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Clock(trial)

???

 
――ヴェネチア 夜

刀夜「あぁ麗しの街ベニス!月三の海外出張でマイレー○消化に迷う最中、僕はまだ戻って来たよ!」

刀夜「旅は故郷を思わずにはいられないけれど、ベニスに恋する私としてはまぁありだよねっ!」

田中「……あの、それ上条さんが取引先の社長に『仮想通貨でウッハウハ?バカヤロウ何割下げてるた思ってんだこのハゲ!』」

田中「って言った影響じゃないっすか。ぶっちゃけトバされた的なアレですし」

刀夜「だってしょうがないじゃないか。あぁでも言わないと気づかないし気づけないよ」

刀夜「どんなクライアントでもはっきり指摘する。それが私たちの仕事だと思うんだ」

田中「相手がハゲ散らかっただけじゃなく、肌色よりも入れ墨が目立つ人種じゃなかったら、まぁ人の言葉も通じたかも知れないっすね」

刀夜「土着の民族の方かな。あぁ今にして思えばローソク線の見方も知らなかったし」

田中「マフィアだよ。どう見てもそっち系だっただろ」

刀夜「失礼だよ君!今の暴力団は頭良くないとなれないんだよ!」

田中「先輩先輩、超失礼なこと言ってるっすわ」

刀夜「インテリヤクザとかベッドヤクザとかいわれる時代だからね」

田中「そっすねー、後半聞いた憶えないっすがねー」

刀夜「大体だねぇ、流行り廃りも分からないで儲けようって腹が気に入らない。今の時代、全方向にアンテナ張って情報仕入れたって失敗するんだからね」

田中「そうなんすか?てか仮想通貨って買っとけ、みたいな感じじゃ?」

刀夜「根拠は?」

田中「去年……だかに一回下がってまたそのあと爆ageしたっすよね?」

刀夜「今また下がってるけどね」

田中「だっつーんだったら『買うなら今でしょ!』ってぶっ込んでも、またそのウチ上がって売り抜ければいいんじゃねえっすか?」

刀夜「あーそれね。君バブルって知ってる?」

田中「さーせん。俺産まれてないっすわ」

刀夜「この平成生まれめ!……まぁ昔々に日本の株市場が大暴落した現象なんだけど」

刀夜「それと仮想通貨の流れがね、まるっきり同じなんだよ」

田中「え?弾けたんじゃ?」

刀夜「ううん、違う違う。ただ下がりしたんじゃなくて、こう並を描くようにざっぷんざっぷん」

田中「少し前に上がってたのが下がって――」

刀夜「と、思ったらまた株価が上がるんだよ。ただ以前ほどの値には戻らなくて、また下がっていく訳と」

刀夜「で、ある一定のラインになるとまだ株価が上がって持ち直したら、またグーンと下がるんだ」

田中「あー……振り子揺らしたみたいっすね」

刀夜「そうそう。上がったり下がったりしてるんだけど、振れ幅は全開よりも確実に弱くなっていくっての。あんな感じとよく似ている」

田中「やー、でも上がるんすよね?ならそん時に売り払えば――」

刀夜「――っていう『俺だけはきっと上手く売り抜けられるぜ!』の、人達が大勢いるんだ。そう、大勢ね」

刀夜「まぁ、大体は大手証券会社の養分にされるんだよ。気をつけないと」

田中「俺だけはきっと上手くやれる……!」

刀夜「株だったら私も止めはしないんだけどね。今回の相手は悪くて仮想通貨だから、悪い事言わないから止しときなさい」

田中「通貨っしょ?だったら俺だって為替取引の素人じゃねえっすからね!」

刀夜「いや、通貨じゃないよ?」

田中「……はい?」

刀夜「いやだから通貨じゃないんだよ。仮想通貨じゃなくて、ゴールドの取引と同じで投機だからね?」

田中「仮想”通貨”じゃ?」

刀夜「使えない店や国が多いのに?誰がどう扱うのかの厳格なルールもないのに?」

田中「あーっと、通貨、じゃないんすか……!?」

刀夜「通貨とは言ってるけど、ただの投機対象だねぇ今の所は。大昔に流行った小豆の先物と同じ」

刀夜「国際的なルールもないし、ぶっちゃけ仮想通貨の運営側が『今日で仮想通貨を卒業します!』って持ち逃げする可能性もある」

