ただ、永遠に
――バチカン 静謐の間 夜
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ
男「……お倒れになったと聞きましたが、顔色は随分と宜しゅうございますな」
マタイ「――君か。気を遣ってくれるのは有り難いがね、今更顔色の一つや二つで一喜一憂する段階はとうに過ぎた」
男「何を仰いますか!この程度の病魔に猊下が負けるはずが!」
マタイ「年寄りの前で声を上げるものではない。それは佳くないものだ」
男「猊下!」
マタイ「そして元、だな。今は君がその立場だよ」
男「猊下……我々にはあなたが必要なのです……」
マタイ「その認識も誤りだ。君は新しい教皇として様々な革新に取り組んでいる。それは佳き事だ」
男「違いますよ!私がしているのは悪魔どもがいなくなったからであって!」
マタイ「ヴェントをそう嫌ってやらないでくれたまえよ。彼女の本質はどうしようもない善性、故に未だ留まってくれているだろう?」
男「あなたが、あなた様があんな連中相手にしていただなんて!私は知ることすらしなかった!」
マタイ「まぁ、それは、な。識れば向こうにも識られる故に」
マタイ「むしろ自身の至らぬが故だ。私の代でほぼ精算できたのを言祝ぐべきか、それとも先代様の不甲斐なさを嘆くべきか」
男「それは……」
マタイ「成功するしないは問題ではない。やるかやらないかが問題なのだよ。少なくとも君はよくやっている」
マタイ「……多少早歩きが過ぎると思わなくもないが。それはきっと若人の歩みに老人がついていけなくなっただけの話、かも知れぬ」
男「マタイ様……」
マタイ「ローマ正教は一人歩きを始めた子供だ。旧弊を識り改め始めたとな」
マタイ「つまずく事もあるだろう、心ない言動に受けるであろう、いと高き御方の名を借りる偽善者と罵られることもあるだろう。だが、そう、だがだ」
マタイ「故に、立ち止まるのを止めてはならぬ。施すのではなく、施されろ。救うのではなく、伸ばされた手を取るが佳い。その二つの腕は飾りではないと識るが佳い」
マタイ「我々は特別な存在ではない。かの御方とは違うのだ、だからこそ共に生き、寄り添い、死ねるというもの」
男「……しかし、それでは教会の否定では?」
マタイ「『かの御方のご威光此処に在り』という時代でもあるまい……まぁ年寄りの繰り言よ。現教皇猊下の好きにされるが佳い」
男「過分なお言葉ですが……」
マタイ「また好きにする佳し、ローマ正教の柵は解かれているが――」
男「が?」
マタイ「……いや、佳い。少し疲れたので休みたい」
男「……はい、御前失礼致します猊下」
ガチャッ
マタイ「……」
コンコン
マタイ「……」
コンコンコンコンンコンコンコンココココココココココココココココンッ
マタイ「ノック音が煩い。入りたまえよ」
ローラ「やっほーーーっ☆元気してるかしらーーーーーーーーーっ?」
マタイ「『”――Quantus tremor est futurus, quando judex est venturus, cuncta stricte discussurus. ”』」
(――審判者は現出し、全てが厳しく裁かれる。その恐ろしさは如何程か)
ローラ「躊躇なくメギドの火の詠唱始めた!?それ確か広域無差別型術式だからバチカンも滅びる訳なんだけど!?」
マタイ「ん、あぁこれは失礼した。『どうせ残り少ない命であるのなら悪魔と心中もまた佳し』などと考えてしまったか」
ローラ「どういう事なりし?折角見舞いに足を運んだ相手にノータイムでメガン○撃ち込もうとしたる?」
マタイ「少し……そう少し、河岸を変えては如何だろうか。半径4kmは人が寄りつかず、延焼の危険性が危険性がない場所にまで移動しないかね?」
ローラ「まさに気兼ねなくぶっぱできる範囲!?何が何でも殺そうって反省の色がない!」
マタイ「あなたとの因縁を考えれば妥当な反応だと思うがね……しかしこんなところで何をやっているのか」
ローラ「あー……なんか近くまで来たし死に損ないが墓へ入りたるけるのを見物しに?」
マタイ「疾く去れ、悪魔め。この体がもう少し動かば滅殺してやるものを」
