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Clock(trial)

闇咲「『続・西遊記。〜有角と鋼の章〜』」

 
――とある病室

闇咲「――と、いう訳で本日は猪八戒を取り上げようと思う」

上条「大丈夫?あぁいや『アタマ大丈夫?』とかって意味じゃなくて、『お前何してんの?』って意味で大丈夫?」

闇咲「その二つに大して差はないような感じられるのだが」

上条「入院してるからってお見舞いに来たんたけどな。こう初手から飛ばしてんなー的な。あ、これお見舞いのお花です」

闇咲「明日退院すると伝えたはずだが……それと鉢植えの花は病気が根付くといわれ、あまり好まれない傾向にある」

上条「あ、そうなんだ!次から気をつけるな!」

闇咲「悪意を感じるな。次はないと言っておく」

上条「てか俺の知り合いがすいません……!多分しょーもない理由で襲撃したと思われ!」

闇咲「気にしなくていい。商売柄怨まれるのはよくある話だ」

上条「そっか……じゃあ、俺はこのぐらいで失礼――やめて離して!?俺は帰ってジャヒ○様を見るんだからねっ!?」

闇咲「君には選択肢がある。この病室で『西遊記補足編・猪八戒と鉄』をする。それがまず一つ」

上条「も、もう一つは……?」

闇咲「この間ここへ遊びに来た鳴護君と佐天君と一緒に、病院怪談心霊ツアーを敢行する」

上条「絶対に面白いなその企画!ただ同時に一ミリも関わりたくねぇ!損すっから!」

闇咲「全くの同感だな。なので私は明日退院する」

上条「あぁお見舞いと称して色々しやがるつもりだったのね……それは本当の意味でお疲れさまでした」

闇咲「と、いう訳で猪八戒なのだが」

上条「だから勝手話を進めんなよ!まさかカッパ一匹にここまで話引っ張るとは思ってねぇよ!?リクくれた人だって引くわ!?」

闇咲「仕方がないだろう。後日とある筋から情報を得て、私が納得させられるような内容だった以上、話さないのは不誠実だ」

上条「情報て。どこの筋よ?」

闇咲「『八戒×三蔵』派の人だ」

上条「違う違う。それ西遊記は西遊記でも西遊記じゃなくて、全員が妖怪じゃないイケメンのやつじゃね?極東の島国で開花したヤツ」

闇咲「いや……『三蔵×八戒』だったかな……?間違えると怒られるんだ」

上条「間違いねぇよそれ。発酵してる女子の好きな方の最遊○だよ」

闇咲「それで指摘された猪八戒の正体だが――『牽牛(けんぎゅう)』だな」

上条「なぁ?いつもいつも直で結論言われたって、俺としては『はぁ!?』なんだよ!予備知識がねぇんだからリアクションのしようがないっつーかな!」

闇咲「いや、君でも確実に知っている。恐らく幼稚園児でも大概分かると思う」

上条「おっとまた角度をつけた煽り方しやがって!誰が園児未満だコノヤロー」

闇咲「皮肉でもなんでもないのだが……彦星は、知っているだろう?」

上条「だからバカにしてんのかテメー。七夕の織姫さんの彼氏だろ?女関係で仕事をしなくなったってダメな人の」

上条「……ん?ダメな、人……?」

闇咲「七夕伝説の彦星には様々な名前があり、恐らくオリジナルとされているのが『牽牛郎(けんぎゅうろう)』だ」

上条「何か聞いたことあるような?アルタイルってそんな名前じゃなかったっけ?」

闇咲「漢名だな。『牽牛星』」

上条「詳しくは知らないけど牽牛、つーか彦星が八戒さんだったの?ダメな男繋がりってだけで一緒にすんのは無理がないか?」

闇咲「ふむ。では君はどのような点が一致していれば妥当だと思うのかね?」

上条「せめて場所ぐらいはだなぁ。彦星と織姫は天の川関係なんだから八戒もその関係者じゃないと」

闇咲「猪八戒が玄奘と合流するまでの経緯は……まぁ知らないか」

