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Clock(trial)

ルチア「ありがとう、皆さん。そして――さようなら」

 
――ロンドン 『必要悪の教会』女子寮 回想

ルチア「――今日あなたを呼んだのは他でもありません、シスター・アガター」

アガター「いいえ、シスター・ルチア。部隊のために割く労力など、物の数には入りません」

ルチア「ありがとうございます。通常の任務に加え、シスター・アンジェレネの監督やシスター・アンジェレネの監督」

ルチア「他にもシスター・アンジェレネの監督など、いつもいつもあなたに任せてばかりで頭が下がります」

アガター「あの……私はシスター・アンジェレネの見張り番が通常業務ではないのですが……」

ルチア「今回は、違います。あなたの好きなシスター・アンジェレネのお話ではありません」

アガター「いえ、ですから。私がシスター・アンジェレネを好きすぎて拗らせてる、みたいな言い方は間違いです」

ルチア「あなたばかりに内偵のような、身内を探らせる真似をさせるのは心苦しいのです。せめて罪が私が」

アガター「シスター・ルチア、その発言も誤りかと」

ルチア「え」

アガター「私は私の意志であなたに協力しているのであり、正しいと思わない指示であればお断りする――」

アガター「と、そう最初から言ってますね。ただ今までお引き受けしてるのが続いて、という話です」

ルチア「繰り返しますが、ありがとうございます」

アガター「いいえ、シスター・ルチア。それよりも今回の”相談”とはどのような?」

ルチア「素行調査ですね」

アガター「素行、ですか?最近はこちらでの生活も慣れましたし、特に問題になるようなシスターはいなかったと記憶していますが」

ルチア「いえ……その、シスターではなくてですね」

アガター「はい」

ルチア「シスターではない、あの学生を監視してほしいのです」

アガター「……はい?」

ルチア「この寮にも変化が現れました。だらしないシスターたちが節制を学ぶ、それはとても良いことなのですが」

ルチア「ですが!女子修道院に曲がりなりにも男性が一人!不自然だとは思いませんかっ!?」

アガター「えぇ、はい。私もどうか、とは常々。しかし『必要悪の教会』側が決めたことですし、問題らしい問題が起きていない以上は――」

ルチア「問題が起きてからでは遅いのです!」

アガター「とは?」

ルチア「とは、ですか?」

アガター「ですから問題の定義を教えてくださいませんか?抽象的な言い方では判断できません」

ルチア「え、えぇと……ほら!男性の寝所へ下着姿のシスターが入り込んだり!」

アガター「シスター・ルチア。そのハプニングは学園都市近くでシスター・アニェーゼ自らが実行済みですが……」

ルチア「他のシスターだって恥ずかしい目にあうかもしれないのですよ!」

アガター「えぇそれもですね。シスター・アンジェレネが『シスタールチアのスカート捲って本気で引っぱたかれた』と話していました」

ルチア「シスター・アガター。私はあなたのその率直なところが美徳だと思っていますが、今回ばかりはどうかと思います」

アガター「ありがとうございます。シスター・ルチア」

ルチア「ですから、ね……その、ふしだらなことですよ!姦淫するなかれと仰っていますし!主は!」

アガター「はい、確かにそうですね」

ルチア「でしょう!?」

アガター「が、その一方でまた肉欲ではない子作りも主は奨励されていますよね?」

アガター「犯罪であるならばまだしも、双方合意の上であればいささかの問題もないと思いますが?」

ルチア「ですがっ!そんなシスターは!」

アガター「えぇ、勿論シスターとしては失格であると私は思います。心情的にはともかく、未婚の男女が褥を共にするなど恥ずべきことです」

ルチア「でしたら!」

アガター「しかしながら、ですよ。私やあなたも子供と呼ぶには大きな歳です。善悪の判断はつけられますし、責任を取ることも不可能ではありません」

アガター「それに男性と同居する程度でシスターとしての資格を失うのであれば、そもそも適性に欠けていたという証拠ではないでしょうか?」

ルチア「オーケー、シスター・アガター。私はあなたのその実直なところも美徳だと思っていましたが、嫌いになりました」

アガター「重ね重ねお褒め頂き、ありがとうございます」

ルチア「……それでは、私のお願いは断ると言うことで」

アガター「いえ、お引き受けしようと思っています」

ルチア「何故でしょうか?」

アガター「一々理屈を並べて否定はしてみましたが、シスター・ルチアのご懸念もまた確かであると思いましたし、それに……」

アガター「頭では理解していても、理屈では分かっていても。それなりに仲良くやってきた仲間がいなくなるというのは、少し、寂しいですからね」



――女子寮 廊下

上条「机は……ここでいいかな。後でオルソラに一言入れるとして――」

アニェーゼ「どうもです、上条さん」

上条「あぁお疲れ様です」

アニェーゼ「廊下の端っこに小さい机持ち出して模様替え、にしちゃ風変わりですね。日本の風習ですかい?」

アニェーゼ「オーボン?のショーリョーダナ?でしたっけ?」

上条「なんでも日本独自の文化をオチに使えば説明できるんじゃないんだぞ。東北か沖縄にかわった苗字が多いのと一緒で」

アニェーゼ「横○ギャグがどれだけ通じるかはさておきまして、クツキーの空き缶に張り紙とチラシの裏の束?えぇっと……」

アニェーゼ「『献立アンケート・食べたい物とりあえず書いてみろ!』、ですか?」

上条「まぁ俺もここに来て慣れたじゃん?」

アニェーゼ「途中謎の案件でスコットランドに飛ばされもしましたが、まぁ今になっちゃいい思い出ですよね」

上条「そうだな。已然としてその案件が片付いてないし、仮名”アゲート”が逃亡中だってことを除けば、そうとも言えるんじゃないかな」

アニェーゼ「上条さんの作る料理は、なんて言うんですかね。ヨーショク?」

上条「そう、洋食。日本風にアレンジされた海外から来た料理全般を指す言葉だ」

上条「ただし中には全然関係無いものも含む、って無節操さだぜ!」

アニェーゼ「ある意味上条さんの性癖についても言えることですが、初めてトルコライスを食べたときのインパクトは凄かったですよ」

アニェーゼ「『チャーハン(※中華料理)とスパゲティ(※イタリア料理)と豚カツ(※フランス料理)がワンプレートでなんでトルコっ!?』」

アニェーゼ「と、ほほ全員がプレートの前で長考始めっちましたからね。平気で食べ始めたシスター・アンジェレネ以外は」

上条「性癖云々はスルーするとして、俺も何故かは知らない」

上条「しかもそれ実はチャーハンじゃなくてピラフが正式らしいんだが……由来が諸説様々あって、そのどれもがイマイチ違うらしくてだな」

アニェーゼ「てゆうかトルコ人はムスリムが多いですから、豚肉食べませんしね」

上条「そうなんだよな。あと『一緒のお皿って行儀悪いよね』って本場からツッコミ受けてるしな」

アニェーゼ「意外かも知れませんが、トルコはビザンツ帝国の頃からフォーク使ってますしねぇ。西ヨーロッパよりも先進国です」

アニェーゼ「他にもフランス料理のクロケットが日本へ渡って魔改造されっちまいますと、こうなるのかと」

上条「どこの国だって自国風にアレンジするのは普通だと思うんだが……」

アニェーゼ「そして何よりも、我々を戦慄させやがったのは、前よりも量を食べているなのに体重が減るという!シャ×でも混入してるのかと噂になりました!」

上条「違う違う、お前らの食生活に問題があんだよ。常日頃バランスの良い食生活続けてれば誰だって」

アニェーゼ「シスター・アンジェレネがセロリを食べられるようになって、シスター・ルチアですら神に祈り出すってもんですし」

上条「それ感謝するなら俺にじゃないかな?ハンバーグに刻んだセロリ混ぜただけで、そこまで神様は奇跡の大安売りはしてねぇと思うわ」

アニェーゼ「いえ、それがですね。どんな料理にどんな方法で混入しても、一つ一つ欠片を拾って食べないようにする手法は天才的でして」

上条「あー、好き嫌いのある子供にありがちだな。でもそれは方法を間違ってる」

アニェーゼ「ってのは?」

上条「子供舌は苦い物とかピリピリする物を”異物”として感じるらしくてだな。それは少しずつ慣らしてく必要があって」

上条「最初は美味しく感じなかった酒も、飲み慣れると段々美味しくなってくる――ってウチ親父が言っていたかもしれない」

アニェーゼ「息子に酒の話を打つオヤジ。キモいですね」

上条「直接言ってやれよ、多分喜ぶから。まぁそんな感じで少しずつ慣れさせればいいんだ。無理に大量に食わせようとするから余計に嫌いになる」

アニェーゼ「シスター・ルチアにも言ってやってくださいよ。スパルタが過ぎるって」

上条「まぁ、アレはアレで子供のシツケとしちゃアリだと思う。誰かに作ってもらった食べ物を残さないのは礼儀だし」

上条「でも……」

アニェーゼ「はい?なんですかい?」

上条「アニェーゼってそういうのないよな?食べられないとか、苦手なものとか、アンジェレネとそんなに歳変らないのに」

アニェーゼ「一時期腐ったパンと残飯だけで暮らしてた時期もありますし、まぁ食べられだけいいんじゃないですかね――」

アニェーゼ「――って人にチョコレート押しつけつつ顔隠して、どうちしまったんです?」

上条「日本から持って来たアポ○チョコだけど食べればいいさ!俺ちょっとお腹いっぱいになっちゃって食べられなくなったからさ!」

アニェーゼ「はぁ。くれるってぇならありがたくいただきますけど」

アニェーゼ「ていうかウチのシスターの中で『身の上話をするだけお菓子くれるチョロイ人』って認識になってんですが」

上条「いいじゃいか!誰も損をしてないんだから!」

アニェーゼ「そのお菓子の代金はイギリス清教がケツもってんだと思いますがね。まぁ別に困りゃしませんけど」

上条「よーしアニェーゼ!パパに食べたいもん言ってご覧?可能な限りは対処してみせるから!」

アニェーゼ「どうしてでしょうか。どう聞いてもいかがわしい会話をしているようにしか聞こえねえんですが」

上条「……もしかして迷惑だったりする?」

アニェーゼ「口の軽いシスターがどんな口を滑らせたのかは分かりませんがね、まぁ私たちもそこそこ楽しくやってますんでお気遣いなく」

上条「そっか――じゃあ、俺の趣味としてやろう!」

アニェーゼ「話聞いてました?あなたのウニ頭にはミソ入ってないんで?」

上条「こうやって折角一緒に生活してんだし、どうせだったら好物作ってやりたいじゃん?美味くできるかは別として」

アニェーゼ「はぁ、そのマメさは買いますけど。別に食である必要性は皆無じゃないですかい」

アニェーゼ「大体ウチのもんはごく一部の例外を除いて、そんなに食いしんぼうってぇ訳でも」

上条「アニェーゼ、うしろーうしろー」

アニェーゼ「はい?私の後ろになに、か……」

シスターA・B・C「……」

アニェーゼ「って無言で突っ立ってどうかし――」

シスターA「――このアンケート、前に作っていただけたものでも?」

上条「うん。料理名が分からなかったら、どんな見た目や味だったとかだけでも。他は直で言ってくれても良いし」

シスターB「アンケート用紙は……チラシの裏ですね。ここに書けばリクエストが叶えられるのでしょうか?」

上条「できる範囲だけどな」

シスターC「そしてアンケートは記名式でない。ということは――」

アンジェレネ「――よ、用紙さえ独占してしまえば多重投稿も、可能だと……ッ!!!」 ダッ

シスターA「あっ、逃げた!?用紙持って逃げましたねシスター・アンジェレネ!」

シスターB「待って下さい!流石に一人で全部持っていくのはどうかと!半分ください!」

シスターC「追え!いや違う!誰かシスター・ルチアを呼んで来いっ!」

アンジェレネ「こ、この紙さえあれば三食お菓子も食べ放題ッ……!」

上条・アニェーゼ「……」

アニェーゼ「……えーっと、はい、すいませんね。なんか」

上条「……いえ別に。ペン持ってる?」

アニェーゼ「どうぞ」 スッ

上条「『ただし投稿者の氏名必須、多重投稿は後に回されます』っと」 キュッキュッ

アニェーゼ「あと『お菓子は除く』って書いといた方がいいんじゃ?」

上条「お菓子……うーん、俺もパンケーキとカップケーキとレアチーズケーキぐらい作れるんだが、本格的なのはちょっと無理だしなぁ」 キュッ

アニェーゼ「その三つですら素人さんには荷が超重いってもんですが」

上条「意外と簡単だぜ?メレンゲ作るのが面倒なのと、手間暇がかかるのを除けば割と」

アニェーゼ「つーか意外に主夫アリですよね。上条さんの場合は」

上条「営業とかに比べれば天職だと思うが……これで良しっと」 キュキユッ

アニェーゼ「まぁ……ウチの子達も楽しくやってるようで、何よりです」

上条「だな。嫌々よりかはずっといいさ」

アニェーゼ「それでですね、今更ってーかつかぬ事をお伺いするんですが」

上条「うん」

アニェーゼ「”あれ”、どうしちまったんです?」

上条「あれ?」

アニェーゼ「はい、”あれ”」

アガター ジーッ……

上条「……」

アニェーゼ「最近ずっと見張ってますけど、ラッキースケベで取り返しの付かないことでもやらかしたんで?」

上条「お、覚えはないなっ!ここ数日はだけど!」

アニェーゼ「その数日前以前を問い詰めたいところですが……心当たりはない、と?」

上条「まず喋った覚えがない。好かれる嫌われる以前の話だ」

アニェーゼ「それじゃ実害が出たら私がシスター・ルチアにまでどうぞ。それまでは、まぁ気が済むように計らってくだされば嬉しいですかね」

上条「そのファーストアタックでバックスタブされたらどうすればいいと思う?」

アニェーゼ「あー、雑誌をですね。こう、背中と腹の所に詰め込んじまって」

上条「あぁ前面も大事だけど、実は後ろ側も胆嚢と腎臓あるから大事なんだよねっ!」

上条「でもできれば!刺されること前提で話を進めるのはどうにかしてほしいかなっ!」

アニェーゼ「よし、なら上条家一子相伝のDOGEZAだ。謝ってこい」

上条「俺が一方的に悪いみたいなのはね、うん、良くないと思うんだよ。まずは両者から話を聞いてだな」

アニェーゼ「話を聞いてもらうには、聞いてもらうだけの態度があるってもんでしょう?」

上条「もうこんな所に居られるか!俺はキッチンへ戻って料理の続きをするんだ!」

アニェーゼ「密室コテージじゃ遺言ですよね、それ」



――女子寮 応接間

アンジェレネ「と、というのがスコットランドの調査結果になりますっ」

神裂「……えぇと、はい。オルソラのレポートも事前にいただきましたし、追加調査の分も――」

神裂「――承りました。大変ご苦労様でしたね、シスター・アンジェレネ」

アンジェレネ「や、やりましたっ上条さん!ハギスの呪いに打ち勝ちましたよぉっ!」

上条「そんな下りあったか?俺らハギスと死闘したっけ?」

上条「あと『ご苦労様でした』ってのは、あんまいい言い方じゃないって聞いたような?」

神裂「いえ、古くはこちらの言い方だったのですが、戦後に『お疲れ様』が普及し現在のような有様に。なんでしたら言い直しますが」

上条「あぁごめんごめん。文句じゃないんだ、ただ神裂が間違うのも珍しいなって」

神裂「それはどうも」

アンジェレネ「そ、それでですねっ!悪い人達はどうなったんでしょうかっ!?」

神裂「そちらは『騎士派』の方々の管轄とバトンタッチしたんですが、特に目立った進展はなく、ですね」

上条「アゲートだっけか。子供の魔術師」

アンジェレネ「わ、わたしよりも小さいですよね」

神裂「外見だけ若くて中身は、ですし。戦士系が拗らせて魔術になったタイプですので、決して油断なさらないでください」

神裂「彼の行方も不明。『トライデント』残党の中の生き残り、彼についていった傭兵も分からずと」

上条「大変だよなぁ。相手見つかったのに」

神裂「見当がついただけマシですよ。今までは訳も分からず走り回されていましたし」

神裂「あと必ず!対象を見かけたら、報告!連絡!相談!ほう・れん・そうを徹底して下さい!特に一人で先走らない!」

アンジェレネ「あ、あのー?それだったら、わたし達が鉱山へ行ったケースは失敗、なのでしょうか?」

神裂「いえ、あの状態では決して悪くはない判断だったと思いますよ。私でもそうするでしょう」

アンジェレネ「で、ですよねっ!」

神裂「ただ、私は霊装が重いからと中の金貨を抜いては行きませんし、その霊装を飛ばしてオルソラへ告げてから行動したと思いますが」

アンジェレネ「ふわぁーい……」

上条「まぁそう言うなって。次頑張ればいいんだから、なっ?」

神裂「はいそこ。他人の振りして慰めないでください。あなたも当事者なんですから反省しなさい」

上条「はーい……」

神裂「まぁそちらの方もその後の経過は芳しくない、というのが現状ですけどね」

アンジェレネ「は、ハギスハンターのお二人に事故でもっ!?」

上条「そんな肩書きじゃなかったな?むしろそれ名乗るんだったら俺らの方だよ」

神裂「流石に廃鉱山での調査は『騎士派』がすると越権行為でして、ベイリャル家の方にお任せしてあります」

神裂「ですが研究者とそのご家族は見つからず、あなた方が見た魔獣らしきものも発見されてない、とのことですね」

アンジェレネ「あ、あのっ魔獣って言いましたけど、そ、そういうのっているんですか?」

神裂「私も故郷では何回か調伏致しましたが。最後に払ったのは大蛇ですね」

上条「……いるんだ。マジで」

神裂「私たちもアレがなんなのかは分かっていませんが、まぁ災害のようなものだと割り切っています……というか、あなたも”天使”に逢ったでしょう?」

上条「あぁオルソラか」

アンジェレネ「あ、あのー?一時期コンビ組んでた仲として、マジなアドバイスですけど、そろそろ仏のオルソラさんでもキレるんじゃないかなって」

神裂「シスターに仏はちょっと……ではなく、海で。あなたのお父様がやらかした事件で」

上条「あー、何か知らんけど人類が君の名○してミーシャがサーシャだった事件な。あれ?逆だっけ?」

神裂「あそこまで酷いのは中々ありませんけど、超常の獣が現れて害を為すのは稀に起きています」

アンジェレネ「よ、ヨーカイですよねっ。キタロ○も実在するんですかぁっ!?」

神裂「いたらきっともう少し私の心労がなくなっていると思いますが……その、あなたも体験したように、彼らを人の定規で測るのは困難でして」

神裂「何を考えているのか、何をしたいのか、何かルールがあってそれに沿っているのか等々、天草式十字凄教での教えでも今日に至るまで全て不明のままです」

上条「俺が見た『天使』も、基本暴れてガム食ってただけだよな」

神裂「ですが外見は存在に引っ張られようで。例えば蛇の怪異には蛇退治の術式が、鬼の怪異には鬼切りの霊装が、というように」

アンジェレネ「お、大昔の人が残した術式、なんでしょーかね……?」

神裂「分かりません。ただ似たような怪異はごく稀に各国でも出現例があったりもしますし」

上条「まさかとは思うんだが――ネッシーの正体、それじゃないよね?」

神裂「……」

上条「嘘だろっ!?なぁ神裂!お前も日本人なんだから分かるだろ、嘘だって言ってくれよっ!?」

神裂「――はいっ、それではシスター・アンジェレネと上条当麻さん、任務お疲れ様でございました。ボーナスは後日持参致しますので」

アンジェレネ「あ、あざっす!」

上条「いや俺は別にいらんけど。それよりネッシーは?」

神裂「まぁそこは後日文書にしていただくと言うことで――というか、すいません。気になってたんですが、あれは一体?」

上条「あれ?」

神裂「はい、あれ↓ですね」

アガター ジーッ

アンジェレネ「あ、あー……思うに上条さんがまたなんか踏み抜いたんじゃ」

神裂「まぁそうでしょうけども」

上条「そうでしょうけども、じゃ、ねぇよ!俺を地雷探査犬みたいに言うな!言っとくけど無実の時が殆どなんだからな!」

アンジェレネ「そ、それだとジャン=バルジャ○じゃないときが、そこそこの頻度であるってことじゃないですか」

神裂「詩的な例えですね」

上条「だからバルジャ○やってんだろ!シャバに出た瞬間な!」

神裂「ともあれトラブルは自己解決をお願いします――の、と。うちの者達が住む日本人街へはもう行きましたか?」

上条「行ってみたいとは思ってたんだけど、ちょっと忙しくてな。住所教えてくんねぇし」

神裂「であれば一度足をお運びください。私よりも建宮の方が詳しいかと」

上条「興味あるはあるけど、わざわざ聞きに行くようなネタでもないし、そもそもお前らの仕事を手伝っただけだし」

上条「それに何より、ここで深く首突っ込んだら再戦フラグじゃん!俺は知らないぞ!自発的に調べたりもしないぜ!」

アンジェレネ「か、カミジョーさん、あなた疲れてるんですよ」

神裂「ご心配なく。魔獣が出てきたら確実にあなたは巻き込まれるでしょうからザマーミロ」

上条「おい出て来いイギリス清教の偉い人!お前んとこの聖人が暴言吐いたぞ!」

アンジェレネ「す、すぐパワハラって騒ぐ風潮」

神裂「まぁ心配など無用でしょう。まさかこのロンドンで騒ぎを起こすとは考えにくいですし」

アンジェレネ「あ、あぁそれフラグですよねぇ」

上条「可哀想に神裂。ロンドンにバケモノ出たらお前の仕事になるんだぜ?」

神裂「それはずっと前からですが、何か?」



――ロンドン郊外 日本人街

上条「雑貨屋、教えられた住所はっと……」

アガター「あちらの、少し通りから入った店ですね。入り口が影になるので分かりにくくなっていますが」

上条「あぁあの店か。ありがとうシスター・アガター」

アガター「いえ。たまたま見つけただけですから」

上条「なぁ君、なんでいんの?」

アガター「たまたま行き先が一緒でして。お気になさらず」

上条「君は気にしないかもだが、そろそろ俺のストレースゲージがマックスになりそうなんだよ。今から超必殺技撃てそうな気がする」

アガター「『最終的には暴力で解決』……メモメモ」

上条「それは話の流れじゃん!?どいつもこいつも自己主張強くて人の話聞かない奴らばっかりだから、最終的にそうならざるをえないだけで!」

アガター「『自分のことを棚に上げる癖あり』、と」

上条「おっとゲージがまた上がったな!」

建宮「――覇王翔吼○を使わざるをえないのよ……ッ!」

上条「お前だったら撃てそうだけどな。つーか久しぶり、元気?」

建宮「あぁ、最近ちょっとアレ探しに駆り出されててお疲れなのよ。目処はついたから大分負担は減ったんだがよ」

上条「シスターたちも大変だったしなぁ。裏方の大変さが身に染みて分かるぜ」

建宮「そうなのよな。スプリガ○が活躍するためには、事前の下準備から調査するスタッフが汗をかいてるのよ」

上条「お前ちょくちょく昔のマンガネタ挟んで来るけどさ、その主人公も筋肉服つけられて空からぶん投げられるなんてよくあるからな?」

建宮「まっ!立ち話もなんだし、中へ入って茶あでも呑むのよな!」

上条「あぁありがとう。アガターも――っていねぇな?どこ行ったんだ?」

建宮「さぁ?治安は悪くないし、後で連絡入れればいいのよな!」

上条「俺アドレス知らない……まぁいいか」



――駄菓子屋 『ウマオイ』

建宮「さ、くつろぐのよな!」

上条「俺も映像アーカイバでしか見たことない昭和の駄菓子屋さんだ……ッ!!!」

建宮「もんじゃ焼きにNEOGE○の筐体まであるのよ!中身は真サ○に9○にストライカー○と竜○!」

上条「なぁ、その25年ぐらい前をピンポイントで狙ったネタ、誰が分かるんだ?」

建宮「これが意外とガイジンに受けるのよ。昭和の雰囲気が特に!乾物屋と駄菓子屋で迷い迷ったけど、趣味を優先させてよかったのよな」

上条「あぁ。俺たちもたまに戸惑う間違った日本と日本人像な」

建宮「じゃあまず真サ○で対戦するのよ。ダイアグラム最弱の実力、見せてやるのよな!」

上条「しねぇよ。レゲー嫌いじゃないけど、まずなんか飲み物くれよ。ちゃんとお金払うからさ」

五和「あ、あのっおしぼりをどうぞっ!」

上条「ありがとう五和。でも喉カラッカラで渡されても……いいや、ラムネ一本92ペンスな。はいどうぞ」

建宮「まいどあり!」

上条「あと悪いんだけど食材と調味料って売ってるか?みりんと醤油と鰹節にめんつゆ、あとは豆腐とか油揚げみたいなのあれば」

建宮「全部あるのよな!豆腐は朝一で建宮さんが作ったのよ!」

上条「似合うわボケ。職人と趣味を兼ねて俺もちっとやりたいぐらいだぜ」

建宮「ヴィーガンに大人気で、俺もネタで売り始めたら大人気!今や引くに引けない状況なのよ!」

上条「体には良いんだろうが……まぁ、頑張れ。天草式たちの小遣い稼ぎのためにも」

建宮「それで本題は――ってまぁ、女教皇から聞いているのよな」

上条「だから勝手に話を進めるなよ。俺マジで関わりつもりはないんだよ、だって素人だしさ」

建宮「エロメイド服を型紙から作るつもりなのよな?」

上条「ほんっっっきで素人じゃ無理なヤツだろそれ!あと『作ろう』って発想になったらもう素人とは呼ばない!」

五和「あ、あのー……?」

上条「五和は黙っててくれ!このアフロに常識叩き込むから!強制的にインストされる検索エンジンみたいなノリで!」

五和「気づいたらこまめに消されるのですよね?」

建宮「むう、俺の評価が低いのよな」

上条「昔は高かったんだけどな!アックアを囲んでボコったぐらいまでは!」

建宮「まぁまぁ落ち着くのよ少年。ていうか女教皇も仰ってたと思うが、俺たちも怪異に関しちゃあんまり大した事は言えないのよな」

上条「あぁダメだこれ。なんかまた巻き込まれる流れになってやがる!」

建宮「一度逢ったんだろ、『ワルイドハント』?一度目は偶然かもしれんがよ、二度三度逢うのはもう必然なのよな」

上条「……逢うつもりはないんだけどなぁ」

五和「あのー」

上条「五和からもダメ出しか……」

五和「あ、いえそうじゃなくてですね。お話中に腰を折るようで非常に恐縮なんですけど……」

建宮「ん?頼まれた調味料がなかったのよ?なら牛深の店行けばいいのよな」

五和「いえ、流石に私もそのぐらいの融通は判断できますよ。子供じゃないんですから」

建宮「いやでも五和って結構歳――」

五和「ぶち殺すぞアフロ?」

建宮「ごめんなさい」

上条「何この茶番」

五和「ではなく!実はさっき、上条さんを狙ってる刺客らしい人を捕縛したんですけど、始末しちゃっていいですよねって話です!」

建宮「死角?殺気なんて感じられなかったのよな」

上条「狙う?俺を?人違いだろ、そんな物好きいる訳が」

五和「いいえっ!シスターっぽい人が尾行してましたよっ!」

上条「シスター・アガタアアァァァァァァァァァァァァッ!?お前何やってんの!?人の連れ捕まえて!?」

五和「い、いえ!だって挙動不審でしたし警戒しますって!」

上条「警戒ってお前……」

五和「わ、私がいつのもように天井裏から覗こうとしたら、隣に人がいるんですもん!怖かったですよ!」

上条「そうだな。お前が感じた恐怖を現在進行形で俺が味わってるけどな」

五和「なので取り敢えず捕まえてから、冤罪で行方不明にしようかと……!」

上条「離してやれよ冤罪って分かってんだったら。天草式も段々欧米式人権主義に染まってきてるじゃねぇか」


――駄菓子屋 『ウマオイ』

建宮「少年はもんじゃとモダン、どっちがいいのよな?シスターのねーちゃんは初心者だし、俺が作ってやるのよ」

アガター「ありがとうごさいます。しかしモンジャとモダンとは一体何でしょう?」

上条「粉モン……あー、タコヤキって知ってる?」

アガター「はい、日本でいただきました。何かこう、得体の知れない食べ物でしたが」

上条「それを平べったくして、豚肉やキャベツを入れてソースで食べる?そんな感じ?」

建宮「モダンは中華ソバを入れるのよ!本場の味を見せてやるのよな!」

上条「お前らの地元じゃなかったはずだが。まぁいいや、でもアガターはベーシックに普通のお好み焼きでいいだろ」

建宮「なら二人てと豚玉なのよな。まず小麦粉に、鰹節ベースの出し汁をだな」

上条「――って待てよおい。俺別にお好み焼き食べに来たんじゃないんだよ!久しぶりに食いたいけど!」

建宮「つれないのよな。何か急用でもあるのよ?」

上条「って訳じゃないけど。例の”アゲート”で、天草式も忙しいんじゃないのか?」

建宮「まぁまぁ。少年もスコットランドでお疲れだったのよな、その労いも兼ねて女教皇は全てを我らに任せたのよ」

上条「お前それ絶対違うぞ?神裂に『調味料なくなりそうなんだけど、こっちの食材へ切り替えた方がいいか?』つったら、その日の昼にここへ向かわされたんだからね?」

アガター「神裂さんはあなたのワショクを大変美味しそうに食べますので、当然ではないでしょうか?」

上条「いや、嬉しいは嬉しいんだけどもだ。ホッケの香草焼きでアンジェレネとケンカしそうになる聖人ってどうよ?」

建宮「あっはっはっはー!女教皇もそれだけ気の置ける相手だという話なのよな!この調子で胃袋を掴むのよな!」

上条「誉められるのは正直スッゲー嬉しいが、別に俺の家庭料理は好評なのも、こっちじゃ食えないレア価値があるってだけで」

上条「日本の母さんや一部父さん達は毎日フツーに作ってんだげけどなぁ」

建宮「そこはそれアレなのよな。実はこう将来設計的なものも兼ねているのよ」

上条「将来?神裂の?」

建宮「そうなのよな。あぁ女教皇もいい歳になって浮いた話の一つもなく、悲しい青春時代を泣く泣く過ごしてらっしゃるのよ」

上条「その原因はアフロが率いる謎の集団にあがめ奉られてるからじゃないかな?つまりお前らだよ」

建宮「我らも自覚はあるのよな!今まで過度に依存し負担をかけた分、女教皇には自由に恋愛をしてほしいのよ!」

上条「って言ってんですけどシスターさん」

アガター「神裂さんはシスターではなく聖人枠ですので、奔放でなければ許容されるかと」

上条「奔放言うなや。未成年ばっかの寮で教育に悪いだろ」

建宮「いやいや少年。そこはそれ、これはこれなのよ。我らが花よ蝶よと過保護に育ててきたっつーのも問題があるのよ」

建宮「だから女教皇の世間知らずにつけ込んで!モヤシ野郎が夜会にフェスにパーティへと悪の手を伸ばしてくるのよな!」

上条「そこガードしてんだったら過保護変ってねぇよ。親切でいいだろ」

アガター「天草式の皆さんが正しいかと思います。社交界は怖いですからね」

建宮「……まぁ?俺らも別に悪人じゃないのよな。女教皇を大事にして誠実な相手であれば、泣く泣くモヤシ野郎でも応援するのよな」

上条「うんまぁ、いいんじゃね。潔く身を引くんだったら。神裂も天然っぽいところがあるし、少し心配性なぐらいは許容範囲だよ」

アガター「神裂さんはとても良い方なので、その善意につけ込もうとする輩を排除するお気持ちも分かりますよ」

建宮「……ありがとうなのよ、二人とも!我らの努力も報われるのよな!」

上条「多分余計な事ばっかしてんだろうが、神裂に怒られるから詳しくは聞かない」

建宮「それがよぉ。ついこの間まで花束持って通ってたモヤシがいたのよな」

アガター「あの、上条さん?相談しに来た筈が、いつの間にか相談されているのですが」

上条「シッ、どうせ後少しでオチるから待っててあげて」

建宮「立場的にも『騎士派』のトップ、血統的にも傍流の貴族と悪くはないのよな」

上条「へー偉い人だったんだ」

アガター「ちなみに余談ですが、『王族傍流』はこちらだと腐るほどいます」

上条「繁殖力強いよ。血は大事と違うんか」

建宮「道を歩けば若い娘にキャーキャー言われるし!部下からの信頼も厚いと文句が付けられないよな!」

上条「タチ悪いクレーマーの発想」

建宮「だが!ヤツは本性を隠していたのよ!例のブリテン・ザ・ハロウィン事件で女教皇を!」

建宮「女の顔を躊躇なくぶん殴るクソ野郎なのよな……ッ!!!」

上条「ごめんな、建宮。それもしかして俺をdisってないかな?敵向けて投げてる石がガンガン俺の背中へ命中してんだよね」

アガター「そういう意味ではあなた方と戦った際、お互いに殴る蹴る燃やす感電させると一通りしていますが」

上条「じゃあ逆に建宮さんとアガターさんに聞きますけどねっ!あの教会建設地でアニェーゼをぶん殴らずして場が収ったって思えるかっ!?」

上条「対案を出しなさいよ、対案を!俺だって好きでグーパンしてるんじゃないんだから!」 バンバンバン

建宮「仮にタンカ切っときながらお前さんが負けたとしたら、あの数倍も悲惨なことになってたのよな」

アガター「悲惨、ですか?あの状態からの巻き返しは難しいかと」

建宮「いやいや。禁書目録に手ぇ上げられて、灼きたいのを我慢してたおっかない神父さんが居たのよ」

建宮「あそこでドレッドの嬢ちゃんぶっ飛ばしてケリつけられなかったら、『抵抗されたから仕方なく』って全員火葬されてたのよ」

アガター「……成程。あなたに負けたのはまだ幸運だったと」

上条「ステイルの評価が酷すぎる。流石に空気読むだろ」

建宮「だが昨今は色々と暴力に対して厳しいジャッジが下される風潮なのよ。大人へ対しても勿論、少女にダメ!絶対!」

上条「よーしケンカだな?俺の目を真っ直ぐ見て言うってことは俺とケンカしたいって解釈で合ってんだよなぁ?」

アガター「被害妄想が過ぎます」

建宮「んだが!男であれ女であれ勝負をつけなきゃいけない時は来るのよ――そうだ!クッキングバトルで白黒つけるのよな……ッ!」

上条「やだなんて優しい世界」

アガター「平和的ではありますが、まず相手へクッキングバトルを認めるかがネックになるかと。なので武力行使を背景に交渉する必要があります」

建宮「いやいや、話し合えば分かるのよな。なのでクッキングバトルをさせるためにまず、クッキングバトルで認めさせるのな」

アガター「ですからそれがまず困難ですので、クッキングバトルを受け入れさせるためのクッキングバトルを受け入れさせるためのクッキングバ――」

上条「それ以上言わせねぇよ!延々マショトーリカみたいに続くやつだろそれ!?何周回ってもダメだろ!」

上条「つーか料理で遊んじゃダメだ!料理の好みなんて人によって違うんだから、優劣つけるだなんてよくないでしょーが!」

建宮「おっと建宮さん一本取られたのよ!」

上条「おいおい」

上条・建宮「どうもー、ありがとうございましたー」

アガター「茶番ですね」

上条「俺もどうかと思うわ。ノッてて言うのもなんなんだが」

建宮「まぁ、脱線しまくったけどよ。女教皇にも人並みの幸せを掴んでほしい、それが我らの総意であるのよな」

上条「だからって無理強いは良くないだろ。恋愛事に疎くても、大人なんだし自分の判断でだ」

建宮「――で、これは今までの流れガン無視なんだけどよ、少年には心に決めたお相手とかいないのよな?」

上条「超関係あるじゃん。いわく付きの物件の新築の超豪邸押しつけようとしてんじゃねぇよ!」

建宮「年上のお姉さんにリードされるのはお嫌いなのよ?」

上条「超好きだよ。何言ってんだよ嫌いな奴なんていないよ」

アガター「えっと……メモ、一応取っておきますか」 カキカキ

上条「ギャグまで残さないで!?ルチアに聞かれたらただでさえ距離取られてるのが、更に離されるから!」

建宮「まぁなんだかんだで女教皇の一番近くにいる異性でもあるのよ。この機会を生かさない手は――」

五和「――教皇代理」

建宮「――な、なーんちゃって!なのよ!今までのはほんのお茶目だったのよな!」

五和「へー、そうなんですかー?冗談で?」

建宮「なのよ!決してこう誰かさんのアシストをしないつもりではなく、優先順位的な意味が!」

五和「こちらへどうぞ。少しお話が」

建宮「い、五和さん?俺は接客中で……」

五和「来い」 スッ

建宮「はい」 スッ

上条「建宮……後で骨は拾ってやるからな」

アガター「……どうかされたのでしょうか。あの方が学習をされないと言う事は分かりましたが」

上条「……まぁ、今のうちにお好み焼き作っちまおうぜ。建宮の分も、疲れて帰ってくるだろうから」

アガター「そうですね。無駄もありませんし」

上条「つーか話進まないな!本題切り出そうにも雑談ばっかで終わっちまうよ!」



――駄菓子屋 『ウマオイ』

建宮「――それで?この俺に何が聞きたいのよな、何だって答えるのよ」

上条「気のせいか……お前のアフロが半分ぐらいになってんだけど。まるで根元掴んで、ぎゅってされた感じに」

アガター「寝癖ですよね」

建宮「それ以外だったら何でも!」

上条「あー、俺とアンジェレネが出くわしたワイルドハントの話は伝わってるか?」

建宮「シスター・オルソラのレポートと一緒に読んだのよな」

上条「なんか古い神様だとか幽霊だって説なんだけど、本当にいんの?」

建宮「知らないのよ」

上条「――はい解散!真サ○やろうぜアガター!」

アガター「大昔のゲームですか。少し興味があります」

建宮「待つのよな!?そこは『そこをなんとか』って食い下がるターンなのよ!」

上条「いや、できれば俺も知りたくはないんだよ。だって関わると出てくるもの、過去の経験から言ってもさ」

建宮「あぁフラグ的によくある話なのよな。とあるテレビの衛星写真見て山奥行く番組で、ある神社放送した次の日にそこ近く震源になったのよ」

上条「絶対に関係ないんだろうけど、番組作ったヤツは気分悪いよな」

建宮「一応フォロって置けば、あの御山は北の大鎮守の一つであってメジャーな話だったのよな」

アガター「例えがよく分からないのですが、発想を変えてみては如何でしょうか?」

上条「つーのは?」

アガター「『どうせ知ろうが知るまいが巻き込まれるフラグなんだから、知っといた方がまだマシだ』、と」

上条「嫌な結論ありがとう。もう観念することにしたわ」

建宮「ま、まぁなんだ。深刻に考えることはないのよな!もしロンドンやイギリス国内で何かあったら我らと女教皇が対処するのよ!」

上条「対処できる、ってことはいるんじゃねぇか」

建宮「んー……?どうなのよな、あれは”居る”というより”ある”なのよ」

上条「細かいニュアンスが分からん」

アガター「日本語難しいですよね」

建宮「まぁ、なんだ。お前さんが言ったような幽霊や神様はいないのよ。少なくとも神話や伝説そのままの、ってのは」

上条「それは何となく分かる。魔術師連中が意外と多くいるのに、そっちのが出てきたって報告は無いもんな」

上条「もし本当にいたらメガテ○の世界のように、神様同士の戦いになってんだろうし」

アガター「魔神はどうでしょうか?世界の敵になっている彼女とか」

建宮「うん、”ある”のよな。魔神は”ある”」

上条「おかしいだろ」

建宮「じゃあ聞くがよ。下乳ねーちゃんはオーディンなのよ?」

上条「女の子が横にいんのに堂々と下乳とか言うお前がスゲェ」

アガター「いえ私も寒くないのかな、とは前々から疑問に思っていました」

建宮「大事な話をしているのよ!」

上条「その大事な会話にネタ入れたのはお前だよ。まぁ、俺が知ってる範囲内でのオーディンとは違う」

上条「なんで女体化してんだよとか、お前が人間界で悪さする下りなんて聞いた事ねぇよとか」

アガター「私もです。性別もですが、人間界へ攻め入っては来ませんでした」

建宮「それと同じなのよ。あるのはあるのよ、名前や性質がよく似てるけど多分別物?的な?」

上条「まーたフワッフワした説明だなコノヤロー」

建宮「じゃあ聞くがよ。少年がこっちの世界の流儀を見てきて、下乳ねーちゃんがただの人だと思うかよ?」

上条「”ただの”じゃないだろうな。普通に魔術師が努力してあぁなると思えない……本人が望んだかは別にしても」

建宮「だから”何か”はあるのよ。よく分からない規則性や異質性、何かのルールに則った神様や幽霊のようなものは」

建宮「だが”いる”んじゃないよな。人や人に近い、意思疎通のできる相手としてどう、って話は聞かないのよ」

上条「風斬――は、こっち側か。いやでも天使の子はそこそこ話したぞ?」

建宮「だから何も分かってはないのよ。過去の体験なり悲惨な事例を元にして、”それっぽい”連中はあるにはあるのよ」

アガター「……あぁ分かりました。天草式としては彼らを天災か何かと解釈している、ですね?」

建宮「そうよな。ウチの正式な見解じゃなく、俺の体験談だが」

上条「うん?つまり?」

建宮「例えりゃ幽霊は”ある”のよ。その場に取り憑いたり、人に悪い事したりするようなのが、たまーに出るのよ」

建宮「あんま詳しくは言えないけどよ、ロンドンの魔術師でも死霊を使う霊装もあったのよな」

上条「それじゃ”いる”んじゃね?」

建宮「いいや。他にも大蛇とかが出るのよ、口から毒を吐き田畑を枯らし、人に災いを為すような」

建宮「……思えばヤツとの戦いで、女教皇に無理をさせたのが我らの離散する原因だったのよな……」

上条「いやその回想はいらん。つーかやっぱ”いる”じゃんか」

建宮「ただなぁ少年。あれが真っ当な生き物とは程遠いのよ。卵から産まれて幼体から育って、って風じゃないのよな」

アガター「ある日突如としてその場に現れたようだ、でしょうか?」

建宮「そうなのよ。そんな感じなのよな」

上条「生物だと思えない、だから”ある”?」

建宮「確かに鬼や大蛇、ここでもバーゲストやレッドキャップらしきものがごく稀に出現するのよな」

建宮「ただ連中、今までどこぞに隠れ住んでたとかじゃなく、いきなり湧いて出たような感じで意思疎通もできない」

上条「対話できるんだったら、絶対お前ら試さない訳無いだろうしな」

建宮「幸いにして、という言い方も良くないけどよ。蛇には蛇殺し、鬼には鬼切りの術式が効くのよ」

建宮「よって恐らく俺たちが神話や伝承の中で語ってる奴らと、根本的なものは同じだと思うのよな」

上条「うん、説明聞いてもよく分からん!なんか災害みたいなもんだなそれ!」

アガター「と、最初に伺っていますが」

建宮「あまりお役に立てなくて恐縮なのよな。祓えるのは祓えるし、心配はしなくてもいいのよ」

上条「だ、だよな!期待してるぜ!」

アガター「あの、質問宜しいですか?」

建宮「どうぞなのよ」

アガター「ありがとうございます。その災害が人的に引き起こされている、という可能性はないのでしょうか?」

建宮「人的に?」

アガター「はい。ええと、霊装では炎を出したり風を起こしたりできますよね?それと同じで、人外の存在を定期的に造り出す、というような」

建宮「造れるかどうか別にして、テレズマや天使の召喚に成功している以上、理論上は可能だと思うのよ」

上条「SLGにありがちな、敵量産ジェネレーター?」

建宮「現実に存在して術者が死んだ後もせっせと動いている――というのはまずないのよな」

上条「そうか?超個人主義&秘密主義のお前らだったらあり得るだろ」

建宮「そんなんがあったらその地域は滅びてるのよ」

上条「……まぁ、そうな」

建宮「言っちゃなんだが何でもアリの魔術サイド、そういう連中を召び出して使役するって術式もあると思うのよ」

建宮「陰陽師の式神なんかはモロそうだし、その流れを受け継いだいざなみ流の太夫もよ」

上条「ワルイドハントを使ってる魔術師が……!?」

建宮「可能性だけの話なのよ。まだお前さんが出くわしたのが本決まりだという訳じゃないのよな」

建宮「それに何度も言うようだが、向こうさんの特性も弱点も外見に引っ張られるのよ」

上条「引っ張られる?」

建宮「おうよ。魔術師は既存の神話や伝承をベースにして術式や霊装を組み上げるのよな。あー、お前さんにはプログラムって言った方がわかりやすいかよ?」

建宮「0から機械語学ぶよりか、ソフトウェア開発用のツールを使った方が便利なのよな」

上条「その例えが分からん!」

建宮「エロ同×ゲーを作りたいんだったら、RPGツクー○から始めた方がC言語よりも早く作れるのよな?」

上条「ツクー○さん関係ないだろ!一般向けゲームだって出てるよ!俺らが知らないだけで!」

アガター「言葉の意味は分かりませんが、不潔です」

上条「というか教皇代理がなんで日本の局地的なエロ産業に詳しいんだよ」

建宮「趣味なのよな!エロメイドシリーズの方向性を模索する上で必要なことなのよ!」

上条「そのメイドは超見たいけども、それメーカーが作ってんだからお前ら無関係だろ」

建宮「それと同じく!天使の力を引き込み、十字教の奇跡を再現するような術式を再現すればその弱点もついてくるのよ!」

上条「どれ?お前ん中じゃエロメイドと天使の力って同じなの?」

アガター「『ブリテン・ザ・ハロウィン』ではキャーリサ殿下が聖人並の力を発揮した、とされていますが。無敵と言わんばかりの」

上条「フィアンマもある意味そうだよな」

建宮「どつちも今から思い返せば正面から向かわんでも、もっと搦め手でなんとかなったかもしれないのよな」

上条「いやいや!どっちとも色んな奴らが同時攻撃したからなんとかなったんだぞ!」

建宮「知ってはいるが、どっちとも振り切れてたのよ。心身共にどれだけ保つかも怪しいもんなのよな」

アガター「実は力尽きるまで待つ、という手段もあったのでしょうか?」

建宮「ありっちゃありなのよ。ただ二人が力尽きる前に、イギリスか地球が粉々になる可能性もあったんだけどよ」

上条「フィアンマの方は謎の黄金っぽい謎物質生成してたんだっけか。あれ、どうなったんだろうなぁ……」

アガター「確実にロクな使われ方はしていないでしょうが」

建宮「ま、そんな訳で”アゲート”の件にしても大体どんなヤローが掠めていったのか、見当はついてるのよな」

上条「術式から逆算して?」

建宮「今まで雲を掴むような話だったのが、異世界で魔王を倒す難易度にまで下がってきたのよ!」

上条「それ一般の人には無理ゲーっていうからな?今もどんだけの日本人が異世界で苦しんでる事か!」

アガター「数字的にはゼロだと思います。今までもそしてこれからもゼロ更新かと」

建宮「なのでお前さんは、ドーン!と気を楽にしてるといいのよな!あんま”外様”の俺たちが活躍するとマズいってんで、こき使われる頻度は減るのよ!」

上条「不穏な単語が出てるが頼りになる!よっ、天草式っ!」

アガター「流石は小さいながらも十字教の一分派を率いていた方です」

建宮「代理なのよな。中間管理職とも言えるのよ――あ、そうそう。それは別に気になったんだけどよ」

上条「あぁ」

建宮「伝承の方じゃなく、魔術結社としての『ワイルドハント』も存在するから、まぁ気をつけるのよな」

上条「また余計なフラグ立てやがったなコノヤロー」



――日本人街 通り

上条「――ふー、結構食ったなー」

アガター「それは時間的な意味でしょうか?それとも満腹的な?」

上条「いや別に上手いこと言ったつもりはなく。確かにお好み焼きが懐かしい上、思ったよりもレゲーが面白かったのも否定出来ないんだが」

アガター「まさか途中から天草式の方々が乱入してくるとは」

上条「まぁな。最弱キャラなのに強キャラおしおきしまくる建宮は、どんだけなんだと」

アガター「大人げないですよね」

上条「そこっ、うん!ボカしてるんだからねっ、言わない方向で!」

アガター「失礼しました。しかし彼がピンチになるたび言っていた、『ラショーズィンが完全体なら……!』は、一体何だったのでしょうか」

上条「もっと触れてほしくないところ易々突いてくるよね、君は。それはきっと声が似てるからだよ」

アガター「しかしいい経験でした。お好み焼き、美味しかったです」

上条「そりゃ良かった。なんだったら今度作ろうか?」

アガター「作れるのですかっ!?業務用の大きな鉄板がないのに!?」

上条「食いつきがいいな。流石にあの店の売り物になるレベル、ってのは無理だけどな。ご家庭でもできるよ。フライパンあれば充分に」

アガター「あぁ、では是非――と、いけませんいけません。賄賂を受け取る訳には」

上条「そんなつもりはないが……えーと、アガターさん?つーか君どうして俺の後を尾行して――」

アガター「とある方からとある依頼を受けてしています。しかしあなたには話せません」

上条「ですよねー」

アガター「不満かも知れませんが、あなたの巻き込まれ体質を考えればそれほど悪くはないかと」

上条「それも分かってはいるんだが、外回りならまだしも寮の中じゃ普通にしたいっていうか」

アガター「すいません。それも私の一存では決めかねます」

上条「まぁいいんだけどさ。ただなー、よく覚えておいてくれシスター。今後のためにも」

アガター「何をでしょうか?」

上条「フラグを立てると即・回収するってことかな」

アガター「フラグ?」

上条「うん、まぁつまり」

???「――グハハハハハハハハハハハハハハハッ!待つのよな!」

アガター「あぁ。襲撃フラグですね、頑張って下さい」

上条「殆ど君が持ち込んだ案件だからねっ!?」

???「オンナを盾にしようとはふてぇ野郎なのよ!ここは俺のクッキングバトルデータカードでその性根をたたき直してやるのよな!」

上条「クッキングなのかカードなのかはっきりさせろよ。デストロイガンダ○vsガンダムデストロ○の泥仕合か」

???「名前は一見さんには分かりにくいけどよ、コスト的にはダンチなのよな!」

アガター「建宮さんですよね?」

建宮(???)「……」

アガター「見覚えのあるアフロと聞き覚えのある声。建宮さんではないのですか?」

上条「お前……なんって残酷な!」

建宮「た、タテミーヤ?そんなヤツは知らないのよなぁ!」

アガター「これ場合によってはイギリス清教へ、『天草式は謀反の疑いあり』と報告しなければいけないのですが?」

建宮「……ごめんなさい」

アガター「それでは私が納得ができるように説明をですね」

上条「空気読め、なっ?そのぐらいで許してあげて!」

五和「……すいません教皇代理のアホがまたご迷惑を」 シュタッ

上条「……いえ、こちらこそ。このシスターさんが真面目すぎてご迷惑を」

五和「いえそんなっ!?このアフロは全部毟っときますから!」

上条「あぁいいよ別に。俺もちょっとクッキングバトルしたかった」

五和「あ、じゃあ今からスタジオでも借り切って!」

上条「時間ないよ。せめて前日からアポは入れてほしかったわ」

五和「教皇代理なんか上条さんと遊べるからってはしゃいでしまって……えぇ、はい」

建宮「だって!ロンドン来て遊べるかと思ったら待てど暮らせど来ないのよ!」

上条「子供か。その溢れるアフロは子供心の証か」

建宮「終いには俺らよりもスコットランド優先するしよ!俺たちとの関係は遊びだったのよ!?」

上条「ノリで言えば分厚いチャンピオ○で連載してるヤンキーマンガのダチコーが一番近いだろ」

建宮「そして敵も味方もスケール感が半端ねぇのよ」

五和「まぁ……私も上条さんと会いたかったなー、とか。どうせだったらもっと早く来てくれないかなー、なんて」

建宮「そうなのよ!五和は怒りで酒量が増えていたのよな!」

上条「あれ?五和って俺らとそんなに歳変らないんじゃ?」

五和「そ、それは国が違えば法律も違ったりしますし!旅行先で浮かれちゃうこともあるじゃないですか!」

アガター「悲しいときも嬉しいときも呑むのであれば、酒量はオールウェイズ増えるばかりかと」

上条「だから君も空気読んで!?俺だってツッコミたかったけど、下りが長くなりだったから自重したのに!」

五和「……建宮さん?」

建宮「おう任せろ!ここは別名フォロ宮さんの出番なのよ!」

アガター「フォローしようにもさりげなさの欠片もない上、上がりまくったハードルを跳べるのでしょうか?」

上条「君さっきから正論で殴りつけるの悪い癖だよ?そういうトコだよ?」

建宮「今の時代、男女平等なのよ。男も女も、その間の人達だって自由に楽しむ権利があるのよな!」

上条「あぁごめん。別に五和がどうって訳じゃなくて、ただ酒豪って部分に引っかかりがだな」

建宮「それに少年、考えてみるのよ!」

上条「話聞けよフォロ宮さん」

建宮「――女の子が酔っ払ったのって、なんかいいのよな……ッ!!!」

五和「代理。こう、なんて言ったらいいのか、フォローも中途半端だし言ってる内容もペラッペラです」

アガター「童×の発想ですよね」

上条「だよねっ!年上の管理人さんタイプが無防備になるのって最高だよな!」

五和「効果あったんですかっ!?」

アガター「繰り返しますが童×の発想ですよね」

上条「夢見たっていいだろ!アルコール弱いのに呑んじゃう系お姉さんの夢ぐらいは!」

五和「あ、あー建宮さん?私も弱い方、ですよね?」

建宮「そうなのよ!五和は飲む量がちぃと多めではあるんだけどよ、すぐに酔っ払うのよな」

五和「ですね!」

アガター「かえって危険な飲み方のような……」

上条「量なんて建宮が盛ってるだけだ!大丈夫!俺は分かってる!」

五和「そ、そうなんですよぉ!教皇代理ったらいつもふざけてばっかりで!」

建宮「ただその大虎っぷりは天草式でも怖れられてるのよ。ついこの間も『オリジナル煉○!』とか言って絡んできたチンピラをボッコボコに」

五和「――よしテメー歯ぁ食いしばれ!」

上条「よく見とけシスター・アガター・これが天草式十字凄教、教皇代理の生き様だ」

上条「きちんと引っ張って溜めるだけ溜めてから、ボケる!これを同年代でできるヤツがどれだけいるか……!」

アガター「コメディアンの養成所にはいると思います、かなりの数が」

五和「そういう教皇代理だって!聞きましたよ、この間ヤク×の事務所に一人乗り込んだじゃないですか!」

建宮「……あぁ、お前らには黙ってたんだがよ。俺実は『定期的にヤク×のアバラを折らないと目と鼻が春と秋にかゆくなる病』に罹ってるのよな……!」

上条「ヤク×のアバラとお前の耳鼻の因果関係ってどうなってんの?」

五和「ただの花粉症ですよね。そして定期的にカチ込む意味が分かりません」

上条「無理矢理意味を見いだせば、『目と鼻がかゆいからムシャクシャしてやった』かな」

アガター「よく分かりませんが、あなた方の生き方が怖いです」

五和「一緒にしないでくださいよ!?私たちはごくごく真っ当な武闘派の十字教徒なんですからねっ!?」

アガター「あぁ、なら納得出来ます。私たちも似たようなものですしね」

上条「お前らガンジーさんに全力で謝ってこい。もしくはマザー・テレサさんとかにもだ」

建宮「残念!テレサさんの修道院じゃついこないだ子供の人身売買の疑いでガサ入ったばっかりなのよ!」

上条「本当にガッカリだよ。墓の下から甦ってラリアットしてくるよテレサさん」

アガター「いえ、十字教の教義では審判の日まで復活はされません」

上条「……うん、ありがとうな」

五和「……まぁ、教皇代理を責めないでやってください。上条さんと遊ぶのを楽しみにしてたらしくて……」

上条「いや来ればよかったじゃんか。同じロンドンに住んでるんだから、お前らから訪問してくれたって不思議じゃないだろ」

五和「いえそれが、”外様”が集まると必要以上に警戒する方が――」

建宮「――五和」

五和「い、るかも知れないじゃないですかっ!?ほ、『必要悪の教会』って厳しいですし!」

上条「そうかぁ?一部の連中、ステイルとかステイルとかステイルを除いて、そこそこ仲良くさせてもらってんだけどなー」

アガター「ご歓談中に申し上げにくいのですが、そろそろ時間が押しています」

上条「あー、ごめんな。長居するつもりはなかったんだが、つい楽しくて」

建宮「はは、こっちも足止めして悪かったのよな。今の事件が一段落したら改めて遊ぶのよ!」

上条「まぁ酒には付き合えないからほどほどに。日本人が好きそうな観光スポットあったら教えてくれよ」

建宮「任せるのよな!薄着のねーちゃんが接待してくれる店が――」

五和「――教皇代理?」

建宮「――ある一角には近寄っちゃダメなのよ!大抵一見さんはぼったくられるからよ!」

上条「貴重な体験談ありがとう。お前は一体何に駆り立てられて体張って笑いを取りに行ってんだ」

建宮「ふっ、男は顧みないのよ、って昔の宇宙海賊の人も言ってるのよな」

上条「全巻読破してないから詳しくはツッコまないけど、それキャプテンの人の台詞だっけか……?」

アガター「そして昔ではなくかなり未来ですねー」

五和「ま、まぁアホのことはいいじゃないでいすか!次は遊びに行きますよ!こっちから!」

上条「俺も下宿してる身だから、あんま大勢で来られても……まぁいいか。それじゃまた」

建宮「おう!良い子にしてるのよ!」

五和「また近いうちに。シスターさんも……すいません」

アガター「いえ。では」

上条「……」



――地下鉄ターミナル 乗車待ち

上条「なぁ、ちょっといいか?」

アガター「はい、何か――と聞くのもわざとらしいでしょうか」

上条「何が?」

アガター「いえとぼけなくても結構ですよ。やはりあなたもおかしいと?」

上条「あぁ、流石にちょっとな。不自然っていうかさ」

アガター「そう、ですね。私も実はそう思うのですが」

上条「やっぱイギリスでもシスター服って超絶目立ってるよな」

アガター「違います。誰が私のシスターの話をしたのかと」

上条「いやでも写真撮られまくってるし?」

アガター「主にあなたの国の人にですがね!シスター・ルチアが日本人嫌いになった一員でもありますが!」

上条「大丈夫、シスター服は日本人が巫女さん好きなのと同じぐらい好きだから、なっ?」

アガター「本日一番意味が分かりませんが……では、なく。天草式の処遇について、納得行かなかったことがあるのでは?」

上条「微妙に話せないような感じだったけど……俺が突っ込んで聞いてもいいのか?」

アガター「微妙な感じです。話せば確実に巻き込ま――」

上条「じゃあ頼むよ」

アガター「……れる、のですが」

上条「言いにくいんだったら無理矢理俺が聞き出した事にしてくれ。そうすりゃアニェーゼ達がなんかされるって可能性も低くなるし」

アガター「……監視、必要なかったようですね……」

上条「あい?」

アガター「いえ、何でもありません――で、えぇと、上条さん。天草式と神裂さんが離れて暮らしている理由はご存じで?」

上条「あぁ神裂から聞いた。身内と暮らすと甘えが出るとかって」

アガター「”それ”が表向きの話。神裂さんはそう信じているのかもしれませんが、実際には違います」

上条「違う?」

アガター「はい。パワーバランスを崩さないためです」

上条「……また変な単語が来やがったな。バランス?なんでバランス?つーか誰と?」

アガター「今お話ししているのはあくまでも個人が、というか私たちが想像した範囲の話であり、公式なことではないのですが……」

アガター「この国は三つの派閥があるのはご存じですよね?」

上条「前にやった。バーチャン率いる『王室派』、『騎士団長』だかって人の『騎士派』」

アガター「それと『最大教主』の元に結成された『清教派』。私たちが所属しているのは最後の一つですね」

上条「ステイルやインデックス、神裂もなんだよな……ついでに土御門も一応」 ボソッ

アガター「現在の状況ほ端的に示しますと、『清教派』が突出しています」

上条「……そう、か?前の動乱の時じゃ『騎士派』相手に手も足も出なかった覚えがあるんだけど」

アガター「あれは『全英大陸』を発動した上、事前にクーデターの準備を整えていたからですよ」

アガター「終わってしまえば過剰な武力は削られますし、『騎士派』がこっそり隠していた『オリジナル』も破壊されました」

上条「……その節はすいません」

アガター「その剣も元を正せば『王室派』が持つべきものでしたし、結果的に『清教派』の一人勝ちになってしまいました」

上条「それだったら別に必要以上に警戒する必要はなくないか?」

アガター「いえそれがですね。まともに戦って勝てない相手には政治力――」

アガター「――言い換えれば、あれやこれやの言いがかりをつけ始める方が出始めまして」

上条「あーいるよなぁ。他人を攻撃してるうちは自分が攻撃されないって思い込んでる人」

アガター「特に神裂さんは聖人、かつその手足となりつつもイギリス清教を何とも思わない集団ができれば……」

上条「格好の攻撃材料になる、と」

アガター「ですので相手を刺激しないように、との配慮があるかと。その一環としてあなたへ会いに来なかったのもそのせいでしょう」

上条「俺?――あぁ!同じ寮に住んでるだけなのにか!?」

アガター「恐らくですが、天草式は私たちにも気を遣って下さったのだと思います。私たちは彼ら以上に不穏分子ですから」

上条「ローマ正教を追い出されたローマ正教徒……」

アガター「不穏どころか異分子ですからね。そしてその認識は正しい」

上条「いや待てよ!お前ら前の戦争の時だって活躍してたじゃねぇか!?」

アガター「はい、お陰様で最前線で戦わせて頂きました。まぁロシアに着いてからは完全に独断で動きましたけど」

アガター「私や天草式もですが、都合のいい”駒”なんですよ。使い潰しができて、失敗したとしてもそれを理由に処分できる」

上条「そんな……」

アガター「変だとは思いませんでしたか?『ブリテン・ザ・ハロウィン』――暴走したキャーリサ様を止めるのにたったあれだけの人員しか集まらなかった、と」

上条「……様子見を決め込んでたクソッタレがいた、って?」

アガター「『あの事件は”内乱”であり、王室派が収める義務がある。自分達の家に火がついているっていうのに……本当に燃やしてやろうか』」

上条「ぶち切れてんなステイル。てかちょっと似てる」

アガター「常識的に考えて下さい。そもそも”部外者”が一線に出されてる以上、本来その役を担う人達は温存されているのです」

上条「……戦争、終わったんだよな?」

アガター「はい、終わりましたね。ローマ正教とロシア成教を陰で操っていた悪い魔術師はあなたにそげぶされました」

上条「それ正式名称になってんのかコノヤロー」

アガター「では全員の力で倒し、一人の魔術師とその協力者たちはいなくなりましたね」

アガター「ただ見方を変えれば今までの経緯を無視し、全ての悪を個人へ押しつけなぁなぁにしただけとも」

アガター「ですので今回の一件も我々が必要以上に走り回され、かつ解決の目処も立ったところでお役御免になるかと」

アガター「そもそも『全英大陸』が奪われたのは誰の責任問題になるのか、でまた大もめになっているらしく……」

上条「俺とアンジェレネにお声がかかったのも”部外者”だからか」

アガター「ある程度のまとまった情報を上は掴んでいるらしく、私たちへ無茶ぶりをするのもピタッとおさまりました。それはいいんですが」

上条「が?」

アガター「同じくステイルさんがした”独り言”によれば、『相手から回収した”全英大陸”の取り合いになりかねない』と」

上条「独り言好きだなアイツ。俺も好きになりそうだよ」

アガター「まぁ……それでも以前よりは働きがいのある職場だとは思えますが。少なくとも一回の失敗で牢に繋がれることはないですし」

上条「……」

アガター「……すいません、こんな言い方しかできなくて。もっと言葉を選ぶべきだとはいつも思うんですが」

上条「あー、アガターってルチアと同じような立ち位置の?」

アガター「頼まれた訳でもなく自発的にしていますが、冷静かつ悲観的な分析をするのが担当……と言っていいのか分かりませんが、そのような感じで」

上条「『女王艦隊』の後、スムーズにロンドンへ行けたのも……」

アガター「ビショップ・ビアージオからそれなりに信頼されていましたので、偶然彼の管理している口座が手元にあり、何故か暗証番号までセットで」

上条「その人左遷されたって言ってなかったっけ?トドメ刺したのも君たち?」

アガター「バカンスの資金代わりに少しだけ。また何かあったら高飛びできるように」

上条「そっか――それで今日の夕飯の献立は何がいいかな?」

アガター「おかしいですよね。そんな話はしてなかったかと」

上条「いや、現状俺がなんかできそうなことはないってのは分かった」

アガター「逆効果ですね。首を突っ込めばどこまでも足下を見られるでしょうし、あなたの首輪として私たちが被害を被る可能性も」

アガター「……イギリス清教としては願ったり叶ったり、かもしれませんが」

上条「組織の話になるとなぁ。全員ぶっ飛ばして言う事聞かせるってのも違うと思うし。あ、必要に迫られればすっけどさ」

上条「どこにだって腐った連中はいるけど、それだけじゃないだろ?昔いたところも、今ところも」

アガター「はい。リドヴィア様は大変よくしてくださいましたし、『清教派』の皆さんも基本的には」

上条「ならその人達を信じてみるのもいいんじやないのか?周囲が全て敵じゃないってことも理解しておけば」

アガター「それでも――必ずしも味方になってくれるとは……」

上条「神裂にとって天草式は人質、ある意味お前らもそうだ――ってんなら、そこら辺が落とし所じゃねぇかなぁ」

アガター「オトシドコロ?」

上条「うん。人質になってる以上、あんま酷い扱いもできないって訳で。反旗翻されちまったら元も子もないわな」

上条「それと話聞くにお前らがパシリに使われるのにも限界がある」

アガター「私たちが耐えられないという意味ででしょうか?」

上条「あー違う違う。どんな仕事してのんか知らないけど、要はそっち側の仕事だろ?」

アガター「雑多すぎて一言では言い表せませんが、はい。どなたかがやっていた筈です」

上条「じゃあ本来その仕事をしてた奴らはどうなんだよ、ってな」

アガター「どう?」

上条「お前らが仕事取っちまって『キミ存在意義あんの?』って言われてると思う」

アガター「……」

上条「怠けたいのか楽したいのか知んないけど、仕事なんか取っちまえばいいんだよ。向こうが調子ぶっこいてる間に、帰って来ても席なんてないぞって」

アガター「……なるほど」

上条「それと天草式とアニェーゼ部隊が外されたのってさ、手柄が横取りするとかじゃなくて、あっちのケツに火ぃついた――って表現で分かるかな」

アガター「”driven into a corner”という表現ですね。角に追い込まれると」

上条「『新参者に結果出せる訳ねーだろwwwwww』なんて調子ぶっこいてたら、なんとかされそうになって泡食ってクチバシ突っ込んだきた」

上条「国の根幹に繋がるような大問題、手がかり掴まれたのは元外部団体。面子潰れちまってやつだ」

上条「というかだ。別の派閥は知らないが、インデックスやステイル育てた『清教派』の偉い人いるじゃん?」

アガター「『最大教主』ですね。ローマ正教の最たる敵です」

上条「ローマ正教から敵認定されてる人が使えそうな人材、そう簡単に遣い潰したり浪費したりなんかしないって」

上条「……あんまいい慰め方じゃないけど」

アガター「いえ……かなり盲点でした。意外と考えているんですね」

上条「”意外と”?君今珍しく言葉選んでる俺へ対して?」

アガター「失礼しました。一応警戒度を上方修正させておきます」

上条「あれ?ここまで親身になってんのに警戒レベルが上がってるぞ?」

上条「……まぁいいや。シスターさんたちの労働環境改善は少しずつやっていこう。少しずつ」

上条「少なくとも『寮母オレ!』なんてアホ企画を断行した責任者だし、一回会ってじっくり話したい――で?」

アガター「はい?」

上条「今日の献立だろうが!?お前らにとって日々が戦いだと言うのであれば!俺にとってキッチンが戦場だと言える!」

アガター「全くの素人へ意見を求められても困ります」

上条「あー、じゃあなんかアガターの好きなのでいいんじゃね?パッと浮かばないんだったら」

アガター「それは……贔屓では?」

上条「贔屓ぐらいたまにはしたっていいだろ。誰が困るってこともないんだし」

アガター「そう、でしょうか?」

上条「俺がそう決めた。で、リクエストは?」

アガター「では……ロールキャベツは如何でしょうか?」

上条「おっ、中々いいチョイスだな。最近寒くなってきたし、煮込み料理は温まる」

上条「余ったスープを利用すればスープスパもできるし!まさに捨てるところがない!」

アガター「スパ、ですか?」

上条「あぁ美味しいんだぞー?コツはカツオ節の出汁を入れるんだ」

上条「そうすると肉と魚、そしてキャベツから出た旨味!濃厚で深みのあるスープとなって襲い掛かってくるんだ……ッ!」

アガター「飯テロはやめてほしいのですが」

上条「まぁ見てろ!日に日に注文が多くなってきたアンジェレネ師匠を唸らせてみせるぞ!」

アガター「シスター・アンジェレネとの食通バトルごっこも、そろそろシスター・ルチアがぶち切れる寸前かと」

上条「よしなんかテンション上がってきた!買い出しと料理手伝ってくれ!」

アガター「か、買い出しはともかく、私には監視する任務が!」

上条「見てるよりも一緒にやった方が楽しいだろうが。てか俺にはお前らの女子力を上げるってノルマがあるんだよ!」

アガター「そんな契約はなかったかと」

上条「いいから手伝え!リクエストした責任を取れ!」

アガター「聞いて来たのはそっちなのに!?」

上条「心配ない。シスター全員にやらせるつもりだ」

アガター「アンケート取ってたのも、まさかっ!?」

上条「料理ぐらい出来るようになった方が良いだろ。特に好物だったら余計にだ」

アガター「思いつきかと思いましたが、意外に深い考えがあったのですね」

上条「いや?たった今思いついた」

アガター「そこは嘘でも良いですから嘘を吐きましょうよ!」

上条「どっちだよ」



――ロンドン地下鉄 電車内

神裂「『――そうですか。特にトラブルもなく終えましたか』」

建宮『あぁ!若干「五和って一体何歳なんだろう?」って二次被害が出たが、それ以外はバッチグーなのよな!』

神裂「『確実にいりませんよね、それ?意図的に振らなければ疑問には思いませんよね?』」

神裂「『というか五和……五和さんも私にとっては姉のような方なのですが。あなたも兄弟子の意味では』」

建宮『個人的には「バッチグーの人は今何やってるんだろう?」ってツッコミがほしかったのよ』

神裂「『まぁ了解しました。多少なりとも気晴らしになったようであれば幸いです』」

建宮『あ、ちゃんと女教皇のことは推しておいたのよ!好感度マックスハー○よな!』

神裂「『あとで五和によく殴っておくようメールしておきますね。それではまた』」 ピッ

神裂「……ふう、やれやれですね」

男「――なあアジア人のねーちゃん、観光かい?」

神裂「はい?」

神裂(外見は……30、半ばぐらいのドイツ、ポーランド系の顔立ちでしょうか)

神裂(遊び人の風体でもなし、微妙に引き締まった筋肉の付き方。何か武道はされていますね。それも現役の)

神裂(とはいえこちらじゃ兵役もありますし、年齢から察するに指導者かそれに近い立場、ですか)

神裂「……いえ留学生ですよ。遊んでいる暇はないのであちらへどうぞ」

男「何言ってんだ。アジア人の留学生ってバイヤーのスラングだろ常識」

神裂「一概には否定も出来ませんが、立場上否定せざるを得ないことを言わないでください」

男「そうか?いーい遊び場知ってんだけどなあ。ねーちゃんだったら大人気だぜ」

神裂「それも結構……あ、触れようとしたら折りますからね」

男「NINJA!?Japanese NINJA!?Now!?」

神裂「あなた方のニンジャへ対するハードルが上がる一方ですね。あぁいえそういうのも修めてはいますが、どちらかといえば合気の技であって」

男「知ってる!ゴーキ=シブカ○!」

神裂「フィクションです。あと渋川流は実在しますので、勘違いも程々に――ッ!?」 ザワッ

男「マジかよ!俺行ったらNINJA教えてくれんのかよ!」

神裂(なんでしょう、この気配。鋼、いや鉱石の匂い……?)