田中「ちょっと意味分かんないっす」

刀夜「だから円だったら日本が発行してるでしょ。国家がなくならない以上は使える訳でさ」

田中「うっす」

刀夜「株も企業が出してるよね?だから会社が上向きであれば株価が上がるし、倒産すれば紙切れになる。ここまでは分かるかい?」

田中「なにを当たり前のこと言ってんすか」

刀夜「じゃあ仮想通貨は誰が、どうやって、何に対し、担保をどうして発行しているの?」

田中「それは……ネットでググレ、みたいな?」

刀夜「まぁ合ってるっちゃ合ってる」

田中「マジすか!?俺すげー!?」

刀夜「正しくはブロックチェーンって言って、複数のデータを複数のパソコンに枝分けして改竄を防ぐような技術を使ってる――」

刀夜「――ん、だけど、まぁそれだけでね」

田中「だけ?」

刀夜「『ネットを利用したまず改竄されないデータの束があります。これを通貨として使いますか?』って話」

田中「なにそれ怖いっすわ!詐欺のニオイが!」

刀夜「だからまぁ、自国通貨の偽造が多い国や経済的に破綻してて通貨が信用出来ない国、あと端っからマネーロンダリング目的」

刀夜「そういうところが『まぁ自分とこの通貨使うよりかはマシかなー……』みたいな」

田中「池○さんそんなこと言ってなかった!」

刀夜「経済学の基本。『資金が入れば上がる。引けば下がる』、株式市場と同じだね」

刀夜「CMバンバン打ってたところが盗まれたのも、あれ元々は金融庁から警告何回も受けててさ」

刀夜「『体制が管理されてないと4月から認可が降りませんよー』って注意されてたんだよねぇ」

田中「おっかねぇ……!」

刀夜「そして一番洒落にならないのは税制。分かる?日本で一番おっかない役所の人達」

田中「あれすか?たくさん稼いだら『税務署から来ましたー』って来るんすよね?」

刀夜「納税は国民の義務です――に、加えて仮想通貨は税制もフワッフワしてるんだよ」

田中「あぁ上条さんの頭みたいに?」

刀夜「私はフワッフワしてないよ!整髪料でキッカリ固めてあるだろう!」

田中「ボリューム少ないから、てっきりアレなんかと」

刀夜「息子はツンツンしてるから大丈夫大丈夫!年相応かな!」

刀夜「というかね。もしかしてなんだけど君、実は手を出してやいないかい?だから聞きたくないアーアーやってるとか」

田中「な、なんのことっすか?」

刀夜「会社にチクってもいいんだけと」

田中「マジすいません。謝るんでそれだけは!」

刀夜「……まぁ君帰国したら即税務署か税理士さんに相談するとして――仮想通貨のね、税制関係の法律が追い付いてないんだ」

田中「ってことは無税!?」

刀夜「だったら良かったんだけどねぇ。雑所得でガッツリとられる方針みたい」

田中「えーっと?」

刀夜「あとね。税務署の解釈自体じゃエラいことになるから、まぁうん、頑張ろ!」

田中「解釈っか?」

刀夜「そうだねぇ、例えば一般のお仕事で1000万円稼いで500万円損したしようか。あぁ税金の収める範囲内の期間でね」

田中「一般的な会社っすか?」

刀夜「まぁ企業だね。それで税金がかかるのは、どこ?」

田中「1000万から500さっ引いた残りの500万っす」

刀夜「まぁ当たり前だよね――けど仮想通貨は解釈次第じゃ恐ろしいことになってさぁ」

刀夜「1000万の収入の後に500万を仮想通貨取引で失ったとしよう。条件は一見同じように見えるが、どう?」

田中「同じなんじゃないっすか?」

刀夜「……いや、それがね。解釈次第によっちゃ1000万円分にかかる税金払えって言われるかもなんだよ」

田中「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?なんでっすか!?横暴っすわそれ!?」

刀夜「うん、だからね。君がボクシングか何かで戦ってファイトマネー1000万もらったとしよう」

田中「その仮も大概っすけどね」