上条「おっと!超雑には知ってるぜ!何か偉い人にエ×いことしようとして天海から追放されたんだってな!」

闇咲「何故ピンポイントで知っているのか不思議だが、まぁそうだな。月に住む女神の嫦娥(じょうが)に言い寄って追放された」

闇咲「その後は人ではなくブタ、というイノシシの体へ入ってしまい、なんだかんだで妖怪にまで身を落してしまう。そこら辺は割愛する」

闇咲「だがこの猪八戒が嫦娥に言い寄れた、というのを不思議に思わないだろうか――どうして”月”にまで一介の神霊が行けたのかと」

上条「あぁ言われてみればそうだな。ブタさんが月に行くってイメージがそもそもないわな」

闇咲「答えから言ってしまえば猪八戒は『天蓬元帥(てんほうげんすい)』という役職にあった。天の河を管理する水軍の将軍だな」

上条「なにそれ超カッケー!?ブタになる前とはいえ!……ん?天の河?」

闇咲「そうだな。七夕伝説の舞台である天の河だな」

上条「えーっと……確認するな?西遊記ってのは三蔵法師の天竺往復がベースにあって、そっから大量に後から”盛った”話なんだよな?」

闇咲「そうだな。よって初期は悟空も悟浄も八戒も登場しない。娯楽の話ですらない」

上条「悟空さんに至ってはハヌマーン説がある?」

闇咲「あぁ」

上条「つーことは当然、八戒さんも既存の某かの物語や伝説からぶっ込まれた可能性がある、と?」

闇咲「その通りだ。かなり古くから中国で信仰を集めていた七夕を下敷きにして語られた可能性もあるな」

上条「……可能性はあっけども……うーん……?」

闇咲「七夕の異聞に一つにはな。所謂羽衣伝説と結びつけられているものがある」

上条「ハゴロモ?」

闇咲「ある泉で天女が衣を脱いで水浴びをしていると、そこへ男が通りかかって衣を隠してしまう。天女は天へ帰れないで途方に暮れていると、男が求婚して妻になるという話だ」

上条「昔話なんだろうが最低だな」

闇咲「この伝説だと牽牛は天界に住んでおらず、そもそも神的存在ですらない。まぁ後に偉い神が天女を連れ帰ってしまい、牽牛は天界へ探しに行くのだが」

闇咲「天界から落ちるのは織姫であり猪八戒でもある。こぼれ落ちる前が”天の河”、これは偶然だろうか?――と、いうのが知人の持論だ」

上条「決定的かどうかは微妙。ただなくはない、かな?沙悟浄の変遷っぷりを考えると充分にあり得ると思う」

闇咲「あくまでも個人的な見解に過ぎないと念を押しておこう」

上条「つーかさ、前々から気になってたんだけどなんで”天の河”なんだ?」

闇咲「とは?」

上条「いや、だからそういう物語って『どっか神様の国に住んでる誰々がー』って始まるじゃん?森の奥だったり海の底だったり」

上条「ただ七夕伝説だけは何か妙に舞台が限定的っていうか、はっきりと”天の河”って断言しちまってるけど、それって何か意味あったりする?」

闇咲「天の河と織姫、牽牛に関しては必然としか言いようがない」

上条「どゆこと?」

闇咲「君はもう答えを知っているはずだが。先週の放送を見たぞ?」

上条「先週って……イッポンダタラの話しかしなかったろ。製鉄の歴史と時代経過でネタがネタじゃなくな――」

上条「……」

上条「――って製鉄の話か!?タタラ吹きだと河の砂鉄から製鉄したっていう!?だから『天の”””河”””』か!?」

闇咲「いや、だからな?今度禁書目録に聞いた方が遙かに分かりやすくて正確に教えてくれると思うが、そもそも七夕というものは”鉄”の神話だぞ?」

上条「いや嘘だろ鉄じゃねぇよ!?なんかこう七夕飾りにお願いを書いて吊す日……じゃ、ないのか?」

闇咲「あぁそれ自体は江戸自体に広まった風習だ。よって日本だけに存在しない」
(※マジです)