男「おいアンタ。貧血か?立ちくらみでもしたんか?)

神裂「いえ……えぇ、少しだけ――離れていて下さい。できれば先頭車両にまで」

男「嫌われてんな俺」

神裂「……まぁ、誤差の範疇ではあるでしょうが」

少年?「――女よ、少しものを訊ねるのだが」

神裂(”それ”を見たとき、脳裏に浮かんだのは――というよりも鼻孔から脳に繋がったのは鉄の臭い)

神裂(血臭とはまた違う。錆びた鋼がゆっくりと朽ちるような、古い棺桶に使われていた釘を連想させる)

少年?「貴殿はローマ正教のカオリ=カンザキか?」

神裂(揺れる車内でふらつきもせず、体幹を乱すことなく無造作に歩み寄ってくる。それはいい。それだけなら魔術や武術を極めた人物であるだけの話です)

神裂(だがしかし年端もいかぬ少年でなければ!外見通りの相手じゃない!)

少年?「言葉は通じているはずなのだが。ふむ?」

神裂(というか言語の壁を越えて意味が浸透してくる!意味の分からないルーンのような響きの声が理解出来るとは!)

神裂(”右腕”から立ち上るテレズマ!気の弱い人間なら失神しそうなほど濃い!)

神裂(……さて、どうしたものでしょう。否応なしにトラブルへ巻き込まれる役割は、私が担当ではないのですけど)

神裂(走行中の列車で”教皇級”を相手にする……バカバカしいにも程がありますね。ダース単位で巻き込まれた死人が出ます)

神裂(こんなとき”彼”ならどうしていたでしょうか……?)

少年?「耳が聞こえずとも意思疎通が叶うのだが、『着衣の祈り』でも重ねがけしているのか?」

神裂「あぁいえ分かります。ちょっと考え事を」

少年?「分かるぞ。思索にふける時に限って俗事が追い付いてくるものだな」

神裂「その例えは分からないのですが」

少年?「それでだ。貴殿はローマ正教のカオリ=カンザキで」

神裂「いえ、違います。私は伊藤です」

少年「イトウ?」

神裂「はい。伊藤静火です」

少年?「そう、なのか?人違いか。手間を取らせた、すまない」

神裂「あぁ、いえいえとんでもございません。こちらこそ尋ね人ではなく恐縮です――が」

神裂「人をお捜しならお手伝いましょうか?ここから前の車両に日本人の女性らしき方はいませんでしたよ?」

少年?「ニホン?」

神裂「日本――Japan風の名前でしたので」

少年?「知らぬ。オリエントよりも更に遠い遠い国の民よ。葦束の国とか言ったな」

神裂「二千年ぐらい前ですがそれは。多少盛っているのを省いても千と四百年ぐらいには」

神裂「というか私と似てる方なのですか?お探しの方は」

少年?「あぁ従者が聞いた話によれば背格好がよく似ているのだ。こう、カラスの濡れ羽色のような髪をし」

神裂「いやそんな、それほどでも」

少年?「具体的には前衛芸術にありがちな、頭の悪さと趣味の悪さが前面に出たファッションセンスをしている、と」

神裂「これはそういう霊装なんですよ!」

少年?「ふむ?」

神裂「礼装です!私の故郷は田舎だったもので!」

少年?「それは……苦労をしたのだな。頑丈そうな衣類がそこまで傷むほど着るとは。ある意味その服も本懐でもあろうよ」

神裂「違いますよ。これはビンテージに手を入れているだけで」

少年?「古き物に手を入れてまた使うか。誉めてやろう、貴殿はよい妻となるであろう」

神裂「それは、ありがとう、ございます」

少年?「――と、いうかなカンザキとやら」

神裂「いえ、ですから私は伊藤と申しまして」

少年?「こちらへ来てから読んだ本の中に『深淵を覗く者は深淵からも覗かれる』、という一節があった」

少年?「貴様・・が私の所作を観察しているように、私もまた貴様の所作を観察しておるのだ」

少年?「揺れる車の中で体幹もぶれず、私が声をかけた瞬間よりも僅かに距離を取った。やや半身に構え、こう斜に、前後になるようにな」

少年?「体を支えるには横へ足を開くが道理。だのにわざわざ紐にも掴まらず不自然な姿勢を取るのは、如何に?」

神裂「……」

少年?「これが貴様の仕掛けやすい位置か?であれば得物は……幅広剣にしては遠く両手剣にしては短い」

少年?「華奢な女を演じるのは無理だと心得よ。か弱さを受け入れようにも、今までの鍛錬が許すなどあろうものか」

神裂「……ご忠告、痛み入ります。全く、慣れないことなどするものではありませんね」

少年?「そうするがよい。年寄りからの忠言ほど耳に逆らうとは言うがな」

神裂「さて、では河岸を変えましょうか」

少年?「いやここでよい」

神裂「私が良くありません」

少年?「だからよいのだ」

神裂「……正気ですか?どれだけ周囲に迷惑がかかると」

少年?「知っている。その上でもう一度言おう――だから・・・いいのだ」

神裂「私を調べて――!」

少年?「あぁ。お仲間とやらはペラペラ喋ってくれたぞ」

神裂「仲間?」

少年?「どこぞの騎士だとか言っていたな」

神裂「……『騎士派』ですか。リサーチ方法に興味がありますね」

少年?「適当な屋敷を訪問して『この国で最強の者は誰だ』とだけ」

神裂「罪のない格闘家の方へとばっちりが及ばなくて幸いでしたね……勝てない相手に蛮勇を奮うよりは懸命ですが、せめて一言ぐらいあってもいいでしょうに」

少年?「言いたくても言えんのだ。手打ちにしたからな」

神裂「……は?」

少年?「『仲間を売るのはとても苦しいのだ、体が引き裂かれんばかりだ、あぁいっそ楽にしてくれ』」

少年?「――と自己申告していたのでな。手ずから介錯してやった」

神裂「――あなたは!」

少年?「ほう。銀貨数枚で売られた相手を慮るのか、聖人の資質とは」

神裂「私が私の流儀を貫くのに一体何の関係があるのでしょう?」

少年?「聖人も随分と質が落ちたものだな。私が若い時分には難敵この上なかったのだがな」

神裂「それよりも、私はいつまであなたを”あなた”と呼ばなくてはいけないのでしょう?できればご用件も伺ってお帰り下さい」

少年?「おぉ!それは確かに道理である!許せ、女よ。葦束の民はシャイであると聞き及んでいたが、コロッと忘れておった」

神裂「その情報ソースは明らかに間違っています」

少年?「私の名は”アゲート”。ただの魔術師だ」

神裂「アゲート?こちらの秘蔵っ子を盗んだ犯人と同名ですか、偶然って怖い――とは、いかないんでしょうね」

少年?「いくまいなぁ。”アレ”が幾つかあれば話は別だがな」

神裂「……”アゲート”」

少年?「なんだ」

神裂「”錆び”、”鋼”、”朽ちる”、”鉱物”……スコットランドの発掘現場から盗まれた”剣”」

神裂「そして”Agateメノウ”――『Agate Ram』……アガートラム!」

ヌァダ(少年?)「ヌァダでよい。それが貴様らの敵の名前だ」



――ロンドン地下鉄 電車内

男「……なあ、なんかトラブル起きてんのかよ?クソの鉄道警察呼んで来るかい?」

神裂「いえ結構。できれば先程も言ったように先頭車両まで行かれた方が良いかと」

ヌァダ「人払いと認識阻害の呪いは使ってあるのだがな。どこにも奇貨は落ちているか」

神裂「道理で今日は空いているなと。意図的に除外して巻き込んだのによく言います」

神裂「それで?自己紹介も終わったところで本題へ入りたいと思うのですが、わざわざ私を探し出してまでのご用とはなんでしょうか?」

神裂「魔神気取りの魔術師が趣味で世界転覆を目論んでいる、なんてよくある話で無い事を祈りますけど」

ヌァダ「そこまでネガティブな発想は持ち合わせておらぬ。もう少しポジティブだな」

神裂「はぁ、だといいのですが」

ヌァダ「用と言えば用なのだがな。交渉をしたいのだ」

神裂「そうであれば担当の者を呼びますよ。何より私はほぼ食客のような身でして、あまり何かをする権限を持たないのです」

ヌァダ「――よって貴様らの最大戦力を叩き潰させてもらう」

神裂「すいません。さっきから使ってる翻訳術式、致命的なバグがありますよ?特にポジティブの使い方とかが――」

神裂「『日天よ、御身の護法たる摩利支天をここにオン・アニチヤ・マリシエイ・ソワカ』」 シャキッ

ヌァダ「武器召喚。形状からするに叩き斬るのではなく、引き斬る用途か」 スッ

神裂「そちらは……グラディウス?剣闘士が使っていたやや幅が広い短剣、遺跡からの盗品ですね」

ヌァダ「貴様が来ている服も、古いからだ、価値があるからだといって使わずに飾る。人が使わずして物の真価は発揮できまい」

神裂「物によりけりかと――もうすぐ着きますからね、その前に一当て」

ヌァダ「駅には着かん。そういうようになっている」

神裂「天草式十字凄教、神裂火織。参ります!」

ヌァダ「”銀腕”ヌァダだ。流派などなし、全てが王の技と見知りおけ」

ザンッ!!!

神裂(『全次元切断術式』!――ですが!)

ヌァダ「ほう、初見で避けるか」

神裂「何度か見ていますから。キャーリサ殿下のときに一度、そしてスコットランドでの動画で二度」

ヌァダ「とはいえ不可視の刃だぞ。勘だけでどうにかなるものでもあるまい」

神裂「いいえ。実際にはテレズマの収束、光の帯のような前兆はあります」

神裂「それに何より”斬る”動作をしなくてはいけない以上、その軌道から逃れれば防御の必要すらありません」

ヌァダ「その通りだ」

神裂「あなたが”アレ”を手中に収めているのは確かでしょう。実際に体験した者からすればそう見えます」

神裂「――ですが、本当に使いこなせているのですか?」

ヌァダ「……」

神裂「”アレ”があれば策を弄す必要などないでしょう?それはつまり使いこなせていないのでは?」

ヌァダ「使わないだけかもしれんぞ?」

神裂「『交渉をしたい』と言ったばかりではありませんか。ヌァダの名の通り、王者の振る舞いを見せるのでもなく」

神裂「つまりその程度には、そちらが折れる必要があり弱みがあると。違いますか?」

ヌァダ「試してみればよかろうに」

神裂「ではお言葉に甘えまして」

神裂(――言いませんでしたが、”穴”はもう二つ。それは剣の腕と射程)

神裂(得物の振り回し方はまるでデタラメの素人。棒きれを振り回す子供と同じ……いや、外見はその通りなのですが)

神裂(故に軌道は読みやすく、かつ背後の車体が斬れた訳でもない。射程距離も相当短い)

神裂(『私を倒すために手段を選ばない』と豪語した割に周囲への影響を抑えている――のではなく、できない?)

神裂(全てがブラフであれば、『全英大陸』を完全に掌握できていれば、このような小細工など不要!)

神裂(挑発して精度を甘くし、抜刀で怯ませた後に『唯閃』を決める!)

神裂(無力化できればそれでよし!できなければ時間を稼ぐ!)

ヌァダ「小賢しい!」 ザザザッザンッ

神裂(思った通りです!剣を振う一撃一撃が思ったとおり遅い!狙いも段々に雑になっている!)

神裂(このまま押し込めば――!)

男「テメーら正気か!?車内でソード振り回し――」

ヌァダ「――邪魔だ」 ヒュンッ

男「あ?」

神裂「――ぶない……ッ!」

ザウゥンッ!!!

ヌァダ「躱(かわ)したか」

神裂「……まぁ、このぐらいは」

男「す、すまねえアジア人……」

神裂「どういたしまして。ここにいては危ない、どうか離れて」

男「そうかい――ありがとよ」

神裂(殺気――――――それも後ろからですかっ!?)

パアアァンッ

カールマン(男)「銃弾弾きやがった!?やっぱりNINJAじゃねえか!」

神裂(いけない!体勢が崩れてしまった!ですが素人の剣を避けるなど容易い――)

ヌァダ「――」

ザウゥンッ!!!

神裂(バランスを整える暇さえなく、銃弾を鞘で弾いた刹那――)

神裂(――中途半端に解かれた構え、浮きつつある刀、振り切った腕、床を蹴るにも弛緩しきった足――)

神裂(――複雑に絡み合うそれらの要素から、最も効果的かつ効率的に私の中心を射貫く完璧極まりない”突き”)

神裂(違う!これは素人の剣じゃなく、修練に修練を重ねた達人の技!)

ギャリギギギギイィンッ!!!

神裂「……」

ヌァダ「ほう。空間切断を受け止めるか」

神裂「……言いましたでしょう、『一度見た』と。対抗策を用意しないのは怠慢だと知りなさい」

ヌァダ「見事、と言いたいところだがな。足に怪我をしているような」

神裂「いつの間に……!?」

ヌァダ「というかそちらが本命だ。斬撃が一度に一発ずつしか撃てないと言った覚えはない」

ヌァダ「”速さ”を得意とする者であれば、まず足を止めるのが必定よな」

神裂「……くっ!」

ヌァダ「答え合わせをしよう、カンザキ。貴様は私をこう採点したのだろう」

ヌァダ「『――目の前の子供は物事の道理も知らず、弁えず、ただただ傲岸の徒である』」

ヌァダ「『故に人多き場所で相手の選択肢を狭め、優位な状況を作ろうと策を講ずる卑怯者である』」

ヌァダ「『その理由は偏に技量の不足を補うため、従って正面からねじ伏せるのが良し』――と」

神裂「……あなたは」

ヌァダ「ふむ?」

神裂「あなたには武人としての誇りはないのですかっ!?その剣の腕は一朝一夕で身につけられるものではない!」

神裂「それだけの力を持ちながら、伏兵を備え、虚言を用い、梟雄のような振る舞いが『王』であると!?」

ヌァダ「一度に聞かれても答えに窮するのだが、まぁ武人としての誇りはある。自負も含めてな」

ヌァダ「だか――だから・・・そのような卑怯なことは言わぬ」

神裂「卑怯?どこが卑怯だと――」

ヌァダ「仮にでもこの国を治める勢力最大戦力を相手取るのに、何を以て卑怯だと言う?試合形式で衆人環視の元に木剣で三本勝負でもするのか?」

神裂「武人としての――」

ヌァダ「ならば聞くが、貴様が今まで戦ってきた相手はどうだった?全てが武人として恥じない行いであったのか?」

ヌァダ「武を囓ったでもない相手へ一方的な暴力を加え制したことがないと?それは貴様の言い分だと卑怯ではないのか?」

神裂「……」

ヌァダ「繰り返す。私はそのような卑怯なことは言わん。誰が相手であっても持てる全力で叩き潰す」

ヌァダ「当然相手がどのような手を使ってきても咎めはせぬ。それが相手の”全力”である限り、そこに優劣こそあれ上下などない」

ヌァダ「それが私の戦士としての誇りだ」

神裂「……」

ヌァダ「さて。余談というか、持ちかける交渉とは別に話がある。カンザキ」

ヌァダ「――私の旗下へ入れ」

神裂「……?」

ヌァダ「私の臣下として迎え入れよう。たった二人の男所帯故に、出世の道は拓けている」

神裂「お断り致します。誰かに仕える気などありませんし、私のこの身は私だけのものではありませんので」

ヌァダ「配下であれば連れてくるがよかろう。そこまで狭量な王ではない」

神裂「そも人間関係に正直でなく、上下でしか見られない相手へ剣を預ける気にはとても」

ヌァダ「まぁ同感だな。伴侶を決めるにはその資質は大事だ――が、しかし王となるのにそれは必要あるまい?」

神裂「そう、ですか。その考え方、覇王には相応しいかもしれません」

神裂「しかし王――王を名乗る魔術師よ。ある国には仁と徳のみを用いて王になった御仁もいたと聞きます。私がもし仕えるのであれば、そのような方に」

ヌァダ「名は?私も嫌いな方ではないからな」

神裂「残念ながら蜀漢は今から千と八百年ほど前に滅びました」

ヌァダ「滅んでいるではないか」

神裂「えぇまぁ、もう少し人材と後継者と資金と地の利が足りていなかったばかりに」

ヌァダ「よく王冠を得られたな。奇跡を通り越して感動的ですらある」

神裂「私もできればそちらの方が――と、時間が来ましたね」

ヌァダ「時間?駅では止まらないように暗示をかけておいた」

神裂「いえ、もう終わりですよ。ですから――ヌァダ、あなたに感謝を」

ヌァダ「とは?」

神裂「この戦い、この局面では私の負けですね。それは紛れもない事実であり、動かしようもありません」

神裂「またまだまだ未熟極まりない私の甘さをご指摘頂いたのも、今後の糧として生かそうと誓います」

ヌァダ「別れの挨拶に聞こえるが、逃がすつもりなどない」

神裂「よって次は――私”たち”がお相手しましょう。ではさようなら――」

チャキキキィンッ……トプンッ

カールマン(男)「逃げやがったか。走ってる電車の床ぶち抜くって、どんだけだよ」

ヌァダ「魔術的な荒技だ。実際に穴を開けているのではなかろう」

カールマン「でも剣がよお、ずおって下から生えて!」

ヌァダ「だから普通の人間が下にいたら即轢殺死体だ。空間を歪ませてだな」

ヌァダ「それと逃げたのではない。逃げられたのだ」

カールマン「どう違うよ」

ヌァダ「こちらの手の内を晒し、伏兵を知らせ、正面突破一択の容易い相手ではないと知ら”せ”た」

カールマン「殺そうと思えばヤれんじゃね?」

ヌァダ「当初の予定は果たした。そう考えなくもなかったのだがな。しかし……」

カールマン「あ?」

ヌァダ「この車両に乗ってる者の命と引き替え、というのは性に合わん」

カールマン「言ってること違げえぞ」

ヌァダ「戦場でもなき場所で、武器を持たぬ兵士でもなく、覚悟もせぬ相手へ剣を振う。それは王の行いではない」

ヌァダ「まぁ通過儀礼の一つだと知るがよい。一応はそういう”ポーズ”が要るのだ」

カールマン「ポーズ?」

ヌァダ「あぁ、貴様がある怪物の退治を任せられたとしよう。そいつは殴っても斬っても射ても傷を負わないバケモノだ」

カールマン「……バケモノだな。テメーみたいな」

ヌァダ「だがしかしそのバケモノは言葉が通じ、かつあまり殺生が好きではない。自身との巻き添えになった人間を助けもする」

ヌァダ「――そんな相手へ人質なり人の壁が有効だと分かれば、使わない手などない」

カールマン「……敵さんは”セイギノミカタ”だろ?」

ヌァダ「そういうものだ。私だって好きではないだけだ、如何ともしがたいことに」

カールマン「昔の雇用主にゃ好きでやってるクソもいたがね」

ヌァダ「そして憶えておくがよい。勝利を確信した瞬間に足下を掬われるのは歴史の必然よ」

ヌァダ「英雄を殺すのは無名の兵士が放った一矢、乱戦に紛れ背後から突き出された一槍、愛妾が持った毒杯」

ヌァダ「今こうして油断している間にも、刺客は我らの命を狙っているやも知れんぞ?」

カールマン「じゃあ今まで全部無駄だったって話じゃねえか」

ヌァダ「いや、”そう”はならない。敵味方であっても利害が一致すれば『たまたま報告するのを忘れてしまった』こともある」

カールマン「俺でも理解出来るように話せよ」

ヌァダ「強さ、とは様々なものがある。戦場の真っ只中にあって槍を振う強さ、後方にて指揮を執る強さ」

ヌァダ「そして故郷で兵士の帰りを待つ強さ。どれも強さだ」

カールマン「最後のは嫁かよ」

ヌァダ「”強さ”も数多あるのだ。魔術が使える貴様の同僚は既にこの世になく、また広い視野と度胸を持った上司もまた、だ」

カールマン「どっちもクソ王様がぶっ殺しやがったんですがねえ?」

ヌァダ「ともあれ見せ場は整えた。あとは貴様の手腕次第であるな、足掻くがよかろう」

カールマン「俺の?」

ヌァダ「あぁ。貴様の命に最も高い値をつけるのは一人しかいない」

カールマン「だからさっきから何なんだテメー!?」

ヌァダ「考えてもみよ。未だ”アゲート”騒ぎが収束しておらんというのに、どうしてカンザキはたった一人で出歩いているだろうか?」

ヌァダ「そして上から『引き続いての捜索不要』と言われた程度で、今の女の配下が捜索を止めるとでも思ったか?」

カールマン「あー……?」

ヌァダ「……ふう。貴様の血の巡りの悪さにはほとほと呆れるばかりではある。まぁ一人目もそう大差ないのだがな」

ヌァダ「まぁ奮起するがよい。加護は与えた、武運を祈る」 パキパキパキパキパキッ

カールマン「おい王様。強化ガラスぶち破って何やって――」

ダッ

カールマン「おいクレージー野郎!?飛び降りたって対向列車に轢かれて……あーあ。行っちまったな」

女「――あのぅ、ちょっとお時間よろしいですかね?」

カールマン「ああ?失せろアジアじ――」

ボスッ

カールマン「ぐふっ!?」

女「あら大変!?頭の病気かも知れません!これは早く病院へ搬送しないと――教皇代理」

アフロ男「……お前さん、女教皇がボコられたからって筋力高めた拳で心臓ド突くのはちょっと、なのよ」

女「きょ、教皇代理こそ!打ち合わせ破って斬りつけようとしたじゃないですか!」

アフロ男「いや、俺はちっとハエがいたから首から上をカットしようとしただけなのよ」

カールマン「だ、誰だ、テメーらはよ……!」

アフロ男「あぁお前さんが知る必要はないのよ。つーかお前さんは聞かれたことに答えるだけの、簡単なお仕事が待っているのよな」

女「ごめんなさい」 ガシッ

カールマン(女の細腕なのにふりほどけない!雑に間接極めてるだけだってのにだ!)

カールマン(あの野郎、俺を売りやがったのか!?王様ヅラしてんのにハイハイ付き従ってる俺を!言う事は聞いたし指示にも従った!何故だ!?)

カールマン(俺が捕まることで何かあるのか?……あのクソガキに得が?裏の世界の最強相手に立ち回るヤツが、俺になんて言った……?)

アフロ男「じゃあちっと付き合うのよな。すぐ終るかはお前さん次第なの――」

カールマン「……待ちやがれ!俺は従者だ!」

女「従者、ですか?」

カールマン「それも望んだ立場じゃない!お前らも経緯は知ってるだろう!?」

女「と仰ってますけど?」

アフロ男「つまりお前さんは強制されてて、テメーで配下に収ったんじゃないと?」

カールマン「そうだ!それとアイツはお前たちが交渉をしたがってるんだ!その情報も俺は知ってる!」

アフロ男「うーむ、なのよ。そうなっちまうと俺らの権限だけじゃどうこうできないのよな」

女「でまかせ言ってませんか?」

カールマン「神に誓って」

アフロ男「まぁ……そう言うんだったら偉い人に引き会わせるのよな。非常に残念だが」

女「いいんですか?」

カールマン「だ、駄目だって言うのかよ!?」

アフロ男「”あっち”は俺らほど甘くはないのよな。せめてドMに目覚めるよう祈っているのよ」

カールマン「……あ?」



――ロンドン 『必要悪の教会』女子寮 旧特設キッチンスタジアム(食堂)

上条「――さて、本日集まってもらったのは他でもない。今からロールキャベツを作ろうと思う……ッ!!!」

アガター「……」

上条「さぁて!本日集まってもらったのはっ!」

アガター「声張られても困ります、というか戸惑います」

上条「声が小さい!もっと大きな声で!」

アガター「いえあの、『ロールキャベツなんて作ってる場合じゃなくね?』と、そこはかとない予感がするのですが」

上条「いいんだよ。作れるときに作っとかないと、気づいたら大事件に巻き込まれてそれどころじゃなくなってんだから」

アガター「清々しいのか卑屈なのか分かりません」

上条「ロールキャベツも難しくはないぞ。下拵えと煮込むのに時間がかかるだけで」

アガター「それと大声を出してテンション上げるのに、一体どんな因果関係が?」

上条「お前らが悪いんだからなっ!?最初は物珍しさでそこそこ手伝ってくれたのに!」

上条「今じゃもう慣れちまったのと、仕事が忙しいからって当番の時はほぼ一人で作ってんだから!」

アガター「それは……すいませんでした」

上条「俺の思ってた予想と違う!女の子に囲まれて『とーまくんお料理じょーずー!』みたいな箱の大きいゲーム的展開になると思ってたのに!」

上条「いざ来てみればみんな結構忙しいしな!お疲れ様ですねっ!」

アガター「何故かと問われれば現実だからですね。というか動機が不純です」

上条「俺だって文句はあるわ。君らのお陰で女子寮とシスターへ対する幻想がぶち殺されたんだからな」

アガター「どこもこんなものかと」

上条「もう俺の楽園は女子校――そうか!ビリビリに頼めばどうにかなるかも!」

アガター「繰り返しますが、どこもこんなものかと」

上条「という訳で手伝って下さい。意外と下準備にかかるんです」

アガター「リクエストしたのは私ですし否やはありません。微力を尽くせて頂きます」

上条「まず鍋にお湯を沸かします。キャベツがすっぽり浸かるぐらいの量でケチケチしないこと」

アガター「50人分なのに鍋が小さいのでは?」

上条「あぁこっちは煮込む用じゃなくて軽く茹でるようだから平気。煮込むのはこっちの寸胴――ハッ!?」

アガター「どうかされましたか?」

上条「い、いや二人ばかり寸胴と聞くと暴れ出すのがいてだな」

アガター「ツッコミが最早職業病になっていますよね。それともボケ待ち?」

上条「ま、まぁ待ってる間にタネ作っちまおう」

アガター「タネ?」

上条「こっちじゃなんて言うか知らないけど、日本じゃ中に入ってる材料をタネって呼ぶ。ロールキャベツの中の肉だ」

アガター「はぁ。では冷蔵庫から出して――豚肉と鶏肉がありますが、どちらを?」

上条「今回は両方使う。鳥と豚の合い挽き、みたいなもんか」

アガター「どういう効果が?」

上条「家計に優しい!……だけじゃなく、味が良くて見た目が単純に綺麗なんだよ」

上条「牛や豚だけだと油が多い、鳥は少ない。その中間的な?」

アガター「Noと言えない日本人的な発想ですね」

上条「日本人だったらいいえだろ。日頃からノーノー言ってる奴いたら怖いわー」

上条「で、それをボウルに入れて混ぜといてくれ。俺はタマネギをみじん切りにしとく」 トントントントントンッ

アガター「はい。こちらに用意してあったパン粉と薄力粉も混ぜるのでしょうか?」

上条「パン粉だけで、うん、そこの容器に取って置いたのだけ入れて」

アガター「ツナギ、なんですよね?」

上条「うん。あとパン粉入れるとしっとりしてボリュームが増える」 ヴイーン

アガター「質問です。タマネギを電子レンジへ入れるのはどうしてですか?」

上条「そりゃ温めて柔らかくためだろ」

アガター「料理番組で見たことがあるのですが、挽肉とタマネギを合わせるときには、脂が溶けるのでレンジは使わないのでは?」

上条「ハンバーグ作るときだな。あれはよく練った方が美味しいけど、ロールキャベツは考えない!というか煮る時間短縮のためにもね!」 チーン

アガター「多少後付け感が強いですが……あ、こちらの牛乳と卵も加えるのですね」

上条「そこへチンしたタマネギのみじん切りを入れて、よーく混ぜます」

上条「多少歪であっても構わない!だって手料理に勝る愛情はないのだから!」

アガター「塩コショウは……お好みで、ですね」

上条「さて、そうしているうちに鍋が沸騰したから火を弱める。んで、そこへキャベツを丸ごと投入」 トポンッ

アガター「洗った方がいいのではないでしょうか?」

上条「大丈夫大丈夫、まぁ見ててくれ。菜箸使って回転させてよくお湯を潜らす」

上条「表面の葉の色が少し薄くなったら取り出し頃。あんまのんびりしてるとクタっとなる」 ザポッ

上条「取り出したキャベツを水入れたボウルに入れつつ、水を流して汚れを落としつつ一枚一枚丁寧に剥がすっと――」

アガター「……スッととれますね」

上条「繊維が柔らかくなってるからな。アガターは剥がした葉っぱの下拵えを頼む」

アガター「はい。タネをくるむのですか?」

上条「その前に二手間必要。まず葉の外側を上にしてまな板に置きま――ハッ!?」

アガター「度々どうしました?」

上条「いや、まな板と呼ぶと異常反応する知り合いが何人か」

アガター「疲れてらっしゃるんですよ、あなたが」

上条「硬い芯をそぎ切りに」

アガター「”V”でですか?」

上条「じゃなくて、包丁を横に寝せ根元へ向けてスッと入れる。手、切らないように注意して、ゆっくりでいいから」

上条「それが終わったらまた裏返して内側を上に、薄力粉をかるーく振ってくれ。表面がうっすらと白くなるぐらいで」

アガター「あぁ薄力粉はここで使うのですか。どういう効果が?

上条「タネと皮が外れにくくなる。ピーマンの肉詰めにもいい」 トントントントントントッ

アガター「切り離したキャベツの芯をまたみじん切りに……タネに入れるつもりですか!?」

上条「捨てたら勿体ないだろうが!前に作ったのも入ってたんだよ!インデックスとアンジェレネ師匠以外気づかなかったけど!」

アガター「急に仲良くなりましたよね。シスター・ルチアが大いに心配していました、情操教育の悪さという意味で」

上条「例えて言うなら近所のガキと遊んでる感じ?」

アガター「年齢的には多少如何なものかと思う所もない訳ではないのですが」

上条「ある程度の枚数が揃ったらタネを包みます。スプーンで取って乗せてもいいし、ビニール手袋で嵌めてから軽く丸めてもいい」

アガター「え?素手でいいのでは?」

上条「えーとですね、最近は『不特定多数の握ったおにぎりが食べられない』などとホザく若者が増えつつありまして」

上条「特に日本じゃ『父さんの下着と一緒に洗濯機で洗わないで!』っていう現象が起きてまして」

アガター「二つの話は別件かと。そしてこちらでも流行ってます」

上条「女子寮に三日住んだら、ンな綺麗事言ってられないって気づくよ」

アガター「なら一生気づかないかと思われます。そのチャンスはないですから――と、大体終わりました」

上条「それじゃタネの包み方だけど、葉の根元から2cmぐらい内側にポンと置きます、ポンっと」

アガター「拘りの意味が分かりません。こう、ですか?」

上条「うん。キャベツはまず端を折って肉の半分ぐらい丸める。そしたら左右の余ってる部分を織り込んで、後は最後までばーっと」

アガター「できました」

上条「タネの分量は小さい方が包みやすいけど、まぁお好みで。煮崩れしたらそれはそれで美味しいし」

アガター「失敗、ではないんですか?」

上条「失敗なんてないよ。形が崩れたり中身が出ちまっても、美味いもんは美味いんだ」

アガター「……失敗なんてない」

上条「ちなみにだな。大きなのを作るときには葉っぱ二枚を葉先の方で重ねて広げて――っておい、聞いてるか?」

アガター「え、えぇはい、こう、ですね」

上条「二重にしたら皮が厚くなるだけだろ。そうじゃなくて、こう」

上条「――って感じで包んでいきます!約50人だから、そりゃあもう大量にだ!」

アガター「あ、今は53人だそうです。待遇が良いとの評判が少しずつ広まりつつありまして」

上条「増えてやがる!?シスターさん好きにはたまらないよねっ!」

アガター「あなたもその筋だとシスター・アニェーゼが仰ってました」

上条「何度も言うようだけど、日本人が巫女さん好きなのと同じようにシスターさんが嫌いな日本人はいないんだって」

アガター「比較対象がどちらも日本人なので、『日本人は巫女さんとシスターが好き』という結論になってしまいますよね、それ」

アガター「というか具材の方はこれで完成なのですよね?スープは作らなくていいのですか?」

上条「人によるなぁ。オルソラの作り方だと最初に寸胴でニンニクとタマネギ炒めて、ローリエ加えるらしいんだよ。香りがスッゲーいいそうだ」

上条「ただ俺はご家庭でのレシピだから、あんま凝った作りは考えてないんだよなー。てかイマイチ不評というのが正直アレなんだが」

アガター「よく分からないですが」

上条「まぁ気になるんだったらオルソラに教わってみ?料理の基本さえ理解すれば、すぐ上手くなるって」

アガター「ですか」

上条「――と、雑談をしている間にキャベツをロールするのをコンプリートしてしまった訳だが!」

アガター「シスターを代表して言います――今まで誰も手伝わなくってすいませんでした」

上条「いや君ら忙しいからいいんだけどさ。てかギャグにマジレス止めて、俺ホントそういうの弱いの」

上条「……まぁ、できたロールキャベツを寸胴へ入れます。てか底へ並べまーす」 ポンポン

アガター「いえ、あのスープは?一滴もお水が入っていません」

上条「これでいいんだよ。少し間隔を空けて、あんま被らないように入れる。足りなくなったら向きを90°変えて上に重ねると」

アガター「53人と上条さん、神裂さん、シスター・オルソラの分ですからかなり多いですよね」

上条「『流石にこれは無茶だな』って思ったら別の鍋使えばいいんだが……まぁいいや。並べ終わったら静かに水を入れます」 ジャーッ

アガター「水煮になってしまいますが、これだと」

上条「後からコンソメ入れるから大丈夫だ。一番上のが水被るぐらいで中火で煮込みはじめる」 カチッ、ジジジジッ

上条「この間に俺たちはコンソメを刻む」

アガター「刻む?」

上条「溶けやすいように、こうザクザクと。砕いても良いんだけどな。この寸胴だと……えっと、何個ぐらいロールキャベツ入れたっけ?」

アガター「一人3個として160前後かと」

上条「水も3リットルぐらい入ってるしなぁ。まぁ7、いや多かったら足せば良いし5でいいか」 ザクザクザクザク

アガター「お手伝いします」

上条「あぁアガターは沸騰したら灰汁取ってくれ……分かるよね?そのぐらいは?」

アガター「得意ではありませんが、全員自炊はできますよ――一つ、聞いても宜しいでしょうか?」

上条「分かることだったら」

アガター「この”灰汁を取る”という行為、しないと大きく味が変るのでしょうか?」

上条「うん、変る変る。野菜から出る灰汁もなんだけど、肉から出るのが結構あるんだ」

上条「あー、ほら。同じ肉でも妙にクセがある肉ってあるじゃん?多分環境と飼料と水、あと季節によっても脂の乗り方が違う」

上条「だもんだから雑味を無くして、いつも一定の味を保つために灰汁取りは必要。まぁ灰汁も風味っちゃ風味だし、好みでもと思うが」

アガター「あ、沸騰しました」

上条「今回は総量が多いから交代で取ろうぜ」

アガター「……少ないですよね。殆ど出ない」

上条「肉質と季節にもよる。ぶっちゃけ超お高いのは出にくい、ような、気がする……まぁいいや。なんだったら後から取ってもいいし」

上条「あ、そうだ。今の段階で煮汁の味見してみるか?」

アガター「味見と言っても味付けしていない以上、特にこれといった味はしないのでは?」

上条「具材から旨味出てんだよねー。騙されたと思って、ほら」

アガター「それでは一嘗め……うーん……?――甘い、でしょうか?」

上条「肉の旨味とタマネギの旨味だ。強い味じゃないが、なんかこう優しい味だろ?」

アガター「はい」

上条「コンソメは香りと味を調えるんであって、『食材本来の味を出しました!』ってのはこういう味だ」

上条「つーかコンソメもブイヤベースから美味しいトコだけ取り出したようなもんだが……ま、小さくしたコンソメを入れるっと」

上条「溶けるのを待って――スープの味見をする。ちょっと薄いかな?」 ズズッ

アガター「これはこれで美味しい気がしますが」

上条「みんな汗かいて塩分足りなくて帰ってくんだから、もう少し濃いめでも良いよな。コンソメの素追加と、塩と胡椒で微調整して」

上条「あとは落としぶたをして弱火で20分。それで完成だ」

アガター「確かに……下拵えに時間はかかりましたが、難しくはないんですね」

上条「……これはだな。俺の同僚から聞いた話なんだが」

アガター「素直にシスター・オルソラだと言ったらどうでしょうか。ここで情報ソースを控えてどうすると」

上条「本場じゃ最後にバター入れたり、鍋に並べる前にベーコンとかキノコ炒めんだってさ」

アガター「本格的なお店ですよね。もうそうなると」

上条「俺もな。たまーに店で食べるロールキャベツにベーコン入っててさ、『これなんだろ?』っては長年疑問だったんだわ」

アガター「巻くのではないですか?」

上条「巻く?」

アガター「はい。ほどけないように、ロールキャベツを」

上条「――天才現る……ッ!?」

アガター「ていうか前にシスター・オルソラがやっていました」

上条「返せ!俺がファミレスでロールキャベツ食うたび悩んでた時間を返してくれよぉっ!」 カチッ、ジジジジッ

アガター「無理です――あの、そちらの鍋で何か料理でも?」

上条「いや、ちょっと小腹減ったしパスタでも茹でようって思ってさ」

アガター「でしたら冷蔵庫に昨日の残りがあったかと。出しましょうか?」

上条「いいね、じゃ二人分で。アガターも食べるだろ?」

アガター「え、えぇ、はい」

上条「俺はカツオ節から出汁を取ってーと」

アガター「何をされているのですか?ミソ・スープを作るときの手順ですよね、それは」

上条「まぁ見てろって。沸騰したから火を止めて、カツオ節が沈んだら引き上げてっと」

アガター「そろそろロールキャベツも20分経ったかと」

上条「あぁだったら丁度だな。味見も兼ねて賄い作っちまうか」

アガター「マカナイ?」

上条「あぁ、料理屋とかで従業員が食べるオリジナルメニューだ。冷たいパスタを出汁につけて温めてーの。皿二枚取ってくれ」

アガター「あ、はい。ただいま」

上条「ありがとう。温まったパスタをよそって出し汁も入れると」

上条「ここへロールキャベツ――の、煮崩れして破けてるのとか、中身出ちまったのとかあるか?」

アガター「少数ですがありますね」

上条「んじゃそれをすくってパスタへ乗せる。ついでにロールキャベツの煮汁を加えて。最後に胡椒で味を調えて――」

上条「――完成!ロールキャベツパスタ!」

アガター「完全にそのままですね」

上条「もしかしたら正式名称あるのかも知れんが、俺は知らない。てか前にバイトしてた店の賄いだ」

アガター「では……いただきます」 モグモグ

上条「俺もいただきます」

アガター「これは……!見た目に反してアッサリしてますね、そして美味しいっ……」

上条「ロールキャベツのスープはこってりだからな。出汁を入れてサッパリ系になってる」

上条「肉の旨味と野菜の甘味、そして鰹の出汁が!陸海空を制覇したと言っても過言じゃないな!」

アガター「過言にも程があるかと。どこから空の食材を入れたんですか」

上条「た、太陽の地アンダルシアが生んだ薄力粉……?」

アガター「太陽の恵み的な意味なのは……いや、それでもやっぱり違います」

上条「という訳でまぁ、失敗なんかねーからどーんとやれよ。食べられればフォローはすっから」

アガター「はい?……はい」

上条「まぁフラグなんだけどな」

アガター「フラ――」

アンジェレネ「あ、あーーーーーーーっ!?何やっちゃってるんですか!二人して!」

アガター「こ、これは違いますっ!」

上条「黙らっしゃい!これはお手伝いしてくれた良い子のためもんなの!コンソメの香りにつられて来た子の分はないの!

アンジェレネ「い、いえ今日はわたしもお手伝いしようと思ったんですよぉ。た、ただ少し手を離せなかったもんで」

上条「何やってたんだよ」

アンジェレネ「あ、あるアニメの新作放映に合わせて、過去作の一挙まとめて見るという仕事が!」

上条「なぁ知ってるかシスター・アンジェレネ。真面目に働いているアリさんの中にも、実は何割かは働かずにブラブラしてる個体がいるんだってさ」

アンジェレネ「へ、へー!上条さんのことですかねぇ?」

上条「君だよ。アンケート取ってもいいぐらいに君の話してんだよ!」

アガター「……ふふ」

上条「うん?」

アガター「いえ、随分懐かれたのですね、と」



――ロンドン 『必要悪の教会』女子寮 回想終わり

コンコンコンコン

アガター「――失礼します。こんばんは、シスター・ルチア」

ルチア「こんばんは、シスター・アガター」

アガター「数日間に渡る調査が終了致しましたのでご報告に伺いました」

ルチア「お疲れ様でした、シスター。私の我が侭に付き合って頂いて、感謝の言葉もありません」

アガター「どうかお気遣いなく。では、結果なのですが――」

ルチア「はい」

アガター「――結論から言います、我々は精神攻撃を受けているかもしれません……ッ!!!」

ルチア「疲れているのですね、シスター・アガター」

アガター「恐らくは無意識的に好感度を上げるような術式が稼働しているのかと!」

ルチア「少しお待ちを。いまシスター・アニェーゼへ連絡して治療ができる人間を探しますから」

アガター「――というのはジョークですが」

ルチア「オーケー、シスター・アガター。あなたが『メガネっ娘の割に真面目キャラじゃないよね』、そう陰で囁かれている理由が分かりました」

アガター「恐縮です」

ルチア「天然寄りですよね。真面目3の天然7で色々と台無しになっていますよね」

アガター「はい。大浴場で『メガネメガネ』と横山やす○のボケをしても、皆さん本気で探してくださるのでボケが成立しないのです」

ルチア「そして意外な一面としてアホの子だったのですね。誰も彼もあなたのメガネしか見ていなかったことを恥じたいと思います」

アガター「小粋なジョークで場が和んだところで、報告へ移りたいと思いますが」

ルチア「いえあの、和んだというか、戦慄に打ち震えています」

アガター「まず判明したのは『年上のお姉さんにリードされるのが超好き』とのことです」

ルチア「知っています。恐らくその情報はアニェーゼ部隊約250人が把握している情報です」

アガター「そして『最終的には暴力で解決、自分のことを棚に上げる癖がある』、ですね」

ルチア「それもです。数日間監視していた成果がまるで残せていませんが」

アガター「『ロールキャベツは二日目に解体してスープスパにするのがとても美味しい』」

ルチア「あぁ昨日出ましたね。何ら意義のある情報ではありませんが、他には?」

アガター「以上です」

ルチア「ありがとうございます、シスター・アガター。お互いに時間が大切だと思い知らされる結果になってしまいましたね」

アガター「信用できませんか、”彼”は?」

ルチア「できるできないで言えば、できるのでしょうね。天草式の皆さんと同じように、対立した人間をも救おうとした」

ルチア「その評価へ私見が入るのは良くないことなのですが……」

アガター「異教徒なのに、ですか」

ルチア「えぇ」

アガター「ですがシスター・ルチア。同朋たるローマ正教徒が私たちを助けようとはしてくれなかった、というのもまた事実ですが」

ルチア「そう、ですね。それもまた理解しているつもりです」

アガター「『右席』はお一人を除いてローマ正教を去りましたが、方々を生み出した者は残っているでしょう」

アガター「それで体制が変ったとはとてもとても。新法王猊下の評判も極めて悪いですし、なんでしたらこちらへ残っ」

ルチア「――シスター・アガター。私は何も聞きませんでした、いいですね?」

アガター「……はい。まぁ……結論から言えば監視は悉く徒労に終わった、という気持ちが伝われば」

ルチア「いえ、最初に無理を言ったのは私の方です。あなたにはご迷惑をかけました」

アガター「それは仕方がないかと。シスター・ルチアは部隊の副官のようなことをされていますし」

ルチア「よく誤解されますが、特にそういう役職はないんですがね。禄を食んでいる訳でもありませんし」

アガター「それも含めて私たちも分かっていますから」

ルチア「というか、あなた。ジョークも言うんですね」

アガター「はい。ですが皆さん本気だと思ってスルーされることが多いですが」

ルチア「そう、ですか。それは……私が見てないだけ、でしょうか――」

アガター「シスター・ルチア?」

ルチア「いえ、なんでもありません。とにかくシスター・アガター、あなたに心からの感謝を捧げます」

アガター「痛み入ります――が、本題とは別に一つ気になったことが」

ルチア「聞かせてください」

アガター「天草式の方々が何やらピリピリしていたような印象を受けました。というか潜入しようとしたら捕まりました」

ルチア「彼らが?”アゲート”は私たちの手を離れた筈ですが」

アガター「神裂さんが関わるのであれば彼らも自動的に参加しますからね。ですが、だからといって私たちへ伝える権限はありません」

ルチア「で、あればシスターを捕らえ、何かが起きていると知らせてくれた?」

アガター「推測ですが」

ルチア「貴重な情報ありがとうございます。シスター・アニェーゼが帰り次第報告しておきますね」

アガター「そういえば今日はまだお戻りにならないようですが」

ルチア「えぇ。ロンドン塔で尋問のお手伝いをされています。徹夜になるかも、と仰っていましたか」



――ロンドン塔 尋問室

ステイル「どうもはじめまして。君の担当になった者だ、まぁ名前は知らなくてもいい」

カールマン「……」

ステイル「取り敢えず前任者からの引き継ぎをしていないので、長くなってもいいからまた初めから話してくれ。時間はあるからね」

カールマン「……13回だ」

ステイル「うん?」

カールマン「俺が生い立ちからここにいるまでの詳細を話した回数だ!」

ステイル「そうなのかい?ごめんね、今も言ったように前任者との引き継ぎができなかったから」

ステイル「まぁそれはそれとして14回目にチャレンジしてみようか。頑張れ、君はまだまだできる子だ」

カールマン「その言い訳も10回目の大台乗ってんだよクソが!言い訳までマニュアル化しやがって!効率的か!」

カールマン「お前ら俺が大好きかよ!?俺の伝記でも書いて売り出してくれんの!?」

ステイル「いや特に興味はないね。ただ何度も何度も同じ話をさせて、ボロが出るように仕向けてはいるけど」

カールマン「知ってるわ。尋問のよくあるパターンだってのはな!」

カールマン「つーか弁護士呼んでくれよ!俺の人権はどうなってんだよ!?」

ステイル「――はい、それで?君の名前は?」

カールマン「だから!話すことは全部話してあんだよ!」

コンコン

アニェーゼ「はい、どちらさんですかい?」

アンジェレネ「……あ、あのー、今ちょっと面会希望の方がいらしてますが」 ガチャッ

ステイル「君が来るなんて珍しいけど、面会?聞いてないけど、誰?」

アンジェレネ「な、なんでもお母様だとか」

カールマン「……オフクロが――まさかテメーら!」

ステイル「しないしない。そんな非効率的な事するぐらいだったら、君を殺して脳から読み取った方が早いよ」

ステイル「あー、じゃちょっとおかしな物持ち込んでないかだけ確かめて来てくれないかな?あればそのまま別の尋問室へお連れして」

アニェーゼ「了解です」

アンジェレネ「し、失礼しますっ」 ガチャッ

ステイル「しかし……面会?君が任意で事情聴取に応じてくれたのは、どこにも知られていないはずなんだけどね」

カールマン「じゃあ帰せよ!俺を釈放しやがれクソ神父!」

ステイル「取り調べが済んでからだね――というか君、何か勘違いしているようだが」

カールマン「ああ?」

ステイル「善良なイギリス国民の一人としてね、通報の義務というのがあってだ。犯罪者を見かけたら警察に一報入れるっていう」

ステイル「したがって君がこの建物から一歩でも外へ出た瞬間、『あ、指名手配中の人だ』と善意の市民が通報することになってる」

ステイル「まぁ分かるように説明してあげると、僕たちにとって君が用済みになった場合アメリカ行きの直行便が待っているんだよ」

ステイル「羨ましいね、チケット費はアメリカさんが負担してくれるってさ」

カールマン「強制送還……イギリスは俺たちをスルーしてるんじゃねえのかよ!?」

ステイル「それは五日前までの話。もうなんかベイリャル上院議員が君たちのテロ未遂事件にぶち切れてる」

カールマン「……武器持ち込んだだけだぜ」

ステイル「ふーん?確かに銃はある程度許可してあるけど、申請はしてなかったようだね?しかも戦争でも始めようかって兵器をだ」

ステイル「まぁ……バカに唆されてワンチャンあり!と思ったんだろうけど、そんなに上手い話はないよ。ただ騙されただけだ」

カールマン「……あのクソ野郎……!俺が殺しときゃ良かった……!」

ステイル「だがまぁポジティブに考えれば、”それ”が君を守っている」

ステイル「僕たちが君に物理的な危害を加えられない理由だ。無傷でアメリカへ引き渡さなければいけないからね」

カールマン「……取引してえ、って何回も言ってんだよ!こっちは!」

ステイル「まぁ君がここにいるのを知ってるのは僕らだけって事になってるから。君の態度次第では、顔と名前を変えて人生をやり直す選択肢もない訳じゃない」

ステイル「ただ正直僕らが骨を折ってやろう、という気にはなれてないね。見返りがなさ過ぎる」

カールマン「……クソが!」

ステイル「君が”アゲート”の弱点でも知っていれば話は別だがね。逆に知っていたとしたらこうも容易に手放したりはしない訳で」

アニェーゼ「――戻りました。どうします?面会の相手、武器や凶器の類はもってねぇようですけど」 ガチャッ

アニェーゼ「ただその、ちょっとなんて言いますか、こう、はい」

ステイル「あぁ、いいよ言わなくても。カールマンくんも少し話疲れたようだし、休憩を入れる意味で会ってみようじゃないか」

アニェーゼ「じゃ、お連れしても?」

ステイル「この部屋にはマズいから、隣の部屋の――あー、マジックミラーに映してもらって」

カールマン「……マジックミラーって一方通行じゃねえのかよ。どんな無駄技術だ」

ステイル「文字通り”マジック”ミラーだからね」

ジジッ

上条『――タカシ!あんたなにやっとぉん!?アンタほんと何やっとぉのよ!』

ステイル・カールマン「」

アニェーゼ「……えっと、お母様、だそうです」

上条『みんなに迷惑ばっかかけて!母さんそんないちびい子ぉ産んだ憶えないわ!あんたホンット!』

アンジェレネ『……かーさんーがー、よなべーをーしてー……』

アニェーゼ「なにやってんですか、超何やってんですか二人して」

上条『タカシあんた約束したやないの!父さんと約束したのもう忘れたとは言わさへんよ!』

上条『父さんはね、あんたが「立派なポールダンサーになりたい!」って信じてたのよ!』

上条『最後の最後まで!病院でも「息子は今、神奈川の町田でポールダンサーになるため頑張っているんだ」って言って自慢してはったんよ!』

アンジェレネ『て、てぶくーろー、あんでくーれたー……』

上条『それを――あんた!父さん生きてたらなんて言う思ぉとるん!?』

ステイル・カールマン「『ちょっと何言ってるのか分からない』」

アニェーゼ「もしくは『町田市は東京都』」

上条『ポールダンスもしないで!警察のご厄介になるなんであんた何考えとんの!?タカシ、タカシイイイイィィィ!?』

アニェーゼ「というか誰だよタカシ」

上条『でも……タカシぃ、母さん待ってるからね!あんたみたいなアホの子、きちんと罪償ぉて出てくるまで待っとぉからね!』

上条『何年でも何年でも!あんたが真っ当な体になって出てくるまで……なっ?』

ステイル・アニェーゼ・カールマン「……」

上条『――よし!』

ステイルな「良くないね。何一つとして良くないよね、てかすぐその『やりきった感』の顔を止めろ。灼くぞ」

カールマン「待て殺すのは俺だ。10秒だけ拘束解いてくれ。左手だけでもいい、目ぇ潰すわ」

アニェーゼ「というかウチの子に何小芝居させてくれやがるんですかツンツン頭。最近懐いたと思ったら、妙なことばっか教えやがりまして」

上条『ギャグは小さな事からコツコツ積み上げて崩すっていう基本をだな』

ステイル「そうじゃない。芸人の心がけを素人が語るなよ」

上条『いや、だから差し入れに来たじゃん?ついでにやっとけ、みたいな?』

アニェーゼ「……いえそんな、一っっっっ言も聞いてない事実を、さも当然のように語られましても……」

上条『そしたらなんか取り調べしてるっていうから、一肌脱ごうかと』

ステイル「もうね、額に入れて飾っておきたいぐらいの余計なお世話の見本だよね」

上条『あと俺ちょっとここへ入るとき、エロい身体検査されるのかと思ったらほぼノーチェックで逆に不安になった』

ステイル「非効率だからね。てゆうか無駄だし」

アニェーゼ「ご要望とあらば寮へ帰ったらシスター総出で遊んであげますから、こっちの子回収して帰っちまってくださいよ」

上条『なんだよお前ら何カリカリしてだよ。あぁ腹減ってんのか、ならメシにしようぜ。暴食シスター用でかなり多めに持って来てあっからさ』

ステイル「勝手に話を進めるなよ。あとその子は今ここにはいない」

上条『そっか、久しぶりに顔見たかったんだが……まぁいいや。それじゃ全員で食おうぜ!』

ステイル「ねぇシスター。あのバカと意思疎通するには何かこう、特殊なスキルが必要なのかな?僕らが帰れ帰れ言ってるのに、一つも通じてないよね?」

アニェーゼ「一応、まぁ一応ですが、同じ釜の飯を食うようになって学んだことがあります」

ステイル「それは?」

アニェーゼ「何言ったって聞きゃあしねぇんだから、まぁ危なくない範囲で好きにさせとけ、っていう」

ステイル「某お姉さん系シスターさんと同じだね。全くそういうのばっかりだよ」

上条『お前に言われるのも心外だぞコノヤロー』



――いつか どこか

???『……』

ザシュッ!

獣皮を着た戦士A『が――は……ッ!?』

獣皮を着た戦士B『テメエ!ガンドルをよくもぶっ殺しやがったな!くたばりやがれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』

ザンッ

???『……』

獣皮を着た戦士B『へ、へへっ……!仇はとっ――』

???『ては、いない。残念だったな』

……ジュウゥゥウウウゥゥゥゥゥゥゥッ

獣皮を着た戦士B『あ、あぁっ!?体が腐っ――』

獣皮を着た戦士B ドサッ

???『そこを、どけ』

獣皮を着た戦士たち『……っ!』

ヌァダ『退け。貴様らでは相手にならん』 ザッ

???『……部下を一当てしてから登場か。この地の王は勇敢だと聞いていたのだがな』

ヌァダ『そうとも。最近は勇敢と無謀を履き違える愚者が多いのでだな、ある程度の選別は任せておったのよ』

ヌァダ『弱者を嬲る戦いを好む戦士もおれば、強者をへし折る戦いを好む戦士もいる。私はどちらかと言えば後の方だ』

ヌァダ『貴様は我が旗下に馳せ参じた、ようには見えぬな。装備、風体からしてガリア、ローマの者か?ならば遠き我らの同族とも言える』

???『……』

ヌァダ『そして引き摺っているのは四角錐の箱――筺か?皇帝どもの首でも持参するのであれば、我が友よと歓待せねばならぬのだが』

???『……』

ヌァダ『……うーむ、つまらんな。もう少し、あれだ。こう風情というか、戦いの前に舌戦でウィットなやりとりが必要なのだぞ』

獣皮を着た戦士C『お頭、”うぃっと”ってなんですかい?』

ヌァダ『私も知らん。この間デーン人の商人が言ってた。あと王と呼べ、王と』

???『……お前には』

ヌァダ『うん?』

???『俺は、殺せない』

ヌァダ『あぁ不死の類か。いいな!そういうのも好きだ!高ぶる!』

ヌァダ『ならば殺すまで殺してやろう!どうすれば死ぬか貴様の体で試してやろう!』

???『……救われないな』

ヌァダ『何を人ごとのように!貴様もアレだ、そういうのが好きで不死になったのであろう?度し難い者め!』

???『俺は違う。一緒にしないでくれ戦闘狂よ』

???『俺は、休みたいんだ……んでいるんだ』

???『ただ、家に帰って静かに、その時が来るまで眠っていたい――』

???『――そんなささやかな願いすら受け入れられないのか……ッ』

ヌァダ『来る!構えよ!』

???『――「シモンは”神の子”の十字架を背負う」――』

ズウゥンッ!!!ズズズズズッ!!!

獣皮を着た戦士C『け、毛皮が、重い……っ!?』

獣皮を着た戦士D『だけ、じゃねぇ!斧が!持ってらんねぇぐらい……』

ヌァダ『――つまらぬ』

ザァンツ!!!

獣皮を着た戦士E『……お、重さが、消えた……?』

???『……』

ヌァダ『私の剣に絶てぬモノなし――と大言を吐きたいが、まぁそれなりに斬れるようにはしてある』

ヌァダ『”影”の鎖を着せられ、魔女の婆さんのところで散々しごかれたからな。初見殺しも種が分かれば対策も取れる』

ヌァダ『いつかあの行かず後家をぶった斬るための重力切断だったが、まぁ同系統の重力系術式にも対応出来ると確認できて何よりだ』

獣皮を着た戦士C『じゅ、りょく?』

ヌァダ『貴様のその突き出た腹が下へ垂れ下がってる元凶だ。嫁からミードも程々に、と言われている癖に』

ヌァダ『――マナが迸ったのは貴様からではなく、その”筺”からだったな。ますますもって興味深い』

???『……そこを、退け』

ヌァダ『できんなぁ。”不死”に”筺”というオモチャを持って来てくれた”敵”!味方ではないのだ、それも”敵”なのだ!』

ヌァダ『……ふふ、ドルイドのジジイどもが普段の行いを祖霊が見ているとほざくが、どうやら私は愛されているらしいぞ!』

獣皮を着た戦士D『お頭、あんたそれむしろ憎まれてんじゃねぇですかい』

ヌァダ『莫迦者め、そういうことにしておくのだ。さて戦士よ、もう一度問おう』

???『……』

ヌァダ『跪いて我が旗下へと入る栄誉をくれてやろう。勿論断る権利はある、というか断ってくれ、頼む』

???『……断る。そんなことをしている暇は、ないんだ』

ヌァダ『というか貴様、何故この土地へ足を踏み入れた?私を打倒したいようには見えぬ』

ヌァダ『かといって最近流行りの坊主どもの匂いもせぬ。あの鋼と血の臭いは、貴様とその”筺”からは縁遠くも感じるな』

ヌァダ『この国は”まだ”世界の中心には非ず。ローマと比べればいささか魅力の足りぬ、世界の果てに過ぎぬ』

ヌァダ『そんな地へ貴様を何をしに来たというのだ?』

???『……Cruciereクルセー

ヌァダ『なに?なんだ、それは?』

???『”あいつ”の印を建てに、西の地の果てへ証を残しにきたんだ』

???『……そうすれば終われるかもしれない。俺の命もゼロになって死ねるかもしれない……』

ギッ、キギギイィィンッ!!!

