉ!日本帰りてぇよぉ!こんな話通じないアホ相手にツッコミ入れたくねぇよぉ!」

ダッチ「隠すのか?隠しているのか?それで?その程度で?」

上条「だからなんなんだよさっきからお前!言いたいことあんだったら文章にまとめるか、通訳呼んでからにしろよ!」

ダッチ「君には記憶がない――それは僕と同じだ」

上条「……いや、お前の事情なんて知らんけど。そうなの?」

ダッチ「この世界には忘れたいことがたくさんあるからね。ある意味では呪いではなく、祝福と言えるだろう」

上条「そこまでは言わないけどさ。まぁ別に悩んだって仕方がないし、前向きにはって思うぜ?」

ダッチ「隠さなくてもいいじゃないか。同じ『黒歴史ダーク・ライブラリ』の罪を背負う同志として、ね?」

上条「だからお前のは中二病と一緒にすんなよ!?俺は本当に思い出せないけど、お前はそれただ隠したくて思い出さないようにしてるだけだからな!?」

上条「てかさっきから俺怒鳴ってばっかりで喉枯れるわ!お前ホンッッッッッッッッッットいい加減にしろよ!なぁ!?」

ダッチ「――そうかい。じゃあそうしようか」

……パチッ……

上条(……なんだ?こいつからじゃなくて、周りからなんかの音、が?)

ダッチ「うん、まぁ、僕のこれもこれで大概ではあるんだけど。性格だから、と」

上条「……おいテメェ、この臭いは――」

ダッチ「時間稼ぎ、なんだ。すまない。言葉遊びをしていたんじゃないんだ」

上条「火をつけやがったのか――麦畑に!?クソがっ――熱っ!?」

ダッチ「君は君の能力を過信し過ぎるきらいがある。ただの炎に腕を突っ込んだ所で身を焦がすだけだよ」

ダッチ「火が回るまでは、ね。魔術と違って時間がかかる」

上条「何してやがんだよ!?森の中で火なんか使ったら!」

ダッチ「昔から”これ”が定番なのだけれど。若い子は知らないのかい?」

上条「――よし、歯ぁ食いしばれ。ちっと全力でぶん殴るから」

ダッチ「あぁ怖いね。それでは僕はこのぐらいで――」

バシユッ!!!

ダッチ「――なに?」

黒夜「――縫い止めた、行けェ!」

上条「おう!――この、クソッタレがァァァァァァァァァァァァァァっ!」

バスッ、パキィンンッ!!!

上条(なんだ?俺がこいつを殴った瞬間、『右手』が何かを打ち消した……?)

ダッチ「メアリー・スーなどどこにもいない。俺たちはただ過ぎ去り、お前は繰り返すだけなのだから」

ダッチ「メアリー・スーなどどこにもいない。生きるなんて真っ平ゴメンだ」

ダッチ「――さて、俺は何回メアリー・スーと言っただろうか?」

上条「お、おい!」

上条(不気味な女はそのまま炎の中へ身を躍らせた。その反動で麦が、収穫間近だった大切な麦か!また一つ強く燃え広がる!)

上条「……クソ……!」

黒夜「惚けている場合じゃないぞ。指示を寄越せ」

上条「指示って……消防車は?」

黒夜「間に合うと思うか?奇跡が起きるのを待つんだったら、止めはしない」

上条「……延焼、しまくるよな。教会には」

黒夜「だけで済めば良いがな。最悪ここら辺一帯が火の海だ」

上条「何とか……出来ないのかな?俺の『右手』で」

黒夜「やってみただろう?火傷をして終わりだ」

上条「じゃあどうしたら……!」

黒夜「私なら出来る」

上条「じゃあ!」

黒夜「ここら辺を構わず、麦畑ごと『能力』で吹き飛ばせば鎮火できる」

上条「それは……!」

黒夜「あァそォだな。無駄になるな、あのガキどもの苦労も、シスターがやってきたことも全て」

上条「……」

黒夜「決断するンだったら早めに頼むぜ。取り返しがつかなくなってから泣きつかれても――」

上条「……黒夜」

黒夜「あァ」

上条「やってくれ、頼む」

黒夜「――了解。少し息止めてろ」

バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!……

上条(黒夜は俺へ背を向けて『能力』を使う。窒素で出来た槍が少しずつ炎を吹き飛ばしていった)

上条(加減の違いなのか、何か理由があるのか。最初は小さかった『槍』は炎を駆逐するごとに大きく膨らんでいる、らしい)

上条(一つ一つが空間をこそぎ喰らう怪物のような、目に見えない悪魔がそこにいるようで)

上条(……結局炎が鎮火するまで、黒夜は一度も振り返ろうとしなかった)

黒夜「……まァ、こんなとこか」

上条「……悪い、ありがとう」

黒夜「あァ。それよりそっちを何とかしてやれよ」

上条「そっち?」

ルチア「……」

上条(振り返ればいつのまにか。霊装を、『車輪』を抱きかかえるようにルチアが立っている)

