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Clock(trial)

上条「あのヤローから貰ったのはイギリス行きの片道切符一枚なんですが」

 
――学園都市 上条の部屋

ステイル「次の長期休暇からだから、学園に提出する書類がこれ、パスポートがこっち。航空機のチケットは……あぁあったあった」

ステイル「言っておくけどこのチケットを持って来たって意味無いからね?QRコードを携帯端末に読み込ませて、関連情報をだね」

上条「随分と科学に手慣れてんだな。魔術師がさも当然のようにハイテク使いこなすなよ」

ステイル「別にQRコードで航空券を管理するのは外でも普通にしていると思うけど……」

上条「そうだな、ツッコミどころが多すぎで処理に困ってんだが、どっからしよう?整理した方がいいと思う?」

ステイル「いや、僕は何も疑問はないね。主旨は伝えたしチケットも渡したから帰りたい、というか一秒でも早くこの部屋を出たい」

上条「おぉっとテメー今日もご機嫌に喧嘩腰じゃねぇかコノヤロー。言い値で買うぞ?あ?」

上条「というかまずインデックスはどこやった?夕飯時にあの子がいないだなんて作為を感じる!」

ステイル「神裂が食べ放題のファミレスに連れて行って以下略」

上条「あいつも来てんの!?ヒマか、お前ら実はヒマなのか?あぁっ!?」

上条「いやでも……うーん、それあんま意味無いと思うぞ」

ステイル「どうして?」

上条「近場のファミレスの食べ放題は出禁にだな、まぁうん色々とあって」

ステイル「あー……健啖家なのはね、いいことだよ」

上条「今帰って来ないって事は回転する寿司屋にでも行ってんのかな……俺も連れて行って欲しかった」

ステイル「君もあれだよね。休暇全部スポイルする話が俎上に載ってるのに、まず食の心配するのは如何なものかな」

上条「いやいや、つーかインデックス抜きで話進むのか?」

ステイル「うん?どういう意味だい?」

上条「いやお前らがわざわざ来てんだから、『その女子寮の敷地には古代の魔術遺跡が残ってて邪神が封じられている!』とか?」

ステイル「ラノベかな。もしくはクローズド学園RPGでよくある設定」

上条「世界の命運がかかってる割には送り込む人員ショボ!と、誰でもツッコむところだ」

ステイル「もしそうだったら君に頼む必然性がないね。イギリス国内であれば政府に圧力かけてどうとでもできる」

ステイル「”たまたま”女子寮の敷地内から不発弾が見つかって全生徒が即座に避難」

ステイル「処理班の到着が遅れに遅れて”不幸にも”爆発。焼け跡から首謀者――もとい、何人かの関係者らしきご遺体が発見されて一件落着、だね」

上条「そんな剣呑な落着のさせ方初めて聞いた。遠山裁きだってもっと穏便に収めるわ」

上条「じゃあ……あー、あれだわ。なんかこう政治的なバランスが均衡して超メンドイ寮?」

上条「各国のVIP子女を集められ、超英才教育が行われている学校で魔術師の痕跡が!……みたいな?」

ステイル「ぶっちゃけ魔術も科学もなしに、そういう”メンドイ”ところは腐るほどあるよ」

ステイル「というかね、えっとわざわざ君に説明してやる義理もないんだが、その手の学校はコネクション作りの一環でもあるんだ」

上条「コネ」

ステイル「そう。政財界――僕たちの方じゃこれに王族や貴族、それと宗教者が入る――のVIPの子って事は、将来その子達もまた重要ポストが待っている訳だよね?」

上条「宗教、世襲じゃなくね――いやごめんなんてもない」

ステイル「だからそういう子達を集め、幼い頃から顔やら性格やらを付き合わせてコネを獲得させる。大学の同窓会のもっと深い版だね」

ステイル「というか君の国の今の外相は、中東の王族を整理整頓している某国王太子の同窓生だった筈だよ?そんな事も知らないの?バカなの?」

上条「さも常識っぽく語るお前の方がスゲーよ」

ステイル「詳しく……いうと時間が足りないから割愛するけど、いま中東は火薬庫の上でバーベキューしてるぐらいにヤバいんだ」

ステイル「どれか一つでも爆発したら連鎖するし……まぁいいか。君に話しても意味はないだろうし」

上条「その言い方は間違っちゃいないが、だったら大抵の人間に政治の話振っても無駄だって事だろうが」

ステイル「まぁ話を戻すとそういう学校はあり、今もせっせとコネ作りに邁進している子達はいるよ」

ステイル「けど、そこへわざわざ極東の島国に住む謎の種族を放り込んでどうする?藁の城に火をつけるのと同義だね」

上条「俺も自分で言ってて『ないわー』って思ったわ」

上条「あと俺たちを謎とか言うな。俺たちも少なからず『どうしてあの国はメシ不味いんだろう?』って思ってっけども」

ステイル「イギリス料理が不味いのはネタになるけど、それでもEUの中じゃ平均以上だと言っておくよ」

ステイル「というかね。あの子をハブってる以上、魔術絡みの話じゃないんだよ。危険があるって訳でもない」

上条「じゃあ聞くが、お前の持ってきた話で危険じゃなかったことってどのぐらいある?」

ステイル「――さて、他に質問は?」

上条「スルーすんなや!100%だろ!ひゃ・く・ぱー!危険な話しか持ってこなかったくせに信用しろっつー方が無理だ!」

ステイル「ないなら僕はこの辺で失礼させてもらうよ――おや、丁度連絡が」 PiPiPiPiPiPiPiPi

上条「今時のお役所仕事だってもっと丁寧にするわ。言っとくが説明責任以前に仕事引き受けた憶えすらねぇかんな」

上条「というか危険がないならないでいいし、女子寮がイギリスだったらインデックスも一緒に行ってたまには里帰り――」

ステイル「……」 スッ

上条「――すれば、って何?スマフォ?見ろって?」

上条「あ、メール。ひらがなで、えーっと……?」

神裂【おかねたりませんたすけてくださいなきそうです】

上条・ステイル「……」

ステイル「……うん、なんだね。ファミレスは出禁にされてたから、適当な店を探して、だね」

上条「恐らく『この子にいっぱい食べさせてあげたい!』と張り切って、普段は死んでも行けないような回らないお寿司屋さん」

上条「もしくは神裂が好きそうな小洒落た日本料理屋へ行ったのはいいものの……」

ステイル「予想以上の食いっぷりに引きつつ、『ま、まぁ”必要悪の教会”で稼いでも遣うところありませんからね!』的な」

ステイル「実は意外と溜めてある財布から払おうとして……」

上条「幸運パッシブ持ちなのに聖人ドジっ子スキルも同時に発動してしまい、財布の中のお札が全部ポンドだったと大慌て……!」

上条・ステイル「……」

ステイル「……まぁ、大体こんな感じだろうね」

上条「……文面から察するに、ウチのシスターさんが神裂さんに大変ご迷惑を……」

ステイル「いえいえ。文明の利器から猛ダッシュで逃げ、いまだにカードすら持たず、デビットカードですら敬遠するウチの聖人が悪いですから」

上条「個人的には魔術師にはイメージを守って、現金払いを貫いて欲しい」

ステイル「僕らだって科学は使うし、そもそもキャッシュカードが科学のカテゴリーへ入れていいものなのかい?」

ステイル「自動車や飛行機と同じでさ。必要以上に拒否するのはもうそれ信仰か蛮族――」 PiPiPiPiPiPiPiPi

上条「よんでますよステイルさん」

ステイル「ネタ悪魔みたいに言うな。ちょっと払ってくる」

上条「あ、俺も行くわ。ついてった方が早いし」



――学園都市 上条の部屋

神裂「担当、替らせて頂きました。『必要悪の教会』の一員兼天草式十字教女教皇の神裂です……」

上条「いやあの神裂さん?恐縮してるは分かるけど、さっきから俺お前の頭頂部しか見てない訳で」

上条「人と話すときは人の顔を見ましょうって言われなかった?女の人に深く深くDOGEZAされるのは、もう暴力だと思うんだよね」

神裂「いえ、このたびは私の不注意で多大なご迷惑を……」

上条「だったら余計に頭上げてくれよ!迷惑だなんてそんな。大したミスじゃないし、そもそもインデックスに食わせてやろうってことが発端だしさ」

神裂「てっきりあのまま無銭飲食で逮捕拘禁。遊郭にでも叩き売られるのかと……!」

上条「日本ナメんな。お前だって住んでた国はそこまで爛れてないわ」

神裂「あぁいえ私がしばらく里帰りしない間に、日本はありとあらゆるところにいかがわしい読み物が氾濫している、という情報が」

上条「さ、さぁ?心あたりはないなー?なーんのことかわからないなー?」

神裂「『電子書籍があれば発売日に外国でも買えるのよな!』と、ある筋の者が」

上条「氾濫してねぇじゃん。正式に買ってんじゃん海外でも」

神裂「という訳で、私は許してくれるまで頭を上げられません!」

上条「だから許すも許さないも、問題は妖怪食っちゃ寝シスターさんがしでかした結果であって」

上条「しかも人様の財布のに遠慮どころか手加減なしに食いまくり、しかも俺も一緒にって発想はなかったのか!」

神裂「途中から愚痴になっていますね。というかこの土下座にはそっちの意味もありまして」

上条「ハブったってこと?」

神裂「いいえ。最初にあの子をどうしようか、って話になった際、ステイルは『だったら女子チームと男子チームで分けて食事でもすればいいんじゃないかな?』と」

上条「あのヤローから貰ったのはイギリス行きの片道切符一枚なんですが。しかも事情説明もそこそこにお暇しようとしてたぞ」

神裂「すいませんすいませんっ!あなたとステイルが仲良く食事だなんてする筈がありませんでしたね!私の不注意です!」

神裂「という訳で説得はステイルに替って私が。ステイルはインデックスの食事係になりますが、よろしいでしょうかっ!?」

上条「頭上げてくれるんだったらその配役で。あいつも久々にインデックスと時間持てて、嬉しいだろうし」

神裂「いいんですか?あるものの本によると、ヒロインが他の男からナンパされただけで抗議が来るゲームがあるとか聞きますが……」

上条「だからお前建宮の言うこと真に受けてんじゃねぇよ!日本でもその意見はマイノリティ極まりないからねっ!」

神裂「あるにはあるんですね」

上条「というかインデックスは俺の所有物じゃないし。お前ら――は、言い過ぎか。少なくとも『必要悪の教会』とは違う」

神裂「そういう意味でもないかと……まぁ近い所にまで来てはいますが」

上条「少なくともインデックスが誰かを選ぶのに、俺が口を挟むのは間違ってる」

上条「友達っつーか仲間だし保護者役もやってるから、そっちの方から口出しするのはするんだろうけど」

神裂「……」

上条「なんだよ」

神裂「男子三日とはいいますが、いえ少し会わないうちに大人になりましたね、上条当麻」

上条「俺が?」

神裂「はい。昔のあなたであれば、こう、あの子を子供扱いして過剰に心配するきらいがありました」

神裂「事実あの子は子供ですし、また魔術を離れて科学の街で戸惑う相手に”保護者”が必要なのも確かなのですが」

神裂「ただその、あまりにも干渉するあまり、良く思っていなかったのも事実だと思います」

上条「よく分からないんだが……?」

神裂「あぁいえ私の印象ですからお気になさらず。それだけ生活に余裕が出来たのかもしれませんし、気を派っているよりは自然体でよいかと」

上条「まぁでも偉そうに語っちゃいるが、いざインデックスが『好きな人ができたかも!』とか言われたら、俺は動揺しまくるけど何かっ!?」

神裂「格好付けるならば最後まで貫きましょうよ」

上条「お前ステイルから『好きな女の子ができたんだ』って言われたらどうする?」

神裂「『知ってましたが、それが?』ってリアクションを取ると思います」

上条「内心動揺しないの!?」

神裂「ですからですね、たまーに間違われるんですが、彼は同僚であって特にこれといった感情は」

神裂「あと別にあのロン毛と私はいつも二個一で動いているのでなくてですね、フックワークが軽く、かつある程度の柔軟さも求められ」

上条「というかこっち連絡要員誰か置けばよくないか?」

神裂「私だって嫌なんですからね!?あぁいえちょくちょく帰国出来るのは嬉しいですけど、ヒースローから羽田まで何時間かかると思ってるんですか!?」

上条「ステイルに比べれば、お前はまだ少ないし……あ、もしかして墜落しないか怖いとか?」

神裂「私一人だったらパラシュートなしでもどうにかなります」

上条「おいジョークで言ったのにジョーク以外の何物でもない事実でカウンター打ってやがったよ」

神裂「ですがそうなってしまうと、他の乗客を見捨てられる訳もなし、全員を救うのは至難の業ではないかと」

上条「もうそろそろ星に帰ったらどうたスーパーマ○」



――

神裂「……それでどこまで説明を受けましたか?」

上条「『イギリスで女子寮入っちゃいなよYOU。べ、別に魔術師絡みじゃないんだからねっ!』」

神裂「あの……もう一回頭を下げた方が良いでしょうか?」

上条「罪悪感がハンパねぇからやめて。ステイル&土御門はいつも大体こんな感じだから慣れてるし」

神裂「……いつもそんな大雑把な事情で首を突っ込んでいるのですか?」

上条「俺が好きでやってるみたいに言わないで!?大抵説明されたときには逃げられないよう外堀は埋められてんだよ!」

神裂「相変わらずムカデの如き不退転の決意ですね……しかしまぁ、その要旨で概ね合っているんですが」

上条「女子寮・管理人・上条当麻?」

神裂「昔あった映画シリーズっぽいですが、はい」

上条「しかも魔術絡みじゃない?」

神裂「魔術師が住む寮なので、知識はあった方が良いでしょうが、特に活用する場面はないと思いますよ」

上条「……ねぇ神裂さん。俺まえに建宮から天草式がロンドンでどんな生活してるか聞いたことがあんだけどさ」

上条「お前だけ『必要悪の教会』の寮、他は食料品や雑貨屋やりながら住んでるって言ってたんだよ」

神裂「はいそうですね。私もそちらで、と誘われているのですが、やはり身内だけで固まると気が緩みますので」

上条「寮監、つーか寮長やってんのってお前なんだよね?」

神裂「以前は寮母の方も居たんですよ。ですが引退されたので、代行を若輩ながら私が勤めております。こう見えても比較的古株ですので」

上条「かんざきさんじゅうはっさいさんが古株だっつー、お前らの職場が怖い」

神裂「ただ私は外勤が多く、半分以上はシスター・オルソラがやって下さっている状態ですかね」

上条「質問その一」

神裂「どうぞ」

上条「寮の周りで変質者が出ました。どうしますか?」

神裂「対話を試み、説得出来なかったらロンドン市警に突き出します」

上条「その二。寮のシスターにセルフオプション(ストーカー)がつきました。どうしますか?」

神裂「一応諭しますが、決裂したらロンドン市警に突き出します」

上条「質問その三。寮に下着ドロが以下略」

神裂「シスターと私でフクロにした後、ロンドン市警か建宮に任せます」

上条「せめて司法の手に任せてあげて!あいつらに処理頼んだら遠洋漁業船に乗せられそうだから!」

神裂「というかまず、ウチの男衆が犯人ではないかと疑います」

上条「いやぁ、あいつらだっていくら何でもそれは。ないといいなぁって」

神裂「最近建宮達が私を追ってきたのも、私をイジって楽しむのが目的じゃないかとすら……」

上条「質問その四!朝起きたら寮が戦車と特殊部隊に囲まれていたよ!どうする!?」

神裂「戦車は対人戦ではオーバーキル過ぎる上、周囲の家屋や民間人のも巻き込んでします。よってブラフかと」

神裂「向こうも思惑は真っ正面から戦意を削ぎ、裏口から逃げ出すところを一網打尽に、が、目的でしょうから、まずシェリーのゴーレムを一当てさせ」

神裂「その隙に私が現場指揮官クラスを無力化し、逃げるのがベターでしょうか」

上条「常人にはこれっぽっちも参考にならないアドバイスありがとう」

神裂「なっ!?参考にならないってなんですか!」

上条「最後の質問、寮に核ミサイル撃って来やがったらどーすんの?」

神裂「たまたま私が屋外にいて、事前に察知できればもしかしたら」

上条「もう神裂さぁ。イギリス清教辞めてアヴェンジャー○とか行けばいいんじゃね?ジャイア○と殴り合ってる方がパワーバランス的にもいいと思うわ」

神裂「たださえ『Oh, SAMURAI GIRL!?』とか言われてるので、これ以上ネタにされるのは絶対に嫌です」

上条「イヤだったらその格好」

神裂「天草式の作法なんですよ!こうやって衣服へ手を入れることで十字教の寓意を再現しているんです!」

上条「……話を戻そう。神裂orオルソラ&シェリーがいてお前らの女子寮がオーバーキル気味なのはよーく理解した」

神裂「何よりです」

上条「それでだ。さっきっから前にも後ろにも一歩も進んでない原因」

上条「寮母、あぁいや俺を寮監にする意味はなんなんだよ?」

神裂「むしろ寮母で合っていますよ。あなたに求められている役割はまさにそれですから」

上条「人手が足りないとか、魔術を知らないとダメとかって縛りがあるんじゃないよな?現に寮母さんいたし」

神裂「あぁ、テオドア――以前の寮母も現役の『必要悪の教会』構成員ですよ」

上条「……ますます意味が分かんねぇ」

神裂「人材はですね、いるのですよ。私もそうですしオルソラもそう、完璧とまでは言いませんが、寮生達が伸び伸びとするぐらいには、えぇ」

上条「問題起きてなくね?」

神裂「……えぇ、それが問題でしてね。伸び伸びとしすぎたと言いましょうか」

上条「どれ?」

神裂「――時に上条当麻。あなたは女子寮、もとい、この場合は女子校というものをどう考えていますか?」

上条「どうって……そりゃ普通だろ。女の子達だけが暮らしているって」

神裂「その内実は?」

上条「なぁ神裂。俺はさ、お前と天草的のことは全面的に頼れるって思ってたんだけどさ」

神裂「それは……少しばかり、照れますね」

神裂「ただお前って小さい頃は天草式、最近は『必要悪の教会』で育てられたんだろ?だから普通の感覚がないのは仕方がないとも思うんだわ」

神裂「そう、ですね。それが特に悪いことだとは思いませんけど」

上条「だからお前は知んないかも知んないけどさ、こう女子校とか女子寮とかって場所はだな、こうヤローが踏み入れない神聖な場所なんだよ!」

上条「大体シスターだぜ!?シスターっつったらスールが妹でお姉様って関係なのに!そんなところが汚れるとかだらしないとか、そんなことになる訳ねぇだろうが……ッ!」

神裂「フィクションですね。それもいかがわしい系の」

上条「――ハッ!?まさか汚れるってのは『お姉様が妹達手を出しすぎて』って意味か!?それなら話は分かるぜ!」

神裂「おいいい加減正気に戻れバカ」

上条「つまりアレか、お前らが言いたいのは俺に同人誌を描けってことか?」

神裂「そうですね。今のこの私の心証を一言で表すならば『とても気持ち悪い』です」

神裂「ちなみに僅差の次点で『凄く気持ち悪い』、『この上なく気持ち悪い』が第三位にランクインしています」

上条「おいおい神裂さんよぉ、ステイルばりの毒舌が上手くなってきやがったなぁ」

神裂「言いたくて言ってるのではないと心得てください。一応は恩人なんですから、あなたは」

上条「謎は深まるばかりだな……ッ!」

神裂「そんなミステリーマンガの柱の煽りか、仕事をサボって尋問ゴッコしている人達がカメラに向かってするキメ顔で言われてましても……」

神裂「ま、まぁ百聞は一見にしかず、とも言いますし、女子寮の現状を見て貰った方が早いかと」

神裂「ぱそこん?はあるんですよね?ふらっしゅめもり?がここに」

上条「いやスマートフォンで見れるだろ。最近じゃテレビにつないでもいいし――」

上条「――てかSDじゃないな!xDカード!?スッゲー俺初めて見たよ!」

神裂「す、すいません。あまり機械には疎いものでして」

上条「俺としちゃそのままでいて欲しいが……古いアダプタで、テレビに接続してっと」 カチッ

上条「でもよく動画撮ろうと思ったよな。そこは誉めて伸ばしたい」

神裂「……すいません。それもシスター・オルソラの発案でして……」

上条「……だからxDか、納得したわー」

上条「てゆうか女子寮の動画、俺が見て大丈夫なのか?後から問題になって怒られんの嫌だぞ?」

神裂「その疑問はご尤もですけど!撮影も編集もシスター・オルソラに任せてあるので大丈夫ですよ!」

上条「一見妥当だが、オルソラだって大○のスプリット並の変化球投げてくるからな?ストレート待ちにカーブ放ってくるとか」

上条「全面的に信頼はちょっと。天然的な意味で」

神裂「あ、ほら始まりました」



――

チャンチャーララッラッー、チャンチャーララッラッー、チャンラララーララー

上条「名前は知んないが、朝に流れる定番クラシック流れてきたぞ」

神裂「私も存じません。ちなみに海外ではそんなに聞きません」

テロップ【『必要悪の教会』、ロンドン女子寮へようこそ!】

上条「まーたご陽気な。紹介じゃなくね」

神裂「多少は遊び心もあった方が子供も飽きずに食いついてくる、という判断ではないでしょうか」

上条「そうだね。それはともかくお前いま俺が子供だってDisらなかった?」

オルソラ『モーニン、なのでございますよ。ごきげんよう』 パッ

上条「あぁなんか癒されるわー。イギリスの古い建物をバックに映るシスターさん、スクショ撮って待ち受けに使いたい」

神裂「否定はしませんし概ね同意ですが、台詞の後半は少々犯罪者チックかと。本人に見られたらどうするんですか」

上条「その場で悶絶するな。俺が」

オルソラ(おっぱい)『ご無沙汰しております、オルソラ=アクィナスでございますよ』

オルソラ(おっぱい)『ロンドンは長い冬が終わったと思えば春を通り越し、夏がやって来たかのような熱波が来ておりまして』

