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鳴護アリサ「アルテミスに矢を放て」 〜胎魔のオラトリオ〜 −プロローグ−


鳴護アリサ「アルテミスに矢を放て」 〜胎魔のオラトリオ〜

ここはとある禁書目録&とある科学の超電磁砲のSSです
メインは鳴護アリサさんと、『新たなる光』や上条さんを軸に進んでいくんだと思います
基本台本形式ですが、その場のノリで小説っぽくなります
また内容は比較的ダークなものですので、グロい描写が多々あるかも知れません
敵側は基本オリジナル、プロローグが若干長いかも?まぁお気になさらず

ともあれ最後までお付き合い頂ければ幸いです。いぁいぁ



『プロローグ』


――2013年11月某日 『必要悪の教会』 英国女子寮

配達員「すいませーん?お荷物でーす!」

神裂「はーいっ!今行きますっ」

配達員「こちらにお荷物をお届けに参りましたー」

神裂「……と、失礼しました。判子を探していたら」

配達員「……ハンコ?なんでスタンプがここで?」

神裂「はい?」

配達員「え?」

オルソラ「あらあら神崎さん、それは日本のしきたりで御座いますよー」

アンジェレネ「ね、ねぇシスター・ルチアぁ!神裂さんの持ってるアレってなんですかねぇ?」

ルチア「なんでしょうねシスター・アンジェレネ。紙巻き煙草に似てはいますが」

配達員「サインで結構なんですけど?」

神裂「……あぁ、分かりました!ついうっかり!」 カキカキ

配達員「どーもー、あ、こっちにもお願いします」

配達員「しかしこんな毎日、大量の手紙のやりとりなんて大変ですねー」

配達員「やっぱりアレですか?シスターさんだけに、ご家族との会話が携帯電話禁止だって訳で?」

神裂「いえいえ、そんなファンシーな理由ではありません。むしろ、こう、なんでしょうね」

神裂「ある意味、ファンレターみたいなのもの、でしょうか。かなり良く言えば、ですが」

配達員「若い娘さんばっか住んでますからねー――と、どーも。それじゃまたー」

神裂「お疲れ様でした」 パタン

アニェーゼ「やっぱり今日も多いんですかね。ダンボール、神裂さんが持ってる分には軽く見えちまいますが」

アンジェレネ「し、しーっ!シスター・アニェーゼ!ダメですよぉっ神裂さんがゴリ――聖人パワーだって言うのはっ!」

神裂「気にしてませんよ?って言うか別にこれは聖人としての力であって、私がどうこうって話では無いですし」

神裂「というか、今聖人じゃなくゴリラって言いかけませんでしたか?シスター・アンジェレネ?」

ルチア「いけませんよシスター・アンジェレネ!人が気に病んでいる事を言うのは神がお許しになりません!」

神裂「いえ、ですから特にどうとも思っていませんが」

神裂「逆にそう気を遣われると、『あ、やっぱり気にしてるんだ?だよねー』的な誤解がですね」

アニェーゼ「分かってます分かってます。幾ら食べてもお腹には行かず、全てその対男性誘惑術式に蓄積されっちまいますからね」

神裂「なんですかっそのいかがわしい霊装は!?後それは私が戦闘訓練を積んでいるだけで、他意はありませんよ!」

アンジェレネ「な、なるほどー、そのプロポーションを維持するには、KATANAの素振りが必要だと……!?」

アニェーゼ「前々から疑問に思っていましたが、対男性誘惑術式の秘密はそれだったんですかい!」

神裂「ですから誘惑誘惑言うのは、神に仕える身としてはちょっと」

アンジェレネ「り、理に適ってますねーっ!」

神裂「いえあの、それだったらシスター・ルチアやオルソラはどうなのでしょうか?特にルチアはお二人にも生活環境が同じ――」

シスター一同(※除く巨乳)「……チッ」

神裂「盛大に舌打ちされたっ!?オルソラからも何か言ってやって下さい!」

オルソラ「あれは判子と申しまして、日本では荷物を受け取る際によく使われておりますのですよー」

神裂「判子の説明は遅いでしょう!?言うべきタイミングでは無い!」

オルソラ「ちなみに補足致しますと、この間神裂さんは大分悩まれて『Kaori, K』の判子をお店に注文されていました」

ルチア「それのどこが何の補足になるのでしょう、シスター・オルソラ?」

神裂「そうですよっ!別におかしくないじゃないですか!」

オルソラ「『こうしておけば、いざ籍が変わっても同じ判子を長く使い続けられるな』との神裂さんの乙女回路が発動――」

神裂「違いますから!っていうか、何でも恋愛に結びつけるのは良くないですよ!」

神裂「って言うかオルソラの中の私はどれだけ乙女ですか!?小学生じゃあるまいし!私もこう見えて色々とですね!」

アニェーゼ「あ、やっぱそうなんですかい。てっきり噂が正しいもんだとばかり」

神裂「……なんです、その噂って?もう嫌な予感しかしませんが」

アニェーゼ「『女教皇は“騎士団長(※特A級玉の輿)”からのお誘いをいっつもお断りしているのよな!』」

神裂「ぶはぁっ!?」

アンジェレネ「『な、何度も花束を持って誘いに来る男を千切っては投げ千切っては投げ……まさに“鋼鉄処女”の名に相応しいのよッ!』」

神裂「それもう噂じゃ無いですよね!?どう考えても口調が知り合いに酷似していますし!」

ルチア「『っていうかそろそろ女教皇も、次代の教皇をこしらえて欲しいのよ。宜しく頼むのよな!』」

神裂「最後は噂じゃなくて言づて!?そもそも天草式は世襲って訳じゃありませんし!」

アンジェレネ「そ、そーなんですか?っていうかっていうか、空――聖人の人って結婚とか出来るんですかねー?」

神裂「今、『空○先生』って言おうとしませんでしたか?」

神裂「あと、先ほどからあなた達の言動に意図的なものが見え隠れしてますけど、それは私の気のせいなんですよね?」

神裂「……いやいや、そうではありませんよ、皆さん」

神裂「あなた達もシスターもそうですが、私も皆さんと同じくまだまだ修行中の身」

神裂「従って愛だの恋だのと、うつつを抜かす暇などはありません」

オルソラ「あ、それは問題ないで御座いますよ」

神裂「あの、オルソラ?どうしてこういう時には的確に返答出来るんでしょうか?」

アンジェレネ「あ、やっぱりそーなんですかーっ!?」

オルソラ「『使徒12人』の方々の中には既婚の方も居られますし、それで聖人としての資格を失う訳ではないとの報告が」

オルソラ「『必要悪の教会』の中にも主婦と兼業されている方も御座いますよ」

アニェーゼ「あー、いましたね。テオドシアさんってんでしたっけ?」

ルチア「家庭を守るのが女性の勤めでは?」

オルソラ「そうではない価値観の方がいらっしゃる、だけのお話で」

オルソラ「ですから神裂さんも、周囲の視線やご自身の立場がどうではなく、ここは一つ素直に気持ちを表わすのが宜しゅう御座いますのですよ?」

神裂「いえ、ですからそういう話ではないとさっきから主張しているんですけど」

神裂「皆さん既成事実的なものを埋めようとしていませんか?もしくは面白半分でけしかける雰囲気とでも言いますか」

神裂「小学校でそれっぽい話が持ち上がった時、『告白しちゃいなよ!』と無責任に推すような感じでしょうか」

神裂「娯楽に乏しい女子寮で、『他人の恋愛話をネタに楽しもう』的な雰囲気が……」

アニェーゼ・アンジェレネ・ルチア「……」

神裂「やっぱり図星なんですか!?」

オルソラ「それはそうとアイソン彗星の話で御座いますが」

神裂「どちらの引き出しを開けたのですか、オルソラ?」

アンジェレネ「あ、あれちょっと楽しみですよねーっ!屋上で観測会をしよう、って話になってまして」

神裂「で・す・か・らっ!何度も言っているようにですねっ、私はあの少年に懸想している事実はありませんし!」

アニェーゼ「皆無ってぇ事ですかい?」

神裂「いや、まぁ皆無という訳、でないと言えば偽りになりますが……そうですよっ!友情とか信頼とか、そういう類のものですよ!」

神裂「同じ敵を相手にした、言わばある意味で戦友みたいな感じであって!決してそれ以上は、はい!」

アンジェレネ「あっ、上条さんだ!」

神裂「げふっ!?いやいやいやいやっ!違いますっ!今のは対外的なアレコレであってですね!?」

神裂「奥ゆかしい日本女性としてはあまりそのっ、殿方に対する慕情を表わすのは色々問題がっ!」

神裂「いえ別にですね、お互いが引かれあった上で歳の近い、歳の近いっ!大切なので二回言いましたけど!」

神裂「歳もそう離れぬ若い男女が、最初は敵味方に分かれて争っていたのに、その内次第に引かれ合って結ばれるのは王道だと思います!」

神裂「ですからこう前に向きに善処するのであれば、私もこう――」

