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Clock(trial)

胎魔のオラトリオ・第二章 『竜の口』




――フランス 某放送局

司会者『――はい、では続いてゲストのコーナー』

司会者『次世代を担うアーティストを紹介するってぇ主旨ですが!今日は何とはるばる学園都市からお客さんだよ!やったねチクショウっ!』

司会者『うっさいな!さっさとゲスト呼べってないでしょお!そんなにブーブー言うなよっ高木かっ!?……え、知らない?』

司会者『Great Old Five(ザ・ドリフターズ)の一人に、高木ブーという偉大なコメディアンが――』

司会者『死ねとか言うな!お前らに言われなくたって死ぬわ!長生きしてから死ぬわ!』

司会者『バツ一だけどねっ!一人娘も浮気しくさったクソアマに取られたけどなっ!それでも精一杯生きてるわ!』

司会者『つーかパパは頑張ってるからな!だから新しい野郎の事をそう呼んじゃダメだからねっ!』

司会者『――て、おいスタッフなんで止めやめよせ――』

……

アナウンス『暫くお待ち下さい』

……

司会者2『――はい、で、本日のゲストは学園都市からお越し頂いた――』

レッサー『ハーイどうも「Frog Eater(カエル食い野郎)」の皆さんはじめましてっ!そしてサヨウナラっ!』

レッサー『テロとの戦いに「ミーは怖いザンス」と逃げを打った、サレンダーモンキー(土下座するサル)の方々っ、生きてて楽しいですかー?』

レッサー『世界がテロと戦ってる時にお仕事しないで食べるご飯は美味しいですかねー?イタリア料理をパクったフランス料理、大人気ですしねー」

レッサー『それでもまぁ前サルコジ大統領は史上最悪の大統領で済んだんですけど、オランドみたいな俗物が国のトップって!』

レッサー『ねぇどんな気持ち?いまどんな気持ち?同性婚を国民投票せずに通して、EU議会選挙で保守政党に第一党を取られたのってどんな感じですかー?』

レッサー『こないだフランス国営放送――つーかここ見てたら、「オランド首相が世界の中心になる日がやってきました」ってジョークカマしてたんですけど』

レッサー『要は4時間以内に、エリザベート女王・ロシア大統領・アメリカ大統領と会談するっつーニュースでして』

レッサー『それどう見てもコウモリ野郎ですから!残念っ!』

レッサー『しかもサミットでアメリカとロシアへ良い顔するため、「二回昼食を取ったオランド」なんて書かれてんですけど、正気なんですか?』

レッサー『てーかBNPパリバ――あー、テニスのマスターズ主催社っつった方が良いですかね?まぁほぼ最高峰の大会運営してるフランスの銀行』

レッサー『パリバがイランやスーダンなどの制裁対象国相手に取引やってたらしく、100億ドル強(1兆1000億円強)の罰金払え、って言われてんですよ』

レッサー『オランド首相はそのケツを拭くために、クツを舐めに行ったってだけの話です、えぇ』

レッサー『加えてカエル食い野郎は強襲揚陸艦をロシア制裁決議ブッチして売ろうってぇハラなんですよね――この卑怯者』

レッサー『流石はフランスさん!現実を把握する能力が無く、チラ裏に書いた妄想を事実だと思い込む異能力!それに痺れる憧れる!』

レッサー『テロ支援国家を援助しているサレモンの皆さーん、頑張って下さいな。頑張ってフランスのGDPの5%超を差し出して下さいねー?』

レッサー『てかまた負けちゃうんですかね?フランスはまたまたまたっ負けちゃうんですかねぇ?』

レッサー『ガリア戦争で負けて、百年戦争でどうにか引き分けて、イタリア戦争で負けて、ユグノー戦争で負けて、三十年戦争で同盟国に潜り込んで、ネーデルラント継承戦争で引き分けて、オランダ侵略戦争で引き分けて、アウクスブルク同盟戦争で負けて、スペイン継承戦争で負けて、ナポレオン戦争で負けて、普仏戦争で負けて、第一次・二次世界大戦で同盟国に潜り込んで、第一次インドシナ戦争で負けてっ!』

レッサー『ファシスト野郎に首都が占領されて思いっきりナチスへ荷担していたのに、同盟国に取り戻されてからあっさり掌返した弱虫のみっなさーん!』

レッサー『戦後「あ、これじゃ流石にマズくね?」つってレジスタンスを持ち上げたのいいけど』

レッサー『実際には「軍人以外の戦争行為」かつ「戦闘地域以外でのテロ行為」であって、明らかな戦争犯罪でー』

レッサー『しかも一部のバカが「レジスタンスする俺超カッコいい!」と勘違いしちゃったせいで民間への圧力が強化されちゃったヒトー?』

レッサー『対テロ戦争で敵前逃亡したSurrenderMonkeysのみなさーんっ!生きてて楽しいですかーーーーーっ!?』

レッサー『あ、それはさておき「濁音協会」さんは潰しますんで、そこんとこヨロシク』

レッサー『あースッキリした。ってあなた達どなたさん――って離して下さい!私にはブリテンの未来を担う旦那様以外に触らせるつもり――』

レッサー『てか酷いコトするつもりでしょーが!エロ同人みたいに!……あ、嘘嘘、ジョーダンですってば、はい』

レッサー『いやですから頭を鷲掴みにはやめて下さぁwせdrftgyふじこlp』

……

アナウンス『暫くお待ち下さい』

アナウンス『……尚、以上の事をフランス人へ言うとマジギレされます』

……

司会者2『――はい、そんなこんなでARISAさんです。こんにちわーっ!』

鳴護『……え、はい、どうも、こんにちは』

司会者2『今のは、そのどちら様で……?』

鳴護『知らない人です!「生放送なんで連中に宣戦布告かましてやりましょーよ!」とか言ってましたし!』

マネージャー『てか95%フランスの悪口じゃねぇか』

鳴護『これ生放送だよね?色々とマズいんじゃ……?』

司会者2『さっきから抗議と絶賛する電話が鳴りっぱなしだと受付からクレームが来ています』

司会者2『でも一番多いのは「さっさとARISA出せ」だったんで、まぁ出しとけ、みたいな』

鳴護『えっと……恐縮、です?大丈夫かな?翻訳されてる?』

司会者2『学園都市の翻訳アプリ、きちんと動いてるみたいなので問題は無いですよ』

司会者2『と言うかそちらは?さっき同じく意味も無く乱入した一般の方、ではないですね』

マネージャー『かみ――マネージャーです!ARISAの専属の!』

司会者2『ずいぶんとお若いですねー、東洋人はまぁこんなもんでしょうが』

司会者2『さて!では何から――あぁ、台本これ?いいの?』

司会者2『まず「エンデュミオンの奇蹟」で有名なARISAさんですが、つい先日ユーロトンネル崩落事故でも見た、という噂があります』

司会者2『パニックになって、列車から飛び降りようとした人達を助けるために、車内放送で歌ったとか』

司会者2『その辺りの真偽の程はどうなんでしょうね?』

鳴護『あ、はい。私もユーロスターへ乗り合わせていた所までは事実です』

鳴護『ただ、それ以外はフィクションかなーと』

司会者2『やってらっしゃらない?』

鳴護『……その、私も正直憶えていない、と言いますか。落ち着こうとするので精一杯でしたので、あまり……』

鳴護『誰かを落ち着けるために歌を歌う、のは理解はしますけど……でもそれはスタッフの方が判断すべき事で、第三者が割って入るのは良くないと思います』

司会者2『でもですよ?実際にARISAさんなら「また歌が奇蹟を呼んだ!」みたいな感じで――』

マネージャー『すいません。その質問はそれぐらいで』

マネージャー『今も怪我で入院されている方も居ますし、あまり不謹慎なのは』

司会者2『ですかねぇ?そも現代であれば動画か写メの一つでも残ってそうなもんですしね』

司会者2『無い、って事はそんな事実存在しなかったんでしょうか。失礼しました

マネージャー『(良い仕事してんな「黒鴉部隊」!)』

鳴護『(お姉ちゃん、その……いつも、やってるから)』

鳴護『(カメコさん?とかのアップロードする動画を削除したりとか)』

マネージャー『(予想を裏切らない過保護っぷりですよねっ!あと削除したり”とか”の内容が気になるが!)』

司会者2『では続いて――視聴者から質問が届いています。えぇと――』

司会者2『「――ARISAさん、こんにちはっ!いつもアルバム買ってます!」』

鳴護『こんにちはー、ありがとー』

司会者2『「あたしはARISAさんと同じ夢を持っています。その夢に向かって努力を続けているのですが、どのようにすればいいでしょうか?」』

司会者2『――あー、この方もARISAみたいになりたいようですねー』

鳴護『ありがとうございます』

司会者2『まぁジュニアハイスクールからシンガーデビューして、一年経たずにEUツアーですからね』

司会者2『それはもう大成功している、って訳なんですが』

鳴護『そんな事ありませんよ。私なんてまだまだ、っというか全然でっ』

鳴護『むしろどっちかって言えば、その、ダメダメな方ですからっ!』

司会者2『そう、でしょうかね……?』

マネージャー(……あれ?何か話が噛み合ってなくね?)

マネージャー(『ARISAみたいな歌手になりたい!』って話なんだよ、な?)

司会者2『まぁいいや、とにかく、ARISAさんと同じ夢に向かってる、P.N「友達はボール!」さんへアドバイスをお願いします!』

マネージャー(友達少なっ!?)

鳴護『そうですねぇ、まず大切なのは――笑顔、だと思います!スマイル!』

司会者2『笑顔、ですか?』

鳴護『誰だって、どんな人だって、キツくて、辛くて、嫌になっちゃって』

鳴護『怖くて怖くて仕方が無い時、逃げちゃいたいなって事ありますよね?』

鳴護『そんな時にはですねっ、こう優しくお姫様だっこなんかして貰って』

鳴護『「間一髪か」みたいに、笑いかけられたら、うんっ!』

司会者2『え、あ、はい?』

鳴護『他にも相手を信じる事!それだけで、もう充分ですからっ!』

司会者2『相手……?』

マネージャー(やっぱ、何か食い違ってるような……?)

司会者2『えぇっと、ARISAさん?それじゃ、具体的に何か言ってあげて下さい』

鳴護『取り敢えず、はい、頑張って機会を作る事だと思います!遠くからじゃなくって、直接逢う!これ、大事です!』

鳴護『後はちょっとした事でもきちんとお話ししたり、他にもですね――』

鳴護『なんか、少し触ってみる、みたいなの?白井さん――友達が言ってたんですけど、タッチを増やしてみる、とかって』

マネージャー(え?何で白井の名前が出てくんの?)

鳴護『――とにかく!ライバルが居てもメゲないで!頑張りましょう!ねっ?』

司会者2『……あの、すいません?一体何のお話をしてるんでしょうか?』

鳴護『はい?叶えたい夢の話ですよね?』

司会者2『念のために聞きますけど――ARISAさんの、夢というのは?』

鳴護『お嫁さんですけど?』

マネージャー『空気読めよっ!?っていうか空気読みなさいよっ!』

マネージャー『普通分かるじゃんか!?何でこの「友達はボール!」さんがアリサに結婚相談持ちかけんだよ!?』

マネージャー『つーか音楽番組に呼ばれて婚活聞かれる筈がねぇさっ!なあぁっ!?』

マネージャー『そもそも話の内容が俺の話であって恋愛じゃねぇだろ!』

鳴護『……当麻君も、もう少し空気読んでもいいんじゃないかな、と思いました!マル!』

マネージャー『俺関係ねーじゃんか!?……ないよね?悪い事してないもんね?』

司会者2『……チッ』

スタッフ『……チッ』

観客『……チッ』

マネージャー『何かスタッフと観客さんがおもっくそ舌打ち始めたんだけど、これ俺が原因じゃないよね?』

マネージャー『贔屓のチームが浦和スタジアムで試合する時の雰囲気になってんだが、俺には責任ないよな?』

鳴護『……むしろ取って欲しい、っていうか?』

マネージャー『……はい?』

司会者2『――はい!と言う事でリア充は死ねば良いと思いますが!そろそろお時間です!』

司会者2『ではARISAさん、一言頂いてから歌へ行きましょうか!はいどーぞ!』

鳴護『え、あ、はいっ。そうですねー、んー?』

鳴護『鈍感な相手でも、追い詰めれば大丈夫!きっと何とかなるって!』

マネージャー『宣伝しよう?それ歌番の曲の前振りで使う言葉じゃないよね?』

鳴護『歌はARISA、曲は「笑顔の向こうへ」。英語verで、どぞっ」

マネージャー『ねぇ俺の話聞いてる?つーか柴崎さんこんな無理ゲーいつもやって――』



○To the other side of the smile(笑顔の向こうへ)

A gentle voice affects, and my mind is shaken.
(優しい声が響き、私の心を揺らす)
It is scary and more than others slow to be damaged by good at vomiting of the lie nevertheless.
(嘘を吐くのが得意で、だけど傷つくのが怖くそのくせ人一倍鈍い。)
There is no other way any longer.
(もうしょうがないよね?)
I want ..seeing with a smile.. to end it sadly. Because I am on the side.
(悲しい微笑み、終わらせたいよ。私が側にいるから。)
A vague smile unexpectedly strikes it ..me...
(曖昧な笑みは私を不意に殴りつける。)
You in the other side of the smile that it wants you to teach
(教えて欲しい、その笑顔の向こうにある君)

It grieves in a sad voice, and my mind is tightened.
(悲しい声で嘆き、私の心を締め付ける。)
The distances are long and slower well in the good laughter than anyone nevertheless.
(上手く笑うのが得意で、だけど距離は遠くそのくせ誰よりも鈍い。)
There is no other way any longer.
(もうしょうがないよね?)
I want ..seeing with a smile.. to start gently.
(優しい微笑み、始まりたいよ。)
A straight glance that I am on the side makes me puzzled.
(私が側にいてあげるまっすぐな視線は私を戸惑わせる。)
I want you to tell it. You in the other side of the smile …….
(伝えて欲しい。その笑顔の向こうにある君……。)



――回想 ブリュッセル南駅(ベルギー) 『N∴L∴』vs『S.L.N.』

上条「……なに?」

アル「いやいや難聴のフリは止めよーぜ?」

アル「現実を把握出来ないってんなら、そのまま何も知らないままで死んじまいな。そうした方が幸せだぜ」

上条「敵、なんだよな……?」

アル「だからそう言ってんじゃねぇか」

上条「『濁音協会』じゃ――!」

ウェイトリィ弟「……何?兄さん、説明してなかったの?」

ウェイトリィ弟「つーかだったらなんで一人で接触してたの?どこで遊んでたの?」

アル「何かアレじゃん、よくあるパターンの『こいつ絶対敵だろ!』みたいな正体不明の登場人物ゴッコやってました!」

ウェイトリィ弟「取り敢えず殴っていい?」

レッサー「『双頭鮫』――確か、シチリア系マフィアの魔術結社だったと記憶していますが」

レッサー「そちらさんが出てくるってぇのは、一体どういう訳でしょーかね」

フロリス「クトゥルー教団はハッタリ、つーか誤魔化しでそっちが本体だってオチ?安易だねー」

アル「……んー?何か誤解されてるみてーだから、最初に名乗って方が良いかな」

ウェイトリィ弟「あ、そちらのは結構ですよ。『ハロウィン』で盛大に騒いだようですし、お噂はかねがね」

レッサー「いやぁそれほどでも」

ランシス「多分誉めてない……」

フロリス「あとレッサーは速攻で捕まりそうになったのを反省した方がいーよ」

ウェイトリィ弟「いやいや。『必要悪の教会』を出し抜いたんだから、大したもんですよ」

アル「――で、俺が『双頭鮫(ダブルヘッドシャーク)』のアルフレド、こっちが最愛の弟で愛人のクリストフ」

クリストフ(ウェイトリィ弟)「兄さん止めよう?いい加減ホモネタは自粛しないと」

クリストフ「あと別に『愛』ってつけば、なんでかんでもポジティブな単語にならないからね?日本語難しいけどさ」

レッサー「二番目の形容詞をもっと詳しく!」

上条「お前も超反応するなよ」

クリストフ「まず『壁ドン!』から――」

上条「よく分かんねぇけどそれ以上は言うなっ!よく分かんないけどもだ!」

上条(――みたいな、ふざけた会話しながらも隙が無い)

上条(俺はアリサを背後に庇い、レッサー達はジリジリと間合いを詰めている)

アル「こっちのちっこいの、男だか女だかわかんねーナマモノは『野獣庭園(サランドラ)』の阿阪安曇(あさかあずみ)」

安曇(少年?)「逆。安曇は『安曇阿阪(あずみあさか)』と言う。見知りおくと嬉しい」

上条(色素の薄い少年――は、身じろぎも愛想笑いもしない。一見陽気なウェイトリィ兄弟とは対照的か)

上条(赤く澄んだ瞳を見てると、底の知れない深淵を覗いているような……確か、『深淵を覗くものは、深淵からも覗かれる』んだっけか)

アル「面倒臭い名前着けてんじゃねーよ。外人か!」

安曇「名前を付けたモノへ言って欲しいな、外つ国の魔術師」

クリストフ「……バカは放って最後にこちらが『団長』さんです。本名は知りません」

団長「……」

上条(四人目は更に異質だった)

上条(この季節にトレンチコーチを着て、中折れ帽を目深に被る長身の人間)

上条(それだけでも不審者まっしぐらなのに、彼を危険だと思わせているのは――)

上条(頭全体をすっぽりと覆う『鉄仮面』)

クリストフ「『殺し屋人形団(チャイルズ・プレイ)』のボス、というか団長をやってらっしゃいます。無口ですけどね、兄さんにも見習って欲しいぐらいで」

上条「……待てよ、お前ら!」

アル「だが断る!」

クリストフ「兄さんはちょっと黙っててくれないかな?反射的にボケる癖止めよう?」

上条「ステイルから聞いてたんだよ、俺は!今頻繁に動いてる魔術結社の話を!」

上条「『野獣庭園』も『殺し屋人形団』も!『双頭鮫』だって聞いてた!」

上条(『どうせこの中に一つ”アタリ”がある』みたいなオチだと思ってたのに――)

上条「それが『全部敵だった』って事かよ!?」

クリストフ「やっぱり僕たちの敵はイギリスさんですかねぇ」

アル「だーねぇ。その理解で合ってると思うぜ」

レッサー「自分達の組織の身元バレるのが怖くて偽装してました、でファイナルアンサー?」

アル「いやいや、そっちが勘違いしてたんだろ。つーか俺ら全員揃って出て来たんだから、隠すも何もねぇよ」

アル「――俺達が『濁音協会』だ」

ベイロープ「幹部、幹部ねぇ?『目撃者は全員ぶっ殺す』、みたいな剣呑さを感じるのよ」

安曇「話し合いによる交渉が決裂すれば、武力での交渉を始めよう」

安曇「安曇は争いを好まない。が、必要であれば否やはないぞ、うん」

アル「待て待てカミやんの疑問に答えてねーだろ。まずはそっちから片付けようや」

アル「こっちも誠意を示してるって理解してくれよ、なっ?」

フロリス「オンナノコ一人捕まえるのに、大のオッサンどもが一般人巻き込むのが誠意ねー?」

ランシス「『誠意』って言葉も軽くなった、よね?』」

アル「だよなぁ?笑っちまうよな?」

クリストフ「兄さん僕たちがdisられてるって気づいてあげて?ほら、ボケでスルーされると嫌味言った方が気まずくなるんだから」

クリストフ「言えた義理じゃないでしょうけど、一応こっちも幹部全員揃えて顔合わせ、みたいな感じですし」

クリストフ「今でも問答無用で襲撃しない辺り、話し合いの余地は残してる――と思って頂けだらな、と」

ベイロープ「……だから!仮にそっちの四人が結社のボスだったとしての話」

ベイロープ「それ要は『最大戦力が一堂に介している』のよね。警戒して当然でしょうが」

クリストフ「そうですが、まぁ?こちらは『味方以外は全て敵』状態、イギリスさんもフランスさんも敵な訳ですし、はい」

クリストフ「ぶっちゃけ事故直後のホームなんて、囲まれてボコられる可能性もですね、えぇ」

上条「それは!お前らがユーロスターに攻撃を仕掛けたからだろうが!?」

上条「大勢巻き込んで!敵を作らない訳がない!」

アル「くっくどぅーどるどぅー?」

クリストフ「直訳すると、『今日はよいお天気になりそうですよね?』だ、そうです」

上条「……こいつら……!」

レッサー「(落ち着いて上条さん!『これ』がクトゥルーなんですよ)」

レッサー「(一見マトモそうでマトモじゃない、異常そうで中身はもっと狂ってる。それが彼らです!)」

上条「(じゃあどうしろって言うんだ?)」

レッサー「(様子見と時間稼ぎですかね。向こうさんの言う通り、こっちはホームであっちはアウェイ)」

レッサー「(フランス当局が囲むのを待つのがベターでしょうな)」

上条「(ベストは?)」

レッサー「(駅のホームなのにアウェイとはこれ如何に?)」

上条「(取り敢えず思い付いたままボケるのは止めよう?俺の知り合いの可愛いけど残念な子にも言いたいけどさ)」

ランシス「(実家へ戻ったら、ご近所の誰それが、親戚の誰々が続々と結婚した話を聞かされ)」

ランシス「(『ホームへ帰ってきたのにアウェイだった!』……如し!)」

上条「(お前も無表情のまま乗っかってくんな!?てかなんだよその身につまされるような嫌な話は!)」

レッサー「(私らが今ここでぶっ潰すのが、一番後腐れは無いでしょうねぇ)」

上条「(やれんのか)」

ベイロープ「(――勝てねぇ喧嘩しかしねぇのかよ、マイ・ロード?)」

上条「(ベイロープ……)」

レッサー「(あ、あれ?いつの間に上条さん呼び捨てになってるんですか?)」

ベイロープ「(勝ち負けじゃなくて、必要だから、する)」

ベイロープ「(一度立てて誓いを破るな!それはあなたが救ってきた人を裏切る事にもなるのだわ)」

上条「(……悪い)」

ベイロープ「(弱いのは罪じゃない。弱さにつけ込むのが、罪よ)」

ベイロープ「(あなたが暴虐に腕を振り上げるなら、私はその手に握られた剣になる)」

ベイロープ「(怖れるな!あなたがどこの戦場でノタレ死んでも、私がその側で死んでやるから!)」

上条「(……あぁ!)」

レッサー「(あのぅ、すいませーん?ちょ、ちょっといいですかねぇ?)」

レッサー「(ベイロープがヅカっぽい呼び方をしてるとか、妙になーんか通じ合っちゃってるみたいなんですけど!)」

レッサー「(そこら辺の事情ですね、レッサーさんにちょぉぉぉっと話して見やがれ、みたいな)」

ベイロープ「(――レッサー)」

レッサー「(は、はい?)」

ベイロープ「(ごめん)」

レッサー「ごめんってなんですか!?ごめんって!?」

レッサー「いやそりゃ『ゴメンナサイ』の略だって事ぁ知ってますがね!そういう事じゃなくて!」

レッサー「なんで今!今今今っ!謝罪の言葉が出て来たかってぇ話ですよえぇもうっ!」

レッサー「密室!閉ざされた空間!若い男女!絡み合う視線!乱れた衣服!Dカップ!」

レッサー「このキーワードが表わしているものとは――ッ!!!」

フロリス「レッサー、声大きいよ」

ランシス「……あと後半は、ほぼ捏造」

安曇「交尾だな、うん」

アル「この安曇さん意外とノリノリである」

団長「……」

クリストフ「すいませんすいませんっ!真面目にやりますからっ帰ろうとしないで!」

クリストフ「ほら上条さん、今のウチに質問をどうぞ!団長さんがマジギレして見境無く暴れ出す前に!」

上条「……頭イタイな、別の意味で」

フロリス「フリークス程タチが悪いんだよねー、何をするか分からないから」

上条「魔術師なのに?」

フロリス「知識があんのと知能があんのは別問題じゃんか。何言ってんの?」

レッサー「ベネッ!その態度ディ・モールト宜しいですよっ!」

レッサー「フロリスはデレのないツンの姿勢のままでお願いします!」

ランシス「それ、ただの態度悪い人」

鳴護「――どうして」

上条「アリサ?」

鳴護「どうして私なんですかっ!?」

鳴護「私なんて、ただの無能力者なのに――なんで!」

アル「うーむ。まぁ核心的な質問、つーか疑問だよなぁ、そりゃ」

アル「てか予告状送ったじゃん?読んでねぇの?折角書いたのにさ」

上条「……あの電波10割のポエムをどう理解すりゃよかったって?」

鳴護「関係ない人達を一杯傷つけて――そこまで私に拘って!」

鳴護「そうまでしてやりたい事って、一体何なんですかっ!?」

アル「――『シィ』の帰還だ」

上条(『シィ』……?もしかして『C』か?)

上条(クトゥルーの、『C』)

アル「ルルイエで死して夢見る『シィ』、どうせだったら起こしてみようじゃん?的な」

鳴護「……えと」

レッサー「すいまっせーん、あの質問なんですけど良いですかね?」

アル「どうぞ」

レッサー「どうもです。あ、もしかしたらキツい聞き方になるかもですけど、他意はありませんから、あんま気を悪くしないでくださいな」

レッサー「つーか多分私ら一同を代表しての疑問なんですけど――」

レッサー「――頭おかしいですよね、あなた達?」

アル「実は俺らもそうなんじゃないかと薄々思ってたりもする」

ランシス「薄々なんだ……?」

上条「自慢するような事じゃねぇ!」

フロリス「クトゥルーなんて居るかどうかも怪しいイカを、何でまた?ムシャクシャしたー、みたいな?」

ベイロープ「第一、『帰還』を果たしたとして人間全員発狂エンドなんでしょーが」

アル「問題じゃない。存在するかしないか、『帰還』した後にどうなるのも、関係ない」

アル「だって俺達は答えを持ってない。証明する証拠を出すのも無理だし、帰還した例が無いんだから、どうなるかまでは保障出来ない」

アル「――ま、『今までの世界』なんてのが吹っ飛ぶのは確実だろーがな」

レッサー「『やった事がないから試してみよう!』ですか?まぁたタチの悪いどこぞの学園都市並の発想ですなー」

ベイロープ「また魔術師らしい自己中が……」

上条「魔術師連中こんなんばっかかよ!」

クリストフ「言わせて貰えるんでしたら、『グレムリン』のやろうとしている世界も大差ないでしょうに」

クリストフ「あっちは新世界の構築へ対し、僕らは『シィの顕現』」

安曇「むしろ安曇はこちらの方が穏当だ、と考えているな」

フロリス「だからクトゥルーがアルハザードが幻視た通りであれば、全員狂うんだってば」

アル「……でも、まぁ俺達は狂っちゃいるが、分別を持ってない訳でもないんだわ」

アル「だからこうして『お願い』へ来たんだよ」

上条「信用出来ねぇ――第一!」

上条「『ショゴス』みたいなバケモンけしかけといて、何が『お願い』だよ!脅迫の間違いじゃねーか!」

クリストフ「ですから、そこはですね?ウチの愚兄がチョロチョロしてましたよね、あなた方の周りを」

クリストフ「でもって実際に上条さんと学園都市の能力者、そして僕たちにとって最も脅威だった『多脚戦車』が分断できて、隙だらけでした」

クリストフ「手薄になった時点で鳴護さんを奪う事はしなかった、そこを考えて頂ければ」

アル「あ、ごめん。それ最初の計画じゃそうだったんだけど、『N∴L∴』の居残り組にガードされてて無理だったんだわ」

クリストフ「兄さんその説明要るかな?せっかくブラフかましてるんだから、少しぐらいは話し合わせてくれたっていいじゃない?」

フロリス「そらそーでしょ。あんだけ怪しいシチュでARISAの側離れたら、ベイロープに100叩きされるよ」

ランシス「……って、言ったのは私。フロリスは飛ぶ気満々……」

フロリス「ヤだなぁ、そんなことなっいてば」

安曇「と、いうよりもだ。アルフレドが『アレ』を制御出来なくなって逃がしたのが、今回の発端だと安曇は聞いている」

クリストフ「……あの、すいません。安曇さんも?ちったぁ黙ってろ、な?」

レッサー「予想以上にグダグダですねぇ」

アル「――と、言う訳で俺達の誠意は伝わったと思うが!」

上条「伝わってないよ。映画のキャッチコピーの『等身大の○○』ぐらい伝わってこないな!」

アル「てな感じで鳴護アリサ、渡してくんねぇかな?『穏便』に――」

上条「断る」

アル「――頼んでるウチに、って台詞完全に喰われちまったんだが、まぁいいや」

上条「お前らみたいな人の道踏み外した連中に、アリサ――いや、アリサじゃなくてもだ!」

上条「真っ当に生きてる人間を、はいそーですかって渡せる訳がねぇだろ!」

クリストフ「ですよねぇ?ほら、兄さん言ったじゃない。最初はもっと穏便に行こうって」

安曇「無理だろう。『神漏美』となれと言っても、うん」

上条「かみろみ……?」

クリストフ「まぁ仕方がない――でしたら、EUのあちこちで『アレ』が活動しますけど、それでも構いませんね?」

上条「……テメェら、バカにしてんのかよ!?」

アル「うんまぁぶっちゃけしてるけど」

クリストフ「兄さん、ぶっちゃけすぎ」

鳴護「あたしが犠牲になるんだったら――」

レッサー「――とか、は考えない方がいいですよ、鳴護さん」

鳴護「え」

レッサー「もしも、『それ』が出来るのであれば最初からしています。テロを起こしておいて、その後堂々と身柄を寄越せと言ってきたでしょう」

ベイロープ「そもそも、あそこで出し惜しみする必要はなかった筈よ。計画が杜撰すぎる」

クリストフ「どうでしょうねぇ、それは。たまたま制御不能だっただけで、本当は似たような『アレ』を何体も有している可能性は?」

クリストフ「指向性を持たせた襲撃には適さない。が、無差別攻撃であれば出来る――なんてのはどうですか?」

アル「うんまぁぶっちゃけハッタリなんだけどな、全部」

アル「そもそも『アレ』が量産出来たり、遣い勝手がいいんだったら、もっと別の所でテロやってんよ」

クリストフ「兄さん?後でお話があるからね?ご飯食べても寝ちゃ駄目だからね?」

アル「……よせよ、周りが見てるじゃねぇか」

クリストフ「やめてくんない?その『実は兄弟でイケナイ関係なんです』みたいなリアクション止めてくれないかな?」

クリストフ「ってかいい加減にしないとぶっ飛ばすよ?」

レッサー「出来れば動画を所望します!!!」

アル「ダメダメ。俺は独占したいタチなんでね――っていうかまぁ、ネコなんだけど」

レッサー「――で、まぁまぁどうします?こっちとそっちの利害は対立している、ですが」

アル「なんだかんだ言ったところで。解決方法は簡単だし。しかもそっちは一致してんだわな」

レッサー「でっすよねぇ?お互いにしたい事は同じ、って言いますか。まぁまぁ?」

レッサー・アル「「あっはっはっはっーーーーーーっ――」」

レッサー・アル「「――ここで、潰す――ッ!!!」」



――回想 ブリュッセル南駅(ベルギー)

アル「俺の壁になれ!盾一号二号三号!」

団長「――」

安曇「安曇はきゃら的に四号が好きだ、うん」

クリストフ「真面目にっ!皆さんどうか真面目にお願いしますよ!特に兄さん!」

上条(アルフレドは魔術詠唱――だが、その前に潰す!)

上条(キレてたのはレッサー――だけじゃない!)

上条(とっくの昔に会話を諦めた俺はずっと突っ込むのを抑えてた、っつーか!)

上条(『取り敢えず』で人殺すような相手、一回はぶん殴らないと気が済まない……ッ!)

上条(レッサー達よりも先んじて、俺がアルフレドへ殴りかかる!――しかし!)

団長「――」

上条(鈍重そうな図体には似合わない素早さ、どっかの学園都市の機械兵士さながらのスピードで『団長』が踏み込んでくる!)

上条「まずはっ、お前からだっ!」

上条(体格からすれば建宮やアックアよりもデカい!どう見ても直接戦闘向けの魔術師――て、色々矛盾してるような気がするけど!)

上条(だがデカいだけあってモーション自体は大きい!動作自体はまだ何とか見切れる――かっ!)

団長 ヒュゥッ!

上条(振りかぶった拳を紙一重で避け――)

ズゥン……ッ!!!

上条「んなっ!?」

上条(コンクリが軽く陥没程度の威力!?アックアのメイス並の威力じゃねぇか!)

上条(素手で受けたら即戦闘不能!あんだけの馬鹿力で捕まれてもアウト!)

上条(……ま、でも?慣れっこなんですけどねー、こっちは)

上条(こういう威力重視の直接戦闘タイプは大抵過信する事が多い!)

上条(高い攻撃力と防御力!どっちも魔術で物理法則無視してんだろうが――)

上条(――『右手』なら!)

上条「がら空きだっつーの!」

団長「――!」

上条(俺はそのまま団長の背中側から一撃を――!)

上条(入れよう、として『目』が合った)

安曇「――やあ、安曇は同情を禁じ得ない」

上条「背中に――張り付いて!?」

安曇「『綿津見ニオワス大神ヘ奉ル(しょくじのじかんだな)』」

安曇「『同胞ノ血ヲ以テ盟約ト成セ、我ラガ安曇ノ業ヲ顕現セン(では、いただきます)』」

上条(かぱ、と安曇の口が開く。背丈相応の小さな口が開く、開く、開く)

上条(――顎が外れ口は倍に広がり、中にはワニのような牙がビッシリ生えそろっ――)

ギャリギャリギャリキ゚ャリッ!

フロリス「――ぼーっとしてんなジャパニーズ!精神にクる攻撃すんのは『アレ』で体験済みでしょうが!」

上条(文字通り『呑まれ』そうになった俺を、フロリスの『槍』が安曇を一閃!軽い体は弾き飛ばされる!)

上条「すまん!恩に着る!」

フロリス「それよりっ前前っ!?」

団長「――!」

上条「クソっ!」

上条(立った今割ったばかりのコンクリートの塊を!優に1mを越えるソレを!)

上条(団長は素手で投げつけ――)

上条(『これ』は魔術じゃない!だから防げ――)

ランシス「ほいよっと」

上条(俺を後ろから抱きしめるような形で、ランシスの両手が、にゅっと石塊へ伸びる!)

上条(その十指の一本一本には、禍々しい色をした『爪』の霊装が填められていた!)

ジッ、ザザザザザザザザッイィンッ!

ランシス「……ま、こんなもの、かな?」

上条「……助かった」

上条(飛礫へ『爪』が触れた途端、さわった側から石片は砂へと姿を変える)

上条(初めて見る霊装、だよな?)

団長「――!」

フロリス「だから、前っ!」

上条「分かってるっつーの!」

上条(何とか距離を取りたい俺と離れたくない団長。多分ベイロープの『知の角杯』対策だろう)

上条(敵味方が密集している所へ範囲攻撃は撃ち込めない!)

上条(が、最悪、俺は『右手』で打ち消せば――あ、でも『持続的に続く力』とは相性悪いか――?)

上条(と、背中を見せて退くべきか迷っている所に)

レッサー「うっえっかっら、ドーーーーーーーーンッ!!!」

ズゥゥゥンッ!!!

団長「……!?」

上条(団長の砕いた石片の大きさはまちまち。小さなもので数十センチ、大きなものではメートル越え)

上条(その、大きめの破片をレッサーは『槍』で掴んだ上、死角へコソコソ回り込み)

上条(こう、後頭部へ、がーんって、うん)

上条「正義側の攻撃じゃねぇな……」

レッサー「どうでっすかっ上条さーん!私達の愛のコンビネーションを!」

上条「いや君、背後からぶん殴っただけだよね?」

フロリス「仲間を囮にしてなー。愛されてるネェ?」

上条「こんな愛はいやだっ!?切に!」

安曇「あぁ痛い。安曇は痛いのは好きではないのだけれども」

団長「……」

上条「……だよなぁ、まさか魔術結社のボスかこんだけでくたばる訳がねぇよな」

上条(両者は何事もなかったように――団長は首が曲がってるが――立ち上がる)

安曇「安曇は少しやる気を出そうと思う。勝負に負けるのは嬉しくない」

上条「――あぁいや、勝負は付いてると思うぜ?」

上条「てかもう終りだよ、お前らは」

安曇「うむ?」

上条「ベイロープ!」

ベイロープ「『さぁ吹き鳴らせギャッラルホルン!その音は雷鳴と化して蛇の中庭に響きわたらん――』」

ベイロープ「『――神々の黄昏が来た!(ラグナロク、ナウ!)』」

――イイイイイイイイイィィン――!!!

上条(ルーンを伴った雷光が!邪悪を打ち払う雷が!)

上条(ずっと後ろで術式の準備をしていたベイロープから放たれる!)

上条「……」

上条(だが、しかし、それは)

上条(向こうも同じ条件だって、俺は気づいた!気づいてしまった!)

アル「『Gate of open hollow through chaos. (混沌を媒介に開け虚空の門)』」

アル「『The intellect of the original first word of known the barrel strange appearance. (原初の言葉を知りたる異形の知性)』」

アル「『1 by one ..all.. and the person who becomes it. (全にして一、一にして全なる者)』」

アル「『Give birth to thick shadows and utter one's first cry!(漆黒の闇に生まれ落ちて産声を上げろ!)』」

アル「『――Shout. BattleRam!(叫べ、破壊槌!)』」

ウジュルズズズズズズスッ!!!

上条(俺は見た)

上条(アルフレドの翳した掌から、肉色の蔦が伸びた瞬間を!)

上条(まるで動物の臓物の如く絡み合い、うねり、蠢動する肉の蔦!)

上条(名状しがたい触手が雷光に囚われ――そして、両者は共に消え去る)

上条「……相打ち、なのか……?」

アル「だーねぇ。こう見ても殺し技だから、結構自信あったんだけど、まぁまぁ?」

アル「けど、まぁ?そっちは『もう限界みたい』だし、もう撃てないよな?」

ベイロープ「……くっ!」

アル「……なんかなぁ、あんまり格好つかねぇよなぁ。『前の戦闘で息切れしてたんで』みたいなーオチ?」

アル「出来ればどっかで再戦したいトコなんだろうけど、こっちも遊びじゃねぇんだよ、これが」

レッサー「……ですかねぇ?試してみたらどうです、お付き合いしますから」

上条(そうか……!こっちは『ホーム』なんだから、時間を稼げば――)

クリストフ「『時間稼ぎ』も良いんですが、でもやっぱり有利になるのは僕らの方ですよ?」

上条「な」

フロリス「……どーゆーイミ?」

安曇「安曇達は魔術結社の長だと言った。なら」

安曇「その『構成員』はどこに居る?」

ベイロープ「どこって、そりゃ」

アル「足止めしてんだよ、俺らに邪魔が入んねぇようにな」

アル「考えてみろ。命からがらトンネルから逃げ出したっつーのに、他の乗客はなんで降りて来ねぇ?」

クリストフ「物量じゃ分が悪いですがね」

アル「んで、カミやんプラス『N∴L∴』さんよぉ、一応聞いとくけど――」

レッサー「やってらんねーですな、こりゃまた」

フロリス「だっよねぇ、随分ワリに合わないって感じだし」

ランシス「かーらーのー?」

ベイロープ「『戦士』は逃げないのだわ」

上条「……はは。イギリスの女性”も”強ぇな」

鳴護「……当麻君、みなさん」

レッサー「ここまで言わせてんですから、『私が犠牲に!』みたいな事ぁ言いっこ無しですよ、鳴護アリサさん?」

レッサー「つってもま、私らはそれぞれ自分達の利益を確保するため、たまたまそうしているだけですからね、えぇ」

鳴護「……ごめ――」

レッサー「その言葉も嫌いじゃないですが。でも、どうせだったら別の言葉の方が嬉しいでしょうか」

鳴護「ありが、とう……?」

レッサー「お礼はブリテンの国益に適う事一つでお願いしますよ」

鳴護「えと」

レッサー「もっかいウチでコンサート開けっつってんだよ言わせんな恥ずかしい」

フロリス「あ、レッサーずるっこだ。ワタシサインほしーし」

ランシス「抱き枕……いっかいぶん」

ベイロープ「『スコットランドの花』、アンセムフルボーカルのWAVEデータでヨロシク」

レッサー「ちょっ!?なに私に便乗しようとしてんですかっ!恥を知りなさい、恥をねっ!」

上条「お前が言うな」

鳴護「当麻君は?」

上条「友達助けるのに理由は要るか?」

レッサー「ダメダメですなー。こういうのはノリで何かかるーくて、しょーもないお願い言っとくのが通ってもんです」

上条「つってもCDはいつも貰ってるし、今更これっつって……」

上条(インデックスとメシ奢って貰ったり、そーゆーのはたまにあるし。むしろ借りが溜まってんのは俺達の方で)

上条(何か適当で、それでもって大した負担になんないようなの……?)

上条(あ、そういやこれからEU回るし、メシもご当地料理ばっかになんだよな、当然)

上条(たまには日本のご飯も食べたくなるだろうし――よし!)

レッサー「決まりました?」

上条「おけおけ、俺に任せとけって!」

レッサー「……なーんか、いっやーな予感がするんですけど……?」

上条「俺に味噌汁を作ってくれ!」

鳴護「――ふぇっ!?え、えぇっ!それはっ、どういう意味でっ!?」

鳴護「ま、まさか『毎日』みたいな!そゆことじゃないよねっ!?」

上条「毎日?いや、作ってくれるんだったら、そりゃスッゲー嬉しいけどさ」

鳴護「……不束者ですが、うん」

レッサー「『うんっ』、じゃ、ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇですよおぉぉぉっ!」

レッサー「てーか上条さん!上条さんあなたって人は地雷を踏み抜くにも程があるでしょうが!?」

上条「え?」

レッサー「天然な分、難聴主人公よりもヒドいな!てーか鳴護さんも嫌なら嫌って言いませんと!」

レッサー「てかコレなに!?割と悲壮な場面だっつーのにコレて!」

レッサー「ここは勢いで私を口説く流れじゃないんですかねっ!」

レッサー「『俺、この戦争が終わったら実家へ帰ってパン屋を継いで、幼馴染みのあの娘と結婚してから裏の水門を見に行くんだっ!』」

ベイロープ「ドサクサに紛れて自分の欲望を全うしようとすんな。てかブレないわね、あなた」

ランシス「てかベッタベタな死亡フラグ……」

フロリス「あと水門関係ないよね?パン屋なのか農家なのかよく分からん」

アル「……ねぇ、お話続けていーい?ラブコメ終わった?」

アル「なーんか俺ら悪役っぽくて、超気分悪いんだけどさ」

上条「悪役だろうが、徹頭徹尾」

アル「悪役?俺らが?なんで?」

上条「……本気で言ってんのか!?」

アル「そりゃまぁ手段がアレだけどな。ま、伊達にクトゥルー教団名乗ってはねぇよ」

アル「が、お前らが俺達の敵だからって、『正義』だとか『正気』を名乗るのも、おかしな話じゃねーの、あ?」

上条「どこがだよ!だって――」

アル「――だって、『それ』、人間じゃねーじゃん?」

上条「……あん?なに?」

アル「お前の後ろで、それっぽい顔作ってる『それ』だよ、『それ』」

アル「そんな『バケモノ』を後生大事に護ろうとしてるお前らってさぁ、本当に正気なんかなー?」

上条「お前は――っ!」

アル「俺らは『バケモノと呼ばれたヒト』。それは否定しねぇし、その通りだと思うぜ?けどな」

アル「鳴護アリサは『ヒトと呼ばれたバケモノ』だ!そいつを使って何が悪い!」

鳴護「――っ!?」

アル「言ってみりゃ『生物』の枠に入るかうかも怪しいっつーの」

上条「関係ねぇだろ!そんなもんは!」

上条「意志があって疎通が出来て!誰かを大切に思う事が出来りゃヒトだろうがそうじゃなかろうが!」

上条「お前らみたいに誰彼構わず傷つけるような奴らが言ってんじゃねぇよ!」

上条「……アルフレド、アルフレド=ウェイトリィ……っ!」

アル「おっす」

上条「お前のらクソッタレな『幻想』は――」

上条「――俺が絶対にぶち殺す!」

アル「……良し!そう来ないとな!そうじゃねぇと『正義』じゃねぇよ!!」

アル「――が、だ。カミやん、どうすんのこの状況?気張ってみたって、詰んでんだろ」

アル「ウチの兵隊どもはバカばっかだが、基本イカれてる分死ぬまで動く」

アル「ましてやちっとぐらい銃を囓った武警が来たって、お前らの足を引っ張んが関の山って訳で」

アル「俺達は確かにMinorityだが、バカじゃねぇんだよ」

アル「わざわざイギリスとフランスの泣き所で事件起こして、最凶最悪の異端審問機関『必要悪』の介入を遅らせた」

アル「『専門外』だった学園都市の兵器も、護衛の能力者共々トンネルの中で足止め」

アル「よくある『悪の科学結社』とは違って、戦力を出し惜しみなんてしねぇ。最初から幹部四人と兵隊揃えてタマ取りに来てんだわな」

アル「……あぁやっぱつまんね。面白くねぇ」

アル「優勝が決まった後のプレミアリーグっつーか、消化試合みたいな?」

???「――ほう、随分と大口を叩くな、魔術師ども」

アル「あぁ?」

???「――だったら私が面白くしてやる……ッ!!!」

鳴護「――お姉ちゃんっ!?」

上条(物陰に隠れて近寄っていたシャットアウラは、円盤状のレアメタルを無数に撃ち出す)

上条(ずっと狙っていたのか、それらは的確にアルフレド達を囲むように配置され)

シャットアウラ(???)「上条当麻ぁぁぁっ!!!」

上条「――任せろ!」

上条(彼女の呼びかけで、俺は、右手を突き出した!)