オルソラ(おっぱい)『日本の秋口のような過ごしやすい日が懐かしくもあり、またヴェネツィアの陽気を思い出しもし』

オルソラ(おっぱい)『あ、そういえばいつぞやの観光名所廻りが途中で終わってしまいましたが、またいつか始められたら素敵ですね』

オルソラ(おっぱい)『最近はアニェーゼさん達もすっかり馴染み、寮もますます賑やかになってございますよ』

オルソラ(おっぱい)『この間もですね、シスター・アンジェレネが――』

上条 ピッ

神裂「……どうしました?」

上条「ビデオレターになってる。実家から都会へ移住した孫へ送る系の」

神裂「えーっと、まずは掴みで日常会話から入って、というオルソラの心遣いではないでしょうか」

上条「ちょっと親に電話しようかな――つーかさ、根本的なところツッコんでいいか?」

神裂「奇遇ですね。私も薄々気になっていたのですが」

上条「なんでオルソラが話してる間中、オルソラの胸しか映ってないの?」

神裂「セクハラですね」

上条「ていうか途中から顔映ってないから本人かどうか分からないんだよ!」

上条「あぁいや分かるは分かるけど!俺の誰にも真似出来ないたゆんたゆ――もとい個性が強調されてるから!」

神裂「セクハラですよね」

上条「待ってくれ神裂!俺だけじゃないはずだ、天草式に聞いてみれば俺と同じ感想が返ってくるよ!」

神裂「推測はできるのですが……これ、手持ちのビデオカメラ、ですよね」

上条「画質とブレ補正がないからスマートフォンを手に持ってんのかな。絶対に自撮りじゃない」

神裂「最初の方は妙に下から見上げる絵が多かったので、あまり身長の高くない人間が撮影している、ということは」

上条「あー……何となくだけど、お菓子で買収されたちっこいシスターがやってる感じだな」

神裂「アンジェレネですね。オルソラによく懐いていますよ」

上条「話は微笑ましいんだが、厳しい」

神裂「それ以前に何故かズームや奇妙なエフェクトがかかっているため、映像酔いしそうです」

上条「じゃ時候の挨拶はスキップしていいか?あとから音声だけ抜き出して送ってくれ」

神裂「オルソラの心遣いを無駄にしたくはありませんし、妥当な判断かと」

上条「んじゃ絵が変る所まで移動っと」 ピッ

オルソラ『――では本日は寮をご紹介致しますよ』

上条「20分粘ってようやく寮内へ入るのか。あ、絵も普通になった……ちっ」

神裂「上条当麻?何か?」

上条「いや別に素敵な街並が終わって残念だな!って意味で!」

神裂「寮母になれば毎日見られますし、そもそもオルソラの……しか映っていませんでしたよね?」

神裂「加えて経験者から言わせて頂ければ三日で飽きます。右を向いても左を向いても変らないので」

上条「観光地に住むってそんな感じなのかな……」

オルソラ『では寮へいらっしゃいませ、なのですよ!』

上条「寮、初めて見たけど綺麗な建物だよな。小洒落た感じのホテルっぽい」

神裂「詳しくは存じませんが、元々そうだったらしいですよ。魔術組織の建物ではないとカモフラージュするのが大変でした」

上条「そっかー……て、別に建物どうこうする意味無くないか?普通に建ててもらって住めばいいだろ」

神裂「聞いた話ですが、初期に住んでいた住人が『屋上にデッカイ魔法陣描こうぜ!』と盛り上がり、最大教主にラリアットを喰らったそうです」

上条「承認欲求がキツめ!もっと天草式を見習って!」

神裂「しかし彼はめげずにヘリポートに偽装した魔法陣を設置しようとし、更にドツかれる羽目に」

上条「意外とアットホームな職場じゃねぇか。というか普通の寮にヘリポート設置しようとする不自然さで気づけよ」

オルソラ『――はい、ここが寮のエントランスでございます。本来はここの窓口に寮母さんがいらっしゃるのですけど、今は空席でして』

オルソラ『またここは門限を守らないシスターさんにお説教をする場でもございますよ。悪い子には、めっ、なのです』

上条 ピッ

神裂「どうしました。一時停止するようなところはなかったはずですが」

上条「いや……背景がな。ちょっと」

神裂「背景、ですか。ゴミ袋が積んである以外は、特にこれといって特徴もないと思うのですが」

上条「そうですよね神裂さん。ゴミ袋が積んである以外は、特に引っかかる点もないですよね」

神裂「……」

上条「……」

神裂「ほ、ほらここに私が生けたお花が」

上条「話題変えるの下手か!そりゃ結構なお点前かもしんねぇが、ポリ袋に隠れて半分も見えねぇよ!奥ゆかしいな!」

神裂「きゅ、急に誉められても困るんですが……!」

上条「お前絶対に合コンとか行くなよ?絶対にお持ち帰りされてウス・異本みたいな展開になっからな?」

上条「ま、まぁ――寮の入り口だし、ゴミの日が近かったり集団生活をしてる以上、少しぐらいはゴミ袋が氾濫するのもないわけじゃあ、ない、か……?」

上条「なんだろうな。この這い寄ってくるような不安と焦燥は」

神裂「それはきっと虫の知らせと言いましょうか、動物的な本能とも」

オルソラ『次はすぐ近くにある食堂をご紹介致しますのですよ。こちらが私たちの寮で一番広い部屋になります』

上条「あー、小学校の体育館ぐらいスペースに長いテーブルと椅子。五十人ぐらいが一緒にメシ食える感じか」

上条「この寮、何人ぐらい住んでんの?アニェーゼ部隊って200人?250人だっけ?」

神裂「正しくは250+αらしいです。この寮にいるのは大体4、50人ぐらいですか」

上条「へー、全員同じところに住んでんじゃないのな」

神裂「200人以上を一箇所に受け入れられるホテルも少ないですよ。ロンドンの古いホテルだと二桁で『多い』と言われますからね」

オルソラ『お食事時だと和気藹々の雰囲気で皆さんお召し上がりになるのでございまして』

上条「んー……?」

神裂「なんですか上条当麻。話が進みませんよ」

上条「いやほら、ここ汚くないか?全体的に雑然としているっていうか、物が無造作に置かれているっていうか」

オルソラ『あ、シスター・アガターがいらっしゃるのでございますよ。お話を伺ってみましょう』

オルソラ『ごきげんよう、シスター・アガター』

アガター『はい、ごきげんようシスター・オルソラ』

オルソラ『今日は良い天気でございますね。洗濯物が捗るのですよ』

アガター『そう、ですね。干せればきっと良い匂いに仕上がるでしょうね』

オルソラ『アガターさんは食堂で何をされているのでしょうか?』

アガター『えぇまぁ、見てお分かりかと思いますが、大量のゴミの分別をしていますね』

オルソラ『あらあら、それはお疲れ様でございます。私もお手伝い致しますよ』

アガター『いえ結構ですよ。これ以上オルソラさんにご迷惑は……』

アガター『というかシスター・アンジェレネ?あなたもこっちへ来て手伝いを――』

アンジェレネの声『こ、ここの紹介はもう終わりましたからっ!次行きましょうっ、次っ!』

アンジェレネの声『ま、まだ寮の紹介が残っていますから!からっ!』

オルソラ『という訳で失礼致しますのですよ』

アガター『待ちなさいアンジェ――』

上条「カメラ回してんのがアンジェレネだってことに驚きはないが。うーん……なんだろうな、これ」

上条「推理物のゲームやってるみたいに、重要なピースが次々と集まってる……!」

神裂「違いますよ?最初の時点でもう『あ、これはアレだな』って思う方がほとんどですからね?」

神裂「……こちらの汚点なので、余所様には一切見せられないお話ですけど」

オルソラ『こちら側が私たちの住んでおりますお部屋でございますよ』

上条「まさにホテルの廊下だな。食べたポテチの空袋や空きペットボトルが散乱してなければ」

神裂「そうですね。多少景観は悪いですが」

上条「というかもう答え合わせしてもいいかな?いくら鈍い鈍いと常日頃罵られている俺だって、薄々事の真相は見えて来てんだよ」

神裂「この後に及んで『薄々』な時点で、鈍いという評価は中傷ではなくこの上ない適切ですよ」

オルソラ『以前は一人一部屋。住人がいる部屋も数えるばかりで大変寂しかったのでございますが』

オルソラ『でも今は、アニェーゼさん達が入寮して下さったので、とても賑やかなのですよ』

上条「まぁ、そうだよな。そんなに魔術師いても困るよな」

神裂「表向きは『イギリス清教に勤めるシスターが入る寮』なので、人がいてもおかしくはないんですよ。表向きはですが」

オルソラ『それでは誰か住人の方にインタビューを敢行してみたいと、思います。こちらは……アニェーゼさんのお部屋ですね』

オルソラ『こんにちはシスター・アニェーゼ。オルソラですが、お時間よろしいでしょうか?』 コンコンコンコン

上条「何だろう。全体的にアフターワールド、ドア開けたらゾンビ襲ってくるかっつーぐらいの荒廃ぶりなんだけど」

神裂「雰囲気としては立てこもったホテルのロケとして即使えますよね」 スッ

上条「このペースで荒んでいったら、三ヶ月後には廃墟マニアが聖地として巡礼しに来そうだが……」

上条「てか神裂、どったの?なんで俺の後ろへ回ったの?」

神裂「いえ、いい加減展開が読めてきたので」

アニェーゼ『……………………はぁ――い』 ガチャッ

神裂 ガシッ

上条「あ、あの神裂さん?見えないんですけど、前見えないんですけど?」

神裂「えぇ私もシェリーで慣れましたからね。何となくは嫌な予感はしていましたし」

上条「い、いや別に興味はない。ないんだけど今一瞬肌色多めの何かが俺の視界に入ってきたような感じであって」

上条「それが一体何だったのか確かめなきゃいけな――痛い痛い痛いっ!?お前は都市伝説の目つぶし女かっつーぐらい目が痛い!?」

神裂「まぁ音声だけでも支障はないでしょうし、ハプニングで殴られるよりはマシだ、と思って頂ければ」

上条「殴られるのは多少いい目をしたからだが、何も見えてなかったのに目が痛いのはただの罰ゲームにすらなっていませんよ!?」

オルソラ(音声)『おはようございますですよアニェーゼさん』

アニェーゼ(音声)『おはようございま、ふわぁ……シスター・オルソラ、と、シスター・アンジェレネ』

オルソラ(音声)『随分と素敵なお召し物をきていらっしゃますね』

アニェーゼ(音声)『そりゃどうも。でもこれは着てるっつーより着てないって言った方が適切じゃないですか?』

オルソラ(音声)『うーん。思春期の少年には刺激が強いのでございますよ』

上条「刺激?強いってどういう意味なの?もっと具体的じゃないと伝わらないよ!勇気を持って!」

神裂「今更ですけどテレビにツッコまないでください。えぇもう実に今更ですが」

アニェーゼ(音声)『というか二人で何やってんですかい。朝――じゃないや、もうお昼ですけど』

アニェーゼ(音声)『神聖な寮でテレビクルーごっこ、ってぇのはいただけませんよ』

アンジェレネ(音声)『堂々と寝過ごした人だけには言われたくないんですけど……』

アニェーゼ(音声)『仕方がねぇんですよ。レイドボスの配信が日本時間にセットしてあるってぇんで』

上条「モンハ○か?何かこうカプコ○の株価引き上げたモンハ○やってんのか?」

神裂「……えぇ、誰が持ち込んだのか、携帯用ゲーム機からシスター達に流行ってしまいまして」

上条「あーでも、どんな装備か興味あるな。取り敢えずアニェーゼの装備を見せてくれないかな?」

神裂「そうですね。プレイヤーの格好見ても意味はないですから、今度会ったときにもでも」

上条「神裂がアバターの概念を理解している、だと!?」

神裂「私を原始人か何かと思ってやいませんか、上条当麻」

神裂「それと今やゲーム用語になってしまった『アバター』はインド神話の『アヴァターラ』が元になっていてですね、宗教用語です」

オルソラ(音声)『これはですね。寮の生活がどんなものかを記録して欲しい、って神裂さんに頼まれたのでございます』

アニェーゼ(音声)『へぇー……ちょっ!?こんな格好NGじゃないですか!?』

オルソラ(音声)『ご心配なく、でございます。後からきちんと編集しておきますので』

アニェーゼ(音声)『だったらいいんですが……あ』

オルソラ(音声)『いかがされたのでしよう?』

アニェーゼ(音声)『――――チラッ』

アンジェレネ(音声)『ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?』

オルソラ(音声)『あらあらまぁまぁ』

アンジェレネ(音声)『し、シスター・アニェーゼ!?いくら消すからと言ってそれはちょっと大体ですよぉッ!?』

アニェーゼ(音声)『何言ってんやがんですか。サービスですよ、さ・あ・び・す』

アニェーゼ(音声)『こんだけやっときゃあのエロジャパニーズもノコノコ来るってぇもんです』

オルソラ(音声)『DA・I・TA・N悩殺作戦でございますよ』

上条「――大変だ神裂!今なんか多分きっと恐らく推測するに俺たちは敵の魔術師の攻撃を受けているかもしれない!」

上条「よく考えてみろ!俺たちがアホトークをしている間に、不自然な行動が多々あったはずだ!」

上条「俺たちがこうやって自主規制している間にも、なんかこうよく分からないけどフワっとした感じで敵は迫っている!」

上条「だから手を離して対策を立てないといけないんだ!さぁ早くプリーズ!」

上条「お前が決めるんだ、神裂!『必要悪の教会』でも『天草式十字凄教』でもない――」

上条「――ただの神裂火織って人間が!お前の意志で決めてやるんだよ……ッ!!!」

神裂「あ、すいません。その敵の魔術師は私ですからご心配なく」

上条「チッキショーーーーー!返しが上手くなりやがって!成長してんだなお前も!」

神裂「主にあなたと土御門に鍛えられたお陰ですね、と言っておきましょう」

神裂「というかラスボスとの決戦時のような熱い熱い台詞を使わないで下さい。汚れます」

オルソラ(音声)『それでは他も紹介しなくてはいけませんので、これで失礼致しますのですよ』

アニェーゼ(音声)『……あの、オルソラ嬢?てめぇでやっといて何なんですが、編集するんですよね?大丈夫なんですよね?』

オルソラ(音声)『大丈夫でございますよ』

アニェーゼ(音声)『だったらいいんですけど。今のが出るのは、ちょっと』

アンジェレネ(音声)『お、お嫁に行けなくなりますよねぇ……』

オルソラ(音声)『では次はシェリーさんの工房に――』

神裂「あの、提案なのですが」

上条「大体何を言いたいのか見当つくが」

神裂「このままの姿勢の鑑賞でよろしいでしょうか?」

上条「うん、俺も実はそれでいいって思ったんだけどさ。責任は取りたくないから」

上条「けど動画の主旨がだ。『寮に呼ぶ意義を伝える』であって、俺目隠しされままだったら口頭で説明されるのと変んなくね?」

神裂「戦犯は紛れもなくオルソラに丸投げした私ですが、オルソラもオルソラですよ!どうせこの後もお色気たっぷり☆の展開になってんでしょうから!」

神裂「というかなんで消さなかったんですか!?嫁入り前の女子が!」

上条「そう連呼されると何が映ってるのか興味津々なんですけど――あ」

神裂「どうかしましたか――まさか!?ついに掌を透かして見る異能力が!?」

上条「使い道に乏しい。後ろから『だーれだっ?』ってされたとしても、正面にいないんだから、透かしたって見えねぇよ」

上条「……あったら楽しそうだが、そうじゃなくてお前、オルソラになんて言って頼んだんだよ。具体的には」

神裂「具体的に、ですか。『これこれこういう事情で上条当麻を招きたいので、よろしく』とだけ」

上条「んー……もしかしてなんだがな」

神裂「はい」

上条「最初の狙ったアングルしかり、編集したのにしっかり残ってるアニェーゼの『見せられないよ!』といい」

上条「オルソラには俺の勧誘用だって言ってあったんだよね」

神裂「当たり前でしょう。実質寮監をしているのはオルソラですし。主旨は当然」

上条「なのにあえて残してあるって事はだ――つまり!」

上条「『取り敢えずエロ出しとけば俺は釣れるだろう』って、俺はオルソラに認識されてるってことかな……ッ?」

神裂「……」

上条「……」

神裂「――はい、ではフラッシュメモリは回収しますね」 カチッ、スッ

上条「ふざけろバカヤロー!今年一番の衝撃だったわ!オルソラにそう思われていたなんて!」

神裂「一応まぁフォローをしておきしますと、オルソラの中での若い異性のイメージが偏りすぎてるだけかな、とも」

上条「……オルソラってローマ正教じゃないとこ行って布教してたんだろ?なんていうか、つーか言いにくいんだが」

神裂「様々な意味合いでの危険はありますが、それをあっさり乗り越えてしまうのも人徳でしょうね」

上条「……まぁなー」

上条「というかだ。いい加減何が問題なのかは俺ですら分かったんだが」

神裂「まぁ、そうですよね」

上条「シェリーの全裸ウイルスが全員に伝染した、ってことだな!」

神裂「科学的な見地からのアプローチありがとうございます。まさかバイオハザードが絡んでいるとは盲点でしたね」

神裂「ですがそういう問題じゃないんですよこのおバカ」

上条「お前丁寧に言えば暴言だって許されると思うなよ?」

神裂「見たでしょう!?寮の荒んでるサマを!?下着で出歩いているシスターたちを!?」

上条「見てねぇわ。夜逃げしたアパートかと思うくらいゴミが出てるぐらいしか目撃してねぇわ」

神裂「最初は……そう、最初の一ヶ月は大人しいものでしたよ」

神裂「慣れぬ異境の地で中々打ち解けず、見えない壁があるが如く距離を取られる日々」

神裂「シスター・オルソラや天草式と話し合い、全員でお花見会を準備し打ち解けました」

神裂「最期にアホアフロが持ち込んだお酒のようなもので全員酩酊したのも、まぁ今となってはいい思い出です」

上条「アルコール飲んでいいんだっけ、お前ら?」

神裂「ミサで葡萄酒は使いますから、過ぎないのであれば。ただしシスターが堂々と飲んでいたら確実に叱られます」

神裂「日本だってそうでしょう?お坊様が獣肉を食し、般若湯と呼びつつお酒をめされるのは軽蔑されかねませんよ」

上条「日本じゃサタンのエジプト語読みした名前のアマさんがだな」

神裂「話を戻しますね!ヨソはヨソ、ウチはウチですから!」

神裂「私は仕事で留守にしがち、しかしながらオルソラや『必要悪の教会』の古参シスター、彼女らの努力によって、我々の垣根はなくなったのです」

上条「いい話だな。でもまぁ仕方がないんじゃないか?」

上条「イタリアで殴り合ったクソ神父みたいな上司だったら、萎縮すんのも当然だし、思い詰めっちまうのも分かるは分かる」

上条「オルソラを偏執的にボコったのも、悪い大人を手本にしてたせいもあり、そっちにも責任があると俺は思うけどな」

神裂「金言ですね上条当麻。その信条は大切にすべきでしょう――が!」

上条「が?」

神裂「初めは年相応とはとても言えぬ、硬い表情ばかりしていた彼女らですが、今ではもうすっかり伸び伸びと――」

神裂「――そう、”伸び伸びとしすぎた”んですよ」

上条「それは……むしろいいことじゃね?」

神裂「ある日、長期の任務から帰って来た私はふと思ったのですよ。『あれこの寮ってこんなに汚かったっけかな?』」

神裂「オルソラにそれとなく聞いたところ、毎日掃除はしているとのことでしたので、気のせいだろうとその場は収めました」

神裂「しかし別の日、玄関脇のゴミ袋が置いてありまして――あ、寮の規則でですね、ゴミ袋は物置にしまっておくのがルールです」

神裂「ゴミの日になったら担当の者がまとめて出す、という決まりですね」

上条「寮母さんいないから持ち回りなのな」

神裂「はい。私は思いました、あぁこれは誰か不心得者のシスターが面倒になって玄関へ置いたんだろうって」

上条「だよなー」

神裂「えぇですから私は!犯人捜しをするよりも私が持っていった方が早いと思いましたよ!物置、っていうかゴミ置きにです!」

神裂「ジーンズチョキチョキ魔との死闘の後!身も心も疲れ切った私ですが、まぁそのぐらいは大目に見ようと!」

上条「なんで声張るの?あとその怪人の話にすっげー興味がある」

神裂「……数分後、私はゴミの中で一人泣きました」

上条「また展開が雑だな!?どうしてそうなった!?」

神裂「物置の扉を開けた瞬間、雪崩を打ってゴミ袋がどしゃあ、っと」

上条「……お疲れ様です」

神裂「騒ぎを聞きつけたオルソラに励まされつつ、こうなった首謀者を締め上げた際、彼女が――匿名Aはこう宣ったのです」

上条「二択だな。アニェーなんとかさんかアンジェなんとかさんの二人」

神裂「『きょ、今日出来ることは明日に回してもいいんじゃないですかぁっ!』と」

上条「後者だったか。何一つ意外性はなかったが」

神裂「……困ったことにシスター・アニェーゼ以下、ぶっちゃけシスター・オルソラやシスター・アガター以外はこのダメ人間に毒されて……」

上条「さっき食堂にいた真面目そうな子か」

神裂「そして立場上、古株兼発言力もあるシェリーが『お前、いいこと言うなぁ!』と賛同されてしまい……」

上条「言ったじゃん。俺がデタラメに言ったの間違いとは言えないじゃん。ニアミスぐらいしてたわ」

神裂「まぁ昔から『女子校の惨憺たる有様』という話は聞き及んでいたのですよ。こう、誰の目も気にしなくなったら、ほとんど動物園と変らないと」

神裂「しかしまさか仮にも自活している集団でこのような羽目になるとは。なんとも業が深いものです」

神裂「よってあなたに来て頂くことで外部からの風を入れ、引いてはシスターたる自覚をですね――」

上条「……」

神裂「――って、聞いてますか?」

上条「『エリ・エリ・レマサバクタニ……』」
(神よ、神よ、どうして私を見捨てられたのですか……)

