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Clock(trial)

『常夜(ディストピア)』


――薄暗い部屋

老人の声「――魔神の魔力が消えたな。予想よりも早かったが、まぁ、それもまた佳きかな」

上条(なんだここ……てか、どっかで聞いたような声が……?)

レッサーの声「では『新たなる光』を代表して私が致しましょうかねー。よっこいせっと」

上条(あ、レッサーの声だ)

ベイロープの声「待て待て。何しようとしてんのよ?」

レッサーの声「いえ、ですからね。ようやっと上条さん『常夜(ディストピア)』の影響から抜けたって訳じゃないですか?」

フロリスの声「爆心地でモロ直撃受けた割にはリカバリ早いしーねぇ。よね?」

老人の声「で、あるな。『右手』が少なからず影響したか、もしくは別の存在の介入があったのか」

老人の声「途中、隻眼の鴉が幻視えたが……様子見であろう、な」

レッサーの声「でもホラっ!今は一分一秒が惜しい所じゃないですかねっ!」

レッサーの声「なーのーでー!ここは一つ!私がしっかりきっぱりすっぱりどっきり目覚めさせようって話です!」

ベイロープの声「つまり?」

レッサーの声「こう、ぶちゅーっと。ドギツいのを一発」

ベイロープの声「……やれやれ」

レッサーの声「待ってつかーさい!?真面目な話ですってば!だからエィアンクロゥ(※巻き舌)は最期まで聞いてからどうぞ!」

ベイロープの声「真面目な部分はどこにもなかったでしょーが!」

フロリスの声「ベイロープに一票、うん」

レッサーの声「や、そういうんでなく……えっと、はい、今の状態は『茨姫』と同じでしょう?」

レッサーの声「なのでこう、恥ずかしいけどレッサーちゃんが物理的に一肌脱ごうかと!」

ベイロープの声「服を着なさい恥女」

老人の声「糸紬の針が刺さって昏睡する王女、目覚めさせるのは王子の口付けだったかな」

レッサーの声「ナイスフォロージ×イ!お礼にウチの先生をF×××して構いませんよ!」

少女の声「ちょっ何言うてんのレッサー!?ワイはそんなに軽ぅ女とちゃうよ!」

老人の声「――だがしかし、それを課すのはグリム童話であり、他の類型版では勝手に姫が目覚めているがね」

老人の声「むしろ12番目の魔法使いが『100年の眠りの後に目覚める』と変えたのだから、そちらの方がオリジンには近いだろうな」

レッサーの声「あんたさっきからどっちの味方ですかっ!?全裸になりますよっ!」

老人の声「本当に止めてくれないか。場合によってはその首を狩らねばならん故に」

上条(……てか、何の話してんだ?イバラヒメ?)

上条(もしかして俺が起きてるって知らないのか?ふーん?)

上条「……」

上条(……お、起きなかったら、その――して、貰えるんだよね?きっと?)

上条(い、いえ別に期待なんかしてないからねっ?どうせアレでしょ?誤魔化されるんでしょ?分かってるもの)

上条(こう、”先生”とか言うモフモフしてるらしい人にーとか、もしくはじーちゃんの方にー、とかさ)

上条(期待なんかしてないよ!散々今まで裏切られて来た過去が――)

ランシス「――ん、ちゅっ」


 脳髄に電撃が走る。そう一瞬身構える隙も無い程にその一撃は鋭かった。
 俺が驚いて目を開けると至近距離には見知った少女の顔――しかも、いつもの無表情では無く、仄かに赤く色づき上下した、得も言われぬ艶を含むものだった。

「ん……れろ、ぅん、じゅ……ちゅっ」

 彼女との接点。深く繋がった舌と舌が卑猥な水音を立てる。
 どちらが求めているのか、求められたのかの境を曖昧にし、ただただ深く絡みつく。
 最初に貰った一撃は俺の理性をズタズタにし、人としてのタガを壊そうとする。

 もはや役に立ちそうにもないモラルを奮い立たそうと、俺は――。

「んっ、んっ、んっ、んっ……ちゅっ!れろぉ……ぢゅっ、ちゅるるっ!」

 ランシスの舌使いは実に狡猾で、こちらが求めれば引き、引けば際限なく求めてくる。
 あぁ気持ちいいんだという自覚すらなく、俺の意識が彼女一色に侵食されてしまう。

 覆い被さってくる彼女を押しのける選択肢は、もう、無い。
 俺はただ、その慎ましやかな胸へ手を伸ば――。


レッサー「――って何やってんですかっ!?何しくさってんですかランシスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

レッサー「いや分かりますけど!交尾ですよねっ!大好きですっ!」

ベイロープ「レッサー、自重」

レッサー「てーかいつもいつもいつもいつも!あなたってヒトは人のモンに手ぇ出すの早すぎやしませんかねっ!」

ランシス「……ごめん、レッサー」

レッサー「なんです?言い訳があるんだったら言ってみて下さいな!納得するかは別にして!」

ランシス「……友達の好きな相手NTRのって超興奮する……!」

レッサー「変態だアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」

ベイロープ「……寝取る、っていうかあの子まだよね?確か」

フロリス「ツアー中に何も無ければその筈だけど、その割には舌使いがエロかったよねー」

上条「――ハッ!?俺はどうしてここに!?」

フロリス「あー、ゴメン。そういうのいいから、意識あるの全員わかってたケドさ」

フロリス「つーかジャパニーズの方も『揉もう!』ってカンジに手が固まってるジャン?」

レッサー「今まさに『愛する撫で撫で』と書いて、愛撫と読む行為をしやがろうとしてませんでしたか?」

上条「違うんだよ!これはきっと一方通行が俺のベクトルを操ってだな!」

レッサー「言うに事かいて親友売りましたよ、あの人」

上条「今回の件!俺はむしろ被害者だよっ!」

上条「『あ、どうせまたギャグで流すんだろ?分かってるよヘヘン!』的に余裕ぶっこいてたらこれだもの!まさか舌入れて来るとは思わなかったもの!」

上条「つーかお前フリーダムにも程があるだろ!?俺の知ってる残念な子だってここまで無茶はしねーよ!?」

ランシス「いぇーい……」

上条「……てか人生初のディープなアレが!こんな訳分かなねぇ場所で!しかも勢いで!ネタで!」

レッサー「ではここは一つ私が消毒する方向で」

上条「止めろっ!?近づくなっ!?お前らはあらゆる意味でガチだから本気でしてくるって分かってんだからな!」

フロリス「でも気持ち良かったんだよね?」

上条「最でした」

レッサー・フロリス・ベイロープ「「「じー……っ」」」

上条「いや、あのー……」

ランシス「……ぶい!」

老人「――すまないが、そろそろ前向きな話をして貰いたいのだが、佳いかね?」

レッサー「本音は?」

老人「外でやれ、外で」

フロリス「……や、あの今外へ行ったら『常夜』に呑まれて終わるんだケド……」

ベイロープ「遠回しに『死ね』って言われてるのよ」

上条「……てーか、ここはどこだ?どっかの倉庫の中っぽいのは分かるんだけど」

レッサー「いやいや上条さん。確かに倉庫は倉庫ですけど、タダの倉庫じゃございませんな」

上条「特別な場所なのか?」

レッサー「まぁともあれ、色々不愉快なアレコレがありましたが、おはようございます、上条さん――」

レッサー「――人類最後の砦へ、ようこそ」



――2014年10月8日16時過ぎ(回想)

上条「『あ、ごめん土御門!最後にもう一つだけいいかっ!?』」

土御門『知識ぐらいしか手伝えないが……なんだ?』

上条「『今日の月蝕、もしも大規模術式が仕込まれてるとしたらいつだ?』」

土御門『形式による、な。相手が”どの”系統』にもよる』

上条「どの?」

土御門『”当たり”はついてないのか?どの神話の、何を模した術式とか?』

上条「『連中が自称してたのはクトゥルフ……ただ、実際に幹部連中が使ってたのは、えっと……』」

上条「『安曇阿阪の古神道にルーツを持つ獣化魔術。”団長”の古代エジプト……多分屍体を操る魔術」

上条「『ウェイトリィ兄弟の世界樹と一体化する、北欧神話系の魔術……』」

上条「『あと、もう一つ。”アレ”って言うクリーチャーが居たけど、そっちは科学サイドのバケモノらしい』」

土御門『……安曇の、つーかミシャグジの獣化魔術は興味あったにゃー……帰ったら詳しく』

上条「『それはいいんだが……どうだ?分かるか?』」

土御門『……手持ちのカードが少なすぎる。ステイルから話を聞けばまだ分かるかも知れないがな』

上条「『俺、ホットライン持ってねぇんだよ!信用されてないですからねっ!』」

土御門『ステイルとしちゃ”馴れ合わない”つもりだったんだろうが、どう考えても裏目に出ている』

土御門『ま、今からあいつと連絡取ったとしても対策は取れない。つーか多分間に合わない』

土御門『これはステイルの資質がどうこうじゃなく、”必要悪の教会”はイギリスの特務機関だから仕方が無いと』

上条「『で、どうだ?』」

土御門『もう一度言う。情報が少なすぎる。カミやんの期待には応えたいし、推論も幾つが出せるが混乱するだけだろう』

上条「『……そっか』」

土御門『とにかく!今日の月蝕が始まるのは18時過ぎ、終わるのは21時50分……ぐらいだった筈だ』

上条「『その四時間弱の間になんとかすればいいのか……そうすると余裕はある、のか?』」

土御門『残念、そうじゃない。確かに月蝕は結構長いんだが』

土御門『相手の思惑によっては”月蝕が始まるのがトリガー”になってるのも充分に考えられる』

土御門『天岩戸って知ってるか?日本神話のアマテラスが閉じこもるヤツ』

上条「『何となくは。太陽が隠れるから真っ暗になるって話だよな』」

土御門『太陽は大抵の神話では万能神や最高神を兼ねているんだ。神話の中心に置かれて、絶大な力を持つ存在として描かれている』

土御門『だから”その存在が一時的に消え去る月蝕”ってのは、途轍もない凶事だって概念があるんだ』

土御門『邪術に分類されモノであれば、月が見えなくなった時点で完成するだろうが』

土御門『完全に月が隠れるのは20時前後、それまでが勝負だろうな』

上条「『……』」

土御門『どうした?』

上条「『……ARISAのライブ、18時から開演、途中何度か休憩が入って22時に終わるんだ』」

上条「『このコンサートは”エンデュミオンの奇跡”――つまり、一年前にあった”事故”の記念式典……』」

上条「『だから普段は夕方になると終わっちまう電車やバスも、送迎って形で学園側が動かしてくれる』」

土御門『……』

上条「『……けど、おかしいだろっ!?何でわざわざ月蝕の日に重ねてする必要があるんだっ!?ただの平日に!』」

上条「『そもそもエンデュミオンってのは月の女神の恋人なんだろっ!?どうしてここでも”月”が関係してくる……っ!?』」

上条「『それに……ツアーの名前は”Shooting MOON”……最初っから仕込みだったのかよ!?なぁっ!』」

土御門『……カミやん、らしくないにゃー。もっとシンプルに考えようぜぃ?』

上条「なんだって?」

土御門『”どのレベルで誰が”とか、”いつからどうやって”ってのは今考えるべきじゃないにゃー』

土御門『何故ならば”答えが出ようが出まいが、現在直面している問題”には全く関係ないからだぜぃ』

上条「『それっ!……そう、なのかも知れないが!』」

土御門『今カミやんがすべきなのは、魔術知識に乏しい頭絞って考える事じゃない。他にすべき事があるだろう?』

土御門『”幻想殺し”でもなく、”第三次世界大戦の英雄”でもない、お前にしか出来ない事が』

上条「『……』」

土御門『なーんか難しく考えてるみたいだけど、人間出来る事なんてのは決まってるんだぜぃ?』

上条「『でも、俺は……』」

土御門『だから難しく考えんなつってんだにゃー。悩んで解決するんだったら魔術も科学も必要ないすぃ?』

土御門『つーかやって来ただろ、ずっと?カミやんはさ』

上条「『俺が?』」

土御門『その”右手”はさ、ただ魔術や異能をぶっ壊すだけの、そんなチンケなモンじゃなかったよな?』

土御門『下らない陰謀や考え、誰かを踏みにじって当然、騙して当然――』

土御門『――そんな”常識”を何度も何度もぶっ壊して来た。それはどうしてだ?』

土御門『カミやんにとってたまたま出会っただけ、何の得も見返りも無しに死にかけた事なんてしょっちゅうだ』

土御門『だってのに何でカミやんは色々なモンをぶっ壊した来た訳だ?』

上条「『それは……』」

土御門『あぁ』

上条「『……常識だとか、当然だとか、規則だとか、理だとか……』」

上条「『そんな下らない理屈で、人をどうこうしたり、なっちまうような奴を……見て、居られなかっただけ、だな』」

土御門『今回の”これ”もそうだよな?なーに悩んでんのかこの土御門さんにゃ、ちぃっと分からんけど――』

土御門『――お前は、お前だ。好きなようにやってみればいい』

上条(……アリサの事か……)

土御門「『納得出来ないんだったら、出来るまで足掻いて見せろ。ウジウジ悩んでるなんてらしくない』」

上条「『土御門……』」

???『――黄昏へ赴く前に、貴様までエインヘリャルとなられても困るからな――』

上条「『土御門……?何?』」

土御門『――ん、いや?何か混線したっぽい』

上条「『そう、か?』」

土御門『――とにかーく!今大切なのは”月”だぜぃ!月!』

土御門『今はただアルテミスの猟犬共には目も暮れず、魔術儀式の妨害だけに集中しろ!いいか?』

上条「『分かった!何とか……いや』」

上条「『俺が思う通りにやってみるわ。いつもと同じように』」

上条「『出来る出来ないじゃなく、立ち向かう所から一歩ずつ』」



――2014年10月8日16時半(回想) 路上

上条(……土御門から情報を聞けたのは良かった)

上条(アリサにフラれた――のか、どうか今もよく分からないが――後、色々と消化不良を起こしてたアレコレも、解決出来そうな目処が立ったと)

上条(どっちみち俺が尻込みしてたってだけの、情けない話ではあるが……まぁ、気付いただけマシだろうな)

上条(シャットアウラには歯の一本二本折られるかも知れないけど……うんっ、カエル先生がねっ!頑張って付けてくれるよHAHAHA!!!)

上条「……」

上条(さて、ARISAのコンサートまで二時間切った。俺は電車とバスで行くつもりではあった)

上条(ただなー、今ちょっと問題があってだなー)

上条(……サイフ落としちまったって、深刻な問題がですね、えぇ)

上条(カードその他もサイフん中だし、家には小銭ぐらいしかない)

上条(舞夏に借りるのもアリだが、最近帰ってくるのは18時前後だって事が多くて、それじゃ手遅れ)

上条「……」

上条(……いや?勿論アリサ達に電話をしたよ?したんだけど繋がらないんだ)

上条(ライブ直前のクソ忙しい中、応対出来ないのは分かるし、仕方が無いから事務所やホールの方へかけたんだよ。そりゃな?)

上条(でも『ただいま担当者が外しておりますので』と、クレーマーや頭イタイ用のテンプレ対応をされてしまった……)

上条(『アリサに話を通してくれ!』とか、『シャットアウラに伝言頼む!』とかじゃなぁ……現実なんてこんなもんだとは思うが!)

上条(これが映画だったら、たまたま受付の人が電話を取った所に柴崎さん辺りが出くわす――ってなるんだよ!お約束守りなさいよっ!)

上条(あれじゃないかな?フィクションだったらアリサ達の方へ場面が移ってから、俺が会場の前まで、パッと移動してるパターンじゃないか?)

上条(どっかの宇宙と戦争するネタ映画のように!これだからリアルは!)

上条(やっぱリアルって厳しい……まるで俺にフラグが立てば立つ程厳しくなっていくような……?)

上条「……」

上条(冷静に行こう、うん。落ち着いて考えろ)

上条(コンサートホール――つーか記念式典用の特設会場まで、こっから歩いて行けるじゃない距離ではない。出来たとしても半日は必要)

上条(公共の交通機関は無理、だったらヒッチハイク――も、きっと俺がしたらヤクの密売人の車と一緒になってトラブルが起きるに決まってる!)

上条(なら誰かに送っていって貰う、か?俺の知り合いで車持ってんのは小萌先生に黄泉川先生……)

上条(でも今は平日の夕方。思いっきり仕事中だよな、黄泉川先生は警備員かも知んないけどさ)

上条(だとするとここはやはり誰かに金を借りるのが一番だ!だって俺は持ってないし!)

上条(ここは一つ、苦しい時!そんな時!頼りになる浜面さん!) ピッ

上条「『あ、もしもし浜面――』」

浜面『あ、丁度良かった大将!カネ貸し――』

上条「『あ、ごめん。間違えました』」 プツッ

上条「……」 ツーッ、ツーッ、ツーッ……

上条(えぇっと……他に友達はっと)

上条(一方通行……悪くないが、巻き込んじまうなぁ。同じ理由で姫神と吹寄もNG)

上条(先輩……も、なんか最近急がしいらしいし、妹さんも舞夏が遅いんだったら、遅いだろう……)

上条(他には佐天さん初春さん……うーん?佐天さんはMCの手伝いするんだっけか、だったら電話するだけでも――) ピッ

上条「……」

上条(そりゃ切ってるよなぁ、電源。あと一時間と少しで本番だもの)

上条「……」

上条(……俺、友達少ない、のか……?もしかして)

上条(そんな筈は――うん、まぁ今は非常時だし!考えない事にしよう!今はなっ!)

上条(どうやって移動するか、そっちの方が大事だ!優先順位を間違えないようにしないと!)

上条(決して!『俺、土御門と青ピ以外に同性の友達居なくね?』と考えちゃいけない!今はもっと大切な事がある!)

上条(どうやってライブ会場まで向かうか……あ、そういや)

上条(たんま頼みたくない、つーか俺だと大丈夫か不安だけども。一応試してみる価値はある)

上条(……ダメだったら小萌先生に頼むしかなくなるが――)



――路地裏

上条「……」

上条(人気無し、ゴミも無し、社会のゴミも無し、ビリビリも居ないと)

上条(シチュとしちゃいいんだが、果たして俺が出来るかどうか。ま、やってみるだけはしないと)

上条「…………………………すぅ」

上条「助けてカブトムシさああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

シーン……

上条「……あれ?」

上条(やっぱ佐天さん情報じゃ駄目か?垣根が幼×ウォッチしてるって話は聞いてたんだが、俺は対象外か?)

上条(どうしたら……そうだ!)

上条「助けてカペドムシさああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

白いカブトムシ「――少しお話をしません、上条さん?主に何故カブトムシからカペドムシへ変わったかについて」

上条「え?だってお前――」

白いカブトムシ「違いますよ?何を言おうとしていたのか分かりませんけど、多分それは違うと思いますから」

上条「幼女に振り回されてるって評判の垣根さん?」

垣根(白いカブトムシ)「物理的にですよね?キーホルダーになって鞄に装着されていれば、誰だって振り回されますよね?」

上条「正月にやってた深夜映画でさ、ゾンビコップってのがあってだな。”ザ・グリード”で一部に有名なトリート=ウィリアムズ主役の」

垣根「”一部に有名な”って時点でもう違いますよね?有名じゃないですもんね?」

上条「ラストで主人公と相棒が『生まれ変わるんだったら美女の自転車サドルになりたい』つって終わるんだけど、どう思う?他意はないんだけどさ」

垣根「他意しかありませんよね、それ?上条さんにして珍しく遠回しに『お前の生き方それでいいの?』って聞いてますよね?」

垣根「ある意味気を遣ってくれたと言えなくもないですが、幼女のマスコットになるのに不満があるのであれば聞きますよ、えぇ」

上条「すまん垣根!手を貸して欲しい!」

垣根「明らかに頼み事をする態度ではありませんでしたが……まぁ、私で出来る事であれば。それに」

垣根「こちらも聞きたい事がありましたので、丁度良かったです」



――学園都市 上空

垣根「――で、聞きたい事なんですが」 ブゥーーーーーーーーンッ

上条「降ろしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

垣根「今週の頭、日曜日にお会いしましたよね?えっと……上条さんがプロポーズした方の子です」

上条「と、飛んでるっ!?俺飛んでるよっ!?ちょっとしたナウシ○並に飛んでるなっ!」

垣根「その子がどうしても聞きたいと言っていたので、私も上条さんを――」

上条「頭がフットーしちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

垣根「余裕ありますよね?割とネタに走ってますもんね?」

上条「余裕なんてねぇよコノヤロー!?こんな高速飛行に耐えられる程人体は強くねぇもの!」

上条「てーか俺の予想と違う!空をファンシーな動物に乗って飛ぶのってガキの頃の夢の一つだったけどさ!」

上条「今の俺の状態ってなんだよ!?上じゃなくて下!どう見ても『キメラアン○にエサとして攫われる一般人』状態だろ!?」

垣根「カブトムシの構造上、背中――腹と頭の付け根に翼があるんで、相当小さくないと角に捕まって飛ぶのは無理かと」

垣根「それに『右手』で触られると、多分存在自体がキャンセルしてしまうので」

上条「……だからって六本の足でガッチリ捕まえて輸送されてんのは、どう見ても獲物としか……」

上条「Gフライヤ○状態つっても分かんねぇかも知れないが」

垣根「カブトムシのは基本樹液しか口にしませんからね。飛翔しながら捕食行動をするトンボに比べれば、飛行性能も数段落ちます」

垣根「そもそも体が堅く大きいのも、他の昆虫に先んじて蜜を食べるため、という説もあり――」

上条「だったら未元物質でトンボ型になればいいんじゃね?もしくはメーヴ○的な?」

垣根「……」

上条「……」

垣根「……」 ヒュンッ

上条「あ、テメっ!?スピード上げやがったな!都合が悪くなったからって誤魔化そうとしてんじゃねぇ!」

上条「てーか目が開けていられないぐらいの強風……前にもフランスで高高度落下罰ゲーム喰らったけど!あれぐらいの衝撃じゃねぇか……!」

上条「……」

垣根「上条さん?」

上条「あ、なんだ。そう考えてると二度目か。大した事無かったな!こっちの高度なら墜落しても死なないかも知れないし!」

垣根「前向きすぎます。罰ゲームの内容も気になりますが、私はバイク程度の速さしか出していませんので」

上条「つーか俺が頼んだ事と違うよ!俺がして欲しかったのはアリサ達と連絡取りたかっただけだし!」

垣根「飛ぶ前に言いましたが、何故かここ最近ノイズが走るんですねぇ。こう、ザザッと」

上条「ノイズが?つーかお前らどうやって意思疎通してんの?」

垣根「電波のような、赤外線のような……なんて言うんでしょうかね、こう、光は『波』の性質を持つと言えば分かりますかね?」

垣根「とはいえ無線は所詮無線なので、電波の強弱によって届くが影響が違う。これは拙いと」

垣根「何故ならば人間の脳波が数Hzであり、幾ら電気系能力者として言っても世界中に張り巡らすには現在のインフラを遙かに凌駕する出力が必要」

垣根「ですので私達は『未元物質』に媒介にし、独自のネットワークを構築す――」

上条「オーケー分かった!不思議能力でカバーしてんだな!」

垣根「分からないんでしたら、別にそれはそれで構わないんですが……というか、正確性であれば第三位を頼った方がいいのでは?」

上条「疑問に疑問を返して悪いんだが、話を繋いでハイサヨウナラ、で納得すると思うか?」

垣根「その言い方だと私を巻き込んでもいいように聞こえますが……」

上条「他に頼れる野郎が居ないんだよ!頼むっ!」

垣根「まぁ否やはありませんよ。学園都市の平穏を守るためであれば断る理由など何も――それに聞きたい事もありましたしね」

上条「俺に?」

垣根「はい、前に――最初にお会いした時のバカ騒ぎ、憶えていますか?能力者達が女の子一人を追い回したあの日」

上条「日曜に会ったフレメアって子の争奪戦してたんだよな。今は浜面預かりになってんだっけ?」

垣根「ですね。その子のお姉さんについて少し」

上条「あの子のねーちゃん……あぁ!俺に見事なハイキックくれやがった奴か!」

垣根「ですね。そっくりだったでしょう?フレンダ=セイヴェルンさんです」

上条「外見は似てたが……妹さんは性格がもっとこう、大人しそうな……いやよく分からんが。それで?」

垣根「あの子のお姉さん――つまりフレンダさんがですね、一年ぐらい前から行方不明なんだそうです」

上条「行方不明……穏やかじゃねぇなぁ」

垣根「妹さん、フレメアさん曰く『大体おねーちゃんが死ぬわけないのだ!にゃあ!』らしいので、其程心配はしていなかったと」

上条「その言葉が信じられるんだったらな。浜面達はなんて言ってんだ?」

垣根「何か事情があるのは間違いないので、フレンダさんにお会いしたのを伏せて話した所、『遠い所に居る』と」

上条「浜面、その言い方だと亡くなってんだろ。縁起でもない」

垣根「あくまでも比喩表現でしょうがね」

上条「詳しくは聞いてないのか?」

垣根「成り行き上、護衛を任されているとはいえ新参ですからね。『アイテム』の皆さんに信用されているとはとてもとても」

上条「浜面が?いやでもアイツ――」

垣根「『アイテム』は私の『スクール』と抗争した過去があるので、気持ちは分かりますがね」

上条「……あぁ元『暗部』なんだっけか」

垣根「あ、一応断っておきますが、私達は『アイテム』の誰も殺していませんからね?」

垣根「むしろこちらのメンバーの一人が殺され、一人が今も意識不明、残った一人も行方不明」

垣根「私の『未元物質』で最終的に勝ちは拾いましたが、抗争的にはどう考えても私達の負けですし」

上条「あー……今思ったんだけど、垣根ってフレンダって人と顔見知りだったのか?」

垣根「能力で『アイテム』のアジト聴き出しただけで、後はノータッチです。『あぁそういえば居たっけ?』ぐらいの」

上条「雑だなオイ」

垣根「私も抗争終了後、一方通行にボコられて何ヶ月かは意識不明でしたから……」

上条「……あの頃は荒んでたって、巨乳ミサカが愚痴ってやがったなー……」

垣根「もう一人の生き残り、『心理掌握』、今頃何してんでしょうかねぇ……」

垣根「……ま、そんなこんな事情がありまして。言葉を濁された以上、某か含む所はある訳ですし、あまり無理に聞き出すのも」

上条「そっかー」

垣根「ですから上条さん、何かご存じだったら伺いたいなと」

上条「……うーん。教えてやりたいんだけど、俺も殆ど知らない。つーかKOされちまったし」

垣根「そう、ですか……ま、元気そうでしたし、心配はいらないかも知れませんね」

上条「だな。ヤバかったら最初っから浜面んトコへ助けを求めるだろうし」

垣根「ですね」

上条「浜面は能力者相手に少し厳しいかもだけど、麦野さんみたいな綺麗で優しくて強いなんて、そうそう居ないしな」

垣根「――えっ――?」

上条「何?浜面にも似たようなリアクション貰ったんだが」

垣根「第三位と親しい、んですよね?」

上条「友達だと思ってるが、それとこれと何の関係が?」

垣根「でしたら一度『麦野沈利とはどんな女か?』って聞いてみるのをお勧めしますよ。無理とは言いませんが」

上条「あ、あぁ」

垣根「『暗部』時代でも良い噂は聞きませ――ツッ!?」

上条「垣根?」

垣根「……すいません。少し――ノイズが……あ、リ」

上条「無理すんなよ!一度下に降ろせ!」

垣根「……はい……ッ」



――2014年10月8日17時(回想) 『Shooting MOONツアー』ライブ会場 関係者控え室C

佐天「えぇーっとー、ここがこうなってー、ARISAさんが出て来たら、あたしが下がってー……」

佐天「あ、休憩時間もあたしが繋がなくちゃいけないんだっけ……うーん?」

コンコン

佐天「はい、どーぞ?」

初春「あ、失礼しますー」 カチャッ

佐天「おっ、初春良い所に!」

初春「しませんからね?MCは絶対にしませんからっ!」

佐天「えー、なんだよー、しようよー、ね?」

佐天「一回だけ!一回だけで良いからっ!?ね?」

佐天「絶対に気持ちいいからっ!病みつきになるからっ!」

初春「佐天さん言い方がスッゴクいかがわしいです、はい。危険なドラッグをお勧めにしてるようにしか聞こえませんよ」

佐天「『風紀委員』でもナンシーさんが問題になってるんだっけ?いけないよねっ!」

初春「……『幻想御手』で一時昏睡になった佐天さんが言っていい台詞じゃないですよ?」

佐天「……」

初春「佐天さん?」

佐天「どーーーーーーーーーーーーーーーーしよーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

初春「だからですね、私がいつもいつもいつも言ってるように」

佐天「あたしまたなんかノリで引き受けちゃって!見たっ?!客席っ!?」

初春「聞いてませんね?いつもの事ですけど」

佐天「満員御礼だよっ!やったねっ!」

初春「混乱してるのもよく分かります……ですからね、いつも言っているようにですね」

佐天「うっひゃーーーーーーーっ!!!第一声どうしようっ!?『あたしの歌を聴け!?』」

初春「やめてください!ARISAさんのホームなのにアウェイの洗礼を浴びそうですから!」

佐天「あ、今月の電撃大○見た?オブジェクトがアニメ化されるんだってさ!」

初春「戻ってきて下さい。現実逃避しても、あと一時間ちょっとで本番だって現実は追っかけてきますから」

佐天「駄目だよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!あたし、こういうの苦手でさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

初春「あー……『エンデュミオンの奇跡』のプレイベントで、御坂さん達とアイドル衣装着た時もアガってましたもんねー……」

初春「てか佐天さん、意外に打たれ弱い?」

佐天「だ、だって将来の旦那様以外に肌を見せるのはちょっと、じゃない?」

初春「私のスカートを毎日毎日めくってる人の台詞じゃないですよっ!?」

佐天「つーかさー、心臓バクバクでさー。もうどうしよっかってカンジでさー」

初春「逃げるって選択肢がないんですから、さっさと諦めて下さい。てか台本を読み直して確認した方が――」

佐天「触ってみる?マジでスッゴイ事になってるから」

初春「聞いてませんね?……気持ちは分かりますけど、そんなにテンパらなくたって」

佐天「いいからっ!ほらっ!」 ギュッ

初春「さ、佐天さんっ!?」

佐天「……どう?分かるかな?」

初春「……はい、すっごく早いです。ていうか」

初春「また大きくなってません?なんかこう、厚みが増してるって言うか」

佐天「……この間、スーパー銭湯行ったよね?」

初春「あー、ありましたねぇ」

佐天「御坂さんが『裏切り者!?』みたいな顔芸をしてあたしの胸を見てるんだよ……!」

佐天「いいじゃん別に平均よりか下だって!需要はあるんだから1」

初春「てゆうか御坂さん、あのスペックで胸まであったら完璧超人過ぎますしねー」

佐天「……」

初春「……」

佐天「……言っていいかな?」

初春「……言わないで下さい。何となく想像はつきます」

佐天「密室でおっぱい触らせてるのって、あたし達完全に百合カップルだよね?」

初春「言わないで下さいって言ったじゃないですかっ!?」

初春「てか、どっちもノーマルなのにこんな事したら完全にギルティ――」

カチャッ

柴崎「あ、すいませーん!予定が少し変わりましたので、打ち合わせを――」

佐天・初春「……」

柴崎「……」 パシャッ、ピロリロリーン

柴崎「……失礼しました」

初春「待って下さい誤解ですからっ!?これは事故ですっ!」

柴崎「分かってます分かってます。思春期にありがちな異性への嫌悪感を拗らせて、つい盛り上がっちゃっただけですもんね」

初春「それっぽい理屈で冷静に捏造しないで下さい!だから違いますって!」

初春「ていうか今写メ撮る必然性はありましたかっ!?」

柴崎「上条さん喜びそうですよね」

佐天「あ、確かに」

初春「佐天さぁんっ!?」

佐天「いやほら、目の前でパニクってる人を見ると落ち着くじゃん?」

初春「否定して下さいよぉ!ただでさえ、クラスにいると妙な視線が飛んで来るんですから!」

柴崎「交尾ですね!」 グッ

初春「だーーーかーーーらーーーーーーーーーーっ!!!」

〜5分後〜

柴崎「――と、いう風に変更が入るそうです」

佐天「『ポラリス』歌って、ARISAさんのオープニングMCに入って――」

佐天「――その直後にサプライズゲスト、ですか?」

柴崎「ですね。その時にゲストの紹介文は……まぁ、ノリでお願いします」

佐天「わっかりました!悪ノリさせたら柵中一と呼ばれたあたしに任せて下さい!」

柴崎「では宜しくお願いしますー――と、そちらが噂の初春さんですか?」

佐天「はいですっ。あたしの親友ですよー」

初春「その紹介も……はい、初春飾利です。こんにちは」

柴崎「初めまして、クロウ――じゃない、えっと名刺……取るの忘れてしまいましたか、まぁいいや」

柴崎「もしもこちらの業界にご興味があれば、どうぞお気軽にお尋ね下さい。興味本位でも全然構いませんから」

初春「は、はぁ」

柴崎「ていうか初春さんも可愛いらしい方ですね」

初春「いえいえっ。そういうのは、はいっ」

柴崎「声優さんに似てるって言われません?徳島出身なのに西葛西出身って宣った方に」

初春「言われた事はありませんねっ!残念ですけど!」

柴崎「もし興味があったらニコイチで売り出しますんで、気軽に仰って下さい。では失礼します」

初春「ありがとう、ございます……?」

パタン

初春「……なんか、話に聞いていたよりも軽い人ですねー」

佐天「ARISAさんのマネージャーだから、やり手だとは思うんだけどねー。あたしが本格的にデビューすんだったら専属さんがつくんだって」

初春「二人とも軽くて心配になりますけど……」

佐天「だよねー、あっはっはっはー!」

初春「同意しないで下さい!」



――2014年10月8日17時過ぎ(回想) ライブ会場近くの駐車場

垣根「あ――が……!」

上条「大丈夫か垣根っ!?待ってろ、今医者――いや獣医さん?を連れてくる!」

上条(ライブ会場――ARISAの特設ステージはこっから見えるぐらい駐車場に軟着陸した)

上条(ARISAを見に来た人の車で駐車場は満杯。警備員も居ない――てか居たら色々聞かれてヤバかったと思う)

上条(会場まで走って行けば10分もかからない。けど、垣根を見捨てるのは出来ない!)

