Category

Counter
Access Counter

On-line Counter



Clock(trial)

胎魔のオラトリオ・第一章 『狂気隧道』

――回想

――ロンドン ブロムリー特別区 コンサートホール

チャンチャンチャンチャンチャン

鳴護『――僕は忘れないよ。君が宝物だって事が』

鳴護『――だからもうサヨナラは言わない。もう必要がないから――』

鳴護『――君はきっとこう言ってくれよね――「おかえり」って』

鳴護『――僕は忘れないよ。君が宝物だって事は』

鳴護『――僕を全部あげるから、君をくれないか?』

鳴護『――君だけは僕がずっと守る――!』

チャン、ジャジャーン……

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『イギリスの皆さんコンニチワーーーーーっ!』

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『元気でっすっかーーーーーーーーーーーーーーっ!?』

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『いいよね、元気って!うん、あたしはちょっと飛行機、速すぎたんだけど――』

鳴護『みんなと逢えるって思ったら、テンション上がってへーきだったみたいだよーーーーっ!』

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『ありがとーーーーーーフランスーーーーーーーーーっ!!!』

オ、ォォォォォォォォォォォォォォッ!?

鳴護『……えっと』

鳴護『そ、それじゃ次の曲――』



――コンサートホール控え室

上条「間違っちゃった!?最後でイギリスとフランス間違えてんぞアリサっさーん!?」

シャットアウラ「……」

上条「いいの?ボケがダダ流れの上、MC100%日本語でやってんだけどさ?」

上条「てか前から思ってたんだけど、アリサって結構天然だよね?頭に『ド』が着くぐらいの」

シャットアウラ「問題ない」

上条「そ、そうかな?」

シャットアウラ「アリサは可愛いからなっ!!!」

上条「やっべー問題しかねぇよ!?この姉にしてあの妹って感じで!?」

シャットアウラ「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 ガシッ

上条「な、何だよ!?お前らまだ仲良くないのかよ!?」

シャットアウラ「『似たもの姉妹』だなんて、て、照れるじゃないか……!」

上条「うん、まぁ仲が良いのは結構なんだけどね?結局、そこに着地したんかい」

シャットアウラ「妹を愛さない姉など居ないっ!」

上条「……キャーリサに聞かせてやりてー……バードウェイは……まぁ、仲は良いよな。仲は」

上条「雲川先輩……は、うーん……?」

シャットアウラ「姉というものは大概にして妹可愛さに暴走してしまうものなんだよ」

上条「そりゃいい事だと思うけどさ」

シャットアウラ「妹を迷わす悪い男が居るんだけど、排除してもいいよな?」

上条「何さらっと言ってんの!?つーか俺むしろお前らのケンカ仲裁した立役者じゃんか!?」

シャットアウラ「それはそれ、これはこれ」

上条「うん、意味は分からないけど、俺達の敵対関係は解消してないって事ですかね?」

シャットアウラ「よくもまぁヌケヌケと顔を出せたものだなっ!」

上条「違うよね?俺達学園都市からずっと一緒だったよね?」

上条「夜中に襲撃喰らってインデックスとSUMAKIにされて、超音速飛行機で輸送された上、引き離されたんだけど」

上条「ってかそろそろ俺達、学校とかあるから一緒に帰りたいんですけど。つーかおウチ帰して、な?」

シャットアウラ「すまない。そろそろ時間だ」

上条「……何?」

シャットアウラ「このままお前がここに居ると、アリサが着替えられな――ハッ!?まさか!?」

上条「多分イマお前が考えてる事は違うと思うよ?俺、どんだけゲスいんだって話だからね?」

シャットアウラ「『だ、ダメだ……アリサ!私達は姉妹なんだから……!』」

上条「ゲスいけど俺登場してないよね?出演オファーすら来てねぇからな」

上条「……ってかちょい見回りしてくるわ。しないよりはマシだろ」

シャットアウラ「ダメだダメだダメだ!」

上条「何?狙われてんのは俺じゃなくってアリサだろーが」

シッャトアウラ「『ま、まぁ血縁じゃないし?』」

上条「ごめんな?俺ちょっと席外してるから、うん?ゆっくり妄想してってな?」



――ホール エントランス

アニェーゼ「あ、お疲れ様です」

上条「おっす、お疲れ様――って、日本っぽい挨拶だよな」

アニェーゼ「神裂さんに習いましたんでさ」

ステイル「……ちっ」

上条「ステイルもおっつー。ってかあからさまに機嫌悪そうだな」

ステイル「君に会う時は今まで上機嫌だった事はないし、これからもそうだろうけどね」

上条「相変わらず俺の扱い雑だな。って?」

アニェーゼ「……これが本場のツンデレですかいっ!?」

上条「そんな要素なかったよね?俺あんま言いたくないけど、本気で嫌がられて結構ヘコでるぐらいだし」

上条「ってか今回のこれ、どういう流れ?いい加減拉致られるのも、トラブルに放り込まれるのに馴れたけどさ」

ステイル「……うーん。なんて言ったもんかな。君にも説明はすべきなんだけど」

上条「魔術師じゃないから理解出来ないってのかよ」

ステイル「そっちは期待していないから大丈夫だよ」

上条「そっか!期待されてないから大――あれ?今スルーしちゃいけない単語が……?」

ステイル「ってか君は持ち場に戻る時間じゃないのかい?異常は無かったんだから、そろそろ戻りなよ」

アニェーゼ「分かりました。そいじゃまた後で」

上条「他の隊の連中も来てんだ?だったら挨拶したい――」

ステイル「――って待て待て、君は行くなよ。話はまだ始まっても無いんだから」

上条「長いの?」

ステイル「長い、というよりは――『よく分からない』が、正解かな」

上条「敵がはっきりしてないのか?そんなのいつも事じゃねぇか」

ステイル「いや……場所を移そう。ここじゃちょっと」

上条「なんで?別に誰かが通るって訳じゃ――」

アンジェレネ「(う、うわーっ!アレですよっ!あの二人、人気の無い所へ行くつもりですって!)」

ルチア「(しっ!静かにシスター・アンジェレネ!今いい所なのですから!)」

アニェーゼ「(やっぱり敵味方ってぇのが萌えるんでしょうかねぇ。王道っちゃ王道ですかい)」

アニェーゼ「(ステ×上?いやいや、上条さんはある意味オールラウンダーっぽいですか)」

上条「……ごめん。早く行こうか」

ステイル「……流行ってるらしいんだよ、神崎が言ってた」

ステイル「それに館内じゃ煙草は吸えないからね、丁度いい」



――コンサートホール 喫煙所?

上条「吹き抜けの、中二階?」

ステイル「元々はオペラハウスだったからね。ここからステージへ荷物を運んでいたそうだよ」

上条「いや搬入口使えよ。こっからだとクレーン使わないと無理だろ」

ステイル「昔はなかったから、天井に滑車を架けて――日本の『釣瓶』みたいにしたそうだよ。ほら、あそこに跡がある」

上条「ホントだ。でも遠回りになんねぇの?」

ステイル「舞台セットを作る時、特に大がかりな物であればあるほど、時間がかかるだろう?」

ステイル「けれどステージをずっと占拠して作り続ける訳にはいかない。支配人は他の出し物で稼ぎたいからね」

上条「……あぁ!だからステージとかを余所で作って小分けにして!」

ステイル「人が通る入り口じゃ狭いから、上から吊って出し入れをすると――って、僕が懇切丁寧に説明してやる義理も無いんだけど」 シュバッ

上条「おいっ館内禁煙って」

ステイル「あぁ心配はいらないよ?ここに火災報知器は無いから」

上条「いやそーゆー脱法的な事やってるから、普通の喫煙者まで嫌われる訳で……ま、いいけどな。それで?」

ステイル「あー……どう話したもんかな。全てはこの手紙が『必要悪の教会』に届いた時に始まった」 ピラッ

ステイル「……いや、そうじゃないかも知れないな。それはきっと、ずっと前に始まっていたのかも知れない」

ステイル「潜水艦のようにずっと潜り続けていたのが、急浮上したかも知れないね」

上条「……これは!」

ステイル「神裂が日本語訳をしておいたから、君にも読める筈だけど?」

上条「今の必要かな?ここで一本ギャグ挟む必要なくないか?」

ステイル「まぁ、電波だろ?」

上条「『星を射る』とか、『簒奪』とかな。中二病をくすぐるけど、意味が分からない」

ステイル「まぁその類の妄想系犯行予告は定期的にウチへ届くんだけど。決定的に違っていた事が一つ」

ステイル「丁度アイソン彗星がその大半を失った日と同じなんだよ」

上条「……はい?」

ステイル「つまり、手紙を受け取ったその日、予告した通りに彗星を撃ち落と――しては、ないけどね。欠けたのは事実だね」

上条「……いやでも違くないか?あれ、太陽に近づきすぎただけって事だろ?」

上条「つーかその瞬間見たぞ俺、真ん中に丸っぽいアレがあって全部は見えなかったけどさ」

ステイル「認めたくは無いが、今の学園都市はありとあらゆる科学技術の最先端を行く」

ステイル「この間、確か宇宙が誕生した時に発せられた重力波、だかも観測したんだっけ?」

上条「そうなの?あー、バードウェイの読んでた本に書いたあったような?」

ステイル「……宇宙は国境が定められていない分、アメリカを筆頭に『科学の進歩』のお題目を抱えて軍事技術に転用可能なアレコレをしてるんだけど」

ステイル「また別に、僕たちはコペルニクスの時代からずっと星を見続けてきた。今でも星辰は魔術と密接な関わり合いを持つ」

ステイル「言わば二つの軸、横方向に広がるX軸、縦方向に伸びるY軸の二つから彗星は観測されていたんだけどね」

ステイル「だっていうのに、だ」

ステイル「じゃあどうして『今回の彗星が途中で削がれるって予測出来なかった』んだい?」

上条「……!」

ステイル「それこそ数万人の研究者達、魔術師達が見守っていたのに、だよ?」

ステイル「ま、それが一つ。次にこの写真を見てくれ」

上条「なんか旧い写真……赤いペンキで、どっかの壁に『C』……か?」

上条「――ってこれ、俺も見た、っつーか知ってるし!」

ステイル「いや、違う。それは君が知ってるものとは違うが、同じものだ」

上条「……どういう事だよ」

ステイル「そうだね。アイソン彗星が消えたあの日、君たちは学園都市にいた」

ステイル「そこで連中と接触しているよね?」

上条「あの、蛇人間……!?」

ステイル「多目的ホールで起きたテロ事件、どこの組織も犯行声明を出していないけど、君はその中心にいた筈だ」

ステイル「いや、正確にはその隣、かな」

上条「鳴護――アリサ」

ステイル「連中が何をしたいのかは分からない。けれど、あの日僕たちは一度敗北しているんだよ」

ステイル「奴らはホールの人間達を『汚染』し、ちょっとした騒ぎを起こしているその間」

ステイル「鳴護アリサは下顎を引き抜かれて死ぬ――その、筈だったんだよ」

上条「身代わり……」

ステイル「たまたまそこに居たアイドルが、当日になってダダをこねた。控え室が狭いとか小さいとか」

ステイル「それで向こうの完封は避けられた訳だけど」

上条「ふざけんじゃねぇ!そんな、そんなクソッタレな理由でか!?」

上条「ヒト一人の命を……!」

ステイル「本来彼女『だけ』が使う控え室にもこれが書かれてあった。ま、多分?」

ステイル「――『Cthulhu』の、“C”だね」



――現在

――セント・パンクラス駅 昼間

上条「……」

上条(時間と場所は合ってるよな……?)

上条(ってかアリサ芸能人だから目立ってんじゃねぇの?)

鳴護「おーいっ!こっちこっちーーーーっ!こっちっだよーーーーーーーーーーっ!」

上条「最初っから隠す気ゼロじゃねぇか!?ってか声よく通りますよねっ!」

鳴護「伊達にボイトレしてないからねっ!」

上条「褒めてないからね?ってか明らかに周囲の注目浴びてんだけどさ」

鳴護「え?でもお姉ちゃんが『東洋人だし別に目立たない』って言ってくれたよ?」

上条「おい出て来いシャットアウラ!仲良くなるんだったら社会常識も憶えさせとけ!」

男「――すいません。リーダーは別の仕事で席を外していまして」

上条「そなの?――て、こちらは?」

鳴護「紹介は――してなかったっけ?あたしのマネージャーの柴崎信永(しばざきのぶなが)さんです」

柴崎「初めまして、ではないですね。柴崎です」

上条「あ、はい、上条当麻です。どこで会いましたっけ?」

柴崎「いえ、自分がクロウ7の時に少し。クルマからチラッと見ただけで」

上条「クロウ……?」

柴崎「いや、公園でアリサさん守る時とか。リーダーと一緒に」

上条「あぁはいはい!居た居た、うん!シャットアウラの元部下の人!」

柴崎「本当は?」

上条「……すいません、シッャトアウラが濃くて今一憶えていません」

柴崎「敬語は結構ですから、えっと……パイロキネシスとやり合った時にちょっとだけですから、憶えてないのも仕方が無いです」

上条「パイロ?何?」

柴崎「赤い神父服の、ほら」

上条「あー……」

上条(魔術サイドの事、知らないのか?つーか言っちまっていいもんかどうか)

上条「なぁ鳴護さん?」

鳴護「あたしのファンなの?昨日ライブ来てくれんだ?ありがとー」

鳴護「写真?うん!いーよいーよ、撮ろっ!」

上条「空気読もう?そこで速攻子供に囲まれて握手会してるアイドルの子?」

上条「てか今なんでマネージャーやってんの?つーか出来るのか、って話」

柴崎「そこら辺はユーロスターに乗ってからしましょうか。アリサさーん!」

鳴護「あ、はーい!今行きまーす!……ごめんね、今からお姉ちゃんフランスに行かなきゃならないから!」

鳴護「あーもうっ可愛いなぁっ!行く?行こうか?」

鳴護「あ、柴崎さん、チケットもう一枚取れます?」

柴崎「帰してきて下さい。こっちでソレやると確実に10年単位でブチ込まれます」

鳴護「はーいっ!」

上条「……うん、はい、すいません。なんつーか、お疲れ様です……」」

柴崎「……まぁ?大体こんな感じですかね。自分、『黒鴉部隊』に入る前はSP――ボディガードやってたんですが」

柴崎「マネージャーする前にも少し揉めましてね。主に対人コミュで」

柴崎「『アリサさんフリーには出来ないだろ?』『私が守るさ』『つってもクロウって戦闘バカばっかじゃね?』みたいな感じで」

柴崎「『あ、そういや柴崎さん?櫻井さん大好きな柴崎さん出待ちやってましたよねー?』『いやだから私が守ると言って』『ちげーよ出待ちじゃねーよ!SPだよ!』」

柴崎「『だったら柴崎さんいいんじゃないですかねぇ』『おいお前達どうして私を無視』『決定!柴崎さんオナシャース!』――と」

上条「明らかにシャットアウラらしき人がガン無視されてるんだけど……」

上条「……苦労、してるんですね、柴崎さん」

柴崎「大丈夫。今日から君も同じ苦労を背負うから」

上条「ちょっと待てやコラ?事後承諾にも程があるからな?」



――回想

――コンサートホール 臨時喫煙所

ステイル「『久遠に臥したるもの、死することなく――』」

ステイル「『――怪異なる永劫の内には、死すら終焉を迎えん』」

ステイル「これは20世紀の作家、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが書いた小説に登場する一節だ」

上条「小説家、の人だよな?クトゥルーって名前と一緒にゲームとかで聞いた事がある」

上条「雲川先輩曰く、『20世紀のラノベ』だって話だっけ?」

ステイル「暗黒神話大系と俗に呼ばれる一連のシェアワールド。彼らの創った世界では、人間とは強大な旧支配者と呼ばれる存在のオモチャだからね」

ステイル「要は『すっごい化け物がいて、人間が謳歌している平和なんて泡沫の夢でしかない』って事かな」

上条「俺もメガテンから入ったクチだから、短編集は文庫で持ってる。つかお前も詳しい――あれ?」

ステイル「どうしたんだい?マヌケ面が酷くなったけど」

上条「小説なんだよね?蒸気船に轢かれてノコノコ退散した化け物ってフィクションなんだよね?」

ステイル「彼の代表作、『クトゥルフの呼び声』だね。蕃神が住まうルルイエが浮上し、死して夢見るクトゥルーが暫し微睡む」

上条「世界各国で同じ夢を見て発狂する人達が続々、って背景だったよな」

ステイル「だね。でも『そんな出来事は有史に於いては無かった』けどね」

上条「……えっと、つまり、その『濁音協会』ってのは、ネタじゃねぇの?暇人の妄想っていうか」

ステイル「うんまぁぶっちゃけると、タダのカルト教団かな。金儲けのためにクトゥルーを語っただけに過ぎない」

ステイル「正確には過ぎなかっ“た”と言うべきなんだろうけど」

上条「過去形?けど今アリサが狙われてるのって」」

ステイル「10年前、奴らはローマ正教によって壊滅させられているんだよ」

ステイル「記録に寄れば……『神の右席』のテッラって憶えているかな?」

上条「小麦粉のギロチン」

ステイル「そうそう、その彼が『右席』に上がる直前に手かげた事件なんだけど――」

ステイル「ちなみに、その時の彼は『異教徒にも寛容な聖職者』だって話だね」

上条「いやいやいやいやっ!?あいつって確かローマ正教じゃない相手に!」

ステイル「と、いうか、“当時の右席”自体は教皇を補佐するのが名目だから。魔術の腕よりも人格が重視されていたんだろう」

ステイル「穏健派だったテッラが就けば、交渉のテーブルに――と最大教主は思ってたそうだ。ざまあ見ろ」

上条「……人格が、変わった?」

ステイル「直ぐにフィアンマ、ヴェント、そしてあの男。他の右席が加わり、イギリス清教最大の難敵へ格上げされたんだけど」

ステイル「テッラは魔術的な洗脳を受けた、と判断していたんだが。実は違うのかもね」

ステイル「もしかして『口に出すのも憚れるおぞましい儀式』を目にして、それからローマ正教への狂信に変わった、とか」

上条「嫌な話だぜ……」

ステイル「とはいえテッラのしていた事は許されるべきでは無いと僕は思うけど。それとこれとは別の話だ」

上条「まぁ、な……待て待て。テッラは置いとくとして、壊滅させられたんだろ?『濁音協会』は」

ステイル「インクランドのサフォーク地方、ダンウィッチのはウチが片をつけたみたいだけどね」

ステイル「というか、ここまでの流れで何となく分かってはいるんだろう?君もいい加減、こちらの流儀に染まって居るんだろうし」

上条「馴れたくて馴れた訳じゃねぇよ!?」

ステイル「同じ事だね、それは。知識というのは一度口にすれば、二度と『知らない』とは言えない果実だよ」

ステイル「今までは『知らなかった』で免責されたかも知れないのに、一度知ってしまえば見て見ぬフリは出来ないからね」

ステイル「どんな上手い嘘で他人を騙せたとしても、結局自分に嘘はつけないんだから」

上条「含蓄のある言葉だよなぁ……」

ステイル「ま、面倒だしこれ以上引っ張るのも嫌だし、何よりも君が大っ嫌いだから結論を言うけど」

上条「最後の一つ必要かな?お前はもう少し対人コミュをだね」

ステイル「10年以上前に潰した魔術結社――で、すらなかったカルト教団が、今になって活動を再開した訳だ」

ステイル「しかも連中、僕たち『必要悪の教会』と学園都市、両方に喧嘩を売ってきた」

上条「『本物の魔術師』なんだからタチも悪ぃが」

ステイル「目的・規模・構成人数・本拠地等々全て不明。ただし鳴護アリサをターゲットへ定めているのは判明している」

上条「だよな」

ステイル「ただし『クトゥルー教団』の性質上、『ムシャクシャしてやった』が動機である可能性すらある。というか、高い」

上条「……だよな」

ステイル「向こうは何らかの動機があるんだろうけどね、それが他人に理解出来るかどうか、ってのはまた別だから」

上条「んー……?それじゃさ、発想を変えてだ」

ステイル「うん?」

上条「逆に今、積極的に問題起こしてる魔術師とか、魔術結社ってねーの?」

上条「ほら、取り敢えず事件現場に近くに居た怪しい奴に職質する感じで」

ステイル「……成程、それは盲点だった。確かに君の言う通りかも知れないね」

上条「珍しいな。お前が俺を褒めるなんて」

ステイル「って事で、今から容疑者だと疑われているブラックロッジを読み上げてあげるよ。感謝するんだね」 ガサガサ

上条「……へ?」

ステイル「まずは魔術結社、『双頭鮫(ダブルヘッドシャーク)』の『ウェイトリィ兄弟』だね。こっちの発音じゃウェイト“リー”か」

ステイル「噂によると双子の兄弟で、『錐』を使った魔術を得意とするらしい」

ステイル「結社はマフィアの用心棒だったり、マフィアそのままだったりするんだけど」

ステイル「ただ『必要悪の教会』の見解としては、『彼らの存在を正式に肯定する事は現時点で難しい』としている」

上条「うんうん」

ステイル「次は『安曇阿阪(あずみあさか)』、同じく魔術結社『野獣庭園(サランドラ)』の首領」

ステイル「獣化を得意する魔術師集団の長であり、人の形態を目撃された例はない」

ステイル「こちらは魔術結社、というよりも毒や暗殺のエキスパートして有名、かな?」

ステイル「ただ『必要悪の教会』の見解としては、『彼らの存在を正式に肯定する事は現時点で難しい』としているね」

上条「うんう……あれ?」

ステイル「後は『殺し屋人形団(チャイルズ・プレイ)』の『団長』。通り名としてそう呼ばれている」

ステイル「姿は鉄仮面を被った大男で、猟奇殺人が起きた場所には彼の姿があるという」

ステイル「『ハロウィン・ザ・ブリテン』の際、混乱に乗じて『騎士派』どもを素手で殴り倒した後」

ステイル「『ふなっし○』のぬいぐるみを店頭から盗み出した所が目撃されている」

上条「ステイルさん?読む報告書間違えてないかな?今のは酔っ払ったオッサンの行動だよね?」

ステイル「ただ『必要悪の教会』の見解としては、『彼らの存在を正式に肯定する事は現時点で難しい』としているんだよ」

上条「ねぇ、その『正式に肯定』云々って、それただの噂って事じゃねぇのか?なぁ?」

上条「つーかこれ伏線じゃねぇの?どうせ今の中に犯人いるって展開なんだよな?」

ステイル「そして次は『明け色の陽射し』。ボスは『レイヴィニア=バードウェイ』」

ステイル「所謂『黄金』系の魔術結社を名乗るゴロツキ、一説にはどこかの学園都市のツンツン頭に籠絡されたらしい」

上条「人聞き悪っ!?ってか事実無根だしねっ!」

ステイル「お姫様抱っこしたんだって?」

上条「そういやお前もあの前後は学園都市に居やがりましたよねっ!」

ステイル「ただ『必要悪の教会』の見解としては、『彼らの存在を正式に肯定する事は現時点で難しい』と」

ステイル「後は『棚川中学・放課後突撃隊』。隊長は佐天涙子」

ステイル「暇な中学生がダベってオチのない話を延々とする、ある意味最も恐ろしいとも言えるだろう」

上条「俺の知り合いの知り合いじゃねぇかな?つーかお前らJCまで監視してんの?」

上条「そりゃ恐れられる筈だよ、『必要悪の教会』。俺だって怖いもの」

ステイル「ただ『必要悪の教会』の見解としては、『彼らの存在を正式に肯定する事は現時点で難し――』」

上条「ダメじゃねぇか『必要悪の教会』!?つーか最後のと一個前は実在してるし!?非実在少年じゃねぇから!」

ステイル「蠢動中の魔術結社なんて腐るほどあるって話だよ。素人が思い付く事なんて、プロは当然抑えている。弁えろ」

ステイル「ま、頑張ればいいんじゃないかな?最悪、骨は僕が焼いてあげるから」

上条「火葬決定!?しかもなんか八つ当たりの感じがする!せめて拾ってあげてね!」

上条「……いやいや、違うよね?アリサのコンサートツアー、お前らも行くんだからもう少し打ち解けてだな」

ステイル「……はぁ?君は何を言ってるんだい?」

上条「仲良くしろとは言わねぇけど、お互いにリスペクト的な住み分けを」

ステイル「いやそうじゃなく。リスペクトなんて死んでもごめんだけど」

ステイル「聞いてないのかい?というか、君本当に何にも知らないで来たんだね」

上条「待て!?嫌な予感しかしねぇからそれ以上はヤメロっ!多分言うとフラグが確定するから!」

上条「せめて俺が覚悟を決まるまでは言うなよ!?絶対だぞ!絶対だからな!?」

ステイル「うん、僕らが手伝えるのはここまでだから。フランス以降は精々頑張って」



――ユーロスターS 四人用客室

鳴護「思っていたよりも、広い、かな?」

上条「俺のアパート……うん、なんでもないよ?別に気にしてなんか無いんだからねっ」

鳴護「捨てられた犬のようなっ!?」

柴崎「はいはい、そこまでにして下さい。ってかアリサさんベッドあるからといってトランポリンしない。大体100分しか乗っていませんからね」

鳴護「次はパリで下りるんでしたっけ?だったら普通の席でも良かったんじゃ?」

柴崎「あー、そこら辺はお姉さんに話して下さい。自分がどうこう出来る話では無いので」

上条「過保護過ぎんだろ」

柴崎「とは言っても、自分からも同じ提案をするつもりでしたが」

柴崎「込み入った話をするにはうってつけ、ですからね」

鳴護「あ、当麻君、久しぶりだねー?この間はありがとうございました」

上条「ん?あぁ別にたまたま居合わせただけだから」

柴崎「おや?アリサさんだけでも天然だったのに、話を聞かない子が増えましたね?」

上条「……一人、助けられなかったけどな」

鳴護「……うん」

柴崎「そこで話は個室を選んだ所に戻るんですがね、と。上条さん、お話はどこまで?」

上条「『濁音協会(Society Low Noise)』って奴らがケンカ売ってきてる所まで」

柴崎「オービット・ポータルの顛末は?」

上条「そっちは聞いてない。ネットで調べたんだけど、会社のHPは更新されてねぇし。ニュースサイトも全然」

柴崎「オービット社は一応は外国資本ですからね。ガーディアンとフィナンシャルの英語記事は“割と”マシです」

柴崎「日本のはビットコインが飛んだその日に、『社会革命である』とぶち上げて嘲笑され続けてますから。時間の無駄です」

柴崎「色々あったんですが、なんやかんやでリーダー――シャットアウラ=セクウェンツィアが代表になっています」

上条「また唐突だなー。ってかそんなに簡単になれんのかよ?」

柴崎「『エンデュミオンの奇蹟』は死人も出しませんでしたし、またオービット社に瑕疵はない、とされています。表向きはね」

柴崎「が、ビジネスの世界は非情で」

柴崎「社運を賭けた一大プロジェクトが頓挫し、株は暴落。金融機関からも貸し剥がし――融資の前倒し返済を迫られて大変でした」

上条「そりゃ……まぁ仕方がないんだろうな」

柴崎「レディリー会長の個人資産は膨大にあるんですが、勝手に手をつけたら犯罪ですしね……リーダーはやろうとしましたが」

柴崎「生憎、筆頭株主の方が首を縦に振ってくれないものでして、はい」

上条「へー?そんな状況でも会社を見捨てない奴居たんだ?偉いな」

鳴護「そ、それほどでもないかなっ?」

上条「あ、ごめん?今こっちの話をしているから」

鳴護「本当になのにっ!?」

上条「あ、これ、アニェーゼから貰ったべっこう飴。喉に良いんだって」

鳴護「嬉しいけど!ホントなんだってば!」

柴崎「上条さんマジです。こちらがオービット・ポータルの筆頭株主さん」

鳴護「どうも、鳴護アリサです」

上条「マジで!?お前いつから金持ちになったんだ!?」

柴崎「レディリー会長、いや前会長が悪人なのは間違いないでしょうけど、酷い悪人とまでは行かなかったようで」

柴崎「『あの日』、に、個人資産の幾つかを鳴護さんへ譲渡していたんですよ」

上条「罪滅ぼし、か?」

柴崎「リーダーは『偽善』だと言ってました」

上条「まぁ、そうだよな」

鳴護「あたしは違うと思う、って姉さんには言ったんだけどね」

上条「そうかぁ?」

鳴護「最初に契約書にサインした時、『もしも何かあった場合、誰が遺産を受け取りますか?』って項目があったの」

上条「マグロ漁船並みの怪しさだと思うんだが」

鳴護「その時は『契約ってこういうものかな?』って、育ててくれた孤児院を書いちゃってて」

鳴護「最後にレディリーさんに会った時も、もしそれが偽善だったらあたしに言うよね?『お前が死ぬ事で助かる人が居るよ』って」

鳴護「それをしなかったんだから……うん」

上条「どう、だろうな」

鳴護「ま、あたしがそう思ってるだけ、かも?思いたいからとか?」

柴崎「SPとしての経験上、『完全な悪人』はそういませんよ。マフィアであっても自分の孫には甘いし、愛を叫ぶようなドラマを見て泣きます」

柴崎「だからといって善人かと言えばそうではないでしょうし」

柴崎「むしろ大切なものがあり、他人の痛みを知っている分だけ罪は重い。そう自分は考えますがね」

上条「俺はアリサに一票。レディリーも仕方がなかった部分もあるんじゃないのか?」

柴崎「各々が某かの事情を抱えている、それは当たり前の話です」

柴崎「共通の歴史認識やら、普遍的な正義なんてものは幻想ですしね」

柴崎「数千、下手すれば数万単位の犠牲を出してまで、その『事情』を正当化出来る話はないでしょうから」

上条「それを決めるのもアリサじゃねぇかな?一番の被害者だったんだし」

上条「てか『黒鴉部隊』は元々レディリー側じゃねぇかよ」

柴崎「いやもうぶっちゃけますと、エンデュミオンの侵入者排除に失敗した上、依頼主裏切ったんで信用ボロッボロでして」

柴崎「で、そんな自分達がどうしたか、の話がオービット・ポータルの顛末に繋がります」

鳴護「殆どの事業を切り売りして、残ったのがあたしの個人事務所?みたいな感じで」

上条「事務所そのものがオービット預かりなのか?よく分からないけど」

柴崎「そこはリーダーがアレした感じで。下手にアレでも学園都市や『あっち側』からつけ入れられるので、心配はないと思います」

上条「それで傭兵部隊がマネージャーに転職したんだ?へー」

柴崎「『鴉』へ入るまではボディガードでしたからね。ま、色々とありまして」

鳴護「お姉ちゃんが好きなんですよねっ」

柴崎「げふっ!?げっほげほっごほごほごほごほごごほっ!?」

上条「水飲んで下さいよ、ほら」

柴崎「げふっ、すっ、すいません、んっくんっくんっく――はぁふっ……ふう」

柴崎「――それでスケジュールについてなんですが」

上条「無理だからね?『え、何が?』みてぇ顔してんじゃねぇよ」

上条「盛大なリアクションありがとう、ってぐらい取り乱したみてぇだけど、見なかった事にはしてあげられないからな?」

鳴護「そこは武士の情けでスルーした方が良いんじゃないかな?」

上条「うんまぁ、アリサと『黒鴉部隊』の立ち位置は分かった」

上条「柴崎さんがなんだかんだでしっかり保護者してんのも含めて」

柴崎「どうも。出来ればリーダーには内密に」

上条「納得出来ないのが、どうしてお前ら?力不足かどうかは分からないけど、もっと適材適所があるんじゃねぇのか?」

上条(相手が魔術師なら、こっちも魔術師の方が対抗しやすいだろ)

柴崎「イギリスの『協力機関』の方々の話ですよね。それはスケジュールの話に戻るんですが」

柴崎「どこへ行くかは知っていますか?」

上条「外国」

鳴護「当麻君、私が言うのもアレなんだけど、もうちょっと計画性とかあるんじゃないかな?」

柴崎「ARISAの海外ライブツアー、『Shooting MOON』は計四カ所」

上条「ロンドン――つかイギリス、フランス、イタリア、ロシア」

柴崎「それぞれ第三次大戦で中核を担った国家ですよね?」

上条「そうだな」

柴崎「……うん、もう一声!」

鳴護「何となく分かりそうな気がするんだけどなぁ」

上条「『ケンカしてたけど、仲良くなりましたよー。ほらほら学園都市のアイドルとも交流ありますし』?」

鳴護「――ファイナルアンサー?」

上条「ファイナルアンサー」

鳴護「ドコドコドコドコドコドコドコドコ……」

上条「……」

鳴護「ファッファァーンっ!!!」

上条「!」

鳴護「ドコドコドコドコドコドコドコドコ……」

上条「ドラムロールに戻るのかよ!?じゃ今どうしてファンファーレ流したのっ!?」

上条「てか昔のクイズ番組のネタをする意味が分からない!?」

鳴護「友達の佐天さんが――」

上条「もういい分かった!いい子だけど、色々TPO考えろ!ツッコミで喉枯らす身にもなれ!」

上条「いやまぁ、確かに観光だけならテンション上がっけどさ。このツアーって要は学園都市のプロパガンダだろ?」

鳴護「当麻君は、不満?」

上条「仲良くするのは賛成。でもアリサが巻き込まれるのは……あんまり」

上条「それに時期も時期だよ。何も狙われてる今しなくたって、もう少し待つとか、延期するとか出来なかったのか?」

鳴護「それはダメだよ、当麻君。今じゃないと、すぐやらないと意味がない事ってあるよね?」

鳴護「もしかしたら効果がないかも知れない。もしかしたら逆に怒らせちゃうかも知れない」

上条「だったら!」

鳴護「けど、『もしかしたら上手く行くかも知れない』。違うかな?」

上条「……アリサ、お前」

鳴護「私が歌で誰かが仲良く出来るんだったら――」

鳴護「――私は、歌うよ」

上条「……アリサ」

鳴護「でも、本当はちょっと怖いんだけどね。よく分からない人達が」

上条「……あぁ、そっちは心配すんな。俺がナントカすっから」

上条「影でコソコソやってるような連中の、狂った『幻想』なんか俺がぶっ殺すから!」

鳴護「……当麻君」

上条「エンデュミオンでも約束したじゃねぇか。お前の歌を邪魔する奴は俺がぶん殴る、って」

鳴護「お姉ちゃん、怒ってたけど」

上条「つーか嫌だったらさっさと断って日本に帰ってるし。んな捨てられた子犬みたいな顔は止めてくれ」

鳴護「……ごめんね、当麻君」

上条「友達が困ってんの助けるのは当たり前。じゃなかったらダチなんて呼べねぇよ、だろ?」

鳴護「そっちじゃなくて――その、あたし、当麻君だったらきっとそう言ってくれるだろうな、って思ってて」

上条「んん?それって信用してくれてありがとう、でいいんじゃねぇのか?」

上条「つーか俺が勝手にやってんだから、別にいいって」

鳴護「そうじゃなくて!そのっ……うん、っていうか」

鳴護「あたしが、ツアーするって決まったら、当麻君と一緒に居られるかな、って」

上条「あ、アリサ……?」

鳴護「当麻君っ!」

上条「は、はいっ!?」

鳴護「あた――」

柴崎「――はいストップー」

鳴護「って柴崎さん!?いつの間に!?」

柴崎「君らが雰囲気作る前からずっと一緒でしたが」

柴崎「部屋をコッソリ出るべきか、リーダーに緊急通信するか迷ったぐらいです」

鳴護「お、お姉ちゃんには内緒にしてくれるとっ」

柴崎「一人忠臣蔵しそうですしねー」

上条「あれ?討ち入られるの俺?赤穂の浪人に襲撃されちゃうの?」

柴崎「自分は上条さんの事、データ以上は知らないんですけど、47人ぐらいは直ぐに集まりそうですね」

上条「人聞きが!?……あ、そういや、つーかシャットアウラは?聞かれてたら、色々とヤバかった予感がするけど」

柴崎「あぁですからリーダーは、っていうかスケジュールの話がまだ終わってないんですよ」

柴崎「えっと……あぁ、まぁそんなこんなで学園都市と対立していた国家を巡り、コンサートをするのが今回のミッションです」

柴崎「ただし現時点でロシアとウクライナ東部の情勢が非常にきな臭いため、これからの状況次第ではイタリアで終りになるかも知れません」

上条「ロシアもなぁ」

柴崎「で、上条さんが疑っておられた、『どうして「黒鴉部隊だけ」なのか?』については、まさにそこですね」

上条「どこ?」

鳴護「インデックスちゃんはイギリスの人だよね?学園都市と仲が良い」

上条「あぁ昨日ステイルには『同行は許可されなかったよざまあ見ろナイス牝狐!』って言われた」

鳴護「あたし達、『学園都市が和平を望んでいるのに、他の国の協力者や武装した人を連れてはいけない』し?」

鳴護「もしそうしちゃうと――例えば、信頼して欲しい人の所へ、武器を持ったまま会いに行ったら警戒するよね?されちゃうよね?」

上条「そりゃまぁ……そうか、そうだけどさ」

上条「最新科学で武装した人を護衛につけてったら、『お前らを信用してない』って言ってるようなもんか」

上条「なるほどなー。理屈に合ってると思う」

上条「でも『黒鴉部隊』は?どう考えてもアンチスキル以上の実戦部隊じゃねぇの?」

柴崎「そこでオービット・ポータル買収の話に戻ります。今の自分達はただの『芸能会社の社員』に過ぎません」

柴崎「アイドルの側にマネージャーが着くのは当然の話。心配性の社長が首を出すのも、まぁ仕方がないと」

柴崎「また『事務所が個人的に依頼した警備会社』が出張ったとして、学園都市が関知している訳ではありませんからね」

上条「……うっわー、汚い。汚いぞ『黒鴉部隊』」

柴崎「流石にそうじゃなかったらアリサさんもOK出しませんって。ねぇ?」

鳴護「え、当麻君がいれば、別にいいかなって」

柴崎「……と、言う訳で護衛は自分達がしますから。任せて下さい」

上条「すいません柴崎さん!今のはちょっと天然なだけで!悪気はないんですよ、悪気はねっ!」

柴崎「約半年、嫌々ながらもマネージャーやってたのに、素人未満の信頼度って……?」

柴崎「ともあれ経緯は以上です。あぁこちらの事情はある程度先方、訪問先には伝えてあるので、現地に着けば心配はいらないでしょう」

上条「って事は着くまでが勝負、か?」

柴崎「警備が厳重になる前に。そう考えるのが妥当です――さて、これからは注意事項について」

柴崎「そうですね、上条さん右手を出して貰えますか?」

上条「握手?」

柴崎「ですね。あなたの能力についても――ふむ」 ギュッ

上条「柴崎さんはどんな能力なんだ?」

鳴護「あたし達と同じ『レベル0』だよ」

上条「だったら確認とかしなくても」

柴崎「サイボーグの定義って知っていますか?」

上条「あぁうん。体とか骨格とかを機械に置き換えた、じゃ?」

柴崎「広義では歯のインプラントやコンタクトレンズもサイボーグに含まれます。ネタではなく大マジで」

上条「そうなのかっ!?俺こないだ骨折った時に、ボルトで固定したんだけど!」

柴崎「定義からすればあなたもサイボーグです。もう少しだけ自分は弄ってますが」

柴崎「ま、こうやって手を繋いでも支障がないみたいですし。打ち消すのは『異能』だけなんでしょうかね?」

上条「へー」

上条(そういや『幻想殺し』って、アンドロイドとかサイボーグとか、どう見てもオーバースペックな奴にも反応しないよな?)

上条(あれは『自然』って扱いなんだろうか?)

柴崎「それでは話を続けます――よっと」 ギリギリギリギリッ!