刀夜「で、気分を良くした君は半分の500万円使って車を買った。でも税金かかるのは1000万円の方だ――っていう分に解釈される可能性がある。分かる?」

田中「ファイトマネーは分かるっすけど、なんで仮想通貨はダメっすか!」

刀夜「どうしてダメだと思うんだい?」

田中「ファイトマネーは個人じゃないっすか!個人で稼いだ金を個人のために使う、だったら課税されんのは仕方がないっすよ!」

田中「でも仮想通貨は違……あ!」

刀夜「うん、そう。個人が”事業”としてやってはいないんだよ。仕事じゃなく、ただの個人的な買い物」

ったらまだ、ね?情状酌量の余地もあるんだろうけど」

刀夜「個人が”個人的”に買い物してるんだから、税務署としては意地悪な解釈出来ますよーって話」

田中「ネトオクで物品転がしてたら意外と持って行かれたってやつっすか」

刀夜「いや、まぁね。税務署も鬼じゃないし、なんていっても雑所得は年20万円未満は非課税なの知ってるよね?」

刀夜「でも単位が万単位だったり、ちょっと目ききの良い人だったら100行くでしょ?そんな人に遠慮しないんじゃないかなぁ」

田中「破産すればチャラ……」

刀夜「よく間違われるけど破産は”救済”措置ね。現在の資産を処分してそれ以上は勘弁して下さいって事だから」

刀夜「でもそれが通用するのは”借金”だけ。税金は対象外」

田中「……その、課税されるタイミングってわかるっすか?」

刀夜「仮想通貨を売買した瞬間だね。具体的には現金に変えた段階、だと思うよ」

田中「……」

刀夜「大の大人が万単位の資金を入れてやってることだから、まぁ、事前によく調べるのは大切だってこと」

刀夜「あとこれは頭に入れててほしいんだけど……」

刀夜「国が認めてないから好き勝手稼げるってことは、何かあったときに救済措置も受けられないってことだからね?」

刀夜「仮の話だけど、さっきの『仮想通貨を卒業します!』ってマジでやったとしたも、下手すれば罪に問われない可能性すら……」

田中「――よし!切り替えるっす!帰国するまで考えない!」

刀夜「いいねポジティブで!私もたまーに妻が怖くてそういうときもあるけどね!」

田中「えー何言ってんすか、上条さんの奥さんめっちゃ若くてキレイじゃないっすか」

刀夜「詩菜さんは天使で悪魔なんだよ。君も結婚すれば分かるようになるさ……!」

田中「よく言うっすわ」

刀夜「まぁ今君へ言ったような内容もさっきのクライアントさんへ送って置いたし、冷静になれば分かってくれるよ」

田中「そんなことしてたんすか!?いつのまに……」

刀夜「バスに揺らながらテキスト送信だね。いやぁ口頭で説明しない分だけ楽は楽だよねぇ」

田中「あぁいえそうじゃないっす。名刺交換する前に追い出されたじゃないっすか」

刀夜「うん実はね、応接間へ通されたときに奥さんから連絡先を教えてもらっててね」

田中「全部の元凶お前だなっ!そりゃクライアントも怒るわっ!」

刀夜「い、いや決して疚しいことは何もないよ!私は渡されただけだから!」

刀夜「ただちょっと昨日の夜にパブで一緒に飲んだだけであって!指一本触れちゃ居ないさ!」

田中「『――あーもしもし?田中っす、実はオタクの旦那さんがですね』」

刀夜「待ちたまえ田中君!今晩は酔いつぶれるまで私が勘定持つから日本へのホットラインは断線しなさい!」

田中「『――はい、はい酔ってはノロケるんで。あぁもう大丈夫です、自己解決しました』」 ピッ

刀夜「……ふー、ビックリした。もう少しで悪魔の詩菜さんが出てくるところだったよ……!」

田中「旦那の部下に監視させてんだから、もうデビルっていっても過言じゃないっすよ」

刀夜「堕天使小悪魔メイドより、半天使ピュアメイドの方が好きでね」

田中「夫婦のプレイの話を、するな?いいか、二度と俺を巻き込むな?」

田中「つーかヴェネツィア……昔、共和国だったんすよね?」

刀夜「おっ、よく知ってるねぇ。世界史は得意?事前に下調べしてきたんだったら誉めてあげよう」