ローラ「まぁ元気な頃でも無理かりしことよなぁ?どうにか出来るものであるのならば、ここまで悪縁は続こぉものでもなし」
マタイ「せめて奇縁ぐらいにしてもらえないかね。私にも体裁というものがある」
ローラ「体裁、体裁かぁ?」
マタイ「何か異論でもお持ちかな?」
ローラ「いやぁあの俗物にお前の後釜が勤まりたるかしら、と思ぉてなぁ」
マタイ「お嫌いかね」
ローラ「むしろ好みよなぁ。一度暗殺しかけた政敵の元へ足繁く通い、死後のパワーゲームに使いしける」
マタイ「だろう?あぁ見えて可愛らしいところもある」
ローラ「とは」
マタイ「ただの弾丸ごときで私を殺せると思っていたところかな。そしてあんな場所であのタイミングで暗殺したとしても、まず容疑者が一人に絞られるという判断が出来ない」
ローラ「大丈夫?ローマ正教終わる?」
マタイ「ヴェントの気持ち次第であるな。あなたに慈悲の心があるのならばアックアを帰してほしいものだが」
ローラ「出来ればノシつけて返したきところではある、あるが……」
マタイ「ご婦人がたが許さぬか。まぁそれもまた佳きかな。あの男の血塗られた人生、なれど幸せを掴んではならぬという法もあるまい」
ローラ「実際にロイヤルファミリー入りは厳しき。よって現実的な落とし所は騎士として貴族に列して降嫁がどうにか」
マタイ「日本語では『年貢の納め時』、だったか。笑える話だな」
ローラ「友人ではなかりし?」
マタイ「私はそう思っているがね。彼の『聖人』としての特質がマリアである以上……」
ローラ「『聖人』への復帰を諦めるか、家庭を取るか。魔術の徒としてはあるまじき堕落よな」
マタイ「でもあなたはそういうのが好きだろう?」
ローラ「人をなんだと思うておるの?」
マタイ「『悪魔』だろう」
ローラ「まぁ確かに傾城の魔性とは呼ばれたりすれど!」
マタイ「初耳だね。あなたの美貌を否定はしないが」
ローラ「……」
マタイ「……」
ローラ「もう、逝く?」
マタイ「あぁ逝くとも。こればかりは如何ともしがたい……まぁ、私の人生、思い通りになる方が稀であったよ」
ローラ「それは誰だとて同じかりし事よ。命の行き先、そして歩み至る時間の長さ」
マタイ「ふむ、そう考えると私は恵まれた方か」
ローラ「12億の宗教のトップの感想がそれとは。よもや後悔でも?」
マタイ「それこそ、よもや、だな。後悔などない。ある筈もなし――が、まぁ心残りがあるとすればだ」
ローラ「……」
マタイ「フィアンマの脅威も去ったというのに、またぞろ蠢動する者が居る。彼らに神の慈悲を叩き込んでやれぬのは忸怩たる思いだな」
ローラ「……」
マタイ「……いや、ここで沈黙されても辛いだけなのだがな?今のは流石に二割ぐらいはオークジョークであって」
ローラ「『エインヘリャル』、という術式を知りたりける?」
マタイ「オーディンに使える戦士たちをそう呼ぶのだったか。死した後も戦士として使える哀れなものどもよ」
ローラ「その理解で合ぉておるのだけれど……私に仕える気はなかしり?」
マタイ「……ふむ?唐突だね」
ローラ「悪魔の眷族として生きたるのも、まぁ楽しかりしことよ?大した縛りもなし、肉体も若返りし上に魔力は強化されるし?」
ローラ「ほら今だったら初回限定優待特典で先着一名にはそこそこの位階を授けたりしちゃったるなのよ!?」
マタイ「……」
ローラ「い、如何……?」
マタイ「ふ、くく、ふはははははははははははははははははっ!」
マタイ「――舐めるな、悪魔めが」
ローラ「……」
マタイ「どうせ、あれだろう?期待を持たせておいて『そんな魔術はなかった』とか、『生きる屍として生まれ変わる』とかそういうのだろう?」
ローラ「……」
マタイ「違うのか?」
ローラ「――ふっ、よく見破りしな我が宿敵よ!そうよ!大人しゅう頷いておれば汝の魂は堕落したというのに!」
マタイ「全く……これだからあなたは信用ならない。危うく手を伸ばすところで、あっ、たな……」
ローラ「修行が足らぬな若造が!この程度で騙されておっては私の宿敵とはとても言えぬわ!」
マタイ「そう、だな……まだまだ、だな」
ローラ「だったら!だったらもっと学園都市に頭を下げてでも延命措置を図るとか!」