上条「アタタタタタタっ!?極まってる!腕が極まってるって!」

鳴護「柴崎さんっ!」

柴崎「はーい彼の命が惜しかったら動かないで下さいねー?あ、そのまま、ドアからも離れて下さい」

柴崎「もう少しで自分の仲間達が駆けつけますから」

上条「逃げろ、鳴護!こいつは敵だっ!」

柴崎「おや上条さん、それは誤解というものです」

上条「……テメェ……!」

柴崎「最初から自分は『味方』だなんて言った憶えはありませんから」



――ユーロスター 現在

鳴護「柴崎さん!?そんな、どうして柴崎さんが……!?」

柴崎「柴崎さん?それは一体どなたの事を言っているのでしょうか?」

柴崎「……あぁ成程。この顔の前の持ち主がそんな名前でしたっけ?」

鳴護「――え」

柴崎「それがねぇ、彼。こうやって顔の皮を剥がされながら、必死でね?」

柴崎「最後の力で身分証を呑み込んでしまいまして――中から取り出すのに、少し苦労しましたよ」

鳴護「あなたは、誰――?」

柴崎「『黙示録の獣(ヨハネ666)』の一人、冠持ちと言ってもご存じでないでしょう?」

柴崎「そもそもあなたには関係無いでしょう、鳴護アリサさん」

柴崎「これから夜よりも暗い場所へ行くのですから、他人を心配する余裕はないかと」

柴崎「――さて、少し名残惜しいですが、そろそろ仲間が来る時間ですね」

コンコン

柴崎「どうぞ」

鳴護「!?」

ガラッ

車掌「チケットを拝見しまーす」

鳴護「――っ!?………………はい?」

柴崎「あ、すいません。これどうぞ。上条さんも」

上条「ちょっと待ってこっちのポケットに」

柴崎「無くしたらここで発行して貰いますので、心配しなくて良いですよ?」

上条「それはありがたいけど……あぁ、あったあった。はい」

車掌「拝見しまーす」

鳴護「……えっと?」

車掌「そちらは?」

鳴護「あ、はい。これ」

車掌「確かに。ではよい旅を」 ガララッ

柴崎「――と、言う訳で!……どこまで話しましたっけ?」

柴崎「――この『黄昏きゅんきゅん騎士団(らぶらぶシャットアウラ)』の恐ろしさを!」

鳴護「違いますよね?今のは絶対にお芝居ですよね?」

鳴護「ってか完全に投げやりな組織名になってますし、それあたしのファンクラブにいますよね?」

鳴護「もしかして二人であたしを担いだのっ!?もうっ!」

上条「悪い!……つーか俺は半信半疑だったけどさ」

鳴護「感じ悪いよ!ドッキリだったら前もって言って欲しいなっ!」

上条「いやそれドッキリ成功しねぇだろ。俺も聞いてた訳じゃねぇよ」

上条「腕極められても全然痛くなかったから、もしかしてって」

柴崎「途中から会話に参加してませんでしたもんね」

鳴護「……どう言う事ですか?内容によってはお姉ちゃんに抗議します!」

柴崎「すいませんっしたっ!!!」

上条「なんだかんだで馴れてんじゃんか」

柴崎「男女で揉めたら、取り敢えず男が謝っておけば何とかなります――と、冗談はこのぐらいで、今のアリサさんの点数を発表します」

上条「ドコドコドコドコドコドコドコドコ……」

鳴護「え、点数って何?」

上条「ぱっぱぱーん」

柴崎「――0点です、残念。人質取られて相手の言う事を聞くのは、全てに於てダメです」

柴崎「昨日も言いましたが、SPとして周囲に何人か着いていますから、そちらと合流して下さい」

柴崎「っていうか護衛対象の前で、人質を取られた場合のシミュレーションは何回もしましたよね?」

上条「よくある事なんですか?」

柴崎「割と頻繁に。嫌になるぐらいベタな話です」

鳴護「でもそれじゃ当麻君が酷い目に遭っちゃう!」

上条「アリサ」

柴崎「ご褒美でしょう?」

鳴護「そっか……」

上条「違うよな?真面目な話をしていたよな?」

柴崎「と、リーダーが」

上条「シャァァァァァァァァァァァァァァットアウラ!!!根に持ってるじゃねぇかよ!思いっきりな!」

柴崎「じゃマジ説教になりますけど――アリサさん、上条さん」

柴崎「あなた達の前に、友達なり知り合いなり、通りすがりを人質にしたテロリストが居たとしましょう」

柴崎「さて、どうします?」

上条・鳴護「「助ける」」

柴崎「はい、不正解。ってか冗談でも止めて下さい。それは最悪手です」

上条「いやでも助けるよな?」

柴崎「どうやって?」

鳴護「ナントカして、は正解じゃない。ですよね?」

上条「だってそいつらは巻き込まれただけなんだろ?だったら俺が人質になるのが筋じゃね?」

鳴護「当麻君に同意です」

柴崎「それがダメなんですってば。理由は二つ、いいですか?しっかりと聞いて下さい」

上条「あぁ」

柴崎「まず一つ目。『相手が信用するに値しない』です」

柴崎「『人質を取る』という卑怯な行為をした相手が、約束を守る訳がない」

柴崎「大抵身代金なり、テロリストの釈放なり、役目を果たした後には人質は殺されます」

柴崎「顔を見られたから、アジトを知られたから、またはただ単に用済みになったから。それだけで人質は命を絶たれます」

上条「待ってくれよ!?それじゃ見殺しにしろって言うのか!」

鳴護「中には無事帰ってくる場合もあります、よね?」

柴崎「それはまぁ『無事に帰した方が利益になる』と判断された場合だけです」

柴崎「つまり理由の二つ目にかかる話なんですが、じゃまぁ改めて二つ目」

柴崎「仮に人質が助かったとしましょう。彼らが望んだのが金品なのか、誰かの命なのかはともかく、それを差し出し無事に解放されました」

柴崎「時に二人は、『お前が死ねば人質は助かる』と言われ――」

上条・鳴護「「行く!」」

柴崎「――完全に喰われてありがとうございました。その覚悟だけは立派ですけど、それは『使い所を間違えて』います」

上条「……無駄死にだって?」

柴崎「いえ、とんでもない。勇敢なあなたの命と引き替えに、人質の命は救われた。それはとても尊い事だと思います」

柴崎「そういった意味で『あなたが死ぬ事で誰かの命を救えた』と」

上条「全然そんな事思ってないぞ、って顔してるけどな」

柴崎「まぁでも『あなたが死ぬ事で失われる命』だってあるんですけどね」

上条「え」

柴崎「いやだから、何度も言いますけど『人質を取るなんて人間未満のクズ』ですからね?」

鳴護「だから約束を守らない、でしたっけ」

柴崎「加えて『繰り返す』んですよ。一度の成功体験を延々ね」

柴崎「『あなた』のお陰で成功した人質という手口を。それこそ何度も」

柴崎「『あなた』は誰かを助けられて幸せかも知れません。自己満足は満たされたのでしょうね」

柴崎「しかし『あなた』が応じてしまった事で、テロリストは『これは効果がある』と何度も何度も繰り返す」

柴崎「そして勿論応じられる訳はなく、人質は可能な限り無残に殺されます――『次』の布石としてね」

柴崎「『応じられなければこうなるぞ』という脅しという形で」

上条「でも――」

柴崎「例えばアフガニスタンにイラク等々、付け加えるのであればロシアでも学校をテロリストが占拠した事件がありましたよね?」

柴崎「アレは応じたら負けです。仮に一度は助かったとしても、次々に人々が浚われ続けて要求はエスカレートするから」

柴崎「それだけならばまだしも、類似犯がどこまで増殖するでしょうね」

上条「――だったら」

柴崎「はい?」

上条「だったら黙って見てろ、逃げ出せって言うのかよ!?」

上条「友達を!知り合いを!全然関係無い俺達のケンカに巻き込まれた奴を!」

鳴護「当麻君……」

柴崎「はい、そうです。その通りです」

上条「――っ!」

柴崎「あなた達は、警察権も、逮捕権も無い。ましてや『力』を持っている訳でもない。ただの子供だ」

柴崎「『能力者』には少し厄介な右手を持っているかも知れないが、自分でも1分もあれば両手をヘシ折れる」

柴崎「専門家じゃない素人が調子に乗るんじゃない――と、言葉が過ぎました。すいません」

柴崎「確かにあなたは――あなた『達』は死んで代わりの人間は助かるかも知れない」

柴崎「けれど二度三度、そういった連中は繰り返しますからね?」

柴崎「あなたが勝手に居なくなった世界で、連中は『あなたの犠牲によって学習した』お陰で」

柴崎「次々と犠牲者を量産する訳です」

柴崎「そして生憎世界は厳しい。あなたほどには物わかりも良くなく、そして周囲も止めるでしょう」

柴崎「被害者はそのまま無残に殺される。その責任は誰か?」

柴崎「あなたという成功体験があったから、あの時突っぱねていれば起きなかった」

柴崎「言ってみれば『自己満足で誘拐被害者を増やす』訳ですからね?」

柴崎「……ま、これはおじさんから若人への愚痴ですけどね」

柴崎「もしもあなた達に大切な人が居て、自分の命よりも大事だったとしましょう。それこそ命を捨てられるぐらいだとしても」

柴崎「しかしだからといって安易に命を捨てないて下さい。それは、確実に無駄死にですから」

柴崎「……ねぇ、上条さん。あまり言いたくないんですがね」

上条「はい」

柴崎「調子に乗るな、このアマチュアが」

上条「……っ!」

柴崎「この世界には嫌って言うほどヴィランは居るけど、ヒーローは居ないんだよ」

柴崎「自分は人よりも色々見てきたつもりだが、一度たりとも『正義のヒーロー』なんてものは――」

柴崎「――来もしない相手を待つより、さっさと逃げた方がいい――」

柴崎「――自分は、ずっとそうしてきました」



――ユーロスター 現在

鳴護「……と、すいません。あたしちょっとお花摘みに」

柴崎「どうぞ。ブザーは持ちましたよね?」

鳴護「はい」

柴崎「ではお気をつけて」

プシュー、パタン

上条「……あのさ。柴崎さん?」

柴崎「なんです?あぁ追いかけたいのであればどうぞ」

柴崎「あまりいい趣味ではないですよ?他の隊員が警護していますしリーダーに報告が上がるかも知れません」

上条「そうじゃねぇよ!そんな話してんじゃねぇ!」

柴崎「では何か?」

上条「アリサ、凹んでただろ?何もあんな事言わなくたって、俺達でフォローすりゃ良かったじゃねぇか!?」

柴崎「クイズです、上条さん。護衛任務で最も大切な事とは何でしょうね?」

上条「はぐらかすな!俺が言ってのはそういう話じゃねぇんだよ!」

上条「ただでさえ不安になってるアリサビビらせて!そこまでする必要があったのかって聞いてんだ!」

柴崎「それは『護衛対象に危機感を持って貰う事』です」

上条「それが――!」

柴崎「……これは知り合いの話なんですがね。何年か前、もしかしたらもっと昔にある少女の護衛を請け負います」

柴崎「依頼主からの要望で本人には知らせず、家庭教師として付き添う事になりました」

柴崎「最初は戸惑ったそうですね。小さい頃から荒事に特化し、あまり人の温もりを知らず、馴染めない」

柴崎「始めて触れる人の暖かさ、仮定というものの有り難み……まぁおっかなびっくり慣れていき、どうにかそれっぼく振舞えるようになりました」

柴崎「……何と言いますか、妹、でしょうかね?あまり年の離れていない相手に懐かれ、満更でも無かったそうですよ」

柴崎「将来は音楽関係の仕事に就きたい。そう笑ってピアノの練習をする姿を眺めるのが、彼は大好きだったようです」

柴崎「ですがね、上条さん。ある日、少女は攫われてしまったんですよ」

柴崎「何を考えたのか、彼女はいつもよりも少しだけ違う道を通り」

柴崎「行方が分からなくなってしまいました」

上条「……その子は、その」

柴崎「一日目は電話がかかってきました」

柴崎「要求は……何でしたっけ?そう、あまり……いやまぁ、いいでしょう。どっちにしろ応えられませんでしたし」

柴崎「二日目は何もありませんでした。その代わりに家の前には封筒が置かれていました」

柴崎「『危険物かも知れない』――ご両親の代わりに開けた私が見たものは、切り落とされた彼女の小指、でした」

上条「――っ!?」

柴崎「三日目は薬指、四日目は中指」

柴崎「そして五日後にはこのぐらいの、そうですね、お弁当箱ぐらいの箱が配達されてきました」

柴崎「中には、誰かの名前と知らぬ誕生日が刻まれた真新しい手帳が入っていました」

柴崎「間違いか?と一瞬悩んだ後――それは自分が彼女の前で使っていた偽名と、聞かれて慌てて口走った出た誕生日と同じです」

上条「女の子はあんたへのプレゼントを買いに行った、ってのか……」

柴崎「そんなものを!そんな下らない物を買うために!いつもと違った行動を取ったって言うんですよ!?」

柴崎「あの時、自分が事前に告げていれば!嘘を吐かずに護衛していると予め断っていれば!」

柴崎「あんな、下らない事には……!」

上条「……柴崎さん」

柴崎「……いいですか、上条さん。人間は決して万能ではありません」

柴崎「万全とは『期す』ものであり、『成す』事は出来ない」

柴崎「だから注意する。出来る限り――そして出来なくても危険になりそうな芽は全て潰す」

柴崎「そのためには護衛対象にも一定の危機感を持って貰わないと、無理なんですよ」

上条「理屈は、理解したよ……ごめんなさい、柴崎さん。なんか俺誤解してて」

柴崎「ん?いやいや自分に頭を下げないで下さいよ。失敗談一つに恐縮ですから」

上条「いやでも、必要だってんなら」

柴崎「ま、今のは嘘なんですがね」

上条「そっか……そっ、か……?」

上条「……」

上条「ど、どっから?」

柴崎「『上条さんは攻められるがご褒美だとリーターが話していた』、ぐらいから?」

上条「何分前からだっ!?つーか嘘かよっ!?ギャグで流す程軽ぃ話じゃねぇよな!」

上条「あとシャットアウラさん疑ってごめんなさいよっ!けど責任はこの人にねっ!」

柴崎「……ま、今のはよくある話ですよ。メキシコくんだりじゃありふれた事件です」

上条「あっちってそんなに治安悪ぃの?」

柴崎「気になるならどうぞ調べてみると良いでしょう」

柴崎「一切の誇張無し、ネタ抜きで『あちら側』が大手を振るって猟奇事件を起こしているのは、あの国ぐらいです」

上条(海原の地元、だよな。確か。機会があったら……いや、故郷の悪口は良くないか)

上条(それが事実だったとしても、好奇心から聞くのは無神経だ、と)

上条「あーっと、だな」

柴崎「あぁ知ってます。『そっち』も居るって事は」

上条「シャットアウラから?」

柴崎「言われてみれば、と腑に落ちる所もありますしね」

柴崎「学園都市“外”の研究機関だと考えていましたが、まぁどちらにしろ同じでしょうね」

上条「あんまり心配してないな?」

柴崎「自分の仕事は『守る』主体ですから。交戦せず全力で脱出するのに、科学も『それ以外』もないですし」

柴崎「ともあれそういった訳でアリサさんを宜しくお願いします、上条当麻さん」

柴崎「女の子を守るのは男の子の仕事、ですから」

上条「そりゃ良いけどさ。でもだったらあそこまで強く言う必要が」

上条「今の話をきちんとすりゃ……ってダメか。必要以上に怖がらせちまうし」

柴崎「いいんですよ、これで。自分はアリサさんに嫌な事を言うのがお仕事」

柴崎「でもってあなたは慰めるのがお仕事。適材適所と行きましょう」

上条「つってもなぁ?柴崎さんだってアリサと長いんだろ?『エンデュミオンの奇蹟』から数ヶ月経つけど」

柴崎「マネージャーとしてですが」

上条「アリサはもうあんたを信頼してる感じがするけどな。だから、こう、仲良くやっていったらいい、っていうか」

柴崎「生憎自分は護衛対象を『ビジネス』とか見ていません。契約が終わるまでの関係でしかない」

柴崎「表向き仲の良い演技をする事があっても、それだけですから」

上条「……なんか悲しいけど、そーゆーもんなのか?」

柴崎「でもなければ『黒鴉部隊』なんて入ってませんって」

上条「そか」

柴崎「だからまぁ、別に仲も良くない自分は、護衛対象の個人情報を漏らす事にも躊躇いもないですが」

上条「はい?」

柴崎「自分がアリサさんに着いてから、ワガママを言ったのは“この”一回だけですかね」

上条「“この”?ふーん、具体的にはどんな?」

柴崎「さぁ、どうでしょうか?」



――ユーロスター 個室

鳴護「……」

鳴護「……はぁ」

鳴護(まだ、ちょっと手が震えてる……)

鳴護(格好悪いなぁ、『頑張る!』って決めたばかりなのに)

鳴護「……」

鳴護(柴崎さんのお話、わかる、けど)

鳴護(……アレも、『エンデュミオン』も、うん)

鳴護(当麻君やインデックスちゃんのお陰で、あとお姉ちゃんも入るのかな?逆?)

鳴護(私が居た“せい”で、多くの人達が……)

鳴護(『奇蹟』が起きなかったら、いっぱい、うん)

鳴護「……」

鳴護(……じゃあ、『これ』も同じ事なの?)

鳴護(私が居る“せい”で、また危険に晒される人が居る、出る、かも知れない)

鳴護「……」

鳴護(けど、けどっ!『奇蹟』を起こせば!またっ!)

鳴護(私の歌で『奇蹟』を……!)

鳴護「……」

鳴護「でもそれじゃ、『奇蹟』があれば――」

鳴護「私の『歌』は関係無――」

 こん、こん

鳴護「あ、すいませーんっ!今出まーす!」

鳴護「え、英語?カンペカンペっ、えっと」

鳴護「ぷりーずうぇいとすらいりー?いっとかむずあうと、じゃすとあうとさいど?」

 こん、こん

鳴護「……つ、通じた?」 パタンッ

鳴護「……?」

鳴護「……あれ?誰も、居ない、よね?」

鳴護(気のせいかな?気のせいだよね?うんっ)

鳴護(ちょっと怖い話を聞いたから神経質になっているだけであって、全然全然?そういうんじゃないからっ!)

鳴護(ダメだなー、気分を切り替えないと)

鳴護(あたしは、あたし。そう決めたんだよ!あの日に!)

鳴護「……」

鳴護(……手を洗って……あぁ、なんか酷い顔しているかも)

鳴護(……うん!次はフランスで頑張らなくちゃいけないのに、ダメだぞアリサ!)

鳴護(あたしの歌を楽しみに来てくれる人が居るんだから、しっかりしないと!)

鳴護(私の『奇蹟』じゃなく――)

 キュ、キュッ

鳴護「……?」

鳴護(蛇口ひねっても水が、出ない?あれ?日本と違うのかな?)

鳴護(チップとか必要なの?……あ、お財布柴崎さんに預けたままだった)

鳴護(どうしよっか……あ、お守りの中に少し入ってたような?何かあったら大使館行けるよう――)

 ごぼっ、ごぼごぼごぼごぼごぼごぼっ

鳴護「な、何、これ……?隧道から、濁った――」

鳴護「粘液、が」

鳴護「タール、だっけ?真っ黒で、ドロドロとした」

 くぷっ、ぷぷぷぷぷぷっ

鳴護「葉っぱが浮んで、来て……?え、えぇ?」

鳴護「葉っぱじゃない!赤くて、違う!葉っぱじゃないよ!」

鳴護「人の唇が!タールの中に!泡だっ――」


「――てけり・り――」


――同時刻

男「『ヒトは命の旅の果てに智恵を得て、武器を得て、毒を得る』」

男「『即ち“偉大な旅路(グレートジャーニー)”』」

少年「『現時刻を以て世界へ反旗を翻す』」

少年「『我らは簒奪する。全てを奪いし、忘れた太陽へ弓引くモノなり』」

くぐもった声「『汝ら、空を見上げよ。我らの王は容易く星を射落さん』」

くぐもった声「『“竜尾(ドラゴンテイル)”が弧を描き、歌姫は反逆の烽火を上げる』」

?「『……』」

男「あぁお前は無理すんな。まだ早い」

男「体がなっちゃいねぇんだから、しようとしたって無理だろうよ」

男「張り切んなくても俺がすっから……えっと、メモメモ」

男二「兄さん、もうちょっと空気読もう?そこは別に黙って読んだ方が格好つくよね?」

男二「てかこの痛々しい詩書いたの兄さんだよね?書いた本人がド忘れしてるってどういう事?」

男「あーウルサイウルサイ。いいんだよ、こーゆーのは適当にフカシときゃ」

男「知ってるか?嘘ってのはどんなそれっぽい嘘を吐くよりも、たくさんのホントの中に紛れ込ませた方がすんなり通る」

男「逆も然り。ホントを嘘ばっかりの福袋に入れとけば、スルーされるってシロモンだぁな」

男「んじゃ続き……『――黒き大海原よりルルイエは浮上し、王は再び戴冠せ給う』」

男「『久遠に臥したるもの、死することなく――』」

男「『――怪異なる永劫の内には、死すら終焉を迎えん』」

男「『――我ら“濁音協会(S.L.N.)”の名の下に』、ってか」

男「……ま、そいじゃ行くとすっかね」

男「このクソッタレな世界に、『終焉(おわり)』を」

少年「……」

少年「……おーにさん、こっちらー」

少年「てっのなる、ほうへー……」



――ユーロスター 客室

上条「少し遅いけど、大丈夫かな……?」

柴崎「護衛ポイント減点1。ボディガードは可能な限り護衛対象にストレスを与えない」

上条「気を遣って護衛失敗の方が怖いだろ」

柴崎「紳士ポイント減点10。アリサさんには内緒ですけど、ウチのスタッフが固めていますから」

上条「どっちにしろ減点なのな」

柴崎「紳士であるのと護衛は両立しがたいですから。ベタベタくっついていれば嫌われて当然」

上条「あの映画結構好きだったのに」

柴崎「政府系要人であれば人並み以上の分別は持っていますが、私的なSPはもう最悪ですね」

柴崎「大抵周囲をイエスマンで固めているので、こっちの意見を聞いてくれない」

上条「ヒロインが最初だだこねてたっけか」

柴崎「『彼女と逢うから二時間外してくれないか?』」と言われた事すらありますよ」

上条「すっげーなソイツ!……あぁまぁ男として気持ちは分からないでも……?」

柴崎「ま、結局その恋人に刺されるんですけどね。未遂で終わらせましたが」

上条「泥沼だなぁ……あれ?どうやって防いだの?外してたんだよね、席?」

柴崎「『席を外すとは言ったが、本当に外すとは言ってない』」

上条「……うんまぁ、うんっ!働くって難しいですよねっ!」

上条「つーかさ思ったんだけど、こういうのって同性のSPが着くんじゃないの?」

上条「今の話――は、流石に参考にならないけど、それ以外じゃ同性同士の方がやりやすくはあるよな?」

柴崎「それは、正しくもあり間違ってもいますね」

上条「どっちだよ」

柴崎「アイドルの護衛兼マネージャーとしては、少々強面の方が『諦めて』くれます。相手――というか、仮想敵はファンや同業者ですからね」

柴崎「アリサさんは良くも悪くも目立つので、まぁ色々と」

上条「あんま聞きたくないけど、やっぱそういうのってあんの?」

柴崎「全てお断りしているので何とも。でもどこかのグループの社長さんが、脱法ドラッグを使用しても報道されないなど、『お察し下さい』です」

上条「……うっわー、芸能界怖いわー」

柴崎「覚醒剤からの復帰は当たり前、詐欺も脱税もよくある話。真っ当な親御さんだったら止めるでしょうな」

柴崎「ファンを自称する方だって、やってる事はストーカー紛い方もいます」

柴崎「住所特定から彼氏彼女の有無まで。いやー、アイドルと恋愛するのは大変そうですよねー?」

上条「そこでどうしてニヤニヤしながら俺を見るの?」

柴崎「ともあれ『そういうの』には、堅物そうな年上のマネージャーが睨みを利かせると」

上条「超心配性なお姉ちゃんもいるしなー」

柴崎「オフレコでいいですか?ここは『絶対』盗聴されていませんから」

上条「内容によるけど、はい?」

柴崎「リーダーの溺愛っぷりも、実はあれ寂しさの裏返しだと思うんですよね」

上条「……あぁそっか、シャットアウラも、だったよな」

柴崎「最初は徹底して拒絶していたのも、『身内に対する接し方を知らない』だけなのかも知れませんし」

上条「つー事はあれか?デカすぎる愛情が『エンデュミオン落とし』に繋がったって?」

上条「つーかさつーかさ、俺今一納得行ってなかったんだけど、レディリーは『死にたかった』んだろ?」

柴崎「3年前の『88の奇蹟』が、まさにそうらしいですが。リーダーの敵でもあります」

上条「シャットアウラは妨害するためにアリサを襲った、けどアリサは『奇蹟』――つまり、他の人達を助けるために歌った、と」

柴崎「でしたね」

上条「……シャットアウラ、妨害した意味なくね?」

柴崎「――はい、と言う訳でもう一つの理由、『同性のSPが着いた方が良いのかどうか』についての質問に戻りますが!」

上条「おいテメー話を逸らすな?割と核心的な話してんだよ!」

柴崎「タレントの護衛と要人警護はまた別なんですよ。カテゴリ的に」

上条「……そうなのか?」

柴崎「そうですね、例えば上条さんが誰かを暗殺しようと思いました」

柴崎「ライ麦畑で捕まえる本を読んだり、丸山ワクチンで一発逆転を狙ったり、動機はさておくとして」

柴崎「ちなみに丸山ワクチンは、同じ成分の薬が免疫増加薬として認可されています。陰謀論を言うと笑われますから」

上条「あんまそういう一発逆転には……うんまぁ、アレだけど!結構薄氷渡っては来たけどさ!」

柴崎「大抵『そういう人』は『確固とした信念』を持っていて――」

柴崎「――『あ、護衛の人強そうだから、今日はやめておこっかな?』とはなりません」

柴崎「ていうか、その程度の正気が残っていれば、普通はしませんからね。襲撃自体」

上条「まぁな。確かに言われてみればそうだろうけど」

柴崎「だから要人警護は能力優先で決まり、外見はあまり斟酌されません」

上条「言われてみればイギリスの女王さんに会った時も、厳つい野郎より女――の子、の方が多かった気がする」

柴崎「何故今『子』をつけたんです?」

上条「深い意味は無いけどなっ!別に18歳なら女の子っつってもいいじゃないっ!」

柴崎「上条さんの妙なコネクションに興味はあるんですが、蛇が出て来そうなので突きません。怖いので」

上条「……俺は別に一般人なんだけどね。特別な力を持ってる訳じゃねぇし」

柴崎「それで最初の質問、『アリサの護衛には同性の方がフラグ立てられたんじゃね?』の答えなんですが」

柴崎「一説には百合厨だとの噂がある上条の疑問にお答えしますと」

上条「聞いてないですよね?一っ言も裏の意味はねぇからな?」

柴崎「自分が護衛をするのはフランスまでです。コンサートが終わってからはリーダーとの旅になるでしょうね」

上条「やっぱシャットアウラか。いやでも柴崎さん、一緒に来ればいいんじゃねぇの?」

柴崎「野暮用が少しだけ」

上条「え、いいじゃん。行こうぜ?つーか女の子二人に男一人だとキツい」

柴崎「バトー・ラヴォワールに行きたいんですよ」

上条「どこか分からないけど観光ですよね?」

柴崎「貧しい時代のピカソやモディリアーニが住んでいた安アパートです。日本で言えばトキワ荘ですか」

上条「画家さんと漫画家さんはジャンル違いじゃ?」

柴崎「知り合いがマリー・ローランサンの絵を見たがっていまして」

上条「やっぱ観光じゃねぇか。意外にシャットアウラへの忠誠心低いな!」

コォォォォォォォォォッ……

上条「トンネルへ入った……あれ?耳がツーンってしないな?」

柴崎「今居るのが英仏海峡トンネルですね。ユーロスターは機密性が高いので、そうそう気圧が変わりませんし」

柴崎「先程の駅がアシュフォードなので、次のカレー・フレタンまで約25分」

上条「意外に早いのな?」

柴崎「トンネルか、えぇっと……37.9km。ユーロスターは最大時速300kmなので」 ピッピッ

上条「普通列車とは違うか。りょーかいりょーかい」

柴崎「去年のテロから復旧も早かったですし――って、どうしました?何故遠くを見つめるので?」

上条「……いやぁ世界って狭いよなって」

柴崎「あぁそういえば上条さん、ピコピコに詳しいですか?」

上条「言い方が古すぎる!?今時じーちゃんばーちゃんだって普通に使うだろ!」

柴崎「スマフォのアプリで、常駐設定が難しくて。見て貰えませんかね?」

上条「いや、俺はガラケーだし。あんまアプリも入れてないって言うか」

柴崎「そう言わずに、どうか、ね?見るだけでいいですから」

上条「いいけど。出来れば知ってる人に頼んだ方が良いと思うけどな……?」 スッ

上条(うわこれ最新型っぽい。携帯っつーかハンディパソコンみたいだ)

上条(……いや、逆にPCと同じだったらイケるかも?仕様は共通してんだろうし)

上条(どれどれ、タスクマネージャ開い――ありゃ?メモ帳が開いてる?)

メモ帳『盗聴の可能性があるので、このままケータイを直すフリをして読み進めろ』

柴崎「どうです?分かりそうですか?」

上条「……うん?あぁはい、何とか見れそう、かも」

上条(……喰えない、っていうか。伊達にシャットアウラから信頼されてる訳じゃねぇのな)

上条(会話に出てた『アイドルの護衛としてたまたま選ばれた』、のが柴崎さんじゃなくってだ)

上条(外見が厳ついとか、堅物だとか、そーゆーのは全てフェイク)

上条(『鳴護アリサの実力ある護衛者』として、性別関係無く任命されたのが柴崎さんって事か)

上条(今にして思えば『これはオフレコで』発言も、盗聴してるかも知れない相手に、『油断してますよ』って過信させるため……)

上条(……そか。なんかフランクに話してくると思ったら)

上条(土御門に似てんのな。得体の知れない胡散臭さと、時々覗かせるクレバーさっつーか)

柴崎「良かったー。中々相談しにくくて大変だったんですよね」

メモ帳『トンネルへ入って外部からの光学的な盗撮は出来なくなった。ただし今までの会話を全て盗聴されている可能性は捨てきれない』

メモ帳『従って以下、重要な事を“これ”で伝えるので遵守されたし』

上条「やるだけやってみますけど、出来るかどうかは、はい」

柴崎「結構ですよ、それで」

メモ帳『第一に優先すべきなのは「鳴護アリサの安全」』

メモ帳『安易なヒューマニズムに負けて、命を粗末にしない事――』

メモ帳『――例えそれが鳴護アリサから恨まれる事になっても』

上条(……あぁ、人質云々はこの話に繋げたかったのかよ)

柴崎「どうしました?あー、そのアプリ入れようか迷ったんですけどね」

上条「……いや、正解だと思うけど。あんまりオススメは出来ないっていうか」

柴崎「少しぐらい重くたって後々後悔しない方が、と思いましてね」

メモ帳『基本的に先方車両と後方車両へ「黒鴉」を配置しているため、柴崎に何かあったらどちらか、出来れば先頭へ向かえ』

メモ帳『そして速やかに脱出を計られたし。それが最善手』

上条「……悪いんだけど、ここちょっとおかしくねぇかな?ここなんだけどさ」

上条「どーにも納得行かないんだけどさ」

柴崎「そうでしょうかね?あぁ、もう少し下までスクロールさせないとヘルプは出て来ませんよ」

メモ帳『理由は二つ。彼らの目的は「鳴護アリサ」である』

メモ帳『従って「鳴護アリサが逃走した場合、彼らは追跡へ入る」ので、ここで起きる被害を最小限に留められる』

上条「……」

柴崎「どうですか?」

上条「――んなわけ」

柴崎「はい?」

上条「そんなわけねぇだろうがよ!どこをどう考えたら――」」

柴崎「でしょうか、自分もそれはないと思ったんですが」

柴崎「取り敢えず、見るだけは見て下さい。見るだけでいいですから」

上条「……」

メモ帳『理由二つめ。この世界には「意味があれば人を殺す奴」と「意味が無くても人を殺す奴」の、二つに分けられる』

メモ帳『大抵は前者、しかし決して後者も少なくはない』

メモ帳『恐らく君は「鳴護アリサが逃げた後、野放しになった彼らが腹いせと見せしめを兼ねてするであろう事」を危惧しているんだろうが」

メモ帳『それはきっと「鳴護アリサという理由がなくても連中はする」』

メモ帳『たまたま理由が「鳴護アリサだっただけ」に過ぎない』

メモ帳『もし仮に「居残った人々を助けるため、鳴護アリサや君が残った」としよう』

メモ帳『彼らは嬉々として関係無い人間を次々巻き込むだろう』

メモ帳『そういう「人質」が君達に有効だと知ってしまったならば』

上条「……そういうことかよ……!」

上条(だから俺とアリサへ人質の話なんかしてたのか!……いや、違う、そうじゃない)

上条(『俺に非情な決断をさせるため』、かよ!クソッタレ!)

メモ帳『逆に「人質が通用しない」と証明してしまえば悲劇は起きない』

メモ帳『徒に話を大きくして、他の組織、最悪欧州連合に付け狙われるのは宜しくないからだ』

メモ帳『だから君達は逃げなければならない』

上条「……ちょっと、いいですかね?」

柴崎「はい」

上条「正直、よく分からないっていうか、理解したくないっていうか」

柴崎「分かりませんか?でしたら仕方が無いかも知りませんね」

上条「俺だったら別のアプリ入れますよ、きっと」

上条「最善はないかもしれない。だからって次善を探さないで良い訳ないからな」

上条(最悪、アリサの安全確保を『黒鴉部隊』にやって貰ってだ)

上条(他の護衛の人に任せた後で、残った連中をぶっ飛ばす!そうすりゃ問題はねぇよな)

上条「――そこは、譲りません」

柴崎「まぁ取り敢えずは暫く保留でいいかも知れま――おや、これ何でしょうね?」

上条「えっと……?」

上条(まだ下に……?)

メモ帳『多分君は「鳴護アリサの安全を確保しておいて、自分は残る」という発想へ至っているだろう』

上条(……笑っちまうぐらい読まれてんじゃねぇか、俺)

メモ帳『リーダーからおおよその性格を聞いただけなので、推測に過ぎないが気持ちは理解出来る』

メモ帳『自分も理想論と感情論を天秤にかけた上、同じ行動を取る可能性はある』

上条(あ、なんだ。同じじゃんか)

メモ帳『だが「今回は相手が悪い」んだ』

メモ帳『学園都市の協力機関からの情報だが、彼らは精神汚染と肉体改造のエキスパートらしい』

メモ帳『よって「君が黒鴉部隊だと信じていても、それが本物であるとは限らない」と』

上条(……なに?)

メモ帳『外見は光学的、または視覚的に化ける事が可能であるし』

上条(海原とかそうだな。その可能性は充分か)

メモ帳『肉体が同じでも精神が全く別であるのも可能だそうだ』

メモ帳『だから君が「安全な相手だと思った鳴護アリサを引き渡したら、実は敵だった」も、充分に有り得る』

メモ帳『だからもし、君が柴崎抜きで他の「黒鴉」に接触した場合、まず隊員の名前を聞いて欲しい』

メモ帳『そしてどんな答えであっても「シャットアウラさんに次ぐ能力の、と柴崎が褒めていた」と言え』

メモ帳『その反応を肯定するのであれば敵。決して鳴護アリサの側を離れてはいけない』

メモ帳『しかし同時に君達だけでは危険なので、他の隊員が駆けつけるまでは味方のフリをして敵の指示に従う事』

メモ帳『向こうも無茶な要求はしないだろうから、信用したフリをさせて油断させるように』

上条「一応聞くけど、ここはなんで?」

柴崎「……えっと、ですね」 トントントン

上条(キータッチ超早いな)

メモ帳『隊員は “さん”や名前付けはしない。普段は「リーダー」「サブリーダー」、コードネームで、それ以外の敬称はつけない』

メモ帳『敬称は邪魔だから、公の場所でも無い限り呼んでいる人間は居ない』

上条「……成程。分かった、うんまぁ、全部は納得してないけどな」

上条「ここを、こうすれば……あぁっと、落ち着く所に、落ち着く、よな」

柴崎「別に全部綺禮にしなくても大丈夫ですよ。なんでしたら騙し騙しやってきますから」

上条「……だな。優先順位は分かるけど」

上条(一番はアリサ。向こうさんが狙ってるのもそうだ)

上条(……けど、いざ人質を取られたとして――)

上条(――割り切れねぇよな。自分達だけ逃げろってのは)

柴崎「答えがある問題じゃないですしね。問題があって、解決方法が一つとは限らない」

上条「最善、良かれと思ってやったとしても」

柴崎「問題が発生したとして、原因がOSや他のブログラムとの競合とか複数であったりね」

上条(に、しても怖いおっさんだな。つーか今一頼りないのも演技か)

ガッタン、ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、ギッ……

上条「……地震?」

上条(一度軽く列車全体が揺れ、妙な音が断続的に響く)

上条(確か……おっきな地震があったら、新幹線は止まるんだよな?)

上条(けど急ブレーキでかかるような圧力はないし……なんだろ?)

柴崎「『――はい。今は――えぇ』」

上条(片手を耳に当てて誰かと話している柴崎さん。その相手は見えない人、な訳はないか)

上条(多分通信機なんだろうけど、骨伝道とか下手すれば『内側』に何か仕込んでいるんだろう)

上条「……?」

上条(窓の外は相変わらず真っ暗で、時折光って見えるのはトンネルに設置されている非常灯ぐらい……)

上条(何となく数えたくなってくるよな?一、二、三……)

上条(四、五、六、七八九……)

上条(おかしくねぇかな?なんか、非常灯の間隔が狭くなってるっつーか)

柴崎「『ではそちらは後から――はい、それで宜しくお願いします。では』」 ピッ

柴崎「「えっと、ですね?上条さん、実は」

上条「あーもうなんかトラブルの予感しかしねぇんだけど!」

上条「アレだよな?『良い話と悪い話、どっちから聞きたい?』的な展開になるんだよな?」

上条「分かっちゃったもの!なんかこうそーゆー雰囲気だし!さっきから列車もご機嫌で揺れてますしねっ!」

柴崎「凄く悪い話ととても悪い話、どっちが良いですか?」

上条「どっち選んでも行き詰まりですよねっ!……いやいや、んなボケかましてる訳じゃなくてだ」

柴崎「それじゃ移動しながら話しましょうか。あぁアリサさんの荷物は」

上条「俺が持つよ。手、塞がっちゃうだろ」

柴崎「すいませ――」

『……!』

『――、――!』

『……』

上条(通路側から人の声……?争ってる、っていうよりも)

上条(たくさんの人が、騒いでる、か?)



――ユーロスターS 個室

ガリ、ガリガリガリガリガリガリッ!

 得体の知れない音が――正直想像したくもない鉤爪の音が立てこもっているドアを削る。

 ドリルで穴を開けるのではなく、カッター一で切りつけるのとも違う。
 鉤爪――下手をタダの爪でステンレスの扉を絶え間なく傷つけている。

 実際の所、それはあまりにも途方もない行為であり、同時に意味を成してなどいない。
 隠れた個室の上下は開いており、また適当な膂力さえ持っていればドア一枚を引き剥がした方が早い。

 だがそんな『常識』が通じるのは普通の、それも人間の貌(かたち)をした相手だけだろう。

 伸縮自在の黒い粘液の塊にそんなもものはない。
 ただ押し潰し、磨り潰し、同化する。
 そこに悪意はなく、ましてや善意もない。

 あるとすれば――『欲』だけだ。
 この世界に生命という概念が産み落とされてから、常に存在し続ける『欲』。
 万物を突き動かす衝動。

 殺す・盗む・奪う、などといった甘ったるい欲求では無い。
 ただ、喰う。それだけの行為。

 映画に於いてその黎明期から交わされる議論がある。「自分であればこうする」、
もっと上手く立ち回れる筈だ」、そう多くは言うだろう。
 時としてショッピングモールー籠城したり、サメの出る海から逃げ出したり、極限の基地への赴任を断ったりするかも知れない。
 フィクションを眺める第三者は、えてして物語が境界を超えるであろう事を夢見る。

 だが――しかし。
 こうやって『境界』を乗り越えてきた相手には、呆然と立ち尽くす。またはパニックに陥って泣き叫ぶ。
 現実を現実と受け入れられず、無闇矢鱈にわめき散らすのが精々だろう。

(怖い!怖い!怖い――)

 護衛からは「広くて人の多い所へ逃げろ」と何度も念を押されにも関わらず、こうして個室に逃げ込むしか出来なかったのが証明している。
 それも反射的だったのかも知れない。まだ十代の少女であれば、とっさに体が動いただけで僥倖と呼べるだろう。

 けれど幸運はそう続かない。逃げた先には映画のような窓は無く、あったとしても最大時速300kmを誇る電車の中。悲惨な結末を迎えるだけ。

 だからといって無謀に飛び出せば、それ以上に後悔する事も間違いない。

 完全に『詰んだ』状況。普通であればそのまま発狂する――比喩では無く、常軌を逸して身罷るのか精々。
 残された時間を神に祈るか、自身の運の無さを呪うか、取れる選択肢は少ないだろう。

 それは鳴護アリサでも例外たり得なかった。
 あの『奇蹟』で大勢を救った人間ですらも。

(当麻君!当麻君!当麻君!)