上条(幸い看病する時間ぐらいはありそうだが……一体どこへ連絡すれば良い?カブトムシのお医者さんなんて知らねぇぞ!)

上条(どう考えても”能力”関係だし、カエル先生か御坂に頼るしかないのか?)

垣根「ど、動物病院は少し専門が違いますよね……」

上条「分かってるよ冗談だ!救急車呼ぶな?能力者でも治してくれる腕のいい先生知ってるから!」

垣根「いえ、それは、問題あり――」

上条「垣根?」

垣根「り――り、リリリリ、リリ……リッ!」

上条(突然金切り声――というよりは金属が軋む音を立て始める)

上条(かすかに開いた羽根が蠢動し、今まで明確に紡いでいた言語から耳障りな騒音へ変わった)

上条(一見すると不規則だが……やっぱりよく聞いても不規則にしか聞こえない)

上条(つーか何やってんだろ?外見が虫相手に何だが、バグか?)

ギシッ、ギギギギギギギギッ

上条(近くに停めてあった自動車の窓ガラスが、垣根の声――というか、出す音に共鳴して悲鳴を上げる)

上条(多分俺の、というよりかは人間の耳には聞こえない周波数の超音波が出てる?)

上条(モールス信号でもあるまいし、何やって――)

上条(……ちょっと待て。モールス”信号”?)

上条(垣根は言ってた筈だ……何言ってるのか理解出来なかったけど、垣根同士で無線通話みたいのはしてるって)

上条(その垣根が言ってた『ノイズ』。それってつまり、誰かが、何かを送信してたのを垣根が拾ったんじゃないのか?)

上条(アナログラジオでデタラメに周波数を変えていたら、海外のチャンネルへ繋がったように)

上条「……」

上条(でも垣根はラジオじゃない。能力者としての力は学園第二位だ)

上条(割と無茶な一方通行の後塵を拝しては居るが、一緒に戦った感じ相当頼りになる)

上条(そんな”超”能力者、学園に七人しか居ない強度5能力者――)

上条(――ある意味規格外の規格外とも言える存在に、”エラーを引き起こす程の強さで干渉出来る”ってのは、一体どんな――)

黒いカブトムシA「リ――リィ」

黒いカブトムシB「――リリリリリリリリ」

黒いカブトムシC「リリリリリ――リリリリリィ」

上条「……垣根が増えた――?つーかこいつらどこに隠れてたんだ?」

上条(垣根と同系統。大きさも大体同じ巨大カブトムシがのっそりと姿を現す)

上条(その色は垣根と異なって夕闇に溶け込むような漆黒だが……)

垣根「――違、います!コイツらは私じゃ――ない……ッ!!!」

上条「何?」

垣根「私とは――違う!」

黒いカブトムシ達「「「――リリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!!」」」

上条(内臓を掻き混ぜるような不快な鳴き声――俺は、”これ”を知っていた!)

上条(ドス黒い半透明の、体の中には用途不明の球体状の臓器が浮かんでいる奴らをだ!)

ブチャアァァァッ……!!!

上条(黒いカブトムシが鳴き声が叫び声へと変わり、内部から爆発したかのように輪郭が崩れる!)

上条(死んだのか、そう俺が息を吐く間もなく――)

上条(――『アレ』は再度産声を上げた……ッ!!!)

ショゴス『テケリ・リリリリリリリリリリリリリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!』



――2014年10月8日17時20分(回想) ライブ会場ステージ

スタッフA「あーい、こっちオーケーです!バリメ問題なーし!」

スタッフA「え、なに?急げ?急いでるわボケっ!こっちも大変なんだよ準備!」

スタッフB「――っとすいません。チーフ、こっちいいっすかね?」

スタッフA「もぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!やーめーろーよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!またトラブルかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

スタッフB「や、すいませんっ!でもあれ、ナントカしないといけないっす!」

スタッフA「どこ?つーかアレ――Oh……」

スタッフB「ね?誰かが樹のセット倒したらしくて、先っちょ折れてますよね?」

スタッフA「うそーん……誰よ本番まで一時間切ったのに仕事増やしたバカはっ!」

スタッフB「リハん時でもクレーンカメラ当たっちまったっすかね?」

スタッフA「あー、そうかもなー。連中大手テレビ局の下請けだっけか?」

スタッフA「PV作る関係上、なんか乗り込んでやってるっつー話だけどさ。態度悪ぃから他のスタッフから嫌われまくってるしー?」

スタッフA「……ま、元々テレビ局離れた出来損ない集めて作った、要は官製天下り先なんだが……質ですら素人に劣るんだから救いようがねぇな」

スタッフB「何言ってるのかわからないっす!」

スタッフA「カネんなんだよ、カ・ネ!CD売れなくなったけど、ミュージックビデオ――日本じゃプロモーションビデオは結構ハケるからな」

スタッフB「そうなんすか?」

スタッフA「あれ?お前映像監督志望じゃ無かったっけ?……まぁいいや、なんつーかミュージシャンも二極化してっからなー」

スタッフA「安っすいステージでお茶を濁すのと、セカオワみたいにガッツリ世界観立ち上げて、専用のステージにすっげーカネかけるの」

スタッフA「そのせいでチケット代上がっちまうけど、PVで回収するー、みたいなのな」

スタッフB「あぁあるっすよね。『アリーナツアー完全収録!』ってカンジの」

スタッフA「ライブに力入れるのはファンのためでもある――が!同時にPVとして高く売れるかどうかの試金石でもあるんだわ」

スタッフA「そこら辺を上手くやってんのはジャニー○系だ」

スタッフA「個人的な好き嫌いはともかく、演出その他やったら凝ってんのはPVとしてライブ映像撮るのが前提だしー?」

スタッフA「固定砲台みてーにドッシリ座って微動だにしない木っ端アイドルに比べれば、比べるまでもなくエンタテイナーとして成立している……」

スタッフA「……ただそこまでしてタレントの価値を引き上げても――」

スタッフB「おっす!自分ARISAの着痩せにしか興味無いっす!」

スタッフA「お前……まぁいいや。予備取りに行くぞ、予備……仮説倉庫の方にあったっけか。あぁ面倒臭ぇ」

スタッフB「お疲れ様っす!」

スタッフA「お前も来るんだよ!樹ぃ一本運ぶのにどんだけ大変か分かるだろ!?」

スタッフB「ちっす!行くっす!」



――仮説倉庫

スタッフA「つったくねぇーなぁ。どこしまったっけか……」

スタッフB「あ、チーフ。ちょっといいっすか?」

スタッフA「お、見つかったか?ナイスだ!」

スタッフB「や、そうじゃないんすけど。ちっと気になって」

スタッフA「何だよ。言うだけ言ってみ?

スタッフB「ARISAちゃんのツアー、『Shooting MOON』っすよね?」

スタッフA「だなぁ」

スタッフB「なんでそんな名前なんすか?」

スタッフA「今更っ!?つーかお前今日ツアー最終日じゃねーかよっ!?」

スタッフB「うっす!自分はバイトでARISAちゃん見れるかもって急遽来たクチっす!」

スタッフA「だっけか?あー……それじゃしょうがな――く、ねぇよ!ホームページとブログに詳細載ってんだろ!」

スタッフB「ゴチャゴチャしてて分からなかったっす!」

スタッフA「次の写真集発売は何時だっけ?」

スタッフB「っす!写真集『ゆめ日記』は来月発売でありますっ!」

スタッフA「把握してんじゃねぇか。つーかエロにかける情熱を読解力に繋げろよ」

スタッフA「あとそれインタビューDVDであってエロはなかった筈だ」

スタッフB「ARISAちゃんの着痩せにしか興味無いっす!」

スタッフA「……ちゅーか、カミやんがいっからどう考えても無理筋なんだが……」

スタッフB「何か言ったっすか?」

スタッフA「うんにゃ別に何も。つーか、あー……どっから話したもんか。『Shooting MOON』の意味は分かるか?」

スタッフB「直訳で『月を撃て!』……っすよね?」

スタッフA「あー、大まかなストーリーはアレだ。昔々ある所に女の子が居ました」

スタッフA「彼女は悪い神様に意地悪されて、暗い暗い森の奥へ攫われてしまいました」

スタッフA「彼女はずっと助けを待っていましたが、王子様はやってきません。誰も彼女を助けようとはしなかったのです」

スタッフA「だから彼女は自ら森の外へ出ようとします。森中で出会った――なんだっけか?えっと……まぁいいか」

スタッフA「王様と殺し屋、竜とならず者、そして滑稽なピエロを友にして」

スタッフA「ですが彼女を逃がさないように悪い神様はまた閉じ込めようとします」

スタッフA「彼女は仲間の力を借り、勇気を振り絞って矢を放つ――って感じだな」

スタッフB「あ、あれ?自分が聞いていた話とは違うっすけど……?」

スタッフA「ま、気にすんな。どっちみち今日で”全部”終わっから」

スタッフB「そうっすねー」

スタッフA「つーか無ぇなぁ!どこ行きやがった――おい!出て来いや!」

スタッフB「待つっす!?怒鳴ったって相手はただの樹っす!」

スタッフA「そろそろ出番だ!目ぇ覚めてんだろ――」

アルフレド(スタッフA)「――クリストフ!」

ガタガタガタッ



――同時刻(回想) ライブ会場裏口

武装警備員達「……」

少女?「――まぁ、その、なんだな」

武装警備員A「止まれ!それ以上近づくな!」

少女?「丸腰の相手に銃を向けるとは物騒な。暫くぶりに戻って来れば外連味のある対応も嫌いではないぞ、嫌いでは」

少女?「だがしかし折角”わい”を”えっくす”へ変えたのだから、それなりの反応が欲しいというか、何と言うか」

少女?「新しい靴を買ってお披露目する気分、とでも言おうか」

武装警備員B「両手を頭の上へ上げて膝をつきなさい!これは警告じゃない!従わなければ撃つぞ!」

少女?「待て待て。戦さをしに来たのではないよ、とアズ――」

ダダダダダダダダダダダダダダッ!!!

武装警備員B「おい貴様!なんで撃った!?」

武装警備員C「え?こっちの警告無視したからっしょ?だから、バーンって」

武装警備員B「相手はまだ子供だぞ!?」

武装警備員C「能力者かもしんねぇだろ!上――『木原』さんから言われてんの忘れたのかよっ!?」

武装警備員B「だからって貴様……」

武装警備員C「俺には後がねぇんだよ!ここで首になったらラボへ送られるって脅されてんのに!」

武装警備員C「お前だってそうだろ!?能力も使えねぇ以上、俺達はこうやって役に立つってアピールしな――」

少女?「――心配してくれるのは嬉しいのだが、と安曇は前置きをするが」

安曇(少女?)「まさか安曇阿阪がこれだけでどうにかなると思ったのか、と問おう。ニンゲン?」

武装警備員B「こいつ……能力者か!」

安曇「違う。安曇は魔術師だ」

武装警備員C「――で?魔法使いが何の用だ!アイドルのコンサートなんかに来る意味があるっつーんだよ!?」

安曇「ぼらんてぃあ、という奴だ。少しだけ露払いをし――」

ダダダダダダダダダダダダダダッ!!!

武装警備員B「撃てえぇっ!手を休めるな!」

安曇「……ふぅ。話は最後まで聞くものだが、まぁいいだろう」

武装警備員A「コイツ――何で銃弾喰らってんのに平然としてやがんだっ!?どんな『能力』を……!」

安曇「おーばーきる、という言葉を知っているか?」

武装警備員B「ひぃっ!?死――」

安曇「『元素集約』」
(ながれ・はじめ)

安曇「『神気収斂』」
(ながれ・ひらけ)

安曇「『水面切断』」
(ながれ・きれる)

キュポッ

武装警備員B「あ、く……」

安曇「静かに。人の話は黙って、聞く事を安曇は勧めよう」

武装警備員A「な、水の……刃!?」

安曇「話を戻すが、おーばーきる、という言葉がある。専門用語かどうか知らないが、過分にだめーじを与えて殺してしまう事だ」

安曇「実際に戦いとなれば、相手がそう易々と回復しないように、出来るだけ深い傷を与えるのは当たり前であるが――それでも常識が、ある」

安曇「お前達の持っている銃がそうだ。ニンゲンを殺すに最適の武器で、最大で10発、当たり所が悪ければ一撃で殺せるな?」

武装警備員C「知らねぇよ!つーか何の話だよ!?」

安曇「……そちらから聞いてきたのに、それは少し無体だと安曇は思うが……まぁ、それもいい」

安曇「ま、一言で言えば威力が足りないのだよ。単純に」

安曇「ニンゲンはニンゲンを殺すための武器を造った。それは良い」

安曇「牙も爪も鱗も無い弱者が武器を手に取るのは当たり前の事だ、と安曇は褒めてやろう」

安曇「だ、けれど、だがしかし、かといって――いや、最後のはなんか違うか?」

武装警備員C「おい、誰かアレ持って来――」

安曇「『水槍招来』」
(ながれ・おちる)

ズガガガガガガガッ!!!

武装警備員C「……」

武装警備員A「お、おいっ!?何で殺しやがった!?」

安曇「『人の話は最期まで聞きましょう』、そうご母堂に教わらなかったかな?……と、すれば仕方が無いか」

安曇「……まぁ、結論から言えば『ニンゲンを殺すに最適化された武器では安曇を殺せない』というだけの話だよ、ニンゲン」

安曇「瞬間的に鱗を硬化させ、水の鎧を何重にも纏えばさして痛痒も無――」

武装警備員A「――死にやがれ、バケモノぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

バスッ――ヒュゥッ、ズドォォォォォォォォォォォォォォンッ……!!!

武装警備員A「……」

武装警備員A「……へ、へっ!」

武装警備員A「ど、どうだ……やったぜバケモノ!人間様ナメんなよ!」

武装警備員A「どんだけテメーがバケモノじみてるからって、無反動砲喰らえば粉々になるに決まっ――」

安曇「――ては、ないな」

武装警備員A「――ひぃっ!?」

安曇「危なかった。もう少しで消音結界が切れる所だったぞ、ニンゲン」

安曇「そういった意味では健闘賞をくれてやってもいい……ふむ、そうだな。そうしようか」

武装警備員A「……へ?な、何?」

安曇「お前は中々見所がある、と安曇は言っている。良かったな」

武装警備員A「そ、そうかっ!なら見逃し――」

安曇「――だから”糧”となる栄誉をくれてやろう」

武装警備員A「……はい?」

安曇「『綿津見ニオワス大神ヘ奉ル――』」
(しょくじのじかんだな)

安曇「『――同胞ノ血ヲ以テ盟約ト成セ、我ラガ安曇ノ業ヲ顕現セン』」
(では、いただきます)

ゴリゴリバリゴキゴキュッ!



――2014年10月8日17時40分(回想) ライブ会場近く

上条(クッソ……!思ったよりも時間取られちまった!)

上条(『アレ』――もとい『ショゴス』は俺と垣根で何とか粉々にした)

上条(確かに『科学サイトのクリーチャーじゃね?』みたいな事を言われてたが、まさか垣根の『未元物質』で造られた化け物だとは……!)

上条(垣根曰く、『あくまでも同類だが既に別の進化を遂げている』ため、制御どうこうは不可能だそうだ)

上条(バゲージシティで科学サイドの奴が使ってたって、そう言えば先輩の妹さんから聞いた憶えがある……!)

上条(UMAっぽい形態になる……つー事は”架空生物”って話で!)

上条(もしかしたら『ショゴス』に変化したのを、どっかのバカどもが確保しやがったのか!クソッ!)

上条(つーか連中何考えてやがる!?こんな所で『ショゴス』野放しにしたらどんだけ被害が広がるか!)

上条「……」

上条(……どう考えても俺の足止めなんだろうが、捨てて置けないし、垣根に頼む事になった)

上条(ノイズによる頭痛は酷いようだが、逆に言えば相手の位置もある程度分かるんだそうで)

上条(距離取って戦えば何とかなると。後でなんか奢っておこう。何をだよ?)

上条(カブトムシなんだから、こう角飾り的なアレか?そうするとドラク○のモンスター装備っぽくなるが……)

上条(というか人型になれるのにどうしてカブトムシ……?)

女の子「――おにーさんっ」

上条「……はい?」

女の子「あのこれ、落としましたよ?」

上条(知り合い――では、ないな。舞夏ぐらいの大きさで、ショートカットにしてるのもよく似てる女の子だな)

上条(こっちに差し出し来たのはビニール袋、コンビニやスーパーとかで使われてる白いのだ)

上条(中にはなんかたくさん入って……蛍光塗料で塗られた30cmぐらいの棒?)

上条(サイリウム――は、商品名か。ケミカルライトが何本か入ってるな)

女の子「それじゃ、頑張ってね!」

上条「おいっ!これ俺のじゃ――」

上条(――ないぞ、という暇も無く女の子は走り出してしまった。追いかけるのにも時間が……)

上条(押しつけられたが、返すにも時間が惜しい――取り敢えず会場へ持ち込んでから、落とし物として届けるか……)



――同時刻 ライブ会場 関係者控え室A

鳴護「」 ソワソワ

シャットアウラ「……」

鳴護「」 ソワソワソワ

シャットアウラ「……」

鳴護「」 ソワソワソワソワ

シャットアウラ「……落ち着けアリサ。気持ちは分か――ら、ないが、緊張しすぎだろう」

鳴護「緊張なんかしてないもんっ!落ち着いてるもんっ!」

シャットアウラ「やっべぇアリサ超可愛い」

鳴護「お姉ちゃんキャラキャラ」

シャットアウラ「おっとアリサ?衣装にゴミがついているなとってあげるよそうしようそうしようっ」

鳴護「そんなありがちなセクハラPみたいな展開……薄い本でも少ないと思うよ?」

シャットアウト「似たような事をやった奴がいて、手首を外したという報告が上がっているが?」

鳴護「偶然って怖いよねー。ディレクターさんがあたしの方へ転んで来たと思ったら、柴崎さんが受け止めてくれて」

鳴護「たまたまその時に変な力を入れちゃったから、こう、ポキッと綺麗に外れちゃったって」

シャットアウラ「”偶然”と”たまたま”が重なるか……ま、そういう話もあるかも知れないな」

鳴護「やっぱり柴崎さんは流石だよねー。その後、救急車を呼ぼうって話になったんだけど、慣れてるらしくて、こうパキパキ」

鳴護「でも『暫く離れていたので加減を忘れた』って、入るまでが大変だったんだから」

シャットアウラ「傭兵崩れの元ボディガードだからな。荒事には慣れている筈だが……ま、現場を離れていれば仕方がない」

鳴護「ディレクターさんが失神するまでグリグリやってたんだけど、最後の方は『もうしませんから!?』って号泣してたんだけど……」

シャットアウラ「……健在じゃないか、あの狸が……」

鳴護「……えっと?」

シャットアウラ「その後はそういう事故は無かったか?」

鳴護「何故か女性のタレントさん以外、近づいて来ない事に……」

シャットアウラ「ふむ……今期の査定を少し上げておこうか」

鳴護「ど、どうして……?」

コンコンコンコン

鳴護「ひゃいっ!?」

柴崎「あ、お疲れ様です」

鳴護「……はぁ」

柴崎「アリサさんそろそろステージの方へ移動お願いします――というか、私の顔見て露骨に溜息をつかないで下さいよ」

シャットアウラ「気持ちは分かるが」

柴崎「リーダーまで……」

シャットアウラ「いや、そういう意味では無く。ほら、あの――分かるだろ?」

柴崎「……えぇはい。上条さんですかね、やっぱり心配もしますが」

鳴護「……当麻君、どうしたんだろ……あぁ、やっぱり怒っちゃったのかなぁっ!?」

シャットアウラ「――少し出かけてくるから、後を頼む」

柴崎「落ち着いて下さい、お二人とも。特にリーダー、ダダ漏れになってる殺意をせめて取り繕ってからに」

シャットアウラ「口がきければいいんだろう?死んでいなければいいんだよなっ!」

柴崎「リーダーは少し黙ってましょう?アリサさんも暴走を止めて下さいな、この人はやる時はやりますし、やるなっつー時もやるんですから」

柴崎「というかアリサさん、そんなに落ち込む事はありませんから」

鳴護「落ち込むもんっ!だってあたし当麻君に酷い事言っちゃったし!」

柴崎「……何があったかは知りませんけど、喧嘩の一つや二つ友達だったらするでしょうに」

鳴護「それは……するかも、だけど」

柴崎「普通は親兄弟ですら同じ考えなんて持っていませんし、同じだからって喧嘩しない訳でもありません。同族嫌悪って言葉もありますからね」

柴崎「仮に上条さんが怒ってらしたとしても、それをリカバリすればいいんですよ。何が悪かったかを考え、謝るなり話し合うなりすればいい」

鳴護「うー……っ」

柴崎「唸らない。ほら、リーダーからも」

シャットアウラ「やっべぇ渋るアリサも超可愛い」

柴崎「あ、すいません。リーダーはちょっと見回り行って貰えませんか?」

柴崎「なんかスタッフから『黒ずくめで中二っぽい格好した髪の長い女をよく見るけど、あれどこの関係者ですか?』ってよく聞かれるんで」

鳴護「あー……」

シャットアウラ「なにっ!?それは本当かっ!?」

柴崎「せめてトラウザースーツ着れば、まだ関係者だって分かるのに……分かるのに!」

柴崎「私が公安並みに地味ぃなスーツ着て気配消してるのに、どうしてこの人は……!」

鳴護「ま、まぁまぁ……うんっ!お疲れ様ですっ」

柴崎「……さておき。喧嘩云々も少し横に置くとして、相手は上条さんですからねぇ」

柴崎「どこかで異世界に召喚されて世界を救う勇者に――なんて、ありそうじゃないですか?」

鳴護「そこまでは流石にないんじゃ?……絶対に、とは言い切れない所が怖いけど」

シャットアウラ「噂では第三次世界大戦のロシアに居たという話もあるし、中心に居たのはあいつなのかもな」

鳴護「まさかー。だったら学生なんてしてないよー」

柴崎「ですね。幾ら上条さんでもロシアへ行ってまで喧嘩買うとは思えませんし、単身乗り込む程無謀ではないでしょう」

柴崎「仮に行っていたとしても、『飛行機乗り間違えた』とかいつもの不幸に寄るものではないでしょうか」

鳴護「当麻君、神様に弄られてるんじゃないかってくらいやらかすよねぇ」

柴崎「今日遅れてるのだって、財布落としたとかチケット無くしたとか、そういう理由――おっと失礼」 PiPiPi、PiPiPi

柴崎 ピッ

柴崎「――で、しょうからね」

鳴護「当麻君だもんねー、うん。」

シャットアウラ「なら連絡を入れてみてはどうだろうか?あ、いや心配している訳じゃないがな」

柴崎「えぇ勿論。お二人は仕事上電源を切っているでしょうから、私の方から何回か呼び出してはいるのですが」

鳴護「……やっぱり、捕まらないんだ?」

柴崎「えぇ。先程から何度か間違い電話もかかってきますし、混線しているのかも知れませんね」

シャットアウラ「バカ言うな。学園都市だぞ、ここは」

柴崎「と、言われましても」

鳴護「それにチケット忘れちゃったら入れないかー……」

柴崎「はい。なのでスタッフや警備の方には『ツンツン頭の学生が来てチケット忘れた』or『敵の魔術師の攻撃が』と言ったら呼ぶよう伝えてあります」

鳴護「なんてソツのない対応っ!?当麻君言いそうだけど!」

柴崎「ま、残念ながら今以て連絡は来ていない訳ですけど」

柴崎「ただまぁ、取り繕うようで恐縮ですが、ARISAが歌えばステージ周囲には届きますし、街頭テレビや携帯でも聞けます」

鳴護「あたしの歌が……届く?」

柴崎「あ、ちなみに幾ら心配だからってMC中にさっさと来るよう呼びかけてみるのは駄目ですからね?」

柴崎「幾ら生放送中だから、誰も止めることが出来ないからと言って、好き勝手するのは絶対にいけませんよ?絶対ですからね?」

鳴護「そっか……うんっ!そう、だよね!」

シャットアウラ「おい、アリサ!」

鳴護「あ、そろそろ時間だしっ!それじゃ行ってくるよ!」

柴崎「はい――あ、廊下に先導のスタッフが居ますから」

シャットアウラ「だから――!」

パタン、タッタッタッタッ……

柴崎「若いっていいですよねぇ」

シャットアウラ「……貴様。分かってるいるんだろうな?」

柴崎「私はただ禁則事項を言ったまでで、責められる憶えはありませんが何か?」

シャットアウラ「……本当にクロウ7か?キャラが変わってる気がするんだが」

柴崎「まぁまぁ。それよりもリーダー、少しお話ししたい事案が」

シャットアウラ「アリサはやらんぞ」

柴崎「いや別に欲しくは」

シャットアウラ「あんな可愛いアリサが要らないって言うのか!?」

柴崎「ボス、頭冷やしましょうか?出来ればトランキライザー貰ってくる方向で」

柴崎「……いやいや。そんな話より少し気になる報告が上がって来てまして」

シャットアウラ「あいつの事か?」

柴崎「あ、いや大した話ではないんですけど、駐車場の方でトラブルがあったらしくて」

シャットアウラ「トラブル?」

柴崎「何でも『妙にデカいカブトムシを見た』とか何とか」

シャットアウラ「充分に大した話だとは思うが……『アレ』じゃないのか?スライム状の何かとか」

柴崎「ではないそうです。というか交通誘導係からウチのスタッフの又聞きなので」

シャットアウラ「……ふむ」

柴崎「白カブトムシの方は一端覧祭でも存在が確認されていますし、その後も姿を見せていると」

柴崎「目立った破壊活動はしていないため、優先度は低かろうと思うのですが……確認して来ましょうか?」

シャットアウラ「いや……いい。私が行こう。私の方がフットワークは軽いし、能力の相性もある」

柴崎「分かりました。どうかお気を付けて」

シャットアウラ「何かあったらステージ脇の『クルマ』でアリサと逃げろ。責任は全て私が負う』

シャットアウラ「『ARISA』を狙っているとすれば、さっさと逃げ出すのが最も周囲への被害を抑えられるだろうしな」

柴崎「了解。ではご武運――と、お待ちを」

シャットアウラ「何だ?何人か連れて行けと言うのか?」

柴崎「それは当然ですが……ではなく、裏口は通らないで下さいね。分かっていると思いますが」

シャットアウラ「あぁ『暗部』の連中が居るんだったか」

柴崎「アンチスキルの方が有り難いんですが、純粋な戦闘力で言えば彼らの方が上ですしね」

柴崎「多少腕に覚えがある、程度の人間じゃ蜂の巣にされて終わりですから」

シャットアウラ「仕事上でも関わり合いにはなりたくはないな。ARISAのイメージが悪くなる」

シャットアウラ「……それも分かった――が、一つ、いいか?」

柴崎「はい?」

シャットアウラ「ふと思ったんだが、例えば不幸な男がスタッフ用出入り口から入ろうとしたとしよう。例えばの話だが」

柴崎「ま、正面から『チケット忘れました』と言うよりは、裏側へ行った方が賢明でしょうね。上条さんと顔見知りのスタッフも出入りしますし」

シャットアウラ「今行ったら『暗部』に始末されるんじゃないのか?」

柴崎「あぁご心配なく。ウチのスタッフを一人回しておきましたんで」

シャットアウラ「ならいいが……」

柴崎「そんなに心配でしたら、探しに行かれたらど――」

シャットアウラ「――ではまた後でな!いいか?アリサに何かあったら全身義体に改造だからな!」

柴崎「……上司がブラック過ぎます……!」



――2014年10月8日17時50分(回想) ライブ会場裏口

上条「何だよ……これ……ッ!?」

上条(裏口から入った俺が見たのは血の海)

上条(鉄錆の臭いが鼻を突き、元々はベージュ色に塗られた通路のあちらこちらに人体――”だった”モノが転がってる……!)