神裂「……?」

神裂「……おや……?」

アンジェレネ「あ、あーっ!やっぱりそーなんですかーっ!怪しいと思ってたんですからねーっ!」

アニェーゼ「隠そうとしたってバレバレですって。つーかその定義だとわたし達も入っちまってんですが」

オルソラ「私は最初から最後まで味方で御座いますよー」

ルチア「味方……まぁ、その割に少年の邪念をかき立てていたように見えましたが」

神裂「……嘘?来てない……ん、ですか」

アンジェレネ「だ、だいたい神裂さんもですねーっ!もっと素直になれよっていうか、ですけど――あ、あれ?」 ギュッ

神裂「どうしましたか、シスター・アンジェレネ?」

アンジェレネ「ど、どうして神裂さん十八歳はわたしの頭を掴んでい、いるんで――」

神裂「――シスター・アンジェレネ。ご存じでしょうか、ゴリラの握力は約500kgあるそうですよ?」

アンジェレネ「そ、そうなんですかー?いやーすごいですけど、それとこれとは一体なんの関係が?」

神裂「ちなみに成人男性は50kg程、女性に至っては30kg程度と言われています」

神裂「現役のプロ野球選手は60kg前後、元関取――スモウレスラーの元魁皇関は、中学生の頃で100kg越え、ハンマー投げの室伏は120kg以上です」

アンジェレネ「い、いえいえですからわたしの質問に――って、なんか、頭が痛いんですけど?締め付けてませんか?」

神裂「そして聖人の握力は――ゴリラを超える……ッ!!!」 ギリギリギリッ

アンジェレネ「いたいイタイ痛い!?神裂さん頭が割れるように痛いでっす!?」

神裂「やかましいこのド素人が!」

アンジェレネ「それはだって神裂さんが煮え切らないからぁぁっ!?ってか助、助けて下さっ!?」

ルチア「人を欺くと罰が当たります。反省しなさいシスター・アンジェレネ」

アニェーゼ「それじゃ、さっさと仕分け始めちまいますか」

ルチア「シスター・アニェーゼまでえぇっ!?」

神裂「……大丈夫、シスター・アンジェレネ」

アンジェレネ「で、ですよねぇっ!わたしの知ってる神裂さんは許してくれますもんねっ!」

神裂「建宮斎字も直ぐに後を追わせますから」

アンジェレネ「もっと歳が近くてイケメンの方が良かったですっ!?」

アンジェレネ「せ、せめてアフロ!アフロだけはなんとか!」



――同時刻(時差9時間) 学園都市XX学区 多目的コンサートホール・控え室

鳴護「こ、こんにちはー?」 ガチャッ

先輩アイドル「あ、『おはようこざいまーす』」

鳴護「ですね、おはようございますっ」

先輩アイドル「ARISAちゃんダメだよー?この業界厳しいんだから、ちゃんと挨拶しないとー?」

鳴護「はい、ごめんなさい」

先輩アイドル「事務所、大変なんでしょ?だったら余計にね」

鳴護「あぁいえ、そっちの方も一応どうにかなるみたいで、はい」

先輩アイドル「そうなの?……チッ」

鳴護「ハマ○さん今舌打ちしませんでした?」

先輩アイドル「ハ○ダじゃないですから!名前違いますから!」

先輩アイドル「グループ抜けた瞬間にファンが消えていった人と一緒にしないで!」

先輩アイドル「……いや、そうじゃなくてさ。何だったらウチの事務所のオーディション受けてみれば?って思ってたのよ」

先輩アイドル「ウチはグループでやってる分、歌が下手な子もチラホラ居るでしょ?」

先輩アイドル「だからARISAちゃんが新メンで入ってくれればいっかなー、って」

鳴護「とんでもないですっ!あたし――私そういうのは無理って言うか!」

先輩アイドル「あぁ本当は歌専門でやりたかったんだっけ?」

鳴護「枕を売るとか、そういうのはちょっと」

先輩アイドル「してねぇよな?対外的にはそういう事になってんだから、な?」

鳴護「違うんですか?あるマンガで抱き枕がどうって話聞きますけど」

先輩アイドル「あー、うんそっちの話ね」

鳴護「関係者だけ集めてライブパーティしたり、Pが脱法ドラッグに手を出したとか、良い評判ないですし」

先輩アイドル「ARISAちゃん知ってるよね?さっきからチクチク突いて来てるよね?」

先輩アイドル「ってかここは『先輩から地味に弄られる』ってトコでしょ?違うのか?」

鳴護「○マダさんの主役のドラマ、最低視聴率3.2%だったでしたっけ」

先輩アイドル「最初天然かと思ったけど、割とタブーな所攻めてくるな?グイグイ突っ込んでくるよな?」

先輩アイドル「つーかなんだかんだで投票一位取ったんだし、もうちょっとファンは責任取ろう?面倒看よう?応援してもいいよな?」

先輩アイドル「あと、ハマ○じゃないから!堀○さんと同じ土俵にチャレンジしただけで評価されるべきだし!」

鳴護「ノリツッコミも出来るアイドル……新機軸ですねっ!」

先輩アイドル「別に新しくはないけどな!色々言われるSMA○だけども、コントじゃ必要以上に体張ってるし!」

先輩アイドル「……つかさ、ぶっちゃけるけどアンタもアレじゃない?今の立ち位置、実力じゃねぇんだから、あんま調子に乗んなよ?」

先輩アイドル「『88の奇蹟』?『エンデュミオンの奇蹟』?……はっ!笑わせんなっつーの。たまたまそこに居合わせただけじゃんか!」

先輩アイドル「アンタの歌が何をしたって訳じゃねえのに、チヤホヤされていい気になってんのを見ると滑稽だわ」

鳴護「……」

先輩アイドル「『奇蹟の歌姫』だっけか?ご大層な名前貰ってっけど、この芸能界はカネとコネなんだよ、分かる?」

先輩アイドル「ぶっちゃけカラオケ未満のあたしらが、アンタよりも大御所だっつーの。オーケー?」

鳴護「……」

先輩アイドル「あ?何とか言ってみろ」

鳴護「……あなたは可哀想」

先輩アイドル「あぁ!?ナメてんのかコラあぁっ!」

鳴護「私もいきなりオーディションに受かった訳じゃない。孤児院に居た頃からずっと歌や音楽の勉強を続けてきた」

鳴護「少なくとも今この場で、私を形作っているものは全部、私が、私らしくあり続けようとした結果で」

鳴護「夢を諦めずに続けてきて、たまたま結果が出ただけ」

鳴護「奇蹟があるとするのなら、そう言う事だと思う」

先輩アイドル「意味分かんねーよ。電波キャラ気取ってんじゃねぇ」

鳴護「それで?あなたはどうなの?」

先輩アイドル「ナメんな!こっちはミリオン連発する国民的美少女なんだよ!アンタみてーな一発屋と違――」

鳴護「あなたは――」

先輩アイドル「あぁ?」

鳴護「――あなたは、何のために歌うの?」

先輩アイドル「はぁ?ドルは歌歌ってナンボだろうがよ。定期的に円盤出してアピールしねぇとトップは張れねぇだろ」

鳴護「私は――私の歌を楽しみにしてくれる人のために、歌います」

鳴護「アイドルだから、とかじゃなくて、売れるからとかも関係なくて」

鳴護「歌うのが、好きだから。それを応援してくれる人のために」

先輩アイドル「……クソが!現実見てねーだろ!何も分かってねぇし!」

先輩アイドル「チャンス貰えるだけ恵まれてんだよ!普通はまともにやったって叶う訳がねぇ!」

先輩アイドル「叶えたい夢のために頑張ってんじゃねぇのか!?みんながみんなテメーみてーなデビュー出来る訳じゃねぇんだよ!」

鳴護「……」

先輩アイドル「つかな、つーかな?誰もお前の歌なんか興味無ぇよ。お前の『商品価値』ってぇのは、アレだ」

先輩アイドル「『奇蹟』ってだけだ。お前はそれの付属物、オマケみてーなもんだよ」

鳴護「……!?」

先輩アイドル「欲しいのは『奇蹟』ってだけ。災害をダシにしてメジャー狙ってる奴や、平和な国で反戦歌ってるラッパーもどきと一緒だよ

コンコン

スタッフ「す、すいませーん、ARISAさん準備お願いしますーっ」

鳴護「……はい、今行きます――それじゃ、失礼します」

パタン

先輩アイドル「……」

先輩アイドル「あたしが!あたしらがどんな思いで――クソったれ!」

先輩アイドル「……ムカつくな……あん?」

先輩アイドル「バッグ置いてった……また安そうな」 ゴソゴソ

先輩アイドル「なんか珍しーもんは……男とのツーショットでもありゃ完璧なんだけど……」

先輩アイドル「ケータイの待ち受けも……なんじゃこりゃ?シスターと?」

先輩アイドル「他には……ブローチ?またガキっぽい」

先輩アイドル「……」

先輩アイドル「……これ、捨てっちまおうか?」

先輩アイドル「……いやー……?流石にそれは……」

コンコン

先輩アイドル「はいっ!?」 ゴソッ

マネージャー「お疲れ様でーす。ステージ衣装、スタイリストさんから貰ってきましたよー」

先輩アイドル「あ、あぁ、そうだな」

マネージャー「それでですね。明日の話なんですけど――」

先輩アイドル(……ヤバい。返せない……)