ルチア「……」

上条「これは、その」

ルチア「――て」

上条「………………ごめん」

ルチア「……帰って、ください……!」



――デンマーク王立図書館 別室 夜

オルソラ「……ふぅ。終わりましてございますよ」

スミス「慨然。決して長くはなかったというのに、よくぞ。あぁよくぞ」

オルソラ「途中から霊装の名前らしきものも判明致しましたし、何よりもスミス様のご指導の賜物かと存じます」

スミス「……」

オルソラ「あら?何かご無礼を致しましたか?」

スミス「呆然。いやなに、教師役というのは意外と面白いものだなと」

オルソラ「それはようございました。第二の人生の主要たるテーマとされては如何でしょうか?」

スミス「戛然。悪くない。しかし魔道書を書いていた時間もまた心躍る。飲まず食わずで一週間、突貫だが明日にはできようが」

オルソラ「……スミス様におかれましては、大変無理難題をお聞き届け頂き、我ら一堂を代表して改めてお礼申し上げるのでございますれば」

スミス「果然。あの少年と再開した折りには覚悟はしていた。そして助けたのも私の意志だ。しかし……」

スミス「突然。そういえば最近少年の姿を見ないのだが、蟄居でもしているのか?」

オルソラ「えぇと……スミス様には言っておりませんでしたね。事情がございまして、ある教会の方でお世話になっております」

オルソラ「先様は立派な教会ですし、お二人がお世話になっておられるのであれば一度ご挨拶をと思っておりました次第でございますよ」

スミス「宛然。巻き戻るのはどうか思うが……教会?立派な?」

オルソラ「はい。アニェーゼさんが仰っていましたが、スターヴ様式の見事な建築物ですよ。海鳥さんの写メがこちらに」

スミス「……」

スミス「悚然……シスター、あぁシスター。君の知り合いと少年はここに世話になっているのか?」

オルソラ「はい。私の見立てではノルウェーに多いスターヴ建築の初期教会に見えますけれど。あぁスミス様に以前お訊ねになった際には」

スミス「当然。教会ないと答えた筈だ」

オルソラ「はい。ですので弘法も筆の誤りと申しますように、以外な所に文化遺産があるものだなぁと感心みぎりで」

スミス「愴然、あぁ愴然。勘違いだ、私は誤りなどない。誤っているのは君たちだ」

オルソラ「とは一体?」

スミス「倏然。ここは教会――ではない。神殿だ」

オルソラ「仰っている意味が分かりかねます。ですから主の館でありましょう?」

スミス「必然。ここは君たちの奉じる神の座す所ではない。異教の旧き神が治める神殿だ。あぁ、まぁ、つまりだ。アレなんだ」

スミス「当然。言葉を労さずに言えば、魔女の家――」

スミス「――人喰い婆さんの家だ」



――デン・スターヴ教会 焼け焦げた麦畑 昼過ぎ 回想

イーベン「……あらまぁ、では済まないぐらいの燃えっぷりですねぇ。困りました」

ルチア「……」

イーベン「消防の方には連絡を入れましたけど、あの方たちは消火よりも賭けポーカーの方が得意ですし」

イーベン「まぁ……駆けつけるよりも早く燃え落ちたと判断すれば、結果だけを見れば畑だけで良かったのかも?」

ルチア「……あの、これは……ッ!その――申し訳もございません!何とお詫びしたらいいのか!」

イーベン「あぁいいですいいです。頭を上げてくださいな。ね?」

ルチア「ですが!」

イーベン「幸い神殿には被害もなく、小麦もストックがない訳でありませんから。それだけで充分ですとも」

イーベン「これがもし、母屋へ燃え移っていれば……まぁ、私たち全員で路頭に迷わねばいけませんでしたが」

ルチア「……っ!」

イーベン「……えぇまぁですから。どうか頭を上げてください、とお願いしているじゃないですか、シスータ・ルチア」

イーベン「畑はまた作ればいいですし、怪我人も出なかったのですから上々ですよ。ね?上々」

イーベン「何をどうして火事になったのか、シスター・ルチアが激昂しているの何故か。また弟さんが居なくなってる、という時点で何となく分かるのですが」

イーベン「何か……そう、何か理由があったのでしょう?やむにやまれないよう事情が」

ルチア「かも、しれませんが!到底許される訳が!」

イーベン「あぁだから落ち着いてくださいよ。子供たちも怯えてしまいますから、ね?」

ルチア「……すいません」

イーベン「私は弟さん――トーマさんと生活してまだ数日ですけどね、彼は意味のない騒動を起こす方ではないように見えました。違うのですか?」

ルチア「違い……は、しません。意味があればしますけど」

イーベン「ですからきっと、何か事情がある筈です。きちんと聞いたのですか?」

ルチア「……いいえ、気が回りませんでした。動転してしまいまして」

イーベン「まぁ、今日は後片付けもありますし、消防の方へも説明しなければいけません。何が起きたのかは私がでっち上げるとして」

ルチア「……聞かなかったことに致します」

イーベン「あなたはちゃんと連絡しなければいけませんよ?近日中にでも話し合う機会を設け、お互いの誤解を解くのです。いいですね?」

ルチア「……はい」

イーベン「しかし驚きましたね。その……操舵輪、ですか?それとも車輪?」

ルチア「あぁいえこれは!隠していた……ん、ですが!そういう訳ではなく!」

イーベン「いえいえ、いいんですよ。生きていれば色々ありますとも、人に言えないことの一つや二つ」

イーベン「その歳で……はいっ!シングルマザーは偉いと思います!」

ルチア「違います。というか場を和ませるためであっても不謹慎です」

イーベン「ですかね――あら?」

子供A「――イーベン!ニルスが発作を!」

イーベン「……いけませんね。子供たちの動揺が伝わったのかも……」

ルチア「……シスター・イーベン」

イーベン「ですからシスターは結構ですが、何か?」

ルチア「ニルスは私が看ます。子供たちと火事の後始末を任せてしまうのは、当事者の一人として心苦しいのですが」

イーベン「それは……正直私がお願いしたいですね。消防の方には私が説明する必要がありますし」

イーベン「ですが、その、いいのですか?やれることは見守るぐらいですけど、精神的には返って辛いですよ?」

ルチア「是非もありません。どうか」

イーベン「……では、お願いします」



――ニルスの私室

ニルス「……いたい、いたい……助け、助けて……ッ!」

ルチア「――ニルス!手を……!」

ニルス「だめ、なんだ……!痛くて……触ら、ないで……!」

ルチア「……私はどうすればいいのですか?私は何をすればあなたの助けになりますか?」

ニルス「……光を、弱めて……!当たっているだけで……つらいんだ……!」

ルチア「ロウソクですね。では本立てで少し、覆って……どう、ですか?」

ニルス「あり、がとう……げふっ!……ちょっと、だけ、よくなった、かも……」

ルチア「無理に喋らなくても構いませんよ。どうかそのまま横になってください……水、飲みますか?飲んだ方がいいのでしょうか?」

ニルス「すこし、うん。水差しがあるから……」

ルチア「はい、どうぞ」

ニルス「……うん……ありがとう」 ゴクッ

ルチア「……他に何かしてほしいことはありませんか?シスター・イーベンはいつもどうされているのでしょう?」

ニルス「……特にも何も。手を握られたら、たぶん、いたくて泣いちゃうとおもう」

ルチア「それほどまで……」

ニルス「……いいんだ。発作がおきてるときは、だいたい、なれた……し。でも」

ニルス「ほんが読めないから……イーベンにおはなしをしてくれるよ」

ルチア「そうなのですか?」

ニルス「こわい神様がどうっておはなし。こわいのは、あんまり好きじゃないんだけど……」

ルチア「じゃあ私も何か話をしましょうか?神の子の話ぐらいしか知らないのですけど……それはシスター・イーベンがされているでしょうし」

ルチア「困りましたね……こういうとき、シスター・アンジェレネならその手の話題だって豊富なのですが」

ルチア「……人生とは何が起きるか、分かったものではない、か」

ニルス「ルチアおねーちゃん……?」

ルチア「……いえ、じゃあとっておきの話をしましょう。タイトルは……そうですね、『赤髪の女の子』です」

ニルス「うん……」

ルチア「『昔々あるところに、それはもう綺麗な赤髪の女の子がいました。彼女はイースターのお祭りへ両親と遊びに来ていました』」

ルチア「『しかし、彼女は両親とはぐれてしまいます。言いつけを聞かず、二人の手を離してしまったからです』」

ルチア「『彼女が途方に暮れていたら、会場の隅の方からから鳴き声が聞こえてきました』」

ルチア「『そこにはのっぽの女の子が、泣きじゃくる小さな女の子をなだめていたのです』」

ルチア「『”どうしたのですか?”と赤毛の女の子は尋ねました。するとのっぽの女の子は困ったように言いました』」

ルチア「『”この子は迷子になってしまったのです”。それを聞いた赤毛の少女は笑いました』」

ルチア「『”あぁそうなんですかい?それじゃ私と一緒ですね”』――」

