Category

Counter
Access Counter

On-line Counter



Clock(trial)
『旧約 とある魔術の禁書目録』

――『旧約 とある魔術の禁書目録』



 シトシトと降る雨の中、纏わり付くように空気が重い。

(多少の熱い寒いぐらいならば、聖別を受けた『歩く教会』が無効化してくれるのだが)

 絡みつくような不快感を極力表には出さず、少年は手に持った鎌を握り締める。
 鎌、と言うのには少しばかり言葉が足りない。何故ならばそれは紛れもなく凶器であったからだ。

 修道服を着た少年、ともすれば少女とも見間違う程度には小柄だ。
 だというのに大鎌の柄はその身の丈を越え、刃渡りは少年の腕を優に越している。
 金属らしい鈍色を放つそれは、明らかに不相応な鋭さを湛えている。

 これがまだ純粋な農作業用であるならば、もしくは少年達の居る場所が麦畑であるならば良かったのだろうか。
 木を隠すには、の喩えではないが、大勢の農夫に混じって麦の穂を刈っていればまだ話は分かる。

 けれど少年が息を殺すように蹲っているのはあぜ道であり、少なからず生温い雨に晒されていた。
 また少年の着込んでいる神父服――正しくは修道服――は、黒を通り越して漆黒に染まり、どこか血の臭いをも漂わせる一品である。
 これを見た者が居れば、まず好意的な解釈は望めないであろう。

(……ま、それも佳い、か)

 自虐気味に自嘲する。はたまた逆かも知れないが。
 何故ならば彼が今からしようとしている仕事は、『暗殺』だから。



――回想

「分かるかいヨーゼフ?神の御業というのは絶対であるべきだ、と!」

 指揮者のように男は妙なポーズを取りながら熱弁する。心の中で、またか、と舌を巻きながらも少年――ヨーゼフは頷いた。

「……はぁ。そうですね、えっと――」

 名前は……なんだったろうか?というかこの男は誰だ?
 この――腐った肉の詰まった”モノ”はなんだろう?何が言いたいのか?

「私はっ、私が思うに!この世界には神の奇跡で溢れている!いるんだ!いるに違いない!」

 名前……アルフ?ラッシーが佳いか?それともヴィークが似合うだろうか?
 この『神の犬』に相応しい名前は。

「――だ、だ、だ、だからっ!私はっ!むざむざとは――」

「……あぁ済まない。申し訳ないのだがね」

 ザシュ、と大鎌をほんの僅か横へずらす。

「あ、か――」

 たったそれだけで男は首を失い、胴は目的を失い床へと倒れる。
 ……尤も、生きているかそうではないだけで、最初から男に目的などあったのかは分からないが。

「……」

 ヨーゼフは近くにあった”槍”を回収してから丁寧に血を拭き取ると、今し方殺した男へ背を向け、部屋を後にしようとする。
 いつもの事ではあるが……いつもよりも”上”は大騒ぎしていたような?そんな疑問が頭の中へ浮かぶが、口には出さない。
 なんでもユダヤ教の祖父を持つ、売れない画家崩れと聞いていた。
 それがたまたま”槍”を手にしてから、魔術国家の樹立――とかいう『幻想』に囚われた、とか。

 命を刈った相手に敬意も湧かず、かといって感情の軛が揺れる事もない。
 祈りの言葉を捧げようとも思ったが、彼は確か自らが神になろうとしていた筈。だとしたら少しばかり失礼になるかも知れない。

 なのでその代わり、ヨーゼフは死んだ男へこう呟く。

「――『幻想(ゆめ)』を見るのなら、寝てからの方が佳い」



――現在

 そろそろ薄暗くなってきた――元より昏かったのだが――空を仰ぎ、ヨーゼフは一つ溜息をつく。
 名前が思い出せない。この間、命を奪った”神の敵”とやらは一体どんな名前であったのだろうか?
 名前が思い出せない。今日この場で、命を奪う”神の敵”とやらは一体どんな名前であるのだろうか?

 興味は無い。だが、それもまた――。

(……佳い、か)

 少年にとってすればよくある事であり、日常の一コマに過ぎない。
 血塗られた闘争の日々は誰に誇れるものではないが、決して卑下をしているのでもない。
 ”歴代屈指”と呼ばれた異端審問官の職にあるのは喜び、神へ奉仕するのはただそうであるべきだ、と。
 実際にそれは間近ってはいないのだろう、きっと、多分、そう、恐らくは。

 ……カッカッカッカッカッ……。

 粘りけのある不快な雨のカーテンの奥から、今時珍しい馬車の音が響く。
 あれに乗っているのが”神の敵”だそうだが、名前は……?