――10分後 『必要悪の教会』女子寮

神裂「……全く、なんで荷物一つ受け取るのにこれだけ疲れるんですか」

アニェーゼ「そりゃ女子寮ってのは姦しいってぇ相場は決まってるもんです」

アニェーゼ「ましてや若い小娘が集まってんだから、色々あるでしょうに」

神裂「意外ですね。否定するものとばかり思っていました」

アニェーゼ「大所帯なもんで、気苦労もあるってぇもんです、えぇそりゃね」

神裂「私も天草式の一員でしたが、あまりそういう事は無かったような……?」

ルチア「構成の違いでしょう。あちらは家族、みたいなものでしたか」

神裂「それを言われると……一度飛び出した身としては辛いものがありますが」

アニェーゼ「それ言うんだったらわたし達も放蕩娘みたいなもんですし。あんま気にしねぇで下さいな」

アニェーゼ「可愛い子には旅をさせろってぇもんで、小さな枠に入ってちゃ見えねぇもんもありますからね」

神裂「……なんでしょうね。今日のアニェーゼ、輝いてませんか」

アニェーゼ「……いやまぁ?なんだかんだでアレがアレしてこうなって、当初の予定とズレちまいましてね」

アニェーゼ「元々ウチらが取る筈だった仕事がポッカリと、ってな具合に」

神裂「は、はぁ……?」

オルソラ「皆様、お茶が入ったので御座いますよー」

神裂「ありがとうございます、オルソラ――さて、ではやってしまいますか」

アンジェレネ「……うへぇ。またこれは相当な量で」

ルチア「弱音を吐いてはいけませんよ。神は常に私達をご覧になっていますから」

アンジェレネ「い、いやいやいやっ!これってわたし達の仕事じゃあなくないですかっ?」

アンジェレネ「こんな段ボール箱一杯の手紙なんてどうしろって!」

神裂「前にも言ったと思いますが、ここは腐っても『必要悪の教会』の寮です。しかも少し魔術かその手の事情に通じた者ならば分かる程度の」

神裂「言ってみれば『ルアー』みたいなものでしょうか?わざと居場所を知らせ、敵が食いつきのを待つ役割もあります」

アンジェレネ「そ、それはっ理解出来ますしっ、感謝もしてますよぉっ!行き場のないわたし達を受け入れてくれたんですしぃ!」

アンジェレネ「でもこの手紙の仕分け作業はなんか、こう、違うって気がします!」

神裂「と、言われましても。この脅迫文やら犯行声明モドキの中に、たまーに本物の魔術テロ予告が混じっている以上、放置する訳にも行きませんし」

アンジェレネ「だ、だったら当番制にするとか?」

神裂「一人でこの量を捌いていたら、多分気を病むと思いますよ?」

アンジェレネ「むぅー……」

神裂「……後で日本直送の萩の月を差し上げますから」

アンジェレネ「まっかせて下さい!わたしこーゆーのは前々から大得意だったんですからねっ!」

ルチア「……あの、すいません。色々とウチの子がご迷惑を」

神裂「いえいえ、ある意味真っ直ぐに育っててちょっと和みます」

アンジェレネ「いいえっシスター・ルチア!わたしと神裂さんは『スイーツ同盟』として鉄の結束がですね!」

アニェーゼ「その話はやっちまいながらにしましょう。じゃねーと終わらねぇですし」

神裂「それでは各自、いつものように二人か三人で取りかかるように。何かおかしな記述や魔力の流れを感じたら、私かオルソラに言って下さいね?」

シスター一同「はーい」

神裂「ではオルソラ、私達も始めましょうか」

オルソラ「それで神裂さんは、あの方に恋文などは渡されたのでしょうか?」

神裂「どうしてこのタイミングでそれが出るんですかっ?!その話題は終わった筈でしょうに!?」

オルソラ「女性から男性の方へ想いを伝えるのには、やはり手書きの文が一番だと思うのですが」

神裂「そ、そうですかね?オルソラもやっぱりそう思いますか?」

オルソラ「それはそうと一度書いた手紙の内容は何だったので御座いますか?」

神裂「どうしてオルソラがそれを知っているのですか?というよりも、あれ?もしかして怒ってます?」

アニェーゼ「なーにを話してんですか、お二人とも。遊んでねぇでお仕事しましょうよ」

アニェーゼ「ってな訳で、それっぽいお手紙が。ちっと見て下さいな」

神裂「では術式に耐性のある私が――『前略、これは警告である。守られるべきであろう』」

オルソラ「まぁ、これは怖いので御座いますよー」

アニェーゼ「どう見てもいつもと変わらねぇんですがね」

神裂「最近珍しいストレートな脅迫文ですね。大抵こういう場合は無理難題をふっかけ、その上で妥協出来るラインにまで落とし込むのですが」

神裂「……ま、相手が“正気”ならば、の話ですけど。さて、要求はどのような――?」

神裂「『――そっちの寮に住んでいるガーターミニスカのシスターはエロ過ぎるんだろ!』」

神裂「『踏んで欲し――いや!せめて隠して欲しい!マジでお願いします!』……」

オルソラ「男の方にはシスター・ルチアの脚線美は目に毒なのですねっ」

アニェーゼ「ね?」

神裂「『ね?』じゃねぇですよっ!?これタダの注意の手紙じゃないですか!?」

アニェーゼ「口調が移っちまいましたけど、まぁでもこれはある意味警告じゃねぇかなと」

神裂「いやまぁ確かにルチアのあの格好はどうなんだ、と思わないでもないですけど」

シスター一同「……ちっ」

神裂「ですから!私がこの格好をしているのは信仰上の理由からです!決してハレンチな意味合いはありませんから!」

アンジェレネ「か、神裂裂さぁん。これこれ、見て下さいよ−」

神裂「裂が一つ多くなって必殺技みたいですが……はい、承りますよ。えっと」

神裂「『世界はユダヤによって動かされている……!』……はい?」

アニェーゼ「あっちゃー、また痛々しい話が」

神裂「『その証拠に世界の政経財界には多くの――』……あぁ、すいません。これよくあるユダヤ陰謀説じゃないですか」

アンジェレネ「そ、そうなんですよっ!実はわたし達の世界もユダヤ人に仕切られているんですっ!」

アニェーゼ「な、なんだってーーーーー」(棒読み)

神裂「はい、そこ煽らないで!この子は純粋なんですから!」

アンジェレネ「ち、違うって言うんでしょうかっ!?」

神裂「そうですねー……あぁ、例えば日本の高級官僚には東大などが多いのですが、それは『陰謀』でしょうか?」

アンジェレネ「やだなぁ神裂さん、頭のいい人が役人になるのは当然、ですよね?」

神裂「同じく何処の国の政治家や官僚を見ても、その国の最高学府出身の人間が多い。それは当然ですよね?」

神裂「同様に『ユダヤ陰謀論』もタダのネタですからね?統計的に多いかも知れないってだけの話で」

アンジェレネ「う、うわーっ!ここにも一人コントロールされた人が居ますよーっ!?」

アニェーゼ「たいへんだー、どーしよー」(棒読み)