上条「マジでか!?だっつーのにあんなデカい顔して『お願いしましょ☆』なんて毎年毎年やってんの!?」
(※そうです)

闇咲「魔改造だな。元々は茅の輪に周囲に着ける短冊であったり、虫送りや人形送りの際に使ったものが原型とされる」

闇咲「ともあれ古来から伝わる方の七夕とは違う。元々は婦女子が針を用いて、『織姫のようになりたい』と上達を願う日だった」

上条「あぁまぁそれゃそうか。織姫さんはどっかの聖杯じゃねぇんだから、何でもかんでも叶える力はねぇよな。ましてやダメ彼氏も」

闇咲「織姫を偲ぶ方法は地域によって異なるが、まぁ基本的には針を使ったものが殆どだな。針と糸から派生して良縁を望む願掛けも兼ねているし」

闇咲「私が個人的に気になるものでは、こう月夜の晩に椀の中に針を浮かべ波紋の出来具合で占うものがある。まぁあくまでも七夕の風習の一つに過ぎないが」

上条「へー、そんなんあるんだー」

闇咲「そしてそれは嫦娥(じょうが)にもある」

上条「ジョウガって……八戒さんがエ×いことしようとした女神さん?」

闇咲「月が最も綺麗な頃、中秋節ぐらいに女性が針を椀の中で浮かべて吉凶を占う。”何故か”一致しているな?」

上条「……元々が、同じもの、か……?」

闇咲「嫦娥が初めて登場するのは紀元前、織姫というか七夕は紀元後だな。影響を受けたのはどちらか、もしくはどちらともかも知れないが」

上条「彦星の相方の織姫の風習、んでもって相方ではないがエ×根性出した相手のジョウガの風習が一致……」

闇咲「沙悟浄と違い、原型がどこかに描かれている訳ではないのでな。『可能性はそこそこあるが、結論が出ない』問題だな」

上条「こういうのの真偽とか是非ってどうやって決めんだ?学説か何か?」

闇咲「基本的には資料あるのみだな。『○○年に書かれた××に書かれている〜』という具合に」

闇咲「しかし現代の中国は文化大革命の後遺症、また簡体字の普及により書物が出てくるかどうかも怪しい」

上条「……西遊記の悪魔合体っぷりを見ると、なんでもありな感じがするんだけどなぁ」

闇咲「基本的には娯楽の比率が高い作品だからな。ちなみに猪八戒は一度改名している。元は”朱”八戒だった」

上条「ヤベェちょっと格好いい!」

闇咲「イノシシの妖怪だったのは同じなのだが、当時の皇帝の姓も”朱”だったらしく……まぁ当然の結果というか、そんな感じだな」

上条「世相を反映してんのか。やるな西遊記!」

闇咲「牽”牛”もまた鉄系の神格の一つである可能性がある。蚩尤(しゆう)という牛頭の魔王、そして面倒なのでもうギリシャ神話のミノタウロスか」

闇咲「彼らを英雄が打ち倒すことにより、結果として鉄の武器を人類が手にするというメタファーがだな」

上条「質問がありまーす!意味が分かりませーん!」

闇咲「……まず神話は似通っている。これは『類型』と呼ばれているものだ」