ニルス「……ねぇ、おねーちゃん。その子たちはおとうさんとおかあさんに会えたのかな……?」

ルチア「どう、でしょうね。まだこの話は終わっていないので分かりません」

ルチア「でもきっと、いつかは必ず」



――デン・スターヴ教会 近くの森 夜

上条「……」

黒夜「そろそろ帰りたいんだがな。できれば学園都市へ直で」

上条「……それは諦めてくれよ。ここで投げ出せるほど無責任じゃない」

黒夜「まァそっちはそォだが。もう一つは諦めたらどォだよ?」

上条「諦める?もう一つって?」

黒夜「何をって、あの堅物女しかいねェ」

上条「昼間は立て込んでたから一回時間を置いただけだよ。それとこうやって森の中にいるのも理由がある」

黒夜「へェ、そォかい?だったらどォしてアンタは終電がなくなるまでそうやってボーッと突っ立ってンだよ?」

上条「……そりゃ疲れたからだっつーの。他にも隠れてるかもしれないアホ探して、散々ブラったろここら辺」

黒夜「判断は間違っちゃいない。あの女の誤解を解くよりも先に伏兵潰し、それは正しいさ」

黒夜「感情に流されて、優先順位を見誤って、女のご機嫌取るのにヘラヘラ笑って媚びるよりも」

黒夜「私はずっと好みだ――が……どいつもこいつもよォ、アンタには厳しいよなァ?」

黒夜「ただの学生だぜ?大した力も持たない、高貴な生まれって訳でもない貧乏学生だ」

上条「貧乏言うなよ。俺の総資産は3万3千円、買おうと思えばSwitc○だって買えるんだからな」

黒夜「差額2万どこでスッたンだよ。数字が目減りしてンのが悲しすぎる……いや、だからよォ、分かってンだろ?アンタも」

上条「……」

黒夜「ちっとぐらい日和ったっていいだろ。全部が全部上手くやれるって程器用でもねェって、アンタが一番知ってンだよな?」

黒夜「嫌がってる野郎を無理矢理パーティに誘うよりか、ガミガミ言うよォな口うるさいの入れるよりか」

黒夜「好感度高止まりしたヤツだけで楽しくやりゃいいだろうが、なァ?」

上条「んー……?そうかな。できることもできないこともやってきた、俺は」

上条「正直アレだぜ。今だってルチアに会うのが怖いよ。また怒られるんじゃねぇか、余計に嫌われるんじゃねぇかって」

上条「ぶっちゃけホテル戻ってオルソラへ頼んで、仲介してもらった方がまだ拗らせないのも分かる――って、本気で悩むぐらいには臆病で」

黒夜「何が悪い」

上条「――けどな?それだと筋が通らない」

黒夜「は?」

上条「誤解ができちまったのは俺とルチア。あの場で上手く言い出せなかった、誤解を解けなかった俺も悪い」

黒夜「誤解ってあんた……」

上条「なぁ、黒夜。俺はヒーローじゃないよ。悪いけど、つーか自分で言ってて悲しいが」

上条「決断するのにも、何かアクション起こすにしたってウジヴシ悩むし。ヤだなー、やりたかねぇなーって」

上条「俺にもう少し主人公力もしくはイケメン力が高ければ、あの場でナデポで解決したような気がするんだが」

上条「でもないモノは仕方がないだろ!俺だって欲しいわそんな能力あったら!」

黒夜「まさかの逆ギレだよ」

上条「まぁ、アレだ。つまんないことで意地張ったり迷ったりしてないで、話し合えってこったな。うん」

黒夜「……勝手にしろ」

上条「来てくれないのか?」

黒夜「私は依頼をこなしたまでだ。そこに恥じる事は何一つとしてない」

黒夜「アンタが私に命じなくても、延焼を防ぐためには能力を奮った可能性は高い」

黒夜「――てか、あの女。武器抱えて出てきたのも、それが分かってたからじゃねェのか」

上条「……なんだかんだで甘やかすのかよ、お前は。どっちかにしとけ」

黒夜「ぶち殺すぞ、私の敵。ここで埋めて殺して学園都市帰ンのも悪かァないって葛藤してンだよ、こっちはな」

上条「殺害順が猟奇的過ぎないかな?どうせヤるんだったら楽にしてから埋葬してほしい」

黒夜「それにあの場は私たちがしたように、他の敵性魔術師が潜んでいないか確かめるのが先決だ」

黒夜「優先順位に従って粛々と実行した。誤解も何もない。する方が悪い」

上条「……そっか」

黒夜「まぁ、好きにすればいいさ」

上条「……」 ジーッ

黒夜「なんだよ」

上条「……ライト、予備とかあったら貸してくれないかな?」

黒夜「私はアンタの母親か」



――デン・スターヴ教会 聖堂 夜

イーベン「大変お疲れ様でした。シスター・ルチア」

ルチア「いえ……大変だったのはニルスの方です。私はただ側にいただけで、何も」

イーベン「苦しいとき、困難なとき。何をせずとも側にいてくれるだけで楽になることはあるのですよ」

ルチア「……それでも、無力な我が身を恥ずかしく思います」

イーベン「恥じることなど何もありませんよ。全てを一人の身でやりくりするなど、人の業ではありません」

イーベン「――さて、少し遅くなってしまいましたが、ご飯に致しましょうか。すいませんね、聖堂で頂くのはマナー違反かもですけど」

ルチア「あぁいえ緊急時であれば。それよりも台所に何か問題が?」

イーベン「延焼はしなかったんですがねぇ。煤と煙で凄い事に、いや困りましたよ」

ルチア「ま、まぁミサではパンとワインを飲みますし!問題はそれほどないかと!」

イーベン「流石ですよシスター・ルチア。イイ感じにカスタマイズされてますね!」

イーベン「ともあれ、お疲れになったでしょうし、頂きましょうか。さぁ、どうぞ」

ルチア「ありがとうございます。頂きます……あ、美味しいですね。このパン」

イーベン「そうでしょうそうでしょう。残り少ない麦角菌ばっかくきん入りのパンですからね。これがないと術式の効きが強くなりすぎて」

イーベン「やっぱり純粋な意味での魔女じゃないからでしょうかねぇ?どう思われます?」

ルチア「そうですか、だから――」

ルチア「……」

ルチア「あの、今何か……非常に、不自然な、会話がありませんでしたか?」

イーベン「不自然?何かありましたか?」

ルチア「シスター・イーベンが、魔女だとか何とか……」

イーベン「あのですねーシスター・ルチア。いい機会ですから言わせてもらいますけど、私はシスターと呼ぶのを改めていただきたい」

イーベン「十字新教の方であれば、そういう一派もいるとは聞き及んでおりますし、またルチアさんが敬意を込めて仰ってくださるのも理解は出来ます」

イーベン「しかしですね、私たちの歴史から言っても、あまり好意的な関係ではない以上、実態に即さない呼び方をされるのは、お互いにとって不都合では」

ルチア「ちょ、ちょっと待ってください!?あなたが何を言ってるのか分かりま――」

イーベン「いえ、ですから。私はそもそも十字教の信徒ではありません・・・・・・・

ルチア「……………………………………今、なんと?」

イーベン「ですから私はあなたと違って十字教徒ではなく――」

イーベン「――魔女の女王、零落した夜の主にして魔女と狼の同胞――」

イーベン「――三叉路の女神、大地母神ヘカーテに仕える神官なのですからね?」



――デン・スターヴ教会?へと続く道 夜

上条「……」

上条(黒夜にあぁは言ったものの。どうにも後ろ髪引かれる感じで、正直率先して行きたくはない)

上条(ただ、まぁ?前までのルチアと違って、こっちの言い分は聞いてくれそうなのはありがたいが。それにしてもあんまり胸張って言える事でもなく)

上条(結論だけを言えば『敵の魔術師の攻撃だったんだよ……!』と、俺の持ちネタそのまんまの事実であって)

上条(てか『お前が守るの失敗したのが悪いんだよね?』とツッコまれれば、まぁ俺か!悪いのは!)

上条「……」

上条(悪い?――そもそもだ。あの中二女、どうして麦畑を燃やしやがったんだろうな……?)

上条(想定外にコミュ障だって可能性もあるけど、『取り敢えず火計』って三国志か。周瑜さん軍師に置いてオートプレイでもさせてんのか)

上条(俺たちへは攻撃せず、建物にも被害を与えないで。ってことはあの畑を強制焼き畑するのが目的?なんでまた?)

上条(あそこのシスターさんも、不愉快なオッサン一味の知り合い……か、まぁそれに近いみたいな事言ってたし)

上条(問題があるんだったら『これこれこういう訳で』って交渉から入るよなぁ、普通は?それをしないってのは、やましいのか、緊急性があったか……?)

上条(あるとしたら……”どっち”にだ?)

上条「うー……む?」 ポリポリ

上条「……一応、見に行ってみるか」



――デン・スターヴ教会? 裏手 焼け焦げた麦畑 夜

上条「……」

上条(焼け焦げた麦畑。香ばしい臭いがする――なんて事もなく、ただただ焦げ臭い)

上条(焼けちまった面積は体育館4・5個ぐらいか。申し訳程度に『KEEP OUT!!!』のテープが貼ってるけど、スッカスカでもうやる気ねーなー)

上条(強くたくましく生きてる子供たちの努力が、少しだけ手伝った俺がぶち切れるほどに怒りはした。したけどもだ)

上条(つーか暗いなー。街灯なんてねぇし、黒夜から借りたスコープ(ただし本体は破損)のライトで照らしてんだけど) ガサッ

上条(んー……?なんだこれ?足元になんか燃え残って――)