神裂「というか、その手の陰謀論は良く聞きますけど――仮に、その手紙やらネットに書いてある事が本当だったとして」

神裂「『彼らの権力が、たかがその程度の情報操作すら出来ない証拠』だって、分かりますか?」

アンジェレネ「……は、はぃ?」

オルソラ「例えば昨日のバラエティでやっていたので御座いますが」

アンジェレネ「み、見ましたっ!二時間の特番の奴ですよね!」

オルソラ「もしも彼らにそれだけの力があるのであれば、事前に差し止められたりするのではないでしょうか?」

アンジェレネ「――あ」

オルソラ「世界経済を牛耳り、メディアにも多大な権力を持っているのであれば、そんな事態にはならないので御座いますよ」

神裂「そもそも人口比だけであるならば、多くの国の指導者が十字教徒でしょう?それを証拠に私達が世界を牛耳っているとはなりませんよね?」

シェリー「……ま、チビッ子の言ってる事も間違いじゃなくてだな。確かに事実上の寡占企業ってぇのはあるんだわな」

シェリー「ただそいつぁ大航海時代から築き上げた重商主義のなれの果て、って感じなんだけどよ」

オルソラ「おはよう御座いますのですよ、シェリーさん」

神裂「そろそろお昼なんですが……」

シェリー「悪ぃオルソラ。朝メシ貰えねぇか?」

オルソラ「それで、メールには何と書くおつもりで御座いますか?」

シェリー「何処まで巻き戻ってんだ。つーかエレーナとイワンはもう家に帰ってんだよ」

神裂「ま、まぁともかく分かって頂けましたか?別に納得しろとは言いませんけど」

神裂「特定の職種に特定の人種や信仰が多いからと言って、それだけを以て証拠とするのは暴論を通り越して差別ですからね?」

アンジェレネ「そうだろうと思っていましたよ、えぇっ!」

神裂「最近、ようやくシスター・アンジェレネが自由に生きている理由が分かりました」

アニェーゼ「はい、まぁ多分ご想像の通りだと思います」

神裂「あぁもうっ!こうもっと真面目な!深刻な手紙は無いのですか!?」

オルソラ「それではこちらをどうぞ――『ペンネーム・フルーツポンチ侍(○)』さん」

神裂「止めましょう?それ明らかに違うものが混じってますよね?」

オルソラ「『ネタ予告では出番があったのにどうして削るんですか?やっぱり九兵○殿とキャラが被るからですか?』」

神裂「――はい!と言う訳で話を戻しますが!」

オルソラ「『ずっとスタンバってます』」

神裂「……なんでしょうね。『必要悪の教会』宛の犯行声明、もしくは手紙を使った攻撃が来るかと思えば毎日毎日ネタに特化した手紙ばかり!」

神裂「基本オカルトマニアか、中二病が治らないオッサンの寝言しかないじゃないですか!?」

アニェーゼ「本気だったら余計怖いんじゃないですかねー。あぁいえむしろ“素”でやってる可能性の方が高いかと」

神裂「たまに本気でストーカーっぽい内容もありますけど、それ普通に警察の仕事ですからね……」

アニェーゼ「まぁ悪の道に入りそうな方をオシオキをするのも、ある意味私らの仕事っちゃ仕事だと思わなくもねぇですけど」

神裂「……いやいや、いけませんいけません。平和なのは良い事ではないですか」

神裂「安寧を貴びこそすれ、まるで危険を呼び込むような真似はなりません。私も未熟――おや?」

アニェーゼ「そういえばシスター・アンジェレネの躾役兼ツッコミのシスター・ルチアが静かなような……どうかしましたんで?」

ルチア「……えぇ、この手紙がちょっと」

神裂「何か危険な術式でも書かれてあるとか?」

ルチア「そういうのじゃないんです。魔力も微かに感じなくはないですけど、それとは少し違うって言いますか」

アニェーゼ「だったら熱烈なファンからのメッセージカードって奴ですかい?」

ルチア「いえ、それでもありません。カテゴリーからすれば、まぁ脅迫文でしょうか?」

アニェーゼ「んじゃちっと拝借をっと」

神裂「あ、私が」

アニェーゼ「いいじゃねぇですか。ドSのシスター・ルチアを引かせる手紙ってんですから、どんだけだと」

ルチア「シスター・アニェーゼ。その補足語は余計ではないでしょうか」

アニェーゼ「きっとミニスカートとガーターの良さをネチネチ説いた痛々しいポエム――」

アニェーゼ「……」

アニェーゼ「――むぅ?」

神裂「……どうしました?」

アニェーゼ「……何なんでしょうねぇ、これ。駄文っちゃ駄文なんですけど」

神裂「では私も拝見致します。そこまで言われると逆に興味がわきますし……と?」

神裂「これ――」



――某音楽番組 学園都市より生中継

タモ「はい、次は初登場ARISAちゃんです」

タモ「えっと、ライブ会場のARISAちゃーん?繋がってますかー?」

鳴護『はい、こんばんはー……じゃなかった、おはようございます?』

タモ「髪切った?」

鳴護『あ、いや特には切ってないです』

タモ「シングルでミリオン達成だって?すごいんだねー」

鳴護『ありがとうございます。応援してくれた皆さんのおかげです』

タモ「髪切った?」

鳴護『切ってないです』

タモ「まだ学生さんなんだよね。どう、勉強もしてる?」

鳴護『ボチボチですかねー。選択問題は強いんですけど、筆記問題は得意じゃなくて』

タモ「髪切った?」

鳴護『切ってないです。っていうか「似合ってない」って言われてるんですか、あたし?』

アナウンサー「――はい、曲の準備が出来ました。ARISAさんどうぞー」

鳴護『あの、基本髪切った話しかしてないんですけど……』

タモ「はい、という訳でARISAさんの新曲――」

タモ「――『髪切った?』」

鳴護『切ってないです。あと曲の名前と違いますし、順番間違えてるんじゃ?』

鳴護『っていうか柴崎さんから、「ツアーの宣伝して来てね」って言われて――』

――プツッ



――XX学区 多目的ホール

チャンチャンチャンチャンチャンチャンチャンチャンッ

鳴護『――世界が一つであった時代、私達は何を考えただろう?』

鳴護『世界が二つ出会った時代、私達は何を求めるのだろう?』

鳴護『神様が意地悪をして、私とあなたを引き離したけれど――問題はない』

鳴護『だってもう心を伝える方法は知っているから』

ワァァァァァァァァッ……

鳴護『私達が子供の頃、もどかしく考えてなかった?』

鳴護『うん、それはきっと今では答えを見つけている――その手に』

鳴護『――世界が一つであった時代、私達は何を考えただろう?』

鳴護『世界が二つ出会った時代、私達は何を求めるのだろう?』

鳴護『言葉は要らない。手を伸ばせば届くよ』

鳴護『この世界にまだ言葉が無かった時代にも愛はあった』

鳴護『――そう、そのまま抱きしめるだけで……』

ジャジャァァンッ………………

ワアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!

鳴護『――はい、って言う訳でテレビ中継は切れちゃったみたいです。電波が悪いのかな?』

鳴護『けどライブはまだまだ終わらないから、安心してねー?』

ウォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『――みんなーーっ、あたしのライブに来てくれてありがとーーーーーーーっ!』

鳴護『「お休みの日ぐらい大事な人といようぜ」、ってあたしの大先輩は言ってたけど』

鳴護『あたしも大切なファンのみんなと一緒で幸せだよーーっ!』

ファン『おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』

浜面「あっりっさ!あっりっさ!」あっりっさ!」

ファン『あっりっさっ!あっりっさっ!あっりっさ!』

鳴護『でも来年のクリスマスぐらいは好きな人と一緒にいたいかなー、なんて?』

鳴護『どう?ダメ?アイドルが恋しちゃうのはNG?』

浜面「上条もげろ!」

ファン『もっげっろ!もっげっろ!もっげっろ!』

鳴護『えっと、個人名を出すのはちょっとアレだよね。うんっ』

鳴護『みんなー、恋はいいよ?好きな人に好きだって言えるんだし』

鳴護『こんなに良い事って他にないよ。うん、ほんとにっ』

浜面「好きだーっ!結婚してくれーっ!」

鳴護『……さっきから彼女持ちさんの声がする気がするけど、メインスクリーン見て?』

浜面「おぅ?」

鳴護『MC中のアレコレがカメラで抜かれて、世界にLIVE発信されてるんだけど。いいのかな?』

浜面「やだ撮らないでっ!?」

鳴護『それじゃ、次の曲行くよーーーーっ!』

オオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『曲名は――』



――あるファミレス

滝壺 ガクガクガク

絹旗「なにやってんですか、超何やってんですか浜面。滝壺さん置いて一人でライブなんて超有り得ないでしょう」

麦野「ま、常識的に考えりゃペアチケット取る筈が一枚しか当たらなくてさ。それでコッソリ行ったとかじゃないの?」

絹旗「……むぅ。合同ライブとは言え、ARISAのコンサートは超プレミアですけど」

麦野「だからって彼女置いて行くかよ?あのクソったれ、帰ってきたら顔面無くすまでぶっ飛ばす」

滝壺「……かめらに抜かれているのに、必死に百面相してごまかそうとしている」

絹旗「これはこれで超面白そうですね。あ、超録画してツベにアップロードしましょう」

麦野「つかこれ学園都市の……どっかの学区からの生中継なんでしょ?」

絹旗「ですね。タ○さんの音楽番組中継は超途中でキレてしまいましたが」

麦野「あからさまにツアーの宣伝しようとしたから切ったんじゃないの?電波障害かもだけど」

絹旗「ま、学園都市の有線の超強度と比べるのは酷でしょう……って、滝壺さん?」

滝壺「……これ、なに……?」

麦野「どうしたのよ、凄い汗――滝壺?滝壺っ!?」

滝壺「暗い暗い海が見える……その淵には最果てが無く、ただただ赤黒い白い緑の葉っぱが敷き詰められて――」

滝壺「――海から押し寄せるのは――違う!あれは、あれは――っ!」

絹旗「超落ち着いてく――い!」

滝壺「押し寄せるんじゃ、ない!違う、違、血が、地が、智が!」

麦野「救急車を――早く――!」

滝壺「――大海原より帰り来たる。慟哭と怨嗟と、赤子の泣き声、それは――」

滝壺「――凱旋、だ」



――同時刻 XX学区 コンサート会場 来賓用駐車場

 完全防音を謳うコンサートホールにして野外音楽堂でもあるライブ会場。
 しかし鳴護アリサの歌声は人工的に調整された音の流れを無視し、僅かながら会場周辺にも漏れ聞こえていた。
 時として多数のクレームで回線がパンクする程、ホールの苦情係は激務であるのだが、今日に限っては楽なものだった。

 プレミアチケットとなった招待券がないのに、微かにではあるがおこぼれにありつけた。感謝こそすれ、クレームが入る気配すらなかった。
 野球やサッカーの試合が行われているのであれば、適度に“市民の声”を捌く必要があったのに、随分と現金なものだと軽く思っていた。

 しかし、それは暫くすると一つの疑念に思い当たる――「静か“すぎる”のではないか」と。
 ホールの外を通る車の影も、出待ちかチケットを手に入れられず、未練がましくたむろしている人影も。
 普段、普通にしていれば嫌でも目にする影が、当たり前のように存在する雑踏や人の生活音が、何故かポッカリと欠けていた。

 今日はクリスマスイブ。冬至も過ぎたばかりだと言うに、得体の知れない恐怖が背筋を這い上がり、暑くないのに汗がぐっしょりシャツを濡らす。
 気のせいだと言い聞かせても、どうにも不安で不安で溜らなくなってくる。

『――あー、コーヒーでも買って来るわ』

 そう言って出て行った同僚の姿は、未だにあるべき所に帰ってきてない。
 所か、休憩時間を大幅に過ぎ、これ以上ないほどに怠慢――。

 いや――怠慢なのか?もしかして、得体の知れない何か、よりにもよって鳴護アリサのコンサートの日にたまたま当番になったため、巻き込まれたのではないか?
 人影が誰一人と見えず、また同僚も某かのトラブルに襲われてどこかへ消えてしまったとか?