上条(今から起きる大爆発から『みんな』を守る盾に!)

ズズズズズズズォォンッ!!!――パキィィッン!

上条(連鎖する爆発を『右手』で打ち消し、次第に爆音が遠ざかっていく!)

上条(妹思いの能力者の爆炎が収まった時、そこには大きなクレーターと粉々になった駅のホームがあって)

上条(アルフレドを筆頭とした奴らの遺体は影も形も、痕跡すら残せず消え失せていた)

上条「……終わった、んだよなぁ?……つい、さっきもトンネルん中で言ったけどさ」

レッサー「えぇ、終りですとも。『今』は、ですがね」

フロリス「メンドー……」

上条(皮肉っぽく笑うレッサーとへたり込むフロリス)

ランシス「……」

ベイロープ「――」

上条(ぼーっとしているランシスと周囲の警戒を続けているベイロープ)

鳴護「お姉、ちゃん?」

上条(アリサがシャットアウラを気遣う、という妙なシーンに耳を澄ませば)

シャットアウラ「……これ、保険下りるかな……?」

上条(心からの呟きに、俺達は笑みを零していた)

シャットアウラ「――で、貴様がアリサを放置していた件についてだが」

上条「締めたじゃん!?今のでオチてるからこれ以上はっ!」

シャットアウラ「あと貴様には私の味噌汁をお見舞いしてやろうかっ!」

上条「結構前から隠れてたんじゃねぇか!?だったら助けろよ!」

レッサー「遠回しなボロネーズっ!?ぐぎぎぎっ……ここにもまたブリテンの敵が居ましたね!」

フロリス「レッサーそれプロポーズ。ボロネーズはイタリアのボローニャ発祥のパスタ」

ランシス「日本語だとミートソース……あと、ブリテンの敵認定を量産しないで」

ベイロープ「そんなトリビアはいいのだわ。それよりこちらさんは――」

シャットアウラ「……自己紹介の前に場所を移そう。ここは少々埃っぽい」



――フランス 某病院 六人病室

シャットアウラ「――と、以上が今回の顛末だ」

上条「……そか、大変だったよな」

レッサー「いやぁ、あのあと警備室に連行されて大変でしたよー?」

レッサー「屈強なオッサンどもに捕まって可憐な少女の貞操がピンチに!」

上条「おい、フランス舐めんな。よく知らねぇけど、そんな事態にはならない」

ランシス「でもロルカに荷物を盗まれても、追っかけてはいけない、のは結構有名……」

フロリス「大使館へ駆け込むと、『荷物だけで済んで良かったよねぇ』って言われんだっけ?」

ベイロープ「つか具体的に何されたの?」

レッサー「『いやぁよく言ってくれた!』とジュース奢って貰って帰されました、えぇ」

上条「寛容すぎるな!国際問題間違い無しなのに!」

フロリス「頭イタイ子だと思われたんじゃないのー?」

鳴護「あー、たまにー生放送で見切れる人、居るよねぇ」

ベイロープ「中継とかで携帯片手にドヤ顔で映り込む奴かよ。私が身内なら絶交してるけど」

レッサー「でよねぇ。育てた親の顔が見たいってぇもんです」

ベイロープ「だからっ!あなたの事をっ!遠回しに言っているのだわ……ッ!!!」 ギュウゥッ

レッサー「ヘルゥゥゥゥゥゥゥゥゥプッ!?ハァイロゥンダァ(超巻き舌)が攻めてきたぞォォォォォォッ!!!」

ベイロープ「いい加減ケリつけてやろうかああぁぁぁあぁん!?」

鳴護「な、仲良しなんですね?」

上条「ですよねー」

レッサー「助けて下さい上条さん!私のケツが割れて半分になりましたっ!?」

上条「もう一々突っ込むのも面倒だよ!」

鳴護「……当麻君、不潔」

上条「アリサもこの子のテンションを分かってあげて!大体いっつもこんな事言い出すんだから!」

レッサー「……むぅ!中々やりますねっ鳴護さん!まさか私の『ケツ』と『不潔』を被せてくるとは!」

鳴護「してないよ!?」

上条「あと被せる意味が謎だな。つかARISAのイメージ悪くなるから止めろ」

ランシス「……レッサー、言葉言葉」

フロリス「うーむん。普段っから男っ気がないもんだから、ワタシも気をつけなきゃいけないのかも」

上条「っていうかベイロープが執拗にレッサーのお尻を狙う意味が分からん」

ランシス「ヒント、『女子校』……!」

上条「うん、まぁ別に興味は無いんだけど、一応話の流れっていうか社交辞令で聞くよ?べ、別に興味ある訳じゃないからね?」

上条「具体的なエピソードを頼む!」

フロリス「ペイロープの弱点はふくらはぎだと言っておこう」

上条「良かったら弱点を知った過程を詳しく。出来る限る情緒溢れる表現で頼む」

フロリス「最初はじゃれていただけなんだよねぇ。別に好きとか嫌いとか、そういうんじゃなくって」

フロリス「ホラ、オンナノコ同士で腕組むってあるじゃんか?あれの延長みたいでさ」

フロリス「たまたまベッドの上で、二人で寝っ転がってDVD見てた時の話」

フロリス「ワタシは別にまぁ、そんなに乗り気じゃなかったけど、なんかこうついつい盛っちゃってー、みたいな?」

上条「うん、それで?一線を越えたのはどっちから?」

上条「心理描写で感情を豊かに表現しつつ、比喩の少ない肉感的で写実的な表現で頼む!」

ベイロープ「オイ堂々と捏造とするんじゃないレズ予備軍。あとそこの百合厨は食い付き良すぎだろ」

鳴護「……その、リアルな体験談っぽい話に引くって言うか、当麻君の見ちゃいけない一面だったのなのかも……!」

レッサー「あ、レズるの好きなら絡みましょうか?地の文アリアリでこう、終わった後に『まったくこの子ったら』みたいな感じで!」

上条「やめろ!そんな事するんじゃないぞ!絶対にな!絶対だからなっ!」

レッサー「よーしそこまでネタ振るんだったらやってやりますよっ!さぁっベイロープ!」

ベイロープ「近寄るな」

レッサー「フロリス、私達の絆を見せてあげましょうよっ!」

フロリス「あ、ごめん。そういうのノーサンキューで」

レッサー「では『新たなる光』のお色気担当!ランシスと私の生き様を――」

ランシス「……また裏切るから、いや」

レッサー「見たか!我らの血で結ばれた円卓の絆を!」

上条「涙拭けよ。悪ふさげたした俺が悪かったから、なっ?」

上条「つーか円卓ってアーサー王伝説なんだろうが、あれ結局『嫁を寝取られた挙げ句負けました』ってオチじゃねぇか」

ベイロープ「あー……うん、そのなんだ。反省はしてるわよ?反省は」

ランシス「……ムシャクシャしてやった。でも割と満足している……」

上条「何の話――」

鳴護「あのー、当麻君?ちょ、ちょっと良いかなぁ?」

上条「はい?なに?」

鳴護「さっきからお姉ちゃんが下向いてブツブツ言ってるんだけど、そろそろ本題へ戻ってくれると……」

上条「ごめんなさいシャットアウラさんっ!?俺ら、ホラ!何か色々あって疲れちゃってて!」

シャットアウラ「上条コロス上条コロス上条コロス上条コロス上条コロス……!」

上条「え、俺限定で殺意がっ!?」

レッサー「お、ナイスな殺気ですな」

シャットアウラ「アリサが私以外と笑ってるアリサが私以外と笑ってるアリサが私以外と笑ってる……!」

フロリス「愛されてるねぇ、アリサ?」

鳴護「いやぁ」

上条「愛されすぎだろ!つーかどっから脱線した!?」

レッサー「私らの通ってるゴードンストウンは共学ですよ?」

上条「もっと前だ。てかお前らが学生やってた事に驚きだけどな」

ベイロープ「てか学校行ってないのにユニフォーム揃える方がイタイだろ」

レッサー「おやおやー?ご自分の事を棚に上げて第三次世界大戦の爆心地へ突っ込んだ高校生が居ますよー?」

上条「ありますよねー、そういう話。珍しくもないですもんねー」

鳴護「当麻君、少しは自覚しよ?まず認める所から始めるべきだよ」

レッサー「そしてこちらにも『エンデュミオンの奇蹟』を起こした歌姫さんが一人」

レッサー「これで騒ぎにならない、って方がおかしいでしょーなぁ」

鳴護「いやでも、地味だよ。ね?」

上条「だよなぁ?別に目立ってはない、よな?」

ベイロープ「一般人とそれ以外を一緒にすんな――てか、そろそろ話を戻しましょうか」

シャットアウラ「感謝する。ベイロープ、で良かったのか?」

ベイロープ「こっちも確認したい事ばっかだし。つーかさ」

ベイロープ「本当に『学園都市の協力は得られない』の?」

上条(あの後、俺達はシャットアウラに連れられて車――護送車で移動させられた)

上条(爆睡した俺が次に目を覚まして見たものは、フランス語で書かれた病院の門)

上条(そこそこ有名な大学病院なんだそうだが、そこで検査・検査・検査)

上条(夕方になって連れ出されて、前っから決まってた情報番組に出張。何故かついてくるレッサー)

上条(……そして『やらしかた』後、何故か俺とレッサーだけが説教を喰らう)

上条(夜遅くになって解放されてから、通訳付きでイギリス当局の人から事情聴取)

上条(つっても最初から根回しがあったらしく、『大変な事故でしたねー?HAHAHA!』みたいな茶番だった)

上条(……んで、深夜にさしかかる頃に解放されて、用意された六人部屋へ――)

上条(――来たと思ったら、病院着に着替える女の子達がねっ!つーかアリサ達なんですけどね!)

上条(……うん、ボッコボコにされて気がついたら今と)

上条「……」

上条「……着やせ、してたよなぁ……」

鳴護「うん?どしたの?」

上条「思い出してないですっごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!」

シャットアウラ「黙れ、外野」

上条「はい」

シャットアウラ「……と、今話したように最初から決められていた事だ――が」

シャットアウラ「私達『黒鴉部隊』が”勝手に”、持ち込んだ兵器とクルマが問題となっている」

ベイロープ「兵器ぃ?」

シャットアウラ「機械的に改造した能力者。要人警護用の対爆対弾対BC戦機能があるのが気に食わないんだと」

鳴護「柴崎さん……」

シャットアウラ「あのバカは命令違反を繰り返した上、『クルマ』の無断使用に無理な遠隔操作で神経系がズタズタ」

シャットアウラ「これでアリサに怪我でも負わせていたら、首の一つでも切ってやる所だ」

上条「リストラって意味だよね?深い意味は無いんだよな?」

鳴護「今、どちらに?」

シャットアウラ「一度学園都市へ戻ってオーバーホール――というか、休養を命じておいた」

シャットアウラ「肉体部分の損傷はともかく、それ以外はどうしても、な」

鳴護「……そっか。じゃ、良かった」

上条「すまん。俺が無茶頼んだばっかりに」

シャットアウラ「いや、お前に謝られる筋合いは無い。そもそも護衛対象でもあるお前を護るのは仕事の内だ」

シャットアウラ「むしろ部下の命を助けてくれた事を感謝しよう。ありがとう、上条当麻」

上条「……っ!」

上条(……そう言ってぎこちなく笑うシャットアウラの顔は、どこかアリサに似ている)

上条(元々が同じで、今は『姉妹』としてそれぞれを大事に思ってるんだから、それは当たり前なんだろうが)

上条(その『無防備さ』ってのが、なんか、こう、アレだ)

上条(なーんか『勘違い』しちまいそうになる、っていうかですね?)