ダッチ「――死ぬかと思った……ッ!?」

上条「――ってお前巻き込まれてんのかアァァァァァァァァアアアイッ!?」

ダッチ「……ふう、怖かったよ……」

上条「逃げたんじゃなかったのか!?こう怪盗キャラが炎の中へ消えるってパターンでさ!?キッ○さんが得意としてる体でだよ!」

ダッチ「……僕もね。最初はそのつもりだったんだ。耐火用の霊装は用意してあったし、他へ延焼しないように見張る必要があったからね」

上条「じゃあ平気だろ!?何お前リアクション芸人みたいに体張って笑いを取りに来てんの!?」

ダッチ「……それが不思議な話なんだ。それでも聞くかい?」

上条「……どうせしょーもないオチだろうけど……どうしたん?」

ダッチ「僕が身を翻した瞬間、まるで見えない槍か何かで正中線を射貫かれて致命傷を負ってね」

上条「カマイタチだわー、それなんの疑問を挟む余地もないぐらいJapanese Yoh-kaiの仕業だわー」

ダッチ「本当かい!?僕も知識だけでは知っていたんだけど、北欧にまで勢力圏を広げているのかな!?」

上条「そりゃそうだよ。今じゃ全世界でポケットなモンスターをゲットできるんだから、連中の活動はワールドワイドになっててだな」

ダッチ「しかし……カマイタチは切り傷なのに、僕が負ったのはもっと直線的な何かだったよな……?例えば、槍とか」

上条のケータイ【わーい!当麻お兄ちゃん、少ないお友達からお電話だよっ!きっと借金の催促だねっ!】

上条「おっとごめんよ!なんか緊急の用事が入ったからこの話はこの辺で!――『はい、上条ですっいつもお世話になっています!』」 ピッ

冥土帰し『――うんまぁ、僕の患者さんの中ではリピーター率は君がダントツだね?時点で一方通行』

上条「『あ、メイド先生』」

冥土帰し『傷つくね?僕もいい歳なんだけれど、面と向ってそう呼ばれるとメイドさん大好きみたいな聞こえるよね?』

上条「『いや、カエル先生の”冥土帰しヘヴンキャンセラー”もそうとうアレに聞こえるんですけど……』」

冥土帰し『僕の責任ではないよね?……まぁ、わざわざ面白がって広げた古い友人の仕業だけどね?』

上条「『友達は選ばないといけませんよね!』」

冥土帰し『君に言われたくはないね?まぁそれはいい。うん、久しぶりだね?元気なのかい?』

上条「『友達の一人とケンカしてる以外まぁ、問題ないです』」

冥土帰し『そうかい、じゃ良かった――と、言いたい所なのだけど、こっちは良くない知らせだね?』

上条「『良くない?カエル先生が病気なんですかっ!?』」

冥土帰し『まさか、医者の不養生なんて冗談にもならないね?』

冥土帰し『でもなくてね?君から送ってもらった検体のことで話があるんだ?』

上条「『検体……?あぁニルスの。前に検査してもらった病院から、そっちに取り寄せてもらったんでしたっけ』」

冥土帰し『結論から言うね?患者の血液から微量のアルカロイドが検出されたね?』

上条「『はぁ』」

冥土帰し『ただ学園都市以外じゃ難しかっただろうね?そういう意味で君はファインプレーだったね?おめでとう』

冥土帰し『取り敢えずは僕の方から行政の方へ通報しておいたけれどね?文字通りお役所仕事だから、まぁ時間がかかるものだよね?』

冥土帰し『でもまぁ今回は対象が子供だし、僕も不本意ながら少しばかり強い手で動くから?明日か明後日には警察が動くね?』

上条「『ま、待ってくれ待って!話がまた分からない方向で進んでる!』」

上条「『アルカロイド?行政がって何?何が俺の知らないところで進行してんの?』」

冥土帰し『そうだねぇ、こう言って君が分かるか分からないけどね?』

ダッチ「『麦角菌』」

冥土帰し『そうそう。よく知っていたね?』

上条「『いや、今のは俺じゃないです。てかバッカクキンって何?』」

冥土帰し『うん、だからね。要はだ。検体は少年から提供したものであればね――』

冥土帰し『――その少年は、意図的に毒物を摂取させられていた疑いがあるね?』



――デン・スターヴ異端聖堂・・・・

ルチア「……理解が、理解が!追い付きません!?あなたは、一体……?」

イーベン「ですからシスターではなく、あなたから見れば異教の神の信徒ですね。あ、ここに奉られているのは女神ヘカーテとスカディですよ?」

ルチア「ですが!十字架が掲げられて居るではないですか!?」

イーベン「違いますよ。三叉路――三本の道が交わったところへ光が差しているシンボルですよ。ほらよく見て下さい、真ん中の上は少し短くなってるでしょう?」

ルチア「……騙したのですか、謀ったのですか、皆を……!」

イーベン「いえ、ですから全然?シスター・ルチアも言ったでしょう?子供たちへ聖句を教えることもしていませんね、って」

イーベン「私は一度足りとも十字教の信徒だと偽った覚えもありませんし、詐称してあなた方の神の名を騙ったこともありませんよ。バカにしないで下さい」

ルチア「では、ここで何を……?」

イーベン「十字教教会のフリをした慈善団体ですけど。あなたもご存じの筈ですが?」

ルチア「……えぇまぁ、下手な金銭目的のNPOとは比べものにならないぐらい、真っ当に活動されているように思えますけど……」

イーベン「あ、ちなみにある程度子供たちが成長したら、この神殿を出て自活してますからね?取って食うような真似はしてませんからね?」

ルチア「そこまで疑ってはいませんよ……流れ者であればともかく、定住して、というのは無理がありすぎます」

イーベン「私の先祖は散々それで灼かれましたからねぇ。今も昔も冤罪ですって」

ルチア「……」

イーベン「おや?どうかされましたか、シスター・ルチア?お顔の色が優れないようですけど?」

ルチア「……いえ、何でもありません。それよりも、その、どうしてこのような……?」

イーベン「『もう公式には存在しない魔術を伝える魔女の家』、そう看板に書けないからですね」

イーベン「今のシスターの反応を見れば、ただ自己紹介しただけで放火されかねませんから」

ルチア「その、やっていることが魔女でしょう!?」

イーベン「仕組む、とは人聞きが悪いですね。あれは『救い』なのです」

ルチア「あなたは……何か、子供たちへ魔術をかけていたように仰っていましたよね……?」

ルチア「……どうか、どうか私にも理解出来るよう、簡潔かつ明瞭にご説明下さいますよう」

イーベン「理解できなかったら、どうします?」

ルチア「私に、あなたを攻撃させないで下さい。そんな下らないことを!」

イーベン「ま、見解の違いですね。たった一人を不幸にして他の全ては救われるのですよ?あなたの神はそうではないですか――原罪、でしたっけ」

ルチア「それとこれと何が――」

イーベン「シスター・ルチア。正直に答えてください、この家をどう感じましたか?あなたにはどう見えましたか?」

ルチア「……子供達もよく懐き、病める子を皆で助け、善性を持つ女性がよく助けていた――」

ルチア「――真実を、知るまでは!そのように思っていました!」

イーベン「ではもう一つ質問です。あの子達はどうですか?」

ルチア「良い……子達でしょう!」

イーベン「いいえ、シスター。彼らは全員行き場がないのですよ」

ルチア「行き場が……ない、ですか?」

イーベン「あの子達は売られた子供たちです」

ルチア「それは……そう、ですか」

イーベン「嘘、とは言わないのですね?」

ルチア「……子が親を捨てる家庭もあるのです。親が子を捨てる家庭だってあるのでしょう。悲しいことに」

イーベン「そうですね、それはとても悲しいことです。私だって行政の方へ訴えかけてみたのです。しかしダメでした」

イーベン「……彼らは元の国へ戻されるか、元の家へ戻されてまた売られるか。ですから選択肢などあってないようなものです」

イーベン「幸い、私には多少の人脈がありましたから、彼らを引き取れたのですが……やはり最初はふさぎ込んで大変でしたよ」

イーベン「言う事を聞かないだけじゃない、暴力を振うし他の方にも迷惑をかける。自棄になっている人間なんてそんなものです」

イーベン「ですが……その程度であれば幸福だと思います。それに気づいていない」

ルチア「生きていればどうとでもなる、ですか……?」

イーベン「はいっ、そうなんですよ。それを彼らは理解できていないだけだと」

ルチア「……そこは、そこだけは共感しないでもないですが……」

イーベン「はい。ですから、子供たちに自分が幸せだと知ってもらうためにも――」

イーベン「――一人を不幸にして・・・・・・・・他の全員が幸せだと分かってもらうようにしました・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