 そう思って、警備員か誰か、とにかく人の居る所まで出ようと思い、部屋を後に――。

「……ァ」

 バタン。

「あっ、す、すいませんっ!」

 部屋のすぐ前に誰かが突っ立っていたらしい。思いのほか勢いよくドアを開けたせいで、相手を転倒させてしまったようだ。
 その証拠に半分開いたドアから上半身と下半身が見える。

 あぁなんだ、その制服は同じ従業員の同僚のもの。丁度帰って来ていた所に、たまたまぶつけてしまったのか。間が悪い。

「え、っと。どうし、た――」

 上半身と下半身?……どうして、それが、別々にあるのだろうか?
 普通は、一般的には、それは別セットで数えられるものじゃない。必ず二人で一つ――と言うか、分けては存在しない。出来ない。

 けれど、ここから見えるパーツ達は明らかに別の方向を向いていて。
 上半身は壁にぶつかり、下半身は床に転がり――あぁ、これはそうか。

 同僚の体は、上下に引き千切られていた。

「ひっ!?」

「……ぁっ、ぁっ」

 まだ生きているのだろう。壁に寄りかかったまま言葉にならない言葉を紡いでいる。
 血の痕が水溜まりを徐々に作り、そこかしこに考えたくもない赤黒い何かが飛び散っていた。生理的にとても受け付けない血臭に胃液が上がってくる。

「く、ぷっ……!?」

 ダメだ、まだ、ダメだ。吐くのは後からでも出来る。今は少しでも早くこの状況を伝えなければいけない!
 警備員でもアンチスキルでも良い!通報が早ければ同僚の命も助かるかも知れない!
 だから、ただ、早く……!

 慌てて部屋に駆け込み、内線用のアナログな電話を取り――音が、しない。
 カチャカチャと適当にボタンを押しても、受話器からは何の反応も返っては来なかった。

 次に私物の系帯電を取り出して、耳に当て――やはり音はしなかった。これは、どういう。

 ふと、思いつく。“そういえば”と。
 少し前に行われてたテレビ中継がぶつ切りになった。それは外部の何かが原因だと思っていた。
 けれど、それは、違う。
 “あの時から既に、ここで何かが起きていた”のではないだろうか?
 大規模なテロとか、暴走した能力者だとか、反学園都市の組織とか。

 だとすれば、ここにいるだけで、危険だ。これ以上踏み留まるべきではない――そうだ!自分には異常を外部に知らせに行かなければいけない!

 そう自分に言い聞かせながら、変わり果てた同僚の側を通――。

「――オイ、そこで何をやってんだ!?」

 第三者の声にビクリとしながら、“そういえば”と再び思う。

 どうして同僚が殺されてる必要があったのか?
 どうして自分は殺されなかったのか?

 血溜まりが“広がりつつあった”のを察するに、同僚が部屋のドアを一枚隔てた外で殺されたのは間違いない。
 ならつまり、そこまで犯人は来ている。

 この、目の前にいる少年の所までは。



上条「――聞いてんのかよ!?こっちに人が倒れてんだ!アンチスキルを呼んでくれって!」

上条(こっちの……あぁ、手遅れか。息をしてない以前に、この血溜まりじゃ)

社員「あ、う……ぁぁっ!」

上条「アンタ、おいっ!?待てよっ!」

社員「お、お前は何なんだよっ!?ソイツみたいに殺すのか、なあぁっ!?」

上条「あぁ!?」

社員「お前がやったんだろ!?お前以外に誰もっ!」

上条(錯乱してやがる……無理もないけど)

上条(バゲージでの経験がなかったら、俺も似たようなもんか)

上条「落ち着いて考えろよっ!俺がもしお前の同僚?かなんかを殺してたとして、わざわざ話をする意味がないだろ!」

上条「第一俺はお前みたいに汚れてないし!返り血を浴びずに、どうこう出来るってのか、あぁ!?」

上条(……人体切断なんて、能力か魔術で簡単に出来るとは思うけど、まぁそれ言ったらどうしようもないしな)

社員「あ、あぁ」

上条「だったらそのまま聞いてくれ!俺はこっちから近寄らない、いいかっ!?」

社員「あ、あぁ……」

上条「取り敢えず何があったんだよ?コイツは誰に殺されたんだ!?」

社員「わ、分からない!ソイツがコーヒー買いに行って、戻ってこないから探しに行こうと思ったんだ……」

社員「そ、そうしたら、ドアの前で!」

上条「アンチスキルに通報は?」

社員「出来なかったんだよ!有線がダメ!携帯もダメ!一体何がどうなってるんだ!?」

上条「落ち着けって!俺もよく分かってないんだから」

社員「お前は、誰なんだ……?」

上条「俺はバイトで観客誘導してたんだよ。島村さんだかって知らないか?スタッフの人で、『島村なのにユニクロ着てる』が持ちネタの」

社員「同期だ!俺と!」

上条「そうそう。んで、コンサート始まって休憩室――ロビーの脇んトコでテレビ見てたら、急に電源が落ちてな」

上条「何かホールや会場は無事なんだけど、こっち側の施設がダメになったみたいで。手分けして見回ってる最中だよ」

社員「明かりが?気づかなかった……」

上条「……何?」

社員「こっちはずっと電気は点いてるぞ……?」

上条「点いてる、って……?お前、そりゃおかしいだろ」

社員「な、何が?」

上条「――こっち“も”真っ暗じゃねぇか」

社員「……はい?」

上条「俺がマグライト持ってくるまで、照明なんて無かったんだぞ?今だって、ホラ」

社員「……」

上条「つーかお前、電気が完全に消えて、真っ暗闇になってんのにさ」

上条「何をどうやったら、お前の相方が死んでいたって事が分かるんだ?」

社員「見え、るだろう?ほらっ!電気なんか消えてない!」

社員「壁に持たれているのは上半身で!床に転がっているのは足でっ!」

社員「お、俺は外へ出ようとしたら、ぶつかって!それで驚いて!」

上条「……そうか。それじゃもう一つだけ聞いても良いかな?」

社員「な、なんだよっ!?」

上条「今の話から察するに、アンタはこっちの人に指一本触れてないようだが――」

上条「――だったらどうして、『アンタの体は返り血で真っ赤に染まっている』んだ?」

社員「……」

上条「内線が通じないのは当然だ。だってさっきからずっと停電してるんだからな」

上条「非常灯の明かりもここには届かないのに、どうやってアンタは俺を“視て”るんだよ!」



 少年の指摘に息が詰まる。欠損していた記憶が甦る。
 同僚は確か気の良いヤツで、喉が渇いたと呟いたのを聞いて自販機へ向かったんだった。

 けれど自分はその行為を無碍に踏みにじり、蹂躙し、ハラワタに顔を埋め。
 香しい血の臭い。恍惚とした一時を過ごしたのではなかったのか?

 “そういえば”と三度思う。
 忘れていた大事な事。それは。

「帰らなきゃいけないんだった――海へ」



上条「お前――クソッ!」

上条(皮膚が――鱗?急に緑色になりやがった!)

社員「ゲゴゴゴゴゴゴゴゴゴっ!」

上条「よく分からねぇが――ぶん殴れば!」

パキイィンッ!

上条「ふう、これで元に戻る――ら、ない!?」 ガッ

社員「――ッ!アーァァァァァァァっ!?」

上条「何でだよっ!?どうして元に戻らな――」

パァンッ

上条(俺の後ろから軽い音が響き、それに合わせて男がノックバックした)

少女の声「うー、わんわんっ!がおーっ!」

上条(思いっきり状況に合ってない呑気な――というか、少し萌える唸り声が背後からする)

社員「ぐ、ぐぐ――!」

少女「あっちゃー、やっぱり効かないかぁ。この程度でどうにかなるんだったら『猟犬部隊』出す必要は無かったよねぇ」

少女「筋力の異常増大と知能の低下。テロには有効かも知れないけど、兵士としては無能って所かな?」

上条(女の子?能力者?)