上条(血痕は天井を汚し、部位欠損が酷すぎて元は何人だったのかも――)

上条「……うっぷ」

上条(フランスでロシアでバゲージで、色々な所で人の死に触れる事はあったが……これは酷い)

上条(あまり直視したくない傷跡から、大型の肉食獣に襲われたのかのよう――)

ピタツ

上条(背後から冷たい何かが首筋へ押し当てられ、俺は『やっちまった』事を把握した……)



――同時刻(回想) ライブ会場二階招待席・個室

ケイン「うわっー!スッゲェ!なんか、なんかキラキラしてる!」

カレン「ケインみっともないのよ。落ち着いて」

ケイン「だって見ろよ!ステージがあんなだし人いっぱいだし!」

カレン「……テンションに表現する言葉がついて来ないのは分かるけど……うん」

カレン「照明とかも綺麗だしねー。さすがは学園都市、かな……ってあれ?」

ケイン「どした?」

カレン「ステージの上にクリストフ神父様が居るよ?」

ケイン「神父様が?……あ、マジだ。神父様がブルゾン着てるトコはじめて見た」

カレン「おっきい樹みたいなのを設置してる。なんだろねー、あれ」

ケイン「てか何やってんだろうな。服も作業着だし」

カレン「アリサお姉ちゃんのお手伝いしゃないの?用意してるんだったらさ」

ケイン「似てるだけかもしんないけどなー。ほら、クリスも見てみろって!」

クリス「……」

ケイン「クリスー?」

カレン「あー、酔っちゃったのかもしれないねー。タクシーで移動する時間も長かったし」

ケイン「ん、俺テリーザ姉ちゃん呼んで来る!」

クリス「……待って、違う、から……」

カレン「違うって何が?気分悪くないの?」

クリス フルフル

クリス「トイレか?あ、それとも二階席だから怖いのか?」

クリス フルフル

カレン「じゃ何かな?お姉ちゃんに言ってみて?」

クリス「……ママ、こない……」

カレン「あー……そっちかぁ……」

ケイン「セレナなー……うーん」

クリス「……『よんでくれればいつだってむかえにいくよ』って」

ケイン「でもな。セレナにはあれからずっと会ってないしなー」

カレン「ねぇ?大体先生達もひどいよねー。セレナちゃんをオバケ扱いしちゃって」

ケイン「あ、それ俺も思ってた。なんで居るのに居ないなんて話になってんだろ?」

カレン「知らない。大人が何考えてるなんて分からないもの」

ケイン「だよなぁ……」

クリス「……ママ、きてくれない、の……?」

ケイン「わー泣くな泣くな!だって来ないもんは仕方がないだろ!」

クリス「……ぅっ」

カレン「こらケイン!おっきな声出さないの!」

ケイン「お前だって出してんだろ!」

クリス「……ぅぅっ……!」

カレン「あ、ゴメンゴメン?喧嘩なんてしてないからねー?ほら、仲良し仲良し!」

ケイン「そ、そうだぞー!俺とカレンは姉妹みたいに仲良しだからなー!」

クリス「……うん。なかよし……えへへ」

ケイン「(……なぁ)」

カレン「(なーに?)」

ケイン「(いっっっつも思うんだが、この面子で一番強いのってクリスだよな?)」

カレン「(だよねー。わたしも実はそう思ってた)」

クリス「……ママ、こない……」

ケイン「ま、まぁ仕方がないと思うぜ?こればっかりはセレナがいそがしいのかもしんないしさ?」

カレン「そうねー。セレナちゃんだってARISAのコンサート見たいとは思うけどねー」

クリス「ん、だから……これ」

ケイン「何だこの紙切れ……ってあぁ、セレナが教えてたおまじないの呪文か」

カレン「なつかしいよねー。みんなでやってたっけー」

ケイン「そうそう。これを唱えたらパってセレナが出てきてな。あいつ、どっかで隠れて見るんだぜ」

カレン「だよねー。そうじゃないと説明できないし」

クリス「……おまじない、すれば来てくれてるんじゃないの……?」

カレン「あー……クリスにはちょっと分からないかー。なんて言うかなぁ、こう、サンタサンさん的なギミック?」

ケイン「……んー、するだけしようぜ?」

カレン「ケイン、本気で言ってる?」

ケイン「や、するだけしてダメだったらクリスも納得すると思うんだよ。だよな?」

クリス コクコク

カレン「えー……子供じゃないんだからー。えー……」

ケイン「これでもし来なかったら、えっと……セレナはいそがしいんだって分かるだろ?な?」

クリス「……ん、だったらがまんする……し」

カレン「しょうがないなぁ、ケイン貸し一つだかんね?」

ケイン「俺がか!?……てか、カレンおまじない嫌いだったよな、なんで?」

カレン「なんでって言われても困るけどさー……なんか、こう、頭痛くならない?」

ケイン「気のせいだろ。おまじないで何か起る――いやなんでもない!だよな!?」

カレン「や、気のせいじゃなくてたまーに寒気が――」

クリス ジーッ……

カレン「――しないしない!うんっ!きっと気のせいなのよ!」

クリス ホッ

ケイン「ま、まぁアレだな?気のせいはいいとして、やってみようぜ!」

カレン「そ、そうね!セレナが決めたおまじないだし効果があると思うしー!」

クリス「……ん、する……」

ケイン「押し切られたけど……それじゃ」

カレン「……やだなぁ……」

クリス「カレン……」

カレン「うんっ!ってのはジョーク!ジョークだから!」

ケイン「あきらめろ。つーか別に大した手間でもないし……つか、これ一体何語だ?」

カレン「ニホンゴ……だと思うよ?セレナちゃんのおまじないで読み書き出来るようになったし。意味は分からないけど」

ケイン「……うーん。俺はまだ信じてはないが……どうなんだろうな、これ?」

カレン「セレナちゃんってば人驚かすの好きだし、どこかに隠れてるのかも」

ケイン「ありそう……ま、それでもいいや」

ケイン・カレン・クリス「『……三相の月に在す三柱の女神に請い奉る』」

ケイン「『上弦の月には創造者クロトー――』」

カレン「『――満月には維持者ラケシス――』」

クリス「『――下弦の月には破壊者アトロポス』」

ケイン・カレン・クリス「『我が前に偉大なる御身を喚び給う』」

ケイン「『虚空を縁取る旧い女神は糸を紡ぎ――』」

カレン「『――真円に虚空をくり抜く旧い女神は糸を計り――』」

クリス「『――嘲笑う悪魔が虚空に残す女神は糸を切る』」

ケイン「『生まれよ、全ては女神から生まれし生命』」

カレン「『留まれよ、全ては女神にて留まれし生命』」

クリス「『死すれよ、全ては女神へと死せりし生命』」

ケイン「『女神の肉体は大地となり命を育む』」

カレン「『大地はその命を削って豊穣の恵みをもたらし』」

クリス「『やがて地は砂となり万物は灰となる』」

ケイン・カレン・クリス「『女神よ姿を現せ』」

ケイン・カレン・クリス「『嘗てあり、現にあり、未だあらん女神の名に於いて請い願わん』」

ケイン・カレン・クリス「『我らの縁が逆しまに時を結ばん』」

???『……我を呼び出すパンドゥラの子らへ訊ねん』

???『我が名は三相女神の一柱、魔女の王にして三つ辻の主』

???『死の女神にして死者どもの女王たるヘカーテと呼ぶ存在か?』

クリス「『否、それは否。汝は下弦に非ず』」

クリス「『故に我らが逆縁を結ぶ彼の女神に非ず』」

???『……我を呼び出すパンドゥラの子らへ訊ねん』

???『我が名は三相女神の一柱、狩人の王にして処女の主』

???『豊穣の女神にして獣どもの女王たるアルテミスと呼ぶ存在か?』

カレン「『否、それは否。汝は満月に非ず』」

カレン「『故に我らが逆縁を結ぶ彼の女神に非ず』」

???『……我を呼び出すパンドゥラの子らへ訊ねん』

???『我が名は三相女神の一柱、原始の王にして巫女の主』

???『慈母の女神にして夢魔どもの女王たる【χχχχ】と呼ぶ存在か?』

ケイン「『是、それは是。汝は上弦に座す』」

ケイン「『故に我らが縁を結ぶ【άάάά】』」

ケイン「『蝕の権能持つエンデュミオンの恋【οοοο】【ςςςς】』」

???「『時よ【χχάοςχάοςχάοςάχάοςχάοςχάοςχάοςχάοςχάοςος】』」



――同時刻(回想) ライブ会場二階招待席・個室近くの通路

テリーザ「……えっと、買い忘れは……」

テリーザ(ジュースにクレープと……あとケーキ?あの子達の分だけあれば、最悪いいですよねーと)

テリーザ(『ARISA手作り風ケーキ!』とロゴが入ってる謎のお菓子も買ったし……)

テリーザ(手作り”風”……イタリアンの娼婦風アラビアータ的なあれでしょうか?なんか有名な名物料理?)

テリーサ(試食させて貰っても普通に美味しいパウンドケーキだったし……)

テリーザ(っていうか子供達が上条さんに作って貰ってたケーキと味も風味も全く同じ……流行りなんでしょうかね?)

テリーザ(あ、それともARISAがレシピ本も書いてるとか?……やんなっちゃうなー、歌も上手いし料理も得意上手って羨ましい)

テリーザ(それともまさか逆で、上条さんに泣きついた結果、ARISA商品として上条さんレシピが広がってるとか……?)

テリーザ「……」

テリーザ(いや、幾らなんでもそれは。ていうか子供みたいな妄想……はい――っとここだっけ)

テリーザ「……」

テリーザ「あのー、ごめんねー?わたし両手が塞がってるからー開けて貰え――」

ガチャッ

テリーザ「あ、ありがとうございますー。てか、ケイン?あなたの言ってたグッズ?は売り切れ――」

???『……』

テリーザ「……はい?」

テリーザ「え、その、ちょっと――はいぃっ!?」

テリーザ「いやこれは、何っていうか、えぇとその、はいっ!?っていうか!」

テリーザ「こんな所で何してるんですか――――――――――――お母さん!」



――2014年10月8日18時00分(回想) ステージ上

鳴護 スゥ……

鳴護「『みんなーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!あたしのライブに来てくれてありがとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』」

観客 オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護「『EUツアーも楽しかったけど、やっぱ地元もいい感じでーーーーーーーーーーーーーーすっ!!!』」

観客 A・RI・SA!A・RI・SA!A・RI・SA!A・RI・SA!A・RI・SA!

鳴護(……当麻君、聞いてるかな?それとも見てくれてるかな?)

鳴護(ヒドい事言っちゃった、その、お詫びにはならないかも知れないけど……)

鳴護(あたしは――歌うから……ッ!!!)

鳴護「『それでは第一曲――』」

鳴護「『――”グローリア”!!!』」

観客 ウオォォオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!



――2014年10月8日18時過ぎ(回想) ライブ会場裏口

上条(マズい!ライブが始まっちまった……!)

???「――と、上条さんじゃないですか!?」

上条「この声――柴崎さんか!?」

上条(背後から俺に銃を突きつけていたのは、顔見知りの元ボディガードだった)

上地要(……『どうやったら見渡しが効く通路で後ろを取れるんだ?』とか思うが、この人も謎が多い)

柴崎(???)「一体何が起きてるんですか?この通路は?ここに居た『暗部』は?」

上条「良かった……いや、良くはないが話が通じる相手が居て良かった!」

上条「頼む柴崎さん!まだ何も終わってなかったんだよ!早くライブを止めないと!」

柴崎「落ち着いて――は、無理ですか。この屍体の山を見れば何となく理解は出来ますし」

上条「アリサを避難させてくれ!あと観客達もだ!」

柴崎「……よく分かりませんがとにかくステージへ急ぎましょう。詳しいお話はその間に!」

上条「分かった!」



――2014年10月8日18時6分(回想) ステージ上

鳴護「『――――――っ!!!』」

観客 オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護「『――はい、って言う訳で”グローリア”でしたー。ありがとうございますー』」

鳴護「『でね、お約束の”あれ”って言って分かるかな?分かるよね?分かっちゃうよね?』」

鳴護「『なんかあたしも”キャラ的にどうなの?”とか思わないでもないんだけど、うん』」

鳴護「『でもま、ツアーでも散々やって来たし!皆さんも一緒に行きまっしょう!』」

鳴護「『……それじゃ、せーのっ!』」

鳴護「『アルテミスにーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』」

観客 矢を放てえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ……!!!

鳴護(あたしはいつものように、ライブの演出として。何も持っていない両手で矢を放つ)

鳴護(今日は月蝕が起きる――怖いぐらいに綺麗な満月へ向けて)

鳴護(ひゅん、と心の中で効果音を付けるけど……何回目だろうか?)

鳴護(ちょっと……所じゃなく恥ずかしいけど『世界観的な演出』って言われて仕方なく、うんっ)

……

鳴護「……?」

鳴護(いつものライブではこの後に少しだけお話ししてからもう一曲)

鳴護(フリートークを入れてー、新曲を歌ってーと大変なお仕事だ)

鳴護(……けれど、今日は違った。決定的に何かか違っていた)

鳴護(あたしが放った矢は、38万kmの宇宙を越えて――)

鳴護(――アルテミスに、届いた……!)

……コォォォォォ……

鳴護(どこかで大気が渦を巻く。雲一つ、空には何の染みもない)

鳴護(これがまだ、雲が浮かんでいれば風に流される姿が見えたんだろうけど……)

鳴護「……」

鳴護「……月、が――」

鳴護(あたしが射貫いた月が――)

鳴護(――異常なスピードで『蝕』が――)

佐天『――はいっ!ARISAさんお疲れ様でしたー!大丈夫ですか?なんかぼーっとしちゃってますけど?』

佐天『――ってブーイング止めて下さいよ!?あたしはきちんとしたMC補佐なんですから!』

鳴護(佐天さんの声がどこか遠くから聞こえ、どよめく声をブーイングと勘違いしたみたい)

鳴護(けれど間違いだ。きっと彼らはあたしと同じものを見ているに違いない)

鳴護(普通であれば数時間かけてゆっくりと訪れる”月蝕”。それが何倍、何十倍もの速さで起きているのだから――)

佐天『……では、本日のサプライズゲストぉぉぉぉぉ行ってみましょうか!』

佐天『……ってこれ……』

佐天『マジで読むんですか?本当に?』

佐天『ってかこれ中二過ぎますけど……まぁいいや!ノリで突っ切りましょう!』

佐天『改めましてサプライズ!ついに来やがった本日の主役ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!』

佐天『”夜の女王”さんの登場でぇーーーすっ!はい拍手ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』

パキイイィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!

鳴護(世界が壊れる音がした。当麻君が”力”を遣うような、ガラスっぽい何かが壊れる音)

鳴護(……でも、これは何かが決定的に違ってた。そして、間違って、いた)

鳴護(当麻君が『幻想』を殺す力だとしたら――)

鳴護(――それとは、真逆の……)



――同時刻(回想) ステージ上・袖

上条「――『夜の女王』!?どうして佐天さんが呼び込むんだよっ!?」

上条(アリサが空へ向けて矢を放つジェスチャーをしてから、テレビの早回しのように猛烈なスピードで月蝕が始まりやがった!)

上条(このまま放っておけば数分もしないで月は闇に覆われる……!)

上条「――いや、まだだ!今から俺の『幻想殺し』があれば!」

上条「どっかのこのクソ気持ち悪い月蝕の”核”になってる魔術がある筈だ!そいつを潰せば――」

柴崎「お待ち下さい上条さん」

上条「待てる訳――あがっ!?」 ガシッ

上条(俺は背後にいた柴崎さんに床へ引き倒され、両手を背中で絞り上げられる……ユーロスターの中での再現だ) ギリギリギリギリッ

上条(尤も、締め付ける力は段違い!下手をすればそのまま折られるんじゃねぇかってぐらい、加減をされていない!)

上条「何を――しやがるっ!?このクソ忙しい時にボケてんじゃねぇぞコラァァっ!!!」

柴崎「……」

上条「柴崎さん?もしかしてあんた機械の調子でも悪――」

柴崎「……くくっ」

上条「……おい、だから時と場合考えろつってんだろ!?笑ってないでさっさと手ぇ離せ!」

柴崎「あぁ、すいません。あまりに面白いのでつい笑いが」

上条「……何?」

柴崎「まだ分からないんですか――」

上条(たった今まで耳元で聞こえていた柴崎さんの声は、一瞬で女のそれに変わる!)

上条(聞き覚えのある。多分に毒を含んだ声へ!)

柴崎「――『お・きゃ・く・さ・ま』?」

上条「お前もしかして――『団長』なのかよっ!?」

団長(柴崎)「ようこそいらっしゃいました――『悪夢館(Nightmare residence)』へ!」

団長「覚めない悪夢に終わらない悪夢、当館ではたくさんの悪夢を取り揃えて御座います!」

団長「スプラッターにサスペンス!ゴアが効いたギニーから、盆踊りまで何でもご用意させて頂いております!」

団長「お客様はどんな悪夢がお望みですか?どうかお気軽にお申し付け下さいませ!」

上条「アリサ――アリサ!逃げろっ!ここから離れれば――」

鳴護「……」

上条「アリサ!おいっ……テメェら何かしやがったのかよ!?」

アルフレド「――いんや、まだしてないぜ。”まだ”な?」

上条「お前まで生きてやがったのか……!?」

アルフレド「また会えて嬉しいぜカミやん。安曇の野郎もどっかにいる筈なんだが……居ねぇな。メシでも喰ってんだろうが」

アルフレド「『俺らが何で生き返ってんだ?』的な説明は、超長くなるから後から誰かに聞いてくれよ、な?」

アルフレド「そんな機会が来れば、だけど」

上条「ふざけんな!お前ら本当にふざけやがって!」

アルフレド「ふざけてないですー、こっちは真面目ですー!」

上条「バカにしてる決まってんだろうが!『濁音協会』にしても何がクトゥルーだ!何が旧い神様だよ!」

上条「お前らが呼ぼうとしてやがんのは『月』関係の魔神だろ!?最初から全部欺すためだけに!」

アルフレド「あー……違うんだな、それが。それは勘違いだな」

アルフレド「確かに俺らは『クトゥルー系だった濁音協会』の名前を使ってるけど、クトゥルー系だって言った憶えはないし?」

上条「……」

アルフレド「いやだから、最初っから言ってんだろう?つーか手紙送ったよな?もしかして読んでねぇの?」

アルフレド「まいったなー……えっと」

団長「『ヒトは命の旅の果てに智恵を得て、武器を得て、毒を得る』」

団長「『即ち“偉大な旅路(グレートジャーニー)”』」

団長「『現時刻を以て世界へ反旗を翻す』」

団長「『我らは簒奪する。全てを奪いし、忘れた太陽へ弓引くモノなり』」

団長「『汝ら、空を見上げよ。我らの王は容易く星を射落さん』」

団長「『“竜尾(ドラゴンテイル)”が弧を描き、歌姫は反逆の烽火を上げる』」

団長「『――黒き大海原よりルルイエは浮上し、王は再び戴冠せ給う』……」

アルフレド「なっ?」

上条「だから!それのどこが――」

アルフレド「――見上げてみろよ、カミやん。つーか無理か、『団長』見させてやれ」

団長「はっあぁーい」 ギギッ

上条「がっ……!」

アルフレド「折れるからそのぐらいにしとけ……で、見えるだろ?」

上条「……」

上条(満月はもう半分以上が欠けてしまってる。しかも”蝕”の速さは加速している……)

上条「……月だろ……つーかな」

アルフレド「お?」

上条「このクソッタレども!何がルルイエだっ!?何がクトゥルーだよっ!?」

上条「よく分かんねぇけど大海原もクソも関係なかったじゃねぇか!?月だぞ、月!」

上条「散々俺らを引っかき回して置いて!結局ブラフでしたー、ってオチじゃねぇかよっ!?」

アルフレド「あ、あーっ、そういう事?てかカミやんまだ理解してねぇの?ふーん?」

アルフレド「ま、百聞は一見にしかずって言うし?見てればわかるって――と、そろそろだな」

上条(蝕が――漆黒が月を喰らい尽し、辺りが闇に覆われる)

上条(目の前で起きている異常も、観客達は演出の一部だと思って呆然と眺めるだけ……)

上条(……まさか、だな。幾らなんでも異常過ぎる!)

上条(シャットアウラやアンチスキルが乗り込んでこない所を見ると、何かのタチ悪ぃ大規模術式でも動いてんだろうが!)

アルフレド「――さぁ!我らの神の凱旋だ!旧支配者の帰還だ!」

上条(周囲がほぼ闇一色に染め上げられる中、一筋の光が月より差し込んでいた……)

上条(最初は針の先程しかなかったのに、段々と太さを増し、人一人が入れるぐらいの大きさになる)

アルフレド「……見えるか、『幻想殺し』?我が神はどこから来てる?」

上条「……真っ暗な、月……だろ?」

アルフレド「――ガリレオ=ガリレイが月を観察した時、”そこ”は水を讃えていると判断したそうだ」

アルフレド「ま、後にあれは剥き出しの玄武岩が密集してっからそう見えるだけ、って解されちまうんだがな」

上条「黒……?水――」

上条「……月の、水、黒い――」

上条「ってまさかお前!?」

アルフレド「そーそー、だから最初っから言ってんじゃんよ、俺らはさ?」

アルフレド「『黒き大海原よりルルイエは浮上し』ってな」」

上条「いやいやいやいやいやいやいやっ!待て待て待て待てっ!?」

上条「それじゃ何かっ!?お前らが言っていたルルイエ!海から帰還するってのは――」

アルフレド「ニヤニヤ」

上条「――『月の海』から還ってくるって意味だったのかよっ!?」

アルフレド「『濁音協会』――『Society Low Noise』、『S∴L∴N(サルン)』……これは俺達の神のアナグラム」

アルフレド「わざわざ英語の”シー”じゃなく、ギリシャ語の”シィ”を旗印にしたのも、そうだ」

アルフレド「『三日月のシグマ』なんつー、バレッバレのサインを何度も出していた訳だが」

上条「……あ」

アルフレド「てな感じで、出番です」

???『――』

上条(月から差す光の柱、地球の歴史史上最初にして最大のスポットライトの中へ、誰か人影が入り込む)

上条(すると青――よりも黒い、夜の色を纏った光の玉が一つ、また一つと現れては膨らんでいく……!)

上条(大きさを増していくに連れて、徐々にその輪郭がはっきりとしていき……”それ”が人によく似たものだと分かってしまう!)

アルフレド「産声を上げろ母よ!閉ざされた偽りの世界へ反逆者の鬨の声を轟かせよ!」

上条(ちょっと待て……!これは、『知ってる』ぞ!俺は一度だけこれと同じ光景を見た記憶がある!)

上条(サナギのような光の塊が割れ、閃光が暫し周囲を焼き――)

上条(――そいつは、俺が知ってるアリサと全く同じ顔をしてやが――)

アルフレド「暗い暗い海が見える……その淵には最果てが無く、ただただ赤黒い白い緑の鱗が敷き詰められ――」

アルフレド「――遠き新月の黒き海より還り来たる。慟哭と怨嗟と赤子の泣き声、それは――」

アルフレド「――夜の女王の凱旋だ!その名も――」

アルフレド「――――――――――『魔神”セレーネ”』……ッ!!!」

セレーネ『――わたしが、うまれた』



――(回想) ステージ上

上条(俺は”そいつ”を知っていた!)

上条(深い紺色のワンピース!月蝕の中、一筋だけ差す光の下で、青冷めた光に照らされたアリサに似た”何か”を!)

セレーネ『――』

鳴護「……っ!?」

上条(金縛りにあったように微動だにしなかったアリサへ魔神は近づく!)

上条「テメ――うぐっ!?」

団長「邪魔はいけませんよぅ?ね、大人しくしましょう?」

アルフレド「そうだぜカミやん。言ってみりゃ感動の再会だ、俺らが手ぇ出すのは野暮ってもんだろ」

上条「感動……?」

アルフレド「――ってまだ気付いないのかよ。つーか見てみ」

セレーネ『……アリサ』

鳴護「あなた、は?」

上条「アリサ!だから逃げろっ!逃げて御坂のトコまで走れえぇっ!!!」

アルフレド「だからウルセェっつーのに。黙って見とけや」

セレーネ『……お、おぉ……!』

鳴護「……っ」

セレーネ『アリサ、あぁ、アリサ……っ!』 ギュッ

鳴護「……………………はい?」

上条「なんで………………ハグしてんだよ、魔神がっ!?」

セレーネ『わたしの可愛いアリサ!やっとこの腕の中へ戻って来たのね!』

鳴護「……おかあ、さん……?」

上条「騙されんな!そいつは魔神だ!俺達とは違う存在だから!」

アルフレド「……あーぁ、言っちまったなぁ」

上条「何がだ……っ!?」

アルフレド「確かに魔神――つーかセレーネは”異質”だわな」

アルフレド「肉体も心も魔力で出来ている。ただし常に龍脈やその他から力が流入され続けるってんで、カミやんの『幻想殺し』じゃ殺せない」

アルフレド「そう、”異質”なんだよ!お前達とは違う!バケモノだ!」

上条「それが、どうしたっ!」

アルフレド「最初に会った時も言ったけどさ、カミやん」

アルフレド「『俺達はバケモノのフリをした人間で、そいつは人間のフリをしたバケモノだ』……だっけか?今にしてみれば懐かしい」

上条「そいつ?」

アルフレド「セレーネは彼女を喚ぶ俺達の声に応じた!そして――」

アルフレド「――鳴護アリサも”同じ”なんだよ!」

上条「――」

アルフレド「まさかカミやんさぁ?”それ”がフツーの人間なんて思ってた訳じゃないよな?あぁ?」

アルフレド「魔術と異能が氾濫して来ている世界ですら、尚異質のモノ!」

アルフレド「『他人の願望を集約させて”奇跡”を起こす』なんざ、お前らが誇るベクトル操作系能力者にも届かない存在だ!」

アルフレド「どこまで行っても『個人』として完結している奴と、祈る人間が多ければ比例して力を増す『奇跡』!」

アルフレド「だが安心しろカミやん!俺達の業界じゃ有り触れた話だよ!」

アルフレド「鳴護アリサみてーなケースはしばしば地上に存在し、こう呼ばれてきたんだ――」

アルフレド「――『神』と」

上条「アリサが……!?」

アルフレド「そのもの、つーよりか『魔神の欠片』ってのが正しいのかな?親父じゃねぇから詳しくはねぇんだが」

アルフレド「どっちみちまともなニンゲンの筈がねーだろバーーーーカっ!!!」

アルフレド「……な、カミやん?最初から分かっていた事だよな?つーか俺は最初に指摘したよな?」

アルフレド「言いたくて言った訳じゃねぇが、一応『規定』として必要最低限の警告はしなきゃいけなかったんだよ」

上条「……何の、話だ……?」

アルフレド「あぁ今、俺が何を言ってんのか分からないんだったら、考えるだけムダだから聞き流せ」

アルフレド「最初っから他人を理解する気が無きゃ、理解なんて出来る訳がないからな」

上条「……」

アルフレド「手段は幾らでもあった筈だ。『恋人』にするなり、『親友』になるなり、なんだったら『家族』を作っちまえば良かった」

アルフレド「でも、お前はそれをしなかった。お前達はそれをしようとはしなかったんだよ」

アルフレド「『鳴護アリサ』という個人を、上っ面だけで理解し、理解した”つもり”になっていた」

上条「そんな事は――!」

アルフレド「無いか?」

上条「無い!……筈、だ」

アルフレド「ならどうして踏み込まなかった?腹を割って離す事すらしなかった?」

アルフレド「聞き分けの良すぎる妹に、姉は溺愛する”フリ”をして誤魔化した――そう、誤魔化しだ」

上条「……待てよ!シャットアウラは違う!本当にアリサを――」

アルフレド「自分の父親だけが殺され、また盛大に人生を踏み外させて、『暗部』とそう大差ない環境を押しつけられたんだ」

アルフレド「歳だけで見たらカミやんと同じ、下手すれば年下じゃねぇのか?」

アルフレド「それが盛大な八つ当たりであっても、アリサが実は恩人であったと分かっても早々納得出来る訳がない」

アルフレド「それが『人間』ってもんだよな、なぁ?」

上条「……」

アルフレド「他の人間も似たり寄ったり、カミやんもそうだが、大切な所には踏み込まずに傷つかないでいようとする」

アルフレド「……ま、それ自体は賢明な判断だと思うぜ?ことアリサに関しちゃ一生を背負うぐらいの覚悟が必要になる」

アルフレド「だが――これも運命なんだろうなぁ。ここでこうしてセレーネが復活しなかったとして、いつかどこかで破綻はしていただろうし?」

上条「……」

アルフレド「ん?なに?何か言いたそうだけど?」

上条「――お前は」

アルフレド「『何でこいつペラペラ喋ってんの?死ぬの?』的な事か。だよなぁ?」

アルフレド「つまりこりゃアレだぜ。よくある恋愛SLGのバッドエンドって話」

アルフレド「口説き落とすのに失敗して女の子からフラれた後、親友ポジの男友達がやって来てアレコレ駄目出しされんのと同じ」

アルフレド「好感度が足りねーとか、あそこであのイベントを起こさなかったーとか、選択肢を間違ったーみたいなの」

アルフレド「人生なんざループも周回も有り得ぇんだから、ムダだとは思うぜ。嫌いじゃないがな」

アルフレド「……俺はお前達を神に誓って愛しているし、フェアに行こうって看板掲げている以上、もう少し忠告しなくちゃいけない」

上条「フェア、だって?お前らのどこが!」

アルフレド「犯行予告も予言も出した。念のため安曇阿阪に襲撃させて、こっちが本気だって姿勢も示した」

アルフレド「結果はご覧の有様だがな。うん?」

上条「……だからって!」

アルフレド「カミやんが見てんのは表側だけなんだよ。月で言えばこっち側だけ、反対側に何があるのかも分からない」

アルフレド「――って今言ったけども、それすらも物事の本質とはかけ離れているんだわ」

上条「……何の話だ、さっきから!」

アルフレド「……ま、カミやんが望むんだったら、そういう”夢”を見て一からやり直せばいいんじゃね?好きにしろよ」

アルフレド「俺の秘蔵コレクション、お勧めの管理人さんセットは、どっかで手に入るようになってっから退屈はしない――と、そろそろ終わりだな」

上条「終わり?」

セレーネ『――辛かったでしょう?苦しかったでしょう?』

セレーネ『この世界はあなたにとても残酷で、悲しませるような事ばかり』

鳴護「……それは」

セレーネ『アリサ、あなたはとても良い女の子。優しくて、素直で、良い子なの』

セレーネ『でも、そんなあなただからわたしは心配しているのよ。生きていくのは、辛いんじゃないかって』

鳴護「……」

上条「アリサッ!そんな奴の話なんか聞くな!どうせデタラメ言ってるだけだ!」

上条「ってかテメェらさっさと離しやが――れ?」 スッ

団長「まっ」

アルフレド「離したぜ?行けばいいんじゃね」

上条「……お前らは後からぶっ飛ばすからな!」

アルフレド「ガンバレー、俺はそんなカミやんを応援してっから」

上条「……アリサを離せ、魔神セレーネ……だっけか?」

上条(アイドル衣装着たアリサが、黒いワンピース着た偽アリサに抱き締められている……どんな薄い本だ)

上条(オティヌス程の力――つーか殺気やプレッシャーは感じられない、つーか皆無だな)

上条(俺が夢の中で見た『アリサ』と酷似している……ただの偶然な訳はねぇから、あん時から存在”は”してたんだろう)

上条(……実際に肉体を得たのは、たった今なんだろうけど……)

セレーネ『……当麻。あぁ当麻なのね!?』

セレーネ『わたしはあなたも心配していたのよ?さぁ、もっとこっちへ近づいてお顔を見せて?』

上条「お前、何の話を――」

セレーネ『詩菜もとぉっても良い子なのだけれど、刀夜はあの通りにやんちゃでしょう?だからあなたが真っ直ぐ育つかどうか心配してたの』

セレーネ『途中、悪い子達に騙されそうになったけれど、あの子達を恨まないでやってね?あの子達も居場所がないから』

上条「なんで……お前が父さんと母さんの事を知ってる、んだ……!?」

セレーネ『きひっ、知ってるわよ。二人ともわたしの子供達なんだから』

セレーネ『刀夜がいつからおねしょしなくなったのかとか、詩菜が実はセロリが嫌いなんだけど、当麻のために我慢して食べてるとか』

セレーネ『”おかあさん”なんだから、全部分かってるに決まってるでしょ?』

上条「……いや、待て待て!つーかお前はアリサの母親だけじゃなかっ――」

セレーネ『ね、当麻。当麻なら分かるわよね、わたしの言ってる事』

セレーネ『この世界は辛い事が多すぎて、生きていくのはそれだけで苦痛だって』

上条「……違う!そんな事は無い!」

セレーネ『こら当麻!嘘はついちゃ駄目だって詩菜に教わったでしょ!……あぁでも』

セレーネ『七歳の時の事なんか憶えて居ないわよね、当麻の病気もあるし。そうね――あ、そうだ!こうしましょう!』

ジジッ

上条(何だ、これは?俺の視界がブレ、る――)

上条(目の前には……子供?どっかの居間かリビングで、泣いている女の子が居る……)

上条(俺が見ている光景はその子と近くにある割れた花瓶を往復する――つまりこれは、誰かの視線か?)

女の子『……とーまくん、どうしよう……わたし』

男の子『あー……かあさん、怒りそうだもんなー、これは』

上条(視界の中には居ない男の子の声が響いた。多分この視線の持ち主、俺はその子の視点になってこれを見てるんだと思う)

女の子『ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!しーなママにおこられちゃう!』

男の子『泣くなっておとひめ!……あぁもう、ここは俺に任せろ!』

女の子『ほんとうに?とーまくんがたすけてくれる、の?』

男の子『俺がこわしたっていえばゲンコツ一つですむだろうし、おとひめを泣かせるよりはずっといいよ』

男の子『だから、ほら、なきやんで、な?』

女の子『う、うんっ……!……あ、そうだ!』

女の子『だったらとーまくんはわたしの”おにーちゃん”だね!』

男の子『おにーちゃん?なんで?』

女の子『あのね、ママがいってたの。”おにーちゃんはいもうとをまもるもの”なんだって』

男の子『ふーんおばさんが?まぁ、おとひめがいいんだったらべつに』

女の子『うんっ!よろしくね――”おにーちゃん”っ!』

ジジジッ

上条「――かっ!?」

上条(ヘッドマウントディスプレイを突然剥がされたように、視界は”今”の俺へと戻される)

上条(何だ今のは?幻覚には間違いないようだけど……当麻?男の子は当麻って呼ばれてたような?)