 両手を胸の前で組み、神には祈らず――彼女にとっては――人の身へ一心に祈る。
 何回、何十回、何百回繰り返したのかも、分からないまま……ふと、鳴護は気づいてしまう。

 ドアを掻き毟る醜悪な音が、粘液を撒き散らす恐ろしい音が、もう聞こえなくなっている事に。

(……?)

 長く――永く感じられたのは恐怖に戦いていたせいか?それとも現実に過ぎてしまっていたのか?
 安堵の溜息をこぼす、その一瞬に。

「……アり、さ?」

 自身を呼ぶ声がする。

「当麻君っ!?当麻君なのっ!?」

 祈りが通じた!そう歓喜したのもつかの間であり。

「良かったぁ、来てくれたん――」

「そう、ダ……俺が、カミジョウ。ゴボッ」

 声は丁度人の背丈の中程、腰辺りから響き、

「めい、ゴ……たすけに、キた」

台詞は人によく似た醜悪なものであった。台詞の単語自体は。

 大雨の日に下水から吹き出す雨水に混ざった気泡。
 深い海の中から湧き出る不気味な泡。

 到底人の発音とは似ても似つかない。

「メイゴ、めいご、あ、リサ……ゴボゴボッ」

 絶望するのは、まだ早い。このドアの直ぐ外にいる――ある『何か』は、

「めいご。おい、で?」

「めいごめいご、呼ばれてる、かえろ?」

「たいま、たいま仕事……ゴボゴボゴボッ」

『口々』に、そう囃し立ててきた。
 一つであったモノが、二つ、二つであったモノが、三つ。

 もしくは一つであったモノに、多数の口を生やしていない限りは。

「……なんで、なんであたしなのっ!?」

「私なんか!あたしなんかっ!……どうしてっ!?」

 狂気に追いやられながらも、最後の理性を動員させて鳴護は叫んだ。
 ……いや、ただの現実逃避なのかも知れない。

 常識的に考えて、ここで悪党が口を滑らす必然性は無い。

「ムスメ、たいどう……おらとりお」

「アリ、さ。かみを産む」

「さるんは……ゴボッ、お前をひつヨウとして、る」

「分かんない!分かんないよ!?」

「そんなにあたしの『奇蹟』が欲しいんだったら――」

 ゴボ、ゴボゴボゴボッ。鳴護の台詞を遮るように――実際にそういう意図があったのかは不明だが――泡の音が一層大きくなる。
 腰辺りで響いていたのが、くぅっと伸び。

 もう、扉の上の隙間に届かんばかりに。

「……ゴボッ……キセキ、ひつよう、ない」

「――え?」

 意外とまともな返答が返ってきた。それはただの偶然なのかも知れないが。

「いきもの、いきる、すべて、キセキ」

「おかしなトコ、ろ、ない」

「きせき、みんな……ゴボ、もって、ル」

「……え?それって一体――」

 その問いに答えは無く。
 不気味な水溜まりの、奇妙な水音は扉を越え――。

「――何、やってんだテメェェぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

パキィィィィィン…………。



――ユーロスターS 女子トイレ

上条「アリサっ!?アリサ大丈夫か!?」

鳴護「当麻、君……!?本当に!?ニセモノじゃ無くって!?」

上条「落ち着け、なっ?俺も柴崎さんも来て――どわっ!?」 ガシッ

鳴護「……」

上条「……悪い。怖い思いさせちまった」

鳴護「……ゴメン。強くならなきゃ、って」

上条「それは……無理してまで突っ張る必要はないって」

上条「殴り合わない戦い方だって、ある。アリサはそっちでやってくれれば」

上条「こっちは俺が何とかするから、別の方で気合い入れればいいさ」

鳴護「……あたしは、強くない、よ……」

上条「……アリサ?」

柴崎「――はい、どうも。そこまでです。続きは後で宜しくお願いします」 ズズッ

上条「あ、すいませんっ!?……って、それ」

上条(柴崎さんが両手で引きずっているのは大の男二人。意識がない、か?)

上条(あまり広くない女子トイレの手洗い場に、総勢5人が集まって……まぁ、狭い)

アナウンス『……!――――!――!』

上条(超早口の車内放送が流れ、ザワザワとした気配が広がって――)

上条(――来ない。通路の方を走って行く足音が時々聞こえるだけ、だ)

……ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、ギッ……

上条(妙なギシギシ音は相変わらず。これも意味が分からないよな)

上条(パニックになってもおかしくない内容じゃなかったのか?)

柴崎「『後方車両に火事があったみたいだから、前方車両へ非難しろ』、だそうですね」

上条「マジですかっ!?」

柴崎「アナウンスの内容は、ですけど。現実はまた別です。ちょっと待ってて下さい、今縛っちゃいますから」

上条「……俺達も逃げた方がいいんじゃ……?てか、手際いいですね」

上条(プラスチックのコード束ねバンド?あれの超太い奴で男達の関節を固定し、目隠しをする)

上条(これをするって事は敵だったって事――だけど、一体どうやって倒したんだ?)

上条(俺とアリサが話してたのって10秒ぐらいだってのに)

柴崎「今、他の隊員からも情報が上がっていますが、火事が起きたのではありません」

柴崎「結論から言うと、後方車両が切り離されました」

鳴護「切りっ!?」

上条「連結している所から、ですよね?」

鳴護「……あぁそっか、そうだよね」

柴崎「アリサさん、正解」

鳴護「や、やったねっ……?」

上条「喜んでる場合かっ!?……待て待て!内容が剣呑すぎるだろ!?」

柴崎「落ち着いて下さい。慌てて騒いで取り乱して、事態が解決するのであれば別ですけど」

柴崎「子供を通り越して狂人みたいに、他人から笑われているのも理解出来ないのはよして下さいね」

上条(と、言いつつも柴崎さんは男二人の身体検査をしている……礼状ないんだけどなぁ)

鳴護「逃げなくて、いいんですか?」

柴崎「その前に現状説明を幾つか。後々必要になるでしょうから」

上条(と言ってさっき見たモバイルを取り出す)

柴崎「このユーロスターSは前後に機関車1台ずつ、客車が18台の計20台から構成されています」

【イギリス←→フランス】
■□□□□−□□※□□−□□□□□−□◇◇◇■

■ 機関車
□ 客車
◇ カーゴ

※ 現在位置

上条「カーゴって何だ?荷物車?」

柴崎「も、含みますが、基本的には車やバイクが積んである車両です。正式名称シャトルサービス」

柴崎「フェリーとかでも自家用車やトラックも運ぶじゃないですか?それと同じで」

鳴護「じゃこっちの“−”って記号は何?」

柴崎「連結器ですね。緊急時や災害時には乗客を移動させた上で、後続の車両を切り離せるようになっています」

上条「今、俺達はフランス行きだから、一、二……13両目に居る?」

柴崎「機関車はカウントされないので12両目です――で、今航行しているのは、こんな感じ」

□※□□−□□□□□−□◇◇◇■

上条「少なくなって、る?」

柴崎「後方車両で何人か暴れだし、突然客車と客車の間をぶった斬ったんだそうで」

柴崎「連結器のない所を、こうバッサリと」

上条「人間業じゃ――うん、まぁ良くありますよね?別に珍しくはないですよね、はい」

鳴護「えっと……あ、あははー」

柴崎「お二人がどちらのリーダーを思い出したのかはさておくとして、ユーロスターの乗務員はテロだと判断」

柴崎「火災を理由に乗客の速やかな避難を進めています。賢明な判断ですな」

鳴護「それで私達はどうすればいいんでしょうか?」

上条「てか悠長に話してていいのか、って事なんだけど」

柴崎「さっき上条さんへ『お願い』した通り、先頭車両――シャトルサービスで待機している隊員と合流します」

上条「いやだから、のんびりして場合じゃねぇだろって話なんだが」

柴崎「はい護衛ポイント減点5」

柴崎「パニックになった乗客に挟まれて、すし詰めになった挙げ句、ドサクサで刺されて終りですね」

上条「……う」

柴崎「あちらの強みは一般人と構成員の境が分からない事ですから」

柴崎「現にこっちの二人は陽動狙いだったようで、アリサさんを助けた後に――と、するつもりだったんでしょうが」

柴崎「いい傾向ですね。向こうはアリサさんを無傷かそれに近い状態で欲しており、護衛排除の優先順位を高めています」

鳴護「あのー?それって私が脅かされて、二人が引っ張り出されるって話です、よね?」

柴崎「アリサさんを確保しても、ほぼ密室状態であるユーロスターSから逃走は困難」

柴崎「ならば囮にしてでも、我々を先に始末しようとするのは理に適っています」

上条「それを分かってて襲撃した奴ら瞬殺するアンタも結構怖いんだけどな」

柴崎「人聞きの悪い。殺していませんし」

柴崎「しかもこの二人、雇われたのではなく『あちら』関係なようですよ、ほら」

上条(男達の袖をめくると――)

上条「ウロコ、だよな?」

柴崎「ナイフは勿論、拳銃ぐらいで致命傷は与えられないでしょうね。上条さん、タッチ」

上条「お、おぅ?」 ナデナデ

鳴護「……あたし?なんであたしの髪撫でてるの?」

上条「いやなんとなく?」

柴崎「後でしなさい、後で。てかこっちの二人に決まってるでしょうに」

……

上条「あ、あれ?能力じゃねぇのか?」

……パキィィィィン……

鳴護「無くなった、よね。それとも解除されたのかなぁ?」

柴崎「話に聞いていたよりも遅いのは気になりますが、もう一人も宜しく。意味は無いと思いますけど」

上条「去年のアレと同じで操られていたんじゃ?」

柴崎「こちらさん、身元を証明するものが何もないんですよ。財布、携帯電話、免許証とか」

上条「どう見てもカタギじゃねぇよな」

鳴護「日本だったら、まぁ『バッグの中に忘れてきちゃった』も、あるかもだけど。こっちじゃ流石に、うん」

柴崎「代わりに持ってるのがSIG――オートマチックの拳銃と予備マガジンが幾つか」

柴崎「……ま、取り敢えず縛って捨てておきましょうか」

上条(っていう割に首をキュッてしてるけど……うん、俺は何も見てない見てない)

上条「……俺、銃持ってた方がいいのか?」

柴崎「絶対に止めて下さい。下手に撃ってアリサさんに当たるのがオチです」

柴崎「訓練された人間以外が持つべきではないですし、逆に銃を持っていると優先的に攻撃されますから危険です」

柴崎「どうしても、と言うのであれば落ち着いた後に自分かリーダーが教えますから」

上条「……分かった」

鳴護「あの、さっきから通路の方、人が走ってるんですけど、私達も急がなくていいんですか?」

柴崎「現時点で分かっている事。それは『向こうはユーロトンネルから脱出する方法がない』と」

柴崎「アリサさん一人を攫い、さっさと逃走出来たのに、しなかった」

上条「それどころか俺達の排除優先させた、ってのは」

柴崎「はい、正攻法でしか出られないんでしょうね。イギリス・フランス側のどちらかしか」

柴崎「……ここだけの話、何かトラブルが発生した場合、後方車両の隊員には『切り離せ』と打ち合わせはしていたんですけどね」

鳴護「何でですか?それだと逃げ道を塞いでしまうんじゃ?」

柴崎「後続車両を切り離すのは、『背後から別の車両で急襲する』手段を防ぐためです」

上条「思ったんだけど、反対車線?からちょっかいかけられたら、ヤバいんじゃないのか?」

柴崎「ユーロトンネル、正式名称英仏海峡トンネルは高さ8mぐらいのトンネルが二本、そしてその中間にメンテナンス用のトンネルが掘られています」

柴崎「それぞれのトンネルとの間には、連結用の通路が掛けられてますけどね。巨大な車両が通れる幅はない」

鳴護「……わかりました。それじゃ西部劇の列車強盗みたいに、他の車両が乗り付けてくるのはないんですね?」

柴崎「『真っ当な手段』では前か後ろから、ですね」

柴崎「既に切り離された『黒鴉部隊』には、何者も通すなという命令を与えていますし……ふむ?」

上条「なんか、おかしいよな?」

鳴護「なんか、ってなに?」

上条「連中のやり方がさ。最初、後続を切り離したって聞いた時は、こっちの逃げ場を絶つ、みたいな作戦だと思ったのに」

上条「その割にはアリサ確保にも手間取るし……バタバタしてる?行き当たりばったり?」

柴崎「そもそも、で言えばアリサさんにコッソリ張り付いている筈の他の隊員も居ない」

上条「そういや、そういう話だったよな」

鳴護「あのー?あたしそれ初耳なんですけどー?」

柴崎「すいません嘘でした」

鳴護「いやあの、出来れば事前に言って欲しかったような、はい」

柴崎「防犯ブザー型の発信器持っていったのに、鳴らさないアリサさんもどうかと思いますが」

鳴護「う」

柴崎「過大な安心は慢心に繋がりますからね。自分達とあなたはお友達でも、ましてや仲間でもありません」

柴崎「それがあなた方の安全に繋がるのであれば、これからも伏せるべき情報は伏せますし、嘘も吐きますよ」

鳴護「……はい」

上条「柴崎さん、必要なのと嘘はまた別だと思うけど」

柴崎「とにかく。手練れ達、とまでは言いませんが、少なくとも奇襲程度でどうにかなるような人間達ではな――」

上条「どったの……?」

ゴリゴリ、ゴリパキュゴリゴリゴリゴリッ

鳴護「――っ!」

柴崎「……上条さん?ゆっくりでいいですから、そのままゆっくり振り向いて下さいね?」 ジリジリ

上条「待ってよ!?何で二人とも俺の後ろを見て顔引きつらせてんの!?何?何が居んだよ!?」

柴崎「いやそれは、はい。見た方が早いと。ぶっちゃけさっさと見ないとそのまま溶か――いえなんでもないです」

上条「言っちゃってるよ!?『溶かす』以外に解釈のしようがねぇもの!?」

鳴護「か、かみじょー、後ろ後ろー」

上条「あぁもうアリサさんったら昨今のアイドルっぽくお笑いもイケるクチなんですかねっ!」

上条「ただ俺は個人的にもイメージは大切ですよね的な大切さ――」

?「――テケリ・リ」

上条(圧力に耐えきれず、振り向いた俺が見たものは――)

ゴリゴリパリゴリパキュパキュ

上条(たった今拘束したばかりの男二人を『喰って』いる黒い粘液だっ――)

上条「う――」 キュッ

上条(なんだ……?首が急に絞まった――糸?)

柴崎「(はい、お静かに。それ以上はお口チャックマンでゆっくり、こちらへ)」

鳴護 コクコク

上条(俺の首を柴崎さんが指差して……てか苦しいな) パキィィンッ

柴崎「(おや『暇人殺し』?)」

上条「(字、間違ってる。多分だけど、何か違う)」

鳴護「(このままゆっくり、ゆっくりー)」

パシュー、パタン

上条(ドアが閉まるその瞬間、俺ははっきりと見ないようにしてた『それ』)

上条(黒い粘液の塊が、男二人分にまで大きくなり、ハンバーグをこねるような……いや、止めよう)

上条(同情する気にはならない。けどこれは――!)

柴崎「(……上条さん、もう手遅れですから)」

上条「(分かってるよ!……あぁ、分かってるさ)」

パタン



――ユーロスターS 通路 移動中

柴崎「――さて、ではさっさと車両移動して切り離してしまいましょうか」

上条(そう言いつつ柴崎さんはアタッシュケースから何か――小さめのマシンガン?を取り出す)

上条(誂えたようにピッタリとはまる特注品か?)

柴崎「MP5短機関銃、サブマシンガンと言った方が分かりますかね」

柴崎「命中精度が高く、銃身も短いので振り回しに長けている」

柴崎「ちなみにこのモデルは要人警護用、アタッシュケースとセットになってるK(コッファー)シリーズです」

鳴護「いえ、あの一般人が銃器振り回すのはマズいんじゃ?」

上条「『現役アイドルのマネージャー、車内で乱射!?』的な感じだろ」

柴崎「面倒なので端折りましたが、今の自分の立場は『SP』だと言いましたよね」

柴崎「あれは『Security Police』の略――名義だけ公務員なんですよ」

上条「民間の警備会社が?」

柴崎「最新式の武装は無理だとしても、必要最低限の装備は出来るように学園都市からちょちょっと政府へ掛け合いまして」

上条「いや、必要だけどさ……いやでも、うーん?」

柴崎「……ただまぁ正直言って、気休め程度だと思いますがね、『アレ』相手だと」

上条「『アレ』を放置すんのは抵抗しかねぇんだけ――」

柴崎「では今のウチに避難しましょうか。幸い人も居なくなりましたし」

上条「聞けよ!今大事な話をしてたでしょーが!」

柴崎「『右手』でどうにかならない以上、自分達に出来る事はありませんよ」

柴崎「……最悪の最悪、前方車両も切り離してトンネル内に籠城してもいい、とは考えて居たんですが」

柴崎「『アレ』は無理です。あなたの『右手』ですら殺しきれない以上、手の打ちようがない」

上条「そもそも殺しきれなかったのかよ?手応えはあったんだけど」

鳴護「一回はバラバラになったんだよね」

上条「つーかさ、前から思ってたんだが、連中の『ウロコ』消すには一瞬じゃ無理だったよな?」

鳴護「あ、学園都市でも」

上条「そうそう。あっちは巻き込まれた方で、ハウンド?とかと一緒に何とか捕まえたんだけどさ」

柴崎「……『暗部』の始末屋も動員されていたんですか」

上条「けど今の『アレ』は文字通り『幻想殺し』が徹った――ように、見えた」

上条「何が違う?それとも同じ相手なのに、俺が変わってんのか?」

鳴護「どういう事?」

柴崎「『異能に介入する異能』、または『異能に抵抗力がある異能』ですか」

鳴護「あぁ成程、当麻君の『幻想殺し』は『異能キャンセル』だから」

鳴護「『異能キャンセルをキャンセル出来る能力』って事?」

上条「長いな」

柴崎「それも含めて現段階では何とも」

柴崎「おそらくは『あちら側』なのでしょうが、そっちのエキスパートのご助力も欲しい所です」

上条「つってもそれぞれの教会関係者に頼んでも、手を貸してくれないっぽいか……」

柴崎「どなたか居ませんかね。出来れば知識だけでもあれば」

上条「バードウェイんトコ……あぁ大きすぎるか」

鳴護「おっきい所の方が頼りやすい、よね」

上条「イギリスの魔術結社と、ガチでやりあって数十年の組織だって言えば分かるか?」

鳴護「大きすぎないかな?色々持て余す、って言うか」

柴崎「親善使節で派遣された外交官へ、国際指名手配中のテロリストを混ぜるようなもの、ですね」

鳴護「ていうか当麻君の交友関係って一体……?」

柴崎「あっちもこっちも良い顔して、引っ込みがつかなくなったんですね。分かります」

上条「人聞き悪!あっちみこっちもって!?」

鳴護「あ、良かったー、違うんだよね?」

上条「――そんな事よりも今は大切な話があるだろうっ!?」

鳴護「話の変え方が強引すぎやしないかな?」

柴崎「あー、ほら。落ち込んでるアリサさんを励ます的なアレじゃないでしょうかね、多分」

鳴護「そっかぁ、当麻君……うんっ」

上条「やめてくんない?分かってて追い込むの止めてくれないかな?」

上条「……いやマジ話。『アレ』を放置したまま行くってのは」

柴崎「上条さんと自分の能力だけでは如何とも。銃器でどうにかなる相手とも思えませんし」

鳴護「てか柴崎さん、レベル0だったんじゃ?」

柴崎「レベル2の『(ブリトヴァ)』。ほんの少量の鉱物を操れる能力です」

鳴護「半年以上の付き合いなのに、次々と新事実が出て来ますよねぇ」

柴崎「ダメですよ、アリサさん?いつも『他人を信じてはいけません』と言ってるじゃないですか」

鳴護「ご、ごめんなさい……?あれ、なんであたし怒られてるんだろ?」

上条「『釘を刺している本人も含めて』ってのは、珍しいケースだと思うぜ」

上条「……つーか声出なくなるぐらい、俺の喉を絞めてなかった?あれでほんの少し?」

柴崎「『細く』と『絡む』ぐらいしか能が無いので。黒い泥水相手には相性が悪い」

上条(つーか男二人、さっさとオトしたのもあれなんだろうけどさ)

鳴護「ゾンビ映画でお馴染みの、火炎放射器的な武器があるとかっ?こんな事もあろうかと、的なっ」

柴崎「アタッシュケースに流れ弾が当たって護衛もろとも爆発炎上。歴史に名を残す大失態ですね」

柴崎「繰り返しますが、自分の仕事は『護衛対象をひっつかんでさっさと逃げ出す』でして」

柴崎「それ以外は専門外、荒事は好きじゃないんですよね」

上条「確かに対人戦闘では銃が有効。だけど『アレ』には効果が薄い、か」

柴崎「――仕方が無い。ここは一つ発想を変えましょうか」

上条「ポジティブシンキングでどうにかなる場面を越えてる気がするんだが……」

柴崎「まず上条さんがここに留まります」

上条「おうっ!……おぅ?」

鳴護「お約束だよねぇ、悪い意味で」

柴崎「『アレ』が囮に気を取られている隙に、アリサさんは安全な場所へ」

上条「よしまずアンタの幻想ぶっ殺す所から始めようか?表出ろ、あぁ?」

柴崎「野生動物の前にエサを差し出すのは当然の事では?」

上条「無茶ブリじゃねぇか!?つーか自分でやれよ!?」

柴崎「――分かりました。ではそれでお願いしますね」

上条「緊急事態にボケる意味が分からねぇよ」

柴崎「冗談だったら良かったんですが。『アレ』を」

『――テケリ・リ』

上条(閉めたドアの隙間から黒い粘液が染みだしてくる)

上条(密閉されている筈なのに――?)

柴崎「隙間はゴム素材で密閉されているので、消化したか同化したのか」

柴崎「ドアを開け閉めする知能は無い――『今の所は無い』、みたいですがねぇ」

鳴護「……さっき喋ってたような?」

上条「あの個体は俺がぶっ飛ばしたから、チャラになったとか?」

柴崎「考えるだけ無駄です。とにかくお二人は先頭車両へどうぞ」

上条「……柴崎さんは?」

柴崎「少しだけ時間を稼いだら後を追います」

上条「え、一緒に行けばいいだろ?」

柴崎「そして一緒に自分達を追ってきた『アレ』を、先頭車両まで誘導するんですか?」

鳴護「それは……けどっ!」

柴崎「恐らく向こうは獣未満の知能しか持っていない『筈』ですから、誰か一人残れば一番近い相手を狙い続ける」

柴崎「また同様に、車両を切り離すにしても問題がある。上条さんは分かっていますよね?」

上条「……取り残された人、だよな」

柴崎「と、言う訳で二人は先に避難して下さい。囮も兼ねて逃げ遅れた人の確認もしておきますから」

『テケリ・リ』

柴崎「てかさっさと行って下さい。じゃないと自分も行動出来ません」

上条「……分かった、けど」

鳴護「当麻君?」

柴崎「自分は別に慈善家を気取るつもりはありません」

柴崎「この状況下に於いて、鳴護アリサを守るためには『アレ』の足止め役が居た方が良い。そう判断しただけに過ぎませんので」

上条「言ったけどさ」

柴崎「心配は有り難いんですけど、『さっき』のも忘れないで下さいね」

上条「さっき……あぁ!」

上条(『本当に黒鴉部隊なのかどうか、引っかけで確かめろって言われてたっけ)

柴崎「なら結構。ではまた後で」

鳴護「柴崎さん、その……」

柴崎「ここは自分に任せて先に行って下さい!」

鳴護「死亡フラグですよね、それ?」

柴崎「自分、この仕事が終わったらプロポーズするんです!」

鳴護「難易度上がってませんか?お相手も是非聞き出したい所なんですけど」

上条「てか意外と余裕あるじゃねぇか」

柴崎「いや実際に余裕ですし?黒い水溜まり、少し早く歩けば追って来られない程度の早さですから」

鳴護「あー……納得です。密室だと逃げ道がないんですけどね」

柴崎「と、言う訳で」

鳴護「……当麻君」

上条「すいません、ちょっと行ってきます、俺」

柴崎「えぇ危なくなったら逃げ出しますから」

上条「柴崎さん、その……」

柴崎「大丈夫、上条さん」

上条「だってさ!」

柴崎「――いい加減にしろ、上条当麻」

柴崎「はっきり言って足手まといだ。能力者でもないお前が『アレ』へ対抗出来るのか?」

上条「そりゃ大した事は出来ないかも知れないけどさ!」

上条「だからって見捨てていい理由になんか――」

柴崎「『最善は出来ない、だけど次善を尽くす』、そう言った自分の言葉を思い出せ」

柴崎「『最善』は今この場で『アレ』をどうにかする事。しかし自分達にはどうにもならない」

柴崎「『次善』は少しでも時間稼ぎをする事。好き嫌いじゃなく、しなくてはいけないから、する。それだけの話」

上条「……」

柴崎「今この状況下に於いてお前が出来る事は何だ?」

柴崎「君が守りたい相手は、誰だ?」

柴崎「間違えるな上条当麻、『優先順位』を」

上条「……分かった。行くよ、俺」

柴崎「早く。そろそろ『アレ』が移動し始めている」

『テケリ・リ』

鳴護「えっと」

柴崎「あぁ自分の心配は結構。危険手当も報酬に含まれていますからね」

上条(口調をまた元の今一頼りなさそうなオヤジへ戻し)

柴崎「ただまぁ個人的に一つだけお願い出来るのでしたら――」

柴崎「――リーダーの前で『良くやっていた!』と言ってくれたらな、と」

上条(あまりにも場違いな台詞に、俺とアリサは顔を見合わせて吹きだしてしまった)



――カーゴ3

□□□□−□□□□□−□※◇◇■

※ 現在位置


鳴護「うっわー、結構広いよねぇ」

上条「だな」

上条(カーゴ、正式名称シャトルサービスだっけ?)

上条(列車っていうよりは、貨物車だな。数メートル間を開けてバンやデカいバイクが並んでる)

上条(……その間に後ろから避難してきた人がチラホラと)

上条(学園都市で言えば日中の電車ぐらいかな?座れる席はないけど、ぐらいの混み合い方)

上条(俺が見た限りだと、もっと多かった気がする)

上条(切り離された方の列車に居たのか、それとも――)

上条「……」

上条(考えても仕方が無い。だとしても今出来る事でもなければ、やれる事でもない)

上条(……さて、結構早く『カーゴ』に着いたんだが)

上条(つっても途中の車両で避難し遅れた人を探してたから、言う程早くはなかったけど)

上条(『連中』や『アレ』が居なかったのは幸い。ただし手放しでも喜んでられないか)

上条(もしも『黒鴉部隊』と入れ変わってんだったら、アリサの側を離れられない)

上条(……あっちもこっちも問題だらけだよなぁ)

青年「『――?」』」

鳴護「当麻君っ、とーま君ってば!」

上条「……ん?あぁごめん、って、誰?」

上条(アリサが話しかけられているのは……男。柴崎さんよりは若い)

上条(着崩しているのか、避難のゴタゴタでよれたのか。だらしない格好のラテン系、か?)

青年「『――, ――?』」

上条(そして話しかけてくる言葉は英語じゃない。てか『黒鴉部隊』の人じゃないっぽい)

上条「よし、鳴護。俺に任せろ」

鳴護「お勉強は私と同じぐらいの当麻君に、自信満々で言われるとちょっと不安になるんだけどな……」

上条「こう見えても英語が得意な友だちに、『カミやんはこう言っとけばいいにゃー』と授った台詞がある!」

鳴護「フラグだよね?てかその語尾の『にゃー』が不安になるっていうか」

上条「大丈夫だよ、アリサ。俺は土御門を信じてる!」

鳴護「う、うん?」

上条「I've been seeing her with a view to marriage!」

青年「『彼女とは結婚を前提に付き合っています』?お、おめでとう?」

鳴護「やだ……当麻君」

上条「やっぱり違ってたかコノヤロー!?何となく『マリッジ』って入ってたから、おかしいなーとは思ってたんだけど!」

鳴護「もっと先に前に気づいてもいいと思うんだよ、うん」

青年「てかお前の友だち、一体どんな場面でそれが有効だと思ったんだ。ナンパされてる子を助けるぐらいの応用しか効かねぇだろ」

上条「ですよねー――て、日本語?」

青年「イタリアンの方がいいんだったらそっちに変えるけど」

上条「あぁいや大丈夫。続けてくれ」

青年「もしくは相手の親御さんへ『娘さんを下さい!』って言う時ぐらい?」

鳴護「憧れるよねぇ、そーゆーの」

上条「そっちじゃねぇよ。土御門のウソ英会話は置いておこう?鳴護さんも『だよねぇ』みたいな顔しないのっ」

青年「あー悪い悪い。そうじゃなくって、ちょっと聞きたくってさ。こっちに来るまで俺の知り合い見なかった?」

上条「知り合い……?」

青年「あいつらもどっかに避難してるんだろうが、前のカーゴにはいなくってさ」

上条「いや……どうだろう。俺達が一番最後だったみたいだし」

上条(ここへ来る途中、逃げ遅れた人を探してはみたけど、居なかったんだよな)

青年「……そか。悪かったな、手間取らせて」

鳴護「えと、後ろの車両?にも大丈夫な人が居るみたいだし、きっとそっちに!」

青年「だと良いんだけどな。どーにも手間ばっか取らせやがって」

青年「つーかさ火事、なんだよな?」

上条「そうらしいな」

青年「それにしちゃおかしくね?普通は客避難させるために乗務員が避難誘導したり、消火活動してるって訳でもない」

青年「なーんか嘘臭いんだよなぁ、これ。そう思わないか?な?」

上条(普通はそう考えるだろう。事情を知ってなければ俺もこの人に同意してたんだろうけど)

上条(少し前だったら面白半分で「じゃ見に行こうか?」とか言ってたかも。けど)

上条「――いや、火事はあったみたいだな」

青年「そうなのか?」

上条「あぁだから後続車両を切り離したって聞いたよ。詳しくは分からないけど」

青年「そかそか。だったらちょっと安心だな」

上条「てか集団の中から一人外れたって事は、あんたの方が迷子になってるパターンじゃねぇの?」

青年「ヒデぇな!うすうす気づいてたんだけど、敢えて知らないフリしてたってのに!」

鳴護「向こうも探してくれてるだろうし、待ってた方が良いと思うよ、うんっ」

上条「あー……ラグランジュポイントは遠かったよなー」

鳴護「成層圏突き抜けてたよねっ!」

青年「なにソレ超格好良い!?」

上条(これ以上犠牲者を出さないためにも、俺達ははぐらかすしかなかった)



――ユーロスターS カーゴ3

男「鳴護アリサさんと上条当麻君ですよね」

青年「違うぜ?」

上条「アンタじゃねぇよ。つーか勝手に答えんな」

上条(さっきの人と何か意気投合していたら、別の人達――男女の二人組が話しかけてきた)

上条「ああっと、その」

女「柴崎から話は聞いています。こちらへ」

青年「え、誰?」

上条「だからアンタは関係ないだろ、つーか首突っ込んで来んな」

青年「何言ってんだよカミやん。俺も混ぜろって」

上条「勝手に愛称呼ぶんじゃねぇよ!?つーか馴れ馴れしいなガイジン!」

青年「え、何々?込み入った話?俺も一緒じゃ駄目?」

上条「後で相手したげるから!こっちも大事な話してんだよ!」

鳴護「ご、ごめんね?」

青年「んー、後で遊んでくれるんだったら、まぁいいけど」

男「……二人とも、どうぞこちらへ」

上条(よく分からない外人さんに絡まれつつも、二人は近くに止めてあった黒いバンまで誘導される)

上条(ぱっと見、地味な感じ。けどまぁ、防弾ガラスとかで魔改造してあんだろう)

女「では現状確認へ移ります。質問があれば――」

上条「その前に確認させて欲しい」

女「――その都度どうぞ、と言うつもりでしたが。では、何か?」

上条「あんた達は、その」

男「『黒鴉部隊』のクロウ9、そっちがクロウ8です」

女「悠長に挨拶するのも時間が惜しいんですが」

鳴護「……そんなに酷いんですか……?」

女「いえ、酷い酷くないと言うよりも、『よく分からない』というのが正しいでしょうか」

上条「柴崎さんも同じような事言ってた」

男「『アレ』という不可解な、敵味方問わずに捕食する生物兵器としても全く取り柄のない欠陥品」

男「統制の取れていない敵、目的不明のまま切り離された後続車両」

上条「全部混乱させるため、とか?攪乱させるため、陽動目的とかあるだろ」

女「ここまで出来る戦力を揃えていたら、ハナっから全力でぶつけています」

女「小出しにすれば適宜撃破される可能性があり、仮面ライダ○に悪の組織が負けるのと同じ構図ですよ」

鳴護「わかりやすいけど、その例えもどうだろう。うんっ」

上条「何をしたいのかが分からない。目的があるかどうかも不明、と。あー面倒臭い」

男「しかし向こうは鳴護さんを指名しているのですから、こちら側は守る他に取れる手段はありません」

男「お二人は車の中へ。そちらで待機していて下さい」

上条「ちょっと待って欲しいんだ」

女「何か?」

上条「あぁいやいや、大した話じゃなくってさ」

上条「クロウ9、だっけ?前にどっかで会ったような?」

鳴護「……あのー、上条さん?そうやってナチュラルにフラグを立てるの良くないと思いますっ!」

上条「違ぇよ!?てか俺が今話しかけてんのは男の人だって!」

女「まぁリーダーが安心出来るし、コイツでいいならどうぞどうぞ」

男「待ってくれ!せめてコイツで何とかならないかな?」

上条「意外と結束力低いな!」

鳴護「お姉ちゃんへの忠誠心は凄いんだけどねぇ、うん」

男「……冗談は良いとして、急に何を?私と上条君は面識はないと思います」

上条「そうだっけか?どっかで聞いたような……あぁそうだ!思い出した思い出した!」

上条「柴崎さんが誉めてたんだよ――『シャットアウラに次ぐ能力の』ってな」

上条(――と、カマをかけてみたんだが)

上条(これを肯定するようであれば、偽物。外面から違うのか、中身ごと変わってるのかは分からないけど)

男「柴崎が、ですか?」

上条(男は女と顔を見合わせた後、少し言い淀んでから)

男「そう、ですね。それは多分私の事でしょう」



――ユーロスターS カーゴ1

上条「へー、そうなんだ?」

男「少し照れますが」

鳴護「当麻君たち、そんなお話ししてたんだー?」

上条「ちょっとだけな。護衛の方じゃ、って話だけど」

上条(『能力優先』で選ばれた”らしい”柴崎さん。シャットアウラの性格上、それ以上のヒトを遊ばせたりはしないだろう)

上条(俺のデタラメにどう答えるのか……少し怖い)

男「いえ、私はまだまだ不調法ですから」

上条(……あぁ『アタリ』なのな)

男「そこら辺の話も、詳しくは車の中で聞きますから。どうぞ?」

上条(さっきからバンの中へ誘導しているのも怪しい――けど、逆の立場だったら遮蔽物のある場所へ護衛対象を連れて行きたいのも分かる)

上条(あと、こっちの男の人は『アタリ』だとしても、もう一人も『アタリ』だとは限らない――って面倒臭いな!)

上条(とにかくトンネルを抜ければシャットアウラ達、別働隊と合流出来るだろう)

上条(それまではアリサの側を離れられない)

上条「あぁいや俺達は柴崎さんが来るのも待ちたいし、このまま――」

青年「――つーかさつーかさ、俺思うんだけどさ、ガキの情操教育ってあんじゃん?」

上条(車の外で待ちたい、と続けようとしたのを遮られる。さっきの人、だよな……?)

青年「例えばテメェのトコのガキの躾にしたって、いつ頃『死』って概念教えるか迷うんだろーなー?あ、俺は子持ちじゃねぇけど」

青年「でもそれが『いつか必ず知る必要がある』ってんなら、親はガキに教えてやる必要があるって思うんだけど」

女「……誰ですか?」

青年「アルフレド――アルって呼んでくれ。な、カミやん?」

男「お知り合いですか?」

上条「少し話しただけだよ。知り合いを探してんだって」

アル(青年)「親が知らせないのもまぁ?自由だと思うがね」

アル「だけどそれで子供が幸せになるか、つったら別の話だわな」

アル「俺には『不幸の先延ばし』にしているだけにしか思えねぇんだけどよ」

上条(流暢な日本語で、しかし脈絡もなく話を展開するアルフレド)

上条(何がしたい?何が目的だ?)

アル「――で、さっきの話へ戻るんだけど。カミやんは『後続車両を切り離した』っつったよな?」

上条「それが、なんだよ」

アル「『一回もアナウンスされてない状況』なのに、どーやって分かったのかなー?って思ってさ」

上条「そりゃ、俺が後ろの車両に乗っていたから、それで」

アル「だとしたら『不自然』じゃねーの?」

上条「どこがだよ」

アル「後ろの車両に居た、しかも『切り離した』のを知ってる――のに、だ」

アル「火事があった『らしい』のはちょっとおかしくね?なぁ?」

男「すまないが、余計な詮索は――」

アル「いやだから!それが良くねぇだろっつってんだよ!」

アル「カミやんを甘やかすのは止めて、そのシバザキってのに『騙された』って教えてやろうぜ?」

上条「……何?」

女「……すまないが、それ以上は」

アル「黙れって?んー、まぁいいけどさ。カミやんは聞きたいって顔してるが?」

アル「なぁ、どーすんの?別に俺は黙っててもいいんだけどさ」

アル「んな信頼もクソもねぇ状況で『護衛』が成り立つって――あぁそうかそうか!」

アル「そうだよな、シバザキは『わざわざカミやんに護衛が疑われる状況を作った』んだっけか?」

アル「だったら今の状況、『お前達が敵か味方か曖昧しておいた方が都合が良い』よな」

上条「おい!どういう意味だよ!?」

アル「いやぁ別に俺もよく知らねぇんだけどさ。つーかカミやんに詳しい話聞こうと思ったら、取り込み中だったって事だけど」

アル「そっちの子がお偉いさんのお嬢ちゃんで、カミやんが友だち、でもってそっちがSSかボディガードなんだろ?」

アル「そいつらがカミやんの『引っかけ』、つまり『仲間の名前を聞いたり、スキルを教わってたってブラフ』を仕掛けたんだわな」

上条(正解。けどそれのどこがおかしい?)