上条(ライトを少し傾けると、丁度その子は右手に持ってた拳銃を無造作に投げ捨て、もう一方の何かを両手で構える)

上条(――ってかアレ、棒状の蛍光灯じゃないのか?どこかからひっぺかして持ってきたんだろうけど、武器になるとは思えない)

上条(相手は銃弾も弾く能力かなんかの持ち主、ぺきぺき折れるガラスの棒じゃ意味が無いだろ!)

社員「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

上条「危ない!」

上条(より優先順位の高い“敵”を見つけた男――だったモノ――が、四つん這いの体勢から獣のように跳躍し――)

少女「うん、うんっ!そうだよね、こんな時、『木原』ならこうするんだよね……ッ!」

少女「れーざーぶれーーーどぉっ!」

上条(そう言って彼女は持っていた蛍光灯を突き刺した。勿論レーザーでもブレードでもない、ただのガラスの棒を)

上条(男の大きく開けた口の中へ。口内から胃まで突き抜けるように)

ザク!ペキペキペキペキペキペキペキペキペキペキペキッ!

上条(当然、蛍光管は容易に折れる。男の口や気道や食道や胃の中で)

上条(無数の破片に姿を変え、内部から切り刻み続けるだろう)

男「――ッ!?アァ――――――……ッ!?」

上条(激痛が効いたのか、男は何も出来ずに固まってしまう)

上条「エゲツねぇ……つーか想像するだけで痛い」

少女「おーいえー?」

上条「褒めて――は、ないけど、とにかく助かった。ありがとう」

少女「お仕事だしねぇ――って、ごめんね?ちょっと右手出して、ね?」

上条「握手?」

少女「ううん。再チャレンジ、みたいなの」

……パシュー-……

男「……」

上条「あ、戻った」

少女「接触時間なのかな?さっきはダメだったみたいだけど」

上条「意識がないから、とか?この人、痛みで気絶してるみたいだし――ってお前」

少女「なぁに?」

上条「『さっき』って事は、もしかして傍観してやがったのかよ!?」

少女「うん……ッ!!!」

上条「全力で肯定しやがった!?」

少女「意味もなく危険に巻き込まれるお兄ちゃんを見てるとゾクゾクするよねっ!」

上条「しかも反省の欠片もないですよねっ!?」

少女「あ、でもでも。違うかも」

上条「何がだよ?」

少女「意味もなく、かな?わざわざ学園都市でする必要があったのかな?」

上条「もそっと簡潔に頼む」

少女「アリサちゃんは大丈夫なのかなぁ、って」



――多目的コンサートホール・控え室

「おはようございまーす……?お疲れ様です?」

 恐る恐る扉を開ける。しかし返事はない。
 先ほどは少しだけ言い過ぎてしまった。紛れもなく本音なのだが、立ち位置も生き方も違う相手に向ける言葉ではない。鳴護アリサはそう反省していた。
 人がどれだけ居ようとも、そして居なかろうとも他人は何処まで行っても他人に過ぎない。
 先輩には先輩の生き方があり、それを否定するのは良くなかったかも知れない。

 ……ただ、自分は厳密な意味で『ヒト』であるかどうかは、曖昧なままであるが。

 ともあれ謝るのであれば早いほうが良い。ライブ後にシャワーも浴びずに急いで戻る。
 幸いにも楽屋は他に誰もおらず、込み入った話をするのには丁度良いだろう。

 先輩グループの出番は大トリ、時間は充分にある。
 楽屋は小分けにした上、元々個室であった鳴護と相部屋だと聞かせられたのは前日。
 あれだけ大所帯だと色々あるんだろうなー、とぼんやりとは考えていたものの、まぁ邪魔されずに話をするのには良かった……と、思うべきなのか。

「えっと、ハマダさん?さっきはすいませんでした。あたしもなんか言い過ぎちゃったみたいで」

 鏡台の前に突っ伏している先輩に声をかける。しかし返事はない。
 寝落ちした――と、再度考える。そういえばネットで仕事量に報酬が見合ってないという記事があったか。
 CDを売ろうが握手をしようが、自分の所には何も入ってこない。事務所としても旨味がないんだそうで。

 激務の割にはリターンが少なく、かといって知名度を得るため――で、あっても卒業後に大成した話は稀である。
 あくまでも『ユニット』としては商品価値があるが、それを離れればファンが引いていく。それもまた現実だろう。

 そういう過酷な状況の中、しかも人気が露出に直結するようなシステムに於いて疲れない訳がない。一番の仲間であり、理解者である筈の同じグループが競争相手。それはつまり。

(身内が、敵……)

 少ないながらも、インデックスや上条当麻、シャットアウラのような知己を得ているだけ、幸せなのかも知れない。そう判断して今は声をかけるのをやめておいた。
 近くにあった自前の服をかけて上げよう、そう思って近寄ると。