神裂「十字教徒を前にして神の子をネタにするとは良い度胸をしていますね」

神裂「地域によっては問答無用で殴られ、警察も『そりゃお前が悪い』と取り合ってくれないところもあるので、そのギャグは封印しなさい」

上条「返せっ!返せようっ!俺の女子寮に対するイメージを返してっ!」

上条「こんなんじゃなかった!こんな筈じゃなかった!男子校の教室みたいなノリなんて知りたくなかった!」

上条「俺が想像してた女子寮と違う!もっとこう、ほらフワってしてスイーツなんだよ!」

神裂「その想像が気持ち悪いです。とてもとても名状しがたいぐらいの気持ち悪さです」

上条「てゆうかなっっっっっっがいんだよ!このボケを処理するまでステイルから神裂までどんだけ引っ張ってんだ!そんな大したオチでもないしさ!」

上条「普通は『――え?』って俺が言った次の瞬間にはロンドン着いてるだろ!?もっと段取りを考えろよ!」

神裂「フィクションだからですね、それは。字数も限られていますし読者の引きの関係上、場面を省略するという手法であって……」

上条「……分かった、神裂。お前らの言いたかったことが、俺に求めることが理解出来たよ」

神裂「そうですか!良かった……!」

上条「つまりアレだろ。ツッコミ要員が足りてないってことなんだよな」

神裂「違いますよバーカ。あ、いえある意味正解であるんですけど!方向性としては!」



――学園都市 上条の部屋

上条「――ふう、ここがロンドンか」

神裂「現実逃避はやめて帰って来て下さい。さっきから何一つ変らない学園都市のあなたの部屋ですから」

神裂「ついでに私のゲシュタルト崩壊しそうですから、そういうボケは控えていただきたいのですが……」

上条「もういいだろ決定してんだから。どうせ拒否権、今回もないんだからさ」

神裂「いえ、そんなことは全然。納得していただいた上で気持ち良く連れて行ければいいな、と」

上条「……確認したいんだがな。『ロンドン女子寮の荒みっぷりハンパネェ、だったらヤロー一人放り込んどけば意識改善されんじゃね』?」

神裂「短期間でのあなたの荒みっぷりも中々のお手前ですけど、まぁ合っていますね。ザックリ行き過ぎですが」

上条「……俺が言うのもなんなんだが、間違いがあったらどうすんだよ。嫁入り前の娘さん達ばっかなのに」

神裂「そうですね、はい。その可能性はゼロではないですよね」

上条「だろ?あぁいや、そこですんなり肯定されんのも複雑な気持ちだが」

神裂「シスター・アニェーゼ達が無理矢理あなたを、という事だってある訳ですからね」

上条「それなんて一部の人にはご褒美?俺はノーサンキューだけど」

上条「つーかこの場合問題あるのは俺の方だよ!こう見えてもデンジャーなんだってご近所じゃ有名だったんだからな!」

神裂「………………ハッ」

上条「鼻で笑いやがったな聖人が!俺も自分で言ってて『それはないわー、無理があるわー』って笑いそうになったけどもだ!」

上条「つーかさ。俺である必要なくね?ステイルでいいじゃん」

神裂「……」

上条「……」

神裂「えっと……風の噂で聞いたのですが、ていうか今回の作戦の根幹というか、根っこの話ではあるんですが」

上条「言うだけ言ってみ」

神裂「人選をするにあたり、こちらとしても適切な人材を的確に選ぶべく手段を絞り、可能性を広げつつかつより正確に」

神裂「よって誰が相応しいのか、事前に話し合ったんですよ」

上条「いやだからステイルいんだろうよ。俺より条件にピッタリなやつ」

上条「異性関係ははぐれメタ○ぐらい硬いし、身内で神父で――」

上条「――何を置いてもロンドン”在住”のヤツがだな……ッ!!!」

神裂「はい、そうですね。私、というか私たちも一々あなたを招聘しに学園都市まで来るほど暇ではありませんし」

神裂「何よりもあなたの人格ほどには女性関係は信頼出来ないと全員一致で」

上条「喧嘩売りに来たの?ステイルにも言ったけど言い値で買うぜ?」

神裂「よって最初に白羽の矢が立ったのはステイルだったんですよ」

上条「まぁそんな本業に関係ないこと引き受ける性格でもな……あぁいやそうでもないか。口うるさい寮監役が似合いそう」

神裂「私もそう思います。ヘビースモーカーな所以外は面倒見も悪くありませんし、何より『必要悪の教会』の中では温厚な方ですし」

上条「お前らの闇が怖い。職場もブラックだから人材もクッコロだ」

神裂「真っ黒ですよね?クッコロだと別の意味になりますよ?」

神裂「……で、ですね。事情を話してみたら、『まぁ別に僕は構わないよ。元々借りてるアパートも帰る時間が無くて解約しようか迷ってたところだしね』と」

上条「すんなり引き受けるのは意外かも」

神裂「『ただね。その話を僕へ持ってくるよりも、まず話を通すべき適役がいるんじゃないか、とも思うがね』」

上条「……まさか」

神裂「『僕の知り合い、あぁ知り合いって言うと誤解されそうだから釘を刺しておくけど、仕事で嫌々一緒になったバカ、というかバカに心当たりがね』」

上条「後学のために言ってくがな。神裂も何だって馬鹿正直に伝える必要はないんだからな?多少オブラートに包むことも憶えなよ?」

神裂「『だからまず、あの、なんていうかこうあまり血の巡りが良くなくて、女運だけに特化した学生に話を持っていけばいいんじゃないかな』、と」

上条「オブラートに包むの下手だなっ!急に話振った俺も悪いけどさ!」

神裂「『なんていってもあの男、管理人さん大好きって公言してるぐらいだし?』」

上条「違うわ。超違うわ。俺が言ってんのはそういう意味じゃねぇわ!」

上条「ある一定の職種にJ×好きな奴らはいるが、別にそいつら全員『J×なりたいよっ!』つってんじゃないんだよ!」

神裂「……え、そ、そうなのですか……?」

上条「少なくともお前の思っているのは、ちょっと違う」

神裂「そうなんですか……それは大変失礼致しました。『必要悪の教会』を代表し、この度はご迷惑をおかけしたことを謝罪申し上げます」

上条「お?あぁいやいや!別にいいって頭なんか下げなくたって!」

上条「インデックスも知り合いと会えて嬉しいだろうし、俺だってお前らが元気でやっての見てよかったからさ!」

神裂「そう言って頂ける多少は救われます。ヒースローからわざわざ来た意義は充分にありましたね」

上条「あ、あぁ」

神裂「それでは今回のお話はお引き受け頂けない、ということで」

上条「そ、そうかな?そう結論づけるのもちょっと早いんじゃねぇかなぁ、と思わなくもなかったりしなかったり……」

上条「長期休暇で父さん母さんにお呼ばれしてんだけど、どうせ行っても説教確定な訳で」

上条「なんだったら『どうしても断れない理由が!』みたいなのがあったら、まぁまぁそっちを優先せざるを得ないかなー、なんて」

神裂「あぁいえそんな嫌々やらせるだなんてとんでもありません!こちらの都合であなたを巻き込むなど恥じるべきですよ!」

上条「散々巻き込まれてんだが。まぁ俺も首突っ込んでる方だが」

神裂「とにかく無理強いなんてしませんよ!何と言っても私は空気を読めると評判ですからね!」

上条「神裂神裂、それきっと『君、空気読むの上手いよねぇ(溜息)』で使われてねぇか?ぶぶ漬け的な用法で」

上条「あれ……?いやこれ、いいのか?随分な肩透かしだけど。まぁこれはこれでたまには平穏に過ごすのも」

神裂「それではステイルが戻り次第お暇したいのですが、その前に一つ、後学のためご教授願えませんか?」

神裂「先程あなたからも指摘されたように、どうにも私は世間知らずですので」

上条「いやあれボケの前フリだったんだが……まぁ、俺で分かることだったら、なんでもどうぞ」

神裂「ありがとうございます。それでは――」

神裂「――どう?」

上条「DO・U?」

神裂「えぇですからね、あなたは管理人さんが好きだと仰っていましたし、実際その通りなんですよね?」

上条「まぁ、そうだな」

神裂「その好きは”どういった意味”での好きなのですか?」

上条「……はい?」

神裂「例えば……そうですね。サッカー選手に憧れる少年がいたとしましょうか」

神裂「ワールドカップやプロのリーグで活躍する選手を見て、憧れ、その背中を追いかける」

上条「王道だな」

神裂「その中で才能や運、巡り合わせの妙によってプロになるものもいれば、慣れないものもいます」

神裂「選ばれたものであるがに故に孤高であり、また気高くもあり、他人を魅了するスキルを持つ――」

神裂「――という”好き”ではないんですよね?」

上条「あ、あぁ、まぁ、違う、かな?ちょっと、そういうじゃあ、ない、よね」

神裂「なら幼い頃に家が火事に遭って、火の中に取り残された――という時に救ってくれた消防隊に憧れる好き、でしょうか」

神裂「手の届かないヒーローを好きになる、というような?」

上条「さっきよりかは大分近くなってる!うんまぁ北海道から東京向かうのに1km歩いたぐらいの近さだけどもだ!」

神裂「もしそうであればこの機会に体験されてはどうでしょう?将来その道へ進むのでしたら、経験することでイメージがより鮮明にですね」

上条「……くっ!分かっててジワジワ削ってくるのか、それとも素で分かってないのか判断出来ない!」

神裂「……あなたには私は――というか、私たちは少なからず引け目を感じているのですよ、上条当麻」

神裂「本来であればあなたはまだ学生。ごくふつ――う?いや、少々……でもないか」

神裂「膨大に有り余るフラグメイカー以外は、まぁそれなりの一般市民であったはずですよ」

上条「多分だけどお前らと出会わなくても波瀾万丈だったと思うわ。多分だけど」

神裂「そんなあなたの力になりたいのです!こんなことぐらいしか私にはできませんが!」

神裂「勿論、命や存在を助けてもらった代わりになるとは到底思えません!ですが、きっと、恐らく、シスター・アニェーゼ達も快くあなたを受け入れて――」

神裂「――って顔を両手で覆ってどうしたのです?痛むのですか?」

上条「まぶしくて」

神裂「はい?」

上条「見ないで!そんな純粋に語らないで!汚れた俺を見つめないで!」

神裂「あの、ですから」

上条「性癖ですけど」

神裂「はい?せ、へき?」

上条「赤壁の戦いってどう思う?超燃えるよな!」

神裂「黄蓋の侠気に痺れますよね。孫呉の水軍は何かしらシンパシーを感じます」

上条「だよな!蓮○様さんツンデレだしな!」

神裂「ちょっと何言ってるのか分からないのですが、三国志談義は後々するとしまして、今は私の疑問を答えて――はっ!?」

上条「な、なに?オーバーリアクション気味だけど、どったの?」

神裂「何か人に人に言えないような、公言しづらいことだったのですか……?これはまたとんだ失礼を!」

神裂「修行が足りませんね!これでも不調法と言われても仕方がないではありませんか!」

上条「話を大きくしないで!?軽い気持ちで言ってた俺の罪が段々大きくなるから!」

神裂「では、違う、んですか?」

上条「うんまぁ、そんなに大した話じゃないし、意味もあるかないかで言えば、そんなには、かな?」

神裂「ならいいのですが……実は事前にステイルから釘を刺されていまして」

上条「やっぱもう一枚噛んでいやがったかあの野郎」

神裂「『うんまぁ渋るかも知れないけど、その時は神裂”が”聞いてみるのが一番だと思うよ。神裂”が”ね』」

神裂「『見聞を広げるのは大切な事だし、後学のためにもあのバカの個人情報は知っておいても損はないんじゃないかな?』」

上条「あのロン毛……!無垢な聖人に余計な知恵付けさせやがって!」

上条「予感はあったんだ!土御門か建宮かステイルが漏らしやがったって予感はな!」

神裂「情報漏洩ルートが三本もあるじゃないですか。前者二人は致命的ですし」

神裂「まぁそんなことよりも返答を頂ければ」

上条「神裂、お前空気読むの上手くなったよなぁ」

神裂「そ、そうですか?最近はよくそう言われるようになりまして」

上条「だから、そーゆーとこだよ!まんざらでもない顔すんなや!」

上条「あーっと、うん、なんて言えばいいのかな。管理人さんというのはだな」

神裂「はい」

上条「ある意味、至高の存在であり神様が作った奇跡というかな。中々説明しにくいんだが」

神裂「すいません。”ある意味”をもう少し具体的に」

上条「い、いやぁそこら辺を話すと長くなるから。また今度、次の機会にでもゆっくり」

神裂「問題ないかと。ステイル達もまだ帰って来ていませんから」

上条「お前グイグイ追い込んでくるな!それ素でやってんだからタチ悪ぃわ!」

神裂「すいません……?えぇと、あ、も、もしや余人には言いにくいことだった、とか?」

上条「えぇと……」

神裂「はい」

上条「――うん、行くわ。俺ロンドンまで行って管理人になるぜ!」

上条「何故ならば俺は管理人さんが大好きだから!小学校の卒業文集、将来の夢に管理人さんって書いた気がしないでもないから!」

神裂「未来を見据えるのは重要なことですが、私の勘が『お前それおかしいだろ』と……」

上条「夢を叶えるため、長い休みを利用していざロンドンへ!あぁ行きたくねぇなんでだろチクショウ!」

神裂「素晴らしい!ポジティブなのはいいことですよ!」

神裂「ただ、その少し気になるのですが、あなたのその頬を流れる涙は一体……?

上条「いや、雨だよ」

神裂「やめてください。超有名かつ作中屈指とも称される名場面をネタにするのはやめてください」



【学園都市場所・結果 】
×上条当麻(JPN・学園都市・フリー)――0勝1敗
○神裂火織(GBR・ロンドン・必要悪の教会)――1勝0敗
※決まり手;ド天然(追い込んでからの雪崩式)