田中「あ、イエ。選挙んときに言ってたなって。『もう一度共和国を!』的なのを」

刀夜「あー……やってたよねぇ。『北部同盟』改め『同盟』」

田中「怖いっすよねぇ。右翼のファシストが」

刀夜「……いや君それ『健康な末期癌患者』みたいな事だからね」

田中「はい?」

刀夜「その右翼政党の中には20年以上在籍して活動し、今回初めて上院議員に当選したアフリカ系議員がいるんだよ」

田中「はぁ?極右政党なのに!?」

刀夜「答えは『極右政党じゃないから』、だね。『同盟』は地方自治と労働者の権利を守れって言ってる、分類的には左翼やリベラルだ」

田中「移民バンバン受け入れるのが……」

刀夜「制限しろって言ってるのは”不法”移民であって、現にその団体じゃ正規的手続きをとって気化した人が議員になってる」

刀夜「それに不法移民の不法就労で割を食うのは『自国の労働者』たちであり、スタンスは一貫しているのさ」

田中「ヘー……そうなんすかー」

刀夜「善悪はともかく、共感するかもさておき、この国の人達は彼らを信じて議席を与えたってのが選挙結果」

刀夜「――で、その背景にあるのがヴェネツィア共和国だって話もあるんだ」

田中「独立して、共和国よもう一度っすか?」

刀夜「あぁそこまで大したことじゃないよ。ただ共和国が独立国としてやってたのが、えっと……大体1000年ぐらい?」

田中「超歴史あるっすわ」

刀夜「ナポレオンに滅ぼされはしたけれど、やはりイタリアを率いているのは自分達だ、って自負があったりなかったり。大変だよねぇ」

田中「あぁ、だから”北部”同盟っすか」

刀夜「EUははっきり言って下手を打ったんだよ。今までは歴史も文化も違うのに、『同じ国だ』ってまとまってきたけれど」

刀夜「共同体設立で『あれ?これだったら俺たちで小さな国を興して加盟した方が楽じゃね?』と、さ」

田中「烏合の衆の集まりっすね」

刀夜「お陰様で先物取引が捗る捗る。寒冷だったこっちの農地が熱波でやられて、小麦を大々的に仕入れるって話があってねぇ」

田中「暑かったり寒かったりで大変っすね。別にその日の仕事とメシにありつければ幸せだと思うんすけど」

刀夜「結局は首を絞めてるだけだと思うけどねぇ」

田中「あ、首っす」

刀夜「クビ?退社するの?」

田中「じゃねぇよ。首で思い出したんすけど上条さん、都市伝説って好きっすか?」

刀夜「都市伝説……おばあさんが高速道路疾走したり、首無しライダーの――あ、だからクビね」

田中「昨日ここいらの交流掲示板SNS回ってみたら、変な書き込みがあったんすわ」

刀夜「へーローカルな都市伝説かぁ。当麻に教えたら喜ぶかもなぁ」

田中「先輩のお子さんって高校生じゃなかったすか?流石に都市伝説で大はしゃぎはしねぇと思うっす」

刀夜「友達の女子中学生がね」

田中「親こそろってチン×もげろ」

刀夜「非難されるような事じゃないなぁ!私は良いけど当麻には未来があるんだからその呪いは撤回してもらおうか!」

田中「少なからず同意する連中が社の内外いると思うんすが……ここ、ヴェネツィアって島じゃないすか」

刀夜「だね。魚の形をしてて、移動はゴンドラ船が一番速い」

田中「――船、出たらしいんすよ……ッ!」

刀夜「いやあるでしょ。今はないけど昼間は一杯ひしめきあってたし、私たちも乗ったじゃない」

田中「……や、それがすっね、夜中に、こうブワーーっと!帆を立てて!」

刀夜「帆船だね。排水量を考えるとヴェネツィアで使うにはちょっと無理があるんじゃないかなー」

田中「排水量ってなんすか?」

刀夜「船の浮力、なんだけど、まぁ要は船を乗せたら沈むじゃない。だから浅瀬だと排水量の大きい船は使えず、ボートみたいなのでって」

田中「座礁っすね」

刀夜「あちこちにある運河じゃなく、ここら辺にある外海――まぁ外海って言っても内海だけど――と繋がるところだったら、まぁ帆船も楽に入られるだろうけど」

田中「あー、成程。なんでこの人ら帆船使わないんだろ?って思ってたんすが、そういう理由があったんすね」