 グラリ、と。彼女の体が真後ろに向かって倒れ込んだ。

「ちょっ――ハマダさん!?」

 まるでそれが糸の切れた人形のように無機質で。
 命の宿らないモノのようにあっけなく。

 彼女の手からポロリと落ちたブローチへ意識が行ってしまい。

「……これ、あたしの、だよね……?」

 だから鳴護アリサは理解するのに遅れた。
 あるべき所にあるべきものがついていない事に。

「どういう事ですか!なんであなたが私の――」

 だが返事は返ってこない。
 何故ならば彼女は――彼女だった“モノ”は。

「私の、ブローチ、を……」

 ――下顎を引き抜かれて、絶命していたのだから。



――同時刻 『必要悪の教会』女子寮

神裂「『ヒトは命の旅の果てに智恵を得て、武器を得て、毒を得る』」

神裂「『即ち“偉大な旅路(グレートジャーニー)”』」

神裂「『現時刻を以て世界へ反旗を翻す』」

神裂「『我らは簒奪する。全てを奪いし、忘れた太陽へ弓引くモノなり』」

神裂「『汝ら、空を見上げよ。我らの王は容易く星を射落さん』」

神裂「『“竜尾(ドラゴンテイル)”が弧を描き、歌姫は反逆の烽火を上げる』」

神裂「『――黒き大海原よりルルイエは浮上し、王は再び戴冠せ給う』……ですか」

アニェーゼ「よく分からねぇ内容ですがね。電波さんにしちゃ、随分と……なんか、違うって言うんですか」

アンジェレネ「で、ですかねー?わたしにはタダのアレな手紙にしか思えませんけど?」

ルチア「どうでしょうか、神裂さん?」

神裂「脅迫文の体裁を取っては居ますが、内容は無いよ――無いみたいですからね」

神裂「『星を射る』だの、『竜尾』だのありますが、具体的な被害がなければ特段の対応を取るべきでないでしょう」

神裂「しかし少し気にかかりますね。特に星がどうこうの下りは」

シェリー「確かにな。今丁度アイソン彗星が来ちまってんだし」

アンジェレネ「た、楽しみですよねーっ!」

シェリー「違ぇよ。そうじゃなくって、昔っから彗星ってのは凶事の予兆だっつわれてんだよ」

シェリー「ギルガメシュ叙事詩然り、ヨハネ黙示録然り。後は……近年のヘヴンズ・ゲートの集団自殺事件か」

シェリー「日本でもハルマゲドン起こそうとしたテロあっただろ?バカどもが引き金にしたのも彗星だったんだよ」

神裂「それらを同列に扱いのはどうかと思いますが」

シェリー「一応それ自体は氷か塵の塊だって話だけどなぁ。魔術的には『天体図の配置を乱す』って訳で、的外れじゃない」

アニェーゼ「そうなんですかい?」

シェリー「昔っから星、天体ってのはそれ自体を暦にしたり、神話を作ったりしてんだろ?」

シェリー「そこに普段とは違うイレギュラーが入っちまうと、どうやったって不協和音の元になっちまう」

神裂「イギリスではストーン・ヘンジ、アジアではピラミッド、アメリカでもマヤのピラミッドなど、天体と連動した施設は古くからありますしね」

神裂「日本でも伊勢神宮を筆頭に、出雲大社(おおやしろ)や各地の星宮神社。果ては天津甕星に至るまで多種多様と」

シェリー「そいつぁジャパンが他民族からの侵攻を受けていなかった事。後、宗教的なキチガ×が少なかった、てのか理由だな」

シェリー「ともあれ、それらが儀式魔術に使われていたのは想像もつくしなぁ。ま、詳しくは暇な時オルソラに聞きなさいな」

神裂「丸投げですが……それで?専門家としての意見はどうですか?」

シェリー「あー……ぶっちゃけ、ニューカルトと同じだろうよ。『危険だ危険だ』つって煽って信者こさえる方法」

シェリー「『××年後には世界が終わる!』って煽るだけ煽る」

シェリー「『そのためには“俺が考えた××”するしかない!』って結論づける手口だ」

シェリー「どっかのバカが血迷ってこっちにまで送りつけてきた、ってぇとこじゃねぇの?」

神裂「で、しょうかね」

シェリー「……ま、実際に何か起こるってんなら要注意だろうけどよ。それが無いウチは放置――ってメシ遅ぇな」

神裂「用意して貰ってるのにその言いぐさはどうかと思いますが」

シェリー「良いんだよ。ダチに何言っても、そりゃそーゆーもんだからな」

神裂「そう、でしたっけ?シェリーさん、こんなに打ち解けてしまたか……?」

シェリー「おーいオルソラ――って、テレビつけてどうしたんだ?どっかでテロでもやってんのか?」

オルソラ「いえいえ。そういう訳ではないのですよ」

ルチア「しかし速報が出ていますね。何々――」

アニェーゼ「『アイソン彗星、その大半が消失』……?」

アンジェレネ「へ、へぇー。見れなくなっちゃったんですかー」

一同「……」

アンジェレネ「あ、あれ?皆さんどうしました?」

シェリー「神裂!そいつを出した奴らはなんて!?」

神裂「待って下さい!えっと――」

神裂「『久遠に臥したるもの、死することなく――』」

神裂「『――怪異なる永劫の内には、死すら終焉を迎えん――』」

神裂「『――我ら“濁音協会(Society Low Noise)”の名の下に』」


−続−



――次章予告

「――まぁ、なんだ。怖い話ってモンはある程度定番みたいなのが決まっていてだ」

 唐突に、そう何の脈絡もなく男はそう切り出した。
 EUが誇る高速鉄道の個室、いつの間にか正面に座っている。うたた寝をした訳でもなく、特にモバイルを弄っていたでもないのに。

 ほんの僅か、窓の外の流れる風景へ目をやっていたら現れた――などという話ではない。
 ノックをするかしないかは置いておくとしても、彼は堂々とドアから入ってきたのだろう。

 それそこ幽霊でも無い限りは。

「必ずイイ格好見せようとするC君とか、見た瞬間何が憑いてんのか分かっちまうスーパー住職とか」

「他にもアレだ。バカでお粗末なガキを村民総出で助けた挙げ句、村の秘密を親切丁寧にペラッペラ喋る巫女さん」

「でもって命を助けられながら、『所々フェイク入ってるけど』とか言って、ネットで拡散させる恩知らずもお約束だ」

 流暢な言葉で、時々意味不明の単語が入る。響きからするとアジア?
 男の見た目は西洋系、イタリア辺りに多い、やや浅黒くて精悍な顔つきをしている。

 ただし軽薄そうな笑みと着崩したスーツが全て話題無しにしていたが。

「つーかさつーかさ、俺いっつも思うんだけど寺――Church?の息子とかいんじゃん?なんか知んないけど、スッゲー霊感高いの」

 こちらの当惑はお構いなしに話し続ける。話しかけているのだろうが、見覚えはない。

「今更血統主義でもあるまいし、修行も何も詰んでない奴がおかしくね?出家してるっ訳でもねーしさ」

「そもそも仏教――ブッティストって確か、ガキ作るの禁止だったよな?明らかに色欲に負けまくってんだけど、そんなクズにも神様は手ぇ貸すん?」

「まぁ?そこいら辺はウチらも人の事ぁ言えねぇ――じゃねぇな。何の話だっけ?」

 とはいえこの客室には二人しか居ないのだから、独り言にしてはおかしい。不気味すぎる。

「なんか怖い話とかってさぁ、作り物って分かった瞬間冷めるってあるよな?いや基本フィクションなんだろうけども、だ」

 “基本フィクション”の所で男の笑顔に影が差した――気が、した。
 どこか、なにがか、は分からない。

「中でもいっちばんムカつくのが、『話している本人が被害者』ってパターンだよ。そこは譲らねぇし」

 ただ、少し。心の底へ何か、ピンのようなものを打ち込まれたような違和感。
 まるで目の前に居る男が、どこか作り物めいて人によく似た人形にすら思える。

「……そうだな。じゃあ一つ話をしようか。俺が大っ嫌いな『作り物の話』をだよ」

 コンコン、と彼は窓ガラスを二度叩く。



――

これはある子供の話なんだが――そうだな、名前……どうでもいっか。どっちみち死ぬんだし

オチ言うな?いーじゃん別に。これはそーゆー話なんだからな

ジャンルとしちゃ、あー……アレだ、『語り手が死んでんのに、なんで話が広まってんの?』系だな

だよな?語り手居ないんだから、それこそ霊媒師でも呼ばない限りは分からない

……で、だ。可哀想な子供の話に戻るんだけどな

この子供――あぁ少年、ってしておこうか。色々とアレなご時世でアレだから

……ま、どっちでもヤバい奴はあんま関係ねぇんだ。むしろ俺ら的には少年の方が使いやすいっつーか

牧童は兄に弑されて、神へ供物として捧げられせる運命だしなー……それが真っ当な神様とは限らねーけど

あー、いやいや?こっちの話こっちの話。何でもねぇよ

それでどこまで話したっけか?全然?マジかよ

あー……おけおけ、そいじゃ話を続けようか

少年の名前はなんだっていい。気になるんだったらお前ん中では好きに呼びゃいいさ

少年の家は、アレだな。どっかの田舎町にあんだよ

空気が良くって、緑が多くて――そのくせ住民は排他的、とテンプレ的な田舎町

そこへ一家が引っ越しする所から話は始まる

もしかしたら家族の誰か、少年が病気だったのかも知れねぇし、単にじーちゃんちがあっただけかも知れない

可能性としちゃ母親が暴力振るう旦那から逃げてきた、のはアレか?少年に取っちゃ不幸なんかねぇ?

両親が揃ってりゃいいってもんじゃねぇけどなー。だからってアル中ヤク中の親父が居ても不幸になるだけだし

……ま、大人の思惑は色々あるだろうけどさ。都会じゃ味わえない醍醐味みたいなのに、少年は喜んでいたんだわ

大人同士ではイマイチ上手く行かなくても、ガキ同士なら一緒に遊んでいる内、仲良くなるだろ?

そっから大人を通じての付き合いも広がったりして、まぁまぁ楽しく過ごしてたんだとさ

けど、だ。どこの町でも、どこの村でもタブーの一つや二つはあるんだわ、これが

例えば決して近寄ってはいけないと言われている『家』とか

日が暮れたら避けるように勧められる『桟橋』とか

どんな飢饉に見舞われても入ってはいけない『森』とかがな

理由を聞くと大人達は顔を見合わせた後、見た事無いような怖い顔で、「ダメなものはダメなんだ!」って怒鳴るような

そんな、場所がだ

そして少年の住む村にも『それ』はあった。居たっつーべきか迷うけど

『それ』が何かは分からない。いつからあったのか、どこから来たのか

気がつけばそこにあったと人は言うし、呼ばれた者は帰っては来なかったんだよ

とにかく『廃屋』か、『桟橋』か、『森』か。そのどれかへ少年は不用意に近づき――

――『それ』を見てしまったんだ

朽ち果てた家具の中で埃に真新しい跡をつけて這いずる『それ』を

月の無い夜空に川面から桟橋に触腕を伸ばす『それ』を

鬱蒼と茂る木々の間からどんな動物にも似ていない咆哮を上げる『それ』を

……少年は慌てて逃げ出した。後ろも見ずに、前も見ずに

背後から唸り声を上げて迫ってくるのが、何であるのかも知らず

……どこをどう走ったのかは分からない。少年は全身泥だらけになりながら自宅へとたどり着く

家族は尋常じゃ無い様子を見て驚き、母親は何も聞かずに風呂を入れ――る、前にだ

どんどんどん!どんどんどんどん!

誰かが激しく戸口を叩いている。青ざめた表情の母親は少年に隠れているよう言い聞かせたんだ

「いい?わたしがいいって言うまで隠れていなさい!」

「ノックを二回、二回、一回の順番にするから!それまでは絶対に出て来ちゃいけない!」

そう母親は言い聞かせられ、少年は自分の部屋に隠れる事にした

どこに隠れたのか?それは俺も知らないよ。だって俺少年じゃねーもの

つってもまー、そうだな。ベッドの下?クローゼットの下?

少し意表を突いて天井裏?ロフトっつーと意味合いは少し違ってくるが、まぁ隠れたんだろうさ。母親の言う通りに

その時、少年は確かナイフか何か、刃物を持っていたんだってな

悪い知り合いから貰ったのか、親のをちっと拝借していたのか、それとも誕生日プレゼントだったのか

場合によっちゃ母親を助けに行く気満々だったらしい。らしいってのは推測だからな

実際には来なかったんだけど。来る気も失せたんだろうし

最初は悲鳴。それが誰のかは想像にお任せするが、次には奇妙な音

こう、アレだ。くっちゃくっちゃ、的な?