――学園都市 どこかのゲート近くのデパート 翌日の朝

上条「――ふぅ、やっと着いた。ここが『必要悪の教会』の女子寮か……」

神裂「ですから着いていませんよ。まだ飛行機に乗ってすらいないではないですか」

上条「だから前置きが長いっつってんだよ!今頃はロンドン着いて言ってる筈なのに何でショートカットしないんだよ!」

ステイル「と、意味不明の供述を繰り返しており、警察はなおも余罪について……」

神裂「『いつもいつも現地で急遽シャツやパンツだけ買うのは嫌なんだよ!せめて必要最低限の用意ぐらいはさせろください!』」

神裂「そう、泣きが入ったてからまだ30分経っていませんが」

インデックス「22分と11秒ちょっとだね。私の記憶によれば」

上条「旅慣れてるお前らはいいかもだが、こっちは普通人なんだよ!海外行くんだったら三種混合や事前の準備は絶対必要だかんな!」

ステイル「日本人の悪い癖だね。そんなんじゃ『取り敢えず現地へ行ってみよう、考えるのは後からだ』の、ウチじゃやっていけないよ?」

上条「ヤってくつもりはないからな。俺はただの寮母代行、つーか休みの間暮らすだけで物騒なことには一切関わらないぞ!」

インデックス「とうま、私知ってるよ。それ”ふらぐ”って言うんだよね」

神裂「私も……なんでしょうね。特にこれといった裏もないのに、何か大事件が起きそうで怖いです」

上条「あとお前らの組織って『ガンガンいこうぜ』と『みんながんばれ』の二種類しか命令ないよね?偉い人が超天才って割に行き当たりばったりだよな?」

ステイル「それ以上ウチの上司の悪口はやめて貰おうか。いいぞもっと言え」

神裂「ステイル、そのですね、1フレームも挟まず本音を言うのはどうかな、と」

上条「あと別に俺の私的な買い物だけじゃないぞ」

上条「ステイ先との人間関係を円滑にするため、取り敢えずお土産でも渡した方が良いだろうしさ」

ステイル「必要はないと思うけどね。意味もないし、拒否権がまずないんだから」

神裂「そうでもないでしょう。媚びを売るのはともかく、異文化交友を計るのに悪い訳がありませんよ」

上条「インデックスもなんか用意してった方が良いんじゃないか?別の寮にお世話になるんだよな」

インデックス「うーん、どうだろ?私には昔の知り合いって言われても実感はないんだよ」

上条「折角里帰りするんだから、元気な顔見せるだけじゃダメですよ!お父さんそんな子に育てた覚えありませんからね!」

インデックス「育てられた覚えもないし、とうまがぱぱなのはとても嫌なんだけど……」

神裂「こちらも無理矢理誘った引け目がありますし、買い出しぐらいは自由にさせて上げたいところなんですが」

神裂「というか本当によろしかったのですか?ご実家に帰るご予定があったとこの子から」

インデックス「なんだよね?」

上条「あぁそっちは連絡しといたよ。そしたら父さんはイタリアの仕事が長引いているらしくて、帰れないかもだから丁度良いってさ」

神裂「そうですか……イタリアならば、滞在期間中に会いに行かれてはどうでしょうか?」

上条「あーうん。落ち着いたら行くかも。なんかな、父さんが『幽霊船に乗せて貰った』って意味不明なこと言ってんだよ。子供かっつーの」

ステイル「……幽霊船?イタリアで?」

上条「またお前ら関係じゃねぇだろうな」

ステイル「イタリア・船ってキーワードから思いつくのは、”アレ”だね。だけど”アレ”はさ」

インデックス「今の技術じゃ修復不可能なんだよね。私でも無理なんだよ」

上条「ならただの勘違いだろ。酔って運河に落ちてゴンドラの人に助けられたとか、そんなんだよ。きっと」

神裂「だといいのですが。まぁ仮に”アレ”だとしても、今や争ってはいないのですから、私たちへ矛先が向けられ事はないでしょうし」

上条「だな。てか思い出したんだが、神裂は神裂で天草式にお土産買って行った方が良くないか?」

神裂「頼まれてはいませんけど……まぁ、そうですね。今年度の日本酒の金賞も発表されたばかりですし、五和と建宮が喜ぶと思います」

上条「建宮はよく飲みそうだけど、五和も?」

神裂「はい。かなり強いそうですよ」

上条「……五和って、歳いくつ?」

神裂「え」

上条「前々から不思議だったんだよ。建宮は副リーダーっていうか、まぁ貫禄もあるし実際に強いからまとめ役なのは分かる」

上条「ただその建宮おいといて、アックアん時には確か五和が切り込み隊長みたいな重要ポストにいたし、俺らと同世代じゃな――」

神裂「――それでは私はこの子と一緒にお土産を選んで参りますので!一時間後にここで待ち合わせとしましょう!」

神裂「なお天草式十字凄教は家族のような雰囲気の集団です!立場や年齢が違っても発言権や階級なんか存在しませんので!」

神裂「従って五和が……であろうとも!それは年齢とかは関係ありませんから!」

ステイル「この男が聞いてるのは『五和が天草式でそこそこのポジにいるんだけど、もしかして結構年上?』って事なんだけどね」

神裂「あぁもう上手く誤魔化したんだから余計な事言わないでください!」

上条「誤魔化されてないよ、俺?いくらなんだって、今の雑なのでは納得してねぇからな?」

上条「ただ『これ以上踏み込んじゃいけない』って、また一つ賢くなったよ!ありがとうな!」

ステイル「普通はレディに歳を訊ねる時点で思い留まるもんなんだけどな――さて」

上条「あぁじゃあ俺たちもパンツ買いに行くか」

ステイル「そうだね――行かないよ?どうして僕がホームへ戻るのに学園都市で下着買わなきゃいけないんだい?」

上条「あぁいや、お前が嫌がると思ってさ。つい」

ステイル「中々君も分かってきたじゃないか。嫌だよ、なんだったら『必要悪の教会』と一戦交えてでも嫌に決まってる」

ステイル「というか僕以外だって嫌だよ、友達であったとしても下着一緒に、みたいにはならないからね?」

ステイル「女の子は知らないが、多分最近はネタにすると叱られる類の人でもない限りは、うん」

ステイル「……僕はちょっと野暮用があるからここで失礼するよ。あ、失礼だとは微塵も思ってないけど」 ピラッ

上条「おい14歳、さっき貰った電子タバコのビラ持ってどこ行くつもりだ」

ステイル「後学のためにね」

上条「行くのは勝手だが、年齢制限あるから買うのは無理だぞ」

ステイル「――なぁ、上条当麻」

上条「な、なんだよ」

ステイル「君はあれかい。『必要悪の教会』をなんだと思っているんだい?」

ステイル「まさかとは思うが、正義の味方とか法を守るヒーローだなんて考えていやしないよね」

上条「一言で言えばブラック企業の底辺中の底辺」

ステイル「過労死は流石にしない……あぁでもあいつ確か――」

上条「だからボケがボケじゃなくなる時点で怖えーんだよお前ら!こっちは軽い気持ちで会話のキャッチボールしてんのにさ!」

ステイル「なのでまぁ?今更身分偽装の一つや二つ厭うはずがない」

上条「そうだね。未成年が歳誤魔化してタバコ買うときの台詞じゃなかったら、もう少し迫力あるんだけどな」

上条「あとお前らの理不尽な世界観に慣れすぎて、最近じゃ『インデックスの処遇もまだ人道的な部類じゃ……?』って思うんだよ!」

上条「ドラム缶子さんやリアル人間椅子見させられた後じゃな!あれ色々と、こう、うんっ!規制厳しいんだぞ!」

ステイル「見解の相違だね。それじゃまた後で」 サッ

上条「お前が憤るのも分かるし、解放させたいのも――って待てよ!話は終わってねぇからな!」

上条「――ったくあの野郎」

???「おやー、フラれちゃいましたかー」

上条「フラれたんじゃない、フッたんだよ!」

???「そんな、嫁に出て行かれた旦那みたいな言い訳されましても……」

上条「知ってるか?人間ってさ、一人で生まれて一人死んでいくってことを」

???「あたしは違いますかねぇ。パパとママに祝福されて生まれて、子供や孫に囲まれて大往生したいです」

上条「まぁ野郎お二人で並んで仲良くパンツ買ってたら目立つよなぁ」

???「むしろですね。都市迷彩着てるかのような、一般人に溶け込んだ上条さんはともかく」

???「あちらのバスケ選手でも通じそうな赤マントの人が、えぇ悪目立ちするって言いましょうか」

上条「あれが仕事着なんだからツッコんでやるなよ。周囲から写メされまくる宿命なんだからな」

???「まーまー、パンツ選びには一家言あるってゆうか、毎日親友のスカート捲ってるあたしがお付き合いしますから!」

???「今年の流行色で彼氏ゲッッッッッッッッッツ!間違いないですよ!」

上条「彼氏はいらないです」

???「あたしも流行色でオトせるヤローは生理的に無理ですよ。蛾レベルの男性って事じゃないですか」

上条「というか下着を見せる時点でもう勝負着いてるよね?そんな仲になってんだから、当初の目的は達成された後って話だよな?」

???「えぇまぁあぁ特定のジャンルのファッション誌は、アレな方がアレな読者のために書く場合が多いようでして……」

上条「謎の拡大再生産だよな。それを見た読者が成長して編集に入り、また更にアレな記事を書いてく悪循環が」

???「はい。ですから上条さんも今年のコスメを是非キメて彼氏をですね」

上条「だからいらない。下着見せてゲットできるような彼氏は特にな!」

???「あー、じゃあ何にしましょうかね?ガーリィも最近じゃちょい落ち目で」

???「かといってお茶の広告で失笑を買った意識高×系女子も、ですねー。周囲にいるとウザいって言うか」

上条「……」

???「はい?」

上条「――お前誰だよっ!?」

???「おっそっ!?結構長文喋ってたのに遅っ!?なっっっっっがいこと溜めましたねっ!」

上条「あぁいや、どっかで見覚えが――えーっと、あれだ。お守り借りたときのビリビリの友達で」

???「はい」

上条「ペテンさん?」

ペテンさん?「おおっと上条さん。あたし史上過去最悪の間違い方ランキングが更新してしまいましたよー。好感度ダウンッ!です」

上条「ごめんごめん。きちんと自己紹介された筈なんだが、なんか直後に車椅子でシバかされたように記憶が曖昧で」

ペテンさん?「あれはもうちょっとした人身事故だと思います。何故そこまで白井さんを駆り立てるのかと」

上条「なー?分かんないよなー?」

ペテンさん?「分かりますよ。分かんない方が分かんないです」

上条「なぁこれは例えばの話なんだが、街中でレールガン撃たれたり鈍器のような物で殴らるのは事件だよね?」

ペテンさん?「――さ!時間は有限ですよ、急いで上条さんのパンツをコーディネートしないと!」

上条「そうだね、便の時間もあるし急いだ方がいいよな」

上条「でもな!いくら俺だってそんなに親しくない女の子をヤローの下着売り場に連れてく度胸はないさ!だって恥ずかしいもの!」

ペテンさん?「ぶっちゃけあたしも厳しいです。てかそんな無茶ぶりをこなすJCは世界広しといえども少数です」

上条「逆に君らぐらいだったら反抗期だしな。自分の父親に言われたって、うーん」

上条「じゃあまぁそういう事で、俺は行くわ――ってそうそう、いつぞやのお礼ってしてなかったよな」

ペテンさん?「……でしたっけ」

上条「休み明けで良かったら海外のお土産でも何か持ってくるよ」

ペテンさん?「えー、今時海外旅行のお土産なんて珍しくないですよー?」

上条「ストーンヘンジの欠片でも」

ペテンさん?「超欲しい!……あ、でも犯罪ですよそれ!少し破片持ってくるって事でしょ!?」

上条「あぁ確かに。俺だって日本の古墳の欠片がアマゾ○で売ってたら怒るわ」

ペテンさん?「ダメですからね!絶対に持って来ちゃダメですから!絶対ですよ!?」

上条「やだこの子、俺にダチョウ的な罪を被れって言ってる……!」

ペテンさん?「やー、でも流石に逮捕されたら後味悪いんで、別のでいいですよー」

ペテンさん?「例えば、そうですね、『学探』のサードシーズンなんかお気に召しませんかー?」

上条「俺の喉が枯れる日々がまた始まるのか……」

ペテンさん?「いい発声練習だと思えば!」

上条「ま、まぁそれはヘンジを持って来れなかったらで!その時考えようか!」

ペテンさん「はーい、お気を付けていってらっしゃいませー」

上条「あぁ、行ってくるわ」



――

??? ピッ

???「『――えー、こちらコードネームSTNコードネームSTN。どーぞー』」

???「『ターゲットに接触、”砂漠の猫”作戦を発動。結果を報告します』」

???「『どうやら矛盾は上書きすることで消し飛ぶ程度にまで減っているようでーす。どーぞー』」

???「『え゛!?ズルい!?ズルいってなんですかズルいって!事前に決めた通りじゃないですか!』」

???「『いやまぁ確かに全員が全員ムキになってどうかなーっては思いましたけど!むしろ素に戻りかけましたけど!』」

???「『最後にフレンダさんが1ゾロ出さなきゃあたし達の負け……あぁいや、はい』」

???「『石は別件でくれる……?――わっかりました!後のことは全てお任せくださいなっ!』」

???「『――はい、はーい了解いたしました。引き続き連絡を待つであります――』」

???「『――”ボス”』」



――ロンドン 『必要悪の教会』女子寮前



上条「……」

神裂「しないんですか、『ここが女子寮か……』は?」

上条「いざ着いちまったら緊張とプレッシャーで胃が痛い」

神裂「ぶっつけ本番には強くても、準備したらしたで重圧に負けてどうするんですか」

上条「何だろうな、こう『途中できっとトラブルに巻き込まれるから、この話はなかったことに!』って展開を期待していたのに……!」

神裂「あぁ成程。隣の席で『飛行機落ちねぇかな』と言っていたのはテロ予告ではなかったのですね。その場で殴っていなくて良かった」

上条「というかインデックス達はどこだよ!?こっちついたら早々にいなくなるし!」

神裂「いや、ですから何度も言いましたように別の寮で、というか外様じゃないメンバーばかりの方へ移動しています」

上条「今頃逆ハー?」

神裂「地獄ですよね。婦女子からすれば罰ゲーム以上の刑罰だと思いますよ」

神裂「向こうはこっち以上にあの子との古い知り合いも多く、心配はいらないでしょう」

上条「そうか?」

神裂「はい。『最大教主』の鎖がフェイクだと分かり、反発する者も相当数いますからね」

上条「組織のトップなのに?」

神裂「お忘れですか?魔術師は超個人主義者の集まりだということを」

上条「そうだな。中には組織の意向ぶっちぎって日本へテロ旅行を敢行するアホの子もいたよな!」

神裂「申し上げにくいのですが、そのアホの方がいる寮ですよ。ここ」

上条「ステイルを筆頭に信頼はできる……んだがなぁ」

神裂「はいはい。ボヤくのはそのぐらいにしてどうぞ中へ」

上条「……追い出されたり、しない?」

神裂「全くあなたという方は私たちをどんな目で見ているのやら」

上条「ゴリラと腕相撲して勝てるおん――痛い痛い痛い痛いっ!?」 ギリギリギリッ

神裂「私っ、はっ、さてっ、おきっ!彼女ら、はっ、シスターです、っよ!」 ギリギリギリッ

神裂「清貧と誠実を重んじる彼女らが!無碍に扱う!訳も!ないでしょうが!」 ギリギリギリッ

上条「そーですね神裂さん!その言葉に説得力を持たせたいんだったら万力よりも強い力で締め上げる手を止めてから言ってくださいよっ!」

神裂「……取り乱しました」

上条「そもそもお前が言ってるようにまともなシスターさんだったら俺いらねぇだろ!」

神裂「シスター・オルソラとシスター・アガターは……比較的」

上条「比べてる対象が」

神裂「悩むよりも行動に移す方が肝要かと。来てしまった以上、もうどうしようもないのですから」

上条「そ、そうだな!最悪建宮に土下座して向こうで暮らしても楽しそうだよな!」

神裂「……悪い、とは言いませんが、一応あなたは『必要悪の教会』の食客扱いというのもお忘れなきよう」

神裂「ま、まぁ彼女たちも子供ながら経験は積んでいますし、きっと快く受け入れてくれるでしょう」

上条「だよな?ここまで追い返されたりしないよな?」

神裂「まさか。あり得ませんよ」

上条「んじゃ、覚悟を決めて――こんにちはー、お邪魔しまー――」 ガチャッ

ルチア「――立ち去りなさい悪魔よ!女性の園へ入り込もうとするだなんて恥を知りなさい!」

アンジェレネ「――や、やぁやぁようこそいらっしゃいました!遠いところをわざわざよくもまぁ!」

ルチア「ここはあなたの住む館ではありませんよ!弁えなさい!」

アンジェレネ「と、取り敢えず中へどうぞ!お疲れでしょうから、お茶でも煎れますし!」

ルチア「確かに私たちはあなたに恩がありますが、それとこれは別の話でしょう!」

アンジェレネ「ところでお茶には”オチャウーケ”なる代物がいいと伺ったんですけど!あー、切らしてますねー、どうしたものでしょうねー」 チラッ

ルチア「弱い立場に相手につけ込むなど言語道断です!一体何を考えているのですか!?」

アンジェレネ「話は変るんですが、以前神裂さんに頂いた”ワ・ガーシ”がこれがまたことのほか美味しくてですね!」 チラチラッ

ルチア「そもそもですね、あなたという人間は十字教から何を学んだというのです?教えに触れれば悪人すらも改心すると――」

アンジェレネ「あ、あぁ催促してる訳じゃないんですよ!ただ少し”ソデ・ノシータ”的な文化があるとお伺いしてたもので――」 チラチラチラッ

上条「……」 パタン

神裂「……」

上条「神裂、説明」

神裂「は、半数は歓迎してくれているみたいですよ?」

上条「ふざけろバカヤロー!ラジオが混線してるのかと思ったわ!聞いてる方は混乱すんだよ!」

上条「右からは罵倒、左からは歓迎これなーんだ!?答え、俺は実はよく把握していません、だよっ!?」

神裂「最近はラジオ聞く方も少なくなりましたし、その例えは少し厳しいのではないでしょうか?」

上条「たださえ現実感がなかったのにここへ来てまたフワッフワな扱いになったよ!ハンパなんだよ!」

上条「寮生全会一致で反発するんだったら、俺も無理にはって行かないけど!半数が支持してるって中途半端なんだよ!リアクション困るわ!」

上条「折角俺が『ですよねー、そりゃヤローを受け入れるってないですよねー』って考えてきたのに!機内でそればっか考えてたぞ!」

神裂「あなたの発想が荒みすぎです。機内食も食べずに寝ていると思ったらそれですか」

上条「俺だって何となくルチアの反応は予想できてたけど、なんかこう、困るんだよ!アウェイならアウェイで統一してくれないとさぁ!」

神裂「意味が分かりません。それと別にシスター・ルチアが反対されていたとしても――おっと失礼します」 ジリリリリリリリリリリリッ

上条「目覚ましベルの音?」

神裂「『――はい、もしもし神裂ですが』」 ピッ

上条「ケータイの受信音、えらく渋いのに設定してんな」

神裂「『未確認……えぇ、輝くグローリー……王権』」

神裂「『マグ・メル……?あぁ常若とこわかの。ニライカナイと同じですかね』」

上条「おぉっと神裂!面倒臭そうな不吉ワードばっかじゃねぇか!」

神裂「『はい、はい。それでは――』……ふう」 ピッ

上条「神裂さん……?」

神裂「結論から言いますが、未確認ながらも魔術師の出現があったようです」

上条「そっか。じゃ俺も――」

神裂「あ、いえ結構です。騙りだと思いますので、すぐに決着は付けられるかと」

上条「い、いや遠慮しなくても」

神裂「座りっぱなしとはいえ、長旅でお疲れでしょうしどうかお休みください」

神裂「こちらの案件が手に余るようでしたら、お声をおかけするかも知れませんが、取り敢えずは」

上条「お、おい待てよ神裂!それって要は」

神裂「――じゃ、じゃあまた後で!」 スッ

上条「神裂さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?行かないで!俺を見捨てて行くなよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

上条「せめて!せめて万が一の避難先用に天草式の住所だけ教えて行けやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

ガチャッ

アニェーゼ「……何やってんですかい。人んちの前でさっきから」

上条「アニェーゼっつぁんっ……ッ!!!」

アニェーゼ「いやそんなブサイクで何回も捨てられたような子犬のような目をされても」

上条「子犬に罪はないじゃない!俺にだってないけど!」

アニェーゼ「まぁ功罪は辛うじてプラマスギリマイナスだと思いますけど。まぁ入っちまってくださいな、立ち話もなんですからね」

上条「……お前は歓迎してくれんのか?」

アニェーゼ「いいえぇ、私は中立派ですよ。別名――」

アニェーゼ「――『追い出すのも楽しそうだし、受け入れればイジって楽しめそう』派ですかね」

上条「一番タチ悪ぃよ!シスターさんの発想じゃねぇし!」

アニェーゼ「なお派閥としては一番の多数派です」

上条「流石アニェーゼ部隊って名前は伊達じゃないぜ!」

アニェーゼ「特にそういう癖で決めた訳ではないと思いますがね」



――ロンドン 『必要悪の教会』女子寮 臨時応接間(食堂)