上条「類型……」

闇咲「鬼と知恵比べをして勝利したり、意地汚いものが結果的に損をしたり。そういう伝承がどこにでも存在するとでも考えてくれ」

上条「それって実際に文化が伝わってんの?それともただの偶然?」

闇咲「どっちもだ。洋の東西を問わずに『一つ目=鍛冶神』とされているが、これは伝承された経過が見つからない」

闇咲「反対にユーラシア大陸やミクロネシアの神話は日本とも共通する部分が多い。これは確実に影響があったと言ってもいいだろう」

闇咲「……まぁともあれだ。その似たような類型の中には『英雄と竜』がある。日本で言えばヤマタノオロチだな」

上条「八つの首をもった大蛇を殺して草薙の剣をゲットするヤツな。あれってただの神話じゃないの?」

闇咲「神話ではあるが、”ただの”ではない。寓意が込められており様々な解釈をされている。その中の一つが――」

闇咲「『蛇は河川の象徴であり、それを退治するのは鉄製作技術を取り入れた象徴である』、だな」

上条「前半は分かる、後半が分からん。蛇はグネってるから川っぽいのは、まぁ、だけど。なんで蛇を殺すと鉄って発想になんだよ?」

闇咲「タタラ製鉄だ。大昔は河の砂鉄から鉄を取って製鉄していた、とさっきも言っただろう」

上条「え?なに?つーことはアレか?大抵どこにでもある竜退治の伝説って、製鉄技術を手に入れたって話なの!?」

闇咲「”という解釈が定説に近い形で語られている”んだ。何度も言うが答え合わせの出来る話でもない」

闇咲「また他に有力な説を挙げれば『蛇は荒ぶる河川氾濫のシンボルであり、退治するのは治水を意味している』ともな」

上条「あー……ありそう。てかそれ地方の大蛇の話なんてそれっぽくね?スケールが違う分だけローカルな悩みだと思うし」

闇咲「そして殺される多くが竜や蛇なのだが、その中にある牛が蚩尤。そしてミノタウロスか」

上条「シユウって妖怪はそれっぽいけど、ミノタウロスは鍛冶っぽくなくね?」

闇咲「とも言える、言えるのだが……ミノタウロスが生まれた経緯にだな。青銅で造られた雌牛という、高い技術力でないとできないものが登場する」

闇咲「ただのモンスターであれば来歴など気にせず、それこそタイタン族の一柱とでもすればいいのに、それをしない。しないからには某かの理由があったのでは?と」

上条「考えてみれば七夕もおかしな話じゃね?」

闇咲「どのように?」

上条「織姫さんが人気なのは分かるよ?ダメ彼氏持っちまったけど、機織り?としての腕は凄いから信仰する。その気持ちは分かる」

上条「ただそうすると彦星って何?って話になんねぇか?昔話だったら二人を別れさせるとか、もっといい男に改変しちまうとかさ?」

闇咲「仏教の説話には因果応報を説くものが多い。善行には善果、悪行には悪果……まぁ、現実が得てして”そうではない”ため、信仰の上ではそうならざるを得なかったのだが」