刀夜「まぁね」

田中「てっきり俺はモーターボート走らせるより、ワザと人力にして観光客からボッタクろうってしてんじゃねぇかって」

刀夜「まぁね!そこは多分地元のマフィアも一枚噛んでるからスルーしてね!」

田中「なんか面白い話だと思ったんすよねー。なんだガセかー」

刀夜「夜中だったら、まぁ迷った船が狭い運河の方へ入っちゃって、ってのは考えられるよね。珍しい光景だから」

田中「あるっすよね。旅客機がオーバーするのと一緒っすか」

刀夜「まぁ噂なんてそんなものだよね。事実が誇張されるか、面白可笑しく拡大していく感じで」

田中「ちなみにその船には女運だけが強そうなツンツン頭の少年がですね」

刀夜「さぁ田中君!今夜は二人でその噂を検証しないとね!場合によっては滞在日数を引き延ばしても真相を解かないと!」

田中「あったってーのは事実っすけど、当麻君学園都市じゃないっすか。ヴェネツィアをブラって訳ないっす」

刀夜「そ、そうだよね!世の中には似た人が三人いるつて言うもんね!」

田中「そうっすよ!」

刀夜「学園都市に一人、第三次世界大戦中のロシアに一人、そして残りはヴェネツィアに一人!三人揃ったってことだよね!」

田中「一度ですね、はい一度きっかり当麻君と話し合って下さいっす。多分なんかの能力者っす、テレビに見切れるとか人払いの結界ぶち抜くとか」

刀夜「……」

田中「なにその『あ、言われてみれば』みたいな顔」

刀夜「――田中君、それじゃまず手分けしようか。私は港湾の方、君は運河に沿って聞き込みをだね」

田中「お断りっすバカヤロー」

刀夜「今度学園都市に行くとき、君も一緒に連れて行くから!」

田中「任せて下さいよ上条さん!俺、やりますよ!仕事なんか好きなやつにやらせておけば良いんです!」

刀夜「よく言った!さぁ今日は寝ずに駆け回ろ――」

……カッカッ……カッカッ……

刀夜「――う?」

田中「さぁ行くっすよ!俺は花街中心を聞き込みますから!詳しい報告は明日の昼頃に!」

刀夜「君あれだよね、今から一杯引っかけて遊ぶ気満々だよね?」

田中「つーか別に息子さんがどうかって本人に直接聞けばいいだけの話っす。先輩の子供なんだから嘘つけないし」

刀夜「……」

田中「先輩?」

刀夜「……私も信じてたんだよ、信じたんだけど、最近は嘘も憶えたらしくてね」

田中「そりゃまぁ高校生っすからね。年頃的にも反抗期っすわ」

刀夜「こないだなんか、『シスターさん目当てに世界を救った!』とか言い出して」

田中「中二っすね。嘘がどうとか反抗期も通り越して別のステージになってるっす」

刀夜「まぁでも私も若い頃は大冒険したしさ」

田中「ホントに絶滅しねぇかなこの家系」

……カッカッカッカッカッカッ……

刀夜・田中「……」

田中「……何の、音っすか」

刀夜「ヒヅメ、というか蹄鉄が石畳を叩く。まぁ馬、なんだろうけど」

田中「馬っすか――夜中の二時に」

刀夜「ヴェネツィアは水上交通網が発達してて馬を使う習慣は、ない、んだよね。新婚さんを運ぶのもゴンドラ船だし」

刀夜「というかあっちから来る馬、目が光ってやしないかい?まさに都市伝説でそんなのなかったっけ……?」

田中「なんかのアトラクションっすよ!ホラ見て人が乗って――」

首無し騎士『――』

田中「――はいっ!お疲れっしたー先輩!俺やっぱりホテル戻って飲み直しますんで!」

刀夜「待ちなさい後輩!君には敬老精神ってものが欠如していると人事課に言わなくてはならない!」

刀夜「つーか運河沿いの道は下が石だし満ち引きで絶えず濡れてて走ると滑――」

ツルッ

刀夜「おっと、父さんファンブルしちゃった☆」

トボーーーーンッ

田中「先輩!?せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんぱーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!?」