上条(女の子の方は『おとひめ』……去年の夏に会った従妹の子も”乙姫”って名前だった気がする……)

上条「……今のは、なんだ?」

セレーネ『当麻の記憶よ?懐かしかったでしょう?』

セレーネ『この後、詩菜に二人して怒られて――たった二人で家出しちゃったもんね』

セレーネ『途中駄菓子屋さんによって、飴で出来た指輪を買って』

セレーネ『乙姫と結婚式挙げちゃったのよね、わたしは憶えているわよ』

上条「それは、おかしい!」

セレーネ『思い出した?きひひ、当麻は忘れん坊なんだからね』

上条「出来ないんだよ!俺には!記憶が壊れちまってるから!」

上条「だから『当時の俺から見た記憶』なんて残ってる訳が――」

アルフレド「――その答えは『龍脈』だよ、カミやん」

上条「……何?」

アルフレド「魔神セレーネは地母神にして『万物の妣(はは)』って特性を持っている。生きとし生けるもの――特に人類全ての母親だわな」

上条「……意味が分からねぇよ!」

アルフレド「『アイドルがファンに期待する人格を演じる』のと一緒だぜ、要はな」

アルフレド「魔神セレーネも既に備わっている神性を再現するだけ。だからお前やアリサの母親であり、同時にお前の両親の母親でもある」

アルフレド「当然全ての知識は『龍脈』から知識と共に汲み上げられる訳だ」

上条「そんな事は――」

アルフレド「無い、か?ま、カミやんがそう思いたいんだったらそれで良いと思うぜ?」

アルフレド「否定だけ続ければ事態が解決する、ってんならそれはそれで、な」

上条「おい、今の話は本当なのか!?」

セレーネ『当麻はわたしの子よ?アリサも、詩菜も、刀夜も、乙姫も』

セレーネ『クリストフに阿阪だってそうだし、トゥト=アンクも帝督も、みんなみんなわたしの可愛い子達だから』

上条「トゥト……?」

セレーネ『ね、当麻。次はわたしへ正直に答えて頂戴?当麻は今までずっとずっと苦しかったよね?辛かったでしょう?怖かったでしょう?』

セレーネ『望んでもいない”力”を与えられたせいで、あなたはしなくてもいい苦労をしてきたのよのね?』

上条「それは……」

セレーネ『アリサも同じ。ずっと幸せになりたかっただけなのに、たった”それっぽっちの願いしかなかった”のに』

セレーネ『アリサの夢はもう、叶えられそうにも無いのよね』

鳴護「……おかあ、さん」

セレーネ『よく頑張ったわね、一人でずっと戦ってきたのでしょう?わたしはあなたをずっと見て来たから知っているの』

セレーネ『でも、もう終わらせましょう。全部終わりにするから――』

セレーネ『――アリサ、わたしの”中”へ還っておいで……?』

上条(慈母のように優しい笑みを浮かべたセレーネ!アリサと瓜二つの顔だから、余計にそれが敵意あるものとは到底思えない!)

上条(けれど!”それ”は何か不吉な予感がし――)

上条(――俺は『右手』をアリサへ伸ばしていた……ッ!!!)

上条「行くな、アリ――」

鳴護「……当麻君、ね、当麻君?」

上条(伸ばした手がアリサに届く――その、ほんの数瞬前!)

鳴護「……ありがとう、当麻君――」

パキイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィンッ……!!!

上条「あ、あ、あアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!?」

上条(ガラスの割れるような音を響かせ、アリサは輝く月光の中へ消えてしま――)

セレーネ『……きひっ、きひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!!!』

上条(俺はガックリと膝を突き、届かなかった『右手』を眺める)

上条(何も考えられなくなったその耳へ、アリサ――ARISAによく似た、だけれど異質な歌が流れる……)



地平に沈む陽を眺め、高揚する心
二度と昇らないように祈りを捧げる

閉じた瞼の裏に浮かぶ。在りし日の姿
老いに負けた様子は神々しくもあり

世界よ終れ、君はなんと美しい
これ以上、愚かさを晒す前に
時計の針は止まり、螺旋を描いて地へ堕ちる


葬列に加わる月を眺め、高鳴る胸
二度と還らないよう、華を手向ける

組まれた手がふりほどかれぬよう、切に祈る
もう動かない躯を殯の寝所へ

世界よ終れ、君はなんと美しい
時計の針は止まり、虚ろへと呑まれる
生に破れた様子は空々しくあれ
世界よ終れ、君はなんと――



上条(その歌詞が、その曲が、アリサがずっとキャンピングカーの中で作っていたものであり、聞き覚えがある)

上条(どうしてアリサは居ないのに、誰が歌っているのか。何のためにしているのか――)

セレーネ『セカイヨオワレ――』

セレーネ『――――――――”常夜(ディストピア)”……!!!』

上条(世界が、俺が生きてきた世界が闇に包まれていく……)

上条(いつもの夜じゃなく、もっと重厚で押しつけがましく、それでいて優しい滅びが地に、空に、海に)

上条(セレーネの歌声へ合わせるように、ステージ設置されていた『樹』が大きく成長し始め……)

上条(幹の太さは樹齢数千年をたった数秒で駆け抜け、枝葉からは茨のような棘が、青い蔦が地面を這っていく……)

上条(魔術か、はたまた『奇跡』なのか。ステージ上から見える人達は次々に昏倒するか、茨のついた蔦に絡み取られていく……)

上条(……あぁクソ、俺も酷く眠いな……)

上条(……俺の友達も助けられない……なんて……)

セレーネ『当麻、当麻もお眠りなさい?良い子はもうおやすみの時間なのよ?』

上条「そう……かな、母さん……?」

セレーネ『闇の帳はとうに降り、良い子はもう眠る頃』

セレーネ『夜更かしする悪い子は、狂ったザントマンがやってくる』

セレーネ『”Danced and Turn(まわれまわれ)”と声をかければ、哀れな父は塔から落ちた』

上条「あ……ぁぁ……」

セレーネ『夜更かしするような悪い子は、ザントマンが来てしまうわ』

セレーネ『でも大丈夫。これからずっとわたしが当麻を守ってあげるから』

セレーネ『ずつとずっと、お休みなさい――』

上条「………………」

???「――にゃーるほど、上条さんってば以前からもしや、とは思っていたんですが」

上条(この声は………………だれ、だ……?)

???「やはりおっぱい好きを拗らせて、マザコン属性の持ち主でしたか。メモメモ」

ヒュゥッ、ゴオオォォウンツ!!!

セレーネ『あら……?あなた達は――』

???「『知の角杯』!!!――フロリーーース!」

???「オーケー!まーかせて!」 グッ

上条(俺を誰かが茨の中から引っ張り出そうとしている……?)

上条(……放って置いてくれ。俺は眠いんだ――)

???「ちょっ!?抜けないんだケドー!?ヘルプー?HurryHurry!!!」

???「『……我が剣は友のために在り――』」
(……My sword exists for the friend――)

???「『――声高らかに謳おう魔剣アロンダイト!』」
(――Aroundight expressed in loud voices!)

ズォォォンッ!!!

上条(空中に浮く感覚……か?)

セレーネ『あらあら。みんなどうしたの?どうしてわたしを受け入れないのかしら?』

老人「――戯けた事を抜かすではないか。”シー”ではないCharlotよ」

セレーネ『あら……?あなた――ヨーゼフ?ヨーゼフよね?』

老人「――人は土へ還り、物は砂へと還る。それがコトワリ故に定められた領分というものだな」

セレーネ『……まだ、気に病んでいるのね。可哀想なわたしのぼうや……』

老人「だが貴様は泡に還れ。死していと高き御方の御許へ還る事すら許されん」

セレーネ『あれは事故だったのよ、だってそうでしょう?命じたのはあの子、だからあなたは悪くないの』

老人「ただただシャボンのように弾けるが佳い――」

老人「『Der Ho"lle Netz hat dich umgarnt!』」
(地獄の網が貴様を絡み取った!)

老人「『Nichts kann vom tiefen Fall dich retten,』」
(奈落への墜落から貴様が帰る術は無く)

老人「『Nichts kann dich retten vom tiefen Fall!』」
(奈落への墜落から貴様を救う法も無い!)

老人「『Umgebt ihn, ihr Geister mit Dunkel beschwingt!』」
(暗闇に沸き立つ悪霊達よ、あれをとりまけ!)

老人「『Schon tra"gt er knirschend eure Ketten!』」
(あいつはすでに、歯軋りしつつ、貴様達の鎖に繋がれている!)

老人「『Triumph! Triumph! Triumph! die Rache gelingt! 』」
(勝利だ!勝利だ!勝利だ!復讐が果たせるぞ!)

老人「『――Der Freischu"tz!!!』」
(――魔弾の射手!!!)

ヒュウッン――――――――リイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!

老人「――これが『教皇級』、だ」



――XX学区 薄暗い倉庫 現在

上条(……記憶がフラッシュバックで甦る――その内、何割かは明らかに”俺”以外の視点もあった)

上条(記憶が混濁している?どこまでが夢で、どこからが現実なのかの境界が曖昧だ……) フラッ

レッサー「――と、あぁもぅ急に立たないで下さいな。まだ魔術の影響が抜けたばっかりですし」

上条「……セレーネ……?……そうか、俺はあの魔神に――」

上条「――っ!?アリサは!?アリサはどこに居るんだよ、なあっ!?」

レッサー「落ち着いて下さい!上条さんが焦っても、その、事態は、ですね?」

上条「……アリサ」

上条(あの時、アリサの手を掴めなかった俺の『右手』は、軽く鬱血するぐらい強く強く握り締めていた……)

上条(……何も掴まず――掴めなかった筈の手の中に、堅い感触が残っている)

上条「……」

上条(左手で硬直している指を一本一本押し開くと、そこにあったのは、握られていたのは――)

上条「……アリサの、ブローチ……」

レッサー「上条さん……」

上条(元々はシャットアウラの親父さん――てか、より正確にはお袋さんの持ち物だったらしい。どっちにしろ大切な形見には違いない)

上条(それを――『88の奇跡』の時、アリサが生まれた時に唯一身につけていた――)

上条(――これが切っ掛けになって『肉親』である二人が出会ったんだから、価値はどれほどのものか想像もつかない)

上条(アリサが旅の間中、ずっと大切に肌身離さず付けていた――一部ランシス情報――のがここにある……)

上条(この、意味は――)

上条「――っしゃ……ッ!」

レッサー「あの……気合い入れてどうしました?」

上条「ん、あぁ、ちっと行って来るわ。出口出口――EXITは、ここか」 ギィィッ

上条(近くにあった非常口を開けると、当たり前のように月蝕が続いていた)

上条(あるべき所に月は無く、僅かにリングのような輪郭が浮かんでいる……差し詰め、空に開いた黒い虚な穴か)

上条(その中心部から光の柱が一直線に地上へと差して……逆かも知れないが)

上条(柱自体は満月と同程度の月明かり、照らし出されている地上の光景は異常・異様・異質と)

上条(ステージにあった『樹』か伸びたと思われる”蔦”が、ビッシリと地表を覆い尽くして)

上条(ぱっと見、南アメリカ辺りの朽ちた都市、遺跡に様々な植物の根や蔦が絡みついてる、ような風情がある)

上条(けれど昏い緑青の檻の下、俺達が誇った学園都市の建物や設備はまだ若く)

ミチッ、ミチミチミチッ……

上条(それに何より……夜目でも分かるぐらいの速度で成長している――という『悪夢』)

ランシス「……外、ダメ、ゼッタイ」

上条「いや、少しだけ見てくるだけだから直ぐに戻るよ?いやマジでマジで?」

レッサー「……それどう聞いてもフラグにしか聞こえないんですが?」

上条「あの光の柱に魔神が居るんだろ?ちっとぶん殴ってくるわ、うん」

ベイロープ「待ちなさい!まだ何も現状が分かってないのに――」

上条「あ、ごめん。今急いでっからさ。詳しくは後から聞くよ」

フロリス「……あーもー、しょーがないなージャパニーズ」

上条「……フロリス?」

フロリス「ま、身を以て体験してくればいージャン?多分そうじゃない納得しないっしょ、ウン」

レッサー「おっと!そうは行きませんよフロリス!あなたの考えは読めました!T.E.D.!!!」

ベイロープ「Q.E.D.ね?アメリカのプレゼン番組よね、確か」

老人「日本語訳が時折極めて杜撰になる仕様で、『アドリア海の女王』を『女王』と超意訳する番組でもあるな」

ランシス「ヴェツィア共和国の異名をただの女王名だと混同している……歴史的な知識に乏しい」

少女の声「翻訳者に専門の知識が無ぉと仕事にならへんからねー」

上条「お前らも脱線すんな!……あれ?一人多い?」

レッサー「あの魔神の魔術にもっかい上条さんを放り込んで、割と面白い寝言を聞くなんて非道な行為っ!この私の目が黒いウチは許しませんコトよっ!」 チラッ

ランシス「なんでお嬢言葉……?」

上条「おいレッサー、お前今気になる事を言わなかった?魔神の魔術って何?」

上条「つーか寝言って――まさかっ!?」

レッサー「例えば隠された性癖をペラペラ喋るとか!また例えば秘められた願望をフルオープンするとか!」 チラチラッ

レッサー「!そういうのは黒歴史になりますからゼッタイ!ゼッタイにしちゃダメですからねっ!」 チラチチラチラッ

上条「お前それ完全にフリじゃねぇかよっ!?つーか何の話をしてやがる!?」

フロリス「ま、行きゃー分かるさ!オーケーでわでわ――」

上条「待ちやがれ!だからせめて事前に説明をだな!」

フロリス「――『常夜(ディストピア)』、被害者ァァァァァァァァァごしょーたーいっと!」

ゲシッ

上条「あイタっ!?お前何後ろから蹴りくれ――」 フラッ

ジジッ、ザザアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ……



――とある日 スーパー・『ホワイトデー特設コーナー 〜送られた気持ちを3倍返し!けれど想いはプライスレス!〜』

上条「……」

上条(頭の悪そうなキャプションのついている、何とも言えない特設コーナーの前へ俺は立って居た。つーか近所のスーパーなんだが)

上条(一ヶ月前は『これでもか!』ってぐらいチョコが並んでたが、今はマシュマロ、クッキー、キャンディにホワイトチョコがひしめき合ってる)

上条(そう――これはホワイトデー用にスーパーが設けた特別なステェージッ!だッ!)

上条(ある意味、そうある意味っ!ここは男の甲斐性が試される所だと言えよう……何故ならば!)

上条(例えそれが義理であっても、男はゲスい下心のために3倍返しをしなくてはならないからだ……!)

上条(これが母さんや乙姫辺りだったら『あ、うんアリガト』で済ます!それはゼッタイに本命ではないからだ!)

上条(だがしくぁぁぁぁし!もしもこれが万が一本命だった場合!確実にフラグを立てるためにもきちんとお返しをしなければいけない!)

上条「……ふぅ」

上条(……えぇまぁ義理なんですけどねっ!分かってたよっ!俺フラグ立てた憶えが無かったしぃ!)

上条(てゆーか全員が全員くれる時に『義理なんだから勘違いしないでよね?(平然)』って言ってきたんだからなアハハン!勘違いのしようがないぜ!)

上条「……」

上条(……うん、もう少し夢ぐらい見させて貰ってもいいと思うんだよ、俺は)

上条(現実なんて知りたくなかった!せめて、せめてお返しが終わるぐらいまでは『あ、もしかしてコイツ俺の事好きかも!?』ぐらいの夢を!)

上条(たった一ヶ月弱!なんかしんねーけど二月は28日までしか無ぇから丁度四週間!その間ぐらいはねっ!)

上条(これはもしや陰謀では無いだろうか……?もし2月が31日まであれば、俺達は3日長く夢を見続けて居られたのに!)

上条「……」

上条「……どうしてこうなったチクショー……」



――バレンタインの日

一方通行『よォ』

上条『黙れ。殺すぞ』

一方通行『なンでオマエ荒れてンだ?あァ?良い事でもあったかよォ?』

上条『お前にはっ!お前にだけは分からねぇだろチクショー!非モテに生まれついた俺の宿命をっ……!』

一方通行『非モテェ?』

上条『言ってみろ!俺の名前――じゃなかった、今日は何の日っとぅっとぅー!』

一方通行『超早朝のラジオのミニコーナー出したって、誰も分かンねェぞ』

上条『ヴァレンティヌス司祭が殉教なされた呪われた日だぞ!?喪に服すのがマナーではないかね!?』

一方通行『そンなキャラ変えてまで言う事か?あァ?』

一方通行『……つかバレンタインなンざ下らねェ。ンなもんに一々構ってンじゃねェよ』

一方通行『そもそもが外国、しかも十字教同士でプレゼント交換すンだけの話じゃねェか。俺達が一喜一憂してやる必要なンかねェし』

上条『……うん、そう、だよな?俺達は由緒正しいブッディストだもんな!』

一方通行『俺は違う』

上条『”聖人”つったらアレだろ?神裂やアックアみたいな一人民族大移動が暴れ回った話だろ?』

上条『それでローマ皇帝激おことか、そんなのに決まってるしー、なんだそっかー』

一方通行『舐めンな。ローマ皇帝そのぐらい処刑しねェだろ』

上条『つーかさつーかさ一つ聞いていいかな?一方通行さぁん?』

一方通行『ンだよ』

上条『お前が左手に抱えてる紙袋、何か重そうなんですけど――』

上条『――何が入ってるのかな?』 ググッ!!!

一方通行『取り敢えず右手振りかぶンのやめろ。教えてやっからよォ』

上条『あ、あぁゴメン……?何か、こう体が「念のために戦闘態勢を整えとけ」ってガイアが囁いてだな』

一方通行『大変だなァ。お前のガイア』

上条『で、何入ってんの?』

一方通行『チョコだな』

上条『アクセラレェタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアァァァァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

一方通行『煩ェよ』

上条『ら、打ち止めさんから、ですよね……?』

一方通行『いやァ……なンか、歩いてたら女どもがな』

上条『む、昔助けたとか?あ、実は幼馴染みだったとか!?』

一方通行『あァ?一々憶えてらンねェだろ』

上条『って事は……』

一方通行『……まァ、通りすがりなンじゃねェの?』

上条『絶望したっ!聖なる日ですら格差のある現代日本に絶望したっ……!』

一方通行『呪われた日なンじゃねェのかよ』

上条『民主主義がなんだ!平和平等が何だって言うんだ!少なくとも――俺には平等じゃない!』

一方通行『機会平等と結果平等を混同してンぞ』

上条『……つーか一方通行!俺とお前にどんだけ差があるって言うんだよ!?』

上条『お前が持ってて俺にないものなんて――』

上条『――二枚目の顔と学園序列第一位で稼いだ財産とニヒルな人生観ときめ細かい白い肌とサラッサラの髪とどこか陰があってクールっぽい性格と性格とどう考えてもヘタレ受けにして見えない所――』

上条『――ぐらいだろっ!?』

一方通行『ほぼ完璧に理由把握してンじゃねェか。てかそこまで言われると逆にウゼェわ』

上条『俺だってただちょっと不幸で貧乏そうで今時流行らないツンツン頭でパッとしない容姿にラッキースケベを拗らせてどこへ行ってもトラブルに巻き込まれるだけなのに!』

一方通行『完璧な自己分析だなァ、オイ』

上条『運と間の悪さにかけては誰にも負けないぞっ!』

一方通行『……あー、そォいや俺の借金ってどうなったンだっけか……?』

上条『聞けよ話をっ!今大事な所なんだからねっ!』

一方通行『……そォ、か?なンか壮絶にマゾい事してるだけにしか見えねェよ』

上条『……え?何?お前どっから、つーか誰からそのチョコ貰ってきたの?』

一方通行『いやァ……電車乗ったンだわ。普通に』

上条『キメ顔で?』

一方通行『どンな顔だァ?俺いっっっっつもキメてるみたいに見えンのか、あァ?』

上条『い、いやだってモテるんだから!やってんのかなって思うし!』

一方通行『普通にだ、普通に……で、座席一杯だったから立ってたンだよ』

上条『うん』

一方通行『したらOLが”あのォ、これ受け取って下さい”って』

上条『あぁ”保証人になってくれ”って?あるある』

一方通行『違ェな?ンな話これっぽっちもしてねェよな?』

上条『え、でも俺結構そういう事あるよ?』

一方通行『……』

上条『や、やだなー一方通行。冗談キツいぜー!』

一方通行『……うンまァ、ンな感じであったような……うン』

上条『そっかー……あれ?それにしても量多くね?それだけじゃないよな?』

一方通行『あァまァ、他のは……そォだな、モノレール降りてからそこのコンビニ寄ったンだよ』

上条『キメ顔で?』

一方通行『キメ顔推しすぎじゃねェか?つーか俺どんだけキメ顔しまくってんだよ、一一一か』

上条『あっれー……?だったらなんでそんなにモテる理由が分からない……?』

一方通行『俺にはオマエがどンだけなのかの理由が分からねェが……ま、コーヒー買おうってな?』

上条『あぁ金のコーヒーな。あれ隣にスッゲー似てるお茶が置いてて紛らわしいんだよなー』

一方通行『そしたら”あのゥ、良かったらこれっ!”って』

上条『なぁ一方通行?生まれ変わりってあるかな?』

一方通行『来世に望みを賭けンじゃねェよ』

上条『おかしいだろっ!?なんでオマエがそンなにモテンですかァァァァァァァァァァァァァァ!?』

一方通行『俺の真似する辺り、余裕あるみたいだなァ』

上条『チクショウっ!俺だって、俺だってなぁ!やれば出来る子なんだよ!』

一方通行『ふーン?』

上条『年末に買った宝くじが当たっていれば今頃きっとキャッキャウフフに違いなかったのに!』

一方通行『100%カネの力だろ。カネが尽きたら終わンだろ』

上条『買う時に俺がキメ顔だったら今頃は……!』

一方通行『ねェな。それだけはねェよ』

上条『お金があればご飯をたくさん食べられるんだよ……ッ!!!』

一方通行『……オマエの後ろにどっかで見たシスターの影が重なるンだが……』

上条『……よし!』

一方通行『お、吹っ切れたか?』

上条『――死のう!』

一方通行『すっきりとした顔で超絶後味悪ィ事言ってンじゃねェぞ!?』

上条『だってさー?もう何かアレじゃん?逆立ちしても敵わないじゃんか?』

一方通行『……俺に言うンじゃねェよ』

上条『てーか女の子だって見る目がねぇよ!俺のキメ顔だってなかなかのもんだからな!』

一方通行『何?さっきからキメ顔連呼してっけど、俺になンか含む所でもあンの?』

一方通行『ゴリラ・ゴリラ・ゴリラばりに推して来るよなァ?』

上条『大体お前はさ?実質的には0歳児、かつ外見的にも幼×枠をお風呂に入れてハァハァしてる真性――』

パシッ

上条『……だって、の、に?』

一方通行『やめよっかァ、あン?俺、目立つの嫌いなンだけどォ、爆殺ぐれーはすっからよォ?なァ?』 ギリギリギリギリッ

上条『あ、すいませんすいませんっ調子に乗りましたすいませんっ!』

一方通行『脳血栓ぎりぎりまァで血の流れ遅らせンのも楽しそうだなァ、オイ』

上条『助けてー!?おまわりさーん!?』

一方通行『あとォ最近力もついて来たしィ?野郎一人分の頭蓋骨握り潰すなンざ楽勝だなァ、オイ?』

上条『サーセンっ!サーセンしたっ!俺が悪かったからもう少し手の力さんを抜いてあげて!?』

一方通行『……ちっ』

上条『……お、おぉ……頭が割れるように痛い……!……まさかここへ来てレッサーの気持ちが理解出来るとは……!』

一方通行『余計な事言おうとすっからだ……つーかさァ、あンまオマエの交友関係に首突っ込みたくねェンだけども』

上条『嫌な前フリだな』

一方通行『オマエ、そンなにモテなかったっけか?くれそォな女の一人や二人に心当たりはねェの?』

上条『……』

一方通行『第三位なんかそれっぽくね?盗人側が言うのもなンなンだが、仲良かったろ』

上条『……くれると思うか?』

一方通行『今ここに居ないンだったら……まァ、事実がどうであれ、その資格はねェわなァ』

一方通行『つーか欲しいンだったら持ってけよ、これ』

上条『あれ?お前甘いもん苦手――じゃ、なかったよな?』

一方通行『まァ俺は普通に食うが……何入ってっか、分かったもンじゃねェが』

上条『日頃の行い悪ぃもんなー、そかそかー』

一方通行『……否定はしねェが……まァどンだけ”まとも”なのがあンのか分っかンねェが全部やるよ』

上条『――いや!それはちっとマズいだろ?』

一方通行『なンで?』

上条『嫌がらせや悪戯目的は論外だけどさ、それでも中には好意でくれたのもあると思うんだよ。そん中には』

上条『だったらせめてまともなのは食べるのが男の義務だと思う!』

一方通行『……一万ちょいのクローンぶっ殺した奴に好意もクソもねェだろ』

上条『それはお前の考えであって俺は知ったこっちゃねぇし。バカじゃねーの?』

一方通行『バッ――!』

上条『少なくとも俺は。お前がちっこい御坂背負って半泣きでロシアまで乗り込んできて、プライドもなんもかなぐり捨てたのを知ってる訳』

一方通行『泣いてねェ』

上条『ま、チビ御坂が懐いてるみたいだし?あの子が保護者になってんだったらバカもやらかさないとは思うし?』

上条『黄泉川先生みたいな物好きも居るんだから、中には知った上で付き合ってくれる子だって居るんじゃねーの』

一方通行『……クソが』

上条『いい話してたよね?なんで暴言吐かれたの?』

一方通行『オマエなンぞに同情される程、俺はチンケな生き方はしてねェよ!』

上条『ふーん?』

一方通行『……信じてねェな?だったら――あ、これ持ってろ』

上条『バレンタインにチョコ入った袋渡されてもな……これはこれでプレッシャーだなっ!』

一方通行『……チョコ欲しい、つったよなァ?あ?』

上条『いやだからお前のを奪うつもりはないって!くれた人に悪いし!』

一方通行『……待ってろ』 スッ、プシュー

コンビニ店員『いらぁぁしゃぁぁっ!』

ガタン。プシューッ

上条『いやお前何コンビニ戻ってんだよ?つーかトイレ?トイレタイム的な話なの?』

上条『……』

上条『……腕にかかるリア充の重みが切ないぜ……!つーか俺、何やってんだろうなぁ……?』

ガタン。プシューッ

コンピニ店員『あ、ありあっさぁぁっ!』

一方通行『……』

上条『何か買ってきた……お帰り?どしたん?あ、ほら荷物返すよ』

一方通行『……やるわ』

上条『お、おぉサンキュ――』

一方通行『……』

上条『……ごめん。ちょっといいかな?』

一方通行『ンだよ』

上条『もしかしてね、もしかしてなんだけどさ?俺の多分勘違いだと思うんだけど――』

上条『――お前これチョコレートだよな?』

一方通行『……食いたかったンだろ?』

上条『主旨が違げぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇよっ!!!』

上条『違うもの!そうじゃないもの!そういうこっちゃねぇんだものさァァァァァァァァァァァッ!?』

上条『テメコラ普通に気持ち悪ぃよ!?なんで男友達からチョコゲットしてんだぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

