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Clock(trial)

マタイ「我が旅路は未だ終わらず」

 
――1 day later

少女「――もし、もし」

マタイ「……う、む……?あぁ済まないな、スチュアート卿。許されよ、老齢故に少しうたた寝をしたようだ――が?」

少女「大丈夫、ですか……?」

マタイ「転移魔術?いや、魔力の流れなどなかった筈だが、能力者か?」

少女「まじゅ、つ……?」

マタイ「あぁ失礼、夢見が悪かったようだ。不躾で恐縮なのだが、こちらはどこかね?」

少女「どこ……村、ですけど」

マタイ「ん、あぁできれば名前をだね」

少女「名前……わからない、です」

マタイ「ふむ?」

少女「アイツとか、コイツって呼ばれています」

マタイ「あぁいや君の話ではなく、それはそれで問題が多分にありはするがね」

少女「村の名前、ですか?……ない、です」

マタイ「ナイ?」

少女「……いいえ、名前がもう」

マタイ「要領を得ないね」

少女「……ついてきて、ください」

……

マタイ「……ここは」

少女「村、でした。村だった、ものです」

マタイ「……誰が一体このような蛮行を……?」

少女「帝国の兵士、だって言っていました」

マタイ「帝国?……どこの?この時代に帝国などという寝言――いや、いい。何か、地面を掘るものはないかね?」

少女「何を、するのですか?」

マタイ「墓を作るのだ。悩むのはそれからで佳い。えぇと、こちらの御仁の名前は……?」

少女「……お父さんと、お母さん、です」

マタイ「……そうか――では祈りたまえ。ご両親の御霊がいと高き御方の元へ逝かれるように」

少女「いと……?」

マタイ「神だよ。それは知っているね?」

少女「……神様、は、いないです」

マタイ「……かもしれないな」

少女「助けて、くれなかった、です」

マタイ「まぁ、いつものことだよ」

少女「助けて、って……!」

マタイ「……そう、だな。君は責める権利がある。だが、だ」

マタイ「君のご両親は苦しみから解放され、神の御許で永遠に幸せに暮している――そう、思う事はできないかな?」

少女「……そんな、嘘は……!」

マタイ「嘘ではない……嘘ではないのだ。そんなものですらない」

少女「……」

マタイ「君が信じれば”そう”なるんだ。どれだけ辛い人生であっても、誰に打ちひしがれても」

マタイ「たった一欠片の希望や、ほんの僅かな幸せな記憶だけで人は生きていける」

少女「……」

マタイ「死も生もそう差はない。君が善行を積んでいれば然るべき場所に行けるし、そうでなければそれなりの場所に行き着くだろう」

マタイ「君から見て、ご両親はどうだったね?好きだったかい?」

少女「……わから、ないです」

マタイ「では悪い人たちだったかな?」

少女「そんなっ!……ことは、ない、です……!わ、わたしを、かばって――!」

マタイ「――そうか。ならばご両親はいと高き御方の御前にいるだろうね。今頃よくやったと誉められているかもしれない」

少女「お父さん、おかあ、さん……!」

マタイ「佳いのだ。子供が親を思って泣く、当たり前の事だ――『天に在す我らの神よ、勇敢なる夫妻の魂を導きたまえ』……」

……

少女「……ありがとう、です。お父さんとお母さんの、お墓」

マタイ「佳い佳い。道に迷ったときに手を差し伸べるのが道理故に。しかし君はどうする?」

少女「ほかの人のお墓作る、ます」

マタイ「あぁうん信心深くて結構であるし、私もその程度は手伝うのだが。そうではなく、名前がないと何かと不便であろうし」

少女「ない、です」

マタイ「ならば私が名付け親になろう。洗礼名のようなもか。ふむ?」

マタイ「ローラ――はいかんか。あの不器用な婦人になってもらっては困る」

マタイ「アンジェレネ――は、悪くないが、後々態度がデカくなりそうで困る」