――デン・スターヴ神殿 大地母神ヘカーテの大聖堂 夜

ルチア「……えぇと、はい?」

イーベン「お酒を飲んで酷い二日酔になったとします。その時思う訳ですよ――『あぁ、素面の状態はなんて幸せだったんだ』と」

イーベン「また転んで骨折すればこうも思うでしょう――『あぁ、怪我をしていない頃は幸せだった』と」

イーベン「だからニルスには病気になってもらい、他の子たちが幸せだと自覚してもらいました。私がしたのはたったそれだけですよ?」

ルチア「――そんな理屈が通るとでもお思いですか!?そんな下らない理由が!」

イーベン「シスター・ルチア。私からすればあなたも幸せに見えますよ、その修道服が証です」

イーベン「あなたが籍を置いている修道院は居心地のいいものですか?それとも辛いものですか?」

イーベン「少なくとも今もその服を身に纏い、十字教の信仰を保つ程度には良きものであったのでしょう?あぁ、羨ましいことです……」

ルチア「その言い方だと……あなたも、どこかに?」

イーベン「私は、私の一家は三叉路の女神ヘカーテを信仰する、まぁ魔女ですね。それはいい」

イーベン「誰に迷惑をかけるでもなく、家族から少しだけ魔術を教わったりして、そこそこ幸せな家庭ではありました」

イーベン「ですけど……どこでどう間違ったのか。悪魔憑きだなんだのと言われ、私は十字教の修道院へ入れられました」

ルチア「それは……」

イーベン「あぁいいんですいいんです。当時の私はハイカラと言いますか、まぁ新しいものにも興味はありましたので、最初は期待もしていたのです」

イーベン「なんでしたら宗旨変えをするのも悪くはない。そう考えていましたが――」

イーベン「――まぁ、控えめに言っても地獄でしたよ?私の送られた場所は」

イーベン「同室になったのは殿方を誘惑した女、未婚の母となった女、そして美しい金髪を持ち、淫らに男を誘惑すると言われた女。そんな方ばかりです」

イーベン「その修道院を出られるのは心か体を病むか、どちらもダメになったときだけ」

イーベン「……ねぇ、シスター・ルチア。どうして私たちを助けてくれなかったのですか?あなたの神の御許で使えていた私たちを?」

ルチア「……あなたの境遇には同情もしますし、酷く憤りも覚えます」

ルチア「なんでしたら……今からその修道院を然るべき手段で断罪するのであれば、私も協力を惜しみませんが」

イーベン「お気持ちはありがたいですけど、もうありませんよ。通りすがりのヴァイキングの方が、帳尻を合わせて下さいましたから」

イーベン「ですから、それはもういいのです。感謝の念など何一つありませんが、私たちが不幸となった原因を作った方々は壁のシミになりましたし」

イーベン「また十字教にも恨みはありません。彼らが十字教の全てだとは全然、暴走した個人である事も分かっています」

イーベン「ですが……考えたのです。どうして私が、と?不幸な目に遭わなくてはならないのかと」

イーベン「監獄よりも劣悪な場所ヘ入れられ、日々抑圧されたのは?私が不幸なのは誰のせいでしょうか?」

イーベン「……少なくとも神のお膝元、”あなたがた・・・・・”の神が座する所で、そんなような無体な仕打ちを受けねばならなかったのは、何故……?」

イーベン「異教徒だから?女だから?聖書にすら載っていない罪を罪とされ、罰を強いられた私たちは――」

ルチア「……神が」

イーベン「はい」

ルチア「神が試練をあなたへお与えになった、とは考えられませんか……?」

イーベン「異教の信徒にまで試練をお与えになるだなんて、お暇な神なのですね」

ルチア「……その言葉、以前の私ならば激昂して飛びかかっていたかもしれません。私たちの主をバカにするのかと」

ルチア「しかし――あぁいえ全く怒っていないわけではないのですが――多少ながらも、言葉であなたを説得したい」

イーベン「いやですねぇ、シスター・ルチア。あなたがそれを言う資格はないんじゃないんですか?」

ルチア「何故ですか?私は未熟者ではありますけど――」

イーベン「だって、あなた――魔女狩りをした異端審問官のご一族・・・・・・・・・・・・・・・・でしょう?」

ルチア「……ッ!」

イーベン「知ってますよぉ。派手にやり過ぎて故郷で恨みを買い、こっちまで逃げざるを得なかった人たち」

イーベン「狩られそうになった婆さまから聞いただけですけど、本当に変ってないんですねぇ。100年も200年も綺麗事ばかり言いやがりますね」

イーベン「だってそうでもいなければ、自身が正しいと確信していなければ」

イーベン「車裂きの拷問用具の霊装なんて持っていませんよねぇ?ねぇ、どうですか?」

ルチア「……」

イーベン「あなたは言葉を使いましたか?あなた方は懇願する魔女や魔女役をさせられた・・・・・・・・・人たちへ対して、何と言いましたっけ?」

イーベン「私がこうやってコスプレしているのもそう。教会モドキの建物で十字新教ゴッコをしているのもそう」

イーベン「下手に異教徒だと分かると普通に放火されますからね。ムスリムと違い、こちらは十字教が布教する前からの先住者なのに、ねぇ?」

イーベン「でもまぁこの格好だけは気に入っているんですよ。可愛いでしょう?」

イーベン「十字教のシスターも元を正せば神に仕える側妻そくさいですし、ヴォルアヴァの一派と言っても過言ではなく」

イーベン「現代風の衣装と言えば、そうかけ離れていないのですがね?」

ルチア「……信仰を、穢しているのはどっちですか……!」

イーベン「修道女、シスターの興りはどこからかご存じですか?」

ルチア「当然です!聖アントニウスが隠遁生活を送りながら信教をしたのが始まりだと!」

イーベン「それは修道”士”と修道”院”ですね。今の黒服を着て髪を隠したスタイルになったのはいつ?どこから?」

ルチア「それは……」

イーベン「分からない、ですよね。誰が決めたのか、どうやってそういう風になったのか」

イーベン「時期自体は10世紀頃には確立し、文献や絵画にも残されていますが――さて、北欧神話に『フリングホルニ』という船があります」

ルチア「存じませんが、それがどうしたというのです!」

イーベン「どうしたと言われると大した話でもないのですけど。まぁ不死身の神バルドルが殺され、彼を船葬するときに使った船の名です」

イーベン「昔は奴隷や従者を同じ船へ乗せて旅立たせる、という行為が一般的だったのですが――」

イーベン「――シスター・ルチア。あなたのそのシスター服は喪服にも見えませんかねぇ?」

ルチア「これが、異教にルーツがあったと……?」

イーベン「という説もある、ですね。ただ生涯独身を貫き、主のため主の妻として敬虔に振舞う――と、いうのは、夫に先立たれた寡婦にも見えますよねぇと」

イーベン「偶然って怖いですね。魔女と異端審問の血族が、似たような服を着て、こうして一度に介するなんて。神よ神よ、女神スカディのお導きに感謝致します……っ!」

イーベン「あぁ失礼しました。嬉しくってつい、なんのお話でしたっけ……?あぁ、そうそう。今後のお話ですか」

イーベン「少なくとも――この家で損をしている人間はいますか?いないでしょう?」

イーベン「ニルスだって私が面倒を看ています。一生支えるつもりでいます。それがケジメですから」

ルチア「シスター……いえ、ただのイーベン。今からあなたを攻撃します」

イーベン「ほう?」

ルチア「あなたを……真摯に尊敬しています。落胆こそ大きいものの、敬意は今も抱いていますし、その境遇に心から哀しみを覚えます」

ルチア「しかしだから――だからこそ、です!たった一人に犠牲を強いてまで!

ルチア「あなたほどに!少なくとも懸命に看護するほどの心をお持ちであるのならば!このような悪魔の行為など必要はない!」

ルチア「あなたに恩を受けたからこそ、あなたの過ちを正すのです!どうかご改心を!」

イーベン「いいですねぇ。魔女に火をつける異端審問官が懺悔を迫る台詞にも聞こえて素敵です」

イーベン「……ただ、手遅れなのです。全てが」

ルチア「何を言って――!?」

イーベン「あら?」

ルチア「あっ……くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……ッ!?」

イーベン「つい強め魔術を使ってしまいました、ごめんなさいね?少し、緩めて差し上げますからね」

ルチア「い、いつ……?」

イーベン「シスター・ルチアはご存じではない?お菓子でできた家を食べる兄妹の話を?」

イーベン「『魔女の家で飲み食いしてはいけませんよ』と、教わりませんでしたか?」

ルチア「じゃあ、この、痛み……を!あんな幼子にまで与えているというのですか……ッ!!!」

イーベン「まさか。シスター・ルチアであれば耐えられると確信してのことです」

ルチア「そ、んな……確信は、余計です……!」

イーベン「信じていたと打ち明けてもこの仕打ち、悲しいですね。さて――どうしましょうか?」

イーベン「このまま帰り全てを忘れると誓って頂けるのであれば――」

ルチア「お断り致します……ッ!」

イーベン「……あまり困らせないで下さい、シスター・ルチア。決してあなたやニルスを傷つけるのは本意ではないのです」

ルチア「どの口が……言いますか!」

イーベン「嘘でもいいから『誓う』と仰ってくれればいいのに。本当に不器用な方」

ルチア「……言えば見逃すとでも?」

イーベン「いいえ、呪いをかけますよ?魔女との約束を破った者の末路なんて、相場は決まってますからね」

ルチア「下衆が……!」

イーベン「では……あぁ、あなたの名を持つ聖女は両目をくり抜かれても信仰を貫いたんでしたっけ」

イーベン「そうですね、それ・・がお似合いかもしれません。気高く強いあなたには」

イーベン「安心して下さい、シスター・ルチア。あなたがどんな姿になろうとも、私は決してあなたを見捨てません」

イーベン「あぁ……愛していますよ、この世界の全てを」

ルチア「っ!」

ルチア(全身が悲鳴を上げる。両手両足が少しでも身じろぎするだけで、灼けた鉄を押しつけられているような熱が走る)

ルチア(それでも――それでも、私は無様に這いずって聖堂の入り口を目指した)

ルチア(普段であれば数歩もすれば着いてしまうような距離なのに。一歩一歩が限りなく遠く、そして鈍く)

ルチア(痛みの塊は確実に私の正常な部分までも侵食して行き……)

ルチア「あ………………くっ……!?」

ルチア(扉に手をついただけで、痛みの前に膝を折り、また床に着いた膝から激痛が這い上がってくる!)