一方通行『だから欲しいって――』

上条『なんだよっ!?どういう意味だっ!?』

一方通行『……オマエがな、俺レベルまでモテんのは無理だ。それは分かンだろ?』

上条『分かってるよそのぐらい!……あ、いや分かりたいとは思わねぇけど!』

一方通行『だからな?俺がオマエにのレベルにまで落とせば、格差はなくなンだろうが!』

上条『それ違ぇぇぇぇぇぇよっ!解決方法が間違ってるもの!』

上条『お前がやってる事は”全員幸せには出来ないから、全員不幸になれば平等だね!”つってるのと同じだっ!』

上条『なんかこう色々とイッちゃった魔王辺りが”生きとし生けるもの皆ぶっ殺せば平等だぜ!”みたいな論理でしょーが!』

上条『誰も得をしないしっ!つーかお前も俺も大怪我しかしねぇじゃねぇか!なああオイッ!?』

上条『つーか何?お前ホントに学園序列第一位なの?レベル5になるとみんなどっかバカになるの?死ぬの?』

一方通行『……ンだとォ?』

上条『お前が怒るターンじゃねぇよ!?何キレてんだ!』

一方通行『……他の女からは貰っても、俺からは貰えねェって言うのかよ……!』

上条『落ち着こう、なっ?まずは取り敢えず深呼吸しようぜ?』

上条『うん、そうしたら次にここがどこか思いしだしてみようか?うん、そうだよね大通りだよね?人が一杯いるもんね?』

上条『そんな中、お前がたった今ホザいた台詞と、さっきから連続してモメてる俺らはどう思われるかな?』

上条『どう考えてもバレンタインで修羅場を迎えるゲ×カップルにしか見えないよね?違うかな?』

一方通行『でもオマエが欲しいって――』

上条『はぁいストップ!!!それ以上言うと俺の右手が黙ってないぞー?”そげぶ”って言っちゃうぞー?』

上条『……や、まぁ俺がバカ話したのも悪かったとは思うけどさ。知り合いに見られたら大事故になってたからな?注意し――』

佐天 パシャッ、ピロリロリーン

上条・一方通行「「……」」

佐天『あ、すいませーん!目線こっち貰えませんかー?……あ、そうそういい感じです、いい感じ』

佐天『では、キメ顔でもう一枚。おっ、いいですねー』

佐天『あたしの実家にある薄い本、京×いおり○に書いてあった”目で×してくれと言っている!”って感じで、ディ・モールトです!』

佐天『でははい、チーズ――』 パシャッ、ピロリロリーン

佐天『――と、はーいありがとうございましたっ!それじゃあたしはこの辺でっ!』

佐天『あ、御坂さんにはあたしっからよーーーーーーくっ!伝えて!おきますんで!それじゃっ!』

上条『待ちやがれぇぇっこの悪魔ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァぇぇぇぇぇっ!!!』

上条『テメコラ分かってるだろっ!?佐天さんキミ絶対に分かっててやってるよねっ!?』

佐天『なーんーのーこーとーかー、わーかーりーまーせーんーなー?』

上条『清々しいまでに棒読みだよなっチクショーっ!!!』



――バレンタインの日

上条『どこ行きやがった佐天さん!相変わらずトラブルに巻き込まれ率と解決方法を他人に丸投げすんのは一流だな!』

雲川『なんかよく分からないんだけど、相変わらず意味不明な事になってるんだなぁ』

上条『あ、先輩!丁度良かった!今ここに棚中の制服着た核弾頭飛んでこなかったかっ!?』

雲川『……もしそれがこっちへ来ていたら、私は死んでると思うんだけど?』

上条『……そっか!ならいいや!それじゃっ!』

雲川『――と、待ちたまえ後輩』

上条『なんだよ先輩!?俺は今殺人を本気で考えてる所なんだからな!』

雲川『……よりにもよってバレンタインの日まで殺伐としているんだけど……まぁ、これをやろう』

上条『これ――もしかしてっチョコか!?』

雲川『そうじゃなかったらそれはそれで謎だろうけど。ま、可愛い後輩へのプレゼントという事で』

上条『……ぐすっ……』

雲川『なんで泣く!?』

上条『せ、先輩っ!俺……俺、先輩の事誤解してたみたいですっ……!』

雲川『そ、そう?』

上条『てっきり先輩はどっか二面性があって裏ではスッゲー怖ぇ事やってる陰険女で!』

上条『俺には決して言えないような!あんな事やこんな事をしでかしてるんじゃねぇかなって!』

雲川『比較的速やかにそれを返せ。ほら早く』

上条『お願いしますっ!これだけはっ!どうかこれだけは許して下さいっ!』

雲川『というか後輩、幾ら義理とは言え、もっと言うべき事はあると思うんだけど?』

上条『ありあしたっ!でも出来ればあと20分早く欲しかったですっ!』

雲川『なんで時間指定?……ま、手作りだからね。少し時間がかかってしまった、と言っておくけど』

上条『え、マジで?これ先輩の手作り――』

上条『……』

雲川『なんだね、その沈黙は?』

上条『……や、雲川先輩?ちょっと聞いていいですかね?』

雲川『はい?』

上条『作ったって聞いたけど、雲川先輩って自炊派でしたっけ……?』

雲川『失敬だな。私は色々忙しいけど、そうじゃない時はするよ』

上条『この間さ、舞夏――繚乱家政に通ってる知り合いんトコへ、先輩の妹さんが遊びに来てたんだが――』

雲川『……待て待て。そんな話聞いてないんだけど』

上条『そん時、”姉のマンションへ入ったと思ったら、そこは腐海だった”という貴重な証言がですね』

雲川『何言ってやがるあのアマっ!?』

上条『他にも”部屋を掃除するぐらいだったら引っ越す”という暴挙を繰り返してるらしい、とも』

雲川『……違う!あれはちょっとアルバイトが多忙だったために時間が無かっただけで!』

上条『忙しいのは分かるけどさ、そこまでものぐさな先輩に”手作り”とか言われても……』

雲川『私の生活態度はさもかく!そのチョコに関しては手を抜いた憶えはないと言っておくけど!』

雲川『某国からから”ここ十年で最高の出来上がり”と言われているのチョコレートドゥとココアパウダーをわざわざ輸入させ!』

上条『ボジョレーのコピペみたいになってんですが……』

雲川『一流の菓子職人も裸足で逃げ出す料理人を拝み倒して用意したんだけど!』

雲川『確かに私が作った訳ではないけど、それなりに時間も労力をかけているのを評価して欲しいね』

上条『そりゃ……うん、ありがたいが――ん?待ってくれ先輩』

雲川『何?』

上条『材料取り寄せたのはどちら様?』

雲川『妹だな。流石に食材の善し悪しまでは分からない』

上条『実際に作ってくれたのは?』

雲川『それも妹だな。あまり褒めたくは無いけど、あの子の料理スキルは一流のパティシエ以上だし』

上条『じゃこのチョコ、実質妹さんからじゃね?』

雲川『だが金を出したのは私だけど!』

上条『センパイセンパイ、ぶっちゃけていいにも程があるからな?節度を守りません?』

雲川『大体その理屈が通るんだったら市販のチョコの大半は工場制だし、専門店で作っているパティシエだってほぼオッサンだけど!』

上条『俺達の幻想殺すような真似は止めてくれません?つーか年上なんだから弁えろ!』

雲川『そもそもチョコレート自体が完成しているのに、それを溶かして再形成するのは非効率的じゃ?』

上条『だったらなんで俺にくれたっ!?アレだろ?チョコと見せかけて俺の心を折るつもりだろ、なぁっ!?』

雲川『……まぁ冗談はさておき、妹が作ったチョコレートは本気で美味しいから、ありがたく食べるといいよ』

上条『……最初っからその言葉以外は要らなかったと思いますが……』

雲川『というか急いでなかったかな?』

上条『あ、そうだっ!忘れてたっ!――それじゃ雲川先輩っ、また学校で!』

雲川『あぁ、車には気をつけるんだぞー……と』



――バレンタインの日

フロリス『おいっすー』

上条『おっすフロリス――ってフロリス?なんでここに?』

フロリス『んーーーーーーーーーーーーーーーー?……野暮用?』

上条『そこまで溜めるぐらいのは野暮用って言わなくねぇかな?……まぁいいか』

上条『そんな事よりこっちへドヤ顔で走ってきた中学生見なかったか?』

フロリス『見たいけど、見なかったかなーそれ』

上条『そっかー……クソっ、本格的に見失っちまったかのかよ!』

フロリス『どったん?またトラブルー?』

上条『あぁ!ヤツは俺の大事なものを盗んでいったんだ。それは――』

上条『――社会的信用をなっ!!!』

フロリス『そんなとっつぁんは嫌だよねぇ、ウン。てーか社会的信用を盗まれるってどんな状況?』

上条『……男には、負けると分かっていても戦わなければいけない時があるんだ……!』

フロリス『何かのパクリっぽい台詞ジャン?……ま、いいけどさ、これっ、はいっ!』

上条『包み紙……まさかお前これっChocolateか……ッ!?』

フロリス『体験留学の結果が出てて何よりな発音だぜ。ん、まぁそういう日じゃ無かったっけ?』

上条『フロリーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーースっ!!!』

フロリス『なんで号泣っ!?』

上条『ここまで!ここまで来るまで!俺が、俺がどんだけ飛び道具喰らってたか……!』

フロリス『あー……分かる、ような?分かりたくないよー?』

上条『義理でもスッッッッッッッゲー嬉しいぜ!ありがとうなっ!』

フロリス『――へ?義理?』

上条『え、義理……じゃ、ないの?』

フロリス『い、イヤイヤイヤイヤイヤっ!?義理に決まってるし!つーか義理以外に有り得ないし!』

フロリス『そんなんじゃないから?誤解すんなよジャパニーズ?』

上条『……ギリギリ言われると、それはそれで俺の繊細なハートがブロークンなんだが……そうだよなぁ、やっぱ』

上条『そこそこ長い付き合いなのに、未だに苗字すら呼ばれてない時点で――』

フロリス『あー……ウン、それはね?ワタシの乙女心的なアレがアレしてアレしたっちゅーかサ?』

フロリス『分かるジャン?……あ、いやレッサーとアリサに悪いケド』

上条『ま、ともあれありがとうございますフロリスさん!一生大事に飾っておきますから!』

フロリス『いや食べなよ!?どんな嫌がらせだ!?』

上条『ま、そっちの野暮用は分かった――ん、だけど。そっちの子は?』

フロリス『あー……どっちかっつーとこっちが野暮用なんだケド』

フロリス『まーあれがあーしてあーすると、野暮用を先に片付けるとrehash(二番煎じ)になるみたいなー?』

上条『意味が分からん』

フロリス『ぶっちゃけると飛行機の中で一緒になった。つーかジャパニーズに用事なんだって、ホラ』

サンドリヨン『……あぁ、分かっている』

上条『お前も久しぶりー。クロイトゥーネん時は助かったよ』

サンドリヨン『いや……私の借りを替わって返してくれたのだから、例には及ばない』

サンドリヨン『例えそれが頼みもしないものであったとしてもだ』

上条『……そーすか』

フロリス『(大っ体こんなカンジ?絡みづらいったら、ウン)』

上条『(服も服だしなぁ……お疲れ様でした……)』

サンドリヨン『私のドレス、綺麗でしょう?』

上条『ん、あぁよく似合ってるよ。このヒラヒラは霊装かなんか?』

サンドリヨン『そうね。これは”白雪姫”の逸話を再現した霊装で――』

フロリス『――と、ゴメン!ワタシちょっと用事あるから先に帰るよっ』

上条『(あ、テメ裏切ったな!?)』

フロリス『学園都市も珍しいしねー!そいじゃっ!』

上条『……なんだろうな。逃げるように去って行ったが……』

サンドリヨン『気を遣ってくれたのよ。さっ、行きましょうか』

上条『いや、行くってどこに?』

サンドリヨン『今日はバレンタイン、お世話になった人に感謝の贈り物をする日――日本は違うみたいだけど』

上条『まぁ……なぁ?』

サンドリヨン『だから私もランチを作ってきたの。どこでご一緒しましょう?』

上条『メシかー……確かに腹減ってるし、非常にありがたい話だけどさ』

サンドリヨン『急な話だったから、間に合わせの食材で済ませてしまったのだけど』

上条『とんでもない!俺はなんだって食べるよ!』

サンドリヨン『そう?それじゃ良かったわ、無駄にしなくても良かったのだから――』

サンドリヨン『――”わたしのおべんとう”召し上がれ』

上条『……あれ?なんか寒気が――』



――バレンタインの日

上条(さて……どうしよっかな、これから)

上条(メシも喰ったし、何故か成り行きでチョコも貰ってしまった――勿論義理ですけど何か?)

上条(雲川先輩、フロリス、チョコじゃないけどサンドリヨン……あとカウントしていいのかわっかんねぇが一方通行……)

上条(……あれは体を張った渾身のネタじゃねぇかとも思うが……まぁいいや。忘れる事にしよう。うん)

上条(でもま、義理とは言え女の子三人からプレゼント貰った訳だし!これで俺も勝ち組の仲間に!)

男A『――おいおい、そこの絶世のお嬢様よぉ?バカにしてんのか、あぁ?』

上条『……ん?』

男B『そうだぜこのナイスバディのお嬢様さん。人にぶつかっといて何も無しで行こうってんじゃねーだろうなー?お?』

上条(――女の子が絡まれてる!?助けに入らないと――!)

食蜂『やだあ、こ・わ・い・ん・だ・ゾ☆』 チラッ

上条『……』

男A☆『テメコラバカにしてんのか?幾らテメーが超絶可愛いからって、俺達は怖い怖い社会のゴミなんだからなっ☆』

男B☆『そうだぜ!誰かが助けに入ってくれないと大覇星祭選手宣誓に選ばれた可憐なお嬢様にエッチな事し・ちゃ・う・ぞ☆』

食蜂『誰かぁ、誰か私をた・す・け・て☆』 チラチラッ

上条『……』

海原(本物)『おい君達!一体何をしげぶっ!?』

男A☆『空気読め、な?出て来んなよ三下☆』

男B☆『テメーは御坂さん相手に交尾力してりゃいいだろクソが☆』

食蜂『きゃあ、きゃあ☆』 チラチラチラッ

上条『ごめんな食蜂さん。俺、前からいっぺん言おうと思ってたんだけど、君も結構頭悪いよね?』

上条『取り敢えずそっちの男の人達は、色々な意味で黒歴史抱え込むから解放してあげて、な?』

食蜂『上条さぁん――っ!!!』

男A☆『なんだコノヤロー?白馬の王子様気取りやがって何様だ☆』

男B☆『かかって来いや!この美しいお嬢様をテメーみたいな王子様に渡さないん・だ・ぞ☆』

食蜂『だめぇ、上条さん私のために戦うなんて!』

上条『……あぁうん、お約束だけはしたいのね?それじゃするけどさ……』

上条『――って右手じゃ食蜂さんの能力解けるんだよな?だったら珍しく左手で――』

上条『……すぅ』

上条『俺はっ!お前らなんかに負けないっ!負ける訳がねぇさ!』

上条『かよわ――い、かどうかは別にして!ただの女の子――でもない、一般人――じゃ、ない相手に!』

食蜂『真面目にしないと、この子達の命が危ないんだゾ?』

上条『み、ミラクルリリカルキルゼムオールパァァァァァァァァァンチッ……!!!』 ヘロッ

男A・B☆『ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!?』 ペチ、ペチッ

食蜂『あ、ありがとうございます☆せめて、お名前だけでもぉ』

上条『名乗る程のものでは御座いません』

食蜂 ピッ

男A☆『……やっとく?ポキって☆』

男B☆『……やった方が言う事聞くかしらぁ?ペキって☆』

上条『通りすがりの上条当麻高校生ですヨロシクネっ!両親二人に兄弟無し(多分)の一人っ子ですねっ!』

食蜂『危ない所をありがとうございましたぁ。お礼に、これを』

上条『危ないっつーか、この茶番を考えたヤツの頭の方が危ないと思うんだが……何?チョコ、だよな?』

食蜂『ここわぁ、女子力を発揮しちっゃたんだぞ☆』

上条『だったら小芝居挟まずに最初から素直に欲しかったんだが、食蜂さん……』

食蜂『み・さ・き・ち、って呼んで☆』

上条『”ち”は余計じゃね?愛称なのかもしんないけどさ』

食蜂『そんな事より、上条さん今からお暇かしらぁ?』

上条『男二人に絡まれた設定は無視なの?ねぇ?もう少し、整合性的なものを重視しないと編集さんに怒られるんだからね?』

食蜂 ピッ

男A☆『……最近流行りのチート異世界勇者じゃ納得しないんだって。だったらリアリティ追求のためにやっとく?ポキって☆』

男B☆『……演出的には土つけるのもいいかしらぁ?ペキって☆』

上条『いいですよねっ異世界召喚!俺も異世界行って世界を救いたいわー、超救いたいわー!』

食蜂『私ぃ、前から疑問に思うんだけどぉ。なんでわざわざ不慣れな外の人に助けて貰う必要性がぁ――』

上条『チュートリアルを神様や世界の管理者に懇切丁寧にやって貰――いやごめんなんでもないですっ!いえーい!チート最高だぜ!』

食蜂『その勇者様も、ハーレム構築に熱心だけど大抵世界を救おうなんてそっちの――』

上条『大切だから!名前も知らない人のためよりもっ!自分の知り合い優先させた結果だからっ!』

食蜂『そもそも卓越した錬金術()を持ち込んだら、今までそれでご飯を食べていた人が首を括――』

上条『――みさきっつぁん!』

食蜂『……なぁに?』

上条『――それより僕と踊りませんか?』 キリッ

食蜂『……喜んで』



――とある日 ホワイトデー特設コーナー

上条(と、言うような事がだね。あった訳で)

上条(あの後は別に……うん、特に何も無かったよね?全然全然?)

上条(食蜂さんとクレープつついてブラブラしてたら、ビリビリに絡まれて死にそうになったり)

上条(家へ帰ろうとしたらレッサーの襲撃を受けて俺の貞操がピンチになったり)

上条(帰ったら帰ったで、異常に機嫌の悪いインデックスさんに噛み殺されそうになったけど……まぁ?)

上条(いつもの事ですよねっ!うんうん、よくある話だっ!)

上条「……」

上条「……あれ?涙が……泣いているのは……俺?」

上条「……」

上条(……まぁ、ネタはともかく、そんな感じで平常運転だった。どんなだよ)

上条(ともあれ4プラス1人にお返ししなきゃいけない。礼儀として)

上条(最初にも思ったが、これはあくまでもジェントル的なアレだからね?決して場合によってはそのまま逆告白的なアレじゃないからな?)

上条「……」

上条(……すいませんごめんなさい嘘ですっ!俺だって人並み彼女ぐらい欲しいですっ!)

上条(まぁ……その、下心が皆無って訳じゃない。ないんだが、うーん?お返しをするに至っては優劣つけるのもアレだし?)

上条(かといって俺の手持ちは限られている分、全員にそこそこのを送るか、それとも一人には奮発してその他はお茶を濁すか、の二択となる)

上条(手作りって線も捨てがたいが……土御門の『重い』の一言で瞬殺された)

上条(俺の料理はお菓子作りまでカバーしてなかっ”た”んだけど……同居人のお陰でめきめき腕が上がってきている)

上条(最近はだな。時間をかけてじっくり作るフルーツグラタンも習得した!本格的だねっ!)

上条(舞夏から『繚乱家政大学だったら実技推薦あるぞー』と、言われて正直迷っている所だ)

男「――オイ!テメコラ!」

上条(在学中に調理師免許取ってだ。後はどっかに店を構えたい――が、早々上手くは運ばないだろうし)

上条(コネを駆使すれば億単位で利子・返済不要の資金が集まりそうな気もするが……それやっちまったら人として終わるだろうしなぁ)

上条(ビリビリ辺りに頼んだら、一生ものの選択肢になりそう……)

男「お?聞いてんのかコノヤロー!?ぶっ飛ばすぞテメー?」

上条「――と?」

上条(殺気から声をかけていたらしい男は、ゴリラっぽいオッサンだった)

上条「……つーか誰?」

男「いいからその手を離せよコノヤロー。テメーが何やってんのか分かってねぇようだな、あぁ?」

上条「分かってねぇって、いきなりなんなんだよ?俺はただ売り物のチョコ、手にとって見てるだけじゃねぇか!」

男「だからそれがダメだって言ってんだろコノヤロー!」

上条「いやだから意味が――」

男「チョコはな――溶けるんだよッ!」

上条「知ってた」

男「違ぇよ!そういう意味じゃねぇよコノヤロー!」

上条「だからどういう」

男「俺達は飢えたジャッカルなんだよバカヤロー!」

上条「ごめんなさい。本当に意味が分からないです」

男「だからよ!お前がその箱を長々と握ってりゃ中のチョコは溶けんだろうが、なぁぁっ!?」

上条「握る、ってあんた人聞き悪ぃな!俺は手にとって成分表示見てただけでしょうが!」

男「そこに戦いはあるのか?」

上条「無ぇな?多分誰とも戦っては無いと思うぜ?」

男「あー、だがよ!テメーが持ってるベルトはゴディバなんだよ!」

上条「ホワイトチョコな?プロレス王座戴冠した憶えはねーぞ?……いやいや」

上条「まぁ確かにゴディバだけどさ。それとこれとになんの関係があるんだよ?」

上条「そりゃ確かに悪意持って商品傷つけるバカも居るだろうが、俺はフツーに手に取って見てただけだからな?」

男「いいか?テメーゴディバの直営店行った事があんのかよバカヤロー?」

上条「無いけど。つーか日本にあんのか?」

男「三越にあんだよ。気になるんだったら行ってみろ!」

男「それでな。ゴディバのチョコは繊細なんだ。職人が作ってから、ずっと冷蔵保存すんだよ」

男「トラックで運ぶ時も、船に乗せる時も、店でショーウインドゥへ並べてからもずっと低温保ったままなんだよ!どういう意味が分かるか?あぁ?」

上条「なんでそこまでする必要があるんだ?ゴディバは確かにお高い系のチョコだって有名だけど、店じゃフツーの温度で売ってるだろ?」

男「それは本物のゴディバじゃねぇ!いや――」

男「飢えたジャッカルじゃねぇんだよ!!!」

上条「ジャッカル推すな?あんたがジャッカルかそうでないか、いい加減にはっきりさせた方が良いんじゃねぇの?」

男「直営店じゃずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと冷やしたまんま。お客様にも冷えた状態で提供すんだよ!」

男「そうじゃねぇと繊細な味が!一流のショコラティエによって作られた味が、損なわれっちまうだろうが!」

上条「それはっ……そう、だな」

男「テメーの手に出来たフライパンダコ、それを見りゃ一端の菓子職人だって事ぁ分かるさ。だって俺は”スイーツ”だからな?」

男「だがよぉ、お前がそんな品質管理をナメてるようじゃいけねーだろ。違うか?」

上条「……くっ!悔しいがあんたの言ってる事は正論だ……!」

男「ま、確かにゴディバは美味ぇ。温度管理をデタラメにしちまっても、ぶっちゃけ少しぐらい溶けちまっても美味いぜ?」

男「だがよ。どうせだったら美味いまんま、最高の状態に限りなく近い状態で食われた方が職人にとっちゃ嬉しいだろうな」

男「テメーだってそうだろうが!折角作ったメシ、冷めてるよりも早く食って欲しいんだろ!?」

上条「確かに!」

男「でも、だからってこのチョコが不運だったとは言わねぇよ。雑草みてーに踏まれて揉まれて、品質管理もクソもしてねぇこの店が悪いんじゃねぇ」

男「けどよ?逆に言えばアバウトに扱う事で、管理費を安く済ませられるっつー一面もあらぁな?分かるかよ?」

上条「安く……そうか!価格を抑えられれば、チョコを食べられる人が増えるのか……!」

男「ま、そーゆーこったな。俺ぁゴディバなんざ知ったこっちゃねぇし、潰れるんだったら潰れたって構わねぇがよ」

男「食うヤツが気持ちよぉーーーーーーーーーーーーーく食うんだったら、それでいい話だろ、あ?」

上条「……俺が、間違ってた……!」

男「ま、気にすんなにーちゃん。スイーツ好きのオッサンの戯れ言だわな」

上条「待ってくれ――なぁ、あんた一体誰だったんだ?」

男「俺か?俺はよぉ――」

真壁(男)「――スイーツ真壁ってんだコノヤロー」



――特設コーナー

上条(さて……何か変なノリで一騒動あったが、まぁそれもまたいつもの事ではある。悲しいけども!)

上条(ホワイトデーのお返しを本格的に選ばなければいけない……ッ!)

上条(しかも何か、あくまでも俺の予感だがこの選択肢がオチを決める筈だ!オチってなんだろ?よく分かんねぇけども!)

上条(雲川G(ドス)先輩、フロリス、シンデレラ、おっぱ――じゃなかった食蜂さん。そして大穴の一方通行……これだけは避けたいが)

上条(ここで俺が取るべき選択肢は――)

上条 スッ

店員「あ、いらっしゃいませー。プレゼントですかー?メッセージカードをおつけしましょうかー?」

上条「あ、はい。お願いします」

店員「文面はこちらへお書き下さいねー」

上条「えぇっと……新日○プロレス、真壁とう――」

金髪「ちゃん、らーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」 ゲシッ

上条「そげぶにっ!?」

金髪「バカじゃない訳っ!?っていうかバカじゃない訳よっ!?」

金髪「違うでしょっ!?どう考えてもそっちのフラグが立ってなかった訳だし!」

金髪「どう考えてもあーしてこーしてこうなって!最後には『HAMADURAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』的なオチになるに決まってんでしょうが!」

上条「いやその理屈はおかしい――ってお前この間、デパートで蹴りくれやがったヤツか!名前は確か――」

金髪「そうそう。憶えてる訳よね?」

上条「――ヌレンダ?」

ヌレンダ(金髪)「惜しいっ!キーボードでニアミスだからっ!そのもーーーひとつ右っ!」

上条「お前このボケを正確に拾うなんてタダモンじゃねぇな……!?」

ヌレンダ「あぁうん、もうそーゆーのいいから。さっさと起きて起きて!」

上条「起きるって、えっと?」

ヌレンダ「いやこっちにも都合があるって訳でー……うーん?どうしよっかなー?」

ヌレンダ「夢の中で死ねば目が覚める、って話はよく聞く訳よね?」

上条「おいバカやめろ!?お前らが立てたフラグ回収すんのは俺なんだぞっ!?――って、今お前」

上条「『夢』、って言ったか……?」

ヌレンダ「って言ってた訳ね、”これ”が」

上条「――『夢』」

ヌレンダ「あ、覚めるみたい。それじゃま――」

ジジッ、ザザアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ……



――XX学区 薄暗い倉庫

上条「……ここは……?」

レッサー「目が覚めた、っちゅーか頭が冷えましたかね上条さん?」

上条「……夢。あぁそうか、俺は夢を見ていたのか……」

ベイロープ「正しくは『常夜(ディストピア)』ね」

ランシス「射程距離無限、効果時間永遠……一度見たら、まず単独じゃ抜け出せない」

上条「俺は『右手』があるのに喰らっちまったのか……」

老人「『継続して流れ続ける力』を打ち消すのは不可能。よって常在型の大規模術式には膝を折られねばならんと」

上条「でもレッサー達が起きてるって事は……ここは安全なのか?それともそもそも夢の中にまだ居たりするとか?」

レッサー「前者ですな。『教皇の結界(ハイエロファントグリーン)』をジジ――そちらさんが張って下さいましたし」

少女の声「でも完全に防げた、ちゅーんのも怪しいんよ。結界の中でも時が止まっとぉ」

少女の声「皮肉な言い方をしよぉと、ワイらが『胡蝶の夢』を見とぉ可能性もあんねんで?」

上条「胡蝶の夢……?」

ベイロープ「男が胡蝶となった夢を見、覚めた後こう思ったの。『自分が夢で胡蝶となったのか、胡蝶が今夢の中で自分になっているのか?』って」

上条「……教科書に書いてあったな。それを今のケースに当てはめるなら……あぁ」

上条「『俺達はセレーネの影響を受けず、対策を取ろうとしている――って”夢”』を見てるかも、か?」

レッサー「ま、そうだったらそうだったでチェックメイトなんですけどねっ!HAHAHAHAHAHA!!!」

ランシス「……そこまで考えても仕方が、ないし」

老人「仮にその夢を見ていたとしても、最後は魔神を倒して幕が引かれるだろう。ならば我々が見破る術も無いのだよ」

レッサー「でっすねぇ――ってフロリス?もしもーし?」

上条「あ、テメよくもこの間蹴りくれやがったな!」

フロリス「……」

ベイロープ「現実時間だと30分も経ってないのよね」

レッサー「てかフロリス、さっきからお口チャックマンでどうしま――」

フロリス「――訂正を!訂正を要求する……ッ!!!」

上条「あい?つーか俺?」

フロリス「ジャパニーズの頭の中でのワタシはあんなカンジなのっ!?あれは幾らなんでも……チョロ過ぎるし!なんだアレっ!?つーかダレっ!?」

レッサー「いやぁ、大体正確にエミュレートしてたような気がしますよ?」

フロリス「……ほぅ。あれがワタシだと?」

レッサー「わざわざチョコ一個届けに学園都市までやって来たものの、本人目の前にしてヘタれる所なんか、実にそれっぽいかと」

フロリス「……表へ出やがれ」

レッサー「すいません。ショゴスの群れ相手にするのメンドイです」

上条「ちょ、ちょっといいかな?レッサーさんや?」

レッサー「あーはー?」

上条「今の、ってもしかして……俺の夢の話、だよね?」

レッサー「狙ったように奇天烈な展開でしたねっ!むしろアレが日常茶飯事かと思うとドキがムネムネしますっ!」

上条「逆逆――じゃなくてね、えぇっ!?だって夢なんだろ!?俺の!?」

レッサー「えぇなので部外者である私達は当然誰が何を見ているのか、サッパリスッパリドッキリ分かりません――」

上条「だ、だよねっ!俺の夢は俺だけのもんだよねっ!」

レッサー「――んー、が!生憎『常夜』の罹りが弱かったのか、それとも『右手』のお陰なのかも知れませんが!」

上条「が?」

レッサー「上条さんが夢の中で喋っていた台詞、及び登場人物と思われる方の台詞――」

レッサー「――どっちも寝言で喋ってましたよ?」

上条「――」

レッサー「フロリスが夢の中へゲストとしてお招き頂いたのは、恐らく『寝る直前に見たものが夢に出やすい』ってジンクスじゃないですかね、きっと」

レッサー「枕の下へSeven-Gods!!!のイコンを入れる的な!ロマンチックです!」

老人「『長き夜の、遠の睡りの皆目醒め、波乗り船の音の佳きかな』」

老人「宝船の術式は紛れもなく夢関係の術式であるし、立ち位置上今は距離を置くべきだと思うが……」

少女の声「夢ん中でもみょーーーーーーーにっ、『夢を見続けていたい』的なニュアンスも多いしぃで、あれも何かの強制力が働いとぉわ」

少女の声「気になんのはなんや雑音が混じっとぉた感じがするんやけど、どこかしらと混線しとるんかな?」

レッサー「あと私の個人的な感想ですが、夢の中のSATENさんとやらがどうしてあんな行動を取ったとか言えば!」

レッサー「『バレンタインに折角チョコ持ってきてみたらば同士でイチャイチャしてやった!反省はしていない!』ってトコかと」

レッサー「ま、あくまでも夢ですんで。『もしもSATENさんだったらこうするだろう』と、上条さんが考えたのを反映しただけに過ぎな――」

上条「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉせぇぇぇぇぇぇぇぇよォォォォォォォォォォォォっ!殺してくれよぉぉぉぉぉっ!?」

レッサー「大丈夫です!管理人さんの下りは見るに見かねたジジイ以外全員で観察してましたから!」

上条「ほぼ全員で見てるじゃねぇかよぉぉぉぉぉぉっ!?なんだお前らっ!?なんなんだよっ!?」

レッサー「なんですか上条さんっその言い草は!むしろご褒美じゃ無いですか!」

上条「ちょっと意味が分からないですね」

レッサー「『あ、苦しそうですし――開けて、みましょうか?』ってネタで言ったら誰にも反対されませんでしたよっ!」

上条「……見たの……?」

レッサー「ちょ、ちょっとだけ……?」

上条「……」 ギイィィィィィィッ

レッサー「か、上条さん?そっちはお外ですよ?つーか非常口開けるとショゴス入ってきますから危険ですよー?」

上条「……な、レッサー?俺、考えたんだけどさ」

レッサー「そんな素敵な笑顔を浮かべたままでナニやろうとしてるんですかっ!?お外へ行ったらまた面白可笑しい夢を見せられる羽目に――」

上条「夢の中へ――行ってみたいと思いませんか?」

レッサー「あ、なーる。そこに繋がる訳ですかー!こりゃ一本取られましたねー!」

ベイロープ「いいから戻ってきなさいマイ・ロード。話が進まないのだわ」



――XX学区 薄暗い倉庫

上条「さて、と」

レッサー「上条さんの上条さん、ご立派でしたなぁ」

上条「俺のトラウマ弄るの止めてあげて!?場面変わったんだからねっ!」

上条(俺の魂の叫びはさておき……いいのか?本当にそれでいいのか?)

上条(レッサー達の場合、アリサも含めて旅の間に色々あったしなぁ……よくよく考えれば今更感がしないでも……まぁいいや!後で考えよう!後で!)

上条(決して先送りにするんじゃないが!今考えるべき事は他にある!……よね?そうだよな?)

上条(改めて室内を見てみると――ここはどうやら何かのガレージらしい。しかも普通の家が数戸入るぐらいの大きさの)

上条(シャッターの高さと幅は車よりも遙かに大きく、天井がちょっとしたホール並み……ヘリコプターか何かの格納庫?飛行機にしては狭いし)

上条(幸いトイレや水回りの施設も備え付けられているようで、暫く世話になる分には問題はなさそうだ)

上条(そんな中、俺達が居るのは会議室っぽい部屋。十畳ぐらいかなー?)

上条(真ん中に折り畳み式の長机が二つ並べられており、机の上にはLEDランタンとライトが数個。照明はそれだけ)

上条(他には……つーか暗くてよく見えないが、コンビニの弁当やパン、ペットボトルもある……あれ?)

上条(ふなっし○となんか綿アメみたいなもふもふ人形が置いてあるが……ツッコミ待ち?ツッコミ待ちなの?ねぇ?)

上条「……」

上条(光源、つーか机の周りへバラけたパイプ椅子へそれぞれが座っていた、と)

上条(入り口近くからレッサー、フロリス、ランシス、ベイロープ。反対側には――)

老人「何かね?」

上条「……いえ、別に」

上条(黒いローブとフードを目深に降ろし、肩へ巨大な鎌をかけているじーちゃん……つーかこの声どっか聞いた事があるが!)

上条(その隣には――これも、人形?ゴスロリツインテのデッカイ人形が座っている……)

上条(等身大フィギュア?リアルなドールさん?どちらにしろ流石は学園都市だぜ!欲望=実現化させる流れがハンパねぇ!)

上条(つーか俺の席……他にパイプ椅子無ぇな……あ、それじゃ)

上条 ヒョイッ

人形「……」

上条(机の上に置くのも邪魔か……あ、だったら膝の上にでも置いておくか) トンッ

上条(見た目が後ゴテゴテとしてっから重そうだが……意外に軽い?)