アル「……でもなぁカミやん、よくよく考えてみ?」

アル「『誰が聞いているかも分からない状況で、仲間の名前やスキルをペラペラ喋るバカ』が居るってのか?」

上条「……あ」

アル「そりゃシバザキがプロ意識に欠けたり、無能だってなら分かるけど、話を聞くにそういう感じでもねぇな」

アル「だっつーのになんでソイツは『通用しないブラフ』をカミやんにさせたのか?」

アル「そして護衛二人は『通用したフリ』をしたのか?」

アル「その答えはカミやんが持ってる筈だぜ」

上条「俺が?」

アル「シバザキは『もしもブラフが肯定されたら、こーしろ』って言ってなかったか?」

アル「シバザキとそいつらはカミやんに、それをさせたくって下手な芝居をアドリブで打ったんだよ」

上条「もしも相手が肯定するようであれば――」

上条「――それは『ニセモノ』だから鳴護アリサの側を離れるな……?」

アル「成程成程。嫌な野郎だよなぁ」

上条「なんだって?」

アル「つまりアレだぜ、そいつぁカミやんに護衛二人を疑わせたんだよ。勿論わざとだ」

上条「何のために?護衛対象が護衛を信じられなかったら、逆に動きにくくなるだろ」

アル「だから『この場』ではって事なんじゃねーの?」

アル「少なくともそう言っときゃ『カミやんはその子の側を離れられない』から」

アル「結果として『安全地帯』に留まるしかなくなるわな」

上条「て、事は――」

上条「俺が柴崎さんの所に行かせないようにしたって言うのかよ……!?」

アル「ま、ぶっちゃければ足をくじいた親が『後から合流するから先に行って、この子の面倒を見ろ』と同じだろうさ」

アル「それをちっと複雑にした感じで、素人はまず引っかかるが、プロには絶対に看過される程度のブラフを用意してだ」

アル「そいつらもブラフの真意に気づいて一芝居打ったんだろうさ。プロとしちゃ当たり前すぎてバレバレだったんだろうなー」

上条「……あぁクソ!あんの嘘吐きが!」

上条「散々人にああしろこうしろ言っときながら、テメェは好き勝手やりやがったのか!?」

鳴護「……当麻君」

上条「分かってる!」

男「――待ちなさい!どこへ行くつもりだ!」

上条「決まってる。そりゃな」

女「柴崎はあなたを危険から遠ざけるためにしたのよ!それを分かってて!どうして意志を汲み取らないの!?」

男「……それはダメだよ!子供のする事だ!」

上条「いや、そんなに難しい事じゃねぇだろ。何一つ、どれ一つ」

上条「自分を犠牲に誰かを助けようとしてって奴を、助けられないんだったら――」

上条「――俺は『ガキ』でいい!大人なんてクソッタレだ!」

男「……仕方が無い。おい」

女「えぇ――」

鳴護「待って下さい!」

男「イタタタタっ!?噛みつ――」

女「アリサさんまで何を!」

鳴護「ほーまふん、いっへ!」

鳴護「はたひのかわりにっ!しわさきさんをっ!」

上条「りょーかい!」

女「ちっ!」

アル「待て待て、ここは俺が引き受けた」

アル「決心した男止めるなんざ、ダセェ真似してんじゃねーよ」

女「退きなさい。ゲカをしてもこちらは関知しませんよ?」

アル「おっといいのか?まっさか丸腰の相手に発砲する程、クレイジーじゃねぇんだよな、アンタら?」

アル「どーみても非公式かそれに近い状態で、SSが素人相手にドンパチやって目立つのは得策じゃねーしな」

女「部外者が口を挟むな!」

上条「悪い!」

アル「気にすんなって。実はこーゆーの一回やってみたかっただけだから」

上条「アリサ、ちっと行ってくる!」

上条「散々人に説教くれやがった、大人って『幻想』――」

上条「――ちょっとぶち殺してくるわ」



――ユーロスターS カーゴ3

男「……行きましたね。あ、鳴護さん離して下さい」

鳴護「ほんほひ?ほわなひ?」

男「追いません。つか痛覚切ってありますから、痛くもありませんでした」

女「あなたも退いて下さって結構です」

アル「……あるぇ?意外と淡泊、つーかこの後腹いせにボコられるってガクブルだったんだけどよ」

鳴護「あたしが言うのも何なんだけど、追いかければ直ぐに追いつくんじゃないかな?」

鳴護「――あ!それとも今の”も”引っかけだった、みたいな感じですか?」

男「あー、いやいや。今のは本気、っていうか本音って言いますか」

女「じゃ、ないですけどね。鳴護さんと素人一人、体術だけで瞬殺出来ます」

アル「だよなぁ、実力行使するんだったらもっと早くカマせた筈だよな」

鳴護「えっとそれじゃ、どうして当麻君を行かせたんです、か」

鳴護「もしかして――?」

女「リーダーからの命令、原文ママでどうぞ」

男「『バカな方はバカだからバカな行動をするかも知れない。その時は殴ってでも止めろ!なんだったら撃ってもいい!』」

鳴護「うわぁ……」

男「『ただし!本当に奴が行きたいのであれば、好きにさせておけ。どうせ何をしても止められる訳がない!』」

鳴護「お姉ちゃん……天の邪鬼なんだから」

男「いや、リーダーは上条さん、最初から高評価でしたよ」

男「でもないとウチのサブリーダーと一緒に、あなたの護衛へ収まる訳がない」

男「単純に実力が無ければ幾らあなたの希望でも、聞き入れなかったでしょうから」

鳴護「……そっか。お姉ちゃんも」

アル「良い事言うなぁアンタのねーちゃん。俺も弟じゃなくって、そんなねーちゃん欲しかったぜ」

アル「つーかさ、ガキが悪いんじゃねぇし、ガキだから悪いっつーつもりもねぇけど」

アル「テメェが気に入らねぇからって、ジジイのチャリンコみてーにキーキー叫き散らしたって、一体何が変わるって言うんだよ?」

アル「ダタこねてワンワン泣きじゃくったって、誰からもシカトされて終りだろーが」

アル「それでセカイが変わるか?テメェが偉くなるか?キチガ×扱いされるだけじゃねぇか」

アル「結局人間ってのは、結果と経過に対してのみ評価されるもんであってだ」

アル「テメェが世界を変えたいんだったら、テメェが変えるしかねぇんだよ」

アル「それが『ガキ』がとうがは関係ねぇ。つーか『格好良い』なんて一々気にしてテメェに縛りつけてる方が『ガキ』だ」

アル「何もしねぇで批判ばっかしてる『卑怯者』が、誰かに評価される日は永遠に来ない」

アル「カミやんみてーに突っ走っちまえ。そうすりゃ良くも悪くも結果はついてくる」

アル「――それが望んだものかどうかは別にして、だが」

鳴護「はい?」

アル「突っ走って、死に物狂いでやらかした結果、評価されたとしても、だ」

アル「その『期待』が重すぎるって話もあるんじゃねーのか」

アル「もしくはテメーの期待とは全然別の評価が一人歩きしたり、とかな」

鳴護「……あ」

鳴護(あたしの――『奇蹟』)

女「……ともあれ、これで信じて頂けたでしょうし。鳴護さんは車の中で待機して貰えませんか」

鳴護「ここで待ってちゃダメ、ですか?」

アル「護衛さんはアンタらのワガママ聞いたんだから、次スジ通すのはどっちだって話だよな」

アル「つかカミやんは少なくともそっちの偉い人から信用されてて、アンタはされてない」

アル「つまり『持ってない』って訳だよ。だからプロに任せて、自分に出来る事をすりゃいい」

鳴護「私に出来る事、ですか?」

アル「戦争はケンカの強い奴に任せればいい。テストは勉強の出来る奴に頼めばいい」

アル「ジャンル違いにアレコレ口出しすんな。何にでも首突っ込める奴は……まぁ、居ない事は無いけど、フツーはそうじゃねぇだろ」

鳴護「そう、ですね」

男「えっと、それであなたは?この件はどうか内密に」

アル「自慢してぇんだけど、その連中が見つからねぇんだよ。もっかいカーゴ探して来るわ」

アル「まったく、どこで何やってんだろーな」

鳴護「多分、向こうも同じ事考えてると思います……」

アル「そいじゃまた、後で」

鳴護「えっと……ありがとうございました?」

女「礼を言うのも何か違う気がしますが」

男「調べましょうか?」

女「いや、無駄でしょう」

男「……ま、本名で堂々とチケット取ってる訳がありませんしね。あれだけ怪しい人が」

鳴護「怪しい?いい人じゃないかな?」

男女「「……」」

鳴護「え、何?だって当麻君を助けてくれました、よね?」

女「……あぁ確かに。これはリーダーが過保護になって当然、と言うか」

男「むしろそうしないと精神衛生上宜しくないですよね……」

鳴護「ヒドい事言われている気がするよねっ!?」



――ユーロスターS 10両目 一般座席

「――シッ」

 ヒュゥ、と空中に光が舞い、限界まで伸び上がろうとしていた『アレ』を千々に裂く。

 『剃刀(ブリトヴバァ)』、ほんの少量の鉱物を扱える”程度”の能力だと言ったが、それだけではない。
 扱える物質、柴崎の場合は銀だけであったが、それを極限にまで細く、肉眼では不可視なまでに薄くすれば充分な凶器となる。
 時として意図せず紙で手を切るように、『薄い』だけで充分に肌を裂く威力を持つ。

 それが分子単位で縒り上げた糸を鞭の要領で振り抜けば、指や腕程度は軽く落とせる。
 SFでは単分子繊維鞭(モノフィラメントウィップ)と呼ばれ、また能力の一環であるから貨幣一枚あれば、容易に持ち運び出来る武器となる。

 また柴崎自身、『黒鴉部隊』として銃器や格闘、それ以外の車両戦闘にも長けているため、下手な戦闘特化の能力者よりも強い――そう、自負していたつもりではあった。

「……キリがない」

 人の弱点はどこか、と問われれば心臓だと答える者は多い。次に目、内臓、手首……色々と上げられるだろうが、どれも正しく、間違っていると柴崎は考える。
 人は大抵どの部位であっても痛みを感じ、切り裂けば血が流れ、打たれれば硬直するからだ。
 対人戦、特に対能力者では少し手傷を負わせれば、集中が乱れて能力のコントロールが失う事もしばしばある。

 従って不可視に近い糸と各種現代兵器を用いた戦闘スタイルは、多くの場面で有効だった。自身の能力を過信せずに、そう思う。
 実際の所、元々外様だった柴崎がサブリーダーとしての地位にあるのも、実力に裏打ちされた所が大きい。実力・成果主義を地で行くリーダーの性格もあるだろうが。

 とにかく柴崎信永は決して弱者ではない。なかった。

 しかし。

『テ……ケリ・リ』

 相性が悪すぎる。相手は粘液、アメーバのような『アレ』を切ろうが、直ぐに繋がってしまう。なまじ切断面が鋭い分、傷口は再生しやすい。
 銃器も数発撃って諦めた。黒いドロドロの中はぼんやりと透けていて、中には意味不明の器官がデタラメに発光しているだけで、意味があるとは思えなかった。

 こうなると膠着状態に陥る――にも、また違う。

 相手は『液体』であり、その体を押しつけ『消化』しようと擦り寄ってくる。
 本来はアメーバなどの原生生物の補食行動であり、そのサイズから人類の脅威になるとは有り得ない。病原体の一部としては別にしてもだ。

 しかしここまで大きければ避けるのは困難。また飛び散った粘液も強酸か、消化酵素であるらしく、飛沫が付着しただけで溶け始める。
 体に強化ステンレスを埋め込み、対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)の直撃を受けても、死なない”かも”知れない柴崎にとって、徐々に消化される攻撃方法は防げない。

 直撃を避けられてもジワリジワリと飛沫で溶かされる。こちらに打てる手段はない。
 全てに於て『未知』の相手との相性が悪すぎる。

(とは、いえ)

 救いがあるとすれば、『アレ』の知能が著しく低い事か。現在分かっているルールは、

1.目の前に『エサ』がある場合、それを優先して捕食する
2.無い場合は何らかの方法で索敵、一番近い有機物を探し出す
3.索敵方法は不明。感覚器は見当たらない

ぐらい。食堂車で何かを溶かしていた『アレ』はこちらへ見向きもしなかった。

(セオリーでは『火』なんでしょうが、ふむ?)

 生物にとっての天敵は『火』だ。
 動物であっても恐れるし、恐れないのであれば抵抗されずに焼ける。『アレ』にそんな知能があるかは知らないが。
 鳴護の意見は一蹴したが、火炎放射器が装備にあったら躊躇いなく使っていただろう。無い物ねだりをしても仕方が無いのだが。

(と、すれば現地調達、でしょうか……?いや)

 小さい火であれば起こせるかも知れない。

 そこら辺に散らばった小物――『アレ』が消化出来ず、食い残した無機物の中には金属製のオイルライターらしきものが混ざっている。
 また食堂車へ戻れば、例えばオール電化であってもそれなり――電子レンジの破壊を前提として――火種を手に入れるのは容易ではある。

 だが、ユーロスターSには当然最新式であり、突発的な災害についてのセーフティが多くかけられている。
 地震が発生すれば20秒以内に自動減速して停まり、不意の事故へも対応が成されている。
 また車内での火災にも適宜鎮火剤を含んだ水が撒かれ、大きな火災になる事はない。

 つまり。

(……詰んでますね、これ)

 二人分の人間を消化し、比例して体積が大きくなっている『アレ』。圧倒出来るだけの火を用意するのは不可能に近い。
 火災警報器を切ればまだ望みはあるが、車内で爆発的な炎を起こしたら、そのまま列車火災へ繋がるのが目に見えている。

 フィクションの世界だとすれば。半裸の中年刑事がデタラメに配線を切っていけば、都合良く止まるだろう。
 が、現実にそんな事をすれば停まるのが列車の方だ。エラーが起きれば『安全に停止する』と最初から組み込まれており、それが実行されるだけ。

 高速輸送システムに於いて、『停まる』と言う課題は最も重要視されるべき事柄だ。
 ただし、今回は逃げ道を断たれて『アレ』に美味しく捕食されるのか精々だろうが。

 ボディガードもまた同様に。
 よく分からない『アレ』は、何とか出来る範疇を優に超えている。

(……次からは『トンネル内で得体の知れない何かに襲われた場合』も、想定しておくべきでしょうかね、っと)

 キキキキキキィンッ!

 突きだした指先の一本一本から、超極細のワイヤーが絶えず『アレ』を切り刻む。
 しかし粘液の塊には通じず。細切れにした所で直ぐまた――。

『ギギギギギギギギギギギキ……ッ!?』

「……おや?」

 ――再生するだろう、と半ば自棄になって放った一撃が思いの外効果があった、のだろうか?

『ギ……ゴボ、ゴボゴボゴボゴボ……」』

 『アレ』は表面張力を失い、酷く臭う血とも体液とも分からぬ知るに撒き散らしながら、少しずつ小さくなっていく。
 針で穴を開けられた水風船が地面に落ちたように、転がれば転がる度に縮んでいった。

(何が効いた?たまたま急所に当たったのか?これだけ刻んでいたのに?)

 徐々に黒い染みとなって消えていく『アレ』に警戒を怠らず、柴崎は考える。

(攻撃方法は変えていない。パターンも同じ。威力はむしろ疲労と緊張で若干弱まっている)

 先程の上条当麻の『右手』――は実際に自身の能力が掻き消されるのを体験した。
 また鳴護アリサを助けに入った時も、『アレ』を染み一つ残さず消えていった。

 何か共通項があるのか?それとも偶然が重なっただけなのか?

(分からない。情報も分析する時間も少なすぎる)

 尤も、トイレでは一端と消えたと思った『アレ』が、また直ぐに天井から落ちてきたものだが――。

『――テケリ・リ』

 背後から気配もなく声がした――そう判断する前に体は前へ転がっていた。

「……同じ、なのか……?」

 そこには今し方倒した『アレ』より小ぶり、子供程の大きさの『アレ』が居た。
 しかし体積に比例するであろう危険度はより低い。

(……やれやれ。リーダー待ちは変わらず、ですか)

 再びルーチンワーク――対処を間違えれば即死だが――へ、戻ろう――と。

『テケリ・リ』

 第二の声は右側の荷物棚の上から。

『テケリ・リ』

 第三の声は左側の座席の下から。

『テケリ・リ』

 第四の声は背後から。

『テケリ・リ』

『テケリ・リ、テケリ・リ』

『テケリ・リ、テケリ・リ、テケリ・リ』

『テケリ・リ、テケリ・リ、テケリ・リ、テケリ・リ』

 四方のから響く鳴き声は――。

「……あ、はは、あはははははははっ!」

 ――諦めさせるには充分で。

 仲間が殺された事への腹いせか、『アレ』達がゆっくりと近づく姿は恐怖を助長させているつもりなのか。

(それともこれは走馬燈で、スローになって見えるのは本当だった、と)

 柴崎信永の脳裏に浮かんだのは、己が『黒鴉部隊』へ入った時の事。
 全てを捨てても負債を返すと誓ったあの日の事。

「……コンサートには行けそうにもない、ですか」

 せめてあの少年には、アレが事実だと言っておいた方が良かっただろうか?
 そうすればきっと、自分の代わりに行ってくれたのに。

(まぁ、それも良い。自分のような人間と関わり合いにならなければ、それで)

 黒い粘液が殺到する中、柴崎は瞬きもせずにその様子を見つめ――。

「――いや、行けばいいじゃねぇかよ?」

パキイイイィィィィィィィン……!!!

 『アレ』に覆い尽くされ、強酸のようなものでズタズタに溶かされる瞬間。
 殺到する粘液を振り払い、打ち砕き、捻り潰して――『アレ』は痕跡すら残せず、消えてしまっていた。

 『彼の』右手によって。

「な――!?」

「どうも、上条当麻です」

 居る筈の無い、居てはいけない人物の名前を聞き、柴崎は激昂する。

「何で来たっ!?ここはお前が来るべき所ではないだろう!?」

「お前には守るべきものがあって!選択は既に成されたんだ!だから、だからっ!」

 んー、と上条は頭をポリポリ掻くと、柴崎の後ろを指す。

「柴崎さん、うしろっ!」

「ちぃっ……!」

ヒュウッ、キキキキキキキキキィンッ!

 咄嗟に糸を張り巡らし、体を広げて上条へ飛沫が飛ばないように身を挺して守る。
 だが、全ては空振りに終り、飛んでくる筈の飛沫も強酸も存在しなかった。

 最初からそこには『アレ』など居ないのだから。

「えっと……?」

 どういう事かと上条を問い詰めよう。そう振り返ろうとした時に、

「あ、ごめん。柴崎さんはこうでもしないと無理っぽいから」

ガッ!聞こえるが早いか柴崎の頬に衝撃が走る!……殴られた?誰に?

 何一つ理解出来ないまま、振り返った先で見たものは。
 今し方柴崎を殴りつけた拳を握る少年の姿だった。

「そりゃぶち殺しに来たんだよ、アンタのそのふざけた『幻想』を」

 理解出来ない理屈をそも常識であるが如く語る上条だが。

「……行ってやりゃいいだろ、『その子』のコンサート」

 知らない筈の事実を伝えたのは誰だ?

「聞いてやれよ、リハビリ頑張ってピアノもまた弾けるようになったんだろ?」

 未練を断つために切ったままの無線で誰が話した?

「だから、だからさっ!」

 それともいつか鳴護アリサに相談した内容を、この短時間で話してしまっていたのか?

 初対面で話題に困った彼女へ対し、ついつい共通の話題が無いかと言ってしまったのが裏目に出たのか。
 あんな世間話程度の事を。鳴護アリサは憶えていたのか。

「アンタに死んで貰っちゃ困るんだよっ!なあぁっ!?」

 柴崎には何も分からなかった。

 『アレ』もそうだが、目の前で幼稚な理論を振りかざす上条当麻についても、何一つ共感出来るような、自身が納得出来るような理屈など無いのに。

 恐らく同じような状況に置かれれば、また嘘を吐いて一人孤独に戦うだろう。
 それが仕事であり、生き様なのだから。

 しかし、結局の所。ただ、分かっている事は。

「……自分は、あなたに助けられたんですね」

 それ以上でも無く、以下でも無い。

 ――だが、しかし、けれども。
 この世界にヒーローは居ない。誰が言った台詞だったろうか?それとも誰も言ってなかっただろうか?

『テケリ・リ』

『テケリ・リ』

『テケリ・リ』

 今までどこへ隠れていたのか、天井から座席から荷物から、次々と黒い粘液――いや、ちょっとした雨のような勢いで降り注ぐ『アレ』。

「マズい!柴崎さん、俺の後ろへ!」

「上条さん!?」

「おおおおおおおぉぉぉぉっ!」

 パキィィィィン、と『右手』は『アレ』を打ち消し、霧散させる。
 しかし黒い汚濁は止まらず、止められず大質量を持って迫って来ている。

 その大半は消せるが、消しきれずに飛び散った飛沫が上条の体を、灼く。

「がぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 傷口を抉るような痛み――いや、実際に飛び散った破片の一つ一つまでもが、『アレ』であり、体内へ入ろうと皮膚を溶かしていく。

「……ちょっと痛いです、よっと!」

ヒュンッ

「っつ!?」

「心配しないで下さい。今のは自分の能力で傷口を切り飛ばしただけですから」

 右手が塞がっている以上、上条に対処は出来ない。かといって手を離せば『アレ』に呑まれる。
 この勢いであれば濁流は一気に先頭車両にまで届くだろう。

 つまり、上条が根負けすれば鳴護アリサも含む乗客は全滅する。逃げ出す事も出来ずに消化されるだけだ。

「そのままどうか持ち堪えて!リーダーが来ればどうにかなります!」

「あぁもう勝手な事言いやがって!つーか、もう限界っぽ――」

ゴォウンッ!

 上条が弱音を吐き終える前に、人の背丈程の火球が『アレ』に炸裂する!

ゴォウンッ!ドォウン!ゴオォォォウゥンッ……!!!

「な、なんだぁ……?」

 『右手』が無ければ一緒に黒焦げになってもおかしくない勢いで、二発、三発と連続で『アレ』を削っていく。
 躊躇など一切見せず――上条に累が及ぶのはお構いなしで――爆炎の嵐が収まった後、呆然としていた柴崎が身構えた。

「これは……新手の敵?それとも能力者?」

 蒸発し、痕跡すら無くなった『アレ』の心配よりも、新たな乱入者に対処しようとする辺り、流石だなと上条は思ったが。

「いや、アレは味方」

「お知り合いで?」

「うん、まぁ多分?俺達がイギリスの敵じゃ無い限りは、だけど」

 はい?と微妙な顔をしている柴崎を放置し、助かった礼を言いに『彼女たち』へと近寄る上条。

「――いつもニコニ――」

「だからっ!スベってると!言っているのだわ……っ!」

「ギャース!?お笑いはテンドンなのにまだ二回しか重ねて助けておかーさーんっ!?」

 黒髪の子が年長の子ににシバキ倒されている

「おっす、元気だったかいジャパニーズ――ワタシは大変だったけどさ」

「……んー、ビリビリこないなぁ。霊装なのにー……」

 一方は皮肉を込めて、もう一方は興味など皆無であり。

 あぁ、と上条は誰かへ感謝をした。誰であったのかは神のみぞ知るであろうが。
 足りなかった『あちら側』の協力者が来てくれたんだな、と。

「……えっと、あの、上条さん?そちらはどなたで?」

 訳分からない行動に思考を放棄した柴崎に聞かれ、改めて少女がピシっと背を伸ばす。

「『新たなる光』のレッサーちゃんですが何か?」

「知りません。つーか誰で――」

『――テケリ・リ』

 再度現れる脅威であったが、彼女たちは動じない。

「さぁっ、行きますよっ!ガイ○、マッシ○、オルテ○!」

「――今こそジェットストリームアタッ○です!」

「「「お前誰だよ」」」

「白い悪魔です」

「踏み台にする気満々じゃねぇか」

「じゃあ白い恋人で」

「白、しか合ってないよね……?」

「では恋人――ラバーズでお願いします上条さん!さぁさぁさぁさぁっ!?」

「ドサクサに紛れて恋人になるな。そもそも話の持っていき方が脈絡ゼロじゃんか」

 軽口を飛ばしながら、先端に炎を灯した槍で次々と薙ぎ払って行く彼女達。

 呆然と無双っぷりを眺めていた上条の肩へ、ぽん、と手が置かれる。

「……護衛ポイント減点100。アリサさん放り出して何やってんですか、ホントに」

「……いやあの、はい、まぁ勢いで?つい」

「紳士ポイントも減点100。女の子を騙すのも程々にしないと」

「してねぇよっ!?つーかこの子らの半分は初対面ですからっ!」

 ともあれ苦戦していたのが馬鹿馬鹿しくなるぐらい、あっさりと片が付いた。



――ユーロスターS 10両目 一般座席

レッサー「初めて逢った時から好きでした!結婚して下さい!」

上条「嫌です」

レッサー「最初は敵同士だった二人が次第に引かれ合うって王道だと思います!」

上条「神裂、姫神、五和、アニェーゼ、バードウェイ、サンドリヨン……」

レッサー「――てのは冗談ですよねっ!今時何番煎じだっつー話ですよね、えぇっ!」

上条「二秒ぐらい前に言った事ぐらい責任持ちやがれ」

レッサー「ちょっとだけで良いですから、ね?ちょっとだけ?お試しで!」

レッサー「国際結婚した後、ブリテン国籍になってMI6へ入るだけでいいですから!」

上条「完全にスカウト目的だよね?その結婚に愛はねぇよな?」

レッサー「IはHの次にありますよ?」

上条「日本ローカルネタをイギリス人が語るな!」

柴崎「ええとそれで、あなた方はどちら様で?まさかMI6?」

上条「スルーしちまったけど、有名なの?」

柴崎「ジェームズ=ボンドを擁するイギリスの秘密情報部。かれこれ成立から100年以上経っている老舗、ですかね」

ペイロープ「その答えは『No』だ。レディにあれこれ詮索するのは野暮ってもんでしょーが」

柴崎「……ですね。確かに失礼しました――上条さん」

レッサー「今なら何と――ランシスがオマケで付いてきますよっ!」

ランシス「うっふーん……あっはーん……」

上条「超絶やらされてる感&やる気ない感で、むしろ逆効果なんだが」

柴崎「そこの人身売買の相談している人達、話聞いて下さい。というかちょっとこっちへ」

レッサー「今なら何とこっちの巨乳お姉さんももれなくセットで!」

上条「……は、話だけなら聞こう!いいか、話だけからな!絶対だからな!?」

ベイロープ「人を勝手に付属品扱いすんな」

フロリス「ちゅーかハブられたワタシはどーしろと。女のプライド的なモノが、アレつっーかさ」

柴崎「いいからこっち来やがって下さいコラ」

上条「……はい」

上条(レッサー達から少し離れる)

レッサー「それで?何を企んでるんですかいお頭?」

上条「お前はあっち!」

フロリス「レッサー、ハウスっ」

レッサー「あおーんっ!」

上条「えっと、もう大丈夫ですよ……て、膝ついてどうしました?」

柴崎「……いや別に?あれだけ苦戦していた『アレ』を、あっさり消滅させたのがティーンのお嬢さん方だと思うと……」

柴崎「しかもかなーり軽い感じで!サークル活動じゃないんですから!」

上条「ま、まぁ複雑ですよね」

上条「でもホラ!学園都市のレベル5は若いじゃないですか、御坂とか!」

柴崎「……ですかねぇ?別に、自分、精一杯やってますもんね?」

上条「それよりも、俺になんか話かあったんじゃ?」

上条(多分叱られるんだろうけど、柴崎さんならそんなには怖くないだろうし?)

柴崎「……あぁはい、えっと、上条さんに説教したい事は山程あるんですが」

柴崎「まぁそれはリーダーに譲ります。適材適所で一つ」

上条「ごめんなさいっ!?それだけは許して下さい!?」

柴崎「自分は報告するだけですから――『鳴護アリサの護衛を放り出して、オッサン助けに向かった』と」

上条「アンタ性格結構陰湿ですよね?」

柴崎「……ま、そういう訳で自分はアリサさんの方へ回ります。戦力的に偏った状態――」

上条(少し考えるようにした後)

柴崎「――と、見栄も張って仕方がないのですが、結構あちこち穴が開いてしまいましたので、リペアしないと」

上条「……すいません」

柴崎「ですから給料の内だと。ま、だから――」

柴崎「――『ここはあなたに任せ』ましたからね、上条さん」

上条「……あぁ!」



――5分後

上条(柴崎さんは俺にスマートフォンを預け、『カーゴ』へ引き上げた)

上条(非常時には連絡しろ、って事なんだろうけど。地下で電波通じるの?)

上条(――って俺の疑問は「中継器を”たまたまあちこちへ落とした”」ため、無線と同じ感覚で使えるんだそうだ)

上条「……」

上条(落としたんだったら仕方がない、よな?あっちと連絡されなくなるのは困るし)

上条(……まぁ、少し大人になった俺は突っ込まず、レッサー達と情報交換を)

レッサー「――それでですね、今なら何とフロリスがもう一人付いててお得なんですよねー」

上条「はいそこ勝手に友達を景品にしない。てかその話は終わってるから」

フロリス「あー、そだそだジャパニーズ!ワタシ、言う事あったんだ!」

上条「何?つーか俺に?」

フロリス「うんうん、アンタに。あ、ちょっと屈んで?もうちっと左左」

上条「こう?」

フロリス「おーけ、バッチリ――ワタシの怒りを喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」 ゲシッ

上条「OHHHHHHHHHHHHHUっ!?」

ベイロープ「『キーン』みたいな効果音入りそうな一撃よね」

ランシス「フロリスの『子孫殺し(キドニーブレイカー)』……これでカミジョー家は断絶……なむなむ」

レッサー「ちょっとフロリス!?あんたなんつー事をしやがってんですか!?」

上条「……」

レッサー「上条さんの股間にクリーンヒットて!顔色が青を通り越して土気色に!?」

フロリス「あー、すっとした。やっぱり我慢は体に良くないよねぇ」

レッサー「あぁもうブリテンの貴重な戦力になるかもしれない子が生まれなくなったら、どうしてくれるんですか!?」

上条「……お前も……ヒドい、事……言っているからな……?」

フロリス「んー?泣く女が減る?」

レッサー「でっすよねー!」

上条「……金的喰らう意味が……分からないんだけど……?」

フロリス「いち、ワタシを騙した」

フロリス「に、川にダイブさせて死ぬ程ビックリした」

フロリス「さん、ついてったら天草式にとっ捕まった」

ランシス「ギルティー」

レッサー「あぁこりゃ擁護出来ませんね。責任取って私の婿になるしか道はないですなー」

上条「……」

ベイロープ「『繋がりねーだろ、超ねーだろこのドグサれパリオット』と唇だけで言ってるわ」

ランシス「回復魔法、かける?」

レッサー「基本効かないですからねー……残念っ!!!」

上条「……」

ベイロープ「『なぁお前根に持ってないか?色々あって「ベツレヘムの星」で別れたの、根に持ってんだよなぁこのロリ巨乳?』」

フロリス「それだけ言う元気があればダイジョーブじゃない?」

レッサー「てかさっきから台詞の終り、浮いてませんかね?明らかに上条さんが言ってる時間よりも長いって言うか」

上条「……」

ベイロープ「『確かにアレは悪かったよごめんなさい。あとレッサーは若いからって何でも許されると思うなよ?』」

フロリス「良い事言うなぁ、ジャパニーズ。うむ、この心意気に免じてこれでチャラにしてあげようじゃないか!」

ランシス「過剰な仕返し……だと思う、けど」

レッサー「おやおやー?これちょっとベイロープさんとは話し合った方が良いのかなー?」

上条「……つーかさ、お前らなんで居んの?」

レッサー「何割盛ります?トッピングはどの程度に?」

上条「盛る意味が分からねぇ」

フロリス「200%盛り、トッピングはタンドリーチキンで」

レッサー「そうですねぇ、あれは私達四人で旅をしていた時の話なんですが」

上条「おい、どうして回想入んだよ」

レッサー「ある夜、突然の雨にやられっちいましてね。近くにあった民家へ雨宿りを頼みに行ったんですよ」

レッサー「その民家というのが、これまた推理小説に出て来そうな大きくて古い、けれどどこか退廃的な印象を受けるお屋敷でして」

上条「……おう」

レッサー「お屋敷のドアを開けると、それはもう豪華なエントランスが出迎えてくれました」

レッサー「今では博物館にでも行かないとお目にかかれないような調度品」

レッサー「何世紀もの間、灯りを灯し続けてきたシャンデリア」

レッサー「そして何人に仕えたか分からない市原悦○」

上条「家政婦は見ちゃったの?つーか日本のドラマに出る人が、なんで居た?」

レッサー「……ですが、我々を暖かく受け入れたのには理由があったのです」

レッサー「たかだか雨宿りと高をくくっていた私達が、通された部屋で見たものとは……っ!」

上条「み、見たものは……?」

レッサー「そこでご馳走になったタンドリーチキン、いやぁ絶品でしたー」

上条「事実だけを話せ!事実だけを!」

上条「てか今の話のどこにユーロスターに乗り込んできた下りがあった!?」

上条「あと流れだと『実はこんな怖い体験を』みてーなオチじゃねぇの!?」

上条「どう考えても『雨宿り先で親切な人にタンドリーチキン食べさせて貰った』だけだよねっ?」

レッサー「いやぁ、来てたじゃないですか、ARISA?」

上条「……あぁうん、前の車両に居るけど」

レッサー「え?それだけですけど?」

上条「……」

レッサー「あんだすたん?」

上条「アイドル見たさかよっ!?つーかそんだけの理由で!?」

ベイロープ「当然でしょ?でもないと『わざわざ魔術結社モドキが出張る』意味はないのよ」

上条「……うん?」

上条(そう言って巨乳のお姉さんは、自分の耳をツンツン突いた。霊装っぽいものが付けられてる……けど、話には関係ないか)

上条(つまり……分かった!そういう事か!)