(……いや、何かおかしい……か?)

 雨の中を駆けてくるにしては少し――いや、かなり早すぎる。
 徐々に露になってくる馬車の全貌が明らかになると、ヨーゼフは目を剥いた。

「御者が居な――なん、だ――ッ!?」

 閃光。視界が一瞬で白く染まり、反射的に着衣の祈り――防御の術式――を編む!

(襲撃計画が漏れた?それとも見破られるほどの相手なのか?)

 自答するも応える声は無く――そしてまた衝撃の類も無かった。

(……何故?)

 ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ、ギギイィンッ!!!

 風の刃が、”馬車の真後ろから何者かが放った”魔術が、馬車の車輪を切断する。
 ぐしゃあぁぁ、と馬車全体の輪郭が歪み、残っていた車輪もひしゃげ、派手な音を立てて横転する。

(襲撃者?こちら以外にもか?)

 ヨーゼフと同じ黒服はこちらに気付かぬまま、半壊した馬車の扉へ手を掛ける。
 幾つか選択肢が脳裏を過ぎり――ヨーゼフが大して迷いもせずに、その掌を襲撃者へと向ける。

 ――そう、不遜にも”神の敵”を奪おうとした愚か者へ。 

「『Der Ho"lle Netz hat dich umgarnt!』」
(地獄の網が貴様を絡み取った!)

「『Nichts kann vom tiefen Fall dich retten,』」
(奈落への墜落から貴様が帰る術は無く)

「『Nichts kann dich retten vom tiefen Fall!』」
(奈落への墜落から貴様を救う法も無い!)

「『Umgebt ihn, ihr Geister mit Dunkel beschwingt!』」
(暗闇に沸き立つ悪霊達よ、あれをとりまけ!)

「『Schon tra"gt er knirschend eure Ketten!』」
(あいつはすでに、歯軋りしつつ、貴様達の鎖に繋がれている!)

「『Triumph! Triumph! Triumph! die Rache gelingt! 』」
(勝利だ!勝利だ!勝利だ!復讐が果たせるぞ!)

「『――Der Freischu"tz!!!』」
(――魔弾の射手!!!)

 悪魔ザミエルが狩人へと渡した”魔弾”、それを模した術式は青白い炎の形を借り、狙いと違わず襲撃者へ飛ぶ!

「――っ!?」

 何者かは慌てながらも防壁を構築する。
 ギギギギギ、と魔術で急造された盾が悲鳴を上げるが、砕け散る前に『魔弾』を魔力の盾で防ぎきった。
 反射的に取った術式でもこの精度、敵が並々ならぬ実力であるのは間違いない。

 ――が、しかし。

 ずぷっ。

「あ――」

 新たな襲撃者の胸、そこには既に大鎌が突き刺さっていた。
 先ほどの魔術自体が陽動――ではない。ただ追尾性と持続性の高い魔術を放った後、距離を詰めて鎌を振っただけである。
 言葉にすれば単純極まりないが、最大限警戒されている中、相手に気取られる事無くやってのけるのは至難の業だ。

 ……ヨーゼフにすれば、それもまたいつもの事ではあるが。

「……Amen(かくあれかし)」

 屍となった襲撃者の死体を退かし――また祈りでも捧げてやろうか悩んだが、止めた――代わりにドアへ手を掛ける。
 転倒の衝撃で歪んでいた扉をこじ開け、中の人物へ大鎌を――。

 時が、停まる。

 ヨーゼフの目に入ったのは美しい金の束――では、なく、肩で切りそろえた綺麗なブロンド。
 次に確認出来たのは少年と同じぐらいの背丈、つまり対象が子供の姿をしていた事だ。

(これは……なんだ?一体――)

 左手に持った『ジョン・ボールの断頭鎌』は動かせない。魔術を放とうにも腕がピクリとも動かない。
 何かの魔術に囚われてしまったのだろうか、そうヨーゼフ判断し舌を噛みきろうとする――その、僅か数瞬前。
 ”神の敵”は微笑んだのだ。

「あなた、あなたが助けてくれたの?ありがとうなんだよ!」

 正面からそう言い切られた。誤解だ、と否定するのが怖かった。

 文字を憶えたての子供のように、悪く言えば少々挙動不審な者のように少年は口ごもる。
 それはまさに年相応のものであり、それが可笑しかったのか”神の敵”はこれ以上無いほど相好を崩す。

「私の名前はね――」

「――ローラ、ローラって言うんだよ?」

(……あぁそうか。彼女がそうだったのか……)