上条「世知辛いわ−。紀元前から辛いわー」

闇咲「よって彦星が大した罰も受けず、罪の軽い織姫も共犯として同じ罰を与えているのも違和感がある、といえばある」

闇咲「そしてまぁそろそろ気づいていると思うが、彦星の正式名称は『牽”牛”郎』。牛飼いが由来なのは間違いないだろうがな」

上条「牛かー!ここに来て牛来ちゃったかー!」

闇咲「例の如く、”天の河”だからな。古代製鉄法で重要視され、時には神聖視されてもいる”河”だ」

上条「……中国って蛇の神様いねぇの?」

闇咲「龍神は数え切れないぐらい存在する。蛇は女禍(じょか)と伏羲(ふつぎ)だな。人の上半身と蛇の下半身を持っている」

上条「あ、知ってる。マンガ版の封神演義に出てたはじまりの人だ」

闇咲「ある意味正しいは正しいのだが……」

上条「その人達も”鉄”?」

闇咲「それは発明していない。羌(きょう)民族の神話とされているが、政治的なバイアスが働き、現在は国家の祖として認識されている」

上条「あ、これ面倒なやつだな!ツッコまないぞ!面倒だからな!」

闇咲「本題とは離れるから彼らの話はいつかへ回すとして……確かに牽牛は”薄い”印象がある。信仰対象にはなっていないし、牛飼いという職も地味ではある」

上条「『実は七夕と一緒で牛飼いさんが年に一回、牛糞を彦星の像へ投げつけて願掛けをしていたのだった!』……的な話は?」

闇咲「地獄だな。牛糞を使う行事はインドにあったはずだが。あそこでは牛が聖なる動物とされている」

上条「あんかのよ!懐深いな世界!」

闇咲「とにかく私は知らない。というよりも当時の牛飼いは常に牛だけで生計を立てているのではなく、農業などの一環で牛という労働力を使っているに過ぎない」

上条「だったら普通に農民でも良かったんじゃね?」

闇咲「先程話した羽衣伝説がミックスされた七夕伝説では、飼っていた牛が牽牛を助けるシーンが数多くある。というかなければただの普通の人だな」

上条「牛……うーん、牛なぁ?」

闇咲「この業界で最初に教わる概念が『他宗教の悪魔化』だ。主にゲームが多いが」

上条「それだったら俺も知ってるわ、女神が転生するゲームで。元々あった神様を自分のとこの宗教の悪魔として貶める?ミックスする?」

闇咲「そして最も有名なのがバアル神。元カナンの主神で万能神が十字教ではバアル・ゼブブへと転じた」

闇咲「……まぁ正直、古代においてはイケニエを要求する神など珍しくもなく、現代に価値観においては悪魔と呼ばれても仕方かない」

上条「過酷だかなぁ。周り砂漠だしクソ暑いし」

闇咲「神的存在が堕とされるように、分割もされるのではないか、という説がある」

上条「なんでだよ。ローグライクで宝珠ぶっこ抜くんじゃねぇんだぞ」

闇咲「概念としてはそれ違い。よく言い当てたな」

上条「マジでか!?そんな感覚でやってんのかお前らの業界!?」

闇咲「割とよくある。インドのヴァルナ神は……まぁ知らないだろうから先に言うが、元々はあそこ一帯で広く信仰されていた神だ」

闇咲「最高神ミスラと対の存在であり、ミスラが契約を司るのに対し、ヴァルナは破った人間を罰する神でもあった」

上条「でも聞かねぇなぁ。ヴィシュヌとかシヴァだったらよく出るんだけど」

闇咲「取って替られたんだ。その二柱に」

上条「はい?なんで?つーかどうやって?」

闇咲「信仰の流行り廃りがある。またある氏族が支配側へ回れば、崇めていた神は最高神として定着する」

闇咲「そして下克上、というか興亡で別の氏族が取って替れば、以前の神は力を失い別の神が、そのくり返しだな」

上条「ヴァルナって神様も大昔ではメジャーだったが、段々人気が無くなって……?

闇咲「信仰を失うだけではなく、似たような他の神に役割というか権能を奪われる。現代で言えば……アマビエだな」

上条「なんで出てくるんだあの半漁人が」

闇咲「アマビエは病魔を滅する存在だが、他にも対病の神的存在はいる。スコナヒコナや普賢菩薩、各種の地蔵に鍾馗等々」

闇咲「もしもこのまま”本当に”アマビエが定着するのであれば、以前に信仰されていた神が消えて役割が奪われる訳だ」

上条「なんて世知辛い業界……!」

闇咲「同様に牽牛も何か物語が”抜かれた”可能性がある」
(※本当にある)