シャットアウラ「どうした?」

上条「ん!?あぁいやいや別に何でも!」

上条「ただ『聖地巡礼してー」みたいな事言ってたけど、どうしたんかなーって」

シャットアウラ「ローランサン巡りは有給でも取ってくればいい。申請は取りやすいようにしてやる、と言っておいた」

鳴護「えっと、一人で?お姉ちゃん何か言われてなかった?」

シャットアウラ「うん?……あぁ、確か『一緒にどうですか?』とは言われたな」

鳴護「そ、それでっ?」

シャットアウラ「『なんで?』と応えておいたが?」

鳴護「……お姉ちゃん」

上条「あー……うん、まぁ!まだまだチャンスはあるし!」

レッサー「横からで恐縮ですが、シャットアウラさんはそちらさんがお嫌いで?」

シャットアウラ「特に何とも。それがどうした?」

レッサー「あっちゃー……他人事とは言え、聞いてて痛々しいですな」

上条「……えっと、どうしようこの惨事……?」

鳴護「言っても分かんないと思うけど、当麻君にも責任はあるからね?自覚はしなくていいけど、ってかされると困っちゃうけど」

上条「すいません……?」

シャットアウラ「――話を戻そう。さっきも言ったが、これ以降私達がアリサと行動を共にするのは不可能だ」

上条「そんなっ!?」

レッサー「仕方がありませんよ、上条さん。右手で握手しようって時に、後ろへ回した左手にハンマー持ってるようなもんですから」

レッサー「申告しなければ『あ、言ってませんでしたっけ?』で済む話なんですが、バレちまったら、はいオシマイ。そればっかりはどうしようも」

上条「俺が、余計な事を言ったから、か?」

鳴護「当麻君、そんな事無いよ!」

シャットアウラ「繰り返すがお前は関係ない。『敵』を甘く見すぎていた私達――ひいては学園都市に落ち度がある」

シャットアウラ「決して、決してお前達がやった事は間違いじゃない」

ベイロープ「その証拠が『コレ』なのよね?」

シャットアウラ「そうだな。あれだけの事をしでかしたのに『コレ』で済んでいるのが僥倖でもある……いいや、必然か?」

上条「『コレ』ってのは?」

ベイロープ「問題、あなたはユーロトンネルの中でど派手なドンパチを繰り返しました」

フロリス「具体的には列車をぶった切る×2、架線にモノぶつけて運行に多大なロスを与えたりー」

ランシス「明らかに条約ブッチした『戦車』を乗り回したり……」

上条「……怒るよねー、普通は。治安機関にケンカ売ってるよなぁ」

シャットアウラ「私も、というか私”達”は全員その場で射殺されても文句が言えないレベルの事をしでかしている」

シャットアウラ「公になれば確実に外交問題確定、連日連夜ネットニュースで人気者となるな」

レッサー「だってぇのに取り調べはヌルいは待遇は良いわ。しかも女五人に男一人放り込んでハーレム状態ですか!薄い本ですか!」

上条「前半と後半繋がってねぇ――事も、無いか?」

上条「旗から見りゃ非常識な対応、厚意的な待遇を受けてるのって」

シャットアウラ「それはお前達がユーロスターへ留まり、多くの乗客の命を救ったからだ――上条当麻」

シャットアウラ「もしこれが『自分達だけ逃げました』なんてものだったら、今頃留置所だったろうに」

上条「……無駄、じゃなかったんだな……!」

レッサー「ま、私らはトンズラしますけどね」

フロリス「だっよねぇ」

ランシス コクコク

ベイロープ「黙ってろおバカども。や、まぁ私も逃げるだろうけどさ」

上条「でもさ、それっておかしくないか?確かに俺達は、つーか『黒鴉部隊』は武器やクルマを隠してたけど」

上条「自分達を護るためにしてた武器が、オーバーキルだから取り締まるってのは!」

シャットアウラ「そっちは政治的な駆け引きだな。何と言うべきか……」

レッサー「本音と建て前の使い分け、国内法と国際法との兼ね合いとでも言うんでしょうかねぇ」

レッサー「例えばテロリストを摘発するためには証拠を集めて、裁判所へ逮捕状を請求してから検挙と相成ります」

上条「あぁ、お前らも元テロリストだもんな」

レッサー「うっさいですね!あんま騒ぐとちゅーで口を塞ぎますわよ!」

レッサー「いや、悪くないですな……むしろ率先して喋って下さいねっ!」

上条「……」

レッサー「あ、あれ……?そこでお口チャックマンするんでしょうかっ!」

フロリス「だからさぁ?レッサーのアプローチ、どっから情報仕入れてんのか分かんないケド、引くじゃん?つか引いてんじゃんか?」

フロリス「そもそも『抱いて下さい!』つって『喜んで!』みたいに即答するようなヤツが、ブリテンのためになる人材なわきゃないでしょー」

ベイロープ「それ、普通に駄目男よね」

レッサー「……うーん、うぬぬぬぬぬっ?」

ランシス「……どったの?」

レッサー「いえ、なんつーんでしょうかねー?こう、なんかフロリスのツッコミが、いつもにまして厳しいような……?」

フロリス「ん?ワタシ?」

レッサー「い、いやっ気のせいですね分かります!まっさか『新たなる光』のツン担当がデレる日なんて来ませんもんねっ!」

フロリス「勝手に決めんな。つーか誰がツンだ、誰が」

ベイロープ「それで?続きは?」

レッサー「あー、テロの話でしたっけ?あー、そうそう、アレですよ、アレ」

レッサー「実際にテロを取り締まる方は様々な法的制約が生じるんですよね。国内法・国際法のどっちもが」

レッサー「軍事行動でぶちかますにしても、する側は関連法を整備した上で、遵守しながら戦わなきゃいけません」

レッサー「当然、他の国のお伺いを立てなきゃ必要もありますし、場合によっては羽織ゴロから反対喰らうんですよ、えぇ」

レッサー「資金にしたってとどのつまりは税金ですしね。ヘタに不透明な使い道をすれば突き上げられますし?」

レッサー「けどテロリスト側は、違う」

レッサー「資金も強盗・脅迫・人身売買に麻薬の密売、ずっと囁かれている東側からの援助等々。実に他材で、多罪」

レッサー「昨今じゃ中東の盟主を気取る所がやってんじゃねぇの?みたいな事が公然と言われ始めて来ました」

レッサー「テロの方法も脅迫してやらせたり、子供を誘拐して洗脳したりと人道なんか知ったこっちゃあーりません。それが、現実」

レッサー「テロをする方は縛りなんて皆無なのに、彼らと戦う方は縛りプレイが多すぎってぇ話です」

上条「……テロリスト――この場合は『濁音協会』か」

レッサー「えぇ。あっちには制約もクソもありません――が、それを取り締まる側はそうじゃない」

レッサー「ブリテンじゃブリテンの法に、フランスじゃフランスの法の下で」

レッサー「ただ、それだけの話でしょう」

上条「……よくよく考えれば酷い話だよな」

シャットアウラ「だが、それもまた理屈ではあるのさ……アリサ」

鳴護「はい」

シャットアウラ「これ以上、『黒鴉部隊』――学園都市はお前についてはいけない」

鳴護「……はい」

シャットアウラ「加えて、イギリス清教の魔術師達も力を貸してはくれない」

シャットアウラ「私にとってすれば下らない理由だが、『そう』じゃないと友好もなにもなくなってしまうからだ」

レッサー「……コートの中に何を隠しているのか、それが分からない状態ならば握手も出来るでしょうが――」

レッサー「――あからさまに『銃を持ってる』ってバレちゃいましたからねぇ」

シャットアウラ「……なぁアリサ、よく聞いて欲しい」

鳴護「……」

シャットアウラ「お前は『逃げ』だと言うかも知れない。確かにそうなのだろう。否定はしないさ」

シャットアウラ「けれど、どうしてアリサでなければいけないんだ?他にも適役は居るだろうし、その」

シャットアウラ「……私の父親は『奇蹟』で命を落とした。お前が生まれた時に、戦って、死んだ」

シャットアウラ「私は父を誇りに思い――それ故にアリサにも牙を剥いた!『奇蹟』なんて要らないと!」

上条「シャットアウラ……」

シャットアウラ「けれど、お前は!あの時戦ったろう?『奇蹟なんて起きない!』と私を叱り飛ばして――」

シャットアウラ「――『奇蹟』を起こした。助けられない大勢の命を、助けてくれただろう?」

シャットアウラ「だから――帰ろう?」

鳴護「帰る、の……?」

シャットアウラ「……あぁそうだ。学園都市側からの許可も下りている」

シャットアウラ「ここまで大事になってしまった上、守りようがないんだったら仕方が無――」

鳴護「……私は、帰らないよ」

シャットアウラ「アリサ!」

鳴護「お姉ちゃんも知ってるよね?私が学園都市と『取引』した内容」

上条「……『取引』?」

鳴護「レディリーさんの帰還をお願いしたんだよ……伝えたい事が、あるから」

上条「エンデュミオン上層階に取り残されてるんだったっけ?」

上条「ラグランジュポイントを漂う、残骸の中で――独りで」

鳴護「……あの時、私は――あたしは『みんなが助かりますように』って祈ったんだけど――」

鳴護「――レディリーさんは、助けられなかった、よね」

上条「……そう、だな。それは確かに、そうだ」

シャットアウラ「だが!レディリーはアリサを!」

鳴護「お姉ちゃんも、だけどね?」

シャットアウラ「……」

鳴護「あ、ごめんごめん!責めてるんじゃなくて!そういうんじゃなくって、そのっ」

鳴護「お姉ちゃんとも仲直り出来るんだったら、レディリーさんとも出来るんじゃ、って」

シャットアウラ「アリサ……でもっ!」

鳴護「あたしは暴力へ何も出来なかったよ。レディリーさんに捕まってから、逃げ出せないままで」

鳴護「お姉ちゃんと争った時だって、当麻君が助けてくれるまでは。ただ、無力だった」

鳴護「……けど、あたしも、戦った!」

鳴護「誰かを誰かの代わりに殴りつける強さや」

鳴護「不当な暴力から誰かを庇える強さも」

鳴護「そんなものは無かった……でも!」

鳴護「あたしにはすべき事があって!あたしにしか出来ない事があったの!」

鳴護「だから……ッ!」

シャットアウラ「……アリサ」

上条「……強いんだよな、アリサは」

シャットアウラ「……当然だ、馬鹿者」

上条「おう?」

シャットアウラ「私の自慢の妹なんだからな」

上条「……だな」



――数分後

シャットアウラ「――とはいえ、だ。いざ現実的にどうしたものか、という問題がある」

シャットアウラ「大きな敵は五人。魔術師が四人とそこの冴えない男が一人……うむ」

上条「あれ?俺も敵にカウントされてんの?」

鳴護「学園都市側は、全然援助してくれないのかな?」

シャットアウラ「と、言う訳でもない。ないが……まぁ、望み薄だ」

上条「俺の知り合いの能力者とか、はマズいんだよなぁ」

シャットアウラ「『ほんの少し』の私達ですらこの有様だ。御坂美琴辺り呼んでバレてみろ、下手すれば第四次世界大戦だ」

上条「そーかぁ?アイツ結構海外旅行とかしてっけど?」

シャットアウラ「学園のカリキュラムで当たり障りのない観光地を点々とするのと、一応の外交使節を混同するな!」

上条「ビリビリはヘンな事しない――と、思うが!多分!」

鳴護「御坂さんはいい人だけど、他の人が信じるかって言えば……うん」

シャットアウラ「対爆対弾のキャンピングカーはこちらで用意するし、衣食住にかかった費用もあちら持ち」

シャットアウラ「加えて必要な人員――通訳と”称し”てボディガードを雇うのもアリだそうだ」

上条「……ま、普通のコンサートツアーなら妥当なんだろうけどさ」

鳴護「レディリーさんみたいな魔術師さんだと、うーん?って感じかなぁ」

上条「俺の知り合いの――」

シャットアウラ「却下だ」

上条「まだ言ってねぇ!?知り合いの魔術結社のボスに頼るっつー話なんだけど!?」

シャットアウラ「下手な部外者呼んでこれ以上の騒ぎになってみろ。『ARISA』の活動もし難くなる」

鳴護「あたしは別に。アイドルじゃなくってもインディーズで歌えるんだったら」

シャットアウラ「それに今回の抗争、相当な借りを作る事になるぞ?お前がもし『学園都市を離れて私のイスになれ』とか言われたらどうするんだ?」

鳴護「あー……ありそう」

上条「いやいや、ナイナイ。バードウェイ良い子だもの、口じゃ文句言いつつ付き合ってくれるって」

鳴護「当麻君にはちょくちょく注意しているけど、『好き過ぎてこじらせる』みたいのも注意した方が良いと思いますっ!」

シャットアウラ「その内刺されてしまえ」

上条「シャットアウラさんは本気で言ってますよね?その『叶ってくれれば良いなー』みたいな顔どーよ?」

レッサー「あのぅ、すいまっせーん?ちょっと良いですかねぇ?」

レッサー「今までのお話をまとめさせて頂くと、ぶっちゃけ『ある程度の関係者で一定の能力を持ったぷちりーなボディガード』であればいい、と」

フロリス「もすこし謙遜したほーがいいんじゃなーい?」

シャットアウラ「ぷりちー成分は要らん」

上条「言ってやって。シャットアウラさんガツンと言ってあげて!」

シャットアウラ「アリサで充分過ぎる程満たされてる、っていうかカブるわっ!」

上条「やっべェ!いつの間にか四面楚歌!?」

鳴護「あたしも当麻君サイドだと思うんだけど、っていうかお姉ちゃん人前でぷりちー言わないで欲しいかも」

レッサー「――ま、別に難しい話じゃないんですよね、これが」

レッサー「私達は所謂『魔術結社未満』の、団体」

レッサー「言ってみりゃ趣味が高じてやってるような『テキトー』な連中であり――」

レッサー「そんな私達が『好きなアイドルの追っかけ』て、EUを渡り歩く――なんて話、よくあると思いません?せんせん?」

鳴護「……危ないよ、そんなのっ」

フロリス「最初はねー、ワタシらも『あ、知り合いが来てる!』ってノリで顔出したんだケドー」

ベイロープ「ぶっちゃけそんなノリじゃ済まなくなってんのよ、これが」

上条「どういう事?」

シャットアウラ「ユーロトンネルでテロを起すような組織。連中の目的が世界平和である筈がない」

シャットアウラ「むしろ中心人物らしき『双頭鮫』の活動範囲を考慮すると、騒ぎを起こすのはEUだろう」

レッサー「んー、まぁ本音を言いますと私達――てか、私も世界がどうなろうと知ったこっちゃあないんですね」

レッサー「てーか上条さんも『知り合いのために戦う』事があっても、『世界のために戦おう』とはあんまりー、ですよね?」

上条「当然だ。『セカイのため』に戦うヤツって、ロクな事しなかっただろ」

上条「……だからって『個人のため』でもアレなヤツばっかだった気が……?」

レッサー「んがっしかぁし!私達は知り合いのため!たかだか乗り合わせた鳴護さんのために細やかながらお手伝い致しましょう!」

レッサー「それが義侠心ってもんですからねっ!えぇっ!」

鳴護「レッサーさん、ありがとう!」

ランシス「で、本音は?」

レッサー「鳴護さんへ恩を売るついでに上条さん籠絡出来たらラッキー、みたいな?」

上条「また思惑が軽いな!分かってたけどさ!」

シャットアウラ「信用出来るのか?能力的にも、信条的にも」

ベイロープ「こっちのおバカの下心はさておき、そんなに悪い話じゃないでしょう?」

フロリス「少なくともワタシら”そっち側”じゃ無理だった連中を倒したしー?」

フロリス「むしろアリガトウと言いたまえよ、ウン?」

シャットアウラ「なら、こっちも婚后インダストリィ製が半壊被害を受けている」

レッサー「あれはホラっ!共闘してる立場ですし、何よりもコントロールはそちらさんだったじゃないですか」

レッサー「外装甲がヘコんだのも、私が操作したんじゃありませんとも!」

シャットアウラ「火気厳禁のキャノピーの中で、焚き火をかましたバカが居てな」

シャットアウラ「”ガワ”だけが破損していれば、予備パーツを換装すれば修繕費は安く済んだんだよ」

シャットアウラ「お陰でコンパネから全部オーバーホールしなくてはいけなくなったんだが……?」

レッサー「そ、それはっ仕方がないでしょう!?私だって必死でやってんですから!」

シャットアウラ「――余談だが、”クルマ”の中は常にモニタされていてな」

レッサー「へ、へぇー?それがなんだって言うんです?」

シャットアウラ「移動中に暇だったのか、デタラメにスイッチを入れたり消したりした上」

シャットアウラ「シフトレバーを『レッサー!一番機、吶喊するでありますよ!』とか言ってガチャガチャやった姿が映っているんだが?」

レッサー「よぉしっ!過ぎた事は水に流しましょうかっ!明日とは『明るい日』って書きますしねっ!」

上条「話題の逸らし方が他人とは思えない。つーかビルよじ登るわジャンプはするわ」

上条「アホみたいな超起動兵器なのにあっさり捕まったのおかしいと思ったら、お前のせいか!」

シャットアウラ「ま、なんにせよあの状況では、逃げ出す『アレ』を止めるためにはチャージが最適だろうがな」

ベイロープ「なんか、ゴメンナサイね?後でシバいとくから」

レッサー「ともあれっ!選択肢なんかないんじゃないですかねぇ?」

レッサー「考えてみてくださいな!今回のツアーなんて危険が危ないに決まっています!」

上条「お前の脳の方がピンチだと思うよ?」

レッサー「若い男女!助け合う二人!ピンチの中で育まれる絆!あと、着やせっ!」

鳴護「あの、最後のいるかな?」

レッサー「いつしか二人は護衛とアイドルを超えた間柄に……ッ!!!」

上条「危険だと思う所が間違ってるよ!そんな話してたんじゃねぇし!」

シャットアウラ「一理あるな!」

上条「ヤッベぇこの部屋ボケしかいねぇぞ!?また俺ツッコミで喉を涸らす日々が帰ってくるのか!?」

ランシス「『へーい、レッサー。隣の家に塀が出来たってねぇ……!』」

上条「唐突に何言い出した!?」

レッサー「『よし、それじゃ記念にミントの苗をプレゼントしようか!向こうの庭をミント畑にしてあげよう!』」

ランシス「『このテロリストめ!』」

上条「オチてねぇしお約束じゃねぇし!つーかお前それ園芸ネタだから分かるヤツ少ないだろっ!?」

鳴護「当麻君、芸人さんばりに拾わなくても」

レッサー「で、どうです?この二人っきりで旅をさせるよりか、安心出来ると思いますよ?」

レッサー「今ならなんと!必要最低限のご予算で魔術結社未満がお仲間に!」

フロリス「未満言うな」

ランシス「レッサー、逆に胡散臭い……」

シャットアウラ「……そうだな!まずはアリサの身の安全が最優先だ……!」

上条「ねぇ?ちょっと聞いて良いかな?俺、シャットアウラさんの中でどんだけ危険人物だと思われてんの?」

シャットアウラ「いや、特にどうって事はない。気を悪くしていたら謝ろう」

上条「だ、だよねっ?オートマタん時から、どっちかってつーと共闘してたもんな?」

シャットアウラ「ただちょっと『私の本当の敵は魔術結社よりもまずお前だろうな』ぐらいにしか」

上条「随分具体的に嫌われてるじゃねぇかよ!?そこまで言われる程何かしたか!?」

鳴護「相性悪いもんねぇ、当麻君とお姉ちゃん」

レッサー「ま、ぶっちゃけ旅が終わる前に私がオトすんで、色々な意味で安心出来ると思いますよ?」

上条「打算的すぎるわ!愛情の欠片もないっ!」

レッサー「いやでも10代の恋愛ってそんなもんじゃないですかねぇ?なんかこう、『ちょっといいなー』で付き合ったり」

レッサー「自慢じゃありませんがおっぱい大きいですし、将来性も考えると先行投資しておいて損はないんじゃないかと」

レッサー「ね?一回だけでいいですから、一回だけノリで付き合いましょーよ、ね?」

上条「フザケんな!人生には取り返しのつかない一回があんだよ!」

レッサー「こう見えても尽くしますよー?ご奉仕しちゃいますよー?」

上条「だーかーらっ!」

鳴護「レッサーさん、押し強い……」

ベイロープ「ま、あの子の持ち味みたいなもんだし。本当にブリテン好きっつーか」

鳴護「本当に当麻君の事好きなんだねぇ」

フロリス「多分その『好き』は珍しい動物の『好き』だと思うンだよね」

鳴護「え?違うよ、それ」

ベイロープ・フロリス・ランシス「え?」

シャットアウラ「――分かった。ならば正式に――ではなく、非公式に――」

上条「マジで?こんな流れでいいの?」

シャットアウラ「大事だろう、そこも」

上条「否定はしないけど……いや、否定するよ!俺そんなに節操なくないもん!」

レッサー「”もん”て」

シャットアウラ「だがしかし貴様からアリサを守りつつ、ついでに魔術結社へ対抗出来る人材なんて貴重だろ?」

上条「逆逆、優先順位逆じゃないですかね?いい加減俺のハートが傷つきっぱなしなんだけど」

シャットアウラ「『勝手についてくる』、しかも『あやふやな連中』なのでグレーゾーンだからな」

上条「そりゃそうかもしんないが、納得がね?」

男「――話は全て聞かせて貰ったのよな……っ!!!」

ベイロープ「誰よッ!?」

男「カステラ一番!電話は二番!三時のおやつはチラメイドっ!」

上条「歌詞違ぇよ。てーかお前はコスプレに拘りすぎだろ!」

男「天草式十字せ――」

シャットアウラ「――っと捕まえた」 ギリギリギリギリギリッ

男「名乗りは最後まで言わせて欲しいのよなっ!?って締まる締まる締まってるのよ!」 タシタシタシタシ

シャットアウラ「見るからに怪しげな大男!『濁音協会』の幹部かも知れないぞ!」

男「誤解なのよな!?俺はこう見えて由緒ある魔術結社の教皇代理を――」

シャットアウラ「よし、ギルティだ」 プチッ

男「ノォォォォォォォォォォウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!?」

上条「……あの、すいませんシャットアウラさん?その人知り合いだから、そのぐらいで勘弁してあげて!」

シャットアウラ「私達にも気配を掴ませずにここまで接近出来た相手なのにか?味方相手にするなんて怪しいだろうが!」

上条「いや、まぁ、うん。『どう見てもそのアフロと服、隠密どころか写メされまくるよね?』とか思うけど、それも多分術式の一つだと思うし、うん」

上条「な、そうだよな?建宮?」

建宮斎字(男)「まだまだあぁっ!この俺を屈服させるにはシメが足りないよのな!」

ランシス「……要約すると?」

建宮「黒髪ロングって最高なのよ!」

シャットアウラ「取り敢えず、落とすな?」

建宮「アッーーーーーーーーーーーーーーーー!?」



――10分後

建宮「――ま、とどのつまりはメッセンジャーなのよな」

上条「つまりアレか?ステイル達が不用意に動けないから、天草式が代理で来た?」

建宮「いんや。もしヘマしたら『個人の独断でやった』で足切りなのよ」

レッサー「相変わらずエゲツないですなー、『必要悪』さんは」

建宮「そう心配はいらんのよ。『普通』の病院へ潜り込んなんざ。我らに取っちゃ朝飯前なのよ」

上条「んじゃ五和や神裂達も来てんの?」

建宮「いやー何人かは来てるが……女教皇は禁書目録のガード、五和は……ま、その、アレがアレして槍振り回しそうだから、自重させたのよ」

フロリス「うえ?禁書目録が『聖人』頼る程ピンチなの?」

上条「つーか五和の方はさっぱり分からない」

建宮「お前さん方の敵が『クトゥルー』である以上、禁書目録がターゲットである可能性も否定出来ないのよな」

建宮「何せ記憶する10万3000冊の中には『ネクロノミコン』も含まれるのよ」

シャットアウラ「ネクロノ?」

ベイロープ「クトゥルー神話に登場する魔導書、狂えるアラブ人が夜に鳴く魔神の声を書き綴った書物ね」

上条「そーいや最初の頃、そんな名前の本も憶えてるってドヤ顔で言われた気が……?」

建宮「連中の狙いが禁書目録で、こっちは大がかりなフェイク。女教皇達はそう考えてるのよな」

シャットアウラ「すまん。ちょっといいだろうか?」

レッサー「どぞ?やっぱり科学サイドには荷が重いですかね?」

シャットアウラ「正直その通りだ。お前達が何を言っているのかすら、分からない。というか――」

シャットアウラ「――お前達の方こそ、正気なのか?」

レッサー「何を根拠に?自身の正常性を疑うのは良い事だと思いますがねぇ」

シャットアウラ「初めて話を聞いた時にも思ったが、『それら』はフィクションだろう?個人が作って暇人が広めた創作物だ」

シャットアウラ「……私も日本での生活が長い分、多少はオリエンタル・アミニズムにも詳しくなっている。例えば、そうだな」

シャットアウラ「ツクモガミ?全てのモノに神が宿り、神性を持つという思考も理解出来る」

ベイロープ「汎神論ね。インドや古代ギリシャ辺りが発祥の」

上条「オリエンタル関係ねぇな」

フロリス「オリエント文明って習わなかった?欧州から見れば『東っぽい蛮族』を一括りでそう呼んだんだよ」

フロリス「もっと勉強した方が良いんじゃん?」

上条「……お前、俺に厳しかねぇかな?チャラにするとかって聞いたんだけど」

レッサー「んぅ良し!良い感じのツンですよフロリス!」

レッサー「そのまま適度に痛めつけ、傷ついた所を私が慰める!これこそ完璧ですなっ!」

ランシス「……汚れた思惑がただ漏れになってる……」

上条「たまーにこの子、ネタでやってんじゃないかって思うんだよなぁ」

シャットアウラ「日常品に感謝して供養したり、土木作業の時に祈祷するのも理解はする。だけれども!」

上条「地鎮祭な?土木作業言うな」

シャットアウラ「『そんなモノ』に神は宿ると?フィクションに過ぎない存在にもか?」

建宮「そうよなぁ……まず結論から言うと、『ネクロノミコンは実在し、それ相当の力を持った魔導書』なのよ」

シャットアウラ「信じがたい話だ」

建宮「あ、そこら辺は絶対なのよ。なんせ俺達が戦ったんだから」

上条「そうなのか!?日本にも連中が居たって!?」

建宮「いやいや。やり合ったのはイギリスなのよ。『必要悪の教会』の入団試験で攻撃されたのよな」

建宮「そこら辺の事情も含め、『敵』の情報を託すに相応しいと思われたのが天草式なのよ」

レッサー「ほへー、って事は既に『濁音』とやりあってたと?そいつぁ初耳です」

ランシス「(多分ニホンダルマの出店準備で忙しかったころ……)」

ベイロープ「(よね)」

建宮「それも違うのよ。奴らとは別口の魔術師であって、クトゥルー教団じゃないのよな」

シャットアウラ「意味が分からん」

建宮「そっちのおねーちゃんの疑問には答えた筈なのよ――『ある』と」

建宮「実際、魔術的にもネクロノミコンは力を持った魔導書なのよな」

シャットアウラ「納得出来るか!私はよく知らないが、世界が滅びるような魔術が使えるんだろう!?」

シャットアウラ「そんなものが存在して良い訳がない!」

建宮「あー……混同してるのよな、お前さんはよ」

シャットアウラ「何が!?」

建宮「『ある』と『できる』は別の話なのよ。これが」

ベイロープ「……あぁ成程。そういう事ね」

上条「すいません、俺にも分かるように」

レッサー「さぁっ!言っておやりなさいな、ベイロープさん!」

フロリス「いやアンタも分かってないじゃんか」

レッサー「いやですよぉ。人が折角見せ場を作ってやろうって配慮してんのに、言わせんな恥ずかしい」

ランシス「……魔導書は『ある』。そして『できる』と書かれてる」

ランシス「……ても、本当かどうかは分からない、って話…?」

レッサー「まさかのランシスが核心を突いたっ!?」

上条「やっぱ分かってなかったんじゃねーか。つーかアリサ大丈夫か?」

鳴護「うーん?お勉強しなきゃいけないのかなぁ?」

上条「専門分野は専門家に任せておいた方が良いぞ。素人が首突っ込んだって邪魔になる」

レッサー「――と、毎回首突っ込んでる方が言うと説得力ありますよねっ!流石ですっ!」

上条「グーで殴るぞこの野郎」

建宮「そうさな、あぁっと……おねーちゃん、アステカ神話は知ってるのよ?」

シャットアウラ「今ある世界は第四の太陽であり、世界はジャガーが呑み込む、だったか?」

シャットアウラ「あと私を『お姉ちゃん』と呼ぶんじゃない」

建宮「エッダ、北欧神話は?」

シャットアウラ「フェンリル狼が太陽を呑み込む――と、こっちも狼なのか……?」

建宮「あ、それは本題と関係ないのよ。んじゃヒンドゥーは?」

シャットアウラ「ヒンドゥー……?あぁインドは確か」

上条「シヴァって破壊神が全部ぶっ壊す?」

建宮「正解。カリ・ユガの終りにハリ・ハラが現れるでもいいのよな。で、最後に仏教、ブッティズムの『オワリ』はどんななのよ?」

シャットアウラ「あれに明確な終りは無かった筈だが……?」

ベイロープ「ブッダの入滅から56億7千万年後に現れる弥勒菩薩、よね」

建宮「大体合ってるのよな。釈迦の入滅後、定期的に末法思想が広がり、それらは信仰に影響を与えてきた」

建宮「キリ――十字教でも黙示録や千年王国は有名なのよな」

上条「ま、確かに世界各国、色んな所で色んな終末論はあるわな。それが?」

レッサー「あるぇ?まだ分からないんですか?」

上条「レッサーさんはご存じなの?出来れば教えてみろや、出来るんだったらば」

レッサー「さぁっフロリスさんあなたの出番ですよっ!」

フロリス「おっけー。まーかせて。えっとねー」

レッサー「ここでまさかの裏切りがっ!?」

鳴護「どっちかって言えば、レッサーさんの方が裏切って言うか、なすりつけようとした、って言うか」

フロリス「今言った全部の『神話』は例外なく魔導書が作られ、実際に魔術が使われてんだよ、うん」

フロリス「ワタシらだって北欧神話をベースに――あ、逆か。ベースにしたのを北欧神話でアレコレしてんだけど」

ベイロープ「余計な事は言うな。先生にモフられる」

フロリス「これ、つまりそれぞれの魔導書や魔術が『ある』って証明だよねぇ?ねっ?」

上条「少なくとも神話を模して霊装や魔術使ってんだから、まぁ、証明にはなるのか……?」

フロリス「でも――あ、こっちからがキモだかんね?よく聞いててね?――世界にはイッパイ魔術があって、そのオリジンになった神話もある」

フロリス「ついでに言えばその殆どに『終末』が書かれてるんだけどぉ――」

フロリス「――その『オワリが来た』のって一回もないじゃんか」

フロリス「具体的に『世界が終わった』事は」

上条「……確かに」

建宮「その通りなのよな。魔術は『ある』のよ、それは絶対に」

建宮「だがしかし『できる』かどうかは別問題」

建宮「例えそれが魔導書に載っていたとしても、『過去一度も世界を終わらせた魔術師は存在しない』のよな」

シャットアウラ「クトゥルーは『ある』。が、世界全てを発狂させるような事が『できる』かは未知数、だと?」

建宮「……ま、術者が力及ばず、どっかのエロい下乳魔神みたいに尊大な魔力を持たない限り、絵に描いた餅なのかも知れんのよ」

ジジッ

建宮「……ま、術者が力及ばず、どっかのお美しい魔神様みたいに莫大な魔力を持たない限り、絵に描いた餅なのかも知れんのよ」

上条「なんでお前二回言ったの?てか今ノイズが……?」

建宮「俺達が出会った『クトゥルーの魔術師』も、効果範囲は精々数十メートルってトコだったのよな」

ベイロープ「『人類全てを発狂させる』だけの効果を得んのに、どんだけのテレズマ遣うかって話よね」

上条「……そっか。確かに得体の知れない相手だが、だからって『魔術サイドのセオリー』からは逃れられないのか……!」

建宮「そもそものネクロノミコンだって、どっかの誰かが『造った』シロモノなのよ」

レッサー「裏を返せば『20世紀の魔導書書きの技術で造られた』のであり、決して例外やキワモノではない、と」

建宮「俺が個人的に睨んでいるのは、クトゥルーに関わった者が例外無く『発狂』するのよな」

建宮「あれ、何かに似てると思わないのよ?」

上条「頭がおかしくなる……?」

レッサー「なんかありましたっけ?つーかなんで皆さん私を見てんですか?」

ベイロープ「――そうか!『原典』の精神汚染よ!」

フロリス「レッサー、もうちょっと勉強しなよ」

ランシス「素人と同レベルて……」

レッサー「ぐぎぎぎぎ……」

建宮「巷にある『クトゥルー』の魔導書、それらは本当に『クトゥルー』なのか?」

建宮「――『読んだ者は力を得て、同時に身の破滅を呼ぶ』――」

建宮「――それは『原典』の魔導書と同じなのよな」

シャットアウラ「待ってくれ!その言い方だとクトゥルー神話の作者が『そっち』の知識を持っていて!」

シャットアウラ「『既存の魔導書の関係をクトゥルーの設定に引用した』みたいな言い方に聞こえるぞ!?」

建宮「可能性はある、とだけ言っておくのよ……ま、別に力を求めた者が破滅する話なんぞ、古今東西珍しくも無いのよな」

上条「とにかく脅威は脅威だけど、既存の魔術師とそんなには変わりが無い、って事なんだよな?」

ベイロープ「対策がやりにくいっちゃやりにくいけど、そんなもんは誰が相手でも同じよね」

レッサー「とはいえですよ、知ってるに越した事こたぁないでしょーがねぇ。うむむむ」

フロリス「今っから全員で小説でも読む?ワタシはちょっとパスしたいなぁ」

建宮「あー……”それ”が来た理由の二つ目なのよ。向こうさんの出方を教えに来たって言うのよな」

上条「あぁ、こないだやりあったからって?」

建宮「そっちは一つ目なのよ。禁書目録の『非公式見解』は伝え終わったのよな」

上条「え!?今のインデックスの解釈だったの!?」

ベイロープ「向こうさんの立場上色々あるのだわ」

フロリス「てかボカしてんだっからツッコムの止めなよ。つーか空気読めっての」

鳴護「誰かに責められる当麻君って新鮮……!」

シャットアウラ「いいぞもっとやれ!」

建宮「いやでもアレ、なんつーか――アレ、なのよな?」

ランシス「やっぱ、そう思うよね……?」

建宮「どう見ても――まぁ、五和には言わないでおくのよ。そっちの方が面白そうだし」

建宮「ともかく!こっからは俺達が日本に居た頃の話に聞いた話!」

建宮「『野獣庭園(サランドラ)』の安曇阿阪、別名”墓穴漁り”――」

建宮「――野郎は『タダの魔術師』なのよな」



――六人病室 深夜

上条「待て待て。連中クトゥルー教団名乗ってるよな?だってのに他の魔術遣うってのかよ?」

建宮「んー、ま、そこら辺は結構難しいのよな。考えられる点は二つ」

ベイロープ「そうね、アイナオ・クルス――ケルト十字って知ってる?十字架の背後に丸い輪っかくっがついたデザインの」

レッサー「所謂、『太陽を示す円環』と『太陽と地平が交わる十字』の融合した形です」

ランシス「……あれ、太陽じゃなくって、月」

レッサー「大昔は月信仰も盛んでしたからね。ま、そこは意見が分かれていますが」

上条「あぁ何か映画で見た事ある気がする」

ランシス「あれ、『キリスト教が布教されるよりもずっと昔から使われてきた』、の……」

フロリス「十字教言いなよ。てーかぶっちゃけんのイクナイ」

鳴護「……はい?十字教が信仰されるより前から、十字架使ってたんですか?」

ベイロープ「元々はルーンと同じ魔術様式の一つだったのよ。一説にはアレ自体もある種のルーンだって話もあるぐらいだし」

建宮「『十字架』ってぇのは『神の子が我らの罪を背負われた』という象徴。それが十字教の根底にある『原罪』の概念なのよ」

建宮「が、それとは別にアイルランドでは『死と再生のシンボル』としてケルト十字が使われていたのな」

上条「ウロボロスの蛇のような『円環』……?」

レッサー「おっ、よくご存じですねー。系譜は同じですよ」

上条「昔――いや、最近誰かから聞いたような……?」

ランシス「聖パトリックがアイルランドで布教を始め、私達は受け入れた……」

ランシス「……その時にケルト十字は十字教のシンボルに代わった、の」

上条「へー?同じ十字架だし大事だから、一緒くたに崇めたみたいな?」

レッサー「だけじゃないですね」

フロリス「ワタシの地元でも『ウェールズの赤い竜(Y Ddraig Goch――ア・ドライグ・ゴッホ)』って伝承があんだけどさ」

上条「イギリスっつったら竜退治?」

フロリス「半分アタリ。でもってハズレ」

フロリス「『赤い竜』は『白い竜』を退治した正しい竜であり、ウェールズの象徴になってんの」

上条「あれ?十字教のドラゴンは悪者じゃなかったっけ?」

フロリス「そんだけワタシらとは切り離せなかったって事っしょ、多分」

ベイロープ「ちなみにそっちのアフロが着てる赤十字ロングTシャツ、聖ゲオルギウスのシンボルってのが有名だけども」

ランシス「アーサーの赤十字でもある、うんうん」

建宮「『異教を取り入れる』ってのはどこの国でも当たり前のようにしているのよ。十字教の悪魔は元々シュメールの悪魔」

建宮「日本の仏教はインドの神様。シヴァ神も大自在天や大黒天として崇められているのよな」

建宮「我ら天草式十字凄教も十字教の聖母信仰へ観音様を取り入れ、マリア観音とか生み出しているのよ!」

シャットアウラ「……それ逆に失礼じゃないか?」

ベイロープ「てーか隠れキリシタンは『原罪も許した』って超解釈してたから、ローマ正教との仲はあんま良くなかったのだわ」

建宮「兎にも角にも!魔術師が他の信仰を取り入れてアレンジするのは珍しくも無いよな!」

上条「そっか。じゃ安曇は『元々別の魔術系統を使ってたけど、クトゥルー風にアレンジしている』で合ってるか?」

ベイロープ「それが一つ目の推測。もう一つは『偽装』よ」

鳴護「自分達の正体を知られないようにするため、でしょうか?」

建宮「俺はどーもその説が合っているとは思えないよのな」

レッサー「ありそうな話ですけど、どしてまた?」

建宮「安曇阿阪はお前さんがたの前で術式を使っているし、名乗りも上げているのよな」

建宮「そっから野郎の身元がバレで、禁書目録に解析されて、日本の魔術師界を知ってる俺が派遣された」

建宮「隠すんだったら徹底的にしなければ意味が無いのよ」

ベイロープ「……いや、なんか、おかしい。納得がいかない。腑に落ちない」

レッサー「ベイロープさんの『勘』は今一精度に欠けますけどねっ!」

ベイロープ「結果的には『ブリテンのため』になったんでしょーうがっ!あぁっ!?」

レッサー「おーけー落ち着きましょうベイロープ?まずはその花瓶を離す所から対話を始めるべきだと思うんですよ、えぇ」

レッサー「花瓶を離して話すとはこれ如何にっ!?」

上条「やめろ無理矢理ボケるな」

鳴護「ふなっし○プリッツを買ったら、丁度頭の所が切り込み線になってて、『え!?頭を切断するのっ!?』って思いましたっ」

上条「ARISAそんな日常あるあるは要らん!つーかアリサふなっ○ー好きか!?」

ランシス「……切っちゃったの?ざっくり?」

鳴護「袋の底の方をこう、チョキチョキって」

レッサー「現役アイドルの方がインパクトが強い!これはなんとかしなければ……!」

上条「いいから話を聞け。文字通り雷落とされっから」

ベイロープ「てーか話す機会が遅れたけど、トンネルの中に居た『アレ』の事なんだけど」

ベイロープ「『アレ』は科学サイドのバケモノよね?」

シッャトアウラ「待ってくれ!私達の世界でもあんなのは聞いた事が無いぞ!?」

ベイロープ「行動原理が『生物』に限りなく近い。尚且つ『進化』する」

ベイロープ「何よりもテレズマ――『魔力』が感じられない」

ランシス「ビリビリ……無かった」

シャットアウラ「『術式』よりも『生物』らしいと?」

建宮「俺達の流儀はよ。自分達の良いように、変えたいように世界を改変するってぇのが根底にあるのよな」

建宮「例えば『生ける鎧(リビングアーマー)』を作るんだったら、鎧へ仮初めの命と自我を与える。シンプルな話なのよ」

シャットアウラ「フィクションではよくあるが、目にした事はないぞ」

上条「シェリーのゴーレム――ほら、夏頃学園都市で土人形の騒ぎがあったろ」

シャットアウラ「あれもお前たちの仕業だったのか」

ランシス「一纏めにされると、うーん……?」

建宮「けどそちらさんはまず、『鎧状の命を産み出す』って所から始まる」

建宮「脳を造って、筋肉を開発して、骨格を拵えて――んで、仕上がったヤツも『生物』である以上、その特性に付随するアレコレからは逃れられんのよ」

ベイロープ「私とマイ――こっちのアレはアイツから『恐怖』を感じた。なりふり構わずに混乱するのは、とても生き物らしいと」

建宮「対してゴーレムは魔力が切れるまで命令をこなすのよ。筋肉も血も通っておらず、生存本能も無い」

レッサー「なーるほど。そう考えると『アレ』はそちらさんの生体兵器と考えてもおかしかないですよねぇ」

シャットアウラ「しかしっ非効率的だ。どう考えても『兵器』として非効率的過ぎ――」

シャットアウラ「――いや、違うな。だからこそ、か」

鳴護「お姉ちゃん?」

シャットアウラ「学園都市は無駄一つ無い合理主義――合理”原理”主義で動いていると思われがちだが、それは誤りだ」

シッャトアウラ「実験をすれば成功するまで、相応の無駄や失敗は出来上がる。誰しもが一直線に答えを出せる訳もない」

シャットアウラ「1の目的へ対し、100のプロジェクトチームを作り、それぞれの方法で研究を進める」

シャットアウラ「成果を上げたチームが評価され、他のチームは全て失敗」

シャットアウラ「何らかの分野で再利用出来そうであれば横滑り、そうでなければ破棄される」

シャットアウラ「そんな過程で造られたのが、『アレ』と考えれば……!」

上条「『兵器』としちゃ失敗作……けど、”だからこそ”『濁音協会』みたいな人の連中が使える……!」

シャットアウラ「……自虐を承知で言えば『失敗作も手を汚さずに廃棄出来る』という、超合理主義の考えなのかも知れないが」

上条「それはちょっと考えたくないな……あちこちに『失敗兵器』がバラまかれてるって事だろ?」

レッサー「まぁそこいら辺は向こうさんが『数を用意出来なかった』みたいな発言もありますし、例外なんではないかと思いたいですよねぇ」

レッサー「そうじゃなかったら改めて『鬼灯様に代わって呵責しちゃうぞ(はぁと)』って事で」

上条「……ふーん?」

ランシス「ちなみに今のは”月”と”鬼灯”が被ってるレッサー渾身のネタ……っ!」

レッサー「やめてとめて滑ったギャグを解説しないでプリーズ!」

ベイロープ「んで、二つ目の『偽装だったんじゃね?』論について。私の意見なんだけど」

ベイロープ「『隠す』にしちゃ甘い所あるわよね?堂々と自己紹介カマしたり、術式披露したり」

ベイロープ「何かを『隠してる』ような気はするんだけど、『何か』が分からないのだわ。それが気持ち悪い」

建宮「そいつぁ考えすぎだと思うのよ。だって連中が出張ってきたのは『ここでケリつけるため』よな?」

建宮「あん時白黒つけるんだったら、そりゃ出し惜しみもしないのよ」

ベイロープ「うーん……?」

シャットアウラ「ブラフ、ではないのか?名の知れた異能者でも、実際の能力が知られているなんてまず有り得ないぞ」

シャットアウラ「『発火能力者(Fire Starter)』が二つ名なのに、実は温度変化が得意でした、という例もある」

建宮「ま、考えるのは結構なのよ。相手に隙を突かれない程度には」

レッサー「それよりか今は分かってる事だけでも聞きたいですよねぇ、つか私ジャパンの魔術師界に興味津々なんですけどっ!」

上条「実は俺も気になってた。日本の魔術師は天草式以外二、三人しか知らないし」

シャットアウラ「結構多いだろう、それ」

建宮「あー、まぁぶっちゃけ十字教みたいな影響力は無いのよ。デカい団体が統轄してる訳でも無く」

建宮「戦前は神社庁って国の機関があったんだが、戦後解体されて民間の神社本庁へと姿を変えたのよ」

建宮「そこら辺の『隙間』を突かれて学園都市が出来って背景もあるのよな」

レッサー「悪い魔術師とか出て来たらどうするんです?まさかスルー?」

建宮「大抵は地方ごとに『顔役』と言われる結社が幾つかあって、そこが人の道を外れた連中を締めているのよな」

上条「何か、うん」

建宮「言いたい事は分かるが、仕方が無いのよ。刑法じゃ呪いは大した罪には問われないのよな」

建宮「しかも全てが全て適切に裁かれる事もないのよな。最近は魔術師そのものが減少傾向にあるのよ」

レッサー「これまた意外ですなぁ。ニンジャとかメッチャ憧れますけど!」

鳴護「それ、魔術師かな……?」

建宮「……まぁ、個人的に言わせて貰えれば?仏道には八斎戒――俗に八戒という戒めがあるのよな」

レッサー「西遊記の猪八戒さんが守ってる奴ですね」

鳴護「あ、だから八戒さん?」

レッサー「ですです。原作じゃ割と真面目なブッティストなんですよー」

建宮「まず基本となる五戒――殺すな、盗むな、色欲に溺れるな、嘘を吐くな、酒を飲むな」

建宮「加えて特定の時間に抱き合うな、食事をするな、豪華な寝具を使うな――で、八戒なのよ」

建宮「これ、どれだけの『聖職者』が守ってるのよな?」

上条「あー……まぁ、なぁ?」

シッャトアウラロープ「程度じゃないのか?堅持するのが難しいからこそ、戒めとされてるんだろうし」

建宮「袈裟の色と檀家の数で座る順番を変え、休みの日には高級外車を乗り回す連中が?」

建宮「実際、開祖である釈迦は妻帯して子も居たのに、全て捨てて修業の道へ入ったのよな」

建宮「それに比べて『真っ当』かどうかは知らんのよな」

建宮「……ま、本来、その土地土地の者が果たすべきだった役割を放棄し、今じゃ魔術や霊装すら知らない奴らか殆ど」

建宮「その分、『老舗』――所謂『お山』と呼ばれる所へ負担が行っているのよ」

レッサー「具体的に聞きたい所ですねぇ。やっぱり秘密なんで?」

建宮「おっとこれ以上は言えないのよな!」

建宮「高野山には裏高野、闇高野、元祖・高野、BB高野、高野幻想アリスマチックがあるなんて口が裂けても喋る訳には行かないのよ!」

レッサー「マジか……!?MANGAは本当にあったんですよねっ!」

ベイロープ「そんだけあったらバレるだろ。どんだけMt.KOUYA広いんだ」

上条「途中からもう高野関係ねぇよ、てかさ」

上条「神裂は確か、戦いの中で『自分を守ってくれた仲間が死ぬのが辛い』みたいな事言ってたけどさ、それ」

上条「お前達の『戦ってた相手』ってのは、一体――」

建宮「――『救われぬ者に救いの手を』」

建宮「それが我らの全てであるのよな、上条当麻」

建宮「この世界はお前さんが知らない所で、いつも誰かか何かと戦っているのよ。それは天草式だけじゃないのよな」

上条「……ヤバそうになったら、またぶん殴ってでも手伝いに行くぞ?」

建宮「二度も冤罪で殴られたくはないのよ、その時はこっちも本気出すのよな!」

レッサー「♂×♂の友情ってアリだし嫌いじゃ無いと思いますっ!!!」

上条「突然どうしたっ!?つーかむしろ野郎同士の間には友情しか芽生えない!」

建宮「五和に知られたら無言で撲殺されそうなのよ……」

レッサー「まぁそちらさん割かし末期ですけど、こっちもそんなにゃ変わりはないですよねぇ、はい」

レッサー「聖職者の幼児性愛スキャンダルに、バチカン銀行と揶揄されるマネロン用の地下銀行」

ベイロープ「年利6%で非課税だっけ?ただし数パーセントは『信仰のため』に使うの義務づけられてるって」

レッサー「何を以て『信仰』とするのかってぇ問題ですよねー」

フロリス「果てはマフィアとの癒着もおおっぴらに言われてるからねぇ」

建宮「どこの世界も世知辛いのよな。代わりにペイガニズムが台頭しているのよ、嘆かわしい話よ」

鳴護「ペイガニズム?」

シャットアウラ「古い信仰――ウィッカやドルイドなど、十字教じゃ異端とされた信仰の復活、だったか?」

建宮「いんや。黒髪のどう見ても日本人にしか見えないねーちゃん、それは違うのよな!」

シャットアウラ「おい、私の外見に文句があるんだったら話を聞こうか?なぁ?」

建宮「連中は『新興』宗教なのよな。所謂カルトと呼ばれる異端者なのよ」

上条「あれ?ウィッカ?は知らないけど、ドルイドってケルト系の、十字教以前の宗教だよな?」

レッサー「んーむむむむむむむ、どう説明したもんでしょうなぁ」

レッサー「あ、じゃいっその事結婚しましょうか?」

上条「あ、そっかー、そうすれば――ってバカ!?どこをどう超飛躍させればその結論になんだよ!?」

レッサー「上条さん上条さん、私こないだ日本へ行った時、”洞爺湖”って書いた木刀買ったんですよ!学園都市製の!」

鳴護「意外に流行りへ乗るよね、今思ったんだけど」

建宮「ちなみにそれ洞爺湖サミットで各国要人のSPが、土産物さんへ殺到してマジ買ってったのよな」

レッサー「空港のお土産物売り場には、他にもシンセングミ?のショールも売ってたんですが――」

レッサー「――もし私が”それっぽい格好したら、シンセングミになれる”んでしょうかね?」

上条「……はぁ?ガワだけ似せるのは出来るだろうけど、でも似てるだけでホンモノじゃねーだろ」

鳴護「歴史的には100年以上前になくなってる組織だしねぇ」

レッサー「それと同じですよ。『外見は似せる事が出来るが、本質は全く違う』存在です」

ベイロープ「言ってみればコスプレして”それっぽく”騒ごうってだけ。信仰の欠片もない宗教モドキよね」

フロリス「たーとーえーばードルイドなんか−、ウィッカーマンって−、儀式があるのさー」

フロリス「大きなヒトガタを造ってから、中へ生け贄を入れて燃やしちゃうの。ぼーっと」

上条「うわぁ……」

レッサー「引くかも知れませんけど、当時のドルイド僧や信者にとっては大真面目、つーか生け贄求めて戦争カマした記録もあるぐらいですよ」

ランシス「ケルトにとって、短い夏の到来を祝う大事なお祭り……」

ベイロープ「アメリカのおバカお祭りに『ファイヤーマン』ってのがあんのよ。デッカイ巨人作って、その周りでドラッグパーティ開くヤツ」

ベイロープ「フィナーレはその巨人に火を灯して盛り上がる――これが『ドルイド』だっつーんだから、鼻で嗤うわ」

建宮「元々『 Pagan(ペイガン)』ってのは”田舎者”や”異教者”を示す言葉だったのよな。十字教”系”から、それ以外を呼んだ蔑称」

ベイロープ「正確には『田舎者過ぎて十字教を崇める知恵がない』的なニュアンスね」

鳴護「ザビエルさん達も、そんな感じだったのかも?」

上条「どこの国も自分の国が世界の中心だって思うよなぁ」

シャットアウラ「今も居るがな――『アイツらは××だから理解出来ない』とか言う奴は」

建宮「にも関わらず、最近じゃ『ペイガン』が『復活させた異教の祭司』みたいな使われ方をしているのよな」

フロリス「而してその実体は、タダのヒッピーとアナキズムを煩った、社会不適合者の集まりなんだけどねー」

フロリス「日本でも『数百年の前の文明へ戻ろう!』とか言う人ら、居ない?あめ玉舐めてガン治しましょうっての」

上条「言われてみれば思い当たる点が……」

レッサー「文化自体をね、継承しようってぇ考えには共感出来るですよ。歴史的にも価値がありますからね」

レッサー「百歩譲って全然縁も縁もない民族が祭司……も、まぁ良いでしょう。信仰自体は自由ですからね」

ランシス「……でも、魔術師的にはない。てか遊びにしか思えない」

ランシス「彼らが連綿と信仰を続けてきた訳でもなく、祭祀の一部のみ、上っ面だけ……醜悪な模倣」

ランシス「信仰も無く儀式も間違い――そんな彼らに神が応える事は、ないの」

建宮「さっき言った新撰組も同じなのよな。幕末の動乱で敵味方粛正しまくった連中、彼らは彼ら以外に存在しないのよ」

レッサー「個人的な見解なんですが、もしも現代に彼らが復活したとしても、そう名乗る事はないでしょうね」

レッサー「一度終わってしまったもの、過ぎ去ってしまったものを偲ぶのは大切。けれど囚われるのは別」

レッサー「当時の思想を大事にして、現状を無視してまで同じ事を繰り返しても、それはただの人殺しですからねぇ」

ベイロープ「ま、別に剣を振るうだけが戦いって訳じゃ無いでしょうし、現代には現代の戦い方があるのだわ」

ベイロープ「……それしか出来ない、って不器用な奴もいるかも、だけど」

レッサー「ともあれ既存の宗教家、特に権威ある方々の劣化が激しくなったんでって」

レッサー「人は弱いですからねぇ。今までは信仰である程度カバー出来ていたのが、出来なくなるとバグを起こす。バッファでも足りてないんでしょうかね?」

レッサー「『古代の信仰の復活』へ”逃げ”たんでしょうな。現実と戦わず、戦えずに『理想のアレコレ』を造り上げて、そっちに縋る」

レッサー「笑っちゃいますよね−、あっはっはっはー!」

上条「笑えねぇよ、つーか痛々しいもの!」

建宮「かくしてどこの国でも宗教家の劣化で信仰離れが激しいのよな……少ない『本物』の負担は上がるばっかりなのよ」

シャットアウラ「……このまま行けば学園都市が何もせずに勝ちそうだな?」

シャットアウラ「残った側を『勝者』と呼べるのであれば、だが」

建宮「なぁに学園都市が出来てからたかだか半世紀。我ら天草式はその五倍も忍んだのよな!」

建宮「その程度で廃れる信仰であればそれもまた運命なのよ!」

フロリス「不思議だよねぇ。信仰の自由は大体の国家で認められてるのに、カミサマ離れが進むって」

レッサー「そう割り切れる方ばっかりなら良いんでしょうけどね」

ベイロープ「『オレ達がモテないのはアイツらが悪い』ってな具合に、一回は反学園都市運動起こされっちまってるし」

建宮「――最近、妙に霊障事件が起こるとは思わないのよ、少年」

建宮「都市伝説にしろ、心霊現象にしろ、神がかりな事件が多発している」

上条「都市伝説、つーかそれただのデマだろ?口コミで広がった無責任な噂話」

建宮「『それが本当だ』としたら、どうする?」

建宮「本来鎮護をすべき人間達が力を失い、異形のモノが氾濫していると、と言ったら?」

上条「んなっ!?大事じゃねぇか!」

建宮「――なーんつって!ってのは冗談なのよ!だーまさーれたーっ!」

上条「よし、取り敢えず建宮さんの幻想をぶち殺すか?あ?」

建宮「……でもま、俺は時々思うのよな。学園都市のような、ある意味科学万能の時代が来たって言うのによ」

建宮「科学の進歩と文明の成熟により人類の生活水準も、有史以来最高まで高まってるのよな」

建宮「だってのに『この虚しさはなんだ』と」

建宮「人が信仰を捨てる事は……ま、自由なのよな。神も仏も無い。そう断ずるのも勝手なのよ」

建宮「我らのように絶望して縋る者も居れば、棄てるの者も居る。むしろそちらの方が多いのかも知れんのよ」

建宮「また病や怪我に倒れたとしても、最先端医療やリハビリで大抵は治る」

建宮「不治の病と呼ばれたエイズであっても、今では正しく薬を投与する事で平均寿命程度まで寿命を延ばせる――しかし!」

建宮「未だ怪異は存在するのよ。人類にまとわりついた呪いのように」

建宮「『鰯の頭も信心』の、言葉があるようになんだって信心さえあれば、容易に克服出来る”筈”なのに」

建宮「どういう訳か怪異の噂話はネズミ算のように広まり、脅威が氾濫していく。それは――」

建宮「――『信仰』を人間が捨てる事によって、精神的に脆弱になってしまった証左じゃないのよ?」

建宮「人は闇を嫌い火を灯し、神を造って魔を打ち払ったのよな」

建宮「されど時代が進み、科学の進歩により神は時代後れとなった。その、顛末が『これ』かよ」

上条「納得行かないなぁ、それ」

レッサー「納得行く話の方が少ないですよ――ってどうしました、鳴護さん?」

鳴護「うーん……?思ったんですけど」

鳴護「『誰かに理解して欲しい』とか、『認めて欲しい』とか、切望する気持ちありますよね?」

レッサー「あー、自己顕示欲ですか?フリッフリの衣装着て踊るアイドルさん程じゃないでしょうが、皆さんお持ちでしょうな」

鳴護「違うの!?あたしは別にシンガーソングライター枠で応募した筈なの!」

鳴護「気がついたら、『あ、お洋服こっちの方が似合うわよ?』って言葉巧みに!どくろラビットの先輩さんみたいな衣装を着てたの!」

ベイロープ「……なんだろ、これ。この子見てるとレッサーと同じような目眩を感じるっていうか」

フロリス「あー、わかるわかる。なんなかチョロそうって感じだ」

建宮「悪い奴に『デビューさせて上げるから、分かってるよね?』とか騙されそうで怖いのよ」

上条「……もしかしてレディリーって悪いのは悪いけど、最悪っつー訳でもなかったんじゃ?」

シャットアウラ「一応夢自体は叶えているし、遺産関係も配分されるようになっていたからな」

シャットアウラ「――ま、なんであろうと落とし前はつけるが」

鳴護「……そうじゃなくって!その、なんて言うかな、孤独な人、結構多いよね?」

鳴護「普通に暮らしてるだけなのに、何か不安で不安でたまらないー、みたいな人」

上条「誰だって大なり小なりそうなんじゃねぇの?学校に職場、友人関係や上下関係」

上条「生活レベルが上がったからって、考える事自体はそんなには変わんないだろ」

鳴護「昔の人はさ。神様が見てるから真面目にしようーとか、神様が突いてるから大丈夫だよー、とかして頑張ってきたんだよね?」

建宮「ま、端的に言えばそういう話なのよ」

鳴護「でも今、神様を信じる人は少なくなってるかな?」

鳴護「その、昔々にあった『本物』とは違うけど、間違ったとしても動機自体は同じだと思うんだよ」

鳴護「『誰かに助けて貰いたいよ!』、『私をもっと見て欲しいなっ!』って感じで」

シャットアウラ「……アリサ、やっぱり超可愛いな」

上条「話違うよな?んな話してなかったよな?」

シャットアウラ「既存の信仰は減っては居るが、全体としてはそう変わっていない、か?」

鳴護「あと、人が信じるのは友達とか家族とかもそうだし、そこら辺は変わらない――変わって欲しくないなぁ、って思います、はい」

レッサー「……」

ランシス「……どったの?両手で顔を塞いで……?」

レッサー「まぶしくて」

ランシス「あー……」

レッサー「『次はどうボケようか?』とずっとずっと考えていた私は恥ずかしい!」

上条「やっぱそうだったのかコノヤロー」

ベイロープ「……真面目にやれ、真面目に?一応あなたは看板なんだから」

レッサー「何でですかっ!?つーかゲームバランス悪すぎでしょうが!」

レッサー「天然!ぽわぽわ!歌上手い!可憐!着やせ!属性揃いすぎじゃないですかねっ!?」

上条「属性言うな」

鳴護「うぇ?あたし天然じゃない、けど?」

レッサー「ホォラ見なさい!アレが天然のテンプレですよ!どうしろっつーんですか!どう戦えば良いんですか!」

レッサー「明らかにヨゴレの私には分が悪すぎやしませんかねっ神様!」

上条「自覚はあったんかい」

レッサー「確かに歌以外は私といい勝負ですけども!」

上条「待てやコラ?いつ誰がお前に可憐っつったんだ?あぁ?」

レッサー「こないだ駅前でタベっていたらですね、知らない男の人が近づいてきまして」

上条「待てよ!?これ完全にしょーもない小話へ行く方向じゃねーか!」

レッサー「『やぁKaren、どうしたんだいこんな所で?』」

上条「やっぱり可憐違いだよ!てかオチは読めてた!」

レッサー「……くっ!可愛い私がナンパされたという話をちょい盛って、嫉妬を煽らせる作戦だったのに……!」

建宮「ちなみに盛らないと?」

ランシス「『マックでご飯食べてから、本屋回って帰った』、だけ……」

上条「ナンパされたという事自体が盛りか!?」

レッサー「まぁ事実を捏造してまで気に引きたい、的なポジティブな評価をお願いしますよ」

フロリス「うーん、まぁ、頑張りたまえよ。てか、そこまでする価値無いと思うけど、コレに」

上条「コレ言うなよ!俺が一番分かってんだからな!」

レッサー「フロリスの鬼っ!悪魔っ!高千穂っ!」

レッサー「折角人が”鬼 悪魔”と検索したら、『もしかして;高千穂?』ってなるようコッソリ広めてたのに!」

レッサー「何バラしてんですか!しまいにゃ怒りますよ自称17歳のオッサンどもめ!」

上条「お前は誰と戦っているんだ。てか誰?」

レッサー「落選したのに国会議員気取りの家事手伝いさんへ」

レッサー「『お前は自分を有能だって言うけど、お前は失言カマした元大臣より比例順位低いし、何よりも有権者から一番無能だって審判受けてんだよ』と宣ったり」

レッサー「他にも『労働者の党なのに党首が一回も労働経験無しって何?党役員が労働だって言い張るんなら、無償で新聞配達する人らにも報酬支払え』と言い放つ猛者です」

ランシス「ブラックなのかレッドなのか、いい加減はっきりさせるべき……」

レッサー「例えるなら――そうっ!空を駆ける一筋の流れ星!」

ランシス「るぱんざさーっ……」

上条「収集つかねぇよ!?ボケる時はツッコミの負担も考えてあげて!」

建宮「――と、ここで休憩を入れるのよな。そっちの嬢ちゃんはクールダウンするのよ」

ベイロープ「オーケー、レッサー顔洗ってきなさい」

フロリス「レッサー、ハウスっ!」

レッサー「わふーっ!」

上条「全然堪えてない!?」

レッサー「ネタを振られたら反射的に体が動く……!?」

ランシス「……それ、ただの芸人気質」

上条「俺ら、深夜の病棟で思いっきり騒いでんだけど、いいんかな?」

シャットアウラ「そこら辺も含めて『特別待遇』なんだろう」

上条「てか気になってたんだけど、さ」

シャットアウラ「警備体制はそれなりだ。フランス当局から派遣されている軍人がツーチームで常時待機」

シャットアウラ「後は『たまたま同じ病院に検査入院している』私の部下達が6人程」

建宮「丸腰なのよ?」

シャットアウラ「当然だ。私達はゲストなのだから。無理が効く訳が無い――ものの」

シャットアウラ「仮にテロリストと接敵した場合、『相手の武器を奪って反撃』するのは自衛の内、という事で話がついている」

シャットアウラ「テロリスト達は『そんな武器持ち込んでいない』と言うかも知れないな――開く口が残っていれば、だが」

建宮「中々腹芸が得意なのよ」

上条「あぁいや、そっちは別に心配してねーんだけど。アリサの方で」

鳴護「なになに?何でも答えるよ?」

シャットアウラ「……チッ」

上条「せめてちょっとぐらい隠そう?今一応味方って設定なんだから」

鳴護「まぁまぁお姉ちゃんも、ね?」

上条「あー……さっきの話聞いてて思ったんだけどさ。アリサはアイドルになりたかったんだよな?昔っから?

鳴護「アイドル路線があたしの夢、みたいなのはちょっとアレだけど……うん、まぁ、そうだよ?それが?」

上条「うーん、まぁ大した事じゃ無いんだけど、どうしてアイドルになりたいのかなって思ってさ」

鳴護「……あー……」

上条「あ、ごめん。何か言いにくい事だったのか!?」

鳴護「って訳でもないんだけど、うーん……」

鳴護「願掛けって、口に出すと叶わないって言うよね?」

上条「あーはいはい!まだ叶ってないのな、そかそか、そりゃ悪かった」

鳴護「今もね、ある意味叶っちゃったようなものだけど」

上条(そう言ってアリサはシャットアウラを見る)

上条(シャットアウラが叶えた?)

鳴護「……当麻君がなってくれるんだったら、話しちゃってもいいかなー、なんて思ったり。思わなかったり?」

上条「どっちだよ」

鳴護「……まぁ、一番叶えたかったお願いは――」

鳴護「――もう、叶わないんだけど、ね」



――深夜の病棟 廊下

上条「……」

上条(病院って所はつくづく殺風景だと思う)

上条(入院が慣れてる――って誉められた話じゃないが――俺でも、やっぱり違和感が拭いきれない)

上条(昼間とも違い、また夜とも違って、照明の多くは必要最低限を残して消してしまっていた)

上条(目立つのは非常灯の灯り。それが無機質に白い壁を橙色に染め上げていた)

上条(つい最近、夜の学校や病院へ忍び込み時にも感じた。なんて言ったらいいのか、こう、アレだよ)

上条(普段騒がしい所から急に静かになったような?形容しがたい澄んだ空気ではある)

上条(とは言っても自然に囲まれた清々しさはなく、病的なまでに異物が排除した感じ)

上条「……」

上条(カエル先生に聞いた事がある。「どうして夜は照明を落としてのしまうのか?」と)

上条(……まぁ「予算削減」みたいな答えが返ってくると思ったんだが、意外にも俺の予想は外れた)

上条(『患者の中にはずっとここで暮らしている人が居るね?何ヶ月も、下手をすれば何年も』)

上条(『昼夜を問わず、衰えない照明を点けたままだったら、体内時間が乱れてしまうね?』、だそうだ)

上条(だからこうやって光量をギリギリまで落としている……例えるならば、そうだな)

上条(街中のスクランブル交差点。大抵は人で一杯のそこを、夜何気なく通りかかったとしよう)

上条(人影も無く、信号機が黄色く点滅しているのが、どこか物悲しい)

上条(……いつだっけかな?黄泉川先生に車で送って貰った時、見た光景)

上条(檻に入ってない猛犬と狂犬、あとライオンと同乗していた……?まぁ、いいか)

上条(人は居ないのに、人のために造った何かが黙々と動いているみたいな?)

上条(……不安?違和感?焦燥感?)

上条(どれでもなく、どれにも近い……強いて言えば感傷、か)

上条(寂しいような、悲しいような、何とも表現しにくい)

上条「……」

上条(……旅に出てからのアリサは、少し変だ)

上条(頭のアレな連中に狙われてるんだから、当然と言えば当然だけどさ)

上条(慣れてない海外で緊張しているせいもあるんだろう。けど、それにしては)

上条(テンションの上下が激しいって言うかな?うーん……?)

上条(こんな時、土御門や青ピだったら、適当に遊びに行けばどうにかなるんだろうけど)

上条(アリサを同じような扱いにするのは……マズい、んだよな。きっと)

上条(そうなってくると頼みの綱はレッサー達……)

上条(あぁ見えてレッサーは気ぃ遣いだし、少なくとも俺よりかは上手くやってくれそうな――)

上条「……」

上条(だ、大丈夫だよ!ベイロープとかも居るしっ!)

上条(俺に出来る事っつたらメシ作るのと『連中』の露払いか)

上条(建宮の話はまだ途中だけど。それなりの光明も見えてきた。一方的に振り回されずに済みそうだ、ってのはデカい)

上条(四幹部っつったっけ?アルフレドにクリストフ、安曇に団長)

上条(向こうの居所さえ掴めれば、政府公認で魔術師の討伐隊が動くって言うし)

上条(次行くイタリアはローマ正教のお膝元。ヴェント達が守ってくれ――)

上条「……」

上条(――る、かどうかはまだ分からないけど!少なくとも連中にとっては難敵なのは間近いない!)

上条(そもそも連中が一番力を入れていた”最初の一撃”――存在を気取られぬようにしながら、最大戦力で不意打ちするのは凌いだ)

上条(現地の機関も敵対者ありきで守ってくれるし、あの規模で仕掛けられるのはまず不可能……)

上条(……なんだ。そう考えると怖くもないか。そんなには)

上条(逆に言えばユーロトンネルがどれだけ薄氷踏んでたか、って事になるが。まぁいいや)

上条(さってと。あんま遅れない内にコーヒー買って戻ろう)

上条(あ、全員分買った方が……いや、深夜だし。あと数時間で夜が明けるっつーの)

上条「……?」

上条(……つーかさ、俺今思ったんだけど。てかスッゲー根本的な話なんだが)

上条(外国って、自販機あったっけ……?)

上条(病院が舞台のアメリカのドラマじゃ、紙コップのコーヒー自販機が出てたけど)

上条(よく分かんないけど、ロビーの方に行けば何とかなる、か?)

上条(このまま戻るのも、何か格好悪いし)

上条「……」

上条「……ロビー、ってどっちだっけ?」

カツ、カツ、カツ、カツ、カツ……

上条(パンプスの音……あ、誰か居るな?白衣?病院のスタッフだよね?)

看護婦「……」

上条「あ、すいませーん?ちょっと聞きたいんですけど」

上条「コーヒーの自販機って、どこにありますかね?」

看護婦 スッ

上条「あっち?どうも、ありがとうございましたっ」

カツ、カツ、カツ、カツ、カツ……

上条(良かったー、日本語が通じる人が居て。つーか言ってみるもんだな。うん)

上条(……あ、そか。プレインストールした翻訳アプリ使えば良かったんだ――)

上条(――って、病院だから鞄の中に電源切って、カバンに入れっぱなしだっけ?普段からあんま使わないしなー)

上条「……うん?」

上条(そういや今の看護婦さん、どうしたんだろうな?)

上条(なんで”顔全体を包帯でぐるぐる巻きにして”たんだ?怪我?病気?)

上条「……」

上条(……いやいや、違う違う!そうだよ!アレだって!ドッキリ的な!)

上条(まっさか深夜の病院でだよ?そんなベッタベタなオバ――いやなんでもない!それっぽいのが出る訳が無いって!)

上条(だって居ないの分かってるし?つーか子供じゃないんだから、そんなにビビる必要は――)

………………

上条「……うん……?」

上条(俺とすれ違った看護婦さんの向かった先、つーか方向からすれば真後ろ)

上条(遠ざかった足音が消えたのと引き替えに、何か、別の、音が聞こえる……?)

………………キュル………………

上条「……車輪……?」

上条(おかしな、音だ。三輪車を回しているような感じ)

上条(まさか深夜の病院に三輪車が、っていうか子供がキュルキュル漕いでる筈が無い)

……キュルキュル…………キュル………………

上条「……?」

上条(遠くの非常灯に映し出されたのは、当然三輪車ではなく。もっと病院に相応しい)

上条(車椅子、だった)

上条「……驚かせんなよ」

上条(だよなぁ。病院だもんな?ド深夜に三輪車乗ってる子供が居たら怖いよな)

上条(……ま、入院患者の誰かなんだろうけど、)

……キュルキュルキュルキュル……キュルキュルキュル……

上条「……あれ?」

上条(確かにあってもいい、ってかむしろ車椅子は病院にピッタリだ)

上条(勿論、席には人が座ってる。無人だったってオチもない。けど――)

上条(――どうして『搭乗者の両手が動いていない』んだろう?)

上条(この廊下には別段キツい傾斜がある訳でもなく、ビー玉を落としたら直ぐに止まりそうだ)

上条(慣性――おばちゃんが自転車に乗る時、何か二・三回漕いでから乗るのってあるよな?)

上条(アレみたいに、勢いがついている――に、しては速すぎる!)

上条(人が軽く走る程のスピードで!車椅子はこっちへ向かってきていた!)