マタイ「それ、には及ばぬ……これで佳いのだ、これが佳いのだ……」
ローラ「だから、だから……!!!」
マタイ「……優しい悪魔よ、我が宿敵にして悪しきものよ――」
ローラ「……」
マタイ「……どうか、汝の永遠がいつの日か終わらん、こと、を……」
ローラ「……っ」
マタイ「――」
ローラ「……おやすみなさい、度し難い善人よ――」
――学園都市 上条のアパート
アナウンサー『――続いてのニュースです。4日午後、前教皇であるマタイ=リース氏が亡くなられ――』
上条「……うっわーマジかい。あの人、あと100年ぐらいは余裕で生きそうだったのに」
上条「色々あったが、結果的には気ぃ遣ってくれてたみたいだし……一応祈っとくか。ナンマンダブナンマンダブ」
インデックス「……あの、とうま?曲がりなりにもローマ正教のとっぷへ対して、阿弥陀仏の帰命(きみょう)を誓うのは、冒涜的なんだからね?」
(※「ナムアミダブツ」=「私は阿弥陀仏に帰依します(※直訳)」=「だから極楽浄土に行かせてね☆(※意訳)」)
上条「細けぇことはいいんだよ!こういうのは気持ちが大事なんだからねっ!」
インデックス「まぁ、それは強くひていしないんだけど。そんなことよりもね、おきゃくさまが」
上条「ん?こんな朝から誰よ、舞夏がメシ持って来てくれたん?」
マタイ「――期待を裏切って悪いのだが。あぁこれは空港で買ったマカダミアナッツの徳用箱セットだ。つまらないもので恐縮だが」
上条「――出やがったなシスの暗黒○!やっぱりフォースの暗黒○に堕ちると一回ぐらいは死んでも復活しやがるのか……ッ!」
インデックス「とうま、すていなんだよ!失礼でしょー!?」
マタイ「あぁ佳いのだ。近くまで通りかかったので一応挨拶をだな」
上条「あの、テレビでマタイさんのお葬式やってんですけど」
マタイ「そうだな。彼はよくやったと思うが、まぁ寄る年波には勝てなかったようだな」
上条「だからなんでここにいるんだよ。誕生日パーテイの主役が抜け出すようなもんだろ」
インデックス「とうま、だから例えがどうかと思うんだよ」
マタイ「まぁまぁ気にしないでくれたまえよ。私のただのマタイであって、それ以上でもなければ以下でもない」
上条「……何か複雑な事情でも?」
マタイ「それはさておきだ。新進気鋭の魔術結社、『東夷機関』という邪教の使徒が関東某所に結集しているらしいのだ」
マタイ「普通であれば放置なのだが、よりにもよって魔神・天津甕星の復活を企んでいるらしくでだね」
上条「――ハッ!?まさかテメー他の魔術結社にカチコミするためだけに、わざと死んだことにしやがったのか……ッ!?」
インデックス「あー……まぁ、やりそうなんだよ」
マタイ「なので君たちには応援を頼みたい。あぁ勿論断ってくれても構わないが――シスター・アニェーゼはまだローマ正教に籍がある、この意味は分かるね?」
上条「最悪だなジジイ!?いい歳してんだから落ち着けや!?」
インデックス「ま、まぁいいじゃないのかな!人助けっていいことなんだよ!」
上条「インデックスさんさっきから肩持ちますけど、何かあったのか?」
インデックス「う、ううん?全然何もないんだよ?前にバチカンで魔道書を読ませてもらったとき、『ナイショだよ』って言っておかし一杯くれた人だなんて覚えないんだから!」
上条「むしろなんで覚えてんだよ。矛盾してんだろ」
マタイ「まぁ諦めて準備したまえよ。アルバイト代は……まぁ、このぐらいは出そうか」
上条「――ちょっと待っててくださいマタイさん!今出かける準備しちゃいますから!」
インデックス「あーうん……お茶をいれるからまっててほしいんだよ」
マタイ「お構いなく。どうせ急ぐ旅でもない」
マタイ「……」
マタイ「――例え姿を消したとして、私はどこかに生き続ける。その魂と共に」
マタイ「……」
マタイ「……そうだな、永遠などこうやって簡単に手に入るものなのだよ」
マタイ「魔術などに頼らなくても、科学などに依存せずとも、な」
-終-
(※戦後のカトリックの暗部を一身に引き受けてきた偉人へ対して心からのご冥福を。そしてマタイ=リースさんの今後のご活躍にご期待ください)