アニェーゼ「――さて、ただいまから『上条当麻、寮母さん就任はアリかナシか?』会議を始めたいと思います」

上条「決めとけよ。俺来る前に、せめて出国する前には意見まとめといてくれよ」

アニェーゼ「はい被告人静粛に。あなたの発言は法廷で不利に働く場合もあるんで、不用意な事ぁ言わないのが吉ってぇもんですよ」

上条「いや俺も別に無理矢理ここに住もうとは考えてねぇんだけど。話を聞くにお前らが生活改善してくれりゃいいってだけでさ」

アニェーゼ「ですよねぇ」

上条「ただ疑問としちゃ、なんでこんな俺来るまで意見が統一されてないの?オルソラから貰った動画見たけど、前から話はあったんだろ?」

アニェーゼ「はい。私んとこまで来てましたよ」

上条「んじゃ、どうして?急な仕事でも入ってた?」

アニェーゼ「いや、黙ってた方が面白いかなぁ、って」

上条「そうだね面白いよね!いざ被害に遭う俺以外は笑い話で済むもんね!」

ルチア「面白いかなぁ、ではありませんよシスター・アニェーゼ!こんな大事なことを当日まで黙っているだなんて!」

アニェーゼ「サプライズですよ。事前に言ってたらどんな手ぇ使ってでも反対してたじゃないですか」

ルチア「当たり前です!」

アニェーゼ「んなことになったら、ですよ。この殿方は住むとこも稼ぐ仕事も甲斐性もねぇんですから、このまま追い出そうってぇんですか?」

上条「甲斐性関係なくね?それ別に俺が事前通告しても改善されるようなもんじゃないよね?」

アンジェレネ「そ、そうですよぉ!仮にもシスターであるわたし達がですね、救いの手を差し伸べるべきなのです!」

ルチア「お黙りなさいシスター・アンジェレネ!元はと言えば、彼を招く原因になったのも、あなた達の生活態度に問題があったせいではありませんか!」

ルチア「巻き込まれる私たちの身にもなってください!犬猫を拾ってくるのとでは訳が違います!」

上条「正論ハンパねぇ」

ルチア「あなたもあなたです!女子修道院に男性が入れるとでも思ったのですか!?」

上条「ダメなの――ってそりゃ当たり前か」

アニェーゼ「そいつぁ詭弁ってもんです。女子修道院じゃその理屈は死守すべきもんでしょうが、生憎ここは女子”寮”ですし」

ルチア「だとしても!」

上条「あー、オケオケ。取り敢えず落ち着いて、な?」

ルチア「……」

上条「取り敢えず現状を把握させてくれ。俺の善し悪し以前に根本的なことをだ」

上条「まずこの寮、つーかここの寮のシスターさん達の生活態度は改善されたのか?」

ルチア「えぇ勿論ですよ。他人様の力を借りなくても充分に」

上条「そうだな。俺も若干引いたエントランス脇のゴミ袋はなくなってた――が」

上条「それじゃ同じくダストボックス化してた物置、見て確認してきてもいいか?」

アニェーゼ「あ、あー、やめた方が良いですよぉ。あちこは今吶喊で詰めたゴミの山が」

ルチア「シスター・アンジェレネ!誰のせいだと思っているのですか!?」

上条「怒るなっつーの。残念ながら改善はされてない、って俺の認識は間違っているか?」

ルチア「……少しは、えぇ本当に少しだけはマシになってきたのですよ。これでも」

アニェーゼ「事前通告してりゃ、隠しようはいくらでもありますからねぇ。抜き打ちで来させた甲斐がありましたとも。えぇ」

上条「お前それ絶対後付けだよね?隠しとくんだったら最後まで秘密にしとかないと辻褄合わないからな?」

上条「ともかくルチア達の奮戦、つーか孤独な戦いは理解した。その上、野郎が管理人として同居するのが嫌だってのも分かるは分かる」

ルチア「……分かっていただけましたか」

上条「特に未亡人以外は管理人さんとは認めない、その心意気に強い強いシンパシーを感じる……ッ!」

アニェーゼ「あれ?後家さんの話なんて出ましたっけ?」

上条「ただなぁ。俺も神裂から話を聞いた分だと、寮母の仕事よりはお前らへのペナルティって意味合いが強いんじゃ、とも思うんだわ」

ルチア「というのは、つまり」

上条「俺を拒否っても、似たような感じでダメっぷりを披露すんだったら、別のヤツが来るだろ」

アニェーゼ「ありそうですね」

ルチア「シスター・アニェーゼまで!」

アニェーゼ「まだ会っちゃねぇんですけど、今の上司のやりそうなこってすよ」

上条「そしてそういう場合、大体はより悪くなる……とはいえ、お前らの知り合いかつイギリス清教側と言えば……誰か居たっけかな」

ルチア「そ、そんなに都合のいい人物などいる訳がないでしょう!いたらあなたがわざわざ――」

上条「最初はステイルがやるって話だったんだけど、他の『必要悪の教会』メンバーで、そこそこ暇で――あ、あいつがいたわ」

アニェーゼ「いましたっけ?そんなに都合のいい人が」

上条「元『神の右席』のアックア」

アニェーゼ「あー……」

アンジェレネ「し、シスター・ルチアぁ!上条さんで手を打っておかないとわたし達死んじゃいますよぉ!」

上条「また大げさな。昔の同僚なんだから知り合いみたいなもんだろ」

アニェーゼ「ありませんよ。『神の右席』っつったら私にとっちゃ教皇猊下よりも上です」

上条「そうなのか?」

アニェーゼ「向こうはガチガチの階級・実力至上主義の縦社会ですし。私がお会いできたのはヴェント……さん、しかいないですし」

上条「シスター繋がりで?」

アニェーゼ「あぁいえいえ、『蓮の杖』やウチの部隊で使ってる霊装はババアから教わったもんが多いですよ」

上条「そこは呼び捨てで良くね?お前だったら言う権利があるけど、一応前に世話になった人なんだから」

上条「あー……言われてみればヴェントのハンマーもワープ攻撃系だっけか」

アニェーゼ「あぁいえ、効果は似てるっちゃ似てますけど、『蓮の杖』はエーテルを応用した業であり、あの女は風特化ですんで」

上条「んじゃアックアが管理人さんになっても、『誰?』みたいな感じなのか。お互いに」

アニェーゼ「こっちはあちらさんを知っちゃいますけど、あちらさんからすりゃそんな感じかと」

アニェーゼ「てーか上条さんの方が詳しいですよ。話したことすらねぇんですから」

上条「俺も別に世間話した憶えはほとんどねぇなぁ。一回目はヴェント回収しに来た時だし、二回目は意識飛ぶまでぶん殴られただけだし」

アニェーゼ「……よくくたばりませんでしたよね」

上条「てかよくよく思い出したら『右席』全員ぶん殴ってたわ。コンプリートしてたわ」

アニェーゼ「ほんっっっっっっっっっっっっっっとによく生きてますよね?そういう能力者かと疑いますよ」

上条「まぁアックアが来るかどうかは分からないとして、俺は何が何でもここで寝泊まりさせてください!……ってんじゃないんだよ」

上条「一応それで呼ばれてんだし、約束しちまった以上守りたいとも思う――んだが」

上条「取り敢えず現状、アニェーゼ部隊って何人いんの?そん中で何割ぐらい反対?」

アンジェレネ「あ、は、はい。ここにいるのがこの量では全員ですよ」

アニェーゼ「ひいふうみい……今日は私らも含めて45人ですね」

上条「分かりやすい数え方ありがとう。てか”今日は”ってなんだ?」

アニェーゼ「元々は250人以上の大所帯でしたんで、何カ所にはバラけて住んでんですが、その中でも行き来があるってぇこってすよ」

上条「フリーダム過ぎるだろ」

アニェーゼ「あぁそうじゃなくて、こう、なんてぇんですかい。隊の運用の問題でして」

アニェーゼ「一っところに同じ面子だけで固まる、ってぇなればその面子だけで信頼が強くなる。まぁ悪くないんですけどね」

アニェーゼ「ただ、固まるってのは流動性に難ができ、対応力にも齟齬ができる――」

アニェーゼ「ま、血液と一緒ですよ。グルグル回ってる分には即応性もいいんですけど、固まればドロっとして流れにくくなると」

上条「そ、そうだな!大切だもんね、即応性は!」

アニェーゼ「全く理解してやがれねぇですありがとうございました」

上条「それで話戻すけど、45人中ルチア派、ぶっちゃけ『お前帰れよ派』の人、はーい手を上げてー」

ルチア・シスター達 スッ

アンジェレネ「じゅ、十三人ですねっ」

上条「半分以下?意外だな、それじゃ約三分の二ぐらいはいいよって事なのか」

アニェーゼ「あ、違いますよ上条さん。そいつぁエラい勘違ってもんです」

上条「なんでだよ。二択だろ」

アンジェレネ「わ、わたしに賛同する人っ、ぶっちゃけ『日本のご飯食べたい派』は挙手をお願いしますっ!」

上条「そんな動機だったの!?そりゃ最近和食が流行ってるって聞いたけど、『必要悪の教会』にまで!?」

アンジェレネ・シスター達 サッ

上条「……あん?残り全員じゃねぇのな」

ルチア「十二人ですね」

上条「食い気にやられたヤツ多いな!……や、そうするってぇと残りは何?」

アニェーゼ「いえ残りは『別にどっちだって良くね?』派です」

上条「どっちつかずが二十人は多いわ!まだメシに吊られた方が健全!」

アニェーゼ「もしくは『来るとウゼーけど来たら別にこき使う』派」

上条「……ふー、ビックリした!やっと俺の知ってるシスターさんと一致した!」

アンジェレネ「え、えぇー……」

ルチア「禁書目録も、ですか」

上条「しっかしどうしたもんだろうなー。賛成反対がほぼ拮抗してる上、日和見連中がそれ以上ってのは」

アニェーゼ「ぶっちゃけると混乱してるだけなんですよ。急に話を振られても、的なやつで」

上条「お前だよ?俺だってWelcameされるとは思ってなかったけど、表面上すら整えず嫌がられてんのはお前のせいだからね?」

上条「京都人だったらぶぶ漬け進めるんじゃなく、ぶぶ漬けで『帰れ!』って殴って来てるからね?そんぐらいの対応だよ?」

アニェーゼ「地元のフーリガンに比べたらまだまだヌルいってぇもんですよ」

上条「イタリアのフーリガンって、『よく来たね!』って放火して歓迎するのがデフォじゃなかったっけ……?」

アニェーゼ「いやいや、本場のイングラントにゃ勝てませんって」

アニェーゼ「サッカースタジアムに凶器持ち込むもんだから手荷物規制されて、最後には新聞紙丸めて武器にしやがったから、それすら持ち込めなくなった連中ですし」

上条「何回も言うけど、お前ら基本スーツ着た蛮族だよ」

アンジェレネ「あ、あの、どちらも極端な例であって全体では決してないと思うんですけど……」

ルチア「ファンを自称する暴徒なだけですよ、あれは」

上条「ともあれどうすっかなー。俺の家事の腕見せるにしろ、共同生活しなきゃ見ようがないし。そもそもそれが嫌だって言ってんだしな」

???「――ふっふっふ……話は聞かせて貰ったのでごさいますよ!」

上条「だ、誰だ……ッ!?」

アニェーゼ「いやこの喋り方はオルソラ嬢しかいないじゃないですか」

上条「様式美だよ!つーか出て来ない方がおかしいと思ってたよ!」

オルソラ(???)「お久しぶりなのでございますよ。遠路はるばるノコノコとよくおいでになりましたので」

上条「あぁいやそんな。でも”ノコノコ”って表現はあんま良くない使い方じゃないかな」

オルソラ「本日は私どもの連絡が行き届いておらず、とんだご迷惑を」

上条「それも別にいいって。どっちみち揉めてたと思うからさ」

オルソラ「されはさておき、先程シェリーさんが窓から逃げ出していたのですが、あれは一体どうしたのでございましょうか?」

上条「借金取りにでも追われたんじゃないか――ってそれはないか。シェリーに借金できる相手がいるとも思えないし」

オルソラ「またいつぞやのヴェネツィア観光、またいつかご一緒できれば幸いなのでございまして」

上条「そうだなぁ。正直嫌ってほど塩辛い水飲んだし、次行くんだったら陸地に近い方が嬉しいかな」

アンジェレネ「シ、シスター・オルソラのワープ航行会話を普通にこなしていますよっ!?」

ルチア「やりますね日本人――しかし、これぐらいで調子に乗らないでください!」

上条「オルソラの扱いが酷すぎる。なんだと思われてんだよ」

オルソラ「それでです、私は考えたのでございますよ。いかに穏便に、かつアニェーゼさん達に受け入れて頂けるのかを」

オルソラ「それはやはり、実力を見せるのが最も手っ取り早いという結論に達しましたので」

上条「実力?」

オルソラ「そうなのでございますよ。丁度お昼前、場所も食堂とくれば」

上条「あぁ成程。決まってるか」

オルソラ「やはりですね、シャワールームを開けるときにはノックしていただけないと」

上条「おぉっと!それ以上洒落にならない巻き戻り方はやめてもらおうか!ただでさえアウェイなのにこれ以上俺の心証を悪くするのは!」

ルチア「安心して下さい。ここにいる全員がほぼ恩人なのに渋っていますから」

オルソラ「食を通じて『異文化を受け入れる』というきっかけになればよいのでございまして」

上条「オーケー分かった。それじゃ俺は誰と戦えばいいんだ?」

オルソラ「そこはやはり女子寮で一番料理が上手い人が適任なのでございます」

上条「神裂は和食めっさ上手そう。逆にルチアはしっかり分量計って失敗しそう」

ルチア「殴りますよ?」

オルソラ「いいえ、僭越ではございますが、対戦相手は私、オルソラ=アクィナスが勤めさせて頂きますのですよ」

アニェーゼ「シスター・オルソラ!それは……いくらなんだって無茶ぶりってぇもんですよ!」

上条「(……そんなに上手いの?)」 ヒソヒソ

ルチア「(プロよりもお上手ですよ。オルソラは本気であなたを叩き出したいのでしょうか)」 ヒソヒソ

アンジェレネ「(さようなら上条さん……さようならわたしの和食……)」 ヒソヒソ

上条「(俺を心配しろや)」 ヒソヒソ

上条「……上等。実は俺も気になってはいたんだよ」

上条「前にヴェネツィアでメシ作ってもらったときにだな、インデックスがこう言ったんだよ――」

上条「『とうまの500倍おいしいかも!』――ってな!」

アニェーゼ「裏声が気持ち悪ぃです」

上条「俺は思ったさ、あぁ思ったんだよ!確かに美味いメシだし食材も調味料も文句なし、皿やフォークなんかも小物もセンス溢れてる!」

上条「できれば毎日作ってほしいぐらいだ!俺のためだけに!」

オルソラ「あらあらまぁまぁ。そのようなことを言われたのは人生初でございますよ」

アニェーゼ「はいそこ、さりげなくプロポーズしてんじゃねぇですよ。よりにもよってシスター相手に何言ってんですか」

上条「だが!同時に俺は思ったね!」

上条「確かに美味いは美味いが、そりゃ俺がウチの食いしんぼに食わせてるメシは家庭料理であってだ!お客様用のおもてなしのじゃない!」

上条「俺の作れるメシが最大100だとすると、普段は精々40ぐらいだ!そりゃ全身全霊で毎日メシ作る時間なんてねぇし!」

上条「だから条件さえ整えれば、勝負してみないと分からないって事だよな!」

オルソラ「私のお料理なんてまだまだでございます。それでも宜しければ――」

上条「あぁ、勝負だ……ッ!」

アンジェレネ「『と、突如始ってしまったお料理勝負!寮母の座を賭けて激しくぶつかり合う二人!』」

ルチア「あの、シスター・アンジェレネ?突然、何を」

アニェーゼ「アニメの次回予告ごっこですね。昔はよくやったもんですよ」

ルチア「日本のMOEに侵されていやしませんか、それは……?」

アンジェレネ「『――次回、”上条当麻ロンドンで死す!”お、お楽しみにっ!』」

上条「その言い方だと俺の死亡フラグ立ってんじゃねぇか!縁起でもねぇわ!」



――ロンドン 『必要悪の教会』女子寮 特設キッチンスタジアム(食堂)

アンジェレネ「『さ、さぁ今日も我がキッチンスタジアムに腹ぺこシスターが集う!』」

アンジェレネ「『彼女らの胃を満たせる料理人は現われるのかっ!?』」

ルチア「あなた達だけです。部隊の総意と受け取られない発言はおよしなさい」

アンジェレネ「『だ、だが勝利の栄光を受けられるのはただ一ぉ人!敗者には屈辱が待っていますよ!』」

ルチア「あの……シスター・アニェーゼ?シスター・アンジェレネはこんなに、その、ご陽気な性格でしたっけ?」

アニェーゼ「あっちじゃケータイも持たせてもらえませんでしたからねぇ。精々外回りへ出たときの、本屋で立ち読みする世界が全てでしたし」

アニェーゼ「今じゃ動画サイト巡回してグルメ番組を漁ってんですから、規制も善し悪しってぇ話です」

ルチア「……業が深いですね。これだから日本は!」

アニェーゼ「文化汚染している元凶も否定はしねぇですが、まぁお互い様じゃねぇかなと」

アンジェレネ「『あ、赤コーナー!え、永遠のチャンピョョョョョョョョョン!シスター達の共通認識、”お母さん”!』」

アニェーゼ「失礼すぎます。同世代かやや上のオルソラ嬢に向かって」

ルチア「あの、それはあなたの”嬢”もどうかと思うのですが」

アニェーゼ「照れ隠しってやつですよ。言わせないでください恥ずかしい」

ルチア「そうですね……そう、ですね?」

アンジェレネ「『お、怒ったら怖いらしいですけど、いまだ誰も逆鱗を踏み抜けないでいる!シスターーーーーー・オルッ、ソラーーーーーーーーっ!!!』」

オルソラ「はい、どうも。本日はお招き頂きましてありがとうございます、なのですよ」

ルチア「招くも何も私たちの先輩でもあるのですが。二重の意味で」

アニェーゼ「呼び出しに無粋な事ぁ言いっこなしってぇもんですよ」

アンジェレネ「『ほ、本日の意気込みをお聞かせください!』」

オルソラ「勝負以前に私の勝利は揺るがないのでございますよ」 ニコッ

アンジェレネ「『お、おぉぉぉぉぉぉっ!?シスター・オルソラが謎の強気だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』」