上条「お、おい、これってまさか――」

上条(”ホンモノ”の幽れ――)

フロリス「モモンガーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

上条「のわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

フロリス「……」

上条「………………え?」

フロリス「……」

上条「フロリス……?なんでお前車椅子に乗っ」

フロリス「………………ぷっ」

上条「あ、テメっ!?騙しやがったな!?」

フロリス「ぷ、くくくくくくくくくくくくっ!やったよ!大成功!」

フロリス「『のわーーーーっ』だって!『のわーーーっ』って」

上条「テメこらやって良い事と悪い事があんだろうが!?本気で『濁音協会』かと思ってビビったんだからな!?」

フロリス「いやぁ?今のリアクションは違ーくない?ないない?アレでしょ?」

フロリス「『深夜の病院でオバケに出会った』ってぇ反応じゃない?ね?ねぇ?違う?」

上条「だってしょうがないじゃない!誰だって驚くさ!」

上条「つーかお前どうやってんの?助走つけて車椅子走らせたにしちゃ速いんだけどさ」

フロリス「ん?ワタシの霊装見せなかったっけ?これこれ」

上条「肩んトコに翼の……?」

フロリス「座ったまま『金の鶏冠(グリンカムビ)』をパタパタと」

上条「……お前、霊装まで使って脅かしに来るって魔術師としてどうよ?」

フロリス「異能者はイタズラで能力使わないのかにゃー?」

上条「あー……使いますねー。むしろそっちがメインなんじゃねぇの?的な頻度で使いますよねー」

上条「てかフロリスの貸しは利子つけて払ったじゃねぇか!だってのにこの仕打ちはなんだよっ!蹴られ損か!?」

フロリス「それはそれ、これはこれ」

上条「出たよ!それ母さんがよく使う台詞だよ!」

フロリス「あと”さん”をつけろよジャパニーズ」

上条「……で、なに?フロリス”さん”は俺のSAN値をゴリゴリ削るために着いてきたの?暇だねー?」

フロリス「なーんか言葉にトゲがあるなぁ?折角ワタシが親切で来てやったってのに」

上条「イギリスじゃ人様をドッキリさせるのが親切かあぁコラ!?」

フロリス「逆ギレよくないと思いまーす」

上条「正統な怒りだよ!レッサーといいお前といい、どっかズレてませんかねぇっ!?」

フロリス「ちゅーか、ここでどったのジャパニーズ?トイレはあっちだよ?」

上条「……いや、ここで素のテンションに戻られてもアレなんだが」

上条「何か喉渇いちゃってさ。コーヒーでも飲もうかと」

フロリス「おっ、いいねぇ。付き合おう」

上条「帰れよ!俺の心の平穏のために帰ってくれよ!?」

フロリス「あっちゃー、そんなに邪険にしなくってもいいじゃんか。ワタシかなんかしたっけ?」

上条「文書と口頭どっちがいい?俺的には裁判所もアリだと思いますけどねっ!」

フロリス「ノーサンキューで。つーか興味ないし」

上条「待てコラテメー!あんな包帯ナースまで用意しやがって!」

上条「どう考えても事前に用意してなっきゃ無理だろうがよ!」

フロリス「あーはー?ナースぅ?」

上条「そうだよ!お前が来た方に行った人だ!」

フロリス「知らない。ナニソレ?」

上条「……え?マジで?」

フロリス「マジでマジで、うん」

上条「冗談だよね?実は知ってましたー、ってオチなんだよね?」

フロリス「つーかワタシ誰ともすれ違わなかったし。それこそ『ホンモノ』にでもあったんじゃなーい?」

上条「……」

フロリス「……」

上条「あのぅ、フロリスさん?ちょ、ちょっとお願いがあるんですけどね?」

上条「いやあの、俺達って不幸な出会いをしたじゃないですか?まぁ、ある意味時代が生んだ悲劇って言うか、運命の悪戯的な?」

フロリス「うん、それで?」

上条「ですからね、俺としてもいい加減仲直り的なアレですね、した方が良いんじゃないかって思いましてね」

フロリス「頭が高いぞジャパニーズ!人にモノを頼む時には態度ってモンがあるよねぇ?」

上条「自販機まで付き合って下さい!お願いしますっ!」

フロリス「Pardon, Aha?(もっかい言ってみ、あん?)」

上条「実は最初っから思ってました!フロリスさんって優しくて美人で気立ても良い娘だなぁって!」

フロリス「そこまで卑屈になられると、ちょっと引くけど……」

上条「そこをなんとか!俺一人じゃ厳しいですから!」

フロリス「てかそこまでしてコーヒー飲む意欲はナニ?シールでも集めてんの?」

上条「映画とかの定番でさ。ここで『……なんかアレだし、戻ろっか?』とか言う奴が真っ先にヤラれるからだよ!定番じゃねぇか!」

フロリス「あるけど。映画じゃないしリアルだし、やれやれ」

上条「みてーなモンだろうが!伊達に列車でパニック映画ゴッコしてねぇよ!」

フロリス「シチュ的には定番だーよねぇ。てかビビりすぎだって」

フロリス「天草式の人やこっちの人らが警備してんだから、そうそう心配しなくってもさー」

フロリス「……や、まっいっか。病室で話聞くのもダルいし、サボリに付き合ってあげようじゃないか、んー?」

上条「俺は別にサボるつもりはないんだが」

フロリス「二人ぐらい居なくっても、別に良いっしょ?ほら早く行こう、さっさと行こう!」 キュルキュルキュキュル

上条「……車椅子は置いてきなさい。つーかどっから持ってきたんだ、それ」

フロリス「廊下の真ん中にポツンって。あ、邪魔だから脇に寄せとこうか」

上条「……ふーん……?」



――六人病室

建宮「その中、有力な一派に『安曇氏族(クラン・ディープス)』がある」

建宮「『安曇氏』とは古事記や日本書紀にも名を残す古参中の古参。由緒正しい氏族なのよ」

レッサー「せんせー!質問です!」

建宮「なんなのよな?」

レッサー「上条さんとフロリスさんが居ませんっ!あんチキショウは抜け駆けしてどこへ行ったんですか!」

ベイロープ「自分を基準に物事を考えるな」

建宮「つーか我らも暇じゃないのよな。この後日本へ戻って『安曇氏族』から直接話を聞いてくるのよ」

建宮「五和がアポ取りへ行ってるとはいえ、一介の魔術師がホイホイ話を聞けるような相手じゃないのよな」

シャットアウラ「アズミ?それは敵の名前じゃないのか?」

建宮「いんや、彼らは極々普通の連中――というか、ちょい待つのよな」 ゴソゴソ

建宮「ある筋から聞いた話なのよ」

鳴護「メモ帳?……あ、この印刷したみたいな字、インデックスさんの」

建宮「消息筋から聞いた話によると!この一族は日本全国に散らばっているのよ!」

建宮「その証拠に、彼らが根を下ろした地方には『アズミ』の名が多く冠されているよな!」

鳴護「メモには……えぇと」

鳴護「安曇、安住、安積、阿曇、飽海、熱海……最後関係なくないかな?」

建宮「滋賀には『安曇』と書いて『あど』と呼ばせる所もあるのよ」

レッサー「滋賀……大きな湖がある所ですね。『水』関係と」

建宮「一番有名なのは長野県の安曇平(あずみだいら)よな。安曇氏族は阿墨氏を氏とする一族なのよ」

シッャトアウラ「ウジ?」

建宮「祖先、先祖、氏神。つまりは『阿曇磯良(あずみのいそら)』という地祇(くにつかみ)がルーツの一族なのよ」

レッサー「あー、一杯いますもんねー日本の神様。そりゃ子孫も居るってぇ話ですか」

建宮「安曇氏族は『海洋民族』だと言われているのよ」

建宮「福岡辺りを中心に活動した海の民。彼らは海洋活動に長け、高い操船・造船技術を持ってたのよな」

ベイロープ「海洋技術って事は、アレ?ミクロネシア辺りからの流入?」

建宮「DNA的にはそっちとされているのよな」

シャットアウラ「お前らがそれを言うのか……?」

鳴護「ま、まぁまぁ。科学で分かる所もあるし、ね?」

建宮「時代が下る連れ彼らは次第に姿を消す。具体的には日本と同化していったのよな」

建宮「そうして彼らが移り住んだ先へ自らの氏族名をつけた、とされているのよ」

レッサー「にゃーるほど。それで日本列島各地に名前が残ってんですな」

鳴護「あのー、先生?」

建宮「おっと現役アイドルにそう呼ばれると興――すいません言いませんからその物騒なものを下ろすのよ!?」

シャットアウラ「二度目はないぞ?いいな?」

レッサー「聞きましたかっ建宮さん!二度目はないんですって、二度目は!」

レッサー「だから絶対フザケちゃいませんからね?絶対ですから!絶対ですよ!?」

建宮「……ぬぅ、見事な、『押すなよ!絶対に押すんじゃないぞ!?』って前振りなのよな!」

建宮「これに答えずして何が天草式、何が教皇代理なのよ……っ!」

鳴護「いやあの、そういうの別にいいんで疑問なんですけど」

建宮「うん?」

鳴護「その、安曇さん達って海の人達なんですよね?船で移動してたり、航海技術が得意な人達」

建宮「と、言われているのよな」

鳴護「長野県の安曇地方って、陸の真ん中ですよね?富士山に近いっていうか、結構な高地だったような?」

鳴護「だったら、どうやって移動したのかなって」

建宮「――それは”川”だと言われているのよ」

シャットアウラ「船で遡ったと?」

建宮「長野には木曽川ってデカい川があるよな。そこを遡って行ったと考えられているのよ」

建宮「その証拠に安曇平にある諏訪大社、熊野神社、穂高神社には『お船祭り』という祭祀が執り行わせるのよな」

鳴護「船、なんですか?」

建宮「そうよ!大体は『近くの川から豊穣をもたらすように!』との願いを込められているのよな!」

レッサー「川ですか?日本はコメの民族じゃなかったでしたっけ?」

ベイロープ「古代農法でも米の栽培には水が必要でしょうが。てか勉強しなさいよ」

レッサー「ぶーぶー、いっくら何でも私らが極東の魔術師とかち合うなんて、有り得ないでしょう?」

建宮「全くその通りなのよな!By天草式、inロンドン!」

レッサー「……あのぅ、ベイロープさん?戻ったら、お勧めの本願い出来ませんかねぇ?よかったらでいいんですけど」

ベイロープ「先生に頼め、先生に」

レッサー「いやでも最近ボケが進行してるらしくてですね。こないだなんか、たこ焼きと明石焼き間違って食べてましたっけ」

建宮「それ、日本人も結構間違うのよな。てか俺は分からんのよ」

鳴護「レッサーさん達の先生、凄く気になるよねっ」

ランシス「んー……癒やし系……?」

シャットアウラ「おい、ツッコミが一人居ないだけで脱線しまくってるんだが」

シャットアウラ「……そうか。安曇氏族が持っていたのには、航行技術だけじゃなく治水スキルもあったのか」

建宮「だから外様であっても現地の住人から歓迎され、名前も残せたのよな」

レッサー「今と違って、キャベツキャベツ騒げば人権派弁護士に守って貰える訳じゃないですからねぇ」

レッサー「そりゃ技術の一つでも無い限り、自分達が有用だって示さないと安心して定住は出来ないでしょうね」

建宮「繰り返すのよ。安曇氏族自体は極めて古い一族であり、国のまほろばにも顔を出す程の有力な一派なのよ」

建宮「しかも移住した先で名を残す程、異物粛正上等の古代であっても『共存』を尊しとした連中なのよな」

建宮「興味がある奴は馬食文化を調べてみると良いのよな。大抵その風習が残っている地域には、『アズミ』と呼ばれた何かがあるのよ」

建宮「黒髪の嬢ちゃんよ。そこいら辺が知りたいんだったら中山太郎先生の『日本巫女史』辺りを読むのよな」

建宮「……ただ、素行がアレな人物だったので、主流派からは嫌われているお人なのよ」

レッサー「こりゃご親切にどーもです――ともあれ!」

レッサー「話を聞くに割と真っ当そうな方々ですな。少なくとも――『表』は」

建宮「『裏』もそう変わりは無いのよな。『安曇氏族(クラン・ディープス)』として全国津々浦々にネットワークを持ち、影響力も深い」

建宮「……が、時として多様性は異端を産んでしまうのよな」

シャットアウラ「種の多様性とはそういうものだ」

シャットアウラ「鼻の短い一族の中に、ある時鼻の長い個体が産まれる」

シャットアウラ「鼻が長い個体は他よりも生存競争で有利であれば、次第に数を増やし」

シャットアウラ「最後に群れは鼻の長いゾウだけになる。それが淘汰だ」

ランシス「……平和な国にシリアルキラーが生まれてしまうのも、その一例……」

建宮「――そう、安曇阿阪は」

建宮「ヌルい日本の魔術界が産んだ『鬼子』なのよ」



――深夜病棟 ロビー

上条「ってあったあった自販機。つーか缶じゃないな?紙コップがポコンって降りてくるタイプ」

フロリス「LEDライトも点いてるし、売ってるみたいだね」

上条「ん、まぁこういう所は誰かが起きてなくちゃいけないだろうから、その人ら向けなんじゃねぇの」

フロリス「ウチの国じゃ新聞のVending machine――ジハンキ、もあるよ」

上条「へー?それはちっと見てみたい。日本にも雑誌――つーか、まぁ、特殊な本の自販機はあるけど」

フロリス「ショッボいけどね。んーと、まずお金を入れるじゃない?カチャンカチャンって」

フロリス「一定額貯まったらパカって開いて、そっから新聞を引き抜く仕組み」

上条「Autoの概念どこ行った!?ほぼ手動じゃねぇかよ!」

フロリス「言ったじゃんか。ショボいって」

上条「買う人居るんか……?」

フロリス「見た事無い」

上条「だっよなぁ。日本でもオッサンがエロ記事目当てで買ってる感じするもんなー」

フロリス「マジ?日本でもそうなの?」

上条「スポーツ紙は、まぁ。てかイギリスにもある方が驚きだな」

フロリス「”The SUN”って日刊タブロイド紙にトップレスのおねーちゃん日替わりで載ってる」

フロリス「しっかもあれ、英語で出る日刊誌だと発行部数最大らしくてさぁ」

上条「日本のHENTAIにもまだまだ敵があるって事か……!」

フロリス「誇るな。むしろ恥じなよ」

上条「……」

フロリス「……どったん?サイフ落とした?」

上条「あの、何書いてあるか、ですね?」

フロリス「英語でも書いてるのに!?てか準備しないにも程があるだろジャパニーズ!」

上条「いえ、あの、種類ぐらいだったらまぁ、分かるんだけど。ここの、これあるじゃん?」

フロリス「この☆印?」

上条「☆×1とか☆×5まであるんだけど、これ何?最大五個出て来んの?それとも豪華って意味?」

フロリス「バッカだなぁ、そんな訳ないじゃんか。これ砂糖の数だってば」

上条「マジで?てか最大五倍ってどういう事だよ」

フロリス「あぁフツーのが☆3、無糖が☆1、砂糖アリアリが☆5ってコト」

上条「成程成程。アメリカみたいにやったら甘い訳じゃないのね」

フロリス「まぁ試してみなよ。くっくっく……」

上条「フロリスさん?お前なんか企んでるよね?リアクションがもう、振ってるもんね?」

フロリス「いやマジで☆5はオオスメだって。騙されたと思って、ミルクアリアリで」

上条「……悪い意味でフラグっぽい気がするが……まぁ試しに」 ピッ

ドポドポドポドポ……ピーッ、ピーッ、ピーッ……

上条「……どれどれ、ってお前何勝手に――」 タシッ

フロリス ゴクゴクゴクゴク

上条「ってお前が飲むんかい!?」

フロリス「……あ、意外と美味しいかも、☆5つ」

上条「やっぱりお前もぶっつけ本番じゃねぇか!てか知らないのに堂々としやがって!」

フロリス「まぁまぁ、奢ってあげるからさ」 ピッ

上条「……なんだろうな、こう?納得行かねっつーか、何かおちょくられてるっつーか」

上条「てか君お金入れてないって事は、今から出るのも俺のお釣りであってだね」

ドポドポドポドポ……ピーッ、ピーッ、ピーッ……

上条「……んじゃ、頂きます……」

フロリス「どーそ……どう?」

上条「……美味いな、超甘いけど。何かコーヒーじゃなくってカフェオレになってる」

フロリス「昼間あんだけ騒いだからねぇ。染みるっしょ?ん?」

上条「あー……まぁ、疲れた時には甘いモン欲しくなるけど」

フロリス「それともアレか。『男だったら黙ってブラック!』気取りか!」

上条「ん?あぁいや別にンなこだわりはないなぁ。男だろうが女だろうが、好きなものは好きで良いだろ」

フロリス「レッサー居たら大喜びしそうな台詞だーよねぇ」

上条「コーヒーに牛乳入れた方が美味く飲めるんだったら、そうすりゃいいし」

フロリス「へー?ちょっと見直したかも」

上条「なんで?飲み方一人で印象変わるって、お前ん中で俺の評価はどんだけ低かったの?」

フロリス「いやぁ、ジャパニーズの特性から考えると、またヘラヘラ笑って同調しとけ、みたいな感じかなーって」

上条「オイオイ日本人だって真剣になる時はなるぞ?」

フロリス「例えば?具体的にプリーズ?」

上条「そうだな……メシの時、とか?」

フロリス「あ、それ聞いた事ある!どんだけ悪口言ってもキレなかったのが、ついにキレたのって食べ物だって話!」

フロリス「都市伝説じゃなかったかー、そっかそか」

上条「他には……まぁ、食い物、か?」

フロリス「言ったよねぇ?それ今言ったばっかだよね?つーかナメんての?」

上条「知らねぇよ!てかそんなにキレねぇだろ、普通は!」

フロリス「ロシア人のジョークで、こんなのがあってだね」

フロリス「『ロシア人同士が自分トコの首相の文句を言っていたので便乗したら、「ロシアをバカにするな!」ってキレられた』――」

フロリス「――的な逸話とかないの?」

上条「俺ロシア人じゃないけど、どこの国だって余所の連中が詳しい事情も知らずに批判してたら、普通は良い気分じゃなくね?」

上条「てかレッサー辺り、ボッコボコにしそう」

フロリス「あー、そう見える?んまぁレッサーは誤解されやすいかんねー、仕方が無いけど」

フロリス「でも多分、『国家』じゃなくって『政治家』だったら別になんも言わないよ」

フロリス「むしろ肩組んで盛り上がると思うなぁ」

上条「レッサーがキレる所って想像つかないんだけど、どんな感じになんの?」

フロリス「笑顔でキレる」

上条「あー……それ、日本人と似てるかも」

フロリス「そなの?」

上条「俺らって大抵、まぁ大人しいじゃん?良くも悪くも引いてるっつーか」

上条「嫌な事されても、大体困った笑顔なんだけど――それが一定のレベル過ぎると、『笑顔でお断り』するんだ」

フロリス「あっそ」

上条「あ、すまん。興味ないか」

フロリス「んー……むむむむむむむ」

上条「……どったの?紙コップの中に溶け残った砂糖の塊でもあった?」

フロリス「いゃぁそんなんじゃないだけど、妙にイラついててさ。こう」

フロリス「もっかい蹴って良いかな?」

上条「嫌に決まってんだろうが!?てかそれで『あ、どうぞどうぞ?』って言い出す奴はどっか壊れてるぞ!」

フロリス「なんてーかなー……うん、よくわっかんないんだけど、こないだの件あるじゃんか?『ハロウィン』の」

上条「いやだから、それも謝ってんでしょうが」

フロリス「分かってるし。そうじゃなくって、つーか、んー……?」

上条「どうした?お前ホントにおかしいぞ?」

フロリス「あ、いやホラ。ワタシ、どんな風に見える?どんな感じに見える?」

上条「……質問に質問で返されまくってんだが」

フロリス「マジで答えて」

上条「あー、うん。まぁ、そうだな。言えっつーんだったら、言うが」

上条「どっちかっつーと、綺麗系だよな」

フロリス「――へ?」

上条「クラスの一人ぐらい居るじゃん、綺麗なんだけど鼻にかけないで、あんまツルむのも好きじゃないっぽい子」

上条「別に女子からハブられる訳じゃないんだけど、なんか、こう孤立してる感じの」

上条「でも何か俺達がサッカーとかゲームとか、その子の好きそうな話してたら混ざってくる感じでさ」

上条「……で、自分の容姿とかにも、あんま興味ない感じだから。距離感とかも無造作?無頓着?」

上条「卒業して何年か経って、『あ、そういや俺、あの子好きだったかも?』って思い出すの」

フロリス「妙に具体的だなっ!?」

上条「ベイロープまで行っちまうと『無理めの美人』って感じだけど、フロリスさんだと、まぁ『ちょい無理めの不思議系』?」

フロリス「どっちにしろ無理ジャンか」

上条「ごめんなさいねっ!だって俺彼女居た事ありませんしぃっ!」

フロリス「ちゅーか、意外だなぁ。似たような事レッサーにも言われたよ」

上条「総評として『外見は良いんだが、どっから話を持っていったら分からない系』じゃね?」

フロリス「そのナンパ師みたいな言い方はどうかと思うんだけどさ……まぁ、大体合ってるっちゃ合ってる、かも?」

上条「つか俺何恥ずかしい事言ってんだよ!?」

フロリス「もっと速く気づきなよ。こっちは『え、遠回しにコクられてんの!?』ってドキドキなんだから」

上条「いやごめん、そういうつもりは今んとこはないって言うか」

フロリス「おい。そこは笑顔で肯定すんの流れじゃないのか、あ?空気読めよ、ったく」

上条「お前は俺のキャラをどうしたいんだ……で?俺に人物評価させて何がしたかったの?」

フロリス「いや、何ってワケじゃないんだけどさ。まぁ大体合ってるし、つーか別に拘る事なんて少なくない?」

フロリス「遊びたくなったら、遊ぶ相手を探せばいーし。そのために普段からツルんでるのって、逆に不自然じゃないかな?」

上条「ま、そういう考えもありだろうとは思うが」

フロリス「ま、ぶっちゃけワタシ、そんなに拘りはないんだよねぇ、うん。友達もそうだけど、その他にもそんなにはー、みたいな?」

フロリス「その場その場できーーーっ!ってなる時もあるけど、大抵は暫くすると『ま、いっか』みたいな?」

上条「そんな感じあるよな。つか猫みたいだぞ」

フロリス「それも良く言われんよ。気分屋ってニュアンスで」

上条「どういう環境で育ったんだ、って聞くのはダメ?」

フロリス「ん、いーよ別に?隠すよーなこっちゃないしなぁ」

フロリス「ウェールズって知ってる?ブリテンの西側で、元々別の国だったんだけど、700年ぐらい前に併合したんだ」

上条「ベイロープからもスコットランドの話、チラッと聞いたんだが、イギリスって一つの国家じゃないのな」

フロリス「イギリス”連邦”だったからねぇ。一時期は大英帝国名乗ってんだよ、これが」

フロリス「んでもやっぱさー、無理があったみたいでさー」

フロリス「ちょい前まで北アイルランドで独立テロばっかだったジャン?」

フロリス「経済が上向きになってようやく収まったと思ったら、今度はブレアのチクショウがスコットランド自治とか言い出すし」

フロリス「もー散々なんだよね、ホンットに迷惑って言うか」

上条「ウェールズも独立したがってんのか?」

フロリス「どうだろ?一緒んなって長いしねー、ワタシら」

フロリス「Union Flag(イギリス国旗)は聖ジョージ十字とスコットランド国旗、アイルランド国旗が合わさって出来たデザインなんだ」

フロリス「でもブリテンを構成してんのはイングランド・スコットランド・北アイルランド、そして」

フロリス「ウェールズの四つ。てか正しくは四ヶ国なのにウェールズの国旗は入ってない」

フロリス「……ま、同化する時期が早かったから、だっては言われてるけどね」

上条「ふーん。ウェールズなぁ……?」

フロリス「そんなにイングランドとの違いは無いし――あるとすれば『赤い竜』ぐらい?」

上条「さっき言ってた『竜殺しの竜』……ラノベにありそう」

フロリス「おっと、こちとら約1800年前から語られてたんだから、一緒くたにするのはやめてもらおうっ!」

フロリス「対してイングランドじゃ聖ジョージ――ゲオルギウス信仰が盛んだったから、そこは一線引いてるかも?」

フロリス「でも、ま、今更独立って感じでもないしねー」

上条「拘らない割に拘ってねぇか。やっぱ国が絡むと別か」

フロリス「いやいや、そんな事ぁないさ――ってそんな事も無いな。別に国だってどうなろうと関係ないし」

上条「んじゃまたどうして?」

フロリス「レッサー達と遊べなくなるのイヤじゃんか。それだけですが何か?」

上条「……いや、充分過ぎる理由だと思うぞ、そいつは」

フロリス「『新たなる光』で魔術師するのも楽しいしねー。こないだのクーデターごっこも良い感じだった」

上条「動機がまた軽いなっ!?」

フロリス「いやいやいやいやっ!大切じゃないですか、人生楽しまなっきゃいかんでしょーし」

フロリス「『楽しいか・楽しくないか』って結構重要だと思うんだよ、ウンウン」

上条「それもまぁ理屈は分かるが……うーん?魔術結社へ入って命賭けるのは……?」

フロリス「あ、ゴメ。それは無い、無いよー。命まで賭けるのはノーサンキューだってば」

上条「フロリスさん、テメェらこないだイギリス全部にケンカ売ってませんでしたっけ?あれが『軽い気持ちでやった』と?」

フロリス「うんっ!」

上条「やっぱ軽いなお前!動機も思想もフワフワしすぎじゃねぇかよ!?」

上条「てかお前らの魔術教えやがった野郎にも一回挨拶させろ、な?言いたい事が山ほどあっから」

フロリス「いやでも先生は『フローレンスがそう考えるんやったら、それで良いんとちゃう?』って言ってくれてるし」

上条「フローレンス?」

フロリス「や、今の無し。フロリスね?フロリス!」

上条「妙な関西弁にも突っ込みたいが……まぁいいや、これ以上地雷を踏み抜こうとは思わないし」

フロリス「――んがっ!そんなワタシもずっと引っかかってた事があんですよ、これが」

上条「へー、それちょっと興味あるかも。何々?」

フロリス「『ハロウィン』の時、ジャパニーズに裏切られたジャン?」

フロリス「利用するだけしといて、命を賭けないのがポリシーのワタシを無理矢理したじゃんか?ね?」

上条「人聞きがっ!?深夜であってもロビーでする話じゃねぇ!」

フロリス「そっちからだよ、なーんかおかしいのは」

上条「……何が?」

フロリス「いつもだったらさ、『ま、命は助かったし酷い事もされなかったから、別にいっかー』で済ますんだけど」

フロリス「なんか、こうイラつくって言うか、釈然としないって言うか」

上条「そんなにお怒りだったんですかねぇ、あれ」

フロリス「ん、あぁマジな話そんなには?元はと言えばやらかしたのもワタシらだし、そもそも最悪殺されるぐらいは思ってたし」

上条「珍しいな。そこまで覚悟はしてたんだ」

フロリス「死ぬのはイヤだけど、レッサー達と遊べなくのはもっとイヤだしねー――って、オイコラ!何ニヤニヤ見てんだよ!」

上条「あ、悪い悪い。他意は無いって!」

フロリス「……やっぱこれ殺意なのかなぁ……?何か妙に拘るって心底アンタを憎んでる証拠かもねー?」

上条「だからそこまで恨まれる程はっ!」

フロリス「あー……思い出した!その前から何か引っかかってたんだ!」

フロリス「ぶっちゃけ最初にヘラヘラ笑ってた時から、『あ、コイツ殺してー』ってイラついてたかも!」

上条「……そこまで来ると、もう前世からの因縁レベルじゃねぇのか?俺お前の親でも殺したんか、あぁ?」

フロリス「あ、ソレはもう許した」

上条「……うん?」

フロリス「てか今はのワタシの話でしょーが!聞けってば!」

上条「お前も落ち着けよ!つーかそんなに俺が嫌いか!?」

フロリス「好き嫌いで言えば――多分、嫌いじゃ無いと思う」

上条「……はあぁっ!?だってお前今、散々イラつくとか言ってたのに?」

フロリス「なんて言うんだろ、『馬が合う』でいいの?合ってる?」

上条「気が合うって意味だけど、その言葉は」

上条「……まぁ、言わんとしている事は分からんでもない、か?」

フロリス「だっよねぇ?話しているのはそこそこ楽しいし、波長が合う?みたいなの?」

フロリス「ワタシが時々遊ぶ相手も、大体ジャバニーズみたいな感じだよ、うん」

上条「そりゃどーも。ってか俺嫌われてんの?それとも好かれてんの?」

フロリス「だーかーらっ!イラつくんだって!その笑い顔が!」

上条「顔は親からもらったもんだしなぁ、どうしようもな――待て待て、『最初に会った時』?今そう言ったよな?」

フロリス「ん」

上条「……あぁそうだ!俺も何か思い出してきたよ、列車ん中の事!」

上条「あん時お前、何かピリピリしてなかったか?妙にツンツンしてる子だな、ってのが俺の第一印象だったんだよ、確か」

上条「もしかして、『たまたま機嫌の良くない時に俺と出会った』から、その印象が焼き付いてるだけじゃねーの?」

フロリス「いやいや、そんなまさかないでしょー。てか有り得ない」

フロリス「確かにあん時はレッサーのおバカに激怒してたさ、でもそれを引っ張るなんて――」

上条「あぁレッサーがあっさりと捕まったから?」

フロリス「いや、別にそれはどーでも」

上条「……まぁな。友達が仲間だった筈の『騎士派』から粛正されそうになってんだ。そりゃ怒らない方が――」

フロリス「ん、いやいや。ワタシが怒ってたのはレッサーにだよ。『騎士派』なんか最初っかに信じてもないし」

上条「失敗したから?」

フロリス「それもNO!……や、あっさりバレたのには無くはないが!」

上条「んじゃまたどうして?」

フロリス「あー……その、魔術的な通信機みたいなの、ワタシらの霊装にあんだよね。これなんだけど」

上条「ペラいメモ用紙。表面に何か描いてある」

フロリス「コレを使えば音声だけじゃなく、当人同士が許可すれば簡単な五感をリンク出来る仕組み――で」

フロリス「見てたんだよ、ジャパニーズに取っ捕まった時。レッサーの『眼』で」

上条「……そりゃ第一印象最悪だわなぁ……」

フロリス「あ、ごめん。興味なかったから顔と名前と声は全然憶えてなかった」

上条「……おい。ほぼ全てスルーしてんじゃねぇか。残ってんの性別ぐらいだよ」

フロリス「このおっぱいどうしてくれようって」

上条「そっち同行者な?別の意味で気持ちは分かるけども!」

フロリス「ワタシがイラついたのって、そん時のレッサーだよ」

フロリス「レッサーはあの時、『ロビンフッド』で狙撃されそうになった時」

フロリス「『笑った』んだよね、レッサー。それが――」

フロリス「――ワタシは理解出来ない。だから無性にイラついたんだと、思う」

フロリス「『何やってんの!?バカじゃないの!?なんで笑っていられるの!?』ってさ」

上条「……」

フロリス「……思えば、その後直ぐにジャパニーズと出会った時か」

フロリス「ヘラヘラした笑い顔が、なーんかレッサー思い出して気分悪くなったのかもねー」

フロリス「……あぁ、これじゃ完全に八つ当たりだよね、ゴメ――」

上条「――なんだ、お前”そんな事”も分からないのかよ?」

フロリス「――え」

上条「そうかそうか。成程な、だから笑ってたのか、アイツ」

フロリス「え、何?分かるの?なんで?どうして?」

上条「簡単だろ、そりゃ――」

上条「――レッサーは『お前らのために笑った』に決まってるじゃねぇか」




――深夜の病棟 ロビー 明け方近く

 なんで、という言葉が出るよりも速く。
 どうして、と問う台詞よりも早く。

 ベシャッ、とフロリスは飲みかけの珈琲をぶちまけていた。

 上条当麻の顔面へ向けて。正確無比に。

「熱っ!?……何しやがるんですかね?つーかテメーいい加減にしやがれ!」

「――あぁっと、ジャパニーズ。ワタシ、今、ちょぉぉぉっとぶち切れてるから、さ?」

 ジャキジャキジャキ、と『槍』が凶器へ姿を変える――戻す。

「素直に答えなよ?あ、別にイヤだってんならいいけど?」

「……なんだよ。つーかティッシュ持ってない?」

「何がどうしてどーなったら、レッサーのおバカが『笑った』のを無責任に言えるのかにゃー?」

 怒気を隠そうともせず――つい今し方まで談笑していたのに――言外に物騒なものを忍ばせる少女。

(これがフロリスの『素』?……いや、どっちも、か)

 猫と評した少女の一面。普段は拘らないと言っている反面、何かしらの”芯”はあるだろう。
 魔術師としても人格としてもサッパリとしているが、その分怒りを溜め込む事も少ない。

 だが『これ』は彼女にとってすれば例外中の例外――そう。

(やっぱ『友達』が絡むと熱くなってんだろうなぁ、うん)

 上条はそう判断する。

「あーのさぁ。死んじゃったら終りじゃない?ってか絶対に嫌だけど」

 理不尽に怒りをぶちまけているのかと言えば、そうではない。決して。
 有り触れた偽善者のように、我が身可愛さで理を曲げようとするのも違う。

「なーんであの状況であのおバカが、わざわざワタシのタメに笑えんだっーの」

 もしもそうであれば『自分』のために怒る筈であり、『他人』の生き死に拘泥する訳がない。
 とどのつまりフロリスという少女は、彼女の本質とは。

「お前、実は友達好きすぎるだろ?」

「よっし歯ぁ食い縛れジャパニーズ」

「待って下さいよ!?誉めたじゃないですか!」

「いやぁ?」

「いや、そこで改めて照れるのもおかしいっ!?」

 『他人のために怒れる』――その特性は目の前の『幻想殺し』と酷く似通っていた。

「あー……うん、何となく分かるよ。お前が怒ってんのはさ。要はアレだろ?」

 従って上条当麻も然程言葉を選ばずに済む。

「『コイツ人の気も知らないので、何ニヤニヤ笑ってやがったんだ』みたいな感じだろ?合ってるよな?」

「まぁ、そうだけどー」

「……俺も、似たような事言われるからよーく分かる。つーか座ろうぜ?」

「……うん」

 自動販売機のイスに並んで座る二人。『槍』は展開したままで。

「つーかスッゲーベタベタするし、流石☆5つ、砂糖たっぷりか。やっぱティッシュ持ってないか?」

「ハンカチならあるけど」

「……どっちみち後で着替えるからいいや。んで、だ」

 どこから話したものか、どう話したものか。
 自分と極めて近い思考回路を持つ彼女へ対し、どう話せば納得が行くだろうか?

(まずは、そうだな、結論から話しちまった方が早いよな)

 そう考えて、飲み終わったのとぶつけられた紙コップを広い、右手で近くのゴミ箱へ突っ込む。
 丁度ペットボトルの大きさ程度に開いたゴミ箱の穴。日本の自販機のそれよりも、一回りぐらい大きいそれに手を入れ――

 カコン――にちゃあぁっ。

「……うん?」

 手が、抜けなくなる。かすかな痛みが手首へ走り、何かがつっかえているような感触。

「どったん?」

 不審に思ったフロリスへ対し、上条は首を振った。

「あぁいや、なんか抜けない……みたい?」

「ローマの休日ネタ来たーーーーーーーーーーっ!」

「しねぇよ!夜の病院で趣味悪すぎんだろうが!」

「まったまたぁ?アレでしょ?好きな子に心配してもらおうってハラなんだろ?」

 また感情がくるくると変わる。ちょっと前までは馬鹿話、少し前までが殴り合い寸前。

「……どうしてこうなった――イタっ?」

 チクリと手の甲に何かが刺す感触。ガラスの破片でも入っていたのだろうか?

「ダストボックスん中で何か掴んでんじゃないの?ほら、子供が『おかしつかみ取り放題!』ってアレで、腕が抜けなくなるのと一緒で」

「……あのぅフロリスさん?一体俺がゴミ箱の中で何を掴んでんのか、またそれを離す程度の知能が無いとか、冗談ですよね?」

「あーぁ、そろそろ夜が明けそうだなぁ。完徹しちまったい」

「だかに聞きなさいよお前らはっ!?人の話をきちん――」

 ぶちっ。

「――と、抜けた抜けた。何だったんだよ、一体」

 上条当麻が引き抜いた『腕』。
 その手首から先が――。

「ちょ――ジャパニーズ!?」

 ”それ”にいち早く気づいたのはフロリス。そして次に声を上げたのは上条――。
 では、なかった。居る筈の無い、居て良い筈の無い。異物の、声。

「言った筈だぞ、ニンゲン――」

 メキメキゴリメキゴリゴリッ!

 やや大型とはいえ、子供ですらも入りきれないサイズのゴミ箱から、体中の関節をねじ曲げて脱出する少年。いや。

 『少年の形をした何か』。

「――『”安曇”は少し本気を出す』と」

 バキッ、ゴキュッ、バリバリバリバリ……!

 二度三度、安曇阿阪は血塗れの顎を開閉させる。その度に咥えていた肉片は小さくなり、ついには咀嚼され、呑み込まれる。

 それは、その肉片は?どこから来たのか。
 『幻想殺し』が『幻想殺し』たる由縁であり、相棒でもある。

 『右手』を喰った。

「う、あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 上条の千切れた右手が激しい痛みを訴えかける。激痛と言うよりも灼熱へ手を翳しているような錯覚に、彼は悲鳴を上げる事しか出来なかった。

「一応神経毒――蛇の持つ麻痺毒を撃ち込んでおいたが、まぁ痛むだろう。許せ」

「こ――のおぉっ!!!」

 ワンテンポ遅れて正気へ返ったフロリスが飛びかかる。だが、安曇は避けもしない。

 ギャリギャリギャリギャリィッ!

 『槍』の『爪』が安曇を引き裂く――事は、無かった。

「”それ”は昼間見た、と言うか安曇に効かなかったのを憶えていないのか?」

 駅構内で安曇阿阪へ攻撃をしたのもフロリス。あの時は吹き飛ばせはしたものの、目立った外傷は与えられなかった。
 その理由が――腕と顔を覆い尽かせんばかりに広がる鱗、鱗、鱗。

 条件さえ整えば最新式の高速鉄道すら切断出来る『槍』を防いだもの、それは安曇が生やした『鱗』だった。

「――と、いうかだな。安曇は余計な殺生を好まないので、一つ忠告をしてやる」

 うずくまって右手を押さえる上条を顎で差す。

「大量出血における初期治療が後の生存率を左右する、と安曇は知っているな」

「何言ってんだ!」

「応急手当をするなり、魔術で傷を癒やすなりした方が良いのではないか?」

「――っ!」

「治療の隙を突かれる――とでも考えているのだろうが、『それ』はない」

「……どうしてよ」

「虎がネズミを狩るのに隙を伺う必要は無い、と言っている」

「――このっ!」

「……か、は……」

「今なら『右手』は無い。簡単な術式でも十分に効果を見込めるだろうな」

「――黙ってろ!」

 フロリスは上条へ肩を貸し近くの椅子へ運んでから、口の中で二・三語詠唱し、術式を組み立てる。
 ぼぅ、と上条の右手首――喰い千切られた辺りに光りが宿り、激痛と出血が収まっていく。

「お前、は――!」

「出血多量とは大量に血液が失われる事で起きる。安曇はそう教わった」

 どうにか声を出せるようになった上条が問うも、明確な返事は無い。

「末端組織へ供給される血液の減少、心拍の低下、そして酸素欠乏。ちあのーぜ、を引き起こし、ゆっくりと死へ至る」

 安曇は二人とは少し離れ、今し方飛び出てきたゴミ箱の蓋を拾い、元の位置へと戻した。

「優先順位は止血。主に患部への直接圧迫が相応しい――時として壊死を怖れて処置を躊躇うが、そうすると手遅れになる場合がある」

 更に飛び散った紙コップを集め、重ねてからゴミ箱へと捨て始めた。

「次に大切なのは輸血。人類がこの技術を会得する以後と以前で、大分様変わりはした――が、実は輸血にも危険性が付きまと――」

「オイっ!」

「なんだ『幻想殺し』。これからが大事だぞ?輸血量を間違えると腎梗塞や脳梗塞にな――」

「……なんで!お前が……ここに、居るっ……!?」

「傷口が塞がったとは言え所詮は応急処置。術式が切れる前に、最低限輸血をしないと倒れるぞ、と安曇は言ってやる」

「ふざけるな!……クソッ!『濁音協会』の連中がもう追いついて――」

「あぁそれは勘違いだ、元『幻想殺し』。それは違う」

「何が?アンタ達、ストーカーして来たんじゃないのー?」

 フロリスの軽口に力は無い。それなりの自信があった『槍』の一撃を弾かれ、不安が胸をよぎっているからだ。

「『濁音協会』はもう、ない。昼間の戦闘でアルフレドが死んだからな」

「――は?」

「転移魔術を行使した影響か、直前の爆発のせいか。アルフレドはバラバラになっていたぞ」

「――うぇ、死んだ、の?」

「生命活動は停止していたな」」

「……え、ちょっと待てよ。マジで?だったらもう戦う理由なんか」

「だから後は好きにする事にした。好きにやる事になった。だから安曇はここへ来た」

「ジャパニーズの『右手』を食べに?いー趣味してるよねー」

「よく言われる、それは」

 皮肉を介さない安曇。ポリポリと頭を掻き、あぁそうだ、と思い出したように声を上げた。

「憶えているか?安曇は一度、『幻想殺し』に遅れを取っている」

「……俺、にか?つってもお前なんかと関わった憶えはねぇよ!」

「多目的ほーる、だったか。お前は安曇の眷属を破っただろう」

「――あの、蛇人間かっ!?」

「だから”これ”は意趣返しでもある。『神漏美』は後回し、今はりべんじ、という奴だな、さて――」

 パチン、と両手を合わせて祈りを捧げる。その姿は古今東西、どこの文化でも大差は無い。
 けれど安積の口から漏れる言霊は、全てが冒涜的で退廃的なものであった。

「『綿津見ニ眠ル我ラノ大神ヘ奉ル(そろそろいいじかんになった)』」

「『天ニ甕星、地ニ悪路、海ニ阿曇磯良(とはいえやくしゃがあずみだけではすこしさびしい)』」

「『天球ガ穿ツ星ノ光ニテ、同朋ノ血ヲイザ甦ラサン(せっかくのしこみだ、もっとひとをよぼうか)』」

「『我ガ名ハ、ミシャグジ――ソノ名ヲ以テ禍原ヘ弓引ク悪神ノ血統(もっと、もっとだ。けものなんてどこにだっているさ)』」

「『人ハ魚、人ハ蛇、人ハ虫(ひとというけもの、ひとというけもの、ひとというけもの)』」

「『五穀ヲ吐キ捨テ原始ノ獣ヘト帰還サセヨ(りせいをすててたのしくやろう)』」

「『血ト肉ヲ捧ゲ聞コシ召セ給ウ、思シ召セ給ウ(どうせおわりのひはそこまできている)』」

「『――海ヨリ還リ来タル!(――くるえ、そしてかわれ)』」

 ぞわり。

 世界が変わる。安曇を中心に弛緩していた世界が異質のものへと造り替えられる――元々居た住人達をも巻き込んで。

「テレズマ?……あ、でも別に変化は、ないかな……?」

「俺も……特に、は……」

 瞬間的に漏れた魔力が二人に影響与えることは無かった。二人には、何も。

「思い出せ、『幻想殺し』。あの夜の事を」

 ホール内の人間が『変化』した悪夢の夜を。

「『帰還った』のは誰だ?鳴護アリサを襲ったのは誰だったか?」

「何――コレ!?気配が、あちこちに」

 ホールの陰、カウンターの隅、エアダクトの中。
 その全てから獣の息づかいが、荒々しい鼓動が聞こえる。

「ミシャグジの先祖返り――『獣化魔術』とアルフレドは言っていたが、順番が逆だ」

 のそり、と顔を覗かせたのは――先程の看護婦。顔に巻いた包帯がずり落ち、その下からは鱗まみれになった地肌が露出している。

「人は獣だった――そして、今も本質は何一つ変わりなどしない」

 一人だけでは無い。二人、三人と姿を現す。入院患者が壁を這いずり、医師らしき男が四足でにじり寄る悪夢。

「夜など明けない。仮に天へ日が昇ったとしても、悪夢は終りなどしない――」

「――安曇は『DeepOnes323(深きものども)』、『野獣庭園(カサンドラ)』の首魁――」

「――朝の来ない夜に喰われて眠れ、ニンゲン」



――六人病棟

シャットアウラ「『ただの魔術師』で『鬼子』、ねぇ?随分と評価が分かれる所だが」

シャットアウラ「魔術師界が混乱しているのか、それとも私の日本語理解がおかしいのか、どちらだろうな?」

鳴護「お姉ちゃん!」

建宮「……ま、皮肉の一つや二つ言われても仕方が無いのよ。情報が錯綜しているのよな」

レッサー「ってぇと?」

建宮「我ら天草式十字凄教はここ半年程日本を離れているのよ。従ってその間に起きた事には自然と疎い」

建宮「……まぁ我らのポジ的に『外様』なのよな、これが」

レッサー「知り合いが自分探しジャーニーへ出たと思ったら、外国で伴侶こさえて定住した、ぐらいの話ですもんね」

ベイロープ「いや、魔術師らしいっちゃらしいわ。共感はしないけど」

建宮「我らも宗像系とは懇意にしていた繋がりで、安曇氏族とも一部付き合いはあったのよな」

ベイロープ「あぁだから詳しいのな」

建宮「勿論、とある消息筋からも情報を得ては居るのよ!――で、なのよ」

建宮「我らがまだ日本に居た頃、一つの噂話があったのよ」

建宮「『――墓を掘っている魔術師が居る』と」

ランシス「……うわぁ」

レッサー「何となくいやーな感じのオチに着地するって見えましたよ、えぇ」

建宮「……まぁ怪談には良くある話、『墓を暴いて屍体を喰う』って奴なのよな」

鳴護「……」

建宮「元々『死』すらも、ある意味魔術なのよな。中途半端なまま甦らないよう、遺族はキチンと埋葬するのよ」

建宮「死後の裁判で有利になるよう手厚く供養し、丁重な墓を建てる。それは世界でも共通しているのよ」

建宮「だ、もんで魔術師――それも、墓を暴かれるというのは屈辱なのよ、一族にとっては」

建宮「だから――発覚するまでに時間が掛かった」

建宮「家名へ傷がつくのを怖れた連中が『無かった事』にしようとしていたのよな」

レッサー「……なーるほど、日本も良い感じで腐ってますね。それもやっぱり?」

建宮「『数代前は高名な魔術師、けれど今は一般人』が狙われたせいもあるのよな」

シャットアウラ「奴の目的は?それにどうして奴の犯行だと分かった?」

建宮「目的は今も不明。安曇の犯行だと分かったのは、重い腰を上げた対策チームが交戦した際、奴が名乗りを上げたからなのよな」

建宮「……ま、そのチームがどうなったのかは、奴が欧州くんだりまで出張している事から推測して欲しいのよな」

建宮「――で、ここで一つ問題が持ち上がるのよ」

建宮「『安曇氏族には安曇阿阪という魔術師は居ない』のよ」

鳴護「……はい?」

シャットアウラ「騙り、なのか?」

建宮「それは違う。安曇阿阪は安曇氏族の魔術を使うのよな」

ランシス「嘘、吐いてる?Klein Deeps?(安曇氏族)」

建宮「それも違う。嘘を吐く意味が無い」

レッサー「家名に傷がつくんでー、とかありそうじゃないですか?」

建宮「……それが、なのよ。おかしな所は」

建宮「『騙りで無ければ安曇氏族でケリをつけるべき!』みたいな、外野から話が持ち上がったのよ。実際、彼らは違うと言っているし」

建宮「ならば汚名を返上するのは自らの手で、と考えるのが普通なのよな。過剰とも言える装備と人員で殲滅に当たった」

建宮「――が、何と安曇阿阪は僅かな手勢であっさり返り討ちにしたのよ」

建宮「安曇は安曇氏族ですら知らない、失われた魔術を使いこなして」

ベイロープ「失われた……?それはどういう?」

建宮「元々、現在の安曇氏族が使うのは身体強化系の術式を得意とし、また航海に纏わる霊装を数多く持っているのよな」

建宮「どちらも大海原では必須。伝説では安曇氏族は『魚のように水中を動く』との記述もあるのよ」

レッサー「ちょっと面白そうですね、それ」

建宮「んが、安曇阿阪が使うのは『獣化魔術』。人体改造――いや、変質のプロなのよ」

建宮「人類以外の動物から形質を取り込み、自在に使う事が出来る。しかも他人へ影響を及ぼせると」

ベイロープ「……なぁ一ついいかしら?」

建宮「どうぞエロいおねーちゃん」

ベイロープ「レッサー、噛んでいいわよ」

レッサー「がうっ!ぐるるるるるるっ!」

ランシス「ボケへ即座に反応する……」

建宮「……どうにも癒やし系が足りないよな。ゴスメイドとか」

シャットアウラ「癒やしと卑しいは別だ」

ベイロープ「そっちの都合はどうだっていいのだわ――で。聞きたいんだけど」

ベイロープ「ジャパンの魔術師界って、そんなに腑抜けなの?たかだか魔術師一人葬れない程度?」

建宮「そう言うのは尤もなのよ。が、それも違うのよな」

建宮「おねーちゃんは多分『獣化魔術”ごとき”』にやられたのが納得が行かないのよ?」

ベイロープ「当たり前でしょうが。どんだけ昔の流行りだって話よ」

鳴護「流行り、なんですか?」

レッサー「ですね、昔流行ったんですよ。えっと、ご存じじゃ無いですかね、EUの『狼男伝説』」

鳴護「ふ、フンガー?」

ランシス「それ、フランケンシュタイン博士の怪物……」

シャットアウラ「可愛いは、正義!」

レッサー「もういい加減にしてくれませんかね?天然で可愛いなんて私とどんだけカブってるかって!」

ランシス「ひとっつもカブってないよ……?」

鳴護「え、はい、ごめんなさい?」

建宮「謝る必要は無いのよ。で、話を戻すと、割かし獣化魔術自体はある話なのよ」

建宮「西洋では……北欧神話の『ベルセルク』が有名なのよな」

シャットアウラ「バーサーカーの原義になった奴だな」

ベイロープ「あー……」

レッサー「一説には古スコットランド人だったって評判ですよねっ!」

ベイロープ「ぶん殴るわよ?」

建宮「中世へ入って錬金術が広まり、『狼男』として無駄に広がったのよ――んが、これ、現代の魔術師としては有り得ないのよな」

鳴護「えと、フィクションでしか知りませんけど、凄く力が強くなったり、素早く動けたりするんじゃないですか?」

鳴護「有名なのは銀の武器でしか傷つかない、っても言われてたような?