イーベン「……あぁ、可哀想なシスター。少し待っていて下さいね?痛みは消して差し上げますから」

ルチア(力の入らない両手で。激痛の走る両手でドアノブを捻っても全く力が入らず……そして、諦める)

ルチア(振り返った先には神はいない。十字架に似た聖印は暗闇の中で仄かに光り)

ルチア(シスターだった何かは人であるのを止めてしまったように、ただ怖い)

ルチア(光がある最期の風景が”これ”というのは酷だ。罰というのであれば、どんな罪をしたのでしょうか?)

ルチア(できれば、愛しい仲間達の写真でもあれば良かったのに。どうして私は一枚も取らなかったのかと。全ては後悔に終わる――)

ルチア(――と、いう事はなかった)

バギガチャガンゴンガンガンッ!!!

ルチア(――あれほど開いて欲しかった扉はあっさりと蹴飛ばされ、老朽化も激しかったのか派手な音を立てて転がる)

???「――はい、お疲れさん」

パキイィンッ……!!!

ルチア(彼に触れられた場所から全身のけだるさが消え、切断したいほどの痛みが両手両足からかき消される)

ルチア(まるで、そんな呪いなど最初から何もなかったかのように)

???「まぁ、なんだ。取り敢えず言いたいことは色々あるんだ」

???「電気つけろよとかどこにいるのか探し回ったとか、アホが焼かれてセルフハニーフラッシ○したから俺の上着かっぱらっていった寒いぜとか」

???「ついでに黒夜マジでついて来てくれてねぇのな俺一人かよ!とか、街灯ない夜道って超コワイのな!とか」

???「まぁそれはそれとして、一言言わせてくれ。一言だけ」

ルチア「……あぁ、そう・・ですか」

ルチア(やっと分かりました。あなたはいつも、そう・・だったのですね。あなたという人は)

ルチア(だからその火は神々しくもどこか怖ろしく、自分の魂を火種にくべるからこそ、高く高い火柱になる)

ルチア(同僚たちにからかわれても笑い、不幸な事件に巻き込まれても困ったように笑い)

ルチア(命の危険に晒されても、『いつものことだ』と笑う)

ルチア(私がどれだけ無礼な行いを、八つ当たりにも近い偏見を向けていたにも関わらず、全然怒らないのは)

ルチア(そんなあなたが怒るのは。常に自分じゃなくて誰かのため……!)

ルチア(これが、これこそが――)