マタイ「なら……マリア、そうマリアが佳いな。世界で最も慈母に満ち溢れた方の名前だ」

少女「マリア……」



――1 week later

帝国兵A「――なんだこりゃ?」

帝国兵B「なんすかねえ、これ。小屋の上になんかバッテン……?矢で射ってくれ的な?」

帝国兵A「的じゃねえよ。危ねえだろ、民家の上にこんなもん乗せたら」

帝国兵C「あー、隊長。俺見たことありますよ、これ」

帝国兵A「お、どこでだ?」

帝国兵C「徴兵されて行った北の蛮族どもの墓がこんな感じでした。丸描いてバッテン」

帝国兵A「へー?こっちにまで流れ込んでんのかねえ」

マタイ「――こんにちは、佳い天気だね」 ガチャッ

帝国兵A「じいさん、これ建てたのあんたかい?」

マタイ「そうだね。暫くここに滞在するのに野宿ではあんまりだったし」

帝国兵B「つーか村の住人じゃない、っすよね?どっから来た?」

マタイ「人はどこから来てどこへ行くのか、難しい命題だ」

帝国兵B「じゃねえっすわ。場所だ、場所」

マタイ「旅の巡礼者、かな?たまたま通りかかったここで大勢が亡くなられていたのでね。せめて弔いぐらいは、と思っただけだよ」

帝国兵C「あー、じいさん余所から来た人か−。じゃあ知らないんですね」

マタイ「何か見落としでも?」

帝国兵A「ああよく勘違いされんだけど、ここに済んでたのは亜人なんだよ、亜人」

マタイ「ほう、初めて聞いたね」

帝国兵A「なんつーか神様は俺たちのためにこの世界を創ってくれただろ?そんときに端切れで創ったのが連中なんだって」

マタイ「成程成程、それで?」

帝国兵A「だから喋る家畜と一緒で魂なんてものはねえんだわ。よく誤解されてんだけど」

マタイ「そうか……ではもしかしてこの村を焼いたのは君たちなのかな?」

帝国兵B「そうっすよ。じいさんもあんまり関わり合いに――」

マタイ「――『魔弾』よ」 ゴゥッ

帝国兵B「ぽきゅっ!?」

帝国兵A「な、何しやがるじいさん!?いや今のはなんだ!?」

帝国兵C「気をつけてください隊長!こいつ蛮族の使う呪い――げふっ!?」 ドゥンッ

マタイ「……全く、古き写真を見るようで反吐が出るな」

帝国兵A「何しやがってんだジジイ!?帝国に刃向かって許されるとでも思ってんのか!?」

マタイ「いや、それは別に問題ではない。私も特には興味がないのだが、魂の有無に関してだ」

帝国兵A「ああ!?亜人に獣人に魂なんてねえのは常識だろうが!」

マタイ「――僭越を恥じるが佳い。”それ”を決めるのはいと高き御方、ただお一人のみ」

マタイ「『偽りの預言者になってはいけない。偽りの言葉に耳を貸してもいけない』、だな」

帝国兵A「テメエも巡礼者なのに、ひ、否定するんだったら!」

マタイ「ふむ、いと高き御方がそう仰ったのかね?」

帝国兵A「神官連中はそうだと言っている!ずっと昔からだ!」

マタイ「で、あれば”それ”は無限の愛と慈悲を持ついと高き御方に非ず、御名を騙る慮外者よな。故に、そう故に――」

マタイ「――私が正しき神の名の元に滅殺して進ぜよう。”それ”がなんであろうと」

帝国兵A「テメエエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ……え?」 ピタッ

マタイ「聞こえてはいない筈だが、一応言っておこうか。今君の、君たちの時間を停めた。といっても擬似的なものなのだがな」

マタイ「何も見えず、何も聞こえず、何も触れず、何も感じず、歳も取らなければ死ぬこともない。全てが空回りするだけの術式よ」

マタイ「君たちのしたことをそこで反省するが佳い。少々退屈かもしれないが、なぁに数でも数えていればすぐに終わるとも」

マタイ「たった半世紀、時間にして15億秒ぐらいだ――あぁ体が汚れてはいかんな。墓穴よりも深い場所に埋めておいてやろう」



――1 month later

女「……ここが」

男「ああ、俺たちでも受け入れてくれるって」

子供「……」