獣皮を着た戦士E『――お頭っ!?』

ヌァダ『地面が凍り付く――いや違う!氷が人の形に?』

???『逝こう、あぁ逝こうお前たち……俺と共に永遠に彷徨う者……』

ヌァダ『名乗りを上げよ。高らかに、そして厳かに戦いの幕を開ける鬨の声代わりだ』

ヌァダ『貴様を討ち滅ぼした暁には私はその名を抱いて逝こう。貴様が私を打ち砕いたときにはヌァダの名を持って逝くがよい』

???『……俺か、俺は誰でもない、どこにだっていられぬものだ、いてはいけないものなのだ――』

???『――だが、だがもしも俺たちに名があるとすれば、それを許されるならば――』

???『――「Zero Crusade第零次十字軍」』



――現在 ロンドン スラム街

ヌァダ「……」

チンピラA「お、目は覚めたかいおじょーちゃん」

ヌァダ「ガンドル、ガンドルだったか。彼奴に殺されたのは。そうか、忘れていたな」

チンピラA「おい、聞いてんのかテメー。なぁ?」

ヌァダ「私が?私に言っているのか?」

チンピラB「他にいないでしょーが。何言ってんのよ」

ヌァダ「私は男だ。このナリだからよく間違われるのだがな」

チンピラA「余計危ねーよ最近は。つーかこんなとこで寝てんじゃねーよ」

ヌァダ「共の者を置いてきてしまったからな。雨風さえ凌げればと仮眠を取っていたのだ」

チンピラA「……あぁやっぱ家出かなんかか。どうする?誘拐でもしちまう?」

チンピラB「やめときなさいよ。成功なんかする訳ないんだからね」

チンピラA「だよなぁ。あー、んじゃ少年よ、どっか知ってる場所ってねーかい?タクシー乗せるか、警察呼んでやるから」

チンピラB「できればその、ご両親へ『やさしい人達に助けて貰った』って証言してくれれば、あたしたちも助かるんだけど」

ヌァダ「地名?む、昔とは随分違っておるようだし……ローマ、ぐらいか」

チンピラA「超遠いわ。ドーバー渡ってアルプス超えたその先だわ」

チンピラB「マジでナニモンなのよあんた」

ヌァダ「遠いのか?」

チンピラA「遠い遠い。てか歩いて行けないぐらい遠い」

ヌァダ「誰ぞローマまでの地図は持っていないか?」

チンピラB「スマートフォンがあれば見れるんだけどねー」

ヌァダ「あぁこれか。使ってみよ、許す」

チンピラA「……あぁそりゃどうも。地図アプリを起動して、GPS……ここが、この点がお前のいる場所だ」

チンピラB「あっちの大きな建物が分かる?あそこが、地図上だとここになるのよ」

ヌァダ「ほう。便利なものだな」

チンピラA「それで地図の倍率を変更すると……」

ヌァダ「おぉこの国だな。海岸線は憶えておるわ」

チンピラB「……どういう教育受けてんのよ、この子」

チンピラA「これを横へずらして、スライドさせて、もういっかいすると……」

ヌァダ「ここが、ローマか」

チンピラA「な?分かったろ、歩いて行ける距離じゃねーよ」

ヌァダ「貸せ。えぇと、角度、そして距離から逆算して――」 ジジッ

チンピラB「何やってんの?何かのおまじない?」

ヌァダ「――ここか。この干潟は何と言うのだ?」

チンピラB「ヴィネツィアね。イタリアの観光都市」

ヌァダ「そうか。そんなところに彼奴の遺産が行き着いているのか」

チンピラA「遺産?世界遺産のことか?」

ヌァダ「……後生大事に抱え込んだ”筺”も簒奪されたのか。哀れよな」

チンピラB「ねぇ大丈夫?」

ヌァダ「あぁすまぬ。手間を取らせたな、案内大義であった」

ヌァダ「持ち合わせがないとはいえ、王たる者礼を示さねばいかん。まず貴様」

チンピラA「いいって礼なんか」

ヌァダ「酒の飲み過ぎだ。肝臓が疲労しておる、大概にせよ」

チンピラB「あんたまた隠れて飲んでたわね!もう飲まないって言ってたのに!」

チンピラA「ちょ、ちょっとだけだって!それも一昨日の付き合いで!」

ヌァダ「他に悪い部位もなし、酒も過ごせなければ長生きできよう。それでそちらの、えーと、男?」

チンピラB「心は女よ、失礼ね!」

ヌァダ「自称女、悪い腫瘍だ。それも全身に」

チンピラA「おいおいテキトーぬかしてんじゃねーぞクソガキ。こいつが癌だなんて、そんなことないぜ。ない、んだよな?」

チンピラB「……」

チンピラA「……え、お、おいっ!?」

ヌァダ「――まぁ、癒しておいたが」

チンピラA・B「――?」

ヌァダ「一応薬学の神も兼ねているのでな、造作もなきことよ。何、礼は要らぬ」

チンピラB「そ、そう?」

ヌァダ「まぁどうしてもと言うのなら受け取らぬでもないが!どうしてもと言うのであれば!」

チンピラA「なんだこのガキ」

ヌァダ「ついでに一つ、あそこに見える自称女が示した建物の名前はなんだ?」

チンピラA「あぁあれな。一応イギリスの観光名所であり、市内どっからも見える感じの」

チンピラB「ロンドン塔、っていうのよ」



――ロンドン塔 尋問室

上条「――で、タカシお前なにやってんだよ!こんなことしてアイツが喜ぶとでも思ってんのか!?」

上条「マサ○タウン出るとき言ってただろ!――『俺は世界一のニートになる!』って!」

カールマン「タカシじゃねえよ。なんで小芝居続けてやがるんだ」

アンジェレネ「あ、あとそれはサト○であってタカシじゃないかと……」

アニェーゼ「本当にもうツッコむのが面倒臭いです」

上条「待ってくれよ、俺だって自重したんだからな」

ステイル「あのコントを敢行しておいてどの口が言うんだい?」

アンジェレネ「い、いえ、実はあのあと『ショートコント・チンギスハンのジンギスカン』までがセットになっていまして……」

アニェーゼ「ヤッッッバイぐらい教育に悪いですねあなたは!いい加減シスター騙すのやめてくれませんか!?」

上条「くっくっく……!俺も暇潰しに一緒に動画見てるだけこの言われよう!冤罪にも程があるぜ!」

ステイル「その『くくく』いるかな?いらないよね?」

上条「というか差し入れ食えよ。焼きそばパンと緑茶、紅ショウガはお好みでのっけてくれ」

ステイル「これ食べたら帰りなよ」

上条「お前は破局寸前の彼氏か。人が折角差し入れに来てやったのにその態度はないわー」

ステイル「職場だからね?まだせめてプライベートなら分からないでもないけど、というかそっちでも絶対にお断りだけど、今!仕事中なんだよ!」

上条「てかオッサンも食うよな?ちょっと待ってろ、今ほどいてやっから」

ステイル「バカ!ソイツは重要参考人なんだぞ!?」

上条「だったら余計にこの待遇はないだろ。バカはどっちだバーカ」

アンジェレネ「きゅ、急に精神年齢が低くなったような?」

アニェーゼ「似たもん同士ですね」

カールマン「……悪りーなアジア人。じゃなかった日本人か」

上条「おぉよく知ってんな」

カールマン「会ってんだよ!テメー一週間ぐらい前のことももう忘れやがったのかアァ!?」

上条「……割と本気で言うが、お前らがインドから日本まで全部『アジア系』で括って顔の見分けが付かないのと一緒で、俺もつかないぜ!」

ステイル「はい、ありがとうバカ。黙ってろ――で、君。このバカと面識があったんだ?」

カールマン「パン俺にもくれよ……ってなんだこりゃ?パンの中にパスタ入ってんぞ?」

上条「よく聞いてくれたな!それは日本の男子学生の中じゃ何十年と人気のあるパンなんだ!」

カールマン「ふーん……あ、ウメエ」 モグモグ

ステイル「おい聞けよ話をバカ二人。君たち、知り合いなのかい?」

上条「知り合いっていうほどの知り合いでもない。スコットランドの駅ターミナルで世間話をしただけかな」

アニェーゼ「本当ですかい?その時に何かされたりは?」

上条「そんな時間ないって。チョコくれよって言われたからあげただけだし」

カールマン「俺もしてねえ」

ステイル「なら、偶然なのかな……だといいんだけど」

アニェーゼ「って事ぁ、私たちと同じ車両に乗ったって可能性もあるんですかね?」

ステイル「あぁそうか。なら防犯カメラの調査範囲も絞れる――か?」

アニェーゼ「意外な方向から来ましたね、猫の手が」

ステイル「……嫌だけどね。主に僕が」

カールマン「なーなー。このパスタに入ってる肉ってなんの肉だ?ポークっぽい味なのに臭味もないし」

上条「あぁそれ肉使ってないんだよ」

カールマン「……あ?肉じゃねえんだったら、これ何よ?」

上条「師匠、口いっぱいに頬張ってないで出番ですよ」

アンジェレネ「もぐ――よ、よくぞ聞いてくれました!それはジャパニーズ・アブラアーゲです……ッ!」

カールマン「アブラ……?何?」

アンジェレネ「お、お肉っぽい深い旨味を持ちつつも、後味爽やかな油を提供してくれる……それこそが、アブラアーゲなのですっ!」

上条「トーフってあんだろ?あれの細いのを油でフライにするとそうなる」

カールマン「大豆!?これ大豆でできてんのか!?」

上条「いやなんかさぁ、ビィーとかベジーとかうるさいじゃん?人の食いもんにケチつけんなって個人的には思うが」

アニェーゼ「その言い方はかなーりの数を敵に回しちまうんですが……」

上条「どの食材使っていいか分からないから、まぁ肉の代わりに」

ステイル「君たちの国はメシに関しては異常だよね。あと文化と技術と芸術と民族も」

上条「ほぼ俺らだろ。てかあーそうそう。忘れてた忘れてた、もう一個用事あるんだった」

ステイル「さっさと済ませて帰りなよ。もう二度と来るな」

上条「情報くれよ」

ステイル「情報?なんの?」

上条「スコツトランドからこっち、訳分からん魔術師追いかけてんだろ?ソイツの情報」

ステイル「どうして君に」

上条「てかシスターたちも忙しいみたいだし、そろそろ俺もいっちょ噛みしようかなー、なんて」

アニェーゼ「上条さん……」

ステイル「あ、おい固有名詞は出すなって――ってまぁいいか。このバカだし。部外者だし」

上条「テメーいつか決着つけっかんな?いつでもやったるからな?」

ステイル「そうかい……全く困ったもんだね、君に言われれば仕方がない。あぁそうとも仕方がないんだ」

上条「なんでお前ちょっと嬉しそうなの?」

ステイル「現場で汗をかいている人間としちゃ、思うところがあるって話だよ。君はいつも死ねって思ってるけど、上には上にがいるってだけで」

上条「一々俺をDisらないで会話できねぇのかなぁ!?」

カールマン「仲いいのな、こいつら」

アンジェレネ「そ、そうなんですよぉ。いつも気がつけばイチャイチャして……」

上条「俺はいつも大人の対応しているのにコイツが絡んでくる」

アニェーゼ「ってことは片思いなんですかい?」

ステイル「そういうネタは嫌いだ。というか神父に向かって失礼だよ」

上条「超問題になってんじゃんか」

ステイル「いやあれ、基本ローマ正教が組織的にもみ消して来ただけだから」

アニェーゼ「ドイツのルーテル誠教会もかなーり、アレですよね」

上条「てかオッサン、スコットランド駅以来だけど何やらかしたんだよ。コイツらに捕まるなんで相当だぞ」

カールマン「電車ん中で後ろから女に発砲した」

上条「おまわりさんコイツです」

ステイル「ただし神裂に、だ」

上条「スゲーなお前!よくフルボッコにされなかったな!」

カールマン「俺を帰してくれ。まだ少年兵撃ってた方が気楽だった世界へ帰してくれ」

ステイル「だからそれは君が役にたつか次第だって言っているよ。そりゃもう何十回と」

上条「というかこっちの人がその魔術師の仲間?」

カールマン「電車の乗り継ぎに失敗したらアフロに捕まっちまったんだわ」

上条「あー……やっぱ俺に内緒で一枚噛んでやがったか――つーかアフロ登場するんだったら話はロンドンって事か!?」

上条「……あ、いや、でもその割にあんまお前らドタバタしてなかったよな?ていうか前よりも忙しくなくなってた感じだし」

アニェーゼ「組織にありがちな主導権争い、ってぇやつですかね。手柄をたてたい『騎士派』、挽回したい『王室派』」

ステイル「そして両方へできるだけ高く恩を売りたい『教会派』。三すくみのバカどもが揃って仲良く争っている」

上条「お前らイギリス人のメンタルってスゲーよね。そりゃパリ陥落するまで知らんぷりするわ」

カールマン「部外者が聞いていい話なのか、これ……?」

アンジェレネ「お、お気の毒ですが、あなたはもう外へ情報を漏らす心配はない、的なポジに……!」

カールマン「こんな小さいガキまで動員させる組織、まともじゃねえのは分かってたがよ!」

ステイル「なので遅々として何も分かっていない。相手の名前と背格好ぐらいだね」

上条「目的も?」

ステイル「ない――よね?」

カールマン「特になんも言ってなかったぜ。世界征服も世界滅亡も全然」

上条「つーか聞きたいんだけど、あんたってスコットランドからずっと一緒してんだよな?その魔術師と」

カールマン「あぁヌァダって名乗ってた、外見はクソガキの」

上条「なんの話してたの?」

カールマン「……主にソシャゲー?」

上条「あー……なんかな、うん。なんかアレな感じだな」

ステイル「こんな感じなんだよ。もう3回ぐらい同じ話をしてる」

カールマン「13回な?テメー10回もサバ読んでんじゃねー」

上条「ちなみにゲームはなんの?」

ステイル「そこ聞くかね」

カールマン「俺も知らない。昔の英雄がどうのってRPG?ノブ・ナーガがどうって」

上条「本当に関係ないっぽいが……それじゃ、それ以外にはどんな話してた?」

カールマン「電車の乗り方、チケットの取り方、電子決算や携帯電話にWi-fiとか社会インフラの基本的な話を一通り」

カールマン「かわった話で言えば……現代戦の話か。今と昔じゃ戦争のやり方もこうなったんですよーって」

ステイル「その中で君がおかしいと思ったところは?」

カールマン「は?んなの憶えてねーよ。ガキの戯言真に受けるバカがどこにいるってんだ」

ステイル「と、こんな具合だからどうしようもなくてね。割って確かめようにも意味がない」

カールマン「おいロン毛テメーなんつったコラ?割る?」

上条「意味がない?」

ステイル「うん。あー例えば君、学校の先生から『ここテストに出ますよ』って言われたら憶えるだろう?」

上条「むしろそれをしないヤツは少数派だと思う」

ステイル「ただその時、教室の日直が誰だったとか、隣の子がくしゃみしたかとかは一々憶えていない。大切じゃないことは忘れるんだ」

上条「そこらをお前らが見ようとしても無理だと」

ステイル「不可能じゃないが精度に欠ける。その後、別の友人から『くしゃみしたのは先生だった』って聞かされれば、記憶自体が改竄されてしまう」

ステイル「つまりその捕虜が『あ、これ大事だ!』って、意識してない事に関しては真偽すら怪しいと」

カールマン「俺は悪くねーよ。顔付き合わせっぱなしで、現代のことずっと聞かれてみろ。鉛玉ぶち込んで黙らせたくなる」

上条「俺にも分かるように」

カールマン「昔は棒きれ振り回して馬乗って吶喊してただろ。それと違って現代じゃ制空権握ってから、歩兵随伴させた戦車走らせて陣地獲りするって事か」

カールマン「今じゃそこまでやんなくても情報戦に経済戦、戦争の体裁が整ってないだけで実質上戦争状態なのはどこでもそうだ、ってな」

アンジェレネ「あ、あのー、思っちゃったんですけど……」

ステイル「あぁごめん。君らはもう帰っていいよ」

上条「扱いが雑だなテメー」

アンジェレネ「い、いえその、そうじゃなくてですね、相手の方は大昔の方を自称されてるんですよね?」

ステイル「僕たちはそんな話を一切していなかったのに、たったこれだけでそう悟ってしまう君の賢明さにビックリだが、まぁそうだね」

上条「……どゆこと?」

アニェーゼ「私が定期的に独り言するのも程々にしやがれ、ってえ事ですかね」

アンジェレネ「む、昔の山賊みたいな戦い方知らない方が、現代戦の概念を知ってしまったら、危険じゃないんですかねぇ?」

上条「あー……」

ステイル「つまり、あれかい?この男はたださえ危険な男の危険性を高める手助けをしやったと?」

カールマン「冤罪だぜ!?俺はどれだけ現代が一筋縄じゃ行かないって警告したんだ!」

アニェーゼ「そういう側面もあるでしょうね。昔と違い、王を倒せば次の王になれるって世界観でもないですし」

カールマン「だろっ!」

ステイル「個人的な危険度を言わせて貰えるならば、現代戦を少しぐらい聞きかじったところで変らない、とは思うね」

ステイル「もう神裂を襲撃したとき、仕掛けた罠は王と言うよりは蛮族のカシラ。誇りも何も投げ捨てて勝ちを取りに行くスタイルだったから」

カールマン「だよな!」

ステイル「だからこそ上が交渉するかどうか争ってる訳だけどね、はぁ」

上条「え、えーっと、他には何か言ってなかったか?」

カールマン「後は雑談だ。大統領がどーの、カントリー出身の勘違い歌手がどーのってだけの」

上条「そっか……」

カールマン「――あ、いや何か言ってやがったな。そういや」

ステイル「何をだい?『実は僕もカントリーミュージック好きだ』とか?」

カールマン「茶化すなよクソ神父……俺が『手っ取り早く魔術使えるようになんねえの?』って聞いたら、船の話を」

カールマン「なんでもその船は、船ごと重力付加するってアホ魔術がかかってるとかなんとか」

アニェーゼ「――『船』」



――学園都市 高高度上空550km地点にある何か ほんの少し先の未来

天埜「『――もしもし?うん、私私、って詐欺じゃないわよ。てか古いわよ』」

天埜「『元気ー?何か眼ぇ交換したんだって聞いたわよー?』」

天埜「『ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、調子になんか乗ってないわよ!誰がよ!失礼な!』」

天埜「『べ、別にiPa○の新作なんてほしくないんだからね!……いやごめん。何か他人と久しぶりに話してテンションが分からないの』」

天埜「『こ、こんなんで良かったんだっけ?独り言が増えるっつーか説明台詞でドヤってるっつーか』」

天埜「『あーそんでさー、面白いモノ見っけたから、うん、アンタに連絡しようって』」

天埜「『画像データ送ったっしょ?――即廃棄してんの!?いや読めよ。アドレス偽装しようがないんだから、私だって分かるでしょ』」

天埜「『”あんただから消したけど?”そっかー、私だからかー、それじゃーしょーがないわねー』」

天埜「『――って言うかぁ!必要だから見ときなさいよ!私がもし夜中に一人寂しくなったらどうすんのよ!?』」

天埜「『てか人が善意で伝えてやってんのに酷くない?もっと他に”あざっす天埜さーん”みたいなのあるでしょ!?』」

天埜「『てかテンションの調節って難しいわね!やっぱ地上って怖いわ!』」

天埜「『……いや素でお大事にとかありえないから。優しくしないで、帰りたくなる……』」

天埜「『まぁ雑談はどうでも良くてね、てか新作の携帯端末は送ってほしいのはマジなんだけど』」

天埜「『待って、切らないで。流石に100万円のデリバリーをタダで頼まないわよ。こっちにはとびっきりの情報があんだってば』」

天埜「『”ヴェネツィアの衛星写真見たって珍しくもない”?見てんじゃない。削除してないんだったら言えよ』」

天埜「『あー、じゃ手元にあるんだったら見ながら話すわよ。拡大して、運河の方を』」

天埜「『派手に浸水しているでしょ?なんか有名な広場も海水が来すぎて、観光客が立ち入り禁止になっちゃったんだってさ。有史以来最大級とかなんとか』」

天埜「『でもねー、これ地盤沈下じゃないのよ。干潟の上へ建てられた街だからって安易な決めつけよねー』」

天埜「『前々から建物が沈んで海面上がってさー大変、ってコントみたいな事やってんだけど』」

天埜「『”なんで知ってるか”って?そりゃ調べたからに決まってるでしょうが』」

天埜「『たまたまヴェネツィアにあった学園都市製ケータイへハッキングして、高度情報確かめてみたから、まぁ間違いはないでしょ』」

天埜「『海抜は去年や一昨年とほとんど同じ。喫緊10年と比べても数センチ下がってぐらいで。それが過去最大っておかしんじゃね?』」

天埜「『いや私に原因って聞かれてもね。高潮?地球温暖化?』」

天埜「『ないない。だって近くの他の港湾じゃ潮位が下がってんだし、10数キロ離れたヴェネツィア湾だけ潮位があからさまに変るなんてないって』」

天埜「『潮の流れが変った、ってぇのも説得力はないわよね。なんか満ち潮の時、街中へ海水が入らないような防潮堤作ったって話だけどさ』」

天埜「『可動堰作って潮位がコントロールできるんだったら、もっと話は早く解決してる――はい?”それじゃなんだ?”』」

天埜「『そりゃ引っ張られてるからでしょ――”何か”に。空間が重力の歪みであるんじゃないの?』」

天埜「『でね、本題はそこじゃないのよ。異常な海面上昇だって私には関係ないし、勝手に盛り上がってればいいと思うんだけど』」

天埜「『じゃなくて画像もっかい見てもらえる?うん、左端に教会あるじゃない。運河沿いの』」

天埜「『人……てか白い騎士の格好した人達が集まってるところに、えーっと黒くて大きい――なんかこう、ヴァイキングの仮装した人いるじゃない?』」

天埜「『そうそう。人の背丈まで伸ばしたドワーフのおっさんっぽい人よ』」

天埜「『だから私に聞かないでって。ヴェネツィア・カーニバルにしては時期外れだし、観光客のおひねり目当ての仮装じゃないの?』」

天埜「『あーでも地元の自治体、コムーネが仮装イベントするってニュースあったなぁ。多分それ関係、うん』」

天埜「『や、だからね。私に聞かないでって。別にドワーフオヤジをピックアップしてアンタに見せようって主旨じゃなくてさ』」

天埜「『そこじゃなくてその相手っていうか、視線向けられてる方よ。いるでしょ。そう』」

天埜「『……うん、なんて言ったらいいのか分からないけど、つーかまぁそれでも言うんだけど――』」

天埜「『――背の高いプラチナブロンドのシスターさん抱きかかえながら戦ってるツンツン頭、アンタの関係者じゃなかったっけ?』」



――ロンドン塔 構成員控え室 夜 現在

上条「『――ショーコント・ジンギスカンのチンギスハン』」

ステイル「終わったよね?その話はもう終わったことになってたよね?」

アニェーゼ「この空気の中ボケを敢行する勇気は認めますが……あと、さっき言ってたタイトルと逆になってやがります」

上条「いやなんか重い空気だから少しでも和ませようとだな」

アニェーゼ「へぇ。だから空気読まないやりとりしてたんですかい?」

上条「え?――も、勿論だぜ!」

ステイル「今普通に”え”って言っただろ。隠すにしろもう少し上手くやりなよ」 ギシッ

上条「んで取り調べの成果はどうなの?順調じゃないってのは聞いてんだが」

ステイル「部外者に話す口は持っていないね。まぁ報告書を盗み見るんだったら、僕の関知するところではないけど」

上条「っだよこのーツンデレか。どれ報告書――」

上条「……何語?」

ステイル「そりゃ相手が数カ国の言語を話しつつ世界を渡り歩く傭兵なんだから。目の前で書く調書には読まれないモノを使うのさ」

アニェーゼ「ちなみに私も読めません。ステイルさんが使ってるオリジナルの文字と文法なんだそうで」

上条「よし、じゃあインデックスに読んでもらってくる!」

ステイル「待てバカ。あの子は忙しいんだから邪魔するんじゃない。ここにはいないし」

上条「インデックスにも仕事やらしてんのか?」

ステイル「……君は一度しっかりあの子の二つ名をメモっといた方がいいのかな。イギリス清教が誇る魔道図書館だって」

ステイル「彼女はさっきの男が持っていた――持たせられていた護印について解析中。まぁ捗っていないけども」

上条「(てかコイツ意外にペラペラ情報漏らすよね?)」 ボソッ

アニェーゼ「(ツンデレですから。まぁ様式美かと)」 ボソッ

ステイル「なんだいコソコソと」

上条「いーえなんでもないですよ!それよりインデックスさんはなんて?」

ステイル「『よく分からないかも』だ、そうだ」

上条「おいどうした魔導書図書館?こういうときにこそ本領発揮する場面じゃねぇのか」

ステイル「バカにも分かるように説明するとだね。あの子はあくまでも既存の知識がベースなんだよこのバカ」

上条「お前アレだぞ?俺を罵るにしたってバードウェイは一呼吸に四回バカって言うんだからな?調子乗んなよ?」

アニェーゼ「なに罵られ自慢してんですか」

ステイル「森羅万象を識るデータベースなんかじゃない。勘違いするバカどもは後を絶たないけれどもね」

上条「それ別に普通の人だってそうだろ。どんな辞書だって書いてあることとないことがある」

ステイル「そうだよ。君や僕もそうだ、類似のものから引っ張ってくる。だから……えぇと」

ステイル「見慣れない道路標識があったとしたら、記憶の中から似た記号を思い出して、『一方通行なのかな?』とか推測するだろ?」

ステイル「それすらも出来ない、もしくは似た記号が少なくて難しいってのが現状だね」

上条「オリジナルの霊装とか?」

ステイル「いや、そうじゃなくてただただ古いんだ。君に言っても分らないから詳しくは言わないけど」

上条「相変わらず省エネ思考か。人一倍燃費食いそうな身長してんのに」

アニェーゼ「ま、まぁまぁ。ピクト人関係らしいんですって」

上条「ピクト……?あぁ知ってるわ。スコットランドに住んでたらしい先住民族だっけか、オルソラとベイリャルさんが言ってた」

ステイル「なんだ知ってたのかい。他にはなんて?」

上条「『ストーンヘンジ作ったのも実はアイツらじゃね?』ぐらい」

ステイル「うん、そうなんだよね。候補としては本命として挙げられている」

ステイル「まぁこれといって決定的な物証に乏しく、ストーンヘンジを作った人間が誰なのかまだ分かってはいないんだが」

アニェーゼ「あ、そうなんですかい?何年か前の発掘調査で人骨が出てきたってニュースがあったんで、てっきり判明したものかと思ってました」

ステイル「こんな小さな子ですら勉強しているというのに、全く、だね」

上条「俺だってまさか実生活の延長でヘンジ知識使うなんて思ってなかったよ!むしろいるんだったらソイツオカシイだろ!色々と!」

ステイル「うんまぁヘンジから埋葬されたご遺体も出てきたし、逆に処刑された人骨も出てきたんだけど……」

上条「具体的に大した事は分かっていない、か?」

ステイル「だね。だって文字がほとんど残ってないから、ピクト人」

上条「へー……え!?」

アニェーゼ「インデックスさんの見立てだと、知識にほとんど引っかからないことから、ピクト人に関連する術式じゃないか、と」

上条「文字が残ってないんだったら……」

ステイル「そう、彼らがどんな民族だったのか、どんな文化を持っていたのか。今日まで多くが謎なんだよ」

ステイル「まぁ……サクソン人に同化され、区別できなくなっているのも間違いないだろうけど」

上条「そりゃインデックスも手こずる筈だ。てか元から文字を持ってなかった人達なのか?」

ステイル「では、ないらしい。地名や人名に残っている――”という説”がある」

ステイル「スカンジナビアに吸収された文化の中で、異質な響きを持つのはピクト語……という説だ」

上条「文字と文化が残ってないんだらった、そりゃお手上げだわな」

アニェーゼ「あぁいえ、それがそうでもなくてですね。文化の方は多少残ってはいます」

上条「文字も無くなったんだったら、それこそヘンジみたいな『多分アイツらじゃね?』ぐらいしか分かんないんじゃね?」

ステイル「まだまだ素人だね。彼らの文字がなかったとしても、知る方法はあるんだ」

上条「どうやって?遺跡にしたって不確かなもんだろ」

アニェーゼ「簡単な話ってもんですよ。記録がないんだったら、その時代の別の記録をしていた人達に頼ればいいんですから」

上条「……はい?」

ステイル「まぁ要はだ。ピクト人が存在していた時期――記録にあるだけで大体紀元前から9世紀半ばぐらいだけど――彼らと関わった連中がいる」

ステイル「ローマ帝国、ケルト人、ヴァイキング達だ。彼ら戦争していた者たちの記録を辿ればいい」

上条「記録って……ローマの文化は凄いけど、ケルトもほとんど残ってないんじゃなかったっけ?」

ステイル「ローマに比肩するのは秦の始皇帝ぐらいだけどね、その時代は」

上条「名前は知らんけど世界史で歴史書の名前とか暗記したもんな」

アニェーゼ「今憶えてない時点で意味ないんですがね」

上条「適材適所だからいいんだよ!人には役割ってのがあってだ」

ステイル「はいはい。君の無知はどうでもいいから話の続きだ。確かにその時代、頭オカシイぐらい歴史を編纂してたのは大帝国だけ」

ステイル「というか?まぁ普通は?そんな余裕も暇もないってのが正直なところなんだけど」

ステイル「まぁ余裕がないところでも『これだけは』って力を入れてたものがある。それが――」

ステイル「――『神話』だ」

上条「待て待て、超待とうぜステイル。俺も最近こっちのルールに慣れてきたから理解は出来るんだよ」

上条「その、昔の王様や権力者、あと侵略者が民族や文化を融合させるために神話もごっちゃにしちまった、ってのはだ」

アニェーゼ「超アバウトな解釈ですが、否定はできませんよねぇ」

上条「でもそれはどこまで行っても自分らのためだろ?なんで異民族の、それも戦争してた連中が?」

ステイル「うん、だから”敵役”としてだよ」

上条「敵?」

ステイル「物語には敵が必要だろう?英雄には竜が、聖女には暴君が、そして神には悪魔がって感じにさ」

上条「それも分かるっちゃ分かる。『悪い奴が居て皆が困ってから俺がぶっ飛ばしてきましたー、だから今日から俺が王様な』って話だ」

上条「でも、あー……こう言っちゃ良くないけど、実際の敵よりもフィクションの方が話作りやすいだろ」

ステイル「真に遺憾ながら僕も同感だ。そっちの方が単純に楽だし、幾らでも盛れるからね」

ステイル「『敵はこの世界全てを呑み込む混沌だが、なんかこう王様パワーでぶっ飛ばしました』って」

上条「じゃあなんで?」

ステイル「なんでだと思う?――はい、シスター・アニェーゼ」

アニェーゼ「はい。単純に当時の国際状況じゃないですかね?」

上条「当時のって……確かサクソン人がヒャッハーしてたんだっけ?」

ステイル「うん。『交易で寄った港がチョロそうだったから襲撃してみた』って話もよくある」

上条「今だったらSNS炎上程度のネタかよ」

ステイル「またローマ帝国のブリタニア侵攻、てかローマ帝国はイベリア半島からアナトリアまで広ーく統治してた訳だ」

ステイル「周辺国との軋轢は尋常じゃなくあったし、文化的な影響も当然あった」

上条「戦争や抗争が日常的にあった時代であれば、当然それが神話にも影響して……」

アニェーゼ「だからピクト人の情報も載っている、ですね」

ステイル「というかローマ帝国は戦っている記述がある。『タトゥー入れた蛮族と戦ったが楽勝だった』そうだ」

上条「あ、そうなの?」

ステイル「歴史書ではね。ただこれが正しいとは言えない、というか僕は酷く疑っている」

上条「歴史書に嘘書いたら意味無いだろうが」

ステイル「領土拡張病に取り憑かれたあの帝国が、征服もせずにノコノコ帰ってくるとでも思うかい?」

上条「あー……」

アニェーゼ「というか東西ローマへ分かれてたあと、イギリスからは引き上げましたしね」

ステイル「征服する意義を感じなかったのか、相手が強すぎてリスクにリターンが勝てなかったのか。今となっては分からないがね」

アニェーゼ「まぁ強くなった国家は内部抗争で縮小、異民族にトドメ刺されるってぇパターンですからね。ローマも例外じゃなかったと」

上条「事情は分かった。でもローマ帝国の歴史書でダメならどうしようもなくね?」

ステイル「いやいや、いるだろ。ピクト人と何世紀も戦った末、最後には征服して同化した連中が」

アニェーゼ「スカンジナビアからノルマン・コンクエストを果たしたノルマン人、ですよね」

ステイル「そうだね。彼らの持っていた信仰は北欧神話、まぁそちらからヒントを得られないか探っている最中だ」

上条「はい先生、質問です」

ステイル「君みたいなダメ生徒を持った教師は聖母のような方じゃないと務まらないと思うが、なんだい?」

上条「小萌先生は無限の可能性を秘めていると言って差し支えはないぜ!ある意味ではな!」

アニェーゼ「何となくですけど”ある意味”を過大解釈しすぎている気がしますね」

上条「北欧神話ってアレですよね?オーディンがヴァルハラで美少女に囲まれてウッハウハな?」

ステイル「固有名詞が同じだけで、それは、違う。別物だ」

上条「出張してたよな俺ら。ついこないだまでスコットランドに」

ステイル「シスター・オルソラのレポートは読んだよ。副葬品は素直に興味があるし、今後の研究に期待したいと思うね」

上条「その墓から『剣』盗んでいったのが」

ステイル「”アゲート”改め魔術師ヌァダだ」

上条「……うっわ何か気持ち悪っ!どっこからどこまで繋がってんのか!」

ステイル「だが矛盾がある。ヌァダ、というのはケルト神話に登場する主神の名前だ」

アニェーゼ「ケルト人。ピクト人じゃないんですよね?」

ステイル「あぁ、ケルト人はヘンジ建立の対抗馬だね。ケルト神話は北欧神話とも違うし」

ステイル「なのにその”墓”から、剣を取り出す行為に何か意味があるとすれば……」

上条「ば?」

ステイル「”ピクト人=ケルト人の一派”、かな。元々同じものだったのが、部族の名前か地域の名前が違ったのか分からないけど、別のものとしてカウントされる」

ステイル「そして解明不可能になってから、名前だけ歴史に残されて後世の研究者が頭を抱える。意外とあるんだ、こういうパターン」

上条「……あぁゲルマン人みたいなもんか。イギリス入植したサクソン人とアングロ人、ついでに北欧から来たノルマン人も、人種で括れば皆ゲルマン的な」

ステイル「文化的に分かたれた同じ民族かもしれない。だからケルト魔術や北欧神話に詳しい魔術師にご協力をお願いしているね、って話」

上条「お前らのお願いって一体……」

ステイル「僕たちが苛烈な魔術師狩りをしているの手段であって目的じゃない。互いに利害が競合しなかったり、共存できる相手であれば不干渉に徹するよ」

ステイル「ただその専門家、というか大学教授。フィールドワークが得意だそうで連絡が全く取れていないんだ。困ったもんだよね」

上条「お前らが怖くてバックレてるだけじゃ……?」

ステイル「強く否定は出来ないかもね。まぁ”ケルト=ピクト”はまずないだろう。魔術師が正体をバラしてどうする」

アニェーゼ「あのー、ついでっつっちゃあれなんですけど、質問いいですかね?」

ステイル「いいよ。答えられるものであれば」

アニェーゼ「よくオカルト軽い本にありがちな、『失われた文化と文明の魔術師』ってオチはないですかね?」

アニェーゼ「大昔に滅んで誰も知らない文明が実はあった!って、ノリで」

ステイル「可能性はある。そもそもケルト神話の登場人物の名前を使っている、というか騙っているただの近代魔術師かもしれない」

アニェーゼ「こっちに対策を立てさせないためのブラフ、ってことですね」

ステイル「しかし『全英大陸』を奪ったという実績から、旧いこの地の魔術に精通しているのも実証済みなんだ。悪い意味で」

上条「実証?」

ステイル「なんて言えばいいかな。ヌァダが実はイギリスとはこれっぽっちも関係のないアトランティス大陸の魔術師だったとしよう」

上条「地理的に少し関係ありそうなんだが……」

ステイル「聞けよ最後まで。でもだったら『全英大陸』を横からぶんどるなんてできないんだよ」

ステイル「王位継承と同じ。王族の名前自称しても血統が入っていなければ認めらない」

アニェーゼ「つまり……ヌァダの正体、というか属性は過去一度でもこの国で”王”かそれに近い立場にあった存在、ですか?」

ステイル「そうだね。少なくとも系統が同じでなければいけない」

上条「条件は最初っから絞られてんのか」

ステイル「加えて『護印』が何らかの強力な魔力を秘め、起動している以上、僕らの理解より少し離れた場所にいる存在だと言える」

ステイル「ケルト系ピクト人の魔術師ならケルトの魔術知識が役に立つし、そうじゃなければノルマン系北欧神話を調べるしかない」

ステイル「まぁ可能性があるんだったら、潰すよ。『あのときもっと調べておけば』、なんて泣き言は許されない世界なのさ」

上条「意外と真面目に仕事してんのな」

ステイル「まぁ、僕の役目だからね……と、今日の尋問も終わったことだし、帰っていいよシスター・アニェーゼ。お疲れ様」

アニェーゼ「はい、お疲れ様でした」

上条「おっつかれー、帰ろうぜアンジェレネ?……うん?そういやさっきから静かだな……ハテナ」

アンジェレネ「……くかー……っ」

アニェーゼ「シスター以前に女の子としてどうなの?って大口開けながら寝てやがりますね。写メ撮っときましょう」 パシャッ

ステイル「たまになんでこの子裏の世界にいるの?って疑問に思うんだよね。僕は」

上条「朝早かったし、お腹いっぱいになって難しい話したら眠くなるに決まってんだろ」

ステイル「うん、君もそうだな。概ねは」

アニェーゼ「てか起きませんね。おーい」 ペチペチ

上条「あぁいいよ。俺背負ってくから、寮まで近いし」

ステイル「深夜に出歩いたら身ぐるみ剥がされてから殺されるか、殺されてから身ぐるみ剥がされるよ?それでもいいのなら止めないけど」

上条「おいおいどうしたイギリスの首都。治安が悪すぎるだろ」

アニェーゼ「可能性は否定できないのが辛いところですね。無事に帰れる可能性もありますし、最悪のパターンもない訳じゃないですから」

上条「てか俺みたいなおのぼりさんだったらまだ分かるよ?道知らないとか、ついて行っちゃいけない人や場所に行ったりしてトラブルになる」

アニェーゼ「原因は……把握はしてんですかい。意外っちゃー意外です」

上条「俺の話じゃねぇよ。あぁいや俺の話だけど!」

アニェーゼ「どっちですか」

上条「だからアジア系外国人は厳しいかもだが、お前らみたいな神父さんとシスターさんに手ぇ出すアホはいないんじゃ?って疑問だよ」

ステイル「まぁそうだね。イギリス清教徒じゃチンピラも躊躇うだろう」

上条「だよな」

ステイル「が、しかし同じ十字教でも血みどろの抗争は千年単位でやってたし、それ以外にもケンカ売りまくってるから」

上条「だよな!知ってた!」

アニェーゼ「多少不穏なツッコミをしちまいますと、『十字教徒”だから”やっちまえ』ってぇ教育を受けた方もチラホラいますから」

ステイル「そもそも過度な期待はしないことだね――コントしてないでさっさと帰ってくれ」

上条「あぁごめん。お前も眠いんだった」

ステイル「これから報告書だよ。あぁもうほら、夜番の警備員に車出させるから消えろ」 ピッ



――『必要悪の教会』ロンドン女子寮近くの路上 深夜

アニェーゼ「――ここで停めて下さい。あと歩きますから結構です」

警備員「はい。お疲れ様でした」 パタンっ、ブロロロロッ

上条「結構距離あるな――って待てよおい!アンジェレネ運ぶの俺の仕事なのに寮まで送ってくれた方が楽だよ!」

アニェーゼ「ご褒美ですよね!」 グッ

上条「強く、あえて俺は強くは否定しないんだが。まぁ『学園都市の紳士』と呼ばれていた俺だから」

アニェーゼ「超初耳なんですが、紳士?ラッキースケベで敵から味方まで広く被害を出しているあなたが、紳士?」

上条「前に工事現場でバイトしたとき、セメント袋を何度も運ばされたんだ。交通誘導で入ったはずなのに、何故か」

アニェーゼ「はぁ」

上条「その袋より軽い子にどうって感じにはならないと思うんですよね。流石に」

アニェーゼ「純粋な歳で言えば上条さんのお友達とそう大差ないんですが。あぁほら、おんぶしてやってくださいよ、おんぶ」

上条「なんだろうなこう、毎日そこそこ食ってんのに軽いのはそれそれで心配になるんだよ……よっと」 スッ

上条「大丈夫?後ろからパンツ見えてない?」

アニェーゼ「問題はありませんけど、ストレート過ぎますよ。もうちょっとオブラートに包むのが本当のジェントルかと」

上条「いや本当に紳士的だよ!?マンガにありがちな『お前それ両手でセクハラしてないとその姿勢にはなんないだろ!?』的な持ち方してないし!」

上条「カバンか何かあるんだったら、後ろでそれをホールドするんだけど、生憎空のビニール袋しかないから!」

アニェーゼ「多少ここでスケベ根性出してもイケメンなら不問にされるんですが、上条さんの場合だと後で訴訟のリスクがありますからね」

上条「あれ?俺が厚意で夜食持っていったやつにdisられてるのかな?」

アニェーゼ「いえ、あの一般的な話をしているだけであって上条さんが決してイケメンではないだなんて一言も」

上条「トドメ刺してんじゃねぇか。言葉のナイフが深く深く刺さってんですけど」

アニェーゼ「まぁ感謝はしてるんですが、えぇと……口に出すのは恥ずかしいってぇもんですね。そういうのも察するのが殿方の役目ってもんかと」

上条「大変だなー。お前らの国の紳士諸君の苦労っつーのは」

アニェーゼ「おや、ご存じない?どんな殿方の大英雄でも母親から生まれたんですぜ」

上条「そりゃ頭が上がらない訳だ」

アニェーゼ「お嫌いですか?尻に敷かれるの」

上条「いいかい、シスター・アニェーゼ。世の中は広いんだ。電子の網が世界中を覆ったとはいえ、広大なんだよな」

上条「俺は噂でしか聞いたことないが、どこかにはロ×だけじゃなくロ×に虐待される厚い本が商業ベースで定期的に刊行されてるって都市伝説がだな」

アニェーゼ「『もしかして;日本』」

上条「他にあると思うかチクショー」

アニェーゼ「……てかすいませんね。色々とご迷惑をおかけしているようで」

上条「ん?あぁ本気で受け取ったんだったらごめん。別にアンジェレネの一人や二人、軽いもんだよ」

上条「なんだったら前が空いてるから、ほらカモン!」

アニェーゼ「インド辺りの原付で大人数運んでる人じゃないんですから」

上条「じゃあヴェネツィアで服破いちまったことか。いやでもパンツしか見えてなかったし、二度目だからノーカンってことで」

アニェーゼ「なんでそれで私が謝るんですかっ!?二回なのでノーカンの意味が分かりません!」

上条「……ごめなんさい」

アニェーゼ「あぁいえいえ。成長途中で今しか見れねぇので、精々記憶してやがってください」

上条「それはそれで対処に困るんだが。あと俺の想像だが、君はきっとこのまま成長できない運命を背負うような……」

アニェーゼ「じゃなくてですよ。ウチの部隊のこととか、色々とすいませんねって話で」

上条「いいよ別に。最初はどうだろって思ってたけど、何とかなりそうだし」

上条「学校の課題もオルソラとアガターに見てもらって形にはなってるし、むしろ感謝しかねぇっつーかさ」

アニェーゼ「それは良かったです。進級できるといいですね」

上条「できるさ。諦めなければきっと!」

アニェーゼ「――で、そうやって本題からドンドン外そう外そうとしてんのを、あえて無視して話を元に戻すんですがね」

上条「つーか感謝されることなんてないだろ」

アニェーゼ「その子のこととか、今日のこととか、ですね。なんか気ぃ遣わせちまってるようでして」

上条「や、だからさ」

アニェーゼ「わざわざイギリス清教の要所、完全武装した魔術師が詰めるロンドン塔へ、弁当二つだけで丸腰で来やがったりして」

アニェーゼ「『俺はアニェーゼ部隊のパシリする程度には仲良いんだから、お前ら分かってるよね?』と、アピールしたりとかですね」

上条「考えすぎじゃねぇかな。俺はただ余った焼きそばを処分するついでに行っただけで」

アニェーゼ「その”ついで”にイギリス清教へ真っ向から『情報寄越せ』ですか?」

上条「うん。ついでついで。他意なんてないよ?」

アニェーゼ「……はぁ。ご本人さんがそう言っちまうんでしたら、まぁそういうことにしときますけどね」

上条「そうしとけ」

アニェーゼ「もしこれが貸し借りになるんでしたら、オルソラ嬢の恥ずかしい秘密を暴露しなっきゃ釣り合わないってえもんですが」

上条「ごめんウソウソ。やっぱ俺計算だったわー、全部考えた上でアニェーゼ部隊のために体張ったわー」

アニェーゼ「じゃ借り一つですね。気が向いたら返します」

上条「騙したなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!よくも騙してくれたなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

アニェーゼ「はいそこ。深夜なんだからネタで声を張らねえでくださいな」

上条「でもこき使われてはいるが、そこまで酷い扱いじゃなくて良かったな、とは思う。仕事場見学した感想としては」

アニェーゼ「ぶっちゃけ前の職場よりかは大分ホワイトな環境です。ただ思うところがない訳じゃねえんですがね」

上条「ってのは?」

アニェーゼ「私があそこでアシスタントしてるのも、『ローマ正教で一部隊率いていた人間が、こっちじゃ下っ端』ってマウント取りが」

上条「みみっちすぎるなイギリス清教。薄々そんなんじゃないかとは思っていたが」

アニェーゼ「他にも政治的な力学が以下略。まぁ気楽になったっちゃなったんですが」

上条「やらされてるのは雑用と力仕事か。ストレス溜っちまうよな」

アニェーゼ「いえ、ですから以前から似たような仕事ばかりでしたのでそういう感覚はないですね。むしろ精神的には楽です」

上条「どんだけブラックなんだよ、お前らの仕事場……」

アニェーゼ「オルソラ嬢が学園都市まで逃げたときの話、憶えてますか?『法の書』の話を」

上条「忘れないよ。俺たちの因縁が始まったときだから」

アニェーゼ「よーく考えてくださいよ。オルソラ嬢一人を始末すんのにどうしてわざわざ250人の部隊を動かしたんですかね?」

上条「天草式約50人が逃走の手助けをして――」

アニェーゼ「そりゃ日本の話でしょ?あの人達が助けに来るまで、なんといってもオルソラ嬢はホームにいたんですから」

上条「……オルソラは天然なところはあるけど、特に逃げるスキルを持ってるって訳じゃないんだよな?」

アニェーゼ「シスター・オルソラの本質は布教ですね。神を信じない三ヶ国で伝導し、その名を冠する教会を建てる許可を得られたってもんで」

アニェーゼ「――す、が。当然これに気に食わないってぇクソどももいるんですよ」

上条「……」

アニェーゼ「オルソラ嬢の性格は私よりも上条さんの方が詳しいかも、ですよね?」

上条「……不思議には思ってたんだよ。『法の書』の解読に成功したとしても、ローマ正教にそのまま伝えれば追われずに済んだんじゃ?って」

上条「そもそもの話、根本的にオルソラが絶対ダメ!って禁書扱いされるような本をだ、勝手に解読するなんてことあるのか?」

アニェーゼ「その答えとして”あった”、しかも”逃げた”ってのが事実ですね」

上条「……どういう話だ、これ?」

アニェーゼ「ご本人が直接聞いた話でもないですんで、私の想像でしかねえんですが……まぁ騙されたんだと思いますよ」

上条「誰に?」

アニェーゼ「誰かに、です。あの若さで、しかも布教だけじゃなくて神秘学に通じた才女。恨みを買わないわけがない、ですよね」

上条「だから、誰だそいつは?」

アニェーゼ「さぁ?誰かは知りませんが、解読したオルソラにこう言ったんでしょうね」

アニェーゼ「『君に悪意がないのは分かっている。だが誤解を解くには時間が必要だ。だからこの国を離れて身を隠せ』とでも」

上条「名前教えてくれ。ちょっと俺が教育的指導してくっからさ」

アニェーゼ「それこそ無駄ってもんですよ。オルソラ嬢の中じゃソイツが『逃げろと助言してくれた大恩人』らしく、殴っても吐きませんでしたよ」

上条「……あぁまぁ、うん。死んでも言わないだろうな――てか正直おかしいって思ったことは幾らでもあったんだわ」

上条「オルソラがさ?優秀なシスターさんでしかも魔術解読の知識も持ち合わせてる、そして控えめに言っても天使だわな」

アニェーゼ「最後のは要りませんが、それも含めて同意ですね」

上条「そんな人材、ローマ正教もあっさり手放しただろ?何考えてんだよコイツらって」

アニェーゼ「そりゃ簡単ですよ。”女”ですから」

上条「言われんでも分かってるわ」

アニェーゼ「いえいえ分かってないですよ。ローマ正教での女性の立場はとても低いです」

上条「低いって……」

アニェーゼ「詳しくはそのうちに。まぁ同じ”女”の私たちが追跡役として向かわされたってだけ――あぁオルソラ嬢には言わないでくださいよ?」

上条「言える訳がねぇ」

アニェーゼ「まぁ私が何を言いたいかっていえば、”そういうの”やめてもらえませんか?」

上条「そういうってのは、どういう?」

アニェーゼ「私たちを庇うような真似を、ってえことです。単純に言えば」

上条「俺は何を言ってるのか全然見当もつかないが、迷惑、なのか?」

アニェーゼ「どちらかと言えばありがたいですね」

上条「なら――」

アニェーゼ「ただその肩入れすればするほど、政治的な利用価値、付加価値ってやつが出やがるんですよ。忌々しいことにね」

アニェーゼ「私だけなら、ウチのシスターだけならまだ納得もできますよ。理不尽に晒されたって、そりゃテメェらの不始末から来たんだって」

アニェーゼ「けど、あなたのオマケで巻き込まれるのはごめんです――」

アニェーゼ「――正直、余計なお世話ってもんですよ」

上条「……」

アニェーゼ「あぁ……返事は結構です。気が向いたらそのウチどうぞ」

アニェーゼ「……いや、何度も何度も助けてもらった身で何言ってんだと思うんでしょうが、そんな薄情な連中なんで早々に見限ってくださいな」

上条(そう言って笑う、声だけは笑ってる。アニェーゼは俺の数メートル先を歩いていて、どんな表情をしているのかは分からない)

上条(ただ、そうただ。俺が背負ってるぬくもりが酷く重いものに感じられて)

上条(あぁ、そうか。これと同じものをたった一人で250人分背負っているその背中には、とても細かった)



――『必要悪の教会』ロンドン女子寮 早朝

ルチア「……」 コツコツコツ

ルチア ピタッ

ルチア「……」 コツコツ……

オルソラ「あらシスター・ルチア、おはようございます。とても良い朝なのでございますねっ」

オルソラ「今日も朝から太陽さんさん元気で洗濯物もよく乾くのでございまして」

オルソラ「ですかルチアさん、いつのまにかこんな冷たくなってしまわれたのでしょうか……?」 ペタペタ

ルチア「おはようございます、シスター・オルソラ。あとあなたが話しかけているのは青磁のツボであり、私はこっちです」

オルソラ「あら、私としたことがうっかりでございますねっ!」

ルチア「まぁ……概ねは同意いたしますが、衝動買いした人間大のツボを持て余し、廊下に飾っているシェリーさんにも非はあるかと思います」

オルソラ「まぁ!シェリーさんもいつのまにこちらへ?」 ペタペタ

ルチア「ですから、それは、ツボです。購入以来一度も使われずに進路妨害のオブジェとして置かれているだけの」

オルソラ「それで?管理人室前で行ったり来たりと、先程から挙動不審な理由とはなんでございましょうか?」

ルチア「よく観察していますね!人とツボを間違える割りには正確に!」

オルソラ「……あぁ!そういう!」 パチンッ

ルチア「まだ何も言っていないのに邪推するのはお止めなさい!」

オルソラ「あ、いえ今のはシェリーさんが小声で私に『聞かれたくないことの一つや二つあるだろ』と」 ペタペタ

ルチア「彼女が言いそうなことですが、それは、ツボです。意思疎通をする前によく顔を洗ってきたら如何でしょうか?」

オルソラ「あ、私のことはお気遣いなく。ささ、どうぞ存分に!」

ルチア「野次馬根性が過ぎますよね!誰の影響が分かってしまいますし、間接的にごめんなさいを言うのはこっちだと理解していますが!」

ルチア「というか誤解です!あなたが想像しているようなことは何も!」

オルソラ「はぁ、そうなのでございますか?それは大変失礼なことを……」

ルチア「あ、いえ!謝罪されるほどのことは何も!」

オルソラ「では何をされていたのでしょうか?何度も廊下を往復されていますし、多少不審だったのは本当でございまして」

ルチア「えぇと、ですね。大したことではないのですが……その」

オルソラ「はい」

ルチア「彼を、起こそうかな、と思いつきまして」

オルソラ「あらあらまぁまぁ、それはそれはとても良いことでございます!是非ともそうされるべきかと!」

ルチア「……理由は、聞かないのですか?」

オルソラ「私の友人たちが仲良くされそうとするのに、何か理由が必要でしょうか?」

ルチア「……いりませんね。きっと」

オルソラ「聞いてほしい、と仰るのであれば否やはありませんが、言葉というのものは摩訶不思議でございまして」

ルチア「また飛びましたね、話が」

オルソラ「いいえ。まだそれを最初に聞くのは私ではなく、誰か適任がいると思っただけですね」

ルチア「そう、ですね。はい、シスター・オルソラの言はもっともです」

オルソラ「うふふー、今日はなんていい一日なのでしょうか」

ルチア「はぁ……」

???『――誰か!取り次ぎを願いたい!』

オルソラ「『はいはーい、今参りますのでー!』――と、私はお客様のおもてなしをするので失礼いたしますのですよー」 タッ

ルチア「……はぁ。出鼻を挫かれたような……まぁいいです」

ルチア(シスター・アガターに指摘されましたが、私の偏見で彼らキツく当たっていたのも事実……いわれのない、不当な扱いをしてしまった)

ルチア(理解したい……とは、思いませんが、こちらに非があったのは事実。それを謝罪するのに当然のことです)

ルチア(笑われるかもしれませんが、あぁいやきっと笑われるのでしょうね)

ルチア(『そうなの?ごめん俺全然気づいてなかったわ』とか言って……ふふ)

ルチア「……」

ルチア「……おや?テンションが少し、おかしいような……?どうしたのでしょうね……?」

ルチア「まぁ……いいでしょう。事務的に、心を動かさないように」 コンコン

『……』

ルチア「『おはようございます。シスター・ルチアですが入っても宜しいでしょうか?』」

上条の声『ふぁ……はぁぁ……はぁい?……誰だって?』

ルチア「『ルチアです』」

上条の声『あぁうん……開いてるから、どうぞー……』

ルチア「――失礼します」 ガチャッ

上条「……おはようございます、つーか起こしに来るにしても早いと思うんだが……」

ルチア「……」

上条「やー……まぁ、早起きは三文の得?……朝に仕事しちまおうって気分あるんだけど−、たまにはゆっくり寝たいって言うかさ」

ルチア「……」

上条「てか今日の食事当番……俺じゃなかった筈だぜ……ってさっきからどしたん?」

ルチア「あ」

上条「あ?」

ルチア「――あ、あなたという人は!ッ?一体何をやっているのですかっ!?」」

上条「ど、どうした朝一で!?俺がなにしたって言うんだよ!?」

ルチア「まだ白を切るつもりですか!?白々しい!」

上条「落ち着けルチア!なんか日本語がおかしくなって上手い事言おうとしてスベってる噺家みたいになってるから!」

ルチア「これはどういうことですか!私に納得いくように説明してご覧なさい!申し開きができればですが!」

上条「これ?いやだからこれってなんだよ?」

ルチア「ですから――そちらの!」

上条「こっち?俺の寝てるベッド何があるっ――」

アニェーゼ「…………すぅー…………」

上条「……あるぇ……?」

ルチア「激怒しない理由が、まず、ないですよね?」

上条「待って下さいよシスター・ルチア!俺には憶えがないんですってば!」

ルチア「だから白々しいと言っているのです!若い男女が一つのベッドで寝ていれば情事の後以外に何があるっていうんですかっ!?」

上条「その考えはおかしい」

アニェーゼ「……パパぁ……」

ルチア「しかも初めてで高度なプレイにまで及んで!……可哀想なシスター・アニェーゼ……!」

上条「お前の中の俺ってスゲーな!女子寮で後先考えずにエ×行為に耽るだなんて、分厚いゲームの主人公だってもっと慎重だわ!」

ルチア「私は知っていますよ!男性というのは下半身で考えるんだって!」

上条「その男性像はまぁまぁ合ってる。ある意味核心部分とも言える」

上条「……いやだから待ってくれよ!これには事情があるんだよ!」

ルチア「……聞きましょうか。私を納得させるものでなければ……分かっていますね?」

上条「なんだその脅迫超怖い。じゃなくて、昨日はアニェーゼ迎えに行ったじゃん?」

ルチア「聞いてます」

上条「で、日付変る頃になっちまっててだな。この部屋って入り口から一番近いだろ?」

上条「だからこうアニェーゼが『部屋帰るの面倒ですんでベッド借りますね』って言って占拠しやがったんだよ!」

ルチア「……成程。確かに意外と横着なシスター・アニェーゼなら言いそうなことですが……」

上条「だろっ!?」

ルチア「しかしあなたが一緒になって寝る必要は、というかむしろ率先して出てくべきでは?」

上条「いや俺も疲れてたんだよ?だから『お前はソファで寝ろや』、『いいやここはレディファーストで』とか問答になっちまって」

上条「最後は『まぁ手ぇ出す甲斐性もねぇんでしょう?』って……!むしろ被害者は俺だよ!プライドがズタズタだもん!」

ルチア「そう言われてみれば……」

上条「だろっ!?自分で言うのも悲しいが、だから俺は無ざ」

アンジェレネ「……も、もう食べられませんよぉ……ぐへへへ……」

上条「あ、そういやもう一人いたっけか」

ルチア「――荷物を持って出てお行きなさいこの悪魔め!」



――食堂

アニェーゼ「いやー、すいませんねご迷惑かけて」

ルチア「全くですシスター・アニェーゼ!いくら相手がちょっとアレだからと言っても、男は男なんですよ!?」

上条「ねぇアレってどういう意味?お前も言葉濁すだなんて、俺はどんな風に怖れられているのか?」

アンジェレネ「そ、そんな甲斐性がある訳が――い、いひゃいいひゃいいひゃいですよぉっ!?」 ギギッ

ルチア「お黙りなさいシスター・アンジェレネ!相手が甲斐性なしだったから事なきを得ただけなんですからねっ!?」

上条「なぁ、そろそろ俺怒っていいかな?紳士的な振る舞いしか見せてねぇのに散々な言われようだよね?」

アニェーゼ「まぁ言いっこなしですよ。若いシスター二人と同衾だなんて、役得でしょうに」

上条「てかお前昨日あぁいやもう未明か!帰ってくる途中キメ顔で『余計なお世話ってもんなんですよ』とか言ってたじゃん!」

上条「キメた後に!その相手に甘えるのってアリなの!?俺はそういうの良くないと思います!」

アニェーゼ「それはそれ、これはこれで一つ」

???「――で、だ。笑ったのがローマの連中だな、あの馬鹿者ども雪中装備もなしに行軍してきたのだぞ」

オルソラ「そうなのですか?」

???「まぁローマの精鋭も北の地の作法は知らぬ。命を対価に教えてやったがな」

オルソラ「あぁですから後の歴史書にはそう書かれているのでございますか。流石、当事者の方の証言は金言そのもので」

???「ふふん。女よ、誉めるがよい」

上条「おいテメー俺のオルソラに何言ってやがんだ」

アンジェレネ「そ、その所有権を主張するのが気持ち悪いって言いますか……」

上条「あぁごめん。お客さん来てたんだ?」

オルソラ「えぇと、はい。広義ではお客様ではあるのですが、狭義では招かれざる客、とも言えまして」

上条「どゆこと?訪問販売?」

オルソラ「いえ、あの……こちらがイギリス連邦で絶賛指名手配中の」

ヌァダ(???)「ヌァダだ。見知りおくがよ――」

――ザァン……ッ!!!