上条「ピアスよりもイヤリングの方が、親御さんから貰った体を傷つけないので好印象ですよねっ!」

ベイロープ「だぁかぁらっ!盗聴されてると言ってぇぇぇぇぇっ!」 ガックンガックン

上条「こ、こここここうそくうんどう!?」

フロリス「おぉ、胸ぐら掴んでガックンガックン。いいぞもっとやれ」

ランシス「スマフォから絶対盗聴されてんぞ、って遠回しに言ったのに……」

上条「……いや、別に聞かれても良くね?あの人らは俺達の味方だし」

レッサー「チッチッチ、チが三つ」

上条「だからどーした」

レッサー「『上条さん達の味方』であって、『私達の味方』はノットイコールです」

レッサー「だから都合が悪ければやんわりと、それで聞かなかったら強制的に排除しに来る。違いますか?」

レッサー「だからま、これには裏も何にも無いんですよねー、実際に」

レッサー「『どこの勢力にも距離を置いている私達』が」

レッサー「『ARISA見たさに同じ車両に乗り込んだ』だけですって、えぇ」

フロリス「ワタシ的にはちゃっちゃと借りを返したかったけどねー」

上条「えっと、どういう意味だ?」

ランシス「例えば『ARISAを守るためにイギリス清教か学園都市の人間がガートしている』……これは、問題」

上条「一応親善使節なんだからな……つーか『黒鴉部隊』もオーバーキルっぽいが」

フロリス「てーかさぁ、さっきみたいな食えないオッサンばっかなの、『学園都市』って?」

上条「食えない。まぁ、一筋縄じゃないけど。つーかお前ら見てかなり凹んでたぜ?」

フロリス「演技に決まってんじゃんか。『糸』バシバシ飛ばしてたし、何かあったらぶった切る気満々だったでしょー?」

フロリス「敵か味方かもわっかんない相手の前で、背中見せるなんて有り得ないってば」

レッサー「『機械化小隊(マシンナーズ・プラトゥーン)』」があの精度で量産されたら、嫌ですよねぇ」

上条「いやだから、ただのオッサンだよ?ちょっと嘘吐きで心配しぃってだけで」

レッサー「向こうさんは『対能力者戦闘』のスペシャリストでしょ?『対異能』って事は、私達ともある程度応用効きますし」

レッサー「むしろ学園都市としては、そっちが本命かも?かもかも?」

上条「……うーん」

ベイロープ「脱線してるわよ」

フロリス「おぉうサーセン。続けて続けて?」

ランシス「ん。でも『たまたま乗り込んだ得体の知れない魔術結社モドキが、巻き込まれて反撃する』のは……まぁ、よくある」

ランシス「……かも、しれない」

上条「それじゃお前ら――」

レッサー「私達は『ブリテンの国益に叶う事』しか、しません」

レッサー「それは魔術師である私達の存在意義もありますし」

フロリス「いやぁワタシはちょっと」

ランシス「右におなじく」

ベイロープ「黙ってろ外野二人」

レッサー「だ、もんで今回介入させて貰ったのも『アレを放置するのはブリテンのためにならない』からであって」

レッサー「言ってみりゃ『ケンカを売られたんで買った』ってもんですよ、えぇ」

上条「……レッサー……!」

レッサー「お?なんです?レッサーちゃんに惚れました?」

上条「それはない」

ベイロープ「てかさ、何がどうなってるのよ?『アレ』は結局何?学園都市のビックリドッキリ変態生物?」

上条「こっちも何が何だか……あぁ今ちょっと『濁音協会』ってのと揉めてるっぽい」

フロリス「だくおんきょうかい?」

ベイロープ「……あぁ、って事は『アレ』は『ショゴス』に決まりか」

レッサー「ですねぇ。ホラやっぱり『クトゥルー』だったでしょうが」

ランシス「『スライムは服しか溶かさないんですよね、分かります!』つって突っ込んだのは誰……?」

レッサー「危うく見せる相手も居ないのに、内臓までご開帳する有様でしたよ」

上条「そうか、そっちでも有名な奴らだったのか」

レッサー「いや、聞いた事無いですよ。つーか私らも言う程情報戦に長けている訳でも」

レッサー「ただ『だくおん』って響きで大体アレだなぁと」

上条「濁音ってガギグゲゴとか、日本の概念じゃねぇのか?どうしてお前らが直ぐに分かんの?」

レッサー「唐突ですがクイズのお時間でーす!今日の回答者は学園都市からはるばる戦場に来たハッピートリガー上条当麻さーん!」

上条「ど、どうも?」

レッサー「好物は女の子の作った手作りクッキー!しかし現実には従妹さん以外から貰った事がありません!」

上条「オイ待てプライバシーを尊重しやがれ!」

レッサー「ちなみにベッドの下の『抗い難しアドニスの園(※ホプ○クラブ)』は既に禁書目録へ登録済みですねー」

上条「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

レッサー「ではそんな上条さんに10回クーイズ!」

上条「あぁ、ガキの頃流行ってたのな。ピザを十回言わせて」

レッサー「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ……」

上条「じゃあここは?」

レッサー「エェルボゥ」

上条「巻き舌でお約束を裏切られた!?」

レッサー「てな訳で問題!『だくおん』を10回言って下さい!さあ早く!ハリーハリーっ!」

上条「だくおんだくおんだくおんだくおんだくおんだくおんだくおんだくおんだくおんだくおん……」

レッサー「『勇者指令』?」

上条「それはダグオ○」

レッサー「正解!正解者には――」

ベイロープ「真面目にやれ、な?」 ギリギリギリギリッ

レッサー「すいませんっしたっ!だから私のおっぱいを鷲掴みはご勘べイタイイタイイタイイタイっ!?」

フロリス「超見てるよね?」

上条「……さぁ?」

ランシス「……嫌い?」

上条「大好きさっ!あぁ嫌いな男なんていない!」

レッサー「……てな訳で『だくおん』を縮めていくと、なるんですよ。例の奴に」

レッサー「『濁音協会』……そう、『ダゴン教会』に!」



――ユーロスターS 食堂車

フロリス「おおぅ、ロクなもの残ってないなぁ」

ランシス「缶詰は、あるけど……食べ、られる?」

ベイロープ「『ショゴス』の食い残したものだぞ?ヌメヌメベトベトが通過してんのに、食う勇気があればどうぞ」

レッサー「むしろプレミアつきそうですけどね、『ショゴスの強酸にも耐えきった○○!』とか」

上条「――おい。そこで漁ってるお前ら」

レッサー「はいな?」

上条「説明はどーした!?つーかさっきのダジャレじゃねぇか!?安易だな魔術結社!」

レッサー「いやそれなら私がドヤ顔で言い切りましたし、納得して頂かないと」

上条「意味が分からねぇよ!元々濁音なんちゃらは日本語の発音だろーが!」

フロリス「それねー、『理解しようと思ったら負け』だから、考えるだけムダだってば」

上条「……だから、そこを詳しく頼む」

ベイロープ「魔術師にとっては『名は力』なんだよ。だからころころ変えたりはしない、つーか出来ない」

上条「魔法名を偽るとか、そういう次元の話か?」

レッサー「ですかねぇ。例えば『グレムリン』、いますでしょ?あそこさんの幹部は、みんな北欧神話系を名乗っているそうですけど」

ランシス「噂じゃ、霊装や使う魔術も自分達の名前と同じ……だっけ?」

上条「だな。トールも『雷神の槌(ミョルニル)』使ってたわ」

レッサー「そうそう――って、うえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?マジですかそれ!?」

上条「負けちまったけどなー」

ベイロープ「『戦争屋』とやり合って生きてる方がスゲェっつーのよ……いやまぁ、そういうバケモノがゴロゴロしてんだけど」

ベイロープ「連中、トールはどうして『トール』を名乗ってると思う?」

上条「使う術式や霊装が、北欧神話のそれと同じだから、かな?」

ベイロープ「じゃあ『自分の手の内をわざわざ特定出来るような真似を晒してる』、ってのも理解出来るよな?」

上条「あー……うん。理由までは分からないけど」

レッサー「ま、そこら辺は一部の能力者と一緒で、『バレたからってなにが問題なんですか?』的な自信もあるでしょうけど」

フロリス「効率からすりゃ、ウソの名前で騙してた方がネタバレが防げるしねー」

レッサー「だがしかぁし!そこを敢えてわざわざ名乗る必然性があるとすれば!」

上条「あ、あれば?」

レッサー「超格好良いじゃないですか」

上条「あ、これ美味いな?なんて食べ物?」

ランシス「チュロス。ドーナツの変形、みたいな」

上条「冷凍したのポリポリ食うのも、アイスケーキみたいでアリかも」

フロリス「紅茶とコーヒーどっちがいいかね?どっちもコールドだけど」

上条「コーヒーで。つーかイギリス来て思ったんだけど、みんな紅茶飲まないよな?」

ベイロープ「なんか知らないけど、イギリス=紅茶みたいなイメージは止めて欲しい」

ベイロープ「ホームステイに来た奴がまず驚くのが、『紅茶以外の飲み物があった』だからな」

上条「え?アヘン戦争って習ってないの?」

ランシス「マジレスすると、今の教科書には載ってない……」

上条「へー、スゲェなイギリス」

レッサー「……あのぅ、私と致しましてはそろそろ話を続けるか、『なんでやねーん』的なツッコミを頂きたい所なんですが」

ベイロープ「……ま、結論から言えば『名は体を表わす』みたいに、そうそう自分達の本質とかけ離れた名称は使えないのよ」

ベイロープ「メンタルに依存する部分が大きいから、本質と変わってしまう、って言うのか」

フロリス「それでも本質を隠すために全然違う通り名を、てのもよく聞く話だけど」

ランシス「反対に『バアル・ゼブル』みたいな、『複数のルーツを持つ一つのモノ』も、ルート分岐し放題……」

上条「それじゃ今回の『クトゥルー』は、やっぱり」

レッサー「あぁ上条つん違います違います、今までのは一般的な話で連中の話はまた別口です」

上条「上条つんて何?誤字なの?ツンツン頭っては最近よく言われるけどさ」

上条「つーかステイルにもそこら辺を濁されたんだが、クトゥルーってフィクションだよな?」

レッサー「うーむ……上条さんにはそこら辺を一から説明かー。超面倒なんですけど」

上条「俺だって理解出来るか分かんないけど、いつ必要になる知識か分かんないだろ」

レッサー「ですかねぇ……ま、いいですけど」

レッサー「私は説明によって好感度が上げるからいいんですがっ!」

上条「本音がダダ漏れしてんぞ。むしろ打算的で下がってる」

レッサー「まぁまず上条さんはクトゥルーを『フイクション』だと仰いましたが――」

レッサー「――じゃ、逆に聞きますけど『フィクションじゃない神話』ってどれだけありますかね?」

上条「そりゃ……答えに困るわなぁ」

レッサー「つーかですね、そもそもおかしいんですよ。魔導書ってあるでしょ?禁書目録さんが抱え込んでいるの」

ランシス「禁書じゃない魔導書も、ある、けど……」

フロリス「教会の庭イコール世界って訳じゃないからねぇ、うん」

レッサー「あれに書かれている『知識』――つまり術式or霊装なりの情報、ってどこから来てると思います?」

上条「階層がほんの少しずれているだけの、異界、だっけ?」

上条「俺達の世界とは重なってるんだけど、目に見えないだけで存在はしているって言う、別世界」

レッサー「Exactly……が、しかぁしっ!」

レッサー「『その中にクトゥルーはない、って誰が確かめた』んです?」

上条「それは……経験則だろ?昔の人が色々試した結果、クトゥルーはないって」

レッサー「じゃ『なんでこれからも見つからないと断言出来る』のでしょうか?」

上条「……『無い、と証明出来ないから、ある』、ってのは悪魔の証明だろ?」

レッサー「ですよねぇ。それはその通りだと思いますよぉ、けどね?」

レッサー「――『今、一般に知られている魔術だけ”しか”存在しない』と、誰が決めたんでしょうねぇ?」

上条「ある『かも』知れない、って事か……?」

レッサー「てか不自然なんですよ、全てが。今まで文明がどれだけ滅んでると思ってんですが」

上条「四大文明、全部滅んでるからな」

ランシス「四大文明?なにそれ?」

上条「世界史で習っただろ?メソポタミア、エジプト、インダス、黄河、だっけ」

上条「『大きな河を基点に出来た文明』だった筈だけど」

フロリス「あー、それジャパンじゃ常識なんだ?つーかウチらの教科書どーたら言える立場じゃないっしょ」

上条「え、間違ってんの!?」

ベイロープ「間違ってないけど、人類のまほろばはそれだけじゃねぇわよ」

フロリス「つーかメソアメリカとアンデス入ってないじゃんか」

上条「あ、そういや確かに」

レッサー「スキタイのように名前だけ残って、その遺跡はおろか、実態が殆ど残ってない民族も多々あります」

レッサー「当然、それらには失われた神々や術式、霊装があった訳ですよ」

上条「昔のシルクロードで伝わってきた品物とか、結構残ってるけど?」

上条「他にも土御門が……えっと、えんぎしき?だかって1000年前から神社が2千7百ぐらいあるって」

ランシス「日本が、おかしい……最低でも1400年以上遡れる王朝が、今も統治してるなんて有り得ない」

上条「別にギリシャだって残ってんだろ」

ベイロープ「今住んでるギリシア人と、ギリシア文明を興したギリシア人は別物なんだよ。人種的にはアナトリア、トルコの方が近い」

ベイロープ「そもそもさっき出た『ダゴン』とは、元々古代パレスチナに住んでいたペリシテ人が崇めていた神だ」

ベイロープ「お前が今言ったギリシアのミケーネ文明も、そいつらが興したんだって説もある」

上条「えー……それじゃ、連中は」

レッサー「『過ぎ去りし忘れられた旧い神』――『旧神』だという可能性が!」

上条「……!?」

レッサー「……いや、無いですよねぇ」

上条「散々引っ張ってそのオチかい!?」

レッサー「そこら辺はタイムリミットと言いますか。お名残惜しいですが、来週のこの時間にまた会おうぜって感じで、えぇ」

……ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、ギッ……

上条「車体が……キシんでる……?さっきから揺れが大きくなってる……か?」

ランシス「……あれ?まだ気づいて無かった?」

フロリス「あー、まぁ外見てる余裕なんてないだろーしねー」

上条「外?」

上条(言われて俺は窓へ目を向ける)

上条「……?」

上条(トンネルの中、外は真っ暗だし……別におかしなトコはないよな?)

上条(何か見えたらそれはそれで怖い、っつーか嫌だ)

上条「特に何も見えないけど?」

ベイロープ「こういうトンネルん中は、万が一の時の非常灯が等間隔で並んでんのよ。日本は違うの?」

上条「あぁいや日本も同じだけど。てか、言われてみればさっき座ってた時には、見た」

上条「でも今は、全然見えない?なんで?」

ランシス「黒いまま……見えない。そう、黒いまま……!」

上条「あ、なんかツボったよこの子」

レッサー「つーかですね、さっきはボトボトボトボト、天井から床下から『ショゴス』が沸いてきてんですが」

レッサー「連中、『どっから来てやがったの?』とか、『食欲しかねー筈なのに隠れられたんか?』的な疑問がある訳ですけど」

レッサー「まぁまぁその疑問もスッパリ解決出来る答えが見つかりましたっ!やりましたねっ!」

上条「……やっべ、超聞きたくない話かっ」

レッサー「戦わなきゃ、現実と!」

上条「ウルセェっ!?こちとら結構無茶やってきたけど、食われそうになるのは――」

レッサー「なるのは?」

上条「……無かった訳でも、無いけどですね……」

レッサー「てなワケで上条さんにもご納得頂けた所で、出て来て貰いましょーか」

レッサー「本日のメェインイッベントゥゥゥゥッ!」

レッサー「赤コーナー、『狂犬レスラー』かぁみじょおおぉぉぉぉぉっとぉぉまァァァァッ!」

上条「え!?対戦カード組まれてんの俺か!?つーかそのリングネームは柴田勝頼だ!」

レッサー「対する挑戦者ァァァァァッ!青コォナァァァァッ!」

ギッ、ギッ、ギッ、ギッ……

上条(車両が軋む……何か――何に締め付けられている?)

レッサー「『車両に巻き付く程デカい』、親ショゴスさんの入場でぇぇぇぇぇすっ!」

上条(俺は見た!窓の外に浮かぶ巨大な『目』を!)

上条(窓枠いっぱいに広がる単眼は、瞳孔を細めて細めて細めて細め――)

親ショゴス『デゲリ・リィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!』

上条「俺の人生こんなんばっかかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」



――ユーロスターS 5両目

□□□−□□□□※−□◇◇◇■

※ 現在位置

上条「つーかナニ?あれナニっ!?窓の外でうねうねしてるのは、な・ん・だ・よっ!?」

上条(窓ガラスをぶち破って流れ込む――雪崩れ込む『ショゴス』を、どうにか躱し絶賛逃走中!)

レッサー「いやですから、『親ショゴス(仮)』じゃないかなー、と」

フロリス「ワタシらも後ろの車両に出て来た『子ショゴス』をぷちぷちやってたんだけど。倒しても倒してもキリがなくてねー」

上条「……そか!だから後ろの車両に他の人達を避難させて、バッサリと!」

ランシス「あ、それ違う。ぶちキレたベイロープが車両の間を、ズバっと」

上条「勢いでやっちゃったの!?」

ベイロープ「大丈夫だっての。その後、逃げ遅れが居ねぇか、フォローしてたんだから」

レッサー「ま、正確には『避難誘導中にぶち切れたベイロープ』ですかねぇ」

ベイロープ「ちまちましたの好きじゃねーんだわよ」

ランシス「……知ってた」

フロリス「てか避難誘導が『ちまちま』……?」

上条(ちなみにこんなバカ会話をしている間にも、『ショゴス』の群れの断続的な襲撃を受けている)

上条「よっ、と」 パキィィンッ

上条(『幻想殺し』は充分に通じる。拳が当たればぶちまけた酸ごと瞬殺)

レッサー「ディーフェンスッ!弾幕薄いよっ何やってんですか!」

ベイロープ「やっかましいボケ!つーか詠唱乱れるから黙っとけ!」

上条「……君ら、仲悪いの?」

ランシス「見てて……?」

ベイロープ「『アドリス、アドロス、フランクカァベル――』」

ベイロープ「『――狂人の子らよ、我が前に集いて橋を渡れよ――』」

ベイロープ「『――”炎の巨人(ファイヤートーチ)”!』」

ゴオゥゥゥゥッ!

上条(巨乳のおねーさんの前に一塊の炎が浮かび上がり、それを『槍』で掴むと)

ベイロープ「センターっ!」 ブンッ

ランシス「ひ、ひひっ、お、おーけー」 パシッ

上条(中継役の子がまた『槍』で器用につかみ取る……オリアナん時を思い出すなぁ)

上条(てか、何かブルブルしてんのは、何?そういう霊装かなんか?)

レッサー「ヘイ!かもーん!」

フロリス「ほいよっと」 ブゥンッ

レッサー「――サンキューでーす」 ゴゥンッ

子ショゴス『ギギギギギギギギギギギギギギイィ……』

上条(流れるようなパスワークで最前線のレッサーに中継。んで、その炎は『子ショゴス』を灼いていく)

上条(途中で横合いから敵が出て来た場合には、パス回しを止めてそっち優先したり)

上条(……息の合ったコンビネーションだなぁ。つーか本物のラクロスみたい――さて!)

上条「頼りっぱ、ってのも――情けねぇよなっ!」 パキイイィンッ

上条(当然撃ち漏らす『子ショゴス』は出てくる訳で、俺は遊撃担当に収まった)

レッサー「ナイスアシスト!お礼にワタシをフ×××して構いません!」

上条「残念。日本にそんな風習はない」

ベイロープ「ブリテンにもねーよ。てかそのおバカをウチの標準だと思うな」



――ユーロスターS 5両目

上条(――と、暫く掃討&逃走を続けていると、次第に『子ショゴス』の沸く間隔が短くなっていき)

上条(10分もすると襲撃は収まり、辺りには肉の焼けるいやーな匂い以外は見当たらない)

上条「これで、終り?」

ベイロープ「なわきゃないでしょうが。『親ショゴス』が追いついてきてないだけだと思うわ」

フロリス「『まだ』、だけどね」

上条「追いついてないって」

レッサー「食堂車に絡みついてたのが多分本体でしょーかね。大本って言いますか」

レッサー「あれから切り離された個体が、今まで私達を襲撃していたんではないか、と」

上条「……つまり、俺が『幻想殺し』で倒したかと思ったら、暫くして現れていたのは」

レッサー「同一個体ではなく、別の個体でしょうな。見分けがつきませんから」

上条「無限に再生すんのかってビビったんだけど。ま、良かった、のか?」

ランシス「ところがどっこい……そうも言ってられない」

レッサー「『知っているのか雷○!?』」

ベイロープ「余計なボケはいらん」

ランシス「……?」

上条「この子も自分で分かってなかったの!?」

レッサー「(ここでボケて下さい……!)」

フロリス「いやぁそんな無茶ブリされても」

上条「……思った以上に仲良し組織だな、『新たなる光』」

レッサー「ちっちっち、牙を抜かれ飼い慣らされたロリペ×どもと比べられちゃ困りますぜ?」

上条「それ多分バードウェイんトコ言ってんだろうけど、牙を抜かれたロリ×ドって矛盾してねぇかな?」

上条「牙抜く前にもっと抜いとくべきもんあんだろ。もいどくっつーか」

ベイロープ「話戻すけど、『幻想殺し』で一撃必殺は難しいと思うわよ」

上条「なんで?『子ショゴス』に効いたんたぜ?」

ベイロープ「核心は無いわ。けど、それ『が』トラップの予感がする」

フロリス「こんだけおっきいテロ仕掛ける連中が、ワンパンで沈むクリーチャーで満足するんだー?へー?」

上条「かも知れないけどよ。でも実際に『幻想殺し』は大抵どこでも有効だったし」

レッサー「でっすよねぇ、『大抵』は。無敵な『幻想殺し』は『大抵』通用してきたんですよねー」

ランシス「『継続的に供給され続ける火力は消しきれない』のがひとつ……」

フロリス「『消せる・消せないの境が曖昧』のもあったよ、うんうん」

上条「いやだなぁ俺超有名じゃないですかー、あははー」

レッサー「有名税みたいなもんでしょうから、ちゃっちゃと諦めて下さい。考えるだけムダですってば」

上条「分かってたさ!前マークからも似たような事言われたもんねっ!」

ベイロープ「男が『もんね』は止めろ、気色悪い」

ベイロープ「――とにかく、私の推論では『親ショゴスは群体』になるんじゃねぇか、って話だよ」

上条「ぐんたい?群れで集まってる方の?」

ベイロープ「どっちかっつーと定数群体か」

上条「根拠は?ただバカデカいショゴスじゃなく、ショゴスが集まったって理由は何?」

フロリス「『統率が中途半端に取れすぎている』?」

ベイロープ「よね」

レッサー「んーむむむむ、では上条さん。野生の狼が居たとしましょう、それも複数」

レッサー「彼らがエモノを仕留めようとしますが――どんな風に?」

上条「そりゃ、集まってわーって。群れで狩りをした方が効率的だし」

レッサー「正解。では第二問、『仕留めた後は誰から食べる』んでしょーかね?」

上条「そうだな……」

レッサー「ちなみに『みんなで仲良く均等に分配する』という答えは、フィクションですからブッブーとなります」

上条「それじゃ、群れのボス、とか?」

レッサー「はーい二問目も正解!続いて三問目!」

ランシス「……じゃ、『あいつら』の群れのボスは誰……?」

レッサー「それ私の台詞ですよっ!」

上条「……『親ショゴス』……?」

フロリス「せいかーい、よくやったねーパチパチパチパチ」

上条「ど、どーも?」

フロリス「でも、『実際に親ショゴスは”エサ”を食べに来ないし、”狩り”にも来ない』よねぇ」

ベイロープ「普通はな。狩りをした連中が真っ先に捕食するんだよ、子持ちでもない限りは」

ベイロープ「だっつーのに知能は無きに等しい――ただ『食欲』以外に見当たらない奴が、自分は遠見に徹しているって不自然よ」

レッサー「現状、『親ショゴス』が『子ショゴス』をこっちへ送り込んできているように見えます」

レッサー「もしも相手が『知能を持った動物』であるなら、狡猾な相手だと判断するのが妥当でしょう」

ベイロープ「だが、脊椎動物未満の捕食行動にしては、おかしい。おかしすぎる」

ベイロープ「だからきっと連中は『個」と『群』の区別すら曖昧なんだろうさ」

上条「曖昧なのと、群体がどう関係する?」

ベイロープ「『個』であれば『我』が発生する。他の生物よりも、同種族よりも生き残ろうって本能が」

ベイロープ「もし『親ショゴス』が『我』がありゃ、とっくに本体が乗り込んで来てるわね」

上条「……そうか」

レッサー「まぁ推論でしかありませんけど、わざわざここでブラフ噛ます必要は無いでしょうしねぇ」

上条「もしかして『アレ』に知能があって、って話か?」

レッサー「あい、そーです」

上条「それは俺も考えた。確かに生物学的な方向から見れば、そっちのおねーさん――」

ベイロープ「ベイロープよ」

上条「ベイロープさんの推測は正しいと思う。けど」

上条「『アレ』は本当に生き物なのか?誰かの術式なんじゃないのか?」

ランシス「……そこは、曖昧……びりびり、来ないし……」

上条「えっと――」

ランシス「ランシス……」

上条「なんでランシスはそう思ったんだ?」

ランシス「……なんでベイロープは『さん』で、私は呼び捨て……?」

レッサー「おっぱいですね」

ランシス「そっかーそれじゃ仕方が無い――」

ランシス「……『死の爪船(ナグルファル)』……!」

上条「待て待て待て待てっ!?物騒な霊装起動させんじゃねぇよっ!?第一俺言ったんじゃないしぃっ!」

フロリス「男なんてアレだよねー、顔とおっぱいと腰と髪しか見てないもんね?」

上条「それ男女関係ないと思います!」

ベイロープ「その子は魔力を感知するのか得意、というか性癖って言うかな」

レッサー「だから『アレ』から魔力が放たれていれば、超フィーバー状態なんですがね」

ランシス「んーん、来て、ない……」

上条「それじゃ『アレ』は魔術サイドのバケモンじゃない――訳が、ねぇよな」

ランシス「『魔力を関知されないようにする術式』もある、から。何とも言えない、けど」

ランシス「少なくとも……今まで、外部からの魔力は感じられなかった、気がする」

上条「あぁそっか。ラジコンと一緒で、外側から操るには電波飛ばさなきゃいけないもんな」

レッサー「『関知阻害』がかかっていたとしても、私達みたいな『魔術サイド』にバレないようなカモフラージュかも知れませんし……はっ!?」

上条「どうしたっ!?」

レッサー「『カモフラージュかも』って二回『かも』が出てますよね?」

上条「うん、緊張ほぐそうとしてんだろうけど、他に方法あるよね?オッサンが言いそうなダジャレの他にさ」

ベイロープ「……まー、結局現時点で出る推論なんてこんなもんだわ」

上条「『ショゴス群体説』のままで対策を取るのか?」

ベイロープ「実戦中に完璧な情報なんて見込めねーんだよアホが」

ベイロープ「『万全』な情報なんざ、戦闘終わった後に調べた所で出てくるかどうか怪しいっつーの」

ベイロープ「どうやった所で手持ちのカードで勝負賭けるしかないでしょーが」

フロリス「いやぁその割にはこないだの『ブリテン・ザ・ハロウィン』で、盛大にシクったよねー」

レッサー「ベイロープ、そこら辺甘いですから。男運も悪いですし」

ランシス「やーい……バッドラックファレー」

ベイロープ「男運関係ねぇだろ。つーか振ったバカどもが好き勝手に言ってるだけで、私は無関係だ」

上条「見通しの甘さは否定しないんだな」

ベイロープ「うっさいわね。ありゃあん時『次善』だと思ったんだっつーの」

上条「また、『次善』かよ……」

ベイロープ「キャーリサ王女殿下も私らも、あれが悪いだなんて思ってないわ」

ベイロープ「『最善』は別にあったんでしょうね。否定するつもりもないけど」

ベイロープ「ただ、『最善を模索している間に、最善が最善でなくなる』なんつーのもよくある話」

ベイロープ「目の前でレ××されそうになってんだったら、暴力以外で止める以外に方法はねぇんだわよ」

上条「……アレが良かったってのかよ!?色んな人が傷ついたりしたんだぞ!」

ベイロープ「――去年、イングランドのテレビ局がグライダーをドーバー海峡を横断する企画を立てた」

上条「ラジコンみたいなのか?」

ベイロープ「グライダーってのは動力の無い、デカくて丈夫な紙飛行機みたいなもん。それをイングランドから飛ばそうって番組」

フロリス「大の大人が必死こいて流体力学が強度が重さが、ってグライダー作ってるのはマジうけたし」

上条「ちょ、ちょっと参加してみたい」

ランシス「……ロマンだもんね」

ベイロープ「で、二時間番組の真ん中、司会者がなんか突然深刻そうな顔で言い出すのよ」

レッサー「『……実は、ここで皆さんに大事な事を告げねばなりません!』」

レッサー「『とても残酷な事実なのですが、これを伝えなければ私達は前へ進めない――だから、私は勇気を持って告白したいと思います!』」

上条「やだそれ死亡フラグじゃない」

ベイロープ「ある意味そうだけどな」

上条「へ?」

レッサー「『それというのも――フランス側から、グライダーの飛行許可が下りませんでしたっ!!!』」

上条「番組全否定かっ!?つーか企画立てる前に許可取っとけよ!何でギリギリになって申請してんの!?」

ランシス「……マジ話なんだから、業が深い……」

上条「やっべー超興味出て来たその番組」

レッサー「ちなみにその後、ブリテンで大体ドーバー海峡と同じぐらいの海峡、てか海の上を飛行する事になりました」

レッサー「下からモーターボートでカメラと司会者が追いかけ、必死に実況するのですが――」

レッサー「如何せん、その絵が地味すぎ&司会者はしゃぎすぎで視聴者置いてきぼり、という後半も見所満載の番組でした」

上条「……分かろう?作る前に分かるよね?」

上条「結局、延々海の上を飛んでるだけだから、絵面が地味になるって分かりそうなもんじゃん?」

上条「飛行許可云々も、フランス側に電話一本メール一通出せば分かったよね?見切り発車もいい加減にしないと」

ベイロープ「ま、『ハロウィン』前からそんな感じだし、冷戦終わっても仮想敵国同士なんだよ」

レッサー「実際『たまたまドーバー海峡に潜んでいた国籍不明の原子力潜水艦』が撃沈されて、カエル食い野郎超ザマミロですしねー」

上条「フランス、そんな事してんの?」

レッサー「原潜+核ミサイルのコンボは、領海をウロつくのがお仕事です」

フロリス「本土が焦土爆撃喰らっても、原潜が報復の一発かます仕組みってワケだよ」

ベイロープ「『降伏するサル(Surrender Monkey)』だけじゃく、他の国もやってっけど。こっちは虎の子潰せて万々歳だ」

上条「サレ……なんだって?」

レッサー「正しくは『Cheese-eating surrender monkeys』、日本語訳『チーズを食べながら降伏するサル野郎ども』ってぇ意味ですな」

上条「文化的なアレコレ言うのは良くねぇだろ」

フロリス「この名前は95年?だかのイラク戦争、フランスが参戦しなかった時に広まったんだよねぇ」

フロリス「『テメこの臆病モンが!』的な意味で」

上条「それは……何とも言えないけど」

ベイロープ「今やってるウクライナに侵攻してるロシアへの経済制裁も、フランス野郎が反対してお流れになりそうだし」

ベイロープ「つーかロシアから受注してる揚陸艦、予定通りに引き渡すってのはどういう事よ!?」

ベイロープ「有り得ないでしょーが!今っから黒海で向き合うかも知れない相手に!」

フロリス「今のベイロープの叫びは、各国の軍関係者の魂の叫びなんだよねぇ」

レッサー「てか『これから新冷戦だよ、やったねっ!』と盛り上がるってぇのに、空気読んで欲しいですよ、えぇ」

上条「不謹慎な事言うんじゃありません!」

レッサー「いやでもマジ話、ウクライナ一つでNATOが戦争かます程コストが釣り合ってない訳でして」

レッサー「だもんで、経済制裁で何とか退いて欲しかったんですけどねぇ」

ランシス「無理っぽい、よね」

レッサー「……まぁ、なんだかんだ言って、政治も経済も国際関係も『最善』であった試しがありません」

レッサー「ある国にとって良かれ、けれどとある国では悪しかれ。利害関係が絡めばフランスみたいに一抜けする所もありますよ」

レッサー「今着々と独立が進んでいるウクライナを置いてきぼりにして、ですが」

フロリス「いっくら平和ボケのジャパニーズでも、自称『親ロシア派の一般人』がライフル持って襲撃かますなんて思わないでしょー?」

フロリス「装甲車を乗り回し、ウクライナ軍の武装ヘリを撃ち落とす『一般人』……まぁ、学園都市の護衛さんでもあるまいし」

レッサー「国家は自国民の国益が一番。そういった意味でウラジミール氏はよくやっています――我々の『敵』として」

上条「……平和な世界云々、ってのは何だったんだ?そもそもEUは過去のしがらみを断ち切るためにしたんじゃないのか?」

レッサー「やっだなぁそんな訳ないじゃないですか。単に大国同士が利益を得られるからしただけですってば」

レッサー「取り残されるなと同じバスに乗ったは良いものの、行き先が同じじゃなくってパニクってるだけ、と言いましょうかね」

ランシス「ブリテンはー、ユーロ採用してないしー……」

レッサー「経済も外交も全部、形を変えた戦争なんですよね……ただ、今回は西側が負けただけの話」

上条「……ブラックな話だ」

ベイロープ「……ま、分かった?理解出来た?これもまた、現実だわ」

レッサー「『戦争を知らない世代』とか、日本以外でも結構使われるフレーズですけどね」

レッサー「じゃ逆に聞きますが、その理屈だと『戦争経験がある人間・国家の方が、しない人間よりも倫理的に上』」って事になりますな」

フロリス「『戦争を知らない=平和守れない』んだったら『平和を守る=戦争する』って事になって」

フロリス「『平和のために戦争をし続けなければいけない』って、延々戦争が続くだけなんだけどね」

ランシス「卵が先か、鶏が先か……」

ベイロープ「『偽善』、『最善』、『次善』……ま、言葉は色々あるけどさ」

ベイロープ「結局は、するか、しないかの二択なんだわ」



――ユーロスターS 5両目

□□□−□□□□※−□◇◇◇■

※ 現在位置

ベイロープ「ってな感じでそろそろ。あぁ移動頼む」

レッサー「上条さんは、私とこっちへどうぞ」

上条「車両移動?……あぁそっか」

上条(手を引かれるようにして、俺とレッサーは一つ前の車両へ移る)

上条(途中、連結器らしい物々しい構造物があった。非常時にはここで切り離すのか)

上条「次の車両からは『カーゴ』だもんな。ここでケリつけなきゃいけない、よな」

ベイロープ「まぁ、不本意ではあるけどね」

上条「不本意?」

ベイロープ「フロリス」

フロリス「……うん」

ベイロープ「おバカとやる気の無いの面倒頼むわ」

レッサー「言われてますよ、やる気の無い子さん」

ランシス「……だね、おバカの子」

フロリス「んー、まぁ適当にやってみるよ。メンドーだけどさ」

ベイロープ「アンタは本当に……ま、いいわ。ランシス!」

ランシス「……はい」

ベイロープ「……変えられた、か?」

ランシス「……うん」

ベイロープ「なら、良かった――レッサー!」

上条(会話が終わった子は一人ずつ、こっちの車両へ移ってくる)

上条(……でもこの挨拶、おかしくないか?)

レッサー「はいな」

ベイロープ「あー……やっぱいいわ」

レッサー「ヒドっ!?最期の最期でこの扱いですかねっ!?」

ベイロープ「アンタは直ぐ会えそうな気がするわ。フロリスじゃ手に負えないだろうし」

レッサー「失敬な!この『人の話を良く聞きましょう!』とよく言われたレッサーちゃんに何と言う暴言を!」

上条「今まさに人の話を聞けよ」

ベイロープ「後は、ま、ジャパニーズ」

上条「上条当麻」

ベイロープ「ウチの子らを、頼んだわよ。悪い子――も、いるけど、まぁ何とか外面は悪くないし」

レッサー「そこでどうして一斉に私を見るんですか?」

レッサー「そろそろ白黒つけましょうよ?ぶっちゃけ今の私達に必要なのは、肉体言語で理解し合う事ですよね?」

ベイロープ「――それじゃ」

レッサー「――えぇ、ベイロープ。良い旅を」

ガキンッ

上条「ちょっと待てよ……?今何を――」

フロリス「見りゃわかんじゃん。切り離したんだよ」

ランシス「後ろの列車の、車両を……」

上条「それじゃ――!?」

ベイロープ「……」

レッサー「あぁもうどうしようもないですから、ちゃっちゃと諦めて下さいな」

レッサー「連結器が一度離れてしまうと、人力で戻すのは不可能ですからね」

上条「まだ――あっちの車両にはベイロープが居るんだぞ!?」

ランシス「……じゃ、ないとダメ」

上条「あぁ!?」

ランシス「『ショゴス』は『一番近い人間』を捕食対象にする。つまり」

フロリス「『現時点で火力の足りないワタシ達』が出来る『次善』が」

上条「……まさか」

レッサー「そうしませんと、『親ショゴス』は直ぐにでも追いついてしまうでしょうから、はい」

上条「ベイロープさんを囮にする、か……?」

レッサー「……はい」

フロリス「意外と冷静だね、ジャパニーズ。さっきは散々取り乱したってのに」

フロリス「やっぱり見ず知らずの相手との別れには、納得しちゃうクチかな?」

ランシス「……フロリス」

レッサー「……あんまり言わないで下さいな、それは上条さんが酷薄って話じゃなく」

レッサー「この世界、『いつだってどこだって、誰かは犠牲になっている』んですから」

レッサー「今、たまたま目の前に――って、上条さん?」

上条「あ、レッサーゴメンな?もう少し左に退いてくれっかな?」

上条「そっちの子、フロリス――」

フロリス「”さん”をつけろ、”さん”を」

上条「――”さん”も、もうちっとだけ後ろ……あぁおけおけ、いい感じいい感じ」

上条(連結器から切り離された車両と車両の間は3m弱)

上条(向こうに動力がないから、次第にその差は広がっていく――のは、当然だっと)

上条「……いっちばーーん、学園都市、上条当麻――」

上条「――いっきまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁすっ!!!」 シュダッ

レッサー「上条さん!?」

上条(レッサー達が止める間もなく――ってかこの馬鹿な事はしないと踏んだんだろうけど――俺は、車両から車両まで飛び移る!)

上条(走り幅跳びでは……まぁ、何とか――?)

上条「――て、風が!?」

上条(マズい!予想以上に風圧が――!?)

上条(格好つけて落ちましたー、じゃ最悪すぎるだろ!?)

パシッ

上条(半ば諦めかけた俺の手を)

上条(列車から殆ど乗り出した格好で、ぶっちゃけ落ちんじゃねぇかって心配なるになるぐらい身を乗り出し)

上条(しっかりと握ったままで彼女は叫ぶ)

ベイロープ「お前――バカじゃないの!?」

ベイロープ「納得したんじゃなかったの!私や、アンタのツレの生き様見てたんでしょうが!」

上条(と、こうしている間にも列車と列車の間は離れていく)

上条(レッサー達も何か言ってるけど、聞く必要も無かった)

上条(俺が言わなきゃならない相手は、目の前に居るから)

上条「あぁうん、納得したし理屈も理解したよ。俺が同じ立場だったら、アンタや柴崎さんみたいな行動したかも知れない」

上条「なんつーか、散々『覚悟』っていうか、生き様みたいなの見せられて、正直スゲーなっては思ったよ」

上条「尊敬もしてるし敬意も払う。少なくとも俺みたいな『ガキ』には真似出来ないから」

ベイロープ「だったら――」

上条「……でもな」

上条「――『納得したからって黙って見てる義理もない』んだよ、こっちは!」

上条「俺は俺の理屈で動く!気に入らなければ殴ってでも止めるし、気に入ったんだったら殴ってでもする!」

上条「それ以上でも以下でもないんだ!」

ベイロープ「お前……」

レッサー「――上条さん!」

上条「……てかさ、そもそも間違いだったんだよ、最初っから」

上条「学園都市だの、十字教だの、魔術結社だの。下らねぇよな、ホント」

上条「女の子一人助けるために、ごちゃごちゃ理屈こねてる方か間違ってんだよ!」

上条「大の大人達が縄張り気にしている場合じゃ無かったんだ!――なぁ、聞いてんだろ?柴崎さん!?」

上条(渡されたスマートフォンへ向かって叫ぶ)

上条「ここから、こいつらが敵じゃねぇかって探ってんだよな?」

上条「そんな場合じゃねぇんだよ!誰が味方で誰が敵だとか――」

上条「――俺達が力を合わせなきゃ!バラバラの状態でやったって勝ち目は薄いんだよ!」

上条「目の前に大切なモノがあって!それを守り抜くためだったら何だってするんだろ?」

上条「命懸けで俺達を守ろうとしてくれた!アンタは証明してくれた筈だ!」

上条「だったら今度は!俺が信じた相手を!こいつらが味方だって信じてくれよ!」

上条「証拠も何もないけど!多分アンタが嫌う魔術師サイドの人間達だけどさ!」

上条「少なくとも見ず知らず人間一人守るために!仲間一人が笑って犠牲になるぐらい!芯
の通った人間なんだからさ!」

ベイロープ「……」

上条「だから、今度は――」

上条「――俺達と一緒――」

プツッ



――ユーロスターS 5両目

□□□−□□□□※

※ 現在位置

ベイロープ「――最初に恋した時の事って憶えてるか?私はよーく憶えてる方よ」

ベイロープ「近所に住んでた雑貨屋のお兄さん、ガキの時にはよく遊んで貰ってたから、って理由だけで好きになったわ」

ベイロープ「……ま、私が告白する前、カート密売で捕まったけど!」

上条「……えっと、うん、そのカートって」

ベイロープ「別名『チャット』、中東で使われてるドラッグよ」

上条「初恋は実らないって言いますよねっ!?きっと、それじゃないかな!」

ベイロープ「……まぁそれはガキの話じゃない?実家に居た頃の話だし、なんてーか年上の異性に憧れるなんてよくある話よ」

ベイロープ「でもね、これはゴードンに入ってからの話なんだけどさ」

上条「ゴードン?」

ベイロープ「ゴードンストウン、スコットランドにある全寮制の学校。私らが籍を置いてる所」

ベイロープ「所謂、王室関係者の出身が多いってんで、そっちにコネを作るにはもってこいの学校」

上条「コネて」

ベイロープ「つーかキャーリサ王女殿下ともそっち繋がりなのよ。学校のOG」

ベイロープ「そもそも私らみたいな、得体の知れない魔術サークルと懇意にしてるなんて有り得――」

上条「なくはないよなぁ。アイツの性格だと」

ベイロープ「とにかく!これはゴードンへ入った時の話なんだが!」

ベイロープ「こう、線の細い色白――って言うか、病的なぐらい肌の白い先輩が居たのよ」

ベイロープ「実際病弱キャラで『守ってあげたい!』みたいな、保護欲をそそられる先輩が!」

上条「あ、オチ何となく読めた」

ベイロープ「……初恋がアレだった。だからきっと!今回は神様も祝福してくれる!そう思って私は告白したわ!」

上条「したんだー、しちゃったんだー」

上条「完璧フラグ立ってる――てか、ベッキベキに折れてる気がするんだけどなー」

ベイロープ「ま、同室の野郎とデキてたんだけどな!」

上条「アッ――――――――――――┌(┌^o^)┐―――――――――――――!?」

ベイロープ「フラれたよりもショックが大きすぎで、もうレッサー殺して私も死のうかと」

上条「助けてあげて!?レッサーさん逃げてぇぇぇぇぇっ!?」

ベイロープ「……その後も『あ、ちょっといいな?』って思った男どもがマザコンだったりシスコンだったりブラコンだったり」

上条「男でブラコンて。アッ!率多いなイギリス」

ベイロープ「……だからもうコリゴリじゃない?キー・ステージ上がってくと、今度は逆に告白されるようになったんだけどさ」

上条「キーステージ?」

ベイロープ「ブリテンのパブリックスクール――公立校の義務教育の学年、みたいなもんよ」

ベイロープ「ちなみにステージ4卒業が16歳ね」

上条「日本より一つ上か」

ベイロープ「ま、あの子達の世話もあるし?先生――私達に魔術を教えてくれた人から、面倒看るのも修行だー、みたいな」

ベイロープ「今にして思えば面倒を押しつけられた気も……?」

上条「まぁいいんじゃないか?他人に教えるのも復習になると思うんだよ」

ベイロープ「ま、ね。そんで時間もサークルっていう建前で拘束されるし、告白されてもフッてたら――」

ベイロープ「……今度はレ×疑惑が」

上条「てかそれ男運じゃなくって、男見る目がないだけじゃ……?」

上条「あと別に百合はいいと思うよ?当人同士の強い想いがあれば、うん」

ベイロープ「黙ってやがれ百合厨疑惑。アンタの性癖でどんだけのレッサーが泣いてると思ってんだわ」

上条「少なくともオタクのレッサーさんは泣いてないと思うな。あの子にあるのは打算だけだもの」

ベイロープ「ん、私も自分で言ってて、『それはねぇな』って思った」

上条「……あれ?」

ベイロープ「何?」

上条「いつの話だ?てかどうしてレッサーさん居んの?」

ベイロープ「ゴードンは全寮制、でもってレッサー・フロリス・ランシスとは寄宿舎が同じ」

ベイロープ「つっても私は上級生だから面倒看る方だけど――」

上条「へー」

ベイロープ「……思えばアイツに告白した時も、あのおバカが邪魔しくさりやがって……!」

上条「……一応聞くけど、どんな人?」

ベイロープ「何か、こう一匹狼って感じで。孤独なのよ!」

上条「コミュ障だよね?」

ベイロープ「何かあると『俺の右手が!?』って言い出す人」

上条「あ、ゴメン今の無し。よく居るよねー、珍しくもないもんねー」

ベイロープ「そういや最近見ないけど、退学したんだっけ……?」

上条「キャラ作りで失敗したんだと思うよ?学校デビュー間違ったとも言うかも」

ベイロープ「とにかーく!私は別に男運が悪い訳じゃないのよ!分かる!?」

上条「繰り返すけど、見る目の問題じゃねぇの?タイプが一人ずつチェンジしてる」

上条「つーかさ、聞いていいかな?」

ベイロープ「何度もどうしたのよ」

上条「俺ら今、絶賛取り残され中だよね?バリケードとか作んなくていいのか?」

ベイロープ「天井と壁と床から染み出してくる連中に壁作ってどうすんのよ。そのまま逃げ場失って食われるパターンよね」

上条「かも、知んないけどさ!車両の中で男運の悪さ嘆くのも何か違うだろっ」

ベイロープ「私達がここから離れる訳にも行かないし、他に出来る事もないわよね」

ベイロープ「アンタのお友達でも居りゃ、ギャーギャー騒ぐんでしょうけど」

上条「あー……『無駄死にするな』って」

ベイロープ「それそれ」

上条「ベイロープさん、あんま怒ってない、よな?つーか普通?」

ベイロープ「ん?あぁ別に?つーか怒る方がおかしいでしょ」

ベイロープ「だってアンタ、ここへ『戦い』に来たのよね?私を止めるとか言い出したら、遠慮無くぶっ飛ばすけど」

上条「しねーよ。死なせたくないし、死ぬつもりもないだけだ」

ベイロープ「私も同じく。『新たなる光』の中じゃ、高火力の私が足止めとしちゃ適任だっただけ」

上条「てっきり叱られるもんかと思ってた」

ベイロープ「あぁ『命を無駄にするな』とか言われると思った?ナイナイ、言う訳がない」

ベイロープ「んー、まぁ『死ぬ』のは『結果』であって、『目的』じゃないワケよ」

上条「うん?」

ベイロープ「だーかーら、こうやって足止めやってるけど、別に『死ぬ』のが目的じゃない、分かる?」

上条「あぁ時間稼ぎっつーか、他の解決方法を誰かか持ってくるまで被害を抑えるんだよな」

ベイロープ「『目的』が時間稼ぎであって、『死ぬ』のはあくまでも『結果』よ」

ベイロープ「力が及ばないんだったら、それは自分の責任だわ。生きるだけの力が少しだけ足りなかったって事」

ベイロープ「少なくとも『戦場』に来るんだったら、覚悟はしておかなければいけないのよ」

上条「厳しいな、そりゃ」

ベイロープ「それが『戦場へ往く』って事だからね。自分自身で選んだ以上、出たダイスの出目が悪かったからって、無しには出来ない」

上条「……俺が言うのも何なんだけど、つーかさっき言われた事でさ、そういうの適材適所があるんじゃねぇかって」

ベイロープ「『仕事はプロに任せる』?」

上条「……俺みたいな一般人が出て行っていいもんか、っては結構悩んだり」

上条「今だけじゃなく――」

ベイロープ「……あのさぁ、上条だっけ?」

上条「うん」

ベイロープ「例えばの話、目の前で困ってる人が居た。どうする?」

上条「助ける」

ベイロープ「いい返事。それじゃ『戦う』んだった――あぁいえ、言わなくていいわ。ロシアまでウチの子と行ってきたんだし」

ベイロープ「バゲージシティみたいな地獄の一歩手前にも顔出してたわよね、確かに」

上条「いやぁ割と気がついたら巻き込まれてる時も、うん」

ベイロープ「じゃ聞くけど、どうして行ったの?ロシアとバゲージへ」

ベイロープ「魔術と科学の間でフラフラしてきたアンタが、大した力も無いのに何で?」

ベイロープ「それこそ誰か、『もっと強い専門家』へ任せた方が良いとか思わなかった?」

上条「……あぁそうか、そういう事か」

ベイロープ「確かに『誰かが助けてくれる”かも”しれない』」

ベイロープ「『自分じゃない誰かが、上手く収めてくれる”かも”しれない』……ま、可能性はあるわよね」

ベイロープ「道で倒れたおばあさんを、たまたま通りかかった医者が助けてくれる”かも”しれない」

ベイロープ「傷ついて動けない人が居ても、誰かが通報してくれる”かも”しれない」

ベイロープ「世界が悪い魔王に征服されそうになったら、英雄が現れて救ってくれる”かも”しれない」

上条「……」

ベイロープ「そして『自分が戦わなくっても、誰かが自分の思い通りの世界を創ってくれる”かも”しれない』って」

ベイロープ「ゼロじゃないってだけで、限りなくゼロに近い他力本願を」

ベイロープ「でも、アンタはそれで納得行かなかったってクチでしょ?」

ベイロープ「だから拳を握って、たったそれだけの武器を持っていつもいつも『戦場』へ来やがった、と」

上条「……ま、そうだけどさ。それ言ったらベイロープさん達だって同じじゃねぇの?」

上条「『魔術師』は、みんなそうだって事だろ」

ベイロープ「そう、ね。うん、それはそうよ」

ベイロープ「力があればするとか、無ければしないとか、そうじゃない。そういう甘ったれた話じゃない」

ベイロープ「『魔術師だから』も、この際関係ないわ」

上条「……」

ベイロープ「『戦場』に立つだけの勇気があれば、それはどんなガキだろう、老いぼれだろうと『戦士』なのよ」

ベイロープ「アンタ――あなたは『それ』を行動で示した」

ベイロープ「自ら進んで死地に降り立った。覚悟を見せたわね」

ベイロープ「そんな『戦士』相手に、今更説教タレんのもダサいって話よ」

ベイロープ「世界を変えたいけど、『来るか分からない英雄なんか待ってらんねぇよ』って動いたのか、あなた。そして――」

ベイロープ「――私。OK?」

ベイロープ「ちなみに似たようなおバカを、あと三人知ってるわ」

上条「……ベイロープさん男前っすね」

ペイロープ「……止めて。トラウマが甦る」

上条「えっと……?」

ベイロープ「レ×疑惑が出た時、あのおバカが」

ベイロープ「『まっかせてください!この私にお任せ頂ければ噂の一つや二つは75日!』」

上条「ちょっと何言ってるか分かんないですね」

ベイロープ「止めろっつってんのに、あのおバカが勝手に噂操作?だか噂の上書きだか、やりやがったんだよ」

上条「うわぁ……」

ベイロープ「次の週、何か会う奴会う奴、全員から同情された視線が飛んでくるな、って思って問い詰めたら」

ベイロープ「私は『外に恋人が居たが、両親から猛反対されて全寮制の学校にぶち込まれた』って設定んなってた」

上条「なんつーか、その時レッサーが読んでた小説だかマンガだかの内容が分かる……」

ベイロープ「バカじゃねぇのか!?こっちはハイランダーの末裔名乗ってるけど、別に貴族じゃないわよ!?」

ベイロープ「つーか入学したのってまだちっちゃかったし、どんだけウチの親が大人げないんだって話だ!?」

上条「……昔っから仲良かったんだなー、君ら」

ベイロープ「吊ったけどね」

上条「どこにっ!?」

ベイロープ「――ま、その話は帰ってからどうぞ」

……ギシッ、ギシギシギシギシギシギシッ!