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ
男「……お倒れになったと聞きましたが、顔色は随分と宜しゅうございますな」
マタイ「――君か。気を遣ってくれるのは有り難いがね、今更顔色の一つや二つで一喜一憂する段階はとうに過ぎた」
男「何を仰いますか!この程度の病魔に猊下が負けるはずが!」
マタイ「年寄りの前で声を上げるものではない。それは佳くないものだ」
男「猊下!」
マタイ「そして元、だな。今は君がその立場だよ」
男「猊下……我々にはあなたが必要なのです……」
マタイ「その認識も誤りだ。君は新しい教皇として様々な革新に取り組んでいる。それは佳き事だ」
男「違いますよ!私がしているのは悪魔どもがいなくなったからであって!」
マタイ「ヴェントをそう嫌ってやらないでくれたまえよ。彼女の本質はどうしようもない善性、故に未だ留まってくれているだろう?」
男「あなたが、あなた様があんな連中相手にしていただなんて!私は知ることすらしなかった!」
マタイ「まぁ、それは、な。識れば向こうにも識られる故に」
マタイ「むしろ自身の至らぬが故だ。私の代でほぼ精算できたのを言祝ぐべきか、それとも先代様の不甲斐なさを嘆くべきか」
男「それは……」
マタイ「成功するしないは問題ではない。やるかやらないかが問題なのだよ。少なくとも君はよくやっている」
マタイ「……多少早歩きが過ぎると思わなくもないが。それはきっと若人の歩みに老人がついていけなくなっただけの話、かも知れぬ」
男「マタイ様……」
マタイ「ローマ正教は一人歩きを始めた子供だ。旧弊を識り改め始めたとな」
マタイ「つまずく事もあるだろう、心ない言動に受けるであろう、いと高き御方の名を借りる偽善者と罵られることもあるだろう。だが、そう、だがだ」
マタイ「故に、立ち止まるのを止めてはならぬ。施すのではなく、施されろ。救うのではなく、伸ばされた手を取るが佳い。その二つの腕は飾りではないと識るが佳い」
マタイ「我々は特別な存在ではない。かの御方とは違うのだ、だからこそ共に生き、寄り添い、死ねるというもの」
男「……しかし、それでは教会の否定では?」
マタイ「『かの御方のご威光此処に在り』という時代でもあるまい……まぁ年寄りの繰り言よ。現教皇猊下の好きにされるが佳い」
男「過分なお言葉ですが……」
マタイ「また好きにする佳し、ローマ正教の柵は解かれているが――」
男「が?」
マタイ「……いや、佳い。少し疲れたので休みたい」
男「……はい、御前失礼致します猊下」
ガチャッ
マタイ「……」
コンコン
マタイ「……」
コンコンコンコンンコンコンコンココココココココココココココココンッ
マタイ「ノック音が煩い。入りたまえよ」
ローラ「やっほーーーっ☆元気してるかしらーーーーーーーーーっ?」
マタイ「『”――Quantus tremor est futurus, quando judex est venturus, cuncta stricte discussurus. ”』」
(――審判者は現出し、全てが厳しく裁かれる。その恐ろしさは如何程か)
ローラ「躊躇なくメギドの火の詠唱始めた!?それ確か広域無差別型術式だからバチカンも滅びる訳なんだけど!?」
マタイ「ん、あぁこれは失礼した。『どうせ残り少ない命であるのなら悪魔と心中もまた佳し』などと考えてしまったか」
ローラ「どういう事なりし?折角見舞いに足を運んだ相手にノータイムでメガン○撃ち込もうとしたる?」
マタイ「少し……そう少し、河岸を変えては如何だろうか。半径4kmは人が寄りつかず、延焼の危険性が危険性がない場所にまで移動しないかね?」
ローラ「まさに気兼ねなくぶっぱできる範囲!?何が何でも殺そうって反省の色がない!」
マタイ「あなたとの因縁を考えれば妥当な反応だと思うがね……しかしこんなところで何をやっているのか」
ローラ「あー……なんか近くまで来たし死に損ないが墓へ入りたるけるのを見物しに?」
マタイ「疾く去れ、悪魔め。この体がもう少し動かば滅殺してやるものを」