上条(自己紹介もそこそこに、俺が目の前の子供の名前を認識するよりも早く)

上条(寮の壁ごと切り込んで来やがったのは、残念ながらまた関係者だった)

ヌァダ「技量は十人並み、得物も平凡、そもそも殺気がただ漏れで朝駆けの意味もなし」

ヌァダ「――が、初手から斬り殺しにかかっている!その意気や良し、名乗るがよい!」

キャーリサ「黙れ下郎。こっちはこの国の国家元首の娘だし」 ジャリッ

ヌァダ「ほう、そしてその器量か……いやはや惜しいものだ。その胆力、他人の妻でなければ娶ったものを」

キャーリサ「――――――あ?」

ヌァダ「うむ?」

騎士団長「貴様ッ!無礼な事を言うな!こう見えてもキャーリサ様は独身だし、外見がキツすぎて男性と付き合ったご経験すら皆無だ!」

騎士団長「いざとなったら血統書を笠に着て下位貴族との婚姻という手もあったのだが、この前のクーデター未遂を起こして絶望的になったんだぞ!」

騎士団長「そんなキャーリサさまの心情を踏みにじって!神が許しても私が許さん!」

キャーリサ「おい、誰でもいい。この味方面した無礼者の首を刎ねよ。褒美はなんでも取らせるし」

ヌァダ「あぁいやその、えーと、私が王であった時代というのは今よりももっと短い生であってだな」

キャーリサ「そして気を遣うなし!リアルで悩んでるように思われるし!」

上条「おいバカども。人んちの玄関と壁ぶっ壊しといて雑談中申し訳ないんですが、余所でやれ、余所で!」

上条「てか朝からイベント目白押しでこっちは一杯一杯なんだよ!どうせ来るんだったらアポ入れなさいよ、アポイントメントをね!」

ヌァダ「知らぬ。私が貴様に合わせるのではなく、貴様が私に合わせればよい」

キャーリサ「文句ならこいつに言えばいーし」

騎士団長「ちょっといいところを見せて神裂さんにアピールしたいです」

上条「あぁもうどいつもこいつも!特に最後のヤローは私欲じゃねぇか!」

アニェーゼ「あの……いつもの空気で果敢にツッコむのもどうかと……」

上条「(いいんだよ!俺たちが時間稼いでいる間に……)」 ボソッ

アニェーゼ「(シスターは退避ですね。大丈夫、イギリス清教から斬り捨てられたときのために予行演習は何度もやってますから)」 ボソッ

上条「(なんつー悲しい理由だ。まぁそのぐらい強かな方がいいけども)」 ボソッ

ヌァダ「――さて。お互いの立ち位置も分かったところで続きとするか。こちらは話し合いに来たつもりなのだが」

キャーリサ「ならまずこっちの霊装を返すのが先。話はそれからよ」

ヌァダ「と、言っている以上、平行線よなぁ……くく、仕方がない仕方がない!」

キャーリサ「負けたら私は嫁ぐし」

ヌァダ「すまん、この体はまだ精通が来ておらぬのだ。故に妻を娶るわけには行かぬ」

上条「ネタにマジレスすんなよ!」

ヌァダ「ボトルシップを作るのに、中の帆船が瓶より大きくてはいかないだろう?」

上条「なんの話……?」

ヌァダ「逃れられぬ宿命の話よな。どれ、邪魔者は退場願おうか――」

オルソラ「あのー、ご歓談中に失礼するのでございますよ」

ヌァダ「――む?今立ち込んでおる、後にするがよい」

オルソラ「いえ、緊急の用でして、宜しければ聞くだけでも聞いて頂ければと存じますので」

ヌァダ「緊急とな。何か?」

オルソラ「――たった今サックサクのスコーンが焼けたのでございます」

上条・キャーリサ・騎士団長「は?」

オルソラ「勿論冷めても美味しゅうございますが、ジャムをつけて一刻も早く召し上がるのが最善かと」

ヌァダ「……ぬぅ!ジャムとな?」

オルソラ「ございますですよ。本日は日本のアイヅからお取り寄せした蜂屋柿というブランドものでして」

ヌァダ「KAKI?果物なのか?」

オルソラ「えぇ生で食べると渋くてとても口にはできませんが、ドライフルーツにすれば濃厚な甘味とゼリーのような食感が美味しゅうございます」

オルソラ「またその味と質の高さから、極東のいと尊き方へ毎年献上されるという一品でございますね」

ヌァダ「そうか……ならば頂こうか」

オルソラ「かしこまりました。それではキャーリサ殿下も朝食は召し上がったので?」

キャーリサ「まだ、だし」

オルソラ「でしたら皆さんご一緒にいただきましょうか!ただいま用意致しますので、テーブルの方を片付けて置いて下さいませ!」 タッ

上条「えーっと……あれ?あれって天然か?それとも計算か?」

アニェーゼ「どっち……なんでしょうかねぇ。どっちでもアリはアリですが……」

アンジェレネ「ま、前に……シェリーさんが『この寮で一番怒らせてはいけないのがオルソラ』って言ってた意味が、な、なんとなく……?」

ルチア「ちょっとした魔法を使われた気分ですね」

キャーリサ「おい下郎ども手伝うし。労働なき財は罪らしーぞ?」

上条「原因作ってんのはお前だよ!斬り込むにしたってワンクッション入れろや!」



――『必要悪の教会』ロンドン女子寮 やや早朝

上条「――『ショートコント・異世界に転生したと思ったら実はしてなかった件について』」

アニェーゼ「それただ普通にノタレ死んだだけですよね?もしくはトラックに轢かれて見たソーマトー」

ルチア「信仰的に転生するのはブディズムの教えなのですけど」

アンジェレネ「そ、そしてこの重い重い空気の中、あえて空気を読まずボケを敢行する度胸はSAMURAI……!」

上条「いやー、今日は変な夢見ちゃってさぁ。朝からアニェーゼとアンジェレネとルチアとイベントがだな」

オルソラ「アテンション、アテンションー。右手をご覧くださいませー、そちらが十数分前にキャーリサ様がお空けになった風穴でございますよー」

上条「夢なんだ!俺はまだ寝てるだけなんだ!」

アニェーゼ「てこれ穴ってレベルじゃねぇですよね。コンビニに軽トラがアクセル全開で突っ込んだ破壊痕」

キャーリサ「あぁ今どっかのバカのお陰で『セカンド』が使えないし。代替品は騎士崩れの剣しかなかったし」

騎士団長「レプリカとはいえ、ベイリン卿の佩剣なのですが……」

キャーリサ「重いし精度は悪いし、か弱い令嬢の手には余る代物だし」

ヌァダ「剣は腕であり腕は剣である。身の丈に合わぬ得物は自らの足を斬りかねんぞ」

キャーリサ「私の戦場は前線に立って戦働きじゃないし。”そこ”へ行くまでの全てを準備するのが専門」

オルソラ「――さて、お食事も終わりましたし、一服したところでお互いに自己紹介と参りましょうか」

ヌァダ「ぬ?しかしだな女よ、名を知らぬというのはそれ即ち敵であり、異民族と同義であってだな」

オルソラ「いいえ、とんでもございません陛下。陛下の御名を私は寡聞にして存じませんが、それでも王であるという威厳は推して知ることができました」

ヌァダ「さもありなん。この身から出る威厳は隠しようもない」

上条「ただのエッライ綺麗な子供にしか……」

アニェーゼ「しっ、黙って」

キャーリサ「その理屈でいえば私もそーじゃないとおかしいし」

騎士団長「殿下は……えぇと出ておりますよ。そちらのシスターと同様の雰囲気が」

アニェーゼ「ドS繋がりでこっちに話振りやがらないでください。まぁ初めてお目にかかったとき、『生き別れのお姉さん!?』と思わなくもないですが」

上条「その繋がりだったら学園都市にも何人かお前ら姉妹いるぞ。全員引き取ってくれ、俺の胃壁のためにも」

アンジェレネ「お、お帰りなさい。現実逃避から帰還されたんですね」

上条「あぁ。今ちょっと破壊痕見てきたら人的被害ないって、物的なものは殆ど」

アニェーゼ「エントランスが集中的にダメージを受けていますからね。不幸中の幸いかと」

上条「そうだね。ただ玄関脇にあった俺の部屋は真っ二つなんだけどね。被害が俺だけで済んでよかったよね」

上条「てか完成間近だった俺のレポートの入ってるノーパソ、最初に斬られてからコンクリに潰されてプスプス火花が散ってるのを除けば、まぁ被害がなくてよかったよね」

アンジェレネ「あ、あぁ火事になりそうなので水かけておきますね」 ジュュュュュッ

上条「トドメ刺すなよぉ!?まだ然るべきところに持っていけばサルベージできるかもだったのに!?」

アニェーゼ「人間諦めが肝心とも言いますがねぇ」

オルソラ「――なのでどうか、その玉名を耳にする栄誉を賜れば幸いなのでございまして」

オルソラ「それに合縁奇縁と申しますし、昨日の敵は今日の友。一緒に饗された者を斬って捨てるのは、王のなさりようではないかと愚考するのでございますよ」

ヌァダ「庵主にそう諭されては是非もなし。業に入っては、という言葉もあることだしな」

上条「あんじゅ……?あぁ知ってる。竜がノーマで悪役が気持ち悪いやつ」

アンジェレネ「そ、それはクロスアンジ○であり、百合の香りがするものを的確にサーチするのはどうかと思うんですけど……」

上条「あれ凄いんだぞ。『イケメンだったら何したって許されるけど、この気持ち悪さは無理』ってなったんだからな」

アニェーゼ「というかここの寮の責任者は神裂さんであって、この方がぶっ飛ばしたというのはスルーするんですね。知ってましたけど」

オルソラ「それでは順番に参りましょうか。私はオルソラ=アクィナスと申します。ローマ正教所属のシスター、えぇと何と申しましょぅか」

ヌァダ「巫(かんなぎ)であろう?」

オルソラ「多少誤解はあるでしょうが、ある教派においては神の妻とされますし、そのご理解で適当かと」

上条「(……ちょっといいか?)」

アニェーゼ「(緊急じゃなっきゃ後にしてほしいとこですが、なんですかい?)」

上条「(この子供思いっきり日本語話してんだけど、お前らにはどう聞こえる?)」

アニェーゼ「(私にゃミラノ訛りの気取ったイタリアンに聞こえます)」

アンジェレネ「(わ、わたしはフランス語……へ、変だなぁって思ったんですけど。し、シスター・ルチアはどうです?)」

ルチア「……」

アンジェレネ「(あ、あのー……?)」

ルチア「(す……いません、考え事を少し。どうしましたか?)」

アンジェレネ「(な、何語に聞こえますかねぇ、って話ですよぉ)」

ルチア「(……故郷の言葉に聞こえますね、私も)」

アンジェレネ「で、ですよねぇっ!」

オルソラ「と、元気なのがシスター・アンジェレネ、お隣の方がシスター・アニェーゼとシスター・ルチアでございます」 ニコッ

上条「あ、オルソラ超笑顔で怒ってる」

アニェーゼ「まぁそりゃ怒ってもんですが――えーと、どうも初めまして」

ヌァダ「エイリークの遙か遠き娘か。かつては私と覇権を争ったものだが……因縁奇縁とはよくぞ言ったものよな」

アニェーゼ「エイリーク、ですか?」

キャーリサ「グリーンランドを発見し、アメリカ大陸にも渡った”赤毛”のエイリーク。有名なヴァイキングの一人だし」

アニェーゼ「はぁ。多分お人違いをされてんじゃねぇでしょうかね」

ヌァダ「やもしれんが、分からんぞ?」

オルソラ「それでこの寮にお住まいの唯一の男性であり、えーと」

上条「俺だな」

オルソラ「肩書きは……ツッコミ役、でございましょうか?」

上条「寮母だよ!自分で言うのもなんか変な気分だけど、寮母させられてんだよ!てかオルソラにそう思われてれたのがショックだ!」

ヌァダ「寮母――あぁそうか!すまぬ、てっきり男かと思っておった。平たい顔は区別がしづらくてな」

上条「それで合ってんだよ意外と天然な王様。いるか、こんな頭した女の人」

オルソラ「数十年前のパンクブームのアーカイブスにはそこそこおりましたが」

上条「てか次首脳会談するときまでには、面白格好いい肩書き考えとかないと……!」

アニェーゼ「どんだけ格好良くても急増できる段階で(自称)ですけどね。その機会も永劫に来ませんって」

ヌァダ「ヌァダでよい。敬語も敬称も不要だ」

オルソラ「宜しいので?」

ヌァダ「尊敬を集めるのは肩書きに非ず。我が言動が相応しいと認めたその暁には、膝を折って旗下へ入るがよい」

オルソラ「さようでございますか。ではこの東屋あずまやで暮らす者の代表は以上となります」

オルソラ「そしてゲストのお二方、このお美しい女性が現在この国を治められている尊き方のご令嬢であらせられまして」

キャーリサ「キャーリサ。こっちは護衛の……お前、名前なんだっけ?まぁいーし」

騎士団長「……」

オルソラ「キャーリサ様のご発言はこの国の総意ととらえて宜しゅうございますか?」

キャーリサ「それは言い過ぎだし。ただババア――国家元首の言葉と思ってくれていーわ」

上条「(なぁなぁ、なんかオルソラが知らない人みたいで疎外感半端ねぇんだけど)」

アニェーゼ「(伝導・布教用の聖女仮面ですね。つーかオルソラ嬢の怒りゲージが溜ってるんで雑談は控えましょう)」

キャーリサ「――で、自己紹介が終わったところで大事な確認を取りたい」

オルソラ「はぁ、確認でございますか?」

キャーリサ「私にもこれだけは譲れないものはあるし、嘘偽りを述べるのは許さない。返答如何によっては戦争になると思ってほしいし」

ヌァダ「平和的に解決できねば暴力的に解決。どちらも好みだ」

キャーリサ「気が合うし――おい!」

騎士団長「ハッ!王よ、臣下たるこの身ではありますがどうか直言をお許し下さい!」

ヌァダ「構わん」

騎士団長「ありがとうございます。では我が主に代りまして問いたいことがあります。それは――」

騎士団長「――ご趣味は?」

上条「お見合いか」

騎士団長「あと年上の女性にご興味はおありでしょうか?」

上条「だから婚活やってんの!?そういう場じゃないだろうがよ!」

アンジェレネ「つ、ツッコミ役を無難にこなしていますけと……」

ヌァダ「道化師だったか。化粧をせねば諫言できぬ臣下を持たぬ時点で王たる資格なし」

キャーリサ「お前ウルサイし。こっちはジョークじゃなく真面目に聞いてるし」

上条「余計タチ悪りぃよ!俺の現実逃避の方がまだ建設的に見える!」

キャーリサ「いーか?問題になっているのは『全英大陸』がどこの馬の骨とも分かない相手にぶんどられたのが発端だし」

上条「スコットランドでのテロ未遂を憶えててあげて!」

キャーリサ「未遂だろーが。起きれば独立派のカスどももIRAと一緒に首を刎ねられたんだがなー」

上条「お前、これっっっっっっっっっっっっっっっっぽっちも反省してねぇのな!清々しいわ!」

騎士団長「反省するような方だったら、最初から行動に移さないのだよ」

上条「まぁそうだけど!でもそれ言ったら俺が毎回毎回そげぶするのも無駄な努力になるんですがね!」

キャーリサ「なのでこのガキを私のミリキでミロメロにすればだな、将来的には完全版『全英大陸』も手に入るという、高度な政治的駆け引きなのだし」

キャーリサ「お前だって聞いたことぐらいあるだろー?『ノブレスオブリージュ』だし」

オルソラ「それが書かれたのはフランス語でありまして、提唱したのもイギリス人の女性俳優兼著述家が1800年代というのもツボでございますね」

上条「浸透してねぇじゃん。つーかフランスは王族37564した国じゃん」

騎士団長「……少年。これは苦渋の決断なのだ」 ポン

上条「いや、まぁ、なぁ」

騎士団長「王族に生まれたからには、というよりも立場ある家に生まれた以上、その生まれへ対する義務もまた生じる」

騎士団長「市井の者よりも恵まれている分だけ、制限もあるし義務を果たさねばならない」

オルソラ「と、現役の騎士であり貴族の方は仰っておりますが」

ヌァダ「国のために王がいる訳ではない、王のために国があるのだ」

ヌァダ「王として、為政者としてせねばならぬ事は義務に非ず。ただそれをしなければ王としての資格を失い、簒奪されるだけの話」

騎士団長「古代ならそうでありましょう。命の価値が安い時代では一瞬の判断ミスが大勢の死を招き、それが王位を退く原因になるとも」

騎士団長「ですが現代において、少なくとも王から民へと王権が委譲した国家においては、王侯貴族は規範足らねばならないのです」

ヌァダ「哀れよな。民草全員が王のように思考し、賢者のように曇りなき目で政治を決めねばならん。全責任が民にある」

ヌァダ「何も考えず何もかも王の責任とし、哀れ哀れと物乞いをしていればそのよなう労苦はなかったのだ」

オルソラ「まぁそちらは時代の流れと申しましょうか。いまだに王ならずとも”Principle”が人の上へ立つ国家もございまして」

騎士団長「したがってキャーリサ様も王女としての役目を果たさねばならぬのです。それが務めでありますから」

上条「で、本音は?」

騎士団長「キャーリサ様は王族だ。独身を通すわけにもいかないし、かといって下手なところへはやれない。特に海外の王族なんて以ての外だ」

騎士団長「だから国内で適当な相手を探す必要がある。だがクーデター未遂の主犯、大抵の相手は尻込みする。時間的な誓約も含めて、だ」

キャーリサ「最後の、いるか?歳もお前とほぼ変らないし」

上条「それだったら、てか政治的なあれこれと距離起きたいんだったら王族から離れればいいんじゃね?落ち目のアイドルが実業家捕まえるのと一緒で」

アニェーゼ「日本のアイドルもどきと王族の方を同レベルで扱うのは、流石に……」

騎士団長「いや、私も実はそう思うのだよ。キャーリサ様はもう前回の内戦で義務を果たされた。政治とは別のところで幸せになってほしいと」

上条「ならいいじゃんか」

騎士団長「で、聞きたいのだがね、この暴れ竜を御せる民間人が世界中どれだけいると思うかな?」

上条「あー……」

騎士団長「下手にどこかの実業家にでも嫁がしてみろ。数十年後には経済的を裏から支配する財閥かできあがる」

キャーリサ「人を悪の組織みたいにゆーなし。まぁ、そんな面白い嫁ぎ先だったらするけど」

騎士団長「なのである程度の家柄を持ちつつ手綱を握れて監視でき、かつ王室からの拒否権を持てない手頃な相手が必要なんだ……!」

上条「あー、その条件に当て嵌まるのってお前――」

騎士団長「私の家と未来がかかっているのだ!偉大なる王よ!どうかこの行き遅れを娶って頂きたい!」

キャーリサ「よーし貴様、事件が落ち着いたらアックアと同じ牢へ繋いでやるし」

上条「そのご近所にお前いるだろ。もう結婚しちまえよ面倒臭い」

オルソラ「それとご実家でしたらむしろ家格が上がりますし、諸手を挙げて喜ぶかと」

上条「義務を果たせよ、義務を」

ヌァダ「中々に興味深い話題であったが、残念なことに王女殿の求婚を受けられん」

キャーリサ「なぜだし?おねショタも辞さないと言っておく!」

上条「辞しろよ。イギリス王室の品位が暴落してんのはいいのか」

ヌァダ「というか恐らく、私の成長を待つまで世界は続かん。そこまで余裕もないだろう」

騎士団長「何を……?」

ヌァダ「特に何と言うほどのことはない。戯れ言だ、聞き流すがよい」

オルソラ「まぁご求婚の義は粛々と進めたり進めなかったすると致しまして、この場にいる者のほぼ総意として承りたく存じます」

ヌァダ「ふむ」

オルソラ「ヌァダ、と我々がケルト神話と呼ぶ神の名前を名乗られるあなたは、一体どこのどちら様でございましょうか?」

ヌァダ「――”それ”だ」

オルソラ「はい?どれでございましょうか?」

ヌァダ「神話に謳われる銀腕、アガートラムの二つ名を持つ義腕の英雄とは私の事だ――」

ヌァダ「――と、言ったら信じるか?」

上条「いいや。頭オカシイと思う」

アニェーゼ「即答!?」

ヌァダ「で、あろうな。私ももし怪力乱神を説く道化がいるなら斬って捨てよう。人心を不要に乱して得をするのは不心得者のみよ」

アンジェレネ「あ、あのぅ……それだったらわたし達がジェノサイドされるんで――」

ヌァダ「あぁ”いた”ぞ。彼奴は」

アンジェレネ「――す、が…………へ、へっ?」

ヌァダ「十字教の使徒とは何度か”やって”いる。開祖は知らんが、その僕は実在している」

アニェーゼ「ちょ――っと待って下さい!時系列的には聖コロンバですかい!?」

ルチア「まさか!シスター・アニェーゼ、嘘に決まっています!」

キャーリサ「浮き足立つな小娘ども。鬱陶しーし」

アニェーゼ「ですが……もし本当であれば!」

ヌァダ「まぁそこだな。問題なのは」

上条「そこ?」

ヌァダ「私は少しばかり昔の記憶を持っている。貴殿らからすれば十数世紀ほど前になる」

ヌァダ「だが、それだけだ。本当に私がその当時生きていた人間なのか、はたまたよくある某かの生まれ変わりと称する香具師なのか。区別がつかん」

上条「……たくさんいるんだっけか。ジャンヌ=ダルクの生まれ変わり」

キャーリサ「公式は地下に一人だけだし。あんなのがホイホイいたら国が幾つ滅んでもおかしくないし」

ヌァダ「私もその類かもしれぬ」

騎士団長「とは仰いますが。こちらがあなたの身元証明するのもおかしな話ですけれども、剣の技量は一長一短で身に付くものではなく」

騎士団長「そして『全英大陸』を容易く掌握する魔術の業、それはとても外見相応のものではない。違うでしょうか?」

ヌァダ「あの程度の児戯を誉められても嬉しくはないが」

キャーリサ「だから”こちら”としてはあなたが本物だろーが、偽物だろーが脅威は脅威だし。重犯罪者引っ張り出して捨て駒にする程度には」

キャーリサ「とゆーか、駆け引きも交渉も面倒臭いからぶっちゃけると、『全英大陸』返せ」

騎士団長「キャーリサ様!?」

キャーリサ「仕方ないだろー?このカギが主導権持ってるのは間違いないし、どんな切り出し方だって足下を見られるし」

ヌァダ「構わん」

キャーリサ「……はぁ?」

ヌァダ「返す、という言い方は業腹だが、随分前に手放した術式だ。手放しても構わないと言っている」

キャーリサ「……こいつ、思った以上にバカなのか?」

騎士団長「口を慎め!見た目は子供だが国一つ潰せる術式持っているんだぞ!」

ヌァダ「――口を挟むな従者如きが」 ザンッ

騎士団長「……空間切――」

パキイインッ……ッ!!!

ヌァダ「見事、打ち消したか」

上条「黙って話も聞けねぇのかクソガキが!」

ヌァダ「よいのだ。王女とその兵士は最初から斬られに来ているのだ」

上条「あぁ!?」

ヌァダ「兵法において最悪と言われるのが戦力を小出しにすることだ。必殺の気概で望むのならば使えるだけの全戦力を以て屠る」

ヌァダ「まさかこの二人がこの国の戦力の全て、とは言わんだろう?一太刀入れて通じなかったから剣を引く、というのも考えにくい」

上条「……」

ヌァダ「出方を見に来ているのだ、この私のな。『話は通じるのか?善悪は分かるのか?何を基準に動いているのか?』」

ヌァダ「『そしてどこまでが”アリ”で、どこまでが”ナシ”か?』を見極めに。それで斬られても構わんとな」

上条「そんな、事って……!」

ヌァダ「侮辱は許さんぞ葦束の民よ。この者どもは命を捨てて見極めに来た。その覚悟は誰に強制されたものでもないだろう」

上条「だってよ!」

ヌァダ「それが気に食わないのであれば貴様が娶ってやれ。それだけでこの娘の重荷は大分減る」

上条「真面目な話してんだよ!多分!俺は!」

ヌァダ「まぁそうだな。真面目な話をしている――が、付き合ってやる必要もないのだ」

上条「あ?」

ヌァダ「相手の思惑など知らぬ。この者どもの覚悟も分かってなどやるものか。私は好きなようにするだけだ」

ヌァダ「斬られに来た自殺志願者の首を刎ねても面白い筈もなし。天邪鬼な性分でな。命じた者を狩るのは吝かではないが」

キャーリサ「あぁそれはカンタベリーの妖怪ババアだな。是非斬ってくれ」

騎士団長「殿下!」

ヌァダ「話が逸れたな。すまぬ女よ。茶を用意してはくれまいか」

オルソラ「はい、ただいまお持ち致しますのですよ」

ルチア「お手伝い致します」

上条「……なんだったんだ一体」

アニェーゼ「まぁ、アレじゃないですかね。上条さんが止めなくっても、実は寸止めして『次はない(キリッ)』とか言うつもりだったんじゃ?」

上条「っだよそれ!俺が一人恥ずかしい思いしただけかよ!」

ヌァダ「まぁそう責めるのも酷よな。一見ズブの素人が抜き打ちを止めてみせたのだ」

アンジェレネ「そ、そういえば、そんなに反射神経よかったんでしたっけ……?」

ヌァダ「ではない傾国の血統よ。構えていたのだ」

アンジェレネ「は、はい?」

ヌァダ「椅子に深く座らずカカトをつけずにやや前傾姿勢。私が不穏な動きを見せれば体を呈して庇うつもりだったのであろうよ」

ヌァダ「気をつけるがよい、剣を嗜むものが見れば臨戦態勢だとすぐに悟る」

上条「余計恥ずかしくなかったじゃねぇかコノヤロー。そういうのは分かってても言わないのがオモテナシなんだよ!」

アニェーゼ「違うと思います、それは」

上条「ったく――ん?」

キャーリサ「……」

上条「なに?どしたん?」

キャーリサ「ふ、ふつつか者ですが……!」

上条「フラグ立ってねぇわ!そういうつもりで体張ってんじゃないんだよこっちは!」

騎士団長「大丈夫だ!煩雑な手続きは私が全て責任を持って引き受けよう!」

上条「お前はお前で必死すぎるんだよ!ちったぁ主なんだから気を遣え!」



――『必要悪の教会』ロンドン女子寮 朝

ヌァダ「――飽きるのだ。結論から言えば」

上条「端折りすぎだろ。どっから再開させてんだ」

ヌァダ「貴殿らが『全英大陸』と呼ぶあの術式、私が嘗て持っていたときは『魔眼バロールバロル・ゼブル』だったものだ」

上条「どんな魔術なんだ?俺実は『全英大陸』もよく知らないんだよな」

ヌァダ「ほう。そちらの二人が捨て駒覚悟だったと聞き、今更責任を感じて積極的に話へ参加しだした少年よ」

上条「余計な事は、言うな」

キャーリサ「その術式を把握している方の前で話すのは、なんとも複雑な心境だし。おいダーリン、この国の歴史はどこまで知ってるし」

上条「ダーリンが誰を指すのか分からないが、宗教改革と産業革命を早く起こした国ぐらいか」

オルソラ「宗教改革はヘンリー8世でございますね。ローマ正教から決別し、イギリス清教を興した方でございます」

騎士団長「政治的な手腕は……まぁそれなりだった方だ。そこそこは」

上条「なんか奥歯にモノがつまり出しやがりましたね。まぁそういうときは大体分かってんだけど。オチがね」

キャーリサ「助平なクソヤローだし」

上条「でっすよねー」

オルソラ「『絶対的な権力を持ったローマ正教から脱却させ、真の意味で独立した国になった』――と、ある教科書には書かれております

オルソラ「しかしながら当時のローマ正教はルターの宗教改革真っ只中、別に離脱などしなくてもその影響力はたかがしれておりまして」

騎士団長「立場上フォローせざるを得ないのだが、イングランド国内にあった教会資産と領地の没収をされた。経済的には流動性をだな」

キャーリサ「けどあのバカのお陰で、スコットランドやアイルランドと長い長い確執が始まったのだし。負の側面が大きすぎる」

騎士団長「……と、表の評価は実に辛辣ではあるが、裏ではかなり高い評価を受けている。それが」

上条「『全英大陸』」

騎士団長「そう。その術式を構築されたお方であり、この国の防衛の柱として数百年以上貢献されていると言っても過言じゃない」

キャーリサ「”それ”は罪悪だし」

騎士団長「と仰られているが、まぁそれはさておくとしよう。その原理なのだが」

アニェーゼ「あの、私らも聞いていいもんなんですかね?」

騎士団長「構わないとも。ローマ正教ではとっくに分析済みだろうしね」

キャーリサ「『神の右席』なんぞそのままだし。どこも似たようなコンセプトで運用している術式がある」

騎士団長「まず臣従儀礼は知っているかな?君主へ臣下が立てる誓いというかね」

騎士団長「イメージとしては騎士が君主の前で跪き、君主が『剣を与え自らのための振え』、と誓約するような場面だ」

上条「割とフィクションで見る。てか騎士道のイメージってそんなんだよな。『あなたが私のマスターか』的な!」

アンジェレネ「そ、それも違うかと……騎士で君主ですし、あの方は」

キャーリサ「実はあれ、『君主へ臣下が絶対の忠誠を誓う”んじゃない・・・・・”』し」

上条「……はい?」

騎士団長「今では”そういう”、君が言った解釈が一般的なのだがね。原義は全く別のものだ」

上条「い、いやでもさ?結局あれって『王様のために頑張ります』宣言じゃん?ぶっちゃければさ。それが違うってどういうことだよ」

オルソラ「まず前提としてこの国の王はどなたでございますか?」

上条「エリザードさんだな。違ってたら逆に怖い」

オルソラ「さようでございますね。騎士団長さんが臣下の誓いを立てられたのも」

騎士団長「そうですね。エリザード様です」

上条「思いっきりクーデター起こしてただろ。契約違反か」

オルソラ「――と、言われてると”そうでもないかも?”という考えがございます」

上条「どゆこと?」

オルソラ「エリザード陛下はイギリス連邦の君主。ではその統治はどなたによって正当だと認められたものでしょうか?」

上条「どなたって言われてもな。今の主流だと国民?」

オルソラ「いいえ、いと高き方でございますよ?」

上条「……神様?」

騎士団長「日本語で言えば王権神授説、だったか」

上条「あぁ知ってる。『王様が偉いのは神様から権力貰ったんだから文句言うなよ』って権威づけ」

オルソラ「物事の一部分を切り取った見方であり、決して嘘偽りではございませんが、それだけではございません」

上条「いやだから」

キャーリサ「教会権力、具体的にはローマ正教が中世から近世にかけて異常な権力を持っていたのは、どーしてか分かる?」

上条「偉い人だったから?」

キャーリサ「そーね、偉い人だったし。というか大丈夫か日本人?そんな曖昧な知識で殴り込んだ来たのか?」

上条「『誰を助けるのに理由がいるかい?』」 キリッ

オルソラ「他人様のキメ台詞の無断拝借はさておきまして、当時の教会には聖職叙任権がございまして」

上条「それ確か今も持ってなかったっけ?ローマ正教の聖職者の任命ってバチカンが握ってるって聞いた」

上条「まぁ……規模はともかく、一宗教団体なんだからそんなもんじゃね?って感想だけどさ」

オルソラ「私も概ね同意ではございますが、当時はやはり政教一致が当たり前のようになされてる時代でして」

上条「政教”一致”?」

キャーリサ「どこどこの君主兼ローマ正教の司教みたいな感じだし。領地と爵位を持った聖職者がザラにいたと」

騎士団長「極端な話ですが、ある国である諸侯が教皇へ自身の領地と領民を寄進したとしましょう。するとそこは教皇領となるんだ」

上条「え!?そんなあっさり!?」

オルソラ「その例えは多少オーバーでございますね。正しくは『教会荘園』となり、その国の聖職者が治めることになります」

オルソラ「大抵は寄進された方が『まぁ、なんてあなたは信心深き方なのでしょう!』と、そのまま任命される仕組みでございます」

上条「その任命権を握るって。内政干渉もいいとこだなオイ」

騎士団長「全てではないし、細々としたところにまで口出しはしなかったがね。イタリアが決して弱い国とは言わないが」

上条「ローマ帝国の首都だもんな」

キャーリサ「だから、全ての十字教国の聖職者の任命権、そして場合によっては教会法を持ち出して政治に介入したし」

キャーリサ「そもそもヘンリー8世の問題では、教会が”政治的配慮”を渋ったのも原因とされているし」

上条「やりたい放題だよな。今よりもずっとサーチ&デストロイの世界でさ」

騎士団長「その理由が『神授』へかかってくるのさ」

上条「教会が?」

オルソラ「はい。ですから教会が莫大な権力を誇っていた時代では、『神の代弁者たる教会が王の上に立つ』と長く解釈されていました」

オルソラ「全ての頂点に神がおわし、その下に代理人たる教会が。そして更には人の作った組織である国家が、ですね」

オルソラ「実際にそうであったかとはともかく、教会と為政者が仲良くするのはお互いにとって利がございましたので」

キャーリサ「けど教会の腐敗、信仰なき信仰者が現世利益にしがみつく様を見て失望され続け」

オルソラ「補足致しますと何回も何回もクルセイドに失敗し、絶対と思われていた教会の威厳が地に落ちたのも遠因との説もあります」

騎士団長「既存の教会とは一線を置き、かつ王による王政を始めるために必要だったのが、王権の確立、つまり――」

上条「――王権神授説……!」

オルソラ「まぁ以前からも神聖化による王権の強化は行われておりましたが、十字教化が進んでから本格的に始まったのはその頃でしょうか」

オルソラ「ですから十字教徒にとって王であっても教会であっても、所詮は『神の代理人』にしか過ぎない、という考えがございます」

オルソラ「よって騎士が主君へ誓いを立てるのも、実は”主君を通じての神との契約”であり」

オルソラ「主がその代理人に相応しくないと分かった場合、契約を破棄できる自由もある、とされていました」

上条「理解はした。いやでもそれさ、王様怒らないか?『お前誓うんだったら俺に忠誠誓えよ!』って言うんじゃ?」

オルソラ「内心は恐らくそうだったのでしょうが、流石にその本音を口に出す君主はいなかったものかと」

上条「なんで?」

オルソラ「君主にしても建前上、『私は神様の代弁者であり品行方正だ!』ですから」

上条「あぁそうか。神様の代理じゃないってことは、俺は悪い事しますよってのと同じなのか」

キャーリサ「まぁ実際には暴君暗君が各国で量産され続け、君主も臣下の方も似たもの同士であったようだしー?」

上条「悪い意味で予想を裏切らない。うん、知ってた。分かってた」

騎士団長「で、それを利用したのが『全英大陸』だ」

騎士団長「『王は神の代弁者、つまり神の如き者ミカエルである』と」

騎士団長「神は常に我らをご覧になり、常にその愛と奇跡――テレズマをお与えになられている。代理人が治めている国であれば余計にだ」

騎士団長「そうやって得られたテレズマを代理人である王が”適切”に分配し、人々は力を得るとね」

上条「あー……それをほぼ一人に集めっちまうと……」

キャーリサ「ミサイルを叩き落とし、原潜もぶち抜く”個人”が出来上がりだし」

騎士団長「だが逆に弱点もある。”代理人”である以上、不正は許されない」

騎士団長「王は代理人であって神ではない。神が依怙贔屓した存在では決してない」

騎士団長「例えば”全員へ等しく分配するはずのテレズマを、一身に受けていた”というのはやはり、神の教えに反する」

騎士団長「だからもし第三者から求められれば、”平等”に力を分配しなくてはならない。拒んだ時点で代理人である資格が失われるから」

上条「食堂のおばちゃんと同じで、スープをよそるのは”均等”が求められるわけだ」

騎士団長「とんでもなく俗っぽい例え話だが、まぁそうだな!」

上条「俺らが知ってる歴史の”表”じゃヘンリー8世はエロ根性とローマ正教から距離を取るため、イギリス清教を立ち上げた」

上条「けど裏というか、『全英大陸』を起動条件を満たすため、教会権力から手を切って”王様”が神の代理人として振舞うのが必要だった――」

ヌァダ「――という風に”解釈して・・・・解釈して”使っておったのか」

騎士団長「そう、ですね。先人はそれ以外に使いようがなかったようです。お気に召しませんか?」

ヌァダ「あれはある意味究極の欠陥品であるからして、関心こそすれ気を害しはしない。気の毒という思いはあるが」

上条「あんたの術式?霊装?」

ヌァダ「あれは”戦士”のための術式だ。それを王がどうにかして利用しようとすれば、その程度だろうな」

ヌァダ「ヘンリー某とやらが、またはその近習が見つけたのであろう。私の術式を。そして簒奪できまいかと考えを廻らせ」

ヌァダ「”分配者”として振う舞うことにより、その力を御した。それだけの話よな」

上条「意味が、うん?」

ヌァダ「王女よ、答えるがよい。戦さ場の先陣を切って、王自らが立つのはいつの時代の習わしだ?」

キャーリサ「そーね。ヘンリー8世の頃には専業軍人が登場していたし、800年ぐらい前だし?」

アニェーゼ「……あぁ、そうか」

上条「なに?気づいてないの俺だけ?」

アニェーゼ「『全英大陸』ってぇのは王やその兵士を強化する術式ですよね?『騎士派』のように」

上条「だな。でも戦った感じ、キャーリサ100でその他2〜3って感じだったけど」

アニェーゼ「考えてみてください上条さん。普通は、てかその頃の王が戦場で先陣切って戦わねぇんですよ」

上条「ヘンリーさんはよく知らないけど、まぁ武人っていうよりは政治家だよな。頭に悪徳ってつく」

アニェーゼ「だってのに”どうして王様自身を強化する必要がある”んですか?」

上条「う――ん?」

アニェーゼ「だから戦場には立たないか、立ったとしても後ろで見てるだけ人に、あんな聖人でもぶっ飛ばしちまうような術式なんて非効率的だって」

上条「あぁそうか、そうだよな!確かに強いけど、イギリスの王族全員が武闘派って訳じゃないんだよな」

ヌァダ「繰り返すが”戦士”が使う、というか。王であり戦士でもある私が使うためだけに構築した術式だ」

ヌァダ「王たる資格があったとしても、戦場に立たねば十全に効果を発揮せん」

ヌァダ「同じ”王”という属性を利用し、乗っ取ったのは天晴れと言えるが……どうせ使いこなせなかったのだろう?なぁ?」

キャーリサ「ヘンリー8世の後は……まぁ王族にとってはあまり楽しい話じゃないし」

キャーリサ「ブラッディ・メアリの内乱、スコットランドとの抗争。そしてりクロムウェルのクソ野郎に負けて、議会政治が始まるし」

上条「超強い霊装持ってる割には散々なのな……」

ヌァダ「そんな不確実なやり方で奪ったのだ。カーテナなどという触媒を必要とし、しかも贋作にまで力が分割されてしまう体たらく」

ヌァダ「そのクロムウェルという戦士も、大方切り札の術式を逆手に取って利用したのであろう」

キャーリサ「文献には載ってないけど、私は思っているし。あっさり負けすぎる」

ヌァダ「前提からしてだ。そのテレズマの分割という時点でもう怪しい」

上条「怪しい?」

ヌァダ「力があるのであれば独占しない。人一倍強欲な王が、他人へ慈悲深くも分け与えたりなどするものか」

ヌァダ「大方、腹のたるんだ中年男では到底扱えず、周囲の人間にも漏れ出した魔力で勝手に増強してしまった。それを取り繕ったのが真相だろうな」

ヌァダ「後は世代を経るごとに分割させる方法を少しずつ確立していき、現在へ至ると」

ヌァダ「そも、おかしいとは思わなかったのか?『魔眼バロールバロル・ゼブル』は見渡す限りの”領地”を支配する術式」

ヌァダ「自国の護りを固めたところで現状維持が精々。こちらから責めぬ限り痛打を与えることはできぬ」

オルソラ「蓋を開けてみれば随分話が違うのでございますね……」

キャーリサ「ま、想像だし」

ヌァダ「欠陥品故に置いていったとはいえ、何とも不可思議な使い方をしているようで何よりだ」

上条「てかさっきから気にはなってたんだけど、欠陥品なのか?そりゃまともな王様が使う分にはアレかもだけど」

ヌァダ「飽きるのだ」

上条「飽きる?」

ヌァダ「知り合いに触発されて構築したは良いがな。考えてもみよ、鋼の肉体と竜の身体能力、加えて魔術へ対する強靱な抵抗力を持ったとしよう」

オルソラ「いいこと尽くめかと愚考致しますが」

ヌァダ「最初の……そうだな、数戦は良いかもしれん。命を気にせずとも敵の首を狩れる。爽快感はあるのだ。流行りの物語であるだろう?」

上条「流行りかどうかは微妙だし、多分また学園ものと同じように廃れる思う」

ヌァダ「だが、飽きるのだ。何度も何度もしているとただの作業になる。農地に生えた雑草を刈り取るように」

キャーリサ「国家の大望、人類の宿願をなんだと思ってやがるし」

上条「話がチート使った中二のソシャゲーレベルにまで落ちてる……!」

ヌァダ「よって封じ、そのまま忘れ、帰還したら封が解かれて私に反応した」

全員「……」

ヌァダ「む、どうした?これ以上特に語って聞かせられる真相などないぞ?」

上条「全員の総意としてツッコむわ――なんだそりゃ!?雑か!もっとこう、それっぽい陰謀とかあっただろ!?」

上条「終わる世界!閉ざされた希望!最後に残った人類が挑む決死の作戦!そういう展開がないと飽きられるんだよ!」

ヌァダ「真実とは得てしてそういうものだ。そして一度パターン化してしまうと飽きると思うがな」

ヌァダ「まぁこんなところか。数百年の疑問も氷解したと思うが」

キャーリサ「そーね。できれば『全英大陸』の所有権を私たちへ戻せたら、信じてもいーし――」

ヌァダ「『――郷謳う風の声は凱歌に染みる光。斜に斜に照る葉は残雪のように戦きて』」

ヌァダ「『汝ら戴冠を請い願う竜の群れよ。力叶わず横たわる骸は己の影と知るがよい』」

ヌァダ「『銀貨を手にした罪人は暇を惜しまず勤勉に働くがよい――』」

ヌァダ「『アゲートラムの名に於いて命ず――疾く、解け』」

――ズゥンッ……ッ!!!

上条「……な、んだ……?”圧”が……?」

キャーリサ「膨大な魔力が反転?……いや、これは」

ピピピピピピピピッ

キャーリサ「『おー、どーしたババア――はぁ!?マジ……いや、聞いてたけど』」

騎士団長「……事実ですね。こちらも部下から報告が」 カチッ

アンジェレネ「い、いやーな予感しないんですけど、こ、これは」

アニェーゼ「まぁハラ括りましょう。他人様だと割り切れば、そう大変でもないですし」

上条「さっきから他人事っぽい顔して聞いてんなー、と思ったらやっぱ他人事だったのか!まぁそうなんだけどもだ!」

オルソラ「ノリツッコミでございますねー。昭和の技でございますよ」

騎士団長「まぁ、想像はできると思うが『全英大陸』が戻っ――」

ヌァダ「『――夢見の時は過ぎた、還れ』」

――ズゥンッ……ッ!!!

上条「……おい」

ヌァダ「さて、証明は終わった。ここからが本題よ、王の言葉を一言一句聞き逃してはならんぞ?」

キャーリサ「こいつ……!」

ヌァダ「昔の話なのだがな。この術式は彼奴を真似たものなのだ」

オルソラ「さっきもそう仰せでしたが、どちらのどなた様で?」

ヌァダ「知らぬ」

上条「おい」

ヌァダ「幾度名を尋ねても名乗らなかったのだ。最初から分からぬのか、後ろ暗いところでもあったのだろうよ」

ヌァダ「まぁ名など些細なことだ。大切なのは人柄よ」

上条「……いたんだ。その破滅的な性格で友達が」

ヌァダ「いや、友ではないな。忘れるぐらいの年月と回数を戦った」

アンジェレネ「強かった、んですかい?」

ヌァダ「それも否だ。弱くはなかった、だが特に強いというほどでもない。近いかで言えば……カンザキと似ていたか。あのぐらいだ」

上条「聖人級で例えに出される神裂さん……不憫な子っ!」

騎士団長「通常時の最大戦力の一人なんですがね」

ヌァダ「だが、死なんのだ」

キャーリサ「えーと……正気?」

ヌァダ「嘘など何一つない。私が何度殺しても死ななかったのだ、彼奴は」

上条「……なんだろ、これ。登場人物が胡散臭すぎて、なんてコメントしたらいいのか分からない!」

オルソラ「その方は、今どちらに?」

ヌァダ「知らん。ある日を境に姿を消して、それきりよ……まぁ彼奴はどうでもよい」

キャーリサ「不死の能力も『全英大陸』だってゆーのか?」

ヌァダ「いいや、それは奴の祝福か呪いだろう。術式として真似てはみたが、つまらぬ代物であったと証明されたまでよ。死なぬ者の生き方と同じでな」

ヌァダ「だが、そんな不死人が後生大事にしていた霊装があってな。いつか完全に殺してから奪ってやろうと思っていたが」

上条「予想以上に山賊まがいの価値観ヒデェな」

騎士団長「安心しろ少年。つい半世紀前までそう変らない!」

上条「酷さが増したよ」

ヌァダ「簒奪を怖れるならば最初から旗下へ入る以外に道はない。幕下に集う者全て我が所有物である以上、手荒な真似などする訳がない」

ヌァダ「まぁ魔術をかけて位置を把握はしていたのだ。しかし彼奴の消失と共に反応もなくなった」

ヌァダ「恋い焦がれ、とは少し趣が違えど想像以上に入れ込んでおったのだな。やりがいのない世界に見切りをつけ、この場所とは縁を切った――つもりであった」

上条「ちょくちょく世界だの場所だのって、理解不能な概念が挟まるんだが、その説明はスルーなのか?」

ヌァダ「本題とは外れるからな。語って聞かせたところでミーミルの井戸に潜む蛙に、虚数海を羽ばたく蝶の憂鬱は理解できまい」

ヌァダ「それで――反応があったのだ。千年と少しの時を経て」

上条「千年……いやまぁ話は聞こう。最後までは」

ヌァダ「日付は9月27日。場所は……地図は、こうするのだったか。ここだ」 ピッ

上条「ここって――」

ヌァダ「かつてローマ帝国があり、今ではイタリアと呼ばれている国の――」

ヌァダ「――そう、ヴェネツィアという場所にあるらしいのだ」

アニェーゼ「もし、その、宜しければ霊装の形状ってのを」

ヌァダ「あぁそうよな。形も知らぬのでは探しようがない。まぁ私が初めて見たときは筺(はこ)だと思った」

アニェーゼ「箱」

ヌァダ「そうだ。子供が端材を使って拵えたような、酷く歪で不格好な、えぇと」

ヌァダ「四角錐の筺、と言って分かるだろうか?」






――ミラノ ミラノ・リナーテ空港 昼

アンジェレネ「ん、んー!帰って来ましたよ我が故郷!ミラノはほとんど来たことがありませんけど!」

アンジェレネ「み、道に並ぶゴミ!観光客をボッタクる値札がないお店!そして口に出すと色々マズいので言いませんが、道の端で寝ている触れてはいけない人達!」

アンジェレネ「お、おおっと!あっちに見えるのはジェーラード・コン・ブリオッシュではないですかぁ!」

アンジェレネ「さ、ささ上条さん!ここは一つ旅の記念に是非召し上がってください!できればわたしの分もですね!」

オルソラ「えーと、シスター・アンジェレネ?シスター・ルチアがそろそろぶち切れになられそうなので、そのぐらいにしておかれたほうが」

ルチア「……」 ギッ

アンジェレネ「――と、というのはジョークで!さぁ急ぎましょう参りましょう高速バス乗り場へ!麗しのヴェネツィアへ!」

アンジェレネ「そ、そういえばヴェネツィアといえばティラミス発祥の地としても有名であり、本場のスイーツを楽しめますよねっ!」

アンジェレネ「ま、まぁでも発祥とは言っても1960年代に作られたお菓子ですし、原材料もヴェネツィアはそんなに関係ある訳でも――」

ルチア「――シスター・アンジェレネ」

アンジェレネ「は、はい?」

ルチア「いいですか?我々はですね、清貧と質素を重んじ、神に仕える修道女の身としてその立ち居振る舞いは他の信徒の方々の手本となり」

アンジェレネ「あ、あぁこれ長いパターンですね……」

オルソラ「機内でチャージされていたのでしょうね。怒りを通り越して御仏のようなお顔でございます」

オルソラ「さて、次はヴェネツィア行きの高速バス乗り場は……あちらでしょうか?」

ルチア「待ってください!そっちへ行くとオーストリア行きの便になります!」

オルソラ「あらあら、私とたことがうっかりさんでございます。ではこちらでしょうか?」

アンジェレネ「そ、そちらはフランス行きですね。というかどっちも『海外便』と」

オルソラ「あらあらー」

上条「……」

アニェーゼ「……」

上条「これは独り言なんだけどさ」

アニェーゼ「そうなんですかい。奇遇ですね、私も独り言です」

上条「俺なんでイタリアにいんのかな?」

アニェーゼ「私もですよ。なんでいるんでしょうね?」

上条「つーかおかしくね?俺部外者……ではないけど!寮母役なのに!」

アニェーゼ「あの御前会議で見栄張ったツケですよ。自業自得ってぇもんです、えぇ」

上条「そりゃ言うよ!あの空気だったら後先考えずにあぁ言うしかなかっただろうが!」

アニェーゼ「この、『幻想殺し』」

上条「だから”女殺し”的な意味はないといつもいつも」

アニェーゼ「じゃあ女の敵?」

上条「それもたまに言われるよ!人助けしかしてねぇのにな!」

アニェーゼ「というかですね。私ずっと機内で考えてたんですよ」

上条「あぁルチアの横で虚空見つめてブツブツ言ってたもんな」

アニェーゼ「ロンドンでの生活は悪くねぇんですよ。使いっ走りでしたけど、まぁ責任も軽かったんで気楽でした」

アニェーゼ「部隊のシスターたちからも、まぁ以前よりも人間味が出てきたというか、欲深になったって言いましょうか」

上条「いい事だろうが、伸び伸びとするのは」

アニェーゼ「まぁそうなんですけど、羽目を外しちまったせいかヤローの管理人が送られてきたんですよ。因縁の相手の」

上条「ハメ外しすぎたお前らが原因だよ。だって俺が資料で持ってる女子寮とかけ離れて過ぎてるし」

アニェーゼ「女子寮体験者であれば100%私たちに同意すると思いますが……まぁ、さておき。そっから色んなトラブルが始まりましたよね?」

アニェーゼ「スコットランドで『槍』の発掘とトライデントの残党騒ぎ、そして”アゲート”のロンドン女子寮襲撃」

上条「最後のキャーリサだろ。物理的にぶっ壊しやがった」

アニェーゼ「以上の出来事を時系列的に並べてみるとですね、ある真実が浮かび上がってくるんですよ……ッ!」

上条「おぉなんか少年探偵風だが、それはっ!?」

アニェーゼ「全ての事件はヤローの寮母さんが送り込まれてきてから始まった――つまり!」

アニェーゼ「そいつを抹殺すりゃ我々に平和が訪れるんじゃ?ってね……ッ!!!」

上条「短絡的な考えはよくないよっ!話聞いてて『あ、確かにそうかも?』って一瞬納得しかけたけど、安易な解に飛びつくのは待とうか!」

上条「てかその流れで正しいんだったらコナ○君が来てから殺人事件が量産されるってことだし、犯人コナ○君だって事だろ!?」

アニェーゼ「私は悪の黒幕=ねーちゃん説を支持しています」

上条「荒れるわ。収集つかなくなるわ。灰○派の俺に取っちゃ『むしろどうぞどうぞ』だが」

アニェーゼ「大丈夫です。ただちょっと性犯罪をでっち上げるだけですから、指一本危害を加えたりはしません」

上条「それはそれで損した気分だな!やってないのに捕まるのは!」

アニェーゼ「という訳で、えぇと」

上条「……メシ食おうぜ、空腹でテンションが変になってる。次のバスの時間までまだ余裕あるみたいだし」

アニェーゼ「ですね。滞在費は出るって言うんですから、豪遊とはいかないまでも、怒られるがどうか微妙なラインで無駄遣いしましょう」

上条「お前らホンッッッッッッッッット逞しいよな!そういうところは!」



――『必要悪の教会』ロンドン女子寮 朝(回想)

ヌァダ「その霊装を壊してくるだけでよい。それを以て『魔眼バロール』放棄の対価としよう」

キャーリサ「対価ぁ?譲渡の間違いだし」

ヌァダ「放棄だ。あの術式を貴殿らが十全に御せるかなど知った事ではない――それにだ」

ヌァダ「嘆くのであれば己らの未熟。『魔眼バロール』の掌握がなっておれば、今日の騒ぎはなかったと恥じるがよい」

騎士団長「その、王よ。あなたの……古き知己殿の霊装の名称や形状、効果や性質などもご教授願えませんか?」

ヌァダ「名も知らぬ。形も以前は筺であったが、今はどういう形なのかも見当もつかぬ」

ヌァダ「霊装の効果も明確ではない」

ほぼ全員「……」

ヌァダ「うん?言いたい事があれば忌憚なく申せと言ったはずだが?」

上条「はい、んじゃ代表して俺が。ちょっと敬語とか分かんないから、キツく聞こえるかもだけどいいかな?」

ヌァダ「構わん」

上条「テメェで探して来いや!俺たちに迷惑かけんなボケ!」

上条「つか見つかる訳ねぇだろそんな断片的な情報でさ!?せめてもっとこう、なんか手がかりを提示するとか!」

アニェーゼ「本気でツッコミ入れるんですね」

上条「この国の王族にも男女平等パンチしたしな!俺に隙はない!」

キャーリサ「あの動画、もし公開されたらお前の国と戦争だし」

騎士団長「どちらも暴走したらここら一帯が滅ぶんだ。もう少し気にかけてくれ」

ヌァダ「よいよい。王女の覚悟に免じて無礼は許すと言った。前言を翻すほど狭量ではない」

ヌァダ「しかし私にも分からんのだ。あの霊装は姿を変える。筺の形をしていたのも擬態かもしれん」

上条「ヴェネツィア行った事ねぇけど、世界から人が集まる観光都市なんだろ?そっから形も大きさも分からないブツ探すなんて無理だって」

ヌァダ「魔力の痕跡を辿ればあるいは、とも思ったのだがな。そうか、只人ただひとには無理か」

ヌァダ「ならば手間を取らせたな。この話はこれで終わりだ」 スッ

キャーリサ「――って待つし。『全英大陸』は置いていけ」

ヌァダ「話”は”終わりだと言ったぞ、勇敢な王女。先を急ぐ身だ」

オルソラ「どちらへ向かわれるのでしょう?」

ヌァダ「どちらも何も。女よ、分かっているのに聞くのは関心せんな」

オルソラ「いいえ。言葉にされないと分からない事もございますれば」

ヌァダ「ならば聞くが良い。ヴェネツィアとやらに征くまで」

上条「お前、それっ――!」

ヌァダ「……あぁ、んぬるかな。口惜しきことよ」

ヌァダ「平和と怠惰を愛するこの私が!遠く離れたローマの地へ版図を広げに向うとはな!」

騎士団長「王よ、それは……いささか短慮と申し上げる他ないかと」

ヌァダ「他に術がないのだ。代理の者へ頼もうにも知らぬ出来ぬ分からぬではな」

上条「(このガキ一人で行かせるのってそんなにマズいのか?俺はイギリスが一枚噛む方が大変だと思うんだけどさ)」

アニェーゼ「(頭っから否定はしませんけどスルーするのも相当マズいですよ。例えるなら。そうですね)」

アニェーゼ「(アメリカの核兵器を盗んだテロリストがイギリスにバカンスへ行きました、ってぐらいのヤバさです)」

上条「(あぁ了解。もう魔術サイドだけの話だけじゃすまないんか)」

アニェーゼ「(元凶はテロリストにあるんでしょうが、管理責任から二次被害まで大変な事に……)」

上条「(政治の話になんのな)」

アニェーゼ「(表向きの同盟国であっても、テーブルの下じゃ蹴り合ってるのが当然ですし。ましてやついこの間まで戦争やってた仲ですからね)」

上条「(……あぁなんか腹立ってきたな。この展開)――はい!質問!」

ヌァダ「聞くだけは聞こう。答えには期待するな」

上条「多分ここにいる人間の総意だと思うんだが、その霊装をぶっ壊したらお前の封印が解けてパワーアップ!的な話じゃないだろうな?」

上条「もしくはこの世界で唯一、お前への対抗策になるって武器とか。そういう意味で疑ってんだよ。何か隠し事してんじゃねぇかなって」

キャーリサ「真っ正面から聞くバカがどこにいる――が、道化と同じ感想だし。信じられない」

キャーリサ「情報を出し渋ってはいないか、条件を呑む事でこちらの不利になりやしないか――」

キャーリサ「――そもそも全てが作り話で、”戦争”を起こすために仕掛けてきてるとか。英雄が好みそうな話だ」

ヌァダ「何を愚かな――と、諫言を切って捨てれば愚王の証。ましてや事実であれば尚更か」

ヌァダ「私にも思惑はある。慈善や偽善で施しをしているのではない。かといって人助けと言い切れぬ。結果的にそうなるかも知れんが」

上条「一応俺たち――てか俺はできることならやってやりたいし、お前が危険だって言うのならその霊装をぶっ壊すのもいい」

上条「国際問題に引っかかるんだったら、俺が観光気分で乗り込んだって構わない」

アンジェレネ「か、観光じゃないですか」

上条「乗り込めばトラブルが向こうからやって来るから、確実にその霊装を見つけられる自信がある……ッ!」

オルソラ「悲しい話でございますね」

ヌァダ「意気や良し。ならば私も断片的にではあるが彼奴あやつの霊装を語って進ぜるが、だ。まぁ、その、なんて言ったらよいか」

上条「なんだよやっぱ情報出し渋って。話せんじゃねぇか」

ヌァダ「叩き割ったグラスの酒は元に戻らず、一度耳にした以上もう後戻りはできん。そこまで覚悟とはな。誉めてやろう」

ヌァダ「泥を被るのは私一人でよいと覚悟を決めたつもりであったが、むしろなかったのは私の方やもしれぬ」

上条「――あ、ゴメンゴメン。俺そう言えば今日の洗濯当番だったの忘れてた。話は若人に任せて、俺たちは席を外そう、なっ?」

アニェーゼ「こっち見ながら同意を求めないでくださいな。気持ちは超同感だと言っておきますが」

騎士団長「地雷を踏みに行く勇気は認めよう。そしてもう手遅れだとも」

上条「うんまぁ知ってたけどな!」

ヌァダ「貴様らが私を信じられぬように、私もまた貴様らを信じてはおらん。故に全てを詳らかにするのもできんのだ」

ヌァダ「こればかりは王の度量や器量で済ませてよい話ではない。身の丈に余る力も知識も持ってはいけないのだ」

上条「慎重なんだな。自信過剰の塊みたいなやつが」

ヌァダ「与太話ではなく現実の話だ。どんな聖人も名君も財や権力に呑まれる事があろう?それと同じだ」

キャーリサ「個人としての最高峰、『全英大陸』を使う魔術師がよくゆーし」

ヌァダ「王女よ。私があんなモノ、あのような失敗作と自嘲する理由がただつまらぬ、というだけだと思うか?」

ヌァダ「まぁ、それもまた動機の一つなのだがな。それだけではない、もっと単純で明確な訳がある。それは――」

ヌァダ「――『魔眼バロール』を以てしても負けたのよ」

上条「……はぁ?」

ヌァダ「攻撃を受けたのは気づいておったのだがな。なんぞこの程度脅威に非ず、と高をくくっていたら手遅れになっていた」

ヌァダ「気づいたときには全てが失われていた。子供から老人、男も女も死に絶えた。この”腕”もそうよな」 キィンッ

ヌァダ「その際に右――いや左だったか?――の腕を切り落す羽目になり、王位を退く原因となった」

上条「どんな霊装なんだ、そりゃ……?」

ヌァダ「今だからこそ言おう。”アレ”が我が国、我が民だけで済んだのは僥倖であったとすら思う」

ヌァダ「勘違いするな。皮肉ではないし、命の軽重を比べているのではなない。単純に多寡の話だ」

ヌァダ「もしもローマ帝国辺りであの炎が炸裂していれば、あの一帯の国という国が滅びていたであろうからな」

上条「スケールが……大きすぎる」

ヌァダ「彼奴が姿を消し、霊装の反応も消えていたからな。仇も討てず、危険極まりない霊装も逃し、まぁよいかと思っておったのだが」

ヌァダ「千余年ぶりに反応を見つけたのだ。今仕留めずしてなんとするか」

上条「もう少し、分かるように」

ヌァダ「だから”筺”ついては皆無、といってよいほどに何も分かっておらぬのだ。私は学者でもないしドルイド僧でもない」

ヌァダ「豊富な知識を蓄え、時宜正確に判断できるような器用さとも無縁だ。経験論であれこれと憶測で言っているだけに過ぎん」

ヌァダ「当の本人が何も語らず失せ、ましてや私や民が調べる術も知らん」

ヌァダ「帝国の大学の門戸を叩くか、十字教の坊主を捕まえて話を聞けば何か分かったのかもしれんが……”それ”はできんのだ」

キャーリサ「――十字教の信徒には……?」

ヌァダ「言うてはならんぞ王女よ。知ってしまえば魔術と科学の垣根を越え、ありとあらゆる組織の争奪戦となるのだ」

ヌァダ「よって”あれ”はこの世にあってならぬものだ。故にな」

オルソラ「……えぇと。僭越ながら不肖オルソラ=アクィナスがまとめさせていただきますと」

オルソラ「一つ。謎の魔術師が残した霊装は大量破壊兵器である」

オルソラ「二つ。詳しい内容は明かす事ができない」

オルソラ「三つ。そして霊装は失われたと思っていたが残存していた。よって破壊しなければならない――で宜しゅうございますか?」

ヌァダ「あぁ。それで?返答は如何に?」

騎士団長「……お断り申し上げた場合は、どうなるのでしょうか?」

ヌァダ「私自ら出陣する他あるまい。だがはっきり言って目標を無傷で達成するのは困難と言えような」

上条「『全英大陸』持ってんのにか?」

ヌァダ「貴様は説明を聞いていたのか?この術式は我が版図、我が王国内でのみ効果を発揮するものよ」

ヌァダ「したがって異国へ赴けばその恩寵は失われる」

上条「なんかこう、スゲー力でブーストして無双する的な?」

ヌァダ「王と名乗るだけの力量は有している――つもりではいるがな。如何せん幼子の身体で十全には振えんな」

ヌァダ「故にアレだ……モ・ノポーリー?のような、陣地獲りゲームのように周囲から埋めねばならん」

上条「……あぁ。”無傷”ってのは穏当にすんのは無理って事かよ」

ヌァダ「――と、語れる範囲はこれで限界だな。聡い者は何となく理解してしまったようだが」

キャーリサ・オルソラ「……」

ヌァダ「私の憶測を全て語って聞かせろ、というのであれば強くは止めはしない。というか私の性格上、そちらの方が大混乱になって楽しかろうとも思う」

上条「話台無しだな」

ヌァダ「許すがよい。元々は享楽的な蛮族どもの頭よ」

ヌァダ「日々の戦いに明け暮れ、気のよい仲間と酒を組み合わす。その程度なのだ、私はな」

ヌァダ「だがそんな私ですら現代の変容と変質におののき、こうして慎重に言葉を選んだ上で情報を小出しにするしかなかったのだ」

ヌァダ「その意味では三叉槍の叛徒どもも役には立った。奴らの一人から現代の情報を得られなかったら、何もかもぶちまけていたかもしれん」

ヌァダ「今頃草葉の陰でむせび泣いているだろう。うむ」

上条「テロ食い止めたのは善行だと思うが、場合によっちゃオーバーキルだからな」

ヌァダ「こちらの開示できる手札はこれが全てだ。これ以上を望むならば――で、だ」

ヌァダ「どう動くこの国は?心して答えるがよい王女よ。貴様の器が天秤にかけられていると知れ」

キャーリサ「魔術師ヌァダ。この国を治める資格が……まぁ、あるかどうかは別にして、今この場で全権を任せられている者として答えるわ」

キャーリサ「――『今すぐには動けない』し」

ヌァダ「何故?」

キャーリサ「あなたは知らないかもしれないけど、この国とイタリア――ヴェネツィアのある国は戦争をしていた」

ヌァダ「勝ったのであろうな」

キャーリサ「一応は。ただし勝者と言っていいのか微妙なところだし、つーか全員がほぼ均等に損をした」

キャーリサ「そして私たち”以外”の対抗軸、科学の街の一人勝ち状態になりやがったし。ここでローマと事を構えるのは愚策」

キャーリサ「お互いに疲弊した状態で、兵士や軍隊、魔術師を送ろうというのは誰がどう考えてもとどめを刺そうとしているのに等しいし」

キャーリサ「兵は迅速さを尊ぶの分かる。戦術レベルで見ればあなたの言葉が某かの真実を言っているであろう事も分かる」

キャーリサ「けれど戦略的に国と国との関わりを放棄してまで、派兵する価値を認められない」

ヌァダ「理解した。為政者としては至極当然の考えよな」

上条「えっと……根本的な疑問なんだけどさ。ローマ正教に」

ヌァダ「それ以上言ってはならぬ」

上条「交渉すれば」

ヌァダ「貴様と私は所詮”部外者”故に。軽々な事は言えぬと知るがよい」

キャーリサ「……あぁやっぱりクソッタレHolyShitなのか」

ヌァダ「まぁ、よい。それなりに有意義な会合であっ――」

アニェーゼ「待ってくださいな」

ヌァダ「交渉は決裂した。交わす言葉もなければ止める義理もないわ」

アニェーゼ「あ、いえその、交渉は物別れになっちまいましたが、それは”この国の人”でしょう?私とはまだ終わっちゃませんよ」

ルチア「……シスター・アニェーゼ?」

アニェーゼ「我々は”ローマ正教”であり、この国の人間とは違います。どうか、おかけになってくださいな」

ヌァダ「ローマ正教……帝国の直系の」

アニェーゼ「その理解があってるかどうかは分かりませんが、まぁはい。そのヴェネツィアって都市がある国の人間です」

ヌァダ「続けよ」

アニェーゼ「ありがとうございます。えーと、ですね。急だと思うんです、展開も内容も」

アニェーゼ「こっちの国にしたって『事情は話した、0か1か選べ』って言われたらそりゃ困りますし、何よりも時間がない」

アニェーゼ「イギリスがローマとの関係をおじゃんにしてもいいってハラを括るだけの材料なんかない、ですよね?」

ヌァダ「しかし事実、というか推測は推測なのだがな」

アニェーゼ「でも国が動くまでには時間がかかると思うんですよ。即断即決もいいでしょうが、よく調べもしないで信じるのってアホの所業かと」

ヌァダ「私を阿呆呼ばわりは勇気に免じて不問とするが、それ以外の言は尤もだな。熟慮も時には必要である」

アニェーゼ「人が大事な決断をするには時間が必要ですし、ましてやそれが国だってんなら余計ってもんです」

アニェーゼ「ですが、その危機的状況が進行しているかもしない中、何もしないではいらない――ってんなら」

アニェーゼ「ですからその”時間”を私が稼ぎましょう、って提案です」

ヌァダ「時間を?」

アニェーゼ「まぁ言っちまえば斥候ですね。イギリスが準備を整えてる間に先行して探っておこうっていう」

騎士団長「それは……!その、君の組織を裏切る事にはならないのか?」

アニェーゼ「ローマ正教にとっても、かなり眉唾ですが人類にとっても脅威なんでしょう?そんな厄介な霊装がヴェネツィアにある――」

アニェーゼ「――これを取り除くのはローマ正教のためでもあります。違いますか?」

アンジェレネ「え、えぇとシスター・アニェーゼぇ?」

アニェーゼ「私の独断で決めたことです。どうです?悪かないでしょう?」

ヌァダ「最善、には程遠いが次善ではあるな。事態が進行しているのか、それともしていないのかを見極めねばならん」

ヌァダ「時間の余裕があるのであれば、国を介しての交渉事で解決できる可能性もある。だがな」

キャーリサ「……最悪、あなた達が捨て駒になりかねない。イギリスが霊装排除に動くかは未知数だし」

アニェーゼ「まぁ、その時は部隊のみんなを宜しくお願いしますよ、ってことで――」

上条「――ちょっと待ってもらおうか!異議あり!」

アニェーゼ「部外者は引っ込んでてくださいよ。これは私の問題で――」

上条「外泊なんて100年早いんだよ!俺が寮母してる間は不純異性交遊、ダメ!ゼッタイ!」

アニェーゼ「――す……?」

アンジェレネ「ま、またエッライところに不時着してようとしてますねぇ、この人」

上条「お前アレだぞ、どうせ旅先で不純異性交遊するつもりなんだろ!?」

上条「なんかこう久しぶりに帰った地元で昔の友達に会って意気投合したりなんかしちゃったり!」

上条「行きつけのバーで飲んだら『じゃ、部屋で?』みたいな雰囲気になるんだろ!?イヤラシイ!」

上条「俺知ってんだからな!若い男女が同じ部屋に泊ったらこう深夜にマリカーするんだって!」

ルチア「ちょっと意味が分からないです」

上条「マリ○がゴーカートに乗ってだな。Bダッシュした方が早くね?と思わなくもないんだが」

ルチア「違う、そこじゃない」

上条「クラスメイトの間じゃ常識なんだぞ!そんなっ、他の寮生と寮母を差し置いて、一人だけ大人の階段登れるだなんて甘い考えだぜ!」

キャーリサ「童×しかいないのか、お前のクラスは」

上条「……いやぁ昨日さぁ。本棚まとめてたら荷物まとめてたら契約書出てきてさ」

アニェーゼ「いえ、あのですね」

上条「なんかこうお前ら寮生の素行が悪いと、俺の給金が差っ引かれるんだってさ。だから業務の一環で」

上条「って訳で俺も行くわヴェネツィア。遊びに行けなくて残念かもだが、まぁ諦めろ」

アニェーゼ「……何言ってんですかね。このバカは」

上条「評価が思ってたよりも低い!?」

アンジェレネ「は、はいっ!でしたらわたしもご一緒しますよぉ!シスター・アニェーゼだけじゃ大変でしょうし!」

ルチア「なら私もシスター・アンジェレネの監督役としてついて参ります。それはもう強制的にでも」

アニェーゼ「シスター・アンジェレネ、シスター・ルチア……!」

オルソラ「では我々仲良し五人組がヴェネツィアへ向うので宜しゅうございますね。あら大変、急いで支度をいたしませんと」

アニェーゼ「オルソラ嬢までなんで数に入ってんですか!?」

オルソラ「こう見えても魔術の解析と解読には自信がございまして。そう仰るアニェーゼさんはお得意で?」

アニェーゼ「そ、それは……」

オルソラ「荒事こそ得意ではございませんが、どうかそれ以外では何なりとお申し付けくださいませ、ね?」

アニェーゼ「あーっと、ですね」

上条「諦めろ。本当はあと250人ついてきたいのに、俺たち4人分だけで許してやろうって妥協してやってんだからな」

アニェーゼ「どんな妥協ですかい」

上条「お前の命は俺たちのもんだ。あのクソッタレな氷の牢獄から引っ張り上げたんだから、勝手に死ぬな」

アニェーゼ「それは……また、身勝手な理由ですね。とびっきりに」

上条「文句あるんだったら殴ってでも止めてみろ」

アニェーゼ「……はぁ。どーにもありがたくって涙出そうってもんですよ」

オルソラ「では、そのように。宜しゅうございますか、王よ?」

ヌァダ「良いも悪いもないわ。茶番と切って捨てるほど木石漢でもないのでな。猶予はくれてやろう」 スッ

騎士団長「王の寝所はこちらで用意があるのですが」

ヌァダ「いいや、ここでよい。戦士が留守の家へ入り込む無粋の輩がいないとは限らんしな」

キャーリサ「嫌いだし?」

ヌァダ「好きだな、私も専らそっちの方を得手としている。故に他人からされるのは我慢がならん」

上条「なんの話だ」

ヌァダ「『この寮が気に入った。持てなすがよい』、だ」

上条「ちょっとは遠慮しろよこのガキ」

ヌァダ「まぁ屋根がついていれば構わん。まりかー、にも興味がある」

上条「あ、じゃ俺が日本から持って来たゲーム機設置してくわ。これスゲーんだぞ、SON○って書いてあんのに、任天○のゲームが動くんだ」

キャーリサ「いーからお前らは旅の準備して来るし。てかこんな半壊した部屋に人が住んでいるのか?可哀想な生活だし」

上条「お前がぶっ飛ばしたって言ってんだろうが!後から請求するからな!ノーパソとかノーパソとか、あとノーパソの代金とかを!」

騎士団長「キャーリサ様に代って謝罪しよう。ハードディスク内のデータもこちらで責任もってサルベージをだね」

上条「それはいいよ、うん。ちょっと言い方が強かったかな。俺があんなところに置いといたのも悪いし、データ復旧とかはこっちでするから」

キャーリサ「部屋以外に置かないでどこに置くんだノーパソ」

キャーリサ「あぁそうだ。そこのバカな男」

上条「なんだよ?……てか返事しちまったよ!」

騎士団長「自覚あるんだ……」

キャーリサ「差っ引かれるって、元々の基本給はどのぐらいもらってるの?」

上条「減点方式だと最初の一回で負債を被るな」

キャーリサ「ブラック極まりないし」



――ミラノ ミラノ・リナーテ空港内 ファーストフード店 昼過ぎ(現在)