アニェーゼ「こいつぁまたレアなもん見れましたね。そんなに上条さん追い出したいんでしょうか」

ルチア「私は正直なところ、シスター・オルソラがわざと負けるのではないか、と疑っていたのですが……」

ルチア「……そんな自分の未熟を恥じるばかりです」

アニェーゼ「どーでしょうねぇ?オルソラ嬢も誠実清廉に見えて、ブラフのカマしっぷりは堂に入ったもんですし」

ルチア「シスター・アニェーゼ。以前から薄々思ってはいたのですが、なぜあなたは日本語になるとそういう話し方を……?」

アニェーゼ「あぁこれは警察やアングラと以下略」

ルチア「イタリア語は普通なのにその理屈はおかしい」

アンジェレネ「『つ、続きましてーチャーレンジャー!学園都市が生んだ飛び道具ーーーーー!』」

アンジェレネ「『しかしその活躍はもっぱら魔術サイドでのみ語られる、上っ条ーーーーーーー、当ーーーー麻ーーーーーーーーッ!!!』」

上条「ご紹介に与り光栄ですが余計なお世話だよ。俺だって前向いて走って来た結果であってだな」

アンジェレネ「『い、意気込みの方をお聞かせくださいっ!」

上条「特にこれといっては」

アンジェレネ「『え、えー……5分前には熱く語っててそれですかぁ』」

上条「言いたいこと言ったらスッキリして、もう勝敗は別にいいやって思ってる」

アンジェレネ「『仕事で来たのにこの反応は、はい、どうかなぁって』」

上条「更に言わせてもらえるならば、さっきから俺をニコニコ顔で見ているオルソラが怖い!」

ルチア「啖呵切りましたからね。思いのほかはっきりと」

アニェーゼ「そんな上条さんへ、オルソラ嬢から一言」

オルソラ「他人から責められていると思うのであれば、それはご自分の心がやましさを覚えているせいでございますよ」

上条「なっ!?言ったとおりだろっ!?」

アンジェレネ「『ただでさえ高いハードルを、自分でランクアップさせましたからねー』」

上条「勢いで言ったが今は反省している!今ちょっと冷静に考えてみれば、住んでる文化圏の違じゃね?と!」

アニェーゼ「あーはいはい。吐いた唾ぁ呑めないってヤツですよ」

ルチア「惨めですね」

上条「ウッセぇんだよ外野!つーか傍観者AB!」

上条「てかさっきからそっちの二人のコメントもマイクが拾ってたんよ!聞こえないように言って!俺の心にダメージ来るから」

アンジェレネ「『あ、あぁいえですね、こちらのお二人は』」

アニェーゼ「どうも。審査員兼解説者のアニェーゼです」

ルチア「同じく審査員と解説者を務めるルチアと申します」

上条「あ、こりゃご丁寧にどうも。つまりこれ俺を勝たす気はないのかな?体裁だけでも中立の人を用意する気がないってことだもんね?」

アンジェレネ「『い、一応ですね。ニュートラル兼全てに興味がないため公平な、シェリーさんにお願いしたんですよぉ、審査員は』」

上条「心情的に、それでも俺が相当不利っぽく思うんだが」

アニェーゼ「ですが部屋へ行ったらもぬけの殻、『探さないでください』との書き置きが残されてました」

上条「子供の家出か」

オルソラ「子供はお腹が空けば帰ってくるのですが、シェリーさんは特殊でございまして」

ルチア「いつぞやは三日三晩チョークで駅の構内をキャンバスにしてましたよね。魔術師の業です」

上条「魔術師以前に常識は?何でもかんでも魔術師さんのせいするのは、その、魔術師さん的にプレッシャーだと思うんだよ」

アンジェレネ「『ですからわたしも司会兼審査員を務ますよぉ!こう見えても食にはちょっとウルサイですし!』」

アンジェレネ「『お昼時になっちゃいますから!ほらほらスタート位置についてください!』」

上条「スタートも何も食堂に隣接してる台所に行くだけし。つーかウルサイのは食欲じゃないかと」

アンジェレネ「『ル、ルールをおさらいしますと、シェフお二人には同じテーマで料理を作って頂きますっ!』」

アンジェレネ「『そ、その料理を食べ、審査員による厳正な投票の結果、多数を得られた方が勝ちとなります!』」

上条「量は一人前?一品だけ?」

アンジェレネ「『い、いえ、お互いにお互いの料理も食べて頂くため、四人前ぐらいでお願いします』」

アニェーゼ「品数はお任せで。時間内だったら何品でもありですが、できなかったらそれまでですよ」

上条「意外にシビアで俺も驚いている――で、お題を言ってくれっ!」

アンジェレネ「『ほ、本来でしたらご自分の得意料理を作って頂くはずだったんですが、上条さんのご要望によりまして』」

オルソラ「私の得意料理であるイタリアンで白黒つけるのでございますよ。完膚なきまでに!」 ニコッ

上条「あ、やべ。割とマジで怒ってる」

アニェーゼ「『女王艦隊』ん中であなたをぶん殴った笑顔と同じですね」

アンジェレネ「『な、なお、当寮のキッチンは元ホテルということもあり、大火力のコンロが八つ並ぶ特別仕様になっており!』」

アンジェレネ「『か、火力調節ツマミがlow←→highしかない、火力最大にしたら鍋が赤熱化する代物とは違うのでありますっ!ご注意ください!』」

ルチア「あの、シスター・アンジェレネ?誰に向かって話しているのですか?」

アニェーゼ「リンナ○は偉大ってぇ話です」

アンジェレネ「『ほ、他には……調理器具と食材は寮にあったのを好きなだけ、どうぞ』」

上条「まぁ普通のご家庭にあるようなもんってことか」

オルソラ「イタリアと日本のご家庭が同じとは限らないのでございますが?」

上条「あれ?もしかして俺ってケンカ売る相手間違えた?」

アニェーゼ「逆に聞きたいですよ、『間違えなかった相手がいたのか?』と」

上条「えっと……『必要悪の教会』の教皇級魔術師、世界に20人しかいない聖人、学園都市第一位の超能力者……」

アンジェレネ「『……あ、あのー?そろそろ始めたいんですが、いいですかー?』」

上条「ま、待ってくれ!俺の人生を走馬灯のように振り返ってる最中だから、少しだけ時間が欲しい!」

ルチア「ソー・マトゥー、とは?」

オルソラ「『走馬灯(revolving lantern)』なのですよ。日本には真夏に先祖霊を呼び出す儀式がありまして」

ルチア「奇っ怪な。ジャック・オー・ランタンの派生でしょうか」

上条「――さ、前を向いていこうぜ!過去に囚われず前だけを向いて!」

上条「最弱が特殊警棒持った浜面、次点で銃器装備したテロリスト(in機内)って時点でなんかこう数えるのが嫌になったから!」

アニェーゼ「冷や汗、すっごいですよ。滝のように」

アンジェレネ「『それでは、所定のポジションについてくださーい。いいですかー?では――』」

アンジェレネ「『第一回クッキングバトル、レディ――』」

アンジェレネ「『――ゴー……ッ!!!』」

上条・オルソラ「「……」」

アンジェレネ「『……いや言ってくださいよぉ!?そういう決まりがあるんじゃないですかッ!?』」

上条「なぁアニェーゼ部隊の隊長さん?そろそろアンジェレネにフィクションとノンフィクションの境を教えてやらなきゃだと思うんだよ」

アニェーゼ「いえ、純真なままなのもシスターとしちゃあアリじゃねぇですかい」

上条「俺の知り合いの数少ない友達が、UMAを追っかけてる内にだな、”可愛いけど残念な子”として定着しちまってだ」

アンジェレネ「『わっ、わたし一人でやってたらイタイ子みたいじゃないですか!もうっ!』」

アニェーゼ「手遅れですね」

上条「そうだね。自覚ないんだもんね」

オルソラ ガチッ、ジジジジジッ

アンジェレネ「『お、おーーーっとっ!?上条さんがボケを挟んでいる間にもシスター・オルソラはその大きな第一歩を踏み出したぞ!』」

上条「ガスコンロ捻っただけに見えるが――どれ、ちっとマジになりますかっと」 カチッ、ジジジジジジッ

アンジェレネ「『スタートから出遅れること数秒!上条さんもオルソラさんに習って点火しました!』」

アンジェレネ「『ほ、放送席ー。放送席ーっ』」

アニェーゼ「はい、なんですかい」

アンジェレネ「『お二人の行動には一体どのような意味があるんでしょうかっ!?』」

アニェーゼ「さぁ、分かんねぇですよ」

アンジェレネ「『……し、シスター・ルチアぁ!』」

ルチア「聞かれても困ります!料理は専門外ですから!」

上条「オイ誰だ、解説席に解説力0の素人セッティングしたの」

アンジェレネ「『だ、だったら実況しながら戦って下さいよぉ!いいじゃないですか、そのぐらいしたって!』」

上条「ザッケンな。ペラッペラ喋りながら料理してるシェフの店なんか、絶対に入る気しねぇよ。衛生的な意味で引くわ」

アンジェレネ「『お料理番組じゃ土○先生は喋ってるのにぃ……』」

上条「だから番組じゃないの!割かし真剣に料理すんだから!」

アニェーゼ「上条さんの数少ない長所が発揮できる滅多にないチャンスですからね」

上条「強く否定はしにくいが、まぁ、その、強くはね!」

オルソラ「えぇと、まずはパスタを茹でようかと思いまして、鍋をですね」 ザーッ

上条「一番時間かかるのから始めるのが基本だしなぁ」 ザーッ

アンジェレネ「『両者、ともにここで大きな鍋をコンロへ載せ、小さい鍋を使って小分けにして水を注ぎましたっ!』」

アンジェレネ「『か、解説のアニェーゼさん!これはいったい!?』」

アニェーゼ「なんでしょうねぇ。いっぺんにすりゃいいのに」

アンジェレネ「『……ぐすっ』」

上条「ほーら水!パスタを茹でるのには水が一杯必要なんだよ!鍋にたくさんの水を入れた方がいいんだ!」

アニェーゼ「あの、質問いいですかい」

上条「こうなったらヤケだ、かかってこい!二人分の解説してやらぁ!」

アニェーゼ「どうして鍋たっぷりのお水が必要なんです?必要最低限の水さえ入れりゃ後はムダだし、沸騰するのにも時間かかるんじゃないですかい?」

上条「その判断は正しい――そして間違ってる」

アニェーゼ「どっちだよ」

上条「つーか乾麺茹でた経験があるやつなら誰だって思うことだが、『茹で時間7分って書いてあるのに、10分ぐらいかかるなぁ』的な!」

上条「『同じインスタントでもカップ麺はどこ行っても3分でできるのに、どうして――』的な……ッ!!!」

アンジェレネ「『その、盛り上げてくださる努力は買いますが、衛生上の問題で普通に話して下さい。声張らないで、普通に是非』」

上条「その答えが『茹でるときの水の量の間違い』なんだわ」

ルチア「……」

アニェーゼ「シスター・ルチア?」

ルチア「……確かに。以前お料理番組を見ていたら、『たっぷりの水で茹でて下さい』と言っていたような……?」

アンジェレネ「『ふはー、シスター・ルチアもお料理番組なんて見るんですねぇ』」

ルチア「たまたまです!興味はなかったんですが、付けっぱなしになっていたので!」

上条「ルチアの言ったとおりだ。つーかパスタを入れると”温度が下がる”から」

ルチア「当たり前では?」

上条「あー、メーカーなり料理番組なりで作るときには”沸騰した大量の水”へ○○分、って言い方をしてると思う。これは何故か?」

上条「それは家庭によってコンロの強さもパスタの種類も、下手すれば気温の違いによって水が冷めやすい所もあるし、逆だってある」

上条「一番ブレない方法として採用している訳で、あー……考えてもみろ」

上条「業務用のコンロだったら鍋の温度が少しくらい下がったとしても、火力を上げればすぐに沸騰する。これはいい」

上条「しかし家庭用の、カセットコンロで小さい鍋に少しだけの水で茹でてたとする。こっちはマズい」

アニェーゼ「それじゃあ一度下がっちまった温度が戻るまでに時間がかかる――そうか!だから茹で時間にバラツキが出るんですね!」

上条「前の例だと鍋の水温がほとんど下がらないから、パッケージに指定された時間で茹であがる」

上条「けど後の例だとまた再沸騰するまでの時間が足されて――」

ルチア「……指定された時間では茹であがらない、ですか」

上条「まぁ少ない水で茹でるのも悪くはないし、資源面では考えなきゃいけない地域もある」

上条「ただそうすると茹で時間が延びた分だけ、余計に火力を必要するのも確かな訳で。エコを考えるんだったら、まぁどっちかなーと」

オルソラ「解説、お疲れ様でございますですよ」 ササッ

アンジェレネ「『こ、今度はオルソラさんが鍋に粉を入れしましたよー!』」

上条「塩だ、塩。パスタの下味付けるために塩水ぐらいのがいいってされてる」 スッ

アニェーゼ「上条さんは入れねぇでまな板へ向かいましたね。いいんですかい?」

上条「……ウチじゃ塩は高いから入れられないんだ」

アンジェレネ「『おーっと、ここで上条さんの悲惨な家計が露わになったぞーーっ!?』」

ルチア「シスター・アンジェレネ、シスターとして死体蹴りは恥ずべき事だとお知りなさい」

上条「ジョークにグイグイ来るな!俺だって人んちで料理するときぐらいTPO弁えるわ!」

オルソラ「普段の言動の賜物なのでございまして」

上条「くっ!今日のオルソラは微妙にチクチク来る!」

アニェーゼ「割とダイレクトに刺しに行ってますよ?――っという間にも、上条さんはピーマンを切っていますねぇ」

アンジェレネ「『えー……わたし、それ嫌いなんですよぉ』」

上条「あぁそう?んじゃ少し手を加えてっと」 スッスッ

ルチア「中の種を取ってから、裏返して……なんでしょうね。中の白い筋をナイフで切り取っていますねか?」

アンジェレネ「『け、結局入れるんだったら同じですよぉ!減点対象ですからねっ!』」

上条「食材だけで減点しやがったぞあの審査員。中立性をかなぐり捨ててる」

アンジェレネ「『お、おーっと!上条さんがモタモタしている間にもに、シスター・オルソラは次の動きを見せるーーーっ!」

アンジェレネ「『取り出したのは……タマネギ、にんじん、セロリ……あー』」

オルソラ「……」

アニェーゼ「無音で、切ってる……ッ!?おかしいですよ!なんで包丁がまな板をトントン叩く音がしねぇんですか!?」

上条「よく見とけー。本当に上手い人間はこうなるんだ」

上条「食材を切るときに周囲を潰さないように繊細で、かつまな板を傷つけないようにベストの力加減で、切る」

上条「アレだ。寿司職人が柳刃で刺身作るとき、”絶対”に音出さない技術。アレを全部の面で応用するとこんな真似ができる」

ルチア「あ、あなたにもできるのですか?」

上条「本職のベテランなら多分やれる。俺には無理――だ、けどもだ」

上条「繊細な料理が絶対に勝つとは限らない、って」 ダンッ

アンジェレネ「『上条選手、ピーマンの謎の下拵えが終わったと思ったら、ブツ切りに……?』」

アニェーゼ「ヤローの料理ってぇやつで?って、タマネギも大きさバラバラ、形も雑に切っていますね」

ルチア「勝負を諦めたのですか……なんて」

オルソラ「違うのでございますよ。これはこれで充分以上に理に適った料理法でございます」

アンジェレネ「『と、いうのは一体?』」

オルソラ「”乱切り”という技法でございまして、こう、真四角に切ったりするよりも面が多くなりますでしょう?」

アニェーゼ「ですかね。全体的に表面積が、ってことは火が通りやすくなる?」

オルソラ「半分だけ、ピンポーン、でございますよ。表面積が広くなければ、外から味も染みやすくなります」

オルソラ「食材の大きさも一見バラバラ、しかしよく見れば一口大に切られて――あぁ、そういう事でございますか。本当にあなたらしい」

ルチア「とは?」

オルソラ「少しだけ小さくなっているのは、食べる者を考えてのこと――」

オルソラ「――つまり、私たちが大口を開けてはしたなく食べないように、との心尽くしでございますか?」

上条「……どうしよう。実は全然そんなこと考えてなかった、って言い出しにくい雰囲気……!」

オルソラ「謙遜も過ぎると美徳ではございませんよ」

アンジェレネ「『あ、あのー。思った以上にガチで見ている方が戸惑うんですけど……』」

上条「俺だって隠し包丁的に仕込んだのをマッハで見破られるとは思ってなかったあぁ恥ずかしい!」

オルソラ「と、戸惑っている間に次の行程へ移るのですよ、っと」 カチッ、ジジジジッ

アニェーゼ「新しいコンロに火を付け、フライパンを乗せましたね」

ルチア「オリーブオイルをひき……弱火ですね」

アンジェレネ「『お、お二人ともインパクトが弱いですよぉ!技術よりも”肉”ってのがポイント的にも高めかと!』」

ルチア「……シスター・アンジェレネ?私、たまにあなたの信仰が心配になるのですが」

アニェーゼ「確かに。ウチの肉食系シスターをうならせるには肉が有効ですね」

ルチア「シスター・アニェーゼまでそんなことを……」

オルソラ「はいはい、そこら辺は心得ておりますので」 グッグッ

アンジェレネ「『えーっと、オルソラさんがナイフのお腹で潰しているのは、ニンニクですかぁ?』」

オルソラ「はいなのですよ。スライスしてから潰すと香りが引き立つのでございまして」

アンジェレネ「『細かくしたニンニクを熱したオリーブオイルへ投入……うーん、食欲が湧く危険な香りですよねぇ』」

上条「ちなみにペペロンチーノじゃ定番だが」 トトトトンッ

アニェーゼ「上条さんは昨日の残りのウインナーを薄くスライスしてますね。てか何の料理作るつもりなんですかい?」

上条「ふっ!俺は定番中の定番、イタリアンといったら”これ”しかない一品を作るぜ!」

オルソラ「それはとても楽しみなのでございますよ」 シュボッ、ジジジジツ

ルチア「シスター・オルソラは刻んだ野菜もニンニクフライパンへ入れて、もう一つ別に火にかけましたね」

オルソラ「この寮に住まう皆さんのお好みは、誰よりも把握しておりますので――と」 トンッ

アンジェレネ「『で、出たーーーーーーーーーーーーっ!?有無を言わせぬ挽肉の塊をフライパンへ投入ーーーーーーーっ!』」

オルソラ「……」

アンジェレネ「『で、でもいいんですか?今度はオイルをひきませんでしたけど?そ、それに早く炒めないと焦げちゃいますよっ!』」

オルソラ「焦げているのではなく、焦がしているのでございますよ?」

アンジェレネ「『――へ?』」

上条「肉も野菜も綺麗に炙るよりか、少しぐらい焦げてた方が香ばしくて美味しい」 トントントントントンッ

上条「ただ焦げるまで炒めたら全体的に火が通りすぎて、具材が硬くなっちまう。なら最初に――って発想だと思う」

アニェーゼ「分かるのが凄いですよね」

上条「って土○先生が言ってた!」 カチッ、ジジジジジッ

ルチア「シスター・アニェーゼ、実況を忘れていますよ」

アンジェレネ「『あっはい、えーと上条さん、マッシュルームを薄切りにしてまた別の鍋でお湯を沸かし始めました』」

アニェーゼ「またパスタでも茹でるんですかい?」

上条「パスタの方はあとフライパンがあればできる。こっちは別の料理用」 トントントントントンッ

ルチア「と言いながら切っているのはアスパラガスの根に近い方、そしてブロッコリーの茎の部分ですが……食べられるのですか?」

オルソラ「大丈夫なのでございますよ。アスパラは皮を剥いて小口切りにすれば、女性に嬉しい繊維たっぷりですし」

オルソラ「ブロッコリーの茎はスライスして塩ゆですれば、それだけで一品になるほど甘くて食感もいいのでございまして」

上条「対戦してる相手がお互いにお互いの解説するなんて斬新すぎるだろ。誰か真っ当な解説役はいなかったのか――」

上条「――ってゆーかお前らもお前らだよ!45人も居て料理の基礎知識も持ち合わせてないんだなんて!」

アニェーゼ「食べるのは全員得意なんですがねぇ」

上条「シスターさんはみんなそれか。イギリス・ローマの垣根なく食べっぷりは共通してんのか」

アンジェレネ「『な、なお上条さんの逆ギレの間にアスパラとブロッコリーを茹で始めましたっ』」

上条「プラスしてベーコンも切って……る、必要はないか。いい感じに一口大に揃ってる」

オルソラ「うふふー、シェリーさんのおつまみの出し忘れです」

アンジェレネ「『この間、シスター・オルソラはマッシュルームをスライスして……あ、あれ?』」

ルチア「どうしかしましたか?」

アンジェレネ「『シスター・オルソラも上条さんも、ほぼ同時に卵を割ってかき混ぜ始めたなぁって』」

上条・オルソラ「「だって賞味期限か近かった(のでございまして)」」

アニェーゼ「オルソラ嬢の女子力の高さはさておき、上条さんは少し半生を振り返った方がいいんじゃないですかい?」

上条「なんでだよ!料理が得意な男子いたっていいだろ!」 ドサッ

オルソラ「料理ができる殿方は魅力的なのでございますよ」 ドサッ

アンジェレネ「『ってまた一緒にパスタを沸騰した鍋へ入れましたっ!』」

上条「つーかあくまでも俺のイメージなんだけど、イタリア飯って全体的にハズレをひく方が難しいぐらい美味いと思うんだよ」

オルソラ「ありがとうございます。パスタも喜んでると思うのですよ」

上条「パスタさんの人格があるかは今後の研究に任せるとして、同じく男も料理得意だって気がすんだけど、これっておかしいか?」

アニェーゼ「あー、まぁ確かに南部の男はご陽気でパスタ大好きー、のテンプレイタリア男そのままが多いです」

アニェーゼ「ただ南部であって北部へ行けばガラリと変りますぜ。職人肌で気むずかしい感じに早変わりっと」

上条「土地柄ってあんのな」

オルソラ「はい、住んでいる場所や信仰・出身によっても違うのでございます、よっと」 ジューーーッ

アンジェレネ「『シ、シスター・オルソラ!マッシュルームに粉チースの入ったパン粉をまぶし、フライパンで焼き始めたぞーっ』」

上条「勝手に手順を省略すんなよ。まず最初に卵液につけないとパン粉は絡まない」 ジューッ

アンジェレネ「『か、上条さんも茹であがった野菜とベーコンを入れ、フライパンへ投入だーーーーーーーーっ!』」

アニェーゼ「卵焼き、フリッタータですかね」

上条「え?」

アニェーゼ「え?」

上条・アニェーゼ「……」

上条「――うん、フリッターだ!実は俺もそう言おうと思っていた!」

アニェーゼ「や、あのですね上条さん。フリッターだと西洋式テンプラであり私が言ってんのはフリッター”タ”ってぇイタリア式……オムレツ?」

アンジェレネ「『あ、あれって卵焼きじゃなかったんですか?』」

ルチア「キッシュだと思っていましたが、違うのですか?」

上条「おいバラバラだぞ。フワッとした料理なんだな!」

オルソラ「元々卵料理全般を指す言葉でございまして、皆さん全員正しいのでございますね」

上条「あ、あぁ。まぁどれも日本じゃザックリ『卵焼き』の範疇ではあるが……」

オルソラ「それではパスタソースに取りかかるのでございますよ」 ジューーーッ

アンジェレネ「『シスター・オルソラに動きがあったぞー!挽肉と炒めた野菜を一つのフライパンへドッキングだ!』」

アンジェレネ「『さ、更には赤ワインを入れて炎の柱がキッチンに立ち上るっ!』」

上条「そろそろ終わりだな。んじゃ俺もっと」 カチッ、ジジジジジッ

アンジェレネ「『か、上条選手もフライパンに火を付け油をひき温め始めましたーっ』」

オルソラ「料理が出来てしまうのは嬉しくもあり、寂しくもあるのでございます」 コキコキコキコキッ、ドパッ

ルチア「シスター・オルソラが入れた缶詰は水煮トマトですね」

オルソラ「新鮮なトマトも美味しいのですけど、じっくりと火を通してあるトマトも絶品なのでございまして」

上条「でも日本だと結構お高いんだよなぁ。コスト○で誰かに買って来て貰うしかないのか……」 ジューーーッ

アニェーゼ「あくまでも他力本願なんですね。あ、上条さんもウインナーとタマネギ、ピーマンを炒め始めました」