レッサー「しますねぇ、はい。大体合ってますよ」

鳴護「だったら強いんじゃ?」

レッサー「でもそれ『他の魔術でも再現可能』なんですよね、これが」

レッサー「確かに狼の牙や爪は鋭いですよねぇ?力も強いし、敏捷性にも長けています――が」

レッサー「わざわざ牙を生やさなくっても、フツーの短剣があれば人を刺せますし、身体能力にしても霊装で調整出来ます」

レッサー「私達がしているように、ですな」

ベイロープ「あー……ベルセルク――つーか、『獣化魔術』も流行ったの。流行ったんだけど、使いづらいのよ。伝承知ってる?」

ベイロープ「『まるで獣のように敵味方の区別無く殺しまくり、最後には戦場の真っ只中で息絶える』んだけど」

ベイロープ「これのどこが”効率的”だって?」

鳴護「あ、そっか」

レッサー「錬金術ブームの時に、割と簡単だからってリバイバルが来ましたけどねー」

レッサー「でも大抵退治されました――”銃を持った一般人”に。その程度なんですよ、所詮はね」

シャットアウラ「……総合すると、だ」

シャットアウラ「獣化術式は割と良くある。しかも神代から使われている?」

建宮「なのよ」

シャットアウラ「欠点は『メンタルも獣同然になってしまうため、折角得た身体能力を生かし切れない』か?」

レッサー「でっすねー。だって獣は剣や銃を使えませんから」

レッサー「多少獣化の度合いを低く抑えれば、ある程度の知能を持ったままでは居られるでしょう」

レッサー「が、今度は『獣化が低いと身体能力のブーストも比例して低い』という悪循環となります」

ランシス「ちなみに弱点の一つである銀の弾丸……それは、『魔術に影響されにくい鉱物』」

ベイロープ「または『十字教によって”聖別”――威力を高められた武器』だってのが真相よね。大体は、だけど」

レッサー「例外としちゃ、ライカンスロープと呼ばれる『人でもなく、獣でもない』種族が居るらしいですが、そこら辺は吸血鬼と同じくUMA扱いですねぇ」

建宮「極端な話、ライオンは強いのよ。人がタイマンしてもまず負ける。女教皇でもない限りは」

建宮「しかし『ある程度の罠を仕掛ける、もしくは銃があれば退けられる』程度なのよな」

シャットアウラ「何ともまぁ、な話だ。道理ではあるが」

レッサー「んー、近代的な魔術戦に於いてはマイナーである、ぐらいの認識でいいと思いますよ」

レッサー「使う所によっちゃまだ現役ですし、何よりも魔術体系が獣化主体である場合、外せられないですからね」

ベイロープ「それが有利不利じゃなくって、自分達の信仰に結びつくんだったらってコトよね」

建宮「インディアンのシャーマン達よな。コンドルやコヨーテを主とした獣化魔術を使うように、なのよ」

鳴護「あの、ネイティブじゃ?」

建宮「んー、そこら編も最近難しくなってきたのよな。最近は部族としてのアイデンティティが薄れてきて、そう自称する人間も増えて来たのよ」

シャットアウラ「かと思えば『レッドスキンズが差別だから取り消せ』という訴訟もやっているらしい」

シャットアウラ「”Early American(先住アメリカ人)”との言い方も聞く」

レッサー「『インドに住む人』でインディアンなのに、どんな悪いジョークなんでしょうね」

ベイロープ「つーワケで。そんな時代後れのシロモンにヤラれる程弱いのかよっ、てぇ話になるのだわ」

建宮「結論から言えばNOなのよ。前にも言ったように『安曇氏族』自体は日本の魔術界でも屈指なのよな」

レッサー「じゃあどうしてまた?」

建宮「『安曇阿阪の獣化魔術は正気を保ったまま行使出来る』のよ」

ベイロープ「……は?それ、術式を抑えてるんでしょ?だったら大した力も出せないで終りでしょうが」

建宮「……まぁ、俺が直接その場に居合わせた訳じゃないから、どこまで行っても伝聞にしか過ぎないよな」

建宮「んが、その後も戦い挑んで『喰い残された』連中からも、似たような証言が出ているのよ」

建宮「二足歩行する爬虫類、しかも術式や霊装を使いこなすバケモノ、だそうなのよ」

レッサー「爬虫類、ですか?そいつぁまた、むむむむ……」

鳴護「おかしい、んですか?」

ベイロープ「獣化と言っても大抵哺乳類なのよ。人間も哺乳類だし、親和性が高いって言うのかしら?」

ランシス「ある種の『先祖がえり』を果たして力を得る、って思想だし……」

建宮「日本には『蟲憑き』も居るが……まぁ、それは別の話なのよ」

レッサー「具体的には天草式十字凄教長編SS、『神裂「あ、あの、もっと強く抱きしめて下さい……!』で絶賛公開未定!」

レッサー「尚、映画館では先着2名様に『かんざきさんじゅうはっさい等身大ねんどろいど』をプレゼント!」

レッサー「またパンフレットには特別書き下ろし、『天災×ダルクの18禁同人誌(※夏コミ売れ残り予定)』がついてくるぞ!」

レッサー「さぁ、今すぐ劇場へ急げ!Now、On、Sale!」

建宮「上映館を詳しく」

ベイロープ「大事な話をしてんのだわ、だ・い・じ・なっ!下手しなくても近日中にドツキ合う相手でしょうが!」

レッサー「にぎゃーーーーーすっ!?私の首は180度は曲がりませんよっ!いや、ですから試そうとしないで!?」

鳴護「先着2名て」

シャットアウラ「等身大のフィギュアは、もうフィギュアと呼べないだろ。別の何かだ、いかがわしいヤツ」

建宮「てな訳で『爬虫類の獣化』というのは珍しい――訳でもないのよ、実は」

レッサー「どっちなんですか」

ランシス「あ、復活した」

建宮「『安曇氏族』の氏神、『安曇射空(あずみのいそら)』とは海神なのよ。海神を表わす、『綿津見(わたつみ)』が転じて出来た名を持つ」

建宮「普段は深海に住み、その醜い容姿を恥じて人前には現れないのよな」

建宮「また海中でも自在に動く事が出来たのよ――そう、まるで魚のように」

ベイロープ「『深きものども(Deep Ones)』?」

建宮「そっちのおねーちゃんが言ったように、ミクロネシア系の住民には『全身へ入れ墨を彫る』という風習があるのよな」

建宮「その効果は『海で鮫から襲われないように』と言う意味合いがあるのよ」

建宮「――それが実は『獣化魔術』だったら?」

シャットアウラ「クトゥルー神話の半魚人か……しかしそれは『魚類』だ」

建宮「日本の蛇、スネークを表わす文字には”虫”偏が使われているのよな」

建宮「それはつまり『古代に於いて、蛇も虫とみなされていた証拠』なのよ」

レッサー「爬虫類も魚類も関係ねぇぜ、って意味でしょうかね?」

ベイロープ「本当は入れ墨じゃなく、安曇氏族は某かの獣の力を借りて居た、のね?」

建宮「それも含めて調査中なのよ。五和の待ちなのよ」

レッサー「そうですかー……おや?でもそれだと辻褄が合わなくありません?私だけでしょうか?」

ベイロープ「私も同じよ、多分だけど」

レッサー「ですよね、おかしいですもんね?」

レッサー「なんだってまた『安曇阿阪が獣化魔術を使えるんだったら、本家筋の安曇氏族が知らない』んです?矛盾してませんかね?」

建宮「答えは簡単、『切り離した』のよ。散々言ったが、安曇氏は日本人として住む決意をし、覚悟を決めた」

建宮「意図的に封じ、忘れ、無かった事にしようとした術式を、野郎はどっからか引っ張り出してきたのよな」

レッサー「何を?」

建宮「嘗て崇めていた――『ミシャグジ』と言う祟り神を」



――深夜のロビー

上条「……」

上条(状況を、整理、しよう)

上条(夜明けまであと数時間、一番暗い時間帯だ)

上条(ちょっとした気まぐれでコーヒーを買いに来た俺は、同行者に恵まれ――恵まれたか?微妙な所だけど)

上条(軽口を叩きながら割かし和やかな雰囲気になった――所で、安曇は俺の右手首から先を、喰い千切った。というか、喰われた)

上条(さっきまでぶっ倒れそうな痛みと立ちくらみがしたんだが、フロリスのかけてくれた魔術で、どうにか)

上条(……まぁ『傷口へ指突っ込まれる痛み』が『傷口をヤスリで擦る』ぐらいなんだけどな……)

上条(んで直ぐ後に安曇の呼んだ人間――蛇人間?鱗人間?に囲まれている、と)

上条(絶体絶命ですよねっ!えぇもうっ!)

上条(……)

フロリス「……どったの?さっきから顔芸が面白いよ?」

上条「……いや、うん。『別に今更だよねー?』みたいな、諦観がね。割と日常って言うか」

上条「去年下半期から、俺何度死にかけてるのだろ?って感じだよ!好きにすりゃいいじゃねぇかなっ!?」

フロリス「なんで逆ギレ」

安曇「いいのか?では――『いろいろ注文が多くてうるさかつたでせう。お気の毒でした』」

フロリス「Oh, Kenji=Miyazawa」

上条「喰われるのはノーサンキューだ!……つか、テメェは!」

安曇「あぁ”これ”か?こんな中途半端で安曇は申し訳ない。それは腹も立てるだろう」

上条「なんの、話だ……?」

安曇「ここに居るのはただの『生成り(なまなり)』どもだ。なり損ない、失敗作、そんなようなモノだ」

安曇「ニンゲンの相手をさせるにはあまりにも心苦しい。安曇はそう思う」

上条「お前らのの目的はアリサ――だけ、じゃなかったのか?」

安曇「さるん、との約束も果たすべきではある。つもりもある。安曇には嘘の概念がないし、約定を違えるのも嫌いだ」

上条「さるん?」

フロリス「『Society Low Noise』、濁音協会の略でS.L.N.つっってるだけだよ。あちらさんのエンブレムにも描いてあるし」

安曇「『胎魔教典(おらとりお・かのん)』だな。安曇は読んでいないが」

上条「いい加減しろクソ幹部ども!アルフレドといい、お前ら適当過ぎるんだよ!」

安曇「耳が痛い。流石に二度ともなると余裕があるのだな」

上条「……何?二度目?」

安曇「生成りは学園都市でも安曇は披露した筈だ。憶えていないのか?」

安曇「鳴護アリサを誘拐しそこなかった、『アレ』だ」

安曇「『連れてこい』という命令をどう勘違いすれば、『下顎を引き抜いてこい』と解釈出来るのか、どうにも困っ――」

上条「――代わりに人が死んでんだぞ!?」

安曇「うん?」

上条「アレもお前の仕業だったのか!?あんな、あんなっ下らないやり方で!」

上条「大勢の人を巻き込むのがっ!お前らの正義かよ!?」

安曇「……誤解をしているようだな、ニンゲン」

上条「あぁ!?」

安曇「よく『正義というのは何か?』と言う話を耳にする。それを説くモノも居る」

安曇「中には『一人一人違う』と禅問答のような答えが返って来る時もあるな、うん」

安曇「だが安曇の進んできた道に、”そんなモノ”はなかったぞ?」

安曇「幾人かの魔術師が立ちふさがってはこう言った――『お前の行いは人の道に外れている』」

安曇「『だから我らが正してやろう』と」

上条「……何やってたのか知らないし、知りたくもねぇが。言いたくなる気持ちは分かる」

安曇「だが安曇はここに居る。彼らを弑して対価を踏み倒してだ」

安曇「これは安曇が『正義』だと言う証拠ではないのか?安曇が正しいからこそ、誰も止められないのではないのだろうか?」

上条「力を持ってるヤツだったら、何しても構わないのか!?だったら力の弱い奴らは死ねって言うのかよ!」

安曇「そうだ」

上条「んなっ!?」

安曇「弱いモノは弱さ自体が罪だ。脆弱な生き物に生まれ落ちたのを呪いながら、震えて死ねばいい」

安曇「それが『自然』だろう?安曇は間違っているのか?」

上条「人の発想じゃねぇよ!そんなクソッタレな考えは!」

安曇「人類の歴史、とやらを安曇は知ってるが――『過去、一度足りとて平和な時代』とやらがあったのか?」

安曇「誰しもが戦争を嫌い、争いが無かった時代が一度でもあると?ニンゲンが望んだ世界が、弱肉強食で無い世界がいつ?」

上条「……っ!」

安曇「あぁ責めているのではない。それがニンゲンの本質であるし」

安曇「昼間、確かニンゲンはアルフレドへ『狂っている』と言ったな?他人を食い物にするのが許せないと」

安曇「だがしかし『本当に狂っているのはニンゲン達の方』ではないのか?本能に蓋をし、あれこれ理屈をつけては衝動を抑え込む」

安曇「その割には本質である闘争を止められやしない。誰かに、何かに依存しなくては生きてはいけない脆弱な生き物」

安曇「違うだろう?そうではないだろう?」

安曇「獣は悩まない。喰らうのも、奪うのも、殺すのも。”それ”はそういう生き物だからだ」

安曇「正義がなんだ、そんな幻想を振り翳す事の方が――『獣として狂っている』。安曇はそう考え――」

フロリス「――あのさぁ、口挟むのも、っていうかキモいから会話すらしたくなかったんだけどさー」

安曇「外つ国の魔術師。お前達こそ、それを知っていると思うがな?」

フロリス「まーねぇ、同じ十字教徒同士で殺して殺して殺し合って。異教徒同士で殺して殺して殺し合ったんだから、アンタの言ってる事は分からないでもない」

フロリス「神代から現在までずっと続けてきた事だしねぇ。霊装が兵器に取って代わったってだけかもしんない」

フロリス「でも、だから、何?」

安曇「ふむ?」

フロリス「武器を持って戦おうってのは、裏を返せば誰かを守りたいって事じゃんか?それが悪いの?バカなの?死ねば?」

フロリス「さっきから本能本能つってるけどさ、そりゃ誰だって持ってるよ。人間はね」

フロリス「お腹減ったらハンバーガー食べたくなるじゃん?ムカついたら蹴っ飛ばしたくもなるし」

フロリス「でも、だから何?人間の本質?本能?」

フロリス「アンタの言う通り、人間の本質って奴が動物や獣に近いんだったら、どっくに文明社会終わってるよね?滅びてるよね?」

フロリス「でも今は少なくとも5000年前にはシェメール辺りで神様崇めてたらしいけど、どうなの?間違ってんの?」

フロリス「戦争はイヤだし、どっこのバカが始めたいざこざなんて関係ないけどさ、まぁ興味も無いし?」

フロリス「死ぬのなんか正直ゴメンだし、ぶっちゃけ何かあったら逃げ出すと思うよ、ワタシはね」

フロリス「――でも、それは、それこそが動物だよね?」

フロリス「『勝てない・勝てっこない』って相手に尻尾巻いて逃げ出す――場合によっては子供や仲間が喰われる事によって、種を残そうとする」

フロリス「否定するつもりはないよ、それが『自然』だって話だかんね。けど、さ」

フロリス「仲間や友達、親兄弟や家族、お世話になった人らか」

フロリス「そんな人らがバカの犠牲になるんだっつーんなら、ワタシは戦う」

フロリス「――それが『人間』でしょ」

フロリス「安曇阿阪、アンタはただのフリークス(狂人)だ」

フロリス「人として生きられない――『人としての最低限のルールすら守れない』から、安易に逃げ出した」

フロリス「ニンゲンになりたくてなりたくてしょうがないのに、なれない。アレだよね?『手の届かない葡萄は酸っぱくて不味い』って奴」

フロリス「『手に入らないから』ってだけで、下らない、ダメだ、って決めつけて排除しようとする。それだけ」

安曇「……」

フロリス「てかさ、もしもアンタがニンゲン見下すのも結構だし、お腹が空いたからパクパクしようって言うのも勝手だけどさ」

フロリス「じゃあなんでそのお偉いビースト様が、ニンゲンの言葉喋ってんの?バカなの?」

フロリス「見下してる相手の言葉使って、服着て、魔術使って」

フロリス「『アンタが本当に獣であれば、そんな事に絶対にしない』よね?違う?」

フロリス「つーかさっきから黙ってんじゃねーぞ。反論あったら言ってみろよ妄想野郎」

上条「えっと……」

上条(なんつーか、俺、ずっとフロリスに嫌味ばっか言われて来た、とか思ってたんだけど――)

上条(――今の台詞聞くに、『じゃれてる程度』だったのな?ふざけてるだけって言うか)

上条(……つーか文字通りの人食い相手に理路整然と啖呵切るって……)

上条(怒らせないようにしよう、うん)

安曇「……獣は黙して語らず、そして仲間が死ぬのも構わず、か」

安曇「確かに安曇は考え違いをしていたな。魔術師、言う通りだと安曇は思う」

フロリス「あっそ。良かったね、理解出来て、すっごいねー」

フロリス「で、ついでにお願いなんだけど、そのまま死んでくれないかな?不愉快だから、全てが」

安曇「いや、そうも行くまい。”それ”は獣はしない事なのだから、今更安曇がすべき選択肢では無い」

フロリス「レミングって集団自殺するんじゃなかったっけ?」

安曇「都市伝説だな、うん――っと」

上条「ちょっと待て!お前窓枠に手をかけて何するつもりだ!?」

上条(ここはロビーっつっても入院患者用のカウンターだから、実質十階ぐらいに当たる。落ちたら即死)

上条(……ま、レッサーの『コンクリでどーん』喰らって、『痛いのは好きじゃない』で済ますような相手が、その保障はないが)

フロリス「いよーし、そのままヒモなしバンジー行ってみようか!さぁ張り切って飛びやがれっ!逝けっ!Go to Heeeeeeeeeeeeeell!!!」

上条「……フロリスさん、そーゆー言動見ると『あ、やっぱレッサーの友達なのね』って確信しますよね?フリーダム&イリーガル過ぎるもの」

安曇「飛び降りる、というか『逃げる』が正解だな」

フロリス「えぇー?数でゴリ押し大勝利!ってフラグじゃないのー?」

安曇「前にも言ったが『生成り』では荷が重すぎるし、魔術師の言う通り『配慮』すべきではなかった」

安曇「そもそも、さるん、などに拘るべきではなかった。安曇の蒙を啓いてくれて礼を言おう」

フロリス「どーいしたしまして?あれ?なんか、ヤバくない?大丈夫?」

上条「……聞きたいんだが、何するつもりだよお前っ!?」

安曇「一度巣へ戻って真蛇(しんじゃ)――『野獣庭園』の構成員を解き放つ」

安曇「後は本能の赴くまま狩ろう、それでいいのだろう?」

フロリス「あっちゃー、もしかして地雷踏んじゃったかも?」

上条「”かも”じゃねぇ!確実に踏み拭いて下の地盤まで崩落させとるわっ!」

安曇「では元『幻想殺し』と外つ国の魔術師――」

安曇「――生きていればまたどこかで会い見舞えん」 ダッ

上条(そう言って安曇は躊躇わず窓の外へ身を躍らせる!)

上条「クソッタレ!」

生成り『ゲゴオオオオオォォォォォッ!』

フロリス「じゃんっーーーーーーーーまっ!」 ガッ

上条(俺達が窓へ駆け寄った時には、もう遠くのビルの外壁を走っている安積の姿があった!)

上条(……走ってる?いや、這い回るにしては異常なスピードだ)

上条(バルクール――ビルの壁面から壁面に飛び移るような、トカゲのような動きを見せ――) グッ

フロリス「――いよーーーーぅしっ!抵抗すんなよジャパニーズ!つーか動くだけ無駄だぜ!」

上条「……あのぅ、フロリスさん?なんで俺後ろから抱きかかえられてんですかね?」

フロリス「んー、まぁ考えたんだけどさ。ここで蛇人間の掃討戦するよっか、安曇を潰した方が良いと思うんだよねー?」

上条「こっちは――あぁレッサー達も居るし、アリサの護衛にはシャットアウラや建宮と揃ってるか」

上条「あぁ見えて建宮は教皇代理――天草式のナンバー2だし、頼りになる」

フロリス「だね。それじゃ行こっかー」

上条「あぁ!………………あぁ?」

フロリス「ゴーっバンジーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」 ヒュッン

上条「イヤャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!?」

上条(うん、まぁ走馬燈ってあるじゃん?死ぬ前に見るヤツ)

上条(だからま、流暢に考えられるのも、多分それなんじゃないかなって俺は思ってる)

上条(後ろからフロリスに抱きかかえられた俺が、今居るのは空中だ)

上条(足場もなく、こう、飛び出しやがったんですよねー、えぇ)

上条「……」

上条「――って死ぬから!?つーか死ぬからっ!?」

上条「何やってんの!?って言うか何やってんですかふっろっりっすっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」

フロリス「あ、霊装発動させんの忘れた」

上条「オイコラテメェェェェェェェェェェェェェェェェェっ!?」

フロリス「ウッサイなぁ、舌噛むよ?」

上条「落ちてるの!死んじゃうんだから!早く、早くっ魔術使えよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

フロリス「へいへい――それじゃ行きますかっと」

フロリス「――あ、その前に霊装の説明しよっか?ねぇねぇ?」

上条「何でもするからっ!利子つけて言う事きくからっ!俺の命が危険でピンチになる前に早くプリーズっ!」

フロリス「やーれやれ、仕方がないなぁ――コホン」

フロリス「『朝焼けに微睡むグリンカムビよ、知れ!』」
(Know Gullinkambi to doze the morning glow!)

フロリス「『我らがアールガルズへ攻め込む巨人の咆哮を、中庭に横たわる毒蛇の舌なめずりを!』」
(Roar of the giant from whom we invade Asgard, Lick your lips by the venomous snake that lies in the courtyard! )

フロリス「『主が吹き鳴らす角笛は粛々と闘争の時代を告げん!』」
(The horn that the main plays solemnly tells the age of the struggle!)

フロリス「『さぁ羽ばたけ金の鶏冠!偉大なるオーディンの勇者へ戦さ場での礼節を思い出させよ!』」
(Now cockscomb of gold must flap!, Remind me of propriety in the battlefield the brave man of a great Odin!)

フロリス「『戦いは始まった!終焉を告げる戦士達よ、鬨の声を上げろ!』」
(The fight started! Raise soldiers who report the end and war cries!)

フロリス「『――神々の黄昏が来た!』」
(――Ragnarok, Now!)

ヴヴゥンッ!!!

上条「――っ!?」

上条(急降下――というか墜落している俺の耳へ、フロリスの澄んだ声はヤケにはっきりと聞こえた)

上条(英語はあまり得意じゃないのに、自動的に意味の通る言葉へ変換されている聞こえる『力ある言葉』)

上条(体へ掛かる重量が急に増し、襟首を掴んで容赦なく引っ張り上げられる感覚!)

上条「……っ、と?……あれ?」

上条「俺生きてる、よね?セーブ地点へ戻ってないよなぁ……?」

フロリス「どーだろーねー、もしかして『金の鶏冠(グリンカムビ)』の起動に失敗したのかも?」

上条「つーか背中の辺りにホワホワっとした男にとってヘブンなものが密着してるんですが!」

フロリス「だったら天国に来てんじゃなーい?」

上条「いやでも、俺の妄想だったらもう少し大きめが」

フロリス「……つーか、落とすぞコノヤロウ!ワタシはレッサーと違って甘やかしたりしないタイプだ!」

上条(――と、落ちるスピードが大分減ったものの、地面に近づいて居るのも事実な訳で)

フロリス「地面、蹴って!」

上条「俺が?」

フロリス「この霊装は『飛んでる』訳じゃない!『滑空』しているだけだから!表向き!」

上条「良く分からんけど――よっと!」 ダシッ

上条(俺がコンクリを軽く蹴っただけで数十メートルは伸び上がる)

上条「……こないだとは大分違うな?」

フロリス「『幻想殺し』がないからだよ!前は霊装の『力場』へ干渉してたせいで、殆ど飛べなかったの!」

上条「あぁ今はないから――つーか、聞いていい?」

フロリス「どぞ?」

上条「割と大ケガした俺を連れてきたのって、一体どんな嫌がらせ?確信犯なの?」

フロリス「いやぁ、なんかノリで?つい」

上条「おウチ帰して!?」

フロリス「――ってのは冗談だけど、半分ぐらい」

上条「あれおかしいぞ?後ろから女の子に抱きしめられているのに、恐怖しか感じないなぁ?」

フロリス「ED?わーかいのに大変だねぇ」

上条「断じて、違う!」

フロリス「レッサーからチラッと聞いたんだけどさ、『右手』って勝手に治るんでしょ?」

上条「あー……再生、すんのかな?あんま自信がないって言うか、死にかけてたから憶えてない」

上条(オッレルスとオティヌスの初顔合わせん時、だっけ?何かもう大分昔の事のような気がするなぁ)

フロリス「けど、今は治ってない――どころか、普段効かない治癒術式も効いちゃってるよねぇ?」

上条(……あぁそうか。さっきのフロリスの詠唱の意味が何となく分かったのも、『右手』がないせいか)

フロリス「それっては要は『右手がまだ残ってる』って意味なんじゃないの?」

上条「えっと、つまり?」

フロリス「『幻想殺し』が二つも三つもあったらバランス崩れるっしょ?だから、一本目が失われない限り、再生はしないと。おけ?」

上条「他人の腕を本言うな」

フロリス「だから今、ジャパニーズの腕が治らないのは『一本目』が残ってる証拠じゃないの?」

上条「残ってる、って……どこに?」

フロリス「にーぶーいーなーーーっ!あれ!あっこのヤツだよ!」

上条(と言って指差す――のは、無理だったが、視線を追うと)

上条(ビルの間を器用に、そして子供が見たら絶対トラウマを残す気持ち悪い動きで跳び回る)

上条(――『安曇阿阪』か)

上条「アイツの体内にあるって事?」

フロリス「ちゅーか、今まで余裕ぶっこいてたのに突然逃げ出すなんて不自然だよねぇ、どう考えても」

フロリス「まるで『いきなり弱くなった』みたいな感じだもん」

上条「ヤツの腹の中で、まだ『幻想殺し』は効果を発揮してる、か?」

フロリス「100%じゃないと思うけどね。じゃなきゃあれだけの身体能力は出ない――ハズ」

上条「……成程な。合ってる、気がする」

フロリス「魔術だけじゃないけど、こういうのは距離が離れると威力も落ちるってセオリーがあってだね」

フロリス「ぶっちゃけアイツが弱ってる内に叩こう、ってハラ。おーけー?」

上条「俺達だけで勝算はあんのか?つーか他の連中へ知らせてからの方が良いんじゃ?」

フロリス「ん、さっきからキーキー騒いでる?聞こえない?」

上条「風の音といつ地面に激突するか怖くて……」

フロリス「んじゃちっょと体勢変えてっと」 ムニッ

上条「ちょっと待ったフロリスさん!?それだと、こう、俺の後頭部にアレがアレで当たってますよ!?いい感じにふにゃんって!」

フロリス「当ててんだよ、言わせんな恥ずかしい」

上条「よーしちっと待とうか!というかまず落ち着け俺!」

フロリス「ジャンパーの胸ポケットに、さっき言った通信用霊装入ってんだってば」

フロリス「この体勢で『取っても、いいよ?』っつっても取れないっしょ?」

上条「うん、だからね?そもそもそれ以前にだな、女の子の胸ポケットへ紳士は手を入れないんだよ?」

フロリス「――聞こえない?」

???『――っ!――――――!?』

上条「あ、これって」

???『ちょっと待とうかイヤ待ちますね待ちましょうとも!えぇっ!』

???『てか何やってんですか!?マジで何やってんですか!?交尾ですかっ嫌いじゃないですけどね!』

上条「……うん、俺、誰か分かっちゃったみたい」

フロリス「だーよねぇ。突然通信来た時には驚いたけど、ま、流石って言うか」

上条「追っかけて来てんだよな、俺達の事?」

フロリス「そそ。半分は病院の蛇人間――ナマナリ?を無力化させておいて、他はこっちへ来てるって」

上条「って事は。安曇が行く『真蛇』が居るトコは当然」

フロリス「アジトって事だよねぇ」

上条「よしよし!俺達は斥候って事な?」

フロリス「出来ればワタシ、あんま働きたくないんだよねー」

上条「さっきテンション違っ!?」

フロリス「何か飽きた?レッサー達張り切ってるし、別に任せりゃいーかな?みたいな」

上条「……いや、まぁ仲間に頼るのもアリだとは思うけどさ――っと!」 ダッ

フロリス「ナイスジャンプ!……あー、やっぱりオトコノコは蹴るの強いな」

上条「ん?お前らだって霊装使ってんだろ、てかちょい前俺を羽交い締めにして、窓の外へ心中カマしたのってフロリスさんですよね?」

フロリス「あ、フロリスでいーよ?」

上条「皮肉ってんだから聞けよ!?反省しなさいよっ!自分の行動をねっ!」

フロリス「いよーし!追っかけるよ、ジャパ――上条当麻!」

上条「……りょーかい!」



――六人病室

レッサー「ミシャグジ?あんまり日本語っぽくない響きですね」

建宮「漢字で書くと『御石神(ミ・シャグ・ジ)』――石神井(しゃくじい)って地名、聞いた事はないのよな?」

鳴護「東京にそんな名前の公園ありましたよね」

建宮「あそこら辺は井戸を掘った際見つかった石が、奇瑞があったため奉られ、石神井と呼ばれるようになったのよ」

建宮「また一説にはアイヌの名前とも類似性が指摘されているのよな」

シャットアウラ「シャクシャインとかいう英雄が居たような……?」

建宮「現在の長野県諏訪地方――安曇野には神が御座(おわ)すのよな」

建宮「嘗て在ったのか、それともずっと在ったのかは分からんのよ。とにかく、在った」

建宮「『それ』のルーツは分からんのよ。どこから来たのか、どこへ行くのか、現存する民俗学者には明確な答えが出せていないのよな」

建宮「何故なら『それ』は意図的に隠されたからなのよ」

ベイロープ「それが……さっき言っていた『切り離した』へ、繋がるのか?」

建宮「『それ』は蛇神であったとされているのよ。人を喰い、人を襲い、人を殺める類の」

建宮「人々は人身御供を捧げる事により、難を逃れてきた――と、されている」

鳴護「されている、ですか?」

建宮「この世界には神や仏は居ない――と、されているのよな。少なくともホイホイ出てくるような神格は居ないのよ」

レッサー「魔術的な災害を『神災』と呼ぶ事はあっても、現実に悪魔や妖怪が出たってぇ話は聞きませんもんね」

ベイロープ「魔神は?オティヌスのような魔術師であったと?」

建宮「それも不明なのよ。北欧神話の名を冠した魔術師なのか、オティヌスを見たノルド人がオーディンと呼んだのかは」

レッサー「まさに卵が先か鶏が先か、ってぇ話ですよねぇ」

レッサー「ま、そこいら辺はいつか直接ご本人からお伺いしたい所ですが、ねぇ?」

建宮「そもそも神話的のアーキタイプ、『原型』には共通項が多いのよな」

建宮「『蛇』もしくは『竜』が居て人々へ人身御供を求める。そこへ『英雄』もしくは『上人』が訪れて退治して解決する話」

シャットアウラ「洋の東西で竜か蛇かの差はあれど、大体は同じだな。それが?」

建宮「この場合の『蛇』、つーか『竜』は『水害の神格化』なのよ。現実に怪物が居たのではなく、そう昔の人間は考えたのよな」

鳴護「えっと、どういう意味ですか?」

建宮「例えば何回も氾濫する河川があったとするよな?それを昔の人は『水神様が激おこぷんぷん丸なのよな!』と判断していたのよ」

シャットアウラ「多分、それは言わないと思うが」

レッサー「あとオッサンが若者言葉使うのって痛々しいだけですよ。割とマジで」

建宮「ンァッ! ハッハッハッハー!ネタをしようと思ったんだが、これ意外と汎用性に欠けるのよな……さておき」

建宮「だから定期的に供物を捧げ、お怒りが収まるようにした――のが、まず一つ」

建宮「次に『水害で亡くなった人間は、神に呼ばれた=捧げたものになった』とも解釈したのよ」

鳴護「それじゃ……順番が逆じゃないですかっ」

建宮「そうなのよ?」

鳴護「いや、そんなあっさり……」

建宮「が、お嬢ちゃん。恐らく『神様も居ないのに』とか思ってるんだろうが、それは違う。違うのよな」

建宮「人の手に余る自然災害、少なからず人死には出たのよ。それは古くから災害が多い日本では仕方がない事なのよな」

建宮「当然のように命を落とす者が居て――ここで質問よ」

建宮「残された者は『彼らが災害で無駄死にした』と考えるのと、『水神に捧げられた』と考えるの」

建宮「さて、どっちが前向きなのよ?」

鳴護「それは……」

建宮「……あまり良い話ではない、と前置きをして話すのよ。所謂『人身御供』にはある種の口減らしの側面もあったのよな」

建宮「寒村で体の弱い子供が生まれる。それは現代と違って栄養状態も悪く、医学も呪術じみたものしかないのでは必然なのよ」

建宮「『江戸時代へ帰ろう!』とか抜かすバカどもを見ると殴りたくなるが、あの時代、徳川家すらバタバタ子供が死んでいったのよ」

建宮「当然、『弱い』子は産まれて直ぐに――と、言うのは珍しくも無かったのよな」

建宮「……そこいら辺は『産怪(サンカイ)』を調べてみれば、分かる話なのよ」

建宮「んが、ここへ『生け贄』という因子が加わると――」

レッサー「『未熟児でも生かしておける理由が出来た』、でしょうか?」

建宮「なのよな。場所によっては村集総出で手厚くもてなされたのよ」

建宮「『現代』では勿論犯罪、しかし『古代』ではある種の救いであった。そう俺は考えるのよな」

ベイロープ「それらのファクターが揃って、『諏訪の蛇神』が出来上がった、と?」

建宮「実際に安曇氏族が移り住んできた際、治水技術が格段に発展し、『それ』は一度姿を消すのよ」

建宮「水害によって人死にが出なければ、当然人身御供も――と、する事にした犠牲者も必要ない、と」

建宮「だが『それ』は生き残った。安曇氏族の『御柱祭(おんばしらさい)』って聞いた事が無いのよ?」

レッサー「あっ、あー、ありますあります。大きな木を切り倒してから、社殿へ運ぶんですよね?」

建宮「それなのよ。さっき、お嬢ちゃんが『どうして安曇氏族は山中へ移り住んだのか?』と聞かれて、俺は『川を遡った』と答えたのよな」

建宮「手段じゃ無く目的を答えるとするのなら、安曇氏族は『竜骨』を欲しがっていたのよ」

シャットアウラ「竜骨?大きな船の中心部に添えられる、文字通りの背骨か」

建宮「あれには強度があって粘りの強い木材が最適――しかしそれは山奥にしか無いのよ」

レッサー「自然と海洋民族でも登山しなくちゃいけませんかぁ」

建宮「その行程、『山から巨木を切り出し、下まで移動させる』が神事として定着したのが御柱祭だという説があるのよ」

建宮「彼らが移住した先も、恐らくは船造りの最中にめぼしい所を見つけただけなのよな――と、話が逸れたのよ」

建宮「が、この御柱祭、よく死人が出るのよな。かぁなり無茶な事をやってるから」

建宮「それは諏訪地方で無くとも条件は同じ――が、もしもここで」

建宮「ミシャグジ神の信仰を続ける者が居れば、どうするのよな?」

レッサー「事故が、事故では無い、ですか?」

建宮「勿論、安曇氏族はミシャグジ神を滅ぼした側なのよ。従ってそんな事する意味が無い」

建宮「しかし別系統の『誰か』、もしくは『何か』が居た」

建宮「滅ぼされるのを良しとせず、祟り神が祟り神であり続けるのを望んだ一族。その正当後継者が――『安曇阿阪』」

建宮「――以上が禁書目録の推論なのよな!」

レッサー「ここへ来てまさか人の受け売りだったっ!?」

ランシス「一応隠していた方が……うん」

建宮「我らも情報を出しているのよ。合作なのよな」

ベイロープ「正直だからって誉められるとは限らないんだけど……まとめると」

ベイロープ「諏訪地にはミシャグジ信仰があった。治水がおろそかな時代にはガンガン人が死に、捧げられていた」

ベイロープ「そこへ安曇氏族が治水技術と共に移り住む。ミシャグジ神は信仰の対象から外れる」

ベイロープ「が、これで困った――か、どうかは知らないけど、以前からミシャグジ神を崇めていた一派があった」

ベイロープ「彼らは安曇氏族の宗教儀式をも取り込んで、現代まで生き残ってやがった、よね?」

建宮「に、加えて安曇氏族は自分達の使っていた獣化魔術も封印したのよ。陸の上で使う分には必要ない、と」

建宮「だから彼らの入れ墨文化は廃れ、現在へ至るまで罪人か狂人以外しなくなったのよな。この日本という国では」

レッサー「にゃーるほど。確かにある意味、私らは古い神――『旧支配者』を相手にしてるってぇ訳ですな」

ランシス「ちょっと、テンション上がる、かも」

ベイロープ「安曇氏族の獣化魔術よりも更に旧く、得体の知れない相手、ね」

ベイロープ「歴史的な背景はある程度理解出来た。で、ミシャグジ神は結局なんの神だったのよ?」

ベイロープ「蛇っぽい、って事は安曇阿阪の術式から分かるでしょうが、それだけって事は無いわよね」

ベイロープ「そもそもで言えば蛇なのにシャグジ――『石神(しゃぐじ)』の名前持ってるのが異様なのだわ」

ベイロープ「逆に言えば、そこら辺をクリアすればフロリスが天敵になるでしょうけど」

建宮「それが――分からないのよ」

ベイロープ「……うん?」

建宮「いやぁサッパリ!全っ然!全く以て不明なのよな!」

ベイロープ「だったらなんで!どうして!今まで引っ張りやがった……ッ!」

建宮「何度言ってるように、半当事者の安曇氏族ですら実体が掴めていないのよ。我らに文句を言うのは筋違いなのよな!」

建宮「禁書目録も情報が少なくて動くに動けず、かといって柳田老のように現地調査する訳にも行かないのよな」

シャットアウラ「その少ない情報をかき集めに日本へ行くのか?」

建宮「手足となって働くのよ。里帰りも兼ねて」

レッサー「ちょっと厳しいですかねぇ、こりゃ。私達は日本の術式に不慣れですし、あちらさんはそれをクトゥルー風にアレンジしやがってんでしょ?」

レッサー「『蛇』と『石』についてもう少しご助言頂けませんかね?」

建宮「そうよな……『蛇』に関してはそちらさんと大差ないのよ。『英雄』・『竜』・『鉄』の三竦みはよくある話」

建宮「それに加えて『治水』の概念が加わる、ぐらいなのよな」

建宮「『石』にはついては……あぁ、『六国記(りっこくき)』の『続日本紀(しょくにほんぎ)』、確か常陸国の古史に」

建宮「『少彦名(スクナヒコナ)神の権現が浜辺へ現れ、よく人に憑いた』と」

レッサー「物騒な話ですなー」

建宮「いや、該当する地域を俺のメル友がガルパン巡礼ついでに調べた所、ある社の近くに断層が剥き出しになっている所があるのよ」

ベイロープ「目的が邪すぎる――ん?」

建宮「だ、もんで『海の向こうから渡来した神とは、地震によって隆起した古代の地層じゃね?』と言っていたのよな」

レッサー「それで『石神』ですか。ふむ」

建宮「文献には『一夜にして現れた』とかそれっぽい記述もあるし、まぁ確定だと思うのよ」

レッサー「論文で発表したりは?」

建宮「『夏コミが忙しい』」

レッサー「ある意味新しい文化へのイノベーションですけどね」

建宮「他には時代が下って、石灯籠が幽霊になって人を騙した『にっかり青江』とか、他にも磐座(いわくら)も――」

ベイロープ「――あのクソマスター!何やってやがる!?」

レッサー「どうしました――って手首から血が?リストカットする癖なんてありましたっけ?」

ランシス「普通、ぐるっと一周は切らないと思う……」

ベイロープ「『銀塊心臓(ブレイブハート)』の副効果よ。ってかこれ、大ケガしてんだろーがどう考えても!」

レッサー「すいません、あのぅ、私その話聞いてないんですが詳しくお伺いしてもいいですかねぇ?」

レッサー「てか隠し事作るのやめましょうよ?私達仲間ですよね、ねっ?」

レッサー「こないだベイロープの部屋に入って、『俺ちょっと女子寮に居るんだが質問あるwww?』でスレ立てたのは謝りますし!」

ベイロープ「……ほーう。何か口聞いた事も無いような野郎から、『派手な下着なんですね』とか聞かれるのは、あ・な・た・のっ!せいだったんかぁぁぁあああんっ!?」

レッサー「ぎゃーすっ!?だから隠し事しないって言ったじゃないですがっ!」

ランシス「やれや――ふ、ふひっ、あれれっ?」

鳴護「どうした、の?」

ゾワッ……!

レッサー・ベイロープ・建宮「!?」

鳴護「あれ、今、なんか……?」

シャットアウラ「どうしたんだ、全員で?」

建宮「来やがったのよ、『濁音協会』が」

レッサー「てかこの魔力、安曇阿阪系じゃないですかね?なんかショーユっぽい臭いがします」

建宮「それは分からんのよ――が、まぁ十中八九件の人物なのよな。海の臭いがプンプンするのよ」

レッサー「ではでは皆さん、逝きましょうか――蛇退治に」

ベイロープ「そうね」

レッサー「『ちょっと待とうかイヤ待ちますね待ちましょうとも!えぇっ!』」

レッサー「『てか何やってんですか!?マジで何やってんですか!?交尾ですかっ嫌いじゃないですけどね!』」

ベイロープ「ネタに走るな。つーかシメる時はきちんとシメなさい」

ランシス「フロリスに連絡入れるのは、大切だけど……いひっ」



――深夜のフランス市街地

レッサー『――と、まぁ現時点で分かっているのは”蛇”、そして”石”と言う事ですね』

上条(相変わらず、と言うか俺達は夜の街を疾走している。正確には滑空らしいが)

上条(感じとしちゃアレだな。どっかの怪盗さんになったような気分。ハートを盗んで行った的な)

上条(別の例えなら変身が得意な配管工のオッサン。爽快感は同じかも?)

上条(ちなみにフランスの市街の一部は、『観光のために風景重視』らしくて電線は無い)

上条(法律で規制して景観を守ってるんだそうだ。日本で言えば京都か奈良かのコンビニみたいな)

上条(他には洗濯物も表通りに干しちゃいけないんだとか。そこまで徹底するのもどうかと思うが)

上条(……右手が無くて痛みがズキズキするのを我慢出来れば、楽しいと言えなくもない)

上条「……」

上条(うん、まぁ動画撮られてUPされたらマズいとは思うが!)