ローラ「まぁ元気な頃でも無理かりしことよなぁ?どうにか出来るものであるのならば、ここまで悪縁は続こぉものでもなし」
マタイ「せめて奇縁ぐらいにしてもらえないかね。私にも体裁というものがある」
ローラ「体裁、体裁かぁ?」
マタイ「何か異論でもお持ちかな?」
ローラ「いやぁあの俗物にお前の後釜が勤まりたるかしら、と思ぉてなぁ」
マタイ「お嫌いかね」
ローラ「むしろ好みよなぁ。一度暗殺しかけた政敵の元へ足繁く通い、死後のパワーゲームに使いしける」
マタイ「だろう?あぁ見えて可愛らしいところもある」
ローラ「とは」
マタイ「ただの弾丸ごときで私を殺せると思っていたところかな。そしてあんな場所であのタイミングで暗殺したとしても、まず容疑者が一人に絞られるという判断が出来ない」
ローラ「大丈夫?ローマ正教終わる?」
マタイ「ヴェントの気持ち次第であるな。あなたに慈悲の心があるのならばアックアを帰してほしいものだが」
ローラ「出来ればノシつけて返したきところではある、あるが……」
マタイ「ご婦人がたが許さぬか。まぁそれもまた佳きかな。あの男の血塗られた人生、なれど幸せを掴んではならぬという法もあるまい」
ローラ「実際にロイヤルファミリー入りは厳しき。よって現実的な落とし所は騎士として貴族に列して降嫁がどうにか」
マタイ「日本語では『年貢の納め時』、だったか。笑える話だな」
ローラ「友人ではなかりし?」
マタイ「私はそう思っているがね。彼の『聖人』としての特質がマリアである以上……」
ローラ「『聖人』への復帰を諦めるか、家庭を取るか。魔術の徒としてはあるまじき堕落よな」
マタイ「でもあなたはそういうのが好きだろう?」
ローラ「人をなんだと思うておるの?」
マタイ「『悪魔』だろう」
ローラ「まぁ確かに傾城の魔性とは呼ばれたりすれど!」
マタイ「初耳だね。あなたの美貌を否定はしないが」
ローラ「……」
マタイ「……」
ローラ「もう、逝く?」
マタイ「あぁ逝くとも。こればかりは如何ともしがたい……まぁ、私の人生、思い通りになる方が稀であったよ」
ローラ「それは誰だとて同じかりし事よ。命の行き先、そして歩み至る時間の長さ」
マタイ「ふむ、そう考えると私は恵まれた方か」
ローラ「12億の宗教のトップの感想がそれとは。よもや後悔でも?」
マタイ「それこそ、よもや、だな。後悔などない。ある筈もなし――が、まぁ心残りがあるとすればだ」
ローラ「……」
マタイ「フィアンマの脅威も去ったというのに、またぞろ蠢動する者が居る。彼らに神の慈悲を叩き込んでやれぬのは忸怩たる思いだな」
ローラ「……」
マタイ「……いや、ここで沈黙されても辛いだけなのだがな?今のは流石に二割ぐらいはオークジョークであって」
ローラ「『エインヘリャル』、という術式を知りたりける?」
マタイ「オーディンに使える戦士たちをそう呼ぶのだったか。死した後も戦士として使える哀れなものどもよ」
ローラ「その理解で合ぉておるのだけれど……私に仕える気はなかしり?」
マタイ「……ふむ?唐突だね」
ローラ「悪魔の眷族として生きたるのも、まぁ楽しかりしことよ?大した縛りもなし、肉体も若返りし上に魔力は強化されるし?」
ローラ「ほら今だったら初回限定優待特典で先着一名にはそこそこの位階を授けたりしちゃったるなのよ!?」
マタイ「……」
ローラ「い、如何……?」
マタイ「ふ、くく、ふはははははははははははははははははっ!」
マタイ「――舐めるな、悪魔めが」
ローラ「……」
マタイ「どうせ、あれだろう?期待を持たせておいて『そんな魔術はなかった』とか、『生きる屍として生まれ変わる』とかそういうのだろう?」
ローラ「……」
マタイ「違うのか?」
ローラ「――ふっ、よく見破りしな我が宿敵よ!そうよ!大人しゅう頷いておれば汝の魂は堕落したというのに!」
マタイ「全く……これだからあなたは信用ならない。危うく手を伸ばすところで、あっ、たな……」
ローラ「修行が足らぬな若造が!この程度で騙されておっては私の宿敵とはとても言えぬわ!」
マタイ「そう、だな……まだまだ、だな」
ローラ「だったら!だったらもっと学園都市に頭を下げてでも延命措置を図るとか!」