ルチア「あの、質問なのですが、あぁいえ皮肉ではなく純粋な」

上条「はいよ」

ルチア「具材を炒めるときには火が通りにくい順に、と書いてあったのですが、あなたの手順は違うように見えます」

上条「いいところに気づいたな!そう、実はこれには重大な意味がある……ッ!」

ルチア「はい」

上条「どうしよう、『面倒臭いから全部いっぺんに入れました』って言い出しにくい雰囲気だ……!」

ルチア「最低ですね」

アニェーゼ「霊装、持ってきちゃどうですかい?」

上条「やめろお前ら!せめて暴れるならメシ食ってからにして!」

オルソラ「シスター・ルチア、そう判断を下すのは早計なのでございます」

ルチア「しかし!」

オルソラ「今入れた具材、タマネギとピーマンは生でも食べられる食材なのでございまして、あまり火を通さなくとも食感を楽しめるのでございます」

オルソラ「またウインナーは一本丸ごと焼くのではなく、スライスすることにより火が通りやすく、油が出やすい――」

オルソラ「その油、脂を使い野菜二つにも味を付けるという考えなのでございます」

ルチア「……失言でした」

上条「あぁいや、実は俺も料理番組で見たレシピそのまんまから、詳しくは知らないし。謝ってもらっても困るっていうか」

オルソラ「プロのレシピにはプロの試行錯誤が込められているのでございます。絶対に正しいとは申しませんが、習うより慣れろ、なのですよ」

上条「なんか意味違くないか――って、俺一品目完成!」

アンジェレネ「『は、早いっ!?上条選手驚きの早さで先制攻撃を仕掛たーーーーーーーーーーーっ!?』」

上条「いや、一緒に食うんだから意味はないぞ?」

アンジェレネ「『上条さん一品目!なんか名称不明の卵焼き、完・成!』」

アニェーゼ「オムレツですね」

ルチア「キッシュではなかったのですか」

上条「『残ってた野菜のフリッタータ』だよ!全員間違ってはないだろうが、イタ飯対決なんだからそれっぽく言ってねっ!」

アニェーゼ「上条さん上条さん、”残ってた”の文言が酷くイメージをダウンさせてやがるんですが」

オルソラ「まぁ世界各国、卵料理は似通っているので――はい、私も一品目出来たのでございますよ」 トンッ

オルソラ「『マッシュルームのパン粉焼き』で、ございます」

アンジェレネ「『し、シスター・オルソラも猛追を見せる!この勝負どちらが早く仕上げるのでしょうかっ!?』」

上条「断っとくがオルソラの料理速度はプロ並だからな?それに辛うじて張り合ってる俺が頑張ってるだけなんだぞ?」 ジューーーーッ

アニェーゼ「さっきのフライパンへマッシュルームを入れてトマトケチャップを投入。あぁいい香りですねぇ」

オルソラ「あなたは私を過大評価なのでございます」 パパッ

アニェーゼ「オルソラ嬢も何か入れましたね。種のような」

ルチア「香りからしてナツメグではないでしょうか。挽肉の臭味を取ると聞きます」

オルソラ「シスター・ルチアの言う通りでございます」

上条「というかさっきからそこそこ勉強してるっぽい発言がするんだが、誰かに教わってんの?」

ルチア「いえ!まだそのようなレベルですらなく、お恥ずかしい限りなのですが」

上条「習うのに恥ずかしいも何もねぇだろ。失敗するのも誰だって通る道だしさ」

上条「火力が強すぎるんだったら弱めりゃいいし、炒めすぎそうだったらフライパンから別の皿に下ろせばいい」

上条「明らかに失敗したメシ食いながら、『うっわこれマズっ!?超ウケるんですけどwwwwwww』ってやってくのが普通だ」

アンジェレネ「『い、いえ、そのリアクションはおかしいですよ』」

ルチア「しかし、シスター・オルソラはいつも文句の付けようがないぐらいでして、こう」

上条「俺は他人に笑われるよりかは、他人の失敗や努力を笑ったりする方が恥ずかしいと思う」

上条「あとここはお前の仲間が揃ってんだから、からかうぐらいの軽い気持ちでネタにするアンジェレネはいるかもだが、悪意でっつーやつはいないだろ」

ルチア「そう、ですね。はい、その通りです」

アンジェレネ「『あ、あの……人一倍シスター・ルチアを怖れているわたしをオチに使わないで欲しいのですが……』」

アニェーゼ「『あ、ヤベ真面目な事言っちゃった!』ととっさにボケてみたんじゃねぇかと思います。このヘタレが」

オルソラ「青い春と書いて青春と呼ぶのでございますよ」 ガッ

アンジェレネ「『ここでオルソラがラストスパートにかかったぞーーー!茹であがったパスタをフライパンへ投入だっ!』」

ルチア「こ、この料理は一体!?」

アニェーゼ「動揺していたシスター・ルチアにツッコむのは野暮ってぇもんですんで、話を合わせてみますと肉たっぷりです」

オルソラ「もうすぐ分かるのでございますよー」 カッカッカッカッ

アンジェレネ「『炒めながら混ぜてますよねぇ。ほとんどパスタの水切りしてなかったんですけど、平気なんですか?』」

上条「オイル系パスタは乳化させるため、ゆで汁を少し掬って入れんだよ。けどオルソラのはソース系パスタ」

上条「思うに挽肉が冷蔵庫で乾燥してた分、水分が足りない思って足した、んじゃねぇかなっと」 ガッ

アンジェレネ「『か、解説補足ありがとうございますっ。上条さんもパスタをフライパンに混ぜたようです――お、おおっ!?』」

上条「行くぜ!」 ドポッ

アンジェレネ「『足したーーーーーーーーーーーーーーーっ!?トマトケチャップとウスターソースをどっぷりぶち込んだーーーーーーーーーーっ!?』」

上条「まだまだぁっ」 スッ

アンジェレネ「『力強い言葉とは裏腹に大スプーン一杯追加した、謎の黒いソースは一体……ま、まさかっ!?』」

アニェーゼ「し、知ってんですかいシスター・アニェーゼ!?」

アンジェレネ「『神裂さんがこっそり寮へ持ち込んで少しずつ少しずつこっそり使っていると評判の!オ・ショーユ・ソースではないですか……ッ!!!』」

ルチア「……もう、このテンションについて行けません……」

上条「お前も苦労してんだなぁ……」

オルソラ「こっそり使っているのに評判なのが不憫でございますよ――と、最後に火をとめ、バターと粗挽きの黒コショウで味を調えまして――」

オルソラ「――完成したのでございます!『スパゲッティボロネーゼ』!」 ドンッ

上条「こっちもケチャップの水分を飛ばして――」

上条「――できた!『ご家庭の味ナポリタン』!」 ドンッ

アンジェレネ「『しゅーーーーーーーーりょーーーーーーーーーーっ、それまでっ!お疲れ様でしたっ!』」



――ロンドン 『必要悪の教会』女子寮 特設キッチンスタジアム(食堂)

アニェーゼ「――はい、っていう訳でお二方の料理が完成したっつー訳なんですがね。問題が、少しばかり持ち上がりまして」

上条「食欲を刺激するニンニクと焦げたケチャップの香りが予想以上に強く、他のシスターが連名で異議を出しやがってだ」

アニェーゼ「ですので一人一口ぐらいずつであれば、まぁ何とか、と暴動を沈静化させたんですが」

上条「今度は『多い!少ない!』でケンカ寸前になり、今度はシスター・オルソラ直々に均等に取り分けて貰うという」

アニェーゼ「まぁ美味しかったらもう一回作ってもらえばいいですし、全員で味見するのもそれはそれで」

上条「そうだな!俺はこのバトル一回が最初で最後になるかもだけどな!」

アニェーゼ「えーっと、実食の準備は……まだ、かかる?んじゃまぁこの間にポイントをまとめておきましょうか」

上条「ポイント?」

アニェーゼ「はい。パン粉焼きとフリッタータで差は開かねぇと思うんですよ。どっちも焼き料理ですが、好みでしょうから」

上条「単純に比較しにくいって事か。事前に何作るか分かってりゃ、俺もテンプラ作って対抗――」

上条「――しちゃダメだったんだわな。勝負してるのがイタリアンだし」

アニェーゼ「まぁ日本のテンプラもポルトガル料理でしたでしょ?元を正せばこっちのもルーツは似通っちゃいるんですよ」

上条「和食ブームだって言われるかもだが、一部は里帰りなのな。コロッケとか」

アニェーゼ「まぁともかく話を戻しまして、なのでそっちで差はつかない、と来りゃどうなると思います?」

上条「パスタで勝敗が決まる、か。まぁ主食だしな――って合ってるよな?イタリアの人らパスタばっか食ってんだよな?」

アニェーゼ「ピザも食いますしリゾットも美味しく頂きますけど。『日本人コメばっか食ってんぞ』と、言われてるのと一緒かと」

上条「あー……」

アニェーゼ「ともあれ『ディナーは何がいい?』と聞かれると、両者を軽々上回るパスタ派です」

上条「俺らの『朝は何を食べる派?』とノリ同じだな。ちなみ俺はご飯があれば嬉しい」

アニェーゼ「パスタとザックリ言っても、スパゲッティのような麺類や、ラビオリのようギョーザっぽいのとか色々ありやがりますしねぇ」

上条「話の主旨全否定じゃねぇか」

アニェーゼ「ちなみに私はパーフェクトなまでに素人ですが、勝負を分けるポイント、つーかオルソラ嬢とあなたの違いは三つ」

上条「ほう」

アニェーゼ「まずはパスタの下味。オルソラ嬢はベーシックに塩をぶっ込んじまいましたが、上条さんは素のまま茹で上げました」

上条「塩が買えないって自虐ギャグにしたけど、まぁ理由らしきものもあるにはあるんだよ」

アニェーゼ「あ!詳しい内容は後でドヤ顔で説明して下さい!今話されっちまいますと興ざめですんで」

上条「そうですね!ドヤ顔は極力抑えるけど、後で話すなっ!」

アニェーゼ「ポイント2。オルソラ嬢がボロネーゼへ入れてた調味料は結構ありましたよね?黒コショウ、塩、ナツメグ」

上条「あと挽肉と野菜を混ぜる前にローリエも添えてた。臭味消しに」

アニェーゼ「うっ!?流石は上条さん、ロ×に関することにかけちゃあ中々のお手前で」

上条「ないよ?そんな奇特かつ最近は大声で言うのは憚られるような趣味、俺にはないよ?」

アニェーゼ「最近じゃなくて、人類の歴史上そんな大声で言えるような時代は無かった筈ですけど……」

アニェーゼ「まぁ、対する上条さんはコショウの一振り、塩の一つまみすら入れてねぇですよね?」

上条「野菜に下味を付ける段階で少しだけ、だな。つーかよく見てるわお前」

アニェーゼ「ど、どうも」

上条「調理しながら味を微調整してったオルソラ、大雑把”に、見える”俺。その通りだな」

上条「それで?三つ目の勝敗ポイントは?」

アニェーゼ「そう、ですな。あーけど、これ言っちまっていいんですかね。凹んだりとかしません?」

上条「そ、そう言われると余計に気になるんですが!」

アニェーゼ「シスター・ルチアが上条さん大嫌いですんで、絶対にオルソラへ投票すると思うんですよ」

上条「政治的な理由だった!?そしてまぁ実は俺も知ってた!そんな気はしてた!」

アニェーゼ「えぇ、ですから今からでもお帰りの便の搭乗予約などをですね」

上条「あれあれー?この場面って『私は上条さんを応援するでやがりますよ!』ってシーンじゃないの?」

アニェーゼ「そんな三下口調喋った憶えはねぇんですが」

上条「……もしかして、嫌?」

アニェーゼ「あぁいえとんでもないですよ。立場もあるんで私は中立ってぇことにしちゃあいますけどね、本音を言やぁウェルカムです」

上条「お、おう!素直に嬉しいぜ!」

アニェーゼ「――だって上条さんがこの寮入ったら”歓迎”できるんですから」

上条「気をつけろ!何か今ゾクってきた!幽霊が近くにいるかもしれない!」 ゾクッ

アニェーゼ「ボケはスルーするして、上条さんにゃああんなことやこんなこと、”借り”ばっか溜っちまってるじゃないですか?」

上条「そ、そうかな?ボクは別に借りだなんて思ってないけど!」

アニェーゼ「えぇですからっ、この機会を利用してっ、色々とぉっ、落とし前――もとい、恩返しをしなきゃ、と」

上条「いいかい、シスター・アニェーゼ?極東の島国にはだな、『鶴の恩返し』って伝説があんだよ」

上条「老夫婦に助けてもらった鶴が、女の人に姿を変えて恩返しに来てくれて、ハタを折るんだ」

アニェーゼ「ハタ?」

上条「織物だな。でもそのハタは鶴が自分の羽を犠牲にして折ってたものなんだよ!」

上条「最後は夫婦が娘の身を案じるがあまり、鶴が折っている姿を見てしまい、鶴は反物を残して飛び去ってしまう……!」

上条「そういう話から勉強してほしい、教訓にしてほしいって俺は思うよ!荒んだお前らの生き方は特に!」

アニェーゼ「つまり、こうですか」

アニェーゼ「鶴が人に化けるなんてぇのは非科学的ですし、ましてや鶴が布を織る訳がない」

アニェーゼ「そして娘が去った後に現物が残ってる――と、いう証拠から導き出される答えは」

アニェーゼ「ジジババが旅の娘さんを襲い現金と布を手に入れた、で合っていますかい?」

上条「俺お前らのその合理的な考え方嫌いっ!だってロマンも何もないんだから!」

アニェーゼ「ロマンの語源になってんのが、そもそもローマ回帰運動ってぇトンデモですからね」

上条「というか魔術師がファンタジーを否定すんなよ。もうちょっと夢あったっていいだろ」

オルソラ「それは紛れもなく『六部殺し』のパターンなのでございまして、旅のお坊様を弑して金品を奪うが逆に呪われて子々孫々呪い憑き――」

上条「――さっ!話も上手くまとまったようだし結果発表と行こうか!よーし、負けないぞー!勝ってこの寮に居座るぞー!」

アニェーゼ「自分から話フッといて投げっぱなし、ってぇのは感じ悪いですよ」

オルソラ「何かトラウマでもあるのでございましょうか?シリーズ打ち切りになったとか」



――ロンドン 『必要悪の教会』女子寮 特設キッチンスタジアム(食堂)

アンジェレネ「『さ、さぁさぁっ!何度かの話し合いの結果により、シスター全員へ均等に料理が運ばれましたっ!』」

上条「多少多め作ったとはいえ、一人分は二口ぐらいだな。デパ地下の試食コーナーのパック二個分」

ルチア「その例えに『あぁそのぐらいの大きさですね』と言うとでも?」

アンジェレネ「『だ、大体このぐらいですよねぇ?』」

アニェーゼ「ですね。あ、肉モノの試食品はもっと小ぃせえんですが」

ルチア「二人の日常に俄然興味が湧いてきました。是非今度ご一緒させて下さいね?」

上条「実はインデックスって、平均的なシスターさんの行動を忠実にトレースしてたのかなー……」

オルソラ「感情に忠実であるのは悪徳、しかし隠すのもまた偽りとされるのでありまして」

上条「今更だが、楽しく伸び伸びとやってるようで何よりだ。ステイル達の上司の胃壁も心配だが」

オルソラ「大丈夫なのでございますよ。一度ステイルさんにお伺いしたところ、『鋼鉄の胃を持った行かず後家』だそうで」

上条「その形容の後半部分要るかな?ただのヘイトだよね?」

アニェーゼ「受け入れてくれたのにゃあ感謝ってもんですがね。懐が深ぇのか、それとも”駒”扱いなのかは微妙なとこでしょうか」

アンジェレネ「『た、待遇は昔よりずーーーーーーーーっといいですし、良い人に決まってますよぉ!』」

上条「ここもダメだったら学園都市まで来ればいいさ。多分きっと恐らく俺の予想じゃ人体実験とかはされないと思うし!」

アンジェレネ「全く説得力に欠ける説得ありがとうございます。何があっても二度と行かないと固く固く決心しました」

上条「その判断が間違っていると断言できない俺の板挟み……!肯定する事例しかねぇってのもまた何かなぁ!」

オルソラ「日頃の行いなのでございますね――では、どちらから召し上がるのでしょう?物語的には先行が負けるパターンが多く見受けられますけど」

上条「それ聞いて『じゃあ、先行譲るよ!』と俺が言うとでも?」

アンジェレネ「『い、言えたら勇者ですねぇ。それじゃあ上条さんからでいいですかね?』」

オルソラ「いいえ。今までアウェイ過ぎましたし、私が先行を務めさせていただければ」

アニェーゼ「見ましたか上条さん、オルソラ嬢のこの余裕を」

上条「そっか!なら頼むぜ!」

アニェーゼ「……そしてこの余裕の無さは一体」

上条「あと誰か天草式の連中が住んでる場所教えてくんないか?番地だけでもいいからさ!」

ルチア「既に勝負の前から撤退戦を始めていますが……宜しければ、あとで私がタクシー呼びますから」

アニェーゼ「あのシスター・ルチアが同情するほどに哀れでお似合いですよ」

上条「なぁ、言っとくけど今回ここに来て一番毒吐いてるのはお前だからな?」

オルソラ「はいはい、じゃれ合うのはそのぐらいで――それで、不肖オルソラ=アクィナス、お料理の解説を致します」

オルソラ「あ、皆さんは召し上がりながらお聞きくだ――」

シスター一堂「「「いただきますっ!」」」

上条「台詞食い気味で行ったな。あ、いだきます」

オルソラ「メインはスパゲティボロネーゼでございまして、トマトソースのタマネギの甘味がよく効いておりますよ」

上条「ウっマ……!挽肉が大量に入ったミートソース!」

オルソラ「日本ではそう呼ばれていますが、イタリアでの”ほぼ”正式名称がボロネーゼなのでございまして」

オルソラ「イタリア北部のボローニャの特産品である肉とトマトをふんだんに使われているから、と」

上条「へー。でもイギリスのアレな料理で子ウサギのミートソースって無かったっけ?」

オルソラ「そこら辺の事情はあの、ボロネーゼの原型もフランス料理であるという説がございまして……」

上条「あー……外国語使いたくない人らが、無理矢理訳すと『Meat sauce(肉汁)』かー……」

オルソラ「驚くぐらいセンスのない発想なのでございます」

アニェーゼ「えっと、そのですね。上条さん」

上条「あい?」

アニェーゼ「審査する必要、あります?」

上条「せめてそれはやってくれよ!確かに一口食ってから『あ、勝ち目ねーわー』って確信したけど、そこは形式だけでも勝負したってしてくれよ!」

アニェーゼ「一等地に構えるレストラン並に、量以外は文句の付け所がない時点でゲーム終了じゃねぇですか」

アンジェレネ「『い、いや、おかしくないですか!あれだけ挽肉入れて臭味が一切無いって!』」

ルチア「ワインと香辛料だけで、一体どうすれば……?」

オルソラ「大したことは何も。そう、ごくごく普通に当たり前の事を当たり前のようにやったことでございます――上条さん」

上条「は、はい?」

オルソラ「私がどうして先程から怒っているのか、その理由はお分かりになりませんか?」

上条「……俺がオルソラに嫉妬して、なんか八つ当たりみたいになっちまったから、か?」

オルソラ「まさか、でございますよ。私の料理の腕なんてまだまだ未熟、あなたと大差はありません」

上条「いや、そんなことはないって!」

オルソラ「――ですが。もし私達に差があるとすれば、それは”思いやりの心”ではないでしょうか?」

上条「思いやりの?」

オルソラ「そう。あなたは『日々の家事が流れ作業になり、料理には全力を出してない』――それこそが、でございます」

上条「いやぁ誰だってそうなんじゃないのか?」

オルソラ「私は違うのでごさまいすよ?大好きな人達に召し上がっていただくため、手を抜くことなく、常に全力で作っていますので」

オルソラ「普段も、そして今回も変らず、常に」

上条「……そうか。そりゃ強い訳だわ」

ルチア「あ、あの?シスター・オルソラの厚意は充分以上に伝わってくるのですが、それはあくまでも精神論ではないでしょうか?」

上条「とも言い切れないんだよ。見ろ、オルソラの使ったフライパンを」

ルチア「何か?」

上条「野菜を炒めるのと肉を炒めるの、わざわざ二つ使ってるだろ?最終的に混ぜるんだから、最初に野菜を炒めて、後から肉を追加してもいいのに」

上条「俺だったらそうするし、面倒だから洗い物は少なく済ませたいって人は多い――だけどオルソラはしなかった。そこに理由がある」

オルソラ「野菜をオリーブオイルで炒める、これがまず不可分なのでございます。中までしっかりを火を通しつつ、オイルの風味を染み込ませませんと」

オルソラ「また逆に挽肉は脂肪も多く含まれているため、最初に焦がし、またフランベするのも必要なのでございます」

オルソラ「問題なのはどちらも別々にする必要がですね」

アニェーゼ「一緒に、ってのはダメなんですかい?」

オルソラ「ダメではありませんが、野菜を先に炒めてから肉を入れると野菜に火が通りすぎてしまいます。反対も同じ」

オルソラ「かといって片方を終えてからすれば……冷めてしまいますし、風味も飛んでしまうのでございます」

上条「些細な違いかも知れない。ぶっちゃけプロの料理人でも気づかない差かも知れない」

上条「……でも、そんな一つ一つを丁寧に作り上げることで、この繊細な味が出せる、って訳か」

オルソラ「何度も申し上げますが、丁寧ではありません。いつものことでございますよ」

ルチア「苦労、だとは?」

オルソラ「いいえ、苦など微塵もございません。むしろ皆さんが喜んで食べていただけるか、わくわくするのですよ」

シスター一堂「……」

アンジェレネ「『……か、上条さぁん』」

上条「……なんか勝負つけようって言っといてなんだが、なぁ?」

上条「こうまで差を付けられちまったら、俺の不戦敗で――」

アニェーゼ「あの、ちょっといいですかい?」

上条「いいんじゃね、ってどうした急に」

アニェーゼ「あなたではなくオルソラ嬢に」

オルソラ「はい、なんでございましょうか?」

アニェーゼ「私、いつもいつもオリーブオイルの隠し味をなんとかして欲しい、って言ってんですけど」

オルソラ「植物性油は体によいのでごいますよ。め、っでございます」

アニェーゼ「っていう感じで一蹴されてんですよ」

上条「お前この空気でメシに文句付けるなんてすげーな!?」

アニェーゼ「あぁいえ文句じゃねぇんですよ。ただ違うなって」

上条「何がだよ」

アニェーゼ「シスター・オルソラ――今日のこれ、普通のオリーブオイルじゃねぇですよね?」

上条「……はぁ?」

オルソラ「……えーっと、なんのことでございましょうか?」

アニェーゼ「いつものこう、スーパーで一番安く売られてるオリーブオイルじゃなく、この果実そのまんまの芳醇な香り――」

アニェーゼ「――すばり!エクストラ・ヴァージン・オイルを使ってんじゃねぇんですか!」

上条「エクストラ……なんだって?」

ルチア「とても品質が良く、それが価格に反映された高品質のオリーブオイルです」

上条「あぁ、成程――おいおいアニェーゼ。そりゃなんでも言いがかりってもんだろ?」

上条「あんだけ『いつもと同じですよ、特別なことはしてませんよ』って言ってんだからさ、まさかオルソラに限って」

オルソラ「女にも負けられない戦いがあるのでございますよ……?」

上条「――さっ、勝負の続きだ!よぉぉっし俺のターンだな!冷めちまってるけど勝機はあるぜ!」

上条「俺オルソラが実は天使じゃねぇかって疑ってたんだが、人だったみたいだ!むしろ人間らしいところが見れて良かった!安心したー!」

アニェーゼ「あなたの変わり身の早さにビックリしますよ。まぁ同意しなくもねぇですがね」

アンジェレネ「『と、途中意外すぎるハプニングも起きたような起きなかったような感じですが、気を取り直して上条さんの料理も食べてみましょう!』」

上条「パン粉焼きは?いやこれも美味しいけどさ」

アニェーゼ「イタリアン勝負が何故かパスタ対決になってしまったので、そっちは箸休め程度ってぇことでお願いしますよ」

上条「頑張って作ったのになー。まぁ誰が作っても同じか」



――ロンドン 『必要悪の教会』女子寮 特設キッチンスタジアム(食堂)