マリア「……こんにちは、村へようこそ」

男「亜人!?」

女「あなた!」

男「いやだがな!誰でも住めるって言ったって!」

女「もう他の場所なんてないじゃない!どこへ行ったって石を投げられるわ!」

男「それは……!」

マリア「こんにちは、移住希望者の人、ですか?それとも旅の人、です?」

子供「……おねえちゃん。ぼくは、ここにいてもいいんですか?」

マリア「はい、そうです。ここは誰でも受け入れる、です」

女「……夫とこの子だけでも、いや。この子だけでも何とか預ってもらえのせんか?息子はケガが元で満足に歩くこともできないんです……」

マリア「大丈夫、です。神の門戸は誰へ対して開かれている、ます」

女「ああ……!」

男「だが……!」

マリア「わたしはあなたに何かしました、ですか?」

男「何か、って何が?」

マリア「はい、何もしていません。こんにちは、と言いました」

マリア「あなたとあなた達の故郷を失った、ですか?ケガしたのも、ですか?石を投げたのも?」

マリア「それは亜人ですか?それとも違いますか?」

男「……人、だな。俺たちと同じ人だったな――すまない、本当にすまなかった」

マリア「よかった、です。あ、おじいさん」

女「おじいさん……?」

マタイ「――やあこんにちは、佳い天気だね」

男「あ、あなたが代表の方ですか?」

マタイ「そんなようなものだな――ん、いかんな少年よ。足が少々壊死しかかっている」

女「まさか!?どうして!?」

マタイ「まぁこの程度であればどうにかなるだろう――『光あれ』」 ギュウゥンッ

男「ひ、光!?」

女「なんて温かい……!」

マタイ「どうだね?まだ痛むかな?」

子供「痛くない、痛くないよ!」

男「嘘、だろ……こんなことが……奇跡だ!」

女「ありがとうございます!本当に、本当になんて言ったらいいのか……!」

マタイ「佳いのだ、夫とそのご婦人よ。全ては神の思し召し故に――マリア、ご婦人と子供を集会所へ案内しなさい」

マリア「はい、おじいさん。では、こちらへ」

男「……俺は」

マタイ「君が家族を愛しているのならば、家族は君を愛するだろう。これは当たり前の事だ、そうだね?」

男「それは、はい、そう、です」

マタイ「同様に君が誰かを憎むとき、誰かは君を憎んでいるのだ。違うかい?」

男「それは……」

マタイ「憎むなとは言わんし言えん。だが誤るな」

男「……はい」

……

マリア「終わったです。ご飯も少しだけですが」

マタイ「それは佳かった。君もよく怒らずにいられたね」

マリア「おじいさん、お願いある、です」

マタイ「とは?」

マリア「わたしも怪我、ピカってしたいです。きせき、ですか?」

マタイ「いや、あれは奇跡ではなくただの治癒術式だが」

マリア「きせき、みんなが言っています」

マタイ「まぁある意味ではそうでもある。しかし術式の発達してない世界に持ち込むのも如何したものか」

マリア「わたしはピカってしないです。ビカー、です」

マタイ「……うむ?ビカー、とはなんだね?」

マリア「……『光、あれ』」 ビカーッ

マタイ「――うん、『原石』だね。しかも私の真似をしてしまったから『聖人』寄りだ」

マリア「疲れる、です」

マタイ「普通はその場で倒れるぐらいに疲労するのだが。そして本来婦人は司祭になれないのだが……まぁ、致し方あるまい。マリア」

マタイ「はい」

マタイ「今日から君は使徒だ。いと高き御方に仕える、いいね?」

マリア「しと、とは?」

マタイ「教会自体がないものだから、下手に聖職と名乗れないものでね。かく言う私も使徒マタイなのだ」

マリア「おじいさんは、しと。しとマタイ、ですか?」

マタイ「あぁだから洗礼名がマタイ=リースであって、家名がラッツィンガー」

マリア「ら、らつぃー?」

マタイ「だからマタイで佳いんだ」

マリア「わかった、です。しとマタイおじいさん」

マタイ「君の悪い癖だよ?『もういいや』って雑になるところはね?」