――

刀夜「がぼっがぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!?」

刀夜(意外と冷たいんだなぁヴェネツィアの海は。昼間の陽射しが温かい割には、だね)

刀夜(しかしアレだね。夜の海に叩き落とされるのも懐かしくはあるよね。いつだったっけかなー)

刀夜(前に落されたのは出張先で女の子を庇ったときだったか……直近だね。二ヶ月前の話だよ)

刀夜(あのときは確かどうやって助かったんだっけ?人魚っぽい格好のお嬢さんに――って人魚なんていないいない。幻想だよ)

刀夜(えーっと、ワインを二本空けてイタ飯をご馳走になってほろ酔い気分。服はフォーマルな場所でも使える私服のジャケット)

刀夜(詰んでるね。うん、これ詰んでるよ)

刀夜(田中君が通報してくれるのは間違いないんだけど、問題は現地のレスキューに期待出来るかどうか)

刀夜(よく海外の田舎町や観光名所で昔の街並が残っているところがあるけれど、あれは近代化にとっては決して成功じゃなく)

刀夜(「救急車を呼べば来る」のは、それだけインフラ整備や社会保障が整っている証拠でもあり)

刀夜(週末の夜にきちんとした、あれ、うんまぁまぁ、疲れ、たね)

刀夜「……」

刀夜(詩菜さん、当麻愛して――うん?)

刀夜(幻覚……かな。海の、底に、暗い、見えない、見えるはずが)

刀夜(けれど、あれは……そう、何か、ひつ――)

刀夜(――”四角錐”の何か、が――)

刀夜「……」



――???

刀夜「――げほっ!?げほげほげほっ!げええぇっ!」

???「肺の中にある水を出してしまえ」

刀夜(肺――か、どうか分からないけど――に溜った海水だか夕食だかを吐き出しながら、ここはどこだろう……?)

刀夜(レスキューの船や海岸警備隊、海上警察とも違う異質な船。そこで這いつくばって吐いている、と)

刀夜(九死に一生を得たようだけど、甲板を汚すんじゃないだろうか、弁償は必要なんだろうかと小市民的なことを考えつつ)

刀夜「げふっ……こ、こ、は?」

刀夜(どうにか一息ついて自分の置かれている状況に目を向ける)

刀夜(私が乗っているのは船、なんだろうけど様子が不自然極まりない)

刀夜(時代後れの木造船。マストは大きくひび割れ、甲板はところどころ朽ちて穴が開き……しかもこれ帆船だ)

刀夜(甲板についた掌から、どんどん体温が奪われるような――)


???「甦ったばかりだ。話さなくてもいい」

刀夜「よみ、がえ……?」

???「ここ百年ばかりの魔力を遣ってしまったが、身内の不始末が原因だ。忘れてくれたまえ」

刀夜(甦る……救命処置をした、ということなのだろう。外人さんと日本人の違い、流暢な日本語を彼は話している)

刀夜(まだ若く当麻とそう変わらない歳にも見え、また酷く疲れ果てて私よりも年上にも見える)

刀夜「……あり……がと、ございます」

???「あぁ」

刀夜(それ以上話すことはないとばかりに彼は暗闇を見つめる。どうしよう、間が持たない)

刀夜「えーっと、ですね。その、私は日本から来たサラリーマンで、上条刀夜と申します」

???「……」

刀夜「……その、宜しければ、あなたのお名前などを伺っても……?」

???「あるときは夜を渡る 亡霊騎行ワイルドハント

刀夜「はい?」

???「あるときは死して彷徨う 死の先触れフー・ファイターズ

刀夜(何かのギャグ、というか笑っていいのか救急車案件なのか)

???「なぁ、君は知っているか?僕の名前を知ってはいないのかい?」

刀夜(しかし、彼女・・の目に見える色は狂気ではなく、何かに心酔している信者のそれとも違う。これはそうか、ただ)

刀夜(”乾いて”いる)

???「ならばそう、そうだ。故に、故に人は僕をこう呼ぶのさ――」

???「―― 彷徨えるオランダ人フライング・ダッチマン、と」


『アニェーゼ「たったそれだけのために、戦う価値があるってもんですよ」 〜虚数海の女王〜 』本編に続く

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