アニェーゼ「しかし上条さんのこれ」

上条「『ご家庭の味ナポリタン』」

アニェーゼ「初めて食べますねぇ。どんな味なんでしょう」

ルチア「シスター・オルソラがホールトマトと赤ワインをベースにしたのに対し、あなたはケチャップとウスターソース」

アンジェレネ「『あ、あとオ・ショーユも入れてましたよぉ』」

ルチア「なので手抜き、というか全体的に雑な印象がありますね」

上条「比べてそう見えるのは否定はしないし、実際の手順からしてもまぁそうだな。お手軽であり言い換えれば雑」

上条「だっつーのに丁寧な仕事したそっちとほぼ同時フィニッシュなのが納得いかねぇ!」

上条「どんだけ高速スピードでやったって煮込む時間はスキップできないんだぞ!?圧力鍋でも使わない限りは!」

アンジェレネ「『そ、そこはアシスタントとしてシスター・アガターが頑張っていた、と解釈するのは自由ですので……』」

上条「その子はさっきからマイクのボリューム調整に四苦八苦してんのが見えてんだよ。君が声張るから。可愛いけど残念な子と同じで」

上条「ともあれ俺が料理得意キャラでこの先生きのこるかどうかの瀬戸際だ!それを踏まえて食ってくれ!」

ルチア「堂々と情けないことを言ってきましたね。まぁ、それはそれとして」

シスター一堂「「「いただきます……?」」」

上条「はい、どうぞ」

アニェーゼ「うー……………………ん?」

上条「リアクションが困るってなんだよ!?エラい違いだな!」

アニェーゼ「全体的にチープなんですよ。よくタマネギの甘味が効いてるだけのケチャップ味――」

アニェーゼ「――と思いきや、中々どうしてコクがある味付けですねぇ。口に入れたら酸っぱさがまず来て、次にウスターの甘味」

アニェーゼ「最後にフワッとした香ばしさ、ショーユ・ソースですかい」

ルチア「チープと言ったのは撤回したいと思います。手順こそ簡単に見えましたが、味自体は中々どうして」

アニェーゼ「オルソラ嬢が”グルメガイドに載らない名店”なら、さしずめこっちは”下町の昼間は食堂・夜は居酒屋”でしょうか」

上条「具体的な表現ありがとう。しかしこっちにもその形態で営業している店あんのな」

オルソラ「あると申しましょうか、むしろそちらの方が一般的でございますよ」

アニェーゼ「なので夕飯はさっさと食わないと、未成年にゃ敷居が高くなるってもんで。つーかなんか静かですね、シスター・アンジェレネ」

アンジェレネ「『もぐもぐまぐもぐっ!?』」

ルチア「口に者を入れたまま話さない。げひ、ん……ッ!?」

アニェーゼ「どうかし――こ、これはっ!?」

アニェーゼ「シスター・アンジェレネがピーマンの入った料理を残さず食べている、だと……ッ!?」

上条「期待値が低すぎる」

アンジェレネ「『だ、だって青いパプリカかと思うぐらい苦くないんですよぉ!どうやって!?』」

上条「ピーマンは皮についてる白い筋が特に苦いんだよ。嫌だっつーからそこを軽く削いだだけ」

上条「まぁ手を入れたって言えばそのぐらいなかぁ。後はそこそこ適当に。繊細さでは負けると思ったから、別の方向からアプローチしてみた」

アニェーゼ「別、ですかい?」

上条「一回のテストを全力で100点を取ろうとするんじゃなく、入学から卒業まで平均70点をキープしようって感じ?」

アンジェレネ「『ま、また分かるような分からないような例えですねぇ』」

上条「オルソラの一切手を抜かない料理、細部まで拘ってくれてる料理は理想だと思う。つーか俺も見習わないといけない」

上条「ただそれが全員が全員、毎日できるか言えばそうじゃない。人には人のペースがある」

上条「普通の日常を全力で突っ走る人もいれば、適当に手を抜いてゆっくり歩いたっていい」

上条「立ち上がるのは自分の足、歩いて行くのは自分の歩幅でだ」

上条「……主婦だったり自活してたり、まぁ事情は人それぞれだろうけど、晩飯作るのだって毎日ともなれば疲れもするし、常に全力でってのは難しい」

上条「だから手を抜けるところは、きちんと抜く。楽できてそれが人に迷惑がかからないんだったら、やってもいいと俺は思う」

アニェーゼ「その答えが……『ナポリタン』ですかい?」

上条「そうそう。それにこれ、少し冷めちまってるけど、分かるか?」

ルチア「一人ほぼ二口なので残っていないんですが……」

上条「えーっと、だな」

オルソラ「……この料理は冷めた後も食べられるのでございますか?」

アニェーゼ「オルソラ嬢、そいつぁなんだってそうじゃねぇんですか?」

オルソラ「えぇ理屈ではそうなのでございますが、”美味しく”というのが中々難問でございまして」

オルソラ「例えば私のボロネーゼも冷めてしまえば、脂が固まってしまうのですよ」

オルソラ「また一度パスタと絡めると、そちらから水が出てしまい、加熱する際に味が落ちる場合があります」

オルソラ「――ですが、こちらの料理は関係ないのでございます」

オルソラ「メインはケチャップとウスターソースのダブル、元々冷蔵庫に入れてすら固まらず、常温ではその特徴が顕著になり――」

オルソラ「――また具材がスライスしたウインナー、しかも最初に炒めた時点でその脂は野菜が吸い込んでしまっておりまして――」

オルソラ「――動物性の固まるような脂をほとんど使っておらず、つまりそれはいつ食べても然程変らないのでございます……!」

上条「パスタ茹でるときに塩入れなかったのにも理由はある。温かいときは塩味って気にならないが、冷めるとやたら塩辛く感じるってあるだろ?」

アニェーゼ「簡単、かつシンプル、ぶっちゃけ手抜きさ故の利点が……!」

上条「どっから来たのかは分からない、つーか諸説あって絞りきれないらしいんだが、日本でのナポリタンは喫茶店でよく作られている」

アンジェレネ「『に、日本ではお茶を飲みながらパスタも食べるんですかぁ?』」

上条「軽食って意味で食べるな。で、その主役になった理由ってのが、『大量に作って、冷蔵庫にしまって、味の劣化が遅い』って長所がある」

上条「お前ら一緒に食卓を囲むのも少なくて、取る時間もまちまちなんだって?」

ルチア「……日によりますね。シスター・オルソラが当番の日はすぐ埋まるのですが」

アニェーゼ「受けてる仕事によっちゃあ、全員揃って温かいメシを、ってぇ訳にもいかないですし」

上条「まぁ俺も疲れて帰って来てさ?『温めるのメンドクセー、まぁいいや冷たいまんまでも』ってことがあってだ」

上条「そんときにこの料理があったらいいんじゃねぇかな――つーかさ」

上条「この寮の問題にも言えることだが、人はそれぞれ違ってて当たり前だ」

アンジェレネ「『そ、そうですよねぇ!』」

上条「――って当たり前の話をゴリ押しで、手を抜く口実に使うのも論外だわな」

上条「そりゃ『守護霊様が言ってるから掃除はしない』を俺は否定しない。否定”は”しない」

上条「ただ集団生活を送ってる以上、少なくとも自分の手抜きが他の人の時間を削るんだったら問題だ。ましてやそれが仲の良い人間だったら余計に」

上条「多様性でもないしなぁ。問題先送りにしてるだけ、つーか反省しやがれ」

アンジェレネ「『……ふぁーい……』」

オルソラ「上条さん、少し……大人になった、のでございましょうか?」

アニェーゼ「オルソラ嬢?」

オルソラ「あぁいえ、私が見ようとしてなかっただけかも、でございますか」

上条「――ちなみに俺はオルソラのような常に全力で作ってくれる管理人さんがほしい」

アニェーゼ「テメーの発言には責任持ちましょうよ。ちったぁ、ね?」

アニェーゼ「あと今思い出したんですが、あんたさっき『100%の力で作ってやる』的な事言ってませんでしたっけ?」

アニェーゼ「その宣言はどこに行っちまったんですかい?まさか家出でも?」

上条「どうせ真っ正面から勝負したって勝てないだろうから、反則っぽい手を使ってみた。反省はしていない!」

ルチア「せい……ちょう?これが?」

オルソラ「目の錯覚でございましたね」

アンジェレネ「『は、はーい!以上試食を終了します!ありがとうございましたー!』」

アンジェレネ「『そっ、それでは!いよいよ審査員による投票となります!』」

アンジェレネ「『多数決で上条さんが勝てば寮母就任!負ければホームレス!さぁ明日はどっちだっ!?』」

上条「そんな過酷な条件じゃなかった。だから天草式の番地か、最寄りのビジネスホテル教えてくれよ」

アンジェレネ「『それではまずわたしっ!アンジェレネが選ぶのは――』」

アニェーゼ「ドコドコドコドコドコドコ……」

ルチア「シスター・アニェーゼ。わざわざ口でドラムを言わなくても……」

アンジェレネ「『――シィィィィスッター・オールソゥゥラアァァァァァァァァッ!!!』」

アニェーゼ「上条当麻ァァァ、退・寮ォォォッ☆」(巻き舌)

上条「なんっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっでだよっ!?どうしてその結論になった!?」

上条「ちょっとあっただろイベントが!小ネタをドヤ顔で披露して苦手なピーマンを食わせただろ!?」

上条「『わ、わたしは上条さんに感謝したいと思いますっ!』って場面だろここ!なんでスルーしてんだ!食欲に忠実かっ!」

アニェーゼ「声真似が予想以上に似てて気持ち悪いです」

アンジェレネ「『き、嫌いなモノは嫌いなんですよぉ!わざわざ使うって嫌がらせですかっまったくもう!』」

上条「予想以上にダメな子だった」

ルチア「根は……良い子なんですよ。根は」

アニェーゼ「――はい、って訳で短い間でしたがありがとうございました。上条さんの冒険はこれからですね!」

上条「ま、まだ分からないぜ!審査員一人だけしか発表してねぇんだしさ!」

アニェーゼ「男らしくねぇってもんですよ上条さん。多数決だって最初に決めたでしょ?」

上条「その決をまだ取ってないだろ!あと二人でミラクルが起きるかもしれない!」

アニェーゼ「いいですかい、奇跡っつーもんは起きないからこそ価値があるんであって」

上条「知ってるよ!でも可能性に賭けたっていい――」

ルチア「――私はあなたに票を入れます」

上条「――ぜ?」

アニェーゼ「マジですか!?あんだけ嫌ってたのにどんな心境の変化があったっつーんですかい!?」

アンジェレネ「『そ、そうですよぉ!――ってまさか!?弱みでも握られて!?』」

上条「俺に対して失礼すぎる」

ルチア「そうですよ二人とも。言って良い事と悪い事があります――シスター・アガター」

アガター「はい?」

ルチア「審査員でもなく、また審査の対象でもないあなたに聞きたいのですが、この勝負『どちらの料理が好ましく感じられたか?』で、合っていますよね」

アガター「はい。文言は違いますが、主旨はそれで合っているかと」

ルチア「なら私がどちらへ投票してもおかしくはない。ですよね?」

アガター「何らルールに抵触してはいません」

アニェーゼ「って言われても何が何だか、ですが」

ルチア「私はこの人物が寮で暮らすのには反対です。そしてまたシスター・オルソラの料理は素晴らしいものでした」

ルチア「その理念も含め、人だけではなくシスターの先達として見習うべきものがありました」

ルチア「ですが、私には時間が経っても美味しく食べられる料理。そちらを選択し、実際に作ってみせたことは高く評価したいと思います」

ルチア「……全員が全員、席に座って同時に食べられる訳ではありませんからね。いつもは」

アニェーゼ「……成程。そいつぁ筋が通っちゃいますね」

ルチア「技法がシスター・オルソラに比べて稚拙というのも、それは私たちを含めた全員がそうであり、彼を非難できる者は部隊の中でもいない、というのも」

上条「ありがとう?」

ルチア「感謝は結構です。私はただ自分が正しいと思ったことをしたまでですから」

アンジェレネ「『ちょ、ちょーっと意外でしたねぇ。まさか意見が分かれるとは』」

上条「あれ?これ意外と寮に残れるんじゃないか?」

アニェーゼ「――さってー、どうしましょうねー。あぁ困っちまいましたねー、こんな展開になるとは」

アニェーゼ「新入りとして鍛えるのも悪かねぇですし、このまま追い出してスカっとすんのもまた楽しそう」

上条「少しは本音を隠そうぜ!悪い顔しながら喋っててダダ漏れだから!考えが!」

アニェーゼ「やっだなぁ上条さぁん!上条さんがどれだけ誠意を見せてくれるかってぇのを期待してんですよ、こっちは?」

上条「ヤクザの発想ですね」

アンジェレネ「『あー、出ちゃいましたねー。シスター・アニェーゼのドSっぷりが』」

ルチア「いえあの、シスター・アニェーゼ。料理勝負なのにそれは少し不純ではないでしょうか」

ルチア「というか先程から静かですけど、シスター・オルソラも何か言ってくださ――っていない!?」

オルソラ『はーい!何かご用でございましょうかー!』

上条「キッチンの方に行って……何やってんの?」

オルソラ『いえ、私たちが作った食べ物の残りをですね。ちゃちゃっと用意しているのでございまして』

ルチア「いえ、ですから何故今用意を」

神裂「――あ、すいません。急に帰って来てしまった私が悪いんですよ」

神裂「出先で食べてくればよかったのですが、こちらが心配になりまして。食べないまま直帰してしまいましたから」

上条「おか、えり?早いけど、トラブルの方は解決できたのか?」

神裂「はい、ガセだったようです。私が向かうでもなく終わったとのことです」

神裂「が、この騒ぎは一体何事ですか?懇親会を兼ねてのイベントでも?」

上条「話せば長――くないんだが」

オルソラ「――はい、神裂さん。余り物で恐縮でございますが、どうぞ召し上がってくださいませ」

神裂「ナポリタンじゃないですか!懐かしい……修業時代によく食べましたよ」

上条「あ、俺作ったんだよそれ。料理勝負で」

神裂「またそれは珍奇な……メニューはなんだったのですか?」

アンジェレネ「『イ、イタリアンですね!』」

神裂「あぁ成程。それであなたの反則負けで終わったと」

上条「負けてねぇよ!今一対一のイーブンにまで持ち込んだんだからな!」

上条「――って神裂さん?お前今なんつった?」

神裂「はい?負けたんですよね、と」

上条「そのちょい後」

神裂「反則ですから仕方がないですね、と申し上げましたが」

上条「反則……誰が?俺?」

神裂「えぇ、ナポリタンは”和食”ですし」

上条「う、嘘だー!冗談上手いんだからー、こやつめー!」

神裂「いいえ。冗談などまったく申しておりませんが何か」

上条「ま、待てよ神裂!ナポリタンだぜ?ナポリのタンだからナポリっぽい名前なのに!?」

神裂「言わんとすることは分からないでもないですが、和食です。ナポリっぽい名前なのに和食のジャンルへ入ります」

上条「いやでもさ!そんなこと誰からもツッコまれてないし!」

アニェーゼ「あー……上条さん、さっき私言いましたよね?『初めて食べた』って」

アニェーゼ「てっきり私が知らないだけで、実はそんなイタリアンあったんかなーってぇ思ってたんですけど……」

上条「お、おい!待ってくれよ!声が本気のトーンで怖いんだよ!」

ルチア「えぇと、ナポリタンを知らないシスターは挙手を」 スッ

上条「ちょ、ちょっと待てってば!きっとローカルなメニューなんだって、だから一人ぐらいは知ってる筈!」

シスター全員 スッ

上条「全員知らないの!?あぁいや思い返せばそれっぽいリアクションだったけども!」

アニェーゼ「シスター・アンジェレネ」

アンジェレネ「『――はい、っていう訳で上条さんのルール違反により、勝者っ!シィィスタァァァァァァァァァァ、オーーールソーーラーーーッ!!!』」

オルソラ「あらあら」

アニェーゼ「上条当麻ァァァ、退ィィィィィィィ・寮オオオォォォッ☆」(超巻き舌)

上条「待てや!超待ってくれよ!流れが違う!こういう話の持って行き方じゃなかった!」

上条「なんかこうアニェーゼに理不尽な要求されて、『ちっ、仕方がねーな』的なやりとりの後」

上条「みんなそろって『ようこそ!』みたいな流れになってたよ!大団円の空気できてたもの!『よ』ぐらいは言いそうになってたし!」

アニェーゼ「でもルールはルールですから」

上条「納得行かねぇなぁ!はるばる来たのに滞在数時間で追い出されるってのはさ!」

神裂「あの、追い出されるとは一体?」

オルソラ「実はですね。3割ぐらいのシスターが入寮に反対致しまして、それでは料理の腕を競うという趣向に」

神裂「説明されてもサッパリですね。何故入寮が料理バトルと直結するのかが」

上条「冷静になると、俺もどうしてそんな流れになったのかよく憶えてない」

神裂「というかですね、皆さん。あの、ちょっと全員傾聴していただきたいのですが」

アニェーゼ「はい、なんでしょうか」

神裂「こういう話をするのは大変恐縮なのですが、シスター・アニェーゼ達はローマ正教ですよね」

アニェーゼ「えぇまぁ、ロンドン分派だと思って活動してますけど、それがなにか文句でも?」

神裂「いえそれに関しては何も。信仰を強要させるなど以ての外、違う宗派の方ともこうやって同じ屋根の下で暮らせるというですね」

上条「神裂、巻きで」

神裂「ではなくてですね、その、ここは『必要悪の教会』の女子寮でありまして」

アニェーゼ「それも知ってますが」

神裂「ですので人事件やその他保守管理に関しても、全てこちらが責任を持つということでして。大家と店子たなこ的な」

アニェーゼ「はぁ」

神裂「まぁぶっちゃけますと、上条当麻を受け入れる決定権はイギリス清教の私が持ち、皆さんが覆す権利はないんですけど……」

アニェーゼ「あー……そう、ですね」

上条「……」

シスター全員「……」

アニェーゼ「――ようこそ上条さん!ロンドン、『必要悪の教会』女子寮へ!」

上条「ウルセぇわ!超ウルセぇわ!何だったんだよこの数時間はっ!?」

上条「ムダじゃねぇか!所々ドヤ顔で言った俺の説教も料理あるあるも全部が空回してんだろこれっ!?」

上条「てか疲れてんだよ!どうせまた機内で一波乱あるんたろうなーって思ってたら、イベントはなかったし!どうなってんだよ!」

アニェーゼ「上条さん上条さん、あなたを一番追い込んでんのはあなたの芸人気質です。それも若手のリアクション芸人路線」

アンジェレネ「『の、ノイローゼ気味ですねっ』……あ、マイク切ろうっと」 カチッ

アガター「あ、片付けは私が」

ルチア「こんなにも時間が大切だと思い知るのは久しぶりです。ある意味有意義……ではなかったですね」

オルソラ「お昼の時間ですし用意を始めるのですよ。シスターの皆さん、何人がお手伝いいただければ幸いなのでございますよ」

アガター「はい。では私がお手伝い致します」

上条「お前らゴメナンサイしなよっ!心身ともに疲れ切った俺に対して!理不尽な労働を架したことをねっ!」

アニェーゼ「あ、じゃあ管理人へ案内しますんで、どうぞこっちへ。つーかまぁ玄関脇なんですけどね」

上条「だから俺の話を聞けよおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」



【ロンドン場所部屋・初日・結果 】
×上条当麻(JPN・学園都市・フリー)――0勝2敗
○オルソラ=アクィナス(GBR・ロンドン・イギリス清教)――1勝0敗
※決まり手;反則負け(ドヤ顔からの如何ともしがたい現実)

×アニェーゼ=サンクティス(ITA・ロンドン・ローマ正教)――0勝1敗
○神裂火織(GBR・ロンドン・必要悪の教会)――2勝0敗
※決まり手;正論(お前空気読むの上手くなったよな)



−第一話 終−

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