女「あの……少しよろしいでしょうか、使徒、様?」

マタイ「いやだからそれは……まぁいいか。それで何かあったのかな?」



――1 yaer later

神官戦士「――頼もう!ここの代表者との面会を願いたい!」

男「何者だ!ここが聖地だと知っての狼藉であれば容赦はせんぞ!」

神官戦士「村人風情が何を言う!この聖印が分からぬのか!」

男「それがどうした!お前たちの神は俺たちを助けようともしなかったのに!」

神官戦士「貴様!」

大神官「――待て、抑えよ。憤怒は罪である」

神官戦士「大神官様!ですが!」

大神官「部下が失礼をしました、許して頂きたい」

男「……あぁ、こちらも悪かった。最近帝国兵が多くてな」

大神官「こちらへ武力を?」

男「小競り合いがたまに。使徒マタイ様が追い払ってくれているが……」

大神官「左様ですか……その事でマタイ殿にお話がしたい。取り次いでもらえませんか?」

男「いいが……あんたの名前は?」

大神官「帝国のマルス神殿の一つを預る身です」

男「戦神の大神官が!?なんでここに!?」

大神官「信じられないのも無理からぬ事ですが……中へ入るのは私と供一人だけ。これでどうでしょう?」

男「……分かった。こちらへ来られよ」

大神官「神に感謝を。行きますよ」

神官戦士「ハッ!」

……

神官戦士「質素な、場所ですな」

大神官「見た目通りではありませんよ。それなりに高級な木を使っています」

神官戦士「確かに。内部は銅材で補強してあります。しかし……宜しかったのですか?」

大神官「宜しいも何もないでしょう?これだけの人が暮しているのに、ただそこにいるというだけで滅ぼされるなど」

神官戦士「少なくとも大神官様がおられる間は阿呆な真似もできませんしな。ただ間に合うかどうか」

大神官「我らの庇護下へ下るのであれば、亜人もまた考える力あり、魂持つ者として認定できるかもしれません」

神官戦士「しかし……従いましょうか?」

大神官「その時は……廃する他ありません。頼りにしていますよ」

神官戦士「頭をお上げください!亜人の血が入った私を引き上げてくださったのはあなたではないですか!」

大神官「そういうのも良くはないのですがね――ん?何やら騒がしいですね」

神官戦士「使徒とやらが戻って来たのでしょうか?それにしては騒然としていますな」

……

男「隣国からの難民だ!ついに蛮族どもが侵攻してきたらしい!」

神官戦士「こんな大事なときに!戻りましょう!」

大神官「……いえ、それはなりません。そこのあなた、難民の中に負傷者は?」

男「数え切れないぐらいだ!マタイ様が運べない重症者へ向われたが、村にも大勢!」

神官戦士「向う?重症者を回収したところで、何を?」

大神官「そうですか、分かりました。なら負傷者の元へ案内してください。医術ならば多少心得もあります」

男「……いいのか?俺たちはあんたらから見れば異教徒だぞ?」

大神官「そんなことを言っている場合ですか!早く案内しなさい!」

男「分かっ――分かりました神官様、こちらへ!」

……

大神官「これは……酷いですね。これでまだ一部なのですか」

女「ええ、ここに来ているのは自力で歩ける者たちだけです。他は……」

大神官「……分かりました、では私達に出来ることをしましょう――これは……!」

母親「娘を!どうか娘を助けてください!」

娘「おかあ、さん……?」

大神官「……肺に穴が開いていますね。傷口が塞がったとしても、長くはもう……」

母親「そんな……!?」

神官戦士「失礼、私が介錯しよう」

母親「やめてください!娘はまだ生きています!」

神官戦士「……そうですな。だがそれも……」

娘「いたい、いたいよお……」

マリア「あの、すいません。ちょっと通して、です」

大神官「立て込んでいます。離れて下さい」

マリア「ごめんなさい、です。すぐに終わります」

大神官「……終わる?あなたが何を」