上条「……いや、死ぬつもりはない。ないって思ってんだが――倒せるのかよ、『アレ』」

上条「最新式の車体揺らす程の大質量の群体、俺の『幻想殺し』で殺しきれんのか……?」

ベイロープ「少しでも勝ち目があんだったら、『新たなる光』全員でやってるのだわ」

ベイロープ「ゼロじゃない。が、ゼロに限りなく近い」

上条「難しいから他の乗客を先に行かせて、か」

ベイロープ「ま、ブリテンを敵に回した時よりかはマシよね、よくよく考えれば」

上条「だな。『騎士派』と怖いドレス女から逃走しながら、イギリス駆け回った思い出に比べれば、まだまだ」

ベイロープ「最悪、ある程度保てば死んじゃっても、『時間稼ぎ』は達成される、か」

上条「俺としちゃ不本意っつーか、今っからアリサのコンサートツアーに同行しなくちゃいけないんだけどなー」

ベイロープ「『ショゴス』が出た時点で中止決定じゃないの?」

上条「……いやぁ、どうだろう?ウチらの運営、無茶大好きだからねー」

上条「前もパラシュート一つでイタリアに投下されたり……うんっ!」

ペイロープ「ま、最悪死ぬだけだから」

上条「美味しくいい頂かれるのは嬉しくねーよ!」

親ショゴス『……デゲリ・リィィィィィィィィィィィィィィィッ……!』

ベイロープ「さて、と。そろそろお喋りは終りみたいね」

ベイロープ「他に何か、聞きたい事でも?」

上条「んー……?」

ベイロープ「冥土の土産代わりに一つだけ答えてあげるわよ。あんま長いのはダメだけど」

上条「……あぁ!」

ベイロープ「どうぞ?」

上条「結局、ベイロープって今付き合ってる人って居るのか?」

ベイロープ「……やっぱり私は男運が悪いわー……」

上条「どういう意味だよっ!?何で失望すんのさ!?」

ベイロープ「ここは『生き残ったら恋人になろう』とか、言っとく場面よね?」

上条「意外と余裕だなっ!」

ベイロープ「ま、ね?」

ベイロープ「一人でおっ死ぬと思ってたら、どっかのマヌケが付き合ってくれて、正直嬉しいわ」

上条「言葉を選べ、な?下手すれば最期なんだから」

ギシ……ギシギシギシギシギシギシッ!

ベイロープ「来るわよ!」

上条「あぁっ!」



――同時刻 『カーゴ3』

柴崎「――ふむ、共闘、ですか」

レッサー「悪い話ではないかとも思いますよ」

柴崎「でしたらまず、その物騒な物を仕舞って頂けませんか。こちらには一般の方も居られるんですから」

フロリス「だったらそっちの『糸』も引っ込めろよジャパニーズ。鬱陶しいったらありゃしない」

柴崎「いと?」

フロリス「空調が動く度にチカチカ光ってるしー、感知余裕だっしー?」

柴崎「すいません。不調法な上、小心者ですので」

柴崎「お嬢さん達に槍を突きつけられて平静で居られる程、メンタルは強くないのですよ」

フロリス「つーかそのジャパニーズ特有の気持ち悪い微笑みもナントカして。ワタシ、大っ嫌い」

ランシス「フロリス……」

柴崎「それは文化の違いでしょうなぁ、単純に」

柴崎「『どんな程度の低い相手にも、表面上は一定レベルの礼儀を持つ』のが、私達の社会では美徳とされていますから」

柴崎「それが例え、『共闘の誘い持ってきたにも関わらず、いきなり喧嘩を売った礼儀知らず』であっても例外ではありません」

フロリス「この……っ!」

柴崎「外面すら友好的に振る舞えない相手が、心底信じられる訳がない」

フロリス「……ダメだよレッサー。やっぱジャパニーズなんて相手にするだけ時間のムダっしょ」

レッサー「そう言わないで下さいな。私だって好きでやってるんじゃありません」

ランシス「……じゃ、なんで?」

柴崎「私も聞きたいですね。どう見ても私達は『お友達』ではないというのに、何故?」

レッサー「仲間を助けるのに理由が必要ですかね?」

柴崎「……いやまぁ至言であるとは思いますがね」

柴崎「ですが、一度は切ったお仲間でしょう?被害を最小限に抑えるために」

柴崎「話を聞くに、一度納得済みの案件を今更『やっぱり気が変わった』で、助けに行くのもねぇ?」

レッサー「いえ、そうではありません。私達は先程の時点では最善の判断を下した、そう思っています」

柴崎「心中お察し致します」

レッサー「これはご親切にどーも。思いっきり『言うだけ言っとけ』的な感じがしますけど」

レッサー「で、ま?また似たような状況下に置かれれば、同じ選択をするでしょう」

レッサー「その程度の覚悟は持ち合わせているつもりですから」

柴崎「まだお若いのにご立派な信念です」

フロリス「持ってる?」

ランシス「……ないない」

レッサー「空気お読みなさいなアンタ達っ!折角人が真面目モードへ入ってるというのに!」

柴崎「そちら側の決意は分かりました。ですが、なら何故」

レッサー「事情が変わったじゃないですか、さっきと今とは」

レッサー「勝算があるんだったらそれに賭ける――悪い話じゃないとも思いますがねぇ?」

柴崎「それも共感はします。しかし理解は出来ません」

柴崎「変化があったとすれば……そうですね、時間的な余裕が出来た、ぐらいでしょうか」

柴崎「このまま走り続けていけば、これ以上乗客に被害は出ないとは思います」

レッサー「いえいえそっちじゃありません。変わったのはもっと別――私達、ですよ」

柴崎「と言うと?」

レッサー「『共通する一つの脅威』を目の前にして、文字通り同じ船に乗っていれば共闘出来ませんかね、って話ですよぉ」

レッサー「助けたいんでしょ?ウチのベイロープはともかく、上条さんは」

柴崎「……それは、そう、ですがね。しかし……」

柴崎「買い被られても困る、と言いましょうか。『アレ』相手に私は――私達は有効な手立てを持ちません。それが現実です」

柴崎「更に言わせて貰うと、ユーロスターSは時速300km――多少減速はしているでしょうが――なので、飛び降りたら命が危ない」

柴崎「音速並の速度へ身を投げ出し、生身で耐えきる自信は流石にないでしょう?」

フロリス「だよねー、ギャグ一本で済ませて良い場合じゃないんだよーホントはさー」

ランシス「よしよし……」

柴崎「また切り離した車両とは一分経過する度に5km離れる――つまり無事に飛び降りても、現場へ着くまで時間がかかってしまいます」

柴崎「だからといって列車を減速したり、停めてしまっては本末転――」

レッサー「――これは私の友達の友達から聞いた話なんですがね」

レッサー「とある貸しボート屋さんでバイトしていた時の話です」

柴崎「いやあの、一刻を争っているのでは……?」

レッサー「まぁまぁ聞いて下さいよぉ」

レッサー「どーせバンの中で色々作業やらせててヒマなんでしょ?違います?」

柴崎「仰る意味が分かりかねますが」

レッサー「だって『助けに行かない』なんて一言も言ってませんもんねぇ、そちらさんは」

レッサー「『共闘は出来ない』と拒んでいるだけであって」

レッサー「ここまで間が開いてしまえば『アレ』からは充分に逃げ切れる。だから後は上条さんを拾いに行こう、そう考えてるんじゃありませんかね?」

柴崎「魅力的な推測ではありますが、どうやって?」

レッサー「――で、ある時ボートの貸し出しをしていると、青年が来ました」

柴崎「すいません。この子バッファが足りていませんよ?」

フロリス「仕様だから、うん」

柴崎「はぁ」

ランシス「仕様だけに……!」

レッサー「突っ込みませんよー?スベるのが丸わかりなトラップに手ぇ出す程、私はボケに飢えていませんからねっ!」

フロリス「ボートの話はどうなったん?」

レッサー「その男がボートへ乗り込んだ際、『あるぇ?おっかっしいにゃんにゃん?』と首を傾げました!」

フロリス「なにその面倒臭い語尾」

柴崎「……イギリスにもキャラ付けのために語尾変える、っていう概念があるんですか?」

ランシス「レッサーはフリークスだから……良い意味で」

レッサー「何とぉぉっ!青年が乗り込んだボート、一人しか乗っていないのにやったら沈む!これは二人分の体重がかかってるに違いない!」

フロリス「要は『一人しかボートに乗ってないのに、どして二人乗ったくらいに船が沈むん?』って話でしたー、ぱちぱちー」

柴崎「……ここまで風情の欠片も無い怪談、始めて聞きました。せめてもう少し順序立てた方が」

ランシス「ブリテンは結構幽霊話ある、けど」

フロリス「ケルトの妖精達とエッダ繋がりだよねぇ」

レッサー「――んで!レッサーちゃんからの疑問なんですけどー、このバン、一体『ナニ』を積んでいるのかなーっと?」

柴崎「特に何も?要人警護用の偽装装甲車であり、特に面白い物は積んでいませんが」

レッサー「だったらどうしてその『タイヤ』がやったら潰れてるんですか?」

レッサー「『装甲車仕様にして増えたにも関わらず、驚きの走行性能!』」

レッサー「カーゴ見た時にググってみたら、そうサイトには書いてありましたけどね」

レッサー「仮にも装甲車程度の対弾対爆対BC戦用装備を持つんだったら、最初っからタイヤも想定している筈ですよ」

レッサー「多分対人地雷を踏み抜いても破裂しないような頑丈なタイヤ。それが大きく凹むって、想定外の『プツ』を積み込んでるんじゃないですかねー?」

レッサー「それともARISAちゃんが、数トンもある超メタボってぇ話でも無い限りは、ですが」

柴崎「……」

レッサー「おっと『糸』はゴメンですからね?あぁ嫌だなーって意味じゃなく、通用しません」

レッサー「術式『いばら姫の糸紬き(デッドデッドスリーピングビューティ)』があれば、『糸』属性は無効化されるって意味で」

レッサー「何でしたら試してみます?どーぞどーぞご自由にお気軽に是非是非やってみてはどーでしょーかねー?」

レッサー「ただし即座に反撃した後、『ナニ』を強奪してさっさと引き返しますが」

柴崎「……『学園都市謹製』をそちら側の人間が扱えるとでも?自動車でもあるまいし」

レッサー「やってみなくちゃ分かりませんよ?それに脅して協力させるって手もありますからね」

フロリス「殺さない程度に殺してやるから、さっさと乗せてけっつってにゃんにゃん?」

ランキス「……『学園都市を裏切れない』んだったら、私達のせいにすれば、いい……!」

柴崎「……これはまた頭の良いお嬢さん方ですな。さて、どうしたものか……」

レッサー「はっきり言いますけど、私は、あなたを信じていません」

柴崎「……はい?」

レッサー「どうせあなたもそうでしょう?私達が『濁音協会』の一員ではないか、そしてARISAを狙ってるんじゃないか。そう考えていますよね?」

レッサー「目の前の超絶ぷりちーなロリ巨乳は自分を引き離そうしているのでは、と」

柴崎「不要な形容詞以外は概ね会っていますね」

柴崎「……ま、ぶっちゃけてしまえば、今までの一連の事件はこの状況へ追い込むための伏線かも知れない、とも考えています」

柴崎「あなた方が『主犯』でない証拠がどこにもない」

ランシス「……それ、『悪魔の証明』」

フロリス「やっぱコイツムカつくな。ぶっ飛ばして行こうよ、レッサー」

レッサー「――が、しかしです」

レッサー「『あなたは信頼に足る人物である』とも、私は考えます」

柴崎「それは、どういう」

レッサー「くっだらねー理由ですよ――『上条さんが信用してるんだったら、信頼に値すんじゃね?』ってだけの」

レッサー「面と向かって言うのは失礼でしょうが、あなたを信用するのではなく、信頼する人が信じてるってだけの理由で」

レッサー「ただそれだけのお話です、えぇ」

柴崎「……」

レッサー「聞いていたんでしょ?上条さんに渡した通信機か何かから」

レッサー「『女の子一人助けるために、ごちゃごちゃ理屈こねてる方か間違ってんだ』って言葉」

柴崎「それは……」

レッサー「さっきも言いましたが、もしも学園都市側からのペナルティが怖いのであれば、適度に半殺しにした後」

レッサー「私達が『脅迫した』という形で従ってくれても構いません。てかこのまま同意を得られなければ、そっちへ移行するんですが」

柴崎「……」

レッサー「あなたは、どうです?どうしたいんですか?どうするんですか?」

レッサー「私達は何かを成し遂げるために魔術を得ました。対して」

レッサー「あなたは、どうです?」

レッサー「あなたが今手にしている『力』、それは一体何のために得たモノですかね……?」



――切り離された列車にて

 ズバチイッ!とルーンを伴った雷撃が車内を一掃する。巻き込まれた『子ショゴス』が瞬時に灰燼へと姿を変えた。
 ベイロープの『知の角杯(ギャッラルホルン)』。遠距離砲撃用の霊装。

 絶大な威力と長い効果時間、的確な砲撃能力――本来であるならば距離を取って迫撃砲のような使い方をするのが最適である――そうベイロープは教わっていた。
 仲間を前衛(アタック)へ配置した上、自身は距離を取って高火力の霊装の制御に徹する。それが『新たなる光』が得意とする攻撃パターンの一つ。

 いつぞや天草式の少女へやってのけたように、近距離戦、しかもタイマンで使える――が、アレでは本来の威力には程遠い。
 威力も精度も効果時間も、接敵したままで十二分に振える程、『知の角杯』は安くはない。

「ベイロープ後ろ!」

「分かってるのだわ……ッ!」

 『槍』を薙いで距離を稼いだ後に雷を叩き込む。酷く嫌な匂い――肉の焼ける悪臭と引き替えに粘液は蒸発する。

 人が力を込めて攻撃するとしよう。それは誰かを殴る時でも、または大口径の銃を撃つ時でもいい。
 当然殴る側も発砲する側も、『自身にかかる負担』が存在する。
 殴りつける際に全力で踏み込んだり、射線がぶれないように脇を締めたり。
 カメラでシャッターを切るのと同じく、写真がぶれないよう『体を硬くする』のと似ているだろうか?

 同様に『知の角杯』も攻撃時にはそれ相応の『溜め』と『硬直』がある。
 仲間のフォローがあれば無視出来るような弱点が、ここへ来て少しずつ負担となっていた。

 四方八方、文字通りに『湧いて出る』規格外の敵には相性が悪い。威力を数段階落とした上で行使しなければ、とてもじゃないが使えるものではなかった。

 だがベイロープの体に傷一つついていない。それは上手く立ち回ったから――では、無い。決して。
 『戦士』である所を称する少女は誰かに傷を負わせる事も、また自身が負う事も躊躇いはしない。
 上条へ語って聞かせたように、生死すらも『戦いの結果』であると俯瞰している。
 力が足りなければ死ぬだけ、でなければ生きる。シンプルな理由ではある。

 だから年相応の――戦いの中へ身を置くものとしてはあるまじき事だが――感傷とも言える、傷つくのを躊躇う気持ちは持ち合わせていない。
 負傷すれば動きが悪くなるため、率先して当たるつもりもないが、必要であれば死地へ赴く。

 それは彼女がまだ未熟ながらも『戦士』としても素養を持ち合わせている証拠――だが。
 『戦士』が必ずしも孤独であるとは限らない。

 目の前でベイロープの行動をフォローする上条当麻も、その一人ではある。

 上条にとってすればベイロープの動きは『分かりやすい』の一点だ。
 敵が居れば蹂躙し、殲滅する。近くに居るモノが片付けば遠くのモノへ、と。

 自分の体を顧みない蛮勇を、女の子なんだからもう少しあるんじゃねぇのか――そう何かを棚に上げて感想を抱いていたりするが。

 救われているのは敵の単調さにもある。ここへ来てすら『アレ』は攻撃方法を変えていない。
 近寄り、這い寄り、のしかかって消化をする。それだけ。

 しかし相手が粘液の塊である以上、一度接触してしまうとまともな方法では引き剥がせない。触れた所から急速に『消化』されていく。
 同時に少しでもこちらの動きが遅くなれば、『アレ』が殺到し、押し潰す。
 人程の塊の液体が次々と押し寄せて押し潰す。当然体積にあっただけの質量を伴って。

 『幻想殺し』が無ければ――個々の『アレ』が崩れた後にも飛び散る体液を消す力が無ければ、疾うに力尽きていただろう。

 ――にも関わらず、上条の体には大小様々な裂傷を負っていた。腐食による火傷や酸の熱傷とは違う。何かに切られ、刺された痕が。

 何故ならば『アレ』は『牙』を生やしていたからだ。
 いや『牙』と呼ぶべきか、『骨』なのだろうか?

 黒い粘液の塊からデタラメに尖った何かが生えている。10cm程の杭のような棒、1m程の錐にも見える『牙』、と大きさはまちまちだ。
 その色は本体と同じ漆黒。哀れな犠牲者の物を『流用』していない所だけは、まだ安心出来るかも知れない。

 繰り返すが『アレ』の攻撃方法自体は変わっていない。体当たり、押し潰し、消化する。単調なのは変わりが無い。
 だが『体のあちこちへ牙を生やした状態』で同じ事をされれば――犠牲者は串刺しのままで消化されるだろう。

 尤も、ジワジワ溶かされるよりはマシかも知れないが。

「こいつら――『学習』してやがんのかっ!?」

 どこから調達したのか知らないが、彼らの『牙』は異能殺しでは消えなかった。
 『アレ』を消した後にも残り地面へ落ちる。これが何を表わしているか。

『テケリ・リ!』

「……あぁクソ!キリがねぇな……!」

 勢いそのままに突進して来る相手を『右手」でいなす。最初、『牙』の生やした相手を見てもあまり不安視はしていなかった。
 しかしそれが間違いだと知ったのは、『アレ』を打ち消した後も、そのままの勢いで『牙』が上条の体に刺さった時だ。

 幸い『牙』の向きも鋭さもバラバラ、致命傷には程遠いが――脅威には違いなかった。

 誰かの持論にもあった通り、人間はある意味全身が急所である。血が流れれば体力を失い、痛みがあれば集中を欠かす。
 何よりも『死』を実感する事によって心が折れる。
 それは本能に刻まれた生き残るための術なのだが、この局面では――『戦わないと、死ぬ』状況下では不要なものだ。

「――ってんじゃねぇよ!」

 パキィィンッ!ベイロープを優先して守っているため、上条の体にはまた新しい傷が刻まれる。
 度重なる強敵の戦いを経て、また死線をかいくぐってきたお陰で心が折れないとしても、肉体に蓄積させていくダメージまでは誤魔化されない。

 対して『アレ』の方は終りを見せず、また『牙』を得てから心持ち動作が速くなった気もする。

(……そろそろ限界かしら)

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ズゥンンンッ!!!車内に木霊する残響を残し、雷電が『アレ』を焼き払う!

「来い上条!」

 片側だけの敵を一掃出来たのを確認すると、ベイロープは『槍』を床へ突き刺――そうとする前に、『槍』の鉤爪がカパと開いて地面へ刺さった。

「え、何?来いってどこ――うぉおぉっ!?」

「戦略的撤退って奴だ!喋るな!舌噛むわよ!」

「お、おいやめろ!?それはどう考えてもフラ――ンググッ!?」

 そのまま『槍』の柄へ腰を落とし、上条を引っ掴んで逃げる――『槍』は『鉤爪』をワシャワシャと生き物のように動かして移動し始めた。

『テケ――』

「邪魔なのだわ!」

 懲りずに湧く『アレ』を蹴散らしながら、二人は列車後方へ逃走――戦略的撤退を試みる。
 彼らはまだ――生きている。



――ユーロスターS 8両目

□□□−□※□□□

※ 現在位置

ベイロープ「生きてる?おーい、もしもーし?」

上条「……うんまぁ、まだ大丈夫。まだ」

ベイロープ「取り敢えず服を脱げよジャパニーズ」

上条「俺達まだ会ったばっかりだし、そういうのはもっと段階を踏んでからの方がいいと思うんだ」

ベイロープ「違うっつーのよ。冗談言う元気があんのは分かったから、脇腹見せやがれ」

ベイロープ「……っ!酷いわね、今すぐ治癒術式を――」

上条「悪い。体質上効かないんだって」

ベイロープ「……そう、じゃ、待ってて」 ビリビリッ

上条(近くに落ちていた衣服を適当に破り、傷口の応急手当をしてくれる)

上条「……うん?落ちてた?」

ベイロープ「消化出来なかった、が正解でしょうけどね。使えるんだから文句言わない」

ベイロープ「悪いと思うんだったら、『アレ』をぶっ飛ばして敵討ちしてやりゃいいわ」

上条「……誰かの肩身なんだからな、これ」

ベイロープ「じゃ、生き残れたら家族に頭でも下げれば良いわ。つーか」

ベイロープ「私がスカート破った方が良かったの?どんだけだよ」

上条「うん、聞くけど君らは一体俺をどんな目で見てるの?つーかレッサーさんの台詞を鵜呑みにしちゃダメだと思うよ」

ベイロープ「『釣った魚に餌をやらないクソヤロー』?」

上条「あれ?おかしいなぁ、傷口とは別に胸の奥がシクシク痛むんだけど……」

ベイロープ「自覚があるのは良い事だわ。つーかレッサー泣かせたら三枚に下ろすからな?」

上条「100%打算で近づいてくる相手だぜ!?そこまで面倒看きれ――つっ!?」

ベイロープ「止血中に興奮しない。致命傷じゃ無いとはいえ、処置が必要なんだからね」

上条「……まぁケガすんのは慣れちまってるけどさ」

ベイロープ「んー……?ま、こんなもんで良いか」

上条「……雑」

ベイロープ「うっさい。いつもは魔術だから応急処置は慣れてないんだっつーのよ」

上条「ま、まぁありがとう。助かった――けど」

ベイロープ「あの『牙』ね」

上条「常識的――って言葉はどうかと思うけど――に考えれば、進化してるって事かよ」

ベイロープ「学習してるのは間違いないわ。てかさ、あなたの異能は『異能キャンセル』よね?」

上条「連中の『牙』は対象外……どういう事だ……?」

ベイロープ「多分、そこら辺が『アレ』の本質的な所だと思うわね。出来れば死ぬ前に知りたい」

上条「……シェリーって知ってる?」

ベイロープ「シェリー=クロムウェル、『必要悪の教会』の非戦闘員でカバラ系霊装のエキスパート、よね」

上条「シェリーが有名なのか?それとも『新たなる光』の情報網が凄い?」

ベイロープ「前者ね。『ハロウィン』の時、敵に回るかも知れないって、ある程度王女殿下から教わってたから」

上条「その人のゴーレムと戦った時、『幻想殺し』でゴーレム”は”倒せたんだよ」

ベイロープ「ふぅん?」

上条「ただ、そのゴーレムの体は大量の土と砂でさ。押し潰されそうになってヤバかった、っつーか」

ベイロープ「『魔術』も打ち消されれば元の材料へ戻る?」

上条「例えば、魔術でボールを操ったとしてだ」

上条「俺がボールを触れば魔術の干渉を打ち消し、タダのボールに戻る。それが基本的なルールだ」

ベイロープ「じゃ、そのボールが時速150kmで右手へ投げつけられれば――」

上条「触った瞬間に魔術は解ける。けど時速150kmのままボールは止まらない」

上条「……と、思う」

ベイロープ「自信ねぇのかよ」

上条「しようがないじゃん!?俺だって謎能力なんだから!」

上条「精神攻撃無効かと思えば残念な子のは角度で喰らったりすんだからねっ!」

ベイロープ「あー……体調、とかもあるんじゃないの?」

ベイロープ「能力者は知らないけど、生理で使えなくなる子とか居るわよ」

上条「体育のマラソンじゃねぇんだからな!」

ベイロープ「いやマジマジ、マジ話なのよ。昔っから月の満ち欠けと魔術ってのはリンクしてるから」

ベイロープ「特に魔女系統――ウィッカは特定の月しか出来ない儀式魔術とかザラにあるわ」

上条「……あー……そういや、能力者も体調悪いと威力が上下したような……?」

ベイロープ「聞くなよ?知り合いだからっつって、女の子に確認しちゃダメだからな?」

上条「どんだけ常識無いと思われてんだよ……」

ベイロープ「ちなみに今さっきの高速移動も、『魔女の箒』を概念に取り入れたの」

ベイロープ「ウチらの北欧系とウィッカは相性良いからね。てかまぁ同じっつーか」

上条「言われても『ふーん?』ぐらいしか言えな――なぁ、ちょっといいか?」

ベイロープ「何か思い付いたの?」

上条「そうじゃなくて『アレ』――『ショゴス』か。そっちの方面から探れないのか?」

上条「神話に出てくる弱点がそのまま通るとか、何かに弱いとかあるだろ!」

ベイロープ「あー、無理よそれ。だって『アレ』、ショゴスじゃないし」

上条「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?ちょっと待ってくれよ!?群体がどうこうって言ってたのは!」