上条(あー、なんか温けえなこの人形。しかも柔らかいし、良い匂いがする) モミモミ

レッサー「あのぅ……上条さん?」

上条「なに?」 フニフニ

レッサー「流石にその仕打ちはどうかな、って思――」

ベイロープ「――レッサー!」

レッサー「や、でもですねっ!」

ベイロープ「……仕方が無いのよ、ね?私達はランシスとは違うんだから」 チラッ

ランシス「おいベイロープ、私のどこを見ながら何を言ったのか説明して貰おうじゃないか?あ?」

上条「何の話だよ?」

老人「……まぁ自ずと誤解であると知れるだろう、な」

レッサー「まさかっ、まさかここまで『明け色の陽射し』による精神汚染が進んでいたとは!」

レッサー「やはり私がゴダイヴァ婦人のように一肌脱がねば……!」

フロリス「だーってろ恥女。あとワタシらの国の聖人をプレイで穢すなよ」

上条「……本気で何の話だ?」

老人「君が先程言っていた”ゴディバ”の語源になっている”ゴダイヴァ婦人”という聖人の話がある」

上条「聖人……神裂みたいな?」

レッサー「全裸で街中を徘徊した恥女ですなーっ!しかもかれこれ1000年程前に!」

上条「黙ってろ恥女。そんな聖人居る訳ねぇだろ」

マタイ「……いや、事実だけを述べればその通りである」

上条「スゲーな十字教っ!?懐が深いなんてもんじゃねぇ!」

老人「領主である夫へ『税金を安くすべきだ』という苦言を毎日していたら、『お前が素肌のまま街を歩いたらそうしよう』と言われ実行しただけの話」

上条「売り言葉に買い言葉じゃねぇか」

老人「夫人がその通りにしたが、その素肌は神々しくて誰も直視出来なかったそうである」

老人「唯一コッソリ覗き見ようとしたトムという男がおり、彼の名前をもじって『Peeping Tom』が覗きの代名詞となった」

上条「全世界のトムさん超とばっちりですよねっ!」

老人「当時の価値観――十字教に於いて『女性は価値ある財産』という前提を踏まえていなければ理解出来んよ」

レッサー「――はい、って言う訳でなんなんですけどねっ!話が進まないんで現状をまとめる前に自己紹介しましょう!自己紹介!」

上条「旗色が悪くなると仕切り出すな、お前」

レッサー「ここでお会いしたのも多生の縁!まずは得られた情報の前に信頼し合えるようになりませんとっ!」

上条「……いや別に、今更自己紹介して貰わなくたって――」

レッサー「『新たなる光』のレッサーちゃんですなっ!Dですっ!」

上条「やめろ!個人的には嬉しいがその死神っぽい人がいい加減ブチ切れるから自制しやがれっ!?」

ランシス「……多分私もキレる」

老人「誰が死神だね。失敬な」

上条「その鎌と黒いローブと顔が見えない所ですかねっ!バードウェイが持ってるタロットに描いてあったそのままの姿が特にっ!」

老人「それは失礼をしたな。何も脅すつもりは無かったのだが」

老人「故あって名前と所属は明かせないが……そうだな――」

老人「――イアン、とでも呼んでくれたまえ」

上条「なにやってんすかヨーゼフ=アロイス=ラッツィンガーさん、洗礼名マタイ=リース前教皇さん」

上条「”ラッツィンガーZ”でググると謎のコラ画像が大量にヒットする有名人さんですよね?」

マタイ(老人)「立場上”ここ”へ立つのは許されん事なのだよ。察してほしいものだが」

上条「隠す気ゼロですよね?同一人物説が出るぐらいにそっくりなイアン=マクダーミ○、ぶっちゃけダース=シディア○名乗る辺り、ノリノリですよね?」

マタイ「世界で夜更かししている人間は恐らくここだけだ。少しぐらいは遊び心があっても佳いだろう?」

上条「……まぁ、助けて貰ってる時点で文句は言えないんだが……いいか」

マタイ「ともあれ老人の枯れた腕で佳ければ、猫の手代わりになるだろう。ローマ正教では無く、一介の魔術師として扱ってくれたまえ」

フロリス「……『教皇級』が一介って」

ベイロープ「突っ込んだら負けなのだわ。魔神相手にするんだからね――と、次。私は『新たなる光』、ベイロープよ」

ランシス「同じく、ランシス」

フロリス「フロリスだケドー」

机の上のぬいぐるみ「あぁんもー、アンタらもうちょい愛想良ぉせんとアカンよー?ごめんなー?ウチの子ぉらが迷惑かけ――」

上条「もふもふが喋っ――てかさっきからしてた女の子の声はこれかっ!?」

机の上のぬいぐるみ「あ、初めましてー上条はん。ほんっっっっっとにウチの子ぉらがねっ!色々やらかしたみたいでっ!」

机の上のぬいぐるみ「――って誰がもふもふやねんよっ!?ワイもふもふちゃうよっ!何言うとぉ!」

机の上のぬいぐるみ「見てみぃ!この綿アメの質感そのまんまボデー!そして高級開運羽布団も逃げ出す弾力性!」

机の上のぬいぐるみ「ちょい前に流行っとぉビーズクッションよりもフッカフカになっとぉのはワイしかおらんよ!」

机の上のぬいぐるみ「――ってぇもふもふしとるやないかーーーーーーーーーいっ!ルネッサーーーーンスッ!」

ベイロープ「レッサー、ゴー」

レッサー「イエェッスマム!カッティングして携帯用クリーナーにしてやりましょう!」

机の上のぬいぐるみ「って待ってぇな!?ほんのお茶目やんかっ!?ワイはただ、この居たたまれない空気を軽く――」

上条「……ごめん、これ、何?」

机の上のぬいぐるみ「いややわぁ上条はん、コレやのて『まぁりん』言うてええんよ?」

上条「まぁりん?」

机の上のぬいぐるみ「誰がまぁりんやねんっ!ワイはアンタを初対面の女の子名前呼ぶよぉな子ぉに育てた憶えはないわっ!」

上条「いつの間にか俺の母さん設定になってんな?」

机の上のぬいぐるみ「いやんっ!ばかんっ!ワイがそう気安ぅ――アイタタタタタタっ!?レッサー無言で千切らんといてぇよ!?」

上条「えっと……?」

マタイ「聞いた事はないかな。通称、『魔術師の中の魔術師』」

ベイロープ「『善良なる夢魔』、『賢者』、後は……」

ランシス「……『塔に囚われる運命を持つもの』……」

フロリス「他にも『ペンドラゴンの遺産管理人』も、自称してたっけー?」

レッサー「……ぶっちゃけ紹介したくないんですが、この方――つーかもふもふが『新たなる光』の後見人にして、私達の”先生”――」

レッサー「――マーリンです!」

マーリン(机の上のぬいぐるみ)「まいどっ!おおきにっ!」

上条「あぁどうも。上条当麻です」

マーリン「反応薄っ!?」

上条「いや、お前――あんた?」

マーリン「まぁりん、って呼んで?」

上条「つーかこれ、ゲーム雑誌で見た事あんぞ?このもふもふ」

レッサー「あー……まぁ擬態みたいなもんですかねぇ。コロッコロ外見と口調を変えるんで、多分何かの霊装か魔術の切れっ端だと思うんですが」

上条「人格あるのに?」

レッサー「まぁそのお話は後程詳しく。まだもう一人残っていますんで、自己紹介」

上条「あ、あぁ――ってお前、全員分終わっ――」

膝の上の人形「――っては、無いのよね」

上条「人形が喋った!?」

レッサー「そのリアクションがおかしいですよ。フツーもっと早く気付きません?」

マーリン「ええなー、ワイもあのリアクションが見とぉ」

上条「いや!だって!あ、あれっ!?」

マタイ「……では、及ばずながら私が”年上の大先輩”を紹介するとしようか」

上条「年上?マタイさんよりもかっ?」

マタイ「君の膝の上のレディは、『88の奇跡』、そして『エンデュミオンの奇跡』――」

マタイ「――二つの『事件』を画策した張本人にして元凶」

マタイ「シャットアウラ=セクウェンツィア嬢にとっては敵、鳴護アリサ嬢にしてみれば産みの親。そう」

レディリー(膝の上の人形)「――レディリー=タングルロードよ。宜しくね」



――倉庫

上条「……『88の奇跡』、『エンデュミオンの奇跡』の……」

レディリー「もっとはっきり言ってくれてもいいのよ?――『この人殺し』って」

上条「……」

レディリー「どうしたのかしら、ボーヤ?手が震えているわよ?私を抱き締めてくれるのは嬉しいけれど、もっとデリケートに扱えわなきゃいけないわ」

上条「お前が!シャットアウラの親父さんを!」

レディリー「私が憎いのだったら、その『右手』で首を絞めてみたら如何かしら?」

レディリー「あの子にもナイフで刺されたけれど、もっと刺激的だったわよ?」

レディリー「あなたのリードが上手ければ、私逝っちゃうかも知れないわね。試してみれば?」

上条「……くっ!」

レッサー「(……あのぅ、すいません?ちょっといいですかね?)」

ベイロープ「(……何よ?今シリアスシーンだからあなたの出番は無いでしょうが)」

レッサー「(ベイロープ?いい加減にしないと『Mission!失われた聖杯を探して!』を起こしますよ!)」

ベイロープ「(ふぅん?それは私の右手があなたのシリを潰すよりも早いの?)」

レッサー「(Nooooooooooooooooooooooooッ!!!?レッサーちゃんのケツは8ビートを刻むものでは御座いません事よっ!?)」

ランシス「(……ナイスドラム!)」

フロリス「(いいぞーもっとやれー)」

レッサー「(えぇい!この中に私の味方は居ないんですかチクショー!)」

マーリン「(……全く、ホンマ誰に似たんか。ワイは悲しいわぁ)」

ベイロープ・フロリス・ランシス「「「お前だよ」」」

マーリン「(ま……まぁまぁそれはええやん!犯人捜しは!)」

マーリン「(ンな事よりもレェェェェェェソゥゥゥゥゥゥゥゥッ!なんや?言いたかったちゃうん?)」

フロリス「(や、だからそーゆートコがだよ、ウン)」

ランシス「(てーか誰かの芸風に似てる……)」

レッサー「(まぁ聞いて下さいな、私の恥的好奇心が疼くんですよ!こう、ニョロニョロっと!)」

ベイロープ「(確かに恥ずかしいわよね)」

レッサー「(で、なんですが――あのお二人、一見こうシリアスなシーンへ入ってるように見えません?)」

フロリス「(見えるも何も、実際そうジャン?)」

レッサー「(いやでもですね。フツーこのシチュになったら正面から向き合いますよね?こう、『お前ぇぇぇ!』みたいに)」

レッサー「(でもお二人は相変わらず抱っこしたのと抱っこされたまま、これ不自然じゃないですかね?)」

マーリン「(あー……言われてみればそやねぇ。ギャグシーン終わっとぉねんから、抱っこしてる意味無いわなぁ)」

ランシス「(……んー、あれもおかしいかも)」

レッサー「(どれです?)」

ランシス「(レディリー、さっきから下向いてプルプルしてる、ような……?)」

レッサー「(どーれ……ほほうっ確かに!ナイスですランシスっ!流石人様の顔色伺って伝説(レジェンド)になっただけはありますよねっ!)」

ラシンス「(……照れる)」

レッサー「(ちっ、いい加減耐性ついて来やがりましたかこのムッツリ変態め!)」

ベイロープ「(ムッツリじゃ無い変態が居るとでも……あ、ごめんなさい。私が間違ってたわ)」

レッサー「(どうして私の顔を見たのか納得行きませんが――謎は全て解けた……ッ!!!)」

ランシス・マーリン「(な、なんだってぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?)」

フロリス「(……なんだろうな。アウェイなのに緊張感が)」

レッサー「(まずは思い出してみましょう!上条さんがこの部屋へ入って来た時の事を!)」

レッサー「(上条さんは何をトチ狂ったのか、躊躇いもせずレディリーさんを椅子から乱暴に引きはがし!無理矢理自身の膝の上へ載せたのです!)」

ベイロープ「(間違ってないけど、言い方……)」

レッサー「(しかもその後!ドールと勘違いしたまま、いたいけな幼女の体をちっぱいモミモミクンカクンカしやがあああああぁぁ羨ましい!)」

ランシス「(どっちが?)」

レッサー「(するのもされるのも嫌いじゃないです!)」

フロリス「(変態だ――って分かってたケド)」

レッサー「(んが、しかぁぁぁぁしっ!その実レディリーさんは生身の人間だと分かった!それもある意味今回の元凶と言える存在!)」

レッサー「(なのに!なーのーにーっ!上条さんはレディリーさんをその膝から退かそうとしない、退こうとしないの理由があるとすれば――)」

ベイロープ「(すれば?)」

レッサー「(上条さんの下条さん、もしかしておっきしてませんかね?)」

マリーン「(あー……)」

レッサー「(ていうか百戦錬磨のロリババアがみょーーーーーにっ顔赤らめてプルプルしてるのは、下条さんの感触がアレでビビっているのではないかと!)」

フロリス「(そんなしょーもない理由?)」

レッサー「(てか逆に聞きますけど、この理由以外に抱っこしたまま宿敵ゴッコする必要性、あります?ないですよね?)」

マーリン「(相手は靴屋のアハスエルスとファンデルデッケン船長にも遭ぉた言ぅとる魔術師やのに?)」

マーリン「(や、別に珍しゅうはないけどなっ!ワイは二柱の他にカッシウスとも遭ぉとぉわ!むしろマブやしぃ!)」

レッサー「(そこで無駄に対抗意識を出されてましても……や、私は『だからこそ』なんだと思います)」

ランシス「(……どういう意味?)」

レッサー「(確かに経験値は膨大でしょうが、逆に言えば経験に拠らないシチュエーションに弱いのではないかな、と)」

レッサー「(マニュアルは完璧にこなすのに、いざっていう時のアドリブに弱い人って居ますよね?)」

マーリン「(おるなぁ。トリスタンなんかテスト本番でぽんぽん壊す子ぉやったわー)」

レッサー「(あのええかっこしぃは気負いすぎただけだと思いますが――レディリーさんの場合は、『不死に慣れすぎた』点かと)」

レッサー「(人生経験が豊富すぎる上、最悪『いつ死んでも構わないむしろWelcome』なので、急な展開につけていけない――いこうしない、と)」

レッサー「(『88)の奇跡』なんてそのままでしょう?『最も古参の魔術師の一人』が不確定要素一つで計画が破綻する辺りなんか特に」

ベイロープ「(意外と真面目に分析してんのね)」

レッサー「(……従ってレディリー=タングルロードの弱点を挙げるとすれば――)」

レッサー「(――『ラッキースケベに弱い!』との結論が導き出されますな……ッ!!!)」

ベイロープ「(三秒前の私の感心を返せ)」

レッサー「(やですよぉベイロープ。私だってこう見えて成長してるんですから、胸回りを中心に)」

ランシス「(内面は全っ然成長してない……)」

レッサー「(……くっくっくっく!レディリーさんとやら、確かにあなたは『不老不死』かも知れません)」

レッサー「(オートマタを駆使し、噂に拠れば一国を攻め落とす程の戦力を保持している……ですが!)」

レッサー「(あなたが今まさに腰掛けている男性はまさに天敵!誰にも予測がつかないラッキースケベを繰り出す悪魔!)」

レッサー「(流石に長い時を生きていると言っても、まさか今からマジ話をするというのにこんな羞恥プレイをされるとは夢にも思わなかったでしょう……!)」

ベイロープ「(してたらそれはただの変態よね?常日頃から変態願望持て余してるだけだよね?)」

フロリス「(……つーかエロ絡めるとレッサーの推理力ハンパねぇぜ!)」

マーリン「(ワイが言うのもアレなんやけど……教育、間違ぉたんかな……?)」

上条「……」

レディリー「……」

レッサー「(図星だったのか、お二人ともフリーズしちゃってますしね。個人的にはあのプレイを交代して欲しい所ですがねっ!)」

マーリン「(プレイ言わんといてよぉ。ちゅーか行って来ればええんちゃうの?)」

レッサー「(いやでも、ですね……ちょっとお耳を拝借――)」

マーリン「(え、なんやのん?別に今でも小声で喋っとぉ――)」

レッサー「――――条――ペ――じゃねぇかなって――」

マーリン「嘘おぉっ!?マジで?ロ――――なん?」

レッサー「その証拠――――――で、あれが――――で。ランシス――」

マーリン「――ぁぁ、ロリ――――」

ランシス「――じゃない――」

フロリス「――他にも――――――小さい子――――」

ベイロープ「――――――無反応――――やっぱり――――ド野郎」

上条「……あの、すいません?ちょっといいですかね?」

上条「さっきから不吉なワード見え隠れさせながら、こっち見てるってプレッシャーなんですけど!

上条「つーかこっちでは空気読んで欲しいんですけどねっ!!

レッサー「でもですねペド条さん」

上条「憶えがねぇなっ!俺は無罪だし!」

レッサー「まぁ確かに仰りたい事は分かりますし、個人的にはぶち込みたい術式もあるんですがねぇ。アリサさんの友人の一人としては、ですが」

レッサー「でもそれは置いておきません?取り敢えず、ではありますが」

上条「いやだってさ!」

レッサー「ですから、取り敢えず、という形でですよ――つーか、『何故』レディリーさんがどのような経緯でここに居るのかご存じで?」

上条「それは……知らない」

レッサー「EU親善ツアー、ARISAとして出張る見返りっつっちゃなんですけど、ラグランジュポイント上でぽっちの彼女の救出を願いました」

上条「それはフランス辺りで聞いた」

レッサー「で、まぁエンデュミオンの記念式典なんで、元会長に出張って貰ってサプライズ!感動のご対面!……と、用意してあったそうですよ。ね?」

レディリー「……ええそうよ。私としてはそれなりに楽しく眠ってはいたんだけど」

上条「助けて、貰えなかったのか?逃げだそうとか?」

レディリー「そうね……ラグランジュポイント、静止衛星軌道って分かるかしら?」

上条「地球の引力と、外へ飛び出す力が均衡している所、だよな」

レディリー「そのポイントの『幅』は最低でも数キロはあるし、当然エンデュミオンに脱出艇なんか設置してなかったわ」

レディリー「幾ら私が『死なない』からといって、何も考えずに外へ出ればその宙域を永遠に漂うだけだもの」

レディリー「空気が無い状態なのに、意識がはっきりとしたまま永遠に漂うのはゴメンよね」

上条「……」

レディリー「仮に地球の引力の範囲内であったとしたって、落下する一を間違えれば海のど真ん中。サメに食い荒らされれば面倒な事になる」

レディリー「……あの状態の中、『死ねない』私が取れる選択肢は、体を冬眠させる事ぐらいかしら?」

上条「……お前も、大変だったんだな……」

レディリー「慣れてしまったわね、とっくに」

レッサー「私は当事者ではないので判断を下せませんが、少なくともアリサさんは帰還を望み、シャットアウラさんも同意しています」

レッサー「なのでここは、この場面でレディリーさんを責めるのは筋違いではないかと」

上条「分かった……ごめん、レディリー」

レディリー「ええ、最初から気にしてなかったから」

上条「そこは気にして欲しかったが……」

マタイ「口を挟ませて貰うのであれば、彼女――レディリー=タングルロード女史はギリシャ系魔術師の最高峰、しかも『予言巫女(シビル)』たる存在だ」

マタイ「魔神セレーネを相手取る以上、彼女の助力が無ければ勝機は見い出せまい」

上条「微妙に自作自演臭がしないでもないが、大丈夫か?」

レディリー「裏切る・裏切らないで言えば、『裏切”れ”ない』でしょうね。上条当麻さん?」

レディリー「だって私が探していた答えを持っているのは、あなたですもの」

上条「俺が?」

ベイロープ「……ま、ぶっちゃけアレよね。レディリーが執拗に挑発してたのもそれが原因なのだわ」

上条「俺をか?面識ないんだが、恨まれる憶えも……ないな、多分」

フロリス「そーじゃなくってさ。『右手』って事ジャン?」

ランシス「それがあれば『死ねる』から……」

レッサー「怒った勢いで殺しくれれば、それはそれで御の字、といった所でしょうかね」

上条「……あぁ納得――は、出来ねぇ。つーか実験――」

レディリー「――は、してるのよ。さっきからね」

上条「お前――その指っ!?」

レディリー「軽く噛んで血が滲んでるだけだから不要よ。痛いのは痛いのだけれど」

レディリー「見て?再生してない!あなたの膝へ乗った直後にしたのに、傷が塞がらないのよ!」

レッサー「……にゃーるほど。妙にレディリーさんがハイだったのは、上条さんのラキスケで精神攻撃喰らってる訳じゃ無かったんですか」

上条「当然だよっ!お前のネタと現実をごっちゃにするなっ!あとラッキースケベを略すな!」

レディリー「……うふふ、ボーヤにとっては私みたいな子に欲情するのは嫌なのね?可哀想、素直になれないだなんて」

レディリー「いいわ。こう見えて口が堅い方だから、あなたの堅さは内緒にしておいてあげるから、ね?」

上条「オイコラテメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

レッサー「……え、もしかしてここへ来てヒロイン追加ですかっコノヤローっ!?ぐぬぬ……!」

ラシンス「あー……しかも、ちっちゃいっていうキーワードが意味しているのは……」

フロリス「ロリパニーズには本命の可能性だと!」

上条「待とう?俺達仲間だよね?そう思ってたのはもしかして俺だけなのかな?仲良くやって来たじゃない?ほらっ!イギリスからイタリアまで!」

レッサー「いや、無理じゃないですかね?初対面から10分足らずで幼女を墜とした方にどーしろと?」

上条「だから誤解に決まってんだろうが!懐かれる意味が分からないし!」

マタイ「『現時点で自身を殺せるのは一人だけ』と、言う事であろう。信仰上の都合により、あまり看過したくはないがね」

レディリー「司祭様、司祭様はアハスにもそう言うのかしら?」

マタイ「私は司祭ではなくあの方の信徒に過ぎん。なので私見ではあるが、悪戯好きのジャック共々、最後の日まで与えられた使命を果すべきのが佳いであろう」

マタイ「……ま、異教の徒にまでとやかく言う程不寛容ではないが」

上条「何を……?」

マーリン「宗教的な話やね。どっちかっちゅーたら内輪話の――で、ワイからも聞きたいんやけど、ええかな?」

レディリー「答えられるモノであればね、妖精さん」

マーリン「いややわぁ、ワイそんなに褒めても女の子同士はノーサンキューやで?」

上条「(性別あったのか?あのもふもふ?)」

レッサー「(女の子を自称してはいますが、初めて遭遇した時にはテディベ○っぽいぬいぐるみでしたね)」

上条「(性別以前に生物なのか?)」

レッサー「(いいですかー上条さん、よく考えて下さいよー?図鑑にあんなナマモノは載ってないでしょう?)」

レッサー「(そもそも生物として成立してないんですからねー?)」

上条「(お前に現実を説かれる日が来るとは思いもしなかったが……)」

マーリン「ちょっそこっ聞こえとぉよ!人をなんだと思ぉとるんっ!」

上条「あ、すいません」

マーリン「人をあないなベアファッ×ーと一緒にせんといてぇな!」

上条「怒る所そっちか!?」

マタイ「熊は時としてグリズリーを意味し、ソビエト連邦の暗喩となる――つまり、ルーズベルトにはまさにテディ”ベア”であった訳だ」

マーリン「アメリカ野郎はいつかニューヨークのマリアンヌごと潰そぅんのは確定としてぇ――上条はんも薄々気付いとぉとは思うんやけど」

マーリン「『常夜(ディストピア)』ん中だと、誰も彼も不老不死になっとぉん違ぉかな?そう――」

マーリン「――まるでアンタの『祝福』のよぉに」



――倉庫

上条(改めて――レディリーへの個人的感情は置いておくとして、俺達は話し合いを続ける事になったが)

上条(考えてみれば『88の奇跡』を起こす前のレディリーも、誰かの被害者かも知れない)

上条(……シャットアウラの親父さんを間接的に殺し、他の87人も同じようにしようとした……)

上条(けどあの事件がなければアリサが生まれなかった、のも確かではあると。うーん?)

上条(少なくとも、即処刑的な話をアリサは望んでいない。シャットアウラも同意している。そうレッサーに指摘された)

上条(俺がいつだったか、病室へ見舞いに来てくれた神裂に言った台詞)

上条(『今回はたまたまアイツが悪かったけど、これからもずっと悪くあり続けなきゃいけないなんてルールはない』、か)

上条(……『死にたくても死ねない』苦痛がどれだけ辛いか。俺には想像すら出来なかったが)

上条(”そっち”もなんとかしてやりたいが、取り敢えずは世界を元へ戻してからだな。出来れば穏便に行きたいもんだが、インデックスに頼るしか方法はない)

上条(……ともあれ、俺はマタイさんに用意して貰った――惨状を見るに見かね、倉庫から予備を持ってきてくれた――新しい椅子へ座り)

レッサー「よっこいしょっと」 トスン

上条「レッサー、お前はあっち。つーか重い」

レッサー「やはりロ×の重みでなければおっきしませんかね?」

上条「自重しろ、なっ?ローマ正教20億人の元トップと相席してんだから!」

マタイ「佳い佳い。彼の猪と魔術師には幾度も苦杯を嘗めさせられてる故に、今更態度一つで悪くは思わんさ」

上条「何やりやがったのレッサーさん?何をすりゃ好感度が”これ以上下がらないねっ!”ってトコまで来ちゃってんのかな?」

レッサー「少なくとも”私”はなにもしてないんですけどねぇ、はい」

フロリス「その元トップに気を遣わせて椅子を持って来させんのはアウトジャン?」

上条「ひ、非常時だから!仕方がないし!」

マタイ「それも含め、佳い。どうせ失敗すれば人類が滅亡する騒ぎ、ともすれば最期ぐらいは無礼講でも構わんさ」

上条「サラっと重い事言いやがりましたよねっ!」

ベイロープ「諦めなさい。私達以外の人類はアテにならないみたいだし」

ランシス「……先生も言ってたけど、それ、ホント?」

マタイ「世界中が、とまでは言わんが、多くが『常夜』の効果範囲へ収まったのは間違いあるまい」

レッサー「根拠はどちらから?」

マタイ「先程――体感時間で四時間程前、バチカンから通信用霊装経由で連絡が来た。それを境に音沙汰が途絶えているからだ」

マーリン「何か動くんやったらこっちの情報を欲しがるやろうし、”そっちはどないなん?”っちゅー連絡は来る筈なのに来ぃへんと」

上条「内容……聞いてもいいのかな」

マタイ「ただ一言――『La notte(夜)』と」

レディリー「時差を考えればイタリアも昼間……世界自体が呑まれてると考えるべきよね」

上条「世界が、ってそれ大げさじゃないのか?学園都市ぐらいだったら、まぁ納得出来るが」

マタイ「バチカンは常に何十、何百もの対魔術結界で覆われている。だというのに連絡が途絶えた時点で異常過ぎる」

フロリス「通信用術式にジャミングされてるってセンは?」

マーリン「無い、とは言えへん。言えへんけどもや……そーゆー”希望的観測”に頼ぉるんはマズいわ」

マーリン「少なくとも月が月蝕中に停止しぃの、そのまま留まりぃの、住民全部昏睡しぃの、の三重苦で」

マーリン「その中心部であるここへドローン一機飛んで来ぃひん時点で、世界もイワされとるちゅー事やね」

上条「俺達が判断を下すには情報が少なすぎる……!」

マーリン「あんなー上条はん、当たり前の話やけど『全てを知るもの』なんちゅーのはそもそも居ないんよ」

上条「だからって」

マーリン「仮に居たとしても、そいつは今ワイらの味方にはおらんもん」

マーリン「あ、やからって全部『知る努力』を怠るのは可哀想ぉな子やで?それはただ現実逃避やし」

マーリン「やから誰でも、自分達の今持っとぉ手札だけで勝負せなあかんよ」

上条「それが役無しでも?」

マーリン「ワイは何回か、クズのカードを振り上げてディーラーをぶん殴った人間を見とぉ」

マーリン「……懐かしぃわ。マタイはんの持っとぉ”それ”もまたそぉやし」

上条「鎌、か?」

ベイロープ「『ジョン・ボールの断頭鎌(Sacred Death)』……14世紀のイングランドに於いて当時ローマ正教が絶対だった時代の話」

ベイロープ「『アダムが耕しイヴが紡いだとき、誰がジェントリだったのか』――と、農民に説いて回り、捕縛された神父の名前ね」

ランシス「……後にワット・タイラーの乱――農民の反乱により獄中から救い出され、彼は一振りの鎌を手に再び戦いへ赴き……」

フロリス「最期は政府に反乱を鎮圧され、”首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑”ってフルコースで処刑されましたとさ、チャンチャン」