マタイ「それ、には及ばぬ……これで佳いのだ、これが佳いのだ……」
ローラ「だから、だから……!!!」
マタイ「……優しい悪魔よ、我が宿敵にして悪しきものよ――」
ローラ「……」
マタイ「……どうか、汝の永遠がいつの日か終わらん、こと、を……」
ローラ「……っ」
マタイ「――」
ローラ「……おやすみなさい、度し難い善人よ――」
――学園都市 上条のアパート
アナウンサー『――続いてのニュースです。4日午後、前教皇であるマタイ=リース氏が亡くなられ――』
上条「……うっわーマジかい。あの人、あと100年ぐらいは余裕で生きそうだったのに」
上条「色々あったが、結果的には気ぃ遣ってくれてたみたいだし……一応祈っとくか。ナンマンダブナンマンダブ」
インデックス「……あの、とうま?曲がりなりにもローマ正教のとっぷへ対して、阿弥陀仏の帰命(きみょう)を誓うのは、冒涜的なんだからね?」
(※「ナムアミダブツ」=「私は阿弥陀仏に帰依します(※直訳)」=「だから極楽浄土に行かせてね☆(※意訳)」)
上条「細けぇことはいいんだよ!こういうのは気持ちが大事なんだからねっ!」
インデックス「まぁ、それは強くひていしないんだけど。そんなことよりもね、おきゃくさまが」
上条「ん?こんな朝から誰よ、舞夏がメシ持って来てくれたん?」
マタイ「――期待を裏切って悪いのだが。あぁこれは空港で買ったマカダミアナッツの徳用箱セットだ。つまらないもので恐縮だが」
上条「――出やがったなシスの暗黒○!やっぱりフォースの暗黒○に堕ちると一回ぐらいは死んでも復活しやがるのか……ッ!」
インデックス「とうま、すていなんだよ!失礼でしょー!?」
マタイ「あぁ佳いのだ。近くまで通りかかったので一応挨拶をだな」
上条「あの、テレビでマタイさんのお葬式やってんですけど」
マタイ「そうだな。彼はよくやったと思うが、まぁ寄る年波には勝てなかったようだな」
上条「だからなんでここにいるんだよ。誕生日パーテイの主役が抜け出すようなもんだろ」
インデックス「とうま、だから例えがどうかと思うんだよ」
マタイ「まぁまぁ気にしないでくれたまえよ。私のただのマタイであって、それ以上でもなければ以下でもない」
上条「……何か複雑な事情でも?」
マタイ「それはさておきだ。新進気鋭の魔術結社、『東夷機関』という邪教の使徒が関東某所に結集しているらしいのだ」
マタイ「普通であれば放置なのだが、よりにもよって魔神・天津甕星の復活を企んでいるらしくでだね」
上条「――ハッ!?まさかテメー他の魔術結社にカチコミするためだけに、わざと死んだことにしやがったのか……ッ!?」
インデックス「あー……まぁ、やりそうなんだよ」
マタイ「なので君たちには応援を頼みたい。あぁ勿論断ってくれても構わないが――シスター・アニェーゼはまだローマ正教に籍がある、この意味は分かるね?」
上条「最悪だなジジイ!?いい歳してんだから落ち着けや!?」
インデックス「ま、まぁいいじゃないのかな!人助けっていいことなんだよ!」
上条「インデックスさんさっきから肩持ちますけど、何かあったのか?」
インデックス「う、ううん?全然何もないんだよ?前にバチカンで魔道書を読ませてもらったとき、『ナイショだよ』って言っておかし一杯くれた人だなんて覚えないんだから!」
上条「むしろなんで覚えてんだよ。矛盾してんだろ」
マタイ「まぁ諦めて準備したまえよ。アルバイト代は……まぁ、このぐらいは出そうか」
上条「――ちょっと待っててくださいマタイさん!今出かける準備しちゃいますから!」
インデックス「あーうん……お茶をいれるからまっててほしいんだよ」
マタイ「お構いなく。どうせ急ぐ旅でもない」
マタイ「……」
マタイ「――例え姿を消したとして、私はどこかに生き続ける。その魂と共に」
マタイ「……」
マタイ「……そうだな、永遠などこうやって簡単に手に入るものなのだよ」
マタイ「魔術などに頼らなくても、科学などに依存せずとも、な」
-終-
(※戦後のカトリックの暗部を一身に引き受けてきた偉人へ対して心からのご冥福を。そしてマタイ=リースさんの今後のご活躍にご期待ください)