上条「……なぁ、イタリア来たんだしさ。どうせだったらイタ飯食いたかったんだけど」

オルソラ「おや?イタリア人が作る本物のイタリアンではお気に召しませんでしたか?」

上条「あぁそうか。オルソラはイタリアの人だっけか。いやオルソラ飯にケチつけるんじゃなくて、むしろ毎日作って欲しいっていうか」

アニェーゼ「はいそこ。気持ち悪いプロポーズしない」

上条「じゃなくて現地に来たんだから現地の飯を、って話だよ」

アンジェレネ「い、イタリアのご飯は美味しいですけど、時間がちょっと、ですかねぇ」

ルチア「お昼時で混雑していますし、バスに間に合いませんよ。確実に」

上条「間に合わないって……一時間ぐらい余裕あったのに?」

アニェーゼ「イタリア時間をナメちゃいけませんぜ。テーブルついてから注文聞きに来るまで十数分、料理が届くまで一時間はザラです」

オルソラ「お店によっては少しピークを過ぎますと、店主が『あ、もういいかな』とシエスタモードで休みに入るのもよくある話でございますよ」

上条「お前らどうやって生きていられるの?グローバルスタンダードの波に置いて行かれるよ?」

アニェーゼ「えぇまぁ、それが続いて来たから若者失業率が二桁の大台に乗っているという有様なんですが……気質の問題でして」

上条「気質?」

アニェーゼ「はい。南部ローマの周辺は典型的なラテン野郎の量産地帯です。お祭り大好きサッカー大好き女の子大好きママ大事っていう」

ルチア「ステレオタイプのイタリア男性ですね。そしてそれほど実態からも外れていませんが」

アニェーゼ「対して北部は職人気質の人間が多く、変人や難しい男性が多いってイメージですね。あ、私も北部出身です」

上条「北海道と沖縄で県民性が違うって感じか」

オルソラ「いいえ、それぞれの国が違うのでございますね。歴史的経緯が異なる国であれば、国民性が変るのと一緒でしょうか」

上条「国が違う?イタリアはイタリアじゃないのか?」

オルソラ「イタリア王国が統一されたのは1861年です。それまではいくつかの国に別れて独立しておりました」

アニェーゼ「噂で聞いたんですが、上条さん遙々アビニョンまで行ったんでしょう?分かりそうなもんですけどね」

上条「あれは”行った”なんて生易しいもんじゃねぇよ。速達だってもっとのんびりだよ」

オルソラ「C文書を破壊するのにどうしてフランスへ向ったのか?その答えと致しまして『当時のアビニョンは教皇領だった』で、ございます」

オルソラ「その影響力たるや、ナポレオン戦争直前まではイタリア半島の3分の1を持ち、更にはフランスにまで飛び地を持っておりました」

上条「あー……ってことは、つい150年前ぐらいまではイタリアと教皇領の二つに別れてたってことか?」

オルソラ「いいえ。正しくは北から順にサルデーニャ王国、パルマ公国、トスカーナ大公国、両シチリア王国、ロンバルド=ヴェネト王国、モデナ公国、そして教皇領ですね」

上条「戦国時代じゃん。てか王様多いよ!社会科の時間に子供が泣きそうだ!」

ルチア「それぞれの王国は、例えばサルデーニャ王国はフランス、ロンバルド=ヴェネト王国はオーストリアの援助を強く受けていました」

ルチア「代理戦争ですね。緩めのシリアといった感じで」

上条「……てかヴェネト王国?」

アンジェレネ「わ、我々が今から向う場所がイタリア国ヴェネト州ヴェネツィアとなりますっ」

上条「それ民族的にどうなってんだ?」

アニェーゼ「あくまでも個人的な感想ですけど、超個人主義者ばっかりですかね。他人の生き方には無頓着で自分とそのファミリーを大事にする」

上条「あぁ、ちょっと納得」

オルソラ「政治的な分裂と分断が多すぎましたので、その結果と致しまして郷土愛と家族愛が過剰になる傾向に」

オルソラ「家族へ対する愛が深いのはよいことでございますよ」

ルチア「イタリア人の職人が高い評価を受けているのも、それを政府規模で政策として推し進めたのではなく、都市単位で門外不出のまま収斂されて行った、とも聞きますね」

上条「俺でも知ってるわ。イタリアの革職人と宝石工だっけ」

アニェーゼ「ご陽気なラテン系と気むずかしい職人堅気、その二つが同居してる国と思ってくださいな」

上条「了解。気をつける。どう気をつけたらいいのかはまだ分からないけど」

アンジェレネ「あ、あとロンドンでも注意しましたけど、観光も、ですよねぇ」

上条「君はどっちかっつーと俺と同じで注意する側だと思うんだが、まぁされたよな」

上条「物盗られても追いかけないとか、自力でタクシー呼ばないとか」

アニェーゼ「それは勿論そうなんですけど、ロンドンでの危険度が☆5つだとすれば、こっちは☆15くらいです」

上条「赤い流星!?三倍算なの!?ハードモード!?」

オルソラ「ちなみにTokyoが☆3つでございます」

アニェーゼ「具体的な名前を出すのは避けたいと思いますが、EU圏内には定住している非定住の民族がいまして」

上条「また矛盾してやがるな」

アニェーゼ「連中、子供に盗みをさせてんですけど、自分達のコミュニティへ逃げ込むように教えてんですよ。そこに入っちまえば警察も手出しできません」

上条「そんなに酷いのか?」

オルソラ「手出しできない、は言い過ぎでございますね。たまに警察による摘発がされまして」

上条「ならまぁ、うん」

アニェーゼ「というかイギリスの同民族キャンプへ麻薬密売でガサ入れしたんですが、そんときに出てきたモノがなんだと思います?」

上条「麻薬……と来たら銃器?」

アニェーゼ「――不正解!正解は『両親にこれっぽっちも似ていない金髪碧眼の赤ん坊』でした!」

上条「俺、イギリス人だったらぶち切れていると思うわ。ロザラムの事件といい、あいつら結構辛抱強いんだな。もしくはド変態か」

ルチア「あと……確かフランスでしたか。同じ民族の子供が学校へ登校する途中で、当局が逮捕して強制送還する話もありましたね」

上条「フランス政府怖いわー」

ルチア「えぇ勿論。どうして政府がそんな事をしたかと言えば、そのコミュニティの中では当局も手も出せないので、やむなく外へ出たところを、と」

上条「それなんて治外法権」

オルソラ「ただ、今お二人が仰ったのは『そういう人もいる』ため、一部の例が全てだ、と受け取るのは如何なものかと」

アニェーゼ「と、女子寮の良心は言ってますけど、私は懐疑派です。性悪説と言ってもいい」

アニェーゼ「真に遺憾ながら、その全てを構成してんのは一部が集った結果でしてね。例外じゃなく、サンプル抽出だと思わなくもないです」

アニェーゼ「端金を稼ぐために強盗殺人、なんて話もたまーに聞きますからね。どうかそんなマヌケな死に方だけは勘弁してください」

ルチア・アンジェレネ「……」

上条「俺別に生き急いでるつもりはないんですけど……」

アニェーゼ「という訳で、ホンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッットに洒落になりませんからね。一人で出歩かないでくださいよ」

アニェーゼ「できればオルソラ嬢、最低でもシスター・アンジェレネを同行させること。いいですね?分かってくださいよ?絶対ですからね?」

上条「そう念を押されるとむしろやれと言われてる気がする不思議……!」

アンジェレネ「げ、幻聴ですよねぇ」

上条「オルソラはご褒美だが、アンジェレネ連れて歩くと俺のサイフさんがダメージ食うんだよ。食うって言うか食われるんだけど」

オルソラ「安全はお金で買える、という寓意でございますねっ」

ルチア「何かが違います」

アニェーゼ「でしたら私がシスター・ルチアに。あぁいい機会ですし、街案内でもしてもらって仲良くなったらどうです?」

上条「俺は敵対してるつもりはないんだよ。俺は」

ルチア「業務以外で近寄らないでください」

上条「俺たち業務の真っ最中だったのか……!ビジネスだけの関係って辛いな!」

アニェーゼ「でしたら私ですか。日本の殿方はデート代金を全て払ってくれるっていう使徒伝説を確かめるチャンスかなー?」

上条「え!?海外の人って違うの!?」

アニェーゼ「よし行きましょう!ブランドものが売ってる通りを中心にグルッグル回りましょう!」

アンジェレネ「い、いえっここは下町食べ歩きツアーをですねっ」

オルソラ「大人気でございますね」

上条「そうだね。これで俺のサイフにしか興味がないのを除けば大人気で嬉しいよね」

上条「てか日本も男女平等とかいいながら!採点するんだったらこういう風習も入れてくれよマジで!」

ルチア「あのランキングは内戦で男性が戦死し、女性が社会進出しなければいなかった国を上位にしていますし。まともな人間であればデタラメであると分かるでしょう」

オルソラ「日本で最も信仰を集める宗教も女神でございますからね、日本は」

上条「……そうなの?」

アニェーゼ「おい、日本人」

上条「いやだって知らないしさ!信仰集めるって仏教?神道?」

アンジェレネ「に、日本人は『初詣には神社へ行き、お盆にはお寺で祖先の墓へ手を合わせ、ハロウィンではウェーイして、クリスマスはケン○』をってイメージが」

上条「間違ってねぇけど、どこの国の人か分かんないよな」

オルソラ「なので日本で一番参拝者を迎える宗教施設と致しましては、伊勢神宮らしいと書かれておりました」

オルソラ「同社で奉られておられるのは天照大神、女神でございますでしょう?」

上条「あー……余所からはそう見えるかー。でもあそこって参拝、うん……どっちかって言うと観光客がメインって感じだよなぁ」

アニェーゼ「あぁそれはこっちも同じですからご心配なく。世界遺産の教会も観光者が多いですよ」

ルチア「当然敬虔な信徒の方もおられますが」

オルソラ「しかしながら伊勢神宮には少なくとも昭和へ入ってから、貴き方のご家族」

オルソラ「それも代々女性が斎宮(※いつきのみや)としてお入りになり、最大教主として勤められておいでなりますれば」

上条「そうなんだ。知らなかったー――てか、ダベるついでに聞いていい?」

アニェーゼ「イートコーナーで話せるような内容でしたら、どうぞ」

上条「俺たちの目的って一応交渉……なのか?」

アニェーゼ「ざっくばらんに言えばその通りですね」

アニェーゼ「現地の状況を注視しつつ、フレキシブルかつコンプライアンスに従った感じでアライアンスを計らねばなりませんが」

上条「騙されないぞ!そうやって最近よく聞く横文字並べてウヤムヤにするつもりなんだろっ!?」

アニェーゼ「上条さんでも理解出来ようにいえば、『現場のノリでガンバ』ですね」

上条「超雑だよな!まぁいつものことだけど!」

アニェーゼ「ここじゃちょっと話せないんで、ホテル着いてからの相談になるんですが、恐らく対象は」

オルソラ「何らかの旧い聖遺物Relicssでございま――」

アニェーゼ「――なので!私たちは『All for One』の精神で行きたいと思いますんでヨロシク!」

上条「ラグビーだっけ?”みんなは一人のために”?」

アニェーゼ「いいえ。”みんなで一人のせいにする”です」

上条「最悪じゃねぇか」

アニェーゼ「調査していたら上条さんがうっかり触って壊してしまった、作成名『プランK』を全面バックアップする感じで!」

上条「全責任が俺に来るよね?……いやいや、それ以外にないんだったらするけど。その前段階での話だ」

上条「アニェーゼとシスターさん達はある程度の権力っていうか、立場にはあんだよな?まぁイギリスに来ちまったんだから、多少扱いは悪くなってんだろうけどさ」

上条「政治力っていうか、ローマ正教側とある程度事情を話しつつ、かつ穏便に収めるって方法は……」

アニェーゼ・アンジェレネ・ルチア・オルソラ「……」

上条「なんだその口の中に詰められたのがパクチーだと思ったら、実はカメムシだった顔は」

アニェーゼ「ボケが長いです。それだっら最初っから『パクチー詰められた顔』でいいじゃねぇですか」

アンジェレネ「だ、誰か『カメムシ入れられた時点でリバースする』って言わないと……」

アニェーゼ「昨日の帰り道でもチラッと言いましたが、つーか昨日の今日で早速約束破りやがりましたね」

上条「約束?……あぁなんか聞いたけど、守るだなんて一言も言ってないよ?」

オルソラ「イギリス式交渉術ですね。すっかり逞しくなられて」

ルチア「詭弁じゃないですか」

アニェーゼ「まぁもうどうしようもないんで、こっちは肉盾として有効利用して部隊への被害を最小限に」

アニェーゼ「そして上条さんもドMなので嬉しい、というwin-winの関係でいきたいと思います」

上条「俺知ってんだ。ドSから見れば他のノーマルの人間もMに見えるってな」

アニェーゼ「ともあれ少しだけローマ正教の勉強を――えーっと、ご紹介します。イギリスからお越しになった元ローマ正教の方です」

オルソラ「こんにちは。オルソラ=アクィナスと申しますのですよ」

上条「いや、知ってるわ。てか同じ便に乗ってたわ」

アニェーゼ「というか朝こっそり、ヌァダに紹介するとき『ローマ正教』って自己紹介してましたよね?」

オルソラ「そうでしょうか?つい、うっかりでございますね!」

アニェーゼ「どんなうっかりですか。ったくもう」

上条「(どゆこと?)」

ルチア「(何か理不尽な扱いがあり、それを受ざるえない状況になったら『ローマ正教”を騙る”』シスターが間へ入るおつもりだったのでしょう)」

上条「(要は?)」

ルチア「(あの場でローマ正教徒として約束をさせられても、オルソラが勝手に代弁したとして反故にできるんですよ。全責任を負って)」

上条「(……なんか大人だなぁ、って思うわ)」

ルチア「(安心してください、というのもおかしな話ですが、あれがとっさにできるのは世界で数人だけでしょう)」

アニェーゼ「はい。じゃあオルソラ嬢、ローマ正教での役職は何をしていたんで?」

オルソラ「シスターでございますね。お仕事は伝道と魔術解析が任せられておりました」

アニェーゼ「はいありがとうごさいます。それじゃ次の方」

アンジェレネ「は、はいぃっ!」

アニェーゼ「あなたのお名前と役職をどうぞ」

アンジェレネ「あ、アンジェレネですっ、シスターですっ」

アニェーゼ「はいどうも。続きましてそちらの方、どうぞ」

ルチア「わ、私もするんですかっ!?……分かっていますよ。するまで終わらないんですよね、きっと」

ルチア「ルチアです。日本語で言えば修道女、シスターとして修行する日々ですね」

アニェーゼ「どうもです。それでは最後に私――アニェーゼ=サンクティスも”シスター”です」

上条「いや知ってるよ。全員シスターさんなんだろ?」

アニェーゼ「えぇ。そりゃもう困っちまうぐらいに全員”シスター”なんですよ」

上条「それとお前らの立場の話がどう関係するんだって」

アニェーゼ「ではローマ正教のヒエラルキーを簡単に説明しますと、一番上が父です。あぁ比喩的な意味ですが」

上条「神様な」

アニェーゼ「で、それと同格なのが神の子です」

オルソラ「十字新教の会派によって異なるのでございますが、中にはいと高きお方のみを信仰の対象として神の子や使徒を無視する一派も」

アニェーゼ「加えて父が霊を通じてそれぞれの魂に宿るとする、聖霊ってぇ考え方もあるんですけど」

アニェーゼ「……まぁ、長いので割愛します。もし信仰に目覚めちまったときにでも調べてくださいな」

上条「雑だなおい」

アニェーゼ「次に地上の代理人と、ローマ正教20億人のトップに立たれるのが教皇猊下です」

上条「俺も名前ぐらいは知ってる。マタイって人だよな」

アンジェレネ「そ、それは先代の方でして」

上条「まぁいいじゃないか細かいことは!」

アニェーゼ「社会常識だと思いますけど流します。次に来るのが司教ですね」

上条「あれ三銃士で枢機卿って出て来なかったっけ?あとステイル達の上司で『最大主教』って人が居るって聞いた」

アニェーゼ「まぁー……はい、あの方達も偉いは偉いんですが、基本司教の叙階を受けておられますんで」

オルソラ「歴史的に見れば職位の高くない方も選出されており、政治的な意味合いが強うございましたが、今では『教皇の側近』という扱いになっておりますね」

上条「具体的にどのぐらい偉いの?」

オルソラ「司教の方々はそれぞれ『教区』と呼ばれる、街であったり大都市であったりを担当されております」

アニェーゼ「複数の教区を担当されている方は大司教と言われますね。大体その国の責任者、つっていいんでしょうか?」

上条「総理と県知事?」

アニェーゼ「そこに民意は欠片もありませんが、まぁ大体はそうですかね」

ルチア「それはあまりにも乱暴すぎるのでは……?」

アニェーゼ「で、その下に司祭様です。一般的に神父さんと言われるのはこのクラスで、一つの教会を持って布教してます」

上条「ステイルはそこか。だったらシスターさんもそのぐらい?」

アニェーゼ・アンジェレネ・ルチア・オルソラ「……」

上条「おい無言で『こいつバカか?』ってアイコンタクトすんのやめろよぉ!俺だって何となく『あ、なんか踏んじゃったな』って感じるんだからな!」

ルチア「……悪いのはあなたではなく無知なのだ、と頭では分かっていてもですね」

上条「違うの?」

オルソラ「えーとですね。司祭様もなんですが、よくあるケースですと『教会の所有者と正式な神父様は別』、ということが多々ありまして」

アニェーゼ「ってゆうか殆どでしょう。こればっかりはどうしようもないです」

上条「意味が分からん。何?別の人の持ち物って?」

アニェーゼ「その説明をするのにはもう一つ、司祭の下に助祭って職位があります。司祭を助けると書いて助祭」

アニェーゼ「基本的にローマ正教の聖職者は独身が基本なんですが、その助祭さんだけは”終身”を前提に既婚者でもなれるんですよ」

アニェーゼ「ただし助祭が結婚するのは禁止ですし、勿論再婚も許されてねぇんですけどね」

上条「初めて聞いた、と思う。その助祭さんの仕事は?」

オルソラ「歴史的には字の通り、司祭様を補助されるお仕事をされておりますよ。最近では多少活動の幅も広がったのでございますが」

オルソラ「何よりも家族を為しながら職位に就ける、というメリットが」

上条「はぁ」

アニェーゼ「はい、まぁ分かるとは思っちゃなかったんですが、ここまで分からないと腹立ちますね」

上条「もうぶっちゃけてくれよ。大概のことじゃ驚かないから」

アニェーゼ「例えば……そうですね。どっかの国か島で布教するじゃないですか。『あなたは今日から司祭です!』みたいに現地の人を職位に就けて」

上条「分かるわ。そりゃ現地の人の方が説得しやすいからな」

アニェーゼ「でもこの人、亡くなっちまったら終わりじゃないですか?どんなに信仰の厚い信徒でも司祭になれば結婚は出来ませんからね」

アニェーゼ「そうしたら新しい司祭様をお招きするか、別の人間を任命する必要がある。これは効率が悪かったみたいなんですよ」

上条「効率ってお前」

アニェーゼ「というか司教や司祭も数年単位で教区の移動とかありますしね。その度に教会の所有権を移していたら、そりゃ面倒ってもんです」

アニェーゼ「だから地元の人間を助祭に任命し、その一家が教会を所有し続けると」

アニェーゼ「そこへ定期的に司祭が派遣され、ミサや聖別を取り仕切る、ってスタイルになってます」

上条「なーんかモニョる方式だな、それ」

アニェーゼ「助祭さんは地元密着型、そこで生まれて骨を埋める方が殆どですし、まぁ素性の知れない方よりかは周囲の信頼も集まりますよ」

オルソラ「信仰は清いものでございますが、それを執り行うなのは不完全な私たちでございますので。聖職にある方が必ずしも聖人ではありません」

上条「俺も多分同じ人のこと考えてる。今頃何してんだろうなー、あの良い声したオッサンは」

アニェーゼ「噂じゃリドヴィア様のついでで無罪釈放されたんで、『何か取引したんじゃないか?』って干されたとか。超ざまぁってんですよ」

オルソラ「ですので家族を持ちながら、教会に住んでおられる方は大抵助祭さんでいらっしゃいます。正式な教会の司祭は別の方が担当されています」

ルチア「十字新教や異端の信徒では聖職者でも妻帯は認められています。残念なことに」

アンジェレネ「そ、それを一緒くたにかたるのはど、どうかなー……?」

上条「まぁ分かった。助祭の人が地域に入って仲良くしようとしてんだなって……あぁそうか!だったらお前らも――」

アニェーゼ「それは、ブッブーですよ」

上条「まだ言ってないし!てかこれ以外にも聖職者のランクってあんのか!?」

アニェーゼ「前者は『違う』で、後者は『そうだ』ですね」

上条「……うん?助祭さんの下はないのに、うん?」

アニェーゼ「女性はローマ正教じゃ聖職者になれません。以上、結論でした」

上条「……はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

オルソラ「過去には数例あったそうでございますが、今私たちの職位である”シスター”は職位ではございません」

アニェーゼ「むしろ通称みたいなもんですかね?『神様にお仕えする兄弟・姉妹』ってぇ意味だけの」

オルソラ「で、ございましょうね」

上条「いや、あのな?だからアニェーゼも!?」

アニェーゼ「立場上アニェーゼ”隊”と呼ばれちゃいますし、隊長ってことになってますけど、あくまでもただの肩書きです。正式な職位じゃねぇんですよ」

ルチア「それとシスター・オルソラはローマ正教でも屈指、最低でも十指に数えられるほどの知識の持ち主です」

オルソラ「それは過大評価なのでございますね。私などはまだまだでして」

ルチア「行き過ぎた謙譲も美徳ではないと思いますが、本人が仰るのでしたらそうかも知れません。程々に才があったとしましょうか」

ルチア「ですがそんな才能の持ち主で、また表向きは伝道師としても認められている方でも、神学校への入学は許されません。全て男性だけです」

上条「マジかい……」

アニェーゼ「『右席』のヴェントさんだけは別格扱いですが、あれローマ正教の『暗部』の頂点ですからね。例外だと思ってくださいな」

オルソラ「推測でございますが、あの方は”適性”を持っていたのがたまたま女性だった、というだけの話かと思われます」

上条「お前らいいのか?そんな扱いされて?」

アニェーゼ「まさか不満なんてとんでもない。全ては神のお導きによるものです――」

アニェーゼ「――って答えるのがテンプレの仕事してんですから、あんまツッコまないで下さいよ」

上条「なんかなぁ。納得いかないんだよ」

アニェーゼ「まぁ気持ちの整理は適当に済ませて置いて下さい。私らにはできませんからね」

アニェーゼ「と、いう訳で私達シスターの政治力は皆無です。残念でしたね」

上条「今の教皇さんが同性愛だったりアメリカ大統領にツッコんでるけど、人様に言うよりもっと体制を変えてからにしろよ」

オルソラ「まぁその代り、と言ってなんなのでございますが。シスター同士の横の繋がりは強うございまして」

オルソラ「アニェーゼさん達の結束を見れば、全てがマイナスという訳でもありません」

アニェーゼ「否定はしてませんがね。他が総じてアレの方ばかりだったんで仕方がなく、って」

アンジェレネ「て、照れますか?」

アニェーゼ「スカートめくりますよ?」

上条「ちょっと待ってください!今動画アプリを起動させますから!」

ルチア「最低なことを言ってる自覚はおありですか?」

上条「いや違うんだ!俺はただ女の子同士がキャッキャウフフしてる絵が好きなんであって、そこに邪な考えないんだ!」

アニェーゼ「その発想自体が既に邪です――さて、そろそろバスの時間ですし、行きましょうか」

アンジェレネ「あ、あまり目立つような行動は避けてくださいね?」

上条「ふっ、こう見えて俺は潜入は得意な方なんだぜ?ロンドン・アビニョン・ロシア・バゲージってG8半分制覇した身だ!」

アンジェレネ「と、特に隠れるようなミッションもなかったような……?」

上条「まぁ心配ないって。ヴェネツィアは観光地なんだしさ、観光客に紛れ込んじまえばバレっこないさ」

上条「それより、お前らのシスター服の方が目立たないかな?私服とか着れないの?」

アニェーゼ「もっと派手な方がいいですか?」

上条「超目立つわ。前に出てってどうすんだよ」

ルチア「私たちの服装に関してはシスター・インデックスがあなたの身近にいらっしゃったでしょうに」

上条「……」

アンジェレネ「か、上条さん?」

上条「……あぁ!シスター・インデックスってインデックスのことか!誰だと思った!」

アンジェレネ「『そ、それは心外かも!』ってイギリスでツッコんでると思いますよ」



――ヴェネツィア 旧オルソラ私邸 昼過ぎ

ガ、ギッギッギッギッ、パタンッ

オルソラ「――うーん、いい陽気でございますね。今日もヴェネツィア晴れでございますよ」

アンジェレネ「こ、渾身の力を入れないと開かない窓って、もうお取り替えの時期が来ているんじゃないかと……」

オルソラ「ヴェネツィアは干潟の上に建っている街でございまして、どうしても金属は錆びやすい環境で、ですね」

オルソラ「風光明媚な街で暮らしてみたはいいものの、いざ実際に暮らしてみれば、という住人あるあるでございますね」

アニェーゼ「観光地なんて夢もセットで売ってる商売ですからね、まぁそんなもんでしょう。ローマも住むにゃもっと近代化してほしいと何度思ったことか」

オルソラ「古き良き風情も大切なのでございますよ?こちらのお家も、お歳を召されたご夫婦が」

オルソラ「『誰も住まないと家が廃れるし、オルソラちゃんさえ良かったらボンクラ息子と一緒に貰ってくれないか?』と仰られまして」

オルソラ「ご結婚は丁寧にお断りした上で、せてめ家だけはとご厚意で住まわせて頂いておりました」

アンジェレネ「た、多分メインは息子さんの方で家はオプションのつもりだったんじゃないかと……」

アニェーゼ「上条さんいたら巨大化して火ぃ吹きそうな台詞ですよね。つーか人生狂わされた被害者がそこそこいそうな」

アニェーゼ「まぁ一人で住むにはちょいと大きめだな、ってのはそういう理由があったんですね。付属品がなくて丁度良い家だと思います」

オルソラ「ありがとうございます。付属品とやらが何の事は存じませんが、家も喜んでいるでしょう」

アニェーゼ「いえあの、私はメンテしていたオルソラ嬢を誉めたつもりなんですが……」

アンジェレネ「で、でもここで私たちもお世話になっていいんでしょうか。ほ、ホテルとった方がいいんじゃ?」

オルソラ「小さなホテルは幾つかございますが、基本的に部屋は数年先まで埋まっているかと。飛び入りで訪ねても徒労に終わりますですよ」

アニェーゼ「こっちに来るって決まったのは四時間前ですしね。こっちの都合ってもんも考えてほしいです、まったく」

オルソラ「宮仕えの厳しいところですね。宮だけではございませんが」

アニェーゼ「ですかね。さってと。ダベっててもしょうがないですしお手伝いしますよ。何しましょうかね?」

オルソラ「ありがとうございます。では水回りの点検と、あと一階の簡単なお掃除をお任せしたいかと」

アニェーゼ「水回りですね分かりました。業者に連絡はもう入れたんで?」

オルソラ「あ、うっかりしておりました。これからでございますよ」

アニェーゼ「しっかりしてくださいよ。この調子で他にも大切なこと忘れてやいないでしょうね」

アンジェレネ「そ、それはないですよぉ、ねっ?」

オルソラ「シスター・アンジェレネの仰るとおりですよ。まさか、でございます」

オルソラ「あとそれに『大したことじゃないから忘れるんだ』と、いう格言もありまして」

アンジェレネ「そ、そうですよねっ!き、きっと大した事じゃないから忘れてもいいんですよねっ!」

アニェーゼ「ですね!間違いない!」

オルソラ「でしょうか」

アンジェレネ「ち、ちなみにその格言は誰が言ったんですか?」

オルソラ「それが、忘れてしまったのでございますよ」

アニェーゼ「オイオイ」 ペチン

アニェーゼ・アンジェレネ・オルソラ「あははははははは」

ルチア「――というかそろそろ現実逃避から帰ってきて頂きたいのですが。お三人とも」

ルチア「昭和のヌルついたお笑いはいいのです。何故私が昭和を知っているかは分かりませんけども」

アニェーゼ「いえ、シスター・ルチア。これは現実逃避じゃなく、ある種の高度な戦略的駆け引きと言っても過言じゃねぇんですよ」

ルチア「伺いましょう」

アニェーゼ「問題があるのも気づかないフリをしていれば解消されるかなー、という淡い期待をですね」

ルチア「そういう場合、大抵悪化するだけかと思います。歯が痛くなったら歯科へ行かないと治らないのと一緒で」

アンジェレネ「は、歯医者さんに行かなくても術式でちょちょっとできるって噂が……」

ルチア「魔術を正露○扱いにするのはおよしなさい。歯に詰めたところでう蝕は元には戻りませんから」

アニェーゼ「あれ?治るって聞きましたのは都市伝説なんで?」

ルチア「あくまでも某ネット辞書知識ですが、歯茎の痛みの感じる部分自体が壊死するだけだそうです」

アンジェレネ「う、うへー。より悪化するじゃないですか!」

オルソラ「正露○自体は戦地へ向う兵士に持たせられたものでして、根本的な治療よりも一過性の痛みを和らげるのに適しております」

オルソラ「したがって銃後の備えであるよりも、有事に力を発揮するタイプと言えまして置き薬や常備薬としては中々真価を見せられぬという意見もございまして」

ルチア「正露○考証は結構です。シスター・オルソラ」

オルソラ「というか一体、皆さんは先程から何のお話をされてるのでしょうか?」

ルチア「ついて来てすらなかったのですね!?何となくそんな気はしていましたが!」

アンジェレネ「り、リピートするよりはまだいいかと……い、いや良くないですね!」

アニェーゼ「まぁ騒いでも仕方がないですからね。いないもんはいないですし」

オルソラ「はぁ。何か忘れ物でもされたので?でしたら私が探して参りますけれど」

ルチア「……落とし物ではなく尋ね人ですね。というかロンドンからここまで一緒に来たでしょう?」

オルソラ「ロンドン……?――あぁ!」

ルチア「そうですそうです。それですよ」

オルソラ「大変です!確かキッチンのお鍋でお湯を沸かしていたのでございますよ!早く止めないと!」

ルチア「すいませんシスター・アニェーゼ。最近私、天然ばかり担当になっているのですが、これはどういう罰でしょうか?」

アニェーゼ「耐えるのですシスター・ルチア。きっとそのツッコミスキルを生かせる場面が来ますから」

ルチア「そんな面白おかしい場面は来ないと思います。仮に来たとしても、逃げます」

アンジェレネ「あ、あのぅシスター・オルソラ?き、キッチンも綺麗に半壊したので今頃は業者さんか神裂さんが入ってるんじゃないかなぁ、って思うんですよ」

オルソラ「では一件落着でございますね。それでは今晩の支度を」

ルチア「巻き戻っていますオルソラ。何一つ解決せずに時間だけが過ぎ去っています」

オルソラ「えぇと、では何が問題なのでございましょうか?」

ルチア「彼ですよ、彼!日本人の彼が居ないとは思いませんかっ!?」

オルソラ「彼、でございますか?どちら様で?」

ルチア「ですから!」

アンジェレネ「(あ、あのーシスター・アニェーゼ?)」

アニェーゼ「(しーっ、静かに。今良いトコですから邪魔しないでください)」

アンジェレネ「(い、いいとこですかぁ?)」

アニェーゼ「(頑なに上条さんの名前を呼ばないシスター・ルチアと、天然を装った多分計算のオルソラ嬢のせめぎ合いが!)」

アンジェレネ「(そ、そうかなぁ?シスター・オルソラはそこまで黒くはないんじゃないかと)」

アニェーゼ「(いいえ、騙されちゃいけません。あのチチには欺瞞と悪意、そして堕落の匂いがプンプンと……!)」

アンジェレネ「(そ、そういう理屈でしたらシスター・ルチアも同じじゃないですかぁ)」

ルチア「ですから!か、上条当麻ですよ!『幻想殺し』の!」

オルソラ「あぁ、上条さんでございますか。それでしたらそうと早く仰ってくだされば、シスター・ルチアもお人が悪うございますね」

ルチア「……くっ!どっちが!」

アニェーゼ「全面的なレベルはどっちもどっちですけど、分が悪いのはシスター・ルチアですかね」

ルチア「あなたまで!」

アニェーゼ「いいですか、シスター・ルチア?私がロンドンで学んだことは三つあります」

アニェーゼ「一つめは『下っ端の方が気が楽』、二つめが『イギリスのお菓子は意外と美味しい』」

アンジェレネ「ど、同意はしますが二番目がそれですか」

アニェーゼ「そして最後が『オルソラ嬢はそういう生き物なんだから逆らうな』です」

オルソラ「あらあら。誉めても何も出ないのでございますよー?」

ルチア「……オーケー、分かりました。血管が切れる前に、少し頭を冷やしてきます。宜しいですよね?」

アニェーゼ「まぁ、お気をつけて」

ルチア「では、ごきげんようっ」

パタンッ

オルソラ「何やら怒らせてしまったのでございますね。また私が至らぬばかりに」

アニェーゼ「いーえ。オルソラ嬢は何も……じゃねぇですけど、シスター・ルチアの態度も良くはありませんでした」

アンジェレネ「そ、そうなんですか?」

アニェーゼ「あなたも聞いた事ないでしょう?上条さんのこと、つーか固有名詞で呼んでなかったって話で」

アンジェレネ「あ、あー……ですね。い、言われてみれば殆ど、というかわたしは聞いた事ないですっ」

アニェーゼ「原因は分からなくもないんですが、まぁ欠点を欠点と自覚すんのはいいことかと」

アンジェレネ「き、嫌われてるんでしょうか上条さん?わ、割とお菓子くれますしご飯もくれますから良い人ですよ?」

アニェーゼ「その判断基準のチョロさにかなーり不安を覚えっちまいますが、まぁ悪い人ではないですよね。悪事がそもそも無理っていうか」

アンジェレネ「で、でもですよぉ。あそこまで嫌うことないんじゃないかなぁって」

オルソラ「いいえ、シスター・アンジェレネ。昔から言うのでございますよ、『好きの反対は無関心だ』と」

アンジェレネ「す、ストーカーさんが人の道を踏み外すきっかけになりそうな」

アニェーゼ「まぁ……最初よりかは接触も増えてるっちゃ増えてますかね。どっちかっつーと教育的指導が主であり、ウチの名物コンビを見てるようなんですが」

オルソラ「名物?」

アンジェレネ「ど、どうも。め、名物コンビのアンジェレネです」

オルソラ「これはこれはご丁寧に。オルソラと申します」

アニェーゼ「ですのでそーゆースイーツな関係ではないかと」

アンジェレネ「で、ですかねぇ。『口うるさい姉がいたらこんな感じ?』って」

オルソラ「そうでございますか。あら、でしたらアンジェレネさんとしてはお姉様をとられたようで寂しいのでは?」

アンジェレネ「……そ、そうですねぇ?そ、その気持ちがないと言えば嘘になりますかねぇ」

アンジェレネ「で、ですがわたしはっ!お、オトナとして自立するためにも生暖かく事態の推移を見守っていきたいと思いますよっ!」

オルソラ「大人でございますね」

アニェーゼ「で、本音は?」

アンジェレネ「お、怒られる対象が二人に増えれば、あ、あーら不思議!な、なんと被害も丁度半分こされるんですよっ!」

アニェーゼ「それはマジでシスター・ルチアに謝った方がいいと思います」

オルソラ「策士でございますね。孔明もビックリです」

アンジェレネ「そ、それほどでもっ!」

アニェーゼ「孔明さんのあの世で『なんでだよ』ってツッコんでると思います。美少女化されたり男色家にされたり、踏んだりと蹴ったりなので追い打ちは、あまり」

アンジェレネ「と、とゆうかですねぇ。我々も上条さんを探さなくてもいいんでしょうかね?し、シスター・ルチアだけにお任せするというのも」

オルソラ「問題はないかと。この家も一度お招き致しましたし」

アンジェレネ「い、いえあの、どの道通っても同じようにしか見えないこの街は、一応イタリア人のわたしでも厳しいんですけど……」

アニェーゼ「いやいや。上条さんも学生とはいえ旅慣れてますからね。そんなに心配するこっちゃないでしょう」

オルソラ「身の危険が、という意味では全く全然これっぽっちも心配はいらないのでございます――が」

アニェーゼ・アンジェレネ「が?」

オルソラ「『次はどんな女引っかけてくるんだあの野郎』という意味では、大いに不安であるのでございまして」

アニェーゼ「一縷の光明すら叩き潰す正論お見それしました。また誰拾ってくるんですかねー」

アンジェレネ「じゃ、じゃあ急いで探した方がいいじゃないですかぁ!」

オルソラ「そうでございますね、えぇ。、街の雰囲気も異常でしたし、早めに見つけた方が宜しゅうございますね」

アニェーゼ「ですね。それじゃ業者に連絡すんのは後回しに――ちょっと待ってください、ちょおおっと。てか待て!」

オルソラ「えぇと、業者さんの番号は……どちらに置いたんでしたっけ?」

アニェーゼ「そこじゃねぇんですよ!異常?異常ってなんですか?初耳なんですけど?」

オルソラ「おや?言っておりませんでしたか?これはまたやらかしてしまったのでございますね」

オルソラ「失敗失敗、でございますよ。てへり」

アンジェレネ「そ、そんないい笑顔で言われても困るんですけどっ!て、てか確実に上条さんが甘やかすから同性から嫌われる系のリアクションを」

アニェーゼ「いや冷静にツッコんでる場合じゃないです!」

オルソラ「えぇと、ここへ来るまでに仮面と仮装をされた人達がおられましたでしょう?」

アンジェレネ「あ、あー……あぁ、いましたね。ど、ドレスと仮面つけてた人達」

アニェーゼ「マスケレェタ――マスカレードでしたっけ?ヴェネツィア・カーニバルで街全体が仮面舞踏会さながらの様相になるってぇ話ぐらいは、まぁ」

アンジェレネ「び、ビックリしましたよねっ。ま、前に来たときは居なかったですし」

アニェーゼ「不本意ながら私もです。てか謝肉祭の季節でもないってぇのに、よくやるもんだと。観光客ウケですよね?」

オルソラ「さようでございますね。”普通”は観光協会と有志の方が交代で仮面と豪華な衣装を着て練り歩く方がそこそこ」

アンジェレネ「か、観光客の方と写メですねっ」

アニェーゼ「個人的には”有志”って連中が……いやまぁどこにでもいますよね、レイヤーさんは」

アンジェレネ「と、当人たちはそのカテゴリーだと不服だと思いますけど」

オルソラ「ですがこれほどの規模、少なくともシーズン外で通りに溢れる程度の仮装は許可される訳がないのでございます」

アニェーゼ「許可……あぁ防犯上のって意味ですかね。悪い事やった後、顔と衣装隠して逃げちまえばまず捕まりませんし」

オルソラ「はい。行政側としては賑やかさと派手やかを保ちつつ、治安も悪くしないよう細心の注意を払っておられます」

オルソラ「その視点からすれば今の街の状況は異常かと」

アニェーゼ「ですね……あー、こっちでも何かトラブってんですか。愛されてますね、上条さんは」

アンジェレネ「あ、あのぅ?お、お二人だけで納得されましてもですね……」

アニェーゼ「あぁ、えっとですね。まずヴェネツィア当局としちゃ観光収入はデカい。だから一部の仮装者を街側で用意してるって話なんですよ」

アニェーゼ「でもあまり増やしすぎたり、飛び入りやモグリを入れたりもしない」

アニェーゼ「だって顔隠して仮装した連中を増やしたら、泥棒して下さいって言ってるようなもんですからね」

アンジェレネ「で、ですよねっ。で、でもそれじゃなんでこの街に仮装した方が大勢いるんですか?」

アニェーゼ「――っていう疑問から浮かぶ推論は二つ。まずは『当局側の摘発が追い付いてない』ってことなんですが」

オルソラ「これは、ノー、でございますね。厳しく取り締まってるのであれば、もっと街全体が殺伐としていたり、雰囲気が厳しくなるのでございます」

アンジェレネ「み、見た感じは平穏……ぽかったような?」

アニェーゼ「ですので推論その二、まぁ多分これで確定だとは思うんですが――」

アニェーゼ「――『最初から取り締まる気がない、そもそも当局側がグルである』、ですかね」



――ヴェネツィア市街 某通り 昼過ぎ

上条「……」

上条(おかしい、とは思ったんだよ。うん、俺は、何か違うと思ったんだ)

上条(混雑した通りを歩いてたらさ?こう、慣れた感じでスタスタ歩くシスターさんが前に四人居てだ、最後尾を俺が付いて行ったんだけど)

上条(土地柄か国民性が知らないが、女性には道を譲るイタリア人。そして俺には厳しいイタリア人)

上条(最初は3mぐらいだったし、まぁ『置いていかないで!?』って言うのも恥ずかしいから、少し早足で追いかけてたんだ)

上条(でもそしたら知らないオッサンから喧嘩を売られる売られる。『急いでんだよ今!』って怒鳴り返したり逃げ回ってたら――)

上条(――ご覧の有様ですよチクショー!あぁもうオルソラ達が迷子に!)

上条(……ごめん嘘吐いた!見事に迷子になっちまってるよ俺がねっ!)

上条(さっきからケータイにかけてんだけど繋がらないし。海外だとコンビニで売ってるsim指さないと駄目なんだっけ?ロンドンじゃ使えたのに?)

上条「……」

上条「つーかヴェネツィアってバスだとスッゲー時間かかんのな!俺たちてっきりそれで来るのが最速だと思ったから誰も止めなかったけど!」

上条「実はあれ海外行きの便へ乗り込むオルソラを阻止しつつ、バスじゃなくてユーロスターに乗り込む、が正解ルートだったとは盲点だったぜ!」

上条「二重三重のトラップが用意してあるとは……!侮れないなヴェネツィア!」

上条「……」

上条(……よし、迷子センターに行こう!大きくて目印になりそうな建物の近くに居れば探してくれるはず……!)

上条(てかあっちに時計台あるよな、ロンドン塔っぽいの。ここからあっち行った方がいいか)

上条(『迷ったら人通りの多いところで一番大きな店に入れ』は鉄則だそうだ。間違っても裏通りに入ったり個人商店は駄目、絶対)

上条(っていうのも普通は”善良”にボッタクリをしている店であっても、カモりやすい相手が来たらTPOに応じて――ってケースもあると。外国は怖いわ)

上条(てかもうこっちは暗くなるのも早いだろうし、あんまのんびり移動もしてらんないんだよなー。時間が惜しい)

上条(あっちまで行くんだったら大通りよりも、こっちの裏道の方が早い……よね?距離的には短いよな?)

上条「……」

上条(まぁ、なんかあったらダッシュで逃げればいいし。こっちの道を行こうか) トンッ

……パキイィィンッ……

上条「……うん?なんか、聞こえたような……気のせいか?」



――ヴェネツィア市街 裏通り

上条「……」

上条(石畳とレンガとレンガ、あとレンガ?観光地の裏側って感じの道?)

上条(日本の繁華街の路地裏そのままだな。飲食店で出たゴミや酒瓶がそこそこ積み上がってる。てか散乱してるわ)

上条(意外だったのは氷まで道にぶちまけられてる。結構大量だし、なんでこんなとこにあんだよ?)

上条(魚屋……冷凍マグロでも積んだトラックでも襲われたのかな?いや逆に氷しかないんだけど)

上条(生活感はあるが人の気配は全くはない。浜面みたいなニーチャンがたむろってたら、回れ右してダッシュで逃げるつもりだったんだが、少し拍子抜けだな)

上条(……まぁ、実は包囲されつつあった、なんて展開じゃねぇだろうな。まぁ慣れてるんですけ――)

ガタッ

上条「――ほーら来たよトラブルが!かかってこいコノヤロー!今の俺は大統領だって殴ってみせるぜ!」

上条「でもボスだけは勘弁な!最近規制で需要がある割には厳しいんだぞ!」

老人「……ん?」

上条(――……ってどっかのじーちゃんが道端で座り込んでる、だけだよな。当然日本人じゃない。気分でも悪いのかな?)

上条「えーっと――キャナイヘルプユー?」

老人「あー……」

上条「ハーワーユーフィーリン?コーラァンアンビラン?」

老人「誰にでも手を差し伸べる。その行動力は美徳だと思うよ」

上条「って日本語喋れんのかい!」

老人「心配してくれてありがとう。ただ休んでいるだけだ」

上条「そう、ですか?肩でも貸します?それとも人でも呼んでくるとか?」

老人「いやいやそれは佳い。年寄りの冷や水か、日本語で言えば柄にもないことをしたというだけの話」

上条「ならいいですけど」

老人「それで何故こんなところに――あぁ久しぶりだね。息災で何よりだ」

上条「いや初対面ですよ。何言ってんですか」

老人「……あぁ、そうか。どうやら人違いだったらしい」

上条「――はっ!?まさか、後期高齢者のオレオレ詐欺が……ッ!?」

老人「君のような孫を持った憶えはない。というか信仰上の理由で妻子を持つのは禁じられているとだけ言っておくよ」

上条「いや別に信仰を笑ってるつもりはないんだが、知り合いに俺が似てる?だったらアジア人の友達ですか?」

老人「少し前にここじゃないどこかでね。彼も若い女性に囲まれていたものだから、つい」

上条「俺要素一つもないじゃないですかコノヤロー。それともあれですか?おのぼりさんのイタリアバージョンでもあんの?」

老人「気を悪くしたのなら謝罪しよう。そう卑屈になることもない、とも付け加えておくが――さて」 スッ

上条「歩いて大丈夫?えっと、あー、なんだったら道知らないけど、教えてくれれば送っていきますけど?」

老人「いや軽い見回りのようなものだ。掃除は終わった、これといって急ぐ理由もない」

老人「それよりも君の事情を知りたいな。どうしてまたこのようなところに?」

上条「あー、それがさ。友達と歩いてたらはぐれちまいまして」

老人「お友達と来ているのかね?」

上条「地元、っていうか元地元民?あれ、オルソラってイタリア人なんだっけ?」

老人「オルソラとは聖女ウルスラのイタリア語読みだ。洗礼名であれば恐らく……そう、アクィナス……ということはサンクティスもいる、か」

上条「え、なんだって?」

老人「いや何も。想定しうる限りの最悪の中では最善であるが……まぁそれも佳いだろう。然るべくしてなったのあれば必定」

上条「はぁ。まぁそれで思いっきり道に迷ってる真っ最中です」

老人「そうか、それは難儀しているだろう。私で良ければ尋ね人の手伝いをさせてくれないかね?」

上条「そう……あぁいやでも悪いって。俺の都合に付き合わせるのは流石に」

老人「君は厚意でこの年寄りへ手を差し伸べたのであろう。親切には親切を返さねばならぬ」

上条「そう言われると。てか地元の人なんですか?」

老人「近くと言えば近くだね。イタリアのすぐ近くにある小さな国に今は居を置いている。ヴェネツィアに滞在しているのは二週間ほど前だ」

老人「されど二週間、一日よりは長があると思ってくれると有り難い」

上条「そうですか。どうすっかなー……どっかで倒れられても後味悪いし、暫く付き合った方がいいのか」

老人「そこは心の中でだけ思った方が佳いと思うがね。まぁ悪い客引きなどではないよ、こんな年寄りが荷担するような悪事も中々あるまい」

上条「いやそこは心配してないんですけど」

老人「出会ったのも何かの縁だ。この年寄りの話し相手になってくれる対価と思えば、そう高い買い物じゃないだろう?」

上条「うーん……」

老人「無理強いするつもりはないがね。取り敢えず河岸を変えないか。地元の人間以外が裏通りを歩くのは佳くないのだ、あまりね」

上条「あっはい。それじゃ少しだけ」



――ヴェネツィア 表通り サン・マルコ広場

上条 カチカチカチカチカチッ、ピピッ

老人「お友達と連絡は取れたのかね?」

上条「多分。なんか混線してて直で話してはないですけど、メール送ったんで拾いに来てくれると思います」

上条「落ち合う場所は住所だけは分かってるし、タクシー拾っても、ってこっちじゃゴンドラでしたっけ」

老人「この街は運河ばかりだからな。質の悪いゴンドリエーレに捕まったら最期、たらい回しにされて膨大な運賃を請求されかねん」

上条「あー、やっぱりあるんですか。ホテルで呼んでもらったタクシー乗らないとダメ的な」

老人「そのホテルも安いのはダメだ。安宿には安宿なりの理由があり、どこかで帳尻を合わせていると考えねばならん」

上条「……なんでこの人、俺も使わないような難しい日本語喋ってるんだろ……?」

老人「仕事で少々。何回か行ったこともあるしね」

上条「へー、ちなみにどこへ?」

老人「広島と長崎、それともう一つ私用で。前者はあまり出歩けず窮屈な思いだったが、後者はそれなりに有意義であった」

上条「仕事――マフィアですか?」

老人「その問いへ対してはノーであるが、街の特性上イエスと答える人間も多いため、あまり多用すべきジョークではないな」

上条「いやあのですね、どうみても死神かダークジェダ○、もしくはあっちの人らにしか見えないんですが……」

老人「困ったものだね。私は自身に架せられた仕事をしているだけというのに」

上条「微妙にステイルに似てんなこの人」

老人「方向性は違えど、このまま一線で生き続ければそうなるだろうね。いつかその炎で自身の体を灼かないといいのだが」

上条「ん?」

老人「なにかね?」

上条「今会話な不自然な流れがあったような……?まぁいいか」

老人「君はイタリアまで観光に?それともビジネスで?」

上条「どっちだろう?仕事、かな。一応は」

老人「年若いのに感心なことだ。その身で起業でもしているのかね」

上条「いやいやまさか。使いっ走りってか視察っていうか。あ、でもそういう意味じゃ観光でも間違ってないかも?」

上条「てかおじいさん、この街に来て二週間ぐらいって言ってたよな?」

老人「うむ」

上条「唐突で悪いんだけど何か変わった事ってなかった?」

老人「変わった、とは具体的に?」

上条「変な武器持った女の子が暴れ回ったり、変なトランク持ったテロリストが逃げ回ったり、空から腹ぺこシスターが降ってきたり」

老人「ファンタジー映画かな。そんな機会は人生において一度もなかったよ」

上条「じゃ変な人は?あからさまに怪しい外国人だったり、堅気じゃない雰囲気の人みたいな感じの」

老人「私の眼前に一人いるな」

上条「俺じゃねぇよ。俺はどっからどう見ても貧乏そうな旅行者にしか見えないだろ!」

老人「的確に自身を客観視できるのは佳いことだ。しかし変わったと言われても、私はそもそもこの街の生まれではないしな」

仮面仮装者『……』

上条「あのさ。街に入ってからずっと気にはなってたんだが、あの人達は何やってる人なんだ?観光客向けのレイヤーさん?」

老人「『ヴェネツィア・カーニバル』は、知らないか。仮面舞踏会の一種ではあるんだが」

上条「”仮面”は分かるとして”舞踏会”は違くね?」

老人「少し長くなるのだが……まずこの国が独立国だった頃の話をしようか」

上条「あ、知ってます。ヴェネツィア共和国でしたっけ?」

老人「そうそう。千年近く独立国家を貫いていた国なのだが、その国がアクイレイアという都市……の、ような国家に勝利した」

老人「そのときにここ、サン・マルコ広場で人々が集まり、歌い踊り祝ったのが仮面舞踏会の発祥だと言われているね」

上条「へーここで。仮面”舞踏”会って言うもんだから、お城とかでするもんだと思ってた」

老人「その解釈は正しい。後にヨーロッパ各地へ広まったとき、その多くは王族たちの間に浸透し、宮殿で行われていた」

老人「実際に仮面舞踏会は仮装をして”舞踏”、ダンスを踊るのが当時の主流であったそうだよ」

上条「今いる人らのような、ドレスに仮面つけてる感じだと踊るの難しそうだよな」

老人「よって舞踏の部分が徐々に廃れ、仮装をして集まるスタイルが定着したという訳だ。ヴェネツィアのように」

上条「それじゃ珍しくもないんだな」

老人「そうだね。私見慣れている――の、だが。それもカーニバルの時であればの話だ」

上条「カーニバル、謝肉祭だっけ」

老人「イースター前の四旬節、まぁ2月から3月ぐらいにかけて行われる。世界で一番有名なのがリオのカーニバルではあるが」

上条「あれ本当に十字教のお祭りなのかってぐらいハジケるよな。やったら露出の高い格好と山車だしを引きずり回して」

老人「単体で見ればそうかも知れぬ。ただ十字教としては一連の儀式の一つなのだ」

上条「一連の?」

老人「うむ。まず謝肉祭で充分に飲み食いをし、次の40日間は四旬節へ入る」

老人「四旬節としては神の子が復活する前の苦労を共にする意味があり、地域や宗派によっては断食や節制をして慎ましく過ごす」

老人「四旬節が過ぎればイースター、所謂復活祭で神の子が生き返ったことを大いに祝う。全てが一連の流れであると知るが佳い」

上条「十字教的には大イベントか」

老人「まぁ暦の上でも冬の一番厳しい季節だ。食が乏しくなっている頃を信心によって堪え忍ぼうという思いがあるのも否定は出来ん」

老人「そしてまたこの謝肉祭。詳しい由来が分かっておらぬのだ」

上条「え、そうなの!?こんだけ自己主張強いのに!?」

老人「通俗的な祝い事故に教会の文献には殆ど姿を残しておらぬ。だがまぁ幾つかの説はある」

老人「一つ、主に西方教会の信仰が強い地域で行われている……と、西方教会といって分かるかな?」

上条「あーっと、ちょい前に教わったな。東方教会がビザンツ帝国の流れを受けたギリシャとかの人達で」

上条「西方教会が今のローマ正教。東じゃなくて西へ向って勢力を伸ばしたって」

老人「その通りだ。東ではなく西側で広く行われ、その植民地にまで伝播する騒ぎになってしまっている。以上が一つ」

老人「次に古い謝肉祭では一週間ほど宴をした後、『自らの乱痴気騒ぎの原因はこの藁人形だ!』と火をつけたのだそうだ」

上条「超とばっちりじゃん藁人形」

老人「そしてその藁人形を運んだ車、木で作った”船”でもあったそうだよ」

上条「……船?――船葬墓かっ!?」

老人「おや、よく知っているね。”それ”がルーツだとも言われている」

上条「要は、ゲルマンの古い祭祀が形を変えて十字教に組み込まれたってことか――じゃない、ですか、か」

老人「そう解釈すると色々と筋が通る。西方教会には多くのゲルマンやゲルマンと同化した民が多く居たのも事実」

老人「彼らの祭祀や風習を取り入れ、十字教の教えに沿うように”解釈”した痕跡すらある」

老人「不死者バルドルはヤドリギで殺され、船に入れて流された――」

老人「――そしていつしか、然るべき時に甦って王冠を継ぐ、とね」

上条「偶然って話じゃない、んですか?たまたまとか、そういうのでさ」

老人「偶然、それは当然あり得る話だ。遠く離れた場所の信仰や民話が似通っているケースは幾らでもあるよ」

老人「文化の伝播が認められない以上、まぁ人間の深層心理は似通っているね、というのが今の流行りなのだが」

上条「が?」

老人「カーニバルにはね、南半球にまで波及して行われているものが幾つかある。君が言ったリオのカーニバル、そしてボリビアはオルロのカーニバルだ」

老人「どちらも植民地となり十字教が布教された行われたのだが、あまり誇らしくもない」

老人「しかし結果だけ見てみれば研究者としてはそれなりの価値を見出せる。一言で言えば取り込んだのだよ」

上条「取り込んだ?」

老人「オルロのカーニバルには殆ど十字教の聖人や天使、悪魔は出て来ない。彼らが仮装しているのは現地で信仰されていた神々やその眷属達だ」

老人「まぁ信仰を変えよ宗教を変えよと征服者に強いられ、かといって憎い相手をそのまま受け入れたり祖霊を捨てるのもできず」

老人「彼らが折衷した結果が土着の信仰との一体化であったようだ」

上条「それと全く似たようなことが大昔のヨーロッパでも行われて、その痕跡がカーニバルで使う山車に残っている」

老人「という説もある、ぐらいの与太話だよ。何にせよ実質的な証拠がない以上、ただの推測に過ぎない」

上条「そう、か?なんかあんた確信があって言ってるような感じが……?」

上条「今使っている曜日はローマ式なんだっけ?で、名前の由来は北欧神話。文化も相当深いところにまで食い込んでいてもおかしくはないよな?」

老人「然り。よって『北欧神話の影響を受けた十字教の術式』や、また反対に『十字教を組み込んだ北欧神話の術式』も可能となる」

老人「ともあれ昔の話だ。今更二つを『これこれは純粋な十字教の祭祀に非ず』と仕分けする訳でもない」

上条「……」

老人「まさか今頃ヴァイキングの末裔がクレームをつけてくる、というのも可能性も低かろうさ」

上条「……一つ聞いていいか?」

老人「構わないよ」

上条「えっともしかして」

老人「――ふ、気づいたかね」

上条「もしかしてあんた――敵の魔術師か……ッ!?」

老人「気づいてなかったね。『ふ』とか柄にもなく言ってしまった自分を恥じたい。酷く恥じたい。というか君、私の顔を知らないというのは相当あれだぞ」

上条「いや、魔術師ってのは想像がつくんだが」

老人「まぁ分類で言えば『教皇級』だね」

上条「そのカテゴリーって多様化&インフレ化が進んで『あぁそう?』みたいな感じになっちゃってるんだけど」

老人「それを言ったら『聖人級』もそうだよ。教皇や聖人と戦闘経験があるものなど殆どいないのに、何故か魔術の大小の単位として使われておる」

上条「まぁ有名税みたいなもんだし、(※ただし自称)ってのが殆どだよな」

老人「だから、私はそういう手合いではないのだが……まぁ佳いか」

上条「もしフリーの魔術師だったら頭を貸してほしいんだけど、ダメかな?」

老人「少し前までは楽な身分だったのだがね。今はローマ正教に雇われた身だよ」

上条「ローマ正教……うーん……」

老人「苦手かね?」

上条「って訳じゃないけど、つっても敵じゃないんだし、できれば穏便に済ませたいんだよなぁ」

老人「間を取り持っても構わないよ。君たちさえ佳ければ、多少の都合はつけられると思うが」

上条「じゃ、じゃあ協力ってできないかな?俺たちも少しだけ情報持ってるし、お互いにカードの見せ合いぐらいはできると思うんだよ」

老人「ローマ正教にはできれば内緒で?」

上条「……ダメかな?」

老人「内容次第だな。こちらも面倒を起こしたくないし、時々老眼になってしまうこともあるやも知れん。歳はとりたくないものだ」

上条「そっか。じゃ今からメシでも食べに来てもらっ――」

ルチア「あ、あ、あ、貴方あなたはっ……ッ!?」

老人「ふむ?」

上条「あー、ごめんごめん。俺の連れだわ、てか何そんなに驚いてんだよ。リアクションがデカすぎんだよ。新喜○か」

ルチア「なにを、されているのですか、こんなところで……ッ!!!?」

上条「あぁ俺は道をブラっていたらこの人に助けてもらって」

上条「……」

上条「うん?なにを”されて・・・”……って?なんで謙譲語?」

老人「尊敬語だね。というよりも恐らく、君ではなく私へ対して喋っているのだと思うよ」

上条「お、知り合いなんだ?ローマ正教だもんね」

老人「あぁ、自己紹介がまだだったな。私としたことが、顔を知られていないの愉快でね」

上条「俺もまだだったな。俺は」

老人「上条当麻君だろう?私はマタイ=リース、マタイと呼んでくれたまえ」

上条「あぁマタイさんね、どっかで聞いたような――そうか!前の教皇の名前と同じだよな!」

マタイ(老人)「私だね。私はローマ正教第265代教皇を少し前までしていた」

上条「へー、教、皇……?」

マタイ「うん。君の抹殺指令書にサインしたのも私だ。あ、今は撤回してあるから心配はしくても」

上条「――――――あ」

マタイ「あ?」

上条「あんなところに神の子が……ッ!!!」

マタイ「よく居るよ。自称から他称まで、生まれ変わりからお手製の聖痕まで拗らせた――もとい、拵えた者までたくさん見てきた。嫌と言うほどに」

マタイ「というかね、そういう人達は一定数居るのは否定せんし、また多様性があるのも認めないではないのだが、とはいえ尊敬と節度というものがね」

マタイ「まぁとにもかくにも、立場上私が一当てせねばならん。どこにその不敬な者が居るのだろうか?どうにも歳を取ってから目が弱くなってね」

マタイ「……上条当麻君?」

……

マタイ「逃げた、か?古典的とはいえ、中々味のある事をするものだ」

仮面仮装者「サンクティスの部隊のシスターを抱え、脱兎の如く駆け出していきましたが」

マタイ「若さとはそういうことだな、羨ましくもあり恥ずかしくもあり。気がつけば前に進んでいる」

マタイ「いつしか遠き佳き思い出に変わり、古いページをめくるように大切に思い返すのだ」

仮面仮装者「追いましょうか?」

マタイ「いや。少し走れば頭に登った血も下がるだろう」

仮面仮装者「ですが危険かと」

マタイ「わざわざ聖堂騎士団を動かして虎の尾を踏んだら目も当てられん。あくまでも穏当に、だ」

マタイ「『禁猟区』を隔離してある以上、危険らしい危険はないのだしな。卿らの働きもあってのことだが」

仮面仮装者「お言葉、身に余る光栄でございます!我らローマ正教十三騎士団は御身と共に!」

マタイ「あぁ佳い佳い。バチカンも卿らの活躍には常に感謝と尊敬の念を持っているよ」

仮面仮装者「それで……『幻想殺し』で破られる心配はないのでしょうか?」

マタイ「まさか!先程も私の張った結界を破って入ってきたとも、人の手には少々強すぎる代物だな。あれは」

マタイ・仮面仮装者「……」

マタイ「――聖堂騎士団全員に通達、上条当麻とそのシスターの身柄の確保に全力を尽せ。騒ぎになっても多少は構わん」

仮面仮装者「はっ!ただちに!」

マタイ「……やれやれ。どうにも上手く行かないものだな」



――ヴェネツィア 『禁猟区』

上条「……はぁはぁはぁ……はぁ、ふーっ……」

ルチア「あ、あの?」

上条「おぅ待ってくれ。後一分だけ休んだら、また全力ダッシュすっから」

ルチア「い、いえあの、降ろして」

上条「降ろす?」

ルチア「じ、自分の足で走れます!ですから降ろして下さい!」

上条「あぁ――あぁうんゴメンな!俺が抱えて走る必要はなかったな!」 トンッ

ルチア「い、いえ謝る必要はありません。私もあの場でとっさに走れるかといえば、難しかったと思われますし」

上条「だよな!」

ルチア「反省してください。今のは社交辞令が大半です!」

上条「……」

ルチア「なんですか。反論がおありでしたらどうぞ」

上条「いやここは『ルチアって重かったー』とか、不用意な事言ってフラグをヘシ折る場面なんだが」

上条「その背丈からして驚くぐらい軽いっていうか、食後のインデックスよりも大分軽い」

ルチア「女性の体重をみだりに吹聴するのは罪と知りなさい」

ルチア「シスター・インデックスは……えぇと、唖空間的なアレに呑み込まれているので体重は変わりません!」

上条「またフワッとした擁護だなオイ。いいか?質量保存の法則ってのがあってだな」

ルチア「というかあなたは!あなたという人は一体何をしているのですかっ!?」

ルチア「ローマ教皇ですよ!?今は前教皇ですが、実権の多くを未だ握っているというあの方がどうして……!?」

上条「って言われてもなぁ。路地裏で座ってたじーちゃんに声かけたら、流れで?」

ルチア「そのまた悪意がないのも!強く攻められないではないですか!」

上条「じゃあいいじゃん」

ルチア「軽率な行動をとるのはやめてください!」

上条「というか多分”どうして”に繋がると思うんだよ」

ルチア「はい?」

上条「だからあの人、マタイさんが――って疲れたから座ろうぜ。追いかけてくるかも知れないし、少しでも体力回復させたい」

ルチア「私は緊張はしましたが、そんなに疲れてはいませんけど」

上条「つーか海綺麗だよなー。前に来たときはよく見れなかったし」

ルチア「そう、ですね。それは同意です。私も前はそんな場合ではありませんでしたからね」

上条「アニェーゼと一緒に監禁されてたんだっけか?……口に出すとエゲツないことしてやがんな、ローマ正教」

ルチア「その際に一度、この街で脱走しようとしたのですが……」

上条「……そうか。また捕まって」

ルチア「はい」

上条「口には出せない薄い本的なあんなことやこんなことを……ッ!」

ルチア「よし、歯を食いしばれ」

上条「ジョークだよジョーク!場を和ますために!」

ルチア「全く笑えませんし、本当に何かあったらどうするのですか!?」

上条「お前らのブラックさを聞いてるとありそうだろ!」

ルチア「強く否定出来ないのが辛いところですが……”女性”に関してはあまりありません。”女性”に関しては」

ルチア「少しでも偉い方になると『女性=堕落させる象徴』と解釈され、むしろ忌諱されていますし」

上条「それもう信仰じゃなく癖だろ。特定の癖を拗らせた人達が集まってる」

ルチア「もうその話はいいです!それよりも先程の続きを!」

上条「よし、じゃあちょっと屈んで俺の首を掴んでくれ」

ルチア「誰が『もう一度お姫様抱っこをしろ』と言いましたか!?そういうのはオルソラにでもして差し上げればいいでしょう!?」

上条「オルソラにはしたような気がする。ほら、シスターさんがよってたかってイジメてたのを助けた時に」

ルチア「ほんっっっっっっとにあなたは私たちの黒歴史ばかり突いてきますね!見事なものです!」

上条「落ち着けルチア。俺が悪かったから霊装取り出そうとすんな、あれ破片がガードしにくくて刺さると痛いんだ」

上条「あーっと……マタイさんの話だ」

ルチア「そうです!その話ですよ!」

上条「俺と出会ったのは偶然みたいな事言ってたけどさ。ここにいたのも偶然な訳ないよなって」

ルチア「ここ?」

上条「だからヴェネツィアにだよ。俺らがイタリア来るのを察知した上、先回りして会いに来たってんじゃないだろ」

上条「もし向こうがこっちの動きに気づいてるんだったら、空港かバスから降りた瞬間に囲まれる」

上条「逆に泳がせられるのなら、わざわざ向こうの前トップが姿見せて『こんにちは』なんて挨拶してこない」

ルチア「そう、ですね。はい、それはその通りだと思います」

上条「本人申告だけと二週間ぐらい前から滞在してる、っても言ってたな……あークソ、いい予感が微塵もしねぇ」

ルチア「二週間……確かに。と、するとヌァダが言っていた霊装に関連し、前教皇猊下がヴェネツィアにおわしていた、ですか」

上条「まぁ不意に遭遇してそのまま戦闘になるよりはまだマシかなぁ」

ルチア「あちらも私たちに害意を持って、というのもないでしょうか。あればアウェイで逃げおおせなどできないでしょうし」

上条「遭遇もたまたまだったし、仲間を呼ぶ時間もあったのにしなかった?……よく分かんないな。戻って頭脳担当に相談するしかないか」

ルチア「……どうしてこう予定が狂うのでしょうかね」 チラッ

上条「おおっと待ってくれ!確かに遭遇したのは俺だけど、マタイさんが居たのは俺関係ないんだから半分ぐらいしか責任はないんだからね!」

ルチア「それでも半分はありますね。隠密行動をする前にできなくしたという罪が」

上条「よし、じゃあこう考えよう――『プランが最初から無理だった』って」

ルチア「それは同行者全員が薄々そう感じつつも、敢えて口にしなかっただけですね」

上条「ヴェネツィア着いた初日にもうグッダグダなのが残念だ。後で神裂さんに何て言って謝ろ――う?」

…………パキッ…………

ルチア「素直に話すのが宜しいかと。事態を隠しても改善など、とても」

上条「神裂にはいざとなったら必殺のDOGEZAがあるからいいんだけど。そうじゃなくてあれ。見てくれよ、あれ」

ルチア「あれ?」

上条「運河の方。海面がやったら上がってきてる」

ルチア「海面が?あぁ珍しくもないでしょう、近くに埠頭もありますし。ここ近年の温暖化により海面そのものが上昇しています」

ルチア「数年前、サン・マルコ広場――先程居た広場が浸水し、観光客の出入りが禁止されと聞き及んでいます」

ルチア「現に今も街のあちこちで『水没により立ち入り禁止』、という区域があちらこちらに」

上条「――立ってくれルチア」

ルチア「……なんですかもう。海が珍しいのならポストカードでも買えばいいでしょう?」

上条「あそこ、分かるよな?」

……パキッ……パキパキパキ……

ルチア「波が……いえ、塩の、柱?」

上条「違う!」

パキッ……パキパキパキパキパキパキィイイッ

上条(海面が泡立って――じゃ、ない!白く見えるのは泡じゃなかった!)