ルチア「――上条、当麻……ッ!」

上条「――取り敢えず、お前のそのクソッタレな幻想ぶち殺すな?」



――デン・スターヴ神殿 大地母神ヘカーテの大聖堂 夜

上条「ごめん。寄り道してたら遅くなった」

ルチア「……いえ、タイミング的には丁度でした」

上条「まぁ、よく分からないんだけどシスターぶっ飛ばせばいいのな。オーケー、俺そういうの慣れてっから」

イーベン「……『よく分からない』のに、取り敢えず殴るのですか?」

上条「実はそうでもない――『聖アントニウスの火』だ」

イーベン「それは……!」

ルシア「聖アントニウスは分かりますが……”火”?」

上条「中世に流行った病気、つーか穀物の病?カエル先生から教わったんだけどさ、お前も見ただろ。裏の畑で」

上条「麦角菌って菌がいて、そいつらが麦やライ麦に感染して入り込む。そうすると出来るのが――」

ルチア「黒い、麦」

上条「そうそう。それを食べるとアルカロイド系?の毒が回って、両手両足に湿疹が出来て超痛い。しかも食べ続けてると患部が腐り落ちる」

ルチア「……体験しましたね。たった今」

上条「あぁそれは魔術なんじゃねぇの?本家はもっと穏やかで、食べ続けて蓄積されないと発症もしないし、食べるのを止めれば基本回復に向うそうだ」

上条「……ただ、当時としては原因不明で、何が原因なのかも分からなかった」

上条「また食料事情がお粗末で、感染してるのもしてないも食べなきゃいけなかったのかもしれない」

ルチア「で、あれば治しようがないではないですか!」

上条「いや、治療法はあったんだよ。助かった人は……決して多くはなかったろうけどさ」

ルチア「それは一体……?」

上条「聖アントニウスはなんの聖人だっけ?」

ルチア「修道院、そして病魔へ対抗する者たちの道標……と、いうことは」

ルチア「彼の寺院を訪ねたり、治療のために生地を離れて巡礼の旅をすれば!」

ルチア「麦角菌に侵された麦を食べずに済む……!?」

上条「……俺がドヤ顔決め台詞で言いたかったのに……!」

ルチア「子供ですか、あなたは」

上条「ま、まぁアレだ!カエル先生曰く、当時は麦だけじゃなく水や他の食べ物が汚染されてる場合も多かったし?」

上条「普段住んでいる場所を離れて、清浄な食べ物や飲み水を摂取するだけでかなり改善されているね?って話だ」

ルチア「そうですか……だから修道院は潔癖なまでに清潔が求められる……!」

上条「元々が保養所とか病院も兼ねてたんだったら、それが正しいわな――って訳で」

イーベン「……」

上条「あんたのネタはバレてるし、つーか大声で喋ってたから”全部・・”聞いちまってたし?」

上条「日本大使館とカエル先生が重鎮やってる医師会から、デンマーク政府へ通報って名前の圧力かけてんだけど。どうすんの?」

ルチア「……あの、そのお話だと私が攻撃されるまで待っていませんでしたか……?」

上条「あぁいや危なくなったら入って来ただろ!?なんか途中引っかかっててドア開かなかったけどさ!」

ルチア「もしかして――私が力を振り絞って開かなかったのは、あなたが外から開けようとしていた……?」

上条「――よーしかかって来い敵の魔術締め!俺の仲間をボコってくれた恩を返してやるぜ!」

ルチア「後で聞きますからね?うやむやにはしませんからね?」

上条「『恩を返す』ってボケがスルーされた……悲しい……」

ルチア「……というか。あなた一人が『ステイ』して耐えられるとは思いませんが……?」

上条「実は俺もそう思う。意外と我慢できたんだな、俺って」

ルチア「ご自分で言うことですか……本当に、もうっ」

イーベン「……本当に、本当に全てを壊してくれましたね。シスター・ルチア、トーマ。あまり似ていないご姉弟なのに、そういう所はそっくりです」

上条「……あぁ、そんな設定あったっけ」

イーベン「私は――ただ、幸せになりたいだけなのに!ニルスも!子供たちも!そしてあなた達も愛しているというのに!」

上条「嘘ついてんじゃねぇよ」

イーベン「嘘なものですか!その証拠に――」

上条「なんだっけかな、映画で見たんだよ。代理ミュンヒハウゼン症候群、だっけか?」

ルチア「……なんですか、それは」

上条「保護者が子供に怪我させたり劇物盛ったりして病気にする。それを懸命に看護する保護者が周囲から注目浴びて、同情されんのが気持ちいいんだと」

上条「大事なものが居て、大事な人がいて。本当に好きだったら、心の奥から大切だったら傷つけようだなんて思わねぇよクソッタレ」

上条「だからさ、あんた誰も好きじゃないだろ?誰も愛してなんかないんだよな?」

上条「自分の子供が可愛いからって、針で傷つけて笑えるか?マジでそう思うのか?」

イーベン「違います!私は全てを!」

上条「『全てを平等に愛しています』ってのは『私にとっては全部が同じ価値でしかあらしまへんのや!』って意味なんだよ」

上条「失恋のプロが言ってたぜ?誰も愛していないし興味もない、だからそんな言葉がポンポン出てくるって」

ルチア「嫌なプロですね」

上条「本人は恋愛の達人を自称してる……そんな曲あったけど、あれ確か『両思いになったら恋じゃない』って歌詞だったような……」

イーベン「……何が悪いのですか、仮に!もしもそうだったとしても、助かった方がいるのであれば!」

上条「――認めやがったな」

イーベン「なんですって?」

上条「『偽善でも間違いでも、一部が正義であれば許される』――ん、だったら十字教もだよなぁ?」

ルチア「――あ!」

上条「まぁ……なんだ。十字教はかなーりアレな宗教だったのは間違いない」

上条「ただ同時に、細菌や科学の概念がなくて、防疫やウイルスとか全然分からない時代にだ」

上条「殆ど迷信まがいの方法であっても、人の命を助けてきたのは事実だ。それを否定出来ないし、していいもんじゃねぇ」

ルチア「……そう、でしょうか?」

上条「……なぁ、ルチア。俺もアホなりに考えてはみたんだよ」

上条「十字教が絶対に正しい――なんてのは、違う。少なくとも俺の知ってるだけでいくつかやらかしている」

上条「魔女狩りに優生学、あと大航海時代に相当な」

上条「現代は現代で、宗教の体裁を取らない宗教相手に四苦八苦してる訳で」

上条「――でも、だからって全部が全部間違ってる、なんてのも違う」

上条「手の骨折っちまったからってそこからを切っちまうか?癌になったからって諦めるか?」

上条「……それは、ない。悪い部分を切り取って、ダメな部分を割り切って」

上条「失敗して現実の壁に打ちひしがれて、ぶちぶち文句言ったり脇道に逸れて盛大に迷って、頑張ったのに成功すらしないで」

上条「……それでも、生きていくしかないんだよ。昨日より今日、今日より明日を良くしようって」

ルチア「……」

上条「まだ俺の言葉が足りてないんだったら、現実を見ろ。真っ直ぐ、そう。俺たちの前には何が見える?」

ルチア「前……」

上条「実際に、俺たちの前にはどっかでボタンを盛大に掛け違えちまって暴走したアホが居るだろ」

イーベン「……」

上条「そういうのを取り締まってきたのがお前――お前らなんだろ?だったら誇れ!」

上条「ルチア――いいや、シスター・ルチア!逃げるな!戦え!お前はお前の立場で戦うんだ!」

ルチア「……なんですか、それは?理屈になってないなような気がしますけど」

上条「でもない。相手がボケてんだからツッコむのは礼儀だ」

ルチア「そうですか。ならば――」パラパラパラパラパラッ

ルチア「『来たれ!12使徒のひとつ』」

ルチア「『狂信者にして魔術師を撃ち滅ぼす卑賤なるしもべよ!!汝の車輪をここへ――』」

ルチア「『――”スッテオラン10と11を合わせた力”』」 パキィィンッ

上条「……なんだろうな。お前らのそれ見てると『テロ対策どうよ?』って思うんだよねー」

ルチア「軽口を叩いてる場合ではありませんよ!」

イーベン「いえ、私は戦闘に特化した魔術師ではないので、暴力で来られたら対抗できる手段がありません。残念ですが」

イーベン「シスター・ルチアへかけていた呪い――術式も解除されてしまいましたし、ミスター・トーマには効かないのですもんね」

上条「試してみたらどうだ?」

イーベン「実は先程からしています……困りましたね。あなた方へ対して打つ手がありません、お手上げです」

上条「ならさっさとぶん殴らせろよ。ルチアの分と子供たちの分だけで我慢してやっから」

イーベン「それは嫌ですので人質を取りました。どうか動かないように」

上条「……はぁ?誰もいないのに、何言ってんだよ?」

ルチア「まさか――恥をお知りなさい!イーベン!」

上条「おい、あんた……?」

ルチア「他の子達にも同じ術式をかけるというのですか……!」

イーベン「まぁ一応は魔女の血統ですからね。死には至らなくとも発狂する程度には行使できますし?」

イーベン「即座に、という訳にはいきませんが、お二人に近寄られるよりは早く発動できますよ?」

イーベン「さ、お二人とも武器を降ろして下さい。話し合いましょう?私たちがこれからどうするかについて」

イーベン「……私も、こんなことは本意ではないのです。ただ静かに暮らしていたいだけなのですから」

ルチア「――くっ!」

上条「――ふっ、甘いなイーベン!実は俺には隠された能力があるんだ……ッ!」

ルチア「……ぇっ?」

イーベン「今小さく、シスター・ルチアが『えっ?』って言いましたけど?」

上条「まぁ俺に任せろ!こんな事もあろうかと、実は学園都市で新カリキュラムを組んでもらってたんだぜ!」

イーベン「噂程度にしか聞いていませんが、能力はお一人につき一つだけでは?私の呪いを無効化したのであれば、体内の細菌をイジるとか、そういう系統ですよね?」

ルチア「あの、えっと……?」

上条「……実は俺、半年前から亀の甲羅を背負った修行のお陰で、気を操れるようにだな」

ルチア「絶望的に意味が分かりません」

上条「喰らえ――烈閃○エルメキア・ラン○!」

ルチア・イーベン「……」

上条「――くっ!?気をつけるんだルチア!こいつは上級魔族、精神へダメージを与える槍を喰らっても平然としている!」

ルチア「小芝居と説明台詞を止めて退きなさい。一瞬でもあなたに期待をした私が愚かでした」

イーベン「個人的にはそのセンスは嫌いではありません。ただここで空回りさせても、意味はないかと」

上条「でもないんだな、これが」

イーベン「笑いを取るのがですか?緊張を緩和させるのは悪いことではないです――」

バシシュウウッ!!! パリィィィンッ!!!

イーベン「んなっ!?ステンドグラスが!?」

上条「……ったく。タイミングが遅いから、かかなくてもいい恥までかいちまったろうが――まぁ、そんな訳で」

上条「テメェが何したのか、ちったぁ落ち着いて反省しやがれ――ッ!!!」

イーベン「―――!!!?」

上条 ピタッ

イーベン「………………あなた、は」

ニルス「――!」 フラッ

上条「退いてくれ。その女、殴れない」

ニルス「……だめ、だよ」

上条「知ってるだろ?全部そこにいるヤツがやってたことなんだ。さっき解除したときに、言ったよなぁ?ここで直でも聞いたよなぁ?」

上条「お前が苦しんでたのも、今まで痛い思いしてたのも、その女がしでかしたことだ。だから、そこを退け。なっ?」

ニルス「……ううん、どかない」

イーベン「ニルス……!」

上条「だったらアンタの口から言ってやってくれよ、なぁ?