レッサー『そこはやっぱり魔術でですね』

上条「聞いてんのかよ、つーか内心聞こえてんのかよ」

上条(『新たなる光』は『必要悪の教会』ですら喉元へ来るまで気づかなかったんだし、隠密行動には一家言あるのかも知れない)

上条(目的が追撃戦じゃなかったら楽しめたのかも――って、あぁダメか。『右手』があると霊装に悪影響与えるんだっけ?)

上条(結構なスピードで滑空&跳躍を繰り返してるのに、殆ど風の流れを感じない)

上条(そこら辺をどうにかするのもセットになってんだろうけど、ちょっと惜しいか)

フロリス「『ふーん?どっちもワタシには関係ないっぽいなぁ』」

レッサー『ならば暫くは様子見でいいと思いますよ。こっちが着くまで余計な事はしちゃダメですからねっ!』

上条「『分かってるって』」

レッサー『くれぐれも上条さんに気をつけて下さい!フラグ立つなんて以ての外ですよっ!』

上条「『分かってないのは確実にお前だな?俺達じゃねぇな?』」

レッサー『何かあったら、ホウ・レン・ソウ!取り敢えずそれを徹底させておけばベターです!』

上条「『報告・連絡・相談?』」

レッサー『法廷・連携・想像妊娠、の略です』

上条「『そのキーワードから”慰謝料ウハウハ”以外の言葉は出ないよね?』」

上条「『前っからイッペン言おうと思ってたけどさ、お前の中の日本はどんなイメージなの?つーか誰が日本語教えてんの?』」

レッサー「『ニンジャ、殺すべし!』」

上条「『マンガなのな?ある意味間違ってない事はない、つーか間違って』」 ガクッ

フロリス「アイツ、進路変えたみたい!気づかれたかも!?」

上条「……っ!」

安曇「――」

上条(安曇はマンションの壁面で停止したまま、こちらを凝視する)

上条(マズい!目が合って――)

フロリス「……」

上条「……」

安曇「――」 フイッ

上条(……うん?)

安曇「……」

上条(おかしいな?俺達が空中でホバリングしている辺りを思いっきり凝視してたんだが、何事も無かったように動き出した……?)

フロリス「どしたんだろーねー、あれ?」

レッサー『――どうしましたか?何か不測――でも起きました?』

上条「『今、一瞬安曇が振り返ったんだが』」

フロリス「『ワタシら見た筈なのにスルーされちゃったみたい』」

レッサー『そうで――多分、単純に視力の影響――ないでしょ――』

上条(音声が途切れ途切れに?アンテナ――は、無いけど距離の問題か?)

フロリス「『どったの?何かトラブった?』」

レッサー『いえい――心配なく。それより爬虫類の習性――いかと』

レッサー『あちらは動体視力は良い――夜目が利かないらしいんですよ』

上条「『蛇って夜行性じゃ無かったっけ?』」

レッサー『のも、居ます。ピット器官――彼らは熱を感知する感覚器官を持――まして、最初から視力へ頼っていま――ん』

フロリス「ワタシら、風のバリアみたいなの纏ってるし。臭いも遮断はされてる、筈?」

上条「疑問系なのが怖いが……言われてみれば確かに。高速で移動出来る霊装だったら、空気の摩擦とか流さないと洒落になんないよな」

レッサー『第一逃げてる相手に追っ手が掛かったとして、その場で始末しない理由がありませんよ』

レッサー『慎重になるのは良いと思いますけど』

上条「『だな。んじゃ気持ち距離取って追いかけるわ』」

フロリス「んー?」

上条「反対か?」

フロリス「って訳じゃ無いけど……あ、ちょっと耳塞いでて?」

上条「無理だよ!?片手しかねぇのに!」

フロリス「オイオイ、オンナノコ同士の内緒話を聞こうなんて趣味悪いぞー」

上条「物理的に無理なんだよね?つーか帰ってからやれ、帰ってから」

フロリス「ワタシが塞ごっか?両手で、こう」

上条「うん、だからそれすると俺は首を捕まれたままになるよね?つーか死ぬよね最悪折れるよね?」

上条「……いやGは殆ど掛かってないけど、むち打ちぐらいにはなるだろうし」

フロリス「ま、いっか。なるべく忘れてくれればいーや『――もしもーし?』」

上条「ホントにするのかよ!?つーか英語とかで喋れば殆ど分からないんだが」

フロリス「『えっとさーぁ、なんてのか、言いにくいんだけど、話、あるんだよねぇ』」

レッサー『今ちょっと忙しいんですけど、至急ですか?』

フロリス「『出来れば』」

レッサー『ならどうぞ。ただし手短に』

上条(向こうは俺達を追ってるか、病院で掃討してるんだから当然だっつー話)

フロリス「『んーとねぇ、その――レッサーの気持ちは分かってたんだけどさ、ワタシも気に良っちゃったみたいでさ」

フロリス「『もし良かったら、譲って貰えないかなぁ、なんて』」

上条(何を?)

レッサー『言っている意味がよく分かりませんけど、フロリスにとって大事なんですね?わざわざ断るって事は』

フロリス「『だね、うんっ』」

レッサー『……分かりました。思う所もありますけど、ここは私が涙を呑んで譲るとしましょう』

フロリス「『え、マジで?いいの?本当に?Really?』」

フロリス「『ありがとーーーーーーーーーっ!レッサー愛してる!モルドレッドの次に好き!』」

フロリス「『さっすが親友!言ってみるモンだよねぇっ!』」

レッサー『いや絶賛されましても……あ、そろそろいいですか?』

フロリス「『おけおけ、今度ケーキでも奢るからさ』」

レッサー『はい、それじゃまた――』

フロリス「……ふーむ、と」

上条「何の話?」

フロリス「だからナイショっつったんジャン。気ぃ遣いなよ、モテないぞー?」

上条「それは割と今更だから諦めてるが……」

フロリス「直ぐ分かるさ。直ぐに、ね」



――フランス某病院

レッサー「――て、切れましたね。なんだったんでしょ今の?」

ベイロープ「伝える事は伝えたんでしょ?だったら別にいいわ――しかし」

建宮「何か、凄い事になってるのよな」

レッサー「『鱗人間に囲まれっさぁっピンチ!?この先一行の辿る運命とは!闘争の時代に果てに見たものとは……ッ!』」

レッサー「『次回、”最後の力”。慟哭して見よ!』」

鳴護「それ、負けフラグじゃ……?」

ランシス「……ちなみに『囲まれっさぁっ』と『レッサー』が被ってる……!」

レッサー「ランシスさん、あなた昨日から私の背中ばっかり撃ってませんかね?そういえば」

レッサー「ツッコミの無いボケに存在価値などありませんが、かといってスベったギャグを解説されるのも、それはそれで苦痛と言いましょうか」

ベイロープ「オイ遊ぶんだったら終わってからにしろ、終わってからに」

レッサー「って言われましてもねぇ?なんつーか『殆ど終わってる』じゃないですか」

シャットアウラ「当然だな――『報告を』」 カチッ

クロウ7『――長期入院患者用ロビー並びに一階エントランスは制圧しました』

クロウ7『エアダクトや空調施設の中へ入り込んだ敵性体の確保には手間取っていますが、30分以内にはなんとか』

シャットアウラ「『15分でやれ。あと私の”クルマ”はどこにある?』」

クロウ7『地下駐車場にバンと一緒に確保してあります』

シャットアウラ「『玄関先まで寄せておけ。直ぐに出る』」

クロウ7『了解……ご武』 ピッ

鳴護「……えっと、今の柴崎さん、だよね?帰ったんじゃ?」

シッャトアウラ「『帰した』とは言ったが、『本当に帰した』とは言ってない」

鳴護「身内がブラックだったよ!?」

レッサー「『黒鴉』だけに!」

ベイロープ「つーか『クルマ』ってあの『クルマ』なんだよなぁ?」

シャットアウラ「『クルマはもう無い』とは言ったが、『本当に無い』とは言っていない」

鳴護「ブラックって言うか、ダークって言うか」

レッサー「『生成り』以上の生体兵器がバラ撒かれそうってんですから、まぁバレても激怒はされないでしょうがねぇ」

レッサー「つーか、せめて『ご武運を』ぐらい最後まで言わせてあげてもいいんじゃないかと」

シャットアウラ「時間の無駄だ――なっ!」 シュッ

バチチチチチチチチチチチチッ!!!

生成り『――ゲガァァァァァァッ!?』

ベイロープ「おー、効いてる効いてる。流石学園都市謹製のスタングレネード」

シャットアウラ「当たり前だ。『これ』と一戦交えたデータを持っているのだからな」

鳴護「生きてる、よね?」

シャットアウラ「元々は『学園都市で変化させられた学生達を、傷一つなく確保する』ために開発された技術だ。心配はしなくてもいい」

建宮「しっかま、ここら辺が獣化魔術の廃れた原因なのよな。身体能力高くなりし、然れども知能もまた獣へ近づけり、なのよ」

ランシス「鼻と耳が良すぎるから、人間相手には『ちょっと不快』程度の攻撃でも充分怯むし……」

ベイロープ「ジャングルやサバンナじゃ自然に溶け込まれて脅威なのよね、恐らくは」

ベイロープ「人間以外に生物が存在しない、冷たいコンクリートの中だから目立つってだけで」

シャットアウラ「幾ら物陰に隠れようとも、熱源探知・振動感知・臭気判別にドローンを先行させれば物の数では無い」

建宮「それ、普通の人間でも無理ゲーなのよ」

シャットアウラ「しかし本当に効率が悪いな、獣化魔法とやらは」

レッサー「いやですから、さっきから散々言ったじゃないですか」

建宮「まぁ、今魔術をかけられてる相手が巻き込まれた素人さん、ってのも加味して欲しいのよな」

建宮「『本物』は弱点を知った上で、ほぼ完璧にカバーしてくるらしいのよ」

レッサー「何か一昔前の、思考ルーチンが『索敵殲滅』だけのザコ敵っぽいですよね」

ベイロープ「ザコ敵言うな。帰ってきたら『解除』させなきゃいけないんだから」

シャットアウラ「たわいないにも程がある。獣であっても実力差を感じれば逃亡するだろうに。これは、なんだ?」

シャットアウラ「そもそも魔術的な『仕込み』があるのか?これはタダの足止めだと?」

レッサー「どーです、センセイ?何か感じますか?」

ランシス「んー……?ビリビリは、ない、かな?さっきの一回だけ、強いの感じた、けど」

レッサー「てな事ですので、最初の『アレ』ん時、起動+命令でも仕込まれていたのかと」

シャットアウラ「生来の獣であれば、如何ともしがたい実力差を悟れば引くというのに」

シッャトアウラ「奴らはデタラメに襲いかかってくるばかり。どちらが獣だか、分かったものではないな」

ベイロープ「人間だってパニックんなれば取り乱すのは当たり前。誰だって訓練された人間とは違うわよ」

鳴護「……あのー、ちょっといいかな、レッサーさん?」

レッサー「あいあい。てかレッサーちゃんで構いませんよ鳴護さん」

鳴護「あ、だったらあたしもアリサって呼ばれる方が嬉しい、です」

レッサー「んで、どうしました?『やっぱりついて行きたい』ってのは聞けませんよ?」

シャットアウラ「アリサ?」

鳴護「違う違う!そうじゃなくって、っていうか素朴な質問なんだけど」

ベイロープ「おい、レッサー」

レッサー「野暮な事は言いっこなしですよベイロープ。彼女はもう既に関係者です」

レッサー「何も知らず・知らせずに枠外へ置くなんて、それは逆に失礼ってもんですからね」

鳴護「ありがとう……なんだけど。さっきから言ってる『獣化魔術』の欠点は」

レッサー「『能力に比例して知能が下がる』事ですね、はい」

鳴護「だから中世の狼男さんみたいに行き当たりばったりな行動をしたり、今みたいな感じになるんだよね?」

レッサー「前者は噂でしか聞きませんが、ま、似たような感じでしょうな」

鳴護「けどこれ、おかしくないかな?矛盾してるよね?」

レッサー「と、言いますと」

鳴護「えっと、お姉ちゃんが今言ってたみたいに、『動物は明らかに強い相手からは逃げる』よね?」

建宮「同族同士で縄張り争いはするけど、それ以上はあんまないのよ」

ランシス「結果として死ぬ、事はある……けど」

鳴護「だったらさ、『獣化した人達も、適わないって思ったら逃げ出したりする』んじゃないのかな?」

レッサー「……あー……」

ランシス「……」

ベイロープ「へぇ」

建宮「確かに、なのよ」

シッャトアウラ「流石はアリサ!見たか天然のこの威力!」

鳴護「いやだから、私天然違う……」

建宮「言われてみればなのよ。盲点だったのよな」

ベイロープ「よくトチ狂った連中を『獣』に例えるわよね?狂犬とか、狐憑き、とか」

ベイロープ「でもよくよく考えれば、動物の生き方ってのは実にシンプルで理に適っている。少なくとも人間なんかよりはずっと、ね」

建宮「俺達は『獣化が進む=まともな行動をしなくなる』って考えていたのが、確かに言われてみればその通りなのよ」

建宮「獣は決して狂っている訳ではなく、人間とは違うルールで行動しているだけ、なのよな」

ランシス「だったらどうして獣化魔術を発動させると、おかしくなる、の……?」

レッサー「今までは私達が漠然と考えていた図式は、『人←→獣』って一本のグラフがあって、獣化を使えば強度に比例して獣へ近づく、と」

レッサー「でも、言われてみれば確かに『獣化魔術で変身した人間の行動は、獣とは一線を画している』気がしますね」

レッサー「野生で最も重要な生存本能を度外視する、と言いましょうか。妙に好戦的になると言うべきか」

ランシス「中世の狼男伝説では、虐殺とか人食いとかが起きて、いるし」

ベイロープ「獣は必要以上には殺さない。けれど同族食いは獣にしか起こらない、のだわ」

シャットアウラ「なんというか……異質だな」

シャットアウラ「よく似てはいるが、決定的に何かが違う。騙し絵を見ている気分だ」

レッサー「とはいえ違うのが分かっただけでも違いますよ!アリサさん、今のは金言かも知れませんねっ!」

鳴護「あ、はい。ありがとうございます……?」

建宮「安曇阿阪が『獣化しても正気を保てる』のは、そこいらが鍵なのよな。多分」

レッサー「うーむ……私達だけでは結論を下すのが難しいですかねぇ。実際に魔術に触れたのも、下っ端を相手すらさせていませんし」

ベイロープ「あの子へ伝えておきなさいな。直に見たのはまた違うでしょうし……あ、でもあんまり煽るの禁止ね」

レッサー「突っ込まれても困りますしねっ!Double Meaning(二重の意味)でっ!」

ベイロープ「英語にすりゃシモネタも許されると思うな。つか後ろから教育的指導を撃たれるっつーの」

シャットアウラ「人をなんだと思っている、お前達」

建宮「なんかこう、アウェイな感じなのよな……」

ランシス「……うんまぁ、女子校ってこんな感じだし……オンナノコ同士だとエゲツない会話もしている」

レッサー「んでは早速ピッポッパッと」

ベイロープ「余計な擬音を入れない」

レッサー「……」

ベイロープ「……どうしたのよ?」

レッサー「ベイロープ、ランシス」

ベイロープ「分かったわ」

ランシス「……」

鳴護「どうしたんですか?」

レッサー「それがですねぇ」

ベイロープ「――ダメ、繋がらない」

ランシス「探知も……無理」

レッサー「ヤッバいですね、これは――」

レッサー「――フロリス達の位置、ロストしちゃったようです、えぇ」



――フランス 某スタジアム

上条(あれから20程経って、俺達はデカいスタジアムの前にいる)

上条(安曇は尾行を警戒していたのか、何度か唐突な方向転換を繰り返してから、慎重にスタジアムへと入っていった)

上条(まぁ、ビルの壁面から壁面へ飛び移るのを尾行だなんて、空を飛んでない限りは無理だと油断しているのかも?)

上条(……あ、でもレッサーの機動性だったらいい勝負か。あの子、自動車と併走して走ってたし)

フロリス「ついた、っちゃついたけど、ここかぁ、うーん?」

上条「国立競技場?」

フロリス「『Parc des Princes(パルク・デ・プランス)』、直訳すると『王子達の公園』」

上条「ファンシーな名前だなオイ」

フロリス「『HACHIOH-JI』って『八人の王様』って意味なんだよね?」

上条「どの国もどっこいどっこいだな!名前の由来までは知らないけども!」

フロリス「昔はサッカーよりも自転車競技の方が盛んだってんで、元々はオーバル――楕円のレース場だったらしいのさ」

上条「ツール・ド・フランスだっけ?公道レースの」

フロリス「日本人にもBeppuって選手が居たっけかな、確か」

フロリス「でもサッカースタジアムとして改装されて、10年ぐらい前にもっと大きいのが出来るまでは、ずっとホームとして使われてたって」

上条「成程、なんかサッカーの幟みたいなも下げられてるけど」

フロリス「明日のあれでしょー?チェックしときなよ」

上条「つーかお前いまフツーに『日本人』って言わなかった?ジャパニーズじゃなくてさ?」

フロリス「流石にド深夜だし人も居ないし、つまんにゃーいにゃあ」

上条「ネコ化するんじゃないよ!一部の人に受けそうだけども!」

フロリス「ちなみにワタシはどっちかっつーとタチだ!つーかウケじゃなくセメだ!」

上条「自重しよ?俺には君が何を言っているのかサッパリなんだけど、いい加減にしとけ、な?」

フロリス「つーかガードマンもいなさそう。シーズン中じゃないから、鍵かけたまんまなのかな?」

上条「下手に入ってヤンチャするものなら、サポーターに囲まれて『こらっ☆』ってされるからな……」

フロリス「サッカーの試合でマジ死人が出るからねー、ウチらは」

上条「……ま、でも誰も居ないんだったら好都合だ。行こうぜ!」

フロリス「あ、トイレ?だったらあっちでしてきなよ」

上条「そっか、それじゃ後で!――って違うわ!話の流れがそうじゃなかっただろ!?」

フロリス「なんで?」

上条「安曇は?俺達悪い奴らの後追ってきたんだよね?」

上条「こういう時は『よし!今のウチに追い詰めるぞ!』とか言って乗り込む展開じゃないの?」

フロリス「戦力揃ってないジャンか。元々ハーフ――中継役のワタシと『右手なし(Less- Right)』でどーしろっつーのさ?」

フロリス「あ、超巻き舌で言うと『れっさぁ』って聞こえなくもない」

上条「要るか?今の情報必要なくね?」

上条「……まぁなー、『幻想殺し』がぶち切れたまま再生もしない俺が出張ったってなぁ」

フロリス「でっしょー?ワタシもフォワードじゃなくってハーフだから」

上条「あんま強くない?」

フロリス「ムカ。そんなことないですー、ポジションの違いなんですー」

フロリス「ワタシはフォワードとショート(遊撃)回収するってぇ役割があるんですぅー」

上条「ハーフってラクロスの?」

フロリス「ま、やってる事ぁサッカーと変わりないよん。ボール拾って相手にゴールへぶち込むだけだし」

上条「お前ら、イギリスの名門校なんだよな?」

フロリス「ナイショだけどね」

上条「でもってイギリスってクリケットの発祥っつーか本場じゃんか?だったら――」

フロリス「……うん、まぁまぁ、その、先生がね」

フロリス「『あんたら仲良くせんとあかんよー。魔術師言うても結局は仲間やん?友達大事にせんヤツは何も大事に出来ひんでー?』」

フロリス「『だからワイがクリケットやのうて、ラクロスを勧めたんは決して!』」

フロリス「『決っして「あ、ブリテンちゅーたらラクロスやね!」って勘違いしとったんちゃうで?疑ったらあかんよ、いやマジでマジで』」

フロリス「『――ってレッサーアンタ何ワイのアメちゃん食べてるん!?ちゅーかフロリスも帰らんといてよ!?まだ話は――』」

上条「うんまぁ、一度逢わせろ、な?お前らを作り上げたある意味元凶に」

フロリス「先生は会いたがってるみたいだけどねぇ。つーか日本にも行きたがってたし」

フロリス「……あとラクロスはハーフじゃなくてセンターって呼ぶんだけどなぁ」

上条「あぁそういやお前らのジャンケントーナメントで、決勝競ったんだっけか」

上条「……あれ?でもなんでレッサー来た――」

フロリス「んま、ちゅー訳でワタシらは役割分担が出来てんだよね。戦闘でも、誰がどんな動きをするとか、そーゆーの」

上条「統率の取れた魔術師、か?」

フロリス「他の魔術師が超個人主義だって知ってるっしょ?それこそ仲間でも仲間じゃねーぞ何言ってんだコイツ?みたいな」

フロリス「だもんで基本、奥の手とか隠し技の一つや二つ持ってんだーけーど。仲間同士でも手の内晒すの嫌って使わないんだよねぇ」

フロリス「それどころか、お互いがどんな魔術使うのか、ロクに把握してなくって誤爆しまくったり」

上条「あるよねー、そーゆーの」

上条(対オリアナ戦はそうでしたねー、俺とステイル)

フロリス「ま、ぶっちゃけ数の暴力なんだけどさ」

上条「……うん、分かってた。分かってたけどさ、そこはそれ、『チームプレー』って濁したんだし、掘り下げなくても」

フロリス「だからさー、ワタシはあんま直接戦闘好きくナイっつーか」

上条「補助系なのか?空飛べるし」

フロリス「ダルいじゃんか?」

上条「今までの話の流れは!?そういうポジって話じゃねーの!?」

フロリス「補助だったら『死の爪船(ナグルファル)』一択っしょ。あの子のアレは超エゲツねぇぜ」

上条「……多分、知りたくないし、関わり合いにもなりたくないんだけど、無理なんだよね?巻き込まれるんだよね、俺?」

上条「なんだかんだギャーびりびりーかぶぅっドーンっ……」

フロリス「どったん?」

上条「あ、あれ……?そういや、そうだ、そうだよっ!」

フロリス「Ah, Ha?(だから何さ?)」

上条「俺、イギリスに来てから一回もツッコミ&ボケで死にかけてない……ッ!」

フロリス「――で、どうしよっか?このままみんな待つのもアレだし、だからって開いてるお店はホニャララなトコしかないし」

上条「俺、割と真面目な話してるんですが?」

フロリス「夜だしSightseeingってぇのもなんだよね。フォークロア探しに行くのもあれだし」

上条「しつもーん!」

フロリス「なになに?」

上条「フロリスって弱――待て待て!?その振り上げた『槍』をどこへ振り下ろすつもりだっ!?」

フロリス「だから役割分担だっつってんでしょーが!ワタシはいつあのおバカを回収させられるかも、だから余力はのーこーすーのっ!」

上条「これ以上なく説得力のある理由だな!てかやっぱお前らの先生は偉大だよ!」

フロリス「それに今、ホラ、スタジアムの天井閉まってるっしょ」

上条「あー、あっこから飛んでは逃げられないよなぁ」

フロリス「ちゅーかワタシらの霊装も、先生の宝具バラしたもんだしね。一人じゃ扱い切れないからってんで」

上条「ふーん?『爪』だっけ、トールの『帯』とかとセットになってんの?」

フロリス「いやぁ、そっちじゃなくって――っと失敬失敬」 ブブブブブブッ

上条「相変わらず謎の通信機だぜ。つーかもう携帯でいいと思うんだよ」

レッサー『交尾ですかね?』

上条「なにその挨拶?開口一番で訊く事がそれなの?原人同士でもそこまで性に貪欲じゃなかったよね?」

上条「多分、今でも使ってるのって明治と早稲田の学生さんぐらいじゃねぇかな?やりサーでお馴染みの」

フロリス「『もっしー?遅いよーピザ屋さん、こっちはもう何分待ったと思ってんの』」

レッサー『ピザ?』

フロリス「『いんや、こっちの話ぃ。なんかあったん?』」

レッサー『ちょっと進展があったのでご報告を。実はこっちに一人、”真蛇”が残っていまして』

上条「信者?」

レッサー『”Devotee(狂信者)”ではなく”真蛇”――あぁっと、説明が難しいですかね』

レッサー『鎌倉時代頃から乱心して額に角を生やす、と言う説話が広まりましてね。それを取り入れた能で、能面として確立されました』

レッサー『獣化というよりも、蛇化というべきでしょうか。道成寺の安珍と清姫が有名かと』

フロリス「『Pardon?』」

上条「自分を捨てていった僧侶を、女が蛇に化けて焼き殺すって話」

フロリス「あー」

上条「よーしフロリスさん、どうして君が俺を指して『あー』って納得顔で宣ったのか、説明して貰うじゃねぇか」

レッサー『般若って知ってます?こう、角が生えて口が裂けた面の』

上条「ちょっと待て俺は今フロリスさんと大事な話をだな」

レッサー『時間が惜しいんで話は移動しながらで構いませんかね』

フロリス「『何々?切羽詰まってんの?』」

レッサー『もし良かったらでいいんですが、そちらのスタジアムに先行して情報拾ってきて貰えませんか、と。あ、無理には言いませんが』

フロリス「『ワタシフォワードじゃないって知ってるっしょ?』」

レッサー『それがですね、その言いにくいんですが……「エサ」として何人か捕まっている、という情報が』

上条「……行こうぜ」

フロリス「待ってよ!?ワタシと賑やかしの二人で突っ込んだって無理でしょーが!?」

上条「賑やかして……」

レッサー『あくまでも「S.L.N.」の証言ですんで、なんとも信憑性には乏しい所ですが、さて?』

上条「フロリス、頼む」

フロリス「むー……っ」



――パルク・デ・プランス内

上条(夜のスタジアムは昼間の喧噪とは打って変わって――って、それはさっきやった)

上条(うんまぁ、アレだよね?いい加減”夜のなんちゃらシリーズ”も慣れたっつーかさ)

上条(スタジアム入り口から堂々と――警備員のオッチャン居ないし、鍵すらも掛かっていなかった――入った俺たち)

上条(……どころか、入り口脇にある警備室からマグライトを拝借する……)

上条「ひ、非常事態だからねっ!?好きでやってるんじゃないんだから!」

フロリス「Hey、どーしたカミジョー――言いづらいな……トーマ?君は誰に向かってデレているんだいHAHAHAHA?」

上条「なんで英語の例題風?」

上条「いやだから入ってきてから聞くのもアレなんだが、これ、バレねぇかな?」

フロリス「バレッバレに決まってんジャンか。なに言ってんの?」

上条「やっぱりか!?そんな気はしてたげとねっ!」

フロリス「『今っから狩りの時間だぜヒャッハー!』って息巻いてる相手、外に出ちゃったら対処面倒だーよねぇ?」

フロリス「だったらまぁ騎兵隊が来るまで、スタジアムん中で囮になれば――」

上条「時間稼ぎ……おや?昼間も似たようなシチュがあったような……?」

フロリス「つーか来るの遅すぎぃ!何やってんのさ!?」

レッサー『えぇそれについては前向きに検討したいかと存じますよ、はい』

フロリス「『むきーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』」

上条「ま、まぁまぁ!他に手段がないんだったら仕方がないじゃんか、な?」

レッサー『とにかく、今は情報ですね。あ、不要なら説明は止めますけど?』

上条「……レッサーさん怒ってません?なーんか声が堅いっつーか、トゲがあるっつーか」

レッサー『そんな事はないトゲよ?』

上条「センスが昭和だな!?古ぃし誰得だし!」

フロリス「いやだから、そうやって何でもかんでも拾うからレッサーが調子に乗ってボケるんであってさ」

上条「拾わなきゃ拾わないで構うまでボケ続けるだろうが!」

フロリス「って事はツッコんでもボケるし、スルーしてもボケるから結果は同じと」

上条「……”可愛いけど残念な子”に相通じる残念さを感じるぜ……」

レッサー『――ではまず「生成り(なまなり)」と「真蛇(しんじゃ)、どちらも能面の一種でしてね」』

上条「こっちはこっちは俺達をスルーかっ」

フロリス「『No?』」

レッサー『No, ”Noh”、ですね』

上条「橋と箸みたいな面倒臭さがある」

レッサー『日本の伝統芸能の一つ、KABUKIと似たような仮面舞踏、でしょうかねぇ』

レッサー『日本には、と言うか安珍清姫の時代から、”獣化”する人間が数多く報告されています』

上条「色々と端折って簡単にすると『男に裏切られた女が、蛇になって復讐する話』だっけか?」

レッサー『――で、合っています。そうなんですよねー、「蛇」なんですよ』

レッサー『生成りが「鬼のような角が半分生えた姿」であるのに対し、真蛇は「鬼そのまんま」っぽい感じ。般若って言った方が分かりやすいでしょうか』

フロリス「『なーるほど。つまり自分達の獣化魔術の深度で区分けしているって話か』」

レッサー『一般人を無理矢理変化させたのが「生成り」、野獣庭園のメンバーが変化したのは「真蛇」でしょうね』

上条「『はい、質問!』」

レッサー『どうぞ』

上条「『般若って”鬼”っぽいよな?なのに真蛇は蛇なの?』」

レッサー『それはですね。女が嫉妬に狂うと鬼へ変わる、という伝承がまずあります。イザナギ神であったり、鬼子母神やドルゥガーとか』

レッサー『激怒した時に「角を出す」って言いますでしょう?』

上条「『そっちは納得。鬼女とか言われてるのも居るし』」

レッサー『最も知られた「安珍清姫」てには原型があると言われていまして、古事記にある「蛇嫁取り」だと言われています』

レッサー『所謂異類婚姻譚に分類され、ぶっちゃけると「神と人との結婚」でしょうか』

フロリス「EUでもギリシャ神話を筆頭にお盛んだからねー。ラミアとか居るし」

レッサー『蛇女、蛇女房は「嫉妬深い女性が転じてしまった」のか――それとも「最初からそうだった」のか』

レッサー『どっちだと思います、上条さん?』

上条「……それが、獣化魔術?」

レッサー『安珍清姫伝説は更に特殊でしてね。最後大蛇へと転じた清姫が、お寺の鐘へ隠れた安珍を焼き殺すんですよ』

レッサー『口から火を吐いて、ごおぉぉっと』

フロリス「それなんて怪獣映画」

レッサー『清姫の母親は白蛇であったという説話も残っていますしねー』

上条「『なんだかなー。訳分かんねぇよ』」

レッサー『――それでですね、ミシャグジも「白蛇」だったんですよ』

上条「『……え?』」

レッサー『まぁなんですかね、言うじゃないですか昔っから。「白蛇は神様の使いだ」って』

レッサー『あれもまた、順番が逆なんですよ。ぎゃーく』

上条「『レッサー……?』」

フロリス「『……ふーん?どうあべこべだってワケだよ?うん?』」

レッサー『神はどこにだって居たんですよ。山に、川に、海に、田に、花に、風に』

レッサー『朝起きれば天に昇る神へ感謝を捧げ、夜寝る前に昇ってくる神へお休みを言う』

レッサー『だから元々「ソレ」に名前なんてありませんでした。だって必要ありませんからね。そこに居る、と常に感じられていたのですから』

レッサー『それが「神」という概念が入ってきてから一変しました』

レッサー『尊きモノ?畏れるモノ?』

レッサー『それは違う、そんなモノでは決して、無い』

レッサー『人と神を分ける必要なんて無かった!名前を与えて縛る必要もだ!』

レッサー『曖昧なままで良かったのに!彼女はそんな事は望んでいなかった!』

上条「『レッ、サー……?』」

レッサー?『違う、違うのだよ、ニンゲン。その名前は、違う』

レッサー?『と、言うかだな。自己紹介は一度した筈だか、もう忘れてしまったのか?魔術名の名乗りも上げたぞ』

安曇(レッサー?))『この――安曇阿阪の名をだ!』



――パルク・デ・プランス内 深夜

上条「いつから、だ?てかどういう事だよっ!?」

上条「お前、レッサーとどうやって入れ替わったんだ!?」

安曇『音、とは振動である。即ち空気を振るわせ、伝達させて発生している』

安曇『そう安曇氏族が悟ったのは、今からざっと1000年以上前の話だ』

安曇『獣化してエラを生やす事により、一々息づきに水面へ上がらなくても良くなった――ものの、次に出て来た問題は海中での意思疎通だったらしい』

安曇『手振り身振りでも暗い海面下では近づかなければ意味を成さず、クジラのように吠えてみれば他を警戒させるだけ』

安曇『とは言え魚は発声器官を持たない。鼓膜も発達しておらず浮き袋で代用しているのが殆どだ』

安曇『ならば自分達で魔術を使い振動を操り、会話が出来るようにしてしまおう――そう、安曇達は考えた』

安曇『だから空気の流れを”視”たり、”携帯電話の代わりに震えるものを操る”のは難しくもない』

安曇『気配に振り返ってみれば、上空に大きな停止した空気の塊があれば、安曇じゃなくとも気づく』

安曇『侮りすぎなのだよ、ニンゲンと魔術師。安曇は獣の知覚に頼っているが、根本は魔術でもある――雑種、だ』

フロリス「……つーか声色変えて、しかも結構流暢に発音してやがったよねー。キャラ設定ぐらい守れよ」

安曇『ネコ化の動物の一種には、他の生き物の声色を真似ておびき出す習性がある』

安曇『加えて、安曇の地声でないと大和言葉の唄を唱えるのが困難だ』

上条「唄?」

安曇『魔術とは言葉と魔力だけではない。音階や仕草に意味を込めるものもある』

安曇『特に獣化魔術で「こう」なってしまうと、発声が困難になるからな』

上条「……言っている意味が」

安曇『ん、あぁいや、元「幻想殺し」よ。考え違いをしているな』

上条「何?」

安曇『問えば答えが返ってくると思うのは、只々傲慢と知るべきだろう』

フロリス「うっわダサっ!獣がどーたら言ってた癖に、まーさーかーのっPride(傲慢)ですって!Pride(傲慢)!」

フロリス「あれじゃん?何か余裕ぶっこいてるから、難しい単語使ってみました−、的な?あれ?うっわー、引くわー」

上条「お前もいい加減にしろ、な?割と殺傷力高いんだから」

安曇『そうじゃない。これ以上は無駄口になる、と安曇は言っている』

安曇『そもそもお前達がどこに居るのか、最初の設定を思い出して欲しいものだが』

上条「どこってそりゃ……スタジアムだろ?」

安曇『ほぼ正解だな。そこへ「野獣庭園が勢揃いしている」とつけば満点だ、と安曇は評価する』

フロリス「……あーぁ、言っちゃったよ」

上条「……へ?」

安曇『安曇は、ぐらうんど、の中央に居る。この続きが訊きたいのであれば来るがいい』

安曇『強制はしない。罠に填まったと逃げ帰――せんりゃくてきてったい、するのもまた良いだろう』

上条「……お気遣い、どーも」

安曇『どちらも、生き残られれば、の話だが』

真蛇「――」

上条「……トカゲ人間!?」

上条(安曇が病院で見せた鱗だらけの姿。よりも一歩進んだ、それも悪夢めいた方へ)

上条(全体のシルエットは”概ね”人間に近い。顔・体の位置や比率は大差無い)

上条(元々の個体差もあったんだろう。長身のものも居れば、子供ぐらいの大きさまで様々)

上条(これだけなら俺が学園都市で見たヤツと同じ。だが『真蛇』は決定的に違っていた)

上条(奴らの顔は目と目が離れ、口は裂け、何よりも瞳の奥の光りは白く濁っている)

上条(まるでトカゲ、いやイグアナ?マスクを被っているのであれば、まだ救いがあったのかも知れない)

上条(そんなバケモノが、元人間が!)

フロリス「……ま、そーなるよねぇ。そーくるしかないもんねぇ」



――スタジアム通路 深夜

「――っざい、なっ!」

 夜の静寂を打ち破るように、右へ左へ真蛇に『槍』を叩き付けるフロリス。

 ギャリギャリギャリギャリっ!と、安曇阿阪へ斬りつけた時と同じく、鋼の爪は鱗の表面を虚しく削り取るのみ。
 彼女の武器が鈍器、もしくは『叩き斬る』大剣の類であれば、鉄塊で殴ったのと変わらない衝撃を与えられたのだが。

「しゃーない、なっと」

「『Ancestral domains and land of the free. Hometown where poet's song was loved with history.』」
(祖先の土地、自由の地。詩人の歌を愛した歴史ある故郷よ)

「『A brave, manly soldiers dedicated the blood for the mother country.』」
(勇敢なる雄々しき戦士達は祖国のためにその血を捧げた)

「『Wales! Oh, Wales! I pledge one's allegiance to his country.』」
(ウェールズ!あぁウェールズ!私は祖国に忠誠を誓う)

「『It is defended by the sea, and it makes to being in this dear land and the language of getting prays to the way following permanence.』」
(海に守られし親愛なるこの土地で、いにしえの言語が永らえんことを)

「『……』」

「『The thing is a long ages that I want to say. Because such a lovely beloved daughter is embarrassed, could you lend power?』」
(ちゅーか、まぁアレだよ。こんな可愛い愛娘が困ってんだから、力を貸して欲しいなー、なんて思ったり?)

「『――Gallatin here』」
(――オヤジ殿の剣を、ここへ)

 ヒゥンッ、と風が吹く。

 強い光も振動もなく、飾り立てるべき形容詞に恵まれぬまま、気がついた時にはもうフロリスの手には一振りの剣が握られていた。
 後期に作られた西洋剣にはありがちな装飾はなく、至ってシンプルな長剣。やや剣身が幅広いのを除けば有り触れた無骨な剣に見える。

「しぃィッ――」

 だが彼女が『槍』を一振りするだけで、射程外に居た真蛇も薙ぎ払われる。

 もしもその先端をよく見れば――非常灯とマグライト以外に光源はないのだが――僅かに揺らぎがあると見て取れるだろう。
 ベイロープが『知の角杯』で『戦いの始まりを告げる一吹き(ヘイムダル)』の雷電を呼び寄せ、『槍』へ属性を付加出来るように。

 フロリスもまた『ただの魔術師』ではない。揺らいで見えるのは空気が細かく渦を巻いているから。

「ゲガアアアアァァァァァァァァァァァァッ!?」

 『風』を纏った剣は藁束を吹き飛ばすよりも容易く真蛇を薙ぎ払っていく。

「ヘイ、どーしたんだいリザードマン?格好だけグロくしたってコスプレの域を出てないよ、うん?」

 壁を蹴り、天井を這い、例外なく人体からかけ離れた動きを見せる真蛇。魔術知識も事前の報告も無しで奇襲されれば、文字通り致命的となる。
 だが大抵の魔術師がそうであるように、手の内を晒した相手ほど簡単にあしらわれるものは無い。絶大な異能を誇っていたとしても、学園都市では鉛玉数発で沈黙する事だってある。

 最初から――フロリスは『彼ら』を人間扱いなどしなかった。
 そういう獣、人によく似た何か、新種の爬虫類。その程度の認識へと落とした。

 従って何の先入観も無しに――相手が人間の動きをトレースすると思っていなければ、意表も突かれる事はない。
 冷静に、冷徹に。持てる力を用いて対処するだけだ。

(……ま、どうせ手遅れだろうしねー)

 魔術には代償が必要。対価が必要。魔術以外の事にも言えるが、それ絶対のルールである。
 よってここまで見事に、完璧なまでに『獣化』するには相当のものを引き替えにしなければならない。
 例えば――もう二度と元には戻れない、とか。

(恨むんだったら、ま、それもしゃーなし、か)

 『獣化魔術』の長所、それは身体ブーストが大きく、素人でも難しくはない事が上げられるだろう。
 実際に中世ヨーロッパでは錬金術の発達した時期に、どこからか過去の獣化術式――恐らくはウィッカ系であろうが――が持ち出され、ブームとなった。

 しかしその結果は散々。獣人になったのは良いものの、『結果として魔術が使えなくなる』者が続出する。
 何故ならば人の身では唱えられた呪文も、獣や半獣の姿では碌に発音出来なかったからだ。術式にしても魔力の精製や扱いが出来ず、殆どが『獣未満』として駆除されていった。

 目の前に並んだ真蛇とやらも、そう大差は無い。
 動作は獣並み。思考も同じく。当然魔術が使える訳もない。

(っても手加減出来るワケじゃないんだよね、これが)

 後ろに居る同行者を考えれば、とても無理だ。どっからか調達した消火器片手に、ツッコんでくる気満々の足手まとい……まぁ、心配されてると思えば、そう悪い気もしないが。

 そうフロリスは楽観的に分析していた――あくまでも『楽観』していたのだ。

「げ、ぐルルルルルルルっ……!」

「ルルルルルルルルル……っ!」

「ルゥルゥルゥ……ゲゴォッ!」

 リザードマンが一斉に鳴き出す。感情の瞳で虚空を見つめ、カエルのように喉を膨らまして不吉な唸り声を上げる。

(なんだこれ?何しようって)

「『元素集約(ながれ・はじめ)』」

「『神気収斂(ながれ・ひらけ)』」

「『水面切断(ながれ・きれる)』」

「マズ――っ!?」

 ギギギギギギギギギギイィンッ!!!

 空中に現れた水の刃。何十、何百という数の刃が襲いかかってくる!

(獣化したのに術式が使える!?与太話だと思ってたのに!)

 最初の一撃は身をよじって避け、次の一撃は長剣を使って受け止める。
 けれど、それだけでは避けきれない!弾いた水刃は体を掠め、痛みと出血が隙を作る。

(このままだと――!)

 フロリスが死の予感に恐怖する中――空気を読まないバカはどこにでも存在する。
 勿論、ここにも。

「――だっらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「ちょ待て!?Fire EX(消火器)ぶつけたって――」

「いいから見てろ!」

 上条当麻が片手で放り投げた消火器は放物線を描いて真蛇の群れへ向かう。
 一応はステンレス製の塊であるため当たれば痛い――そう思ったのか嫌ったのかは、爬虫類の表情からは読み取れないものの、とにかく撃ち落とす事に決めたらしい。

 虚空に停滞していた水刃の数本が軌道を変え、エサへ食いつくピラニアの如く殺到する。
 ――そう、圧縮された高圧ガスと消化剤が詰まっている容器へ。

 バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ……!

 消火器は派手に破裂し、破片と大量の粉塵を巻き上げながら空中で回転する。
 飛び散った消化剤は辺り一面を白い世界に染め上げ――。

「――?……!」

 真蛇達が視覚と嗅覚を取り戻した後には、彼ら以外に誰の姿も残っていなかった。



――スタジアム 入場ゲート前

上条(……俺の考えを一瞬で見抜いたフロリスは、消火器の爆発と共に俺を引っ掴んで跳んだ……飛んだ?)