上条(白く立ち昇っているのは――氷だ……ッ!)

上条(花のように、樹氷のように綺麗だ、なんて考えていられる余裕はなく)

上条(小さな氷の粒は海面からせり出して柱を作り、柱は寄り合ってより大きな立像を作る)

上条(重力に逆らって、”それ”は現れた)

上条(俺やルチア、そしてこの街とも因縁が深い――)

上条「――”氷の騎士”……ッ!?」

氷の騎士『……』



――ヴェネツィア 『禁猟区』

上条「すまん。イタリア語で『ちょっとすいません道に迷っちゃったんですけど、お取り込み中なので帰りますね』って言ってくれないかな?」

ルチア「思った以上に余裕がおありですか。言葉が通じるとでも」

上条「いいんだよ!今だったらまだ『ふーなんだ見間違いか』で事なきを得られるかもじゃんかよ!?」

ルチア「事、起きていますからね。今まさに私たちの目の前で」

上条「てかこれ偶然、って訳じゃないんだよな?新しいアトラクションとかじゃなくて」

ルチア「で、あれば楽かとは思います。ですが現実を見なさい……全く、どこまで行っても祟ってくれますね」

上条「追っ手、かな?」

ルチア「可能性だけで言えばそれが一番。何も『女王艦隊』だけが騎士を生む術式が発動できる、という事でもないのでしょう」

上条「現にいるんだからな」

ルチア「海の水があれば無限に作成できる、というのであれば拠点防備にはもってこい。そしてここは」

上条「イタリアのヴェネツィア。ローマ正教本部のあるローマからは割と直ぐそこだ」

ルチア「断っておきますがイタリア国土は約30万平方キロメートル、日本は38万キロなのでそれほど変わりませんよ」

上条「デカい本州一本にギュッて凝縮されてる感じか」

ルチア「果汁入りのリキュールのような例えは如何なものでしょうか」

氷の騎士『……』 ザッ

上条「お前のえっと、木の歯車の霊装――なんて、持ち歩いてる訳ねぇか」

ルチア「『門は貴女へ対して開かれるソロネ』は分解して携帯しています。シスターの嗜みと知りなさい」

上条「おっかねぇよ。最近のシスターブラック過ぎだろ」

ルチア「お下がりなさい。私が」

上条「いや、まずは俺――がっ!」

パキィインッ、ボロボロボロボロ……

上条「効果あり……いや、おかしいぞ!」

ルチア「何がです?」

上条「ロンドン来てから初めてまともに『右手』使った気がする!」

ルチア「良かったですね。ですが」

氷の騎士B・C『……』 パキパキパキパキハキ゚ッ

上条「知ってた。そういう展開ばっかだったからそうなるってのは分かってた」

ルチア「最近も何もありません。以前『女王艦隊』の中でも同じだったでしょう」

上条「拠点防衛なのに打たれ弱くちゃ話になんないもんな。さて、この場所でフクロにされるのも疲れるだけだ――離れろっ!」

ルチア「離れ――あくっ!?」

氷の騎士の腕 ギシギシギシギシッ

上条「っの野郎!」

パキィィインッ!

上条「腕だけになっても動くのかよ!……てか怪我は?」

ルチア「何ら問題などありません。気を抜いていた私が――ってイタっ!?」

上条「折れて……はないか。でも凍傷と裂傷でちっと酷い事になってんな」

ルチア「離しなさい!離してっ!」

上条「――すまん。帰ったらぶん殴られるから、今だけ我慢してくれ!」 ガバッ

ルチア「キャッ!?……え、と、これ、は?」

上条「お姫様抱っこだけど?」

ルチア「抱きかかえている名称を聞いたんじゃありませんよ!どうしてこのようなハレンチな――」

上条「ハレンチの閾値が低すぎる。お前はアレか、ディズニー見る度ハレンチハレンチ言うんかい」

ルチア「フィクションと今まさにある危機とは違います!」

上条「信用ないですよね俺!まぁ知ってたけど!」

上条「……てかクレームあるんだったら後で聞くわ。危機っていうか緊急時事態だし」

ルチア「やっぱり!」

上条「だからエロいことするって意味じゃねぇよ!見ろ、あっちを!」

氷の騎士D・E・F・G『……』 パキパキィッ、パキパキパキパキハキ゚ッ

ルチア「増えて、いますね」

上条「消耗戦仕掛けられたらこっちが不利だし地の利もない。ここは逃げんのがベストだろ」

ルチア「シスター・アニェーゼへ助けを呼ぶのですね?分かりました、であれば私を置いて――」

上条「それはしない」

ルチア「何故ですか!?相手がローマ正教ならばすぐさま命を奪うような真似もしないでしょうし」

上条「『女の子一人置いてノコノコ逃げてきました』なんて、最低な男になりたくない」

ルチア「時と場合によるでしょう!」

上条「……なんてまぁ、綺麗事を言ってはみたんだけど」

上条「散々嫌われてきたシスターのお姉さんに、ちっとばかし格好つけてみたい、って下心も正直ある」

ルチア「愚かです。賢明な人間のなすべきこと、合理的な判断とは程遠いものです」

上条「あれ!?もしかして逆効果だった!?」

ルチア「ですがまぁ……シスター・アニェーゼを助けに行った私たちは、あなたを非難できる言葉を持たない、とも」

上条「だな。それじゃ見直して貰えるようにいっちょ頑張りますか――」

???「――悪いなニーチャン!そいつぁ無理ってもんだぜ、あぁ無理だぜ!」

上条(その声は唐突に現れた。ヌルッと、って言い方がピッタリ来るようにどこからもとかく)

上条(氷の騎士達に周囲を囲まれてるのに。易々と気配を気取られることもなく)

???「ああ!?ちっこい嬢ちゃんじゃねぇのか?随分大きくなったな!成長期か!」

上条「アンジェレネじゃねぇよ。別の人だろ」

上条(そうツッコみつつも俺は乱入者を観察する)

上条(上背は俺よりも、下手すればステイルよりか大きいぐらいなのに、こうあんまり羨ましいとは思えない)

上条(高いっていうか、分厚い?上だけじゃなく横幅もあるもんだから、壁?デフォルメされた人形にも見える)

上条(改めて日の光の下で見ると、それが肥満や着膨れの類じゃなく)

上条(着込んだチェインメインから覗く腕や足は筋肉ではち切れんばかり。ただ太い)

上条(そして持ってる武器が2mぐらいの柄を持つ斧。どう見ても堅気じゃないですありがとうございました)

デカいドワーフ?(???)「ま、再会の挨拶の前にさっさと片付けるとしようや!」 ブウンッ



――ヴェネツィア 『禁猟区』

上条「危ない……ッ!?」

上条(振り上げた戦斧から身をかわす余裕はなく、てか意味があるのかどうかも分からないが)

上条(体を低くして腕の中のルチアを庇う。でもあんな分厚い鉄の塊で斬られたら、俺の体もないよりはマシぐらいだなーと諦めつつ)

上条(あーでもなんかの本で読んだが、生き物の体は脂と肉と骨でできているから、斬ろうとするのは難しいんだそうだ)

ガキィィンッ!!!

上条(と、現実逃避してる間にナイス・ショット☆されるだろうし。思ったよりも痛くないなー、でも目を開けてスッパリいかれてたらイヤだなー)

上条(そんなことを考えてたら、だ)

デカいドワーフ?「盛るのはいいが場所考えろや!なぁ!」

上条「防御姿勢だよ!誰がこんな危機的状況でおっぱじめるか!?」

上条「あぁまぁ確かに腕の中は柔っかいやら良い匂いがするしあぁこれが生命の危機が近づくとエロくなるって意味かなって複雑な気持ちだけど!」

ルチア「最低な事を言っていると自覚しなさい。それと目を開けてもいいと思いますよ」

上条「……スプラッタになってない?」

ルチア「私はむしろしたい気分です。庇って頂いた以上、誰を、とは敢えて言いませんが」

上条「おいオッサン、初対面なのに好感度タダ下がりだな?」

ルチア「私を、降ろしなさい」

上条「……すいませんでした――って一撃かよ!?」 トサッ

上条(氷の騎士、だったものは地面へ散らばり残骸だけになってる。音は一回だったのに、その一撃で四方八方の騎士数人を砕いたのか)

上条(というか……この”氷”。今にして思えばさっきマタイさんと遭遇した路地裏に転がってたのも……?)

デカいドワーフ?「――ん?あー分かってる分かってる!にーちゃんが実ぁ今っから物凄い必殺技出すところだったんだよ、なっ!?」

上条「は?」

デカいドワーフ?「悪かったなぁ出番とっちまってよぉ!なぁ!?本気出すところだっのたによ!」

上条「演技下手だなおい!余計な気遣いすんなよ。そんなヤクザに絡まれたヤンキー助けた上、自尊心まで守ってあげよう的な段取りはいらん」

ルチア「ツッコミが的確かどうか難しいですね……えぇと、再生――も、停まっていますね」

デカいドワーフ?「水を抜いて金気をぶち込んだからな。暫くは復活しねぇよ!」

デカいドワーフ?「つーか何やってんだよオメェ!なぁ!観光か?女とデートか!?」

ルチア「……どうしてでしょうか?助けて頂いたのに、何故か素直にお礼を言いたくありません」

上条「まぁまぁ。経緯はともかく、助けてもらったんだから、な?えーっと……」

ゲオルグ(デカいドワーフ?)「ゲオルグ=ノルデグレンだ。ゲオルグでいいぜ」

上条「上条当麻だ。助かったよ、ありがとう」 ギュッ

ルチア「ルチアと申します。ありがとうございました」

ゲオルグ「がっははははははっ!良いってことよ!にーちゃんが侠気見せたんだったら、見捨てる訳にもいかねぇだろ!」

ゲオルグ「分かるか?価値が下がんだよ、価値が!俺っていう人間のよ!」

上条「あぁそれは何か分かる気がする。横断歩道渡れずにいるおばあさんとかいて、素通りしたらなんか気分悪いもんな」

上条「てか人間、だよな?」

ゲオルグ「おうどういう意味だバカヤロウ!俺が人間以外の何に見えるってんだ!」

上条「いや進化したハイ・ドワーフなんかと。武装もファンタジー映画そのままだし」

ゲオルグ「俺の師匠はドヴェルグの末裔だったが血が薄かった!マリアンと違ってな!」

ルチア「あの……ご歓談中に恐縮なのですが、その方は味方なのですか?お知り合いのようですけど」

上条「スコットランドの坑道で違法採掘の真っ最中に、俺とアンジェレネ拾ってくれた人だ」

ルチア「余計に感謝しづらいですね、その紹介ですと」

ゲオルグ「あぁそうだ!にーちゃん達よぉ、坑道に忘れモンしてったろ!忘れモンをよ!」

上条「いや……どうだろ?何かしてって憶えはないけど」

ゲオルグ「いやいや確かに俺が拾って使ってんだから――あ、しまった。これ言うなってオデットに釘刺されてた――」

トロッコを押していた少女?「この、おバカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」 ドスッ

ゲオルグ「オォフウッ!?」

トロッコを押していた少女?「姿を!消すって!あっれだけ!言ったと!思った!のにっ!」 バスッバスッバスッバスッバスッバスッバスッ

トロッコを押していた少女?「ましてや!ここは!ローマ正教の禁猟地!だって!兄さんに!言われたのを!もう忘れたのよっ!?」 バスッバスッバスッバスッバスッバスッバスッ