上条「えー、話聞くに頼りないダメなにーちゃんって感じなのに?」

闇咲「羽衣伝説と合体した七夕の話だが、織姫が天界へ連れ戻された後、牽牛もまた天界へ乗り込み、織姫の親族から課される様々な試練を乗り越えるんだ」

闇咲「ここは竹取物語のかぐや姫へ求婚する男と類似し、また類型として――」

上条「牛飼いなのに?」

闇咲「その牛がな。最初に織姫の羽衣を盗めと助言したり、死した後に自分の皮で靴を作れば天界へ行けると言っているのだが」

上条「違う。俺の知ってる牛じゃないなそれ」

闇咲「よって神仙の類だったのは間違いない。というそもそもそうでなければ天帝の女官である織姫と出会う機会すらない」

上条「物語を”抜かれた”んだったら、それはどこの誰が持ってったんだ?」

闇咲「確かめようがない。七夕伝説を可能な限り広域で収集して、それらを比較することでもしかしたら見えてくるものがあるかもしれない、という話だ」

闇咲「そして七夕は非常にメジャーな伝説であり風習でもあるが、牽牛へそこまで思い入れのある研究者など皆無だから誰も調べない。ヤマチチと同じく」

上条「同列かよ」

闇咲「ただこれもまた仮説なのだが……八戒が何もベースにしていないのはおかしい。孫悟空に沙悟浄が”そう”ならば、猪八戒も”そう”である可能性が高い」

上条「……あぁ、そうか。そこで”持っていかれた”側が彦星って話か」

闇咲「猪八戒は政治的な理由から一度改名しているし、その際に色々と”切り落された”可能性がある。結婚前の身辺整理のような形で」

上条「『エ×ブタが実はもっとオークだった件について』?」

闇咲「よって猪八戒は牽牛が英雄神だった頃のエピソードを”抜いて”いるかも知れない。女性に関する話が多い」

闇咲「玄奘が猪八戒と出会ったのも、彼が婿入りしたのはいいものの妖怪が婿では体裁が悪い、と義父に頼まれたからであり、結婚を引き離されるのも共通しているといえばしている」

闇咲「……まぁこんな所か。殆どは知人で最遊○の研究者だった者からの伝聞だが」

上条「名前違う。研究者じゃなくてウス・異本を作成するコアな人だよ」

闇咲「なお余談になるのだが、有角の神である蚩尤(しゆう)にも姓があってな」

上条「神様にか?あぁでもあってもおかしくないか。氏族単位で崇めてるんだったら」

闇咲「『羌(きょう)』だそうだ」

上条「もうワッケ分かんねぇよ!?それって最初の人を崇めてた人らじゃねぇの!?」

闇咲「なお羌族というのは遊牧民であると同時にテリトリーに鉱山を持ち、矛や剣、弓などを作って貿易品としていたそうだ」

上条「あれ……?牛飼い……鉄……あれ?」

闇咲「なお以上のことを現地で検証するのは不可能に近い。理由は……まぁ、冬期北京五輪の開会式で中国の56民族の服を着た子供たちがパフォーマンスをしたのだが」

闇咲「後に56人全員が漢族だと判明した、というのが全てだな。これと同じで政治的な理由だ」

上条「あー……うん、まぁ」

闇咲「以上で猪八戒へ対する考察を終わりとする。なお中国本土では人間臭い彼が人気で、逆にムスリムが多い地域では嫌われているらしい」

上条「お疲れさまでした。人に歴史ありっていうけど、ただのブタじゃなかったんだな猪八戒」

闇咲「私も知らなかったからな。興味以前に日本で西遊記ベースの術者とやり合う機会がまずない」

上条「病室で長々話すような話とは思えなかったが。明日退院だっけ?それじゃ俺はこの辺で――」

ガラガラッ

佐天「――あ、丁度良かった!退院する前に超巻きで病院で心霊体験ツアーをしましょうよ!」

上条「しねぇよ!?もうお腹いっぱいなんだよ!?」

佐天「いやでもここ結構な名門でしてね、車椅子を押す看護婦の幽霊が出るって評判の」

上条「おい専門家!お前からもなんか言ってやれよ!」

闇咲「――結核はほんの数十年前までは不治の病気とされ、発症者は結核療養所、所謂サナトリウムへと送られていた」

闇咲「殆ど改善することなくそこで一生を終える手前、周囲からはあまり良い目では見られなかった」

闇咲「しかし戦後、治療薬の開発と共に結核が根絶され、サナトリウム自体が無用となった」

闇咲「すると今度は施設そのものを病院や障害者施設として再利用するようになり、結果としてそこで以前語られていた怪談が伝わるという現象が――」

上条「言ってやれっつったけどそういう主旨じゃねぇわ!?何長々と語ってんだよ!?ちょっと続きが聞きたいわコノヤロー!?」


-終-

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