上条「アンタは悪い事したつもりないんだろ?だったら言えるよな?胸張って正々堂々とさ?」

イーベン「わ、わたし、は……あなたに、酷い、ことを……!」

ニルス「イーベン、僕はイーベンが何を言ってるのかわからないよ……でも!」

ニルス「イーベンは!いつも僕の側にいてくれたじゃない!僕が痛くて仕方がないときも!」

イーベン「それ、は……」

上条「いいから退けよクソガキ。お前もぶん殴るぞ?」

ニルス「――か、ない」

上条「あ?」

ニルス「どかないって言ってるんだ!イーベンは僕を守ってくれた!今度は僕が守るんだ!」

ニルス「イーベンをいじめるな!」

ルチア「これは……」

上条「さっき言った”寄り道”だな。ニルス優先させてたら、こっち来るのが遅れた。ごめん」

ルチア「謝る必要などありません。それよりも自身の矮小さが恥ずかしい限りです」

上条「イーベンさん、アンタがやってきたのはただの犯罪、そして動機からしてただの自己満足だ」

上条「――でもな!そんなクソッタレな行動でもだ!感謝してるヤツだって居る!」

上条「なぁ……これでも、これでもお前は言えるか?『たった一人を不幸にして、他の大勢を幸せにしましょうって』さ?」

上条「弱った体をどうにか支えて、俺っていう敵の前に立ちはだかって」

上条「大好きで優しい”イーベンお姉ちゃん”を助けるために!体張ってるようなヤツの前で言ってみやがれ!」

イーベン「……う、……ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!!」

ルチア「……イーベン」

上条「朝になったら多分警察が来る。そん時はこう言ってやれ。『黒い麦を与えて病気になるとは思わなかった』って。そうすりゃ何とかなるかもしれない」

上条「あとは……アンタ次第かな。他にも悪事をやらかしてれば、徹底的に調べられて報いを受ける」

上条「けど……もしも、ここやここから巣立っていった子供たちが、そいつらへ対して本当に恥じることない行いをして来たっていうんだったら」

上条「『アンタはそんなことする筈ない、そんな人じゃない』って証言してくれて、無罪放免になるかも、だ」

上条「それでも、懲りずになんかやらかすんだったら……まぁ、そん時はまた殴りに来るよ」

ニルス「さ、させないぞ!」

上条「だったらお前も俺とケンカだ。ボッコボコにして泣かせてやるぜ……だから、さ」

上条「その時のためにももう少し筋肉つけて健康になっとけよ。そうじゃないと俺には勝てないからな?」



――デン・スターヴ神殿 大地母神ヘカーテの大聖堂前 未明

上条「立てるか?」

ルチア「あ、はい。問題は何もありません――よ?」

上条「ほれ、肩貸すから立ち上がってくれ」

ルチア「……ここは抱っこする場面では?」

上条「身長がなー……遠目に見たらルチアの方が少しだけ、うんホントに少しだけ高く見えるって意見がないわけじゃないから。うん」

ルチア「パンプスを入れたら大体同じですからね……いたっ!」

上条「あぁほら暴れるから……さて、残ったのはお前なんだが」

ルチア「……昼間は大変失礼を。よく考えてみれば、あなたがあんな暴挙を行うはずもなし。したとしても某かの理由があるに決まってますからね」

上条「え、俺?」

ルチア「いや、他に何が?」

上条「なんつーか言いにくいだけど、さっきメールがだな」

ルチア「はぁ、どなたですか?」

上条「『逃がさないように捕まえといてくれ』って」

ルチア「逃がさないように、ですか?一体何の話――もしやっ!?」

アニェーゼ・アンジェレネ「……」

オルソラ「あら、こんばんはー。今日もいい夜でございますが、何やら修羅場の雰囲気でございますねー」

ルチア「――っ!離して、離して下さい!」

上条「だから逃がさないようにって言われてんだってば。つーかお前も覚悟決めろよ、この家出娘が」

ルチア「……騙しましたね?一生恨みますからね?」

上条「騙された方が悪い。ほれ、行ってこい」 トンッ

ルチア「きゃっ――!?」

アニェーゼ「……シスター・ルチア」

ルチア「は、はいっ!」

アンジェレネ「は、はいっじゃないですよっシスター・ルチア!ほ、ホラ早くシスター・アニェーゼに謝らないと!」

アニェーゼ「……」

アンジェレネ「み、みてください!シスター・アニェーゼの頭髪が怒りで我を忘れて警戒色に!」

上条「オウ○かお前ら。腐海の王か」

ルチア「えぇと、はい、なんて言いましょうか……ごめんなさい。無断でその、離れてしまって」

アニェーゼ「――あ、すいません。少し屈んで貰えませんか?はい、少し猫背気味になって、こう」

ルチア「は、はぁ。こう、ですか?」 スッ

アニェーゼ「オォラァッ!!!」 バスッ

ルチア「げふっ!?」

アンジェレネ「し、シスター・アニェーゼぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?ぼっ、暴力はいけませんいけませんっ!そ、それはダメなヤツですよぉ!?」

オルソラ「怖ろしいまでに場慣れした、横隔膜を強打する腹パンでございましたよ」

上条「エゲツねぇ……俺だって顔面パンチするけど、後引くぐらいのダメージを与えようってつもりはないのに……!」

アニェーゼ「どれだけ心配したか分かるんですかっ!?私たちが!あなたを!」

上条「そうだぞー、反省しろー」

アニェーゼ「一時はヤケになって女運に全振りしている殿方へ抱かれてもいっかなー、ぐらいになったんですからね!?」

上条「え、マジで!?あの時ってもうちょっと押せばルート確定してたの!?」

アンジェレネ「そ、そのときは、ドア前でスタンバってた我々に教員的指導を受けただけかと」

オルソラ「空気を読ますに特攻するのでございますので。えぇ読みませんとも」

アニェーゼ「てかもういいいですから!隊を離れたのもなんでやっちまったのかもどうだっていいですから!」

アニェーゼ「帰って来て下さい!その、えっと……」

アニェーゼ「わ、私を!友達だと思ってくれるのであれば!」

ルチア「……その言い方は卑怯ですよぉ、シスター・アニェーゼ……!」

アニェーゼ「あなたがどこか遠くへ行くよりは、なんぼかマシってもんですよ!さぁ、返答はどうですかっ!?」

ルチア「えっと……」

アンジェレネ「ど、どうですか……?」

ルチア「……はい。また、お世話になります」

アンジェレネ「シスタぅぁぁぁぁぁぁぁぁルチアあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」 ガバッ

ルチア「あぁもうこの子はっ!飛びつかないで下さい!私はあなたの母親ではありませんよっ!?」

アニェーゼ「ままー」 ヒシッ

ルチア「やめてくださいよシスター・アニェーゼまで!?本当にそう見られるじゃないですか!?……全く」

ルチア「本当に、そう、本当に手がかかる子達ですね……」 ギュッ

上条「愛されてるな。罪深い罪深い」 パシャッ、ピロリロリーン

オルソラ「いいえ。人が人を愛しむ、その何が罪なのでございましょうか?」

オルソラ「と、言いますか。どうして感動の抱擁を写メされているのは、如何様なお考えがおありに?」

上条「あぁこれは別に俺のフォルダに保存じゃなくて、アガターやカテリナから頼まれたんだよ。『後で指さして笑うから』って」

ルチア「ちょっ!?お止めなさい今すぐに!」

上条「笑われろ笑われろ。泣いてるよりはずっとそっちの方がいいに決まってる」

ルチア「だからそういう問題ではありません!戻るにしたって気まずいと知りなさい!」

上条「だから決して!そう決してこの写メと引き替えに、アガター秘蔵の自撮り画像なんてもらう約束はしていないんたぜ!」

アンジェレネ「な、なんて自分に正直な……引きますけど」

アニェーゼ「まぁシスター・アガターのことですから、秘蔵の道端で見つけた人の顔っぽい石とか、雑貨屋で見つけた用途不明の何かとかそんなんですよ」

アンジェレネ「あ、あー……はい。ま、前にわたしも見せられて、どうリアクション返したらいいのか迷った感じの、ですね」

アニェーゼ「しかもあれウキウキとするでもなく、淡々と自慢するもんだから、妙に事務的ってね」

上条「騙したなァァァァァァァァァァァァァァッ!?お前ら揃いも揃って純情な少年を弄びやがって!?」

アンジェレネ「む、むしろ自分からイジられに行ってますよね……このヘタレ」 ボソッ

ルチア(両腕に泣き笑いする同僚――友人を抱えながら、深夜なのに疲れも見せず怒鳴る彼の姿を見て)

ルチア(ついに、そう、ついに私は確信するに至った)

ルチア(あぁそうか、成程。これがそうなのかと)

オルソラ「……シスター・ルチア?」

ルチア「――いいえ、何も。そう、何でもありませんよ」

ルチア(心配そうに覗き込んでくる、新しい友人にはそう笑って嘘を吐いた。きっと上手く騙せた。誰にも気づかれてはいない。そうでなければいけない)

ルチア(この”想い”を一生胸に秘め、修道女として分不相応な気持ちをおくびにも出さず、隠し、生きていくことこそが――)

ルチア(――私の、罪であり、罰だ、と)

黒夜「よぉ」

上条「おいおい、付き合う義理はないとか言ってなかったか?」

黒夜「言ったとも。義理はないが義務はある。護衛対象のクソバカラッキースケベ野郎が向えば行かない訳にもいかん」

上条「スケベいるか?クソバカだけで充分な罵倒語なのに、この上盛る必要ってあったか?」

黒夜「ちなみに攻撃が遅れたのはだな――」

黒夜「『あまりにも頭の悪いサインを送られ、もし理解してしまったらこいつと同程度の頭を持っているのかと思われたら嫌だなー』」

黒夜「――って考えていたら遅れた。すまないな、プロにあるまじき失態だ。心から謝罪しよう」

上条「エっラい長文で罵ってくれるじゃねぇか。芸風が俺の知ってるドSロ×に似てきたな」

黒夜「それもはどうも。てか気になったんだが」

上条「なんだよ」

黒夜「そこの堅物女がお前を妙にネットリした視線で見てんだけど、フラグでも立てたのか?」

ルチア「――少しは情緒に浸らせることも時には大事だとお知りなさい!!!?」

オルソラ「まぁ、いつものことでございますね。ちゃんちゃん、と」

アンジェレネ「あ、敢えて誰も触れなかった事実に、か、果敢にツッコむとは……!」

アニェーゼ「何となくこうなりそうな予感はありましたからねぇ。えぇ、分かっていましたとも」

上条「お前らのその発想が怖いわ。あと普通は別に助けてもフラグは立たねぇからな」



虚数海の女王 第三話 −終−

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