上条(二人とも消化剤を頭から浴びたが、『翼』の力場のお陰でコントのようなオチは免れている)

フロリス「……ごめん、ちょっとヤバかったかも」

上条「こっちこそごめん」

フロリス「なに?何か悪い事したの?」

上条「俺が行こう、って言ったから!こんな!」

フロリス「いやぁ、それはどーかなー?多分来ても来なくても、似たような展開にはなってたと思うね」

フロリス「ワタシらがあっこで首振ったって、真蛇が出てくるのが早まっただけ」

フロリス「ならこっちで少しでも数減らした方がベタージャンか、違う?」

上条「……だけどな。女の子危険な目に遭わせるなんて!」

フロリス「おっナニナニ?ここで女の子扱いしてくれるんだ?」

上条「真面目な話だよ!」

フロリス「だったらコッチも真面目になるケド、レッサーからの通信に気づけなかったら責任もあるっしょ。誘導されたのもそれが原因だし」

フロリス「おかしいと思ったんだよねー、レッサーがあんな頭良い訳がないもん」

フロリス「ギャグの一つも小話も挟まず、フツーに喋るなんてバレッバレだーよねぇ」

上条「その信頼のされ方もどうかと思うが……いつから安曇とすり替わってたんだろ?」

フロリス「空に居る時、ノイズが走って暫く調子がおかしくなったよね?あれ以外はないかなぁ、なんて」

フロリス「――て、愚痴はここまでにしてと。これからどうしよっか?」

上条「そうだな……まずは本物のレッサー達と連絡取って、救援呼ぶか、逃げ出すか」

フロリス「あーごめんごめん。多分無理だと思うよ、それ」

上条「なんで?通勤用の霊装は無事なんだろ?」

フロリス「試してみよっか?……『――Merlin Lives!』」 ジジッ

フロリス「ほい、話してみ?」

上条「お、おぅ――『もしもし?』」

安曇『――元々、バケモノは同じ単語を二度続けて言えない、という、じんくす、があった』

安曇『由来は不明。だが昔話のパターンとして、「もし、そこの旅の御方」と呼びかけるのが多いため、誰かしらが広めたのだろうな』

安曇『時代が経ち、電話口でも「申し申し」と言うのが慣例になったそうだな、と安曇は教えてや――』

上条「『あ、すいません。間違いでしたーさよならー』」 カサッ

フロリス「ん、まぁ予想はついてたけどねぇ。あっちも伊達で魔術結社のボスやってないみたい」

上条「……何?下手するとコッチの会話丸聞こえだったり?」

フロリス「下手しなくてもそーでしょ?じゃなっきゃ遠隔操作でこっちの霊装へ介入出来ないし」

フロリス「一応聞くけど携帯を持ってきてたりは……?」

上条「……病院、だなぁ……」

フロリス「つっかえねー、超使えないジャン何やってんの?」

上条「まさかジュース買いに行って波瀾万丈の人生になるなんて誰も予測しねーし!」

フロリス「マズったなぁ……多分レッサー達、読み違えてる」

フロリス「相手が獣化魔術一辺倒のクリーチャーだと思って、魔術使われる危険性とかガン無視してそうだし」

上条「……連中のアレ、魔術使ってたよなぁ?」

フロリス「んーとねぇ、あれ多分二重に魔術をかけてたんだと思うな」

上条「二重?重ねがけだったら、二重どころじゃなかったろ」

フロリス「あれは多重術式、賛美歌とかオラトリオを利用して使ってた――ん、だと思う」

フロリス「いやそっちじゃなくってさ。不思議に思わなかった?片言だけど、喋ってたジャン、リザードマンが」

上条「フィクションでは、珍しくもないし?」

フロリス「これだからユトリは!……ユトリって意味分かんないけど!」

上条「んー、『世代格差』、かな?」

フロリス「そっちじゃなくって普通は声帯とかも獣化するから、人間の言葉は喋れなくなるんだっつーの」

フロリス「哺乳類だったらまだ結構頻繁に鳴くけど、爬虫類は声なんか出さないよね?」

上条「カエルっぽく鳴いてなかったか」

フロリス「逆に言えば、出せてもその程度――つまりまず、唸り声を使って『人の声を喋れるようになる魔術を発動』させ」

フロリス「次に『人の声で魔術を使った』んだと思うね」

上条「なんでそんな面倒臭い事まで」

フロリス「人の魔術はさ、『人が使うのに最適な仕様』になってんだよ」

フロリス「人の言葉を使って、二本の手と足で発動させるのがセオリー。霊装も同じ」

上条「……そうか。獣化すると魔術が使えなくなるのって!」

フロリス「精神の後退の他にも、そこいら辺がネックになってんじゃなーい?興味ないけどさ」

上条「軽ーい気持ちで狼になって好き勝手した後、いざ戻ろうとしても動物の口じゃ呪文は唱えられない……」

フロリス「ね?よく考えたら分かると思うんだけどね」

上条「道徳の本とかに出て来そうな展開だ」

フロリス「魔術にかっるーい気持ちで手ぇ出すんだったら、そーなって当たり前だっつーの。業界ナメんなよ」

上条「君も割とナメてるよね?」

フロリス「マジになってどーすんのさ?」

上条「魔術師さんらしい答えありがとう……と、まぁ向こうの手の内は何となく分かった」

上条「問題はどうやって、だよな。どうするかっつーか」

フロリス「敵は二種類、安曇と真蛇」

上条「戦えるのか?」

フロリス「真蛇達はキツいかなぁ。物量的にもだし、ワタシは高機動戦闘メインだからスタジアムの通路じゃ狭すぎ」

フロリス「マップ的に直線多いし、ベイロープがいりゃ楽勝なんだけどねー」

上条「『新たなる光』は一人一人の個性が強すぎて、バラけると弱い?」

フロリス「失敬な!――て、言いたいトコだけど。やっぱりどうしたって『甘え』みたいなのはあるカモ?」

上条「仲間を信頼すんのは良い事だよ……あー、しくじったよなぁ。せめて『右手』があるんだったらアシスト出来たのに」

フロリス「まだ再生してないよね、んーむ……?」

上条「……って、ダベっててもしょうがないか。そろそろ腹をくくろうぜ」

上条「――逃げるか、戦うか」

フロリス「一人で逃げな、つっても従わないんだよね、やっぱ?」

上条「俺はどっちにしろ付き合うよ。邪魔かも知んないけどさ」

上条「どっちみち、俺達が病院飛び出してきたのは伝わってるだろうし、増援ありきで踏ん張るのも悪かない、よな?」

フロリス「――」

上条「どした?まさか敵がっ!」

フロリス「……ん!?あぁいやいやっ、そゆのじゃなくって!」

上条「トイ――」

フロリス「よーしその口の今ナニ言おうとしやがった、あん?」

上条「『槍』を人へ向けちゃいけないっ!?特に丸腰で右手がない相手にはねっ!」

フロリス「……ね、ジャパニーズ?」

上条「呼び方、元に戻ってんぞ」

フロリス「どうして今――笑ってんの?」

上条「ん?……あぁ、さっきもンな事聞かれたっけか」

フロリス「どー考えてもヤバいジャンか?どう頑張ったってワタシらだけでどーにかなる相手じゃないし!」

フロリス「逃げないと死んじゃうんだよ?早くか、遅くかの違いしか無いし!」

フロリス「死にたいの?それとも『俺は絶対に死なない』とかヒーロー気取ってるバカなの?どっち?」

上条「その二択を突きつけられんのもどうかと思うんだが……」

フロリス「Please!(答えなよ!)」

上条「うーん、ま、難しいこっちゃ無くてだな。何にも」

上条「俺だって死ぬのは怖いし――あ、手、出してみ?」

フロリス「ん?」

上条「いいから、ホラ」

フロリス「う、うん……?」

上条(ぎゅっ、とおずおず差し出されたフロリスの手を、俺は握る)

フロリス「え、これ――」

フロリス「震えてんの?マジで?」

上条「……情けねえ話だけどな。俺だって死ぬのは怖いし、嫌だよ。あんなイカれた連中相手にするんだから、余計にな」

上条「逆立ちしたって、みっともなく命乞いして逃げ出したい、なんて考える時だってある。そりゃあな?」

上条「――でも俺は、そんな時には。辛くてシンドくて、吐きそうなぐらいどうしようもない時には――」

上条「――『笑う』んだよ」

フロリス「な、なんで……っ!?」

上条「そうすりゃ周りは救われんだろ。『あぁアイツは笑ってるから大丈夫』だってな」

上条「……大体はさ。俺が一緒に戦ってきた奴らは、余裕なんて全っ然無いんだわ」

上条「俺のワガママに付き合って貰ったり、命を賭けて守ったり守られたりして、スッゲェ良いヤツばっかなんだよ」

上条「憎まれ口を叩きながら背中から撃ってくる奴、敵のフリして仲間を助けようとする奴。俺じゃ出来ない生き方してんのが、イッパイな」

上条「だっての、俺がさっさとヘタれて泣きそうな顔してみろ。んな格好悪い所見せられる訳がねぇ!」

フロリス「あ……」

上条「レッサーも同じだろうな。フロリスが『観てた』のを分かってたから、死ぬ瞬間まで笑ってやがったんだよ」

上条「お前に心配させたくなくて、さ」

フロリス「……あの、おバカ……ッ!」

上条「待て待て!霊装握りしめてどうすんだ!?真蛇に見つかんぞ!」

上条「文句があんだったら帰ってからやれ、帰ってから。なんだったらこのままダッシュで逃げんのも悪かないけどな」

フロリス「……いやぁ?キャラ的に退屈なのはパース。ちゅーかわざわざ動くのめんどージャンか?」

フロリス「だったらワタシは『ここ』でレッサーを待つよ。そっちの方がワタシの性には合ってる気がするな」

上条「まぁ、程々にな」

フロリス「文句を言うつもりはないケド――ま、嫌がらせの一つぐらい仕方が無いよねー?」

上条「……ねぇ、どうしてそこで俺の顔を見るの?しかもなんか『あ、どうやって悪戯しようか?』みたいな空気を感じるんですけど!」

フロリス「んー………………Fight!(頑張れ!)」

上条「いやだから俺を巻き込むなよ!俺を!関係ないじゃねーか、なあぁっ!?」

フロリス「アリアリっしょ、なに言ってんの?バカじゃないの?」

上条「……ナニ?」

フロリス「よーし!気合いも入った所で行ってみようか!」

上条「だから詳しい説明を――」



――スタジアム グラウンド中央

上条(月明かりすら差さぬ――そりゃ天井が閉じてるんだから当然だが――グラウンドへ俺達は降り立った)

上条(妨害して来る真蛇達の姿はない……それもその筈で、入り口付近には人とも蛇とも言えない屍体が散乱していたから、つまり)

上条(ここの”主”は仲間であろうが、同族であろうが、食物連鎖の前には関係無いって事で)

上条「……」

上条(軽口すら叩けなくなった俺達が、マグライトを『それ』へ当てた時には、何かの冗談だと思った)

上条(スタジアム自体、何かのイベントで使うみたいだし、その出し物なんだろう――)

上条(――俺達はそう祈るように願った)

安曇『――幾つか、口上のようなものは考えていたのだが』

上条(……だが、『それ』から安曇の喋り声が聞こえてきた事で、精神を奮い立たさなくてはならないと誓わなければならなかった)

上条(そのぐらい奴は異質だ……!)

安曇『せおりー、としては仲間を呼びに行くのが最善。しかし安曇の挑発に乗ったからには、某かの勝算ありき、か。悪くはない』

安曇『安曇は”この姿”があまり好きではないのだが……まぁ、「幻想殺し」相手に礼を失するのも気が引けただけの事』

安曇『「闘争の時代」である以上、手を取り合うのも頂けない。さぁ――』

上条「……なぁ、聞きたい事があるんだが」

安曇『どうした?安曇は今高ぶっているのだ、手短に願うぞ』

フロリス「(時間稼ぎ、忘れないで!)」

上条「(……おけ)」

上条「お前さ、獣化魔術どうの言ってたよな?ミシャグジの正体が、とかも」

安曇『我が神の名を気軽に呼ぶのは嬉しくはないが、それが?』

上条「祖霊――トーテム?ネイティブの人らが、自分達の祖先と思ってるコヨーテやコンドルの力を借りる」

上条「そういうのが獣化魔術の根本、なんだよなぁ?」

安曇『然り、だな』

上条「んじゃお前は――お前達は、その安曇平に古くから信仰されていた古い神様になるっつーことで合ってるか?」

安曇『さるん、的には旧支配者と言うべきだがな』

上条「……安曇氏族の流れを汲めば『蛇』か、それとも石神(しゃぐじ)の名前を辿れば『石』の神……だけど!」

上条「お前、なんでそんな姿になるんだよっ!?あぁっ!?」

上条(俺達がライトで照らしたバケモノ。それはある種の必然であり、期待を裏切ったと言えなくもない)

上条(ここへ来るまでにフロリスと、『アナコンダかリザードマン、ワニ?』が安曇の正体だという話をしていた)

上条(もう一つの『石』という属性は、生物ではないため『獣化』する事は有り得ないだろうと――が!)

上条(違ってた!そんな生易しいものなんかじゃなかった!)

上条(俺達の想像は外れていたが、どれも掠っていた、からだ)

上条「……」

上条(まず目に入ってくるのは巨大な顎。アマゾン辺りに住む巨大なアリゲーターを彷彿とさせる)

上条(鋭く短い牙が規則的に生えた上下の口。口蓋の長さだけでも1mを優に超え、噛みつかれたら一撃で『持って行かれる』のは間違いない)

上条(次に体の3分の1を占める長い尻尾。それだけでも3、4mはあり大蛇のそれによく似ていた)

上条(先端が小刻みに震え、しなる鞭のように獲物を探しているのか……?)

上条(そして『それ』は立っていた。10mを越える体躯であるというのに、巨大な二本の足だけで!)

上条(足の先から付け根までで充分、俺の背丈よりも高い……踏まれたり蹴られたりすれば問答無用で、終わる)

上条(……予想の中ではリザードマンが一番近かったか……より『悪い』よな、これは)

上条(少年か少女か、中性的な安曇の容貌の面影を探すとすれば――それは体が抜けるように白い。病的なまでに、下の血管が見て取れる程に色白である事ぐらい)

上条「……白い、『竜』……!」

安曇『正確には「”恐”竜」だな、うん』



――スタジアム グラウンド

上条「……有り得ない、つーかアリエナイだろーがよ!」

安曇『それは”そちら”の常識。一つの道理がどこでも通用はしないだろう』

安曇『第一、ニンゲン達は「ミシャグジ」をなんだと思っているんだ?どう捉えている?』

上条「石の神様、もしくは蛇……とか、爬虫類の、だよな?」

安曇『それぞれは合っているな。だがどうして二つに分ける?』

上条「石と、蛇って事か?矛盾するだろ!」

安曇『観ているだろう、実際に。その目で、安曇を』

上条「……何?どういう事だ?」

安曇『居るだろう――「石の蛇」が。ニンゲンの目の前に』

上条「石の蛇……恐竜……」

安曇『あろさうるす、と言うらしいがな』

上条「まさか……『化石』か!?」

安曇『古代の人は「精霊信仰」を持っていた。外つ国の言葉で「あにみずむ」と言う』

安曇『山を崇め、川を崇め、風を崇め、動物を崇め――』

安曇『――そして、「自然石」をも崇める』

安曇『「ミシャグジ」とは原始信仰の一つ、石神信仰の流れの形だな、うん』

上条「だからって!恐竜だぞ!?」

安曇『「竜の牙」やら、「鬼の角」が神体として崇められている社は少なからずある』

安曇『それらには作り物、紛い物もあるのだが――中には「ホンモノ」もある』

上条「いや、本物も何も!竜や鬼はフィクションだっつーの話で!」

安曇『そうだな、と安曇は肯定した上で更に問う』

安曇『ならば「人は”なに”を見た?」と。一体”なに”を牙や角だと勘違いしたのか?』

上条「え?」

安曇『その答えも「化石」だ。人は時折出土される異形のものを、自分達の想像の外にあるものをそう認識していた』

安曇『――だが、不思議に思わないか、ニンゲン?』

上条「……いや、もうどこからツッコんでいいのか……」

安曇『竜、龍、どらごん、と名前は変わるが、想像上の竜はどこにでも居る。どこにだって居た』

安曇『鱗を生やし、巨大な蛇体を持ち、角を有して、鰐のような牙があり』

安曇『火も噴けば空も飛ぶ。安珍清姫もそうだったか。で、ここで疑問が出来るだろう』

安曇『「どうして想像上の産物である竜が、嘗て存在した恐竜に酷似しているのか?」と』

上条「それは……」

安曇『安曇はニンゲンが古くから化石を見ていた、と推測している。断層かどこかに残った彼らの姿を見て、竜を幻視たのだろう』

安曇『地名に骨食(こつじき)、骨食(ほねはみ)と呼ぶ所があり、大抵は「骨食い滝」や川がある。曰く』

安曇『「この滝には主が居て、入るものを食べてしまう。しかしあまりに早いので食べられた側方は骨になっても死んだと気づかない」』

安曇『これは何を示している――』

フロリス「――ッ!!!」

上条(最初の打ち合わせ通り――俺が気を引いている内にフロリスが死角から切り込む!……いや、ぶっちゃけ忘れてたけど俺も!)

ザリザリザリザリッ!!!

安曇『――か、と言えば滝壺なり川の石に化石があり、それを見たニンゲンが「骨を残して食われた」と思い込んだ。それだけの事』

フロリス「なっ!?通じてない!?」

上条「真蛇には効いたのに!」

安曇『と、そろそろいいかな、うん?無駄話にも興味が無いようだし、いい加減決着をつけるのも良いだろう』

上条「どんだけ堅いんだよ……!」

安曇『表皮だけではない、骨格も筋肉も術式で強化してある。よって』

安曇『おりじなる、が持っていたと言われる、すたみなぎれ、を狙うのは望みが薄い』

上条「ブラフじゃないのか?」

安曇『なら試してみればいい。安曇は困らない』

フロリス「――つーかさ、ズルいジャンか!なんだよそれっ!」

上条「ふ、フロリスさん?」

フロリス「(時間稼ぎパート2、仲間待ちで)」

上条「(らじゃ)」

フロリス「魔術が使える獣化なんて聞いた事無いし!どんなチート使ったんだっつーのさ!」

安曇『……ふむ。一々説明してやる義理もないが、まぁ付き合ってやろう』

安曇『結論から言えば安曇が異端なのではない。姿形を変えても魔術が使えるのは当たり前、使えなくなる方がおかしいのだ』

フロリス「いやいや、発音出来なくなるんだったら無理っしょ?」

安曇『ならば、いんく、と紙を使えばいい。霊装だって魔力のみを用いれば可能だろう』

上条「だから、そこはやっぱ頭ん中が獣っぽくなるからであって」

安曇『なってなどいない。それは錯覚だ』

上条「錯覚じゃねぇだろ!第一、生成りにしろ真蛇にしろおかしな行動を――」

安曇『して、いたか?どのように?』

上条「どう、って」

安曇『人が人を襲う?それが”正気でない証拠”ならは、獣化していないニンゲンは人を害さないか?』

上条「……」

安曇『そう、だな。順序立てて話さなくてはならないか。意味は無いだろうが、それもいいかも知れないな』

安曇『人が狂う、とはどんな状態を指す?どういう意味だろうな?』

上条「普通とは違った行動する、だろ?」

安曇『例えば人を攻撃したり、自傷したり――喰ったり、とかだな』

安曇『その点で言えば安曇も狂っているのか?』

フロリス「とーーーーーーーっぜんっ!」

上条「力強い肯定だな。気持ちは分かるけど」

安曇『なら問おう。すぺいん、の、あたぷえるか遺跡、よーろっぱ最古の人類の足跡が刻まれた遺跡がある』

安曇『そこで見つかった人骨、そこには「喰った」痕跡が残っており、しかも「好んで」食べていた跡も見つかったそうだ。さて?』

安曇『これは「人類が狂っていた証拠」だろうか?』

上条「それは……」

フロリス「倫理観がない、とか。他に食べる物がなくて、とかじゃないの?」

安曇『同様に中世よーろっぱ。十字教では「復活」の概念があるため、火葬をしなかった』

安曇『ならば神の子を含め、多くの使徒や聖人達の遺体や骨が残っていそうなものだが、現実には殆どない。理由は分かるか、魔術師?』

上条「んな話聞かれても分かる訳が!」

安曇『ニンゲンじゃない。魔術師へ聞いている』

フロリス「……」

上条「……フロリス?どうした?」

フロリス「先生から、聞いた事があるよ。確か――」

フロリス「宗教的熱狂から、食べた、って……」

上条「!?」

安曇『聖遺物の散逸を防ぐため、との説もあるが安曇は異を唱えよう。わざわざ食さなくとも、焼却するなり損壊するなり、術はあったのだからな』

安曇『あぁ、責めている訳ではない。先程も言ったが、それは自然だ。恥じ入る必要も、後ろめたく感じるのは不要』

安曇『人は理性という名の鎧を着た獣に過ぎない。その本質は変わらないだけの話だ』

安曇『生命の揺り籠、と言えば聞こえは良いが、その実、地球初めての命が産まれたのは硫酸の海の中』

安曇『似たような単細胞生物同志で食い合わねば、とてもとても生き残れなかっただろう』

上条「……それが、魔術とどう繋がる?一部の例外じゃねぇかよ!俺達には関係無い!」

安曇『「過去の話で現生人類には縁遠い」と?それもまた真理ではある。しかし事実ではない』

安曇『なら何故ヒトが獣化魔術を使えば狂うのか?明らかに獣ともヒトとも違う、異質な行動を見せる理由は?』

安曇『学園都市や病院でも見たろう?実力が全く違うのに、必死で掛かってくる生成りの姿を』

安曇『もしも彼らが真実「獣」であれば、無い尻尾を巻いて逃げ出していただろうに』

安曇『おかしいだろう?獣化魔術は「体」を変える能力だ。「心」には影響を与えない』

安曇『だというのに「退化した」だの、「獣に近づいた」と判断するのは推測に過ぎない』

フロリス「なら、どうして?」

安曇『罪悪感だ』

フロリス「は?」

安曇『順序が逆なのだよ、と安曇は首を振ろう――かふか、の「変身」は知っているか?』

上条「えっと……?」

フロリス「あなたはある朝起きたら人間大の昆虫になっていました、まる。って話」

上条「怖っ!」

安曇『あれも「精神はまとも”だった”」な。閉塞的で何一つ救いが無い以上、徐々に気を病むが』

フロリス「フィクションだよね、それ?」

安曇『同様に「実は獣化してもヒトは理性を失わない」と安曇は考えている』

上条「……はぁ?だってお前、中世の狼男伝説では!」

安曇『人を喰ったような話、が数多く報告されているが――そうだな、元「幻想殺し」。ヒトが禁忌を破らない理由は、なんだ?』

上条「禁忌……?犯罪とかか、やっぱり罪に問われるからだろ」

安曇『誰にも分からない。絶対に知られない方法で出来るとしても?』

上条「それでも俺は筋の通らない事はしねぇよ!全員――は、無理だろうけど、普通誰だって同じだ!」

安曇『そうだ、それが「罪悪感」だな』

安曇『誰が罪に問わずとも自身の行いが許されない。それは安曇達にはないものだ』

安曇『――だが、逆に考えろ、ニンゲン』

安曇『「今の姿はニンゲンではない、ならば全てを免責される」――そう、獣化した者が考えたとすれば?』

上条「……なんだって?」

安曇『ニンゲンは罪悪感――十字教で言う所の「原罪」から逃れるための免罪符を手に入れた――』

安曇『――「獣になってしまったのだから仕方が無い」――』

安曇『――「どんな事をしても、それは獣に転じてしまったからである」――』

安曇『――そう自身に嘘を吐いて、狂ったフリをして外道を成したのが獣化魔術の本質だ』

安曇『身体能力のブーストは余禄に過ぎない。別の言い方をすれば「タガを外す能力」でもある』

フロリス「……北欧神話のベルセルク、『獣憑き』って意味もあるけどさ」

フロリス「『人間のリミッターを外してる』って教わったけど、あれは能力的な意味じゃなくって――」

安曇『民俗学に於ける三大禁忌とは「殺人・近親婚・人肉食」』

安曇『獣憑きへ分類される魔術は、たぶー、である「殺人」を畏れぬようにするためのもの』

安曇『――そう、安曇阿阪の一族は、ミシャグジを奉るモノ達は考えてきた』

安曇『禁忌を禁忌とせず、恒常的に取り行う事で、獣の姿になっても理性を手放さす、術式が行使が可能となった、と』

上条「……終わってるな、お前の一族」

安曇『否定はしない。他人へ価値観を押しつけるのは間違っている』

上条「外道の筈なのに割と良心的じゃねぇかよ」

安曇『必要以上の殺生を獣はしない。さて』

フロリス「(大分時間も稼げたよね)」

上条「(だな……気分悪いけど)」

安曇『中世に流行った獣化魔術、狼男伝説にしても、十字教徒の「原罪」から逃れるためである可能性が高い』

安曇『高まる教会権力――正確にはろーま正教への反発が、あんちてーぜ、となり、歴史的にも、ふらんす革命へ繋がるのだが』

安曇『また神の子は「葡萄酒が我が血、ぱんが我が肉」と、多分に食人文化を取り入れている、と』

安曇『……辞世の句としては長々と喋りすぎたが、そろそろ始めようか』

上条「……勝てる気がしねーな」

安曇『あろさうるす、の肉体の強度だけで言えば地球最堅ではある。尤も、体積に比例して自重も多いため、動きは当然鈍くなる』

安曇『みさいる、でも当てれば少し痛いかも知れないぞ?』

上条「……ハッタリ、だよな?本気で言ってないよな?」

安曇『試してみれば分かる』

フロリス「Monsterめ……!」

安曇『試してみれば分かるな、それも』

安曇『――仲間を待つのも結構だが、来ない相手に期待するのも酷だろうな』

上条「――え?」

安曇『魔術師の天球座標、か?定期的に「臭いのある魔力」を発するのは分かっていた』

安曇『だから街中に同じ臭いを撒いて置いたが……さて、効果はどうだろうか?』

フロリス「……ヤッバイかもねー、これ」

上条「……まぁ、いつもの事ではあるよな……」

安曇『では始めようか、ニンゲン達。夜明け前には始末をつけたい』

上条「一応聞くが、終わった後のスケジュールは?」

安曇『特には考えていないな。時間ももう無かろう』

上条「時間?」

安曇『――さぁ、逝かん「幻想殺し」と「魔術師」よ!』

安曇『闘争の時代は幕を開けた!どちらが霊長足るか力にて雌雄を決さん!』

上条「来やがれ!この程度慣れっこだよチクショウが!」

フロリス「――あ、ごめんね?ジャパニーズ」 ヒュンッ

上条「おうっ!行く――お、ぅ……?」

上条「……」

安曇『……』

上条「あ、あれ……?フロリスさん、ふーろーりーすーさーん?」

上条「えっと……」

安曇『……まぁ、その、なんだ』

上条「何逃げてんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

安曇『楽に死なせるから、な?』

上条「気ぃ遣ってんじゃねーよ!むしろ優しさが痛いよアリガトウ!」

安曇『元々は真蛇の狩猟相手に、とは思っていたが。苦しめるのも忍びない、というかいたたまれない、と安曇は思う』

上条「フロリーーーーーーーーーーーースっ!カンバーーーーーーーーーーーーーーク!!!」



――スタジアム 天井

フロリス「……」

フロリス(……さてさて、ここまでは『予定通り』だーよねぇ)

フロリス(時間を稼げるだけ稼いでから、一撃必殺を狙う、と)

フロリス(こっからなら多分距離もあるし、アロサウルスは倒せる――かなぁ?倒せるよね?ダイジョーブだよな?)

フロリス(脅威度からして生成りを量産出来る安曇の方が上、ってか厄介だかんね)

フロリス(問題なのが、その後。絶対に黙っていないであろう真蛇どもか)

フロリス(連中にとって親だか仲間だと知らないけど、魔力スッカラカンのワタシらを放置はしてくれないよねぇ、うん)

フロリス(『右手』が戻ってくれば――ってのも、楽観的すぎる)

フロリス(ゲームじゃあるまいし、直ぐくっついてサァ元通り!なんてのは有り得ないっと)

フロリス「……」

フロリス(ワタシは『ハーフ』だ。フォワードとディフェンスを繋ぐ要。冷静にならなきゃならない)

フロリス(誰かが死んでも『N∴L∴』の円卓が欠けるのは防がないとイケナイ……)

フロリス「……」

フロリス「……見捨てる、のもアリかにゃー……?」

フロリス(ここまで付き合わせたのは、最悪の最悪、捨て駒になって貰う打算もあった)

フロリス(だから足手まといなのに、わざわざ付き合わせてきた――)

フロリス「……」

フロリス(列車での貸しもある。多分ここで逃げても責められはしない……)

フロリス(むしろ不確定要素になり得るジャパニーズが消えれば、それもアリ、かもね?)

フロリス「……」

フロリス「――でも」

フロリス「笑ってたな……アイツ」

フロリス「どう考えてもヤバいのに、唯一持ってた強い力も失ったばっかだってのに」

フロリス「ワタシを心配させないために……」

フロリス「……」

フロリス「……はぁ……」

フロリス「いやまぁ、分かってたよ?なんとなーくだけどねぇ」

フロリス「だから『最初っから嫌いにならないといけなかった』んだよ、うん」

フロリス「だってしょうがないジャンか、こればっかりはどーしよーもないって言うか」

フロリス「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……」

フロリス「……レッサーにマジ謝んなきゃなぁ――」

フロリス「――アイツを、ぶっ倒してから……!」



――スタジアム 中央

上条(――と、まぁ一芝居を打った俺だったんだが、うん。アレだよね?)

上条「マズいマズいマズいマズいマズいっ!?死ぬ、死んじゃうから俺っ!?」

安曇『一度は死ぬな、誰しもが』

上条「殺そうとしている張本人の言う事じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

上条(リアルユニバーサルワールドとか、リアルなおばけ屋敷とか、そういうのを思い出して貰いたい)

上条(しかも某配管工ゲームと同じく、敵に触ったり落ちたら死ぬ類の、うん)

上条(恐竜に獣化した安曇は速い!んでもって機動性が明らかにおかしいじゃねぇかよ!?)

上条(昔の映画とかでは時速数十キロで走る車に追いついたりするけど、あんな無茶な俊敏性を持ってるって訳じゃない!断じて!)

上条(ただ、どうやってもタッパやら歩幅が違いすぎる!こっちで20歩走ったとしても、あっちの二・三歩と距離は同じだ!)

上条(現実に居た恐竜と絶対に違う点はもう一つ!その『重さ』だ!)

上条(どう控えめに見ても10トントラックといい勝負のアロサウルス!奴が歩いた跡が陥没していない!)

上条(幾らサッカーグラウンドとしても使えるようになってるったって、トラックが人工芝の上でドリフトカマすようなもんだ!)

上条(柴は抉れ、地面は足跡の形にヘコむ筈が、どういう訳か軽くしか残らない!)

上条(多分何かの術式をしているんだろうが――)

安曇「グルルルルルルルルッ!!!」

上条「――来る!?」

上条(安曇は構造状人間の詠唱が出来ない!だから獣の鳴き声で人の声を出せるようにし、そこからまた呪文を紡ぐ……!)

安曇『水槍招来(ながれ・おちる)』

カ、キキキキキキキキキキィンッ!!!

上条(水の槍が、剣山のように降っ――)

……パキィィッン……!

上条「……?」

安曇『……ちぃ』

上条「……何だ、今の?途中で水が四散した……?」

安曇『「右手」だろう。アレは』

上条「右手――『幻想殺し』か!?何で!?」

安曇『喰いきれなかった、と言うべきか、それとも消化しきれずにいる、と言うべきか。安曇は迷うのだがな』

安曇『「あれ」は「異常なモノを正常へ戻す」んだったな?』

安曇『なら、安曇は存在自体「異常」なものだ。従って安曇の魔力や術式に干渉しているのかもしれん』

上条「だ、だったらお前、元の姿へ戻っているんじゃ……?」

安曇『どうだろうな?ならばニンゲンが触っただけで、かの隻眼の魔神もただの少女へと戻らなくではならない』

安曇『身体能力を上げた相手、あっくあ、辺りでも触っただけで無力化出来る筈だが……こればっかりは、何とも言えん』

上条「……繋がってるのか、まだ!俺と!」

安曇『魔術的にはその可能性があるというだけだ。安曇が謀ろうとしているだけかも知れないぞ?』

上条「お前、嘘の概念がないとか言ってなかったっけ?」

安曇『家畜に嘘を吐くニンゲンは居ないだろうが、オオカミに罠を使うニンゲンは少なくない』

上条「それも何だかなぁ……」

安曇『ともあれ術式が駄目なら直接攻撃で潰すのみ、逝くぞ!』

上条「――さっきの話なんだが!獣化魔術の!」

上条(頼むフロリス!早くしてくれ!こっちはもう後ろが壁に追い詰められた!)

上条(安曇が少しでも本気になったら、終りだ……!)

安曇『……あぁ済まない。今少し急いでいるので、後にして貰えるか』

上条「直ぐに終わるよ。なんだ、そのぐらいの時間も待てないのかよ?」

上条(確かフロリスの挑発にあっさり乗ったり、見た目以上に精神がガキだ!こうすれば乗ってくる筈……!)

安曇『……』

上条「……お前、ハードウェアとソフトウェアって概念、知ってるか?」

安曇『おーえす、でばいすどらいば、ぐらいなら、多少は』

上条「……つーか俺より詳しいんじゃねぇのか。片言なだけで」

安曇『前にも言ったが、安曇が術式を使う上で最適の声帯へ変えているだけだ。横文字も知らない訳ではないぞ』

上条「……で、新しいパソコンにさ、古いソフトをインストールさせるんだけど――大抵、動かなくなるんだよ」

安曇『仕方が無いだろう。おーえす、が違うのだし環境そのものが変われば』

上条「さっき言った獣化魔術も『そう』なんじゃないかって」

安曇『「そう」とは?』

上条「人の体ってのは、人が使う上で最適にチューニングされてるんだ。交感神経や副交感神経、つっても分かんないか……えっと」

安曇『血液の流れや神経の働き、汗をかいたり血圧を上げたりする、無意識の働き、だな』

上条「お前やっぱ俺よりも詳しいな!?」

安曇『一身上の都合で解剖学に長けている――で?』

上条「あぁうん、それでだ。だから例えば、人の脳を爬虫類の脳と取り替えた、つってもまずまともに働かないと思うんだよ」

上条「どっちが上とか優れてるとかじゃなく、それぞれの体には合った脳が必要だからな」

安曇『おーえす、に対応した、そふと、でないと動かない。または動作不良を起こす?』

上条「昆虫の体を操ったとしても、複眼がまともに処理出来るとも思えねーし――翻って『獣化魔術』だ」

上条「アレも要は体を変化させる、って事なんだよな?人の体を造り替える、つーか」

安曇『然り、だ』

上条「ならそん時、『脳の処理ってどうやってんだ』よ?」

安曇『むぅ?』

上条「爬虫類の話だが、人間と違って赤外線を見たり、ピット器官?だかを持ってたり、中には毒を持ってる奴も居るな」

上条「――けど『人間にはそんな概念はない』んだぜ。そこら辺の整合性、どうつけてるんだよ?」

安曇『……』

上条「分からないよな?多分、なんとかしてるんだと思うが――で、こっから推測」

上条「お前が散々言ってた話、『獣化すると人間の本性をさらけ出す』?とか『獣化は免罪符』?ってさ――」

上条「――ただの、ハードウェアのエラーじゃねぇのか?」

安曇『なん、だと?』

上条「人間が尻尾を振るって感覚が分からないように、いきなり魔術で別の生物になっちまうんだろ?」

上条「さっき言ってたカフカ?もそうだけど、なんで変身したその瞬間に、慣れない体、使いこなせるんだっつーの。おかしいだろ」

上条「今まで軽トラ乗ってた奴がF1乗るようなもんだ。事故って当然だと思わないか?なぁ?」

安曇『……』

上条「元へ戻ろうとしても戻れない、ってのは『体がエラーを起こして、思い通りに動かないから』って理由の方がしっくり来ないか?俺はそう思うんだけど」

上条(あ、ヤバ。言ってたらハラ立ってきた)

上条「……まぁいいや。それは別に専門家だっていう、お前の意見が正しいのかも知れない」

上条「そういう下らない奴が獣化しちまって、悪い事すんのかもしれねぇな。それは認める」

上条「――けどな!だからって他の大多数の人間まで同じだと思うんじゃねぇよ!」

上条「大抵の人間は色んな意味で他人を食い物になんかしねぇし、そもそも真っ当に生きてる!違うのかっ!?」

上条「なぁ、安曇阿阪!お前が言ってる事、お前が人間を信じられないのも、見限るのも勝手だ!好きにすりゃいい!」

上条「けどな!お前の言ってるような話が本当だってなら、どっに人類滅びてるだろうが!なあぁっ!」

上条「安曇、お前は竜の形を取った。確かに強いだろうし、文字通り地球の歴史の中でも最強なんだろうさ、それも認めるよ!」

上条「けど!だったらなんで!その最強が滅びてんだ!?」

上条「最強だったら生き残るだろう?最強だったら他を駆逐するだろう?」

上条「当時の俺達――哺乳類は小さなネズミで、相手にもならなかった筈だ。だって言うのに!」

安曇「……」

上条「お前もソイツ、外側のソイツと同じだよ。最強だろうが、何も分かってない。理解していない」

上条「見てみろよ、このザマを!たかだか『右手』もない俺相手にムキになって追い回して!命一つ満足に取れない!」

上条「これが最強か?……はっ、冗談にも程がある!」

安曇『そう、かも知れないな。ニンゲン』

安曇『「コレ」は確かに数億年前に淘汰され、滅んだ存在だ。その一点に置いてすら、最強などでは有り得ない――有り得、無かった』

安曇『だが、ならば、そうするのであれば――証明、すればいい』

安曇『安曇が、安曇達の暴力に勝るモノなど居ないと!霊長を名乗るに相応しいと示せばいいだけだ!』

上条「……悪くない、シンプルで分かりすやい」

安曇『掛かってこい、ニンゲン!その存在を賭けて!生き残るのはどちらかを決めよ!』

安曇『ニンゲンが安曇を打ち倒し、闘争の世紀に終りを告げて見せろ!』



――スタジアム 天井

フロリス「ワタシは魔術師、『新たなる光』――」

フロリス「――Florence243(淑女の守護騎士)の名に於いて命ず――――」

フロリス「――『金の鶏冠(グリンカムビ)』出力最大!」

フロリス「……」

フロリス「……ウェールズには竜が居た」

フロリス「王が塔を建てよと命じた所、二つの箱が埋められていると魔術師は幻視る」

フロリス「王は怖る怖る箱をこじ開けると、中からは二匹の竜が現れ戦いを始めた」

フロリス「魔術師は予言する――『赤い竜はブリテン人、白い竜はサクソン人』」

フロリス「『この争いはコーンウォールの猪が現れて白い竜を踏みつぶすまで終わらない』と」

フロリス「そして王は弑され、『竜の頭』が魔術師へ問い――魔術師はまたも神託を下す」

フロリス「『あの星がユーサーより生まれる偉大な王になる!また子孫は全てブリタニアの王となるであろう!』」

フロリス「さぁ剣を取れ我が同朋!流れる星は凶事にあらず!我らが宿願の成就と知れ!」

フロリス「あれは我らの象徴にして化身!愛するウェールズに咲くリーキの花!」

フロリス「絶対の騎士達を従える王の産声、それ即ち――」

フロリス「――『Red dragon of Wales!(ウェールズの赤い竜!)』」



――スタジアム内

上条「(……フロリス……っ!)」

安曇『ふむ……?』

上条(マズい!注意を引かないと!)

上条「行く――」

安曇『――残念だが、と安曇は何度言えば良いのか、正直気が引けるのだが。まぁ宿敵同士、遠慮する事もあるまい』

上条「お前、何を」

安曇『知っていた、と言っている』

上条「……何を、だよ」

安曇『ニンゲンが先程から待っていた「魔術師」だ。気配も臭いも、捉えたままでずっと注意していた』

上条「……は、あはははっ!」

安曇『何故笑う?安曇は面白い事など言っていないぞ?』

上条「そりゃ笑うだろ。お前はもうオシマイだからな」

安曇『と言うと?』

上条「フロリスがこんだけ自信満々の一撃食らって、倒せない訳がねぇよ」

安曇『成程、それは怖いな。安曇は怖いの好きではない――』

安曇『――ので、ここは一つ「ペテロの対空術式」を使わせて貰おうか』

上条「……んなっ!?使えるのかっ!?」

安曇『むしろ使えない理由が分からない。アレは世界的にも有名な術式で、様々なバリエーションが世界中で使われている』

安曇『亜流であるし、威力は、おりじなる、より低い。東方呪禁道士がオヤウカムイを墜としたヤツだ』

安曇『とはいえ、あの高さから落ちれば即死は免れまい。では――』

上条「テメェっ!」 ガッ

安曇『寄せ、ニンゲン。安曇を殴った所でさして痛痒も無い。正直、触っているのかどうかも分からない程に感じない』

上条「させっ!ねぇっ!よっ!」 ガッ、ガッ、ガッ

安曇『……これが、現実だ。希望があろうとより力の前には無力。喰われるのが嫌ならば、ずっと日陰で隠れていれば良かったのだ』

上条「何やってんだテメェ!?何やってんだよ!」

安曇『……もういい。気の済むようにすればいい』

上条「いい加減働けよ――相棒!」

安曇『――何?』

上条「お前だって分かってんだろ、なあぁっ!今まで俺達がやってきた事、積み重ねてきた事が駄目になっちまうんだ!

上条「力を貸してくれ!いつもみたいに!俺と一緒にぶん殴るだけで良いんだよ……ッ!」

安曇『まさか――ニンゲン!?安曇の腹の中の――』

上条「中から、キツいの入れてやれ――『幻想殺し』!!!』

パキイイィィィィィンッ!!!

安曇『ゲ……かはっ……!?』 ドスゥン……!

上条(安曇の腹の辺りが一瞬光り――安曇は膝をつく!)

上条(獣化は解けていない。が!片膝をついた地面が大きくめり込んでいる!)

上条(体のあちこちのパースが歪み、変身が綻んでいた!)

安曇『この、ニンゲンがァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!』

上条「……お前が負けるのは、単純な理由だよ。安曇阿阪」

安曇『な、何……?』

上条「俺は――俺達は仲間を信じた。けどお前は仲間を食い物にしか見なかった」

上条「ただ、それだけだ」

フロリス「――『Red dragon of Wales!(ウェールズの赤い竜!)』」

安曇「Gugyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……ッ!?」

上条(閉じた天空から落ちてくる断罪の赤い剣、それは一直線に安曇の巨体を貫き、切り裂き、弾き飛ばす)

上条(『金の鶏冠』で生み出した赤く光る力場が全速力で突っ込んで来たからだ)

上条(身を捩る程度の細やかな抵抗すら出来ず、安曇は赤い力の流れでズタズタになっていった)

上条(本来鋭い一撃である筈なのに、本当は武器の一撃である筈なのに)

上条(その光景を間近で見た俺が、後からフロリスに感想を求められたら、きっとこう答えるのであろう――)

上条(――まるで赤い竜が白い竜を踏みにじった、と!)



――スタジアム

フロリス「いっえーい」

上条「おっ疲れー」

上条(戦闘が終わり、フロリスとハイタッチしようと迷ったが、結局しないままで終わってしまった)

安曇「……」

上条(直ぐ側に半分ぐらいになった安曇が居れば、流石にちょっと大喜びする気にはなれない)

上条(半分、と言うのは最初の、少年とも少女とも言えない姿の『半分』、つまりは)

上条(上半身以外は殆ど残っていない――瀕死の状態だから)

安曇「……おめでとう、霊長類。安曇は素直に祝福をしよう」

上条「お前!あんまり喋ったら!」

安曇「心配してくれるのはありがたいが、もう時間は無いだろう。そのぐらいは、分かる」

フロリス「……謝るつもりは無いかんね」

安曇「魔術師。戦いに負けた、それだけの話――なんだ、が」

フロリス「何?」

安曇「申し訳ないが、と言うべきか。ざまぁ見ろ、と言うべきか」

安曇「周囲をよく見てみるといい」

上条「周り……?」

真蛇『ゲゲゲゲゲゲゲゲ……ッ!』

上条「……一難去ってまた一難、かよ!『右手』もくっつかないっていうのに!」

上条(俺の『右手は安曇の側に落ちていた。特に欠損はしていないようだけど、傷口を合わせてもくっつくなんて事も無く』)

上条(フロリスに氷を作って貰って、袋に入れて包んでいる状態だ)

安曇「血の匂いには敏感だからな。いい教育をしたと思うが」

上条「……テメェ、この期に及んで破れかぶれじゃねぇかよ!」

安曇「悔しくないと言えば嘘になる――が、随分と余裕だな。魔術師?」

フロリス「ん、あぁワタシ?まぁ余裕っちゃ余裕だけどさ」 ピッ

上条(そう言って彼女は片手に何かを持っている?通信用の霊装か?)

上条「待て待て、今から連絡したって遅いだろーが!いや、しないよりはいいけどさ!」

フロリス「あー、違うんだなぁ、これが。カミジョー、耳を塞いで口を開けて?」

上条「はい?俺が?なんで?」

フロリス「HurryHurry!(早くいーから!)」

上条「う、うん?」

上条(周囲を真蛇に包囲され――光りが無いからよく見えない――て、もうヤケクソになって耳を塞ぐ。何の意味があるんだ、これ?)

上条(目の前でフロリスが口をパクパク……あぁ、口も開けるん――)

ズゥンっ!!!

上条「――!?」

上条(地震か!?と一瞬ビクつく程の衝撃!胃の辺りが何か見えない鈍器で殴られたような感じか!?)

ズゥンっ!!!ズゥンっ!!!ズゥンっ!!!

上条「――!――!?」

上条(何度も何度も衝撃が!……って俺に塞げと言ったフロリスは、俺と同じポーズのまま、驚いてはいない)

上条(て、事はこれは予定調和なのか?何かの術式?つーかこれ何だ?)