ゲオルグ「……」

ルチア「えぇと……私の目には、気配もなく現れた少女が跳び蹴りを敢行」

ルチア「相手を倒した後、総合格闘家でも目を見張るような的確に鳩尾を狙ったストンピングをしているように見えるのですが……?」

上条「オーケー落ち着こうぜ。ちょっとワンピースでしていいような運動じゃないが、まぁ子供だしな」

金毛のデカい犬?『ワフッ』

黒毛のデカい犬?『……』

上条「……あぁそう。この犬たちもいるって事は、やっぱりアレ全部お前らの仕業だったのな」

ルチア「犬?どう見ても狼にしか見えませんが?」

トロッコを押していた少女?「……本当にもうウチのクソ親父がご迷惑をおかけしたのよ」

上条「前回は……まぁ、首突っ込んだのも俺らからだったし、今回も何か助けてもらったのでイーブンって事でいいんじゃね?」

トロッコを押していた少女?「そう言って頂けるとこちらとしても、非常に助かるのよ」

上条「てかお前ら何やってんの?こんな所で?」

トロッコを押していた少女?「あっ、あーーーっ!そちらのお姉さんは怪我をしているのよ!大変なのよ!」

ルチア「そしてあからさまに話題を逸らそうとしていますが……」

上条「ま、まぁまぁ!一応助けられた身だし!あんま深くはツッコまないであげて!」

トロッコを押していた少女?「足を出すのよ。さ、早く!」

ルチア「信用できるのですか?」

上条「それは問題ない。前も俺が挫いた足を看てもらったらすぐに治ったし」

トロッコを押していた少女?「こっそり魔術で癒しておいたのよ。内緒なのよ?」

ルチア「――”癒した・・・”?あなたの怪我を”魔術で・・・”癒した?」

トロッコを押していた少女?「――ハイ終わり、なのよ」 シュウゥゥッ

上条「本当に魔術って便利だよなー」

ルチア「痛くない、ですね。凍傷の跡も全然残っていない……」

トロッコを押していた少女?「と、いう訳でなのよ。私たちの事は、どうかこう、えーっと、できるだけ遭遇しなかった体でお願いしたいのよ?」

上条「いや無理だろ。お前らも何か一枚噛んでるだろ!」

金毛のデカい犬?『ガルッ!』 スッ

黒毛のデカい犬?『……』 スッ

上条「――ま、まぁ助けてもらった仲だしな!積極的に言いふらしはしないけど、問い詰められでもしない限りは黙ってるって約束するぜ!」

トロッコを押していた少女?「……そこまで恩に着ない恩着せがましい台詞、初めて聞いたのよ」

ルチア「脅してますからね、ほぼ」

トロッコを押していた少女?「まぁ……仕方がないのよ。父さんがジッと我慢できるような人種なら、最初からこんな面倒な話になってないよ」

上条「面倒な話?」

トロッコを押していた少女?「一応忠告だけはしておくのよ。観光するんだったらヴェネツィア以外にも楽しい場所は沢山あるのよ?」

上条「あぁ、そいつは無理だ」

トロッコを押していた少女?「どうして?」

上条「俺たち観光で来てるんじゃなく、ちっとイギリスの命運背負っちまってるからな」

ルチア「ちょっ!?何を言い出すのですか!?」

上条「いやもう、なぁ?」

トロッコを押していた少女?「ねぇ、なのよ?……まぁいいのよ。ガルザロとケーカグンのオヤツになればいいのよ」

上条「断じて断る!……てかそっちのオヤジ、大丈夫か?完全に昏倒しちまってるけど」

トロッコを押していた少女?「問題はないのよ。それじゃ、ばいばい、なのよ」

スゥッ――トプンッ

ルチア「影に……沈んだ?」

上条「それも四人――二人と二頭分な。あの犬、もとい狼二頭もあの子の影から飛び出てきたよ」

ルチア「いいのですか?自由にさせても?」

上条「なんで?」

ルチア「なんでって……それは当然、氷の騎士達よりも、彼らの方が得体も出自も実力も分からないではないですか」

上条「だからだよ。正直まだ氷の騎士相手に立ち回った方が楽そうだし、同行を無理矢お願いできるような戦力もない」

ルチア「……ですか。未知数の相手を少人数だけで対処するのはいささか無理がありますよね」

上条「取り敢えず氷の騎士の再生も時間稼いだだけらしいし、ここから離れようぜ」

ルチア「はい……全く、あなたと来たら少し目を離しただけで、こうまでトラブルに巻き込まれるとは……!」

上条「あれ!?全部俺のせいになってんの!?」

ルチア「マタイ=リース前教皇猊下に関しては、何一つ申し開きができないと知りなさい。私も想定の斜め上を行きました」

上条「や、だからね?何度も言うけど、俺は人助けをしたんであって、非難される憶えはなくてだな」

ルチア「行きますよ」

上条「あぁうん。てか足大丈夫か?」

ルチア「あの少女に癒してもらいましたし、取り敢えず普通に歩く分には痛みも引きつりもないようです」

上条「なら良かったけどさ」

ルチア「そちらも腑に落ちない点が幾つかありますが……それは帰ってからシスター・オルソラに訊ねるべきですね。こうも本人が無自覚なら」

上条「何が?」

ルチア「いえ、何も。それよりも急ぎましょう。お腹を空かせたシスターたちが待っていますよ」

上条「……」

ルチア「な、なんですか?私の顔に何か?」

上条「いやルチアも冗談言うんだなって」

ルチア「ただの事実ですが、何か?」

上条「ですよねー」



――ヴェネツィア 旧オルソラ私邸 前

上条「……意外と近くだったな。盲点だったぜ」

ルチア「そもそも路地番号があるのですから、どうして迷うのか不思議でなりません」

上条「おっと騙されないぞ!『教科書に載ってる数式使えば解けるわよ?』ってのはできる子だけであって全員じゃないって俺知ってるんだからな!」

ルチア「教育機関と区画インフラを混同するのはおやめなさい。何のために数字が書いてあると思うのですか」

上条「そもそもオルソラの家の区画番号がまず分からないんだけど」

ルチア「オーケー分かりました。次から出歩く際にはシスター・アニェーゼか私に同行してもらいなさい。いいですね?」

上条「有り難い提案じゃあるんだけど、オルソラとアンジェレがハブられた理由って……?」

ルチア「一緒にトラブルへ巻き込まれる前科あり、ですね」

上条「そういう意味じゃお前だって巻き込まれただろ。ちょい前に」

ルチア「猊下へお目にかかったのは不幸な事故だとしても、もう一つを偶然で済ませるほど私は脳天気でありません」

上条「俺でもあからさまに怪しいよなっては思うんだが……問題なのは誰が敵で誰が味方かって事だよ」

ルチア「あのヴァイキングフリークスが味方だと仰るのですか」

上条「そこまで楽観視はしてない。逆に氷の騎士の立ち位置ってのはどこなんかなと思ってる」

ルチア「立ち位置、ですか?それは一体?」

上条「この街ってさ。昔は霊装の標準向けられるぐらいには敵対してたのに、今は普通に仲良いんだよな?」

ルチア「えぇ。『女王艦隊』を沈め、隠匿していた場所でもありますし、ローマ正教の要所の一つになっているかと」

上条「それじゃ警備に氷の騎士を置くのも当たり前だっていうのかよ?」

ルチア「それは当たり前……では、ありませんね」

上条「だろ?普通に魔術師か兵士置けばいいんだ。魔術まで使って騎士を配置する意味がない」

ルチア「ローマ正教にとっても予想外の出来事が起きている、ですか?根拠は今一乏しいですが、説得力は認めざるを得ませんか……」

上条「それとマタイさんと最初に出会ったとき、氷の破片が辺りに散らばってたんだ。あれって戦闘の跡じゃなかったかなー、と」

ルチア「氷の騎士達はローマ正教の敵であると共に、私たちの味方でもない、ですか」

ルチア「……もう嫌な想像しかできませんね。こう材料が揃ってしまうと」

上条「あぁ。観光気分で二・三日は羽目を外して豪遊するつもりだっんだが、キャンセルしなきゃダメだな」

ルチア「させませんよ?私の目の黒いうちはさせませんからね?」

上条「むしろお前んトコのリーダーが率先して煽ってるんですけど――」

オルソラ「――あら、お二人とも丁度良いところへ!」

ルチア「シスター・オルソラ?家の外で何を?」

上条「俺たちを待ったんじゃねぇの。遅いから心配してくれたとか」

オルソラ「お帰りなさいませ、お二人とも。ささ、どうぞ中へお入りくださいなのですよ!」

上条「あれ……?なんか、うん、なんかこう違うような?」

ルチア「何が起きたのですか、シスター・オルソラ?」

オルソラ「あぁいえ特にこれといって大変な事件などは何も。ただアニェーゼさんから釘を刺されておりまして」

ルチア「シスター・アニェーゼがなにを?」

オルソラ「『不自然に遅かったり着衣に乱れがある場合は、何も聞かずにそうっとしておいて、後からちょん切ります』と」

上条「犯人一択で俺!?」

オルソラ「ちょっと私も意味が分からないのでございますが、とにかくそういう方針なので」

ルチア「違いますからね?ストッキングが破れているのは魔術的なトラブルに遭遇しただけ――」

ルチア「……」

ルチア「――いえ、シスター・オルソラ。何もなかったのです、何も」

上条「ちょっと待てやゴラアァァァァァァァァァッ!?何その『私が黙ってさえいれば……』みたいな小芝居は!?」

上条「切られるんだよ!?冤罪でロ×にチョッキンされるんだよ!?新品未使用のまま打ち止めって可哀想だろ!」

ルチア「将来起きるであろう悲劇を止めるために、致し方ないと割り切るのもまた必要でしょう」

上条「冤罪にも程があるんじゃいないですかこのアマ。テメ真顔で言いやがって!」

オルソラ「あらあらまぁまぁ!お二人ともいつの間にジョークを言うほど仲良くなられたので?」

上条「おい、言ってやんなさいよルチア」

ルチア「ただの本気ですが、それがなにか?」

上条「見ろこのゴミを見るような冷たい目を。癖になったらどうしてくれるんだ」

ルチア「ご褒美ですね」

上条「まぁな!そういう癖の人もいるけどな!」

オルソラ「うふふー、まだまだお子様でございますねー」

上条「だよな」

オルソラ「自覚がないところもまだまだ、でございますが。分かってしまっては困る方も多うございますし、思案のしどころでしょうか」

ルチア「本気であなたが何を仰りたいのか理解できません」

ルチア「それよりシスター・オルソラ、わざわざ家の前で待っていてくださったのですか?」

オルソラ「えぇ、それは正しくもあり正しくなくもあり、でございまして」

上条「えっと、つまり?」

オルソラ「お二人をお待ちしていたというよりは、探しに参ろうかと考えておりました。そう致しましたらバッタリと」

ルチア「それはご迷惑を。急いだつまりがこの体たらくです」

オルソラ「いいえ、ご無事でなによりでございます。それよりもどうぞ中へ、先程からお客様がお待ちでして」

ルチア「でしたら早く仰ってください!?あぁだから探しに行こうかとされていたんですね!」

上条「まぁまぁ落ち着けよ。お客って言ったってアレだろ?どうせロン毛の神父とか、聖人なのにパシリさせられてる人とかだって」 ガチャッ

オルソラ「あ、ただいまアニェーゼさんとアンジェレネさんが――」

アンジェレネ「そ、それでですねっ、わたしは悟ったんですよ――ご飯が不味いのならスイーツを食べればいいじゃないか、って」

マタイ「――ほう。それはまた斬新な意見だね」

アニェーゼ「もぐもぐもぐもぐもぐもぐっ」

上条・ルチア「」

アンジェレネ「さ、最初はですね、中々この崇高にして革新的な考えは受け入れられず、よく怒られたもんですよ!」

アンジェレネ「し、シスター・ルチアとか、あとシスター・ルチアとか、他にもシスター・ルチアとかにもですね!」

マタイ「時として真理というのは中々大衆に受け入れられないものだよ。それが目新しいものであれば特にね」

アニェーゼ「もぐもぐもぐはぐもぐもぐっ!」

アンジェレネ「で、ですが!な、なんといっても『シリアルはお菓子なのか主食なのか!?』という命題へ対し、我々は他のシスターにも賛同を募り!」

アンジェレネ「い、いまではついに!ちょ、朝食に甘味を取り入れる権利を成し遂げたのです……っ!し、シリアル万歳!」

マタイ「願いが叶ったようで私も嬉しいよ。あぁほら、アニェーゼ君だけじゃなくて君も食べなさい。たくさんあるんだから」

アニェーゼ「もぐもぐもぐはぐもぐもぐがつがつがつがつがつっ!」

パタンッ

上条「――ふー、ビックリした。家間違えちゃったみたいだな、よし!そうに決めた!」

ルチア「大いに同意したいところですが、現実から逃げても追いかけてきますよ」

上条「まず役割分担がおかしいよ!FW全員をゴールキーパーで固めたような斬新な起用方!」

ルチア「もしもイタリア代表がその差配をしたのなら、監督はその日のうちに地中海の藻屑となるでしょうね」

上条「一番ホスト役としてダメな子が何持論ぶち上げてんだよ!ローマ正教の元トップ相手にだ!」

上条「しかも冬眠前のリスのように食い溜めしてるアニェーゼは何やってんの!?」

オルソラ「恐らく『あぁこれは夢なんだ、夢なのにお菓子がある、だったら食べなきゃ損だよねー』という発露かと存じますが」

ルチア「意外と……アクシデントに弱いですからね、シスター・アニェーゼは」

マタイ「――と、いうか君たちも中へ入ったらどうかね?立ち話もなんだろうし」 ガチャッ

上条「出やがったなダーグシェダ○!初めて会ったときからオーラが普通じゃないとは思っていたんだ!」

ルチア「”普通”の方向性が違います。大いに違いますが」

マタイ「そして私も陰で色々噂されているのは知っているが、直でイジってくるのは君とレッサー君ぐらいだよ」

上条「あのアホスゲーな!いつの間にローマ教皇と接点持ったんだ!」

マタイ「まぁその話はいいとして、ご近所迷惑だから入りたまえ。取って食ったりはしないのだから、ね?」

上条「……はい、すいません」



――ヴェネツィア 旧オルソラ私邸 午後

上条「というかさっきの今でなんでここが……?ローマ正教の情報収集能力は世界一的な?」

マタイ「話はもっと簡単さ。シスター・オルソラが以前こちらに居を構えていた、と資料に書いてあったのでね」

マタイ「まさか何のひねりもなく、本気で全員がここで落ち合うとは面食らってしまったが」

オルソラ「これは盲点でございましたね」

上条「だってもう潜入ミッションじゃねぇもの。ただの観光の延長で来たようなもんだもの」

ルチア「全てが急な話だった上、見つかるまでが流れ作業でしたね」

上条「えっと……どうしよう?」

アニェーゼ「――私に考えがあります」

上条「あ、戻って来た」

アニェーゼ「ここは作戦名、『プランK』を発動させる好機じゃねぇですかね?」

上条「それ俺に全責任おっかぶせるって事だろ!無理だよもう!何も言い逃れできないぐらいに組織的だって分かってるし!」

マタイ「いやいや。まだ君がか弱き婦女子の嫌味を握って、という線は捨てきれぬ」

アニェーゼ「じ、実は……!」

上条「待って?どうせ俺の周りの聖職者は揃いも揃って俺を凶悪犯にするの?」

マタイ「まぁそれだけ愛されるているということだよ。それもまた佳し」

マタイ「が、しかし上条当麻君、そしてシスター・アニェーゼにシスター・オルソラと……えぇと」

マタイ「シスター・ルチアに、アンジェレネ君、で合っていたかな?」

アニェーゼ「名前を……憶えておられるのですかっ!?」

マタイ「全員ではないがね。故あって調べた。まぁその話は佳い」

マタイ「問題は、だ。どうして君たちがヴェネツィアにいるのか、という話なのだが……」

アンジェレネ「か、観光ですよっ!こ、この方がどうしてもヴェネツィア見たい、ヴェネツィア見ないと死んじゃうかも!って」

上条「速やかにプランKへ入ってんなや。それで誤魔化されるんだったら相当の天然だぞ」

オルソラ「そろそろ前教皇猊下へ対する暴言はお止めになった方が宜しいかと。イギリスで言えば最高君主に位置される方ですので」

上条「あぁゴメン。何か気安いんだよな」

マタイ「別に畏まる必要はないよ。公式な場でもなし、また私も特に肩書きを持っているわけでもない」

アニェーゼ「”元教皇”は約20億の尊敬を集めるんですが……」

マタイ「私は代理人に過ぎない。私でなくとも誰かがしていたことだからね。しかし……観光か、観光」

上条「あれ?思ったよりもチョロい?」

アニェーゼ「引っぱたきますよ?」

上条「だからゴメンって!」

アニェーゼ「もう面倒なんでぶっちゃけますけど、あなたの国の国政選挙で選ばれた行政の最高責任者、アメリカ風に言えばプレジデント的な」

アニェーゼ「その人間へ認可を渡す更に偉い人へ対して、あんたって人は馴れ馴れしくしてんですよ?弁えろ、なっ?」

上条「すいませんでしたっ!」

マタイ「佳い佳い。こう年寄りになるとね、周囲も気を使ってくれて中々気安くは行かぬものだ。大した悪意が無ければ不問としよう」

マタイ「ただの老人と扱ってくれて構わないし、事実その通りであるしな」

マタイ「しかし観光ねぇ。ヴェネツィアは佳き都だ、ゆっくりと楽しむのが吉であろう」

上条「あ、意外とウェルカム?」

マタイ「――が、しかし”今”は少々立て込んでいてね。急ぎでなければ、もしくは格段の用がなければ後回しにしてはどうかね?」

オルソラ「後回し、でございますか?」

マタイ「さよう。ここイタリアには様々な歴史的遺産に溢れておる。そちらを一通り見てまわった後、改めて来れば佳い」

オルソラ「お言葉ですがマタイ様。私たちには時間の軛というものがございますし、それ以上にのっぴきならない台所事情というものもですね」

マタイ「あぁ諸経費はこちらで、というか私が個人的に出すよ。こちらで”多少”融通が利くように取りはからうのもいい」

オルソラ「まぁなんて素敵なご提案で。マタイ様はローエングリンのように純白な方でございますよ」

マタイ「そう誉めてもらっても困るな。君こそ現代のオルトルートのかくや、という賢明な女性だね」

上条「(……なぁ、オルソラが音頭取ってる、っつーか交渉してるって事は)」

アニェーゼ「(相当ヤバい相手だってことですね)」

上条「(そっか。てかお前だってヤバいって言ってんじゃねぇか)」

アニェーゼ「(面と向って言っていい事と客観的な評価はまた別です。礼儀は礼儀、事実は事実)」

アニェーゼ「(例えばHENTAI案件で逮捕された人がいて、近所の人は内心どう思っていても『そんな風には見えなかった』って言うじゃないですか?)」

上条「(ある意味じゃお前の方が暴言吐いてないか?てかワイドショーのご近所晒しって世界共通案件だったのか)」

オルソラ「ですがマタイ様にそこまでして頂ける理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

オルソラ「間接的にはともかく、直接的に言葉を交わしたのは今日が初めての相手に」

マタイ「簡単な話だよ。君たちも見ただろう?ヴェネトのあちらこちらで立ち入り禁止の張り紙がしてあるのを」

マタイ「何でも昨今の地球温暖化による海面上昇らしくてね。邪魔者を排除するのに時間がかかっておる」

オルソラ「そうでございましたか。きちんとした理由がおあり――はて?一つ伺っても宜しゅうございますか?」

マタイ「どうぞ」

オルソラ「数年前の記事では浸水してまさに立ち入り禁止となったのはサン・マルコ広場であった、と聞き及んでおりますれば」

オルソラ「しかしながら上条さんと待ち合わせをしたのも件の場所。水位が本当に上昇していれば、真っ先に沈むのではないでしょうか?」

マタイ「さぁ、どうだろうね。私は地学については疎いものでね。そこら辺の事情はよく分からないのだよ」

アニェーゼ「(なおここまでマタイ様『誰々の見解〜』や『〜らしい』と、何一つご自身の言葉で語っておられません)」

上条「(魔術師的に嘘八百並べればいいのに)」

アニェーゼ「(十字教的には、一応『嘘を吐けない』って縛りがあるので、実践されている可能性があります)」

上条「(嘘吐くなよ!?俺の中のイメージだとより酷い感じだが!)」

アニェーゼ「(何と言っても最上位の方なのでより遵守義務が強いんじゃないですかね?誓いか何かをしてて、破ったらペナルティがある術式もあるんで)」

マタイ「まぁどうしてもと言うのであれば止めはしないが、どうだろう。君たちも街に詳しい者がいた方がいいのではないかな?」

アニェーゼ「(滞在したいんだったら監視者同行なら許す、ですかね)」

上条「(うっわ……きな臭っ!)」

オルソラ「いいえ、マタイ様。大変有り難いご提案ではございますけれど、不肖私めは数年ではありますがこの街で寝食しておりましたので」

マタイ「シスター・オルソラの見識へ対して疑義を抱いている訳ではないのだ。どうか勘違いをしてしまってのであれば許してほしい」

オルソラ「いえとんでもございません!気などとても!ただそこまでご厚意に甘えてしまっては悪い、という一心でございますから!」

マタイ「まぁ、あれだね。腹を割ってしまえば暇潰しだ」

オルソラ「……で、ございますか?」

マタイ「私も教皇を退いてからは多分に持て余し気味でね。年寄りが若人へ世話を焼く機会もない」

マタイ「まぁ悪いようにはにならないし、なることもないであろうな。私と共に歩むものへ対し不埒な考えを持つ者はおるまい」

上条「(『断ったらその限りじゃないけどね』?)」

アニェーゼ「(おっ、上条さんも言葉の裏を読むのが得意になってきましたね。その調子で続けていれば10年後にはイギリス・ジェントリになれますよ)」

上条「(なる予定はねぇよ!そしてこんな胃が痛くなるような腹の探り合いを10年も体験しないとなれないのかイギリス人!)」

アニェーゼ「(『他人の嫌がることを進んでしましょう』、を言葉通りに実行し続けた両巨頭の一つですからね。あ、ちなみにもう一つはフランスで)」

上条「(なんだろう。俺の中のゴーストが『イタ公だけには言われたくないですね!』って囁いてる)」

オルソラ「しかし……それでは」

マタイ「悪い話ではないと思うが、すぐに結論を出すことでもない。無理を言っているのは承知もしている」

マタイ「こちらとしてはそちらへ対して敵対するつもりはない……アニェーゼ君達を前に”そちら”というのもおかしな話だが」

マタイ「ただ繰り返すが取り込んでいるのだよ、今は少しな。よってあまり好き勝手させられないというのもまた分かって――」

上条「――なぁ、ちょっといいか?」

アニェーゼ「はーいストップ上条さん!それ以上言っちゃダメですからね!何か言う前にこっちへどうぞ!」

上条「信用ねぇな俺」

アンジェレネ「む、むしろどうして信用があるのかと……」

上条「任せろ。こういうのは得意なんだ、超シンプルに話つけてくる」

アニェーゼ「シスター・アンジェレネを見知らぬ土地へお使いさせるぐらいの安定感ですね」

アンジェレネ「そ、その評価はあんまりですけど、強く否定もできませんよねぇ……」

ルチア「あの……オルソラ?任せても大丈夫なのでしょうか?」

オルソラ「さぁ、どうでしょうか?プランK発動中ですし、もうなるようにしかならないかと」

ルチア「あぁ……既に自棄になっていたのですね。すいません、分かりませんでした」

上条「おい外野うるさいぞ。なんで失敗前提で話が進んでるんだよ」

マタイ「軽口を叩けるのは信頼の証拠だ。いつか思い出して感傷に浸るが佳いさ」

上条「いやあの、知ってはいるんですけど、そんな聖書の一節のような重々しく言われてもリアクション困りますっていうか」

上条「すいませんマタイさん、ちょっとお時間もらっていいですか?すぐ終るんで」

マタイ「勿論だとも。対話は誤解を解く手段だね」

上条「――イギリスに魔神が現れて『全英大陸』乗っ取った上、ヤッバい霊装ヴェネツィアにあるからぶち壊してこいって言われたから手伝ってくれ」

アニェーゼ「おいこのバカ。てゆうかこのバカ何やってんですか、超何やってやがるんですかこのバカ!」

上条「なんだよ!?すぐ終る簡単な説明しただけじゃねぇかよ!?」

ルチア「そ、それが悪いに決まってるでしょう!?こちらの情報を小出しにするならばまだしも!全部オープンにしてどうするのですかっ!?」

アンジェレネ「そ、そのツッコミですと、ブラフも何もなく『開示しちゃった☆』って伝わるんで、どうかなぁって思うんですけど……」

ルチア「何かっ!」

アンジェレネ「い、いぇっなんでもありませんよっシスター・ルチア!ご、こぎげんようっ!」

上条「おい反射的に挨拶したぞ。普段からどんなシツケされてんだこの子」

 オルソラ「もう『どうにでもなーれ☆』の心境でございますね」

アニェーゼ「こっちはこっちで壊れっちまってますね。どうでしょうか、この際オルソラ嬢もローマ正教へ再亡命するってぇ手も」

オルソラ「いいえ。イギリス清教でやり残したことがございますから」

上条「やり残した?」

オルソラ「それは時期が来ればいつか分かることでございます。今は内緒でして」

マタイ「……ふふ」

上条「よしウケた!」 グッ

アニェーゼ「芸人か。てか笑いを取りにいったんですかこのバカ」

上条「笑いで食っていくのも大変なんだぞ?」

アニェーゼ「そりゃ大変でしょうけども!そういう話してんじゃねぇですよ!」

マタイ「……あぁいや失敬。少し楽しくてね、つい」

上条「ほらやっぱり」

オルソラ「お黙りください、ねっ?」

上条「……はい」

マタイ「腹芸は通じぬし、遠回しに言っても通じぬ」

マタイ「ただ正直な感想を言えば童か阿呆、ただの若さだけで年寄りに食い荒らされる末路が浮かぶ」

マタイ「――だがまぁ、それもまた相手が道理も神も知らぬ輩であれば。先達として卑怯な振る舞いを見せられぬのも、また信徒として辛いところではある、か」

上条「すいません。誰か通訳の方いますか?」

アニェーゼ「『あまりに真っ正面から来るもんだから騙す気も失せたし、まぁ話が早い方がいいよな』、ですよ」

マタイ「事情は概ね把握したよ。道理で何も仕掛けてこないはずだ」

上条「ローマ正教にとってチャンスじゃないのか?」

マタイ「君は考え違いを……あぁ、”だけ”ではないのか。シスターたちも同じ感想のようだね」

アニェーゼ「『イギリス清教は敵、世界でただ一つ神の教えを伝道するのはローマ正教』と、そう教えられてきたのですが……」

マタイ「その通りだ。イギリス清教が潜在的な敵なのは間違いない。というよりもそれは向こう側も同じ筈だ」

マタイ「しかしながらだ。仮にローマ正教が倒れ、バチカンが廃都になったとしよう。それはイギリス清教にとっての勝利かね?」

上条「目の前の敵がいなくなれば、短期的には勝ちって言えるんじゃないのか?」

マタイ「それもまたその通り、勝ちは勝ちだよ。が、その勝ちに意味はない」

上条「どういうこと?」

マタイ「ビザンツ帝国を中心とする東方教会、ローマを中心とする西方教会で争っていた。その結果どうなったと思う?」

上条「……ビザンツ帝国はオスマントルコに滅ぼされ、東方教会はなくなった?」

オルソラ「では、ございません。ギリシャやウクライナ、何よりもコンスタンティノープルで健在です」

マタイ「国教からも退き、ロシア成教と一進一退を繰り広げているのが、”健在”なのかは怪しいよ」

マタイ「十字教という身内で争ったツケが”それ”ということだ。度重なるクルセイドもイスラムを打破できなかった」

マタイ「……まぁ、それも今となっては本気であったかどうかも怪しいのだがね。当時の国際社会のパワーゲームの裏返しで」

上条「いやそんな、昔の話だろ?」

マタイ「今の話だよ。つい先日もロシア成教からウクライナ正教が独立したばかり。その承認をしたのもコンスタンティノープルだ」

マタイ「下らぬロシアの人気取りでウクライナが削られ、ロシア成教がとばっちりを受けた。今も昔も、というやつさ」

マタイ「よって十字教同士で争っている場合ではない、というのが私の見解だ。意義はあるだろうが意味はない」

マタイ「仮にローマとイギリス、どちらかが勝利して相手の支配地域にまで信仰を伸ばしたとしよう」

マタイ「それはそれで旨味はある。何よりも少なからず自尊心を満たすこともできよう」

マタイ「しかし当然生まれる軋轢に弊害、そして反発する者のテロやそれまで抑えつけていた第三者達の反動。採算が合う合わない以前の問題だ」

上条「”信仰”なのに”採算”なのか」

マタイ「そうだよ、だから・・・私がいる。ローマ教皇わたしたちがいる」

マタイ「時代に合わせ現実へ摺り合わせ、間違ったところは解釈をし直し随時変えていく。そういう仕事だ」

マタイ「『聖典は不可侵にして神聖なるもの、一字一句違えてはならない』、などと現実を信仰で解釈するのに比べれば、まだマシだと思わんかね?」

上条「……なんかちょっと意外だ」

オルソラ「仰りたいことは分かりますが、この方は『神の右席』のお歴々と長くに渡ってやり合いつつも、無難にローマ正教を動かされ来られました」

オルソラ「したがって超のつくほどのリアリストであり、良きも悪しきもローマ正教を体現されているかと」

上条「あー、ヴェントとアックアはまだ分かるが、テッラとフィアンマ相手にも、だよな」

マタイ「先程から私を羞恥で寿命を削ろうとしているのかね?残念だが買いかぶりすぎだよ。彼らはただ”面倒”だったに過ぎん」

アニェーゼ「面倒、ですか?」

マタイ「あぁ。ローマ正教の実務全般を取り仕切るものが消えれば、それを誰かがしなくてはいけなくなる。それだけの話さ」

上条「(って言ってますけど?)」

オルソラ「(やろうと思えば最悪傀儡を立てればいいだけの話でございまして、教皇級の謙遜でしょうね)」

上条「(スケールでかいなオイ)」

マタイ「ヴェントを除いて全員が去り、侍従も一掃されたから風通しは佳くなった。それもこれも君が打倒したお陰であり、せいである」

マタイ「戦力的には大幅に落ちたものの、元からして”いと高きお方”へ並ぼうとするなどと傲慢の罪。君たちには礼を言いたいぐらいだよ」

上条「倒すだなんてとんでもない。友達がいてくれたからな、俺は」

マタイ「……耳が痛い言葉だよ、それは」

上条「はい?」

マタイ「まぁ、佳い。私がここに居たのも何かの縁だ、腹を割って話すのも佳いだろう」

オルソラ「はい、まぁマタイ様に見つかったしまった時点でもう、それ以外の選択肢はないのでございますけれど」

上条「老魔法王からは逃げられない……ッ!」

アニェーゼ「ですから話聞いてましたか?『右席』の話なんか聞かねぇ人らに話以外の手段で言う事聞かせてたんですよ、この方は!」

アンジェレネ「こ、拳ですよね、きっと」



――

オルソラ「――と、このようにロンドンでは上から下まで大騒ぎとなっております」

マタイ「……『全英大陸』を持った子供、しかも神を名乗る愚か者か。許し難いな」

マタイ「こちらへ乗り込んでくれば、直々に神の怒りを叩き込んでやれるのだが」

上条「あんたが一番ぶち切れてどうすんですか。ヴェネツィアの総責任者だっつーのに」

マタイ「勿論ジョークだよ。佳い歳なので分別ぐらいは、流石に」

オルソラ「ですのでローマ正教には非公式ながらご助力を賜りたいかと」

マタイ「それはね、オルソラ君。『こちらの強力な霊装を取り戻すため、聖霊十式を破棄しろ』と言っているのに等しいのだよ」

マタイ「結論から言えば、承服しかねる。イギリス清教の求めに応じて何の見返りもなく」

上条「あんた……ッ!」

マタイ「――と、いうのがローマ正教の表向きの見解だ。まぁ最初から非公式だし、なかったことになるのだろうが」

上条「どゆこと?」

マタイ「いや、だからね。君がきっかけとなってローマ正教こちらイギリス清教そちらが一時戦争状態へ陥ったろう?」

上条「その節は、なんかすいませんでした。同じ状況になったら、また同じ事すると思うけど」

オルソラ「少なからず私にも責任があるのでございますよ」

マタイ「いやいや謝れと言っているのではなく、あれが偶発的な事故だと思うかい?」

上条「違う、んですか?」

マタイ「これだけ目の鼻の先で二つ以上の十字教の組織があれば、そりゃぶつかるさ。平和を保っていたのは精々数十年と言ったところかな」

マタイ「かねてから準備をしていたからこそ、あれだけ速い動きで第三次世界大戦が起こせたのだ」

上条「えっと……ゴチャゴチャしててよく憶えてないんだけど」

オルソラ「私が天草式の皆さんにお手伝い頂いて、ローマを出奔したのが9月頃だったと記憶しております」

アニェーゼ「私たちが『女王艦隊』から逃げ出したのが27日でしたっけ」

マタイ「ヴェントが襲撃をかけたのがそのたった三日後、『0930事件』とそちらでは呼ばれておる」

マタイ「その後フランスやイギリス内乱を経て、ロシアが第三次世界大戦を布告したのが10月19日。たった一ヶ月と少しだ」

マタイ「幾つか存在した導火線、その一つが君たちであったというだけの話。大人達の責任を君たちが背負う必要は微塵もない」

オルソラ「あらまぁ。マタイ様はお上手でございますね」

上条「……なんで喜んでんの?」

アンジェレネ「た、多分子供扱いされたからかと。お、オルソラさんは大人っぽいですし」

マタイ「まぁ事が起きればすぐさま臨戦状態になる程度には仲が悪く、そしてお互いに致命傷を負わせられない程度には仲が佳かった」

上条「共倒れにならないように?」

マタイ「さよう。だから水面下では手打ちにしたり、ある程度の融通も利かせたりはする。長く深く争ってきた歴史があるにも関わらず、だ」

マタイ「そもそも君が保護者をしている魔道図書館、インデックス君へ書物の提供をしたり、アウレオルスを教師として派遣もしていた」

上条「へー、でもそれと今のがどう関係するんですか?」

マタイ「まぁ……そうだな。君が理解力に乏しいのは今更として、建て前と本音を使い分けるのが大人ということだ」

上条「あれ?俺もしかして世界20億の頂点からもdisられてる?」

アニェーゼ「おっ、気づきましたか!今日はお赤飯ですね!」

上条「そんぐらい分かるわ!お前んときは盛大に祝ってやるからな憶えとけ!」

アニェーゼ「来てますよ?何がとは言いませんが」

オルソラ「はいそこ。仲が宜しいのはい分かりましたからご静聴を」

マタイ「まぁ君たちが指している”あれ”とやらがローマ正教の聖霊十式だと仮定した上でだ」

マタイ「簡単に言えば『聖霊十式を”壊す”』のは駄目だ」

マタイ「しかし『”壊れた”聖霊十式』を片付ける分には問題ないと」

上条「壊れた?『女王艦隊』ってもうないんですよね?」

マタイ「厳密にはあるというか、何と言っていいものか迷うが……まぁオルソラ君に下手な隠し事もできん」

マタイ「先程『私に出会った時点でもう手遅れ』なとど言っていたが、それはこちらも同じなのだよ。君たちが来た時点で隠しようもないのだ」

上条「いえ、だから何が?」

マタイ「君も、君とシスター・ルチアは一当てしたようだし、分かっているのだろう?」

ルチア「……予想はしていましたが、まさか……?」

マタイ「――そう、『女王艦隊』が暴走しておるのだ。このヴェネツィアで」



――ヴェネツィア 旧オルソラ私邸 午後

オルソラ「アフターヌーンティーをお煎れしたのでございますよー。皆さんご賞味下さいませー」

マタイ「ありがとう……ふむ、美味しいね。カセットコンロでここまでの味が出せるとはな」

オルソラ「いえいえ、これには小さなコツがありまして」

上条「すいませんマタイさん。俺ちょっとアレですし、なんかこう言葉が乱暴に聞こえるかもなんですけど、いいですか?」

マタイ「構わんよ。何かね?」

上条「ローマ正教が秘蔵してる霊装が暴走してんのに何優雅に茶ぁ飲んでんだ、あぁっ!?」

アンジェレネ「か、果敢に喧嘩を売っていきましたねぇ?」

アニェーゼ「あんま言葉が過ぎると私から教育的ロータス指導が飛びますよ。つーか言ったでしょう?」

アニェーゼ「あなたの国の一番偉い人と同格の態度デケーんだ、と」

上条「誰だってツッコムわ!はるばる旅客機で飛ばされて高速バストラップに揺られてきたらエッラい事になっていれば誰が相手でも言うわ!」

マタイ「その遠因を作ったのも君たちなのだがな。それは佳しとしようか、私も”あぁいう・・・・のは好かぬ」

マタイ「壊してくれて清々したとも。まぁそれが上条君の抹殺指令を許可するきっかけにもなってしまったのだが」

上条「俺の話はいいんだよ。それより暴走って……被害が出てるんだったら封鎖しろや危ねぇなぁ」

マタイ「幾つか複雑な事情も絡み合っておるのだ。安定して暴走しておる、と言って佳いものか迷うがね。順を追って説明しよう」

マタイ「まず、君たちが壊したのは『聖霊十式』が一つ『女王艦隊』だ。どこまで知っているかね?」

オルソラ「多少は存じておりますけれど、わたくし達は殆どビショップ・ビアージオからの伝聞でございますれば」

マタイ「構わない。あの男がどれだけ把握していたのか、私も知りたい」

オルソラ「では僭越ながら……わたくしは全く存じ上げませんでしたが、ここヴェネツィアの近海、もしくは干潟近くに隠匿されていた霊装群――」

オルソラ「”群”というよりは”軍”でしょうか?『旗艦』を中心に数十の武装した艦隊が霊装の一環だと」

ルチア「船の殆どは氷で作られ、海水があればどれだけ被弾しても再生が可能でした」

アンジェレネ「あ、あとあと『氷の騎士』さんもいましたよねぇ?お、追いかけ回されて大変だったらしいじゃないですかぁ」

ルチア「……その『騎士』たちがヴェネツィアに出現しましたね」

アニェーゼ「私たちが罪人として働かされていたクソッタレな船ですよ。最初のはアドリア海での魔力感知が任務だって聞いてたんですが」

アニェーゼ「その実、人身御供にされかかりやがりましたし。えぇっと後は『火矢』でしたっけ?」

オルソラ「インデクッスさん曰く、『あらゆる物から価値を奪う』ですね」

オルソラ「火の矢の術式が街を消滅させた上、街から離れていた人や物品にまで累が及ぶ、との事でございましたね」

上条「最後にあのアホ神父が暴走させようともしやがってたな。半径数キロが吹っ飛ぶとかなんとか」

上条「自爆テロが敢行できんだったら一人でやりやがれ。何アニェーゼたち巻き込んでんだ。火矢の意味すらねぇだろ」

アニェーゼ「ま、ウチの隊の人間でも艦隊の制御はできてましたからね。海戦だけを考えるのなら、使い勝手がいいかもしれません」

オルソラ「ビショップ・ビアージオと沈没前に会話をしたのですが、『何故アニェーゼさんが?』など、幾つかの謎は分からないまま、でございます」

マタイ「そうか、説明ありがとう。インデックス君の解釈は初めて聞いたね。やはり厄介だな」

上条「なんつーかおかしい感じはしたんだよな。大量破壊兵器ならぬ破壊霊装?なのに、扱いがフワッフワしてるっていうか」

上条「大切に扱ってるかに見えたり、反対に使いもしないで数百年放置したり、挙げ句に自爆。なんか歪?」

マタイ「私と現代のローマ正教も概ね同じ見解だね。要は得体が知れない、と……さて、ここで真に遺憾であるが、私はこう言わねばならない」

マタイ「――『分からない』のだ」

上条「……はい?」

マタイ「どこから来たのか、いつからあるのも分からない。だが『あった』のだ、あれは」

マタイ「私の知りうる『女王艦隊』に関する知識も、君たちの知っているものと大差ない。インデックス君の分だけそちらが上とすら言える」

上条「いや、あのさ?ここへ来て情報を出し惜しみとかさ、良くないと思うんですよ」

マタイ「嘘は吐いていない、というか立場上嘘を吐けないのだが、私たちもアレに関して全く把握しておらんのだよ」

上条「ローマ正教のトップが?そりゃ組織全部の知識持ってる訳はないけど、『調べろ』って命令出せば調べられるだろ?」

マタイ「そこがまさに”複雑な事情”だ。イギリス清教にも派閥があるだろう。『王室派』、『騎士派』、そして『教会派』」

マタイ「正式名称はなく、また存在自体を知る者もいないので仮に”派閥”としておくがね」

マタイ「こちらは『右席』がそれぞれ独自に”派閥”を――いや、正しくは”派閥
が『右席』を生んでいたのだ」

上条「えっとテッラやヴェントみたいな奴らがトップに収って、派閥を作っていたんですか?」

マタイ「いいや違う。テッラの遺体は見たかね?『右席』のために随分と調整された体を」

マタイ「『右席』とは肉体を霊的に改造し、故に我ら人間が使う魔術は行使できない体になった者を呼ぶ。例外もあるが」

オルソラ「人工的な天使化、でしょうか?それと派閥がどうお繋がりになるのでしょう?」

マタイ「『右席』とはな。元々が教皇を補佐する目的で作られた――造られたモノだ。十字教の威光を知らしめるための補助、神の代弁者たるローマ正教の守護の盾」

マタイ「だが時代が経つに連れ、”裏返”った」

上条「裏返る?」

マタイ「『右席』は彼らは教皇以上の力を持つようになり、いつしか命令するような立場へとなってしまったのだ」

ルチア「命令……なんて罰当たりなことを!」

マタイ「『右席』がローマ正教へ牙を剥いたのではないよ?ただ彼らは対外戦、そして体内戦において比類無き力を見せつけた」

マタイ「戦争や権力抗争で力を発揮した『右席』、そして彼らを生んだ”派閥”。その力が飛躍的に高まるのは時間の問題だった」

オルソラ「その、お話を伺っておりますと、まるで『右席』の方々は何代もおられるように聞こえるのでございますけれど……?」

マタイ「そんな冒涜的な代物、一代限りで成せる訳もない。もう何代も『右席』は存在し、魔術師としても超常の力を振るっておったのだ」

マタイ「『右席』が”派閥”を作っていたのではない、”派閥”が『右席』を作っていたのだ」

上条「マジかよ……」

アニェーゼ「その派閥って人達は研究者なんですか?」

マタイ「学園都市にも狂った科学の使徒がいると聞く。時代が時代であれば、その彼らを喜んで招聘していたであろう程度には、かな」

上条「オルソラ達は知ってたのか?『右席』とか派閥とか」

オルソラ「いいえ、全く存じませんでした」

アニェーゼ「右に同じく。あ、でもヴェント様とは何回かお会いしてます。てか『蓮の杖』の霊装を頂いたのもあの人ですし」

マタイ「君たちが知らないのも至極当然のこと。『右席』の存在事態が隠匿され、”派閥”といってもごく少数の修道錬金術師たちだけを差すのだから」

上条「錬金術……それじゃアウレオルスも?」

マタイ「彼は”派閥”の一員でこそなかったが、目はつけられていたね。だからこそインデックス君の教師役として選抜された」

マタイ「それでもし某かの結果を出してしまえば、彼と彼女も派閥の興味を引き、ろくでもないことになっていただろう」

アニェーゼ「……なんか妙に、遠回しというかズボラって感じなんですが」

マタイ「基本的に”少数”なのだよ。だから下から上がってくるレポートを斜め読みし、自分達の益になりそうなものは強欲に浚う」

上条「ちょっと俺ローマまで観光に行ってくる!ただの観光だからすぐ戻ってくるぜ!」

マタイ「インデックス君が危険に晒されることはもうないから、まぁ座りたまえよ上条君。彼女の件に関しては終わったことだ」

マタイ「イギリス清教も知っての通り、インデックス君の”有効性”がアウレオルスによって確認されれば危険ではあった」

マタイ「が、彼は個人的な事情で出奔してしまい、研究はうやむやなまま立ち消える。結果的には”派閥”の興味を彼女から遠ざける働きをした」

上条「そっか……あいつのしたことって、無駄じゃなかったんだ……」

マタイ「そして”派閥”が力を持つようになってくると、ローマ正教にあった『聖霊十式』をも欲する。研究と維持管理目的で奪われて、それっきりだ」

マタイ「だから『聖霊十式』も全てが教皇庁直轄にあったのではない、それぞれの”派閥”が分けて管理していたのだよ」

マタイ「『アドリア海の女王』と『天罰術式』は前方のヴェント。『C文書』は左方のテッラ」

マタイ「『使徒十字』は教皇庁。勝手に持ち出された上に未だ返却されておらぬが」

上条「はい、質問です。『右席』は派閥に作られたわりには偉そうにしてたけど?」

マタイ「派閥は『神上かみじょう』を目指すのが最終目的であり、『右席』は手段にしか過ぎない」

マタイ「故に彼らは現世での利益など求めてはいない。そういうところは既に超越しておる」

上条「『カミジョウ』?」

マタイ「私の立場上これ以上は言えぬ――ロンドンには一柱ある、と耳にしたばかりだが」

オルソラ「『天使化』を突き詰めた先……『魔神化』でございますか」

マタイ「アックアは違うが、他のはまぁ……そうであった、『右席』の座には就いていたが、彼らが直接それぞれの”派閥”を代弁していたのではない」

マタイ「才能ある人間を20億人の信徒から選出し、『右席』を生み出していた。それももうできぬ」

上条「なんで?」

マタイ「フィアンマが全てをぶち壊していった。”派閥”も彼らが積み上げてきた研究結果の殆ども」

オルソラ「あぁ。ご自分を作られた方なのであれば、その対抗策を用意しているかも知れない、でございますね」

マタイ「お陰でただでさえ少なかった『聖霊十式』の資料は失われ、こうして難儀している、と繋がるのだよ」

ルチア「その……20億人の中から選ばれた、というのは志願制ではなく」

マタイ「強制や脅迫。金品や地位を見変えにしていたかも知れぬ。全ては闇の中だ」

上条「……フィアンマが」

マタイ「ふむ?」

上条「アイツがさ。妙に『救う』って事に拘っていたのも、なんかおかしいなって思ってたんだよ」

上条「アイツがもしただの頭イタイやつだったらさ、『世界を壊そうはい終わり!』って発想になってた。それだけの力があるんだから」

上条「俺たちで止められたのも、止めた後に復興が意外と早かったのも、アイツが人類滅亡させようってつもりじゃなかった、って事になる」

上条「でも最初から最後まで救済に拘っていたのも、歪んじまう”前”があったって事かよ……!」

マタイ「『右席』は才能ある人物にしかなれぬ。そしてそれが幸運だとは限らない。ヴェントの所は特にそうだ」 ジッ

アニェーゼ「……?」

マタイ「ローマ正教が学園都市を非難する資格はとうに失われておる。彼らが半世紀かけてやっていることは、こちらは数百年前からしていたのだ」

マタイ「……テッラもな。あぁ見えて気の佳い、信心深い男であったのだ。いつしか壊れてしまっていたが」

マタイ「まぁ……ここまで話せば検討はつくだろうが、そういう経緯があって『女王艦隊』には酷く手を焼いてる」

マタイ「信じろ、とは言えないが状況証拠から察してほしい。『女王艦隊』を制御や修理できるものであれば、さっさとそうしているのだ」

オルソラ「あの、質問宜しゅうございましょうか?」

マタイ「私で分かるものであれば。粗方は暴露してしまったし、後はこの年寄りの昔話ぐらいしか残っていないよ」

オルソラ「マタイ様が隠して語らなかった事実について、ですが」

マタイ「私が?」

ルチア「シスター・オルソラ?その言い方は少し無礼なのでは?」

オルソラ「はい、無礼かもしれませんが、どうしても確かめなければいけない事がございます。どうかご寛恕のほどを」

マタイ「……差し迫った問題を前に、個人的な知識欲を覧たそうとするのは誉められたことではないよ、オルソラ君」

オルソラ「いいえ。このウェネッイアに差し迫った危機と同じぐらい、わたくしには避けて通れぬ疑問があります。どうかその霧を晴らすためにも、お願い申し上げます」

マタイ「しかしだね」

上条「いいじゃん、聞いてやれよ。聞くだけ聞いて答えられないってのもいいし、なんかイベント起きたんだったら、俺らだけでも行けば時間稼ぎにはなるだろ」

アンジェレネ「え、援護要員には組み込まれてるんですね、わたしたち」

ルチア「話を邪魔しない」

マタイ「まぁ……佳かろう。話してみたまえ」

オルソラ「ありがとうございますマタイ様!上条さんもお口添え頂きまして」

上条「いいって。それよりも」

オルソラ「えぇと、わたくしが『法の書』の解読――誤った解読をした際、ローマ正教から追われる身となりました。その時から疑念があったのでございます」

上条「疑念?」

オルソラ「はい。『どうして解読されると問題が生じるような書物を、ある程度の人間が閲覧できる場所に置いてあるのか?』と」

上条「無理に見たんじゃないの?ついうっかり、とか」

オルソラ「自分で言うのも恐縮でございますが、『閲覧禁止』と帯に書かれた本があったとして、わたくしがそれを読むとお思いですか?」

上条「……見ないよね。オルソラの性格からして有り得ないよな」

オルソラ「当然人様の生き死にや人生に関わることでしたら、破るのも躊躇いはしませんけど、少なくとも止められてはいませんでした」

オルソラ「よってわたくしは政治的な何かに巻き込まれたのだ、と解釈しておりました。ですが……」

上条「”派閥”か」

オルソラ「はい。一定以上の成果を出した人間を見極めるための撒き餌のようなものではなかったのか、と」

上条「誰でも見られような場所に問題集を置いてて、それが解けた人間をスカウトする?」

オルソラ「わたくしは存じ上げませんが、アウレオルス様という方が成果を出せば、”派閥”の方の研究スタッフとして招聘されていたのでは、と」

アニェーゼ「私が言うのもなんなんですが、それ……おかしな話じゃないですか?」

アニェーゼ「当人を目の前にして言う話じゃねぇかもですけど、あの時私達へ出された命令は『無傷で連れ戻せ』なんて穏当なもんじゃねぇでしたよ」

オルソラ「はい、そこで関わってくるのが派閥”ではない・・・・”人間の存在でございます」

上条「派閥じゃない?」

オルソラ「ここにおられる方でご存じない方はいないでしょうが、あの時わたくしの逃走を手助けして下さったのは天草式の皆さんでございました」

オルソラ「どうしてローマのような異郷の地へ、極東の島国から援軍が助けに来られたのでしょうか?」

オルソラ「それこそ”誰か”の手引きがあったとしか思えません」

上条「誰か?」

オルソラ「天草式の皆さんと同じ十字教徒で”派閥”でもなく、かつ現状を憂いておられる高位の方、となってしまいますね」

マタイ「……」

上条「あれ?マタイさん、さっきあんた広島と長崎行ったって言ってたよな。長崎って天草式の本拠地じゃ?」

マタイ「……まるで私がローマ正教を裏切り、アニェーゼ君達の任務を妨害した上、君を逃がす手伝いをしたような物言いだね」

オルソラ「いいえ。その方は派閥の圧にも屈さず、アニェーゼさん達が引き返せない一線を越えるのを止め、わたくしの命を救って下さったのです」

ルチア「横から口を差し挟んで恐縮なのですが。今のお話が正しければ、私達はシスター・オルソラのための捨て駒になったと同じでは?」

アンジェレネ「し、シスター・ルチア!い、言いすぎなんじゃ?」

オルソラ「いいえ。それも、いいえ、でございますよ。その方は周到に準備をなされていたようで」

アンジェレネ「じゅ、準備ですか?」

オルソラ「はい。わたくしが『法の書』の誤った解読法を公開した後、恐らく派閥の方々は失望されたのでしょう」

オルソラ「あっさりとローマ正教からの退会を許され、天草式の皆さんと引っ越しにこのヴェネツィアを訪れるぐらい無視されてしまいました」

オルソラ「ですが、その際に”たまたま”ヴェネツィアを観光中の上条さんとインデックスさん、そしてその裏で虜囚になっておられた皆さんと再会」

オルソラ「旧交を温めつつも、過去の不幸な出来事は忘れ、目の前の敵へと一致団結することに同意し」

オルソラ「そして悪しきビアージオ司教の企みを粉砕し、250+1名でロンドンへ凱旋するのでございました。めでたしめでたし、でございますね」

オルソラ「――というような”偶然”があるとでも?」

上条「ちょ、ちょっと待ってくれよ!俺は偶然イタリア行きのチケットが福引きで当たって!」

アンジェレネ「か、上条さんにラッキーな事があった時点でもう、作為的じゃないですかねぇ?」

上条「確かに!」

ルチア「それで納得するのですか」

オルソラ「わたくしは戦闘力皆無のシスターですので、危険視などはされていないでしょうけれど、当時既にイギリス清教の一員であった天草式の皆さん」

オルソラ「そんな方々をローマ正教の重要な拠点、『聖霊十式』が眠る場所ヘ易々と招き入れるでしょうか?」

オルソラ「『お互いに疑念を生まないためにもシスターだけ、引っ越し業者はこちらで手配する』、とでも言えば真意はどうあれ、受け入れざるを得ません」

マタイ「小説であれば面白いとは思うし、想像力の豊かな若人が陥りやすい陰謀論だね。それは」

オルソラ「そんな、お若いなんてお上手でございますよ」

上条「多分それ違うわ。そこ言いたかったんじゃない」

マタイ「理に適っておらぬ。その人物はローマ正教の力を削いでまで、数百人のシスターを救ったと?そんな善人がいるとでも?」

オルソラ「この世界は単純な足し引きだけでできているのではございません。時には理屈に合わないような無理をし、感情に囚われ、無理をするのも大切な事でございます」

マタイ「馬鹿馬鹿しい。全ては結果論だよ」

オルソラ「そして何よりも全てのわたくしの仮説を裏付けるものとして、ビアージオ司教の証言がございます」

マタイ「あの男が、何か言ったのかね?」

オルソラ「具体的には何も、人名も何があったとも仰いませんでした。ただ一言、今にも暴走し、沈没しようとする『女王艦隊』の中で――」

オルソラ「――『あの野郎』、と」

マタイ「……」

オルソラ「『右席』の存在を知る方は少数、ましてやビアージオ司教がヴェント様の派閥で活動されていたのも恐らく事実」

オルソラ「そして最期にならんばかりの際に、嘘偽りで悪態を吐くとは思えません。明確に”誰か”を思い描いた上で、自分は陥れられたとお思いになられていたかと」

オルソラ「繰り返すのでございます。派閥ではなく、だが存在を知りうる高位の方で、天草式や学園都市にも影響力がある」

オルソラ「以上の条件に当て嵌まるのは、マタイ様以外のどなただと仰るのでしょうか?」

マタイ「先程も言ったように話せることはこれで全てだ。そして君の答え合わせに私は価値を見出せない」

オルソラ「お言葉ですが!」

マタイ「そう解釈がしたければ止めはしない。だが君のように善意で全てが回っているとは程遠いとも」

上条「まぁちっと待ってくれよ。オルソラもマタイさんも落ち着け」

オルソラ「……はい」

マタイ「……」

上条「そもそもの話、オルソラは何がしたいんだ?その世話になった、もしくは裏で糸引いてた”あの野郎”を告発でもしたいのか?」

オルソラ「いいえ、わたくしはそのような恩を仇で変えような真似はとても。ただ……」

上条「ただ?」

オルソラ「ただ、その、お礼を言いたいだけでございますよ」

アニェーゼ「お礼、ですかい?」

オルソラ「もしも仮に、わたくしの推測が的外れでなければ、その方も相当無茶な橋を渡っておられました」

オルソラ「”結果的”に全て上手く行ったので累が及んでおられないだけで」

マタイ「かも、しれないね」

上条「んじゃまぁ折衷案、っていうか俺からのお願いなんだけど、マタイさん一つ頼まれてくれないか?」

マタイ「私に?」

上条「うん、俺じゃ無理だしオルソラもダメ、そしてアニェーゼたちもできないっぽいんで、あんたにしか頼めない」

上条「もしローマ正教の中で、オルソラが想像してたような”あの野郎”に出会ったら、オルソラがこう言ってたよ、って伝えてくれないか?」

上条「あぁもし出会ったら、でいいよ。オルソラも仮説は仮説だし、間違ってるかも知れない。だから出会う機会があればって事で」

マタイ「……私の負けだよ。そのぐらいであれば引き受けよう。君の気が済むのであれば」

オルソラ「ありがとう存じますっ!」

マタイ「というかここには私の味方は居ないのかね?宗派的にはローマ正教4人とイギリス清教1人にブディスト1人。数では我々が最大派閥なのに」

アニェーゼ「それは……すいません」

アンジェレネ「し、シスター・オルソラを怒らせるとご飯が少なくなるんで!」

ルチア「シスター・アンジェレネ!」

マタイ「切実な問題だね。上条君も憶えておきたまえ、女性は男性などよりも遙かにしたたかなのだ」

上条「もう知ってる」

マタイ「ではまぁ、年上のかつ高位の人間へメッセンジャーを頼むのは、儀礼的には誉められたことではないが、聞こうか」

オルソラ「はい、では……ありがとうごさいますなのですよ、わたくしは今、あなたのおかけで生きております」

オルソラ「全てが良かった、とは到底思えませんし、新天地でも慣れぬ苦労は多々ありますけれど、それでも」

オルソラ「あの時、生きるチャンスを下さったあなたに心からの感謝と尊敬を――で、ございます」

マタイ「伝えよう。もしそんな背教者がいれば、だが」

アニェーゼ「あの、私もっ!……私もいいですか?」

アンジェレネ「で、でしたらわたしもお礼を言いたいですよっ!」

マタイ「君たちもかね……どうにも、締まらないものだが」

ルチア「……」

上条「あ、すいません”あの野郎”。こっちのシスターさんも一人追加でお願いします」

ルチア「か、勝手なことを言わないでください!」

上条「言っとけ言っとけ。バレなきゃ問題ないし、この人が漏らす心配はないから」

マタイ「棘があるね。もしも黒幕がいたとして、君は巻き込まれた側だから言う権利も多少はなくはないが」

マタイ「まぁ、好きにすれば佳い。どうせ墓場まで持っていく身であるし、そう遠くもない日のことだ」

上条「俺より長生きしそうな感じするんだが……?」

マタイ「それは君が生き急いでいるだけだよ。私のような平和主義者と一緒にしないでもらいたい」

アニェーゼ「私は……オルソラの手引きしてたんだったら、微妙ですけど、その……」

アニェーゼ「あそこで、もし一線を越えちまっていたら、とは思うんです。私は誰かと、部隊のシスターと仲良く笑えるのかって考えちまって」

アニェーゼ「与えられた命令を、ましてやそれがローマ正教ためだってなら――」

アニェーゼ「……すいません。上手く言えません。テメェんなかでも上手くまとまっていない感じで」

アニェーゼ「ですが……最終的に、部隊のみんなと、私の命を助けてくれた事には、ありがとうって、言ってやってください」

アンジェレネ「あ、ありがとうございましたっ」

ルチア「ありがとうございました。あなたのお陰で私は友人を失わずに済みました」

マタイ「……主旨は分かった。機会があれば伝えておこう。あれば、だが」

マタイ「というか慣れないことをしたものだから、喉が渇いてしまったね。お茶のおかわりを頂けないだろうか?」

オルソラ「ただいまお持ち致しますのですよ。皆さんの分も煎れなおします」

アンジェレネ「お、お手伝いします」

ルチア「右に同じく」

アニェーゼ「じゃ私もですね――では、上条さん、頑張ってくださいな?」

上条「あぁうん――うん?」

パタンッ

マタイ「――さて、君は本当に余計な事をしてくれた訳であるが」

上条「すいませんでしたあぁぁぁぁッ!?ただちょっとカッコつけたかっただけなんですっ!?他意はないんですっ!?」

マタイ「ない方が悪質だよ。その場の勢いでやった、という事だからな……まぁ、佳しとしよう。先程から照れくさくて仕方がないのだが、悪くはない」

上条「あの、表情筋がピクリともしてねぇって言うか、今にも『フォー○の暗黒面へようこそ!』とか高笑いしそうな雰囲気なんですけど……」

マタイ「だから当人を前にしてその揶揄は佳くはないのだが。あぁ上条君。私から一つ忠告をしておこう」

上条「な、なんですか?」

マタイ「私の友人から聞いた限りでは、浮気をしたら見ないふりをするタイプと、徹底的に証拠を掴んで追い込んでくるタイプの二つがある」

上条「意外に俗なこと言い出しやがりましたね。てかその友達、教皇に浮気の話フッたんか」

マタイ「オルソラ君は後者だね。キッチンで食肉を切断しながら、徐々に圧を強めていくタイプだとみた」

上条「それなんてホラーな映画の修羅場。でも俺には関係ない」

マタイ「とは?」

上条「だって浮気なんかしないし」

マタイ「それは賢明だ。最善と言って佳いのだが……」

上条「なんすか」

マタイ「君のお父様は浮気をしないにも関わらず、ではなかったか?」

上条「よーく調べてあんじゃねぇかコノヤロー!まさかウチの家庭事情が20億人のトップが知ってるとは思わなかったよ!暇なのか!」



――ヴェネツィア 旧オルソラ私邸 遅い午後

マタイ「ともあれ。こちら側も大変混乱しておる。戦後の後片付けにこんな年寄りまで駆り出さなくては手が足りぬぐらいにはな」

マタイ「『アドリア海の女王』がどれだけ壊れているのか?半壊なのか大破なのか、またどのように暴走しているのか?」

マタイ「そもそも暴走しておるのか、という疑問すらある。”あれ”が本来の正しき働きで、誰かが船に中へ押し込めていただけ、とも」

上条「超面倒臭いっすね」

マタイ「さよう。それに拍車を掛けているのが君たちだと知るが佳い」

オルソラ「えぇと、マタイ様におかれましてはそのご心労及びご心中、お察しするのでございますよ」

マタイ「どこか旅にでも出たいものだ。こんな羽目になるのが分かっていれば、アックアに手伝わせてやったものを」

上条「アックアって逮捕されてんじゃなかったっけ?」

アニェーゼ「つい先日、恩赦が出たんでキャーリサ様たちと一緒に釈放されましたよ」

アンジェレネ「て、てかロンドンにいたんだったら、ヌァダさん相手に投入されてたんじゃないかなぁ、と」

上条「確かにそうだな。結局はイギリス清教のために動いてたんだっけ……でもなんでローマ正教で『右席』なんかやってたんだ?」

マタイ「あの男はイギリスとその王室のためにしか動かぬ。排除すべき相手がイギリス国内におり、対峙するのに必要だったからだな」

上条「その派閥――派閥っていうと常盤台のお嬢様方を思い出すんだが――のメンバーって全滅しちまってんですよね?」

マタイ「そうだ。『右席』を造っていた者たちはもういない――筈だ」

上条「んじゃその関係者、アックアやヴェントから話を聞くってのはできないんですか?アックアはダメだとしても、ヴェントの派閥が持ってた霊装なんだし」

マタイ「あの男にはメールを送っておいたが返信は無し。ヴェントに至っては行方不明だ。第三次世界大戦中にフラッと姿を消し、それっきりだよ」

上条「あぁじゃあ最後に会ったのってもしかして俺か。フィアンマと喧嘩してた時、エリザリーナで助けてもらった」

マタイ「……エリザリーナ独立同盟か」

オルソラ「ローマ正教の飛び地でごさいますね。ですが戦後かなり経ちながらも連絡がないのでございますれば」

マタイ「戻ってくるつもりがないのか。困ったものだ」

上条「飛び地ってのは?」

アニェーゼ「国境が最大信派がローマ正教の国家です。エリザリーナはロシアの一部であり、ロシア成教の勢力下だったんですけど」

アニェーゼ「フランスは以前から人や武器を送り込んでいましてね。多分その裏ではローマ正教も独立に一役かってんたんでないかと」

上条「アメリカ式軍事介入かよ」

マタイ「補足しておくと主にやっていたのはフランスだよ。私達はその手助けを少々」

アニェーゼ「まぁそんな国が旧東欧や北アイルランド等々ありまして、そこをローマ正教の飛び地といいます」

上条「そっか……いないんだったら無理――あ、もう一人いるだろ。直接的に関わったヤツ」

ルチア「ビショップ・ビアージオはイギリス清教に捕縛された後、解放されていますね」

マタイ「あぁ彼かね。彼は今同じく飛び地のリトアニアで、丘へ十字架を差し続ける仕事に就いておるな」

上条「それなんて賽の河原。思いっきり左遷されてますよね」

マタイ「『聖霊十式』の一つを失った上、敵に捕まって内情をペラペラ喋った見返りにノコノコ無傷で帰って来た――」

マタイ「――という”噂”が流れてね。誰が流したのか分からないが、心ない人間が居るものだ」

上条「話の流れからして”犯人;マタイさん悪魔の腹芸士”で合ってるだろ」

アニェーゼ「個人的には超ざまぁですけど、いいんですかい?」

マタイ「彼が”自主的”に隠居するのであればそれもまた致し方ない、擁護する者が皆無だったからな。シスター・リドヴィアとは大違いだ」

上条「(ちなみにリトアニアってどんな国?)」

アニェーゼ「(旧ポーランドの一部でソビエトに合併、後に独立を果たしはしたんですが……)」

ルチア「(男性の平均寿命EU最下位、殺人発生率が最上位、という誰が見ても懲罰左遷ですね)」

上条「(……意識高い肩書きの割に治安が悪いEUの中でもって……俺、絶対に行かないぞ!絶対だからな!)」

アンジェレネ「(ど、どうしてそうフラグを立てようとするのか……?)」

オルソラ「大変失礼ながら申し上げますが、もしやビアージオ様が高位に就かれていたのも、でしょうか?」

マタイ「オルソラ君、そう探り探り単語をぼかされなくともいいのだよ。どうせ今日この場で語ったことは外に漏れないのだから」

上条「どういうこと?」

アニェーゼ「『あんな無能で視野狭窄の無能が、どうして司教なんて高い地位に居れたのか?』ってオルソラ嬢が聞いたんですよ」

オルソラ「いえ……そこまで毒は無かったかと」

オルソラ「ただわたくしが知る限り、司教ともなればそれなりの人望や人格をも問われる立場でございまして」

オルソラ「外面”すら”取り繕れぬ方が何故?と疑問に思っておりました」

マタイ「直接尋ねた訳ではないがね。彼もまた派閥の一派――というか使い走りのような役割をしていたようだ。それも自発的に」

オルソラ「ではやはり一度お招きして、お訊ねになった方が宜しいのではないでしょうか?」

マタイ「試すだけ無駄であろうな。派閥、という後ろ盾がなくなった今、彼が情報を出し渋る意味がない。洗い浚い話してしまっているだろう」

上条「あいつ……正直今でも嫌いだけど、散々な扱いだよな」

マタイ「君たちの彼へ対する評価が著しく低いのだが、一応擁護しておくと彼は彼なりに使い易い男なのだ」

マタイ「魔術の腕はそれなり、レイシストを糾弾する者達が寛容に見えるぐらい偏見が過ぎるはすれども、任務には忠実」

マタイ「そしてなによりも佳いのは、切り捨てたとき罪悪感が湧かなくて済むのだ。実に素晴らしい人材だよ」

オルソラ「マタイ様は……あぁ、派閥の方の疑似餌に使われたとお思いなのですか」

上条「疑似餌、てか罠?」

マタイ「あらかじめ敵へ渡すことを前提にし、切り捨てて佳い人材を確保しておくのだ」

マタイ「その人物へ真偽入り交じった情報を渡しておき、わざと敵中に落として混乱させるのだ」

上条「うわぁ……って待て待て。そういやさ、ヴェントって学園都市まで殴り込みに来たのに、アックアが回収に来てたじゃん?」

ルチア「恐れ多くも前教皇猊下へ向って”じゃん”は控えなさい」

マタイ「構わぬ。続けなさい」

上条「『二人できてんだったら二人でやれば良くね?てかあれアックアがヴェントがボッコボコになれるまでスタンバッてたの?』って疑問はさておくとして」

アニェーゼ「さておいてないですね。良い機会だからってぶっちゃけましたよこのジャパニーズ」

上条「日本で負けたヴェントは回収に来たのに、イタリア近郊で負けたビアージオはそのまま放置ってどうよ?人の格?」

オルソラ「そちらも恐らくは”あの野郎”様の仕業かと」

オルソラ「わたくし達が『アドリア海の女王』脱出後、もしローマ正教が加勢すれば、そうでなくとも回収するといって部隊を動かせば」

オルソラ「天草式とアニェーゼさんたちが狙われるのは避けられません。また『聖霊十式』を壊した相手を無罪放免にできる訳もなく」

オルソラ「そもそも250名のシスターさん達が、イタリアからイギリスまで追っ手一つかからずに来られたのも、”あの野郎”様のご配慮でしょう」

マタイ「ほらな?私の言ったとおりだろう、上条君」

上条「俺に振らないでください。言ったのはマタイさんだ」

オルソラ「えぇと、わたくしが何かやらかしてしまったのでございますか?」

マタイ「いいや何も。ただ『オルソラ君は佳き妻となり佳き母となるんだぜ』と、上条君が言っていたかもしれない」

オルソラ「あらあらまぁまぁ、これはこれはでございますねー」

上条「ナチュラルに嘘を吐くなや!さっきから『嘘言っちゃダメなんだよね!』とか言ってる割には!」

マタイ「腹芸ができねば教皇など勤まらんよ。あとは多少の腕力もあった方が佳い」

アンジェレネ「な、なんでしょうね。きょ、今日一日で所属組織のメッキがボロボロと剥がれ落ちていくんですけど……」

ルチア「お黙りなさい。思っていても口には出さないように」

アニェーゼ「言ってるのと同じですけどね、それ」

マタイ「……今にして思い起こせば、『アドリア海の女王』にも某かの派閥の意図が絡んでいたのかもしれんな」

マタイ「学園都市全てを破壊しようとしているのに、あんな小物一人に全てを任せる筈もなし」

上条「ねぇ、さっきから俺ローマ正教の内々の話聞いてるんだよね?産業スパイの攻防を描いたサスペンス映画の話じゃないんだよな?」

アンジェレネ「だ、大丈夫ですよ上条さん!わ、わたしも『早く終わらないかな、スコーン誰も手に取ってないけど最初に食べるのはどうかなぁ』ってしか考えてません!」

ルチア「後でお話がありますからね?絶対ですからね?」

マタイ「佳い佳い。好きに食べたまえよ。どうせ全て忘れなくてはならぬ話だ、最初から憶えていなければそれが最も賢明だとも」

上条「マタイさんってさ、『右席』とその派閥に散々な目に遭わされてきたんだよね?」

マタイ「散々と言う程ではない。ローマ正教の実質の舵取りは『右席』が持っていたのは事実である。だが、持っていたというだけだ」

マタイ「大昔は一国の王を破門したり、十字軍を率いていたり、世界へ対して多大な影響力を有してはいたが」

マタイ「ルーテルの興した十字新教や巷に溢れる無神論者。今の時代はそう大きな変容も変革もなく、昔に比べれば穏やかになったものだ」

マタイ「また派閥の魑魅魍魎どもも、『神上』へ至るための研究以外は、現世での出来事など殆ど興味を持っておらぬ」

マタイ「御するのが容易い、とは口が裂けても決して言えなかったが、まぁそういう事だ」

上条「そのアホどもを相手に政治力で裏工作で立ち回ってきたのって……ラスボス、あんたじゃねぇのか?」

アンジェレネ「は、派閥の方々がどれだけアレな方であってもですね、アックアさんのような、元イギリス清教を採用したのも、どなたかへの牽制――」

マタイ「佳ーし、佳い子だ。私のスコーンも食べると佳い」

アンジェレネ「あ、ありがとうございまふっ!一生の記念にしますっ!」

上条「扱いが小動物だよ」

マタイ「話せるのは大体このぐらいだろうか。必要以上に喋らされてしまった気もするが」

上条「できればローマ正教の暗部なんて知りたくなかった……!もう宗教画とか見ても『カッケー!』って素直に喜べない……!」

オルソラ「芸術品に罪はないかと存じます。それはそれ、これはこれでございますよ」

マタイ「そうは言うがね。派閥を飼うのにも多大な資金が必要、投資をやりくりするのには原資が必要なのだ」

アニェーゼ「バチカン地下銀行って存在していたんですね」

上条「えっと、なに?ローマ正教って銀行もやってんの?」

アニェーゼ「『○○の遺産』的なミステリーでネタにされるヤツですよ。根拠のない陰謀論の一つです」

マタイ「いや、正確には大規模なマネーロンダリングだよ?」

上条・オルソラ・アニェーゼ・ルチア「……」

アンジェレネ「な、ナイス。ジョークですよねっ!ほ、−ほらっみなさん笑って笑って!」

上条「なぁ師匠、悪いんだけど淡々と話すこの人の芸風からして、もう冗談って話じゃないって分かったんだ。分かっちまったんだよ、俺らは」

マタイ「断っておくが、十字軍時代からの古い地下銀行だ。『十字教徒は神の法のみで縛られる』を根拠にした信仰の一環だよ」

マタイ「『必要悪の教会』がイギリスと周辺で悪しき魔術師を狩っているように、我々もそれなりに仕事はあるのでね。原資は必要だ」

マタイ「そういった意味で『右席』と”派閥”が失われたことによる穴は大きい。正しい姿へ立ち戻ったとも言えなくはないが」

アニェーゼ「……すいません。私たちがいれば多少はお力になれたのに」

マタイ「気に病まないでほしい。そもそもで言えば連中を管理できなかった、我々大人が不甲斐ないせいだ」

上条「こっち側も似たような問題抱えてんだよな。学園都市も酷いけど」

マタイ「突きつけられた現実として、目下の問題へは是非協力して解決を計りたいところではある」

アンジェレネ「ま、まだ『どんな問題が発生しているかの?』へ入らないのに、お腹いっぱいですよねっ!」

上条「はっきり言うなや。正直椅子に座ってるだけで気が重いんだから」

マタイ「まぁここからはシンプルな話だよ。数週間前から『氷の騎士』とそれに絡む有象無象が、ここヴェネツィアの街へ突如現れ始めただけだから」

上条「いや大事だろ。街封鎖して速攻で探せよ」

マタイ「それも俎上に載っていたのだがね。他の魔術師たちが見え隠れしている」

マタイ「好奇心の強い猫か、それとも『女王艦隊』のおこぼれを狙った野犬かは知らぬが」

マタイ「一人二人程度であればこの私でもなんとかなるかも知れないが、それ以上の数がバラバラに連携も取らずに暗躍されては対処のしようがない」

上条「組織的に来られた方が難しいんじゃ?」

マタイ「組織であれば”頭”がある。交渉もできるし目的が分かればこちらから仕掛けるのも可能だ」

マタイ「しかし個人の場合だと、一つ一つが”頭”なのだ。そしてその頭が正常な判断を持ち合わせているとは限らん」

上条「あー……無差別テロに走られたら最悪だしなぁ」

アニェーゼ「『氷の騎士』の実害はどうなっているんでしょうか?やっぱ……エゲツないことになっちまってますか?」

マタイ「君が心配するような被害はまだ、だな。積極的に危害を加えようとしてはおらぬようだ」

マタイ「ただ、ヴェネツィアの特定の地域に出現し、そこへ立ち入ろうとする者を区域外へ排除するそうだ」

上条「排除ってのは、えっと……暴力的な意味で?」

マタイ「いいや。こう手に持って運んだり、武器や盾を翳して道を塞いだりと比較的穏当なものだよ」

マタイ「しかしながら彼らに掴まれれば凍傷、時間が長ければ凍結してしまうため、致命傷にはならずとも決して軽傷ではない怪我を負った者もいる」

上条「マタイさんと会った区域は、それじゃ」

マタイ「定期的に出現するようなのでな。『禁猟区』と仮名をつけ、別の名目で現地の人間は退去――避難させている」

オルソラ「動きが妙なのでございますね。わたくし達が『旗艦』の中で遭遇した『氷の騎士』は、明確に害意を持って攻撃してきました」

アニェーゼ「何がしたいんでしょうね、そいつら」

マタイ「最も楽観的な仮説――『女王艦隊』は全く関係なく、『氷の騎士』を第三者が量産している愉快犯説」

上条「またまたー!そんな趣味的なこと魔術師がする訳がない――って言い切れないですよね!超個人主義の集まりの中じゃあね!」

アンジェレネ「の、ノリツッコミしましたよこの人。こ、この空気の中で」

マタイ「最悪な仮説がただ単純に暴走しておる、ということだ。可能性だけで言えばこのまま黙っていれば収る。その可能性もゼロではない」

マタイ「またある日が来たら大爆発、インデックス君の言うところの、『文明を焼き尽くす火の矢』がヴェネツィアで炸裂する。これもまた同程度にはある話なのだ」

上条「長々話してきて『何も分かってないけど、多分大変』ってどういうこったよ!」

マタイ「そして多くの仮説でほぼ一致しておるのは、彼らが守るどこかの運河の下」

マタイ「そこへ『旗艦』の核となる『四角錐の部屋』が流れ着いている、ということだろうか」

オルソラ「それは……何となくでございますが、そのような予感はございますね」

マタイ「そして面倒に拍車を掛けておるのが、ちょっかいをかけてくる魔術師の存在だ。私達が騎士を排除しようとすると現れるアンデッド」

アンジェレネ「お、オバケでっ!?」

マタイ「あれらが術式なのか、それとも我らの知らない世界の存在なのかは知らぬ。ただ拳で殴れば殺せるし、魔術で滅殺も可能な相手だ」

上条「取り敢えず殴ってから考えるのって一体……」

マタイ「望んで死に損なう者などおらんよ。無理矢理起こされた彼らに与えてやれるのは、ただ慈悲だ」

オルソラ「恐れながらひとつ。死人の方々が『女王艦隊』ではなく、敵性の魔術師の仕業だ、と判断した根拠のほどは如何様で?」

マタイ「アンデッドどもが主にイングランドに伝わる存在ばかりであり、初期には目撃されもしなかった」

マタイ「加えて『氷の騎士』たちも死人を攻撃している。三つどもえの乱戦状態だ」

アニェーゼ「話を伺っても……何がどうなってんのか分かりませんね」

マタイ「と、まぁローマ正教が掴んでいる情報はこのぐらいだね。私も自分で話していて要領を得ないだろうな、と思うぐらいだ」

オルソラ「何と申しましょうか……繋がっているようで、繋がっていない、ような」

マタイ「何か気づいたことがあれば――と、それは明日にしようか。そろそろ夕食の時間ではあるし。長居はこのぐらいでお暇しよう」

上条「今日のウチに話つけた方がいいんじゃないですか?」

マタイ「妙な膠着状態ではあるが、被害を考えずに強行できるだけの戦力はある。近隣住人の避難もほぼ整ったのでね」

マタイ「事態が悪化――『氷の騎士』たちの出現範囲も依然として変らぬ。急遽イタリア入りを余儀なくされた君たちも、休む時間が必要であろうとな」

オルソラ「真摯であるマタイ様のお心遣い、誠に感謝致しますのでございますよ」

マタイ「ローマ正教の非公式見解としては、君たちの事情も汲んでみようと現段階では伝えておこう」

マタイ「ヴェネツィアが死都となるのを放ってはおけんし、リドヴィアが持ち出した『聖霊十式』の交換材料とさせてもらおう」

アニェーゼ「私たちにはその権限はないんですけど」

マタイ「”材料”とするのだ。負い目と面子がある以上、そして君たちが関わってしまった以上、無碍にはできぬよ」

マタイ「その過程で『女王艦隊』を壊してしまうのは少々気が引けるがね」

ルチア「……宜しいのでしょうか?」

マタイ「いざとなったら、なんだったか……あぁ”プランK”だったか?上条君がうっかり触って壊してしまったことにすればいいさ」

上条「おい教皇級ジョーク言ったぞこのジジイ。てかまた俺そんな扱いか」

アンジェレネ「そ、そして出される第二次上条さん暗殺指令……!」

上条「理不尽だよ!俺はいつもいつも自分の単位と引き替えに戦ってきたのに!」

マタイ「若い内は何事も経験だね。それでは今日のこのぐらいで失礼するよ、お茶をありがとう」

オルソラ「粗茶でございますが」

アニェーゼ「あ、あのっ!お送りします!」

マタイ「気持ちだけ受け取っておこう。この年寄りに乱暴を働こうなどという輩は早々おらぬよ」

アニェーゼ「えっと、ですけど、ですが、そのっ!」

マタイ「……とは、思ったのだが。たまには観光気分で歩くのも悪くないだろう。孫娘がおればこのような、と寄り道するのも悪くはないか」

アニェーゼ「あ、ありがとうございますっ!」

上条「あ、観光だったら俺も一緒に」

オルソラ「空気を読んで下さいませ?今のはアニェーゼさんが『何か内密に話がある!』と話を切り出し、マタイ様が汲んで下さったのでございますよ?」

アンジェレネ「し、シスター・オルソラ、あなたがぶっちゃけた時点で全部台無しなんじゃないかなぁ……」



――ヴェネツィア 夕方

マタイ「……」

アニェーゼ「……」

マタイ「人間関係で」

アニェーゼ「は、はい?」

マタイ「ふと、ある時。人間関係で困ったことはないだろうか?そうさして知る間柄でもないのに、二人きりになったとしてだ」

アニェーゼ「妙に具体的ですが。状況的にも覚えがありますし」

マタイ「最近調子はどうかね、と君へ聞くのも白々しいと思うのだよ。君たちが不本意な立場にあるのもこちらに責がある」

マタイ「かといって『ビートルズは聞くかね?』と流行りの話題を振るのもな。あまりこう特定の人物へ肩入れするのも」

アニェーゼ「ビートルズは……根強い人気ですけど、最近のヒットチャートには出て来ないですよ」

マタイ「たまには立場を少し離れ、個人としての話もしてみたいところではあるが。中々そうもいかん」

アニェーゼ「お察しします」

マタイ「かといってヴェネツィア観光で盛り上がろうにも詳しくは知らぬ。私はルチア君と同じドイツ系だし、あまりこの街に詳しい訳でもない」

アニェーゼ「シスター・ルチアがドイツ系、ですか?言われてみれば……」

マタイ「……あぁ忘れてくれ。顔立ちからしてそうか、と思っただけだよ」

アニェーゼ「アニェーゼ部隊――いえ、ウチの隊の中じゃ、あんまりこう、過去を話したり詮索するどうかってん――でして」

マタイ「君も普段通りの話し方で佳い。綺麗なイタリア語も佳いが、多少”vulgar”な方が私には新鮮だ」

アニェーゼ「い、いえこれはっ!なんかこう染みついちまったんで!」

マタイ「君が必要以上に緊張しているのは分かるから、まぁ言葉遣いぐらいはね」

アニェーゼ「マタイ様は、ドイツ系、なんですよね?」

マタイ「うむ、若かりし頃のヒットラーも見たことはある。直接言葉を交わしたことはないが」

アニェーゼ「……あの、国際問題になりませんかね、それ」

マタイ「問題になど何も。というか私のwikiにも書いてあるよ」

アニェーゼ「教皇がwiki見ないでくださいよ。しかも自分のって」

マタイ「その後はローマ正教へ入って異端狩りに追われる忙しい日々だ。どこも人手不足でね、ほら、大きい戦争があったばかりだから」

アニェーゼ「知ってます」

マタイ「あまり大きな声では言えないがね。狂った魔道科学の申し子、彼から敬虔なシスターを助けて大立ち回りをしたこともある」

マタイ「ドクトル・ゲンセー――苗字はなんだったかな?――と称する日本人、そして付け狙われるシスター・ローラ」

マタイ「今にして思えば彼女を、時にはローマ正教を裏切りそうになってまで護りたかったのは、恋をしていたのかもしれないな」

アニェーゼ「私は何も聞いてないっ私は何も聞いていないです!」

マタイ「佳い佳い。どちらも墓の下なのだからスキャンダルにはならな――あぁ、まぁ、ゲンセーの遺体は確認できなかったか」

マタイ「右腕は落ちていたが、しぶとく生き残っている可能性もあるか。その時は改めて神の裁きを与えてやろう」

アニェーゼ「いえあの、興味はあるんですけど、話が際限なく広がりそうなので」

マタイ「まぁそんな多少運が強いだけの若造も、気がついたら教皇などというものになってしまっていた」

マタイ「現場からは離れられたものの、いざ就いてみれば『右席』や”派閥”との折衝に忙殺される。昔がどれだけ佳かったか、とな」

アニェーゼ「笑っていいんですか、それ」

マタイ「思うようにはいかない、というだけの話だよ。位が上がったところで何もかも自由に、とはいかなくなる」

マタイ「むしろ不自由だな。今までの仕事に加えて秒刻みで決められた教皇のスケジュールに追われる」

アニェーゼ「はぁ、そうなんですか」

マタイ「まぁ……何が言いたいかといえば、君が先程からどう切り出したものか迷っている疑問だ」

アニェーゼ「……はい?」

マタイ「そろそろ私の宿についてしまいそうだから、手間を省いて回答から言ってしまうがね」

マタイ「私は死後、いと高きお方に裁かれ、とてもとても昏い所へ突き落とされるであろう」

マタイ「それだけのことをしてきたし、その覚悟もある。善果を集めてみたものの、集め方が悪すぎた」

アニェーゼ「そんなことっ!」

マタイ「佳い、佳いのだ。私が決めた道であり選んだ生き方だ。偽悪的ではあるが、その覚悟はとうに決めておる――が」

マタイ「しかし君に、君たちにはそうなってほしくはない」

マタイ「何も知らぬまま、穢れなきまま、取り返しのつかぬ過ちをしないまま、いと高きお方の側へと至ってほしい」

マタイ「君が海原へ船をこぎ出すときには、海図と羅針盤があってほしい。ただ、それだけなのだ」

アニェーゼ「……」

マタイ「これが君たちを助けた、もしくは助けを呼ぶだけの理由になる。納得してくれたかね?」

アニェーゼ「……個人の感傷、ですか」

マタイ「罪人が悔い改める。それはとても佳い話だ、多くの聖典には嘗ての罪を償う話は美徳として書かれておる」

マタイ「しかし現実には、罪無き者こそが佳いのだ。毎日子を殴る親がある日改心するよりも、子を常に慈しむ親こそが絶対的に正しいのだ」

アニェーゼ「罪を負ってしまったら、悪い事をしてしまったら、もうダメだ、ですか?」

マタイ「そうは言っておらぬ。ただ要らぬ罪を背負わされる必要はなかった、とだけ」

アニェーゼ「背負わ”される・・・”?」

マタイ「――と、ありがとうアニェーゼ君。宿についてしまったようだ」

アニェーゼ「あ、はい、お疲れ様です……?とゆうかここ、普通の民家じゃ?」

マタイ「腕の佳いゴンドラ乗りと意気投合してね。探索や街の人間との折衝役でとても助けられているよ」

アニェーゼ「や、普通の人を巻き込むのはちょっとあれじゃないんですか」

マタイ「上条君も”普通”では?」

アニェーゼ「普通っちゃ普通ですがね。あれだけお節介で要らんことしぃの”普通”は、もうそれだけでノーマルじゃないですって」

マタイ「まぁ、そういうことだ。ではお休み、明日は何事もなければ9時頃に伺うよ」

アニェーゼ「あっはい、おやすみなさいでございます?です?」

アニェーゼ「……」

ガチャッ、パタンッ

アニェーゼ「――っはーーーーーーーーーーーー……っ」



――ヴェネツィア 旧オルソラ私邸 夕方

上条「――よし、俺ちょっと迎えに行ってくる!」

ルチア「はいそこ。まだ出てってから3分経っていません」

アンジェレネ「そ、そして上条さんの場合ですと、二次災害に巻き込まれてお帰りにならない可能性が……」

上条「全くだな!明るくても迷ったのに暗くなったらもっと迷うよな!」

オルソラ「アニェーゼさんは並の旅行者よりも手慣れておられますので、大丈夫でございますよ」

オルソラ「それよりもお料理を運ぶのをお手伝い下さいませ。本日は缶詰とパスタのフルコースですよー」

上条「缶詰?ホールトマト的なあれか?」

オルソラ「いいえ。日本でも売られているような、温かいパスタの上へ乗せるだけのやっつけ料理で恐縮なのですが」

上条「意外だ。イタリア人って手間暇と人生かけてパスタ茹でてるって印象だったから」

オルソラ「『日本人全員がカマドで米を炊いておにぎり握ってる』、ぐらいの偏見でございますよ?」

上条「カマドは流石に使わないけど、おにぎりはどこ行っても見かけるような……?」

アンジェレネ「ま、間違っちゃいないけどドンピシャってもないってことですかね」

ルチア「イタリア南部と北部では国民性が大きく異なりますからね。それこそ独立運動が起きるぐらいには」

上条「時間も無かったしな。てかこれから寝る場所の掃除もしなきゃだし」

アンジェレネ「あ、朝はわたし達ロンドンにいたんですよねぇ……ふへー、気がつけば怒濤の一日でしたよぉ」

ルチア「溜息を吐くのはおよしなさい。幸せが逃げます」

上条「外国でもその言い回しするのか。まぁ見てて気持ちのいいもんじゃないか。あ、なんか手伝おうか?」

オルソラ「いいえ、温めるだけですので特には。ただアニェーゼさんがお帰りになるまで、お待ちしたいのでございますが……」

アンジェレネ「さ、先に食べてて、って言ってませんでしたっけ?」

ルチア「言いましたが、待つのが礼儀でしょうね」

上条「折角揃って来たんだしなぁ……てか、さっきのローマ正教の暗部、俺が聞いちまってよかったんかな……」

オルソラ「全て『終わったこと』と話されておいででしたので、今更情報としての価値は無いと判断されたのかと」

アンジェレネ「な、なんかあの場の雰囲気でお礼言っちゃいましたけど、ほ、本当にありがとうでよかったんですかね?」

ルチア「とは?」

アンジェレネ「さ、最初の任務失敗がなければ、『女王艦隊』でお仕事させられることもなかったんじゃないかなぁ、なんて思ったり」

ルチア「……シスター・オルソラを前に話すようなことですか」

オルソラ「いいえ。当時皆さんの最善がそれであった、と理解はしておりますので」

上条「はいそこ。終わった話なんだから蒸し返さない」

上条「オルソラにはごめんなさいしたし、お前らもアニェーゼ助けるときに手伝ったんだからこの話は終わりだ」

アンジェレネ「で、でもですよぉ」

上条「まぁ、アンジェレネの言うことも分からない訳じゃない。善悪はさておき、オルソラをボコって連れ戻したらどうだったろうなーって」

上条「でも確か、『サァァルゥゥゥゥがあぁぁぁ!』オヤジもホザいてたように、アニェーゼの……なんとかのロザリオ?」

オルソラ「『刻限のロザリオ』ですね」

上条「……と、たまたま適応するのがアニェーゼだったんだろ?俺の経験上、そういう人を使い潰して当然、みたいに思ってるヤツはなんだってする」

上条「一応”罰”として受けさせられてたようだけど、そのクソ神父が祝福がどうって言ってたし」

上条「ローマ正教の”正式な任務”だって押しつけられたら、お前ら拒否できたのかよ?」

ルチア・アンジェレネ「……」

上条「……あれ?てかおかしくないか?」

オルソラ「如何なさいましたか?」

上条「あぁうん。シスター二人は『アニェーゼが危ないわ!』って知ってたんだよな?」

ルチア「えぇ、はい。で、なければシスター・アニェーゼを助けには行きません」

アンジェレネ「な、なんですかぁ今更」

上条「んでアニェーゼの方も、自分が壊されちまうのを自覚してて二人を逃がした……でもそれ、事前に言っとく意味なくね?」

オルソラ「……あー……言われてみれば、でございますね」

ルチア「意味が分からないのですが」

上条「俺が仮にあのアホ神父だったらさ、お前らへこう言うんだよ――」

上条「――『前の任務で失敗してたけど、この仕事をこなせば無罪放免、だからガンバってね☆』って」

アンジェレネ「そ、それに近いことは他の方々へ吹き込まれていたようですけど……」

上条「じゃあなんでお前らが知ってんだよ?アニェーゼ部隊の中でも一番反抗しそうな二人に、わざわざ誰が吹き込んだのか?」

ルチア「……一度『女王艦隊』へ収監された後、脱走して調べましたが?」

アンジェレネ「わ、わたしも同じくですよっ!シスター・アニェーゼがどうして!って必死になったんですからぁ!」

アンジェレネ「ま、まぁ直後に捕まっちゃったんですけども!」

上条「調べた?『聖霊十式』をか?ローマ正教の切り札が、実はこれこれこういう風な仕組みですよって、シスターさんが調べられる範囲にあった?」

オルソラ「意図的に、それも巧妙に情報をお流しになられた方がいるようでございますね。恐らく”あの野郎”かと思われますが」

ルチア「不可能ではありませんよ!第一私たちは以前から『女王艦隊』も存在も知っていましたし、何となくは検討もつけられるというものです!」

上条「……アンジェレネもか?」

アンジェレネ「え、えぇ、はい。み、見たことはなかったですけど、そういう施設もあるっては聞いてました」

上条「オルソラは?」

オルソラ「存じませんでした」

上条「C文書の解読、てか閲覧できるぐらいの立場にあったオルソラが”知らない”のに、アニェーゼたちは”知って”た」

上条「実行部隊と研究員の違いかも知れないけど……うーん?」

上条「……やっぱなんかおかしいぞ、これ。マタイさんの話だけじゃ、なんか決定的に噛み合ってない気がする」

ルチア「シスター・オルソラはどうお感じになりましたか?マタイ猊下のお話を」

オルソラ「えぇと、わたくし――もとい、私の印象にしか過ぎませんが、まだ何か隠していらっしゃいましたようで」

アンジェレネ「こ、根拠は?」

オルソラ「勘でございます」

上条「勘かよ。またスゲー単語が出てきたな」

オルソラ「お言葉ではございますけれど、こう見えましても私は伝道と布教でリドヴィア様には及ばぬものの、ある程度の実績はございまして」

ルチア「シスター・オルソラはその功績を讃えられ、自身の名をつけた教会を建設を許されるという栄誉を与えられています。ご存じでしょうが」

上条「何その罰ゲーム」

アンジェレネ「い、一般的な感覚と上の方の感覚は、ちょっと外れてますんで……え、えぇ」

オルソラ「私には身に余る光栄でしたのでお断りしたのでございますが……まぁ」

オルソラ「中には神の教えどころか、『法律?なにそれ美味しいの?』的なバイオレンス&デンジャラスな地域へ布教に赴かねばいけないこともしばしばあり」

オルソラ「大抵は現地の親切な方達に助けて頂いけたのですけど、それも適わぬ時には”勘”で事なきを得てきたのでございます」

上条「理詰めの上に直感スキルまで持つなんて、どんだけ対人に特化してんだ」

オルソラ「――いいえ。これは私が臆病な証、決して有能ではございません」

上条「うん?」

オルソラ「というか、私、大事なことに気づいちゃったのでございます」

アンジェレネ「き、気づいちゃいましたか」

オルソラ「アニェーゼさんやシスターのお二人、そしてビアージオ司教は作戦の概要がどんな形であれ知らされていました」

オルソラ「ですが、アニェーゼ部隊の皆さんはローマ正教幹部からすれば代替の効く存在」

オルソラ「並びにビアージオ司教には大事なところを知らされておらず、むしろ敵へ情報を渡すためのデコイとして使われていた疑いすらある」

オルソラ「あのまま『刻限のロザリオ』を使われていて、本当にアニェーゼさんの人格が破壊されていたのでしょうか、という疑問」

オルソラ「そして『女王艦隊の標準制限を解く』、というそもそもの目的。本当にそうであったのか、と」

上条「俺がロシアへ行ったとき、フィアンマに襲撃されてんのをヴェントに助けてもらったんだけどさ」

アンジェレネ「ま、また女性なんですね」

上条「またとか言うなよ!あの時は流れだから!……で、そんときにも『女王艦隊』の半分ぐらい、凍土からブワーって召喚して砲撃カマしてた」

ルチア「標準制限が必要だという設定はどこへ行ったのでしょうね。『価値を無くさせる火の矢』だけとか」

上条「まぁでも結果論だな」

オルソラ「どういう意味でしょうか?」

上条「ごめん。『結果論って意味で合ってるかな?』って思いつつ、適当に格好良さげな言葉を使ってみただけで、深い意味まではちょっと」

オルソラ「私の聞きたかったことと大分遠ざかってしまいました」

アンジェレネ「お、オルソラさんがツッコむ事態に……!?」

ルチア「何が言いたかったのです?」

上条「目の前で女の子が泣いてんだったら、誰だって助けるだろ。そりゃ」

アンジェレネ「……で、ですね」

オルソラ「はい」

ルチア「そう、ですね。それは正しいでしょう」



――ヴェネツィア市街 夜

アニェーゼ ポクポクポク゚ポク

アニェーゼ(ジャパニーズ・ブッディズム・モクギョーを打ってるのではなく、パンプスの音です……という現実逃避はさておき)

アニェーゼ(前にこの街を歩いたときよりは気楽っちゃ気楽ですがね。あの時も夜、結局観光も出来ないまま『女王艦隊』へぶち込まれましたけど)

アニェーゼ(観光地気分で浮かれた客も少ない、ってぇのは避難が徐々に進んできてる証拠)

アニェーゼ(裏を返せば大規模な反攻の準備が整っていて、私たちも駆り出される可能性は高い。つーかまぁ覚悟はしてたんですがね)

アニェーゼ(そして最大の問題、今も含めて私が考えなきゃいけないことは――)

アニェーゼ(嘗て私たちを切り捨てようとした、遣い潰そうとした”組織”が)

アニェーゼ(その体質を僅か数ヶ月で変る訳がねぇってもんですよね、えぇ)

アニェーゼ(マタイ様は信じられる、かも、知れません。『右席』の方々が退いてその裏で、てか話によれば好き勝手してた連中は消えた)

アニェーゼ(しかし男性優位の状態が何ら是正されたんじゃねぇです。引退された教皇猊下が影響力を持てるのも僅か……)

アニェーゼ(経緯が経緯だし、オルソラ嬢へマタイ様が『戻って来てはどうか?』と切り出すこともしなかった、ってぇのは)

アニェーゼ(少しだけ引っかかるような。いい気分じゃねぇですかね)

アニェーゼ「……」

アニェーゼ(テメェの責任で何もかもやってきたつもりでした。成功、失敗に一喜一憂して、どうしようもない現実には歯ぁ食いしばって壁ドンしたり)

アニェーゼ(『不平等な扱いをされるのは仕方がない、それは私たちが不甲斐ないせいだ』――なんて、自己反省を繰り返したのはバカみてぇだって話で)

アニェーゼ(みたい、っていうかそのものですかね)

アニェーゼ(成功も失敗も等しく価値が無い、決められたレールの上で成果を出すことすら期待されてなかった、ってんなら)

アニェーゼ(ロンドンでの生活はそれなりに楽しい。下っ端の下っ端であり、昇進は絶望的であるものの、多分そう簡単には遣い潰されない)

アニェーゼ(ただ、それも。神裂さんやオルソラ嬢へ対する”配慮”の一環であって、私たちの評価とは別物……)

アニェーゼ「……」

アニェーゼ(私たちの居場所、どこ行ったらあるんですか。ねぇ神様?)

……………………キッ

アニェーゼ「………………うん?」

――パキッ、パキパキパキパキパキッ

氷の騎士『……』

アニェーゼ「……やれやれ。上条さんを笑えねぇじゃないですか、出歩いた途端に出くわすだなんて面白くもない」

アニェーゼ「えーと、確かぶっ壊れちまっても再生するんでしたよね、そちらさんは?氷も水も無限にあれば」

氷の騎士『……』 ジャキッ

アニェーゼ「憎いんですか、私が?あなた達が護るべき船を壊した、その原因になった私を」

アニェーゼ「……いいでしょう。気の済むまで付き合ってあげますんで。ただし」

アニェーゼ「ぶん殴んのはこっちだけですけどね!――『蓮の杖ロータス・ワンドよ、ここに!』」

ギギイインッ!!!!



――ヴェネツィア 旧オルソラ私邸 夜

上条「アニェーゼ、遅っそいな。何やってんだろな」

オルソラ「マタイ様とお話があるのでしょうから、邪魔をしたら、めっ!でございますよ?」

上条「どうしよう。俺オルソラに叱られるんだったら悪い事したい気分になってきた」

アンジェレネ「や、やめたほうがいいですよ?た、体験者として、先輩として忠告しておきましたからね?」

上条「アニェーゼ部隊の問題児その一、既に怒られたのかよ」

ルチア「そこでどうして私を見るのかが理解できませんが、まぁ何回かは叱られていますよね」

上条「オルソラがマジギレしたところって見たことないんだけど、どんな風になるの?」

アンジェレネ「そ、それはもう怖ろしかったですよぉ!普段温厚で、『あなたが女神か!』って人を怒らすと、どんだけ怖いって!」

オルソラ「イヤでございますね。女神だなんて」

上条「……具体的には、どういう感じ?」

アンジェレネ「か、悲しそうな顔になります……ッ!」

上条「うん」

アンジェレネ「……」

上条「――え!?そんだけ!?」

アンジェレネ「そ、そんだけってなんなんですかそんだけって!わ、わたしにとってはシスター・ルチアの頭グリグリに続いて受けたくない罰第二位ですよ!」

上条「一位がチープ過ぎる。そして俺、寮に入ってから五回は第一位刑罰喰らってんの目撃してんだけどさ」

アンジェレネ「ぎゃ、ギャップっていうんですかねぇ?普段ニコニコと笑顔を絶やさない方が、こう、悲しそーな顔をする訳ですよ」

アンジェレネ「その時に罪悪感といってら、それはもう……!」

上条「ちょっと分かるような。でもオルソラにそんな顔させるなんて、何やってんだお前」

アンジェレネ「す、スカートめくりを敢行しました!」

上条「勇者か……ッ!?やっていいことと悪い事あんだろ!?」

アンジェレネ「い、いえ仲良くなってきましたし、通過儀礼の一つとしてアニェーゼ部隊流の洗礼をですね」

上条「その気持ちは分からなくはないが、考えろよ。普通はイジメなんだからな」

アンジェレネ「は、反省はしています!もうオルソラさんにはしません!」

ルチア「だからって私にするのもよくないですからね?身内だけ馴れ合いも程々にしないと」

オルソラ「子供が悪い事をしたときに叱るのは絶対に必要でございますから。まずは何が悪かったのかを自覚させた上、再発防止を理解してもらうのが最善かと」

上条「児童教育の話になっちまってんだけど……てか、お前らの部隊って年齢一定じゃないよな。ルチアからアンジェレネまで幅広いっていうか」

ルチア「同時期に集まって来た子供を修道女として、というかアニェーゼ部隊として編入されましたからね。 多少のバラツキはあるかと」

上条「……あー、聞いちゃマズい系の話?」

ルチア「私はそうは思いませんが、殆どが望んで来てはいませんし、私たち以外にするのは避けるのが無難でしょう」

オルソラ「私はそう思わないのでございますよ。アニェーゼさんと初めてお会いしたのもそのぐらいでしたし」

ルチア「……そうなのですか?それは、初耳です」

オルソラ「と、いっても憶えてらっしゃるかは微妙ですけど。当時皆さんの食事を作っていたのが私でございました」

アンジェレネ「あ、あーっ!あ、あのっ隠し味がオリーブばかりで味が薄いスープのっ!?」

ルチア「ありましたね、そういえば。シスター・アニェーゼが代表して抗議に行ったのでしたか」

オルソラ「ちなみに隠し味がオリーブばかりだったのは、私が教会の庭にあったオリーブの樹から拝借して使っておりました」

ルチア「なんていう事をしているのですか!?」

オルソラ「食べ盛りの少女達に油分が足りないのは明白でございましたので。そして限られた予算と食材では如何ともしがたく、でした」

アンジェレネ「あ、あのオリーブはシスター・オルソラの優しさだったんですね……」

オルソラ「ちなみに神父様らしき方に許可は取っておりましたので、問題はないかと」

ルチア「そう、ですか。それはよかったのですが」

オルソラ「そして今にして思えば、その許可を取った方もマタイ様だったような……?」

上条「意外と狭いなローマ正教」

アンジェレネ「と、という感じで、なし崩し的にシスター・アニェーゼが我々のリーダーとなっていったのです……!」

上条「ごめんな。今の話聞いても『あぁ凄いね!』ってリアクションは無理だよ。だって本当にただの流れだもの」

オルソラ「人のご縁とは奇なものでございますよ、えぇ」

上条「まぁな。俺も――って縁で思い出した!昼間会った魔術師たちの話伝えんの忘れてた!」

ルチア「そういえばいましたね。ただ、向こうも把握しておられるのではないですか?マタイ様も存在は確認してると仰せでした」

上条「アンジェレネは知ってるだろ。洞窟の中で盗掘してたオヤジと娘さん」

アンジェレネ「あ、あー……これはもう悪い意味での敵対フラグですよねぇ」

上条「まぁ騒動が起きてるこの街で再会したんだから、最悪ケンカするのも覚悟はしてる」

ルチア「――というかあの者たちの言っていたことは本当なのですか!?あの場は流してしまいましたが!」

上条「言っていたことって?変った会話はなかったよな?」

ルチア「ありましたよ!あなたの”傷”を癒したと!」

アンジェレネ「そ、そういやありましたね。か、上条さんがドジして負っちゃった怪我が」

上条「そういえばあったよな。ドジして穴に落ちたシスター庇うために負った怪我が」

アンジェレネ「ぎ、議論が分かれたので両論併記とということで一つ……」

上条「前もやったわそのネタ。そうやって冤罪っ作られて異訓だ」

オルソラ「平行線でございま――失礼、どちらの足でございましょうか?拝見しても宜しいので?」

上条「こっちの足だけど、あの時手当てしてもらってからは全然。折れたかっつーぐらい痛かったんだけどな」

アンジェレネ「し、心配したんですからね。ま、全く大げさなんですから!」

上条「そりゃ悪かったと思ってるけどさ。あん時はマジで痛かったんだよ」

オルソラ「それを魔術で癒した、でしょうか?」

上条「いや別にそれはツッコむ所じゃないだろ」

オルソラ「いいえ。大いにツッコミどころでございますよ、何せ」

オルソラ「『特異体質で全ての異能をキャンセルしてしまう少年の傷を、何らかの方法を用いて癒した』、のでございますから」

上条「――――――あ」

アンジェレネ「そ、そうだったんですか?」

ルチア「忘れたのですか、シスター・アンジェレネ。『女王艦隊』撃破後、傷だらけになって浮かんできたこの人を」

ルチア「天草式の方が数人がかりで癒しの術式をかけていたのにも関わらず、全く効果が上がらなかったのを」

アンジェレネ「あ、あー、ありましたねぇそういえば」

アンジェレネ「あ、あれ?で、でもそのときにシスター・ルチアも治癒の輪へ加わっていませんでした?」

ルチア「していませんね。覚えが全くありません」

上条「……ちょっと待てや。俺への治癒魔術って魔神に近いオッレルスも、『痛み止めぐらいしかできない』って言ってたんだぞ!?」

上条「アックアにボコられたとき、神裂や天草式もなんとかしようとしてくれたのに、全然だって謝られて恐縮したぐらいなのに……!」

オルソラ「言い方は良くないのですけど、ダメージは通るのでその応用かと思われますが……」

オルソラ「少なくとも”その程度”を善意で披露される方であれば、要注意であるかと」

上条「……誰かマタイさんの連絡先って知ってる?」

ルチア「いたら怖いでしょう。以前の上司の番号はシスター・アニェーゼだけが知っていますが」

上条「マタイさんのホテルの場所知ってんのもアニェーゼか。だったら直で連絡入れた方がいいよな」

アンジェレネ「あ、あぁじゃわたしがシスター・アニェーゼへ連絡してっ……あ、あれ、ケータイって荷物から出してなかったのかな……?」 ゴソゴソ

上条「霊装で通話してなかったっけ、お前ら」

アンジェレネ「き、緊急時以外は避けていますよ。ま、魔術である以上、魔力を消費しますし疲れますからねっ」

オルソラ「まぁ実際には『私もスマートフォン持ちたい!』と、アニェーゼ部隊のほぼ総意でございまして……」

ルチア「ローマ正教では禁じられていましたからね。堕落、とまでは言いませんが、悪影響はそれなりに」

上条「動画見まくってるシスターとかいるもんな。俺の目の前にも一人……あぁそれじゃ俺は神裂かステイルに聞いてみるよ。報告もしなきゃだし」

オルソラ「パソコンは壊れたままでは?」

上条「ケータイで通じる。こっちも学園都市の最新式から10世代前のモデルだから、衛星通信らしい」

オルソラ「産業スパイに狙われそうな型落ち品でございますね」

上条「問題はアイツらが知ってっかっつー話にあるんだが――」 ピッ、トゥルルルルルッ、トゥルルルルルッ

オルソラ「より大きい脅威の魔術師であればデータベースに登録されているでしょうけれど、それはそれで厄介なのでございまして」

上条「あ、繋がった――『あ、もしもし?上条当麻です、お疲れ様です』」

ルチア「……私、日本と日本人には特定の誰かのせいで不信感しか持ち合わせていないのですが」

ルチア「この”取り敢えずお疲れ様ですと言っておけば問題ない”、という文化は少し羨ましいです」

オルソラ「こちらはまずどの言語を使ったら通じるか、から模索しますので。言い回しへ無駄に特化した文化なのでございますね」

建宮『――はーいこちらは文化放○文化放○!JOQ○JOQ○、こちらは文化ほーそ○!』

建宮『今夜も始まっちゃったのよ、建宮斎字の聞いてちゃってナイト!リスナーと俺の魂のガチバトル!』

建宮『なお五和から「上条さんから連絡来たら呼んで下さいよ?絶対に呼んで下さいよ?絶対ですからね!」と振られたんで、仕方がなく俺一人がお届けするのよな!』

上条「『振ってねぇよ、それ絶対にボケを期待してんじゃねぇわ。お前後で五和にボコられんぞ?絶対だからな?』」

オルソラ「何やら軽快な音楽が聞こえてきたのですが……?」

上条「スピーカーにするわ。する意味無いと思うけど――つーか建宮、こっちの報告したいんだけど、神裂かステイルいる?」

建宮『女教皇は魔術の腕でも剣の腕でもヌァダに負けたんで、超凹んでる最中なのよ。数日落ち込めば復活するからそっとしてほしいのよな』

建宮『ステイルは……あぁ今ここに、つーか俺と同じ部屋で作業してたんだけどよ。ちっと持病が出ちまったらしくて、出られない、だそうなのよな』

上条「ステイルが!?おい大丈夫なのかよ!」

建宮『なんでも「ツンツン頭の日本人と会話すると気分が悪くなってストレスがマッハで溜る症候群」って奇病らしい』

上条「一瞬心配した俺に謝れ!あと国境跨いでまで果敢に俺へケンカ売ってくんのな!お土産のランク一段階落すかんなって伝えとけ!」

ルチア「買っていくんですか。それでも」

オルソラ「ケンカするほど、とは昔から言いますのですよ」

ルチア「ですね。イギリスとフランス並には仲が良いと言って差し支えないでしょう」



――ヴェネツィア市街 夜

アニェーゼ「――ツァァァァァァァァァッ!」 ダンッ、ガガンッ

氷の騎士『……』 パキッ

アニェーゼ「……かってーですね。外側が氷で金属鎧よりは遙かに柔らかいですけど」

アニェーゼ「あー、中身までぎっしり氷なんで”中身”をノックしてもダメージがない、と。シスター・ルチアの方が相性はよかったかも、です」

氷の騎士B『……』 パキッ、パキパキパキィッ

アニェーゼ「そして増えやがる訳ですか。なんか殴ったらスッキリしましたし、ウチの連中かマタイ様へ連絡入れんのがベスト――」

氷の騎士C『……』 パキッ、パキパキパキィッ

アニェーゼ「って余裕があったらいいんで――」

氷の騎士『――』 ブゥンッ

アニェーゼ「クソッタ――」

氷の騎士B『……』 パシッ

アニェーゼ「――レ?」

氷の騎士『……』 ギッギギギッ

氷の騎士B『……』

アニェーゼ「私を……庇った?でも押されて」

氷の騎士C『……』 ガガッ、ボスッ

氷の騎士『……』 ギッ、パキキィンンッ……パラパラパラパラ……

氷の騎士C『……』 ガッガッガッ

アニェーゼ「……後ろから殴りつけた上、破片になった相手をヴェネツィア運河へ突き落とす、ですか」

アニェーゼ「SUMOレスラーならビール瓶で殴打もアリかもですけど、騎士様のやっていいこっちゃないでしょうね」

氷の騎士B・C『……』

アニェーゼ「そして襲ってきたり排除する気配もなし、ですかい。なんでしょうね、これ?」

アニェーゼ「すいません。説明できませんか?身振り手振りだけでもいいですし、地面にこうスペルを書く的な感じでも?」

氷の騎士B・C『……』

アニェーゼ「反応はなし、言葉が通じないんですかね。あ、今の間に連絡」 ピッ

アニェーゼ「……繋がらないですね。それじゃメールで……」

アニェーゼ「あ、すいません。写メ撮りたいんで、こう、私の後ろに並んで、屈んで貰えませんか?」

氷の騎士B・C『……』 スッ

アニェーゼ「あーそうそう。そっちの細身の方はもう少し小さく、痩身の方はもっと寄ってくれないとフレームに入らない……と」

アニェーゼ「それじゃー、撮りますよー?いい笑顔で、はーいチーズっと」 パシャッ

アニェーゼ「――っていうか今通じてましたよね?明らかに意思疎通した上、こっちの指示に従ってくれましたよね?」

氷の騎士B・C『……』 スッ

アニェーゼ「いやいや!今更『何言ってるの?知らないよ?』みたいにリアクションされてもな!」

アニェーゼ「……なんだろうなー。怖くないっていいますか、ノリが日常的っていうのか。なんなんですか、あんた達」

氷の騎士B『……』 クイッ、クイッ

アニェーゼ「着いて来い、ですか?ツレが待ってるんで、せめて相談ぐらいは……あ、ダメ?」

氷の騎士C『……』 グッ、クイッ

アニェーゼ「さてっと。女は度胸、とは言うもんですがねぇ――」



――ヴェネツィア市街 割と近くの闇 夜

マタイ「……ふむ。予想通り、と言えば予想通りであるが……どうにも佳くはないものだな」

ゲオルグ「――こんばんは前教皇さんよ。夜にガキつけ回してストーカーでもやらかしてんのかい?」

マタイ「ヴァイキング風の仮装をした暇人、ではないな。魔力を秘めた霊装と……あぁ、その魔力に覚えがあるね」

マタイ「ここ暫く私たちを妨害していたのは君か。動機は何かな?君と出会った覚えがないし、仇討ちや敵討ちへ来たのに忘れている、では失礼だからね」

ゲオルグ「いんや初対面だぜ。俺もテレビでしか見た事ねぇし、会話をしたのもだ」

マタイ「なら喫緊の要件でなければ遠慮してくれまいか。今は君たちの相手をしている暇はない」

ゲオルグ「つれねぇこたぁ言いっこなしだぜ!”教皇級”の力を見せやがれ!」

マタイ「そうか――では、さようなら」

ゲオルグ「消え――ッ!?」

ズゥンッ……ッ!!!