 彼女が名乗った名前、それはまさにヨーゼフが手に掛けなければいけない者と同じであった。

「ローラ――ローラ=スチュアート……ッ」

「あ、ごめんなんだよ?もしかしたらあなたはわたしを知ってるのかも知れないけど」

 そう、”神の敵”は。 

「わたしはあなたを憶えてあげられないみたいなんだよ、ごめんね?」




 これはとある物語。
 決して語られない物語。
 かつてありそして今もあり、しかし未来は閉ざされた物語。




――『戦場の咆吼は彼方へと消える』

 戦いは、終わった。
 大勢が殺され、一人が生き残り、一人が死に損なった。ただそれだけの顛末。
 敵味方が死に、それ以外も死に、とてもではないが関わった全てが等しく不幸になった。たった二人だけの戦争。

「……佳い、もう泣かなくても佳いのだ」

 血だらけの躰を引きずって、返り血と刀傷、数える気にもならないぐらいの魔術を受け、”着衣の祈り”はもう既に役割を果していない。
 全身が油の切れた操り人形のように軋むが……少年はこれ以上少女の前で無様な真似を晒す訳には行かないのだから。

「バカっ……!どうして!あなたが!一人で、戦っ……て!」

「善意に代価など要らぬ。そしてまた厚意に代償を求めてはいけない」

 違う。そんな事を言いたいんじゃない。そんな”下らない”事を言いたい訳なんて、ない。
 あまりにも正論過ぎるが故に、ともすれば胡散臭い台詞なんて言いたくはなかった。言うべきではなかった。

 だが――少年は気付いてしまった。”それ”を口にすれば何が待っているのか、何を意味するのか。
 それは紛れもなく目の前の少女の誇りを傷付けてしまう事に。

「……これで佳かったのだ、これこそが佳かったのだ。そうでなければ、君は――」

「――善人め」

 少女はその歳に合わぬ凶相――精一杯の睨みを効かせ、少年を睨む。

 あぁそうか、そう言う事か。私は彼女の言う通りなのであろう。そう少年は悟る。
 助けを求められ、命を賭け、命を捨て――しかし何も求めない。

 『無償の愛とは如何に残酷』なのであろうか。

 好意であれば相手にも受け入れられるかも知れない。打算的であっても同じ事だ。
 けれど、”これ”はあくまでもただ『隣人を助けよ』という”神の言葉”に従ったものだ。

 だから、そう、だから――。

「……君でなくとも、私は、助けた。救いを求めるのであれば、それが、仕事だ」

 宗教的な理由により、信条的な欲求により助けた。そうでなくてはならない。そうであるべきだ。
 義務に従ってやっただけ、ならばそこに感情の入る余地はない。

 少年に狂信的台詞を向け、仕事を依頼した司教達がそうであった。
 絶望的なまでに非人道的な任務であったとしても、それは”狂信”の名の元に肯定される。
 一を切り捨てて百を助けるような選択肢であっても、一を殺す事には代わりはない。

 ならばどうする?正義のために不正義を為し、善のために悪を成す、そんな矛盾を解消出来るのか?
 答えは”狂信”だ。自身らが狂っている、イスカリオテのユダの如く命じられたままに生きれば、それは免罪符となり得る。

 少年の上司達もそうであったのもだろう。自分達は信仰に狂い、無慈悲な命令を無垢な少年へ下す人間達だと。
 だから――そう、だから。

 ”命じられた少年に罪などないのだ”、と。

「君は”たまたまそこに居ただけ”に過ぎない。私の前にだ」

 少年が歩く轍は狂信である。ならば目の前の少女を死力を尽して助けた事であっても、”偶然”なのだ。
 ……そこに入る感情など入ってはいけない。疑いすら許されない。

 だからこの物語はここで終り。これ以上は続かないし、交わった道も永遠に途絶える。

 背を向け、今にも途絶えてしまいそうな意識に活を入れながら、少年は次の戦場へと足を運ぶ。
 風向きか、はたまた妖精の悪戯か。少年の耳に消えそうな言葉が届いた。

「けれどあなたは笑っていたでしょう――この善人め!」



 少年が少女と出会い、幻想を殺して禁書目録を手にすると言うだけの――。
 ――そう、それは”先代”達の物語。



>>>『旧約 とある魔術の禁書目録』 へ続かない





鎌池先生ごめんなさい鎌池先生ごめんなさい鎌池先生ごめんなさい悪気は無かったんですホンットにごめんなさいもうしません
偉大なるタイトルの名前パクるなんてもうしませんごめんなさい

inserted by FC2 system