カッ

上条(目の前に大光量が広がり、思わず手を離して目を覆ってしまう――が、衝撃はもう襲っては来なかった)

上条「……何だ、これ……?」

上条(強烈な光にゆっくりと目が慣れていく……目に入った順番にフロリス、安曇、そして真蛇達が見える)

上条(ただし俺達の脅威である筈の彼らは、例外の一つも無く倒れていたが)

上条「今の攻撃、で?」

安曇「何が……起きた?」

フロリス「んーむ、ま、種明かしをするとだねぇ。学園都市の音響設備はスゲーぜって事になるかね」

フロリス「要は、ボリューム上げて、ドーン!ってしただけ」

上条「え、学園都市の?いつ間に設置してたの?」

フロリス「違う違う。次のライブ会場が、『ここ』なんだってば」

上条「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?お前、それ」

フロリス「いや、オフィシャルサイトに載ってたし。つーか気づけよ、ある意味スタッフでしょー?」

上条「いやまぁそうなんだけどな――って違うよ!大音量で伸びたのは!」

安曇「……繊細、なんだよ。爬虫類や魚類は」

上条「繊細て」

安曇「感覚器官がニンゲンよりも優れている……の、と、普段から大音量で、ろっく、を聞く事も無い」

安曇「従って神経の一部が麻痺してしまっている、という所だろうか」

フロリス「ピンポーン、正解っす」

上条「そ、それなら納得……?」

上条「じゃ、ねぇよ!だったらもっと早くやれよ!俺が時間稼がせる前にねっ!」

フロリス「いやだからワタシじゃないし、やったの」

上条「じゃあ誰だよ?」

フロリス「外部からのハッキングだから、そっち側の誰がでしょー?そこまでは知らないなぁ」

安曇「と、言う事は――連絡を取っていた、のか?どうやって!?」

フロリス「いや、ケータイで」

安曇「……」

フロリス「ARISAとメアド知ってるなんて自慢出来るっしょ?だから、護衛にかこつけて聞いといたんだよねー」

フロリス「だーかーらー、最初っからこっちの情報や居場所は向こうも知ってるし……あ、今クルマで正面ゲートぶち破ったって」 ピッ

上条「持ってたのかよ!?つーか言えよ、俺に!最初っからさ!」

フロリス「言ったら即バレするジャンか?コイツが大体盗聴してたみたいだし」

フロリス「……まぁ、最初に喋った時点で、『なんかあやしいなー?』って思ってたからさ」

フロリス「つーかね、安曇だっけ?アンタ、人を舐めすぎ。それが敗因だよ」

フロリス「魔術のプロだし、心理戦にも長けてるし、応用も出来て覚悟もある。それは素直に凄いって思うけど」

フロリス「でもさー、やっぱりワタシらを下に見てるから、文明とかにも理解しないのが出来ないのか知らないけど」

安曇「……安曇、が……切り替わった時、気づいて、なければ……?」

フロリス「あぁあれが大失敗だーよねぇ。あん時気づかなかったら、今のも間に合ってないと思うしさ」

安曇「……友だと、謀るのが……無理、だったか……」

フロリス「あー、ダメダメだったよねぇ。口調も声色も大体完璧だったけどさ、アンタはレッサーの事を何も分かっていない。ナイナイ」

フロリス「参考になるか分っかんないけどさ、模範解答を見せたげるよ――」 ピッ

上条「霊装で通信?」

フロリス「『あー、もっしー?レッサー?オレオレ、オレなんだけど』」

上条「おい、口調変わってんぞ」

フロリス「『えっとさーぁ、なんてのか、言いにくいんだけど、話、あるんだよねぇ』」

レッサー『――っていきなり電話かけといて何なんですかっ!?こっちはバンにぎゅうぎゅう詰めでチーズになりそうですが!』

フロリス「『出来れば今したい。オーバー?』」

レッサー『ならどーぞ。ただし手短にねっ』

上条(割とデジャブを感じる展開だ。ここまでは)

フロリス「『んーとねぇ、その――レッサーの気持ちは分かってたんだけどさ、ワタシも気にいっちゃったみたいでさ」

フロリス「『もし良かったら、譲って貰えないかなぁ、なんて』」

レッサー『よろしい、ならば戦争です!』

フロリス「ね?」

安曇「……ほぅ……?」

フロリス「友達ってのはこーゆーモンさ。気に入らないなきゃケンカもするし、気に入ったらもっとケンカになるし」

上条「結果同じだろ」

フロリス「外野ウルサイ!……ん、まぁアンタが負けたのは、どこまで行っても『一人』だって事だと思うよ、うん」

フロリス「現代科学を甘く見るのは手落ちだけどさ、誰かが側に居てアドバイス貰ってたら、こんな結果にはなってなかった、と思う」

安曇「……」

フロリス「つーか聞いてる?もしもーし?人に恥ずかしい事言わせといて、何眠ってやがんだこの野郎!起きろよ、おーきーろっ!」

安曇「……」

上条(安曇は目を開かない。どこか悔しそうに口の端を歪め、眉はヤレヤレと言った感じにしかめられている)

上条(一貫して無表情だった安曇、自らの崇める爬虫類のように生きたかったであろう彼が。最後の瞬間に何を思ったのか、それは分からない)

上条(――けれど、そのどこか笑ったような死に顔は、割と満足していたようにも見える……)

フロリス「あーぁ、つっかれたー。帰ろっか?」

上条「……あぁ。そうだな」

フロリス「腕くっつけないとねー?くっつくと良いよねー?」

上条「不吉な事言うんじゃない!俺だって考えないようにしてんだからな!」

レッサー『あのー?もしもしー?聞いてますか?ねぇ、私なんかスルーしてる感がですね』

レッサー『なんかこう、楽しそうな会話が聞こえてきてイラっとするっていうか――はっ!?これはまさか孔明の罠が!?』

レッサー『いいですかフロリス!私は引きません!胸の違いが戦力の決定的な差だと叩き込んで差し上げますよ!』

レッサー『殿方なんてのは、乳、乳、乳!悲しいけど、これ戦いは乳なんですよね!えぇっ!』

レッサー『って何かそろそろいい加減孤独な一人旅をしている感じが――』

レッサー『ってストーーーープっ!?ベイロープ、それは人に向けて良い――』

レッサー『アッ――――――――――――┌(┌^o^)┐―――――――――――――!? 』

ピッ



――スタジアム アリーナ

チャン、チャチャチャン、チャン

鳴護『A gentle voice affects, and my mind is shaken.』

鳴護『It is scary and more than others slow to be damaged by good at vomiting of the lie nevertheless.』

鳴護『There is no other way any longer.』

鳴護『I want ..seeing with a smile.. to end it sadly. Because I am on the side.』

鳴護『A vague smile unexpectedly strikes it ..me...』

鳴護『You in the other side of the smile that it wants you to teach』

鳴護『It grieves in a sad voice, and my mind is tightened.』

鳴護『The distances are long and slower well in the good laughter than anyone nevertheless.』

鳴護『There is no other way any longer.』

鳴護『I want ..seeing with a smile.. to start gently.』

鳴護『A straight glance that I am on the side makes me puzzled.』

鳴護『I want you to tell it. You in the other side of the smile …….』

チャチャンー……

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『フランスの皆さんコっンっニっチっワーーーーーっ!元気でっすっかーーーーーーーーーーーーーーっ!?』

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『いやー、フランスってサッカー好きな人おーいんだよねー!昨日スタジアムでヤンチャしちゃった子が居たのはビックリしたけど!』

鳴護『ブラックなスタッフさん達のお陰で予定通り開催出来ましたー!柴ざ――スタッフさん、ありがとーーーーーっ!』

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『あとサッカー負けちゃいましたねー、私の所もみんなも』

鳴護『決勝トーナメントのブラジル戦見るに、厳しくファウル取ってた方が正しかったんじゃね?みたいに思いますけど』

鳴護『ま、でも終わっちゃいましたし!また四年後!次は決勝でお会いしましょう、負けませんからねっ!』

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『ありがとーーーーーーイギリスーーーーーーーーーっ!!!』

オ、ォォォォォォォォォォォォォォッ!?

鳴護『……えっと』

鳴護『そ、それじゃ次の曲――』



――病室 同時刻

ケーブルテレビ『そ、それじゃ次の曲――』

上条「……なんだろう、これ?デジャブ?いつか見た光景なんだけど」

上条「てかアリサの天然もいい加減にしないと」

フロリス「いやぁ天然って怖いよねぇ。あれで計算だったらもっと怖いけどさ」

フロリス「まぁ前回のLIVE見てた人にはお約束みたいなアレでいいんじゃなーい?」

上条「どこにもでもコアな連中って居るのな!」

フロリス「んで、結局くっついたの?腕?」

フロリス「学園都市からの遠隔操作で、ロボットが手術始めた時には、『何の実験?』ってビビったけど」

上条「……カエル先生の腕は確かなんだが……心臓に悪いよな、うん」

上条(あの後、『右手』は自発的にくっつく事は無かった――って当たり前だ。俺の体はそんなにアバウトじゃねぇし)

上条(だから外科手術で――ってなったんだけど、学園都市へは戻れない。かといって先生も来られない)

上条(んじゃ幸い機材もあるしやっとく?みたいな軽くノリで始まり、成功した……うん、いいんだけどな!)

上条「ギブスは明日までつけとけって言われてる。指先に感覚戻ったし、大丈夫だろ」

フロリス「大変だねー――あ、ご飯」

上条「左手で食べんのは時間が掛かってさ」

フロリス「んー、じゃワタシが食べさせて上げるよ。ほら、アーン?口開けろコラ?」

上条「一人で出来る!つーか恥ずかしすぎるわっ!」

フロリス「HurryHurry! Hey!(早くしなよ、ほらっ!)」

上条「あ、あーん?」

フロリス「もぐもぐ」

上条「ってお前が喰うんかい!?昨日もこのネタやったよ!」

フロリス「病院食って味薄っ!?てか激マズっ!」

上条「謝れ!確かに同意したくなるけど、その暴言を謝って!」

フロリス「てかまず間接キスした事に照れなよ」

上条「べ、別に意識してる訳じゃ無いんだからね!?」

フロリス「Oh……、本場のツンデーレ」

上条「やっぱジャパニメーションって誤解しか生んでないと思うんだよ?」

フロリス「あー、それでどこ行こうっか?リクエストとかある?」

上条「聞いて?ねぇ何で君、野々村さんみたいにスルーするの?」

フロリス「折角フランスまで来てんだから遊びに行かなきゃ損ジャンか。なに言ってんの?バカなの?」

上条「そ、そうかな?」

フロリス「一人だとまた食べられるからワタシが付き合ったげるし、感謝したまえよ。ワタシに」

フロリス「お礼はデート代、全額そっち持ちでいーからさ?」

上条「やだこの子タカる気満々じゃない」

フロリス「えー、安い方だよー?魔術師一人護衛に雇うのってたっかいよー?具体的には知らないけど」

フロリス「あ、だったらワリカン?半々でどう?」

上条「ま、それぐらいだったら、いいか、な?」

フロリス「オケオケ。そいじゃガイド紙買ってきたから、一緒に見よーぜ。つーかそっち詰めなよ」

上条「おい!ベッドの上に上がってくんなよ!」

フロリス「じゃなっきゃ見れないジャンか。どこ行こうかって予定立てんだから――あ、もしかして?」

フロリス「意識しちゃう?フロリスさん可愛い子だし意識なんかしちゃったりする?」

フロリス「ほーら、正直にいーいーなーよーっ!」

上条「無い!絶対に無い!」

フロリス「むか……あー、だったら別に構わないよね?意識してないんだったら、くっついても問題ないよね?」

フロリス「そっち詰めて詰めて。ワタシまた落ちんのは嫌だかんね」

上条「ったく、しょうがねーなー――ってお前」 フニッ

フロリス「Ah, Ha?(どったん?)」

上条「いや、その当たってるっつーか、うん、その、アレが」

フロリス「当ててんだよ、言わせんな恥ずかしい」

上条「お前もう帰れよ!?何で俺のSAN値ゴリゴリ削りに来てんだよ!?」

フロリス「……いやマジ照れるよね……?」

上条「突然素に戻んな!?グイグイ押して来やがったのに、ちょっとテレる顔が可愛いんだよチクショーっ!」

フロリス「ま、計算だけどさ!」

上条「やだこの子、安曇より肉食系」

レッサー「……くっ、中々やるじゃないですかフロリス!」

レッサー「最初に間接キスだと意識させておきながら、デートの話を切り出し!」

レッサー「あまつさえ『全額オゴれ』と無理難題ふっかけておきながら、ワリカンという当たり前の状態へ持ってくる!」

レッサー「しかも最後、グイグイ押してくるかとは思えば素を見せて『ワタシ清純なんですよ?』とアピールするえげつなさ!まさに匠の技と言えましょう!」

レッサー「確かに分かっていましたとも、えぇ!獅子身中の虫が居るってね!」

レッサー「所詮人類の敵は人類……私もあなたが敵になるんじゃないかと思っていました!」

ベイロープ「それあなた、最初から仲間信用してなかっただけなのだわ」

レッサー「あ、聞いて下さいよベイロープ!フロリスさんってばヒドいんですよ!?」

ベイロープ「何となく分かるけど、どうしたのよ?簡潔に話して」

レッサー「デレました!」

ベイロープ「あ、ごめん。やっぱ詳しく頼むわ」

レッサー「あれだけ私がたらし込もうとしているのに、フロリスがっ!」

ベイロープ「……いやまぁ、分かるけどね」

レッサー「でしょう!?私悪くないですよねぇっ!」

ベイロープ「……フロリスの気持ちが」 ボソッ

レッサー「あれあれー?ちょっとなに言ってるかわっかんないですねー?もっかい言ってみませんかー?」

ベイロープ「いやいや、別にいいじゃない?あなたがマ――あれ、オトそうとしてんのって、ブリテンのためよね?」

ベイロープ「だからフロリスか私が口説き落とせば、結果的にオッケーでしょ?違う?」

レッサー「や、まぁそりゃそうですけどね。でも納得が」

レッサー「ちゅーかあなた今、『私』ってさりげなく自分を混ぜませんでしたか?」

レッサー「ていうかベイロープさんにも、昨日の昼間っから不穏な言動が見え隠れしている気が……?はっ!」

レッサー「――駄目ですよ、上条さん。騙されてはいけません!」

レッサー「彼女達には愛なんてありませんよ!あるのは打算と国益だけ!」

レッサー「あくまでも国のために××開こうって××チどもなんですからねっ!」

ベイロープ「仲間を×ッ×言うな」

上条「あと、お前だけは言っちゃいけない台詞だろ。説得力皆無じゃねぇか」

フロリス「――あー、レッサー。あのね」

レッサー「な、なんです?」

フロリス「――ゴメン」

レッサー「だーかーらーっ!?ベイロープもフロリスも、ゴメンってなんですか!ゴメンって!?」

レッサー「いやそりゃ『ごめんさない』って意味だとは知ってますけども!そうじゃなくって具体的に言いなさいよ!具体的に!」

フロリス「え、言ってもいーの?」

レッサー「駄目に決まってるじゃ無いですか!?何となく想像つきますけど、そんな残酷な現実に私が耐えられるワケありませんから!」

上条「どっちだよ。ただのワガママじゃねぇか」

フロリス「で、やっぱ凱旋門は外せないよねー。あとパリ市庁舎も穴場だよ?」

上条「市庁舎?有名なんだ?」

フロリス「フランス革命って知ってる?王族ぶっ殺して市民革命起こしたっての」

上条「民主主義の始まり、とか教科書で習ったような?」

フロリス「マジか。あれ実は実権握ったヤツが処刑しまくりでさーぁ、恐怖政治って言われる独裁しやがったんだよ」

フロリス「専門の委員会立ち上げて、『反革命行為』なら証拠無しで処刑出来るようにして、パリだけでも千人以上もギロチンにかけたりしてさー」

フロリス「そん時の独裁者がぶち切れた国民から逃げて、立てこもったのか市庁舎なんだって」

上条「スゲェな!何かちょっと興味出て来たし!」

フロリス「よーし!そいじゃ他にも――」

レッサー「聞きなさいなっ!私はあなた達をそんな子に育てた覚えはありませんよ!」

ベイロープ「育てられた覚えもねーわよ」

レッサー「ぐぎぎぎぎぎっ、私に味方は居ないのか……はっ!?ランシス!ランシスはいずこに!?」

レッサー「前は見事なNTRカマしやがりましたが、今度は!今度こそは私の味方に――」

ランシス「……レッサー、うるさい」 モゾモゾ

レッサー「なんで上条さんのベッドへ潜り込んでんですかーーーーーーーーーーっ!?」



――胎魔のオラトリオ・第二章 『竜の口』 −終−


continue


――『竜の口』蛇章


――パリ市警 モルグ付属室

検死官B「……これ……どうしたものかな」

検死官C「どうもこうもないじゃないですか、私らに出来る事なんてないでしょう」

検死官B「しかしだね君、これは貴重な症例の一つなのだよ?このまま余所に移管されるのは宜しくない」

検死官C「あー、お知り合いの教授さんがこっちの権威でしたっけ?」

検死官B「知り合いじゃない。同期だ」

検死官C「……同じじゃないですか」

検死官B「王立の研究機関だかなんだか知らないが、Limy(ライム野郎)め!フランスで出た遺体だぞ!どうして渡さなきゃならん!」

検死官C「あれ書類に書いてませんでしたっけ?持ってたパスポートがどうのって」

検死官B「彼の遺体をもう一度見たまえ!事故死や病死ならともかく、明らかに殺人だよ!殺人!」

検死官B「彼の無念のためにも我々が調べなくてどうする!?」

検死官C「珍しい症例サンプル欲しさじゃないんですかーあぁそうですかー」

検死官B「ついでに学問が前進するのは良い事だな!あくまでついであるが!」

検死官C「ま、否定はしませんけどねぇ」

検死官A「――お疲れちゃーん、どったの二人して?痴話喧嘩?」

検死官B「違う!」

検死官A「ジョークだよ、ジョーク。ほれ差し入れ持ってきたから、飲めよカフィ」

検死官B「なんでイタリア風発音なんだ……」

検死官C「お、コーヒーの他にドーナツまでありますね」

検死官A「『ARISA』のコンサートスタジアムで売ってた。オフィシャルだから値段は三割増しだっつー話」

検死官C「高っ!?……あぁでも、結構イケますよ」

検死官A「だろ?何でもアイドルご本人様がレシピ作ったっつー設定だと」

検死官C「マジすか!?それじゃ俺もARISAが恋人になったらこれを作って貰える……!」

検死官A「――ってぇファン心理を逆手に取って、実ぁうだつの上がらないツンツン頭に泣きついたんだろーぜ」

検死官A「『当麻君どうしよう!?あたしインタビューで「お料理は得意です!」って言っったら、タイアップ企画来ちゃった!』、みたいな?」

検死官C「俺の純情弄びやがって!……やっぱでも美味いです。しっとりしてる」

検死官A「OKARAが入っててヘルシーなんだそうだが」

検死官B「なんです、それ?」

検死官A「トーフ……Bean Soupを作る時に残った豆の部分だな。ちなみに漢字で書くと雪花菜(Snow Flower Green)……」

検死官A「……中二病患ったDQN親が雪花菜(YUKANA)ってつけそうだな!」

検死官B「日本の名前事情なんて知らん。それより、アリ……?なに?」

検死官C「あぁパリの方でコンサートやってる日本人です。学園都市から来たんだそうで」

検死官B「なんだこのフリフリの衣装は!けしからんな!」

検死官A「まーまーいいからアンタも食えって――あ、検死上がりで食欲無いか」

検死官B「3年続けられれば、あとはもう何も感じなくなるさ。あれはモノだ」

検死官A「まーなぁ、そう思って割り切らないと出来ない業界だからなぁ、ここも」

検死官C「ここ”も”?」

検死官A「んー、あぁいやいやなんでもねぇよ――つか、どうしたんだ、って最初の質問に戻るんだけどよ」

検死官C「あぁなんか今、モルグ(死体安置所)で寝てる患者さん珍しい症例なんですって」

検死官A「どんな?」

検死官B「そうだな――」

検死官A「もしかしてクロイツフェルト・ヤコプ病?それも末期の?」

検死官C「え?CT結果見たんですか?」

検死官A「あー……まぁ、アレだ。ソイツは『呪い』だよ、『呪い』

検死官B「おい、ちょっと待ちたまえ君。何を急に」

検死官A「人類学のタブーは三つ、『殺人・近親婚・人肉食』だな。大体は、っていう注釈がつくんだが」

検死官A「んじゃたまには逆に聞いてみようか。『何故』それらが禁忌とされているんでしょーか?」

検死官B「……何を言い出すんだ、君は」

検死官C「まぁまぁ、休憩時間のお喋りだと思えば、別に」

検死官B「……そうだな……『殺人』はシンプルだろう。動物がしないのと同じだ。数が減れば種族として弱体化するからな」

検死官A「あぁ一応動物もするぜ?ライオンの子殺しや、サメの稚魚の胎内選別とかが有名」

検死官A「ま、ある程度のレベルになると、日常的にする例はぐっと減るかね。人間は例外としても」

検死官C「あー、よく聞きますよね。『人間は戦争って同族殺しをするから、動物よりも劣っている!』論」

検死官A「でもそう言う奴らってニューカルトかネオペイガニズムにやられっちまってんだよなー、これが」

検死官B「異教に憧れる連中か?彼らがどうして?」

検死官A「人間はお前達の――じゃない、俺達のかーちゃんが造ったって事になってんじゃんか?自分によく似せて」

検死官B「おい。母親ではなく主だろうが!」

検死官C「ま、まぁまぁ、そこはマリア様からもお生まれになりましたし、突っ込まない方向で」

検死官A「ペイガンどもに取っては『人間は不完全な存在である。何故ならば不完全な神が造ったからだ』って主張に持っていきたいだけなのさ」

検死官B「グノーシス主義と変わらんな」

検死官A「デミウルゴスの時代から何も変わってねぇよ、そりゃな」

検死官A「既存の価値観や権力を否定するためにゃ、まずそいつらを否定する所から始めなきゃいけない」

検死官C「あぁいますよねー。『アンネの日記を否定するな!ユダヤ人を守れ!』とか言った半年後に、『イスラエルの横暴を許すな!』とか言う人」

検死官B「……結局はユダヤ置いてきぼりで、自分達の都合の良い意見を押し通すためのツールなのだよ」

検死官A「そーゆー奴らは基本、まず結論があってそれに持っていくための手段しかない。相手にするだけ無駄だ」

検死官A「少なくとも真っ当な連中は手段も結論も、普通は複数個あって然るべきだっつー話」

検死官C「戦争もそうですよね?」

検死官A「紛争解決の手段の一つ――であり、生物学的には『自分達の国、一族が繁栄するための方法』なんだがねぇ」

検死官B「動物の縄張り争いと同じだろう。下らない」

検死官A「だったらちょいとパレスチナ行って同じ台詞吐いてこいや。ウクライナでも南スーダンでもいいけど」

検死官C「まぁまぁ、どこも基本数を増やすのが根本ですもんねー……と、『近親婚』は環境に適応出来ないでしょう」

検死官C「劣性遺伝子――普通の組み合わせならは主に出てない形質が、近似種同士だと表へ出ます」

検死官C「それが『劣等』かどうかはさておき、種としては弱い傾向がありますよね」

検死官B「よく勘違いされてるんだが、『劣性』であり『劣等』ではないんだがな」

検死官C「先天的な遺伝疾患が表に出てくる可能性が上がりますしねー」

検死官A「大体ミジンコも本来は単為生殖だが、環境が激変すると両性生殖するってぇ話だよな。そいで?」

検死官B「食人は……言われてみれば、特に、問題は無いのか……?急に思い浮ぶ範囲では」

検死官C「まー、よくホラーもののモチーフになったりしますもんね。ゾンビとかも突き詰めればそっちですし」

検死官A「だぁな。どっちも『種の本能としてのセーフティ』が働いてるんだよ」

検死官B「殺人も近親婚も、種の存続としてはありがたくない話だからな」

検死官A「だからどっちも『罪悪感』やら『倫理観』ってぇ鎖をつけるんだ。鎖の名前は宗教でもいいがね」

検死官A「一線を越えようとトリガーを引いても、セーフティロックがかかってるから、そう簡単には弾丸は出ねぇ」

検死官C「て、事は『食人』も『何らかの種の維持に触れる』んですかね?セーフティが掛かってる以上、何かあると?」

検死官A「ま、そんなに勿体ぶるつもりは無ぇんだが――そこでヤコプ病に繋がんだよ」

検死官A「安曇の野郎、実際にゃどんな感じだったんだ?」

検死官B「あ、あぁ。開頭していないのでスキャン画像しか無いが――ほら、見たまえ」

検死官A「……うっひゃー、こらまた酷ぇな」

検死官B「脳が従来あるべき量3分の1ほどに萎縮している。まともに歩行も出来なかったろうに」

検死官A「……なーるほど。だから獣化で補ってたのな」

検死官C「元々ヤコプ病は脳がスカスカになって、スポンジ状になる病――なんですが、ここで一つ疑問がありまして」

検死官B「ヤコプは発症から死に至るまで長期間かかる病気だ。こんなにも進行が進んでたのに、生きていた症例なんて見た事が無い」

検死官A「そりゃそーだ。だってこいつ、生まれた時から呪われてたんだぜ?」

検死官B「……また呪いかね。君の言っている事は要領を得んな」

検死官C「……クールー病……」

検死官A「おっ、そっちのにーちゃん正解!褒美にARISAのステッカーを進呈しよう!」

検死官C「要りま――やっぱ下さい……あれ、でもこれ『C』って書いてません?」

検死官A「サイン入りラメ超レアなんだぜ」

検死官C「どっかのバンド崩れにありそうな感じですけど……」

検死官B「……なに?クールー?フランス領ギアナのか?」

検死官A「そうそう。そこにヤコプ病に酷似した風土病があったんだよ」

検死官A「慢性進行性神経疾患。歩行失調と震えから始まり、言語障害・情動変化が続いて、最後には歩けなくなって死亡」

検死官A「原因が脳の異常プリオン化――で、クールーには『食人』の風習が残ってた」

検死官B「……食事の時に相応しい話題では無いだろう、これは」

検死官C「てかそれ、狂牛病と同じですよね?異常なプリオンから感染した、っていう」

検死官A「そうだなぁ、その牛どもも肉骨粉っつって、テメーらの同族食わせられてたんだよ、これが」

検死官C「と、言う事は……人類は『同族食いをすると発病すると知っていた』、と?」

検死官A「どーだろねー、そこいらは。まだBSE自体、病気か突然変異なのか決まってる訳じゃねーしな?」

検死官B「ウイルスとは違って媒介者が無く、異常遺伝子を消化したからと言って、同じ異常が起きるか――まだ議論は決着していない」

検死官C「ですよね。だってまだ完全に異常プリオンが原因か、特定されてないですもんね」

検死官A「感染のメカニズムは不明。『食った奴と食われたヤツに、同じプリオン異常が認められるから、原因これじゃね?』以外の根拠はねーしな」

検死官A「異常プリオンが同じってんで、類似種だって言われてるが――逆にヤコプ病はどうやってん感染したの?って疑問がな」

検死官A「……ま、なんにせよ知ってたんだよ、人間はな。他の動物も含めて」

検死官A「同族食いをやらかしたら、相応しい『呪い』がかかるってな」

検死官B「……モルグの彼も、そうだったと?」

検死官A「そもそも『禁忌』ってのは大抵何らかの原因がある」

検死官A「俺達ニンゲン様が、セーフティまで拵えたのはキチンとした理由があるからだよ。大抵はな」

検死官A「極東の島国を筆頭に『死は穢れ、忌み嫌うべきもの』って考えが広まったのも、屍体は雑菌の塊だからだよ」

検死官A「丁重に弔わないと死病が蔓延する。ペストやコレラがいい例じゃねぇか」

検死官A「こないだ読んだ出来の悪い創作怪談に、『病院で切り落とした四肢は食べる』的な話があった」

検死官A「――んが、現実じゃ医者が即業者呼んで速効火葬。じゃないと物凄い量の雑菌でパンデミック引き起こすんだよ」

検死官A「『食うなのタブー』あるよな?特定の動物食うなって宗教の」

検死官B「あるな。牛、馬、豚、鱗のない魚」

検死官A「あれも元々は『その宗教が流行った地域で伝えられていた生活の知恵』だったりする場合が多いんだわ、これが」

検死官A「例えば牛なら育つまでに膨大な水や草が必要だから、豚なら衛生環境が厳しいから、とかそーゆーセーフティが入ってる」

検死官A「そこいら辺の危険性を、それこそ有史以前から引き継いできたからこそ、俺達は『禁忌』としたんだろうがな」

検死官A「……反対に、こいつらが『こういう』生活環境になってたのは、それしか方法が無かったかもしれねぇがな」

検死官A「禁忌をと禁忌とせず、正気保ったまま『使える』ようにしなきゃいけない、てんで」

検死官A「……ま、安曇――じゃない。御石神(ミシャグジ)の一族としちゃ、最後の生き残りだっつー話だし、真相が出てくる事ぁもう無いってね」

検死官B「み、みしゃ?」

検死官A「おっと悪い。ちっと患者のツラ拝んでくる。あ、ドーナツは全部食ってていいぜ?」

検死官A「墓前に好物捧げようかと思ったんだが、アイツぁ無駄な殺生好きじゃないしな――俺と同じで」

ガチャッ

検死官B「……何だったんだ、今の」

検死官C「さぁ?なんでしょうね?つーかですね、疑問に思ってたんですが――」

検死官C「――あんな検死官、居ましたっけ?」



――モルグ

検死官A「……」

安曇「――」

検死官A「……あぁクソ、余計な仕事増やしがったクセに、いい顔でくたばってんじゃねぇか」

検死官A「カミやんとのケンカ、そんなに楽しかったのか?あん?」

検死官A「……」

検死官A「鳴護アリサは『アタリ』だったぜ。お前の『獣神楽(カムロミノギ)』、しっかり感知しやがったよーで」

検死官A「『シィ』の”化身”の一つ――ミシャグジ神の魔力に反応したってぇのは、まぁまぁ『宿主(キャリア)』の素質は充分だっつー話」

検死官A「……」

検死官A「ったく、『シィ』に逢えるからって、さっさと死にやがって」

検死官A「……」

検死官A「今は静かに眠れ、腹違いの兄弟よ――」

検死官A「――望月は輝きを増し、猟犬は獲物を差し出せ、供犠は自ら頭を垂れん――」

検死官A「――死して夢見る我が神の祝福を。そして願わくは――」

アル(検死官A)「――この素晴らしいクソッタレなセカイに、滅びを」


――『竜の口』蛇章 −終−



――次章予告


――???

 これはある夜に起きた出来事です。

 あたし達は当麻君の作ってくれた晩ごはんを頂いてからお風呂へ入って、寝る前に少しだけゲームをして、いつものように部屋へと戻りました。
 部屋、とは言ってもキャンピングカー(正確にはモーターホーム?)の個室。
 しかもダブルベッドが置いていたのを改造し、無理矢理個室に分けてシングルベッドを置いたとお姉ちゃんが言っていました。
(そして何故か片側の部屋は『外側から鍵が閉まるオートロック』になってた……あの、お姉ちゃん?もうちょっと信じても、うん)

 そのため部屋は窮屈で、一畳と少しぐらいでベッドの他には、机とあたしの持ってきたキーボードぐらい。
 ちなみに当麻君のお部屋は仕切られた向こう側――というか、レッサーさん達はキャンピングカーの前半分の、固定されているソファー兼簡易ベッドに決まりました。
 数もそうですが、向こうは仕切りが無い大きな部屋(1DK)なので、若干一名の反対を除き満場一致で、個室はあたしと当麻君が使わせてもらえるそうです。
 「隔離か!?」みたいなツッコんでいた人も居ましたけど、もっと当麻君は自覚をした方が良いと思いました、まる。

 まぁまぁとにかくそこまではフツーの夜でした。お風呂に入ってる当麻君の所へレッサーさんが乱入しようとしてベイロープさんに……まぁ、慣れるまでちょっと引いていましたが。ちょっとだけ、ですよ?

 あたしは部屋へ戻ってから、軽い筋トレとボイトレした後、パジャマへ着替えて眠る事にしました――あぁ、そういえばこんな事もあったなぁ。

 初めて泊まった日です。
 慣れない環境のせいでしょうか、中々寝付けなかったあたしは何度か寝返りを打ってたんですけど。

(……うん?頭に何か当たる……?……あ、枕の下になんか挟まって――)

 銃でした。いえ、比喩表現や誇張一切無しのホンモノです。
 あとお姉ちゃんの字で書かれた付箋(これがまた可愛らしいゆるキャラものです)で、注意書きらしきものも、

『右手じゃなく頭を狙え』

……悪い人の、って事だよね……?何かこう、別の意図を感じるのは考えすぎでしょうか?明らかに特定の誰かを(この世から)排除したい、って強い意志が伝わってきます。

 ちなみに翌日みんなへ聞いてみたら、『デリンジャー』って言う護身用の銃なんだそうです。「メカの初期装備ですよねっわかります!」とレッサーさんが……メカって何?

 まぁ……そんなこんなで楽しくやっています、はい。

 毎日が楽しくて、楽しすぎて『私、生きてるよ!』って実感が強すぎて。
 こんな日がいつまでも続けばいいな、って思っちゃったりもしたり。

 ……でも、それは、錯覚でした。
 毎日が同じように過ぎ去っていく?……けれど似ていても『今日』と同じ日は二度とやっては来ません。
 どんなワガママを言っても、誰に望んでみても、『変化』はある訳です。はい。



 夜半過ぎ、ふと目を覚ましたあたしは、今何時だろうと目覚ましへ手を伸ばし――何も手に触れませんでした。
 それもそのはず、プレゼントで貰った目覚まし時計は学園都市へ置いてきちゃいましたから。

 それじゃーと、枕元の携帯電話を取ろうとして――気づいて、しまいます。
 私の上に誰かが覆い被さっている事に。

(――え、えええぇぇぇぇぇぇぇっ!?)

 バラックです。あ、いえパニックです!バラックってなんでしょう?小説か何かで読んだような?

(だ、ダメダメダメダメダメーーーーーーーーっ!当麻君、インデックスちゃんに悪いってば!)

(っていうかシャワー浴びてない――あ、事もないや。フロリスさんが選んでくれたボディソープ、スッゴくいい香りなんだよねー)

(あ、だったら……いいの、かな……?)

 そんな訳ありません。

(――ってダメダメ!第一、直ぐ側にレッサーさん達が居るんだから、声聞こえちゃうからっ!)

(……あ、一応歌のトレーニングも出来るように、あたしの部屋は防音なんだっけ……?)

(うんっ、それじゃ問題ないよねっ!)

 それも違います。というかパニクって訳が分からなくなっています。

「……当麻君、その、あたしでいいの、かな……?」

 埒が明かない――妙な自問自答は変なベクトルへ突っ切ってしまいますので――当麻君へ、あたしは勇気を出して聞いてみました。
 けれどいつまで経っても(もしかしたら凄く短い時間かも知れませんが)答えは返ってきません。

 その代わりに――あたしは、ぎゅっと。

「当麻君っ!?………………ちょっ」

 とても繊細に、けれど決して逃すつもりはないらしく。
 抱き竦められてしまいました、はい。

(……うん)

 ……悪い事をしているのかも知れません。

 今、あたしを守るために当麻君やお姉ちゃん、レッサーさん達に一杯迷惑をかけています。ワガママに付き合わせる形で。
 何も出来ないあたしを守って傷ついて、時には命も落としそうになって――でも、あたしには何も返してあげる事は出来ません。

 ……多分、そんな愚痴を当麻君へ溢したら、返ってくる言葉は想像がつきます。

『困ってる友達助けるのに、理由なんか要らないだろ?』

 きっとあきれた顔でそう頭を掻いてから、しょうがないな、って笑うと思います。

 信じませんか?信じられませんか?
 でもね、『あの時』だってそうだったから。傷ついてボロボロになって、あたしなんかのために必死になったって、何も得なんかしないのに。来て、くれました。

 あたしがまた『こっち』へ来た理由。それは分かりません。
 お姉ちゃんと一緒になった、元の『私』へ戻ったのは憶えています。はっきりと。

 けど、気がついたら当麻君とインデックスちゃんの前に『あたし』が居て、

『――幻想なんかじゃ、ない……っ!』

って言っていたそうです。その後直ぐに大泣きしちゃったから、あんまり憶えてないんですけどね?
 そういえば……誰かに後ろから押されたような……?あれは誰だったんでしょう……?

 ……だからもし、当麻君が、その……あたしを求めてくれるんだったら、それが別に、その――あんまり良くないお付き合い方でも!いいかなって!
 あ、いや!キチンとしたのだったら、やっぱりそっちの方がウェルカムな訳で!勿論違っててもバッチコイではあるんだけど!

 ――だってあたしは、もう『この人のために生きよう』って決めてたんだから、うん。

「……あの、その――不束者ですか、はいっ」

 ……なんて覚悟は決めていたんですけど、やっぱり口から出るのはどこか違っているようなマヌケな台詞でした。
 よく読む――もとい、友達から押しつけられた本では、『あんまり初心だと引く』みたいな感じだったけど、ま、まぁこんなもの?こんな感じだよね?
 ってか場慣れしてる方が嫌なんじゃないかな、って思ったり。

 幸か不幸か。当麻君も同じみたいで、ぎこちない手つきであたしのうなじ辺りに触れてくる……うなじ?なんで?
 そっちの本だと、もうちょっと直接的なアレっていうか――。

「……ん……ふぁ……っ!」

 って不思議に思ったのは一瞬だけで。女の子に触られているような優しいタッチで、でも執拗に何度も何度もゆっくり的確に刺激が与えられてる訳で。

「……声、出……ちゃ……!」

 撫でられている部分から、じゅん、って、気持ちいいのが広がって来る?這い上がって来そう?なんかこう、触れて欲しい所に手が届かないようなもどかしさ?
 体は強烈な快感を欲しがってる――って言うと誤解されちゃうけど――みたいなのに、どこか焦らされてる。

(……当麻、君。もしかして場慣れしてないかなぁ……?)

 なんて考える余裕はすぐ無くなりました。
 クンクン、と当麻君はあたしの髪を嗅ぎ始めた――抱き締められたままだから、まぁ結果として首筋へ顔を近づける感じ。

(あ、あれぇ……?順番、思っていたのよりも、違う、かも?てかこっちが正解?)

 普通はまずキスをしてからー、みたいな感じだと思ったのに。当麻君はやや特殊なのでしょうか?それともこっちが本当?

 スンスン、と鼻先が首筋に触れるか触れないか、そのギリギリのラインを行ったり来たり。不規則なリズムがあたしを徐々に麻痺させていくのか分かります。
 抱き締められた時に広がった時、感覚が敏感になり過ぎちゃったのとは真逆。まるで首筋から甘い、毒、って言うとアレだけど、そんなような何かに囚われる錯覚。

 ……でも、それは、錯覚、かな?本当に?

(……違う、かな……うん)

 囚われていたのはずっと前。路上であたしの歌を聴いてくれて、転びそうになったあたしを抱き留めてくれた。あの時から徐々に始まって。
 あたしの中の、胸の中にあるドキドキは消えてなんかくれなくって。
 お話をしてた直後に、オービットから歌手になれるって舞い上がっちゃったから、それできっと――とか、最初は考えていた。そう、思いたかったのかも?

 ――そして、もう。ずっと前に、この腕の中の不幸な男の人に囚われていたんだって。

 当麻君が誰かと仲良くお喋りするのは、なんか面白くなくて。でもインデックスちゃんが相手だったら、ほんのちょっとだけ妬けるけどいいかな、とか思ったりもした。

 ……そんな嘘をつけるぐらいには、あたしは器用だったから。
 ……そんな本当に思えるぐらいには、私は不器用だったから。

 このまま終りにしよう。実らない初恋なんだし。そう、思い込もうとしていた……それはもう過去形で。
 打算が無かったとは言わない。善意だけだったなんてとても言えない。EUライブツアーの話が出て来た時、レディリーさんを助けられるんだって思うよりも早く、私はこうあたしに囁いたんだと思う。

『――これで、独占しちゃえばいいよね?』

 あたしは、囚われている。自分がそう望んでいるから。

(だから、当麻君も――)

 かり。

「……ん、んんーーーーーーーっ……!?」

 首筋に走る甘い甘い痛み。噛まれたのだと気づくよりも早く、あたしの体は反応してしまっていた。
 噛まれ、なぶられた所を中心に電気のような痺れが波打ち、何度かさざ波が広がっては消えていく。

 けど快楽の激しい波は一度では収まらない。何回も何回も、あたしの神経を打ちのめすように繰り返し襲ってくる。

「く……ぁんっ……くぅ……」

 体全体が鋭敏に――より正確には敏感になっちゃってて、あたしは小さく呻くぐらいしか反撃は許されていなかった。

「……ダメ、だよ……そんなにっ」

 拒絶の声とは裏腹にあたしは当麻君をもっと強く抱き締め――。

「……んぁー?……おぅ……?」

 ――ようとして、とても近くから聞こえていた声が、『女の子のもの』と知った。

「――ぅぇ?」

「……あ、ごめん……寝ぼけて……ふぁぁぁぁぁぁぁふっ……」

 目眩と羞恥心に卒倒しそうになりつつ、どうにか声を絞り出して訊ねます。がんばれあたし。

「ランシス……ちゃん?」

「んー……?なにー……?」

「なんで、あたしの、ベッドに、居るの……?」

「あー……前、『抱き枕いっかいぶん』って約束。だから」

 ……してました、そういえば。フロリスさん達にもサインとか言われた時に。

「……それだけ……?他に聞きたいの、ある……?」

「……あ、はい。ありがとうございました……えぇ、本当に本当にありがとうございました……」

「……ん、おやすみー……あ、そうだ。アリサ……」

「……はい?」

「ひとりえっちは、ひとりの時にするもんだと思う、よ……?」

「…………………………え」

「……ぐぅ……」

「違うの!?そうじゃないの!?」

 ガックンガックン頭を揺らして弁解しました。

「起きて下さいよっ!誤解されたまんまじゃ幾ら何でもキマズ――ちょっと!ランシスさんっ!?」

 親兄弟に、って痛々しい話はたまに聞きますけど、友達(に、なりたい人)に見られるのはちょっと致命的です。

「そもそも勘違いして臨戦態勢整えたあたしも悪いですけどっ!勝手に潜り込んだ方にも責任があるんじゃないんでしょうかっ!」

「んー……なにぃ?」

「ですから誤解ですってば!そういうんじゃなく、不幸なすれ違いがですねっ!」

 半眼で深海魚を彷彿とさせる”無”表情のまま、ランシスさんが何を考えているのか分かりません。幾ら言っても通じない予感しかしません。
 彼女は、んー?と少し考える素振りを見てた後、ベッドの上でなにやらモゾモゾし始めます。

「あのー……ランシスさん?どうしたんで、しょう、か?」

「……気持ち、分かる。恥ずかしいん、だよね……?」

「はいっ!……いや、違うけど!そんなんじゃないけど!」

「――だったら、私も、見せる。それで、おあいこ……」

「はい?」

「……んぅっ」

「待って下さい!ちょっと待って下さい!?何やってんですかっ!?」

「ひとりえっ――」

「知ってますけど!ってかあたしが言いたいんのはそうじゃなくって」

 先程、あたしの部屋は防音だと言いましたよね?確か。言ったのか書いたのか、それとも脳内バッファなのかは知りませんが、まぁ。はい。
 でも防音って言っても、防犯上の理由で完全な防音にまではしなかったみたいです。

 ……うん、騒いで当麻君が入ってきたから、そこでようやく気づいたんだけどね。その残酷な事実に

「――アリサ!?敵の攻撃の魔術師か!?」

 大丈夫じゃないです。出来れば最初の誤解が誤解じゃない所からリトライして欲しいぐらいです。
 はい、流石に真夜中なので混乱しているようですね。てか、他人がパニックになっているのを見ると、逆に冷静になりますよ。
 だからまぁあたしは努めて冷静に、状況を把握する事から始めました。

※真夜中
※あたし――乱れた衣服
※ランシスさん――パンツ脱いでる

 ……あれ?おかしいですよね?なんかこう、明らかに致命的な勘違いをされる感じがアリアリと。

 けど流石は当麻君でした。あたしとランシスさんを見比べた後、とても爽やかな表情で――お姉ちゃんへ殴り込みに来たのと同じ顔で――こう、親指を立てました。

「……大丈夫!女の子同士も嫌いじゃないさ!」

「当麻君の、バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 勿論、あたしは伊達にボイトレをしておらず、レッサーさん達全員を叩き起こしたのですが……後はもう、はい。いつもの、というか、えぇ。

 ……まぁ、そんな感じの事件が起き、その後数日の間はバッチリ気まずい思いをしました。当麻君も妙にテカテカした顔で、殴りたくなったのは秘密です。
 ランシスさんとは仲良くなれたみたいで、あの後もちょくちょく潜り込んでは来るのが良かったのか悪かったのか……。

 ……はい、そんな訳で頑張ろうと思いました。色々もう、台無しですけど。



――次章『悪夢館殺人事件』予告 −終−

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