――ヴェネツィア 旧オルソラ私邸 夜

建宮『――委細了解したのよ。女教皇や上には報告して魔術師の件も調べておくのよな』

上条「助かる。それよりそっちはどうだ?」

建宮『魔神ヌァダに関しては大人しいものよな。普通にメシ食ってゲームして本読んで、と楽しくやっているのよな』

建宮『問題があるっちゃ、まぁあるんだけど……これ、お前さん達に言っちまっていいのか迷うのよな』

上条「そこまで言ったんだったら最後まで言ってくれよ。気になるからさ」

建宮『どこの”派閥”とは言わないが、暴走しかけてるのよな。「全英大陸を奪った奸賊許すまじ!」ってな』

オルソラ「それはポーズで――な、訳はございませんよね。わざわざ建宮さんが警告して下さる時点で」

建宮『全員が全員とは言わないのよ。ただ上の連中が、王室派をここぞとばかりに非難して、それを真に受けるアホどもがいるのよな』

建宮『だもんで「やぁやぁ我こそは大英帝国が誇る騎士○○!」が挑みに来るのも時間の問題なのよ』

上条「……こんな時まで権力闘争かよ」

建宮『イギリスの歴史を紐解けば、権力闘争で外国の総督を王にした例があるのよ。そういう意味では俺たちには理解しがたいのよな』

上条「当然……あのクソガキに見つかったら」

建宮『嬉々として決闘なのよ。それでイギリス側が勝てれば問題解決だけどよ、そう上手くは行かないのよな』

建宮『まっ!何はともあれローマ正教と共闘できて何よりなのよ!』

ルチア「あの、ウチの隊の皆さんはどうしていますか?」

建宮『あぁそっちは他の寮と天草式――日本人街で面倒看てるのよ。イタリアのお土産を期待してるってよ』

ルチア「……ありがとうございます」

建宮『なぁに。同じ外様同士仲良くやるのよ。いつか出ていくとはいえ、よ?』

上条「あと何か聞きたいことあったら……オルソラ?」

オルソラ「……そう、ですね。皆さんのことではなく恐縮でございますが、建宮さんは『女王艦隊』について如何お考えでしょうか?」

建宮『嘘なのよな。どこからかは分からないけどよ、確実におかしいのよ』

オルソラ「その根拠はなんでございましょう?」

建宮『あー……』

上条「なんだよ。なんか言うと立場上マズいのか?」

建宮『つーか……ローマ正教の柔らかい所に触れちまうんでよ、俺としちゃ知り合いもいるし、あんま肩入れもしたくなかったんだが……』

建宮『まぁ、緊急事態なのよな。あれ、おかしいのよな』

上条「おかしい?」

建宮『あぁおかしい。昔々ヴェネツィアとローマ正教が対立してたときに作られた、最終決戦兵器って肩書きなのよな?』

オルソラ「最終かどうかは存じませんが、まぁ概ねそのような扱いかと」

建宮『時系列がよ。まず間違ってんのよ』

オルソラ「それは……私も少し感じましたが」

上条「時系列?オルソラ、どういうことだよ?」

オルソラ「上条さんが来る前にビアージオ司教と少しお話――あれを”話”と言っていいものか迷いますが――をしたとき、司教は『女王艦隊』をこう仰せでございました」

オルソラ「『使われることなく終わったものの、結果的にヴェネツィアはその影に怯えて探索目的での侵略を繰り返し、戦費で滅んだ』と」

上条「あ、そうなの?だったら作る理由はあったんだ」

オルソラ「いいえ、それは全くの間違いでございます。ヴェネツィアは度重なるオスマントルコとの戦争で疲弊し、ナポレオンによって滅びました」

オルソラ「そもそもヴェネツィアが建国したのは7世紀末、ローマ正教が脅威に感じ『女王艦隊』が造られたのが9世紀です」

建宮『実際に国が滅んだのは1797年だったのよな』

上条「マルっと千年以上繁栄してたじゃんか」

オルソラ「なのでおかしい、噛み合っていない、とは感じておりました」

建宮『んじゃ俺がそいつを補足してやるとよ。今の、つーか少なくとも俺らが乗り込んで戦った「女王艦隊」はよ』

建宮『あれ、どんなに古くても18世紀、下手すりゃ19世紀以降に造られたモノなのよな』

上条「ザックリ来たな!?18世紀、ヴェネツィア滅んだのがほぼ19世紀だから……え、下手すれば滅んだ後にできたってことか!?」

建宮『造られた、は言い過ぎかもなのよ。少なくとも”手を加えられた”のは間違いないのよ』

オルソラ「宜しければ詳しいご説明を」

建宮『少年にオルソラさん、ついでにシスターの嬢ちゃんよ。お前さん達は船――帆船の識別ってできるのよ?』

上条「俺は無理」

オルソラ「私も未熟者ですので」

ルチア「当然、私もですね」

建宮『天草式にはよ、村上水軍や出島に来た異人の末裔だって連中がいるのよ。お前さんたちが知ってる中では脚線美の対馬なんかよ』

上条「その説明で『あぁあの脚線美の』って同意は難しいだろ」

ルチア「不潔ですね」

建宮『だもんで船関係の魔術もちぃとばかりできるのよな。「女王艦隊」んときに披露したのも、その一端なのよ』

オルソラ「あれは大変見事でございましたね。まるで事前にある程度トラブルを想定した上、準備していたような手際の良さでございました」

建宮『ありがとうなのよ。誉めてもらうとは俺たちも捨てたもんじゃないのよな』

上条「オルソラの斬り込みを笑って流した……!?」

建宮『まぁ今から話すことは、天草式十字凄教教皇代理しての見解だと思ってほしいのよ』

建宮『今前さん達が”帆船”つって頭に重い浮かべるのはよ、「女王艦隊」みたいな高いマストが何本か立って、三角や四角の旗装備したヤツで合ってるのよ?』

上条「マストの数は知らないけど、まぁそんな感じ」

建宮『船の種類を”シップ”って言うんだけどよ。あれが開発されたのって18世紀以降なのよ』

上条・オルソラ・ルチア「……」

建宮『まぁセイルやマストの数が足りなかったり、護衛艦が簡易化されていたりってのはあるけどよ。どう見ても近代に作られたもんなのよな』

上条「ま、待ってくれ建宮!俺の理解が追い付いてない!」

建宮『少年がタイムカプセルを埋めたとするのよ。中にはポケモ○のカードかなんかを宝物してよ』

上条「子供の時にはあった……はずだよな。あれも息が長いし」

建宮『が、大きくなって掘り起こしてみたら、ポケモ○じゃなくてアイカ○のカードが入っていたのよな……ッ!』

上条「ホラーじゃねぇか。誰が絶対に開けてとり替えてんだろ」

建宮『つまり、そういうことなのよな』

オルソラ「誰かが――恐らく、ローマ正教が18世紀に一度は”船”を構築していた、でしょうか?」

建宮『「女王艦隊」が作られたって言ってる9世紀、当時の軍艦は全てガレーなのよ』

ルチア「ガレー……ガレー船ですか?」

建宮『あぁ。船の横っ腹から数十、数百のかいを突き出して漕ぎ手に漕がせる』

建宮『地中海ってのは凪の日も多く、風がなきゃ使えない帆船よりか、人力で動くガレーの方が主役だったのよ』

上条「……もしかして――ロングシップ?」

建宮『アレの更にデカい版なのよ。そうじゃなきゃ戦争用の使用には耐えられないよな』

建宮『まぁ歴史的には火砲の登場と外海公海の需要が増え、ガレーは廃れていったんだけどよ。少なくとも16世紀、地中海では19世紀まで主役だった』

建宮『――と、すれば必然と。「女王艦隊」が9世紀に作られ、かつ当時のまんまの姿だったらガレーにならないとおかしいのよ』

上条「建宮は、そこら辺の辻褄はどう考える?」

建宮『んー……昔の船よりも最新鋭の軍艦に整えた、って解釈も出来るけどよ』

建宮『どっちみち、少なくともその段階で霊装を掌握し切れていなかったら、模様替えなんてできない話なのよな』

建宮『あとついでに言えば「氷の騎士」の服装、あいつらが着てるっつーか構成してる板金鎧も13世紀以降のものなのよ』

上条「俺が知ってる、てかアーサー王とかが着てる鎧ってあんな感じなんだけど……?」

建宮『フィクションなのよな。製鉄・板金技術が追い付いてなかったんで、当時はそんなカッツリした鎧作れる訳がないのよ』

上条「ビアージオの野郎が言ってたんだが、敵に奪われるのを怖がった結果、『女王艦隊』の護衛艦や照準制限、そして自爆機能もつけた、そうだ」

上条「そんな後付け、後から改造改造で今の形になっちまった……?」

建宮『ヴェネツィアがローマ正教にとって脅威だったのはのよ。突き詰めた話じゃ精々12世紀ぐらいまでなのよ』

建宮『その後は対オスマントルコの前線基地、同じ敵相手に共闘してたのが表の歴史なのよな』

ルチア「私が言うと不謹慎に聞こえるかも知れませんが……もし当時の教皇猊下であれば味方へ対する備えより、身近に迫った異教徒へ使うのでは?」

上条「多少憚る時点で成長はしてるよ」

建宮『ビアージオって野郎も言っていたことだけどよ。「女王艦隊」は”見せる武器”なのよな?』

オルソラ「見せる、とは?」

建宮『あーっと、20世紀の冷戦の中にSDI構想、通称スターウォーズ計画ってのがあったのよ』

上条「響きは格好良いけど中身はどうせ酷いんだろ?今までのパータンからしてそうだろうし」

建宮『まぁ米ソ両方が軍拡を広げていった結果、ソ連がついていけなくて崩壊したのよ――っていう説があるのよ』

オルソラ「それは……ヴェネツィアの話と似ていますね」

建宮『まぁ今もどこかの国がやってんだけどよ。もしも「女王艦隊」がそういう”相手に脅威を見せつける武器”だったら、まず存在が知られてないとおかしいのよ』

建宮『だってのに知ってんのはヴェネツィアだけ、実際に使われた痕跡は皆無。俺としちゃそんなもん誰が怖がるんだ?って感じなのよな』

ルチア「……おかしい、ですよね。どれもこれも、矛盾している。ボタンを掛け違えたかのように」

オルソラ「その、掛け違えたボタンでも閉ざされているため、一見しては気づかない、でございますが」

上条「流石は衣服の一部に魔術的な意味を持たせる天草式。伊達に幹部だけが変な格好してるんじゃないのな!」

建宮『少年の言葉にトゲがあるのよな。まぁ偉そうに披露してるけどよ、気づいたのは俺じゃなくて対馬と五和なのよ』

建宮『だから礼をしてくれるんだったらあの二人に頼――』 プツッ

上条「――建宮?あれ?切れちまってんな?」 ピッ

ルチア「充電を忘れたのですか。なら私からかけましょうか?」

上条「報告自体は終わってんだし、メールで感謝の言葉でも入れればいいと思う。つーかそれより目の前の問題が」

アンジェレネ「た、ただいまもどりましたー。い、いやー、大変でしたよぉ、まったくこれだから田舎は!」

オルソラ「そういえば席を外してらっしゃいましたね。シスター・アニェーゼとは連絡が?」

アンジェレネ「い、いえいえっ!そ、それがですねぇ、ケータイは見つかったのに電波は弱くて、圏外になったりならなかったりを繰り返して」

アンジェレネ「し、仕方がないんでメール一本入れるのに、二階じゅうを駆け回んなきゃいけませんでしたよっ」

ルチア「そう、ですか……あぁ、私のケータイも同じですね。かけても直ぐに切れてしまいます」

オルソラ「基地局がおかしいのでございましょうか?観光地近くでは景観を害さぬよう、大きな電波塔は作られない傾向ですから」

上条「……」 スッ

オルソラ「上条さん?」

ガチャッ、ギッギッギッギッ

アンジェレネ「さ、寒っ!?そ、そして霧!?」

ルチア「真っ白ですね。ヴェネツィアで霧が出るとは初めて伺いますが、オルソラ――シスター・オルソラ?」

オルソラ「あらあら、私も初めてでございますねー。実に珍しいのでございますよ」

ルチア「え?」

上条「――じゃ、ない」

アンジェレネ「は、はい?」

上条「霧――じゃない、これ”氷霧”だ……ッ!」

オルソラ「ヒョーム……氷の霧など、地中海の今の季節で発生はしないのですが」

上条「あぁ……しないだろうな。こういう・・・・――」

パキイィンッ

ルチア「『右手』で打ち消した!?」

上条「――スコットランドで出くわした魔術的なのは、特に」
 


――ヴェネツィア市街 夜

ガンガンガガンドコォンッ!!!

ゲオルグ「――か、くっ!?」

マタイ「並の修道騎士よりは少し堅いか。体も鎧も佳く鍛えてある」

ゲオルグ「チク、ショウっ!……話、違う……高速戦闘なんて……聞いて……!」

マタイ「聖人には音速戦闘――音速に近い速度で攻撃・防御をしてしまえば、常人にはおろか魔術師にも対応は不可能に近い、という概念がある」

マタイ「ある種の”超越者”のみが至れる高み。才能のない人間からすれば羨ましい限りではある」

マタイ「……まぁ、私のは模倣でね。全筋力を強化して殴る、ただそれだけの代物だよ。彼らからすれば児戯に等しい」

ゲオルグ「さ、才能が無い……ヤローが、ガッチガチに堅めた金属鎧をぶち割るなんて、できる……訳が……!」

マタイ『誰それは教皇級』という言い回しが定着してしまっているが、殆どの教皇は最前線で戦わないのだから意味はない――」

マタイ「――などと、以前は子供相手だったからボカしたがね。『教皇』は意外と戦っておるのだ」

マタイ「ただ、遭遇した者どもをもれなく滅殺してしまっているだけ。故に外には知られん」

マタイ「私の攻性魔術を見て生き延びている者はおらぬ……事もないか。フィアンマに可愛らしい宿敵達と友人、そこそこいるな」

マタイ「まぁ、一般には知られぬ”本当の教皇級・・・・・・”を見誤るのも仕方がない」

マタイ「夜霧も出てきたし、そのまま頭を冷やすが佳い。この夜に殺生するのはいささか無粋故にな」

ゲオルグ「ざっけんな……こっちは、クソだせえ姿、見せる……わけ、には……いかねぇんだわな!」 グッ

マタイ「では先にいと高きお方の前で、私の罪状を読み上げておきたまえ」

ゲオルグ「お、俺がくたばっても、あのヤローの前に行かねぇぞ……!ヴァルハラで、楽しく……闘争に明け暮れるって、予約済みだ……!」

マタイ「……そうか。ならば私は君のために祈ろう――」

マタイ「『”Dies ire, dies illa solvet seclum in favilla teste David cum Sibylla”』」
(怒りの日、その日はダビデとシビュラの預言は成就し世界が灰燼へ帰す)

マタイ「『”Quantus tremor est futurus, quando judex est venturus, cuncta stricte discussurus. ”』」
(審判者は現出し、全てが厳しく裁かれる。その恐ろしさは如何程か)

マタイ「『”Kyrie eleison. Christe――. ”』」
(主よ、哀れみたまえ。神の子よ――)

んだ声「『――父よ父よ、どうして私を見捨てたのか?私は貴方を愛してるというのに!初穂だけでは足りなかったのか!?』」

んだ声「『あぁ、嗚呼ならば捧げよう!父が愛したアベルのからだを!愛した骸を羊に添えて食むがよいさ!』」

ザリザリザリザリッ、キキィンッ!!!

マタイ「『強制詠唱スペルインターセプト』だと……ッ!?この教皇の信仰を挫くか!」

んだ声「君たちはいつもそうだ。君たちが”できる”のに僕たちは”できない”と決めつける」

んだ声「だからこうやって足をすくわれる。泥に溺れて聖櫃の夢を見ろ」

マタイ「だが、伏兵が一人増えたところで――」

オデット「――残念、三人と二匹なのよ。ガルザロ、ケーカグンッ!」

金銀の狼『ガルァアァァァァァァァァァァァァァァッ!』

マタイ「お前たち――貴様ら、もしや、もしや――」

マタイ「――異教の徒、異端の異端、大罪を背負いし者ども――」

マタイ「――『オーディン信仰者ワイルドハント』どもめが……ッ!」



――ヴェネツィア 旧オルソラ私邸・外 夜

アンジェレネ「き、緊急事態ということで出て来ちゃいましたけど……どうしましょうかねっ!?」

ルチア「落ち着きなさい……とも、言っていられませんか。シスター・アンジェレネもマタイ様にも連絡がつかない」

ルチア「そして相手の出方が分からない以上、闇雲に走り回ったところで疲れるだけ、ですか」

上条「……オルソラ。この状況で敵の魔術師が狙うとしたら、なんだと思う?」

オルソラ「目を覆ってするのはかくれんぼ、『だーれだっ?』が定番でございます。見られて困るから隠す、隠すのは見られてる困る、と」

オルソラ「状況が動いたのか、動かされたのは分かりませんが、ローマ正教の最大戦力としてマタイ様の存在は大きいかと」

上条「こういう時は騒ぎになってる中心へ行けば、大体オッケーだって俺の勘が言ってる……ッ!」

ルチア「昼間迷うような街でなければ、ですね」

アンジェレネ「あ、あと関係してる方々が全員プロなら、どちらも騒ぎを嫌うんじゃないかなぁっと」

上条「どっちみち今日着いたばかりの俺たちには厳しいか……仕方がない。奥の手を使おう」

ルチア「勘ですか?」

上条「いいや――他力本願」

アンジェレネ「は、はぁ?」

上条「『すいませーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!ローマ正教の人、聞いてたら出てきて下さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!』」

上条「『緊急事態なんでーーーーーーーーーーーーす!助けてくれませんかねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?』」

ルチア・アンジェレネ「」

オルソラ「あらあら、効率的なやり方でございますね。夜分にご近所迷惑かつ、私の元住居でご近所様とはお知り合いなのを除けば、ですが」

上条「ごめんね!でも今は緊急事態だから!」

仮面をつけた男「――もう少し方法があるだろう!?」

アンジェレネ「あ、あー、釣られましたねぇ」

ルチア「監視は置かれていたのですね。やはりソツがない」

仮面をつけた男「警護も兼ねている。君たちは元々戦闘力に長けてはいないのだからな」

上条「……いやスンマセン。緊急事態、てかこの”氷霧”ってヤバイんじゃないですか?」

仮面をつけた男「以前から野良魔術師どもが現れるときには出ていた霧だ。人払いと認識・通信阻害の機能がある」

オルソラ「魔術的にでしょうか?」

仮面をつけた男「科学的にもだ。霧中の氷が電波を乱反射させるとかなんとか」

仮面をつけた男「それに”霧”が出始めたのは数十分も前だぞ。気づくのが遅いんじゃないか」

上条「俺の電話は少し前まで使えてたのに……?」

アンジェレネ「わ、わたしが連絡入れようとしたらダメだったのも、そのぐらいなんで」

オルソラ「衛星電話かそうでないかの違いかと思われます。”霧”の厚みが横に広く、縦に薄いと推測できるかと」

上条「事情は知ってると思うんだけど、こっちのシスターが一人マタイさんを送っていって帰って来てない!」

仮面をつけた男「事情は把握している。戻って来ていないのも含めて」

上条「送っていった帰りか行きか知らないけど、もしかして巻き込まれてるか積極的に首突っ込んでる可能性があるんだ!」

仮面をつけた男「それも分かっている。ただこちらも事前に受けていた命令があるんだ」

オルソラ「伺っても宜しいので?」

仮面をつけた男「……緊急時ならば仕方があるまい。我々は通信や見通しが利かなくなるのを何度も体験し、対処法も打ち合わせている」

仮面をつけた男「だからそんな時に連中と鉢合わせしたときには、狼煙を上げる決まりになっているんだ」

ルチア「狼煙……魔術で何かを?」

仮面をつけた男「そうだ。音が届きにくいのであれば電撃や炎、夜空へ向って放つんだ」

上条「これ以上ないってぐらい分かりやすいな」

仮面をつけた男「霧が出てから誰もまだ接敵してない。音もなくやられている可能性も否定は出来ないが……」

上条「あの死神は逆に魂を狩っているようにしか思えない」

仮面をつけた男「口に出していい事と悪い事があるからな、この異教徒が!」

アンジェレネ「しゅ、主語が誰かを言わないままで特定できたのは、薄々そう思っている証拠では……」

仮面をつけた男「何を言ってるのか検討もつかないな。最近の若者言葉は特に」

上条「人を異教徒呼ばわりして逃げやがったなテメー……まぁそれはこっちへ置くとして」

仮面をつけた男「アニェーゼ=サンクティスはあの方とは違う。心配するのも分からないではないがな……」

オルソラ「他のローマ正教の皆さんと連絡の取りようもなければ、足取りを調べようにも分からない、ですか。困りましたね……」

ルチア「では、マタイ様のお宿を教えていただけませんか?その行き帰りで霧が収るのを待っておられるのかも知れません」

仮面をつけた男「君たちが敵と遭遇する危険性を考えると、不用意に教えるのは難しい」

オルソラ「であれば私の記憶を頼りに、ヴェネツィア中を探し回る羽目になるのでございますねぇ」

オルソラ「そうなると敵の魔術師さんだけではなく、暗くて治安の少々宜しくない観光地をうら若き女性三人で歩くことになるかと」

仮面をつけた男「くっ!」

上条「どうだ!どうせ走り回って苦労するのは俺だから、さっさと場所を教えて下さい!」

ルチア「勝ち誇っているようで、途中から弱気になって同情を引こうと下手に出ましたね。いい判断です」

仮面をつけた男「……アニェーゼ部隊は個人戦闘に特化した隊ではないと聞く。敵と遭遇したらどうするつもりだ?」

仮面をつけた男「私や、他の騎士団員も担当の持ち場を離れられん。”猫の手でも借りたい”、と言うのだったか」

上条「そうだな……だったら合図を出すのは?敵と出くわしたら、オルソラかルチアがばーっと」

アンジェレネ「そ、そこでわたしの名前が出ないのは少々悔しいですが……ま、まぁ得意じゃないし、できませんけど!」

ルチア「では私が引き受けましょう。威力は出ませんが、光を放つぐらいでしたらどうにか」

オルソラ「まさに人手が足りないのでございましたら、我々がネズミを追い立てるネコになりましょう。にゃー」

上条「ちょっと待ってくれ今録音するから!もう一回今の台詞を!」

ルチア「自重しなさいこの異教徒。緊急事態です」

仮面をつけた男「……あの方は既存のホテルには泊まっていない。サンタ・マリア教会の近くにあるゴンドラ乗りの家を借りている」

上条「……有名人だもんね。あの人」

アンジェレネ「だ、誰かさんは映画俳優と勘違いしたようですけど」

仮面をつけた男「家の近くまで行けば担当の騎士が潜んでいる。派手に騒いでやるといいと」

オルソラ「ありがとうございました。私たちの無理を聞いて下さったあなたに心からの感謝を」

仮面をつけた男「……あくまでも独り言だが」

アンジェレネ「は、はい?」

仮面をつけた男「第三次世界大戦中、最前線のロシアまで乗り込んで敵味方なく癒していった部隊があったと聞く」

ルチア「それは……えぇっと」

仮面をつけた男「異教徒や異端者相手によくもまぁそのような、と唾棄する連中もいる。連中もまたローマ正教なのは間違いない」

仮面をつけた男「だが中には、彼女らの行為に敬意を払う者も少ないながらいる」

上条「まぁ、組織って言っても上から下まで腐ってる訳じゃないだろうけどな」

上条「……ただ、そいつが本当に尊敬してんだったら、直接顔見せて言いやがれ。テメェに恥じない気持ちがあるんだったら」

仮面をつけた男「……合わせる顔がないらしいぞ?以前逃げ出したシスターを捕まえた手前、な」



――ヴェネツィア市街 サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂が見える路地 夜

アニェーゼ「……」

氷の騎士B・C『……』

アニェーゼ(冷たい霧が濃くなってきましたね。体の芯から凍えそうで、ミニスカート”風”の修道服にはちとツライかもです)

アニェーゼ(氷の騎士たちは寒さとは無縁でしょうが、ちょいと配慮してほしかったなぁ、とも)

氷の騎士B『……』

アニェーゼ「あ、なんでもないんですよ?この服はローマ正教のシスターに恥じない正装であって、決して女の子らしいお洒落がしたいとかは全然?)

氷の騎士C『……』 ギギッ

アニェーゼ「いやマントは結構です。つーかあなたの外套渡されても素材が氷なんで、ちょっと」

氷の騎士B『……』 キョロキョロ

アニェーゼ「近くから調達も結構ですよ。このシチュエーションで盗みなんかバレた日にゃ、本格的にローマ正教から破門されますからね?」

氷の騎士C『……』

アニェーゼ「非常時だから仕方がないとか、そういう問題じゃ……ってこれ、本当に話通じてるんですか?私の独り芝居じゃなく?」

氷の騎士B・C『……』

アニェーゼ「そこで顔を見合わせるから怪しまれるんですよ。『どうしようっか?』みたいなリアクションしてるってモロバレって言いますか」

氷の騎士B『……』 グッ

アニェーゼ「逃げませんし行きますよ。私もローマ正教の一員ですし、解決できれば大金星ですからね」

アニェーゼ(――って感じで。みょーに意思疎通ができてんのは……なんなんですかね?)

アニェーゼ(前に、『女王艦隊』へ軟禁されたときも氷の騎士とは会っています。ますが……)

アニェーゼ(ここまでこう、なんて言うか人間臭くはなかったですよね。前はただの番兵みたいに突っ立ってたままだし)

アニェーゼ(この二体が特別?『女王艦隊』が暴走してる影響?それとも暴走して何か別の事態が発生している?)

アニェーゼ「……」 ブルブルッ

アニェーゼ(……しかしまぁ、『氷の騎士』が護る『女王艦隊』に”四角錐の部屋”。それで今は聞いたことがない氷霧)

アニェーゼ(そして一度は壊されかけた、あのクソッタレの『刻限のロザリオ』でしたか。あれもさっむい氷のボールへ入らされたり、よくよく縁があるんですかね)

アニェーゼ(てか仮にも『聖霊十式』なんだったら、氷シリーズで固めてんじゃねぇってんですよ。地中海性気候に慣れたこっちらしくない)

アニェーゼ「……」

アニェーゼ(――”らしくない・・・・・”?)

アニェーゼ(何が?何か、見落としてる……?ローマ正教と”氷”、水でもない、氷)

アニェーゼ(水は……ローマ正教だけじゃない、十字教全体のシンボルとして使われてきた。神の子の洗礼もそうだし、魚の口から銀貨を得る話もそう)

アニェーゼ(海難や航海の守護聖人として、あそこに見えるサンタ・マリア聖堂も建てられてた……)

アニェーゼ(”氷”……バチカンから一番近く、かつ万年氷があるのはアルプス。氷河もあるにはあります、が)

アニェーゼ(でも、しかし、けれど……温暖な地中海性気候で、”氷”を使おうって発想は……)

アニェーゼ(いやでも、海の上で使うのを想定していれば、材料が無限にあるだけ有利、ですよね。そりゃまぁ)

アニェーゼ「……」

アニェーゼ(――そもそも、どうして”船”?船である事に意味がある?)

アニェーゼ(火矢がメインであれば火砲――当時最新鋭だったカノン砲でもいい筈なのに……)

アニェーゼ「……」

氷の騎士C『……』 ギシッ

アニェーゼ「――あ、すいません。ちょっと考え事を。後でオルソラ嬢へ聞かなきゃなんないことができちまいましてね」

アニェーゼ「あぁオルソラ嬢ってのはですね。前にご迷惑かけたのに、今じゃ女神のように許してくれる人で」

氷の騎士B『……』 スッ

アニェーゼ「だから寒さがイヤだって言ってんじゃねぇですって。どっから調達したか分かんねぇようなコート渡されても」

氷の騎士B『……』 グッ

アニェーゼ「……分かりましたよ、着ますよ。着ればいいんでしょう?あなたは私の親ですか、まったく」 ガバッ

アニェーゼ「まぁ非常事態ですし、たまたま落ちてたコートを拾ったって事で――なんです?」

氷の騎士B・C『……』

アニェーゼ「……なんですか、ジッと見たりして。この優しさをもっと早く発揮して頂きたいもんでしたがねぇ」

アニェーゼ「まだ距離あるんですか?ウチの子達がお腹を空かして待ってますんで、できれば巻きで――って、はい?後ろ?」

アニェーゼ「――――――――っ!?」

アニェーゼ(言葉を失い、絶句するというのは中々ない体験でしたね、なんて心の中じゃ軽口を叩いたつもりで)

アニェーゼ(その、口に出せる余裕なんてなく。目の前にある何かに圧倒されて息を呑む……違う?まぁ、そんな感じかもですが)

アニェーゼ(氷霧の中、運河との境が曖昧で。酔っ払いなんかいたら足を滑って落ちそうだな、と考えちゃいたんですが)

アニェーゼ(”これ”ができるような場所ヘ、場違いな第三者がやって来れはしません。つーか無理です)

アニェーゼ(運河から、海面を突き破って突き立っているのは、例の”四角錐の部屋”――)

アニェーゼ(……を、ちょいと、いや半壊させて何年も風雨に晒しっぱなしにしたような朽ち具合のブツ)

アニェーゼ(全体的な輪郭だけが四角錐を形作り、あちこち穴が開いたりヒビが入ったりと散々で)

アニェーゼ(ゾンビ映画で墓場へ無造作に突き立つカンオケ、って言ったら少し不謹慎かも、ですね)

アニェーゼ(その……を中心に、その一区画全体が凍結している。通りも建物も、そして運河の流れも)

アニェーゼ「……はぁーっ……」

アニェーゼ(と、息が白いのもコイツが原因――てか、こんだけ近くに、かつ大規模だったら気づかれそうなもんですけどね……?)

アニェーゼ(しっかしまぁ、見てて気持ちのいいもんじゃなかったですが、前にも増して尋常じゃないです。まるで墓標のような)

アニェーゼ「さって……見つけたのは見つけましたけど、どうしろってんですか。あなた達は?」

氷の騎士B・C『……』 ザリッギシギシギシッ!!!

アニェーゼ「っとすいませ、ん……?」

アニェーゼ(弾かれたように動いた騎士二人。てっきり『また暴走!』ってお決まりのパターンかと思ってたんですが)

アニェーゼ(つーかいつ襲われてもいいように、『蓮の杖』をコッソリ起動させて攻撃態勢は取れるようにしてあったんですけど。まぁ私じゃなく)

アニェーゼ(彼ら、痩身の騎士と細身の騎士が動いたのは私の前へ。私を庇ったのか、それとも別の目的があったのか知りません)

アニェーゼ(ただ、酷く場違いで、違和感があり、かつ言葉にできないような、何とももどかしい感覚)

アニェーゼ(表現するのすら難しい、排他的な、不道徳な、適当な形容詞が見つからずに辞書でも引きたくなるような、そんな相手)

アニェーゼ(まだ私とそんなに変らないような歳にも見え、また老人のような酷く疲れた表情も浮かべては消え)

アニェーゼ(女性、だと分かる程度には整った容姿を持つ闖入者は、私へ向って軽く手を上げた)

んだ女「――こんばんは、”適格者”」



――ヴェネツィア市街 サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂 近く 夜

上条「同じような所ばかりを走ってる――はっ!?気をつけろ!敵の魔術師の攻撃だ!」

ルチア「全然違います。似たような区画割りで慣れない場所なだけですね」

上条「……緊張をほぐそうとボケたのに、なんて愛のないツッコミ……!」

ルチア「はっ、愛ですか」

上条「鼻で笑われた!?」

アンジェレネ「は、はいはい。こ、小競り合いはそのぐらいにしてくださいよぉ」

上条「意外とかかってんだけど、まだ距離あるのか?」

オルソラ「いいえ、あそこに見えますのが『サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂』。ヴェネツィアで最も有名な聖堂でございますよ」

上条「サンタマリア……マリアの教会か」

アンジェレネ「わ、わたし達は常識ですけど、上条さんも知ってたんですね」

上条「流石に名前ぐらいは。あとマリアの聖人?のアックアもドヤ顔で言ってたし――って、うん?」

オルソラ「聖堂観光はまた後日に。いくら上条さんがマリア様に深い造詣をお持ちでも、流石に今は憚られるのでございまして」

上条「俺はマリア様が好きじゃなくて、見てる的なアレがハートキャッチ・ティンクルスター☆なだけだ」

ルチア「ちょっと何を言ってるのか分からないですね」

上条「いや、そうじゃなくてさ。あっちの方で音がし――」

……キラッ、バシュゥゥゥゥゥゥッ……

上条「って超光ってる!?」

オルソラ「魔術……ではないようですけど。先程の仮面の方が仰っていたような”狼煙”でしょうか?」

上条「少し偵察してくるわ。みんな悪いんだけど、マタイさんかローマ正教の魔術師拾って助けに来てくれ」

アンジェレネ「ぜ、全力で情けないことを言い出しましたよ、この人」

上条「今のが仮に緊急事態の合図だとしても、上に打ち上がるんじゃなくて路地の中で光っただけだろ?」

ルチア「『夜空へ打ち上げる』とは違いますね」

上条「だから気づけてないかもだし、もしかしたら騒動関係ないただの漏電かもだし」

オルソラ「……分かりました。どうかお気をつけて」

ルチア「シスター・オルソラも天然を炸裂させないで下さいね?今したら全部台無しですからね?」

上条「ルチアも――」

ルチア「議論している暇も惜しいです。さぁ、行きましょうか」

アンジェレネ「あ、あのっ!」

ルチア「あなたはシスター・オルソラを守るという役目があります。しっかりお果たしなさい、いいですね?」

アンジェレネ「ま、任されましたっ!」

上条「歳……そんなに分かんないんだよね。君ら」

オルソラ「えぇ私も含めましてそう大差はございません。人種的だったり個人差なのですよ」

上条「オルソラも含まってはいないんじゃないかな……」

オルソラ「何か?」

上条「――よしっ行こう!俺は年上の管理人さんが好きだけど、オルソラが同じぐらいって言うんだったらそうに決まってるからな!」

ルチア「あなたのシスター・オルソラへ対する信仰が厚いですね。霊装を用意してと」 パラパラパラパラパラッ

オルソラ「ではまた後程」

アンジェレネ「け、怪我とかしたらイヤですからねっ」

……

上条「……こないだも思ったんだが、その紙から車輪作るのって便利そうだな。持ち運びも楽そうだし」

ルチア「紙の原料は樹ですからね。そして樹はセフィロトの樹に通じます」

上条「つーかさ。ローマ正教の一大事で前教皇さんが来てんのに、なんで手伝いの魔術師が少ないんだ?人材不足か」

ルチア「政治的な力学が働いているのでしょう。引退をされた方が権力を強く持つのは、組織的にも道徳的にも好ましくありません」

ルチア「それを当のマタイ様がご自覚されておられ、必然的に少数精鋭ということに……歯がゆいですね」

上条「何が?」

ルチア「私たちの”部隊”は修道騎士団の方々に戦闘力は及びません」

ルチア「けれど、今回のような人手と横の連携が必要とされる場面であれば、十全に活躍できたというのに……!」

上条「それはまぁ、お前らなしで始まっちまったんだから仕方がないだろ。誰が悪いって話でもないし」

上条「まぁ次があるんだから、そん時にでも頑張ればいいさ――ってあれ?これ、次とかって言っちまっていいのかな?」

ルチア「次、ですか?」

上条「帰ってくるんだろ、ローマ正教に。だったら人手も足りてないし、丁度いいんじゃないか?」

ルチア「そう、ですね。帰ってくるんですよね、私たち」

上条「なんか微妙か?」

ルチア「まさか。借宿から家へ帰れるのを喜ばない者などいる訳がありません。ましてや私たちは敬虔なローマ正教のシスターです」

上条「一部は例外、つーかアガター辺りも含めて全員がガワだけなような……」

ルチア「未熟者であるが故に、未だ至れぬ道であるが故に”修”道女だとお知りなさい。シスターだけでなく、今し方の彼ら修道士もまた」

ルチア「……とはいえ。ロンドンでは多くの方と友好を深め、シスター・オルソラを始めとするイギリス清教徒の方々と離れがたく感じる、というのもまた事実ですが」

上条「まぁ……それが分かっただけでも、収穫はあったんだと思うぜ。今と昔を比べたら、今のルチアの方がずっといい」

ルチア「出会い頭に攻撃を仕掛けないだけマシ、ですか?」

上条「そういうジョークが言えるぐらい余裕があるんだったら、まぁ」

ルチア「ジョークだとお思いですか?」

上条「違うのかっ!?」

ルチア「いえ、冗談ですよ。ふふっ」

上条「心臓に悪いな!つーかお前も反省しとけよ!あの計画がバレたのだって、お前の沸点が低すぎたせ――」

上条「……い」

ルチア「声がしますね」

上条「あいつらって――」



――ヴェネツィア市街 サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂が見える路地 夜

ゲオルグ「逃げられた……助かったなオイ!今回ばかりはよぉ!」

オデット「父さん、動くと治療しにくいのよ。肋骨折れてんだから大人しくするの」

ゲオルグ「魔術師がだぜ?魔術師が術式封じられた瞬間、フラッシュグレネード使って逃げるってどうだよ!?」

ゲオルグ「”教皇級”スゲーな!全く底が見えやがらねぇ!」

オデット「ケーカグンが空中ではたき落としたからよかったものの、あのままスルーしてたら今頃ローマ正教に囲まれてたのよ」

オデット「どっちかっていったら魔術師よりも、特殊部隊的な恐ろしさを感じるのよ……」

ゲオルグ「まさかと思うがよ!明日になったら飛び込んだ運河でプカプカ浮いてたら、ちっと心が痛むよな!」

オデット「あの歳で泳げそうにもない服を着て、かつ準備もなしで海水へ浸かったらまずそうなるのよ」

オデット「……ただ、あの死神っぽい出で立ちを見ると、『この程度で勝ったつもりかね?』とか言いつつ、第二ラウンドが始まっても……!」

ゲオルグ「いやいや、俺の考えだと『ヤロウくたばったか?』ってぇ運河覗いたら、足首掴まれて水中に引き摺り込まれてな」

ゲオルグ「『水中では君も魔術を詠唱できまい』とか言って、窒息するまで関節技喰らうんだぜ!」

オデット「なにそれ怖いのよ。不死身でお馴染みのホッケー仮面男と殴り合っても勝ちそうなのよ」

ガルザロ『ガルッ』

ケーカグン『……』 スンスン

オデット「二人ともマタイの匂いはしないって言ってるのよ。けど……」

ゲオルグ「港の近くだからな。潮の匂いはあるわ、風の満ち引きもあるわで絶対じゃねぇ」

オデット「なのよ。兄さんも行っちゃったし、何かあったら逃げの一手なのよ」

ゲオルグ「だな!……ま、そうも言ってらんねぇのが家長の辛ぇとこなんだがよ!」

オデット「父さん?」

上条「――よっ、さっきぶり」



――ヴェネツィア市街 半壊した『四角錐の部屋』が流れ着いた運河 夜

アニェーゼ「私はアニェーゼ=サンクティスと申します。ローマ正教で神の教えを広げているもんですが、あなたはどちら様で?」

アニェーゼ(こっちの正体を隠したまま、ってのがベストでしょうけど、ローマ正教の修道騎士たちって可能性もゼロじゃない)

アニェーゼ(……まぁ、隠すも何も。こっちは分かりやすいローマ正教の女子修道服ですし、霊装構えてる時点でバレッバレなんですけどね)

んだ女「――あるときは夜を渡る亡霊騎行ワイルドハント

アニェーゼ「……はい?なんて?」

んだ女「――またあるときは死して彷徨う死の先触れフー・ファィターズ――」

んだ女「――なぁ、君は知ってるか?僕の名前を知ってはいないのかい?」

アニェーゼ「言ったじゃないですか、今。フーなんとかさんって」

んだ女「――ならばそう、誰も知らぬ故に僕はこう呼ばれる」

アニェーゼ「キャッチボールしません?会話ってのは相手の台詞を受けて反応すんのが礼儀ですよ?」

彷徨えるオランダ人(んだ女)「――彷徨えるオランダ人フライング・ダッチマン、と」

アニェーゼ「……」

彷徨えるオランダ人「……」

アニェーゼ「ダッチ……”マン”?」

彷徨えるオランダ人「ダッチ――ウーマン、とね!」

アニェーゼ「設定を後書きしてません?ねぇ?それって人から呼ばれるの前提なのに変っちまっていいんですかい?」

アニェーゼ「てかこの場合の”マン”は男ってのはファイヤマン消防士ウェザーマン過激派って意味で、性別は特に」

ダッチ(彷徨えるオランダ人)「ダッチと呼んでくれるかい。家族からはそう呼ばれている」

アニェーゼ「いや、別にいいんですけど……それで、あなたはどうしてここに?」

ダッチ「月に導かれて」

アニェーゼ「えっと、はい?」

ダッチ「知っているかい?月にはね、昔から魔力があると信じられていたんだ」

ダッチ「だから月夜に歩いてはいけないよ。君のようなか弱い少女は狼に狙われるからね」

アニェーゼ「あの、それ犯罪者統計を調べてみたらデマだって結果が出てんですけど」

ダッチ「……」

アニェーゼ「つーか今、月、出てませんよね?何日ぐらいの月かは分からないですけど、少なくとも霧で完全に空隠れてますしね」

ダッチ「……闇はいい。闇というのはね、優しい。全てを包み込む優しさがある、だから僕のような者には特に、ね」

アニェーゼ「オイ私のツッコミに答えろ。何もなかったかのように話再開すんな」

ダッチ「ともあれ、今日この日の会合に感謝を。魂の牢獄に命を縛り付けられ、数奇な運命を辿った者同士。昔なじみとして祝杯を挙げようじゃないか」

アニェーゼ「会合……運命……?」

ダッチ「ふっ、分からないのかい?全てが”組織”に仕組まれていた、ということを……!」

アニェーゼ「――まさか!?」

ダッチ「僕も分からないんだよ。どうしてなのかな?」

アニェーゼ「アホなんですね?中二病とアホを併発した患者なんですか?」

ダッチ「”特異点”の少女よ、それでとぼけたつもりなのかい?」

アニェーゼ「おいお前さっきは”適格者”っつってただろ?設定ぐらいは統一しとけ、なぁっ?」

ダッチ「十字架は罪を体現したものだ。神の子が負った大罪を肩代わりしたものだ、とは言うけどね」

ダッチ「ケルトでは太陽の証とされ、十字架とは神そのものを指す――つまり元々は零落した旧き神を新しき神が鞭打つんだ」

アニェーゼ「どうしようこれ。変なのに絡まれちゃったな……」

ダッチ「この間ね。家でシャワーを浴びようとしたんだ」

アニェーゼ「あの、だからその、話が見えない……」

ダッチ「そうしたら脱衣カゴに眼帯が落ちていてね。誰かの落とし物だろうか、と。落とし主は困っているだろうな、と」

アニェーゼ「はぁまぁ、それは良いことっちゃ良いことですが……」

ダッチ「だからその家に住んでいる家人一人へ聞いてまわったんだよ――このお洒落で実性皆無の眼帯を落したのは君かい、と」

ダッチ「そうしたら名乗り出る者がいなかった!どういうことだろう……!?」

ダッチ「よく考えてみればオヤジ殿はホモサピエンスの骨格というよりは原人寄りだし、可愛い妹は目が見えない!」

ダッチ「サイズ的にはピッタリだけれど、そうするとダブル眼帯をつけないと意味がないんだよ!」

アニェーゼ「中二病が伝染ったんだと思います。妹さん可哀想に」

ダッチ「……もしや」

アニェーゼ「なんですかもう面倒臭い」

ダッチ「この眼帯は――君のだったのか!成程これで全ての辻褄が合った……ッ!」

アニェーゼ「脳がバグってますよ?時系列順に考えろ」

ダッチ「……待ってくれ。落ち着いて考えてほしい。これは僕のではない、オヤジ殿でもない、オデットも違う――」

ダッチ「――やはり君か!?消去法で残ってるのは一人だけだよ!?」

アニェーゼ「それ、見なかったことにして脱衣所へ返してきなさい。多分そうしておけば翌日の朝にはなくなって解決してますよ」

ダッチ「視界の隅にね。天使の羽が見えるんだ」

アニェーゼ「病院へ行け、脳の病気ですから」

ダッチ「こう、視界をずらすとピッピって羽根も移動するんだ」

アニェーゼ「飛蚊症ですね。目を遣いすぎるとそういう症状出るそうですよ?」

ダッチ「……」

アニェーゼ「……」

ダッチ「――もしや!」

アニェーゼ「いや違う。あなたが何を言うのはこれっぽっちも見当つきませんけど、違うって断言します」

アニェーゼ「てかッコミは!?ツッコミが仕事の上条さんはどこにいるんですかねっ!?」



――ヴェネツィア市街 サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂が見える路地 夜

上条「昼間はルチアの怪我治してくれてありがとうな。あと『氷の騎士』からも助けてもらって」

ゲオルグ「あぁ気にすんな!あの後乱入して来やがったローマ正教の奴らにぶっ倒されちまったが、まぁいいって事よ!」

ルチア「記憶が改竄されていますね。あなたを引き倒してストンピングしていた犯人は、その、後ろに」

オデット「しー、なのよ。どうせ父さんは大切な事以外は気にしないし、大抵は大切じゃないのよ」

上条「つーか時間ないからさっさと聞くけど、こっちにマタイさんか赤髪ミニスカのシスターさん来なかった?」

ゲオルグ「嬢ちゃんはこの路地の更に奥だ!前教皇猊下は運河の中に飛び込みやがったぜ!」

上条「……つーか隠そうともしねぇのな。話が早くていいが」

上条「ついでにもう一つ、『女王艦隊』をどうにかしようってアホはお前らで合ってるか?」

ゲオルグ「あぁそうだ、俺らだ!他に隠れてたバカどもは昼間に粗方ぶちのめしたし、今この夜に紛れ込んでるのは俺たちだと思うぜ!」

上条「あぁそういう事情があったんか。今まで膠着状態になってたのも、そっちはそっちで内紛してたのな」

ゲオルグ「最初から結託してた訳でも盟約交わしてた訳でもねぇよ!一緒にしてんじゃねぇ!」

ルチア「ローマ正教からすれば、どちらもタチの悪い事に代わりはありません!恥を知りなさい、恥を!」

ゲオルグ「――って大見得切るってことはよ。オメェらはローマ正教の関係者で合ってんだよな?」

ゲオルグ「そっちのねーちゃんはそれっぽい感じだが、にーちゃんもかい?」

上条「関係者かで言えばローマ正教徒とは違う。ただ、こっちの子たちが所属している 団体と縁があっ」

上条「……」

上条「――あれ!?俺なんでこんな所に居るんだろう!?ロンドンでレポート書くための勉強してたはずなのに!?怖っ!?」

ルチア「余計な見栄を張ったからですね。自分の言動ぐらいたまには顧みなさい」

オデット「頭のアレさが微妙に兄さんと似てるのよ。お察しするのよ」

ゲオルグ「……あんま気乗りしねぇなぁ。ローマ正教の騎士どもだったら喜んでボコるんだが、女子供相手にすんのもどうだ?」

上条「だったらこのまま帰ってくれないか?マタイさんには適当に誤魔化しとくから、俺もアニェーゼが無事ならいいんだし」

ゲオルグ「そうしてぇ所だが、こっちも退くに退けねぇ理由があんだよ!理由がな!」

ゲオルグ「まぁ月並みな台詞で悪いんだがよ、ここを通りたかったら俺を倒してから行きやがれ!」

上条「そっかそっか。ならしょうがねぇわ――なッ!!!」



――ヴェネツィア市街 半壊した『四角錐の部屋』が流れ着いた運河 夜

ダッチ「だからね、僕は思うんだ――UMAってのはどこかの深海や秘境にいるんじゃなあない。誰の心にもいるんだ、って」

アニェーゼ「はい、そうですね。ある意味私の前にも理解できない珍獣がいますけどね」

アニェーゼ(――と、非常に疲れる会話のようなものが続いてんです。そしてこれが予想以上に精神を削られる)

アニェーゼ(素人目にも隙だらけ――神裂さんや建宮さんと違って――の相手、何かの術式を使っている素振りもない)

アニェーゼ(っていうのに。アホアホな会話を続けている間すら、氷の騎士二人は警戒を解いていない)

氷の騎士B・C『……』

アニェーゼ(痩身の騎士は氷の剣を構え、細身の騎士は私の前へ体を寄せていつでも庇えるようにしている)

アニェーゼ(……なんででしょうね、これ。まだ会って10分しかないのに、なんかこう、どうして私を護ろうとしてくれるんで?)

アニェーゼ(常識的に考えりゃ『刻限のロザリオ』で取り込まれかけてから、彼らとの親和性のようなものができた、とか)

アニェーゼ(けど、そうすると最初に会った『氷の騎士』はきちんと攻撃してきましたし。説明はイマイチつかない)

ダッチ「――あぁ、すまない。つい楽しくなって話し込んでしまった、”継承者”の少女よ」

アニェーゼ「できれば名前を呼んでくれませんかね?聞いてる方が痛いですし、貰い事故してんですよある意味では」

ダッチ「人とはどこから来てどこへ行く?僕は何をしにここへ来たんだろう?」

アニェーゼ「ご家族の方へご相談をしてこい。あとできればもう私の人生に関わらないで頂けると助かります」

ダッチ「家族――あぁ、家族とはいいものだね。愛すべきものだ」

ダッチ「だから、そう、だから。僕もこんなことはしたくなかったんだが、まぁ乗りかかった船、というヤツだ」

ヒユゥンッ、パキイィンッ!!!

氷の騎士B・C『――!?』 サラサラサラサラッ

アニェーゼ「何を、してやがるんですか!?」

ダッチ「君にとってすれば仇だろう。家族だとでも言うのかい?」

アニェーゼ「そりゃそうですがね。だからって一度親切にされた相手を!」

ダッチ「『なんで知ってるのか?』ってやりとりがしたかったんだが」

アニェーゼ「そりゃあんたも関係者に決まってんでしょうが!」

ダッチ「関係者、うんまぁ関係者ではあるかな。僕は違うと思うんだが、親父殿は少なくとも」

ダッチ「……だが、そういった意味であれば。君は以前もそうだし、これからもえにしがある。止める権利も口を出す権利も含め」

ダッチ「まぁ――大抵は手遅れなんだけど、ね」

ゴゴゴゴゴゴッゴゴゴゴッ!!!

アニェーゼ「地響き――では、ない……?空気が、鳴いてる……?」

ダッチ「古来から、そう、ずっとずっと昔から僕はいた。僕らはいたんだ」

ダッチ「帰る場所も家も家族も失った。故郷を忘れて永遠に彷徨い続ける罪人、その仮の宿が――」

アニェーゼ「霧の中から、空から――黒い、マストに、深紅の帆を立てた」

ダッチ「我が愛船『フォルケンバーグ』。見て通りの幽霊船だが、霧の中を航行するのには都合がいい――」

ダッチ「――さ、共に帰ろう。元の場所へ」




――ヴェネツィア市街 夜

上条「っしゃオラァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」 ガンッ

ゲオルグ「――ふんっ!」

上条「あだっ!?……堅ってぇなこのクソ親父!鎧なんか着てんじゃねぇよ!」

ゲオルグ「いや着るだろ!戦争するんだから用意するに決まってんだろクソガキが!」

上条「しかもそれ霊装じゃないのな!ただの鉄鎧って魔術師じゃなかったのか!?」

ゲオルグ「俺の一世一代の仕事で拵えた魔術鎧は、マタイにワンパンでぶっ壊されたんだよ!こっちは予備で持ってただけだ!」

ルチア「ですが、霊装でなければ――!」

ガンッ、バキバキバキバキハギッ!!!

上条「入った!車輪と破片の破壊霊装!」

ゲオルグ「――って、痛てぇな!何すんだバカヤロウ!」

ガンッ

ルチア「キャッ!?」 ドポーンッ

上条「ルチア!?」

ゲオルグ「見かけ倒しだわー……テンション下がりすぎて、霊装使う気にもなんねぇわー」

オデット「……何かもう、父さんが弱い者イジメしてるみたいなのよ。二人とも、女の人を引き上げてほしいのよ」

ガルザロ『ガルッ』

ケーカグン『……』 クイッ

ゲオルグ「トドメ刺すどころか、攻撃用の霊装使う気にもなれやしねぇ。オメェらなんなんだよ?どうして一般人が首突っ込んでんだ?」 ガシッ

上条「ぐっ!?」 ギリギリギリギリッ

ゲオルグ「外見はカッケーけど致死性皆無の車輪の霊装、あとオメェはなんか術式無効?っぽいよなぁ?『氷の騎士』を素手でぶん殴ってたし」

オデット「”車輪”は元々戦闘用じゃないのかも、なのよ。幾つか魔力が外に漏れてて、後から接合するタイプなのよ」

ゲオルグ「ケンカするんだったら体を鍛えろや!体を!そんな細っこい体で俺にかなうとでも思ってんのかアァッ!?」

オデット「いや、父さんはベンチプレスで300kg上げるし、人類としても企画外 なのよ……」

ルチア「……ぷはっ!?……ゲフッ、げほげほっ」

オデット「あー、落ち着くのよ。肺の中に水が入っちゃってるから、咳き込んで全部吐き出すのよ」

オデット「はい、吸ってー吐いてー――って霊装からは手を離した方がいいのよ。目は見えないけど、幻視るのよ」

ゲオルグ「ケンカするんだったら根性見せろよコラ!女一人も守れねぇのか!?」

上条「この……泥棒に――負ける、の――」

ゲオルグ「――あ?」 パッ

上条「……かはっ……はーはーはー」

オデット「取り消して!それは言っちゃダメな――」

ゲオルグ「にーちゃん――――――死ぬなよ?」 ヒョイッ

上条「死ぬなって――」

ゲオルグ「ふん……ッ!!!」

バキバキハギベコベキベキミシミシカゴバキッ!!!

上条「――がっ!?」

ルチア「嘘……建物を、貫通して……!?」

ゲオルグ「思ったよりも飛ばなかったなぁ。フォームに改善の余地はあるわな。生きてるか?おい?」

上条「……テメ……ヴェネツィア、の、観光客……減ったら……」

ゲオルグ「よーしよし。次はもう少し角度をつけるぞ、気ぃ張れよ」

ルチア「――やめてください!」

ゲオルグ「お?」

ルチア「そ、それ以上したら死んでしまいます!勝負はつきました、どうか!これ以上は!」

ゲオルグ「……オメェよ、あれか?俺はなんだ、オメェにとってなんなんだよ?」

ルチア「なに、って」

ゲオルグ「俺は、オメェの、敵だ。止めてくださいって言われて、止めると思うのか?あぁ?」

ルチア「ですが!」

ゲオルグ「それともオメェは『助けて』って言われたら、はいそーですかって助けるのか?オメェはそうやって来たのかよ?」

ゲオルグ「助けてくれって言ってきたヤツは居なかったか?許してくれって泣きついてきたヤツはいなかったか?」

ゲオルグ「そしてお前は、どうした?そんなヤツらになんて言った?」

ルチア「――あ」

ゲオルグ「覚えがありますって顔してやがんな……クソが。これだからローマ正教は嫌いなんだ」

オデット「……父さん。悪趣味なのよ」

ゲオルグ「だってよ。よかったなニーチャン、女に助けられるなんて無様な真似晒してよ?」

上条「……かる」

ゲオルグ「お?まだやんのか?」

上条「お前に……ルチアの何が分かる……ッ!」

ルチア「……!」

上条「誰だって……人、なら……助けたい、救いたい――当然、だろうが!」

上条「けど……けど、誰も、自由に……できる……訳じゃ!」

上条「だから――自分に嘘ついて……助けられる範囲で……やってきた……の、に!」

ルチア・ゲオルグ「……」

上条「取り……消せ!じゃないと、テメェの角……叩き折って、飾……んぞコラ」

ゲオルグ「……オデット」

オデット「なんなのよ」

ゲオルグ「癒してやれ」

オデット「もうしてるのよ」

ゲオルグ「……なんか悪かったなニーチャンたち。俺もついカッとなっちまった」

上条「……どうして、お前たちはあの船を盗むんだ……?俺、から、見たら……お前らは、まとも、気が……するのに」

オデット「だから!」

ゲオルグ「盗む――あぁ、お前らにはそう見えてんだよな。仕方がねぇって分かってるけどよ」

ルチア「……見える?」

ゲオルグ「あぁ心配すんな。俺らの術式じゃヴォルヴァは必要ねぇ、エイリークの娘っ子もお役御免だ」

上条「ヴォルヴァ……がふっ!?」

ルチア「北欧神話に登場するシャーマンの名称、ですよね。巫女や予言者として役割を持ち、神へ仕える、でしたか」

ゲオルグ「オメェらの言葉でも”シスター”であり――ま、要は人身御供ってヤツだぜ」

上条「人身御供?待ってくれ、お前は何を、言ってんのか」

ゲオルグ「だから、そういうもんなんだよ。刻限ナントカってのは」

上条・ルチア「――は?」

ゲオルグ「いや、だからな?あーっと、なんだこれ、話が噛み合わねぇなおい」

ゲオルグ「面倒だからケンカしようぜ!ここが通りたかったら俺を倒してからいけ!」

オデット「待って、待つのよ父さん。人類なんだからもうちょっと平和的に事を進めるように粘ってほしいのよ」

オデット「あとその展開は一回やったから、ループさせないでほしいのよ……っと、治療、終わったのよ」

上条「何回もありがとう……いや、だからその、あんたが言ってたのは多分『刻限のロザリオ』のことだと思うんだけど」

ゲオルグ「おう、それだ!」

ルチア「なぜそこへ、北欧神話に関係する単語が出てくるのですか」

ゲオルグ「はぁ!?何言ってんだオメェ!オメェらはよ!?」

オデット「父さん、あんまりネタバレさせると後で面倒になるのよ」

ゲオルグ「ガッハハハハハハハハハハ!いいじゃねぇか、どうせもう手遅れだぜ!面倒にならねえ訳がねぇよ!」

……ゴゴゴゴゴゴッゴゴゴゴッ……

上条「地震――いや違う、大気が震えて、る?」

ゲオルグ「ダッチの船は外でも使えるが、ちぃと遅せぇんだよなぁ!ま、それさえなきゃ良い船なんだよ!」

オデット「私はゴメンなのよ。床がボロボロで骸骨がクルーだなんて、趣味が悪すぎるのよ」

ゲオルグ「まぁ言ってやるなよ!男には誰だって格好つけなきゃなんねぇときがあんだ!」

オデット「兄さんはどう見ても女性……まぁ流行りっていえば流行りなのよ」

上条「……お前らは、なんだ?何しに来やがったんだ?」

ゲオルグ「簡単に言えば取り戻しに来た!”あれ”を直して海へ浮かべるために、たったそれだけのためにだ!」

ルチア「では、『女王艦隊』というのは――」

ゲオルグ「おう、”あれ”は元々俺たちの船なんだわ!」



――ヴェネツィア市街 半壊した『四角錐の部屋』が流れ着いた運河 夜

アニェーゼ「――元の場所?」

ダッチ「僕のではないけどね。あるべき場所、北海の海へと返してやりたい」

ダッチ「君たち――特に、君には迷惑がかかってしまったようだけど、まぁ僕たちに責任がある訳ではない。謝罪をするのも筋違いだが」

ダッチ「……まぁ、あの船の呪縛から逃れられるし、そう悪い事でもないよ。僕からすれば羨ましい話だ」

アニェーゼ「ま、待ってくださいよ!この船、てか霊装、いや『聖霊十式』はローマ正教の持ちもんですよ!」

アニェーゼ「そ、それを返すとか戻すとか、一体何の話をしてやがるんですか……ッ!?」

ダッチ「ローマ正教の所有物、そうだね。”今”はそうだ」

ダッチ「けれど――”昔”は違ったんだ。今と名前も違えば役割も違う――」

ダッチ「――『ドラゴン・シップ』、聞き覚えはあるかな?」

アニェーゼ「ヴァイキングの船、でしたっけ?他国を襲撃したり貿易に使った、カヌーをスケールアップしたような、船」

ダッチ「そして船葬墓としても使われてる。船の舳先へ竜の意匠を凝らしていたから、その姿から”ドラゴン”シップと怖れられた」

ダッチ「ローマ正教は20億の頂点、世界の中心だ――というのがまず、そこそこの嘘だ」

アニェーゼ「ローマ正教の話が、どうしてここで」

ダッチ「彼らが事実その通り、栄華を極めていたのは間違いない。だがしかしその期間はとても短い」

ダッチ「まずはローマが東西に分かれてからは東ローマ帝国のビザンツで後継争い。彼らの後へ入ったオスマントルコとの異教徒との戦争」

ダッチ「そして時代が下ればナポレオンに十字教ルーテル派の台頭。大航海時代に世界の半分近くを手中に収めた大英大国は、イギリス清教だしね」

ダッチ「ローマ正教が最古にして最高なんてのは大嘘だ。常に絶えず敵が存在し、一番には中々なれなかった」

ダッチ「だから十字教はハク付けのために当時流行っていた異教を取り込んだりもした。その文化も含めてね」

ダッチ「そして取り込んだのは神様だけじゃない。嘗てあった偉大な異教の神具もまた、十字教風にアレンジされてあるんだよ――」

ダッチ「――そう”ここ・・”に」

アニェーゼ「――っ!?」

ダッチ「おかしいとは思わなかったかい?『どうして十字教徒が人身御供を求めるような霊装で制御されてる』って」

アニェーゼ「お、おかしくはありませんよ!十字教はそもそも自己犠牲がシンボルであり!」

ダッチ「現代はね。人の命は地球よりも重い、とか言うよね?だから君も『刻限のロザリオ』が枷になっていると思い込んだ」

ダッチ「けれどよく考えてほしい。当時は人の命なんか安いものだった、軽くてそれだけに一生懸命に生きてはいたけど」

ダッチ「僕の記憶にある限りじゃ、十字教徒は敬虔で喜んで命を差し出すような人間は多くいた。自分も、そして他人ですら」

ダッチ「だから意味がないんだよ。適性の有無はあれど、無尽蔵に近いぐらい人を使い捨てにできる体勢だったんだから」

アニェーゼ「……」

ダッチ「元からしてローマ正教の持ち物じゃないのさ。知識もないから修理もできない、複製も無理、改装なんか以ての外」

ダッチ「だから”元の持ち主に近い人間に使わせる・・・・・・・・・・・・・・・”なんて、効率の悪い手段しかできなかった」

ダッチ「できたのは制限をかけたり、機能を追加するのが精々。奪われるのが怖かったんじゃない。ただ・・怖かったんだよ」

ダッチ「護衛艦は『旗艦』を護るために用意されたんじゃない。いつでも『旗艦』を沈められるようにしたただけだ」

ダッチ「詳しくは知らないけれど、船の中で重力を肩代わりさせる術式もあったんだってね?船の中でそんなの使えると思うかい?」

アニェーゼ「それ、は」

ダッチ「そういう訳で返してもらうよ。船への取り付けも終わったようだし」

アニェーゼ「――待ちなさい!」

ダッチ「急いでいるんだ。詳しい質問は次の機会にでも」

アニェーゼ「例え、あんた方に理があろうとも、私たちにもその船が必要なんですよ!」

ダッチ「なら、どうする?」

アニェーゼ「ハアァァァァァァァァァァァァッ!!!」

ベキッ

ダッチ「……」 パタンッ

アニェーゼ「――って弱っ!?そんなあっさりと、つーか外見だけですかい!?」

ダッチ「……」

アニェーゼ「……ってこれ、首、折れて。あ、あれ?もしもし?」

アニェーゼ「……ちょ、誰かっ!?い、今っ治癒の術式を――」

ダッチ「――僕が死ねなくてよかったね?本来であれば、君はいま人一人を殺していたんだ」 バキッ、ベキゴキバキッ

アニェーゼ「あ、あぁ……っ!」

ダッチ「こんなことで躊躇うぐらいであれば、もうこっちの世界にいるべきじゃないよ。”適格者”の少女」

ダッチ「……まぁでも、そんな感性を持った君がいてくれて。少しだけ嬉しいと思う僕は、罪深いが……今更なのかな」

ダッチ「じゃ、良い航海を――」

ギッッギイィィィィィィィィィィィィッ……!!!



――学園都市 上条家のアパート

上条「たっだいまー……」 ガチャッ、パタン

上条「――って誰もいないんだったか。えっと……」 ピッ

上条「履歴も……ほとんど土御門と青ピだけか。今はちょっと返信する気にもならない」

上条「なんで……こうなっちまったんだろうな――」



――ヴェネツィア市街 夜 回想

ゲオルグ「オメェ昼間よ、横断歩道のばーさんの話してたよな?あ?」

ゲオルグ「オメェはアレだ、そのばーさんと同じだ。俺や俺たちの人生に紛れ込んだ名無し。朝の通勤時間にすれ違った顔も覚えてねぇモブA」

上条「っだとコラ!」

ゲオルグ「分かんねぇよ!テメェらの実力がクソ足りてねぇのにノコノコ来やがるアホの気持ちなんつーのはな!」

上条「っ!」

ゲオルグ「マタイや修道騎士のローマ正教、そして俺も命賭けてやってる!それだけの時間や人生遣って魂研ぎ澄まして!」

ゲオルグ「サッカーの試合に観客が乱入したって混ぜてもらえねぇだろ!お呼びじゃねぇんだ!」

ゲオルグ「このクソッタレな世界を変えたいんだったら、それだけの準備をして来やがれ!オメェは試合に参加するどころか、ピッチに立つ資格もねぇんだよ!」

上条「けど――ッ!」

ゲオルグ「勢いがあんのは結構だがな。それだけで全部上手くは行かねぇんだよ!アタマを冷やして一昨日来やがれ!」 ヒョイッ

上条「お?」

ゲオルグ「マタイにヨロシクな!」 ブウンッ

上条「ちょっと待てイタリア海へダイブするのって何回目――」

バッシャーーーーーーーンッ!!!

上条「……」

ルチア「上条さん!?」

上条「だ――いじょう、ぶ、だ!慣れて――るっ!」 バシャッ

上条「お、俺よりも、合図、ローマ正教」

ルチア「は、はいっ!」

ゲオルグ「今更呼んでも遅いと思うぜ。つーか呼び出すだけ無駄だし」

ゴォォオウウウゥゥゥゥゥゥゥ……ッオォオオウウウウウウウ……

上条「人のうめき声……?」

ルチア「では、なく……霧の中から――船、が?」

上条(マストは折れ、船体は所々割れたり欠損している。ボロボロに朽ちた幽霊船、の見本のような外見で)

上条(大勢の人が泣くような音を立て、魔術師には絶対に禁忌とされる空中を。霧の中を航行してヴェネツィアの市街地へせり出してきた)

ルチア「見てください!『四角錐の部屋』が!」

上条(船のヘリから何本も垂らされた鎖。それが縛りとって、ぶら下げているのは例の部屋)

上条(……そっちはそっちで、前は完全な四角錐だったのに今はあちこちが壊れ、無惨な姿になっちまってる)

ゲオルグ「俺たちの船――『フライング・ダッチマン号』だ!」

オデット「違うのよ。兄さん、『本人と同じ名前は自己主張が強いと思われる』って、先月ドイツ風の名前に改名したのよ」

ゲオルグ「まぁそんな感じだな!じゃあな、にーちゃんとねーちゃん、次会うときまでにはちったぁマシになるんだな!」

オデット「さよなら、なのよ」

上条(何本かの鎖が二人を掴むように掬い、船は霧の中へと飛び立って――)

上条「……クソったれ。まだ、まだ終わんねぇぞ……!」

ルチア「……」

上条「惚けている場合場合じぇねぇぞ。オルソラやマタイさんと合流しようぜ、きっと何か名案が――」

ルチア「……合流?」

上条「あぁ。”ここ”で俺たちがしてやられたのは事実だ、けど今から挽回もできる」

ルチア「そう、思うんですか?本当に?」

上条「そうって?」

ルチア「あれだけの大きさの浮遊物、もう見える見えないの話でなく、またヴェネツィア全区から確認できる」

ルチア「だというのにローマ正教は何をしているのというのです?攻撃をしているようにも見えませんが?」

上条「それは……街の上だから、じゃないか?『四角錐の部屋』は壊れてるっつっても大事なものだし、下にも人がいるんだから」

ルチア「ローマ正教がその程度のことで躊躇うような組織だとでも、本当にあなたはそう思っているのですか?」

上条「……なんかおかしいな、っては思う。何がかは分からないけど。だから余計に、早く他の人達と合流して」

ルチア「私たちは――」

上条「あん?」

ルチア「私たちは”また”捨て駒にされたんじゃないんですか……ッ!?」

上条「お前っ!」

ルチア「オルソラ=アクィナスが優秀な方であるのはよく知っていますよ!シスターとしても人間としても素晴らしく、尊敬に値する方だとも!」

ルチア「ですが!私たちを苦役や『刻限のロザリオ』の対価へ差し出すほど、彼女を優先させて救うだなんて!」

ルチア「それを、捨て駒じゃなくなんと言えばいいのですか……ッ!?アニェーゼ部隊250名はたった一人のシスターと等価値とでも!?」

上条「いや、けどマタイさんはお前らを結果的に助けてくれた訳で!」

ルチア「結果論に過ぎません!上手く行ったのも異教徒の手を借りて、しかも成功する見込みの方が遙かに少なかったはずです!」

ルチア「私は……私たちは盤上の駒なんかじゃありません!死ねば……それで、終わってしまうのです……!」

上条「……お前が言ってることも、フラストレーション溜めてるのは分かる!俺だって納得なんかしてねぇよ!バクチはバクチだからな!」

上条「けど今は!ここで言い合ってるよりもだ!」

ルチア「私に構っている暇はありませんよ?あなたの言うことが正しければ、私なんかよりもマタイ様と合流する方が先でしょう?」

上条「……お前はどうするんだ?」

ルチア「私は……私はもう疲れました。疲れたんです、ローマ正教も、十字教も」

ルチア「……私が信仰を捨て、コンベルソの如き浅ましい振る舞いをした意味とは一体……?」

上条「こんべる……?」

ルチア「最後に一つ、お願いがあります。みなさんにただ、一言だけお伝えください――」

ルチア「――『ありがとう、皆さん。そして――さようなら』」



虚数海の女王 第二話 −終−

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