……そうだよ、ガムとか噛んだりする時のアレだ

ぶっちゃけ、他人のそういうマナー違反は殴りたくなるぐらいムカつくわな。つーか殴る事にしてっけど

でもまぁ普通はさ、まず聞こえねぇじゃん?同じ部屋で静かにメシ食ってるとか、そういう時でもない限りは

それが聞こえてきたんだよ。隠れている部屋とは全然遠いってのに

どけだけデカい音立ててんだって話だわな、これが

ま、年端もいかねぇガキの心折るには充分だったようで。少年は隠れている所から一歩も出ずにブルってた

それが良い事なのか悪い事なのかは分からねぇ。何度も言うようだけど、俺は少年じゃねーから

ただまぁ気がつくとさ。増えてるんだよ、呼吸が。一人分

真っ暗な部屋の中で、聞こえるんだって、誰かの息を吐く音が

自分しか居ない筈の部屋に。いつの間にか入って来てたんだ、『それ』が

こん、こん

二回、ノックする。まさに少年が隠れている、その扉を

こん、こん

また二回だ。お母さんだ!お母さんが助けに来てくれたんだ!

こん、こん

間違いだ。きっとお母さんは間違ったんだろう!だからきっと次は――

ガリガリガリガリポリガリガリガガガガガガガガカッ!!!



――

「――翌日、近所の人間が様子を見に来たんだが、少年の住んでいた家には誰も居なかったんだそうだ」

「以上でこの話は終わり――って何?怒ってんの?なんで?」

「いやいや。これまたお約束じゃねぇか。最後はデカい音出してビックリさせるってのも、パターンの一つだぜ」

 悪びれもせずに男は笑う。定番と言えば定番の展開ではあるが、急に大きな声を出されれば誰だって驚く。
 それこそ話の内容は関係ない。

 こんこん、こんこんこんこん。

「うひょうわぁっ!?」

 ノットされたのは客室のドア。何故か語り手の方、男が盛大に転んでいた。

「――すいまっせーん……?今の声、ウチの愚兄が――って、何やってんですか兄さん?」

 入ってきたのも同じ顔、ではないがよく似ている。こちらは兄と呼ばれた方と違い、着崩していないため、ビジネスマン風に見える。

「べ、別に何にもしてねーし!これはちょっと時間より早かったらビックリしただけで!」

「あー、はいはい。その話は向こうで聞きますから。つーか団長と安曇さん待たせて遊ばないで下さいな」

 腕を取って起き上がらせる弟。こちらの視線に気づくと綺麗なお辞儀を一つ。

「いやなんかすいません。ウチの愚兄がご迷惑かけたようで」

「人をどっかの怪談オヤジみたいに言うんじゃねぇ」

 怪談話――というか、この中途半端なホラー映画にありそうな展開は、兄の方の作り話か。それはそうだろう。
 この話で語り手たる『少年』は居なくなってしまったのだから、この物語が成立する訳は無い。

 それは当然だ。

「てな訳で僕らはお暇します。失礼しました……って、ほら兄さん、自分で立ちなよ」

「『それとも俺にくっついていたいのかよ?とんだ淫乱だな!』」

「兄さんそーゆーネタ振り止めよう?こっちはマジモンの人達多いんだから、洒落にならないんだからね?」

「あとその設定だと僕らゲイな上に変態もこじらせているから、ドラ乗りすぎじゃないかな?もっと属性控えめでもいいじゃない」

 仲が良い兄弟だか双子は客室を後にする。
 妙な訪問客はもうご免なので、再び鍵をかけようと彼らを見送ろうと戸口まで歩く。

 あ、そうそう言うの忘れてた、と男は嗤う。

「今のは『語り手たる被害者が消え、存在が矛盾する』ってパターンだったが――」

 さぁっ、と窓の外の景色が黒一色に塗り潰される。海底トンネルへ電車が乗り入れたのだろう。

「――実はコレ、逆の立場ならきちんと成立すんだわな」

 プシューと閉じられたドアに遮られ、その表情は見えなかった。
 今のはどういう意味だろうか?

 男が語った話では生還者はいない。少なくとも話が出来る人間は消えてしまった。
 主旨からすればモンスター的な何かに、という事だろう。冷静に分析するのもアレだが。

 翌日、少年の家を訪れた村人が語る……?それはない。村人は少年では無く、事件にも巻き込まれていないのだから、語るのは不可能だ。
 出来て精々なのは推測に過ぎない。状況証拠を積み重ねて、こうであると想像するだけだ。

 何故ならば当事者ではないから。少年やその家族と違って。

 違って……?当事者じゃないから、哀れな被害者ではない……。

 ……いや、そうじゃない。あの話に出て来たのは何人だった?

 少年、母親、祖父。家族が他にも居たとして数人か。
 事件の『被害者』は確かにそれだけだ。他には居ない。

 けれど事件の『加害者』側はどうだろう?

 事件を知る事が出来るとすれば、もう一人。加害者たるモンスターは可能だ。
 少年を追いかけていた側、得体の知れない何か、後日誰かに語ったとすれば――。

こんこん

 びくり、と突然のノック音に体が動いてしまう。何はバカな、と慌てて取り繕う。

 きっとあの少々趣味の悪い兄弟か、または車掌でも来たのだろう。
 場合によっては鉄道警察に突き出す選択肢も考えながら、ドアを開けた。

 ……、……?

 しかしそこには誰も居ない。悪戯だろうか?首だけを出して見渡すが……近くにそれらしい人影はなかった。

 通路には少々不釣り合いなぐらいな光が点っているものの、それに映し出される乗客の姿はない。遠くの方、前の車両の方からは喧噪らしきものが聞こえてはくるが。
 少し前まで廊下を誰かがバタバタと駆けていたのに辟易していたのに。

 ……いや、『居なさすぎる』、か?
 個室は限りなく満員に近かった筈なのに。
 どうしてここまで周囲が静かな――。

こん、こん

 予想に外れてドアを開けたままでもノック音は止まなかった。
 それは決して隣の部屋から聞こえたものでも、テレビやモバイルから聞こえてきたものでは無い。

 また隣室や近くのドアを誰が叩いている訳でも無く、それはとても近くから。
 そう、それは今、丁度背を向けている後ろ側、窓のある辺りから響いている。

こん、こん

 時速数百キロで走る。EUが世界に誇る高速鉄道の車両の。

こん、こん

 外側から。誰かが。
 絶対に聞こえてはいけない筈の音が!声が!
 完全防音に近い窓ガラスを経ても尚、自身の存在を誇っていた!

「てけり・り」

 グシャア、と名状しがたい粘液の塊がガラスを突き破り、全てを呑み込み――。

「――お待ちなさいっ!!!」

ドゥンッ!

 狭い室内で火炎が炸裂する――が、周囲へ撒き散らす事もなく、不自然な方向へと収束していく。
 粘液の塊は溜まらず再び外へと放り出される。常識的に考えれば衝撃で一溜まりもないだろうが、何故かこれで終わっていない確信があった。

 それでも一応は恩人らしき――原理は不明だが――彼女たち。お揃いのユニホーム、一番前にいた黒髪の子に声をかけようとした。

「いつもニコニコあなたのお側に這い寄――」

 ベキッ、と側に居た背の高い女生と少女の中間ぐらいの子が、すかさずその頭をシバキ倒す。

「アンタって子はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!それさっきからスベってるって言ってるのだわぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ぎぃにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?予想外の戦闘でテンパってますよ!誰か助けておかーさぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」

 ……何故か頭をグリグリと締め付け始めた?余裕がないのは理解出来るが。

「いやぁワケわかんないだろーけど、実はワタシらにもよく分かってなかったり」

 今一やる気のなさそうな子が槍を肩にかけてぼやく。が、その視線は言葉とは裏腹に周囲に警戒していた。
 どう答えたものか迷っていると、最後尾の――ネイルアートを盛りすぎたような『爪』をした少女が、二人に注意を促す。

「ふ、ふひひっ!やっぱダ、ダメみたい。ひひっ」

 良く言えばくすぐったそうに。悪く言えばドラッグ的なものをキメているように。

「あ、『あれ』は相当強いバリア的なものを張ってる感じ、私じゃ感知は無理っぽい」

「何なんだろうね−、『あれ』。どう見てもゴーレムにしか見えないんだけど――もしかして!?」

「はいはい、陰謀陰謀。学園都市もイギリス清教とローマ正教のど真ん中で実験かますほど終わってはねぇわよ」

「あ、今『やるかも?』って思ったっしょベイロープ?」

「だから名前を!呼ぶなとっ!言ってぇぇぇぇぇっ!」

「たーすーけーてーっ!?つーか担当違う!?シバかれるのはレッサーだってば!?」

 ふう、と頭グリグリ攻撃からようやく逃れた黒髪の子が、手櫛で乱れた髪を整える。

「んじゃま、私達も本格的に武力介入するってぇ事にしましょうか。どう見てもこちらさんカタギですしね――でわでわ」

 こめかみにはしっかりと跡を残しつつも、何故かキメ顔でこう言った。

「古きものはより古きを誇り、朽ちるものは朽ちるがままに――」

「――されど千夜に褥を重ねようとも、旧き燭台の火は消えず――」

「――『ブリテンの敵』に報いの慟哭を、願わくば安寧の死を――」

「――『新たなる光』の名の下に集えよ、戦士」


――次章『狂気隧道』予告 −終−

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