上条「前も言ったけど、お前らも中々の蛮族だよね?人様をどうこう言えないぐらいには無茶してるもんな?」

ベイロープ「スコットランドの騎士、ウィリアム=ウォレスと同じ刑なんだけど、まぁそれは見せしめみたいなもんだし」

レッサー「彼の死後、彼が使っていた大鎌は密かに回収され、圧政や権力者に抗う者の象徴」

レッサー「また正しい目的を持ちながらも、無力な者の前へ必ず現れる――そう、なんで、ですがー」

レッサー「『それ』は本来ウチが所持するものではないでしょうか?良かったら返して下さいませんかねっクソジジ×?」

上条「あ、ごめんなさい。この子ちょっとアレなんです」

マタイ「これは私的な持ち物なのだが……まぁ、私が命を落とした後にでも回収したければすれば佳い」

マタイ「老い先短いこの年寄りに暴力が振るえるのであれば、だが」

上条「やめてあげてっ!?この子は何やっても本気で回収するんですからっ!」

レッサー「いやぁ上条さんが私を正しく理解されているのは嬉しいですがねー……生憎、そう出来たら簡単だったんですよ、これがまた」

レッサー「十字教関係の映画は大抵名作と超駄作の二択なんですけど、上条さんは今までにどんな映画を見ましたか?」

上条「なんだよ突然。何の話?」

レッサー「いいですから、ほらPlease?」

上条「『ベン・ハー』ぐらいしか……だな」

レッサー「なら『The Cardinal』、邦題で『枢機卿』という映画を是非お勧めします。1963年の映画ですかね」

レッサー「若く理想の高い神父が現場で働き挫折したり、異教や信仰、。はたまた第二次世界戦中の教会の立ち位置など、当時はとても踏み込んだ内容でした」

上条「へー」

レッサー「当然ですね、この映画を作るに辺り、ローマ正教の教理省という所から人を招き、彼の指示を前提に映画を作ったんだそうです」

上条「あ、知ってる。教理省ってマタイさんの居た所だろ?」

レッサー「ですね、つーかこの人です」

上条「はい?」

レッサー「ですから『半世紀前、既に教理省のトップに立ちながら映画を主導した』のが、こちらのラッツィンガーさんですよ、えぇ」

上条「……はい?」

レッサー「うんまぁ、更にぶっちゃけますとこのシジ×、ローマ正教の重鎮の一人としての地位を固めていました」

レッサー「たった36歳にも関わらず、ローマ正教の実質的なスポークスマンとして活動してたんですねー」

上条「……マジですか?」

フロリス「ついでに言ったらねー、イギリス清教の教会派にも『ローラ=スチュアート』って人が居るんだよ、ウン」

ベイロープ「『必要悪の教会』のトップで、政治的な駆け引きに長けている悪魔、と呼ばれてはいるわね」

上条「『禁書目録』を作った奴なんだよな、確か……そりゃ血も涙もない、嫌な人間なんだと思う」

ランシス「……そんな人と半世紀以上、ほぼ一線に立って互角以上に渡り歩いてきたのが……この人」

マタイ「……評価してくれるのは有り難いが、私は『右席』の暴走も止められなかった間抜けだよ」

マーリン「いやぁ、そぉは言うけどもやな。そもそも『右席』連中が好き放題やらかしてるんやったら、学園都市は無かったんちゃうかな?」

マーリン「フィアンマみとぉな魔術師を抱えとぉのに、乗っ取られなかったやん?」

上条「あー……成程。フィアンマはフランスとロシアに手ぇ伸ばしてたみたいだけど、そもそもで言えばローマ正教を総動員してれば良かったんだよな」

レッサー「ロシア成教が幹部連中ほぼスポイルされている所を見ると、浸透具合は相当なもんだったんでしょうが」

レッサー「物事の中核を担っていたローマ正教に於いては、『右席』の一人を除いては粛正らしい粛正も無く、どんだけこのジ×イって話です」

マーリン「ウチの子ぉらと戦わしても……まぁ真っ向からやっても完封喰らうやろうねぇ」

レッサー「何を弱気な!ブリテンのアーティファクトを取り返すために命を賭けてなんぼってもんでしょうが!」

レッサー「さぁ我らが『新たなる光』の団結力をみせて差し上げますコトよっ!」

フロリス「あ、ゴメン。ワタシは興味無いし」

ベイロープ「この状況下で味方減らしてどうするのよ、自重しろ」

ランシス「時には裏切る勇気も必要、多分」

レッサー「見たか!親より強い絆を持った一致団結ガン○団!」

上条「いいから涙拭けよ。あとその団は変態レベルが高すぎるからペッてしなさい、ペッて」

マタイ「繰り返すが買い被りである上に”これ”は君達には必要のないものであろう?」

マタイ「今更この程度の霊装が無くとも、君達は困らない筈だと」

レッサー「や、や、や、やだなー?そんな事無いですよー?」

ランシス「わざとらしい演技禁止……」

マタイ「ふむ。以前から我々の議題に上がっては居たのだが、『カーテナ・オリジナル』――円卓の騎士が一人、トリスタンの佩剣」

マタイ「イギリスの王権の象徴にして、持つべき者が持てば絶対の力を持つ霊装となる……まぁ、それは佳いであろう。伝説の霊装とは斯くあるべきだ」

マタイ「この『ジョン・ボールの断頭鎌(Sacred Death)』がそうであるように、巨悪を討ち滅ぼす力を持つのは当然と言えよう」

マタイ「だが――”それ”を。恐らく……いや、確実に最低でも数世紀以上、王室派・騎士派・教会派のそれぞれが探し求めていたモノを――」

マタイ「――何故”たかだか魔術結社にも及ばない組織如きが、こう容易く手に入れられるのか?”と」

レディリー「興味あるわね、その話。良かったら教えてくれないかしら?」

レッサー「あー、やっぱそう来ますよねー……つーかどっちも検討はついているでしょうに、白々しいったらありゃしませんよ」

マタイ「私の過去を散々持ち出して於いて佳く言――」

上条「――なぁ、ちょっといいか」

マタイ「好いてもいない闘争の歴史なぞ、誰の救いにもならないが?」

上条「や、別にもっと聞かせろって話じゃ無くてさ。最初に言っておきたいと思うんだよ」

レッサー「『俺、この戦いが終わったらハーレムを作るんだ……ッ!』」

ベイロープ「レッサー、ハウスっ!」

レッサー「わふーーっ!」

マーリン「この子ぉは……ホンマになぁ」

ランシス「てゆーか元凶は先生だと思う」

マーリン「え?なんやって?」

フロリス「だから、そーゆートコがなんだぜ」

上条「いいからお前らも話を聞け!大事な事なんだから!」

マタイ「軽口でも叩かねばやってられん、という話なのだろうがな」

上条「とにかく!今は俺達がお互いに牽制し合ってる場合じゃねぇだろう?」

上条「失敗したら人類全滅って話なのに!あーだこーだ言っても始まらない、それは分かるよな?」

レディリー「ま、そうよね」

上条「出し惜しみ、組織のしがらみ、今までの因縁とかあるんだと思うよ。それはな?」

上条「でも今は!今だけでいいから!その柵を忘れてくれないかっ!?」

上条「大事な人や守りたいもの、お前達にだってあるんだろう?――俺と同じように!」

上条「だから手を貸して欲しい!頼むっ!」

レッサー「……」

上条「それでトラブルが起きるようだったら、俺が何とかするからっ!この通りだっ!」

マタイ「……頭を上げてくれたまえ、これ以上恥を晒す訳には行かん」

マーリン「……やんなぁ。ワイらが出し惜しみすんのもアホ過ぎるわ」

上条「だったら……?」

レディリー「私の靴を嘗めてもいいのよ?」

上条「ヤダこの人ぜんっぜん主旨を理解してねぇ」

レッサー「なんでしたらこの私が!」

ベイロープ「黙ってなさい恥女」

マタイ「ともあれ心配する所はあい分かった……と、いうよりもまだまだこの歳で不徳の致す所だ。謝罪しよう」

上条「止めて下さいよ!?俺はただ、ワガママ言ってるだけですから!」

マタイ「そう卑屈にならなくとも佳い。人類の命運を背負っている時点でせせこましい事を言っていた我らに責がある――マーリン卿」

マーリン「マーリンでええて。”まぁりん”でもええし?」

マタイ「……それは個人的に嫌だが、『ジョン・ボールの断頭鎌(Sacred Death)』、騒動が終結したら持っていくと佳い」

レッサー「マジですかっ!?」

マタイ「元々はイギリス清教の騎士から託された物。アックアが帰国する際にでも渡そうとは思っていたが、王室派や教会派の手に渡らなければ佳いだろう」

マタイ「……それに我が闘争の歴史もそろそろ引き際やもしれん。老兵は死なず、ただ消え去るのみ」

上条「(引き際”かも”って……気になってたんだけどマタイさんって幾つ?)」

レッサー「(88歳ですね。その上、現役の『教皇級』魔術師)」

上条「(米寿なのに現役って……!)」

マタイ「この夜、この場所にて起きた事は一切語らずと、神と聖霊の名に於いて誓おう」

マーリン「なら『新たなる光』もそれに倣ぉて誓うわ」

マーリン「我が魔術と永劫に眠る王の円卓にかけて、協力者の情報を漏らして不利益を与ぉ真似はせぇへん」

マタイ「私はローマ正教の一員では無く、ただのマタイ=リースとしてこの場にいる。よって手の内を吹聴されても構わないんだがね」

上条「(すいません、解説の人?)」

レッサー「(『余のフォースを真似出来るのであればやってみるがよい、ジェダ○よ!』)」

レッサー「(『尤も、我がフォースはジェ○イ如きに扱えるものではないがな!フゥワーッハッハッハーッ!)」

上条「(あー……)」

レディリー「私は別にこちらの手札を晒しても構わないのだけれど、一つだけ約束して欲しいわね」

上条「誰にも言わないって?」

レディリー「そうじゃなく。魔神の件が片付いたら、私を殺す方法を見つけるか、殺して欲しいのよ」

上条「何ともまぁ、嫌な条件だな。それ」

レディリー「……最低でもあなたの協力があれば死ねそうだし、どうかしら?」

上条「……」

レッサー「上条さん」

上条「……分かった。ただしこっちにも条件を出していいか?」

レディリー「この体でいいんだったら、好きにしてくれても構わ――」

上条「俺が構うわっ!そんな趣味は無いっ!絶対にっ!絶対だからなっ!」

レッサー「ナイスダチョ○!」

レディリー「お金?それとも名誉?私の持ち物で良ければ、遺産全部をあなたへ譲るわよ。それでどう?」

上条「欲し――く、はないが、そうじゃなくって、その、出来ればもっと穏便な方法を探してみたいんだよ」

レディリー「具体的には?」

上条「俺の知り合いに魔術師が居るし、インデックスに頼んで、あんたの呪い?だかを解除したいんだ」

上条「呪いさえ解ければ、普通の人と変わらない体になるんだろう?」

レディリー「そうね……あなたにだったら乱暴にされるのも嫌いじゃないけど、痛いのはあまり好きじゃないわね」

上条「だったら!」

レディリー「期限を何年か決めて、その間に成果が出せなければ――というのは如何かしら?」

上条「それは……」

レディリー「何もあなたに殺して欲しいだなんて言わないのよ。ただ最期まで手を握ってくれるだけでいいの」

レディリー「ある意味、ロマンチックな展開よね?」

上条「……分かった。それで頼む」

レディリー「ええ、契約成立ね」



――倉庫

上条「――んじゃ改めてよろしく。人類最後の七人、ケンカしてる場合じゃねぇんだからな」

マーリン「ややわぁ上条はん、自分数えんの忘れとぉよ?」

マーリン「ひと、ふた、み、よ、いつ、む、なな、やー――ほらぁ、八人おるんやからねっ!」

上条「あ、あぁうん、そう、だね?ごめん、な?」

レッサー「(数え忘れたんじゃなく、『若干一名、人類だとカウント出来なかった』の間違いじゃないですね?)」

フロリス「(そこは……ホラ、スルーする優しさも必要ジャンか)」

ラシンス「(……てか、何類?)」

ベイロープ「(生き物に分類して良いのかしら……)」

マーリン「アンタら憶えときぃ!ワイもシメる時はシメへんねんで!?」

上条「ま、まぁまぁ」

マタイ「その霊装だか術式だかの興味も尽きない所だが――まず、現状分析から始めようか」

マタイ「質問や疑問があればその都度言ってくれたまえ」

上条「俺も口挟んでいいの?」

マーリン「上条はんもARISAツアー始まぉてから、ウチの子ぉらから色々聞いとぉやろ?だったらある程度の知識は持っとぉ筈や」

マーリン「ちゅーか科学サイド代表として頑張ってぇな、んん?」

上条「普通の高校生には荷が重すぎる……!」

レディリー「そう難しく考えなくてもいいのよ。私達魔術師にとっては常識でも、あなた達にとっては違う事もあるわよね?」

レディリー「そういう『綻び』を指摘してくれるだけでも大分違うから」

上条「……やってみる!」

マタイ「では現状、『常夜(ディストピア)』から始めよう」

マタイ「効果は『不老不死』、射程範囲は『地球上』、効果時間は『不明』」

マタイ「……ただし『時間が停止している』ため、効果時間が来るとは思えない」

マーリン「『幻想殺し』でも解除出来へんシロモノやんねー……」

上条「……最初から詰んでませんか?」

レディリー「いえ、セレーネは”まだ”勝ち目がある存在よ」

レディリー「もしこれがアルテミスやヘカーテだったら、この街は確実に全滅してるわね」

上条「えっと……?」

レディリー「アルテミスは『必中・必殺・射程無限』の弓を持つ女神、ヘカーテは『死者達の女王』にして生贄を好む魔王」

レディリー「あ、どちらも狩りを好む女神で、人間を獣へ堕とす権能を持っているから――分かるわよね?」

マーリン「人類全てが眠っとぉのは”まだ”マシなんよ、これが」

上条「……相手にしたくねー……!」

マタイ「比較的温和、しかも人間へ対し敵対関係でないセレーネであるが故に、辛うじて誰も死人を出さずに済んでいる」

上条「……つーか、さっきから疑問に思ってたんだけどさ、その『不老不死』ってのは本当なのか?」

上条「効果範囲内――結界の張られてない外へ出れば、俺でもガッツリ魔術に罹るのは体験済み……だけども」

上条「それと不老不死が繋がるのは、イマイチ実感が湧かない」

上条「『不死』は人で試す訳にはいかないし、『不老』の方だって、なぁ?」

マタイ「それは近くの雑貨店で買い物をした時に観察している」

上条「え!?食いもん買ってきたのマタイさんか!?」

マタイ「『歩く教会』よりやや強い霊装のお陰だ」

上条「……や、そのフード付きローブの事なんだろうが……どう見ても死神にしか……」

マタイ「『鎌』と同じく、個人的に収集したものであるから十字教式のものではない」

マーリン「いやぁ、なんやそれ言ぉか迷っとったんやけど、ケルトの獣王ケルヌンノスの臭いがプンプンしよぉな……?」

レディリー「ま、教会を遡れば異教の聖堂だった過去も珍しくないわ。素敵なお召し物よね」

マタイ「……ともあれ。その際に幾つか自動車事故を起こしている所があり、助けようとしたのだが」

マタイ「誰一人として起きているものはおらず、また怪我をした者も居なかった。車自体が大破しているのに」

上条「ならまだ”マシ”なんだな。しかし一体何で『眠り』なんだ……?」

レディリー「可愛いボーヤ、セレーネとエンデュミオンの悲恋は知ってるかしら?」

上条「エンデュミオンって人に女神セレーネが恋をしたんだけど、老いる相手に耐えられなくなって不老不死を願った、だっけ?」

レディリー「そうよ。エンデュミオンを眠りにつかせたのはゼウスであったとも言うし、セレーネ自身だとも言われているわね」

レディリー「――つまり『魔神セレーネにとって眠りとは祝福』なの」

上条「……はい?」

レディリー「あなたはもし、目の前の恋人があなたよりもずっと早く死んでしまうと分かったら、泣くかしら?それとも嗤う?」

レディリー「どんなに手を尽したって、神に祈っても悪魔へ魂を引き渡そうとしても、死の手が恋人を連れ去ろうとしてるのよ」

レディリー「そうなったら悲しいわよね、とぉーっても」

レディリー「けれど、眠ったままであればずっと一緒に居られる。世界が滅ぶその瞬間まで寄り添っていられる――なんて、素敵なお話だわ」

上条「……待ってくれっ。その、セレーネがしたのか、それともやって貰ったかのはともかく!エンデュミオンは不老不死になったんだよな!?」

レディリー「ええ」

上条「だとしたら、この状況……『人類全体が眠らされている』ってのは――」

上条「――『セレーネにとっては”善意”でやった』って事か……ッ!?」

マタイ「バチカンで、私は鳴護アリサ君の能力……いや、『奇跡』をこう分析した」

マタイ「彼女は『願い』を叶え”させ”るために生まれ、『龍脈』を恣意的に操れる能力だと」

マタイ「だからきっとアリサ君を媒介にする事で、魔神セレーネは我ら人類の『願望』を読み取ったのであろう」

上条「……待ってくれ!確かにアリサの『奇跡』はそういう能力かも知んないけどさ!」

上条「でもおかしいだろっ!?人類全体を無理矢理眠らせちまうなんて!それのどこが『願いを叶える』って事に繋がるんだっ!?」

レディリー「愚かしくも愛おしいボーヤ、あなたは答えを知っているのよ」

上条「俺が、か?」

レディリー「あなたは見て来たでしょう?体験してきたでしょう?」

レディリー「セレーネが愛し子に見せた『夢』はどんなものだったかしら?」

上条「……」

レディリー「血も凍るような惨劇?文字通りの悪夢?それとも救いのない英雄譚?」

レディリー「そうじゃなかったわよね?『あなたが望んだ世界』は、決してそんなものではなかった」

レディリー「魔術と科学が共生しながらも、ほんの少しだけの摩擦で済むような優しい優しい世界」

レディリー「女の子を意味も無く侍らせるでもなく、誰も彼もが均等に、けれど決して結ばれない世界」

レディリー「……年上の女性に甘えるのは、個人的には好感が持ててよ?ねぇ?」

レディリー「楽しかった?誰も彼もが幸せに包まれ、ほんの少しだけ、物語のスパイス程度に『不幸』が起きる――」

レディリー「――そんな『夢物語』は」

上条「……魔神セレーネは、『神』だ。それもよく分からないが、途方もない力を持つ……」

上条「人類に対しては好意的、しかも恋人が人間だから余計に感情移入してしまう」

上条「自我があるのかどうか分からない、分からないが――彼女はこの地に降り、『濁音協会』のクソッたれどものお陰で肉体を得た」

上条「……ここまでは、合ってるか?」

マーリン「ワイらの予想と同じや。続けてぇな」

上条「……そんな彼女は『全ての母』って属性?だか制約を持つ、んだよな?」

マタイ「恐らくはキュベレー神が残っていたのだろう。地母神として、万物の産みの親でもある――と、いう『設定』だ」

上条「アリサと……なんつったらいいのか、共感?アリサが『奇跡』を起こす能力の前提、つまり」

上条「『他人からの願望を無意識の内に汲み取る』能力、それが働いた……?」

レディリー「LIVE会場に居た者、ネットで中継を見た者――歌を聴いた者全てへセレーネは影響を与えるのよ」

レディリー「それが更に呼び水になって、世界は月の光すらない暗闇に覆われる……」

上条「……だか、決して無限ではない。幾ら神様だからって、魔神だからって全ての人間の願いを叶えるなんて不可能だ……!」

レッサー「『フランス野郎を37564』なんて、物騒な考えを持ったテロリストだっているでしょーしねぇ」

フロリス「おいテロリスト」

ラシンス「……人の数だけ、世界がなければ……無理」

ベイロープ「……そういう、事か……ッ!」

上条「だから『セレーネは世界を創った――”夢”という世界を』――」

上条「――その中であればどんな願いだって、思いのままに叶えられるから、かよ……ッ!!!」

マタイ「……魔神の行動理由と原理はその通りであろう、な」

マーリン「……なんちゅうか、平和っちゃ平和なんやけど……うーん?」

レディリー「神も悪魔も、私達とは違う次元でたゆたうエネルギーみたいなものよ」

レディリー「そこに本来人格は無いし、あっても『こちら側』と関わりが無いのだから、気にする必要もなかったわ」

レディリー「実際に『あちら側』の存在がどれだけ自我が希薄なのかは、オティヌスのような『人をベースにした神』を見れば分かるわよね?」

レディリー「オーディンという異物を取り込んでいるのに、彼の神が持つ制約や性質、その他諸々を全て無視して奔放に力を行使出来るのだから」

マタイ「もしもオティヌスが『神話のオーディン』をトレースしなければいけないのなら、そもそも性別からして成り立たない」

マタイ「神話の時代には男が死を生み、女が生を産む。その理からは逃れられん」

マーリン「なーる。ちゅー事はセレーネはその逆、『神話にあるがままの神』で合っとぉ?」

マーリン「そぉ考えると、あないな自我っぽい自我に欠けとぉモノになるんかなぁ」

レディリー「ボーヤが言ったように、魔神セレーネの行動原理はあくまでも”救い”ね――」

レディリー「――それが本当の救いになるかどうかは、また別なのだけれど、ね?」


――倉庫

上条「――はーいっ質問」

レディリー「レデイに年齢を訊ねるものではないわよ?」

上条「そんな事は聞いてねぇよロリB――じゃないですよねっ!お姉さんっ!」

レッサー「おや珍しい。上条さんが地雷を回避しましたねぇ」

マーリン「アレやね。『死ぬよりも辛い事がある』を体感させられとぉなかったんやね」

マタイ「個人的にも興味があるのだがね。アンブロシアの果実をいつどこで、どのように食べたのか、は」

レディリー「あら、こっちの”ボーヤ”を私に興味があるのかしら?」

レディリー「でもダメね。あなたのパパは魔女に騙されちゃいけないって釘を刺していたし」

マタイ「デルフォイの巫女殿に諭されるようでは、嘆いたらいいのか喜んだらいいのか分からんがな」

上条「いやあの、だから、質問あるんですけど……」

マタイ「失礼した。続けたまえ」

上条「あ、はいどうも……えっと、まずなんだけど、魔神の人格云々って信じられんの?」

マーリン「人格――っちゅう言い方もアレやけど、性格の事っちゅう話?」

上条「あぁ。確かに今、なんつーか人類ほぼ全員眠ってる状態……良くはないが、最悪って訳でもないよな」

レッサー「外の時間が文字通りFreezeしているような感じですから」

上条「それについて不思議に思ったのが二つ。まず『人格』がどうなってんのか知りたい。それとも性格って言った方がいいのかな?」

マーリン「神の人格……日本語にしたらおかしいんやけど、まぁ人格のままでええんちゃう?」

マーリン「英語やと人格も性格も”character”で同一視されとぉからね」

フロリス「ワタシ、ニッホッンゴ、ワッカリマセーン」

ランシス「難しいよねー……」

上条「で、今のセレーネは取り敢えず人の味方……まぁ、一応は自分の恋人へ対するのと同じく、こう、善意っぽい押しつけで眠らせてる」

上条「これが突然心変わりする、みたいな事は起きないのか?」

レディリー「例えば?」

上条「あぁそっちは二番目の質問と被るんだが……その、クトゥルー系の魔術が存在するんだよな?」

マタイ「その通りだ。魔術も存在もするし、邪教集団も確認されている」

マーリン「一年くらい前、天草式十字凄教がそいつらとロンドンでドンパチやっとぉよ」

上条「連中、フランスでそのドンパチやった天草式の奴から聞いたんだよ。『世界を滅ぼす術式は存在する。しかし世界が滅びた事は無い』って」

上条「なんで?って聞いたら、『単純に魔力が足りないとか、世界を滅ぼす方法はあっても実行に移せない』……って言われた」

マーリン「やね」

上条「クトゥルー系でよく言われる、『ルルイエ浮上して人類総発狂してBADEND!』は、起りようがない……だって言うのに」

上条「一つ方向性間違えれば、一つめの質問で言ったような『人格が変わる』――」

上条「……いや、それよりももっと単純に、気が変わる?何か癇癪を起こしてもいいし、イラッとしたのでもいい」

上条「そんな、本当に少しの気まぐれでこの世界は滅ぶんじゃないのか?」

マーリン「あー……」

上条「前に聞いた時には『魔力とかが絶対的に少ないから、理論上は可能だが不可能に近い』って言われた事が、だ」

マタイ「……ふむ。そのどちらの質問へ対して、応じる答えは一つであるな」

マタイ「まず分かりやすいように後者の疑問から答えるが――『理論上可能な事をしてしまった』だけの話だ」

上条「……また、うん、なんつーかなっ!」

マーリン「多分クトゥルー系魔術師の説明した時、ウチの子ぉらから聞いたと思うんやけど……『クトゥルーは”ある”』んよ。少なくとも魔術としては」

マーリン「あのヌメヌメタコ野郎が死して眠っとぉルルイエが浮上すれば、世界人類全てが発狂する――っちゅー魔術もある」

マタイ「……ただ、『それを実行に移す』ためには莫大な量の魔力が必要となる。その行為を指して『理論上でのみ可能』とされてい”た”」

上条「……」

レディリー「ただの魔術師と聖人の違い、あなたは教えて貰ったかしら?」

上条「えっと……携帯見てもいいかな?確かメモってる筈だから」

レディリー「仕様のない子ね」

上条 ピッ

上条(携帯は……アンテナが三本立ったまま、しかし時間は18時6分――さっき起きた時に確認した数字のままだ)

上条(時間が止まっているのであれば、『電波』もまた停らなきゃおかしいんだが……まぁ色々あるんだろ!不思議パワーがなっ!)

上条「……人は魔術を行使するのに、魔力が必要になってくる」

上条「デカい魔術、威力の高い魔術、効果時間が長い魔術……とにかく大規模な魔術を使おうとすればする程、比例して必要な魔力を支払わなくてはならない」

レッサー「デカいと威力、意味被ってませんか?」

ベイロープ「ヘタレッサー、静かに」

レッサー「止めてくれません?その名前浸透しそうで怖いんで、本気で止めてくれませんかね?」

上条「当然強い魔術の方が有利なんで、基本的には出力を上げる傾向がある」

上条「でも魔力は無尽蔵って訳じゃないし、威力が高ければ疲労もデカい」

上条「補助器具?みたいな感じで霊装を使ったり、また経験と修練によっては多少節約出来る?」

マーリン「『ただの魔術師』の最高峰、14の頃からドイツ軍へ入りぃの、74年鍛えに鍛え上げたとぉのんがマタイはんやね」

マタイ「せめて戦時中はノーカウントにして貰えないだろうか?私はFoo Fightersを相手にしていただけなのだから」

レディリー「彼の総統閣下は魔術へ傾倒していた”噂”もあったわね、都市伝説なんでしょうけど」

レディリー「その”遺産”を引き継いだのは誰なのかしら?興味深いわね?」

上条「だから!そーゆーの禁止!仲間――つーか運命共同体なんだから仲良くしましょうっ!」

マタイ「……聖槍騎士団の話は作家へ任せるとして、まぁ魔術の使い方に関しては多少上手いと自負しているがね」

上条「どんだけ効率がいいのか興味はあるが……さておき、魔術の話だ」

上条「個人の修練、もしくは経験値?以外にも魔力を供給できる方法がある。技術っつっていいもんか迷うが、まぁ方法と言っとくか」

上条「それは『外部から力を取り入れる事』、だ。例えるんだったら、そうだなー……」

上条「あぁ、携帯電話と同じか。内蔵されてるバッテリーを消費して電話をかけたり、メールのやりとりが出来る」

上条「でも使っている内にバッテリーは減り、遣えば遣う程早く電池切れになっちまう」

上条「そうすると後は充電しなきゃ使い物にならない……まぁ、魔術師に言い換えるんだったら、『疲労で倒れて、寝たら回復した』、かな?」

上条「んで、最近の携帯は通話以外にもネットやゲーム、音楽プレイヤーの機能もついている。一昔前のパソコンよりもずっと性能は上だし」

上条「……ただ、色々な用途に使えば当然バッテリーが切れるのが早くなる――だから」

上条「『外部電源を用意し、携帯に繋いで使う』と」

レッサー「流石は上条さんっ!的を得ていますなっ!」

マーリン「全くやんねっ!」

マタイ「……『的を射ている』が、正しいのだが……」

レッサー・マーリン「「……」」

フロリス「……えっとー?なんつーんだろな、こう、親が授業参観へ来てやらかす、的な?」

ラシンス「……ボケてないのにボケ扱いされるって……ふふ」

レディリー「概要は大体合っているわね。『個人の魔力では足りない魔術に、外からの力を遣って発動させる』の」

マタイ「大昔……いや、現代に於いても人身御供の類はある。アレもまた『外部からの魔力の供給』に他ならない」

マリーン「やけんど、今は効率が悪ぅ言うてそぉゆぅのはあんま聞かんなー。どっかにはあるんやろうけど」

上条「で、今の流行り――つーかセオリー?なのが、『天使の力(テレズマ)』、『龍脈』……だっけか?」

レディリー「テレズマを『位相の力』と別物にカウントするのであれば、もう一つ加わるのだけれど、ね?」

上条「ま、『外部からエネルギー引き込んで使いましょう』って概念なんだろう」

上条「少なくとも個人が個人の魔力で完結出来るよりも圧倒的に強い!……が、同時に」

マタイ「制御と使い勝手が極めて悪くなる。それこそ人の器にて扱える総量は決まっておる」

マーリン「や、でも十字教って『天使の力』、ぎょーさん使ぉてへん?使ぉてるよね?」

マタイ「身の丈に合っただけ、と言っておこう」

レディリー「まぁ、兎にも角にも扱いづらいのよね。規模や威力に正比例して」

レディリー「例えばどこかの洗脳兵器も決められた時間に定められた場所、しかも限定された星座の下でしか効果が出ない、って言うし」

上条「あー……『使徒十字(クローチェディピエトロ)』か」

マーリン「龍脈やマナが扱い易こぉたら、そもそも科学がここまで発展してへんよ」

マーリン「現代魔術師は誰も彼も秘密主義に隠避主義拗らせとぉから、後は衰退するか指咥えとぉしかないかもしれんなぁ」

マタイ「あなたがそれを言うのか……!」

マーリン「科学も魔術もどないだってええねんよ。それがワイの愛し子ぉらのためになるんやったらな」

上条「質問いいかな?ふと今思ったんだけどさ、魔術師の中でそういう”外部からの力”を使ってる奴ってどのぐらい居るんだ?」

マタイ「珍しくもない、というのが結論であるな。君が知ってる範囲に於いては、シスター・アンジェレネが居ただろう?」

上条「あぁはい、何か巾着袋飛ばしてたちっこいドジっ子シスター」

マタイ「あれも聖典にある逸話を再現している……が、少々練度が足りないとの報告が上がっていたようだが」

マーリン「なんちゅーか、大抵は使っとぉけども……『それやったら自分のマナでええんちゃう?』的な魔術師も仰山おってぇなーぁ」

マーリン「最近はどぉも『目的のために魔術を使ぉ』じゃなく、『魔術を使ぉたいだけ』っちゅーんのが増えて来とぉわ」

上条「『魔術は一度絶望した人間が辿り着いた先、だから基本的に魔術師は超個人主義』、みたいな話をバードウェイから聞いたぞ?」

レディリー「そのおちびちゃん、旧い魔術結社の子でしょ?だったら『現実が見えていてもそう言うしかない』のよ」

上条「……ボスの言ってる事が間違いだって?」

レディリー「魔術はね。そう、中世から近世にかけてはそういう側面があったのも事実よ」

レディリー「何かに絶望したり、大事なものを奪われた人が復讐のために身を焦がす技術――何故ならば『当時はそれ以外に頼れるものが無かったから』よ」

レディリー「『ジョン・ボールの断頭鎌』然り、魔術は弱者が強者へ立ち向かうための『手段』としては中々のもの”だった”のだけれど――」

レディリー「――『今』は違うわよね?」

マーリン「言い方はアレやねんけど、テロ起こそ思ぉたらカラシニコフ用意した方が早いしぃ?」

マーリン「魔術をいっちょ前に『使える』魔術師こさえるには、何年もかかるっちゅーねん!アホか!」

レディリー「今の円卓、その子達は随分習熟度が高いわよね?昔から教えてたのかしら?」

マーリン「この子ぉらは相応のリスクも負っとぉ。力に見合っただけの対価は支払ってる……ちゅーか、そうでもせんと力振るえんのは知ってるやんか」

上条「あー……まぁ何となくは分かる。『魔術スゲー!』ってよく思うし。でもその『スゲー魔術』ってのを使いこなすために、どんだけ練習したんだっても」

マタイ「魔術師一人を生み出すよりも、軍隊を編成させて現代兵器で武装させた方が効率的ではある」

上条「アックアやフィアンマみてーなワンマンアーミーは?」

マタイ「一個旅団、下手をすれば一国を敵に回しても勝利を掴める魔術師……確かに強くはあるが、”個”の力だ」

マタイ「両者ともに全盛期は精々10年と言った所か。ピークを過ぎてもあの力を振るえる保証など無い」

レッサー「……そのフィアンマの一撃を、誰一人犠牲を出さずに受け止めた人が言っても説得力はないんじゃないですかね……?」

マーリン「ウソかホントか知らへんけど、教皇には『ローマ正教同士での殺生禁止』っちゅー制約があるらしいんよ」

マーリン「よって第二次世界大戦中も、同じローマ正教寄りやったドイツに手ぇも足も出せへんかった、的な噂がなぁ」

マタイ「罪人を裁くのに位階の有無は関係あるまい――その上、”我”が強すぎて二人ともどこかへ行ってしまったままだよ」

上条「個人に強すぎる力が集まっても不幸になる、か。効率的には程遠いような」

フロリス「人一人をBANG!しようと思ったら銃はあるしー?なんだったらRV車で突っ込んでもいいワケだ……あ、よくはないケドさ」

マーリン「科学が氾濫して魔術師の絶対数が減りぃのー、んでもってマスターが減れば弟子も少なくなりぃーの、で、もうどないしたらええのか分からんし」

マーリン「そぉかと思えば”ファンタジー()”に憧れてこっちへ入りとぉ言う子ぉらもおるしなー。なんやワッケ分からん事になっとぉ」

ランシス「魔法使いが主役のラノベが流行ったりする、し?」

マーリン「いやいやっ!言う程簡単ちゃうよ!?魔術知識のガード無ぉて位相知識にアクセスしよぉたら発狂間違いなしやんか!」

上条「……いやあのさ?これ多分俺の思い過ごしなんだろうけどさ、ちょっといいかな?」

上条「一般的――ってカテゴリーへ含めていいのか分かんないけど、霊能者とかオカルト系の自称”見えちゃう人”居るよな?」

上条「クラスや学年に一人ぐらいは居て、何か幽霊やら電波的なものを受信してる――って”自称”してる人……」

上条「もしかして、なんだけど……?」

レッサー「あぁそれ恐らく『中途半端に位相知識とチャンネルが合っちゃった』人でしょうな」

上条「マジか!?だからなんか、こうっ!アイタタタ的な奴らばっかりなのかっ!?」

レディリー「普通の魔術結社ともなれば、そうならないように段階を踏んで儀式を行うのが当たり前」

マタイ「一切の手続きをせず、また何の予備知識も無く深淵を覗けば、深淵からも覗かれるのは必定と言えような」

マーリン「つってもまぁ影響なんて微々たるもんやし、当人が無視するんやったら無視出来る程度のもんやて?」

マーリン「なんちゅうても魔術らしい魔術を行使してへんのやから、大した影響を受ける訳が無いし?」

上条「……な、ならいいのか……?」

レディリー「感受性の強い子供がフェアリーや妖精を幻視るお話はよくあるわ。大人になったら忘れてしまう不思議な物語」

レディリー「はしかみたいなものかしらね?あなたはどう、そんな優しい時間は?」

上条「……俺の話はどうでもいい。話を戻す――か、どうか分からないが」

上条「そうすると今のセレーネの状態は、どう、なんだ?この地球全体を眠られる術式――」

ランシス「……『常夜(ディストピア)』……」

上条「――を、維持してるのは一体”何”の魔力を使ってるんだろうな……?そこを突けば俺達にも勝ち目はある……」

ほぼ全員「……」

上条「……な、なに?どしたの?皆で俺見てさ?」

レッサー「意外と考えてますね、と」

上条「やだなーレッサーさん!こう見ても俺イギリス清教が誇る禁書目録や『必要悪の教会』やポニテ聖人!」

上条「ローマ正教の錬金術師やシスターさん達に『神の右席』連中!」

上条「ロシア成教にグレムリンにテロリストに能力者以下略!まるでブルース=ウィリ○張りに活躍してるんですからねっ!」

マタイ「その割に魔術知識を憶えようとすらしていないのは、どうかと思うのだが……まぁ佳いだろう。人は城、人は生け垣であろうな」

マーリン「んー……ワイらもまぁ囓っとぉけども、やっぱレディリーはんが本職やんなぁ?」

レディリー「そう、ね。この話は私が不老不死になって、そして――」

レディリー「――『88の奇跡』と『エンデュミオンの奇跡』でやろうとした術式にも関わってくるわ」

上条「……いいのか?」

レディリー「良いも悪いも無いわね。どっちみち何も感じてなんかいないし?」

上条「反省しろよ、そこは。そこだけは」



――倉庫

レディリー「結論から言えば『魔神セレーネは龍脈から力を得ている』と、私は推測しているわね……というか」

レディリー「『濁音協会』が仕掛けた魔神の受肉させる術式、あれは”私がしようとした原理をほぼそのまま踏襲している”と言った方が良いかしら?」

上条「……原理だけ?魔術って事じゃなくて?」

レディリー「あなたはこの地球に龍脈――地脈、レイ・ライン、マナの通り道……」

レディリー「呼び方は色々だけれど、ここはあなたへ敬意を表して『龍脈』で統一するわね?」

上条(俺の『右手』を見ながらレディリーは嗤う……大覇星祭ん時、出まくった情報だだ漏れすぎじゃねぇ)