マリア「――『癒しあれ』」 キュイィンッ

大神官「傷が――!?」

神官戦士「そんな、バカな!?」

マリア「いたくない、ですか?」

娘「……うん……いたくない、いたくないよ!おかあさん!」

マリア「わたしはあなたのおかあさん、ですか?いいえ、それは違います」

母親「ありがとうございます!」

マリア「ごかんだんちゅう、失礼した、です。どうぞ続けてください、です」

大神官「神は、神はここにおわしたのですね……!」

マリア「違います。神様はどこにもいません、です」

大神官「分かっています!あなたは、あなた様のお名前をお聞かせください……!」

マリア「マリア、です。こんにちは」

大神官「マリア……!母マリア……!」

マリア「では、ないです。わたしのおかあさんはここにはいません。きっとおとうさんと同じ所にいます」

大神官「そうでしょうとも!そうに決まっていますね!」

神官戦士「大神官様」

大神官「――我々の生まれた意味、分かりましたね?」

神官戦士「はい、待機中の戦士たちを動員して外の怪我人の移送を!」

マリア「それはいらないです。おじいさんが行ったので」

大神官「おじい様、というのは?」

マリア「おじいさんは使徒なのです。使徒マタイ」

大神官「使徒……ああ聖母と共に降臨されたのですね……!」

マリア「わたしは前からここにいました。しかしおじいさんは旅をしてきた、です」

大神官「ど、どちらからでしょうか?」

神官戦士「も、もしや聖なる博士……?」

マリア「わからない、です。どこか遠いところです。あっちの森です」

神官戦士「預言にあった東方からの賢者……!」

大神官「――分かりました、ああいえ、分かりません。私達は何も理解していません、いいですね?」

神官戦士「ハッ、分かっております大神官様!分かっていませんが!」

大神官「成すべき事を、しますよ?亜人がどういう話ですらありません!」



――10 years later

マリア「こんにちは使徒マタイ」

マタイ「こんにちはマリア。こうして話すのも久しぶりな気がするね」

マリア「仕方がないです。おじいさんは忙しい、です?」

マタイ「何の因果か徴税官に任じられたからな。まぁ、誰しもを受け入れられる領地をもらったと思えば悪くはあるまいが」

マリア「亜人も人間も関係無い、です。良かったです」

マタイ「他人の認識を変えるのも少しずつやっていけば佳い。ただ気になっていることがなくはないのだが」

マリア「悩み、です?聞く、です」

マタイ「あぁいや大した悩みではないのだがね。君の名前であるマリアにはきちんとした由来があると言ったね?覚えているかな?」

マリア「はい、神の子のおかあさんです。わたしはおかあさんではないです」

マタイ「そうだね、この世界の年代的にはそろそろ婚姻をという年頃だが。そうではなく、私のマタイにも由来があるのだよ」

マリア「そう、ですか?知らなかったです」

マタイ「神の子より望まれて使徒として活動した方なのだが、その方の前職もまた徴税官でね。奇しくも私と同じ使徒マタイだ、偶然もあったものだな、と」

マリア「おじいさんと一緒、です」

マタイ「という君の呼び方にも少しばかり疑義があるんだ。ずっと私の事を『Grandfather』と呼ぶだろう?」

マリア「だめ、です?」

マタイ「あぁいや嬉しいよ?嬉しいのだが、君は時々面倒臭いのか間違えたのか、『Greatfather』って呼ぶよね。特に大規模な攻性術式を行使したときには」

マリア「おとうさんはここにいません。とても高いところにいます」

マタイ「うん、だからね?最近いと高き御方を父と呼ぶ一派がだな。いやまぁそれは個人の有り様なので佳き事なのだが」

マタイ「……ざっと千年後にある聖マラキの予言書という物が出回るのだ」

マタイ「そこには111番目の教皇、つまり私までしか書かれておらぬ。故にそこで十字教は途絶えるのだ、という益体もない噂が囁かれていた」

