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Clock(trial)

そして全てを嘲笑う


――???

 また一つ、世界が終わった。いやより正しくは”これ以上の見る必要がなくなった”と、言うべきだろうか。
 地球儀のような霊装から目を上げ、隻眼の魔神は、ふぅ、と溜息を吐いた。

 世界の可能性は無限にあり、明日第四次世界大戦が起きる事もあれば、また明後日には人類滅亡が確定する事もある。
 蝶の羽ばたきでライオンが欠伸をし、さざ波が大河を遡る現象すら、ラプラスの悪魔は内包している。

 だが、そのような『突飛な世界』は滅多に起るものではない。

 仮に毎日通っている道を外れる世界があったとしよう。いつもと違う道を行けば、通った数だけ世界は分岐する――が、ここで奇妙な行動を起こすのは極めて稀であろう。
 常識的に考えて回り道、精々サボタージュするぐらいが関の山。
 ふと思い付いてマフィアの事務所へ殴り込みへ行ったり、悪い王様を倒しに行く奴は有り得ない程の確率に過ぎない。

 しかしまた、無限に広がる混沌の中では、そんなバカバカしい世界もまた存在し、その世界からまた分岐が始まる。

 ――そう、『上条当麻達が蝕月の魔神を倒した』という、有り得ない世界が。

 本来の時間軸では起こりえなかった『奇跡』が起き、有り得ない筈の他の魔神の介入を知り、慌てた時には全てが遅かった。遅すぎたのだ。
 近くにあった駒をエインヘリャルへ変え、辛うじて助言するのが精一杯。後は食い入るように経過を見入る以外に出来る事はなかった。

「………………チッ」

 全知全能では無かったのか?それともまだ何かが足りていないのか?
 世界を自在に操る術を得たというのに、どうしてこの世界は自由になりはしないのか?

 様々な焦燥が少女――少なくとも外見は――の胸を焦し、再び舌打ちでもしたい気分になる頃。

 『それ』は現れた。音を立てずに虚空へと――そう、まるで。

「……?」

 魔神に心当たりは無い――と、いうよりも酷く不格好な屍体であった。
 それなりに整っていた容姿は見る影も無く、四肢はだらんと垂れ、一流ブランドのスーツは着崩れたままだ。
 屍体特有の腐った臭い、腐りかけの林檎に似た少し甘い匂いが鼻を突き、”これ”がまともな状態ではない、そう饒舌に物語っていた。

 それでもまだ、それだけであれば辛うじて生者か死者の区別は付かなかったであろう。
 駅のホームで寝転がっていたとしても、ただの泥酔した酔っ払いとして片付けられたかも知れない。

 けれど全てをぶち壊しにしているのは顔だった。
 両目は鋭利な何かでくり抜かれ、そのまま脳幹を貫通して後頭部へ穴を覗かせている。
 しかもその額の中央部にも同じ痕跡が刻まれており、脳髄は内部でグチャグチャにかき回されているのは必定だ。

 魔神の少女には見覚えがあった。たった今まで眺めていた世界の悪役、どこかしらから現れた魔術師の男。
 最期の最期に生き延びようとしたが、『ブラフマーアストラ』で射貫かれ、絶命した。たったそれだけの人物だ。
 働き自体はそれなりではあったが、結局負け、命を落とした。取るに足らない存在。

「――ふんっ」

 魔神が蝿を追い払うため――例えば人類最高峰の魔術師でも、同じ事をしただろうが――軽く手を振る。
 それで終わる。全てが終わる。何故ならば彼女はここの支配者だからだ。
 閉じた世界の、終わった終末の向こう側に君臨する暴君。たかだか屍体を消すのに躊躇も、容赦もありなどしなかった。

『………………く』

 だが――しかし。屍体は笑う。

『………………くく、クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハっ!!!』

 全てを――魔神ですらも嘲笑う。

「貴様――”何”だ?」

『俺かい?散々言ったじゃねぇか、つーか分からなかったか?分からなかったのかよオティヌスよ!』

 屍体の両目、そして額に開いた傷跡が燃え上がり、輝きを増す――。
 それは、それこにあるのは闇の中で燃え上がる三眼――。

『何が完璧な世界だ!何が全知全能だ!よくまぁそれで神を名乗れるなぁ!?』

「……黙れ」

『たかだか男一人すら!カミやん一人の心すら折れない甘ちゃんの!一体全体どこら辺が完全な存在だというのか!』

「黙れ」

『あぁおかしい、アァオカシイ、嗚呼可笑しい。くっ、くはははははははははははははははははははははははははははははははっ』

「黙れ!」

『貴様の創った世界には既に綻びが出来て居るぞ!あっちにもそっちにも!ほら――ここにもだ!』

「……」

『秩序ある世界なんか創れっこない!破綻しない平和も、永遠の闘争なんてのも出来やしな――』

 ザシュッ。

 軽い音を立てて、屍体はなんの痕跡も残さずに消える。一寸の血痕や血臭も残さずに。

「……なんだ、アレは」

 隻眼の少女は振り上げた『槍』を降ろし、また溜息を吐く。
 あまりにも跡形無く消えた”アレ”は白昼夢では無かったか?それとも自身が狂ったのか?

 そう韜晦する間もなく。

『さァさァ魔神よ!滅びの足音は聞こえたか?英雄が来るのを楽しみに震えて眠るが良いだろうさ!』

「貴様――何者だ!?」

『ゆめゆめ忘れる事無かれ――汝が最古の魔神であらぬ事を!

『つねづね忘れる事なかれ――汝が最後の魔神であらざる事を!』

『天界の頂には天帝ゼウス!星辰の彼方には天津甕星!海界の奥深くには死して眠る異形の神達が貴様の揺り籠を簒奪せんと牙を研ぐ!』

『……ほぉら見てみるが良い。そこに出来た暗がりを、単眼では見通しきれぬ夕闇の住処を――そう』

 何者も逃れられない程の魔力を発し、気配を探っても姿は見えない。
 その代わりに。閉じられた世界へ、終わった世界の中で。

 ――ただ、嘲笑う。

『貴様の背後には、もう混沌が這い寄っているぞ……ッ!』

『クッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!』


――??? −終−

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