レディリー「龍脈の概要はご存じ?」

上条「何となくは……スッゴイ魔力が地球上に走りまくってる感じ?」

レディリー「とても大雑把に言えばそうね。ここもそうだし、深海の最も深い場所にも、砂漠の真ん中にだって龍脈は流れているわ」

レディリー「ネット回線よりも広く細く、それこそどんな所だって龍脈は通っているの」

上条「てー事は何か?アイツは太い龍脈にでも……」

レディリー「どうしたの?」

上条「……いや、前にさ。俺とアリサが『地脈に介入出来る力を持つかも?』ってマタイさんに言われた事があったんだよ」

マタイ「もう少々断定的であったと思うが」

マーリン「ワイも同意見やね。二人の異能を”魔術的に解釈すれば”そうなるんよ」

レディリー「私も――と、言いたい所だけど、それがどうかして?」

上条「あぁ、だから、セレーネの前でアリサ、が……」

レッサー「……上条さん……」

上条「……いや、大丈夫。大丈夫じゃないけど、今は落ち着いてる」

上条「――アリサは、消えちまった。あの魔神の前でだ」

上条「俺はそれが”セレーネが魔神に吸収された”って、割と最悪の状況を考えていたんだが……」

上条「……けどさ、”あの時点でセレーネは完全に具現化してた”よな?」

上条「月蝕が始まって、月が完全に見えなくなった時点でセレーネはセレーネとしての力を使いやがった」

上条「だから俺以外にも居たスタッフ連中がステージへ上がれなかった、と」

レディリー「続けて頂戴」

上条「だから――だから、何となく、だけどさ。話の流れだと『セレーネがアリサを取り込んでパワーアップした!』みたいな感じになりそうだよな?」

上条「でも、それは何か違うような気がする。アリサが龍脈を操れたとしても、その”前”段階からセレーネは力を使えたんだから」

マーリン「……ふぅむ。筋は通っとぉね。アリサはんの体質を考えたら”消え”るのもアリかもしれへ――」

ベイロープ「レッサー、ゴーッ!」

レッサー「イェエッマム!!!」 ブチブチブチブチッ

マーリン「ちょ千切らんといて!?ワイはただ最悪の状況を想定しただけやんかっ!?」

上条「……レッサー」

レッサー「あ、ご自分でケリつけます?『幻想殺し』でやっちゃいます?」

マーリン「そんな殺生なっ!?ワイの人生ここで終わるんかいっ!」

上条「まぁ、そのぐらいにしといてくれ。俺は大丈夫だし、もふもふの言い分も分かるから」

レディリー「……話を戻すけど――あなたの推測、合っていると思うわよ?」

上条「え?」

レディリー「『魔神セレーネは鳴護アリサさんを取り込んでいない』のに、私は命を賭けてもいいわね」

上条「本当にかっ!?」

レディリー「えぇ、だって『たかだか龍脈一本で”常夜”の維持なんか出来っこない』ものね」

上条「……うん?」

レディリー「考えてご覧なさい。龍脈は世界中のどこにでもあるのよ?大小は変わるけど、それこそどこにだって」

レディリー「それを、たかが一本だけを支配下へ置いて所で、この術式は成せないわ」

上条「えぇっと……出来れば、その、俺にも分かるように頼む」

マーリン「要は『龍脈の確保なんて難しゅう無いわ』っちゅー事やね」

マーリン「古代に作られたストーン・ヘンジに磐座、中世に立てられた大聖堂や神社仏閣。その多くが太い龍脈の上に乗っとぉ」

マーリン「でも、『それを利用して世界全てへ影響与えるような術式』なんて、見た事ないやろ?」

上条「そう……なのか?」

マタイ「様々な神話、様々な民族、そして様々な終末論がある」

マタイ「十字教の黙示録、古代マヤとアステカの太陽を食べるジャガー、北欧神話のラグナロク……実に様々だ」

マタイ「そして当然、『世界を終わらせてしまえるような術式や霊装』もまた存在する。正しいやり方を踏めば世界が滅ぶ」

マタイ「が、しかし我ら人類は未だ滅びてなどおらぬ。これは何を示しているのか?」

上条「……クトゥルー系の魔術と同じく――『魔力が足りない』……?」

マタイ「それが、答えだ」

上条「あーーーっと……古今東西、色んな国でその地域地域の龍脈を支配していたと」

上条「で、それを使ってその地域ぐらいには魔術の影響を与える事が出来た……」

上条「でもって世界をぶっ壊すような魔術もあって、きちんとした手順を踏めば発動する……だが」

上条「……『魔力』が足りない。だから世界が壊れる事は無かった……と」

上条「……」

レディリー「答えが出ないのであればヒントを上げるわね。感謝してくれてもいいのよ?」

上条「お願いしますっお姉さんっ!」

レディリー「い、いい返事ねっ!」

フロリス「(チョロっ!?)」

レッサー「(流石は相性特性が『ロリ:◎』でダメージ二倍の男……!)」

レディリー「……私が”死ねない”理由。まだ言ってなかったけれど、始まりは……そうね」

レディリー「十字軍、第何次かは忘れたけれど、たまたまデルフォイまで迷い込んできた騎士が居たのよ」

レディリー「彼は遠征軍の唯一の生き残りで、もう手の施しようのない怪我をしていたのだけれど……最期を看取ろうとした私へ、ある”種”をくれたわ」

マタイ「……アンブロシア……」

レディリー「そうね。ギリシャ神話で神々が食べる果実。ベルセポネを冥界へ縛り止めた黄泉の柘榴」

レディリー「それを口にしてしまってからずっと――『龍脈からマナが永続的に補充され続ける』のよね」

上条「……」

レディリー「お陰で歳も取れなくなったし、怪我をしても死ねずに再生してしまう。困ったものよね」

マタイ「人は人の器にしか収まらず、また収めなければいかん……いや、あなたが最も痛感しているだろうが」

レディリー「私は何度も死のうとしたのよ。でもその度に龍脈からは絶えずマナが注ぎ込まれて死ねなかった」

マーリン「あるぇ?待ってぇな。断線自体は難しくなかったとちゃうのん?」

レディリー「断線”自体”はね。ただ何回切っても新しい龍脈からアクセスされて、結果は分かるでしょう?」

マーリン「……難儀やなぁ。祝福も過ぎれば呪詛やねんし」

レディリー「だか私はこう考えたのよ――『龍脈へ力をぶつけて相殺してしまえばいい』って!」

上条「ま、待て待て!それおかしいだろ!」

レディリー「何よ」

上条「だってさ!龍脈ってのは地球のどこにだってあるんだろ?」

レディリー「そうね」

上条「で、しかも魔術師が自由に龍脈を扱えようになれば、神様みてーな力を得られる?」

レディリー「私は『巫女』だから、あまりそっちには興味無かったのだけど」

レッサー「(あー、納得。そうでなければ、今頃ペロポネソス半島辺りに魔術帝国築いて皇帝になってたでしょうしねぇ)」

上条「そんな力に対抗出来るっつったら……『天使の力』?それとも『位相の力』?」

レディリー「両方、ハ・ズ・レ」

上条「じゃあ……?」

レディリー「答えは――『天空』よ」



――倉庫

上条「天空?龍脈は……えっと、地脈、だっけ?天脈みたいなもんがあるってのか?」

レディリー「概念としては正しいわね。『Zodiac』と呼ばれる……日本語でなんて言えばいいのかしら……?」

マーリン「『黄道帯』やね。黄道十二宮って聞いた事あらへん?」

レッサー「ゴールドな聖闘○つった方が分かりやすいでしょうか」

上条「星座……あぁ!天空ってのは星空の事かよ!?」

レディリー「大地に龍脈が流れているように、星辰の彼方からも魔術師は力を呼び込んでいたの」

レディリー「だから私はシャトルに乗った”88人”を、星座とリンクさせて膨大なマナを呼び込もうとしたのよ」

マーリン「ま、ぶっちゃけと生贄捧げたんやろ」

レディリー「ええ、惜しい所までは行ったのだけれど、失敗してしまったわ」

レディリー「……ただ本当に失敗だったかどうかは今も分からないわね。だって――」

レディリー「――『鳴護アリサが生まれた』んですもの」

上条「……お前の実験は間違ってたし、もう一回とか言い出すんだったら殴ってでも止めるけどな」

上条「でもアリサが生まれたのは、この世界に来てくれたのだけは……!」

レディリー「ありがとうボーヤ。あとで優しいお姉さんからご褒美をあげるわね?」

上条「要らねぇ。つーかレッサーがグギギ言い出すから話し続けてくれ」

レディリー「そう?残念ね」

レッサー「……最近はボケる前にボケを潰すなんて――そんなあなたを愛していますっ!」

上条「残念、俺はそうでもない……『88の奇跡』の裏側は分かった。つまりは地上の龍脈だけじゃなくて、星空にも龍脈が流れてるんだ?」

マタイ「より正確を期すれば星だけではなく、太陽や月も同じであるな。星辰の”星(せい)”は星を表し、”辰”は天体を表している」

マーリン「古来から太陽崇拝は勿論の事、月信仰も多いんよ。それはつまり”そういう事”やね」

レディリー「膨大なマナを星辰から引き込んだ――けれど、私の願いは叶わずにアリサを地上へ産み落としたわ。それが『88の奇跡』」

レディリー「……元々、マナには方向性があり、地上と星辰をぶつければ相反する……と、思ったのに、実際にはただ一つに収束されてしまったわ」

マーリン「まぁ、そぉやんね。どっちも『指方向性の無い魔力の塊』なんやから、一足す一は二ぃになる筈や」

レディリー「だから私は、『地上と星辰、それぞれの龍脈に属性を付加する事にした』の」

レディリー「エンデュミオンという『塔』を造り上げ、魔術的な意味を持たせて、アリサを組み込んだ!今度こそ死ねる!そう思ったわ!」

マタイ「具体的にはどのような?」

レディリー「バベルの塔そのものね。昔から魔術的に”塔”は傲慢と不破、そして破壊が確約されているシンボルでもあるの」

上条「バードウェイのタロットでも、塔は上下どっちでも悪い意味になる唯一のカード、だっけ?」

マタイ「……その塔は神の家なのだが……まぁ佳いだろう」

レディリー「私は『橋』を架けたかったのよ。天空と地上を繋ぐ、魔術師的な橋を」

レディリー「そうすれば黄道宮を流れる膨大な天空のマナ、そして地上を流れる龍脈のマナ。その二つを以てすれば容易に死ねる――」

レディリー「――そう、考えたの」

上条「……だがアンタは失敗した。成功する訳が無かったんだよ、そんなものは」

上条「アリサが居て、シャットアウラが居て、インデックスやビリビリが居る――」

上条「――俺達が居るんだからな……ッ!」

レディリー「……そう、ね。結果としては術式の核として組み込んだアリサ」

レディリー「彼女が魔術の方向性を『奇跡』へ変える事により、私は誰も居ないエンデュミオンの残骸へ取り残されてしまったわ」

レディリー「832年の人生で初めの体験だったけれど、中々刺激的だったわね?」

上条「……それが『エンデュミオンの奇跡』の真実か……!」

レディリー「禁書目録からは『仮に術式をやっても死ねない』と言われ、どうしたらよかったのよ……!」

上条「レディリー……」

マタイ「双方共に落ち着きたまえ。特にあなたは演技を止める事だ」

上条「演技?誰が?」

レディリー「久しぶりに心が浮き立つのだけれど、ダメかしら?」

マーリン「そのまま演技が本気になるだけちゃうん?するだけ墓穴やと思うわー」

レディリー「なら、おフザケはここまでにして――と、言っても『エンデュミオン』のお話もここまでなのよね」

上条「あーっと、だな。整理するとだ。龍脈ってのは地上に流れてるモンだけじゃない……」

上条「天空、星辰……太陽や月、星座とかからも地球に流れている。だから『エンデュミオン』って宇宙エレベーターを建設して、魔力を取り込もうとした」

上条「……ごめん。正直、頭がパンクしそうだ」

マタイ「先程までの議論で言えば『地上の龍脈一本を制した所で、”常夜”術式を発動させるのは不可能』という結論が出た」

マーリン「一本で足りひんやったら、数増やせばええんちゃう?ってのんがキモやんね」

上条「……セレーネが利用したのは龍脈と月の魔力か……ッ!?」

レディリー「と、考えるしかないでしょうね」

レディリー「月蝕の中、天空から降り注ぐ光の柱、”あれ”によって地上の龍脈と月からのマナを結びつけ、『常夜』を維持してるの」

上条「光の柱――月光か。いやでもそしたら……普通の満月と同じじゃないのか?」

上条「月”蝕”なんだし、月の光量は途中限りなくゼロに近くなるんだろ?だったら満月の方がマナ――魔力を集められやすいんじゃ?」

レディリー「そうね。月は魔術と密接な関わりを持っているのは事実よ」

レディリー「新月の夜には吸血鬼が跋扈するというし、満月が輝く夜には獣人が遠吠えを上げ、三日月の元にサバトを開く」

レディリー「なんて言うのかしら、全てが全て満月の日に儀式を行うんじゃなくて、用途に合った月の形を選んでいるのよ」

レディリー「その中でも月蝕は必ず満月の日に起き、真円から暗闇へ姿を変えるのよ」

レディリー「地球へは月の光が流れ込み、月は地球の影に穢される――世界を滅ぼすような術式にはピッタリだと思わない?」

上条「や、でもさ?まだ納得がいかない!」

レディリー「Please?」

上条「前にレッサー達から聞いたけどさ!『月蝕は魔術的にも大きな意味を持つ』って!」

上条「アンティなんとかの歯車の時も、月蝕の直前に王様を交代してって聞いたし!」

マーリン「アンティキテラ島の歯車と古代バビロニアの『供犠王(King sacrifice』の話やね」

マタイ「日蝕と月蝕は不吉なものと考えられており、その直前に王座へ罪人をつけ、その命を以て汚れを祓う、だったか」

マーリン「紀元前20世紀にはサロス周期が発見されとぉて、8時間の時差以外は”蝕”を予言出来たんやからなー」

上条「そこだよ、そこ。俺が不思議に思ってんのは」

レディリー「どこ?」

上条「そんな昔っから日蝕月蝕は予想出来てたし、月の満ち欠けも……原理はともかく、周期自体は完璧に把握してたんだろ?」

上条「だったらどっかのバカが『あれ?これ上手く行けば世界滅ぼせんじゃね?』的に突っ走らなかったのはどうしてだ?」

レディリー「『術式を発動させたが、維持し続ける事は出来なかった』のよ、単純にね」

上条「維持出来ない?」

レディリー「南アメリカに存在するインカ・アステカ帝国の遺跡群は数あれど、その多くが放棄されていた話はご存じかしら?」

上条「あれ?スペインに滅ぼされたんじゃなかったっけ?」

レディリー「勿論民族のとして死をもたらしたのはスペイン人だけれど、殆どの都市はそれ以前に人が離れていたのよ」

レディリー「それは、どうしてかしら?」

上条「どうし――て、ってまさか……?」

レディリー「あくまでも私の妄想だけどね、使ったのよ『世界を滅ぼす術式』を」

レディリー「元々両帝国は強烈な終末信仰を土台にしていた。なら試してみたっておかしくないじゃない?」

上条「それ、暴論じゃないか?」

レディリー「例えばあなたのキッチンにあるペティナイフ。それを使って人を傷付けるのは簡単よね?」

レディリー「でもあなたは決してしない――『理由がない』からと」

上条「当たり前だ」

レディリー「しかし日本ではあなたと、あなたが抱えている現実とは違い、毎年ペティナイフで人を殺める事件が起きているわ」

レディリー「この世界には理屈や真理が人の数程あって、時として狂気を孕んだ幻想が産まれる事は珍しくもないのよ。憶えておきなさい」

上条「……」

レディリー「ともあれ『彼らは世界を滅ぼす』術式を使ったの。満月の夜にか、月蝕の日にか、太陽の下であったのかは分からないけれど」

レディリー「が、『起動はしても維持は出来なかった』のね。どれもこれも術者自身や仲間を消滅させるだけに留まった」

レディリー「そう、それは単純な理由。『維持出来る魔力が足りなかった』だけ」

上条「……でも、俺達の目の前で世界は終わっている――レベルの、魔術が行使されているって事は、だ」

上条「地脈と月蝕、それ以外からも魔力を引っ張ってきている?」

レディリー「――とは、考えにくいのよ。だってそれ以外の魔力を感じない」

レディリー「コロンブスの卵的な発想よね。盲点と言えば盲点だけれど」

上条「うん?」

レディリー「もっと単純、けれど今まで誰も出来なかったのよ」

レディリー「月蝕を触媒にすれば莫大な魔力を引き込める――『月の光』と『地球の影』の二つを用いて、星辰とパスを繋げられるから」

レディリー「そこに地脈をプラスしてしまえば、大抵の魔術は行使出来る……手順を間違えなければ、ね?」

レディリー「……でも『月蝕が起きているのは一瞬』なの。長くても精々数分なのよ」

レディリー「だからその一瞬を利用して魔術を行使しても、その維持までには魔力が回らない」

レディリー「それが今までの魔術サイドの常識」

マタイ「補足しておくが、普通の魔術師であれば生涯通して尚、龍脈一本をある程度制御出来れば”稀代の天才”と謳われるレベルであるな」

マーリン「国家・民族レベルでの英雄でもない限り――」

マーリン「――もしくは『適格者』っちゅー名の聖人でもない限り、到底為し得ん事やねぇ……」

レディリー「けれど魔神セレーネは私達魔術師の中でも、というか魔術師という枠そのものを超えていた」

レディリー「過去の魔術師は”蝕”の瞬間に魔術を発動させる……まぁ『供犠王』のように、”その瞬間”だけを効果的に利用したのに」

レディリー「セレーネが取った手段は単純にして明快、バカバカしいぐらいにどうしようもない手段。そう、それは――」

レディリー「――『月蝕になった瞬間に時を停めた』だけ」

上条「………………………………は?」

レディリー「だからずっと月蝕――月光と地球の影を通じた太いパスが星辰と繋がってる状態なのよ。二つの『レイ・ライン(力の道)』が常時接続されていると」

レディリー「だから無茶な『時間停止』と『地球全て』なんて、神様ですら成し遂げなかった魔術が行使されている……の、かしらね?」

上条「……頭痛い……」

レディリー「お大事に。けれどこれはチャンスなのよね」

上条「時間停めるようなラスボス相手にか?」

レディリー「逆に言えば『相手が魔神だとしても、”常夜”を維持するのに月蝕を利用する必要があった』のよ」

レディリー「もし、自由に世界を眠らせるだけの力があるんだったら、わざわざこの日この夜を狙って魔術をかける必要がないわ」

上条「……そうか……!相手が魔神だって言っても、魔術的なセオリーからは逃げられないのか……!」

レディリー「むしろ逆ね。私達と違って受肉した肉体を持たないからこそ、性格も性質も魔術や神話に捕らえられているの」

レディリー「……ま、セレーネの人格云々については休憩が終わってからにしましょう。少し話し疲れたわ」

上条「お疲れー」



――倉庫 休憩中

上条(てな感じで各自休憩になった)

上条(マタイさんが近くのコンビニから買ってきた――正確には代金と引き替えに持ってきた――軽食を口にする)

上条(机の上に無造作に置いてあったお茶のペットボトルは、たった今冷蔵庫から取り出したように冷たく、喉を潤してくれた)

上条(……一部の人がボルビィッ○とコントレック○とエビア○を『縁起悪いから捨てましょう!』と言って騒ぎになったが、まぁいつもの事だ)

上条(ライブの乱入騒ぎから何時間経ってるんだろな?さっきまでテンションが高かったから疲れは殆ど感じなかったんだけど……)

レッサー「――ちわっ!お隣宜しいでしょーか?」 ストンッ

上条「座ってる座ってる。俺の了解得る前に座ってるじゃねぇか」

レッサー「何でしたら膝の上に座ってキャッキャウフフでも一向に構わないんですけど?」

上条「ナイスだレッサー!珍しく気を遣ってくれたな!」

レッサー「その反応が私のピュアな乙女心をガリガリと削るんですが……」

レッサー「にしても疲れましたねー、いやホンットに」

上条「お前は大喜利やってなかったかな?空気読んでは居なかったよね?」

レッサー「ではなくっ!その前に色々面倒だったあったんですよ、憶えてませんか?」

上条「面倒?あぁ学園都市まで来んのが?」

レッサー「それもNO!一体全体誰が上条さんをここまで引っ張ってきたと思ってらっしゃんですか……ッ!!!」

上条「……あぁ成程。そう言う面倒ね。悪かったよ、ありがとな?」

レッサー「いえ実際にお姫様抱っこして連れてきたのはマタイさんなので、お礼を言われる筋合いはないですね」

上条「レッサー関係ねぇじゃん!?面倒な要素皆無じゃねぇかっ!?」

レッサー「あぁいやいや。これは所謂優しさでしてね」

レッサー「『ジ×イにお姫様抱っこされるぐらいだったら、私に引っ張られてきた』って勘違いされている方がいいんじゃないかなー、と」

上条「優しい嘘を吐くんだったら最後まで吐き通しなさいっ!それが全員のためなんだからっ!」

レッサー「優しい嘘ですかー……うーむ、どうなんでしょうねぇ、それ」

上条「それ?」

レッサー「あのアルなんとかさんも言ってたそうじゃないですか――『アリサに踏み込まなかったお前らが悪い』って」

レッサー「なんて言いましょうか、こう、ショックですよね。控えめに言っても」

上条「お前も……あの場に居たのか?」

レッサー「いえ、マタイさんからのまた聞きですよ。会場の外で『ショゴス』と遊んでいました」

上条「あぁそうか。お前らもアリサに招待されたんだよな」

レッサー「宿泊しているホテルが襲撃されたんで、急いで駆けつけてみれば敵の攻撃で足止め」

レッサー「まんまとアリサさんを持って行かれたようですしねぇ、これがまたムカつきますが」

上条「……アリサは――」

レッサー「『帰ってくるか』、ですか?」

上条「……どうなんだろうな、って思ってさ」

レッサー「どう、とは?」

上条「俺はアリサに戻ってきて欲しい。それは絶対にそう思うしブレるつもりもない、けど――」

上条「――アリサにとってはどうなんかな、って思ってさ」

レッサー「あー、はいはい。何だその事でしたか」

上条「何だってのは、何だよ」

レッサー「なんて言いましょうか、超個人主義の国出身の人間から言わせて貰いますと、『勝手にすればいいんじゃね?』と思いますよ、えぇ」

上条「意外と割り切ってんだな……」

レッサー「私は生憎アリサさんの人生へ対して責任は取れませんからねぇ。アイドル路線放棄して食べドル目指すのも生き残り戦略ですし」

上条「そんな話はしてなかったな?俺もたまに心配になるが」

レッサー「生きるのも同様。友人としてお話を聞いたり、悩み事を相談するのはウェルカムですけど、実際に手助けするのにも限界、ありますよね?」

上条「……認めたくねぇけど、あるよな」

レッサー「私の手だって長かないですし、誰だってそうでしょうからねぇ」

上条「……アリサがさ、なんか様子おかしいなってのは分かってた。分かってたんだけど……」

レッサー「踏み込む気にはならなかった?」

上条「……最悪、『あぁこいつウゼェな』って俺が嫌われる分には構わないんだが、その」

上条「逆に俺が口出していい問題か?ってもな、うん」

レッサー「……ですねぇ、分かります分かります」

上条「だよな?だから――」

レッサー「――だから、取り敢えず引っ張り出しましょーかね。ちゃっちゃと!」

上条「はい?」

レッサー「何です上条さん?『コイツ俺の話聞いてねぇ!?むしろ俺が残像だ!』みたいな顔して」

上条「残念、前半分だけしか合ってねぇ……いやいや、レッサーさん?違うよな?ここそーゆー場面じゃなくね?」

レッサー「そういうって、どうゆう?」

上条「だからさ。『アリサはそっとしておいた方がいいんじゃねぇかな』みたいなだ」

レッサー「えぇはい、ですから。『そうかも知れませんね』って言いましたよね?」

上条「あ、うん。だよね?よかったー、話聞いてないのかも思ったー」

レッサー「やですよ上条さん。私にだってアリサさんにはアリサさんのご都合があるって分かりますからねー」

上条「だ、だよね?」

レッサー「でも『アリサさんの都合やらを酌んでやる必要性もない』ですよね?」

上条「……いや、だからさ!」

レッサー「面倒臭いんでぶっちゃけますと、私にとってアリサさんは友人ですけど彼女が何を望んで何をしたかったのか、ってのはあんま興味無いです」

上条「興味、ってお前」

レッサー「つーかアリサさんにはアリサさんのお考えがあるんでしょうけども、私には知ったこっちゃありませんね」

レッサー「私はただ、この場、これ以降アリサさんに会えないのが嫌なので、全力で助けるだけです――」

レッサー「――それが仮に、アリサさんが望まなくたって、です」

上条「……アリサの意志は関係ないって?」

レッサー「最初に『残された友人がどう思うか?』をぶっちぎりやがったのは向こうですからね。遠慮するつもりなんてありませんよ、私は」

レッサー「曲がりなりにも友人と称する仲なのに、一っっっっっっっ言も相談しくさらずに逃げやがった相手を、どう慮れと?えぇえぇ」

上条「レッサー、お前もしかして……怒って、る?」

レッサー「やだなー上条さん、”怒ってない訳ない”じゃないですかー、あっはっはっはっはー」

レッサー「私が上条さんへ正々堂々コクったのに怯えて、勝負もせずにトンズラ決めた女にそれ以外の感情があると思います?」

上条「え?なんだ――」

レッサー「――とは、言わせませんよ?つーか何となく気付いてらっしゃるでしょうに」

上条「……」

レッサー「そりゃ切っ掛けなり『濁音協会』の思考誘導もあったでしょうが、根本的な所はそこでしょ?違います?」

上条「それは……分からないよ。俺達はアリサじゃないんだから」

レッサー「でっすよねぇ、ですから聞き出しに行きましょうか」

上条「……え?」

レッサー「難しい話は何一つもありません。『私が気に入らないから』って理由だけで、アリサさんを助けたいと思います、えぇ」

レッサー「アリサさんの意志?希望?知ったこっちゃないですよ、私は私のしたいようにするだけですからね」

レッサー「それで嫌われたり、余計な事すんなって言われるんだったら、それはそれで構いません……何故ならばっ」

レッサー「……今、この世界のままだと、アリサさんは文句一つすら言ってくれませんからね……」

上条「レッサー……お前、強いな」

レッサー「惚れました?」

上条「結構、好きだ」

レッサー「――なーんつったりして!このっ!『幻想殺し』っ!」

上条「だから俺の右手に『女殺し』的な意味は無いとあれだけ……」

レッサー「どうせ皆に言ってるんでしょうっ!?この、イ・ケ・ズ☆」

上条「日本語の意味間違ってるよ?それどこの可愛いけど残念な子から教わったの?」

レッサー「……照れません?」

上条「素に戻るなよっ!?俺だってどうしたらいいのか分かんねぇし!」

レッサー「さ、流石に、なんかこう、アリサさんが居ないのにー、みたいなのは卑怯かなぁ?と思ったりなんかしちゃったり?」

上条「……俺に言われてもなぁ」

レッサー「……」

上条「……」

ランシス「……上条ロ×名人、レッサー9段(恥女)、共に長考へ入りました……」

マーリン「どぉですかなぁ解説のフロリスさん。ここまでの両者の戦いっぷりは?

フロリス「そうですなー、ワタシの見た感じだケド」

フロリス「『あ、ちょっとお花摘みに行ってきますねっ!』とバレッバレの言い訳で抜け駆けしたレッサー9段(変態)ですが」

フロリス「いざ対戦となると冷静さにやや欠けてるようですねー」

マーリン「ほぉ?例えばどないな感じですか?」

フロリス「ウン、まー唐突なギャグを挟んで間合いを計ってみたかと思えば!またそれとは別にシリアスな話をしてみたりと!」

フロリス「ここでレッサー9段(変態)が常日頃座右の銘にしている、『IはHの後に来る!』を実践していれば、二人ともパンツ脱いでる頃ですからねー」

フロリス「にも関わらず、まるでローティーンが初めて男友達と遊ぶ時のように、きっちり椅子を離して間合いを取っていますよー」

マーリン「……あぁしゃーないなー。こりゃ緊張でカッチカチやて」

フロリス「だからここは上条(×リ)名人が、一部ファンから『ヘタレ条』と呼ばれるのに倣い」

フロリス「肝心な時になんだかんだでヘタレるレッサー9段(変態)も『ヘタレッサー』と呼んだ方が――」

レッサー「待ちましょうか?えぇマジで待ちませんか?」

レッサー「てかヘタレッサーって本気で止めて下さいなっ!なんか定着しそうで嫌ですからっ!」

ランシス「……ロシアまで二人旅してたのに、手も足さない……ぷぷっ……!」

レッサー「あなたと一緒にしないで欲しいですかねっ!取り敢えず上司の相方をNTRる人はンねっ!」

上条「……や、ごめんな?ちょっと待って、つーか教えて欲しいんだけど」

フロリス「Pardon?」

上条「その、フロリスさん達……いつから、見てましたか……?」

フロリス「レッサーがヘタレて膝の上に座るのを断念した所からジャン?」

上条「つまり最初からって事ですよねっ!分かりますっ!」

ベイロープ「一応『やめときなさい』っては言ったんだけどねー……」

マーリン「何言うとぉベイロープっ!ワイの可愛ぇ教え子が頑張っとぉたら見守るんが筋ってもんやで!」

ランシス「本音は?」

マーリン「ヘタレッサー超オモロイわぁ」

レッサー「ええいっ!どいつもこいつもっ、私の味方は居ないんでしょーか!」

フロリス「てかこの狭い倉庫で聞くなってのが、ウン?」

ベイロープ「無茶よね」

上条「……無茶じゃなくないか?別に部屋は他にもあるし、マタイさんもレディリーも居ないよね?ピーピングってないもんね?」

フロリス「いやぁ、アレジャンか?こう、取り敢えず壊しとけ、みたいな?」

ランシス「……人の幸せ……ぶちこわしー」

上条「オマエらってほんっっっっっっっっっっっとにアレだよな?これでもかって言うぐらい協調性ないよな?」

レッサー「なんと……!北斗の星の隣で輝くあの星は……ッ!?」

上条「それは凶兆星な?正しくは死兆星だし、無理にフラグ立てようとすんじゃねぇ!」

マーリン「こないなボケまで拾うとはっ!……話に聞いとったけど勇者司令ダグオ○拾ぉたのは伊達やないんかっ!?」

レッサー「ね?言いましたでしょ?」

上条「オイコラそこの変態師弟コンビ、ツッコミの手腕よりまず言うべき事があるんじゃないのか?あ?」

マーリン「てかこの明石焼きおかしゅうないか?何やソースドッバぁかかっとぉよ?」 モグモグ

上条「あ、テメ俺が最後に食べようと思ってたたこ焼き食いやがったな!?」

マーリン「何言ぉてんの上条はん、こんなんたこ焼きちゃうよ?あ、知らんかー?関西人やないと分からんのかもなー」

マーリン「ええ?たこ焼きっちゅーんは、こう、もっとしんなりしとぉてな、こう出汁につけて食べるねんよ?分こぉ?」

マーリン「それに何やのこのマヨと鰹節は!……まぁ美味しい、美味しいけど違和感バリバリやねー」

マーリン「あぁこぉ言ぅん『マネラー』言うんやったっけ?あるある、食いモンの味よぉ分からんっちゅーな。うん」

マーリン「まぁ、コンビニでのスナックやし?あんまやいのやいの言ぅんは大人げない――」 ツンツン

マーリン「……何?何なんレッサー?今ワイが上条はんに大阪風たこ焼きの真髄をやな……」

マーリン「うぇ?『これ明石焼き違ぉ、ホンマのたこ焼き』て?何言ぉてんの、ややわぁ、センセからかわんといてぇな」

マーリン「アレやろ?なんやこう、上条はんの前でワイ担ごう的な感じやろ?ワイは分こぉ――何?違ぉ?そうやないの?」

マーリン「『だから出汁で食べるのは明石焼きで、ソースと鰹節かけて食べんのがたこ焼き』……?」

マーリン「……」

マーリン「知っとぉ、うん、ワイ知っとったよ?いやマジで?全然全然、な?」

マーリン「ま、知っとぉ、っちゅーか、その、アレよね?大体合ぉてたやんか?うん、素材的なモンは一緒やったし?」

マーリン「だから、こうアレやん?ニアピン賞的な……そうそう、惜しかったんよ?惜しかっとぉ」

マーリン「……」

マーリン「――ってぇ知らんわボケぇ!幾らワイやっても極東の国のローカルフードなんか一々抑えてへんわっ!手ブラかっ!?」

マーリン「そもそも何やねんっ!誰や明石焼きとたこ焼き間違ぉて憶えてた奴が悪いとちゃうんか、なああっ!?」

マーリン「出て来いやぁ!ワイがケ×から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたるさかいっ!」

マーリン「――ってぇ教えたんワイないかーーーーーーいっ!ルネッサーーーーーーーーーンスっ!!!」

ベイロープ・フロリス・ランシス「「「レッサー、ゴー」」」

レッサー「あー、最近ユニットバスの汚れが取れないんですよねー。あ、丁度いい所にスポンジが」

マーリン「あいたたたたっ!?だからワイを千切らんといてぇな!?しかもスポンジて!ユニットバスの汚れ落とすのにセンセーは不向きちゃうかなっ!」

マーリン「せめて!せめてキャベツ野郎の消しゴムスポンジと混同せんと!鏡的なものをこするちょっとお高いシートの扱いにしてぇな!」

上条「お前らもう帰れよっ、な?ネタだよね?途中から完全にコントへ入ったもんね?」

上条「てかコントしたかったら世界を元へ戻してからにしなさいっ!今ちょっと忙しいんだから!」




(以下『月に吼える』へ続く……)

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