マタイ「しかしながら実際に代替わりをしたので、予言が外れたのかそもそも偽書だったのかと捨て置いたのだが」

マタイ「そうなってくるとまた、意味合いが変ってきてしまうな。何かこう、特大の地雷を踏み抜いてる感触が、というか」

マリア「さっき結婚を申し込まれた、です」

マタイ「唐突だね。言葉のキャッチボールをせずに一方的に撃ち込んでくるよね」

マリア「だめ、ですか?おじいさんも知っている人、です」

マタイ「うん、想像はつくよ、つくんだけども……大工、かな?それもヨセフ君?働き者だよね」

マリア「凄いのです。言われたばかり、です」

マタイ「きっと男の子が生まれて『ヨシュア』って名付けるんだろうね。ギリシャ語の達者な発音だとイェースースって呼び名の」

マリア「佳き名です。使徒マタイは名付け親になります、です」

マタイ「私の信仰がかつてないほど揺らごうとしているのだが……まぁ佳い。それもまた人生であるかな」

大神官「――使徒マタイ、聖母マリア!皇帝からの使者が謁見を求めています!」

マタイ「宣戦布告か膝を折れという通告であろうな。如何するかね?」

マリア「おじいさんが話し合いをする、です。メギドの火で」

マタイ「流石の私も異教徒とはいえ首都を灰燼に化すのは戸惑うな」

マリア「異教の神はおとうさんではありません」

マタイ「やも知れぬが。歴史上初のテロ行為もどうかと思うのだよ」

マリア「愛は無限、です?」

マタイ「『剣は鞘に収めるのだ。剣をその手に取る者は剣で滅びるのだから』とね」



――100 years later

神父「――こうして帝国は滅んでしまいました。異教徒であり蛮族の群れを防げなかったのです」

神父「神は……帝国を見放しになったのか、それともお怒りに触れたのか。それは誰にも分からないでしょう」

神父「皇帝の名すら忘れ去られ、帝国の名前も苔生したレリーフの中に残るのみです。形あるものは常に滅びる運命を背負う」

神父「いや……神の子ですらも運命からは逃れられませんでした。我々の罪を背負い、使徒と聖母に抱かれて昇天したのですから」

少女「……先生。マタイ様とマリア様はどこへ行かれたのですか……?」

神父「何とも難しい問題ですね。神の子に伴われていと高き御方の元へと向われた、というものもいますし、福音の書を書き記したともいわれています」

神父「また神の子の遺体を抱えて立ち去ったとも、迷える民を救うために旅立ったとも」

神父「まぁ……神の子は昇天したので、前者の可能性はないでしょうね。あくまでも噂ですし、ただの噂ですとも」

ダンッ、ダンダンダンダンダンッ!!!

少女「……先生、こわい……!」

神父「……安心なさい。心配はいりませんよ、怖いことなど何もないのです。そう、何もね」

神父「私達は神の御許へと召されるのです。そこには苦しみも哀しみも、あなた達を苛む全てのものから守られます」

神父「だから、だから心穏やかに、最期の時を――」

神父「……」

神父「――いえ、違うな。そうじゃない、そうではない。あなた方は、奥へ!そう奥へと隠れていなさいさぁ早く!」

少女「先生……」

神父「こ、ここは神の家です!どんな魔性であろうがその守りが破られることなどあってはなりません!時間さえ稼げば!きっと兵士が駆けつけてくれます!」

神父「大丈夫、ですよ!私も小さい頃は兵士になりたくて棒きれを振り回していましたから!『筋がいいね』って先生に誉めてもらいましたし!」

少女「……でもっ!」

神父「……いいから!獣どもを追い払ったら向います!」

神父「あなたは一番年上なのですよ?ならばすべき事をなさい!」

少女「……はい……!」 タッ

神父「ふう……はぁ、まぁ、なんて言いますか」

神父「さ、最悪!そう、最悪、だ。私一人を食べれば、満足して帰る、可能性も……!」

ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!