ベイロープ「そっちの仮説は今でも有効。けど『アレ』は『クトゥルフ神話のショゴス』ではない。有り得ないのだわ」

上条「……創作だから?」

ベイロープ「違う。『ショゴスはあんなに知能が低くない』のよ。それが証拠」

上条「どういう事?」

ベイロープ「元々は『古のもの(エルダー・シンク)』って呼ばれる種族が、奴隷として造られたのが『ショゴス』なの」

ベイロープ「……ま、クトゥルー神話では地球の生き物全てが『古のもの』の創造物なんだけどさ」

上条「人間も?」

ベイロープ「そ、人間も動物も植物もって設定なのよ」

上条「あれが地球上の生物とは思えねぇんだが……まぁいいや。ホラー小説に突っ込んでも仕方が無い」

上条「それよりも『違う』のは、なんで?」

ベイロープ「思いっきりかいつまんで言うと、『ショゴス』は奴隷生物だったのに、ある時『脳』を造って知恵を得た」

ベイロープ「エデンじゃまず『恥ずかしい』だったけど、ショゴスは『古のもの』へ全面戦争を仕掛け、相打ちに終わった」

ベイロープ「ショゴスの殆どは地下深く、南極大陸に封印されたわ」

上条「……だから?」

ベイロープ「『古のもの』は高度な文明、他の生物を作り上げる程度のものは持っていたのよ。当然創造以外にも応用出来るでしょうし」

ベイロープ「そんな連中と『相打ち』したんだってなら、それ相応の高い頭脳を持ってる筈でしょーが」

上条「……あぁ」

ベイロープ「少なくともアメーバと同じ、『近づいたら食べる』だけだったら、『古のもの』は滅んでないでしょうね」

上条「そっか……確かにおかしいよな」

ベイロープ「もしも人並みの知能があれば、さっさと運転席――は、流石に分からないでも、牽引車襲って足止めするでしょうしね」

上条「……何かがおかしいのは分かる。でも何がおかしいのかは分からない、か」

上条「さっきも言ったけど動機が不明だよな。なんでわざわざフィクションの『ショゴス』に似せるのか、って話」

上条「レッサーは『まだ見つかってない魔術体系』とは言ってたけど……いや、逆か!」

上条「俺達が『ショゴス』だって勘違いしただけで、全然別の何かだったってオチはどうだろ?」

ベイロープ「外見はそっくりだけど、別物でしたーって事?絶対に違うわ」

上条「何でだよ。つーか断言出来る証拠は何?」

ベイロープ「『テケリ・リ』って鳴き声、あれは『ショゴス』しか有り得ないの」

ベイロープ「故意か必然は分からないけど、『濁音協会』は明らかにクトゥルー神話に影響を受けている」

上条「だったら俺達が誤解させるように、仕掛けた側が言わせてる、とか?」

上条「本質を隠すために擬態してる。そうすりゃ対抗策も練りにくい」

ベイロープ「それが妥当な線よね。他に選択肢がないって言うか」

ベイロープ「……けどね、だったらさっきの『牙』はどこから調達してきたの、って話に戻るわよね?」

ベイロープ「列車の中にあんだけの杭や錐、乗せてる訳がない」

上条「工業規格に合致するとも思えないしなぁ……うーん」

ベイロープ「頑張れー科学サイド、魔術側の見解出したんだから、次はそっちが働く番よ」

上条「無茶ブリだな!?つーかこっちはタダの学生なんですからねっ!」

上条「そうそう解決策が思い付くなんて……」

ベイロープ「お?」

上条「……ちょい待ち。今検索すっから」 ピッ

ベイロープ「スマフォが使える訳ないでしょうが」

上条「いや、これは柴崎さんのだから――あぁダメだ。中継器から離れすぎてて、向こうと連絡は取れないっぽい」

上条「だったら他に……あった!」 ピッ

ベイロープ「どら」 スッ

上条「あのぅ、ベイロープさん?そのですね、腕にあたってるっつーか、そのはい」

上条「思春期の男子高校生にまぶしすぎるアレが、圧倒的ボリュームのワガママな質量がキライじゃない!」

ベイロープ「意識してんじゃねぇーよ。つーか戦う方が先」

上条「……」

ベイロープ「……なんで前屈み?」

上条「よーしっ!見つけたぞ!オフラインでも使えるユーロスターSの仕様書があって助かったなぁっ!」

ベイロープ「だから、どうして前屈み?あと不自然なんだけど……?」

上条「この車体はカーボンファイバー――航空機とかにも使われてる、強くて軽い素材が材料になってんだよ!」

ベイロープ「てか仕様書の日本語訳なんて、普通データとして入れとくかって話よね」

上条「俺に見せるため、かな……?」

ベイロープ「てかこれ、強度の弱い所とかにマーカー付いてるわ。テロでも起こす予定だったとか?」

上条「あってたまるか。ここでテロ起こしたって学園都市は何も得しねーぞ!」

ベイロープ「あー、はいはい。分かったからカーボンがどうしたかって?」

上条「だーかーらっ!あいつの『牙』って車体に使われてるカーボン――炭素を取り込んで作ったんじゃねぇのか!?」

ベイロープ「はぁ!?」

上条「さっきからおかしいとは思ってたんだよ。車体がギシギシ軋んだり、『アレ』が天井から床から出てくるだろ?」

上条「よく考えてみ?確かにあいつらゲル状のドロドロだけどさ」

上条「だからって完全防水の、えっと――」 ピッ

上条「重層ステンレス?だかを染み出てくるのは無理だ」

ベイロープ「……つまり最初から強酸だか消化液で車体の外側を溶かしてて」

上条「今は『牙』として取り込んだ、みたいな形になるんだろうな」

ベイロープ「ここまで来ると術式か霊装ってより、まるで生き物みたいだわ」

ベイロープ「あの子のビリビリにも最初から無反応だし、一体どんな手で造ったんだか」

上条「ビリビリ?御坂か?」

ベイロープ「ウチの、ホラ、カチューシャつけた子居るわよね?」

ベイロープ「ランシスは魔力に対して敏感で、少しでも周囲で使われるとビリビリするんだって」

上条「ふーん?」

ベイロープ「つっても本職の感知系には数段劣るから、無いよりはマシ程度なんだけどね」

ベイロープ「つかそもそも初めっから感知出来てさえ居りゃ、アレコレ対策も出来たんだっつーのよ」

上条「……」

ベイロープ「『必要悪の教会』も詰めが甘いし、まぁだからこそ――て、どうしたの?」

上条「あの、さ。例えばの話なんだが」

ベイロープ「うん?」

上条「俺の右手、『幻想殺し』で打ち消せるのって、魔術だったら魔術で創った炎とか氷、また操られてるのも打ち消せる訳だよな」

ベイロープ「何よ今更」

上条「いいから付き合ってくれ!何かスゲェ事思い付きそうなんだよ!」

ベイロープ「んー……?まだ時間はあるみたいだし、付き合うけど」

上条「で、まぁ『素材が元からあった場合』、シェリーのゴーレムとかなら土に還るだけで消したりは出来ないんだわ」

上条「そう考えると『アレ』の『牙』――」

ベイロープ「車体に使われていたカーボンだわ」

上条「――も、『アレ』が多分加工したか作り替えたかした」

上条「例えば――あー、そのさ、イスとか冷蔵庫に加工された……えっと、犬とか居たとしようぜ」

ベイロープ「なんだその猟奇的な例えは。ホラー映画見過ぎよ」

上条「まぁ、似たようなケースが実際にあったと思ってくれ……んで、俺は『右手』で元へ戻すの手伝ったんだ」

上条「ま、結論から言えば元へ戻れたんだよ。でもこれおかしくないか?」

ベイロープ「何でよ、つーか何を言いたいのか分からないわ」

上条「だって『家具に作り替えられた時点で、術式は終了している』訳だからな。それをキャンセルさせるのって、出来ないよな?」

ベイロープ「でも、出来たんでしょ?だったら良かったじゃない」

上条「あぁ出来た。それはまぁ良いんだよ」

上条「知り合いの魔神未満が『右手』について教えてくれた。奴が言うのには『自然な状態へ戻す効果』があるんだってさ」

ベイロープ「……ツッコミ所は別にあるけど我慢するわ。それで?」

上条「だから『魔術で組み替えられたサンドリヨンも元へ戻った』んだ。自然な形に」

ベイロープ「あー……最近活躍聞かねぇなぁって思ったら、そんな罰ゲームやっちゃってたかー……」

上条「まぁ聞けって!俺が聞きたいのは、『じゃ俺が触ったらカーボンも元へ戻るんじゃないか?』って話だよ!」

ベイロープ「魔術によって加工されたんだから、元へ戻ってもおかしくはない……」

ベイロープ「いやでもその理屈で言ったらシェリー=クロムウェルのゴーレムはどうなのよ?」

ベイロープ「もし元へ戻るのがデフォだったら、コンクリまで逆再生されなきゃおかしいでしょうが」

上条「そこら辺の区別は分からないよ。ただコンクリが『自然』かって言われると、そうじゃない気がする」

ベイロープ「『生命の復元力』みたいなのも関係するかも……?一度どっかで調べて貰った方が良いと思うわよ、その『右手』は」

上条「暇があったらその内に――で、まぁ別のケースだよ」

上条「俺が魔術で造った、または霊装のなのか分かんねぇけど――自動人形をぶん殴ったら、一部が壊れた」

ベイロープ「多分複合式の術式だわ。部位ごとに別々の魔術が働いているタイプの」

上条「それとは別の日、学園都市製のアンドロイドに触ったんだが」

上条「これまた、全っ然効かねぇでやんの。もう少しで沸騰して死ぬとこだった」

ベイロープ「科学サイドに『右手』は効かないの?」

上条「『異能』には効く。けど、アンドロイドとか最新式のメカは微妙だ」

ベイロープ「興味深くはあるわ。でも」

上条「……それでさ、俺が言いたいのはだ」

上条「『幻想殺し』って『異能で造られたモノ』に対しては効果が薄いみたいなんだよ」

ベイロープ「ふーん?それとこの件は関係な――」

上条「うんまぁ前置きが長かったのは悪いが、結論は、だ」

上条「そう考えるとランシスのビリビリが働かなかったり、『牙』に効果が無かったって説明が付くんだよ!」

ベイロープ「つまり?」

上条「『アレ』は、結局魔術サイドで造られたバケモンじゃなく――」

上条「――科学サイドの『能力者』なんじゃねぇの?」



――ユーロスターS 8両目

□□□−□※□□□

※ 現在位置

ベイロープ「話が唐突――でも、ないわね」

上条「思えば『生物としての形質』が強く出てる時点で疑うべきだったんだ、俺達は」

ベイロープ「生物として……?」

上条「まず、『アレ』の初見での判断はどうだった?」

ベイロープ「魔法生物に決まってるわ。あんな『自然』があってたまるかっての」

上条「だよな、『アレ』は普通じゃない。普通じゃないからそう思って当然」

上条「『濁音協会って魔術結社』なんだから『魔術を使って当然』だって思い込む訳だ」

ベイロープ「あの時点で私らにその情報は入ってなかったけどね……で?」

ベイロープ「一体何がしたいの?狙いは?目的は?」

上条「『アレ』を魔術だと思い込ませてる目的は……対抗手段、じゃないかな?』

上条「もしも物理的な手段――て、言うかどうか分からないけど、『アレ』を倒すんだったら炎、だよな?」

上条「火炎放射器なんて無いにしても、軍を動員させてナパーム?とか延焼系の兵器を使えば一掃出来る」

上条「俺みたいな民間人でも、最悪ガソリン撒いて火をつける、とかで対抗出来そうな相手だ」

上条「……それが、『トンネルの中』や『大量の乗客』を抱えていなければ」

ベイロープ「そう、よね。外に出さえすれば、普通の軍隊でどうにかなりそうな相手よ」

上条「でもユーロスターの中じゃそうはいかない。最新式の消火設備で下手な火は直ぐに消される」

上条「外部からの応援を引き込むのも出来ないし、派手に動けば乗客まで巻き込む恐れがある」

上条「そして『普通はそんな状況下で炎なんて持っていない』だろ?」

ベイロープ「必要ないしね。実際にそちら側のボディガードさんは盾代わりにもならなかったのだわ」

上条「んで、考えて欲しい。逆に言えば”『アレ』にとっての天敵は魔術師だ”、とも言えるんじゃないか?」

上条「重たい装備も何も無し、術式か霊装一つあれば無尽蔵に炎を扱えるアンタ達を」

ベイロープ「そりゃどーも。制約はクソ程あるんだけどねー」

上条「でも戦ってみて分かったと思うけど、『アレ』は異常な再生力、密閉空間でゴリゴリの物量で力押し」

上条「仮に魔術師が居合わせた幸運があったとしても、きっとそいつはこう思うだろう」

上条「『チマチマ炎で炙ってても埒があかない。ならば相手の正体を見極めて、対抗出来る術式か霊装で一掃したい』――」

上条「そう、思うよな?」

ベイロープ「……成程、そこで出て来たのが『クトゥルー』かよ……ッ!」

上条「『クトゥルーなんてある筈がない!だからきっとこれは別の魔術のカモフラージュ”だろう”!』ってミスリードさせるための」

上条「魔術師は答えの出ない問題にハマっちまって、対処が甘くなる、と」

ベイロープ「……巫山戯た真似しやがって!これだから『学園都市』は!」

上条「あの、俺も学園都市なんですけど……?」

ベイロープ「てか『アレ』が能力者なの?学園都市、未来に生き過ぎるにも程があるでしょーが」

上条「可能性は高い、と思う――けど能力者『そのまま』ってのは考えにくい」

ベイロープ「どういう意味?」

上条「『アレ』が生物的な反応、単調な行動パターンを繰り返しているだけ、てのは非効率だ」

上条「人並みの知恵があるんだったら、もう少し効率的な行動するだろ?」

ベイロープ「つーこたアレ?天井裏にへばりついてる粘液ドロドロが能力者だってか?」

上条「もしくは『能力で造られた何か』かも……?」

ベイロープ「了解了解。で?」

上条「はい?」

ベイロープ「だから対策だよ、P・ro・vi・sion!」

ベイロープ「能力者相手にドンパチやった経験なんざ初めでだから、どうすりゃいいって話なのよ」

上条「えっと……そうそう!」

上条「――俺がその『幻想』をぶち殺す!」

ベイロープ「……長々と役に立たない現状分析どーも」

ベイロープ「本当に能力者だとして、『牙』の次に来る『進化』がどんだけだと思ってんの」

上条「待ってくれよ!?相手の正体が分かれば弱点とか傾向とか分かるんじゃん!?」

ベイロープ「……あのねぇ、今あなたが言った事を総合するとよ?」

ベイロープ「『学園都市”勢力”がEUでテロ起こしてる』って事になるの、分からない?」

上条「……あ」

ベイロープ「分かる?オッケー?」

ベイロープ「イカれた超科学で状況証拠はバッチリだわ、おめでとーパチパチパチ」

上条「待て待て!そういう意味で言った訳じゃねぇよ!学園都市の能力者かも知れないが、無関係だって!」

ベイロープ「言い切れる?」

上条「矛盾してんだろ!アリサのEUツアーは学園都市側から持ちかけたって聞いたぞ!」

ベイロープ「……ま、そうよね。一応の当事者同士が和解して仲直り――は、絶対してないけど、表面上だけでも繕いましょうつってんだわ」

上条「表面上言うな。オルソラぐらいしか信じてないだろうけどもだ!」

ベイロープ「その最中に『魔術だと”思われる”異能』が、ARISAに危害を加えようとしたらどうなると思う?」

上条「相手にもよる、んじゃないのか?十字教じゃなかったら、まぁ面子を潰されたってだけで大勢には影響しねぇだろ」

ベイロープ「ま、そりゃそうよね。魔術師なんて自分が魔術師だと気づいて無いのもハブいたって、相当数居るんだから」

上条「……魔術って知らないのに使ってんの?」

ベイロープ「『奇蹟』、『仙術』――突き詰めればヴィジャ盤だって降霊術よ。民間で『たまたま』残ってる場合も結構あるし」

上条「生活密着型かー」

ベイロープ「シントウで一年を初めて、ボンとヒガンにはブッティストになって、クリスマスに十字教のフリをするアンタらに言われたくねぇな」

上条「よくそれ海外掲示板でもネタにされっけどさ、お前らもハロウィンやイースターで結構はっちゃける気がするんだよなー?」

ベイロープ「まぁ旧い神様が精霊や妖精に墜とされるのはよくある話なのだわ」

上条「別に十字教は一枚岩じゃないだろうし、ましてやそこら辺の奴らが暴走したって、問題にはなんないだろ」

上条「最悪、関係者だったとしても『ハグレもんですからー』で誤魔化……いやいや。俺も何か毒されてんな……」

ベイロープ「ま、結構よ。魔術サイドだったらそれで通る話よね」

ベイロープ「だったらその妨害が『魔術に似せたトンデモ科学』だった場合は、どう?」

上条「学園都市の自作自演を……か!?」

ベイロープ「主流派じゃないとしたって反対派……後はグレムリンとか、反学園都市の勢力かも知れない」

ベイロープ「絶対的な情報量が少ない上、私もあなたも解析系は得意じゃないし、裏情報や背景も知らない」

ベイロープ「シェリー=クロムウェルみたいなプロ達が、時間を掛けて調査すれば『こちら側』じゃないって分かるでしょうね?」

上条「……一度疑われたら」

ベイロープ「現在、『まぁ暫くは様子見でいいんじゃね?』的な意見が占めていたのが、取って代わるわ、きっとね」

ベイロープ「んで、一度始まったら事実がどうだって事は関係ない」

上条「戦争が終わったばかりだってのにか!?」

ベイロープ「『戦争は外交の一形態に過ぎない』」

ベイロープ「私らの先生が言った言葉だけど、真実だと思うわ」

上条「……っ!」

ベイロープ「どこの国だってそう。戦争は国家間の問題解決のために、する」

ベイロープ「善悪や人権が入り込む余地はない、のよ。悲劇かしら?喜劇かしら?」

上条「止める方法は、ないのかよっ……!?」

ベイロープ「落ち着け上条当麻。まず深呼吸しやがれ」

上条「……」

ベイロープ「いいからやれ、ほらハリーハリーっ!」

上条 スーハー

ベイロープ「……良し、いいか?落ち着いて聞け?」

上条「……あぁ」

ベイロープ「私の出身はスコットランド、グレート・ブリテン島北部の、まぁ高地が多い所だ」

上条「……何?」

ベイロープ「ハイランド(高地地方)とも呼ばれ、ほら聞いた事無い?ハイランダーって?」

上条「ある、けど。今その話が」

ベイロープ「ノーザンバーランドつってイングランド領よ、『今は』ね」

上条「聞けよ!」

ベイロープ「歴史的には、荒い。地政学としちゃイングランドやローマ帝国とずっとやり合ってきた訳よ」

ベイロープ「攻めたり攻められたりで、ついたあだ名が『Highlander(高地連隊兵)』」

ベイロープ「『スコットランド人の戦士は死を恐れない』――なんて、まぁ大層な評価貰っちまってるけど」

ベイロープ「――それは、違う」

ベイロープ「死ぬとか生きるとか、それは結果であって目的じゃあ、ない」

ベイロープ「目の前に敵が居たら、全部ぶん殴ってきたのが『私達』なのだわ」

ベイロープ「……わかる?」

上条「何となく、は」

ベイロープ「死は確かに怖いし、恐れもする。けれど」

ベイロープ「『それ』を理由に信念を折るのが、死ぬよりももっと怖い。それだけよ」

上条(……あれ?前にも聞いたような……?)

上条(ここじゃないどこかで、彼女じゃない誰かに――)

ベイロープ「でもって上条当麻。あなたは戦争を防ぐために『伝え』なきゃいけないわ」

ベイロープ「『学園都市』のあなたがここで見て聞いた事を伝えれば……ま、自作自演だとは言われないでしょう」

ベイロープ「……向こうが最初っから開戦目的じゃ無い限りは、ね」

上条「あんた、何をしようって」

ベイロープ「天草式十字凄教のガキにも言ったけど、私の『知の角杯』は『トールとは違う雷』の霊装よ」

ベイロープ「……なんかまぁ『あんだけ引っ張ったのにショボっ!?全能神関係ないなっ!』みたいな感もするけどね!それとは別に!」

上条「落ち着け!本気で何の話だ!?」

ベイロープ「ギャッラルホルン――『角笛』という単語には『傾聴』という意味があったの」

上条「傾聴……注意して聞くって事か?」

ベイロープ「所有者であるヘイムダルの傾聴、来たるべき神々の黄昏で担うべき彼の役割にも関わらず」

ベイロープ「しかしこの角笛は『オーディンの片眼と共に泉の底に沈んでいる』とされてるわ。つまり!」

ベイロープ「ヘイムダルが差し出したのは『自らの聴力』」

ベイロープ「オーディンは『知の泉』へ片眼をくれてやる事でルーンを識った!ならばヘイムダルは何を手に入れたの?」

ベイロープ「答えは簡単、世界を破滅へ導く先触れを伝える角笛。それは高らかに響き渡り!鳥の嘶きや鬨の声よりも早く!大きくなければ意味が無い!」

ベイロープ「――そう、ヘイムダルの角笛は『稲妻』だったのよ!」

ベイロープ「一度かき鳴らさせば三千世界に響き渡り、鴉を殺す暇も無い」

ベイロープ「最大出力でぶっ放せば存在全てを雷へ昇華して滅びの道を撒き散らす」

上条「……おい、それってまさか!?自爆するとかじゃねぇのかよ!」

上条「ダメだからな!幾ら『最善』つったって、俺はそんなの認めない!」

ベイロープ「……それ以外、私の持っている『火力』で滅ぼしきれる自信は無いのよ」

ベイロープ「あなたを死なせる訳にも行かなくなった」

上条「他に!もっと別の方法はないのかよっ!?

ベイロープ「……」

上条「……ベイロープ?」

ベイロープ「――あぁもうウルセェっ!さっきからアレもダメコレもダメって!」

ベイロープ「自爆もダメ!逃げるのもダメ!だったらどうしろっつーのよ!?」

ベイロープ「無能なコメンテーターどもじゃあるまいし!否定否定否定否定で打つ手がないのよ!分かる!?」

上条「……はぁ?」

ベイロープ「はぁ、じゃねぇのだわ……ッ!具・体・的・にっ!」

上条「――信じろ」

ベイロープ「……何?ギャグ?ジャパンで流行ってんの?」

ベイロープ「信じるのも何も、まだこの状況で助けが来るって思ってんの?」

上条「来るよ、そりゃ。何言ってんだ?」

ベイロープ「いやいやいやいやっ!何言ってんだ、はあなたの方でしょーが!」

上条「いやだからさ、確かにあの時、誰かが残って『アレ』を引きつけるのは当然の判断だと思う。だろ?」

ベイロープ「え、えぇそうよ!決まってんでしょうが」

上条「でもよく考えてみ?レッサー達が『アレ』放っておく訳ないじゃん?」

ベイロープ「まぁ、そう、よね?あのおバカの性格上、やるなっつったら余計やるわね」

上条「要は『アレを倒す算段がまとまったら、速攻引き返してくる』よな?」

ベイロープ「うん?」

上条「だから俺達はレッサー達が来るまで持ち堪えりゃいい。そんだけの話だよ」

上条「おけ?」

ベイロープ「……Dig your grave……」

上条「いやぁ誉めるなよ?」

ベイロープ「誉めてないのだわっ!つーか絶句してんだわバカ野郎!」

ベイロープ「あの子達も結構アレだと思っていたけど!何!?私はあの手のアレな連中に突っ込むために生まれてきたのか!?」

ベイロープ「命は平等だー、とか聞くけど!命をすり減らして突っ込んでるのは人生に何回もしないじゃない!」

上条「あー……お疲れ様です」

ベイロープ「ポジティブにも……あぁはい、レッサーと同じ人種か……」

上条「あるぇ?俺とレッサーさんがバカにされた気がしますよね?」

ベイロープ「……まぁ確かに?あなたの言い分も理解出来るし、私が自爆して『殺しきれる』かどうかも怪しい」

ベイロープ「だったらここで歯ぁ食いしばった方が良策、か……?」

上条「雷の出力が足りないとか?」

ベイロープ「『子ショゴス』に効くのは散々実験済み。けど『親ショゴス』を殺しきれるかは未知数」

ベイロープ「てか殺虫剤みたいなモン?一気に殲滅しないと、生き残った奴らが増殖しかねない」

上条「その電気って他からの供給は出来ないの?別に命削らなくたってさ」

上条「例えば――架線から取り込んだり?」

ベイロープ「……あのさぁ、普通そう言うのって事前の準備が必要なの。分かる?」

ベイロープ「水使いだったら水辺での戦闘が得意だし、逆に砂漠には近寄らないのと一緒」

上条「そりゃつまり応用出来るって事だよな!だったら――」

ベイロープ「一体どこの世界で『雷を供給出来るシチュ』ってのがあんのよ?言ってみ?」

上条「ないですよねー、ある訳ないですもんねー」

ベイロープ「やって出来ないまでは言わないけど、やった事がないからどうなるかは分からないわ」

ベイロープ「……んー……?」

上条「いやでも自爆とかノーサンキューだけど、ダメ元で架線から補充すりゃ足りるんじゃねえの?」

上条「アリサ達の乗ってる車両だって大分開いてる筈だし、最悪停まっちまってもいいだろうし」

ベイロープ「あー……うん、いや、まぁ、今のは無かった事にね?うん」

上条「急に歯切れが悪くなったなHighlander?どうした?何があった?」

ベイロープ「巻き舌は止めろ。つーかハイランダー言うな。ジャパニーズに『SAMURAI』つってんのと要は同じだから」

上条「んで、どったん?――もしかしていい手があるのかっ!?」

ベイロープ「いや、その、ない訳じゃ無いっていうかな。無いようなあるような、みたいな感じよ?うん」

ベイロープ「要は経験の無さと扱えるだけの魔力が乏しいって、だけだから。ある程度魔力を嵩上げすりゃ、力業でねじ伏せる、みたいな?」

上条「例えると?」

ベイロープ「野球のルールを知らなくてもホームランは打てる」

上条「ナメんな!中には草野球に人生賭けてる奴だって居るんだからなっ!」

ベイロープ「……だから、この話は無かった事で。まぁあんまり気が進まないし、やったってムダよね」

上条「……」

ベイロープ「ヘイ、どーしたジャパニーズ?」

上条「……あのさ。俺、ずっと考えてたんだけども」

ベイロープ「うん?」

上条「正直、ベイロープ達はスゲェって思うんだよ」

ベイロープ「な、何よ突然」

上条「前の『ハロウィン』じゃ敵同士だったが、それでもお前らの行動力は驚いた。同世代の連中が国を変えようって、どんだけなんだって」

ベイロープ「そりゃどーも」

上条「今回、ベイロープ達に助けられた時も、俺達だけじゃ逆立ちしても適わなかった『アレ』をバッサリだったろ?」

上条「……なんつーか、ありがとう。俺達を助けてくれて、本当にありがとうな!」

ベイロープ「……止めてよ。私らはブリテンのためにやってるんであって――」

上条「……いや、それでもさ。人は誰かから助けられれば感謝もするし、お礼は言うべきだ」

上条「別に嫌味になるって訳じゃ無いんだから、貰っとけば良いと思うぜ?」

ベイロープ「そ、そっかな?」

上条「――で、そんな俺にとって恩人であるベイロープにお願いがあるんだ」

ベイロープ「……」

上条「『死んで欲しくない』って、そんなに難しい願いじゃねぇよな?」

ベイロープ「……言っただろ。私は『戦士』だって」

ベイロープ「生き方は変わらない――いや、変えられるかも知れないが、私は――」

上条「違う!そういう事じゃ無い!」

上条「ベイロープがその、『手段』を嫌がってるみたいだけどさ、それはそんなに酷いモノかよ!?」

上条「死を恐れない『戦士』が躊躇う程に!そんな魔術だって言うのか!?」

ベイロープ「あー……いやその、なんつーか」

上条「……こういう言い方は良くないけど、つーか全部俺のワガママかも知れないけどっ!」

上条「アンタには生きてて欲しいんだよ!俺を生かすって言ったけど、生き残る身にもなってくれよ!なあぁっ!?」

ベイロープ「……」

上条「俺一人が生き残ったってレッサーになんて謝ればいい!?どんな顔でアイツと話をしたらいいのかわかんねぇんだよ!」

上条「だから、だから――っ!」

ベイロープ「……分かったわ、分かったからそう怒鳴るな、あと泣くな」

上条「泣いてなんかねぇよ!これは、その夜空に穴を開けてたんだよ!」

ベイロープ「マスターかよ……あー、そのなんだ、分かったわ。あなたの言いたい事は」

ベイロープ「要は『あっさり死ぬより死力を尽くせ』でしょ?しかも自分のワガママのために」

上条「……ワガママかな?無茶を言ってるつもりは無ぇよ」

ベイロープ「……分かったわよ、使えばいいんでしょ、使えば」

ベイロープ「クソッタレ、あぁクソッタレ!何でよりにもよってブリテンですらねぇジャパニーズ相手に!」

上条「俺がどうしてって?」

ベイロープ「……こっちの話よ。全部実力が足りなかった私が悪い」

上条「いやあの、言っといてアレなんだが、すっごい副作用があるんだったら無理には……」

上条「つかカミカゼも辞さなかった人が躊躇う程の魔術って何?」

ベイロープ「……スコットランドにはロバートT世という偉大な王が居た」

上条「……何?急に?」

ベイロープ「黙ってろ。今から魔術をかけんだから!」

上条「すいません……?」

ベイロープ「彼の指揮の下、ハイランダーは自国を取り戻したが、やがて戦いの中で死んだ。それはいい」

ベイロープ「だが彼らには果たすべき義務があった!戦うべき戦場には未だ同胞の姿があるからだ!」

ベイロープ「だからロバートT世は遺言にこう書き残した――『神の敵との戦いへ我も連れて行かん!』と」

ベイロープ「彼の死語、その胸腔を切り開き、血に染まった心臓を取り出される」

ベイロープ「心臓は銀の箱に収められ、彼の戦友の手へ渡り、そして――」

ベイロープ「数々の戦場で!異教徒を葬る聖戦で!戦友は箱を掲げてこう叫んだ!」

ベイロープ「『勇者の心臓よりも前に!汝に続かなければ我らは死ぬであろう!』」

ベイロープ「敵陣のまっただ中、死してすら同朋と友を守ったロバートT世!彼は即ち――」

ベイロープ「――『Braveheart(勇者の心臓)』と!」

上条(なんだ?ベイロープの胸の所に何か、銀色の塊が――)

上条(――定期的に脈打つ『それ』は人の拳の程の大きさの――)

上条「――心臓、か!?」

ベイロープ「Those days are past now(栄えたる国は過去となりしも)」

ベイロープ「And in the past they must remain(過去には確かに存在した我が国)」

ベイロープ「But we can still rise now(今だ再起の力を失わず)」

ベイロープ「And be the nation again!(今こそ国家の独立を果たすのだ!)」

ベイロープ「That stood against him, Proud Edward's army(エドワード軍への決死の抗い)」

ベイロープ「And sent him homeward, Tae think again. (暴君は退却し 侵略を断念せり)」

ベイロープ「Warrior can die by putting up ――(掲げて死ねよ戦士――)」

ベイロープ「――Braveheart!(ブレイブハートを!)」

ズゥンッ!!!

上条(室内で雷!?いやこれは魔力か!?)

ベイロープ「るおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

上条(銀の心臓から吹きだした雷のようなものが、ベイロープにまとわり、そして帯電するかのように漂う)

上条(『力』が満ちているのが、俺にすら感じられる……!)

ギシッ、ギギギギギギギッ!!!

上条「クソ!こんな時に来やがったのかよ!?」

ベイロープ「……ん、あぁ大丈夫。もう『銀塊心臓(ブレイブハート)』の術式は終わってるわ」

上条「あれ……その剣?持ってたっけ?」

ベイロープ「んー、まぁ説明は面倒だから省くけど、そーゆーもんよ」

ベイロープ「『ケン――』じゃなかった、『クレイモア』って言う両手剣の一種」

上条「……ふーん?」

上条(そう言ってベイロープは左手に『槍』を、右手に『両手剣』を構える)

上条(女の子の腕で扱えるのか――なんて、一瞬思ったが当然杞憂に終わるんだろうな)

『テケリ・リ』

ベイロープ「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

上条「待て!一人で突っ込むな!」

上条(さっきとは打って変わって突っ込むベイロープ。当然囲まれて)

ズパチィィッ!!!

上条(る、前に雷電が一蹴していた!どうやら『知の角杯』は左手の『槍』を通じて使わなくても制御出来るっぽい)

上条(まぁイヤリング状の霊装なんだから、ある程度自由は効くよな。普通は)

上条「……あのぅ、ベイロープさん?」

ベイロープ「何、よっ!今ちょっと立て込んでんだけどおっ!」

上条「てか凄いっちゃ凄いし!今までの『溜め』が無くなった分強いとは思うんだけどさ!」 パキイィンッ

上条(邪魔しないように俺も参戦)

上条(戦い方としては『牙』をベイロープがへし折ってくれるてっから、そっちを撃ち漏らさないように!)

上条「なんで今まで使うの渋ってたんだよ!?スッゲー疲れるとかそういう話かっ?」

ベイロープ「違う!ハイランダーは消耗を恐れはしないのだわっ!」

上条「だったら命を――」

ベイロープ「無い訳じゃ無い。がっ、戦いの中で出し惜しみをしないのがハイランダーよ!」

上条「だったらなんで!?最初っから使えれば楽になったのに!」

ベイロープ「……『銀塊心臓(ブレイブハート)』の効力は魔力と体力の底上げ、ただし『誰か』を守る時にしか発動出来ない」

上条「誰か……?あぁそっか、守られてるのは俺かよ」

上条「いやでもそれにしたってさっ!縛りがキツくない割に強いじゃんか!」

ベイロープ「縛り……そうね、縛りよね。呪いって言えなくもない」

上条「……おいおい何かいやーな予感がしてきましたよ?」

ベイロープ「あなたは悪くないし、聞く必要もないんだけど……聞く?一応?」

上条「それ絶対後悔する流れじゃねぇかよ!?しかも断れない系のヤツ!」

上条「第一熱湯風呂で『押すなよ!絶対に押すなよ!?』って言われてんの同じじゃねぇか!」

ベイロープ「あー、うん。曖昧にしといた方が、良いような気も……」

上条「良いよ聞くさっ!煽ったのは俺だし!」

上条「何かヤバい反動があるんだったら、俺がナントカするから!」

ベイロープ「う、うん。だったら言うわね?」

ベイロープ「まぁ結論から言う命の危機とか、後遺症が残るとか、そういう次元の話じゃ無いの」

上条「……良かった。ちょっと安心した」

ベイロープ「術式を発動させる時に『誰か』が近距離に存在している事が、絶対条件なんだけど」

上条「近くに人が居ないと――『味方』が居ないと無理だって事か」

ベイロープ「術式発動中に『誰か』が死ぬと各種のペナルティ。ま、それは別にどーだっていいのよ。この際無視出来るわ」

上条「高めの能力の割に、縛りが緩め、か?」

ベイロープ「その、『誰か』ってのは『一生に一人しか設定出来ない』のよね、うん」

上条「へー、一生に一人?そうなんだー?」

ベイロープ「そうなのよ、ねぇ?今時おかしいわよねー」

上条「だよなー、一生に一人なんて今時流行らないって、あっはっはっはー」

上条「――って大事じゃねぇかよっ!?笑ってる場合じゃねぇって!笑う所ねぇもの!」

上条「つーかなんで一生に一人!?どんだけ面倒臭い術式なんだよ!?」

ベイロープ「『私の心臓を捧げてでも守ります』って術式だから。心臓が二個三個あったらおかしいでしょ?」

上条「そうだけどさっ!」

ベイロープ「そもそも!『銀塊心臓』そのものが『死んだ人間の遺体がベース』だし!」

ベイロープ「守る『誰か』が生きようが死のうが関係ねぇのだわ!」

上条「超欠陥品だなオイ!」

ベイロープ「ま、生涯に二君三君に使えるつもり無いから、別に良いかなーって思うでしょ!?普通は!」

上条「……マジかよ……」

ベイロープ「……ま、色々あるとは思うけど、これからヨロシクしてやるのだわ」

ベイロープ「――マイ・ロード(私の君主サマ)?」

上条(彼女はそう言って凄惨に笑う)

上条(『槍』を下段に構え、『両手剣』を上段に構え――)

上条(――『敵』へ向かって名乗りを上げる!)

ベイロープ「私は『新たなる光』――」

ベイロープ「――『Balin189(双剣の騎士よ汚名を濯げ!)』の――」

ベイロープ「――『戦士』だ!」



――取り残された車両にて

「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……ッ!!!」

 裂帛の気合いと共に『クレイモア』が空を切る。それは両手剣としてはやや短く、幅広剣には大きい。
 高地人と呼ばれるスコットランド人は山岳戦闘に長け、特に森林での戦いで大きな戦果を上げた。
 地の利と共に彼らが有利であったのは、この短い両手剣が木々の間での戦闘に適していたからだ、と言う説がある。

 それが事実であったかどうかは分からない。ハイランダーは歴史の流れと共に姿を変え、剣から銃への持ち替えてしまう。それでも『高地連隊兵』の二つ名を得てしまうのであるが。

 しかし今この光景を目にした歴史学者が居れば、仮説が正しかったのだと思うであろう。『クレイモア』と言う武器は狭い空間での戦闘に有利であったと。

(まぁ、ご先祖様もまさか電車の中で振り回すなんて考えてねーだろ)

 圧倒的な物量差を目にしても、ベイロープの士気は萎える事は無かった。
 一車両を埋め尽くす――ある意味満員電車――相手に対峙してすら尚、笑みが浮かぶ。

(この程度か……この程度なのか……ッ!)

 戦争は数、物量、絶対数で勝敗が決する。それは戦闘とは違い、幾度も戦いを積み重ねる事により、『マグレ』が無くなるからだ。
 個々の戦闘では時折イレギュラーが起きては戦況が変わる。ほんの些細な偶然で結果は大きく左右されてしまう。
 見せ場でダイスを振っても必ずファンブルするように、マーフィーの悪魔は実在する。

 なので可能な限り分母を増やし、振るダイスの数を多くする。些細な失敗を笑い飛ばせる程に物量を増やし、偶然を笑い話で済ませようとする。

 敵に幸運の女神が付いていようとも、神を殺す程の力を持って圧倒する。そこに偶然の介入する余地が無くなる程に。
 それが、戦争。

 だというのに、だ。

(つまり――連中は『これだけの大群を用意しないと、私らには釣り合わない』って思ってんのかよ)

 ここへ来て『アレ』の心理が手に取るように理解る。それは――。

 『恐怖』、という感情。

 誰だって――生存本能を持つ個体であれば、死の恐怖は感じる。
 『死』という概念を理解出来ずとも、『痛み』や『欠ける』事を生命は恐れる。
 その動機は単純だ。

 『痛み』とは生存を続ける上での欠損を示し、突き詰めれば死に至る。
 『欠ける』にしても同種の別個体より大きなハンデを生み、引いては自己の生殖能力に関わるからである。

 だから生物は『怖れ』る。自身が傷つく事を。

(……まぁ、ね?よくよく考えればどーってこたぁないんだけど、さ)

 何のことは無い。『アレ』はずっとずっと。

(私らを――『怖がって』いやがったのか)

 遺伝子に刻まれた生存本能の中、『アレ』は全てを『食欲』で占められている――そう、一度は仮説を立てた。
 実際の行動もそれに沿ったものである。そう判断してきた。

 しかし現実に、単細胞生物レベルであっても、天敵が来れば食欲よりも優先して回避行動を取る事がある。
 乾きであったり、環境の変化であったり、別の捕食者の存在であったり。
 自身を傷つけるモノが側にあれば、大抵は逃げ惑うのだろう。

(なら、コイツはどうなの?何がしたい?何がしたかったの?)

 一見してタダの捕食行動に見えるのは、今にして思えば『攻撃』だったのでは無いか?
 逃げ場を失った動物が破れかぶれに攻撃してくるのとどう違う?

 自身は戦場に立たず、いや『立てず』遠くから攻撃する醜くふくれあがった『アレ』のどこが、『戦士』だと言うのか?

「……あぁムカツクのだわ。こんなしょーもないヤツに手を焼いてたなんて!」

 『銀塊心臓』により引き上げられた身体能力は、文字通り全身へ血液と魔力を運んでくれる。
 少々、悪酔してハイになってはいるが、その反面戦闘自体に余裕が出来ていた。

 襲いかかる 『アレ』の数は減らず、だが気力も体力も衰える事を知らない。
 彼女にとって『守るべきもの』がある限り、預けた心臓が脈打つ限り、膝を折ったはしない。
 ましてや、それが。

「『戦士』じゃない!兵士』ですらない卑怯者に!――」

 『クレイモア』へ渾身の魔力を溜める。

「――後れを取る訳、ないだろうがっ!!!」

 バチチチチチィッ!
 ルーンを伴った『知の角杯』の雷光が蹂躙する。

 そうだ、その通りだ。
 『アレ』は必死に自身の一部を切り無し、兵隊を造る。
 つまり、目の前の『コレ』は。殺到してくる黒い水溜まりは、それだけこちらを脅威だと思っている証拠だから。

「……ダメよ、それじゃ足りない!全っ然足りてなんかていない!」

 『クレイモア』で近くに居た敵を薙ぎ払い、『槍』で『牙』をへし折る。
 それでも消化としようとする相手には雷撃を叩き込んで蒸発させた。

「あっ――がっ!?」

 物量差に押し切られそうになると、ベイロープ自身をすら巻き込んで術式は嵐を呼ぶ。
 流れた血をぬぐう事すら無く、彼女は戦う。

 嘗て――十字教がスコットランドで布教を始めるよりずっとずっと昔の話。
 そこに住まうハイランダー達はその死を怖れぬ戦いぶりに敵は恐怖し、味方ですらも畏怖の対象となっていた戦士達が居たという。

 敵を殺し、味方を傷つけ、特には自身の命を散らしても尚、戦場で戦い続けた『獣憑き』の戦士達。
 戦いぶりを称賛され、忌み嫌われ、羨望され、こう呼ばれたという。

 ――ベルセルク、と。

 血の成せる業が、それとも初めて得た君主に狂喜したのは分からない。
 だが、今の彼女に相応しい称号に違いなかった。


 悪夢のような一方的な戦闘、ある意味虐殺と言って良い程の惨状の中、上条当麻は考えを巡らせていた。

 上条もベイロープの出した結論――戦闘中に語るような事では決してないのだが――に同意していた。
 しかし、ならば、どうして、と言う疑問も残る。

 『アレ』が怖れているのは理解出来た。言われてみれば一貫性に乏しい。『牙』を生やした敵を殴りつけながら、そう考える。

 向こうが本気を出して捕食行動を取るのなら、『全力』でこちらを潰しに来る筈だ。捕食対象である所の人間の反撃など顧みず、ただ物量で押し切る。
 相手が『脅威』と感じていなければ出来た、筈だ。

 その仮説はかなり真実に近いのであろう。的を射た推測……では、あるが。しかし。
 まだ『足りない』気がする。何か見落としがあるような。大切な何かを見落としているような。

「――いいから、眠っとけ!」

 ズバチィッ!と幾度目かになる雷電が一掃。視界の中に動く『アレ』は消え去り、静寂が帰ってきた。
 ふぅぅ、と息を吐く彼女に、お疲れさん、と声をかけた。

「ん、あぁ、いーのよ。あなたを護る時に一番強くなる術式だからね」

「……遣いづらいだろ、それ」

「分かってるわよ!他に手が無いっつーんだからしょうがないでしょ!?」

「すいませんっ!ホっントにすいませんでしたっ!」

 頭を下げつつも、どうにか襲撃を凌ぎきった事に安堵する。こちらから本体に手出し出来ない以上、場当たり的な時間稼ぎだが、この調子でいけば助けを待つのは余裕か。

「……そういや、完全に撃退出来たのって初めて、だよな?」

 ベイロープへ問いかける。顔に付いた血を上着で拭いながら、あきれたような声を出した。

「後方車両ぶった切る前は連戦連勝だったのだわ。つーか『アレ』の本体が出張らない限り、各個撃破は難しくないのよ」

「そか。確かに時間稼ぎだけだったら俺達でもどうにか出来たしな」

「逆に言えば余裕があるのは本体が出張ってこない証拠、って話。今も来なかったみたいよね。本当に」

 一つ間を置き。

「私らが怖いのに、どうして向かってくるのかわっかんないわよね。こっちの基準で判断するのが間違いかも知れないけど」

「だなぁ。俺だったらさっさと逃げ出――」

(逃げる?時間稼ぎ……?)

「ホントホント。こっちも他の乗客が居なかったら、さっさと通報してトンズラしてるっつー――上条?」

「……なぁベイロープ。ちょっと聞きたいんだが」

「うん?『銀塊心臓』の効果時間?」

「それも聞きたいけどそうじゃない。今までさ、『アレ』が襲撃してきた時って、車体がギシギシいってたよな?」

 少なくとも上条らが出くわした限りではそうだった。
 重みで車両に負荷がかかっているのか、それとも『牙』を精製するためにはぎ取っていたのかは、まだ分からない。

「あの『音』、殆どしなかったよな。今?」

「言われてみれば、うーん……?」

 しかし――最後に『音』が聞こえたのは何時だ?
 車体が『アレ』の重さで悲鳴を上げたのは、何時だったであろうか?

 今し方の襲撃ですら、最初の方に少しだけ――。

「……ベイロープ!」

「はい?なに?」

「早く前の車両へ行かないと!」

 言うが早いか走り出す。

「……オイ、正気か!こっちは時間稼ぎに徹するんじゃ無かったの!?」

「て、言う割には付いてきてるけど……」

 直ぐに隣に並ぶ――僅かに前へ出ている――ベイロープ。

「そういう術式なのよ!仕方が無いじゃない!」

「『幻想殺し』でキャンセル出来そうな気もするけど……」

「かけ直す時間が勿体ない!それより何?何なの?」

「多分、だけど、分かった気がする!俺達だけじゃなかったんだ!」

「どういう意味?」

「――『アレ』も時間稼ぎしてたんだよ!」



――ユーロスターS 5両目よりも先

□□□−□□□□□   ※

※現在位置

 ユーロトンネルの中は定期的に非常灯が置かれ、万が一の場合でも非難しやすい構造になっている。
 海面下を通るトンネルとしての長さは世界二位、ましてや国と国を繋ぐ架け橋となっているのだから、関係各国の面子も絡む――その割に、イギリスとフランスの仲はお世辞にも良好とは言えないのだが。

 橙色の非常灯に映し出された『アレ』――恐らく、ユーロスターに張り付いていた『親ショゴス』の姿は、端的に表現すれば『異物』の一言であった。
 胴体は芋虫のように脈打ち、節々が限界にまで腫れ上がっている。
 黒色をベースに中身が僅かに透けているのだが、用途不明の内臓によく似た何かが、内側から心をかき乱す周期で発光を繰り返している。

 ぶよぶよの胴体なら伸びる『牙』は、クモやゲジのような、一度上へ伸び上がった後、地面へ突き刺すコンバスの如くそびえる。
 しかし節足動物が一部の人間に機能美と持て囃されるのに対し、『ショゴス』に誉められるべき所はない。
 『牙』――と言うよりも『脚』の大きさはまちまち、しかも体の至る所から生やしており、とても正視に耐えがたい代物であった。

 『ショゴス』がまだ、数十センチのバケモノであったならば人によっては可愛いというかも知れない。
 けれど目の前に鎮座しているのは、胴体部分だけで大型トラック程もある異形。
 チグハグな足をデタラメ――交互ですらない――に動かし、人が走るぐらいの早さで移動していた。

 既存の生き物の枠を越えたフォルムに、比喩無しで目眩と吐き気を催す。遠近感が狂い、自分達がそこに立っているのかも怪しくなる。
 しかしそれでも気力を絞ったのはベイロープの方だった。傍らに『護るべきもの』が立つせいかどうかは分からないが。

「なぁ、私達は正気なのか……?」

「……俺は、まだ、何とか。それよりそっちは大丈夫かよ?」

 上条もどうにか返事をする。『幻想殺し』で悪夢は殺せるのか?と半信半疑であったが。

「……まぁ、ブレイブハートには『戦場での士気向上』って効果もあるし、素面で見るよりはまだマシ……か?」

 戦場で敵味方の屍を乗り越えてるのを良しとする術式。『正気』かどうかは判断に困る所だが、一応は耐えているベイロープ。
 上条の方は右手で額を押さえているが、効果は怪しい。

「てか能力者かもって話はどこ行ったの?つーかあんなんが授業受ける学園都市も大概よね」

「勘弁しろよ!あんなん教室居たら怪獣映画の世界じゃねぇか!」

「校門で会って告白イベント?」

「どう考えてもそのまま喰われるバッドエンドしか思い付かねぇよ……!」

 時間を稼いでいたのは人間達――だけ、では無かった。
 『ショゴス』が思わぬ反撃を受けた時か、それとも最初からそうであったのかは分からない。
 しかし明確に『恐怖』を感じてしまった後、彼または彼女も『逃げ』ようとしたのだ。

 けれど体そのものが粘液の塊、動くのも億劫で早く移動するなどとても不可能。
 従って『ショゴス』は『待った』のだ。

 自身が素早く動く手段を得る――『牙』という外骨格を得るまで。
 僅かな時間で進化するまでの時間稼ぎ。そう居残った人間達は判断を下していた。

「……単純な話なのだわ。森で熊さんに出逢ったら、お逃げなさいと言うのが普通」

「その例えは正しいのか?」

「こっちも怖いけど、向こうも怖い。よくよく考えればシンプルよね」

 軽口を叩く割に気は重い。心が奮い立たない。勇気を振り絞れない。
 目の前の異形へ対する『怖れ』で躰がこわばり、動作が鈍る。
 絶叫して逃げ出したくなる程の、名状しがたい冒涜的なオブジェであった。

 銃口や魔術師、聖人相手にした時とは異なる。言わば『本能へ訴える恐怖』が二人を襲う。
 姿ある敵ならば殺せる。死なない相手であっても無力化は出来る。

 だが『自身の恐怖』を前にして何が出来る?何が役に立つ?
 戦うのは独り。ねじ伏せる相手は自らの心。生命の尊厳を賭けてまで、振り絞れるのは少数である。

 が、しかし。

『――――――としても』

「……上条、何か言ったか?」

「いや、俺は別に何も」

 薄い暗闇に聞こえた声は空耳か?