神父「か、かかってきなさい!子供たちには指一本触れさせません!」

人狼『――ガルルルルルルルルルルッ!!!』

神父「くっ――」

戦士「――退け!」 ボスッ

人狼『ギャウンッ!?』

神父「な、なにが……?」

老人「久しぶりに、そう久しぶりにあの少年を思い出したよ。10億の信徒を敵に回し、神の愛を知らぬ愚か者などと当時は思ったものだが」

老人「いざ蓋を開けてみれば何の事はない。無知故に誰かを嗤わず、無知故に誰かを厭わず、無知故に誰隔てなく佑ける」

老人「真の愚か者とは我らのことであったようだ。笑い話にもならんがね」

神父「え、あ、少年?何、が?」

老人「あぁ”これ”は人狼、というか獣憑きというか。ベルセルクの亜種であるな、獣神の信徒であろう」

神父「これが!?元人間だったと!?……なんて、なんて酷い事を……!」

老人「あぁ我らからすればそうであるし、彼らにとってもそうであるかも知れん」

老人「が、”連中”に取ってすればそうとも言い切れぬのだ」

神父「……連中?」

老人「価値観の違いだな。我々は他人へ厚意を示すために、言葉を使い、物を送り、抱きしめる。これは佳い」

老人「なれど”連中”は違う。彼らにとって”これ”は純然たる厚意なのだ、祝福を与えて眷族と化している」

神父「なんと……惨いことを」

老人「あぁそうだ、そうだとも。人間種を喰う畜生どもよ、獣堕ちよ。汝らはその業故に生きられぬと知るが佳い――」

老人「『”Holy, holy, holy ! Lord God Almighty Early in the morning our song shall rise to thee”』」
(聖なる聖なる聖なるかな。三つに居まして一つなる神の御名を、朝跨ぎ起きてこぞ褒め奉らん)

老人「『”Holy, holy, holy merciful and mighty! God in Three Persons, blessed Trinity!”』」
(聖なる聖なる聖なるかな。神の御前に聖らも冠を捨てて伏拝み、御遣い達も御名を褒めん)

老人「『”Holy, holy, holy ! tho' the darkness hide thee, Though the eye of sinful man thy glory may not see,”』」
(聖なる聖なる聖なるかな。罪ある眼には見えねども、慈しみ満ちたる神の栄えは類無き)

老人「『”Holy, holy, holy merciful and mighty! God in Three Persons, blessed Trinity !”』」
(聖なる聖なる聖なるかな。御手の業にて三つに居まして一つなる、神の御名を褒め奉らん)

老人「『”――AMEN(かくあれかし)”』」

――ズドオォォォォォォォォォォォォンッ……ッ!!!

神父「獣たちが、一瞬で――いや待ってください!村にはまだ他の人達が!」

老人「全員が、とは言えぬがそこそこの数は生きのび、避難しておる。君たちが一番目立つ建物で籠城したお陰だ」

老人「胸を張りたまえ佳き隣人殿。君の苦労は無駄ではなかった」

神父「あぁ……神よ……」

老人「では私はこれで失礼するよ。まだ旅の途中でね」

神父「お待ちください!恩人を報いる機会を奪うのですか!」

老人「気持ちは有り難いのだが……あぁ、それではパンの一つでも頂けないだろうか。連れが好きなもので」

神父「分かりました!暫しお待ちを!」 ダッ

少女「……」

老人「こんにちは、小さきご婦人よ。佳い天気だね」

少女「あなたは」

老人「うむ?」

少女「……どこから来て、どこへ行くの、ですか?」

老人「どこからでも、そしてどこへでも、だ――そこに力なく奪われる命ある限りは」


-終-

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