『立て――を失ったとして――』

「聞こえる……?つーかどっか聞いたような……?」

「――知ってる!この声は――!」

 この場に居ない。居る筈のない。
 彼女の『歌』を



――少し前 『カーゴ2』

乗客A『――, ――――.』

乗客B『――, ――――?――!』

鳴護「うーん……?」

鳴護(ちょっと騒がしくなってきた、かな?前の車両で何かあったのかも?)

鳴護(……まぁ『あれだけ』やっちゃったんだから、他の人が不安になるのも分かる、よね?)

アル「――おい!ちょっとアンタ!」

鳴護「はい?……アルフレドさん?」

アル「悪い!アンタの取り巻きっ、つーかSSっぽい奴らに話がある!」

鳴護「話、ですか?えっと、どういう?」

アル「出来りゃ直に説明したいんだが、今どこに?」

鳴護「後ろの車両でスタンバってますけど、何かあったんですか?」

アル「あー……っと、ぶっちゃけ、クビ切られてたんだわ」

鳴護「――はい?」

アル「あぁいやリストラ的な意味じゃなくって、そのまんまの意味」

鳴護「首って!」

アル「あんま騒ぐなって!……てか、無理か。悪い、騒ぐなっつー方が無理だよな」

鳴護「どうしたんですか?一体何があってそんなっ!?」

アル「『火災が発生して後ろの車両切り離してました』ってアナウンス入ったよな?最初の方に」

アル「でもって次は何の予告もなくもっかい切り離したよな?それで他の乗客がぶち切れた」

鳴護「それじゃ……」

アル「いやいや、そいつらがやったんじゃねぇ。鍵のかかってない運転席開けたらって事だわな」

鳴護「……」

アル「後は無責任な伝言ゲームの繰り返しってヤツ?中には『バケモンが乗ってて人を食ってた』って話も」

アル「まさに『人を食った話』ってヤツ――あぁ悪い。女の子に話すようなこっちゃねぇよな」

鳴護「いえ、大丈夫です、から」

アル「とても大丈夫だっつー顔色には見えないがね。で、そっちのお連れさん、どーにもメカニックとかに詳しかったりしないか?」

鳴護「メカニック、ですか?」

アル「あぁ。運転席がメチャクチャにされててさ」

アル「どっかが壊れてるのは間違いねぇんだよ、スピードが上がりっぱなしになってんだから」

アル「でもどこかは分からない。素人が手ぇつけていい状態かどうかも分かんねぇんだわ、これが」

鳴護「『クルマが専門分野だ』とは聞いたような……?」

アル「本当か!?だったらイケるかもしんねぇ!助かったぜ!」

鳴護「――待って下さい!」

アル「何?今ちょっと急いでんだけどよ?」

鳴護「その――このまま、だったらどうなります、か?」

アル「どう、ってそりゃ――速度落とせないままだったら、どっかのカーブで曲がりきれずに突っ込むだろ」

鳴護「……」

アル「あー違う違う!そんな事にはならないって!こーゆう高速鉄道には二重三重にセーフティがかかってんだよ!」

アル「最悪本体がイカレちまっても、別電源で動くブレーキとか搭載されてるから!な?心配は要らないんだわ!」

鳴護「で、ですよね?」

アル「――ただ、まぁ?それを『信じられない』ヤツが居るかも知んねぇけどな」

鳴護「――え?」

アル「見てみろよ、周りを」

鳴護「周り、ですか……?」

アル「おう。あっちでガキを抱きしめてる母親とか、恋人っぽく雰囲気出してる奴とか」

アル「あいつら、『いざとなったら飛び降りる』つってんだよ。いやマジで」

鳴護「そんな事したら!」

アル「ま、どんだけ幸運だったとしても死ぬだろうね」

アル「想像してみ?音速よりかちょい遅い速度で生身の人間が撃ち出されんだぜ?絶対ヤバいって」

鳴護「……」

アル「あー、ムダムダ。説得するにも言葉が伝わらねぇだろ、つーか俺が通訳してやっても良いんだけどさ」

アル「なんつーかムダだってば、だって連中正気じゃねぇもん」

鳴護「……どういう、意味ですか……!」

アル「そう怒るなよ。別にバカにしてる訳じゃねぇってば。そうじゃなく」

アル「混乱?パニック?『有り得ない』って状況に放り込まれて、おかしくなってんだよ。それだけ」

アル「よく災害の場で無謀な行動とって自滅する奴いるじゃん?まさに、それ」

アル「だって連中、『アメーバみたいなクリーチャーに襲われた!』なんつってる奴が居るんだぜ?んな妄想に付き合ってる暇はないし」

鳴護「……止めないと!」

アル「だから無理だって。『暇はない』つったじゃん?つーかこうやってる時間も惜しいぐらいんだけどさ」

アル「パニックになってる奴ら、一体何人居ると思ってんの?それを鳴護ちゃん一人で止めようって?」

アル「無理だよ、そんなの。止められっこない。止められる訳がない」

アル「もしも出来るとすれば『奇蹟』ぐらいじゃねぇのかな?」

鳴護「奇蹟が、あれば」

アル「昔っからパニックった奴を冷静にさせるのって、平手でキツいのお見舞いするか」

アル「もしくはママンの子守歌って相場って決まってんだよ」

アル「……ま、それが効果あるかは知らねぇが」

鳴護「あたし――私が、歌えば」

アル「非日常にぶち込まれた連中は、『日常』を無理矢理感じさせる事で正気付かせる、と」

アル「言ってみれば『休みの日にテンション上がってんのに、明日会社だと思って鬱になる』みたいなもんだ」

鳴護「……」

アル「あーウソウソ!今のはラテン系のノリだから!思い付いたから言っちゃったみたいな!」

鳴護「えっと、アルフレドさん?」

アル「お?」

鳴護「私も……戦わせて、下さい」



――少し後 『カーゴ1』

 最も人が集まる『カーゴ1』であったが、今は血臭漂う陰惨な場と化していた。
 別に乗客同士で流血沙汰が起きた訳ではない。むしろ後方の車両から逃げ出してきた『訳あり』の人間達は、正気を失ったかのように茫然自失としている。

 原因は運転席から引きずり出された遺体、少々ならずともショッキングな死に方のそれらへ、どこからか調達したカバーシートがかけられている。
 しかし漂ってくる血の匂いは、エアコンをフル稼働させても中々消えるものでは無い。

 だというのに、人々はそこを離れようとはしなかった。
 何故ならば『ここが一番先頭』であるという理由で――『アレ』から最も離れている。そう言い換えても良いだろうが。

 が、その判断も長くは続かない。何かが侮蔑を込めて嘲笑ったように、人々の多くは目先の今年か見ていない。いや、より正確には目先の事すら見えてはいない。
 閉塞状況へ追い込まれれば容易に逃げを打ち、簡単な答えを求める。それが正しいのでは無く、正しそうだからでも無く、信じる。

 人々の囁きの間に「バケモノに食べられる前に――」と極めて不穏な単語が混じり出し、混乱は混沌を呼ぶ。
 「死に方ぐらいは自分で選びたい――」、無知で勇気ある人間が、最初の一歩を踏み越える――その、瞬間。

 奇蹟は、起きる。

『――立てよ、世界を敵に回したとしても』

『立てよ、全てを失ったとしても――!』

 突然スピーカーから流れてきたアカペラの歌。殆どの者は歌詞の意味すら理解出来ない。

『誓いや言葉は要らない』

『英雄になりたかったわけじゃない』

 アップテンポの音楽は流行りの楽曲であると想像は出来るが、それもこの場では筋違い。
 だと、言うのに。

『僕はただ君のために』

『抱きしめた誇りを友に――今、戦おう……!』

 人々の心を取り戻すには、自らが身を置いていた『日常』を感じさせるには。
 充分だった。

 それは『奇蹟』ではない、必然。




――切り離された車両周辺

上条「なんだこれ……アリサの――!」

『人と人を縛るのは絆――それは誓い』

『君が居るだけで価値があるこの星』

ベイロープ「……体が……動く?どうして?」

上条「決まってんだろ!俺達だけじゃ無いからだよ!」

上条「アリサも一緒に戦ってんだ!」

『ガキにすら劣る卑怯者は震えて眠れ』

『伸ばした手を振り払われて』

ベイロープ「待てよ!こっちの内線は死んでる上にトンネルの中だぞ!?」

ベイロープ「そんな『奇蹟』起こる訳が――!」

上条「……違う!これは奇蹟なんかじゃ無い!」

ベイロープ「それ……さっき受け取ったスマフォ、だよな?」

『立てよ、世界を敵に回したとしても』

『立てよ、全てを失ったとしても』

ベイロープ「電波が途切れる筈なのに、どうして――?」

『守られなかった約束を果たすため』

『命であがなえ、血の枷に囚われて』

上条「決まってるだろ!そんなの!」

『勇者を目指して剣を取れ』

『魂に刻んだ誇りを友として――今、戦おう……!!!』

上条「来たんだよ!ここへ!俺達のために!」

上条「『中継器を積んだ奴が』な!」

……ゥィィィィィィンンンッ

ベイロープ「モーター音?まさか新手か!?」

ジジッ

柴崎『――ご無沙汰しております』

上条「来てくれたんだ!」

柴崎『てか、そこに居ると危険ですので離れて下さい――なっと!』

ガギイィィィィイインッ!!!

上条(ライとの一つも点けずに闇を切り裂いて現れた鋼鉄製の『異形』が、『ショゴス』を派手に牽き散らかす!)

上条(黒いバケモノが二度三度バウンドして転がった所へ、上から更に踏みつけにかかる!)

上条(四足歩行のクモに似たデザインの、『それ』を俺はよく知っていた!)

柴崎『婚后インダストリィ謹製、「ヤタ2式」――所謂”多脚戦車”』

上条(半透明のキャノピーに誰が乗っているのかは見えないが、スマフォのスピーカーを通じて柴崎さんの声がする!)

柴崎『公園でリーダーに襲撃喰らってますよね、上条さんは』

上条「つーかテメーそんな便利兵器あるんだったら最初っから出しやがれ!何渋ってんだよ!」

柴崎『回答一、最低でも二桁の協定違反&法律違反の産物ですからね、これ』

柴崎『あと自分は「クルマの中から上条さんを見た」と言ってます、乗れない・持ってきてない、なんて一言も』

上条「そりゃそうかもしんないけどさっ!」

柴崎『回答二、バンの荷台に積める程度のものなので、武装は最初から積んでいません』

上条「じゃ、丸腰なのか!?」

柴崎『なので物理攻撃無視の相手には通用しない――と、思ったんですがね』

ギギッ、ギギギギギギッ!

上条(多脚戦車の下でジタバタともがき、抜け出ようとする『ショゴス』)

ベイロープ「おかしくないか?液状なんだったら形変えて逃げられるのに」

上条「……進化、し過ぎたんだと思う」

ベイロープ「進化?」

上条「『アレ』が科学サイドだってなら、当然科学的な法則の下に成り立ってる訳で」

上条「……異様に早い進化のスピードと、名状しがたい外見のせいで、ついつい忘れそうになるけど――『アレ』も生物なんだろうさ。一応」

ベイロープ「要点を簡潔にしやがれマイ・ロード」

上条「敬ってる気配が微塵もねぇな!?……じゃ、なく」

上条「普通はさ、『脚』だけ生やしたって歩けるんじゃないんだよ」

上条「骨格、筋肉、神経組織ってハードウェア、後はそいつらをオートで制御する交感神経と副交感神経」

上条「『アレ』は確かに原始的な生物、つーか能力者なのか、その一部を移植されたのかは分からないが」

上条「だからっつって物理法則をブッちぎるような無茶も出来ない……と、思う」

ベイロープ「ジャパンのテレビで見た、『アリはどんな高い所から落ちても死なない』みたいな?」

ベイロープ「生き物としてシンプルだからこそあった利点が、成熟しちまうと失われる」

上条「けど逆に、チャンスでもある――ベイロープ!」

ベイロープ「時間を稼げ!……あと、クルマん中の奴は逃げ出せ!じゃないと巻きこまれる!」

柴崎『そう、したい所なんですがね、どうにも厳しいようです』

ショゴス『デケリ・リィィィィィィィィィィィィィィイッ!!!』

上条(窓ガラスを詰めで引っ掻いたような耳障りな咆哮を轟かせ、『多脚洗車』を撥ねのける!)

上条(その勢いのまま逆にのし掛かる『ショゴス』!)

上条「柴崎さん!?」

柴崎『……上条さん、先程、自分が言った事、憶えてらっしゃいますか?信じろとかなんとか、言ってましたよね』

柴崎『その言葉、今この場でお返ししようかと存じます』

上条「……信じてぶっ放せって事か?でも!」

上条「結局、来たのは一人で――ッ!」

柴崎『……生憎、このクルマは一人乗り。魔術サイドの方へ貸しても運転出来る訳も無し』

柴崎『説明している暇はありません!さぁ、早く!』

ギギギギッ、ギチギチギチギチギチッ!

上条(不吉な音を立てて『ショゴス』がキャノピーへと『脚』をかける……こじ開けるつもりか!)

上条「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」

ベイロープ「止せっ!?」

パキィィンッ……!

上条(俺の『幻想殺し』で殴りつけるも、触れた部分から半径数十センチが消滅するだけで!)

上条(デタラメに生えた『脚』の迎撃が――)

ベイロープ「はああぁぁぁぁぁっ!」

ギッギィンッ!

ベイロープ「無茶だ!奴らを滅ぼしきる前にこっちが穴だらけになるわ!」

上条「……クッソ……!」

上条(マズい!こうしてる間にも多脚戦車が潰されっちまう!どうしたら……!)

ベイロープ「――オイ!聞いてるか上条当麻!?」

上条「……あ、あぁ」

ベイロープ「命令しろ!私に!」

ベイロープ「『アイツをぶっ飛ばせ』って言うだけでいい!他に何も要らない!」

上条「ベイロープ……」

ベイロープ「そうすりゃ後はあなたが目を瞑ってる間に、全部、終わらせる!」

ベイロープ「私は『戦士』であり、あなたの『剣』だ!勢いとはいえそうなっちまった以上、汚れ仕事でも何でも私が引き受けるわ!」

ベイロープ「だから、早く!中の奴が人であるウチに!」

ベイロープ「あのクソッタレのドロドロ野郎と溶けて一つになっちまう前に!終わらせてやるのが筋ってもんなのだわ……っ!」

上条「……」

ベイロープ「あなたの言っていた『助け』は来なかった!それは仕方が無いし強制されるようなもんじゃ無い!けどっ!」

ベイロープ「それでも!勝算も何も無いのにやってきやがった騎兵隊の意志を!ムダにするんじゃねぇ!」

ベイロープ「『ショゴス』が気を取られてる機会なんて、次にどれだけあるのかも分からないんだから!」

ベイロープ「今のウチに焼き尽くすのが最善でしょうが!」

上条「……そう、か。そうだよな……分かったよ、ベイロープ」

ベイロープ「えぇ」

上条「……ただ一つだけ、訂正させてくれないか」

ベイロープ「……あぁ?」

上条「お前は剣なんかじゃない。ただの『戦士』だよ」

上条「成り行きとは言え、『死んで欲しくない』って理由でベイロープが死なせず、そして『ショゴス』も殺せなかった」

上条「その結果が今の『これ』だよ!俺があの時、我が儘言ったせいだ!だからっ!」

上条「俺がベイロープにするのは命令じゃ無い、『お願い』だ。そしてお前に責任なんかある訳がない!」

ベイロープ「『お願い』、か」

上条「さっきと同じく、俺はまた我が儘を言う。それ以上でも以下でもねぇよ!」

ベイロープ「それは『命令』?」

上条「……いや、『お願い』だよ。そんなつもりは、ない」

ベイロープ「……そか――『ギャッラルホルン』!」

上条「……悪い」

ベイロープ「いいって。あなたが納得しようがしまいが、『これ』以外に方法ないのだし」

ベイロープ「……ま、私の男運もそう悪くは無かったって確認出来たし、ね」

上条「……うん?」

柴崎『――あの、ご歓談中申し訳ないのですが、そろそろ宜しいですかねぇ?』

上条(俺達が言い争ってる間にも、多脚戦車の装甲はボロボロになっていた)

上条(得体の知れない素材は、未だ貫通するせずには居るようだが)

上条(それでも僅かにある隙間へ『脚』を入れ、テコの原理でキャノピーをこじ開けようとしていたっ……!)

ベイロープ「少し待て!詠唱が必要よ!」

上条「任せろ!うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

パキイインッ!!!

上条(通じた!――けど、足りない!届かない!)

上条(『ショゴス』の一部分を切り取るだけで、全部を消滅させられない!)

上条(やっぱり――俺の『幻想殺し』には対処済みって事かよ!?)

ググギッ!ギギギギギギギシィイッ!

上条(そうこうしている間にも、非情な『ショゴス』の脚――だか、牙がついに運転席を少しずつ開いていく!)

上条「間に――合わなかったのか……っ!?」

上条(限界が来たのか、急にハッチが勢いよく跳ね上がり、中に乗っていた人間が露わになる)

上条(柴崎さんの言っていた通りに、人一人分しか入れないキャノピーから出た人物へ『牙』が殺到する。しかし)

上条「お前――!?」

???「――学園都市の『機械化小隊(マシンナーズ・プラトゥーン)』だと思った?残っ念っ!」

???「中身はぁ――」

上条(俺は『勝利した』と確信しながら、”彼女”の名前を呼ぶ!)

上条「レッサー!」

レッサー(???)「――エロ可愛いレッサーちゃんでしたっ!」

上条(悪びれもせずにレッサーは持っていた『槍』を突き出し、先端に巨大な業火を生む!)

ショゴス『ギギギギギギギィイイイイイッ!?』

上条(突然現れた『天敵』に『ショゴス』はあからさまに怯み、その『脚』を使って大きく跳び上がる!)

レッサー「逃がさねーですよこぉのドちくしょーがっ!!!」

ゴォウンッ!!!

上条(空中で伸び上がり、逃げ場のないままレッサーの生んだ業火が腹へと突き刺さり――)

上条(――当然、その反動で『ショゴス』は天井へ叩き付けられる――)

上条(――そう、『ユーロスターの架線がある』天井へ、だ!)

バチチチチチチチチチチチチチチチチチチチッイィィィィィンッ!!!

ショゴス『――!?』

上条(衝撃で爆発、飛散する『ショゴス』――その一体一体が生きており、同時に再生する能力があるのだろう。が)

ベイロープ「『知の角杯を持つヘイムダルよ、見よ!』」

ベイロープ「『火のビフレストを渡る炎の巨人を、天空を喰らう狼を!』」

ベイロープ「『影のビフレストからは憂鬱な死者の軍勢どもを!』」

ベイロープ「『さぁ吹き鳴らせギャッラルホルン!その音は雷鳴と化して蛇の中庭に響きわたらん!』」

ベイロープ「『戦いを告げる先触れを!全ての戦士を喚び起こすのだ!』」

ベイロープ「『――神々の黄昏が来た!(ラグナロク、ナウ!)』」

――イイイイイイイイイィィン――!!!

上条(周囲から音が消え失せる程の爆音!『架線から供給される電力』も巻き込んだ強烈な雷撃!)

ショゴス『デケリ……リィ……』

上条(稲妻の雨を全身に受け、狂ったように身もだえする『ショゴス』達……)

上条(彼らの放つ雄叫びは、どこか胸が苦しくなった。けど)

上条(嵐が過ぎ去った後には染みの一つすら残さず、残せず)

上条(まるで悪夢が過ぎ去ったかのように、現実感に乏しかった)

上条「……やった、のか……?」

ベイロープ「つーかこれでダメだったら私らの手に負える相手じゃないわ」

ベイロープ「どっちにしろ『時間稼ぎ』って意味でも充分でしょうし、さっさと出るわよ」

上条「……だな。行くか」

ベイロープ「つか、まさかマジ助けが来るとは思わなかったわー」

上条「言ったじゃんか」

ベイロープ「聞いたけどさ」

上条「お前が仲間を大切に思ってるみたいに、仲間も同じだって」

ベイロープ「言ってねぇよ。つーか聞いてないわ」

上条「だっけ?ま、いいって結果は同じだし」

上条「ホラ、見てみろよ?レッサーだってあんなに喜んで――」

レッサー「ダイジョーブですかー?ベイロープ?上条っさーん?」

レッサー「いけませんからね?もしもこれでちょっと良い感じになったとても、それはきっと幻想ですから、幻想ですよね、幻想なんですね分かります!」

レッサー「てっきり二人だけのシチュエーションになって、あんなーこーとー、こんなーこーとーとかあったりしませんよねぇ、ねぇぇっ!?」

レッサー「嬉しかったこーとーとか、面白かったーこーとーとか、いーついーつまーでもフォーエーバー!的な立てられたフラグに流されたりは許しませんからねっ!」

上条「……て、照れ隠しだよ!きっと!」

ベイロープ「に、しては必死に見えんだけど」

レッサー「いけませんいけません!そりゃきっとアレです吊り橋効果です!よくあるんですよねー、この業界」

レッサー「今回のお二人が体験しやがった事も、きっとその類の妄想ですってば、はいっ!」

レッサー「一次の気の迷いっつーか、まぁまぁ男女間であったって友情成立しますしね!えぇっ!」

上条「……えっと」

ベイロープ「……心配、されてるみたいね。別の意味で」

レッサー「それともアレですか!?Dですか!?Dカップがあなたを迷わせるんですかカミジョーさん!?」

レッサー「いけませんいけません。そいつぁ黙って見ていられませんよ!」

レッサー「そもそもですねぇ、昨今の業界では年上キャラ出しても、『え、需要ないでしょ?』の一言でバッサリ切られますからね」

レッサー「だもんでここは一つ!私と真実の愛を育みましょ――」 ガシッ

ベイロープ「……」

レッサー「おおっと!どうしましたかベイロープ?私のおっぱいを鷲掴みしても、好感度は上がりませんよ?」

ベイロープ「まぁ、アレだわ。なんだかんだ言いつつ助けに来てくれたのは感謝するわ。それは、アリガトウ」

レッサー「やだなー。当然じゃないですかー、仲間を助けるのに理由なんて要りませんってば」

ベイロープ「で、だ!それとは別にちょぉぉぉぉっと疑問があんだけどぉ、答えて貰って良いわよね?ん?」

レッサー「な、なんですかっ!この私に後ろ暗い所なんてありませんよっ!」

ベイロープ「最後、あなたが乗ってんだったら、別に最初からにバラしても問題ないわよね?」

ベイロープ「つーかさっきのオッサンが乗ってるブラフかける必要がどこにあったのよぁぁぁぁぁぁんっ!?」

レッサー「ヘルプーーーー!?至急応援を頼むーーーーーーーっ!」

レッサー「てかマジでおっぱい千切れますからっ!痛い痛い痛い痛い痛いっ!?つーか痛いですってば!?」

ベイロープ「……最期に言う事は?」

レッサー「やっぱり若さって嫉妬の対象なんですかねぇ」

ベイロープ「死ね」

レッサー「んぎゃーーーーーすっ!?」

上条「……仲、良いよなぁ。やっぱ」

柴崎『ですかねぇ』

上条「つか、どういう事?今まで流れって、ノリだったの?」

柴崎『自分が「糸」で多脚戦車を遠隔操作出来るってのは、割と秘密にしておきたかったのも確か』

柴崎『また、想定では多脚戦車の攻撃が通じないと思っていましたから。レッサーさんには主砲として乗って貰いました』

柴崎『それともまさか上条さん、自分が勝算も無しに助けに来るとでも思いましたか?』

上条「そりゃ……」

柴崎『そんな人道的な理由で「黒鴉部隊」は動きませんよ。残念でしたね』

上条「……この嘘吐き」

柴崎『よく言われます』

レッサー「ヘェルゥゥゥゥゥゥゥプッ!誰か助けてフォローミーィィィッ!?」

上条「……ま、疲れたー……」

柴崎『――あ、そうそう上条さん。伝言が一つ』

上条「あー、そかアリサからか。何々?」

柴崎『「アリサほったらかして何やってんんだ、あぁっ!?」』

上条「アリサじゃねーし!超怖いねーちゃんじゃねぇかよおぉっ!?」

柴崎『大丈夫ですよ。自分がよく言っておきましたから」

柴崎『「妹系アイドルより、年上のお姉さんの方を助けに行った」って』

上条「テメーも根に持ってやがんなチクショー!憶えとけよっ!いいなっ!?』

上条(……と、まぁいつものように)

上条(やったら疲れる日常へ、俺達はどうにか帰還しましたとさ)



――ブリュッセル南駅(ベルギー)

上条「着いたー……長かった!」

鳴護「当麻君、そんなに感動する所かな?」

上条「いやまぁ大変だったじゃんか!」

レッサー「ま、いっつもこんな感じではありますけどねー」

上条「そうだけどさ――って何でレッサー居んの?」

レッサー「ヒドっ!?利用するだけ利用しといて用が済んだらポイですかっ!?どんだけオニチクなんですっ!?オニっ!アクマっ!高千穂っ!」

上条「鬼畜な?」

フロリス「『ベツレヘムの星』でも、レッサーはカミジョー見捨てて逃げなかったかっけ?」

ランシス「むしろレッサーが利用するだけしといて、って突っ込まれる方……?」

レッサー「おっと中々やりますね上条さん!この短時間で私の仲間を味方に引き込むとは!」

レッサー「流石は私が終生のライバルと認めただけはアノニマス!」

ベイロープ「だから私ら前から言ってるけど、あなたのその無闇矢鱈なプロポーズに引いてんのよ」

レッサー「やだなぁそんな私がまるで空気読めない、みたいなの止めましょうよ、ねっ?」

フロリス・ランシス・ベイロープ「……」

レッサー「良し!話し合いましょうか!肉体言語でねっ!」

鳴護「えっと、お友達……?」

上条「柴崎さんはどっこかなーっ!さっさと合流して次の街へ行かないと!」

鳴護「あ、それだったら『警察の取り調べがあるから、先にこの駅でお姉ちゃんと合流してて』って」

上条「あんだけ暴れた上、学園都市の兵器持ち込んでんだしなぁ……」

鳴護「『もしかしたらこれが会える最後になるかも』っても言ってた、かな?」

上条「冗談になってねぇ……ん?」

鳴護「どうしたの?お手洗い?」

上条「ちょっと行きたいけど、この駅おかしくないか?」

鳴護「どこが?」

上条「いや、ホームに俺達以外、人の姿がないってのが」

鳴護「あ、言われてみれば――あ、居る居る!ほら、あっちに外人さん達!」

上条「居るな……つーか俺もらも含めて全員外人だ」

アル「うぉーいカミやーーーーんっ!」

上条「カミやん言うな。て、アル、さん?」

鳴護「さっきはありがとうございました」

上条「アリサ?何かあったのか?」

アル「いやいやお礼なんて良いって。大した事してねぇし」

アル「前のカーゴでさ、何かパニックになって飛び降りとかやらかしそうだったから、ちっと言っただけだし」

アル「実際に車内放送でアカペラ歌って落ち着かせたのは、鳴護ちゃんだしなぁ」

上条「……そっか。アリサも戦ってたんだよな」

鳴護「私にも、出来る事があったから、うんっ!」

レッサー「あのぉ、そちらさんはどなた様で?」

アル「俺?好きなタイプは岸田メ○」

レッサー「嫌いじゃないですけどっそういうネタは!」

アル「『抱きしめる』と『岸田○ル』って似てね?アナグラムで付けたんかな?」

上条「おい!出逢っていきなりボケ倒すのは面倒臭いんだよ!ツッコミの負担も考えろ!」

アル「『堕騎士メル』ってエロマンガにありそうなタイトルじゃね?」

上条「何の話?本気で何言ってんの?」

レッサー「それだったら『打岸メル』ってした方が新しいボーカロイドっぽい響きで」

ベイロープ「黙っとけレッサー」

アル「何、って何が?」

青年?「兄さん兄さん、多分自己紹介的なものをしろ、って言ってるんだと思うよ」

上条(アルの後ろにはよく似た男の人が立っていた。顔立ちも着てる服もそっくりの双子だろう)

上条(……でも普通、兄弟で同じ服、着るかぁ……?)

上条(他にもコートを着てパナマ帽を深く被って顔が見えない人……いや超怪しいな)

上条(あと子供――か?どっちでも通用しそうな、綺麗で病的なぐらいに色白な子が一人)

上条(そういや仲間を探してるっつったっけか)

アル「うえぇ?名乗るの?マジで?ホントに?」

上条「今更出し惜しみすんなよ。つーかアルフレドって自己紹介してるじゃねぇかよ」

アル「あー……うん、まぁカミやんがそう言うんだったら、言うけどな。んじゃ改めて」

アル「俺はアルフレド、アルフレド=”ウェイトリィ”」

フロリス「ウェイトリィ……?」

アル「他人からはアルって呼ばれたり――」

ランシス「『ダンウィッチの呪われた双子』……!?」

アル「――っても言われるなぁ?ま、どっちでもいーんだけどさ」

上条「呪われた、双子?」

レッサー「下がって上条さん!」

上条「えっ?何で?」

レッサー「いいから、早くっ!こっちへ!」

アル「魔法名、『Geat013(門にして鍵)』」

上条「――待てよ!何言ってんだ!?」

アル「んでもって魔術結社、『双頭鮫(ダブルヘッドシャーク)』のボスもやってんだわ、俺は」

上条(その名前、確かステイルから聞いた――)

上条(――現在活発に動いてる魔術結社が、ここで繋がるのかっ!?)

アル「……ま、面倒だからぶっちゃけるとだな。俺は――」

アル「――『濁音協会』、四幹部の一人――」

アル「――お前らの、敵だよ」



――胎魔のオラトリオ・第一章 『狂気隧道』 −終−



――次章予告


「世の中とは実に不思議に満ち溢れているね」

 唐突に、そう何の脈絡もなく男はそう切り出した。
 ある大学の研究室、アポイントも無しに訪ねていったにしては、少々対応がおかしかった。

「ま……かけたまえ」

 彼――こちらへ椅子を勧めてくれる男性自体は、それ程珍しくもない。
 壮年をやや過ぎたぐらい、髪の殆どが薄い銀色になりかけているぐらいの年齢の男性。
 研究職らしく、やや薄汚れた白衣へ袖を通していたが、招かざる客に対してはある意味適切か。

 人間という種族の体のピークが30代と言われるのであれば、蓄えた知識が最も活かせる年代。そう言えなくもない。
 もう少し経てば後進育成へ力を入れるであろう――成果を出していれば、その限りではないだろうが。

「……そうだね。何から話したものか……いや、最初に言っておこうか」

 非常に疲れた容貌のまま、彼は告げる。

「恐らく、私は君の期待には添えないだろう――それも、悪い意味で」

 次に壁の一部分を指し示す。そこには海の写真が幾つか、それと巨大な『顎』の骨格標本があった。
 人間ぐらいならば一噛みで半身かせなくなるぐらいの。

「サメ、だよ。軟骨魚綱板鰓亜綱」

 ……どうしたものか。全く興味がなかった。
 ここに飾ってる『顎』は見事ではある。けれどそれが仕留めた獲物を剥製にするような、そんな趣味で陳列しているのではない。
 ただ某かの研究目的なんだろうが……だから、それ故に『潔さ』が感じられない。

 そんなものは――道端に落ちていたセミの抜け殻をひけらかす子供と同じだ。

「……いや、その、なんだね。君がきっと善意で訪問してきてくれたんだろう。そこは疑っていないさ」

 興味のない話は終わらない。

「だが!だからこそ君には聞くべきなのだ!そう――」

――



まずサメ――と、言ってもエイとの違いは分かるかね?

……興味がない?……学生にも多いよ、そういうのは、良くないんだろうけどさ

……まぁ言ってしまえば、『エラが体の横についているのがサメ』で、『下についてるのがエイ』って区別に過ぎない

近親種であるのは間違いない……だからといって何なんだ、という話になるが

サメはエイを食べる。ただしエイが持ってる針は消化出来ないらしく、胃袋の中からよく出てくる

そもそもサメに分類される種は世界に約500、その中でも人を襲うのは2、30程度だ

積極的に捕食される事はない――が、逆に言えば空腹であればその限りではなくなる

……数年前、オーストラリアの海岸へ大量の鯨が打ち上げられていた『事件』があった

まぁ、これが『事件』かどうか、未だに結論では出ていないのだが

とにかく、打ち上げられた鯨を調べてみると――

――『飢餓状態』との事実が判明した。これがどういう意味か?

個体数が増えすぎたのか、それともエサとなる魚類が枯渇し始めているのか。どちらにせよ重大な問題であると私は考える

私は彼らの研究者として、一つの危惧を示されねばならない

……本来、サメも鯨も海の捕食者としては上位群に位置している。そんな彼らが、飢餓状態にあるとすれば

そうだな。一つの推論へ達せざるを得ない

『鯨が飢える海で、サメだけが肥ゆる訳がない』んだ!

食肉性の鯨とサメは、捕食する対象がほぼ被っている以上、サメも飢えるのが必然

ここで『空腹であればその限りではない』話へ繋がるんだ

……実に頭の痛い事に、ここヨーロッパでもサメによる被害は増える一方

想像してみて欲しい。現在地球上で人類にとって最も脅威となる捕食獣!サメが人類の敵へ回るんだ!

しかも連中は意図的に人を襲う!増えすぎた人を減りすぎた獣がね!

……そこで私達研究者が彼らの生態を詳しく調査する事になった、というかお鉢が回ってきたというか

前々から似たような調査はしていたのだけれど、今回は大かがりな予算が付き、実験も大かがりになったと

ふむ……まぁ、それだけの話なのだがね

……

……ただ、その、君は実験をする、サメの生態の調査をする、と言っても具体的にどうするのか、分かるかね?

捕まえて解剖したとしても、食べている物ぐらいしか分からない。だからといって話の通じる相手でもない

……で、まぁビーコンを撃ち込むんだよ。こう、空気銃を使って

定期的に位置情報、深度、対象の体温。それらを数分刻みで送られてくる

見るかい?ホラ、ここの――そうそう、これだ。この数字が地図上の座標を示し、こっちが体温――そう

36.7℃――この意味を、君は理解すべきだろう

元々調査するサメは数十種類、若い個体から老齢のサメまでサンプルは豊富だ

調査の結果、サメがどういった周期で海遊しているのか、また繁殖期の場がどこであるのかが判明した

それ自体は今まで未知数であった行動様式を明らかにさせると共に、サメからの害を未然に防ぐために役立つであろう

……

だが、しかし!中にはビーコンからの情報がおかしくなってしまう時も、あった

そうだな、これを見て欲しい。グラフにある通り、位置・深度・体温、全てが一定のままで動きがない

と言うか海水並みに低い――恐らく死んでしまったんだろうな。捕食されたか、寿命か、病気かも知れないが

ビーコンを撃ち込んだせい、も、また否定出来ないが……それは『本題』とは関係ない

この……あぁそうそう、最初に示した個体のログを遡って見てみよう。分かるかい?

途中、サメの体温――約30℃前後から、一度18℃前後まで下がってる。大体数分の間だ

この後、急に36.7℃へ跳ね上がり、以降その前後をキープし続けている

次はこちらの……あぁ深度のグラフでは水深1900mの所だな。相当深い所が現場だったようだ

以上の情報から、このサメは別の何かに捕食され、ビーコンごと喰われてしまったのだ、と私は判断している

何故ならばこのサメは全長4mを越え、また人間の年齢で言えば壮年の雄。言わばこの海域のヌシとも言える存在だからだ

これ以上となるとオルカぐらいしか無い。また実際に現在も観測され続けている体温も、魚類ではなく哺乳類のものだ

従って犯人はオルカしか有り得ない――の、だが、な

確かに自分達よりも大きい獲物を襲う事はあるし、ホホジロザメの天敵でもある。それは理解しよう

よってサメ殺しをしたのはオルカであるのは疑いようもない!私も同意してはいたんだ!

けれど、こっちの、そう!現在位置を示すグラフが異常な値を出してきた!

ここだ!ここが海岸線の位置!そして深度がプラスになっているだろう?

ビーコンは海抜1mの所から時速4kmで移動している!分からないか!?

……

これが何を示しているかと言えば――

――サメを殺した『犯人』が、陸へ上がって来ているんだよ!



――

 さて、どうしようか、酷く迷う。

 少々タガが外れた――か、緩んだ――老人へ対し、笑うのも礼を欠いている。
 だからといって知らんぷりするのも誠実ではないだろう。

 ならば、だ。

「――安曇(あずみ)は謝らなければいけない」

 そう安曇は黙礼すると、片手を口へ突っ込み、ごぎゅっ、と顎を外した。
 続けて喉、食道、胃を人間ではないそれへ変化させ、手探りで探す。

 すると、消化しかけたサメの骨に混じって、棒状の何かが手に触れる。

 ギュボッ。

 人体構造を無視し内容物を引き抜く。ずぞぞぞ、と食道を逆しまに通る際に出血する。
 それは1m程の黄色いビーコン。目の前の研究者がサメへ撃ち込んだ、大切な実験器具の筈だ。

「安曇はこれを返そう。本当にすまなかった。うん」

「――ひっ!?」

 短い悲鳴を上げて後ずさる彼。

「安曇に他意は無かった、と言って信じて貰えるだろうか。証明も何も難しくはある」

 『必要悪の教会』に目を付けられている。そう『双頭鮫』から連絡が入ったのは少し前の事。
 空を行っても目立ちすぎる安曇の容姿は隠しきれるものでは無く、仕方なしに『海中』を進む事にした。

 日本からの船便へ――文字通りの意味で――飛び乗り、ドーバー海峡で途中下車する。
 その途中、少々腹が減ったので通りかかった魚を食べた。それだけに過ぎない。

 安曇は少し首を傾げながら、改めてビーコンのモニタを覗き込む。

「――あぁ確かに。天球座標軸は『ここ』を表わしているな」

 GPSは”ここへ来る前に調べた通り”の数字と一致していた。

「安曇は気にしていなかったのだが、まぁアルフレドが、な?」

 消化液で滑ったビーコンを床に置き、安曇は彼へ近づいた。

「『落とし物は落とし主へ!』と、言うものだから。安曇は返しに来た」

 しかし問題も生じてしまった。

「すまないが、安曇が魔術師であると知られるのは少々宜しくない……らしい」

「わ、私を殺すのか……っ!?」

 大学で教壇へ立つ身でありながら台詞は凡庸だった。少しばかり失望しながら、安曇は笑いもせずに話しかけた。

「心配ない、無駄にはしないから。あなたたちの好きな、りさいくる?だかの精神でもあるように――」

 逃げ出そうとする彼を捕まえ、その首筋に指を這わせる。

「『――イタダキマス』」

「………………え?」

 ゴキュバリバリバリバリバリバク……ッ!!!

 研究室に物騒な音が暫し響き、人類史のタブーを意図も容易く破った安曇は、口元を拭いながら、あぁ、と思い出して呟いた。

「教授、あなたは『現在地球上で人類にとって最も脅威となる捕食獣』と言ったな。だがそれは間違いだ」

「サメは決して”それ”じゃない。水という制限がある限り、彼らは鎖の着けられた囚人に等しい」

「自由自在に動けない『脅威』など、どこが脅威であろうかよ」

「ならば虎が『脅威』だと?またはサバンナに住まう獅子が人類にとって『脅威』なんだろうか?」

「――否、それも、否だ」

「彼らは食物連鎖に最上位にはある。然れどもその枠を脱していない」

「言わば『限られた世界の中で脅威』となり得るが、そんなものはサァカスの檻に近づいた人間が喰われてしまう程度」

「それは違う。脅威とはそんなものではない」

「人に近しく、人に親しき、だが決して相容れない存在」

「都市伝説のように姿を見せず、対面した時には捕食されているのと同義――」

「――”それ”は『安曇』の事なのだよ、うん」



――次章『竜の口』予告 −終−

inserted by FC2 system